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16 A群ロタウイルス感染による搾乳牛の集団下痢
16 A群ロタウイルス感染による搾乳牛の集団下痢 西部家畜保健衛生所 1 ○中口真美子 岩尾健 はじめに 平 成 27年 4月 に 鳥 取 県 西 部 の 酪 農 農 場 で 搾 乳 牛 に 集 団 下 痢 が 発 生 し 、 A群 ロ タ ウ イ ル ス (RAV)が 分 離 さ れ た 。ロ タ ウ イ ル ス は レ オ ウ イル ス 科 に 属 する RNAウイ ル スで 、 変異 を 起 こ し や す い 特 徴 を 持 ち 、 内 殻 を 構 成 し て い る 構 造 タ ン パ ク の 抗 原 性 に よ り A~ G群 に 分 類 さ れ る 。 牛 に は A、 Bお よ び C群 の ウ イ ル ス ( RBV、 RCV) が 感 染 す る 。 RAVは ヒ ト を 始 め 多 くの 動 物 を 宿 主 と す る が 、牛 で は 子 牛 の 下 痢 症 の原 因 と さ れ 、 生 後 2週 間 以 内 の 子牛 に は 大きな被害を与える。成牛に下痢を起こす症例はほとんど報告されていない。今回の搾 乳牛の集団下痢はRAV単独感染による成牛の下痢と診断したので報告する。 2 発生農場 今 回 下 痢 が 発 生 し た 農 場 は 、 管 内 の 家 族 経 営 の 酪 農 場 で 搾 乳 牛 は 23頭 。 牛 舎 は フ リ ー バーンで搾乳牛舎と乾乳牛舎を兼ねる育成牛舎の2棟に分かれている。育成牛は自家産で、 特に事情がない限り、基本的には外部導入、外部預託はしておらず、直近の牛の導入は 平成 26年 9 月 に 県 内 放 牧場 よ り 預 託 牛 が 1頭 下 牧 し た の み であ っ た 。 ワク チ ンは 平 成26年 からコロナワクチンを接種している。 3 発生概要 平 成 27年4月 25日 に搾 乳 牛 1頭が 食 欲 不 振 、 乳 量 低 下、 水 様性 下 痢を 起 こし 、 共済 獣 医 師が 治 療 。 2日後 、 さ ら に 搾 乳 牛 に 下痢 が 広 が っ た た め 、 家 保に 検 査 依 頼 が あ り 、農 場 へ の立入検査を行った。症状はいずれも軟便~水様性下痢、食欲不振、乳量低下だった。 別棟の育成牛舎にいる育成牛と乾乳牛には異常が無く、下痢が蔓延した全期間を通じて 発症 は 見 ら れ な か っ た 。 初発 か ら 5日目 で 下 痢 を す る 牛 が 12頭 と ピ ー ク に 達し 、 その 後 減 少。 約 10日 ほ ど で 下 痢 は終 息 し た が 、 最 終 的 に は搾 乳 牛 群 の 65.2%が発 症 した 。 以前 か ら 調子を落としていた牛は、完治までに日数を要した傾向があったが、発症牛と未発症牛 で年齢、産歴、搾乳日数に目立った特徴や偏りはなかった。下痢の発生頭数と搾乳量の 関係を図1に示す。この農場の集乳は2 日に1回で、個体毎の乳量は不明なため、 搾 乳 量 は 1日 1頭 辺 り 平 均 の 乳 量 で 表 し て い る 。 発 症 前 に 1頭 辺 り 28.9kgあ っ た 搾 乳量が、下痢が蔓延していた10日間では、 健 康 な 牛 を 含 め た 1頭 あ た り の 平 均 で 約 2.8 k g 、 一 番 状 態 が 悪 か っ た 時 に は 、 約 4 .6 k g も 乳 量 が 落 ち 込 ん で い た 。 搾 乳量が通常の水準まで回復するのには、 約 20日 を 要 し た 。 通 常 見 込 め た 乳 量 と の 図1 差は 20日 間 で 824kgに お よ び 、 乳価 に す る と 9万 円 あま り 収入 が 減少 し た。 農 場 では 、 経 済的損失に加えて、搾乳時の手間や牛床の管理など、時間を取られることが増え、作業 性が低下し、何より精神的に非常に重荷となった。 4 病性鑑定 農場で症状のあった6頭から採材した血液、糞便を材料に病性鑑定を行った。細菌培養で サルモネラを、市販キット(バイオK ストリップテスト)により、RAV、CoV、クリプトスポ リジウムの簡易検査を行った。血液性状に特に異常は無く、サルモネラ、CoV、クリプトスポ リジウムは陰性だったが、RAVは6頭中4頭の糞便で陽性反応を示した(図2)。