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国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性
中京法学巻3・4号 (年) 論 ( ) 説 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 長 尾 英 じ め 彦 は じ め に 1 問題の所在 2 判決の内容 3 検 討 お わ り に は に フィリピン人女性と日本人男性との間に生まれ, 日本において家族生 活を営んできたが, 両親が婚姻 (法律上の婚姻) をしていないために日 本国籍の取得を認められないでいた男児が, 「準正による国籍取得につ いて定める国籍法3条1項が, (認知のみでなく) 父母の法律上の婚姻 を要件としているのは, 婚外子に対する差別であり, 憲法条に違反す る」 などと主張して争っていた訴訟で, 東京地裁は, 平成 年4月 日, 「父母が法律上の婚姻関係にあるか否かで国籍取得の可否について区別 ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) を設けた国籍法の規定は, 法の下の平等を定めた憲法条に違反する」 とし, 当該男児は国籍取得の届出をした日に日本国籍を取得したものと する, という興味深い判決を下した (判例時報号頁)。 いわゆる 「国際結婚」 (本件に見られるような, 法律上のものでない それを含む) の件数の増加に伴い, 父親と母親の国籍が異なっている子 の国籍をどのように考えるか, いかなるルールに従うのが妥当なのか, (1) は, 重要な問題になってきた。 仮に, 現在の国籍法の規定 (2, 3条) それ自体が直ちに不合理とまでは言えないとしても, 制度のエアポケッ トに落ちこんでしまったような事例において, 当該子の日本国籍取得を 求める訴訟は, これまでにもすでに少なからず提起されてきている。 さらに, 本件のようなケースにあっては, いわゆる婚外子差別の問題 がそこにからんできている。 婚外子差別に関連しては, これまでにも, 住民票の記載, 法定相続分, 児童扶養手当の受給資格等などの種々の局 面において, 「不合理な差別ではないか」 との指摘がつとになされ, 訴 訟となり, 判例の一定の蓄積もあり, また, 上記の中にはすでにある程 (2) 度の立法上の解決を見たものも存在することは周知の通りである。 本件 の場合も, 本質的には婚内子 ―― 婚外子間の別扱いの問題であるから, (3) これらの仲間に加えて検討を行なってもよいであろう。 ただ, 「国籍の 取得 (の可否)」 という場面において, 婚内子 ―― 婚外子の差異がいか なる評価を受けるか, は, 立法政策や立法技術との関係, さらには, そ の国の法制度全体のポリシーとかかわる部分もあって, 一筋縄ではいか ない場面もあることが予想される。 筆者は, 以前より, このような国際結婚 (特に, 事実婚に止まる場合) より生まれた子の日本国籍取得の可否の問題と平等原則との関係につい (4) て, 検討を加えてきた。 今回の東京地裁判決は, 国籍法の条文そのもの について初めて違憲判決を下した, という点で, また, (2条ではなく) 準正に関する3条について違憲判断を行なった, という点で, 少なから ず注目に値すると考えられる。 中京法学巻3・4号 (年) ( ) 国側が控訴しており, 今後の状況の推移を見守る必要があろうが, と りあえず, 本稿においては, 今回の判決の結論については一応, 基本的 に支持するスタンスをとりつつ, 主だった論点について検討を加えると ともに, 併せて, 残された課題を探ってみることを目標としたい。 1 問題の所在 昭和年に改正された現行の国籍法 (昭和年法律第号。 以下, 特 に断らずに単に 「国籍法」 という場合は, 原則として全て同趣旨) は, 改正前の同法が採用していた父系優先血統主義を排し, 男女平等の見地 (5) から 「父母両系血統主義」 を採用した。 すなわち, 現行の国籍法2条は, 「子は, 次の場合には, 日本国籍を取得する。 (1号) 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。 (2号, 3号略)」 と規定し, 父母両系血統主義の立場を採ることを明示しているのであ るが, わが国が 「法律婚主義」 を採ることとの関係上, 上記2条1号の 「父又は母」 は, 通常, 「法律上の父又は母」 の意味である, と考えられ (6) ている (民法条など参照)。 