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ファイナンス理論入門:投資と企業金融の基礎 1.
ファイナンス理論入門:投資と企業金融の基礎 第4回:資本市場の均衡と資本コスト 横浜国立大学経営学部教授 浅野幸弘※ (※前 住友信託銀行 年金研究センター 研究理事) (本資料は前職時に実施したセミナーに基づくものである。) 1.安全資産と有効フロンティア ・ リターンが確実でリスクのない資産、例えば政府の発行する短期証券などは安全資 産(Riskless Asset)と呼ばれるが、これとリスキーな資産のポートフォリオの組合せは、 両者を結ぶ直線で示される 安全資産のリターンをrF 、ポートフォリオのリターンをr P 、その期待値をµ P 、 標準偏差をσ P で表し、両者のウェイトをそれぞれw,1 − wとすると、この組合せの 期待リターンµとリスクσ は r = w rF + (1 − w) rP µ = E ( r ) = w rF + (1 − w) µ P σ 2 = E ( r − µ ) 2 = E {(1 − w) ( rP − µ P ) }2 = (1 − w) 2 σ P 2 µ と σ の式から w を消去して整理すると µ = rF + µ P − rF σ σP この直線のうち最も左上方に位置するのは、安全資産を示す点からリスキーな資産の 組合せを示す集合に引いた接線であり、これが安全資産を含む場合の新たな有効フ ロンティアになる 4-1 µ 有効フロンティア リスキーな 資産の集合 (σ P ,µ P ) rF σ 2.分離定理 ・ 投資家はこの有効フロンティアのなかから、それぞれの効用を最大にするように安全 資産とリスキーなポートフォリオの組合せを選択するが、それは下図で安全資産から リスキーな資産の集合に引いた接線上に位置する 例えばリスク回避的な投資家は安全資産 2/3 と接点で示されるポートフォリオ M 1/3 の組合せ A を、またリスク回避度の低い投資家は安全資産 1/3 とポートフォリオ M 2/3 の組合せ B を選択する すなわち、リスキーな資産のポートフォリオについては投資家の選好にかかわらず同 一の M であり、選好の違いはそれと安全資産の組合せの差に現れる.投資家の選好 とは独立にリスキーな資産のポートフォリオが決まることを「分離定理」と呼ぶ 4-2 µ B M A rF σ ・ それでは、この接点ポートフォリオ M は具体的には何かと言うと、それは市場に存在 するすべてのリスキーな資産を集めたいわゆる「マーケット・ポートフォリオ」となる というのは、すべての投資家はリスキーな資産については同じポートフォリオを持つが、 それを合計した投資家全体の資産保有量は市場に供給された資産量に一致してい るはずであり、それは「マーケット・ポートフォリオ」に他ならず、各投資家もそれと同じ ものを保有するのである 3.資本市場の均衡 ・ すべての投資家にマーケット・ポートフォリオが保有されるのは、逆に言うと、マーケッ ト・ポートフォリオよりある資産を余計に持ったとしたら、それは却って効用を低めるこ とになってしまうように資産価格(したがってリターン)が決まっているからなのだが、こ の点を以下で検討しよう 資産 i を xi 、マーケット・ポートフォリオを x M 保有したときの期待リターン µ とリスク σ は µ = xi µ i + x M µ M σ 2 = x i 2 σ i 2 + x M 2 σ M 2 + 2 xi x M σ i M 4-3 当初マーケット・ポートフォリオを保有していたとして、それから資産 i を増やしたときリスクが 増加するが、そのリスク増に対する限界的な期待リターンの増加は ∂µ ∂ xi =µi − µ M および ∂ µ ∂ µ ∂ xi = ∂ σ ∂ σ ∂ xi ∂σ ∂ xi x i (σ i + σ 2 = ( x M =1 − x i に注意) − 2 σ i M ) + σ i M −σ 2 M 2 M σ となって xi = 0 の点では ∂µ ∂σ xi=0 = より (µ i − µ M ) σ M σ i M −σ M 2 これがrFとMを結んだ直線の傾きよ り緩いならば資産 iを増やすことによって 効用を高める ことができるが(左下 図)、もしそうならば 、資産iに対する需要が増えて 価格が上昇し、結 局は資産 iとM を結ぶ曲線はこの直線 に接することになる( 右下図).つまり (µ i − µ M ) σ M σ i M −σ M 2 = µ M − rF σM µ µ M rF M rF i σ i σ これは資本市場の均衡の下では、各資産の価格は次のような期待リターンをもたら すように決まることを意味する(Capital Asset Pricing Model) σ iM µ i = rF + ( µ M − rF ) σM2 σ iM σ M 2 はβと呼ばれるが、この式はそれぞれの資産の期待リターンはβが大き いほど、つまり資産の収益のマーケット・ポートフォリオの収益との連動性が高いほど、 大きくなることを意味する.この関係は「証券市場線( Security Market Line)」と呼ば れる 4-4 µ i 証券市場線 µ M rF β = 1 β i ( σ i M / σ 2 M ) 4.資本コスト ・ 上の証券市場線で与えられた関係は、いわばある資産に対して投資家全体が要求 するするリターンであるから、それは資本を調達する側からみればプロジェクトからあ げなければならない収益、すなわち資本コストを示していると考えられる それは結局、市場全体のリスクに対するプレミアム(( µ M − rF ) / σ M )とともに、そのプ ロジェクトからあがる収益がどれくらい資本市場全体の収益の変動と連動しているか (σ i M )に依存する 2 σ i M = ρ i M σ i σ M だから、このことは資本構成(レバレッジ)が変われば、収益の変 動 σ i が変わるので、資本コストも変わることを意味する 5.