陽性になった4 頭は前日から当日にかけて下痢を発症した牛。陰性となった2頭は検査当日には下痢がほぼ治 図2 癒していた初発の牛と、検査当日から軟便となり、翌日から下痢を発症した牛であった。他 の検査はすべて陰性であることから、ロタウイルスの感染を疑い、病性鑑定室へ確定検査を 依頼した。 5 結果 病性鑑定室ではRT-PCR(リアルタイムPCR) による遺伝子検査および、BVDV1、BVDV2、BTo 図3 V、BCoVの血清中和抗体価を測定した。ウイル ス検査の結果、急性期の6検体すべてからロ タウイルスの遺伝子が検出された(図3)。ま た、血清中和抗体検査では、BVDV1、BVDV2、B ToV、BCoV、に対する有意な抗体上昇は認めら れなかった。以上の結果より、今回の搾乳牛 の集団下痢はRAV単独感染による下痢症と診断 した。 6 遺伝子解析 RAVに よ る成 牛 の 下 痢 症 は 大 変 珍 しく 、 栃 木 で 2例 、 秋 田 で1例、 鳥 取で 1例 の計 4例 し か 報告がない。詳細な遺伝子型を解析するため東京農工大に解析を依頼した。遺伝子解析 の 結 果 、 RAVの 遺 伝 子 が 検 出 さ れ 、 そ の 遺 伝 子 型 は G15-P[14]だ っ た 。 RAV以 外 の 病 原 体 は 検 出 さ れ な か っ た ( 図 4)。 RAVの 遺 伝 子 型 には様々な組み合わせがあるが、成牛に下 痢を起こす例は稀である。報告が少ない中、 今 回 検 出 さ れ た 株 は G15-P[14]の 遺 伝 子 型 を 持 ち 、 鳥 取 県 中 部 の 農 場 で 、 平 成 25年 2月 に 搾乳牛に集団下痢を起こしたウイルスと同 じ 遺 伝 子 型 で あ る こ と が 分 か っ た ( 図 5)。 鳥 取 の 1例 目 は 搾 乳 牛 45頭 規 模 、 対 尻 繋 ぎ 飼 図4 いで、今回の事例とは、地域、飼養規 模、飼養形態など、疫学的に全く関 図5 連 が な か っ た 。 鳥 取 の 2例 は 他 と 違 っ て成牛に集団で下痢を起こす特徴が あり、このタイプは他に報告されて い な い 。 こ の こ と か ら 遺 伝 子 型 G15-P [14]は 成 牛 の 集 団 下 痢 に 関 与 し て い る事が推察された。 図5 6 まとめ 本 来 は 子 牛 の 下 痢 を 起 こす と さ れ る RAVに よ る 搾 乳 牛 の 集団 下 痢 が 発 生 した 。 発生 農 場 では 約 10日 間 下 痢 が 蔓 延し 、 搾 乳 量 は 20日 間 に渡 っ て 低 下 した 。 RAVに よ る成 牛 の下 痢 は 報告が少ない中、今回分離されたウイルスは、過去に鳥取県内で搾乳牛の集団下痢を起 こした株と同じタイプのウイルスだった。集団下痢のあった2つの農場に疫学的に関連 はなかった。 7 今後の課題 今回、成牛の下痢対策でコロナワクチンを投与している農場で下痢が蔓延し、ワクチ ンの 効 果 が な い の で は ? との 疑 い か ら 、 病 性 鑑 定の 依 頼 が あ り 、 原 因 と して RAVの関 与 が 明らかになった。一方で、ウイルス性の下痢は通り過ぎるのを待つだけだから、と、農 場で見過ごされ、ロタウイルスが原因となっている成牛の下痢症の事例が他にも埋もれ ているかもしれない。鳥取県内で地理的、時間的にも隔たれた農場で同じ株による成牛 の 集 団 下 痢 が 発 生 し た 事 は 興 味 深 く 、 RAVの 遺 伝 子 型 G15-P[14]は 成 牛 の 下 痢 へ の 関 与 が 示唆されたが、症例も少なく、不明な点も多い。今後の課題として、成牛の下痢症の病 性鑑 定 を 行 う 際 に は 、 発 症か ら の 日 数 や 症 状 の 重さ も 考 慮 し 、 RAVの 可 能 性も 含 めて 検 査 を行い、さらなる調査をしていく必要があると思われる。また、農家に対しては、農場 への疾病の侵入防止の徹底を指導すると共に、下痢が発生した場合には、その原因を調 査することで、場合によってはワクチン使用の検討等も提案しながら成績の向上をはか る必要がある。 8 謝辞 最後になりましたが、ウイルスの詳細な解析をしていただいた東京農工大学の長井先 生に深謝申し上げます。 参考文献 増田恒幸:平成25年度鳥取県畜産技術業績発表会集録