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日本全国及び大阪における医療保険別の喫煙率格差
日本全国及び大阪における医療保険別の喫煙率格差 田淵貴大、津熊秀明 大阪府立成人病センターがん予防情報センター 【背景と研究目的】 日本で最も死亡に寄与している介入可能な生活習慣要因は、喫煙である[1]。タバコ対策 の推進のためには国民の喫煙率のモニタリングが必須であり、主に国民健康栄養調査によ り喫煙率のモニタリングが実施されている。2010 年 11 月の国民健康栄養調査によると日 本人男性の喫煙率は 32.2%であり、女性では 8.4%であった。70 歳以上の男性の喫煙率は 15.6%であった一方、30 から 50 歳代男性では 40%を超えていた。世帯所得 600 万円以上 世帯の男性の喫煙率は 27.0%であったが、200 万円未満世帯の男性では 37.3%であった。こ のように各個人の年齢・所得といった属性により喫煙率は大きく異なることが分かる。し かし、こういった情報がタバコ対策の企画立案へ結びついているとは言い難い。 実際の政策に反映するためには、医療保険別のデータが重要な役割を担うものと考えら れる。医療保険別のがん検診受診率格差を検討した先行研究では、がん検診事業が地方自 治体を実施主体として主に市町村国保加入者を対象に実施されていることから、自治体に おける施策立案に反映するために医療保険別の受診率をモニタリングすることの重要性が 示唆された[2]。タバコ対策の推進においても、自治体を実施主体とする健康診断の場にお ける禁煙指導を適切に推進・評価するためには、主な対象者である国民健康保険(市町村 国保および組合国保)加入者をはじめとして医療保険別の喫煙率および禁煙関連指標のモ ニタリングが必要だと考えられる。 大阪市は日本全国と比較して失業者や生活保護を受けている者が多いなどの特徴がある が、これまで社会経済要因と健康に関する調査はほとんど実施されてきていない。日本の 研究において都市部の非高齢者における調査研究は少なく、これらの領域は Research gap となっている。そこで我々は日本全国だけではなく、大阪府及び大阪市にも着目すること とした。 重点的に禁煙を推進・勧奨すべき集団を明らかにし、タバコ対策の推進に貢献すること を目的として、2010 年に実施された国民生活基礎調査および 2011 年に大阪市で実施され た「大阪市民の社会生活と健康に関する調査」 (以下、「大阪市民調査」 )における喫煙率に ついて加入している医療保険との関連を分析した。 【方法】 本研究では、厚生労働省が実施した平成 22 年の「国民生活基礎調査」および大阪市立大 学共同研究グループが 2011 年に大阪市住民を対象として実施した「大阪市民調査」の個票 データを使用した。 <対象 1: 国民生活基礎調査> 1 国民生活基礎調査は日本全国から調査地区と世帯を無作為に 2 段階抽出して世帯員全員 について毎年実施される調査であり、喫煙については 3 年に 1 回調査されている。2010 年 6 月には 228,864 世帯(609,019 人)から有効回答が得られた(有効回答率 79.1%) 。日本 全国における対象者は、2010 年国民生活基礎調査に回答した 25 から 64 歳の男性 134,090 名および女性 142,221 名であり、大阪府における対象者は同様に 4,225 名および 4,688 名 である(入院中および年齢不詳、医療保険不詳の者は除外した)。厚生労働省から目的外利 用の許可を得て個票を使用した。 <対象 2: 大阪市民の社会生活と健康に関する調査(大阪市民調査)> 2011 年 10 月、大阪市健康福祉局、大阪市立大学の共同研究事業として、大阪市内の 100 地点(丁町大字レベル) 、それぞれの地点から 63 人(5%に転居などの無効サンプルが含ま れると推定し、各 60 人が得られるように設計)の大阪市住民を層化二段ランダムサンプリ ング法により住民基本台帳から抽出し、社会経済要因と健康に関する調査(郵送+訪問回 収)を実施した。この調査では、住民の社会経済要因の代表として医療保険、生活習慣と して喫煙などを含めた生活全般と医療受療行動について包括的な項目を設定した。合計 6,191 人の有効抽出標本が得られ、3,245 人(回収率 52.4%)から有効回答が得られた。 <喫煙および医療保険の定義> 喫煙は「現在吸っている」と「現在吸っていない」(「止めた」もしくは「もともと吸わ ない」)の 2 値変数として、調査時点の喫煙率を求めた。 