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量的形質選択理論の基礎

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量的形質選択理論の基礎
量的遺伝学を利用した自然選択説の
基礎的な統計学的理解
1. ダーウィン・ウォーレスの自然選択説
ガラパゴス諸島のダーウィンフィンチのくちばしの厚さ
のバリエーションと種分化はなぜ起こったか?
ダーウィンとガラパゴス諸島
1831年(22歳)ビーグル号での
世界一周旅行
ダーウィン・ウォーレスの自然選択説
クチバシ等の形質の変化(進化)はどのようにして
起こるのか?
祖先種
ガラパゴス諸島
南米大陸
親の世代
頻度
繁殖できた個体
形質の変異
適応度
1.0
2.0
子の世代
形質に相関する
適応度の差
頻度
形質の遺伝
1.5
メンデル学派からの批判
メンデルの法則
エンドウを使ったある形質についての遺伝法則
1遺伝子座について AA Aa aa
優生の法則 丸 丸 しわ
分離の法則
2遺伝子座について
独立の法則
形質の遺伝と発現は不連続に起こるもので、
自然選択説における形質の連続的な変異や連続的な
変化は正しくない。
ポリジーンの理解による瓦解
メンデルはある形質(エンドウの豆の形等)に1つか2つ
の遺伝子に支配される場合を扱った
しかし、多くの形質は多数の遺伝子(ポリジーン)によって
支配されていることがわかってきた。
非常に多くの遺伝子がある1つの形質に影響を与え、また
1つ1つの遺伝子の効果が小さい場合、各遺伝子型は形質
値に連続的変異を与え、また加算的(相加的)な効果を及
ぼすと考えられる。
A
B
C
D
a
b
c
d
実際は連鎖しているとは
限らないが・・
例えば、上の各遺伝子が形質値X(体長)に与える影響が、
A, B, C, Dの場合 2で、a, b, c, dの場合 1で,それぞれ相加的
に効果を持つとき、
遺伝子型AABBCCDDでは
X = 4+4+4+4 = 16
遺伝子型aabbccddでは
X = 2+2+2+2 = 8
集団が、各遺伝子のラン
ダムな組合せをもつとす
ると各形質値をもつ個体
の頻度分布は右図の通り
8
12
16
X
1)質的形質
ハエの目の色
エンドウ豆の形
少数の遺伝子によって支配
メンデル遺伝
2)量的形質
ハエの体長
多くの行動
多数の遺伝子(ポリジーン)によって支配される
ことが多いが、少数の遺伝子に支配される場合も
ある
量的形質遺伝
2. 量的形質と自然選択
1)育種価(Breeding values)の定義
個体の相加的な遺伝効果によって決まる形質値の,
集団平均からの偏差を「育種価」と呼ぶ
集団平均が 0 のとき,個体の形質値 x は,育種価 a
非相加的遺伝効果 p,ランダムな環境効果 e
によって決まるので,
x = a + p + e p を無視できるときは, x = a + e となる.
また,集団での育種価の分散は「相加遺伝分散(Va)」
である.
2)量的形質における遺伝率の定義
親から子への遺伝による効果を現すものは遺伝率( h2 )
である.普通,子のある形質(x形質,例えば翅の長さ)
の変動(Vx)は遺伝分散(Vg)と環境分散(Ve)によっ
て決まると考えられる.また,遺伝分散には相加的効果
(Va)と非相加的効果(優性:Vd,エピスタシス:Vep)
があるので,
Vx = Vg + Ve = Va + Vd + Vep + Ve
このとき,広義の遺伝率は, h2 = Vg / Vx
2
狭義の遺伝率は, h = Va / Vx
通常,狭義の遺伝率を「遺伝率」と呼ぶ.
