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乳幼児溺れ防止システムの開発 - Digital Human Research Center,AIST
Digital Human Symposium 2009 March 4th, 2009 乳幼児溺れ防止システムの開発 Infant Drowning Prevention System with Wireless Accelerometer 平塚啓悟 ∗a ∗b 山中龍宏 ∗b∗c ∗d Keigo Hiratsuka ∗a ∗b Tatsuhiro Yamanaka ∗b∗c ∗d 西田佳史 ∗b∗c 溝口博 ∗a ∗b Yoshifumi Nishida ∗b∗c Hiroshi Mizoguchi ∗a ∗b [email protected] [email protected] [email protected] [email protected] http://www.dh.aist.go.jp/research/enabling/ 概要 1歳から4歳の乳幼児の不慮の死亡事故のうち、約 Table 1 年齢階級別にみた不慮の溺死の死亡率(人口 10 万対)——国際比較, 1990-1991 25 %は浴室内での溺れによるものであり、その予防策 総数 0歳 1-4 歳 5-14 歳 日本 2.6 2.5 4.2 1.0 アメリカ合衆国 1.6 1.2 1.8 1.1 3.8 1.9 1.4 0.7 1.0 0.9 0.4 0.2 2.8 0.7 1.2 0.4 が求められている [1]。本研究の目的は、低コストで あり、設置と運用が容易な乳幼児溺れ事故防止支援シ ステムを開発し、日常生活空間内における乳幼児の溺 フランス れ事故防止を実現することにある。本研究では、加速 ドイツ 度センサを用いた住宅内における乳幼児溺れ防止シス イタリア テムを製作した。浴槽内での波動検知の感度を高める ために、浴槽に浮かべるセンサ浮体部の最適形状の検 討を行った。また、一般家庭における日常生活中での 浴槽内波動データ収集のため、PC を介さず、センサ 浮体部のみでの長時間データ収集に対応したシステム を開発した。 ・入浴後には水を抜く ・浴槽には高い強度をもつ蓋をする ・浴室のドアは鍵をかけて閉めておく などといった提案が,複数の機関からなされてきた. しかし,国民生活センターによる調査 (対象:0 歳か 1. 住宅内における溺れ事故予防の現状と問 題 ら 2 歳児の保護者 686 名,2001 年)[4] によると,親が 望ましいと考える浴槽での溺れ事故防止策の第一位が 「入浴後はお湯を抜いて浴槽内を空にする」であるに 毎年,浴室において,約 50 人前後の乳幼児が溺れ もかかわらず,これを実行している保護者は 4 割に過 て亡くなっている [2].Table 1 に年齢階級別にみた不 ぎないという調査結果が出ている.従来行われていた 慮の溺死の死亡率に関する国際比較(人口 10 万対)の ような注意喚起による意識・行動変容のみの対策では 表を示す [3].お湯をはって入浴するという文化を持 限界があり,意識・行動変容のみならず,環境を安全 つ日本では,国際的にみても不慮の溺死の死亡率が高 化するツールの開発と普及をも進めることで,より包 いことがわかる. 括的な取り組みが必要である.本研究では,包括的な 以下のような日本の浴室事情も重なり,子どもにとっ て危険な場所となっている. ・浴槽に水を溜めておく習慣がある 事故対策の開発において,もっとも遅れている,既存 環境を安全化する装置の開発を行う. 実際の事故予防に当たり,乳幼児の溺れ事故発生ま ・浴槽のふちの高さが 50cm 以下の浴室が多い での全過程において,センシング技術を用いた事故防 ・浴室への入り口のドアがあけやすい 止策を講じることのできる箇所は,Fig.1 の A から F これまでにも,入浴時以外に講じるべき対策として, が考えられる. *a : *b : *c : *d : 東京理科大学大学院 (独) 産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター (独) 科学技術振興機構, CREST 緑園こどもクリニック B E F wireless receiver microprocessor (PIC) A USB port wirelesster transmit C D Receiver micro- or process ) (PIC ier amplif meter ro le e c ac Fig. 1 Places that can be sensorized for drowning prevention Detector A:浴室への移動時における乳幼児の入室検知 Fig. 2 System overview image B:浴室入り口での通過及びドアの開閉検知 C:水への接近が容易な場合の状態検知 た場合に生じる国の経済損失よりも負担額が少なくで D:浴槽のふちでの接触検知 きることがわかっている.