資本構成とリスク・リターン ・ 企業の資本構成(借入と株式の比率)が変わると株式のリターンも変わる いま税金がないとして、借入で B (金利 rB ) 、株式で S だけ資金調達し資産 A ( = B + S ) を購入して、資産が生み出す収益率を r~ としたとき、株式のリターン ~ rS は r~S S + rB B = ~ r A より ~ rS = r~ + l ( r~ − r B ) ただし l = B / S :レバレッジ となり、リターンの期待値とリスクは 4-5 µ S = µ + l ( µ − rB ) σ S = (1 + l ) σ ただし µ ,σ は資産収益率の期待値と標準偏差 したがって、資産の収益率 µ , σ が与えられたとすると、株式のリターンの期待値とリ スクの関係は µ S = rB + µ − rB σS σ となって、下図のようにリスクが大きいほど、期待リターンは高くなる µ S A µ rB σ S σ l が大きくなる 6.最適な資本構成 ・ できるだけ低いコストで資金調達できるような資本構成を最適資本構成というが、こ れは図の太線上で投資家の効用を最大にするような ( σ S , µ S ) の組合せになるように レバレッジを選択するということに他ならない すなわち、下図の点線のように投資家の無差別曲線が与えられたならば、株式のリス ク・リターン線がこの無差別曲線と接する点 B で示されるような ( σ S , µ S ) をもたらすよ うにレバレッジを決めるのがよい というのは、無差別曲線と交わるC のような点は投資家にB より低い効用しかもたらさ ないので、もしそれが市場で売られたならば、より高いリターンをもたらすように価格が 下落することになるが、それはこのリスクでは十分な( S だけの ) 資金調達ができない ということに他ならない 4-6 µ S C B µ A rB σ σ S ・ ところが、投資家が市場で rB の金利で借入ができるとすると、自己資金の x 倍を 借入れて、レバレッジのない(すべて株式で調達した、点 A で示される)株式を 1 + x だけ購入したとすると、そのリターンは ~ rx = (1 + x ) ~ r − xrB となり、その期待値と標準偏差は µ x = (1 + x) µ − x rB σ x = (1 + x ) σ したがって、この借入による投資のリスクと期待リターンの関係は µ x = rB + µ − rB σx σ これは企業がレバレッジを変えて提供できる株式のリスク・リターンの関係とまったく同 じであり、言い換えると、企業がレバレッジを調節しなくても、投資家が市場で借入を 行うことによって自分で調節できるのである 7.CAPMと資本コスト ・ 投資家がリスク・リターンを調節できるということは、企業にとっては資本構成を変えて も資本コストは変らないというということに他ならない 4-7 前節ではそれを1つの企業のリスク・リターンの関係として示したが、資本市場がCAP Mで表されるような均衡にある場合は、市場でのリスク評価に従うならば、資本コスト は資本構成に関係なく決まることが示される いま資産の収益率 ~ r が与えられていたとすると、レバレッジ l の株式の収益率 ~ rS の マーケット・ポートフォリオのリターン ~ rM との共分散は Cov ( ~ rS , r~M ) = Cov [ ~ r +l(~ r − rB ) , ~ rM ] = (1 + l ) Cov ( r~ , r~M ) となり、資産収益率のベータを β とすると、株式のベータは βS = Cov ( ~ rS , r~M ) (1 + l ) Cov ( r~ , r~M ) = = (1 + l ) β Var ( ~ rM ) Var ( ~ rM ) したがって、この株式の資本コスト(投資家が要求するリターン)は、借入には倒産な どによる損失のリスクがないものとすれば、rB を安全資産のリターンとみなすことがで きるから rS = rB + β S ( rM − rB ) = rB + (1 + l ) β ( r M − rB ) となって、加重資本コストWACC は下のように l に関係なく一定となる S B WACC = rS + rB S+B S+B 1 l = rB + (1 + l ) β ( r M − rB ) } + r { 1+ l 1+ l B = rB + β ( rM − rB ) 8.MM理論の意味 ・ 上で示したように「資本構成によって企業価値は変らない」あるいは「資本構成によっ て資本コストは変らない」という命題はMM(Modigliani and Miller)理論と呼ばれる すなわち、企業の価値や資本コストは資産のリターンやリスクによって決まるのであっ て、負債や資本を操作しても価値は生まれないのである 4-8 ・ 逆にもし、まったく同じ収益をもたらす資産を保有している企業が資本構成が違うた めに価値が異なっていたとしたら、次の例のように裁定取引が起こって、その差は解 消されるだろう すべて株式の企業 U より借入のある企業 L の価値の方が高いとする 企業 U 企業 L 金利を 5%とすると 確率 0.5 で 120 SU 確率 0.5 で 120 B L=60 SL は確率 0.5 で 57 確率 0.5 で 100 = 1 0 0 確率 0.5 で 100 SL=45 確率 0.5 で 37 このとき、企業L の株式 SL を空売りし、その代金45 に加えて借入を55 だけ行って、 企業 U の株式 SU を購入したとすると、その収益は 0.5 の確率で 120-55×1.0557=5.25 か 100-55×1.05-37=5.25 となって、どちらに転んでも 5.25 の儲けになる (こういう取引は裁定取引と呼ばれる) 逆に SL=35 のときは、企業 U の株式を空売りして企業 L の株式を購入するという裁 定取引が行われて、結局は SL=40、つまり企業 L の価値は BL +SL = 100 となって、 企業 U の価値に一致する 4-9