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ISSN 1345-238X 開発金融研究所報 Journal of JBIC Institute 2005年 5 月 第24号 〈巻頭言〉杞憂に非ず ■国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査 「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」 序論 国際潮流から見た本調査の位置づけと意義 調査報告書要旨 東京シンポジウム (兼、第4回JBICシンポジウム) 結果報告 ■開発における知識ネットワークと国際社会 ■北欧諸国の援助:ベトナムの援助実施状況から ■第2回JBIC大学院生論文コンテスト 審査結果及び最優秀論文 ■ベトナムのマクロ経済の現状と今後の課題 本誌は、当研究所における調査研究の一端を内部の執務 参考に供するとともに部外にも紹介するために刊行する もので、掲載論文などの論旨は国際協力銀行の公式見解 ではありません。 開発金融研究所 開発金融研究所報 Journal of JBIC 2005年 5 月 第24号 Institute CONTENTS 〈巻頭言〉 杞憂に非ず ………………………………………………………………………………………………2 総裁 篠沢 恭助 〈開発〉 国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査 「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」 ……………4 序論 国際潮流から見た本調査の位置づけと意義 調査報告書要旨 東京シンポジウム(兼、第4回JBICシンポジウム)結果報告 開発金融研究所主任研究員 ……………………44 藤田 安男 竹内 卓朗 開発における知識ネットワークと国際社会 ―Global Development Networkを通して考える国際協調と国際協力― ……………………56 文教大学国際学部教授 林 薫 〈援助機関動向調査〉 北欧諸国の援助:ベトナムでの援助実施状況から …………………78 法政大学人間環境学部教授 下村 恭民 〈研究奨励〉 第2回JBIC大学院生論文コンテスト∼国際協力研究と実務 の架け橋を目指して∼ 審査結果(入賞論文要約及び審査講評) ………………………………………………………92 開発金融研究所総務課 最優秀論文:インド農村地域における所得が栄養状態に及ぼす影響 ………………99 白鳥 佐紀子 〈各国経済シリーズ〉 ベトナムのマクロ経済の現状と今後の課題 国際審査部第1班課長 ……………………………1 17 石川 純生 田中 優子 平川佳世子 JBICI便り ………………………………………………………………………………………………12 9 開発金融研究所総務課 開発金融研究所報 第24号 Journal of JBIC Institute 開発金融研究所報第2 4号について 第2 4号は、「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」に関する報告を 中心として、その他、シリーズ物の2論文(「北欧諸国の援助:ベトナムの援助 実施状況から」 、「ベトナムのマクロ経済の現状と今後の課題」 ) 、開発における 知識ネットワークに関する考察、および第2回JBIC大学院生論文コンテスト最 優秀論文を掲載する。 「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」は、2 0 0 3年9月から1年7 ヶ月余に亘る国際協力銀行、アジア開発銀行、世界銀行、初の3機関共同調査 の成果に係る報告書である。9 0年代以降インフラ整備の貧困削減効果について 懐疑的な見方が強まった時期があるが、貧困削減への効果を含め、インフラが 本来もつ役割・効果を再認識し、インフラ整備の必要性とそれをよりよく行う ための諸課題を包括的に分析したエポック・メイキングな内容となっている。 4本に分かれ、それぞれ、(1)この調査の経緯・特徴等を記す「序論」 、(2) 「国際潮流からみた本調査の位置付けと意義」 、(3)調査書の要約にあたる「調 査報告書要旨」 、そして、(4)去る3月1 6日に経団連ホールにて開催されたこ の調査披露のための「東京シンポジウム(兼、第4回JBICシンポジウム)結果 報告」から構成されている。 「開発における知識ネットワークと国際社会−Global Development Network を通して考える国際協調と国際協力−」は、本年1月にダカールで開催された GDN年次総会の参加報告を兼ねて、9 9年設立時のネットワーク立ち上げ時から これに関与してきた筆者が、過去5年間のGDNの活動を振り返りつつ、その特 異な知的ネットワークとしての意義や国際協調を促進する効果、その活用策に ついて、「国際公共益」を視野において分析している。 「インド農村地域における所得が栄養状態に及ぼす影響」は、第2回JBIC大 学院生論文コンテストの最優秀論文である。インド農村地域を対象に所得増大 が摂取量の改善につながらない栄養素が数多く存在することを、家計データと 回帰分析を使って手堅く考察した内容となっている。 杞憂に非ず 総 裁 篠沢 恭助 中学時代、漢文の授業で「杞憂」の由来を習った。昔、杞の国(河南省杞県)に、 いつか天地が崩落する、と心配ばかりしている男が居たという (「列子」 )。無用の取 越し苦労を笑う寓話であったと記憶する。あの授業から半世紀余り、加令現象であ ろうか、今の私は、あれもこれもと心配だらけの杞の国の男のようである。 ≪1.温暖化≫ 今世紀に入って数年、自然の猛威・異変は驚くばかりだ。死者30 万人超のスマトラ沖地震・インド 洋大津波はその最たるものだが、猛暑、熱波、冷 夏、干ばつ、洪水等々温暖化に関係ありと思われる異変の頻発もすさまじい。欧州 では、2002年夏、チェコ、ド イツ等で数百年に一度の大洪水。翌夏は熱波が襲来 (フ ランスで15,000人が死亡。ポルトガル等で大森林火災。 )。2004年夏東京では、39.5 度を記録、真夏日が40日連続。台風10本が本土上陸(最後のものは12月に来た。 )。 カリブや米国メキシコ湾岸地方でも12月まで執ようにハリケーンに襲われた。こう した異常気象と温暖化の関係は、まだ十分解明し尽されていないようだが、ちか頃、 誰もが両者の相関関係を疑わなくなってしまった。 昔、政府の予算編成作業をやっていた頃、南極観測関係者からたびたび「南極の 氷」を土産に頂いた。分厚い南極大陸氷床に何百メートルもボーリングしてとり出 された氷は、おそらく万年単位の昔の無数の気泡を内蔵していて、その氷で水割り を作ると、プチプチとやたらに賑やかな音がする。グラスの中に湧き出る(多分) 万年単位の古い空気中のCO2濃度は200∼300ppmだった筈。ところが今、南極で計測 されるCO2濃度は360∼370ppmに急上昇したと云う。 環境庁のパンフレット( 「stop the 温暖化」 )によれば、このまま石油・石炭を使 い続ければ、2100年にはCO2濃度は1,000ppmになる。地球をとりまく温室効果ガス の層はさらに濃度を上げ、地表に対する熱の再放射機能を一層効率的に発揮するだ ろう。20世紀の100年間に0.6度上昇した地球の平均気温は、21世紀中には1.4∼5.8 ℃も上昇し、相当な海面上昇をみるとのことである。 今、地球は氷河期のあとの後氷期にある。理論的には地球は再び寒い方に向う筈 のものらしいが、今の異常気象を見ていると、現代文明の横暴が、大きな自然の循 環さえ破壊するのではないかと、こわくなる。今の環境対策や排出抑制プロジェク トの小さな努力だけでは到底安心はかなわない。 2 開発金融研究所報 ≪2.人口の行方≫ 少し前まで、長い間、地球上では人口爆発が心配の種であっ た。実際、地球上の人口は、1950年の25億人から、半世紀を経て64億人となった。 ところが、国連人口基金の「世界人口白書2004」を拝見したところでは、人口増加 の速度は幸いにも峠を越えたらしい。 世界の人口は1990年代半ばの年間8,200万人の 増加(ピーク)から、現在は年間7,600万人増に減速した。このあと、2050年までに あと25億人増加して89億人に達する。けれども、その辺りで、出生率が人口置換水 準かそれ以下にまで低下し、地球人口総数はその辺りのレベルで横這い状態になる というのが国連の予測である。90億人前後の高止まりではあるが、「爆発」はないと なれば杞の国の男としては少しほっとする。 しかしながら、今日の国連推計が、10年前の予測に比べて、このようにやや低位 で、一種の落ち着きを示すことになった原因は、必ずしもうれしいものではない。 原因の一つは、アフリカでのHIV/エイズの人口問題への影響が以前の予測時以上 に深刻化していることであり、もう一つは先進国の人口増加の低下が従来の予想以 上に早くなったということである。結果としては、推計増加人口の96パーセント は 開発途上国での増加であると云うから、一部低開発国では依然として極めて急激な 人口増加がつづくということで、安心するわけには参らない。 先進工業国、特に欧州と日本では少子化、人口減少などが現実のものとなってき た。昨年6月10日の合計特殊出生率(2003年分)1.29ショックは記憶に新しい。イ タリア、ド イツ、オースト リア、スペイン、韓国などもおっつかっつの超少子化で あるが、日本の場合はその上に急激な高令化の影響が深刻である。大高令化は同時 に死亡者数の大巾増加を意味するわけで、それがどんどん減って行く出生数を超え てこの1∼2年内に人口の純減を開始させるであろう。先進国の人口の減少・停滞 は経済成長を低下・後退させ、約90億人前後に高止まりする地球人口のBHNに責任 をもつべき先進工業国家の保障能力の不足を招きかねない。 「爆発」がないとは云 え、人口将来推計の中味を満足すべき安定状態と解釈することは全く当をえない。 出生率の低下は長期的な傾向の問題であり、少子化対策に多くを期待することは できないと言われるが、 フランスのように政策努力が実を結んで出生率を1.88(2002 年)まで戻しているケースもある。ごく最近、OECDが出した報告書では、日本を政 策努力(保育所、手当、年金、休業制、税制などであろう。 )によって出生率を引き 上げる余地の大きい国としているそうであるが、人口問題は社会保障の制度設計を 含め、国力の将来にかかわる問題であり、真剣な論議の対象として欲しいものだ。 杞の国の男の心配は続く。ごく最近、価格と需給の混乱を経験した資源問題も、 やがて資源枯渇に直面するであろう。次元は大分違うが、日本の財政崩壊は食い止 められるだろうか……。とりあえず、孫世代が今世紀の後半をなんとか通過できる よう下準備をするのがわれわれ世代の役目だ、というあたりが話の陳腐なオチであ ろう。 2005年5月 第24号 3 国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査 「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」 序論 開発金融研究所主任研究員 藤田 安男 1.はじめに ガバナンスなどの面で問題点も指摘されてきた。 また、都市化、地方分権、地域経済統合などの構 国際協力銀行 (JBIC) 、世界銀行、アジア開発銀 造変化が起こっており、インフラ整備においても 行(ADB)は、初の三機関共同調査「東アジアの 対応が求められている。更に、97年以降停滞して インフラ整備に向けた新たな枠組み」を実施し、 いる民間インフラ投資の活性化も課題となってい 2005年3月16日開催の東京シンポジウム(兼、第 る。 4回JBICシンポジウム)でその研究成果を発表し このように本調査は、東アジアにおけるインフ た。 ラのプラスの側面を認めつつ、過去の教訓から学 この開発金融研究所報には、①国際潮流からみ んだ上で、地域の構造変化も視野に入れて、今後 た本調査の位置づけと意義、 ②調査報告書要旨 (調 のインフラニーズにいかに改善された方法で対応 査報告書要約の日本語版) 、③東京シンポジウム結 すべきかを検討したものである。 果報告、を掲載している。本稿では、それらの序 論として、調査の背景と目的、経緯、特徴などを 2)調査の目的 紹介する。 以下の4点を主な調査の目的とし、中でも②を 2.調査の概要 最重要視した。 ①経済成長やインフラ・サービスへのアクセス 改善を通じて、インフラが貧困削減やミレニ 1)調査の背景と経緯 アム開発目標(MDGs)達成に果たす役割の確 認 本調査は、東アジアのインフラストラクチャー ②近年の経験や将来の課題に照らし、インフラ (以下「インフラ」と呼ぶ)の整備促進のために、 ・サービスの増進と資金調達のあり方につい 日本財務省の支援を得て、国際協力銀行・アジア て、開発途上国、先進国・開発関係機関の政 開発銀行・世界銀行の初の三機関共同調査として 策決定者(Senior Policymakers)に対し実践 2003年9月から行われた。 的提言(Practical Reco㎜endations)を提供 東アジア(主にASEANや中国等)は、過去15年 ③東アジアの政策決定者、開発関係者(民間、 以上にわたって経済発展と貧困削減の両面で目覚 しい成果をあげ、その中でインフラは重要な役割 NGO等)との対話プロセスの促進 ④本行、世銀、ADBの将来の戦略及びプログラ を果たしてきた。今後の更なる経済発展と貧困削 成に向けた上下水道などの基礎的インフラ・サー 3)調査対象と主要論点 ビスの改善、民間企業の投資環境整備の一環とし て電力・港湾などのインフラ整備が求められてい 4 ムに関する情報提供 減の促進のため、ミレニアム開発目標(MDGs)達 (1)調査対象国 る。特に97年のアジア通貨危機のためインフラ投 東アジア及び大洋州の開発途上国(カンボジ 資を削減した国では、インフラ供給不足が顕在化 ア、中国、インド ネシア、ラオス、マレーシア、 している。 モンゴル、ミャンマー、パプアニューギニア、フィ しかし、インフラを巡っては、環境・社会配慮、 リピン、タイ、東チモール、ベトナム、大洋州諸 開発金融研究所報 国)とした*1。 適宜グループ化して検討した。 (2)調査の対象セクター 上国の政府関係者、研究機関、学識経験者、NGO 等から意見を聴取した。 具体的には、 ワークショッ 経済インフラ(都市及び地方) − 特に、電力・ プをフィリピン(2004年1月)及びインドネシア ガス、運輸(道路、鉄道、空港、港湾) 、通信、上 (同6月)で開催したほか、調査チームが主要調査 下水道等−とした。 対象国を訪問した。日本でも、2004年1月には調 (3)主要論点 査開始時セミナー(Study Launch Seminar)を実 東アジアの経済発展モデル、1997年の通貨危機 によって顕在化した問題点・課題、将来の構造変 施し、2005 年 3 月に は 成 果発 表 シ ンポ ジ ウ ム (Report Launch Symposium)を開催した。 化を踏まえて、以下を主要な調査論点とした。 更に、調査報告書の客観性と質を高めるため、 ①経済発展と基礎的サービスへのアクセス改善 約10名からなる外部有識者による調査報告書案 を通じた貧困削減におけるインフラの役割 ②インフラ整備における公共・民間の役割分 担、民活導入に関する経験と教訓(計画策定、 規制、資金調達、運営) のレビューも実施した*4。 3.調査報告書の特徴 ③インフラ事業が環境・社会・ガバナンス面の 本調査報告書の特徴は、国別・セクター別の詳 改善に寄与するための経験と教訓(含む、そ 細分析ではなく、国・セクター横断的なテーマ分 れらの側面へのマイナス効果への配慮) 析を行 ない(テー マ・ア プロー チ: Thematic ④インフラ整備に影響を及ぼす東アジアの構造 Approach) 、政策決定者がインフラに関連する問 変化(都市化、地方分権、人口分布の変化、 題を検討するための考え方(フレームワーク) 、政 地域統合、地域の競争力等) 策オプションを提供した点にある*5。 ⑤将来のインフラ需要と資金調達のあり方(地 本調査報告書の提言は、開発途上国の政策担当 域の経済発展見通し、財政手当(補助金・税 者が、即座に適用可能な「処方箋」を提供してい 政策、偶発債務) 、民間資金) るわけではなく、また、開発途上国のインフラ問 題に対する画一的(One fit for all)な処方箋を提 4)調査の実施プロセス 示しているわけでもない。しかし、政策決定者が 強い問題意識を持っているセクター横断的な重要 調査チームリーダーのもと、各機関がタスクマ 論点 ― 政府の役割や補助金など「古くて新しい ネージャーを出し合い、4名から構成される調査 問題」から、財政手当て(Fiscal Space)などの最 *2 25件を超えるバックグ コアチームを組織した 。 新議論まで ― を、 東アジアの実情に即して、 先入 ラウンド ・ペーパーを三機関が分担して作成し 観なく包括的・多角的に分析し、提言を行なって *3 いる。このような調査は他にはなく、その意味で 、 それらを集約して全体調査報告書を作成し た。 は、包括的・多角的である点に新規性があるとい また、開発途上国の政府関係者の問題意識・課 える( 「国際潮流からみた本調査の位置づけと意 題を把握するとともに、支援供与国および開発途 義」がこの点を詳しく論じている。また「東京シ *1 従って、通常、日本で呼ぶ「東アジア」よりも広く、ASEANや中国など東南アジア及び東アジアの国々が対象である。 *2 調査コアチーム・リーダー Mark Baird(Consultant. Former Vice President of The World Bank) 、Jonathan Walters(Lead Economist, Infrastructure Unit, East Asia and Pacific Region, The World Bank) 、Rita Nangia (Director, Finance and Infrastructure Division, Regional and Sustainable Development Department, ADB) 、藤田安男(国際協力銀行 開発金融研究 所 開発政策支援班 主任研究員) *3 外部の研究機関・専門家への委託、または、三機関の職員が執筆。これらの一部は既に世界銀行の本調査のウェブサイトに掲載 済みであり、順次公表していく予定である。 *4 日本からは、 (社)日本経済団体連合会世銀タスクフォース、名古屋大学大学院国際開発研究科教授大坪滋氏、譛海外コンサル ティング企業協会主席研究員田中秀和氏(レビュー実施時点)及び会員企業に、レビューにご参加頂いた。 *5 OECD開発援助委員会の下部機構であるPOVNETで実施している研究は、国別・セクター別の分析にも重点を置いている。 2005年5月 第24号 5 ンポジウム結果報告」におけるパネリストのコメ 発援助コミュニティに対する発表である。まず本 ントも参照) 。 調査の提言が開発途上国の政策に反映されるよ 調査報告書は、このテーマ・アプローチに従 う、各国の状況も勘案しながら、政策決定者、学 い、5章構成となっている。第1章で東アジアの 識経験者、市民社会を対象に説明し、理解を深め インフラ整備の課題の整理したうえで、第2章で る努力をしていく必要がある。また、2005年はミ 同地域の開発目標としての「全ての人々が裨益す レニアム開発目標の中間レビュー年であり、本調 る開発(Inclusive Development) 」を提示してい 査で提言するアプローチを、世界の開発援助コ る。そして、Inclusive Developmentを実現するた ミュニティに対して広く提案していくことが効果 めの「仕組み」を大きく2つに分け、第3章で国 的であろう。 のインフラ開発の方向性を定める「関係主体間の 第2は、今後の開発途上国、民間企業に対する 相互調整(Coordination) 」 、第4章でインフラ整 支援への活用である。本調査報告書には、東アジ 備・サービス提供段階で課題となる「説明責任と アのインフラ整備の重要論点に関する、三機関の リスク管理 (Accountability and Risk Management) 」 現時点での共通認識が示されている。この調査結 を論じている。そして、第5章では12の政策提言 果を基盤に、開発途上国政府、民間セクター、開 を示した(調査報告書要旨を参照) 。 発援助関係者等に対して、三機関がより一貫した また、様々な機会 ― バックグランド ・ペー 政策メッセージを発することが出来る。それに パー作成、ワークショップ、外部有識者レビュー、 よって、より効率的なインフラ整備、それに対す ヒアリング ― を通じて、日本の経験や知見が多 る支援(融資、テクニカル・アシスタンス)が可 く盛り込まれたことも特徴の1つであろう。日本 能となろう。他方、三機関側のインフラ整備に対 企業、本邦コンサルタント 企業、開発援助機関、 するアプローチも、必要に応じて見直すべき部分 学識経験者、NGOの意見を聴取・反映させるよう 国際協力銀行では、国際金 もでてくるだろう*6。 努めたほか、調査報告書にも、国際協力銀行の国 融等業務における日本企業への支援、海外経済協 際金融等業務・海外経済協力業務を通じた東アジ 力業務実施方針の具体化に活用していく予定であ アにおけるインフラ整備の経験・教訓が多く盛り る。 込まれている。 第3は、他地域への応用である。既に、アフリ カでもインフラに関する共同調査が行なわれ始め 4.今後の方向性:この調査結果を どう活用するか ている。国際協力銀行でも、アフリカの調査につ いては他機関と調整を始めており、南アジア(特 にインド)を対象にした調査も検討中である。こ 国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行は、 の調査を参考にして、調査対象の地域や国に即し 東アジアのインフラ整備資金量全体に占める、そ て、一歩進んだ調査の展開が可能となる。 の融資量は小さいが、開発途上国への政策提言機 能、民間資金の呼び水機能などの観点も含めれ 今回の調査を通じて形成された共通認識を基盤 ば、その役割は大きい。東京シンポジウムでは、 に、三機関が自らの特徴・強みを生かしながら、 3機関がこの調査報告書を今後どう活用するかに 開発途上国の経済発展・貧困削減、民間セクター ついても議論も行なっており、それは概ね次のよ (国際協力銀行の場合は、主に日本企業)の支援 うに集約される。 に、協力あるいは補完して取り組んでいくことが まず第1は、東アジアの開発途上国、世界の開 重要である。 *6 例えば、世界銀行東アジア・大洋州地域インフラ担当局長は、セクター横断的アプローチがより重要になる、プロジェクト評価 手法も見直しが必要と述べている。東京シンポジウム結果報告を参照。 6 開発金融研究所報 「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」 国際潮流から見た本調査の位置づけと意義 開発金融研究所 竹内 卓朗 はじめに ことである。本稿はこうした国際潮流の観点か ら、本調査がどのように位置づけられ、どのよう 「東アジアのインフラ整備における新たな枠組 な意義を持つことが期待されているのかにつき簡 み」調査について、 「何が『新しい』のか?」とい 潔に説明し、本調査の問題意識についてより幅広 う質問をしばしば耳にする。確かに、本調査の柱 く理解を得ることを目的とする。 となっている提言を見ると「中央政府の役割が重 そうした説明の過程で、本調査は90年代のイン 要」 「インフラ整備のための財政手当が重要」 、 、 「補 フラを軽視する考え方とは一線を画しているもの 助金は認めうる」など、わが国の戦後の経済発展 の、それらのアンチテーゼと位置づけることも、 の歴史や、援助の中心であったアジアの経験から インフラを重視していたかつての時代のやり方に 見れば、一見、斬新さは特になく、従来から言い 回帰させるものと理解するのも必ずしも適切では 古されてきた事項が列挙されているようにも見え ないことを明確にする。本調査は、いわば90年代 る。 のやり方ともそれ以前のやり方とも異なる(ある しかしながらこれらの提言は、90年代以降のイ いは双方のproとconを踏まえた)第3の道を志向 ンフラを巡る国際潮流の中で主流を占めてきた考 するものであり、その意味で、真に「新たな」枠 え方からすれば、 かなり「新しい」 色を帯びている。 組みを提言していることを説明する。 一例を挙げるとすれば、インフラ整備には民間 以下、まず、90年代の国際社会におけるインフ 資金を積極的に活用すべきとの市場主義的な立場 ラ支援の機運の後退について、その後、近年の国 や、小さな政府を強く志向する考え方などが好例 際社会におけるインフラを重視する揺り戻しの潮 である。これらは、90年代の国際社会におけるイ 流について簡単にレビューする。そしてこれらを ンフラ支援の機運の後退の後ろ盾となった考え方 踏まえ、本調査の国際潮流における位置づけと、 であり、国際開発のイシュー全般にわたり中心的 その期待される意義について簡潔に説明する。 な考え方となってきた。こうした見方からすれ 蘆 蘆 蘆 蘆 蘆 蘆 ば、本調査の提言内容は、政府の役割の重要性を 強調したり、過度に民活に頼ることの限界を指摘 するとの側面を有するなど、従来の国際社会の議 1.90年代の国際潮流 (インフラ支援の機運の後退) 論とはかなり異なった立場をとっており、 「新た 1990年代に入って、国際社会においてインフラ な」見地を有していると言える。 