また, この現行の国籍法は, 日本国籍取得原因として, 出生, 帰化の ほかに 「届出による国籍取得 (伝来的取得)」 の途を新たに設けた。 す なわち, 同3条1項は, 「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で二十 歳未満の者 (日本国民であつた者を除く。) は, 認知をした父又は母 が子の出生の時に日本国民であつた場合において, その父又は母が現 に日本国民であるとき, 又はその死亡の時に日本国民であつたときは, ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) 法務大臣に届け出ることによつて, 日本国籍を取得することができる。」 とし, いわゆる 「準正」 による国籍取得の制度を定めているが, 「父 を日本人とし, 生後認知を受けた婚外子」 が, この規定によって (伝来 的に) 日本国籍を取得できるのは, 「父母が婚姻 (法律婚) をしたこと により, 婚内子 [嫡出子] の身分を取得した場合」 (「準正子」 といわれ る) に限定されることとなる。 以上の規定によって, いくつかの差別が複層的に現れることとなる。 まず, 婚内子であれば, 父又は母の (少なくとも) 一方が日本国民で あれば, 出生によって 「直ちに」 法律上の父子関係ないし母子関係が成 立するので, その子は 「直ちに」 日本国籍を取得しうる。 これに対して, 婚外子の場合は, 父・母との間の親子関係については, 各々父・母の本国法によって定められることとなる (法例条参照)。 父が外国人であっても, 母が日本人である婚外子であれば, 母親との 間に, 出生 (出産・分娩) という事実によって当然に母子関係が生ずる (7) とされるので, その子は当然に日本国籍を取得しうる。 これに対して逆に, 日本人父と外国人母との間の婚外子については, 父の本国法である日本法 (民法条) が「法律上の父子関係が成立す るためには, 認知が必要」 と規定しているので, 出生のみによって日本 国籍を取得することはできない。 さらに, 認知の効力について, 「国籍 法上は (民法条にかかわらず) 遡及しない」 とされているので, 日 ・・・・ 本人父により 「出生後に認知された婚外子」 の場合, 「出生の時に」 日 本人の父が存在したとはいえないので, 2条1号 (上述) の適用がなく, また, 父母が何らかの事情により法律婚をすることができない場合には, 3条の 「準正」 の途も閉ざされることとなる。 以上のように, ・ 「両親が, 法律婚であったか否か」, 中京法学巻3・4号 (年) ( ) ・ 「(国際結婚の場合) 父・母のどちらが日本人であったか」, ・ 「日本人父の認知が, 出生の前になされたか, 出生後であったか」, というような, その子自身にとってはいかんともしえない事情によっ て, 日本国籍取得の可否が分かれるというのは, 重大な不平等ではない か, と, 筆者は考える。 筆者は, 従前より, あくまでも 「現在の法律婚制度, あるいは, 国籍 という制度そのものに対して異議を唱えるものではない」 という立場を 維持しつつ, 専ら, 上記の 「国籍法上は, 認知 の効力は遡及しない」 とされている点について, これを批判的に検討し, また, それにかかわ る諸判例の比較を少しばかり行なってきたものであるが, その際, 重点 (8) は, どちらかと言えば2条の方にあったと自覚している。 すなわち, 筆 者は, 両親が法律婚をしていなければならない, というのは, 必ずしも 常に絶対的な要請ではないのではないか, と考えているものである。 し かし, 他方, 以前にこの問題について言及した際に, 下記のような問題 提起もありうる旨を紹介していた。 「生後認知について遡及効を認めるという解釈を採り得るのであれ ば, 法2条1号を直ちに憲法 条違反とする必要はないのではないか, との考え方も成り立つ。 しかし, その解釈を採り得ないのは, 3条の 準正規定が, 婚外子は認知のみによっては日本国籍を取得しえず, 父 母の婚姻を要件とする旨を定めているからである。 …したがって, 3 条の規定は (少なくとも) 明らかに憲法条違反であるので, この条 文はないものと考えて2条1号を運用し, 生後認知による日本国籍取 (9) 得の途を開くことが次善の策として考えられよう。」 今回の東京地裁判決の判断は, 出発点はこの線と共通の発想に立った ものと見ることができ, 一応の評価をすることが可能であるように見受 けられる。 そこで, 次に, この判決の内容を具体的に見てみたい。 ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) 2 判決の内容 [事実の概要] 原告は, 平成9年にフィリピン人の母と日本人の父との間に [日本国 内で] 生まれた男児である (すでにフィリピン国籍は保有している)。 原告は, 出生後にこの日本人父より認知を受け, 同人の婚外子となっ た。 その後, 原告の法定代理人 (親権者) である母親が, 原告が日本人 父から認知を受けたことにより日本国籍を取得した, として法務大臣宛 てに国籍取得届を提出したところ, 当該認知が出生後であったため国籍 () 取得の要件を充たしていないとの通知を受けた。 原告は, 「父母の婚姻によって婚内子としての地位を取得した準正子 のみに日本国籍取得を認めている法3条1項は, 婚外子に対する不合理 な差別を行なっており, したがって憲法条1項に違反している。 認知 によって法律上の親子関係を生じた子全てに日本国籍取得を認めるべき である。 自身は, 法3条2項の届出によって日本国籍を取得している」 と主張した [以下 「主張①」 と記す]。 原告は, 出生後現在までわが国に継続して居住し, 日本人父と完全な 同居生活を送っているわけではないが, 出生以後, 当該父が交付する生 活費によって (母とともに) 養育され, 週末など定期的に当該父が来訪・ 宿泊し, 共に外出するなど, 家族としての交流を密にしていること, 当 該父は, 原告の通う幼稚園等の行事にも父親として参加していることな () どの事情がある。 これに対する被告 (国) 側の反論は, 以下の4点にまとめられよう。 (1) 準正子は, 父母の婚姻によって, 日本人父と共同生活を送って いる者が多いと想定され, したがってわが国との結びつきが強いと いえるが, 婚外子は必ずしもそのような関係があるとはいえない。 中京法学巻3・4号 (年) (2) ( ) 準正子でない婚外子に国籍取得を認めると, 国籍取得のための 仮装認知が横行する虞れがある。 (3) 婚内子と婚外子とで別扱いをすることは, わが国の法律でも認 められているし, わが国の伝統, 社会事情, 国民意識等を反映し ている。 (4) 準正子ではない婚外子であっても, 帰化により国籍取得が可能 である。 (なお, 原告は併せて, 「法3条2項が国籍取得のために届出を要求 している点は不当であり, 認知によって当然に日本国籍を取得できると するべきである」 として, 自身が認知を受けた時点で日本国籍を取得し たという主張 [以下 「主張②」 と記す], 「法2条1号の解釈において認 知の効力を出生時に遡及させないのは不当であり, 自身は認知を受けた ことにより出生時に遡及して日本国籍を取得している」 という主張 [以 下 「主張③」 と記す] も行なったが, これらについては後述するとおり 棄却されたので, 本稿では専ら 「主張①」 について検討することとなる。) [判決要旨] 東京地裁民事第3部は, まず, 「法3条1項は, 出生後に認知を受けた非嫡出子であって, 父母の婚 姻によって嫡出子としての身分を取得した準正子についてのみ, 届出に よって日本国籍を取得させることを定めた規定であるから, 同じく出生 後に認知を受けた非嫡出子であっても, 父母が婚姻に至らない者との間 で, 日本国籍を取得させるかどうかについて区別を生じさせる規定であ るといえる。 そして, このような区別が憲法条1項に違反するかどうかは, その ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) 区別が合理的な根拠に基づくものであるかどうかによって判断すべきも のである…。」 と一般論を述べた。 そして, この前提に立って, 被告 (国) 側の主張 (1) ∼ (4) につ いて具体的に検討した上で, (2) については, 「準正子でない非嫡出子に国籍取得を認めたから といって仮装認知が横行するおそれがあるというような社会的事実が認 () められるかどうかについては疑問が有する」 とし, (3) については, 「民法においても, 嫡出子と非嫡出子とは, あら ゆる局面において区別した取扱いがされているわけではないし, また, この両者をあらゆる局面において区別した取扱いをするのが我が国の国 民感情や社会通念に合致するなどということも到底できないところであ るから, 結局, それぞれの局面に応じて, 嫡出子と非嫡出子とで区別し た取扱いをすることに合理的な理由が存するのかどうかを検討していく ほかはない…」 とし, (4) については, 「…帰化が認められるかどうかは…法務大臣の裁 量的判断に委ねられて [おり] …, これを法3条1項の規定の代替手段 として位置付けることは到底困難であるといわざるを得ない」 として, 結局, 問題は, (1) の点によって 「区別の合理性を基礎付けること ができるかどうかという点に帰着することとなる」 と, 論点を絞り, 以 下ではこの点について次のように検討を加えた。 