3)ゴールトンによる量的形質の遺伝率の測定
(1形質の場合)
親の形質とその子の同じ
子
形質を散布図にプロット
の
すると、直線関係が得ら
身 z = E(z)
れる。
長
z
親と子でその形質値を
x=a+e
z = a + e’とすると,
x = E(x)
傾きの回帰係数 b は,
回帰
両親の平均身長 x
b = Σ (xi – E(x))(zi – E(z)) / Σ (xi – E(x))2
= Cov(x, z) / V(x)
= Cov(a + e, a + e’) / V(x)
= V(a) / V (x) = Va / Vx = h2
よって,
z = h2 x + constant
共分散(Covariance)は,2変数の間の関係性を計測
するときの統計量
Cov(x, z) = Σ (xi – E(x))(zi – E(z)) / n,(確率pi = 1/n のとき)
z
z
x
Cov(x, z) > 0
z
x
Cov(x, z) = 0
x
Cov(x, z) < 0
ちなみに,以下が成り立つ.
Cov(x+e, z+e’) = Cov(x, z) + Cov(x, e’) + Cov(z, e) + Cov(e, e’)
4)生存率への選択が働く場合,
x の集団平均:E(x) = x
E(z’)
E(z)
選択後も同様な親子間の
遺伝的関係が続くので,
E(z)–E(z’) = h2 (E(x)–E(x’))
R = h2 S
E(x) E(x’)
R:選択反応
(selection response) S:選択差
(selection differential)
親の世代
頻度
繁殖できた個体
適応度
S
E(x) E(x’)
x
x
頻度
子の世代
E(z’)
z
Sを決め
るここの
関係は?
3.自然選択の測定:形質 x の変化と適応度との関係
親の形質の選択前の値を xi とし、そのときの絶対適応度
をWi、相対適応度をwi とおく。また、xi の相対頻度を pi
とおく。
E(x) = Σ pi xi
E(w) = Σ pi wi
wi = Wi / E(W)
= Σ pi Wi / E(W)
Σ pi = 1
= E(W) / E(W) = 1
選択後の相対頻度 pi’ は、 pi
pi’ = pi wi / Σ pi wi
= pi wi / E(w)
このとき、
Σ pi’ = 1
E(x) E(x’)
xi
プライス(Price)の方程式
選択後の形質
S = ΔE(x) = E(x’) - E(x)
xi’ = xi + Δx
= Σ pi’(xi + Δx) - Σ pi xi
= Σ {pi wi / E(w)} (xi + Δx) - Σ pi xi
= {1/E(w)}{Σ pi wi xi - E(w) Σ pi xi + Σ pi wi Δx}
= {1/E(w)}{Ε(wi xi) - E(w) E(xi) + E(w Δx)}
= {1/E(w)}{Cov(w, x) + E(w Δx)}
E(w) ΔE(x) = Cov(w, x) + E(w Δx)
E(w) = 1 のとき、
ΔE(x) = Cov(w, x) + E(w Δx)
Cov(w, x)
= Σ pi{wi - E(w)}{xi - E(x)}
= Σ pi wi xi - E(w) E(x)
= Ε(wi xi) - E(w) E(xi)
選択前後で形質変化がないとき、E(w Δx) = 0
ΔE(x) = Cov(w, x) = S :選択差
単純な例、 ΔE(x) = S = Cov(w, x)
ある形質(x)とそれを持つ個
体の適応度(w)に正の相関が
ある個体群では,両者の
データから、選択後に平均
翅長がどの方向に、どれく
らい変化するかを予測でき
る。
w
x cm
あるいは選択が繁殖前の生存率にだけ働く場合,トンボの
翅の長さとその適応度の共分散の値が0.2だったとすると,
繁殖にできた親では平均翅長が0.2cm長くなっていると
考えられる.さらに,子の世代での反応差を見るには子に
発現する際の遺伝の効果を問題にしなければならない.
再び, R:選択反応 S:選択差
R = h2 S = (Va / Vx ) S
= (Va / Vx ) Cov (w, x)
= Va {Cov(w, x) / Vx}
= Va β
相対適応度 w
4)選択後の子における反応(選択反応)
w=βx+e
形質x
あるいは,Δz = G β ただし,Gは相加遺伝分散
このとき, β は選択傾斜(Selection gradient)と呼ばれ,
形質xに対してその個体の相対適応度をプロットしたと
きの回帰直線の傾きにあたる.