支援に対する機運が後退した。その背景には、① そのほかにも、本調査はインフラの貧困削減へ 90年代に民間インフラ投資が増加し、公的機関は の効果の検証を焦点の一つとしているが、これに これをクラウディング・アウトせず投資環境整備 ついても90年代以降、国際社会の開発目標として などに力点を置くべきとの意見が強まったこと、 幅広い支持を受けている貧困削減、とくにその中 ②マルチ機関を中心とした、インフラ・プロジェ でも主流となった社会開発や人間開発に主眼を置 クトなどプロジェクト型のハード支援よりも、当 くアプローチの中では、あまり重視されてこな 該国の制度・政策環境の改善を促すプログラム型 かった視点である。これについても国際社会にお のソフト支援に力点を置くべきとの声の高まり、 いては、 「新たに」着目されてきた点と言えよう。 ③貧困削減や社会開発を重視する流れ、④環境や これらの例から言えることは、本調査の「新し 社会などへの負のインパクト を指摘する多くの さ」や「立脚点」を読み解く一つの鍵は、 「90年代 声、⑤途上国政府によるインフラ整備の効率性へ 以降のインフラをめぐる国際潮流」にあるという の疑義や汚職への批判、などが挙げられる。 2005年5月 第24号 7 こうしたインフラ支援の機運の後退は、90年代 ら2003年の世銀予算において各地域のインフラ 後半に打ち出された様々な国際開発イニシアティ 担当局への行政的予算額が10%減少し、さらに世 ブに影響を与えた。その中でも、1996年5月に採 銀年度の99年度から2003年度にかけてインフラ 択された経済協力開発機構(OECD)の開発援助委 セクターの職員が全セクターの中で最大の30% 員会(DAC)の新開発戦略(図表1)や1999年9 減少するなど、融資から組織の予算・人繰りに及 月の世銀・IMF合同開発委員会で国際的な合意 ぶまで広範にわたってインフラ支援へのプライオ を得た貧困削減戦略ペーパー(PRSP)などに影響 リティーの低下の影響が及んだ(World Bank, が色濃く反映され、これらのイニシアティブの焦 2003, 2004) 。 点は貧困削減や社会開発に向けられ、経済成長や なお、本調査が対象としている、東アジア地域 インフラの視点については限定的な取り扱いと についてもこうした流れの影響を受け、90年代後 なった。 半に公的機関によるインフラ支援額が減少した。 特にエクスポージャーの太宗を占める、世銀、 図表1 DAC新開発戦略の開発目標(概要) (1996年5月にDAC第34回上級会合において採択) ○経済的福祉 ・2015年までに極端な貧困人口の割合を半減 ○社会的開発 ・2015年までにすべての国で初等教育を普遍化 ・2005年までに初等・中等教育における男女格差を是正 ・2015年までに乳児および5歳未満幼児の死亡率を3分の1 に削減 ・2015年までに妊産婦死亡率を4分の1に削減 ・2015年までに性と生殖に関する保健・医療サービスを 普及 ○環境面での持続可能性 ・2005年までにすべての国で持続可能な開発のための国 家戦略を策定し、さらに2015年までに環境破壊の傾向を 逆転させる 出典:OECD(1996) また、この時期、内外の報道や国際社会におけ る議論において、環境や社会への影響、汚職、貧 ADB、JBICについて見ると、JBICの支援額は概ね 横ばいで推移し たものの、世銀が大幅に減少、 ADBも減少したため、三機関の支援額の合計は、 通貨危機前後の5年間で比べると通貨危機後には 支援額が20%減少し80億ド ルとなった(図表2、 JBIC/World Bank/ADB, 2004) 。 図表 2 東 アジ ア地 域に おけ る世 銀、ADB、 JBICのインフラへの融資額 (アジア通貨危機前後5年間の比較) 4,500 4,000 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 World Bank ADB 困者に便益が行き届かないなど、インフラの負の 側面が多く取りざたされた。こうした指摘によっ てインフラ支援の質の向上につながった側面が多 1993-97 JBIC (ODA) JBIC (IFO) 1998-02 出典:JBIC/World Bank /ADB(2004) くあるが、一方で、インフラのプラス面を軽視し すぎた面もあり、インフラ支援を重視する国や機 関にとってはその支援の効果がなかなか理解され このように、インフラ支援の機運の後退は、政 ない困難な時期が続いた。 策面、資金の流れ、国際機関などの機構、そして 個々の機関に目を移すと、インフラ支援からの 国際世論など、広範にその影響を及ぼし、インフ 後退の動きが最も顕著であったのは世銀であっ ラ支援は大きなチャレンジを受けた。本章では、 *1 た。具体的には、IBRD諸国 のインフラ向け融資 が1993年から2002年の間に50%減少し、2000年か 以下、こうした流れを作った要因のうち中心的な 役割を果たした(1)民活インフラブームと(2) *1 2003年の一人当たりGross National Income (GNI) が$5,295未満の中所得国75カ国が対象(世銀2005年度) 8 開発金融研究所報 貧困削減の主流化(社会開発を重視する流れ)に こうした中で、世銀は1994年の世界開発報告で ついて簡潔にレビューする。 「開発とインフラスト ラクチュア」を取り上げ、 「過去のインフラ投資は、 期待されたような開発効 1)民活インフラ・ブーム 果が見られなかった」 とした上で、 「インフラの 運営は官庁ではなく企業にならう」 「競争の導入」 90年代に入って、開発途上国向けの民間インフ など民活の推進を強くサポート する提言を発表 ラ投資が急増し、ブームのような状況となった。 し、民活インフラ・ブームの流れをより強固なも この背景には、①多くの途上国政府が、インフラ のとするとともに、国際開発援助コミュニティー 整備を担当している公的機関の低いパフォーマン における考え方に強い影響を及ぼした(図表4) 。 ス(過剰人員、累積赤字等)やこれに起因する財 政の逼迫に悩み、問題の打開策として民活の導入 図表4 世銀開発報告1994 主要メッセージ に積極的であったこと、②マルチ機関により、80 年代以降貿易の自由化や国営企業の民営化など市 場主義的なアプローチを重視する構造調整プログ ラムが多数供与され、そうしたプログラムの中で 民活インフラが推奨されたこと、③多くの民間企 業が、中南米や東アジア諸国を中心とした新興市 場国向けのインフラ投資につき新たなビジネス チャンスとして魅力を感じていたこと、などが挙 げられる(Harris, 2003) 。 このように、途上国政府、マルチ機関、民間企 業のそれぞれの思惑が一致し、1990年には約180 ・過去のインフラ投資は、期待されたような開発効果は見 られなかった。投資効果とサービス提供の改善が重要。 ・過去の不十分なパフォーマンスの原因は、インフラ供給 者に対するインセンティブの問題。インフラ需要者の ニーズに応えるには以下の3点が重要。 蜴インフラの運営は官庁でなく企業にならう。 蜴競争の導入―できれば直接競争、その可能性がなけれ ば間接的に。 蜴ユーザーなど利害関係者には強力な発言権と実際の責 任を。 ・資金調達における公共=民間の提携には見込みがある。 ・政府は、貧困層の利益を守ること、環境性能の向上、民 間投資環境整備などにおいて重要な役割を果たす。 出典:WorldBank(1994) 億ドルであった開発途上国向け民活インフラ投資 額は、ピーク時の97年には7倍以上の約1300億ド ルに急増した。民活インフラ投資受入国や案件の このような民活インフラ・ブームの影響は、① 数で見ると、それぞれ1984∼89年の26カ国、72案 公的機関は民間投資を圧迫せず、投資環境整備な 件から、90年∼2001年に132カ国超、2500案件以上 どに焦点をシフトすべきとの機運が高まり、世銀 にまで増加した (図表3、World Bank PPI Project など多くのドナーがインフラ支援への資源配分を Database) 。 低下させたこと、②途上国の政府機関よりも民間 企業の方がインフラ建設の担い手となった方が効 図表3 90年代の開発途上国における民活イン フラの広がり 率的との声が高まったこと、そして極端な立場か らは、③ローンの返済能力がない国には公的機関 がグラントを供与するものの、返済能力がある国 については民活でインフラ整備を行うべきとの二 140 120 100 80 国数 60 40 20 0 民活導入国数 元論的な主張がなされる、などの形で現れ、公的 機関によるインフラ支援は大きなプレッシャーに 直面した。 1984∼1989 1990∼2001 26 132 出典:World Bank PPI Database 2)貧困削減の主流化 (社会開発重視の流れ) 1990年に、世銀が「世界開発報告」において 「貧困」を取り上げ、国連開発計画(UNDP)が 2005年5月 第24号 9 「人間開発報告書 (Human Development Report) 」 を初めて作成するなど、再び「貧困」が開発の重 図表5 DACメンバーによるODA供与コミッ ト額(社会セクターと経済インフラ) 要議題として位置づけられるようになった。そし て、90年代後半以降、DAC新開発戦略やMDGsが 25,000 国際社会の広い支持を受け、 「2015年までに貧困 人口を半減させる」ことなど貧困削減が国際開発 20,000 貧困削減は、古くから国際開発コミュニティー や学界において関心が寄せられてきたテーマであ るが、この90年代後半にメインストリーム化して 100万USドル コミュニティーの主要目的として認識された。 15,000 10,000 きた「貧困削減」への取り組みは、貧困に経済開 発の視点からのみ取り組むのではなく、貧困削減 5,000 の前提となる、保健、衛生、教育、ジェンダーや 環境など、人間開発や社会開発支援に重きを置い 0 ている点において、従来の貧困の議論と一線を画 している。 この考え方が強く反映されているのが貧困削減 戦略ペーパー(PRSP)である。これは、世銀の ウォルフェンソン総裁が1998年に提唱し、開発を 経済開発だけではなく社会開発の様々な課題とし て 捉 え る と の 包 括 的 な 開 発 フレ ー ム ワ ー ク (CDF) を具現化したものであり、貧困削減の実効 94 95 96 97 98 99 00 01 02 04(年度) 社会セクター 経済インフラ (注1)上記の金額にはDACメンバー国とアラブ地域の主要 ドナー国から開発途上国向けODAが含まれる。 (注2)金額はコミットメントベース。 (注3)社会セクターは、主に教育、保険セクター、上下水 道セクター向け、経済インフラは、主に運輸、通 信、電力向け。 出典:OECD “Geographical Distribution of Financial Flows to Aid Recipients” (1999-2003/ 1996-2000/ 1994-1998) 性を高めるために、社会サービスの強化、公平性 の確保、ソーシャルセーフティーネットの強化、 社会的弱者の救済及び人間開発に重点が置かれて 環境及び社会開発分野では、90年以降に職員数が いる(JICA、2003) 。 4倍以上増加し、広報、人間開発においても2倍 PRSPは、1999年9月の世銀・IMF合同開発委 (秋山、秋山、湊、2003) 。 増となった*2。 員会において国際的な合意を得、世銀・IMFの支 後述するとおり、近年になって、貧困削減は経 援の下、開発途上国自身がPRSPを作成し、これに 済成長やインフラ開発とトレードオフの関係には バイ・マルチ機関が各自の援助戦略を連携させて なく、むしろ貧困削減を増進し得るものとして広 いく流れが国際開発において主流となっている。 く認識されるようになってきている。しかしなが PRSPなど貧困削減を重視する一連の国際イニ ら、貧困削減が再び援助の主流になった当初は、 シアティブにおいて、インフラ支援は必ずしも否 発展の初期段階での所得分配の悪化は不可避との 定された訳ではなかったが、人間開発や社会開発 考え方が広く行き渡り、経済成長やインフラと貧 を重視する方向性がより強調され、経済成長やイ 困削減を対立概念と捉え、内外の専門家からイン ンフラの支援の取り扱いは限定的なものとなった フラ支援よりも社会開発や人間開発に力点をシフ (図表5) 。 トすべきとの見解が多く示された。その結果、イ また世界銀行においては、単に政策の方向性が ンフラ支援へのプライオリティー低下の流れが強 シフトしたのみならず、これに伴い、組織、職員 まった。 構成など機構面においても、社会開発や人間開発 を重視する体制に大きくシフトした。たとえば、 *2 このような社会開発や人間開発部門の状況は、30%職員が削減されたインフラ部門とは対照的であった。 10 開発金融研究所報 2.近年の国際潮流の動向(インフ ラの重要性の再確認の流れ) ラジル、トルコやアルゼンチンなどで相次いで経 済危機が発生し、新興市場国や開発途上国に対す る投資リスクが高まった。一連の経済危機後、こ 90年代から2000年代初頭にかけてのインフラ れらの国のマーケットにおいては、株式や債券市 支援に対する機運の後退は、国際開発イニシア 場を含めマーケット全般に渡って資金流入額が減 ティブや各機関の支援方針など広範に影響を及ぼ 少した。 したが、近年、再びインフラ整備支援の重要性が さらに、より重要な要因として、途上国の民活 見直されてきている。その背景には、インフラ支 インフラ投資環境に問題が多いことが考えられ 援後退をサポートする前提条件が崩れてきたこと る。その証左として、東アジア地域などでは、危 や、インフラ軽視の反動が顕在化してきたことな 機後の堅調な経済回復の下、株式市場などには資 どが挙げられる。本章では、前者の前提条件の変 金が戻ってきているが、インフラ向け投資につい 化を表すものとして(1)民活インフラ・ブーム ては依然として低迷を続けている。 の終焉、 (2)貧困削減のアプローチの多様化、後 具体的には、官民のリスク分担が明確でなかっ 者のインフラ軽視の反動として(3)インフラ たことや、サービスの価格設定をめぐる対立、官 ギャップの顕在化にスポットライトを当て、それ 民双方とも相手側のリスク負担や事業の収益性な ぞれ簡潔にレビューを行う。 どに過大な期待を寄せていたことなどの影響で、 世界各国で案件が頓挫し政府と民間事業者の間で 1)民活インフラ・ブームの終焉 再交渉、案件キャンセル(図表7)又は再国有化 1997年を境に、世界的に民活インフラ投資額が 減少しはじめ、2001年にはピーク時の4割の水準 図表7 世界(各地域)及び東アジア諸国の民活 インフラ案件のキャンセル額とその割合 にまで落ち込んだ(図表6) 。 図表6 民活インフラの投資額(世界全体と東ア ジア(EAP)地域の投資トレンド ) 140 2002US$billions Indonesia Malaysia $4,736mil $2,358mil China $3,523mil Vietham $154mil 120 Philippines $935mil 100 Thailand 80 Cambodia $1mil South Asia $3,222mil East Asia $12,440mil $632mil 60 40 20 0 TOTAL EAP 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 出典:World Bank PPI Database (注)上記金額は、コミットメントベースで積算。公的又は 民間機関によりコミットされた全案件を含む。 Middle East and North Africa $824mil Latin America and Central Asia $8,434mil Europe and Central Asia Sub-Saharan Africa $1,983mil $208mil 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 この民活インフラ投資の減少には、大きく2つ の要因が考えられる。まずは、新興市場国の経済 Percent total investment Percent total projects 出典:JBIC/World Bank/ADB (2005), World Bank PPI Database (2005) 危機である。1997年以降、東アジア、ロシア、ブ 2005年5月 第24号 11 されるケースが相次ぎ、民間企業の投資意欲の減 続的な貧困削減の鍵となるのは、持続的な経済成 退を引き起こしている(Harris, 2003) 。 長であること」などを強く主張し続けてきてお このように民活インフラ投資の状況は、90年代 り、そうした主張が理解され、社会セクター支援 前半とは完全に異なるものとなり、これに大きな も重要であるが、成長促進のための支援もおろそ 期待を寄せていた途上国政府や民活がインフラ投 かにするべきではないとの認識が国際社会で広ま 資の主役となっていくことを想定し戦略を立案し りつつある*3。 ていた国際機関などはその戦略の見直しを迫られ この点については、2004年に発表されたOECD る状況になっている。 開発援助委員会(DAC)の対日援助審査報告書に おいて「DACのメンバー国などが貧困削減に対し 2)貧困削減のアプローチの多様化 経済成長が果たす役割の重要性を認識したのは、 主として日本政府の働きかけによる」と評価され 前章において、90年代に入り、貧困削減が開発 ている。そして、その影響として、ベトナム政府 の主要課題であるとの認識が国際的に定着し、特 やタンザニア政府が貧困削減に対する経済成長の に従来の経済開発を重視したアプローチから、よ 重要性を認め、両国の貧困削減戦略において成長 り社会開発や人間開発に重点を置いたものに国際 の視点を大きくフォーカスするなどの動きも出て 社会の関心がシフトしてきたことに触れた。しか きている(OECD/DAC, 2004) 。 しながら、近年、経済開発と社会開発のバランス こうした情勢の変化により、国際社会におい のとれたアプローチの必要性が理解されはじめて て、貧困削減の文脈の中で、インフラの果たす役 いる。 割を議論したり検討したりする素地が整いつつあ このような理解が広まってきた背景には、学界 る。 などにおいて、経済成長と貧困削減がトレードオ フの関係にはなく、むしろ経済成長は貧困削減に 3)インフラギャップの顕在化 資するものである、との理解が確立されてきたこ とが挙げられる。先述のように、初期の開発経済 近年、国際社会において、多くの開発途上国が 学では、クズネッツ理論など発展の初期段階での 直面しているインフラギャップ(不足)の問題が 不平等は不可避との考えが定説となっていたが、 中長期的な持続的な成長やMDGsの達成を妨げる 90年以降、開発援助の中で貧困削減が主流とな 障害としてクローズアップされてきた。 り、途上国の貧困に関するデータなどが整備さ 特に深刻なのは、南米諸国であり、最近の調査 れ、その中で上記の仮説を覆す研究結果が多数出 によれば、1990年代にインフラ不足より、アルゼ てきている。そしてこうした研究成果を基に、制 ンチン、ボリビア、ブラジルの中長期的な経済成 度・政策環境を改善することにより、経済成長と 長率が年3%ずつ押し下げられ、チリ、メキシコ、 同時に貧困削減を達成することは可能という考え ペルーでは、1.5%∼2%押し下げられたとの結果 が、広 く 共 有 さ れ る よ う に な っ て き て い る が出ている。またアジアについては1997年の通貨 (JICA、2003年) 。 危機以降にインフラ投資を含む公共投資が急激に また、日本政府が国際会議などで行ってきた主 減少していること、アフリカについては公共投資 張や働きかけも、国際社会の機運の変化に重要な が不安定であり、中長期的な成長基盤を揺るがす 影響を及ぼしていることも強調していきたい。日 恐れがあることが指摘されている(IMF, 2004) 。 本政府は、ここ数年、世銀IMF合同開発委員会な インフラギャップの背景としては、IMFプログ どにお いて「国 ごと に異 なる 状況 に合 わせ て ラムにおける均衡財政政策などの影響で、長期に MDGsを現地化(ローカライズ)すること」や「持 渡りインフラ向けの公的支出額が抑制されてきた *3 第68回、第70回世銀・IMF合同開発委員会における日本国ステートメントhttp://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/frame2.html や中尾(2005)を参照。 12 開発金融研究所報 ことや、民活インフラ投資の伸び悩み、新興市場 その後、本アクションプランは、2003年9月の 国を襲った経済危機への対応の負担でインフラ向 世銀・IMF合同開発委員会に報告され、同委員会 けにまわす公的資金がないなど、様々な要因が指 より、世銀が再びインフラに焦点を当てていくこ 摘されている(IMF, 2004) 。 とにつき支持を得た。このことは国際社会がイン このような状況に直面し、中国やインドなど途 フラの重要性を再認識する大きな契機となった。 上国側から、国際社会がインフラ支援を強化する 声が高まっている。近年の国際社会での議論や開 図表8 世銀インフラ・アクションプラン(2003) の概要 発イニシアティブにおいても、インフラギャップ の問題は深刻に取り扱われ、例えば、持続可能な 開発に関する世界首脳会議(WSSD、2002年) 、カ ムドシュ=パネル(2003年)などにおいて、大規模 なインフラ不足とその整備の必要性につき指摘さ れている。 また2004年4月に世銀とIMFが共同で発表し たGlobal Monitoring Reportは、 低所得国や低中所 得国につき90年代の投資水準からGDP比でみて 2.5∼5%支出を増額させる必要があるとしてお り、インフラ投資の増額を喫緊の課題としている (World Bank/IMF, 2004) 。 Ⅰ.被援助国(Client Country)のインフラニーズへの対応 蜴 公的/民間セクターによるインフラ整備に対す る様々な支援オプションの提示、インフラ整備 をCASやPRSPにうまく取り入れる、等。 Ⅱ.国毎の分析を強化し、インフラに対する知識基盤を再 構築 蜴 各国/地域のインフラ状況の審査を改善・強 化、インフラ支援の成果を測る基盤としてイン フラ・データベースを構築、等 Ⅲ.効果を最大化させるための世銀グループの支援ツール を効率的に適用 蜴 新たな被援助国の需要を満たすための新規事業 や支援ツールの立ち上げ、世銀グループ内の支 援ツール間の共同活用を強化、等。 出典:World Bank (2003) 以上、本章では、90年代のインフラ支援の機運 の後退をサポートした前提条件の変化として、民 活インフラ・ブームの終焉や貧困削減の文脈の中 して、 (必ずしも90年代の国際社会の取り組みのみ 3.本調査の国際潮流における位置 づけと意義 の影響ではないが)インフラ整備に力点を置いて 以上、90年代以降のインフラ支援の機運の後退 こなかったことにより生じ、国際社会の喫緊の課 から近年のインフラの重要性の再認識に至る国際 題となっているインフラギャップの問題について 社会の潮流の変遷を概観してきたが、ここでは、 レビューしてきた。これらのインプリケーション 本調査がそうした国際潮流の中でどのように位置 としていずれにも共通しているのは、国際社会 づけられ、そしてどのような意義を持つと考えら が、開発途上国のインフラ整備の問題に再び取り れるか(期待されているか)について、以下、総 組む必要性が高まっているということである。 論、各論の順に述べていきたい。 こうした情勢の変化や途上国側のインフラ・ ニーズの高まりを受け、世銀は、2003年7月にイ 1)総論 ンフラ・アクションプランを発表した。この中で 世銀は90年代のインフラ向けの資源配分の減少 まずは、総論的観点から言うと、近年、国際社 が様々な支障を引き起こしていることやインフラ 会において、貧困削減やMDGs達成の観点から、ま の成長や貧困削減に果たす重要性を踏まえ、①開 た中長期的な成長基盤として、インフラの重要性 発途上国のインフラ需要への対応、②各国のイン が再認識されてきているが、本調査は、こうした フラ状況に対する知識基盤の強化、③効果を最大 流れに対し裏づけを与え、その流れを確固たるも 化させるための世銀グループの支援ツールの効率 のにしていくことが重要な役割である。こうした 的な適用にコミットし、各項目についての向こう 観点から、調査の中で、インフラ整備の経済成長 3年間の詳細な行動計画を策定した(図表8) 。 に対する効果や、貧困削減に対するマクロ・ミク で経済成長やインフラ整備にも着目する流れ、そ 2005年5月 第24号 13 ロの効果、貧困削減に至る様々な経路−国道建設 プにどのように対処するか、その具体的な視座の により海外直接投資が流入し雇用創出、上下水道 提供が本調査の重要な役割である。近年、多くの 整備など貧困層の衛生状況が改善−などの分析や 開発途上国が直面しているインフラギャップ(不 既存研究のレビューを行い、理論と具体例の両面 足)の問題が中長期的な持続的な成長やMDGsの から、インフラの重要性について検証が行われて 達成を妨げる障害として国際社会で広く認識され いる。 つつある。これに対応していくためには、①資金 次に、インフラは重要であるが、90年代のイン ソースの確保や、②限られた資金の効率活用が鍵 フラに対する否定的な見解を完全否定すること となる。 