国民生活基礎調査における医療保険については、 「国民健康保険(市町村もしくは組合)」 と「被用者保険(加入者本人もしくは被扶養者)」 、 「その他」の 3 つに分類されている。 「そ の他」の医療保険には生活保護や無保険等が該当する。「勤務先の企業規模および勤務先が 官公庁であるかどうか」に基づいて「被用者保険本人」を 4 グループに分類した。すなわ ち、官公庁に勤務している者を「共済組合」、従業員数が 100 人未満の企業に勤務している 者を「協会けんぽ」、従業員数が 100 人以上の企業に勤務している者を「健保組合」、残り の者を「いずれかの被用者保険」に加入しているとみなした。 大阪市民調査における医療保険については「1. 国民健康保険 2.協会けんぽ 3. 健保組 合 4. 共済組合 5. 船員保険 6. 日雇健康保険 7.その他 8.生活保護の医療扶助 9. いずれにも加入していない」の9項目に分類されている。サンプルサイズが少ないため、5-7 をまとめて「船員/日雇/その他」、8-9をまとめて「生活保護/無保険」と分類した。 <統計解析方法> 高齢者における医療保険加入者の分布には偏りが存在するため、解析対象者を現役世代 成人の 25-64 歳に限定した。国民生活基礎調査データの解析においては直接法による年齢 調整を実行した。すなわち年齢階級別(全国:5 歳毎、大阪府:10 歳毎)に各喫煙率を求 め、2010 年国勢調査による男女別年齢階級別人口を標準人口として用いて、年齢調整喫煙 率を算定した。大阪市民調査では、医療保険毎のサンプルサイズが少ないため年齢調整は 施行せず、各群における平均年齢を提示した。 2 【結果】 国民生活基礎調査を用いた日本全国 25-64 歳における男女別の医療保険別の年齢調整喫煙 率を表 1 に示す。男性では「その他」の喫煙率が最も高く 55%、次に市町村国保および協 会けんぽで 48-49%であった一方、共済組合では 31%と低い喫煙率がみられた。女性でも「そ の他」の喫煙率が最も高く 29%、次に市町村国保で 19%、協会けんぽで 16%であった一方、 共済組合では 5%と低い喫煙率がみられた。被用者保険被扶養者は本人に比して喫煙率が低 かった。 表1. 日本全国の男女別医療保険種別年齢調整喫煙率、国民生活基礎調査2010年6月 医療保険種 現在喫煙, % (95%CI) N (%) 30.7 (29.6-31.7) 共済組合本人 8,558 (6.4) 健保組合本人 協会けんぽ本人 いずれかの被用者保険本人 被用者保険被扶養者 組合国保 市町村国保 その他(生活保護や無保険等) 25-64歳男性合計 共済組合本人 健保組合本人 協会けんぽ本人 いずれかの被用者保険本人 被用者保険被扶養者 組合国保 市町村国保 その他(生活保護や無保険等) 25-64歳女性合計 39,805 (29.7) 29,716 (22.2) 14,924 (11.1) 2,923 (2.2) 2,694 (2.0) 33,170 (24.7) 2,300 (1.7) 134,090 (100.0) 5,655 (4.0) 21,196 (14.9) 21,558 (15.2) 4,974 (3.5) 48,490 (34.1) 2,498 (1.8) 36,017 (25.3) 1,833 (1.3) 142,221 (100.0) 42.0 (41.4-42.5) 48.5 (47.9-49.0) 45.3 (44.5-46.2) 43.3 (41.2-45.4) 46.9 (45.0-48.8) 48.2 (47.6-48.8) 55.4 (53.3-57.5) 44.7 (44.4-44.9) 5.3 (4.6-5.9) 15.0 (14.5-15.5) 15.5 (15.0-16.0) 14.2 (13.2-15.1) 11.1 (10.8-11.4) 14.8 (13.4-16.2) 19.3 (18.9-19.8) 29.1 (27.0-31.2) 14.0 (13.8-14.2) 国民生活基礎調査を用いた大阪府の 25-64 歳における男女別の医療保険別の年齢調整喫煙 率を表 2 に示す。男性では「その他」や「国保」の喫煙率が高く 48-50%、次に協会けんぽ で 44%であった一方、共済組合では 28%と低い喫煙率がみられた(男性ではまれな被用者 保険被扶養者で 53%と最も高い喫煙率がみられたが、その他と同様サンプル数は少ない)。 女性でも「その他」の喫煙率が最も高く 51%、次に市町村国保で 21%であった一方、共済 組合では 4%と低い喫煙率がみられた。