よって,ある形質の遺伝分散と選択傾斜がわかると,
子における選択反応(形質の変化の程度)が推定される.
選択差の推定
S = Cov(w, x)
= Cov(βx + e, x), w = β x + e より
= Cov(βx, x) + Cov(e, x)
= Cov(x, x) β
= Vx β
よって,選択前後の形質値 x の変化(差)は,選択前
の形質値の分散 Vx と選択傾斜 β の積で求められる.
ある例
トンボの雄の後翅長とその適応度(例
えば生涯で雌と交尾できる頻度)の回
帰直線の傾きが β=0.2 で,その後翅長
の分散が Vx =4 だったとすると,全体
の雄の中で実際に交尾できた雄の平均
後翅長は,
交尾頻度
w = 0.2 x + e
後翅長 mm
S= Vx β = 4 x 0.2 = 0.8 mm
だけ長くなっていると期待できる.また子への遺伝は雄から
が主でその遺伝率が h2 = 0.4 であるとすると,子の世代の
平均後翅長は,
R = h2 S = 0.4 x 0.8 = 0.32 mm だけ長くなると期待できる
4.お互いに相互作用を持つ複数形質の場合
ー 形質間の相関を含め,より一般的に ー
子の形質 z は n 個の形質の列ベクトルとして考えよう.
n = 2 の場合,
z1
z= z
2
形質,z1とz2の間に表現型的,遺伝的に相関があるとき,
一方への選択や,遺伝的な変化は他方への影響を及ぼす
ことになる.よって各形質値の選択反応(Rに相当)は,
Δz1 = G11β1 + G12β2 ただし,G11はz1の相加遺伝分散
Δz2 = G21β1 + G22β2 G22はz2の相加遺伝分散
G12=G21は両者の遺伝共分散
Δz1 = G11β1 + G12β2
Δz2 = G21β1 + G22β2
Δz =
Δz1
Δz2
=
G11β1 + G12β2
G21β1 + G22β2
G11 G12
=
G21 G22
β1
β2
よって,Δz = G β,
G11 G12
ただし,G =
G21 G22
β=
: 相加遺伝分散共分散行列
β1 : 選択傾斜列ベクトル
β2
また,
β=
β1
β2
: 選択傾斜列ベクトルの各成分は,
相対適応度 w を従属変数とし,各形質を独立変数
としたときの,重回帰分析における各変数の傾きの
偏回帰係数に相当する.
ある独立変数の傾きの偏回帰係数とは,他の独立変数
の影響を消去した状態でのその変数による従属変数へ
の効果を表す.
w
x2
w = β1x1 + β2x2 + β3x3 + ·······
x1
選択差の推定
S1 = Cov(w, x1)
= Cov(β1x1 + β2x2 + β3x3 + ·······, x1)
= Cov(x1, x1) β1 + Cov(x2, x1) β2 + Cov(x3, x1) β3 + ······
= P11 β1 + P21 β2 + P31 β3 + ····
同様に
S2 = P12 β1 + P22 β2 + P32 β3 + ····
S3 = P13 β1 + P23 β2 + P33 β3 + ····
よって,
S1
S2
S=
S3
=
β1
β2
β3
····
····
P11 P12 ······
P12 P22 ······
P13 P23 ······
··················
S: 選択差列ベクトル
P: 表現型分散共分散
行列
=Pβ
5.実際の測定例:Lande & Arnold (1983) より
嵐の翌日早朝に,ミシガン湖の岸辺に打ち上げられた
カメムシ科の成虫(Euschistus variolarius)が採集された.
死んだ個体:55頭,生きた個体39頭
状態から明らかに,夜に水面に落とされた個体であり,
死んだ個体は,早く落ちて,その後長時間経ったもの
だと推測された.また,早朝の低い気温から,生きた
個体で再び飛去した個体はいないだろうと考えられた.
各個体の頭幅,胸幅,小楯板長,前翅長が測定され,
互いの関係や,適応度(生死)との関係から,選択差
選択傾斜が計算された.
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