「…法2条1号は, 出生時において, 日本国民との間に法律上の親子 関係が成立している子については, 当然に国籍を与える旨を定めた規定 であるが…, これに対し, 法3条による国籍の伝来的取得制度の対象と なる子の場合には, その出生時においては我が国の国籍取得が認められ 中京法学巻3・4号 (年) ( ) なかったため, そのほとんどの者が外国籍を取得し, その結果, 外国と の間に一定の結びつきが生じていることも当然考えられるのであるから, この点において, 出生時に日本国民の子であった者とは事情を異にする ものといわざるを得ない。」 「…法3条1項は, 子の出生後に父母が婚姻をした場合には, 父母と その子との間に共同生活が成立するのが通常であるところ, 日本国民と の間に共同生活が成立しているという点に着眼すれば, 我が国との間に 国籍取得を認めるに足りる結びつきが生じているものと認めるのに足り るという観点から, 準正子に国籍取得を認める旨を規定したものである が…, [そうした] 結びつきが生じているかどうかは, 何らかの指標に 基づいて定めざるを得ないところであるし, その指標として, 日本国民 である親と, その認知を受けた子を含む家族関係が成立し, 共同生活が 成立している点を捉えることそれ自体にも一応の合理性を認めることが できるというべきである。 しかしながら, このような家族関係や共同生活は, 父母の間に法律上 の婚姻関係が成立した場合にのみ営まれるものではなく, いわゆる内縁 関係として, 父母が事実上の婚姻関係を成立させ, 認知した非嫡出子と ともに家族としての共同生活を営む事例が少なくないことは公知の事実 であるといえるところ…, 日本国民の認知を受けた非嫡出子が, 我が国 との間で国籍取得を認めるに足りる結びつきを有しているかどうかとい う観点から考えた場合には, その父母が法律上の婚姻関係を成立させて いるかどうかによって, その取扱いを異にするだけの合理的な理由があ るものと認めることは困難であるといわざるを得ない。 …価値観が多様 化している今日の社会においては, 父母が法律上の婚姻関係を成立させ ている家族こそが正常な家族であって, そうではない内縁関係は, 家族 としての正常な共同生活を営んでいるとの評価には値しないといわなけ れば我が国の社会通念や国民感情に反するなどということも困難である といわざるを得ない。」 ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) 「そうすると, 日本国民を親の一人とする家族の一員となっている非 嫡出子として, 我が国との結びつきの点においては異ならない状況があ るにもかかわらず, その父母の間に法律上の婚姻関係が成立している場 合には国籍取得が認められるのに, 法律上の婚姻関係が成立していない 場合にはそれが認められないというのは, 我が国との結びつきに着眼す るという国籍法3条の趣旨から逸脱し, また, それ自体としても合理的 な区別の根拠とはなり得ない事情によって, 国籍取得の有無についての 区別を生じさせるものであって, そこには何らの合理性も認めることが できないものというべきである。」 「…父母の間に成立した婚姻関係が, いわゆる重婚的内縁関係である かどうかという点は, 家族としての共同生活の存否やその内容に直接関 係する事柄ではない以上, 重要な要素とはいい難いものであるし, 父母 間の内縁関係成立の経緯という非嫡出子本人には帰責事由のない事情に よって国籍取得の可否に違いが生じることに合理的な理由があるともい い難いことからすると, 父母の間に内縁関係の成立が認められる非嫡出 子のうち, 父母の内縁関係が重婚的内縁関係である者について, 以上と 結論を異にすべき理由があるとはいえないものというべきである。」 「…法3条1項は, 準正子と, 父母が法律上の婚姻関係を成立させて いないが, 内縁関係…にある非嫡出子との間で 国籍取得の可否につい て合理的な理由のない区別を生じさせている点において憲法条1項に 違反するというべきである。」 