日本全国における結果と同様、被用者保険被扶養者 は本人に比して喫煙率が低かった。 3 表2. 大阪府の男女別医療保険種別年齢調整喫煙率、国民生活基礎調査2010年6月 医療保険種 現在喫煙, % (95%CI) N (%) 共済組合本人 243 (5.8) 28.2(22.5-33.9) 1240 (29.3) 40.7(37.9-43.5) 健保組合本人 725 (17.2) 44.1(40.4-47.8) 協会けんぽ本人 646 (15.3) 44.8(40.9-48.7) いずれかの被用者保険本人 93 (2.2) 53.0(41.4-64.7) 被用者保険被扶養者 107 (2.5) 48.7(39.4-58.0) 組合国保 1030 (24.4) 48.5(45.3-51.6) 市町村国保 89 (2.1) 50.0(39.4-60.5) その他(生活保護や無保険等) 25-64歳男性合計 4225 (100.0) 43.6(42.1-45.1) 122 (2.6) 4.1 (0.6-7.6)* 共済組合本人 631 (13.5) 19.4(15.9-22.9) 健保組合本人 482 (10.3) 15.5(12.3-18.7) 協会けんぽ本人 249 (5.3) 18.8(14.0-23.6) いずれかの被用者保険本人 1784 (38.1) 11.6(10.1-13.1) 被用者保険被扶養者 108 (2.3) 16.3(9.3-23.3) 組合国保 1192 (25.4) 20.7(18.2-23.2) 市町村国保 69 (1.5) 50.9(39.2-62.7) その他(生活保護や無保険等) 25-64歳女性合計 4688 (100.0) 15.9(14.8-16.9) *サンプル数の少ないカテゴリーのため、年齢調整を実施していない。 大阪市民調査を用いた 25-64 歳大阪市民における男女別の医療保険別の喫煙率を表 3 に 示す。 (男性の「生活保護/無保険」では平均年齢が高かったが、その他では大きな年齢分布 の偏りは認めなかった。 )男性では「生活保護/無保険」の喫煙率が最も高く 58%、次に国民 健康保険で 41%、健保組合で 39%であった一方、共済組合では 25%と低い喫煙率がみられ た。女性でも「生活保護/無保険」の喫煙率が最も高く 43%、次に国民健康保険で 22%、協 会けんぽで 18%であった一方、共済組合では 9%と低い喫煙率がみられた。ただし、「生活 保護/無保険」の対象者数は少ない。 4 表3. 男女別の医療保険種別喫煙率、大阪市2011年10月 医療保険種 N (%) 平均年齢 (SD) 共済組合 健保組合 協会けんぽ 国民健康保険 船員/日雇/その他 生活保護/無保険 25-64歳男性合計 共済組合 健保組合 協会けんぽ 国民健康保険 船員/日雇/その他 生活保護/無保険 25-64歳女性合計 現在喫煙, % (95%CI) 83 (5.7) 43.6 (9.8) 25.3 (16.4-36.0) 423 (29.1) 282 (19.4) 552 (37.9) 16 (1.1) 100 (6.9) 1456 (100.0) 106 (5.9) 541 (30.4) 358 (20.1) 692 (38.8) 29 (1.6) 56 (3.1) 1782 (100.0) 43.7 (10.8) 47.8 (10.9) 45.2 (12.6) 44.1 (10.8) 53.3 (9.5) 45.7 (11.7) 42.0 (10.6) 43.3 (10.7) 44.2 (10.9) 44.8 (12.8) 41.0 (13.1) 41.9 (11.1) 43.9 (11.7) 39.2 (34.6-44.1) 36.5 (30.9-42.4) 40.8 (36.6-45.0) 37.5 (15.2-64.6) 58.0 (47.7-67.8) 39.8 (37.2-42.3) 9.4 (4.6-16.7) 12.4 (9.7-15.5) 17.9 (14.0-22.2) 21.8 (18.8-25.1) 17.2 (5.8-35.8) 42.9 (29.7-56.8) 18.0 (16.3-19.9) 【考察】 日本における喫煙率は、日本全国・大阪府(国民生活基礎調査)、大阪市(大阪市民調査) において、「共済組合」加入者はその他の医療保険加入者と比較して喫煙率が低く、「協会 けんぽ」、「国民健康保険」や「生活保護/無保険」では喫煙率が高かった。男女ともに同様 の傾向であった。全国女性では専業主婦が多く含まれると考えられる「被用者保険被扶養 者」は比較的喫煙率が低かった。