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「公表」に関する裁判例・学説

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「公表」に関する裁判例・学説
参考資料 3
「公表」に関する裁判例・学説
【裁判例】
O157 食中毒損害賠償訴訟
(事案の概要)
平成 8 年夏に大阪府堺市で発生した病原性大腸菌O157 による集団食中毒に関し、厚
生省(当時)から原因食材の可能性を指摘されたかいわれ大根生産農家等が、「根拠の
ない公表により売上げが激減した」として、国に賠償を求め、東京と大阪で二つの訴訟
を提起(大阪の原告は原因者の可能性を指摘された生産農家であり、東京の原告は風評
被害を受けたとするかいわれ協会と第三者生産農家)
。
(訴訟の経緯)
東京地判平成 13 年 5 月 30 日では国の賠償責任が否定されたが、控訴審である東京高
判平成 15 年 5 月 21 日では国の賠償責任が認められた。大阪地判平成 14 年 3 月 15 日及
び控訴審である大阪高判平成 16 年 2 月 19 日でも国の賠償責任が認められた(各高裁判
決に対しては国が最高裁に上告受理の申立を行ったが、いずれも不受理が決定された。
)
。
(判旨)
○東京地判平成 13 年 5 月 30 日(判例時報 1762 号 107 頁)
「以上の検討によれば、①本件調査及びそれらに疫学的考察を加え本件特定施設から
特定の日に出荷された貝割れ大根が本件集団下痢症の原因食材である可能性が最も
高いとした判断に不合理な点は認められないから、本件各報告の結論自体合理性を欠
くという前提で本件各公表の違法をいう原告らの主張は理由がない、②本件各公表は、
非権力的な事実行為にすぎず、必ずしも法律の明示の根拠が必要とは考えられないか
ら、本件各公表には法律上の根拠を欠いているから違法であり、憲法二九条二項にも
違反するとの主張も採用できない、③本件各公表は、本件集団下痢症に関して重大な
関心を寄せていた国民に対する情報提供と食中毒事故の拡大防止及び再発防止の観
点から行われたものであり、それは食品衛生法の目的及び各規定並びに食中毒処理要
領の趣旨に沿った措置であり、本件集団下痢症の原因究明のための調査結果が判明次
第、上記のような目的を持って速やかにその結果を国民に公表することは、当然に必
要な事柄であり、公表の目的に合理性がなく、不相当なものであったとは認められず、
また、その公表方法も、本件調査の結果に基づく疫学的判断を正確に公表し、本件中
間報告の内容が正確に報道がされ、社会的混乱を避けるための一定の配慮が行われて
いると認められるから、不相当な公表方法であったとは認められず、被告の本件各公
表が国家賠償法上違法であるとの原告らの主張は認められない。
」
○東京高判平成 15 年 5 月 21 日(判例時報 1835 号 85 頁)
「カ
しかしながら、本件において、厚生大臣が、記者会見に際し、一般消費者及び
食品関係者に『何について』注意を喚起し、これに基づき『どのような行動』を期待
し、『食中毒の拡大、再発の防止を図る』目的を達しようとしたのかについて、所管
する行政庁としての判断及び意見を明示したと認めることはできない。かえって、厚
生大臣は、中間報告においては、貝割れ大根を原因食材と断定するに至らないにもか
かわらず、記者会見を通じ、前記のような中間報告の曖昧な内容をそのまま公表し、
かえって貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせ、これ
により、貝割れ大根そのものについて、O−157による汚染の疑いという、食品に
とっては致命的な市場における評価の毀損を招き、全国の小売店が貝割れ大根を店頭
から撤去し、注文を撤回するに至らせたと認められる。
キ
厚生大臣によるこのような中間報告の公表により、貝割れ大根の生産及び販売
に従事する控訴人業者ら並びに同業者らを構成員とし、貝割れ大根の生産及び販売に
ついて利害関係を有すると認められる控訴人協会の事業が困難に陥ることは、容易に