や、かつてのインフラや成長重視の時代に単に時 本調査では、いずれの章においてもインフラ 計の針を戻すのは適切ではないとの本調査のスタ ギャップへの対応をかなり強く念頭においてお ンスを確認しておきたい。90年代に多くの批判が り、①資金ソースの確保については、途上国政府 なされた、インフラの環境・社会へのインパク による財政手当(fiscal Space)の議論(下記「囲 ト、途上国政府の不効率なインフラ整備、汚職な み」参照)や、民間資金を再び呼び込むための方 どの問題は、今後も取り組んでいかなければなら 策(民間企業50社に対するアンケートや、官民の ない課題であり、これまでの経験や教訓を踏ま リスク分担の検討など) 、②の限られた資金の効率 え、より多くの人間がインフラの利益を享受する 活用については、政府のビジョン形成、ステーク やり方を求め、効率的にインフラ整備を推進して ホルダー間の利害調整、意思決定、透明性確保、 いく必要がある。 リスク管理など様々な制度的・機構的枠組みにつ また、東アジアの多くの国では、インフラ整備 いて検討が行われている。 に影響を与える様々な構造変化が生じており、新 そして、これらの議論は、理想論的なアプロー 時代に即した新たなやり方が求められている。た チに捉われず、現実の利害やトレードオフを充分 とえば、程度の差はあるが、多くの国で、かつて に踏まえたものとなっており、今後、国際社会で の中央に権力が一極集中した権威主義的な体制が の取り組みを検討していく上での重要な視座を提 崩れ、民主化の波が広がってきており、従来のよ 供するものであると考えられる。 うに中央が指示を轟かせれば、末端までそれが行 き届くような体制ではもはやない。その意味で、 ■囲み 途上国政府による財政手当 (fiscal space) 中央政府がイニシアティブをとる際にも、上意下 達的なスタイルではなく、様々なステークホル ダーの利害を調整し意思決定に導いていくよう な、機構的に新しいやり方が求められている。 すなわち、本調査は、国際潮流を再びインフラ 重視の方向に導きつつも、ただ単にかつての時代 のやり方に回帰させるのではなく、これまでの経 験や反省を踏まえ、新時代に即した枠組みを構築 するとの、より成熟した第3の道を志向するとの スタンスにたっている。こうした観点から、本調 査では、環境社会配慮、透明性の向上、インフラ を巡るステークホルダー間の調整などの枠組みの 検討が行われている。 2)各論 次に、各論に移ると、まずは、インフラギャッ 14 開発金融研究所報 インフラ整備への資金ソースの確保に関連して、最近、 途上国政府による財政手当て(fiscal space)についての議 論が国際社会で注目を集めている。これはIMFが世銀や米 州開発銀行(IDB)と協力して作成し、2004年4月に発表さ れた“Public Investment and Fiscal Policy”と題するペー パーなどに端を発しており、南米諸国を中心に、過去30年 間、GDP比に占める公的投資のシェアが低下し続け、これ によりインフラギャップが発生し、長期的なGDP成長率を 押し下げていることを問題意識としている。 同ペーパーによれば、公的投資の低下には、小さな政府 を志向する世界的な潮流や、国が発展するとともに民間金 融市場などが育ち、そもそも公的投資への依存度が低くな るとの面も影響しているが、より大きな要因として、各国 の公的投資が均衡財政政策の影響を受け、過剰に削減され ているとの要素が考えられるのではないか、とされてい る。 こうした問題意識の下、IMFはマクロ経済状況や債務持 続性を考慮しつつ、一定の条件を満たせば均衡財政の箍を 緩める、要すれば、中長期的な経済成長基盤を強化するた めの公的投資については一定の財政赤字の発生も許容し得 る、とのスタンス変更の可能性を示唆するものとなってお り、IMFは世銀や他のマルチ機関と協調しつつ、具体的な枠 組みについてのパイロットスタディーを行っている。 本調査においても「インフラ整備のための財政手当が重 要である」との点が主要な政策提言の一つであり、マクロ 経済や財政全般の観点からの検討は、現在IMFなどが行っ ているパイロ ット スタデ ィーに委ね ているが、第4章 Accountability and Risk Management(説明責任とリスク管 理)において、補助金や偶発債務の取り扱いなど、政府が 規律を持ってfiscal spaceを管理していくための具体的な 検討課題を提示しており、今後の国際社会におけるfiscal spaceのあり方をめぐる議論の材料を提供するものと思わ れる。 出典:IMF(2004) でに広く認識されており視点そのものが新しい訳 ではないが、①インフラ整備は社会開発を行うう えでも重要(住民を教育にアクセスさせるための 道路整備、水環境の整備による衛生状況の改善な ど) 、②インフラ整備と教育などの社会開発を組み 合わせて実施する場合の貧困削減の相乗効果が極 めて大きい、などの本調査のインプリケーション は、今後の国際社会における貧困削減やMDGs達 成に向けた議論へのインプットとして効果的なも のであると考えられる。 続いて、民活インフラやインフラ開発における (途上国)政府の関与について、本調査は、政府、 特に、中央政府の役割を国際社会に再認識させる 結びにかえて 役割をもつと考えられる。世界的に膨大なインフ インフラや開発を巡る国際潮流は、サミット・ ラ・ニーズがあり、あらゆる資金ソースを活用し G7、世銀・IMF合同開発委員会、OECD DACや ていかなければならない中で、途上国のインフラ 国連の会議など一連の国際的なフォーラムや、ア に対する民間投資は、ピーク時からみれば低迷し カデミズムの場で形成されるケースが多く、こう ているものの2002年には500億ド ル程度と相当規 した議論に関係している者でなければその議論の 模に達しており、引き続き主要な資金ソースとな 過程や影響が見えづらいとの側面がある。 ることは間違いない。 し かし ながら、こうし た国際潮流は、学界、 ただし、90年代に世界中で行われた民活インフ NGO、シンクタンク、他の主要援助国、国際機関 ラ導入の試みから得られた教訓は、すべてを民間 などの専門家やジャーナリストなどわが国の支援 に任せるだけで市場メカニズムが機能しインフラ のパフォーマンスを評価する者の見方を形成する 整備が進むわけではないということであり、効率 上で非常に大きな影響力を有していることに留意 的で効果的な政府による市場の補完が開発には不 が必要である。また、ここ数年、国際社会におい 可欠であることが従来にも増して認識されるよう て援助の効率性を高める観点から、ドナー間の協 になってきている(中尾、2005年) 。 調の必要性が叫ばれており、バイ(二国間)のド こうした状況の中で、本調査は、①これまでの ナーもその動向に注意を払い、主張すべきことは 民活導入に関する経験と教訓をレビューし、政府 主張しなければならない環境になってきているこ の市場補完的な役割の重要性について確認すると とも重要である。 ともに、②具体的な政府の役割―インフラ利用料 その意味で、これらの国際潮流を対岸の出来事 金政策、補助金、官民のリスク分担、競争原理、 として捉えるのではなく、現場の努力をわが国の 規制当局、アカウンタビリティなど−について現 ODA大綱がその大きな目的としている「国際社会 実社会の利害関係やトレード オフを踏まえ検討 の共感を得る」ことに繋げていくために、国際潮 し、そのあり方に対する視座を提供している。 流を形成する議論の場に積極的にアピールしてい また、地方インフラなど商業性が乏しい分野や くことは極めて重要である。 高圧送電線など自然独占の性格を強く帯びた分野 そのような観点からすれば、今般、JBIC・世 など、公的セクターによる開発が不可欠な分野は 銀・ADBが共同で実施し、国際社会でもそれなり 何であるかについての検討を行っている。 の注目度がある調査において、JBICが日本政府、 最後に、すでに本稿で何度か触れてきたが、貧 JICA、学界、民間企業、コンサルティング企業な 困削減へのアプローチは多様であり、経済開発と どとコンサルテーションを重ね、わが国が国際社 社会開発のバランスが重要であるとの点も本調査 会で行ってきた議論、途上国で培ってきたインフ の重要なインプリケーションである。この点はす ラに関する知見、既存の調査研究をとりまとめ、 2005年5月 第24号 15 それらを本共同調査に多く反映できたことは意義 深いことであると考えられる。そして本調査を通 Organization for Economic Co‐operation and じて、こうしたすばらしい知見が、国際社会での Development (OECD) 議論において更に活用され、議論の質の向上に貢 ―(1996)Development Assistance Committee, 献していくことが期待される。 “Shaping the 21 st Century: The Contri また、本調査の成果を、アフリカなどの他地域 bution of Development Co‐operation”, でも活用するべく、新たなドナー間の共同調査を http://www.oecd. org/ dataoecd/23/35/ 模索する動きが出始めており歓迎される。今後こ 2508761. pdf うした動きが広まり、本調査がドナー間の援助協 ―(2004)Development Assistance Co㎜ittee, 調の一つのプロトタイプとして、位置づけられる “Japan. DAC Peer Review”, http://www. ようになれば幸いである。 oecd./dataoecd/43/63/32285814.pdf なお最後に、本稿では、国際潮流の観点から見 ― (2000, 2002, 2005) “Geographical Distribution た本調査の位置づけやその意義について述べてき of Financial Flows to Aid Recipients” たが、国際潮流の観点というのはあくまで一つの (1999‐2003/ 1996‐2000/ 1994‐1998) 見方にすぎず、本調査の質や新しさを評価する視 International Monetary Fund(IMF) (2004), 座はほかに多数あることを確認しておきたい。 “Public Investment and Fiscal Policy”, , Washington D.C. http:/ / www.imf.org / [参考文献] external/np/fad/2004/pifp/eng/pifp.pdf [和文文献] World Bank and International Monetary Fund 秋山 孝允、秋山スザンヌ、湊 直信 (2003) 「開 発戦略と世界銀行 50年の歩みと展望」 、 知 泉書館 ―(2004) “Global Monitoring Report”, Washington D.C. http://www‐wds. worldbank. org/servlet 国際協力事業団(JICA) 国際協力総合研修所 /WDSContentServer/WDSP/IB/2004/09 (2003) 「援助の潮流がわかる本 今、援助 /02/000160016_20040902170735/Rendered/ で何が焦点となっているか」 中尾武彦 (2005) 「我が国のODAと国際的な援助潮 PDF/29896 0PAPER0GMR02004. pdf World Bank 流∼特に国際金融の視点から」 、 ファイナン ―(1994) “World Development Report 1994”, ス(2005年1月号、3月号) 、財務省広報 New York: Oxford University Press. [英文文献] Clive Harris (2003), “Private Participation in ―(2003) ”Infrastructure Action Plan”, the note for informal board Meeting, Infrastructure in Developing Countries http:/ / siteresources. worldbank. org / Trends, Impacts and Policy Lessons”, INTTRM / Resources / Infrastructure World Bank Working Paper No.5, the ActionPlan. pdf World Bank, Washington, D.C. ―(2004) ”Infrastructure Action Plan JBIC / World Bank/ ADB Update”, the note for informal board ―(2004) “Infrastructure in East Asia Issues Meeting, Paper for an ADB‐JBIC‐World Bank Flagship Study” http://lnweb18. worldbank. org/eap/eap. nsf / Attachments / manilaissues /$File / manila_issues. pdf ―(2005) “Connecting East Asia: A New Framework for Infrastructure in East 16 Asia”, Forthcoming 開発金融研究所報 http://www. worldbank. org/infrastructure /IAPboardupdate 0200304. pdf 「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」 調査報告書要旨 開発金融研究所主任研究員 藤田 安男 本稿は、国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行による共同調査「東アジアのインフラ整備に向 けた新たな枠組み」 (Connecting East Asia: A New Framework for Infrastructure)報告書の東京シ ンポジウム配布版(2005年3月16日)*1 の要約(Executive Summary)を、日本語訳したものであ る。本稿の作成に当たり若干の編集を行ない、また報告書本編の中で有益と思われる図表をいくつか 盛り込んだ。 上記の調査報告書(英文)は、2005年6月に3機関から共同出版される予定である。それまでに、 最終的な修正と編集作業が行なわれるため、出版される最終報告書と本稿の内容とが若干異なる可能 性があることを留意頂きたい。 本調査は、東アジアのインフラに関するもので こうした需要に応えることがかつてなく複雑な ある。本調査では、貧困と経済成長の問題、およ ものとなっており、対処を誤れば代償は非常に大 び運輸・上下水道・電力・通信 ― インフラとイ きい。不十分な計画に基づくインフラ投資は、今 *2 ンフラサービス双方 ― の問題を扱っている 。 日、環境・経済・社会に大きな影響を与えると思 インフラは開発課題の一端を占めるに過ぎない われる。そして、事後的にこれを修正するには多 が、そのインパクトは非常に重要である。本調査 大なコストが必要となる。 東アジアの貧困地域 ― ではそれがいかに重要かを明らかにする。東アジ 特に地方や同地域内の遠隔国 ― に暮らす人々の アの経済成長と貧困削減を支えてきたインフラの インフラ需要を無視し、彼らを経済成長から取り 役割を検討し、将来的にどのような課題がある 残すことは、人道的・政治的にも大きな損失とな か、それらにどう対処すべきかを考える。 るだろう。 この要約版において、また報告書本編において こうした課題についてある程度議論を行っている が、要すれば、変化に対応し、変化を生み出すと 新たな枠組み(フレームワーク) いうことに集約される。 本調査では、こうした課題への対応を構築する 東アジアの大部分は、中国に大きく牽引される ための枠組み(フレームワーク)を提示する。4 かたちで急速な成長を続けている。急激な都市化 つの章に分けてこの枠組みを示す。各章では、イ が進行する中、特に都市部でインフラサービスへ ンフラ整備の異なる側面について取り上げる。 の需要が大幅に増加しつつある。需要のほとんど 第1章では全般的状況を示す。現在の東アジア は、新たに出現した都市貧困層によるものであ のインフラ整備状況とこれまでの経緯を説明す る。インフラは彼らのニーズに応えなければなら る。ここではインフラ整備を、経済面、空間・人 ないが、同時に、地域の経済成長の基盤を持続的 口分布面、環境面、政治面、資金面という5つの に提供していく必要もある。 側面から捉え、東アジア地域の現在のインフラ整 *1 http://www.worldbank.org/eapinfrastructureにTokyo Launch Versionとして掲載(Connecting East Asia : A New FrameC 2005 by Asian Development Bank, The International Bank for Reconstruction and work for Infrastructure : Copyright ⃝ Development / The World Bank, and Japan Bank for International Cooperation) 。参考文献リストも同Version末尾に掲載さ れているので、本稿では省略。 *2 より正確には、本調査でいうインフラとは、上下水道、情報通信技術、電力・ガス、全ての形態の運輸を指す。上流での石油・ ガス・水資源管理については、周辺的な問題としてしか扱っていない。住宅、教育、医療、その他社会インフラについても、特 段扱っていない。 2005年5月 第24号 17 備上の課題について、それぞれ異なる視点から状 況を明らかにしている。 調 査 で は こ れ を、 「関 係 主 体 間 の 相 互 調 整 (Coordination) 」と呼んでいる。 次に第2、3、4章では、第1章で述べた主要 第4章では、サービス提供プロセスの現場で何 な要素を取り上げつつ、我々が 「新たな枠組み(フ が生じているかについて述べる。サービス提供に レームワーク) 」と呼ぶものを示している(図表 関与する様々なプレーヤー ― 消費者、コミュニ 1) 。 ティ、サービス提供者、規制当局、投資家、政府、 第2章ではインフラ整備の目標について述べ NGO ― を取り上げ、彼らの相互関係の中で、どう る。ここでは、どうすればインフラ整備によって、 すれば適切なインフラ整備を確実に実施できるか 東アジアで 「全ての人々が裨益する開発 (Inclusive を論ずる。分析の中心となるのは、次の2つの概 Development) 」を強化することができるかを論 念である。一つは、優れた業績に報酬を与える (業 じている。ここで、 「Inclusive Development」と 績不良であればペナルティを課す)という、説明 いう言葉は、経済成長、および経済成長の成果分 責任(Accountability)の担保手段となりうる仕組 配による貧困削減を意味する。つまり、広大な東 みである。もう一つは、潜在的なコスト・便益の アジア地域全体を開発プロセスに巻き込み、経済 公平かつ持続的な分配を保証するために必要なリ 成長と貧困削減の基盤を作るということである。 スク管理(Risk-management)である。 本章の中心となっているのは、インフラには結び 第5章では今後の方向性を示す。ここでは、12 つける(=Connecting)役割があるという考え方 の政策メッセージを提示しており、本報告書作成 である。地域、国、プロジェクトのレベルでイン の過程でコンサルテーションを行った東アジア地 フラがどのようにしてこの役割を果たしているか 域の政策決定者、政策実施者、インフラサービス を見ていく。 提供者、市民社会組織、その他の利害関係者の主 第3章、第4章では、インフラ整備の目標を達 な関心事のいくつかに応えようとしている。ま 成するために何が必要かについて述べる。本調査 た、各国によるインフラ整備課題への対処を支援 はこの問題を、2つの部分に分けて論じる。第3 する上で、公的融資機関や開発機関が果たしうる 章では「全体像」 、すなわち、国家が戦略的ビジョ 役割について述べる。 ンを策定し、サービス提供を通じてそのビジョン をインフラとして実現する能力について論じる。 特に多数の当事者が関与する場合、様々な目標間 第1章 インフラ整備の課題 のトレードオフが必要となる。誰がこのトレード 東アジアのインフラ整備上の課題は、大きく分 オフを行うか、またその過程でリーダーシップと けて次の5つの側面から検討することが可能であ 参加とのバランスをどうとるかが重要である。本 る。これら5つの側面は、これまで同地域の開発 を規定する要因であり、今後もそうあり続けるで 図表1 新たな枠組み―全ての人々が裨益する 開発、開発主体間の相互調整、説明責任 とリスク管理 あろう。 「経済面」とは、東アジアの貧困削減、投資、 経済成長を支える上でインフラが果たしてきた役 開発主体間の相互 調整 経済成長、成長 の成果分配によ る貧困削減を同 時に実現 リスクと報酬の 均衡化により、 業績向上を推進 割を指す。すなわち、支出水準、インフラ資本の 戦略的ビジョン の策定、そのビ ジョンの実現 ストック、インフラサービスへのアクセス、イン フラの競争力、そしてその将来的意義に関するこ とである。 全ての人々が 裨益する開発 説明責任と リスク管理 「空間・人口分布面」とは、都市の急速な成長 優れた業績を挙 げた機関への報 酬付与(業績不 良の機関にはペ ナルティ) によるインフラ需要、都市の成長に対するインフ ラの寄与、都市部のインフラ需要への対応を指 す。また、地方の貧困層を、サービスや成長拠点 と結び付けるという課題もある。さらには、地域 18 開発金融研究所報 レベルでのインフラ整備課題 ― 貿易を促進し、 る。1990年代を通じて、5つの国ではエネルギー 経済成長の利益を国境を越えて広める ― にも関 生産能力が80%以上(最高180%)増大した。道路 係している。 網も同じく驚異的な速度で拡大し、同じ期間中、 「環境面」とは、様々な環境問題 ― 大気汚染、 3か国で30∼100%の増加をみせた(図表3) 。 排気ガス、清潔な上下水道の有無、生計手段やそ しかし、こうした全般的成果はあるものの大き の他便益をもたらす生態系の機能 ― に対するイ なばらつきがあり、東アジアの進むべき道はまだ ンフラの影響への対処を指す。環境面の課題は、 遠い。東アジア諸国の半数は、1994∼2003年の年 環境問題をいかにしてメインストリーム化し、プ 間成長率が3.4%以下である。また、急激な成長を ロジェクトレベルだけでなく、より広範な政策レ 遂げた大規模な国々の多くに、いまだかなりの貧 ベルで環境問題に対処するかという点にある。 困 ― 中国で約4億人、ベト ナムで約4000万人、 「政治面」とは、インフラ整備の便益が誰に帰 インド ネシアで約1億人 ― が存在する(図表 着するか ― 誰が、誰に対し、どのような金額で、 4) 。 誰の費用負担によりインフラを提供するか ― を 同様に、インフラサービスへのアクセスも不均 指す。 等である。データがある東アジア諸国の40%にお 「資金面」とは、東アジアのインフラ需要の規 いて、上水道へのアクセスが全ての低中所得国の 模、およびその資金調達方法を指す。究極的には、 平均を下回っている。下水道・電力・電話・イン インフラ整備費用の負担者は消費者と納税者の2 ターネットへのアクセスについても、52∼79%の 種類しかいないが、これに加え、民間セクターお 範囲である。 よび公的融資機関・開発機関が資金を供給するこ 東アジア諸国間にも同様の不均等があり、4か とができる。各々の役割を規定する際、何を考慮 国では人口の 90%超が上水道を利用し てい る する必要があるだろうか?また彼らに何を期待で が、3か国では50%未満である。下水道へのアク きるのか? セスは、タイでは98%だが、モンゴルでは30%で ある。電力へのアクセスは、マレーシアでは97% 1.経済面の課題 だが、ソロモン諸島では15%である(図表5) 。 これらの数字は何を物語るものだろうか? 東 東アジアは、地域全体として大幅な成長を遂げ アジアの経済成長はもっぱら、中国沿岸地域、イ ており、貧困削減でも大きな成果をあげている。 ンドネシア、タイ、マレーシア、ベトナムの都市 生産量は過去15年間に年間平均7%超の増加を 集積の急速な成長によってもたらされている。域 示し、貧困人口は過去5年で2億5000万人減少し 内の国家間の結びつきが重要となっており、多額 た。投資水準は全般的に高く、1990年代以降、平 の域内貿易の大半は、拡大する中国市場に向けら 均してGDPの30%超となっている。 れたものである(このテーマは第2章で取り上げ この投資の大半は、インフラサービスの提供に る) 。 あてられてきた。多くの国がGDPの7%超のイン 多くの東アジア諸国では、インフラを中心に高 フラ投資を行っている(図表2) 。多くのセクター 水準の経済成長と投資が同時に進行しており、イ で、インフラ・スト ックが急速に増加しつつあ ンフラのパフォーマンスも改善している。