このように喫煙率には医療保険別に大きな格差があるこ とが明らかとなった。 次期健康増進計画では喫煙率 12%(男女合計)が目標とされているが、医療保険別に目 標の達成見込みには大きな差異があると考えられる。最も喫煙率の低い「共済組合」では 全国男性で平均より約 15 ポイント低く(30.7%)、全国女性では平均より約 10 ポイント低 く、約 5%の喫煙率となっていたのに対して、「協会けんぽ」、「国民健康保険」や「生活保 護/無保険」では全国男性で 50%前後、全国女性では 16-29%の高い喫煙率となっていた。 タバコに関する情報格差や禁煙外来・支援を受けるための休みがとれない事情、あるいは 禁煙化されていない喫煙者の多い職場など複合的な社会的要因がこれらの医療保険加入者 の喫煙行動に影響を与えているものと推察される。受動喫煙を防止するために全国で展開 されているタバコ対策のうち、禁煙化政策は主に官公庁や公的施設に限定されており、民 間の職場や家庭は多くの場合禁煙化の対象外とされている。受動喫煙の害から全員が守ら れるべきだと考えられるが、多くの飲食店等禁煙化されていない職場では職員が受動喫煙 から守られておらず、現在の禁煙化の状況は公平ではない。タバコ対策先進国にならい、 全職場における禁煙化を実施することが公平な禁煙化政策である。 2011 年の大阪市民調査は 2010 年 10 月に実施されたタバコ値上げ後の調査であるにもか かわらず、大阪市女性では 2010 年 6 月の日本全国女性の喫煙率よりも全体的に高い喫煙率 5 を呈した。これは都市部では女性の喫煙率が高いという先行研究の結果と一致している[3]。 一方、男性では都市部では喫煙率が低いことが報告されており[3]、大阪の男性の喫煙率は 全国男性の喫煙率よりも低い傾向を示した(大阪市調査では 2010 年タバコ値上げの影響も 考えられる) 。しかし、「生活保護/無保険」の大阪市男性においては 58%と高い喫煙率が認 められた。 このように高喫煙率を呈する集団が明らかになったことから、医療保険別の禁煙対策を 検討する必要があり、政策への反映が期待される。自治体で実施される健診の場における 喫煙者への禁煙支援は、主な対象者である国民健康保険加入者の喫煙率が高いことから、 喫煙格差是正(公平性)の観点からも強化するべき社会政策だと考えられる。すなわち、 タバコ対策では格差是正も考慮に入れてハイリスク者に焦点を絞ったハイリスクポピュレ ーションアプローチ戦略(高喫煙率集団に対する禁煙支援)が必要である[4]。ただし、共 済組合以外における喫煙率は大きく違わないことから、一つの集団だけへの介入はあまり 適切ではないかもしれない。全体的に喫煙率を減少させる住民全体に対するポピュレーシ ョンアプローチ戦略(タバコ増税および全ての空間の禁煙化)がより優先順位の高いタバ コ対策であると考えられる。 【謝辞】 本研究は厚生労働省科学研究費補助金ならびに大同生命厚生事業団地域保健福祉研究助成の支 援のもと実施された。 【参考文献】 1. Ikeda, N., et al., Adult mortality attributable to preventable risk factors for non-communicable diseases and injuries in Japan: a comparative risk assessment. PLoS Med, 2012. 9(1): p. e1001160. 2. 田淵貴大, 中山富雄, 津熊秀明, 日本におけるがん検診受診率格差~医療保険のインパ クト~. 日本医事新報, 2012. 4605: p. 84-88. 3. Fukuda, Y., K. Nakamura, and T. Takano, Socioeconomic pattern of smoking in Japan: income inequality and gender and age differences. Ann Epidemiol, 2005. 15(5): p. 365-72. 4. Frohlich, K.L. and L. Potvin, Transcending the known in public health practice: the inequality paradox: the population approach and vulnerable populations. Am J Public Health, 2008. 98(2): p. 216-21. 6