なお, 本判決は, 準正子でない非嫡出子の中には, 事実上の婚姻関係 すら存在しないが, 何らかの形でわが国との結びつきが認められる者が 様々存在するとしながら, 「家族としての共同生活の成立が認められない非嫡出子との間には類 型的な差異が生じているものといわざるをえないのであるから, これら の非嫡出子との間に生じている区別を不合理なものであって憲法条1 中京法学巻3・4号 (年) ( ) 項に違反すると断ずるだけの根拠はないものといわざるを得ない」 とし, この点については立法政策の問題と判示するに止めた。 憲法違反の効果については, 「[法3条1項の] 父母の婚姻 という文言については, 今日におい ては, …法律上の婚姻関係に限定されず, 内縁関係も含む趣旨であると 解することは不可能ではないと解される。 これに対し, 嫡出子 とい う文言は, あくまでも父母の間に法律上の婚姻関係が成立していること を当然の前提とした文言であると解せざるを得ないから, 法3条1項は, 子が 嫡出子 としての身分を取得した場合にのみ国籍取得を認める旨 の定めをしている点において一部無効であると解するほかはない (別の 言い方をすると, 嫡出子 という文言のうち, 嫡出 の部分は一部無 効となるということである)。 そうすると, 一部無効とされた後の法3条1項の規定は, 父母の婚姻 (内縁関係を含む) 及びその認知により嫡出子又は非嫡出子たる身分を 取得した子について, 一定の要件の下に国籍取得を認めた規定と理解す べきこととなるから, このような要件に該当する子については, 国籍取 得が認められるべきこととなる」 [下傍線は引用者] とした。 そして. 原告の場合は, 父母の間には 「内縁関係の成立が認められ, 三者の間には家族としての共同生活が成立しているものというべきであ る」 ので, …原告は, 国籍取得の届出によって [日本] 国籍を取得した というべきである, と結論づけた。 最後に, 原告は, 出生のとき, 又は認知のときに日本国籍を取得した 旨の主張もしていたが (上述 「主張②」 「主張③」), 判決は, 前者につ いては, 認知の遡及効を否定した先例を無視するものとして, 後者につ いては, 子本人の意思を尊重するために国籍取得の届出を要求する, と ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) いう法3条2項の趣旨を無視した見解であるとして, いずれも斥け, 結 果, 原告は国籍取得の届出をした平成年2月4日に日本国籍を取得し たものというべきである, とした。 3 検 討 (1) 3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 以上の通り, 本判決は, 2条1号 (「両親が法律婚をしていれば, 文 句なしに日本国籍を取得できるが, 事実婚だとそうならない」) は憲法 上問題ないとしながら, 3条1項の 「嫡出」 要件によって, 「(父母が法 律婚でなくとも) 家族としての共同生活の実態のある子」 がそこからは じき出される点を取り上げて, その場面においては同項は違憲になると 判示したものである。 冒頭の部分で, 「2条の壁が崩せないのなら」 という形で 「次善の策」 として掲げたのは, 「3条 (1項) の違憲をいうことによって, 3条はないものとして2 条を適用する (→生後認知による国籍取得を認める)」 という解釈であった。 本判決の発想の出発点はこの線上にあると思わ れるが, 3条そのものを違憲とするのではなく, 「嫡出」 という部分の うちの一部は違憲となる, という判断を下したわけである (この点, 違 憲判決の手法の問題として後述する)。 筆者は, 本件に関しては, 結論として日本国籍の取得を認めたことは 妥当であり, 肯定的に評価できると考えるが, 判決のいう 「家族として の共同生活の実態」 の認定・確認について, 実務のレベルで今後どのよ うに対応されていくのか, については不安を覚えるものである。 なるほ ど, 本件の事例に限って見れば, 客観的に 「家族としての共同生活の実 態」 があると把握することは, おそらく問題はないであろう。 しかし, 中京法学巻3・4号 (年) ( ) 「 ―― 共同生活の実態」 といっても何らかの具体的な基準があるのでは ない (本判決も, そうした具体的な基準を示しているわけではない)。 日本人の家庭であっても, 父親が単身赴任とか海外出張等により長期に わたって不在, という世帯はごまんとあるであろう。 引用部分中にある ように, 本判決自身も, 今日の社会にあっては家族のありようも様々で あって, どういう家族が正常な家族か, などということは一義的には定 められない旨の指摘を行なっているのである。 