マレー 図表2 インフラ投資(対GDP比) 0‐4% 4‐7% Over 7% Cambodia Indonesia Philippines Lao PDR Mongolia China Thailand Vietnam 注:データ入手可能な最新年 出所:各国資料(出版物、インタビュー)、World Bank PPI Databaseより作成 2005年5月 第24号 19 図表3 全道路ネットワーク及び発電容量 1990 2000 growth (%) 1990 2000 growth (%) Annual average GDP growth(%) China 1,028,348 1,679,848 63% 127 299 136% 9% Indonesia 288,727 355,951 23% 13 25 98% 4% Lao PDR 13,971 23,922 71% 0 0 92% 6% Philippines 160,560 201,994 26% 7 12 81% 3% Thailand 52,305 60,354 15% 8 19 125% 4% Total Road Network(km) * Electricity Generating Capacity(GW) Vietnam 105,557 215,628 104% 2 6 180% 7% Argentina 215,357 215,471 0% 17 24 37% 4% Brazil 1,670,148 1,724,929 3% 52 69 32% 2% India 2,000,000 3,319,644 66% 72 108 51% 5% Poland 363,116 364,656 0% 27 29 9% 4% SouthAfrica 185,751 362,099 95% 31 40 28% 2% Korea, Rep. 56,715 86,990 53% 20 50 150% 5% 注:イタリック文字は前年のデータ。*は1992年のデータ 出所:各国資料、World Bank. World Development Indicators及び米国エネルギー省資料(http://www.eia.doe.gov)より作成 20 シアとタイは、国際競争力のあるインフラ網を構 にサービスを提供するという重要な役割を持つ。 築した。他の諸国は大きく後れをとっているが、 概して、東アジアでは、他の途上国より優れた、 2.空間・人口分布面の課題 経済成長のためのインフラが整備されている。 多額の投資は、必ずしも効率的な投資を意味す 東アジアの空間・人口分布面の課題の中心を占 るものではない。特に中国とベト ナム(投資が めるのは、都市化である。東アジアの都市化は国 GDPの30%超、またインフラ投資がGDPの7% 際的標準からは高くはないが、 (2000年には人口 超)は、効率性の向上、経済過熱の抑制、経済の の36%) 、2025年までには50%超と劇的に増加す ソフト ランディングという課題に直面している。 ると見られる(図表6) 。その頃には、現在の都市 1997年のアジア経済危機を脱した多くの国々 ― 人口に加え、さらに5億人の人々が都市部に居住 タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン ― することになるだろう。 は、投資全般、特にインフラ投資を抑制してき だが、ここでも数字にはばらつきがある。イン た。だがタイとインドネシアは現在、ともにイン ド ネシアとフィリピンではともに都市化が進み、 フラを改めて重視しており、投資環境を改善し、 都市人口が急激に増加しているが、逆にタイでは 持続的成長を支える投資を増加するという課題に 都市化は進んでおらず都市人口の増加率も低い。 直面している。 その他の国々は、この両極端の間に位置してい その他の東アジア諸国 ― たとえばラオス、カ る。 ンボジア ― では、経済成長、貧困削減、インフ 東アジアの成長は、都市によって牽引されてい ラ、投資の相乗関係があまり明白でない。また、 る。都市は、東アジアのGDP成長率の70%を担っ 内陸国・遠隔国(地域)で、東アジアの主な成長 ている。一般に、都市化は所得上昇と相関関係を 拠点から比較的切り離された国や地域も存在す 示す(図表7) 。都市の成長に伴ってかつてない規 る。これらは大半が農村地域で、インドネシアや 模の繁栄(および不平等の拡大)がもたらされて フィリピンの遠隔諸島、モンゴル、ほとんどの大 おり、たとえば上海一都市の1人当たりGDPは、 洋州諸国である。これらの地域全てにおいて、イ 中国全体の1人当たりGDPの約11倍である。 ンフラは、成長拠点との結びつきを築き、貧困層 人口が集中した都市部の存在によって、生産・ 開発金融研究所報 図表4 東アジアの経済成長、所得、貧困及び人口 average growth, 1994‐2003 total GNI (US$ million) Population (millions) GNI per capita ($US) Number of poor(million) Malaysia 5.3 93,683 24.77 3,782 1.7 Thailand 3.6 136,063 62.01 2,194 11.6 Philippines 4.1 87,771 81.5 1,077 .. China 8.9 1,417,301 1,288.4 1,100 391.1 Indonesia 3.2 172,733 214.47 805 99.1 Vietnam 7.4 38,786 81.31 477 41.1 Cambodia 6.8 4,105 13.4 306 10.3 Lao PDR 6.2 1,821 5.66 322 4.3 Mongolia 3.3 1,188 2.48 479 .. Palau 3.5 150 0.02 7,500 .. ‐1.2 143 0.05 2,869 .. Fiji 2.6 1,969 0.84 2,344 .. Micronesia, Fed. Sts. 0.0 261 0.13 2,006 .. Samoa 4.2 284 0.18 1,580 .. Tonga 2.4 152 0.1 1,515 .. Vanuatu 1.8 248 0.21 1,179 .. Kiribati 5.1 84 0.1 840 .. PNG 0.9 2,823 5.5 513 4.1 Solomon Islands ‐0.9 273 0.46 594 .. Timor‐Leste ‐1.0 351 0.81 434 .. Myanmar N/A N/A 49.36 N/A .. Marshall Islands * * 注: 1日2ド ル以下(2005年)で生活している人口 出所:World Bank(2004). World Development Indicators. Washington, D.C.及びWorld Bank(2004) . East Asia Update. November. Washington, D.C.より作成 投入・労働・その他サービスの市場が提供され、 の形成に先んじてインフラを選択し、それによっ 企業は、規模や範囲の経済、専門化、急速な知識 てインフラの事後的改良に伴う膨大なコストを避 と技術革新の普及による利益を享受した。集積経 けることにある。長期計画と戦略的ビジョンが重 済は、大きな力を持ったのである。 要であり、また、地方分権によってもたらされた しかし都市の成長とともに、数々のインフラ整 関係地方自治体間・機関間の調整に関する課題に 備上の課題が生じている。人口の増加は、インフ 対処するための仕組みも必要である。相互調整に ラサービスへの需要増を意味する。都市部のイン 関するこれらの問題については、第3章で詳しく フラセクター全体に供給格差が発生しつつあり、 取り上げる。 こうした格差はとりわけ貧困層(都市周辺の未整 都市部の拡大に伴う需要増と並んで重要なの 備集落に居住することが多い)に不利となる傾向 は、東アジア地域の人口の3分の2(約12億人) がある(図表8) 。 は依然として都市以外の地域に住み続けることで 同時に、インフラは、東アジアの都市の競争力 ある。貧困が地方に集中する傾向が見られ、総じ 維持に大きな役割を果たしている。この役割にお て、急速な成長を遂げている多くの国が、貧困に いて最も困難な問題の一つは、土地利用パターン あえぐ地方を数多く抱えている。 2005年5月 第24号 21 図表5 上水道、電力、通信へのアクセス Water Supply Access Sanitation Access Electricity Access (%) (%) (%) Malaysia 93 .. Thailand 93 Philippines China Telephone Access* Internet Access** 97 62 34.4 98 84 50 11.1 86 83 79 31 4.4 76 39 99 42 6.3 Indonesia 78 55 55 13 3.8 Vietnam 49 25 81 9 4.3 Cambodia 44 22 17 4 0.2 LaoPDR 58 30 41 3 0.3 Mongolia 60 30 90 19 5.8 Palau 79 100 60 42 .. Marshall Islands .. .. 100 9 2.6 Fiji .. 43 80 26 6.7 Micronesia .. .. 45 16 9.3 Samoa 99 99 95 13 2.2 Tonga 100 .. 85 15 2.9 Vanuatu 88 100 26 7 3.6 Kiribati .. 48 40 6 2.3 PNG 42 82 46 1 1.4 Solomon Islands 71 34 15 2 0.5 Timor Leste .. .. 22 .. .. Myanmar 72 64 5 1 0.1 Low & Middle Income 77 70 64 27 6.5 * 注: 100人当たりの電話加入者数 100人当たりの利用者数 ** 網かけ部分:低中所得国の平均を超える値 出所:International Energy Agency(2003). World Energy Outlook.(http://www.iea.org)、World Bank. World Development Indicators、各国資料(出版物、インタビュー等)、ITU Telecommunications Indicators Databaseより作成 22 地方経済は都市経済に依存しているが、都市経 題の一つとなる。都市部と同様、地方のインフラ 済も、人的資本や農産物の面で地方経済に依存し 整備にも多くの調整が求められる。地方分権は、 ている。インフラ整備により地方の人々の生活が 慎重に対応しなければ、外の世界との結びつきを 改善されるだけでなく、地方の所得・健康・教育 強めるどころか、逆に地方の孤立を強める恐れも へのインフラの寄与は、たとえば生鮮食品の供 ある。 給、将来の都市への移住者の生産性向上といった 最後に、東アジアの地域レベルの課題は、国家 点で、都市部にも好ましい影響を及ぼす。 間の結びつきを強化し、経済成長の恩恵を広く行 だが、低人口密度地域に地方インフラを提供す き渡らせることである。この課題の一面として る場合、都市部のインフラと比べ単価が高くなる は、域内の遠隔国(地域) ― 太平洋諸島、内陸の ことが多く、特に財政逼迫時には、都市と地方の モンゴル、中国西部の省 ― を結び付けるためイン バランスをとるのが難しい。地方でできるだけ効 フラを整備する必要がある。また、貿易を促進す 率性の高いインフラ整備を行うことが、重要な課 るロジスティクス(および可能であれば、規模の 開発金融研究所報 図表6 東アジアの都市人口の動向 ― 都市人口 (総人口におけるシェア、2000年)、 東アジア(1960‐2025) 都市人口 90 のシェア 80 (%) 70 60 2025 50 2000 40 30 1960 20 1980 10 0 SubSaharan Africa South Asia Latin OECD Middle East & America & North Caribbean Africa East Asia & Pacific 出所:World Bank (2004) World Development Indicators. 及び World Bank (2004) East Asia and Pacific Urban Business Directions. Washington, D.C.: Urban Development Working Papers No.5.September 2004. より作成 図表7 都市化と所得水準上昇の相関(東アジア)1960‐2000年 都市人口 のシェア 80 (%) Cambodia China Indonesia Japan Korea Malaysia Philippines Thailand Viet Nam 60 40 20 0 10 100 1,000 10,000 100,000 GDP per capita(US$、log) 注:5年ごとのデータをプロット。都市人口は総人口に占めるシェア。GDPは1人当たりGDPの対数。 出所:UTCE/ALMEC (2004). Infrastructure Development and Service Provision in the Process of Urbanization(World Bank (2003). World Development Indicators. Washington, D.C. , UN (2002). World Population Prospects.より作成) 経済によるコスト削減)も求められる。これらの た問題を理解し、環境への負の影響の緩和・抑制 課題は、 「全ての人々が裨益する開発」について述 措置をメインストリーム化することにある。 べる第2章で、詳しく取り上げる。 プロジェクトレベルの措置は、重要な役割を果 たす。たとえば、環境保全措置、環境へのリスク 3.環境面の課題 およびコストの緩和(あるいは補償)措置、代替 的なプロジェクト 設計、さらには代替的なプロ インフラの選択は、環境に重要な影響を及ぼ ジェクトなどがこれに該当する。だが、プロジェ す。プラスの影響を及ぼす場合もあるが、そうで クトレベルの措置では、環境問題の根本的原因に ない場合のほうが多い。環境面の課題は、こうし 対処することはできない。国家の政策課題の中 2005年5月 第24号 23 図表8 都市部におけるインフラサービスへの不平等なアクセス(接続世帯数の割合:%) East Asia All developing countries Piped water connection* Sanitation Electricity Telephone Access to Water** Citywide 65.9 58 94.4 57.1 94.8 Informal settlements*** 38.3 7.4 75.7 25.4 89.1 Citywide 75.8 64 86.5 52.1 88.9 Informal settlements*** 37.2 19.8 59.1 25.4 57.6 注:* 上水道管に接続された世帯の割合 ** 住居から200m以内に安全な飲料水がある(上水道管との接続を含む) *** Informal settlementsに関するデータはサンプルサイズが小さいことと計測手法の制約のため正確でない可能性がある。 出所:上記UTCE/ALMEC(2004) (UNHABITAT(2003) .The Challenge of Slums - Global Report on Human Settlementsより作成) 24 に、環境への配慮を組み込む必要がある。 困難となっている。どの国においても、これら全 そのためには様々な方法がある。環境法規整 ての側面を調整できるかどうか、政府の能力が問 備、環境関係機関の能力強化、知識および透明性 われている。 の向上、コミュニティレベルおよびインフラ整備 機関内部での教育訓練、国家およびセクターレベ 4.政治面の課題 ルでの戦略的環境影響評価(Strategic Environ- mental Assessments: SEA)の体系的活用であ インフラの政治経済問題は、本質的には、イン る。 フラサービスによる多大な便益が誰に帰着し、誰 たとえば、インフラ整備によって、持続的農業 がその費用を負担するかに関する論争である。政 資源の活用を奨励する、森林資源枯渇を防ぐ代替 府、消費者、サービス提供者(官民を問わず)の 的手段を提供する、上下水道を提供する場合であ 全てが、利害関係を持っている。こうした論争の る。 ほとんどは、料金水準の問題を中心に展開されて しかし、こうした方法による環境問題のメイン いる。 ストリーム化は、主にガバナンス改善の問題であ インフラによって高い経済的利益がもたらされ り、それ故に困難である。情報へのアクセスの非 ることが、政府の関与の大きな論拠となってい 対称性、情報普及プロセスの乗っ取り、環境影響 る。また、数多くのインフラサービス提供に必要 評価の操作の容易性は、すべて権力を持つ政治集 な規模の経済を伴う独占力も、政府の関与の一因 団を利することになる。メインストリーム化の成 である。この関与は通常、料金規制という形をと 否は、より広い範囲の説明責任、市民参加、透明 る。 性確保の仕組みを確立できるかどうかにかかって 料金規制の実施には、多くの理由が存在する。 いる。 政府は、一定レベルのサービス確保を望む一方 環境問題のメインストリーム化は、政策・関係 で、費用回収に必要な水準までの料金引き上げに 機関の調整という重要な課題をも生じさせる。個 は後ろ向きである。財政逼迫によって、政府が補 人輸送から大量輸送へ移行すれば都市部の大気汚 助金により差額を埋めることができない場合もあ 染は改善されるであろうが、そのためには、都市 る。さらに、低料金によって便益を享受する人々 鉄道網への投資、ガソリン・自家用車への課税、 ― これが貧困層であることはまれである。貧困 交通管理といった数々の施策が求められる。ま 層は正規のインフラサービスを享受できず、 その た、環境面の影響に関する政策が様々な政府機関 ため意見を言えずにいる ― の利害も、同様に制 に分散し、民間セクターと市民社会が密接に関与 約要因となり得る。 してくることから、こうした政策的介入はさらに これまで、公共セクターによるインフラサービ 開発金融研究所報 ス提供が東アジアにおける唯一のサービス提供モ ルと推定される今後5年間のインフラ資金需要に デルであった。低料金によるコストは、政府予算、 対し、資金を調達することである。うち65%が新 国営金融機関からの準財政的融資、 資本の減耗 (す 規投資、残る35%が既存資産の維持 ― インフラ なわち、維持・設備更新の欠如) 、操業規模の縮小 整備目標を達成する上で、新規投資と同じくら によって補填されてきた。1980年代後半からこの い、ときにはそれ以上に効率的な方法 ― に充て 状況に変化が生じ始め、民間セクターが東アジア られると推計される(図表9、報告書本編Annex のインフラ整備で次第に重要な役割を果たすよう 1) 。 になった。だがその過程で、民間セクターは多大 究極的には、これらの資金調達源は、消費者 (利 な政治的リスクを負った。リスクの大半は、1990 用料金を通じて)と納税者(補助金を通じて)の 年代後半のアジア経済危機後に現実化した。 2つしかない。資金供給者 ― 民間セクターであ 政治的課題への対処は、公共セクター・民間セ れ、開発コミュニティであれ ― は税金や利用料 クターのどちらがインフラを供給するかとはほと 金が必然的に持つ時間特性(一定の金額が長期に んど関係しない問題である。民間セクターにとっ わたり比較的安定して支払われる)を変えること て好ましくない環境は、公共セクターにとっても はできるが、最終的には、その資金は償還または 同様に好ましくない。課題に対処できるかどうか 返済されなければならない(返済されなければ、 は、むしろ、政府に長期的な経済ビジョンがある 一般的には消費者や納税者に、後でつけが回って か、将来的計画を策定することができるか、イン くる) (図表10) 。 フラ整備のための効率的なインセンティブの重要 性を認識しているか、持続的なインフラ整備資金 1)消費者がインフラ資金を負担する場合 調達の仕組みの確保に真剣かどうか、によって左 インフラサービスの利用料金を消費者に請求す 右されるのである。 るのは、広く行われていることである。課題は、 消費者がどの程度の費用を負担するかという判断 5.資金面の課題 にある。インフラ供給者の費用負担能力は、セク ターによって異なる。例えば上水道セクターを見 東アジアの資金面の課題は、年間約2 ,000億ド ると、東アジア諸国の上水道事業者が運営コスト 図表9 東アジアの年間インフラ需要の推計(2005‐2010) (10億ドル) 180 Water and Sanitation Rail 160 140 7 All excl, China Maintenance Telecoms 120 Roads 100 対GDP比 8 6.9% 6.3% 6 5 4 3.6% 80 China 60 3 Investment Electricity 40 2 1 20 0 0 by economic classification by country by sector China Low income Middle income 出所:Yepes, Tito (2004).“Expenditure on Infrastructure in East Asia Region, 2006-2010.” 2005年5月 第24号 25 図表10 インフラ整備のための資金循環 資金供給者 サービス 提供者 国家予算 インフラ 納税者 経済成長 および資本コストを完全に回収できているか定か 3)民間セクターがインフラ資金を供給する場合 でない。利用料金にコストが反映されていないの 1990年以降、東アジアにおける、民間セクター には、多くの理由があろう。非効率な業務運営に が参画するインフラ投資は約1,900億ド ルにのぼ より極端にコストが高い可能性もあり、妥当な理 る (図表11) 。これは同地域の資金需要のわずかを 由があってコストが高い可能性もある。政治的理 占めるにすぎず、過去のインフラ投資額総計に占 由(前述)から料金が低い場合もあれば、貧困層 める割合も小さい。アジア経済危機以降、民間イ を保護するため料金が低く抑えられている場合も ンフラ投資は大幅に減少した(もっとも現在、上 ある。現在では、貧困層によるサービス消費には 昇の兆しが見られる) 。 本調査のため実施したサー 補助金を交付することができ、またそうすべきで ベイでは、民間セクターは東アジア市場に対して あるという一般的合意が形成されている。但し、 楽観的だが、この意見は国によって異なり、政策 原価以下の価格での消費の便益を的確に貧困層に 改善とリスク低下が条件とされている(図表12) 。 及ぼすのは、大きな課題である。 重要な問題は、 資金を供給するのが、 公共セクター か民間セクターかではなく、両者がいかにして双 2)納税者がインフラ資金を負担する場合 方にとって適正な方法で、リスクと利益を分配す 税金からインフラ整備に補助金を支出する際に るかという点にある。資金供給と所有権は、副次 は、いくつかミクロレベルの課題が生じる。それ 的な問題である。 らは、最も収益性が高い支出に対し補助金が支給 されるよう、確実を期す、透明性を確保する、補 4)公的融資機関やドナーがインフラ資金を供給 助金打ち切り戦略を立てる、投資と維持管理のバ 26 利用者 する場合 ランスをとる、といった問題である。こうした課 純粋に金額的な視点だけから見れば、公的融資 題は、リスク管理と説明責任について述べる第4 機関やドナーの役割はインフラ資金需要全体の2 章で詳しく取り上げる。また、マクロレベルの課 ∼3パーセントを占めるに過ぎない(もっとも、 題も生じる。インフラ整備への過大な補助金交付 これは国によって大きく異なる) 。公的資金供給は により財政の安定性が損なわれるのではないか、 1997年以降一時的に減少したが、再び増加傾向に 補助金が少なすぎて経済成長と貧困削減が妨げら あり、貧困削減に対するインフラ整備の貢献 ― れるのではないか、といった問題である。これら 実際には、経済成長による貧困削減効果 ― が再 は、相互調整について述べた第3章で詳しく取り 評価されつつある。インフラセクターの多くに 上げる。 は、民間セクターが限られた利益しか得られない であろう活動や、民間セクターが利益を得るため 開発金融研究所報 図表11 東アジアの民間インフラ投資 世界と東アジアへの民間インフラ投資(1990-2004) 東アジア各国へのインフラ投資のシェア(%) (括弧内はプロジェクト数) Malaysia (74) Other(22) China Phillippines (361) (70) (百万ドル) 400,000 350,000 300,000 250,000 200,000 Greenfield projects Concessions, divestitures, lease and management contracts Indonesia (67) 150,000 100,000 Thailand (77) 50,000 0 SubMiddle East Europe and South Asia Saharan and North Central Asia Africa Africa Latin America and the Caribbean Vietnam (15) East Asia 注:その他 = Cambodia (15); Fiji (2); PNG (2); Samoa (1); Solomon Islands (1); Vanuatu (1) 出所:World Bank PPI Database (2005) 図表12 東アジアの民間インフラ投資 88% 67% 24% 8% 10% 4% increase sustain Global firms decrease East Asian firms 注:質問「あなたは、貴社が、今後2年間に全セクターに対する投資ポートフォリオを増加、維持あるいは減少させるとお考えですか。」 