予測することができたというべきで、食材の公表に伴う貝割れ大根の生産及び販売等
に対する悪影響について農林水産省も懸念を表明していた(原判決一五三頁<同五五
頁四段八行目から二二行目まで>)のであり、それにもかかわらず、上記方法により
された中間報告の公表は、違法であり、被控訴人は、国家賠償法一条一項に基づく責
任を免れない。
」
○大阪地判平成 14 年 3 月 15 日(判例時報 1783 号 125 頁)
「結局、本件調査は、入院者の欠食調査に当たっては、早期発症の入院者九九名が調
査の対象から漏れていること、有症者の喫食調査結果の集計にあたっては、空欄(無
回答)のままの食品についてもすべて喫食しているものと集計していること、有症者
や入院者にO−157感染者でない者も含まれている可能性があることなど、その基
礎データの信頼性には限界があるうえ、調査対象も網羅的でないため、原因食材を大
まかな範囲で絞り込むという目的には有用であるものの、それ以上に、これによって、
原因食材を特定するというところまでの正確性、信頼性を有するものとは認められな
い。
そのうえ、中間報告作成段階では、未だ調査の途中であり、その時点で明らかにな
った事柄をまとめられたものであって、単にカイワレ大根が原因食材である可能性を
否定できないという程度の状況であるから、中間報告が、その結論部分において合理
性がないとはいえないとしても、当時のO−157感染症の発生状況に照らし、これ
から更なる調査を重ねなければならない状況下において、かかる過渡的な情報で、か
つ、それが公表されることによって対象者の利益を著しく害するおそれのある情報を、
それによって被害を受けるおそれのある者に対する十分な手続的保障もないまま、厚
生大臣が記者会見まで行って積極的に公表する緊急性、必要性は全く認められなかっ
たといわざるを得ないのである。
したがって、中間報告の公表は、相当性を欠くものと認定せざるを得ない。
また、最終報告は、その結論部分においては、なお相当性の範囲内のものといえる
としても、そこでの調査内容やその結果の記述方法は、被告が設定したカイワレ大根
が原因食材であるとの仮説に矛盾しない事実を殊更取り上げ、他方、上記仮説に合理
的な疑問を差し挟む事実については、これを軽視するか、十分な科学的根拠のない説
明によりこれを退けるなどの処理をするなど、それを読む者に対し、カイワレ大根が
本件集団下痢症の原因食材であるとの印象を与える内容になっているが相当とはい
い難い。
さらに、厚生省の行った調査結果を最終報告としてまとめて公表すること自体は、
その目的において、行政機関が取得した社会的関心事に関する情報を、広く国民に公
表することによって、国民の知る権利に奉仕するという正当性を有するものと認めら
れるものの、上記のような誤解を招きかねない不十分な内容の情報を公表し、かつ、
その記者会見の席上で、同席した専門家が、原告の農園で生産されたカイワレ大根が
本件集団下痢症の原因食材である可能性は九五パーセント程度と、ほぼ断定した判断
を示した場合には、かかる情報を受領した者は、被告が原告の農園で生産されたカイ
ワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であると判断したものと理解してもやむを得
ないものであって、これが相当でないことは明らかである。
したがって、最終報告の公表も、また、相当性を欠くものと判断せざるを得ない。
なお、被告は、本件各報告を公表する前に、それぞれ疫学等に関する各方面の専門
家に対する意見聴取を行っているが、それらの専門家に対し、基礎資料や個別の調査
結果等をどの程度開示し、どの程度具体的な説明を行っているか、そして、それらの
専門家が、本件各報告書の作成にどのように、また、どの程度関与したのかは、証拠
上不明であって、単に多数の専門家が関与していることをもって、本件各報告の公表
が相当なものであったとはいい切れない。
以上の結果、厚生大臣による本件各報告の公表は、被告の意図するところではなか
ったにせよ、結果的に、原告の名誉、信用を害する違法な行為であるといわざるを得
ないことから、国家賠償法一条により、被告は原告の被った損害について賠償する責
任を負うものと判断する。