したがって, 本判決のスタンスに立つと, まず, 実務レベルにおいて, 「家族としての共同生活の実態」 があるかどうか, を, どのように調査・ 確認すべきか, という問題が生じてくる。 本判決後, 実務担当者から真っ () 先に不安の声が上がったのはこの点である。 末端の職員に過重な負担と 責任を押しつける結果になってしまっては何もならない。 「法律上の婚 姻関係」 という 「枠」 を取り払ってしまったことによって, 新たな 「よ りどころ」 をどこに求めたらよいのか, 明確な答えは見いだせない。 第2に, その点とも関連するが, 「 ―― 共同生活の実態」 云々という 指標が担当職員によってあまりにも厳格に運用されることになると, 同 種のケースに該当する子について, 日本国籍取得の可能性を不当に狭め る結果になりかねない点も懸念されるところである。 本件のような, 日 本人男性 (父) とフィリピン人女性 (母) との間の婚外子に関しては, 必ずしも, そうした家族としての共同生活に恵まれていない事例も少な () くないと聞く。 もちろん, そのこと自体はやむをえない面もあろうが, そうした子が国籍取得の可否の場面においてもさらに苦渋を味わされる というのは, いささか不条理のように思われる。 そうすると, 最初の問題に立ち返って, 本判決も指摘するように, 「事実上の婚姻関係すら存在していない事例」 であっても, 一定の要件 の下に (たとえば, 認知があれば) 国籍取得を認めるという方策はどう () であろうか。 本判決は, これを 「立法論の問題」 と述べるに止めるのみ (したがって, 頭から否定はしていないが) であるが, この点について ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) 次項で敷延してみよう。 (2) 認知の遡及効は認められないか 認知の効力は (民法条にかかわらず) 国籍法上は遡及しないとさ れている。 この点, 本件と同様, 日本人父とフィリピン人母との間の婚 外子にかかる事案についての先例で, 本判決文中でも度々引用されてい る最2小判平..判例時報 号頁は, 「生来的な国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定される ことが望ましいところ, 出生後に認知されるか否かは出生の時点では未 確定であるから, 法2条1号が, 子が日本人の父から出生後に認知され たことにより出生時にさかのぼって法律上の父子関係があるとは認めず, 出生後の認知だけでは日本国籍の生来的な取得を認めないものとしてい ることには, 合理的根拠があるというべきである」 () と述べている。 しかしながら, 仮に 「生来的な国籍の取得は, 子の出生時に確定的に 決定されることが望ましい」 ことが否定できないとしても, この要請も, 常に絶対のものではないように思われる。 実際に, 出生後の認知である が, 何らかの事情で胎児認知ができなかったような事情が存在するのな らば, 胎児認知があった場合に準ずるものとして扱い, 生来的な国籍取 () 得を認容した先例も存在している。 もっとも, 「胎児認知」 という制度 の存在が一般にはあまり知られていないということもあろうが, そもそ も 「胎児認知」 と 「生後認知」 とを峻別すべき理由がいかほどのものな () のか, 筆者には理解できない。 また, 筆者は, 「国籍の浮動性の防止」, 「二重国籍の発生の防止」 の 中京法学巻3・4号 (年) ( ) 必要性はそれなりに理解できるつもりであるが, しかしそれは, 生後認 知の遡及効を認めないというだけではそもそも実現は不可能である。 後 天的な国籍取得の手段も存在すれば, 逆に, 争訟の結果として日本国籍 を (始めに遡って) 失うことも起こりうる。 さらに, 憲法は 「国籍離脱 () の自由」 をも認めている (条2項) のである。 したがって, 事例の内容によって, 裁判官の 「大岡裁き」 的な判断に よって日本国籍の生来的な取得が認められるケースが生ずるくらいであ るなら, 法改正により正面から認知の遡及効を認めるという方法も, あ () ながちおかしくはないと考えるのである。 (3) 「違憲判決」 の手法の観点から 本判決は, 法3条1項中の 「嫡出」 の部分が一部無効になる, という 興味深い (違憲) 判決手法を示した。 憲法訴訟論上, この点はどのよう に評価できるのであろうか。 本判決の理解によると, 同条の趣旨は, 「婚姻に基づく家族としての 共同生活」 の実態があれば (その子に) 国籍を取得させる, ということ だ, と捉えられ, (少なくとも) 本件における 「子」 のようなケースで 国籍が取得できないのは憲法条違反である, と判示した。 