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(最終回)「一人自営業者は労働者か」
ドイツ便り・第 3 回(最終回) 「一人自営業者は労働者か」 法学部教授 新谷 眞人(あらやまさと) ベルリン・オスドルファーシュトラッセのアパートの一室から,日大生と先生方,事務 職員の皆さんに新年のご挨拶を申し上げます。 「ん?駅の時計が狂っているのかな?」しばらく戸惑ってハッと気がついた。10 月 30 日で サマータイムが終わったのである。時計を 1 時間遅らせて標準時間にもどすのだ。なるほ ど合理的だ。昨日までは,朝は 8 時過ぎでないと明るくならないが,それが 7 時になる。 夕方は,逆に 17 時頃から暗くなる。古代ゲルマン時代,冬の夜はどんなに暗く,長く,寒 か っ た こ と で あ ろ う 。 今 は , 11 月 末 か ら 市 内 の あ ち こ ち で ク リ ス マ ス マ ー ケ ッ ト (Weihnachtsmarkt)が開かれる。ここには,飲食店の出店ばかりでなく観覧車などの遊具も あり,大人も子どもも夜遅くまで楽しめる。これも生活の知恵かもしれない。 12 月 12 日,日本から労働法研究者の調査団が来て,私も参加した。ドイツでは,2000 年代半ばの社会保障法改革(ハルツ改革)以来,一人自営業者(Solo- Selbststaendige)とよ ばれる就業者が増えており,不安定な地位,低所得,年金・医療保険制度の未整備などが 焦眉の課題となっている。調査の目的は,問題の所在と背景,今後の対策を明らかにする ことであった。ヒアリングは,労働組合,使用者団体,連邦労働社会省,弁護士,国会議 員を対象とした。望みうる最高の訪問先といえよう。 日本の個人事業主問題とはっきり異なるのは,自営業者は,Solo であろうとなかろうと, 法概念としては労働者(Arbeitnehmer)ではないということが大前提だということである。 自営業者となるには,まず本人の意思が重要であり,また保険制度上のチェックも受ける。 使用者も,真の自営業者かどうかを確認してから契約を締結する。だから,日本のように, 使用者が勝手に,学生アルバイトに対して,労基法や労災保険法の適用を免れるために「あ なたは個人事業主として契約してください」などということはありえない。 サービス産業 労働組合のベルディ(Ver.di)は,プレカリアート状態にある一人自営業者の地位の向上をめ ざして,組織化と団体交渉に取り組むとしている。しかしその場合も,あくまでも労働者 とは区別した運動形態となるであろう。日本的発想では「個人事業主も労働者と認めよ!」 ということになりそうだが,ドイツの労働組合にそういう考えがあるようにはみえなかっ た。一人自営業者の問題は,基本的には社会保障法の問題であって,労働法は適用されな いというのが,政労使の共通認識であると思われる。しかし,その社会保障制度をどのよ うに構築するかは,議論が始まったばかりである。 (写真は 12 月 13 日 Ver.di 本部にて。右 から 2 人目と 3 人目が組合関係者,左端が筆者。 ) さて,2012 年 2 月末日で筆者の留学期間が終わる。このドイツ便りも今回をもって最終 回としたい。昨年 4 月 10 日にベルリンに到着してから約 11 ヵ月になる。この間 11 月に還 暦を迎え,ドイツのクリスマス,大晦日そして正月を経験した。ミュンヘンのオクトーバ ーフェストも,しっかり楽しんだ。肝心の研究のほうは,けっして十分とはいえないが, 最低限の成果は発表できそうである。この留学の意義の大きさ,貴重さを実感できるのは, おそらく数年後であろう。このような機会に恵まれたことに,日大関係者と学生諸君に改 めて御礼を申し上げる。(10, Januar 2012)