出所:Felzer, Sharon (2004). East Asia and Pacific Private Investors in Infrastructure Perception Survey 外部の支援を必要とする活動が存在する。どちら る。具体的には、実験・革新の奨励、効率性によ の場合も、公的融資機関・開発機関が重要な役割 る利益の増進、環境・社会配慮のメインストリー を果たすことができる。課題は、これらの機関の ム化、民間投資家を誘致して公共セクターとリス 役割を最大化できるよう、いかにしてこの比較的 クを分担、インフラサービスの計画・調整・規制 少額の公的資金を焦点を絞って活用するか、であ を行う効率的な制度の構築、が対象となろう。こ 2005年5月 第24号 27 の問題は、第5章で再度取り上げ、これらの機関 れようとしているテーマである。 の役割をより大きな視点から検討する。 第一に、インフラは、人々が必要とするサービ スを提供するものである。最も基本的なインフラ サービスの欠如は、我々が貧困を語る際、貧困の 第2章 全ての人々が裨益する開発 (Inclusive Development) 1つの重要な側面となることが多い。しかしイン フラはまた、経済成長を通じて貧困に重要なイン 本調査の中核にあるのは、 インフラの役割は 「全 パクトを与える。インフラは、生産への投入物で ての人々が裨益する開発 (Inclusive Development) 」 あるとともに、生産要素の生産性を向上させる。 を促すことにあるという考え方である。ここで また、福祉へのインパクトを通じて、インフラは は、 「全ての人々が裨益する開発」とは、経済成長 人々に就職能力(および雇用創出能力)を与える。 および貧困削減のために経済発展の恩恵を人々に インフラは、財を市場へ、労働者を産業へ、人々 分配することであると考えている。これから見る をサービスへ、地方貧困層を都市の成長拠点へと ように、インフラは、経済成長を成果分配に結び 結びつける。インフラによってコスト が低下し、 付けるのに役立ち、それによって、 「全ての人々が 市場拡大と貿易促進がもたらされる。 裨益する開発」をより強化することになる。 要約すると、インフラはサービスを通じて貧困 インフラは、我々の生活と深く絡み合ってい 削減に直接的インパクトを与えると共に、貧困削 る。インフラそれ自体の重要性を理解するのは、 減が大きく依存する経済成長プロセスを支える。 容易である。だが、特定のインフラの重要性を正 そして最良の状況では、インフラ整備によって、 確に評価するのは、非常に難しい。しかし、イン 貧困削減、サービス提供、経済成長の3つが互い フラ整備に際しては選択が必要であり、そのため に補強し合うサイクルが生まれる(図表13) 。 には、インフラがどのようなインパクトを持つの ある大規模な実証研究では、インフラが貧困削 か、インパクトがどのように伝播するのか、イン 減と経済成長の双方にインパクトを与えることが パクトは何に依存するのか、を知っておかねばな 確認されている。特に、貧困に対するインフラの らない。 具体的インパクトについては、既に多くの方法で 我々はこれを様々な方法で検討することができ 研究が行われており、貧困をどのように定義する る。本調査は、主に、インフラがどのように様々 かが出発点となっている。最も狭義の定義は、貧 なものを結びつける(=Connect)かに着目してい 困ライン以下の人々の所得と生計に焦点を当てて る。概念的には、経済成長と貧困削減をリンクさ おり、インフラによって貧困層の実質所得がどの せるような、一連の相乗関係において、インフラ ように上昇するかが問題とされている。しかし、 が果たす「結びつける」役割を考えることができ 別の論文では、貧困をより広義にとらえ、ミレニ よう。これは、開発関係者間で幅広い合意が得ら アム開発目標に示された主要な指標のいくつかが 図表13 インフラと貧困削減と成長のリンケージ 貧困削減 成長 成長促進 要因 28 開発金融研究所報 サービス への アクセス インフラ ストラクチャー アクセス 改善要因 Box: インフラとミレニアム開発目標 ミレニアム開発目標(MDG)−貧困削減 目標に関する国際社会の合意− では、 2015年までに達成すべき次の8つの 目標が掲げられている。 1.極度の貧困と飢餓の撲滅 1日1ド ル未満で生活する人口 比率を半減させる。 飢餓に苦しむ人口の割合を半減 させる。 2.普遍的初等教育の達成 全ての子どもが男女の区別なく 初等教育を修了できるようにす る。 3.ジェンダーの平等の推進と女性 の地位向上 全てのレベルの教育における男 女格差を解消する。 4.幼児死亡率の削減 5歳未満児の死亡率を3分の2 減少させる。 5.妊産婦の健康の改善 妊産婦の死亡率を4分の3減少 させる。 6.HIV/エイズ、マラリア、その他 の疾患の蔓延防止 HIV/エイズの蔓延を阻止する。 7.環境の持続可能性の確保 持続可能な開発の原則を各国の 政策に反映させ、環境資源の喪 失を阻止する。 安全な飲料水を利用できない 人々の割合を半減する。 最低1億人のスラム居住者の生 活を大幅に改善する。 8.開発のためのグローバル・パー トナーシップの推進 政府開発援助を増額する。 市場アクセスを拡大する。 インフラはミレニアム開発目標と どのような関係を持ち、また本調査 において両者の関係をどのように扱 うのか? 貧困とインフラは、本報告書の中 心となる「全ての人々が裨益する開 発」という概念の中核をなす。第2 章では、 「全ての人々が裨益する開 発」の意味を示すとともに、貧困を 3つの角度から検討し、インフラの 各セクターがどのようなインパクト を及ぼすかを考察する。 中には、予想されるほどインパク トの経路が明白でないものもある。 直感的には、運輸、情報、電力、水 が容易に利用できれば、人々の生計 能力が向上すると思われる。しかし インフラには、それほど明白でない インパクトももたらす。例えば、あ る調査では、運輸・電力が教育に与 える影響が検討されている。 また、同様に医療サービスの効果 は、貧困層の医療施設へのアクセス によって左右されるであろう。道 路・電話の有無によって大きな差が 生じ得る。 上下水道の未整備は、貧困の重要 な側面であり、環境に関するミレニ アム開発目標にも掲げられている。 し かし 環境面でのインフラの役割 は、これよりもはるかに広範であ る。環境というテーマは本調査全体 に関係しているが、第1章では環境 問題のメインストリーム化という課 題に焦点を当てた。 最後に、住みやすい都市づくり、 スラム居住者へのサービス提供にお けるインフラの役割は、第1章の テーマであり、都市管理については 第3章で論じている。 反映されている(Boxを参照) 。第3のグループと 活動への参加能力や、幅広い情報源へのアクセス して、貧困をさらに広義に解釈し、社会の一体性 能力に与えるであろうインパクトを調べた研究が (inclusion) 、人間の能力、 自由の促進に着目した研 究もある(たとえば、運輸・通信が、人々の集団 ある) 。 インフラの種類によってそのインパクトは異な 2005年5月 第24号 29 る。全般的に、既存研究では、運輸・通信・電力 ク管理に関する第4章で取り上げる) 。 インフラは経済成長と貧困削減全般に非常に重要 インフラ整備が、様々なレベルで、全ての人々 であり、地方の道路・上下水道は最貧困層の貧困 が裨益する開発を促進することを確認できる。本 削減に不可欠であることが示されている。しか 調査では、これを、地域レベル、および一つの国 し、最も重要なのは、ほとんどのインフラは他の の具体的視点から考察する。 施策と連携させた場合のみ効果を発現することが 財を市場に到達させることが、東アジア繁栄の 強調されていることである。 鍵であった。貿易はこれまで、急速な経済成長に しかしこれは、全ての人がインフラ投資の恩恵 不可欠であり、貿易の拡大(特に対中国輸出)は を享受するという意味ではなく、また便益が公平 今後も重要であり続けるだろう。貧困国がこのプ に分配されるというわけではない。全てのプロ ロセスに参加できるかどうかは、一つには、域内 ジェクトやセクター改革と同様、インフラ事業に の貿易機会への参加を可能にするようなインフラ は勝者と敗者がいる。同時に、経済成長にインパ を整備する能力にかかっている。最も遠隔で内陸 クトを与えるインフラ投資と、貧困削減にインパ の国々では、インフラ整備面での域内協力が不可 クトを与えるインフラ投資の間で、純粋に選択を 欠となるだろう。 迫られる場合もある。最後に、関係機関は、貧困 優れたロジスティクスは、東アジア地域の発展 層・非貧困層を含む様々な集団の利害の間で困難 を支える上で重要な役割を果たしてきた。特に域 なトレードオフに直面することが多い。負の影響 内の最先進国にはこれが当てはまるが、マレーシ を受ける人々の意思決定への参加が、公平性の担 ア・タイ・中国・フィリピンといった多くの途上 保に貢献しうる(このテーマは、説明責任とリス 国でも同じことが言える(図表14) 。 図表14 東アジア諸国の貿易開放度(Trade openness)と交通利便性(Accessibility) 2.50 2.00 Singapore Taiwan Hong Kong Japan Korea 1.50 1.00 Mongolia Accessibility -15.00 -10.00 Malaysia Thailand NE Thailand 0.50 -1.00 Vietnam China Inland 0.00 Philippines -5.00 Vietnam Inland Indonesia Sulawresi Cambodia Laos PNG Philippines Mindanao 5.00 0.00 Indonesia -0.50 China 10.00 15.00 -1.00 -1.50 Trade Openness -2.00 注:貿易開放度の指標は、Global Competitiveness Report, 2001-2002 (World Economic Forum, 2002)による。Global Competitiveness Report に掲載されていない国の値は、World Economic Forumの手法に基づく世界銀行の評価による。 全ての値は、東アジアの国々について基準化して活用。交通利便性の指標は、最大の港湾の所在する都市圏からハン ブルグまでの20フィートコンテナ(TEU)の標準的輸送コストに基づく。内陸国の場合には、陸上輸送コストを加算 した。 出所:Carruthers, Robin, and Jitendra N.Bajpai. (2002)“Trends in Trade and Logistics: An East Asian Perspective.” Working Paper No.2, Transport Sector Unit. World Bank, Washington, D.C. 30 開発金融研究所報 しかし現在、東アジアのロジスティクスは効率 れている。全体像とは戦略的ビジョンを策定し、 性が低下しつつある。もちろん、パフォーマンス そのビジョンを現実化する国家の能力のことを指 は国によって異なる。しかし全般的に、不十分な す。これが、第3章のテーマである「関係主体間 運輸インフラ、未開発のロジスティクス・運輸 の相互調整」の意味するところである。 サービス、官僚的な(ときには汚職を含む)輸出 入手続きが、ロジスティクス費用上昇の原因であ 1.先進国における相互調整モデル る。 関係主体間の相互調整(Coordination)の問題 香港(中国) 、台湾(中国) 、日本、韓国、シンガ (第3章の主題)は、東アジアのロジスティクス面 ポールといった東アジア地域の現在の先進国や、 の課題への対処に必要な広範な施策の中心であ 最も開発が進んだ途上国であるマレーシアでは、 る。ここでは特に、国境をまたがる相互調整(例 強力な相互調整がインフラ整備における特徴であ えば、関税手続の調和・簡素化、情報共有) 、およ る。 び都市管理における相互調整(最も重要なのは、 これら6つの先進国では、政治リーダーと上級 ロジスティクス・インフラ配置のための土地利用 政策決定者(senior policymakers)が、長期開発 政策の実施)が必要とされる。 ビジョンや同ビジョンに基づくセクター戦略の策 地域全体から国レベルに目を移すと、ベトナム 定に重要な役割を果たしてきた。どの国にも、強 は、インフラが経済成長の成果の分配をいかに促 力にインフラ開発を推進する、強力な計画当局が 進できるかを示す格好の事例である。過去10年間 ありこうしたインフラ計画当局 ― 韓国の経済企 にベト ナムは、年間平均7 .6%の経済成長を遂 画院、シンガポールの経済開発庁、マレーシアの げ、世界で最も急速な成長国の一つとなった。経 首相府の中央計画機関と政策決定機関、日本の強 済発展により著しい貧困削減が見られ、10年足ら 力なセクター省庁と審議会 ― が多大な政治的影 ずの間に貧困人口が約2,000万人減少した。 響力を持っていた。持続的な高度成長が、その成 この過程でインフラと投資が重要な役割を果た 長を支えるインフラ投資に対する政策的合意の形 し、ベトナムの多くの貧困削減施策を補完してい 成を後押しする一方、競争力維持に必要な規律に る。政府投資の44%がインフラに向けられてお より、プロジェクト選択とサービス提供の効率化 り、大・小規模双方のインフラ事業について、貧 が促された。 困に対する影響が十分に立証されている。たとえ 時には、需要を見越してのインフラ投資も行わ ば、 ハノイ/ハイフォン港を結ぶ国道5号線整備事 れた。投資が制約に対処するものであったときに 業に伴って、 ハノイ/ハイフォン回廊の1人当たり は(実際、ほとんどはそうであった) 、その対応 所得が大きく増加し、貧困削減が促された。小規 は、迅速かつ戦略的であった。日本の名神高速道 模インフラを対象とした調査でも、同様の印象的 路や韓国の京釜高速道路など、数々の大胆なイン な効果が明らかになっており、この場合も道路部 フラ事業が実施された ― 中には必然的に無用の 門の効果が最も顕著である。たとえば、ある調査 産物もあったが。 では、村落への新規道路建設によって1993年から セクター戦略は、産業構造の変化に適応する傾 1998年の間に、1人当たり家計所得が30%増加し 向が見られ、それは断片的な調整ではなかった。 た。 個々の説明責任はもっぱらエリート 層内で担わ れ、より多くの一般市民が経済成長の恩恵を享受 第3章 関係主体間の相互調整 (Coordination) している限り、こうしたモデルの作用の多くが 人々の目に触れることはなかった。 しかし1980年代になると、このモデルのひずみ 東アジアの経験から、 「全体像(Big Picture) 」 や矛盾が露呈し始めた。このモデルでは経済危機 は、個々のインフラ整備省庁やサービス提供者の や景気後退に十分対処できず、それまで隠されて 質と少なくとも同じくらい重要であることが示さ いたリスクが明らかになった。政府の指示による 2005年5月 第24号 31 32 金融セクターからの融資、透明性の欠如、コーポ 般に収益率が非常に高いため、インフラ事業の削 レートガバナンスの失敗などが全て問題になり始 減 に よ っ て 実 際 は、長 期 的 な 財 政 支 払 能 力 めた。中には、戦略的投資が供給主導型であるこ (Fiscal solvency)が損なわれる恐れがある。した とが判明する場合もあり、情実(Cronyism)や汚 がって、財政調整を所管する当局は長期的財政政 職が行われたケースもあった。 策について、インフラ整備支出を所管する当局と 国家の役割が複雑化し、目標が多様化するにつ 調整を行う必要がある。 しかし、流動性危機によっ れ、既存の独占公的企業によるシステムから効率 てインフラ改革が促される可能性もある。さら 性の利益を得ようとする国家の能力は低下した。 に、中央政府当局はインフラセクター省庁と調整 複雑化が進むほど、中央政府は全体像により特化 を行い、 改革が極力促され、 また流動化圧力によっ し、詳細の事項は企業や規制当局、地方政府、市 て国家債務が単に予算外(Off‐budget)に移行す 民社会、市場に委譲することが必要となった。 ることがないよう担保する必要がある。 相互調整により適正量のインフラ整備を行うと 2.発展途上国における相互調整の主要 課題 いう課題は新しいものではないが、地方分権化し 前の東アジアは高度に中央集権化されていた。し 多くの東アジアの途上国は、そのインフラ開発 かし、今では、国家総支出に占める地方支出の割 戦略において、上記と同様のモデルを追求してい 合は、タイの10%から中国の70%までに及ぶ。 ると思われる。その中で、彼らは幾多の課題に直 面している。新しい課題もあれば、先進国がかつ 2)地方分権 て経験したのと同様の課題もある。インフラ支出 地方分権によって、地方有権者のニーズに応じ 水準を適正に保つための相互調整、地方分権化し たサービス提供が可能となり、大きな便益をもた た政府構造の中での相互調整、そして特に都市イ らすことが可能である。しかし、相互調整面では ンフラ整備面での相互調整上の課題などである。 数々の問題が生じる。まず、サービス提供に際し て便益の域外流出 ― すなわち、プロジェクトが 1)適正水準のインフラ整備 管轄地域外に便益と費用をもたらす場合 ― を管 インフラ整備水準を適正にするには、様々な相 理しなければならない。地方政府間の自発的な協 互調整が必要となる。時として政府は、過剰投資 力は、残念ながらまれである。地方政府には、相 や、容認しがたいほど非効率な投資を行うが、そ 互協力を行うのに必要な短期的な政治的インセン の原因の一つは、インフラ計画当局と財政当局の ティブがない。そのため中央政府が、充分な相互 調整不足にある。計画機能と財政機能の分離は、 調整手段を開発する必要がある。タイやベトナム 東アジア地域の計画の枠組みに共通する特徴であ の補助金制度は一つの例であり、アメリカやカナ る。多くの場合、そのため粗悪で不効率なインフ ダのように特別行政区域を設置するというのも、 ラ事業が生まれている ― この章で取り上げるベ 東アジア地域で採用できるもう一つのモデルであ トナムと中国に良い例がある。こうした問題は、 ろう。 財政・金融の安定性や関連セクター ― ベトナム 調整不足によるその他の非効率としては、過度 の場合、特に建設セクター ― に影響を及ぼすこ の細分化(地方政府が小さすぎて効率的規模の とが多い。 サービスを提供できない) と、 「過当競争」 (地方政 また、相互調整の失敗によって、特に財政縮小 府が隣接地域の施設を利用するのでなく、港・空 時に、過少投資が発生することがある。財政赤字 港のような評判の良い施設の建設・更新をめぐっ を削減しなければならない場合、インフラ事業が て競争する)が挙げられる。中央政府には、相互 標的とされることが多い。インフラ事業は大規模 調整に不足している「中間的な地方政府(Missing で時間がかかり、実際に便益が得られるまで何年 middle) 」を補うという重要な役割がある。 もかかるためである。しかし、インフラ投資は一 以上の問題は、主として横(Horizontal)の調整 開発金融研究所報 た政府を通じた調整は、新たな課題である。20年 ― 地方政府間の調整 ― に関する課題である。 フィリピンの計画当局である国家経済開発庁 縦(Vertical)の調整 ― 中央政府と地方政府間の (National Economic and Development Authority: 調整 ― にも同様の問題が存在する。ここでの中 NEDA)は、不況時は財政引き締め目標に屈し、 央政府の重要な役割は、地方政府のインフラが政 好況時は高度に政治的なインフラ事業を支援せよ 策・規制の枠組みに整合するよう担保することで との圧力に屈している。長期開発計画と予算との ある。財政政策と規制政策の調整が不足したまま 間に、ほとんど関連性がないことが多い。 中央政府が資金を提供し、地方政府がサービス提 国家の開発計画は十分な協議を経て作成され、 供を行った場合、地方政府には効率性を追求すべ 社会・環境問題は十分メインストリーム化されて きインセンティブ、時には民間セクターとの契約 いるが、計画の内容と、資金配分や政策実施との を尊重するインセンティブがほとんどない。そし 間に大きな隔たりがある。市民社会は、必ずしも て効果的な報告制度や支出記録の仕組みがなけれ 計画策定への参加ではなく、主にインフラ事業の ば、この状況はさらに悪化する。 認可や実施段階のキャンペーンや抗議活動を通じ て、意思決定に影響を及ぼしている。 3)都市のインフラ整備 不十分な相互調整の影響が、フィリピンのイン 3つめの調整上の課題は、都市インフラ整備に フラセクター全般に現れており、特に投資と競争 おける相互調整の問題である。都市化のペースや 力に大きな影響を与えている。特に電力セクター 連携させるべき機能の多さを考えると、おそらく は国家財政を大きく圧迫しており、必要な事業拡 これが最も複雑な課題であろう。 大の資金を調達できない。政策面の調整が不十分 効率的な土地利用管理は都市計画の核心である な結果、概してインフラ支出予算が不足してお が、不十分な法的枠組み、既存の規制実施上の不 り、民間投資も低調である。2002年のインフラ投 備、政治的介入によって、都市管理当局の活動が 資総額は、GDPのわずか2.8%であった。 妨げられることが多い。またタイミングの誤りに よって、乏しい成果がさらに悪化する可能性があ 2)インドネシア る。住みやすい都市づくりに必要な投資が行われ インド ネシアの課題は、独裁的官僚政治から、 る前に都市化が進めば、インフラ改善コストが大 市民参加・地方分権の拡大への進歩が不完全であ 幅に上昇し、追加的に導入されるインフラによる る点にある。その過程で、国家の計画機関が大幅 解決策は、次善の策とならざるを得ない。さらに に解体された。スハルト政権時代は、政策策定お は、多くの機関の間の調整(バンコクの場合、近 よび相互調整が、ある程度協力しつつ活動する2 年の改革以前は、少なくとも27の機関が都市交通 つの機関に集中しており、両機関 ― 開発5ヵ年 問題に関与していた) 、都市の地方政府の境界を超 計画を策定する国家開発企画庁(BAPPENAS) えた調整も課題となる。 と、経済産業調整省(Coordinating Ministry for the Economy and Industry: EKUIN) ― が、戦 3.フィリピン、インド ネシア、中国、 タイの現状 略的に計画を作成し計画実施を監理する実質的権 スハルト後の改革体制の下、計画当局の権限が 1)フィリピン 大幅に分散した。権限が地方政府に再配分され、 東アジア地域の規模の大きい途上国は、インフ 財政危機により大蔵省と中央銀行の影響力が大き ラ整備における相互調整の課題にどう対処してい くなった。現在、BAPPENASは計画策定に関する るのだろうか? フィリピンの場合、最大の課題 助言的役割しか持たず、EKUINの後継機関は主に は、流動的・断片的な政治システムの中で、長期 短期的な実施上の問題を扱っている。 的ビジョン・開発計画が短期的圧力に屈すること 過去数年はインフラに対する財政手当(Fiscal が多く、これによって説明責任が弱まり、汚職が space) が非常に限られていたため、インフラ整備 助長されていることにある。 が大幅に遅延した。インフラ提供を通じて経済成 限を持っていた。 2005年5月 第24号 33 34 長と貧困削減を推進する国家の能力は、経済危機 ともに多くの調整面の課題が生じている。中央政 以降、大幅に制約されてしまった。 府は、インフラ投資に関する地方政府の選択をコ 過去10∼15年間、インフラサービスの提供は、 ントロールできなくなってきている。また、省・ 企業化された国営企業や民間セクターにますます 市が、 限定的な信用評価のもと、国営金融セクター 委譲され、効率性の面である程度の成果を上げて からインフラ投資資金を借り入れできるように いる。しかし、競争を可能とするような構造改革 なったことが、政府のマクロ経済管理能力に課題 はほとんど行われていない。また、法の支配が、 を投げかけている。 強力なリーダーによる支配にとって代わるまでに 同時に、中国は、地域横断的なインフラ整備の まだ至っていない。コーポレートガバナンスを向 調整強化策を進めており、地方政府が協力して地 上させ、民間投資の更なる促進をはかるための、 域横断的なインフラ事業を実施し始めている。ま 司法制度と資本市場の能力は限られている。 た、特別経済区の開発については、開発が進んだ インド ネシアの急進的な地方分権プログラム 近隣諸国(およびタイ)の経験も参考にしている。 