筆者には, 「合憲限定解釈」 と 「適用違憲」 との両方の趣向が見いだせるように感 じられる。 本来, 「合憲限定解釈」 は, 始めから 「合憲」 になるように条文の意 味を限定するので, 違憲判決が出ることはない (当然だが)。 本判決は, 本件の 「子」 が国籍を取得することができない結果となると憲法 ( 条) 違反になるので, 本件に限っては3条1項の 「嫡出」 要件はないものと して考えよう [適用しないことにしよう] といっているのだ, と理解す るなら, 考え方としては 「適用違憲」 に近い。 ただ, 同項の 「婚姻」 と いうのは, 法律婚のみではなく事実婚 (内縁関係) のようなものも含む, ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) と考えるのだ, そう解釈すれば憲法違反にはならないのだ, と言ってい るつもりだとすれば, 「合憲限定 (拡張?) 解釈」 のニュアンスもある ように感じ取れるのである。 もっとも, 「適用違憲」 の場合, 違憲か合憲か, の場合分けを, いか () に説得力ある形で説明できるか, が注目される。 そうでなくては, 「判 決が出てみなくては判らない」 ということになってしまい, 当事者の予 測可能性を害する結果にもなりかねない。 そうすると, 最初の問題点に 戻るが, 「家族としての共同生活の実態があるか否か」 という指標は, 甚だ不明瞭で, 判断者の主観に依拠する部分の大きい, 頼りないものの ように思えてならない (先述)。 いずれにしても, 「嫡出子」 という部分を (一般的に) 違憲無効とす るのではなく, その中の一部分が (その 「一部分」 というのがどこまで であるのか, ということが, 必ずしも明瞭にならない, という点に物足 りなさが残るのであるが) 無効になる, という説明の仕方は, 興味を引 くところではないであろうか。 と同時に, 「嫡出子」 の部分がなぜ一般 的に無効とできないのか, という問題も残されている。 お わ り に 以上の通り, 筆者は, 本件において, 当該子について日本国籍取得が 認められたことは, 結果としては妥当ではなかったかと考えるのである が, 判決の論理構成自体は, どうしても妥協的な色彩が窺われるし, 将 来へ向けての不安も禁じ得ない。 やはり, しばしば指摘されるように, このような問題は, 個別的に 「例外的事例」 として処置されるのではな く, 正面から立法的解決がなされることが望ましいと言わざるを得ない。 国側が控訴したので, 今後の動向をも注意深く見守る必要があろう。 婚外子差別の問題を論ずる際に, 筆者はいつも指摘するのであるが, そこで問題となっているような男女の関係が良いか悪いかはともかくと 中京法学巻3・4号 (年) ( ) して, それは, その子本人には何ら責任のない問題であるし, 又, その 子本人の努力によってはいかんともしがたい事情によって不利益を負わ される, というのは不条理である。 子本人に, なるべく不利益を課さな いような方向での解決が望まれるところである。 思慮不足や見当違いの箇所も多々あると思われるが, 御寛恕を賜りた い。 拙稿 [後掲註 (4)] 「国籍法2条と平等原則 (続)」 頁註 (4) ※ 中にも記したことであるが, 筆者は当初, 「嫡出子・非嫡出子」 という 語を用いていた。 しかし, 「嫡出」 の語には 「正統」 の意味が含まれ, 非嫡出子の差別につながるとの指摘を受け, 「婚内子・婚外子」 という 表記に改めた。 但, 引用文中のものはそのまま用いることとしている。 本稿においても同様であるので, 一言お断りしておく。 [註] (1) 奥田安弘 家族と国籍 [補訂版] (有斐閣選書, 平) 1頁によると, 日本人と外国人との国際結婚数は, 年の段階では件だったのが, 年には3万件と, 5倍以上に増加している。 外国人登録者数も同 一期間中に万人から万人と倍以上に増加しているが, それ をはるかに上回るペースで増加している旨が指摘されている。 また, NH K総合で年月日 (土) 夜放送された 「土曜特集:世界の奥さん, ニッポンに生きる!」 によると, 現在, 結婚するカップルの組に1組は 国際結婚であるという。 筆者の主観的感想としては, 思いの外多い, とい うのが率直なところである。 (2) 住民票の婚外子記載について, 最1小判平 .1. 判例時報 号 頁 法定相続分差別 (民法条4号但書) について, 最大決平7.7.5判例 時報 号3頁 (大法廷決定は合憲。 但, 別の事案に関する東京高決平5. 