」
○大阪高判平成 16 年 2 月 19 日(訟務月報 53 巻 2 号 577 頁)
「本件集団下痢症についてされた本件調査は,入院者の欠食調査にあたっては,早期
発症の入院者 99 名が調査の対象から漏れていること,その喫食調査結果の集計にあ
たっては,空欄(無回答)のままの食品についてもすべて喫食しているものとして集
計していること,有症者の定義があいまいであり,有症者や入院者にO−157 感染者
でない者も含まれている可能性があることなど,その基礎データの信頼性に限界があ
るなどの問題がある。そして,本件調査は,原因食材を大まかな範囲で絞り込み,
『被
控訴人が出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材である』とする仮説の一
つを立てたものの,それ以上に,原因食材を特定するというところまでの正確性,信
頼性を有するものとは認められない。本件調査は,本件各報告を公表する前に,それ
ぞれ疫学等に関する各方面の複数の専門家に対する意見聴取を行っているが,それら
の専門家に対し,基礎資料や個別の調査結果等について十分に説明をした上で検討す
ることのできる時間をかけたものとは思われないから,単に専門家が本件各報告書に
異議を述べていないことをもって,本件各報告の公表が相当なものであったとは直ち
にいい得ないことは明らかである。
厚生省が関わって調査したものである以上,客観的,事後的にみて,調査内容に合
理性がなければ,厚生大臣が個人的に本件各報告書が合理性のあるものであると信用
していたとしても,それに基づく行為の正当性を根拠づけることはできない。食中毒
の原因究明は,専門的な知見に基づく手法によるものではあるが,専門的評価ではな
くて事実の究明である。カイワレ大根は原因食材であるかないかのどちらかしか事実
はあり得ず,専門的見地に基づく先端技術の安全性の程度等の評価の加わる判断とは
全く異なるものである。
中間報告書は,調査途中の時点で明らかになった事柄を短時間でまとめただけのも
のであって,その内容は,単にカイワレ大根が原因食材である可能性を否定できない
という程度のことである。中間報告が,その結論部分においてその時点における判断
として合理性がないとはいえないとしても,さらに検証,調査を重ねなければならな
い過渡的な情報であって,それだけをわざわざ取り出して公表するほどの内容である
とまではいえない。また,上記の調査についての合理性に照らして,結果的に誤りで
ある危険性があり,その内容において公表する情報たるにふさわしいものであったと
はいえない。そして,それが一旦公表されれば,どのようにその公表の態様を工夫し
ようと,その段階では,カイワレ大根だけが原因食材として疑われているという以上,
一般の人が,カイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であるとの印象をもつことは
避けられず,対象者の利益を,何の反論の機会も与えないまま,著しく害するおそれ
があることは容易に予測できたはずのものである。この公表によって,一時的に国民
の不安感が解消した感が仮にあったとしても,それは,国民の不安感を解消する手段
として相当なものであるということはできない。
そうすると,中間報告書については,この時期に,厚生大臣が記者会見まで行って,
積極的に公表しなければならないような緊急性,必要性は認められなかったといわざ
るを得ず,その公表は相当性を欠くものと判断せざるを得ない。
次に,厚生省が,本件集団下痢症に関する調査をすべて終了した場合においては,
その調査結果を最終報告として公表することは,その目的において,行政機関が取得
した社会的関心事に関する情報を,広く国民に公表することによって,国民の知る権
利に奉仕するという正当性を有するものと認められる。
そこで,検討するのに,最終報告書は,調査終了後に作成されたものと認められる
が,そこでの調査内容や論述の方法は,必ずしも標準的な疫学調査の手法に則ったも
のであるといえるか疑問であるし,被控訴人が生産したカイワレ大根が原因食材であ
るとの仮説に矛盾しない事実をことさら取り上げ,他方,上記仮説に合理的な疑問を