は、政府のコミュニティへの対応力を強化する基 盤となったが、同時に複数の地方政府の区域をま 4)タイ たがる問題に関する責任を非常にあいまいにし、 中国と同様、タイのインフラ整備の相互調整の 中央政府がイニシアチブをとるための財政手当を 実績は、東アジア地域の先進国と非常に似てい 制約した。 る。戦略的長期ビジョンが重要な役割を果たし、 改革当初から、市民社会が繁栄し、インフラの 官僚間の相互調整が効果をあげている。一方、市 計画・実施における地域・環境面の問題に対する 民社会は活発だが、市民参加はかなり限られた役 新たな認識が芽生えた。また改革により、国家が 割しか果たしていない。 サービスを提供できなかった地域でのコミュニ だが、政治家と官僚の関係は変化しており、時 ティ主導の開発の実験が生まれている。最も著名 代に応じて各々が国家の開発ビジョン策定に責任 なのはケチャマタン開発事業(Kecamatan De- を持ってきた。1990年代のほとんどは連立政権下 velopment Project: KDP)である。しかし、こう で内閣の計画・調整能力が弱かったため、主たる した取組みを政策・プログラムの中にメインスト 計画当局である国家経済社会開発庁(National リーム化する国家の能力は弱い。 Economic and Social Development Board: NESDB) が極めて大きな役割を果たした。だがタイ愛国党 3)中国 が政権を握った2000年以降、戦略的ビジョンの策 中国の経験は、インドネシアやフィリピンとは 定権限が首相府に移り、大蔵省の役割の重要性も 大きく異なる。中国では、省・市レベルに大きく 増した。NESDBの役割はしばらく不明確だった 権限が分権化されているものの、中央政府が依然 が、現在は、インフラ計画策定権限の一部を回復 として実質的な所管を行い、システムを統合する し、新たな大規模インフラ事業に関与している。 戦略的ビジョンを策定している。説明責任は基本 タイの地方分権は、極めて限られたものであ 的に機関の上層部に対するものであり、市民社会 る。下位レベルの政府への分権に失敗した後は、 の役割は限定的である。計画はより戦略的・柔軟 76州への地方分権に焦点を絞っている。しかし州 になっており、市場がますます重要な役割を果た 知事は選挙ではなく任命によって決定され、その すようになっている。 役割も、真の地方分権というより、中央政府の権 中国の主要な計画機関、国家発展改革委員会 限の分散に近い。地方政府レベルでは、インフラ (National Development and Reform Commission: 整備へのステークホルダーの参加が大きく進ん NDRC) は依然強力であり、BAPPENASやNEDA だ。しかし国家主導の大規模事業は、期待ほど進 と異なり、戦略的計画策定におけるその役割は損 捗していない。また環境影響評価も作成される なわれていない。 が、その提案者が既成事実とみなす事業に付随す しかし中国では、インフラ整備の地方分権化と る形式的文書の形をとることが多い。 開発金融研究所報 全般的に、タイの計画・調整システムは柔軟で たりすることも可能である。最後に、大規模なイ あり、変化への対応力がある。通貨危機にも十分 ンフラ整備はしばしば、調達に伴う巨額のリベー 対応し、長期的戦略も策定されている。政治的状 トをもたらす機会を生み出す可能性がある。東ア 況の変化に対応してシステムが効果的に発展し、 ジアのインフラ整備には、この種の汚職の例が多 戦略的ビジョンが概ね中心的役割を果たしてき 数ある。 た。 1.説明責任を強化する仕組み 第4章 説明責任とリスク管理 (Accountability and Risk Management) 関係主体間の相互調整(coordination)は「全体 像(Big picture) 」に関することである。しかし、 1)コミュニティの参加 サービス提供や成果達成のレベルで何が起こって ある種のインフラサービスの場合、説明責任確 こうした結果を避けるには、積極的なコミュニ ティの参加、競争原理の導入、規制の実施すべて が、重要な役割を果たす。 いるかについても検討しなければならない。 本調 保の最善の方法は、コミュニティを強化し、イン 査では、 説明責任とリスク管理 ― 第4章のテー フラを計画・運営し、整備後は自己のニーズに マ ― という2つの相互に関連する概念から、こ 合ったサービス提供の継続を担保できるようにす の点を検討する。 ることである。インドネシアのケチャマタン開発 説明責任は、業績に応じて組織を評価する一連 事業は、東アジア地域で最大にして最も有名な例 の制度的手段と考えることができる。 政府、 コミュ だが、インフラ整備へのコミュニティ参加は地域 ニティ、投資家、サービス提供者、NGOは全て、 全体で一般的になりつつある。 絶えず変化する緊張の中で互いに関わりあってい コミュニティの強化はインフラが小規模の場 る。そして、自己の目標と期待を持ち、その期待 合、最も有効である。だが大規模インフラの場合、 を満たすサービス提供の説明責任を、他者に負わ その規模のためコミュニティによる直接管理は困 せようとしている。そうする中で、他の当事者も 難である。しかし、それによって、住民に負の影 みな同じことをしているという制約条件の下で、 響を及ぼす側面について、コミュニティの参加が 報酬を最大化しリスクを最小限にとどめようと努 妨げられるわけではない。コミュニティの参加に めている。それがここで言うリスク管理である。 よって、環境外部効果に対する国家の方針がいか 効果的な説明責任とリスク管理は、それが存在 に変化したかについて、日本は東アジア地域に しない場合に最もよく認識できることが多い。最 とって有益な教訓を持つ。 も劇的な場合は、財務破綻により利害関係者が支 払不可能な債務を負わされる場合である。しかし 2)競争原理の導入 それより多いのは、汚職が生じることである。 競争原理(Competition)は、サービス提供者の 汚職には様々な原因があるが、インフラには汚 説明責任を担保するために活用することもでき 職の対象となりやすい多くの特徴がある。たとえ る。競争原理が働き、消費者がサービスに不満な ば独占的なサービス供給構造は、レントシーキン らば、消費者は単純に別のサービス提供者のもと グの格好の機会となり得る。インフラに対する政 へ移動することができる。ほとんどのインフラ 治的保護・介入によって、財務的な説明責任がし ネット ワークの供給には競争原理が働き得ない ばしばあいまいになり、サービスの過小供給、過 が、そのネットワーク上のサービスには競争原理 剰人員、極端な高賃金などの様々な汚職行為が隠 導入が可能である。 される。また、資本投資とサービス生産量との関 しかし全般的に、東アジアではインフラサービ 係を明確にするのが困難なため、インフラ供給者 スへの競争原理導入は遅れている。通信セクター が資本支出額を水増ししたり、過少投資を隠蔽し では、国際的な標準に照らしてみると、競争がい 2005年5月 第24号 35 36 まだに制限されている。電力セクターでも、東ア に形成されるという性格を持つ規制当局の独立性 ジアでは一般に、競争が最も少ない手段によって を、どう取り入れていくかにある。政治的文化が 民間セクターを発電事業に参入させてきた。すな 許容し得る以上の裁量権を規制当局に与えないよ わち国営企業が、唯一の電力の買い手として民間 う、注意することが必要である。コンセッション 発電事業者と消費者の間を媒介するような市場構 契約に関する規制の日常的適用を、政府とサービ 造になっている。 ス提供者間の交渉に委ねるというのも、一つの選 地域全体でこのモデルが選ばれているのは、イ 択肢である。より大きな裁量権が認められるよう ンフラ整備への競争原理導入を制限すべき大きな になるまで、規制の主な機能を第三者に委託する 理由があるからである。社会・政治的理由のため という選択肢もある。長期的に規制当局により多 内部補助金を維持したいという政府の願望、独占 くの裁量権を与え、徐々に政治的圧力から解放す 企業のレントシーキング、現存する国営企業の保 れば、予見可能性が向上し、現在東アジアで極め 護、民間セクターのリスク軽減、戦略的資産の政 て高い政治的リスクを減少させることができるだ 治的管理が、それである。 ろう。 3)規制の実施 規制(regulation)は、サービス提供者の説明責 2.リスク分担、説明責任、政府による支 援の適正化 任の担保に利用できる第3の手段である。規制当 局の独立性と説明責任は、伝統的に、効率的な規 リスク管理と説明責任の問題は、政府とサービ 制実施の重要な前提条件とされてきた。規制当局 ス提供者の関係においても、同様に顕著に生じ の説明責任の担保には種々の方法がある。そのう る。特に、政府がサービス提供者に対して、補助 ちいくつかは、プロセスや参加に関するものであ 金や保証の形でしばしば供与する支援の場合に問 り、明確な法規、司法による審査、規制当局の業 題となる。 績に対する独立した監査の実施である。その他は 透明性に関するものであり、意思決定・許認可・ 1)補助金 業績基準の公表を規制当局に義務付けることであ サービス提供に対する補助金の供与は、多くの る。 理由から重要である。最も異論が少ないのは、環 東アジア諸国は、程度の差はあるがこれらの対 境保護と貧困削減である。しかし、有力な非貧困 策をとっている。 しかし、 インフラは ― 他の地域 層に利益を与える補助金制度も、長期的には徐々 と同様東アジアでも ― 非常に政治的なものであ に廃止するが、当面は存続させるという方法が、 り、規制当局の説明責任を政治的な説明責任の制 政治的には重要な場合もありうる(特に、将来、 度全般から切り離すことはできない。また、サー 補助金なしで継続可能な便益が、改革によって、 ビス提供者の説明責任を担保する規制当局の能力 最終的にもたらされる場合にはそうである) 。 を、政治的環境と切り離して考えることもできな しかし補助金は、リスクと説明責任に影響を及 い。 ぼす。補助金の存在により、最も効率的な方法で 東アジアでは、規制当局の独立性確立に向けて サービスを提供するインセンティブが弱まるた の動きは遅いが、これは中央による強力なコント め、サービス提供者と政府とを拘束する説明責任 ロールを伝統とするこの地域では驚くべきことで 関係を弱めることになる。また補助金は非常に危 はない。独立性を評価するのは難しいが、東アジ 険なもので、受け取る額が多いほど、欲する額も アのインフラ規制当局に関するある調査による 大きくなる。 と、たとえ名目的であっても規制当局に独立性が 東アジア諸国が補助金制度を運営する方法は、 あると答えたのは、全体のうち40%未満であった 様々ある。競争・規制・技術的選択・公営企業の (調査報告書本編第4章スポットライト3を参照) 。 改革を通じて極端な高コストを是正することによ 東アジアのインフラ規制の主要な課題は、徐々 り、補助金需要を減少させる。補助金制度を透明 開発金融研究所報 にする(厳密な検査の対象とする) 、補助金交付は ていることもある。またコンセッション契約の期 1回限りとする、業績に基づいて補助金を支給す 間中に、事情の激変に対応してリスクの再配分が る、競合品に対する課税額や補助金を調整する、 行われることも多いが、それは、政府・民間セク というものである。内部補助金は、最終収益に対 ター双方が関与する学習プロセスの一環でもあ する説明責任を担保する一つの選択肢だが、この る。 方法には他のコストが付随する。それは主として 不透明性、競争原理導入が困難になるという点で 3)インフラ資産の所有権の問題 ある。 そして、恒久的所有権の問題について論じる。 民間サービス提供者は、国営企業に比べて業績に 2)補助金以外の財政的支援 対する説明責任を担保できるのだろうか? 説明 しかし補助金以外にも、財政的支援の提供とリ 責任は直接評価できないが、業績を評価すること スク分配を行うための、より直接的でない仕組み はできる。経験的証拠によれば、業績を改善すべ がいくつか存在する。たとえば、フィリピンの電 き十分な理由となるインセンティブ環境があれ 力購入義務制度や、タイの国有鉄道借入れに対す ば、民間セクターは概してよりよい業績を記録す る政府支援などである。こうした仕組みの多くは る。だが、民間セクターが所有権を持つかどうか 偶発債務(Contingent liability)を生じさせるた は業績にあまり影響を与えないようである。公共 め、このような財政的支援によって、さらに難し セクターが所有権を有し、市場に競争原理が働い い説明責任の問題が発生する。 ていない場合、説明責任の担保は非常に困難な課 これらの偶発債務に対処するためには、財政に 題である。 関する正確な情報を把握し、その情報を予算プロ 換言すれば、一般に、所有権自体が誰にあろう セスに反映させることが必要である。理想的に と問題でない。これまで、東アジアの民活事業に は、 政府は財政リスクの全体枠を決定し、 セクター 失望させられた例も多い。しかし、民間セクター 別機関や地方政府に対してリスク引き受けに関す は概して公共セクターと比べ、競争や優れた規制 るガイド ラインを作成し、リスクをモニターし、 があればより良い業績を残す傾向があるという点 リスク引き受けに対する承認を要求すべきであ は重要である。つまり、インセンティブを活用し る。 て民間セクターに業績に対する説明責任を担保さ 東アジア地域の多くの政府は、政府予算で投資 せるほうが、公共セクターに対してそうさせるよ を行うよりも民間セクターとのリスク分担取引を り容易である。 採用し、支出を「帳簿外(off‐the‐book) 」として トップダウン方式からの脱却は、より大きな権 きた。しかし、これによって支払能力や流動性が 限委譲と分権的インセンティブの仕組みの活用を 改善するかどうかは、民間セクターへのリスク移 意味する。こうしたトップダウン方式からの脱却 転によって本当に効率化がもたらされるかどうか が進めば進むほど、東アジアの需要に合わせたイ にかかっている。 ンフラサービス提供と効率化を実施するなら、民 これは、サービス提供者の説明責任の枠組みに 間セクターの誘致がますます必要となるだろう。 依存している。例えば東アジアの電力セクターで しかし今後は、民間セクターの参加は、競争原理 は、収益性が高い市場での民間参入業者同士の競 や適切な規制をともなったものでなければならな 争を政府が妨げているため、政府は頻繁に保証を い。 供与しなければならない。この場合、効率性が制 約される可能性が高く、リスクの大半を政府が負 うことになる。 しかし実際には、誰がリスクを負っているのか 第5章 今後の方向性 (The Way Forward) 必ずしも明確ではない。取引によっては、リスク 本調査の提示する枠組みは、分析的なものであ が隠されていることもあるし、より明らかにされ る。問題へのアプローチの方法を示唆するもので 2005年5月 第24号 37 38 あって、 特定の政策を実施するための一式の 「ツー 政府組織が不可欠である。 ル」ではない。とはいえ、この枠組みには重要な 効果的なインフラサービス供給には、長期的戦 政策的意義がある。ここでは、その中から12の点 略を作成し、それを実施するために異なる機関の を取り出した。これらは、本報告書を作成するに 政策を調整できる組織・制度が必要である。純粋 あたって、東アジア地域の政策決定者、政策実施 な経済面のみならず、環境社会配慮をメインスト 者、インフラサービス提供者、市民社会団体、そ リーム化するには、これまで以上に高度な調整能 の他の利害関係者と協議する中で明らかになった 力が要求される。セクター省庁や地方政府は、単 主な問題点を反映している。 独で政策決定するわけにはいかない。 12の政策提言は、第2章で述べた「全ての人が 詳細な経済計画を策定する古いトップダウン型 裨益する開発」に対するインフラの貢献を高める モデルは避けるべきだが、戦略策定と中央レベル アプローチを構成する。これらの提言は、経済発 での調整の新しいモデルを構築する必要がある。 展と貧困削減の基盤となるインフラの役割を増進 それが、民主化、地方分権化、独立性の高い規制、 する。インフラが単独で、全ての人が裨益する開 民活導入、サービス提供者の商業化に向けた潮流 発を生み出すわけではない。サービスを最も必要 を支えるべきである。 とする貧困層にサービスを提供し、福祉向上の基 盤となる経済成長のダイナミクスを支える施策が 必要である。それを実行するためには、何を考慮 2.地方分権は重要だが、関係機関の調整 が重要な課題 するべきであろうか。 第3章の関係主体間の相互調整に関する考察に 東アジアでは政府の地方分権が大きく進展し、 基づき、この枠組みの政策提言のうち3つの提言 多くの場合、地域ニーズに即したインフラサービ が生まれた。第3章では、インフラ整備の効果を スの供給を促進してきた。地方分権が政治的に重 確実にするために、戦略ビジョンがいかに重要か 要な役割を果たしたことは間違いない。 を確認した。またビジョンの策定と実施に関わ しかし地方分権により、タテ(中央と地方政府 る、資金調達当局と計画当局との調整、インフラ 間)とヨコ(様々な地方組織相互間)の様々な調 当局と財政当局の調整、そして分権化された政府 整上の課題が生じている。 の調整など、多くの課題を検討した。第3章の分 地方政府は、自己の管轄区域だけで孤立するこ 析から、以下の3つの政策提言が導かれる。 とがある。ほとんどのネットワーク型インフラは 地方政府をまたがる基幹であるため、これは問題 1.中央政府の役割が重要 − インフラに は強力な計画・調整機能が必要 である。孤立してしまうと、第二次および第三次 レベルのインフラが基幹インフラと接続されない ことになり、それでは意味がない。地方政府の規 インフラは、生存と生活に欠かせない基本的 模が小さすぎてインフラを効率的に提供できない サービスを提供する。インフラは経済と社会の基 ケースや、過度の競争により、本来ならば共有で 幹である。環境への影響も大きい。インフラは非 きるような高価なインフラに重複投資が生じる 常に微妙な領域に、強力な独占企業や外国企業の ケースもあり得る。こうした事態を避けるため地 参画をもたらす可能性がある。したがって、イン 方 政 府 間 の 協 力、中 間 的 地 方 政 府(Missing フラは極めて政治的である。 middle)の強化が重要である。 しかし、インフラは経済的にも技術的にも複雑 基幹インフラ整備のためにこのような協力が必 であり、 その影響は非常に長期的である。 したがっ 要な場合、より上位の地方政府は下位の地方政府 て、政治家の役割を補完するため、官僚の役割も に協力を促す必要がある。地方政府によるこのよ 重大である。このように官僚制と政治が極めて複 うな投資を促進するような補助金、インフラ計画 雑に混じり合うため、政治的に持続可能で経済的 策定面での協力を奨励するような制度的枠組み に効果のある戦略を構築できるハイレベルな中央 が、大きな役割を果たすだろう。 開発金融研究所報 また中央政府も、政策と規制の枠組みにした 優先すべき場合があろう。多くの場合、インフラ がってモニタリング・管理・調整を行う充分な能 への民間資金の導入強化や利用料金の引き上げの 力を維持しなくてはならない。こうした機能が不 余地がある。またコスト削減、既存資産の有効な 充分な場合、最適でないサービス供給や権限の混 運営・維持の余地もあり得る。公共支出の増額よ 乱が起こりがちになる。 りも公共支出管理の強化が必要な場合もある。充 分な制度やコントロールを欠くと、国家は安易に 3.インフラ整備のための財政手当 (Fiscal Space)が重要 過小支出から過剰支出に流れやすいのである。 には、政府は、長期的な経済発展目標に基づき、 全てのインフラ費用は、究極的には、利用者に 財政支払能力の向上を目指して、財政手当を行う よる料金か、納税者による補助金で賄われる。利 べきである。価値ある事業へのインフラ投資は、 用料金で費用を賄うことは、重要な長期的目標で 好循環(経済発展、歳入増、財政手当増)を創出 ある。短期的には、利用料金が、種々の要因によっ する。もちろん適切な事業を選択し、事業効果が て合法的に低く抑えられる可能性がある(後述の 上がるような政策と制度を導入することが課題で 「補助金」 参照) 。また、大規模なインフラは先行投 資を必要とする可能性があるが、それは利用料金 しかし、こうした厳しい前提条件を満たす場合 ある。 により徐々に回収が行われる。 * 資金不足を民間セクターが満たす場合もあり得 次の5つの政策提言は、第4章の説明責任とリ るが、民間資金が不充分、入手できない、あるい スク管理に関する考察に基づくものである。この は非常に割高な場合もある。民間セクターが参入 章では、インフラサービス供給の説明責任を高め するとしても、政府とのリスク分担を必要とする るための多くの仕組み ― コミュニティの参加、 場合が多い。民間セクターが全ての資金を提供で 規制、競争原理 ― と、 政府がインフラ供給者を支 きないまたは提供しない、あるいは全てのリスク 援する際に説明責任とリスク管理の取り決めがど を負わない場合、充分な経済収益率のある投資に う作用するかを見た。この章の分析に基づいて、 *3 対しては財政手当を行うべきである。 以下の5つの政策提言を行っている。 充分か否かは、無論、インフラ以外の支出や財 政赤字抑制の必要性といった、競合する資金要請 資では資金ギャップを埋めることができないとい 4. 「補助金」は認めうる ― 補助金は重要 であり得るが、常にリスクを伴うため、 十分注意して運用することが必要 う主張が正確か否かにもかかっている。時には、 財政を緊縮し、セクター機関が改革を行い他財源 インフラ整備に係る補助金は、環境保全や貧困 を探すよう促す必要がある。 削減など種々の理由によって正当化することが可 一部の東アジア諸国では近年、インフラへの支 能である。人々は環境面の便益を享受するが、下 出は充分でなかったと思われる。カンボジア、イ 水道、 大量高速輸送システム、 再生可能エネルギー ンドネシア、ラオス、フィリピン、タイがその例 の全てのコストを負担しないことが多い。それら であろう。それが経済発展や貧困削減、ひいては の便益が消費者にとって外部効果である場合、便 長期的な財政支払能力にも悪影響を及ぼした可能 益を現実化するために補助金が必要になる可能性 性がある。 がある。安全な水や地方道路の貧困改善効果は大 しかし、こうした国々でインフラへの財政手当 きいが、貧困層は補助金なしにはその費用を負担 の増額が第一の優先事項というわけではない。マ することができない。貧困層や環境に資する改革 クロ経済の安定と債務持続性のため、財政緊縮を プログラムは、改革を頓挫させる権力のある者へ によっても左右される。また、利用料金や民間投 *3 「財政手当」とは、直接的な支出だけではなく、保証やその他の偶発的債務も含む、あらゆる形態の財政的支援を指す。 2005年5月 第24号 39 40 の補助金なしには、政治的に持続可能でないかも ス(インフラ自体ではなくても)の供給にも、競 しれない。短期的な経済危機の際には、一時的な 争原理を導入することが可能である。サービス提 補助金は考慮に値することもあり得る。 供者に説明責任を遵守させるための、最も直接的 しかし、補助金は無期限で習慣的になる可能性 で効果的な方法は、競争原理の導入である。 がある。財政的影響は甚大で、金融規律を損ない、 これまで東アジア諸国は、インフラサービスへ 説明責任をあいまいにすることがある。必要な改 の競争原理導入には非常に慎重であった。より効 革を先延ばしにすることもある。したがって補助 率的なインフラサービスに向けたインセンティブ 金の活用には、十分な注意が必要である。 を提供したり、競争原理を妨げる政治経済的要因 補助金は、競争原理、規制、適正技術やサービ に対処するよりも、問題解決のためにより多くの ス基準、公的企業改革によってコストの最小化を インフラを「単に整備」する方法を選ぶことが多 図った後の最後的政策手段とすべきである。補助 かった。 金自体も、透明性、効果に応じた支給、補助金水 基礎的なインフラを整備する場合、経済的目標 準入札プロセスを通じて、最小化することが可能 が比較的単純な場合、トップダウン型解決策指令 である。 方式が主流であった場合には、これも有効だった かもしれない。しかし問題が複雑になるにつれ、 5.規制当局の独立性は、短期的よりも長 期的に重要 そうしたアプローチは有効ではなくなり、競争原 競争原理が十分働いていない場合、独占企業に 対する規制が必要である。規制当局の政治からの 7.サービス供給の説明責任を確立するに は、市民社会の役割が重要 独立は、サービス提供者がコストを回収し投資に 対する充分な収益を確保するための重要な長期的 市民社会の地域コミュニティは、しばしば、地 目標である。しかし規制当局が、消費者、政治家、 域の事業を運営することができる。また、彼らの 投資家との間に信用を築くことは段階的にしかで コミュニティに関係する大規模インフラ・ネット きない。規制当局が、政治的文化が許容し得る以 ワークや、彼らに直接負の影響を及ぼす大規模事 上の裁量権を行使すると、反発が起き、予測不可 業の意思決定にも参加できる。社会のより大きな 能で不安定な状況が生じる可能性がある。 ニーズが失なわれない限り、地域コミュニティに 規制当局の独立性は相対的な概念であり、段階 は特別な保護が必要であろう。 的に確立されるべきである。