低コストなシステムを実現 E:浴槽の蓋の状態検知 F:水の状態の異常検知 そこで,著者らはこれまでに,体系的な予防策開発の 第一歩として,今後の幅広い運用性と現実的な対策の 適用可能性の高さから, 「A」において,設置箇所を選 ばないシート式の入室検知システムを試作し [5], 「F (浴槽内)」において,水の性質を利用した加速度式の 異常波動検知システム [6] を試作してきた. するため,試作システムにおいては 3 軸式加速度セン サを使用していたが,一般家庭向けの実用システムを 考えた場合,低コストの観点から短軸式の加速度セン サの使用が望ましい. 「波」は空間や物体内のある部分 での振動や変化が,次々に隣の部分に有限の速度で伝 わり,遠くまで及んでいく現象であることから,媒質 自体の水平方向への移動はそれほど大きくはない.し たがって,センサ浮体部の鉛直方向の振動のみに着目 し,鉛直方向の加速度を検出する単軸加速度計を配置 することで溺れの際の異常波を確実に検出する機能が 短軸の加速度計で実現可能であると考えられる.セン 2. 無線式加速度計を用いた乳幼児溺れ事故 防止システムにおける要求項目 サ浮体部の形状については,水面波中において,軸の 方向を極力傾けることなく計測を行うことのできる形 状が求められる.このような形状の検討のため,産業 事故を減少させるためには,製作するシステムをい かに広く家庭へ普及させるかということが重要となる. そこで, 「設置及び運用の容易化」と「製作コストの 抑制」に重点をおき,加速度計を内蔵したセンサ部を 浴槽に浮かべることによって,浴槽内の水面の波動を 技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター内に あるセンサルーム浴室にて,形状が異なる 6 種類の浮 体モデルと寸法が異なる 7 種類の浮体モデルに対して 実験を行い,形状及び寸法変化によるセンサ浮体部検 出加速度への影響を評価した. 観測し,異常を検出,通報する試作システムの開発を 行ってきた.Fig.2 にこのシステム概要図を示す. 「運用の容易化」に関しては,電源投入用等のスイッ 3. チ類を一切排除し,成人の入浴時も含めて,センサを 浴槽内に常に投入しておくだけで,乳幼児が溺れてい る異常状態を検出する仕様を目標としている. 「製作コ 3.1. センサ封入浮体部最適形状の検討のため の実験及び結果 実験方法 ストの抑制」に関しては,試算を行った結果,国が事 実験では,浮力に対するシステムの自重の影響を小 故予防対策費用を投じて乳幼児のいる全家庭にシステ さくするために,軽量型加速度送信システム (Fig.3) ムを無料で配布した場合であっても,一つのシステム を使用した.システムは,波動を計測するセンサ部 を 9670 円以下で製作できれば,対策を何も行わなかっ と PC との通信を行う受信部から構成され,両者間を 2.4[GHz] 帯の無線で通信する.加速度センサは 3 軸式 のものを搭載し,センサ部の重量はボタン電池を搭載 2 1 した状態で 15[g] である.約 20[Hz] でサンプリングを 行い,受信したデータは計測時刻と共に PC へ蓄積さ れる. 100[mm] Signal receiving device Acceleration detection devise 3 4 5 6 Fig. 3 Light type acceleration detection system Fig. 5 6 patterns of floating body shape 溺れを模擬した波の発生には,本研究で制作した造 波装置 (Fig.4) を用いた.造波周波数と浮体形状及び 寸法との関係を求めるため,波のない状態から,乳幼 児が水中でもがいた際に発生すると想定される 3[Hz] の波まで,0.3[Hz] ごとに 10 パターンの造波周波数に て計測を行った.各周波数ごとの波の発生時間は一分 間ずつとした.同じ条件において発生させた波に対す る感度を比較することで,最適な形状の検討を行った. お,以下のモデルにおける喫水部の配置は,自然界に も多く存在し,非常に安定している形 [8] であるとい われる正六角形型とした.3 は波に強く,傾きにくい 双胴船型 [9] 断面としたモデル,4 は 3 の喫水部体積 を変化させたモデルである.5 は 3 の周部をそぎ落と し,双胴船型断面でありながら比較的球に近い形状を 採用したモデルとした.6 は球であり,中心部にセン サを装着するための面を設けてある.