6. 判例時報 号 頁は違憲), 児童扶養手当の支給要件差別について, 最1小判平.1.判例時報号頁, 最2小判平.2.判例時報 ( ) 国籍法3条1項の 「嫡出」 要件の違憲性 (長尾) 号頁 (下級審判決は多数有り, 結論も分かれている。 とりあえず, 拙稿・中京法学巻1・2合併号 [平] 頁以下に紹介したものなどを 参照)。 (3) 父母のいずれが日本人かで結論が分かれる場面などでは, 男女差別の要 素も存在する。 しかし, 父母が法律婚であれば文句なしに日本国籍を取得 できるのであるから, やはり, 問題の本質は婚外子差別と見られよう。 (4) 拙稿 「国籍法2条と平等原則」 中京法学巻1・2合併号 (平) 頁 以下「国籍法2条と平等原則 (続)」 同 巻3・4合併号 (平) 1頁以 下参照。 (5) 国籍法の改正については, 江川・山田・早田 国籍法 [第三版] (有斐 閣, 平9) −頁など参照。 国籍法 [第三版] 頁など参照。 (6) 同前 (7) 初期にあっては, 母についても認知を必要, とする説が有力であった旨 を聞くが, 今日ではそのような考え方は採られていない。 たとえば, 版注釈民法 () 親族 () 親子 () 新 (平, 有斐閣) 頁 [泉久雄執 筆], 頁以下 [前田泰執筆]。 後者においては, 「明文には反するが, 現 在ではこの結論に対する異論を見い出せない」 とし, 「 母の認知 はもは や過去の問題であるともいえよう」 [頁] と評されている。 なお, 人工生殖との関係で何か新しい問題が生ずるかとも思われたが, 年7月に公表された 「中間試案」 (「生殖補助医療により出生した子の 親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」 ) によれば, 「 ―― 出 産した女性を子の母とする」 としているので, やはり 「母の認知」 の問題 は生じない, と述べる [頁]。 (8) 前掲 (註4) 拙稿を参照。 (9) 前掲 (註4) 拙稿 「国籍法2条と平等原則 (続)」 [頁], 前掲 (註1) 奥田安弘 () 家族と国籍 [補訂版] −頁など参照。 なお, 本件のフィリピン人女性は, 日本人男性との内縁関係が成立した 時点では在留期間を延長しての滞在中であり, そのため, この女性と原告 への退去強制がらみの訴訟が提起されていたが, 訴訟進行中に在留特別許 可が付与されたことから, 取り下げによって終了している (判例時報 号 頁 [ − 頁])。 したがって, この点については本稿では立ち入らない。 () 判例時報 号頁 [頁] () 前掲 (註4) 拙稿 「国籍法2条と平等原則 (続)」 [頁] 参照。 () 「国籍訴訟 共同生活 どう判断 見えぬ基準 戸惑う法務省」 朝日 新聞平成年4月日朝刊 [面]。 ( ) 同前 「国籍訴訟 共同生活 どう判断 ―― 」 は, 「日比国際児 (JFC) 中京法学巻3・4号 ( 年) ( ) の人数は明らかになっていないが, NGOなどによると, 少なくとも数万 人はいるという」, 「しかし, 父親捜しなどを支援している るネットワーク JFCを支え (東京都千代田区) によると, これまで扱った約件の うち6割が非婚で, ほとんどは日本人男性とフィリピン人女性の関係は破 局しているという」 と伝え, 同ネットワークのスタッフの, 「判決は評価 できる。 でも, 共同生活が国籍取得の前提になっていて, どれだけのJF Cが対象になるのか…」 という談話を紹介している。 本件の原告は, かな り恵まれている方であるともいえよう。 また, フィリピン人母が子をつれ て自国へ帰国してしまっているケースもかなりの数にのぼると想像される が, 本判決のような枠組では, 救済にはならないであろう。 () 判例時報号頁 [−頁]。 ( ) 評釈は多数存在するが, 多喜寛・国際私法判例百選 [平 ] 頁ほか 前掲 (註4) 拙稿 「国籍法2条と平等原則 (続)」 註[頁] に紹介の 諸文献を参照されたい。 () 最2小判平9..判例時報 号頁。 評釈は多数存在するが, とり あえず, 国友明彦・平成9年度重要判例解説頁ほか, 拙稿 (同前) 註 7 [頁] に紹介の諸文献を参照されたい。 () 前者よりも後者の方が 「実質的父子関係の結合の程度」 が弱い, と一般 的にいえるような根拠はなく, メルクマールとして意味はないと考える。 拙稿 (同前) [頁] 参照。 () 拙稿 (同前) [−頁] () 同旨, 山田鐐一・ジュリスト号頁 [頁] [前掲 (註) の最2 小判の評釈]。 () 佐藤幸治 憲法 [第三版] (青林書院, 平7) −頁。