新しい規制当局は、 市民社会は、議会を通して、あるいは消費者と 自由裁量ではなく透明性の高いルールに依拠すべ して規制に関与することを通じて、インフラ関連 きであり、一部の職務については、内部職員が育 機関の説明責任の担保に重要な役割を果たすこと つまで外部専門家を活用すべきである。信頼性と ができる。市民社会団体やNGOは小規模なインフ それに基づく独立性は、透明性によって高めるこ ラサービスの提供や、汚職や既得権益の監視、持 とができる。聴聞の公開を行い、契約や許認可も 続可能なインフラ政策やサービスを求めるアドボ 可能な限り公開すべきである。規制当局が説明責 カシーの役割も果たす。 任を果たすことが、その独立性の鍵である。 アドボカシー型NGOは、特定集団の利益や課題 を代弁するのか、一般社会の利益を代弁するの 6.インフラへの競争原理導入は容易でな いが、説明責任向上には最良の方法 か、の間で難しい選択を迫られる。どれだけ効果 かは、 開発の結果に大きな影響を及ぼすであろう。 インフラは自然独占であることが多いが、制度 や技術の革新により、競争原理の導入の可能性が 高まっている。今や、ほとんどのインフラサービ 開発金融研究所報 理の役割が重要となる必要がある。 的かつ説明責任を果たしながらその選択をできる い条件(少なくとも、発言力のある特定のグルー 8.透明性の高いインフラ供給が必要。汚 職防止が優先課題 プにとってであるが)でしか参入しなかったりす 買力)が小さい国、紛争から復興しつつある国、 インフラはしばしば独占企業によって供給さ 民間・外国資本に対しイデオロギー上の反対が特 れ、大きな権益を生み出しうる。インフラは非常 に強い国、雇用への影響のために大規模な国有イ に重要なサービスを提供することが多いが、それ ンフラの精算が政治的に難しい国にあてはまる。 らは高く評価され、また高度に政治的である。そ 一部のセクターでは、自然独占が根強く、民間参 の結果、金融規律が緩み、政治的介入が強くなり、 入によって効率性の向上を引き出すための競争原 権益追求が蔓延することがある。またインフラの 理をいまだ導入することができない。 便益を主張するのは容易であるが、検証するのは セクター別でいうと、下水道、大規模水力発電、 難しい。 送電網、一部の運輸、農村あるいは国境をまたが こうした状況があいまって、インフラは汚職の るインフラは、民間投資を誘致し、それを効率性 温床になりやすい。しかし、汚職は、その対象と 向上に活用するのは非常に難しいと思われる(顕 る場合がある。これは特に、市場規模(人口や購 するところのインフラそのものに対する信用を損 著な例外もあるが) 。この場合、少なくとも短期的 なう。インフラ整備の政治的持続性を低下させ、 には、公共セクターの改革が効率性向上のために 評判を損なうリスクやその他の汚職のコストを懸 最も実現可能な選択肢であるかもしれない。 念する投資家や金融機関の進出を妨げることにな しかし、公共セクターの改革の実現、ましてや る。 それを持続させることは容易ではないため、過大 汚職防止は、長期的で粘り強い取り組みであ な期待は禁物である。民間セクターを誘致できな り、トップダウンの強力な政治的コミットメント い理由が、政府の方針が定まらずビジョンが欠如 を必要とする。司法および行政サービスの大規模 している、料金と補助金を合計してもコストを回 な改革は、あらゆる汚職防止活動の中心となる。 収できないという場合は、公共セクターの業績も しかし長期的改革と並行して、権益追求の機会を やはり期待はずれであろう。そのような場合に 無くし、取引を国民に公開することによって、著 は、たとえコスト を回収できても、公的資源は、 しい改善を図ることができよう。 インフラ以外のセクターのほうがより効果的に活 用されるであろう。民間投資を誘致するため、中 * 期的には、さらに徹底した改革を代替策として常 残る4つの政策提言は、本調査全体の分析から に念頭に置く必要がある。 生まれたものである。ただ、どれも第1章の「資 金面の課題」で述べたことから出発している。第 1章では、インフラの財源は主に二つ、すなわち 10.適切な政策が運営されれば、民間イン フラ投資は回復する 消費者と納税者であることを確認した。しかし、 他に二つの主体からの「資金調達」が可能である。 東アジア諸国への民間インフラ投資は、97年を 一つは民間セクター(サービス提供者にもなる) 、 ピークに急減した。現在、徐々に回復の兆しが見 もう一つは公的融資機関とド ナーである。以下 られるが、1990年代半ばに当初期待されたレベル が、その政策提言である。 に近づくまでには至っていない。 今回の調査のために、東アジア諸国へのインフ 9.公共セクターの改革は重要。但し、現 実的であるべき ラ投資を実行中、あるいは関心のある約50企業を すべき回答は、大半の投資家が、政策がより予測 地域によっては、民間セクターが十分な規模で 可能になればぜひ投資したいと述べたものであ 参入しなかったり、あるいは政治的に容認できな る。 対象とした意識調査を行った。その中で最も注目 2005年5月 第24号 41 42 確かに東アジア諸国のインフラ整備から民間セ ラ整備における自らの役割を改めて主張しつつあ クターが姿を消したわけではないが、大規模な投 る。しかし、インフラは長期的資産であり、開発 資を実際に行っているわけでもない。より予測可 パートナーは長期にわたって関与し続けることが 能な政策が導入されるなら、民間セクターは回帰 必要である。対応が迅速で手続が調和化された信 するであろう。さらに民間セクターが戻ってくれ 頼できるパートナーシップが不可欠である。さら ば、より良い規制やより競争的な市場構造が効率 にこのパートナーシップの性格(融資、保証、政 性向上に寄与するであろう。 策提言、能力強化等)は、各国の実情に合わせて 形成される必要がある。東アジアの大規模な中所 11.国内資本市場の整備は重要。但し、万 能薬ではない 得国のニーズは、小規模な貧困国のニーズとは大 東アジアの低・中所得国では、ODAは総投資の 東アジアの成功の一因は、高貯蓄を国内インフ わずか1.2%にすぎない。しかし、同地域の貧困国 ラ投資に充てたことにある。97年のアジア通貨危 では、援助資金の果たす役割ははるかに重要であ 機によって、国内貯蓄は外国貯蓄よりも移動が少 り、モンゴルやカンボジアでは総投資の半分以上 なく、国内通貨融資は外国為替リスクにさらされ を占める。大半の太平洋島嶼国、東チモール、パ にくいことが明確になった。国内貯蓄が乏しくな プアニューギニア、ラオスにおいても、援助資金 るにつれ、その効率的配分の必要性が高まる。ま は重要な役割を果たしている。援助のレベルと配 た政府機能が複雑になるにつれ、資源配分とリス 分方法(インフラのシェアも含めて)は、これら ク評価に関する権限移譲がより重要となる。これ の国々の重要度の高い公共支出と投資において、 ら全ての理由から、国内金融セクターはインフラ 大きな役割を果たしている。 整備において、これまでより大きな役割を果たす 公的融資を正当化できるか否かは、いかに有効 必要がある。 に活用されうるか、他の資金源の利用可能性、政 政府は明らかに、国内金融セクターの規制、金 府の全体的な債務状況にかかっている。受取国の 融技術革新の奨励、地域金融市場の整備促進に、 所得水準が上昇するに従い、通常、援助のレベル 重要な役割を果たすことになろう。政策または金 は低下し、ローンと無償資金は併存しにくくな 融セクターの擬似財政的(quasi‐fiscal)役割が、 る。しかし所得水準の高い国でも、予算に対する インフラに対する不良債権の増大を招いた国で 債務負担の軽減や民間資金の呼び水として、公的 は、セクターの商業化(commercialization)が短 資金の活用にメリットを見出すだろう。また援助 期的な優先課題である。それによって、金融セク 事業に組み込まれた技術支援(案件形成、環境・ ターの健全性、インフラセクターの金融規律が回 社会評価、調達業務)も、政府の政策や手続全般 復するであろう。 を構築するのに有益である。 しかし、長期的に金融セクターが最も効果的に 1990年代に、東アジアの一部の主要な開発パー 貢献するためには、インフラ投資環境を改善する トナーは、インフラ(少なくとも、大規模インフ 政策が最優先課題である。粗悪なインフラ事業を ラ)から他の分野に支援の重点を移した。貧困削 金融技術によって是正しようとしても、あまり大 減により力を注ぐべき、あるいは民間セクターが きな効果は期待できない。金融セクターを含めた 参入しインフラ事業に資金を供給するだろうと考 広範な改革によって、良好な事業に変えていくほ えられた。この傾向は1997年の金融危機によって うが、通常ははるかに効果が大きいだろう。 さらに強まったが、それは、危機の影響を受けた 国と多くのインフラサービス提供者の信用力が低 12.インフラには信頼性が高く応答性の優 れた開発パートナーが必要 下したためである。予算が削減され、新規インフ た国への援助はプログラム援助にシフトした。 開発コミュニティは、東アジア諸国でのインフ 現在、インフラ整備のための公的資金の役割は 開発金融研究所報 きく異なるからである。 ラ投資が大幅に切り詰められたため、影響を受け 再評価されつつある。経済発展は貧困削減に不可 のである。 欠で、貧困削減にターゲットをしぼることは経済 最後に、公的融資機関や開発機関は、様々な国 成長を補完し、インフラはその両方に不可欠であ やセクターにおいて何が有効で何が有効でないか ると認識されている。民間セクターは一旦は参入 という重要な知識を提供できる。こうした知識の し、その後一部が撤退したが、再び参入する可能 一部は、かつては低開発国であったが、失敗と成 性がある。しかしピーク時さえ、民間セクターは 功から学びつつ発展した所得水準の高い国から生 資金の面では比較的小さなプレーヤーであり、特 まれてくる。したがって、シンガポールや韓国な に貧困国ではその傾向が強かった。民間投資を呼 どの国々が、広範な開発コミュニティと関わり続 び込むためには、公的資金が一定の役割を果たす けることは重要である。 ことができよう。一部の国は緊縮財政から脱却し 必要な知識の種類も、国によって異なる。低所 つつあり、民間セクターを呼び込み、かつインフ 得国では基本的な制度や能力強化、中所得国では ラ支出に対する財政手当を増やすために、公的資 より高度な市場取引手段である。後者にとって 金を必要としている。より複雑な事業への支援と は、計画・実施期間の長い事業の償還措置を延長 新しいアプローチへの支援が、特に重要である。 するような、民間資金と公的資金を融合する革新 インフラ整備のための公的資金は再び増加して 的手法が必要である。地方政府や公営企業レベル いるが、それを開発の効果を最大化にする形で活 (Sub‐sovereign level)での融資方法を開発する 用することが重要である。過去のインフラ事業は 新しいアプローチにも、特に注目が必要である。 必ずしも、その国の全般的な開発および貧困削減 戦略とうまく結びついていなかった。援助は良い 政策を支援するために(損なうのではなく)活用 されなければならない。ある場合には、運営・維 持管理のための経常支出や補助金さえも含む、セ クタープログラムへの融資となるかもしれない。 大規模事業が政府歳入に及ぼす広範な影響も考慮 しなければならない。 一部の公的融資機関や開発機関は、民間セク ターからの信用がまだ確立していない時期には、 政府の民間セクターに対するコミットメントを支 援する手段も提供することができる(例えば、保 証、保険、民間セクターへの公的貸付) 。こうした 手段の活用を正当化できるか否かは、多くの要素 によって決定される。第一は、その事業の経済的 妥当性である。第二は、利害関係者間の適切なリ スク分担と、事業者のサービス提供のインセン ティブを弱めるのではなく強化するような保証を 構築する能力である。第三は、政府の関与から生 じる偶発債務を管理するための強固な予算の枠組 みである。 しかし、こうした手段が、良い政策にとって代 わるものであってはならない。堅実な政策は、リ スクを軽減し、政府の改革へのコミットメントを 表す。したがって、堅実な政策は、公的機関の支 援それ自体よりも、投資家にとって価値のあるも 2005年5月 第24号 43 東京シンポジウム(兼、第4回JBICシンポジ ウム)結果報告 開発金融研究所主任研究員 藤田 安男 竹内 卓朗 発途上国への示唆などを議論した。 1.はじめに 当日の参加者は約330人、民間企業 (製造業、金 2005 年 3 月 16 日、経 団 連 ホ ー ル に お い て、 融機関、建設、コンサルタント等) 、学識経験者、 JBIC・ADB・世銀共催 東京シンポジウム (兼、第 報道関係者、日本政府及び関係機関(財務省、外 4回JBICシンポジウム) 「東アジアのインフラ整 務省、JICA、アジ研等) 、在京大使館、国際機関他 備に向けた新たな枠組み」を開催した。このシン からの参加があった。また、第2セッションはイ ポジウムは、同調査報告書の最初の対外発表の場 ンドネシアともテレビ会議システムで結んで行な であり、本調査の成果を広く発表するとともに、 われた。 調査結果を受けての三機関の今後の取り組みや開 シンポジウム・プログラム*1 9:45‐10:15 開会挨拶 国際協力銀行 総裁 篠沢 恭助 財務省国際局 局長 井戸 清人 世界銀行 副総裁(東アジア・大洋州地域担当)Jemal‐ud‐din Kassum アジア開発銀行 副総裁(ナレッジマネジメントおよび持続的開発担当)Geert van der Linden (司会:国際協力銀行 開発金融研究所 副所長 中村 誠一) 10:15‐12:30 第1セッション 調査報告と政策提言:新時代のインフラ整備のあり方 (モデレータ:国際協力銀行 開発金融研究所 所長 橘田 正造) (1) 調査団による調査結果の報告 (2) パネル・ディスカッション <パネリスト> ベトナム政府 投資計画省 対外経済局次長 Bui Liem 丸紅株式会社 執行役員(ユーティリティー・インフラ部門長) 関山 護 財団法人オイスカ 東京本部 地域第一部主任 高橋 径子 名古屋大学大学院 国際開発研究科 教授 大坪 滋 (3) 質疑応答 13:30‐15:00 第2セッション 三機関の今後の取り組み:調査結果をどう活かすか (モデレータ:一橋大学大学院 アジア公共政策プログラム 教授 浅沼 信爾) (1) インドネシア政府からの発表 インドネシア インフラ整備推進政策委員会 事務局長 Bambang Susantono「インドネシアのインフラ整備の課題」 (2) パネル・ディスカッション *1 敬称略。出席者、発言者の所属・肩書は、シンポジウム開催時点のもの。 44 開発金融研究所報 <パネリスト> 国際協力銀行 開発業務部 部長 荒川 博人 国際金融第1部次長 西沢 利郎 世界銀行 副総裁(東アジア・大洋州地域担当) Jemal‐ud‐din Kassum 東アジア・大洋州地域インフラ担当局長 Christian Delvoie アジア開発銀行 地域・持続的開発局次長 Khalid Rahman (3) 総括質疑及び議論 15:00‐15:15 閉会挨拶 国際協力銀行 副総裁 田波 耕治 世界銀行 副総裁兼駐日特別代表 吉村 幸雄 アジア開発銀行 駐日代表 Woo Chull Chung 2.シンポジウム概要 備を通じた東アジアの経済成長と貧困削減、日本 企業の事業機会の拡大・円滑化を達成できるよう 効率的・効果的に取り組んでいきたい。 1)開会セッション 井戸 清人 財務省 国際局 局長 調査を実施した三機関の代表者、および本調査 持続的な貧困削減を推進する上で鍵となる持続 を支援した財務省の代表者から、開会挨拶が行な 的な経済成長の達成のためには、投資環境の改善 われ本調査の背景と目的、意義などが述べられ やインフラ整備の強化が非常に重要であることが た。 再認識されつつある。開発援助におけるインフラ 整備の支援は、インフラ施設の整備を通じたサー 篠沢 恭助 国際協力銀行 総裁 ビスの提供を含んだ概念として、近年、重要性が 本シンポジウムでは、JBIC、世銀、ADBが行っ 見直されている。 てきた「東アジアのインフラ整備に向けた新たな 日本政府も、インフラ整備支援の必要性を訴え 枠組み」と題する共同調査の結果を発表し、三機 ており、各国際開発金融機関の業務の現場でイン 関が東アジアでのインフラ整備支援に今後どのよ フラ整備支援の取り組みが強化されていることを うに取り組むかについて意見交換を行う。 高く評価している。IDA第14次増資交渉に際して 東アジア(主にASEANや中国)では経済社会イ も、経済成長が貧困削減の前提条件であること、 ンフラが重要な役割を果たし、経済成長と貧困削 インフラが経済成長や貧困層への経済的な機会の 減で大きな成果をあげてきた一方、構造変化を受 提供を拡大するための基礎となること、を我が国 けインフラ整備において改善すべき点(基礎的な から強く主張し、この結果、増資交渉についての サービスの改善、民間企業の活動に不可欠なイン ドナー報告書においても、インフラ整備支援の大 フラ整備、民間インフラ投資の活性化など)が指 幅な増額の必要性が謳われている。 摘されている。本調査は、東アジアの開発途上国 今後は、財政手当 (Fiscal Space。フィスカル・ の政策決定者及び関係者にできる限りの実践的提 スペース)の問題、開発途上国政府のガバナンス 言を提供することを目的としており、多角的な調 の強化、インフラ整備のコスト回収のあり方、民 査の結果、報告書で12の政策提言を行っている。 間セクターの参加促進のための補助金のあり方、 東アジアはJBICの融資先として最も重要な地 官民パートナーシップの法的枠組みのあり方など 域であり、本調査結果を参考として、インフラ整 についても検討が必要である。東アジアでは民間 2005年5月 第24号 45 セクターによるインフラ投資は回復しておらず、 ナンス、人材確保など、インフラ投資を成功させ 新しい支援方法も必要であり、開発金融機関の支 るための前提条件が確認された。また、政策担当 援は不可欠である。東アジアの過去のインフラ事 者、民間企業、市民社会などの意見も取り入れて 業における教訓を踏まえ、開発途上国政府のガバ いる。本報告書は、アジア太平洋地域におけるイ ナンス向上を図りつつ、より効率的な支援を進め ンフラ開発の新しいアプローチを発展させる強固 る必要がある。 な基盤を提供するものである。 東アジアの開発途上国には多様なニーズがある ジャミール・カッスーム 世界銀行 副総裁(東ア が、皆がインフラは各国の経済成長のために重要 ジア・大洋州地域担当) であり、投資環境の改善は不可欠であることを認 経済成長を支えるインフラについては、貧困層 識している。ADBではこれら全ての分野において が受益できるようにしていく必要がある。インフ 重要な役割を果たしており、その中でも、特に公 ラの重要性はすでに十分認識されてきているが、 共セクターの顧客が、予見可能なインフラ投資環 本調査の新しい特徴として下記の3点が挙げられ 境を整備できるよう支援を行っているほか、民間 る。 セクターと協力して投資リスクを減らせるよう取 ①政策決定者、インフラサービスの供給者、市 り組んでいる。本報告書は非常に有意義なもので 民社会などの関係者と協議を重ねた結果、開 あり、今後も課題と機会を明確にしながら三機関 発、経済成長及び貧困削減のためのインフラ で共同して解決策を見出していきたい。 の役割を確認することができたこと。 ②政治環境の変化、財政改革、官民パートナー シップのあり方などの課題を踏まえた新しい :新時代のインフラ整備のあり方 具体的なインフラ整備の枠組み(全ての人々 (モデレータ:橘田 正造 国際協力銀行 開発 が裨益する開発、コーディネーション、リス 金融研究所 所長) クマネジメント、アカウンタビリティ)や概 念を提供することができたこと。 ③本調査は3機関の共同の成果であり、今後、 統一性・一貫性のあるアプローチを推進する 土台を築けたこと。 46 2)第1セッション 調査報告と政策提言 (1)調査団による調査結果報告 (省略。別稿「調査報告書要旨」を参照) (2)パネル・ディスカッション インフラセクターにおける、公的金融機関及び パネリスト(開発途上国政府の政策決定者、イ ドナーの資金の割合は途上国政府予算や民間投資 ンフラ投資に関心を持つ民間企業、農村・社会開 に比べればわずかに過ぎず、支援対象はより複雑 発に携わるNGO、開発経済分野の研究者、という なプロジェクトや新しいアプローチに向けられる 異なる立場)からコメントが述べられた。 ことが多い。今回、調査を実施した三機関は、資 金及び支援対象の選定の両面で関与を深めていく ブイ・リエム氏(ベトナム政府 投資計画省 対外 ことを検討中であり、この機会をとらえ、貧困削 経済局次長) 減、様々な機会の拡大、成長の果実の公平な分配 本報告書は、インフラに対する最近の見方や貧 などに対する東アジア諸国の能力改善に貢献する 困削減に対するインフラの役割がよくまとめられ ことが非常に重要である。 ていると思う。また、本調査では単に資金面や政 策策定の面に止まらず包括的かつ多角的にインフ ギールト・ヴァン・デル・リンデン アジア開発 ラ開発について検討が行われている。 銀行 副総裁(ナレッジマネジメントおよび持続 政府の観点からは、本調査を通じ「全ての人々 的開発担当) が裨益する開発」の重要性を学ぶことができる。 今回の調査では、経済社会開発の促進及び支援 インフラは貧困削減と経済成長とを結びつける目 におけるインフラの重要性が認識され、良いガバ に見えないツールである。インフラは大規模なも 開発金融研究所報 のと小規模なもののどちらも整備しなければなら があり、政府や国際機関が役割を果たす余地があ ない。 る。こうした支援により、開発途上国政府の現実 本報告書ではまた、公的セクターと民間セク 的で持続可能性の高い政策の策定と実施が後押し ターの相互補完的な役割と効果的な政府の政策に され、それを受け民間企業のさらなる投資が促進 ついても述べられている。ベトナムでは、1993年 され、そして民間によるインフラ開発が活発化す から1999年までの間、財政上の問題やインフラに るとの好循環につながることとなる。 対する国民の厳しい見方により大規模なインフラ 今回の調査方法・アプローチは、南西アジア、 プロジェクトがほとんど実施されない状況が続い アフリカなど他地域においても活用できると考え た。しかしながら、99年以降状況は前向きに変化 る。今後はそのような世界的な展開が行われるこ し、インフラ整備のプログラムを再開できるよう とを期待する。 になった。 政府がどの程度インフラ整備に関与できるか 高橋 径子氏(財団法人オイスカ 東京本部 地 は、経済規模によって変わってくる。インフラ開 域第一部主任) 発における国内資源の役割をさらに検討する必要 フィリピンのミンダナオのARMM Social Fund があり、小規模な経済の国がインフラ開発上の困 では、コミュニティ自身が、自分たちに必要なイ 難に対処できるようアドバイスを与えていかなけ ンフラ(水、橋、道路など)についての企画書を ればならない。小規模な経済の国にとっては、財 作成している。ODAにおいては、たいていは大規 政状況が不安定なため政府開発援助(ODA)がイ 模インフラが支援対象となるが、こうした草の根 ンフラ整備の主要な財源となる場合が多い。 レベルにそのニーズがあるということに留意する 必要がある。今回の調査で、インフラと貧困削減 関山 護氏(丸紅株式会社 執行役員 ユーティ やMDGsとの関係が明確化されたことを評価す リティ・インフラ部門長) る。このような調査結果に基づいた議論が今後展 本調査は非常に画期的で意義深いものであり、 開されることを望んでいる。 民間企業の立場から見て、その内容が現実に十分 草の根レベルの観点から述べたい。オイスカで 即したものであり高く評価したい。 は、農業を通じた人づくり・村づくり・森づくり インフラ開発における公共セクターと民間セク を推進している。特に「森づくり」ではコミュニ ターの協調やその課題について民間会社の立場か ティの人々のオーナーシップが必要となるが、こ らコメントしたい。大規模な経済インフラ整備は れはインフラでも同様のことが言えるのではない 公的セクターによるコスト負担だけで行うことは か。2000年にザンビアを訪問した際には、設置さ できない。本報告書では、官民が共同でインフラ れた水の供給タンクの使用に際して、コミュニ を整備すること、それぞれの協力・協調の重要性 ティの人々が費用を集めて維持・管理を行ってい がよく認識されている。 た。また、ベトナムでは、コミュニティの人々が 公共サービス事業の民営化については、各国の 自ら排水溝を建設していたのを見たODA実施機 状況に見合ったものにしていかなければならな 関がその支援を開始した。これらの事例から、た い。開発途上国の多くはインフラの民営化に大き だインフラを建設するのみならず、インフラを建 な困難を抱え、こうした問題は一夜にして解決で 設した後に、フォローアップを推進する人々を関 きないとの現状を認識する必要がある。また民間 与させていくことが必要であることを学ぶことが 企業は、しばしば相手国政府による一方的な法律 できる。全てをODA実施機関の責任にするのでは や契約条件の変更リスクなどを負うことがある。 なく、役割分担を徹底させ、全員でものを作り上 世銀、ADB及びJBICは、国際的なステークホル げていく観点が重要だと思う。 ダーとして、個別の民活案件に対しさらに積極的 また、東ティモールの中央政府、地方政府や地 に関与してほしい。 方のコミュニティの調査を行った際には、灌漑、 為替リスクのように、民間ではとれないリスク 輸送、食糧安定供給が必要だという声が多く聞か 2005年5月 第24号 47 れ た。