差し挟む事実については,十分な科学的根拠のない説明によりこれを退ける処理をす
るなどしている。そして,最終報告書は,その情報を受け取る者に対し,カイワレ大
根が本件集団下痢症の原因食材であるとのことが解明されたかの如き誤解を招きか
ねない不十分な内容になっており,相当とはいい難いことは上記のとおりである。
さらに,上記のような誤解を招きかねない不十分な内容の情報を公表し,かつ,そ
の記者会見の席上で,同席した専門家が,被控訴人と容易に分かる特定の生産施設で
生産されたカイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材である可能性は 95 パーセント
程度であると,ほぼ断定した判断を示した場合には,かかる情報を受領した者は,被
控訴人の農園で生産されたカイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であると厚生
省が判断したものと理解してもやむを得ないものであって,これが相当でないことは
明らかである。
したがって,最終報告の公表も,また,相当性を欠くものと判断せざるを得ない。
以上の結果,厚生大臣による本件各報告の公表は,控訴人の意図するところではな
かったにせよ,上記の違法性判断基準に照らしてみれば,情報公開という正当な目的
があったとしても,結果的に,被控訴人の名誉,信用を害する違法な行為であるとい
わざるを得ない。」
【学説】
○角田真理子「食品安全に関する情報の収集とその流通−事故情報を中心に」ジュリス
ト 1359 号(2008 年)88 頁以下
「行政機関等が収集・分析した情報の公表が,事業者等に不測の損害を発生させるこ
とは,消費者安全に係る情報流通のあり方に関して常に考慮しなければならない重要
な事項である。この点に関して,食品安全情報については,人が直接摂取し生命・身
体の安全性に関わるという食品の特性が考慮されるべきである。
行政機関等が収集・分析した情報の公表や開示が事業者等に不測の損害を発生させ
ることは,消費者安全に係る情報流通のあり方に関して常に考慮しなければならない
重要な事項である。特に食品安全情報については,人が直接摂取し生命・身体の安全
性に関わるという食品の特性が考慮されるべきである。
食品の安全に関する情報の公表や情報提供は,名誉毀損と同様事業者等に回復でき
ない損害を与える場合があり,無制限にできるわけではない。しかし,食の安全に関
して消費者の安全を確保することは,事業者の営業の権利に優先すると考えられ,
O-157 事件の場合のように事実が確定できない状況でも,消費者の安全のためには公
表を行うべきである。
その際の事業者等の損害に関しては,
『危険の蓋然性がそれほど高くない段階でも,
消費者の安全のために規制権限を発動することを認めるとともに,仮に事後にその被
規制物が危険でないということが判明した場合には,損失補償を行うことを義務付け
る』という損失補償の法理で解決するという考え方がある。
また,『情報提供を主たる目的とする公表であっても,特定の者に不利益を与える
ことが予想される場合,事前の意見聴取を行う』手続を設けることなども考えられ
る。
」
○宇賀克也 行政法概説 I 行政法総論〔第 2 版〕
(有斐閣,2007 年)232 頁
「制裁としての公表に対して,取消訴訟を提起することが認められると解することは
可能であろうが,誤った公表がなされたことに起因する不利益は,公表の取消しによ
っても十分に解消されないことが多いと思われる。したがって,事前手続の保障が重
要である。情報提供を主たる目的とする公表であっても,特定の者に不利益を与える
ことが予想される場合,事前の意見聴取を行うべきである。大阪地判平成 14・3・15
判時 1783 号 97 頁も,情報提供を目的とする公表について,相手方に反論の機会を一
切与えなかったことは,手続保障の観点から正当性に問題が残ることを指摘する。国
民生活センター情報提供規程においては,事前の意見聴取の規定が設けられている。
」
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