全てのモデルの 径は 100[mm] とし,2 から 5 のモデルにおける突起部 の深さは 20[mm] とした. 以上の 6 つのモデルを使用し,先に述べた条件にお いて波を発生させた際に計測した加速度をまとめた結 果を,Fig.6 に示した.グラフ中の点は各形状,周波数 での加速度を示し,曲線は,形状ごとの近似曲線(3 次)を示している. 以上の結果から,断面形状が,長方形から円形に近 づくにつれて,計測加速度が大きくなる傾向があるこ とが確認できた.実験時,双胴船型断面である 3 及び 4 においては,周部分に波力がかかった際,これを逃 Fig. 4 Wave generating system がすことができずに回転力として働いてしまい,浮体 が大きく揺動していた.そのために,鉛直方向に設置 3.1.1. 最適浮体形状の検討 最適浮体形状の検討のため,Fig.5 に示した 6 つの パターンの形状(底面形状)について実験を行った. していた軸が傾き,運動を加速度として変換しきれな かったものと考えられる.それに対し,6 の球に関し ては,周部分にかかる回転力を逃がす理想的な形状で あり,かつ,センサ設置部である中心部において,鉛 1 は基本形となる平板である.2 は波に対する受圧 直方向の力を集中して受けることのできる凸型形状と 面積が小さく,過酷な波の中においても動揺の少ない, なっていることが,以上の結果をもたらしたと考えら セミサブ型海洋構造物 [7] を模擬した形状とした.な れる.以下,この結果を基に,球型浮体を用いて,計 0.3 0.25 0.2 0.15 0.1 0.05 0 0.3 0.6 0.9 1.2 1.5 1.8 2.1 2.4 Frequency of generated wave [Hz] 2.7 3 0.45 Average of detected acceleration [G] Average of detected acceleration [G] 0.35 0.4 0.35 0.3 0.25 0.2 0.15 0.1 0.05 0 0.3 Shape 0.6 0.9 1.2 1.5 1.8 2.1 2.4 2.7 3 Frequency of generated wave [Hz] 1.plain plate 2.marine structure䋨Semisub type䋩 3.catamaran ship cut plane (small draft) 4.catamaran ship cut plane (large draft) 5.catamaran ship cut plane (chamfered) 6.sphere Measurement 50mm 150mm Approximating curve (third-order approximation) 1.plain plate 2.marine structure䋨Semisub type䋩 3.catamaran ship cut plane (small draft) 4.catamaran ship cut plane (large draft) 5.catamaran ship cut plane (chamfered) 6.sphere 100mm 200mm 125mm Approximating curve (third-order approximation) 50mm 150mm Fig. 6 Frequency response by shape of floating body 測加速度と浮体径寸法との関係を検討する. 75mm 175mm 75mm 175mm 100mm 200mm 125mm Fig. 8 Frequency response by size of sphere 以上の結果より,球体においては,応答性は寸法に ほぼ依存し,小さな径をもつのものほど計測加速度が 3.1.2. 浮体寸法の検討 大きくなることが確認できた.センサ浮体部を浴槽に 先に述べた結果を基に,球型浮体を用いて,浮体径寸 浮かべて使用するというシステムの特性から,実運用 法と計測加速度の関係を検証する.Fig.7 に,この実験 面においてもその浮体寸法は小さなものが好まれると で使用する 7 つのパターンの球体写真を示した.左から 考えられる.よって,今後の研究においては,必要とな 順に,直径が,50[mm] ,75[mm] ,100[mm] ,125[mm] , る電子回路と十分な駆動時間を確保できるバッテリー 150[mm] ,175[mm] ,200[mm] となっている.どのモ を備えた上で,寸法をどこまで小さく押さえられるか デルも,球中心部に,センサを装着するための面を設 を重視して開発を行う必要があるといえる.また,こ けてある.なお,図中左端に示したものは大きさを比 の実験結果に関しては,球の寸法のみでなく,重量に 較するための 500 円玉である. 依存する部分もあったと考えられる.今後,重量と計 測加速度の関係についても,考察を行う必要がある. 4. 50[mm] 200[mm] 一般家庭向け入浴状況簡易記録装置の試 作 これまでに述べたように,今後の研究では球を用い た小型計測浮体部の開発を行う計画である.また,そ れと並行して,乳幼児の入浴時の基礎データも収集す る計画である.入浴データの収集にあたり,現在は PC Fig. 7 7 sizes of floating sphere を用いてデータを蓄積するシステムを使用しているが, より簡易なシステムとして,PC を使用せずに長時間 これらのモデルを使用し,先ほどの実験と同様,先 の記録を可能とするシステムを開発し,広く一般の家 に述べた条件において波を発生させた際に計測した加 庭においてデータを集められる体制を整える必要があ 速度をまとめた結果を,Fig.8 に示した.グラフ中の る.そこで,著者らはマイクロ SD カードに対応した 点は各寸法,周波数での加速度を示し,曲線は,寸法 長期記録型入浴状況簡易記録装置を開発した.このシ ごとの近似曲線(3 次)を示している. ステムは,センサとなる浮体部分のみで,データの取 得から記録,判別までを行うことができるシステムと なっており,この浮体部分のみを一般の被験者に貸し 出し,定期的に SD カードを入れ替えて返送してもら うことで,長期間にわたって容易にデータを収集する ことが可能となる.以下,Fig.9 に,試作したシステ 参考文献 [1] 田中 哲朗 : 新 子どもの事故防止マニュアル,診断と治 療社,2007 [2] 厚生労働省 : 人口動態統計 [3] 山中 龍宏 : 溺水の特徴と応急措置, Pediatrics of Japan, Vol.41, No.2, pp.175-180,2000 ムを示した. SD card module [4] 国民生活センター : 幼児の浴槽への転落事故と防止策に ついて,くらしの安全情報 Vol.39,Oct. 2001 [5] 西田佳史, 平塚啓悟, 山中龍宏, 溝口博, ”住宅内における乳 幼児溺れ防止システムの試作,” 日本機械学会ロボティク ス・メカトロニクス講演会’07 講演論文集, pp. 1A2H09(1)(4), May 11 2007 [6] Y. Nishida, H. Keigo, , H. Mizoguchi, ”Prototype of Infant Drowning Prevention System at Home with Wireless Accelerometer,” The 6th IEEE International Conference on Sensors (Sensors 2007), pp. 1209-1212, October 2007 Accelerometer Fig. 9 Micro SD compliant version system [7] 江嵜 宏至 : セイリング型風力発電による水素製造に関 する研究, 第4回洋上風力発電フォーラム講演集, pp.1-8, October 9 2007 [8] 芝原 寛泰 : フウの実の形と多面体, フォーラム理科教育, No.5, pp.46-49, 2003 [9] 池田良穂 : 船のしくみ, ナツメ社,2006 5. 結論 本研究の目的は,低コストであり,設置と運用が容 易な乳幼児溺れ事故防止システムを開発し,日常生活 空間内における,乳幼児の溺れ事故防止を実現するこ とにある. 本稿では,事故発生の迅速な検知のために試作した 加速度式浴槽内異常波動検知システムを用いた,セン サ封入浮体部の最適形状についての検討について述 べた. 実験では,6 種類の形状の浮体に対し,10 種類の造 波周波数を与え加速度を計測した.各周波数において, 浮体断面形状が球に近いほど,鉛直方向に装着した加 速度センサの応答性が高く,球型が最適形状であるこ とが確認できた.また,直径が 50[mm] から 200[mm] の 7 つの球に対し,同じく 10 種類の造波周波数を与 え加速度を計測した.球直径が小さいほど応答性が高 く,今後,条件を満たした上で,どこまで浮体部を小 さくできるかが重要であることが確認できた. 一般家庭向けの入浴状況簡易記録装置の試作にお いては,マイクロ SD カードを利用した長期間の簡易 データ収集が可能となるシステムを試作した. 平塚啓悟 (Keigo Hiratsuka) 2007 年 3 月東京理科大学理工学部機械工 学科卒業. 同年 4 月同大学大学院理工学研 究科機械工学専攻入学.2006 年 4 月より産 業技術総合研究所デジタルヒューマン研究 センター技術研修生.