灌 漑 や 輸 送 に つ い て は 国 際 協 力 機 構 (JICA) の事業であったが、どちらも十分に維持が 新 制 度 経 済 学 は、本 調 査 の 3 章 の 調 整 できていない状況だった。例えば再舗装を行うこ (Coordination)や4章の説明責任とリスク管理 とができれば道路の寿命を長期化でき、これらの (Accountability and Risk Management)の議論 インフラの効果を高めることができる。本調査の とすべて関連している。官民パート ナーシップ 12の提言にも含まれているが、インフラの裨益者 (PPP)の枠組みや、意思決定の機構、規制当局や 数を拡大するためには、さまざまな主体による活 パートナーなどのインフラに関係する機構や制度 動やプログラムを効果的に組み合わせていくよう の権力構造については、その国に見合った形で、 なメカニズムが非常に重要である。 時間をかけて構築していく必要がある。 また、援助慣れしてしまった人々の意識を変え インフラ開発については、新しい議論である社 ることは非常に困難であるが、彼らの意識を変 会資本の観点からも捉えていく必要がある。社会 え、同時にNGOの意識も変化させていくことも必 資本は①環境、②社会インフラ(本調査では経済 要である。 インフラを含む広い概念として捉えている) 、 ③ 社会制度の3大要素からなっている。本報告書の 大坪 滋氏(名古屋大学大学院 国際開発研究科 「全ての人々が裨益する開発」 、 「調整」 、 「説明責任 教授) とリスク管理」などの議論にはかかる要素が盛り 近年、開発コミュニティの焦点が貧困層を対象 込まれている。 とした事業に傾斜する中で、経済成長とインフラ ガバナンスの重要性は多方面で既に十分認識さ の役割の重要性が十分議論されていない。その意 れているが、本報告書ではガバナンスの要素が純 味で、この点を踏まえた本報告書はインフラ関係 粋な開発管理の問題としてまとめられており、こ 者のみならず、広い意味での社会経済開発の文脈 れは非常に新鮮な観点である。良いガバナンスに の中で経済インフラの役割を適切に位置づけたい は、本調査の基本原則である「全ての人々が裨益 と考えている者にとって歓迎すべきものである。 する開発」 、 「調整」 、 「説明責任とリスク管理」 が必 ここ数年の流れとして、 (住民などの)参加や 要であり、適切なかたちで制度を構築する必要が (政府やインフラ供給者の) 説明責任に重きが置か 48 ここにあると言えよう。 ある。 れるよ うに なっ てき た。また 貧困 削減 戦略 書 インフラが貧困削減につながることを証明する (PRSP)の下、ミレニアム開発目標(MDGs)を念 ためには、インフラが経済成長や貧困削減にもた 頭に、人間の基本的ニーズ(BHN)の概念が重要 らすマクロの影響、セクター別のケースシナリオ 視されるようになっている。さらに、グローバリ など、インフラ整備から貧困削減に至るまでの直 ゼーションの流れが、ガバナンスの重要性を向上 接・間接的道筋を示す必要がある。そして、各国 させている。 において、貧困層と成長センターをつなげ、人々 こうした中で、国際開発金融機関が1990年代に が社会インフラへアクセスできるようにすること 入って新制度経済学(NIE)を活用しはじめた。こ が重要となる。東アジア地域の貧しい経済を地域 こでは、①制度や機構が経済パフォーマンスを決 の成長センターとつなげることも不可欠である。 定づけること、②制度や機構はインセンティブ構 本報告書ではさまざまな概念や要素がうまく結 造の観点からミクロ経済学的に分析され得ること びつけられ、インフラを社会・経済開発の観点か を2大原理としている。すなわち、これは伝統的 らどのように位置づけるかが示されている。次の な制度経済学と新古典経済学とが融合されたもの ステップとし て、このような枠組みを、ADB、 である。主たる眼目は、取引ややりとりの際のコ JBIC、世銀、及び開発コミュニティが、実際のオ ストを削減することと情報の流れをよくすること ペレーションにどのようにして適切に反映させて にある。ここでは、公的セクターは、ステークホ いくかが重要である。及びこの点については、東 ルダーを調整し、かかる目的を達成させることが アジア諸国の政策担当者についても同じことが言 役割とされている。良いガバナンスの議論の根は えよう。 開発金融研究所報 (3)質疑応答 いかに打ち勝つか、が2大課題となる。 質問①: 本日の発表にも「貧困削減のみなら 所得格差の是正については都市部に集中してい ず、貧富の格差の早急な是正も必要」との観点が たインフラを地方でも整備し、都市部と農村部の 含まれていたが、経済成長のためのインフラが先 所得格差の是正に繋げていくことが重要であり、 行し、貧富の格差の是正は経済成長のためのイン 地方開発を、分権化された機構の下で、財政的な フラ整備よりも5年ほど遅れをとっているのが現 裏づけを伴った形で進めていかなければならな 状である。今後は貧富の格差の是正に重点を置い い。この観点は、中央政府の役割の重要性、関係 たほうが良いのではないか。世銀は2006年の世界 機関の調整の必要性、インフラ整備のための財政 開発のテーマとして「平等と開発(equity and 手当ての重要性など、本報告書の第5章の12の提 development) 」を掲げているが、この方向は歓迎 言に含まれている。また、腐敗の防止や、住民の すべきことである。 参加を得たインフラ整備、それを実現するための 透明性の向上なども重要な視点であろう。 質問②: 貧困対策としてのインフラ整備と同時 グローバリゼーション下での他地域との競争の に、医療面でどのような支援を行うかについても 観点については、現在、東アジアでは、ある国で 考慮しなければならないのではないか。例えば 部品を生産し、それを地域内の別の国で組み立て スーダンでは構築した水道が十分ではないために るというビジネス・モデルが展開されているが、 大勢の人が水を求めて集まり、それが原因で病気 今後、東アジア諸国が他地域との競争に打ち勝っ が伝染・蔓延したというケースもある。つまりイ ていくためには、スピード・安全・確実性を向上 ンフラ構築のマイナス面も考慮しないと逆効果と させるためのインフラの整備が必要である。世 なる場合があることに留意が必要。 銀、ADB、JBICのみならず民間セクターも含め、 これをどのように支援していくかが今後の課題と マーク・ベアード(調査チームリーダー) なろう。 東アジアは多様な国々から成り、たとえば超大 12の提言は、各国のケーススタディを踏まえた 国の中国から大洋州諸国などの島峡の小国まであ 成果である。プロジェクト関係者は案件形成・実 る。質問①については、東アジアの多様性に鑑み 施段階において、この提言を十分認識してほし れば、ひとつの枠組みですべてを解決することは い。 難しいのかもしれない一方で、本調査は、フィリ ピン、ベトナム、インドネシアなどの中間規模の 3) 第2セッション 三機関の今後の取り 国々に主に適用されることを想定し、さらに多く 組み:調査結果をどう活かすか の内容は大国や小国に対しても、適用可能と考え (モデレータ:浅沼 信爾 一橋大学大学院 ア ている。 ジア公共政策プログラム 教授) 質問②については、医療と貧困の関連性やイン フラと医療との結びつきについては十分認識して 浅沼 信爾 一橋大学大学院 教授 いる。医療はインフラ以上に社会面での影響力を 本報告書は、2年間にわたる三機関の努力が実 有している。今回提案する枠組みが、今後医療の り、非常に有意義なものとなった。本報告書には 問題も包含していけることを望んでいる。 様々な新しい観点が画期的な形で盛り込まれてい る。今後、本報告書を途上国政府のレベルで活用 (4)第1セッションまとめ し、 また三機関の方針に落とし込みつつ、 オペレー 橘田 正造 国際協力銀行 開発金融研究所 所 ションに活かしていく作業が必要となる。第2 長 セッションでは、インド ネシアを例にあげつつ、 21世紀前半の東アジアのインフラ整備の課題 本調査の成果をいかに現実の問題解決に活用して を考えていく上では、 ①所得格差の是正、 ②グロー いけるかについて、そして今後のインフラ整備の バリゼーションの流れのなかで他地域との競争に 方向性について議論を行う。 2005年5月 第24号 49 (1)インド ネシア政府からの発表(バンバン・ス *2 2005年3月に 20のプロジェクト が開始される サントノ氏) が、これには外国の関係者や国内の投資家が関心 今年1月に開催されたインド ネシア・インフ を示している。今年11月には2回目のサミットを ラ・サミットは、インドネシアの民主主義にとっ 予定し、インフラの第2次プロジェクト(575億ド てのマイルストーンとなった。同サミット では、 ル相当)を提案する予定である。 インフラ開発や官民パートナーシップなどに関す インフラ・サミットの開会挨拶において、ユド る行動計画につきコンセンサスが得られ、22の支 ヨノ大統領はビジネスや企業を誘致する環境を整 援国やドナーから支持を得た。これにより、様々 備する旨のコミットメントを発表した。この新た なタスクを明確にし主要課題を絞り込むことがで なパート ナーシップを進めていく上で、政府は、 きた。 税制や行政の改革を行い、競争力の向上、コスト 同サミット では、ユド ヨノ大統領が、 「機会」 、 削減、ビジネスの障害の撤去を進めていく。さら 「パートナーシップ」 、 「進歩」という3つの重要な に政府は民間投資やインフラ投資にかかる法制度 テーマを指摘した。これらのテーマには、我々が 環境の改善に引き続き取り組んでいく。 直面する課題、我々が利用できる資源を用いて何 財政面では、政府が徴税の改善により支出を増 が実現できるかについて集約されている。これら 加させていくほか、非生産的な支出をインフラに テーマの下、大統領は、2009年に向け、①失業率 再配分し、借入についても慎重にではあるが行っ を5.1%に引き下げる (2004年は9.7%) 、②貧困人 ていく所存である。さらに、マクロ経済の安定を 口の比率を8.2%に引き下げる(同16.6%) 、③経 確保するために、インドネシアの中央銀行や商業 済成長を7.6%に上昇させる(同5%) 、という目 銀行との効率的なコミュニケーションを保ってい 標を示し た。この成長率を達成するためには、 きたい。 GDPに占める投資率を5年以内に2009年に28.4 民間投資家は透明性と確実性を求めている。そ %(同20.5%)に引き上げる必要がある。 れに応えるために、各セクターに対するビジョン しかし、インフラ不足が顕著な問題として浮上 を形成し、かかるセクターの政策と一貫した我々 してきている。インフラ不足は海外直接投資を呼 の支援の姿勢を示すことで、投資家の信頼が増す び込む上での大きな障害となっている。資源をイ であろう。現在インフラサービスの価格の合理化 ンフラ整備に動員することにより、我々は、経済 し、政治色を薄めていくことに取り組んでいる。 成長やそれと相乗効果の高い経済的または社会的 さらに、高速道路や通信の規制当局を設立し 分野との間で好循環をつくることに向けて、一足 た。これら当局に権限を与えて自立性と透明性を 飛びでスタートを切ることができる。1997年の経 高め、それぞれが機能を果たせるようにしてい 済危機以降、インフラへの投資は減少し、その結 く。 果、道路の不足や電力設備の劣化が見られるよう 今後の真の課題は、インフラ開発の資金調達の になった。このことは、インドネシアが迅速かつ ための国内外での長期的な資金調達であるが、新 大胆に進む必要があることを明確に示している。 政権はインフラ産業の再編にコミットしている。 向こう5年間でGDP年間成長率6.6%を達成す 本調査がインフラ整備の新しいベンチマークとな るためには、1500億ドル相当のインフラ投資が必 り、たたき台となることを期待している。 要である。うち約600億ド ルは国内財源で確保 し、約100億ド ルは国際機関などによる支援を期 (2)パネル・ディスカッション 待しているが、残り800億ド ルの不足を埋めるた 三機関の代表者から、この調査結果を今後の業 めに、国内外の民間投資に期待する。インドネシ 務にどう活用するかについて、意見が述べられ ア政府は第1次インフラ投資対象として、91のプ た。 ロジェクト(225億ド ル相当)をオファーした。 *2 インドネシア政府Sri Bakrie経済調整大臣のスピーチを代読する形で、発表が行なわれた。 50 開発金融研究所報 荒川 博人 国際協力銀行 開発業務部 部長 トワークの特性に着目した効果という点をハ 昨今のインフラの重要性を見直す議論は、益々 イライトしている。 主流化してきている。今年の1月に入って公表さ れたミレニアム・プロジェクト報告書や、先般、 今回の調査では実質的にはJICAも参画。既 にJICAとの連携強化に取り組んでおり、本調 3月11日に英国政府が公表したアフリカ委員会 査結果もF/S作成にかかるJICAとの連携な の報告書でも、すべからくMDGs達成におけるイ どにおいて活用されることとなろう。また、 ンフラの役割の重要性にハイライトしている。本 JBIC内部でも、海外経済協力業務実施方針に 調査は、こうしたインフラ主流化の端緒となった 基づく国別や分野別の方針において、本調査 ものである。 結果を用いて策定されることになる。 また、 今月上旬に、各国政府や開発機関が集 今回のレポートの最終章は「今後の方向性」と まってパリ・ハイレベルフォーラムが開催された いうことであるが、この方向に沿った業務は既に が、ここでは開発効果の向上のために各機関が援 始まっていると言える。 助を調和化することが重要との強いメッセージが まずは、現在、国際援助アーキテクチャーを巡 出された。私もプレゼンテーションで多少言及し る議論が活発化し、プログラムvs .プロジェク たが、本調査自体がこの調和化の象徴となるもの ト、グラント vs.ローン等、議論の切り口はさま である。 ざまであるが、いずれも二元論ではなく、どのよ バイの援助機関の協議の場としては、OECDの うに組み合わせていくのかという問題である。今 開発援助委員会(DAC)があるが、ここでは、貧 回の調査により、旺盛なインフラニーズとともに 困削減ネットワーク(POVNET)の下にインフラ インフラ支援のあり方への提案もなされている タスクチームが結成され、世銀やADBの協力を得 が、今後の課題として、こうした調査結果を国際 ながらインフラ支援のあり方が議論されている。 援助アーキテクチャーにどのようにフィードバッ 丁度、来週このインフラ支援のあり方を巡って東 クしていくのかが課題となる。 京でワークショップが開催され、MDGsの各目標 次に2005年はアフリカの年とも言われるが、い とインフラの関係につき議論される予定であり、 かに東アジアでの取組みをアフリカ問題へスケー その場で本調査の成果が引用され有効に活用され リング・アップさせるかという挑戦でもある。今 る。 回の調査結果を如何に活用していくかという視点 今回の調査をどう使っていくか?という問題で では、このスケーリング・アップがもう一つの課 あるが、我々としては、既に次の点に着手したり、 題であろう。 あるいは今後取り組むことを考えている。 最後に、インフラ整備に関する将来的な課題と ①対外的取組み して、 「規制の役割」への更なるリサーチの重要性 DAC・POVNETのインフラタスクチーム を指摘しておきたい。インフラはネットワークで は、JBICがチームリーダーを務めているが、 機能するわけで、ネットワーク整備を行っていく 同チームにおいて、今年度中にガイディン 段階では、社会的厚生(Social Equity)と経済効 グ・プリンシプルを作ることになっている。 率性(Economic Efficiency)のバランスをとりな 今回の調査プロセスで得られた知見、例え がら政府がどのような役割を果たしていくか、よ ば、インフラ整備における中央政府の強力な く検討しなければならない。特に料金政策。例え 計画調整機能の必要性、インフラ整備のため ば、 基幹送電網であれば、 コネクションフィー、ア の財政手当ての必要性、補助金の役割等が活 クセスフィー、貧困層によるアクセスなど、この 用される。 あたりのバランスについて、実務で活用できるま ②国内的取組み でに理論が深まっていないと認識している。この 我々の業務の中期方針で今年4月1日に公 点は、途上国のみならず先進国でもまだまだ議論 表予定である「海外経済協力業務実施方針」 が深まっていない点なので、今後、産業組織論な において、インフラの持つ重要性、特にネッ どを踏まえながら議論していくことになるだろう。 2005年5月 第24号 51 西沢 利郎 国際協力銀行 国際金融第1部次長 に取り組んでいく。本調査結果を調査対象国に 経済社会インフラは経済成長と国民経済の発展 フィードバックしていく過程で、我々は、公共セ のために重要である。企業活動は国境を越えて展 クターの政策担当者や、民間セクターと協力し、 開されており、インフラの整備状況は企業が進出 この調査結果を活用して、必要とされている政策 拠点を決定する際の重要な判断材料となる。 分野の決定に対し付加価値を与えていくことがで インフラの整備や効率的な運営のためには、実 きるだろう。三機関の協力は加速しているが、い 践的なアプローチが必要とされている。その際、 まだ政策が明確でない分野や、各機関の考え方の 民間のノウハウや資金の導入の適否、政府の役割 違いにより混乱が起き得る分野においては、今後 については、フィスカル・スペースの視点にも留 もさらなる共同作業が必要である。 意しつつ議論していく必要がある。民間企業は、 リスクをとってチャレンジするに値する事業機会 クリスチャン・デルボア 世界銀行 東アジア・ を見出せなければ、インフラ事業には参入しな 大洋州地域インフラ担当局長 い。他方、全体としてリスクを軽減し、経済効率 インド ネシアは良い例だが、同様にフィリピ を高めるために、健全で競争的な環境が必要とな ン、ベトナム、モンゴル、大洋州諸国でもインフ るのだろう。政府は、適切に政策を運営し、民間 ラ整備の有益な取り組みが行われている。世銀で から見て安心できる投資環境を整えていく重要な は現在、官民パートナーシップの課題に対応する 役割を担っている。 ために内部のコーディネーションを強化してい 要は、将来の不確実性に起因するリスクを誰が る。その方向性としては次の3つが挙げられる。 負担するのかが本質的な課題であり、リスクマネ ①インフラについては、依然としてそれ単体と ジメントとアカウンタビリティの視点が重要であ しての取り組みが行われているが、貧困削減 る。 戦略の中にインフラのアジェンダをもっと盛 本報告書の内容は、JBIC、ADB、世銀の三機関 り込んでいかなければならない。 が、問題の所在やその解決のアプローチを示した ②プロジェクト・アプローチからセクター・ア ものであり、価値のある提案と洞察を提供してい プローチ、さらにはセクター横断的なアプ る。 ジャミール・カッスーム 世界銀行 副総裁(東ア 機構の分析の間で垣根を取り払っていかなけ ジア・大洋州地域担当) ればならない。このためには、新たなツール インドネシアのインフラ・サミットでは、イン が必要であり、 それらは、 セクター・アプロー ドネシアの大統領は経済成長と貧困削減の戦略を チ支援、地方分権、資金調達手段の3つの基 明確にする目覚しいリーダーシップを発揮したの 本トレンドを踏まえたものでなければならな みならず、新しい官民のパートナーシップの向上 い。 に対する強い意志を明らかにした。このパート 本調査結果を、日々の業務に活用していきた ナーシップについては本報告書でも再三触れられ い。三機関が共同で本調査を行えたのは素晴らし ている点である。 い第一歩であり、これを政策面や手続きの調和化 本報告書の柱である、①全ての人々が裨益する に発展させるなど協力関係を強化していき、イン 開発、②コーディネーション(調整) 、③リスクマ フラ整備における共通の課題を見出していきた ネジメント(リスク管理) 、④アカウンタビリティ い。 (説明責任) は、多くの諸国で発生している問題と 52 ローチに移行していかなければならない。 ③経済分析、財務分析、技術的な分析、制度・ 深い関連性を持つものである。インドネシアもそ カリッド・ラーマン アジア開発銀行 地域・持 の例外ではない。 続的開発局 次長 世銀の私のチームでは、東アジアの政策決定者 本報告書は、政策決定者にとって非常に良い指 とともにこの議論を発展させ、この枠組みの活用 針であ るの みな らず、支 援国 や国 際開 発銀 行 開発金融研究所報 (MDBs)の今後の対応のあり方を問う内容となっ し、競争を醸成するとのより重要な役割を担って ている。ADBでは、ポートフォリオの60%はイン くれることを期待している。 フラ関連であり、最近2年間で民間セクターへの インドネシア政府は、新しいオペレーションや 支援も急速に増やしてきた。ADBでは、貧困削減 ガバナンス環境の下で、投資の「質」を高めてい 戦略において、国別の戦略がメインストリーム化 くことについてもコミットしている。及びインフ してきている。今後、被援助国と開発パートナー ラ整備の障害を包括的に排除するため、特により と協力しながら共通のロードマップを作成できれ 多くのインフラサービスが、商業的に継続して成 ば、途上国がオーナーシップを持った形で、市場 り立っていくことを確保させるべく、セクター毎 経済への移行に向け取り組みやすくなる。 の改革に焦点をあてている。中期的には、インフ 特に重要なのは人材育成の問題であり、これな ラ投資への民間の参加を高めるために、官僚的な しでは開発は持続的たりえない。各国はインフラ ボトルネックを排除しようとしている。規制の枠 計画・実施能力を構築し、またドナーや民間とも 組み、料金設定、制度の構築、資金調達の調整な 協調していくことが必要。ADBはこの分野でレ どの面で、迅速に政策変更していくことも必要で ビューを行っており、今後は開発関係者との更な あろう。 る協力を検討する。複数の機関が協力する際に 本報告書はインフラ整備を加速させるために政 は、相互に矛盾するアド バイスを行うのではな 府ができることに関して、有意義な考察を与えて く、一貫した最適の道筋を示すようにしたい。報 くれている。今後三機関には、インフラ整備のた 告書ではさらに予見可能性やガバナンスの必要性 め、ぜひインドネシアへの融資プログラムを構築 が謳われているが、これについても効果的な協力 していただきたい。本調査が各国の意思決定に反 が必要である。 映されるようフォローアップしていくことも重要 ADBでは、今年、中期戦略の枠組みのレビュー である。このため、政府と三機関で融資プログラ を行っているが、それに本報告書の内容を反映さ ムについて協議していくことが重要であり、その せる予定。また、報告書の知見は普遍的なもので 中で政策改革やインフラ開発を促進していくこと あり、東アジアに限定されるものではないと考え が必要である。 ており、今後はこの知見を他地域に普及させるた めに努力していく所存である。報告書の成果の活 パタナ・ランテトディン氏 用に際して、三機関が効率よく協力することによ インドネシア政府は、インフラ整備のために巨 り、コスト低減を達成し、効率的にアドバイスで 額の資金を必要としており、民間セクターからの きるようにしたい。 投資を期待している。しかし、民間セクターに不 足分を埋めてもらうことは合理的なのか。民間は (3)インド ネシアからのコメント 採算性がある場合にしか投資せず、公共セクター スヨノ・ディクン氏(インドネシア政府国家開発 の介入が必要な領域がある。公的資金を管理する 企画庁 インフラ担当副大臣) 上でのアカウンタビリティの問題についても、ぜ 本報告書の完成を歓迎する。インド ネシアは、 ひ引き続き調査チームで検討いただきたい。 本調査が今後インフラ整備の加速に貢献すること を期待している。 (4)総括質疑及び議論 インド ネシアは、今後5年間で平均6.6%の経 質問①: インド ネシアのインフラ整備におい 済成長を実現するために、1500億ドルという巨額 て、ガバナンスの問題にどのように対応している の投資を必要としている。国の予算で足りない部 のか伺いたい。 分は内外の民間セクターにより埋めてもらう必要 があるため、政府と民間セクターとのパートナー 質問②: スサントノ氏に質問したい。報告書で シップの構築を強化したいと考えている。また、 は、地方分権のプロセスにおける中央政府のコー 民間セクターも、投資に関する専門知識を提供 ディネーションの必要性が謳われているが、イン 2005年5月 第24号 53 ドネシア中央政府はMissing middle(中間的な地 方政府の権限・能力が弱い)についての指摘に対 しどのように考えるか。 4)閉会セッション 荒川博人 国際協力銀行 開発業務部 部長 閉会挨拶として、三機関の代表者から、本調査 若干間接的な回答であるが、ADB、世銀、JBIC 結果の意義、本日の議論の集約、今後の取り組み では、ベトナム、フィリピン、インドネシアなど などが述べられた。 で、入札手続の透明性の向上や国際基準への合致 などに向け取り組みを進めている。フィリピンの 田波 耕治 国際協力銀行 副総裁 入札書類の共通化については三機関とフィリピン 本日の議論を通じて、インフラ整備の大きな目 政府で合意に至っている。これは、プロジェクト 標である「全ての人々が裨益する開発」や中央政 レベルにとどまらずセクター全体、国全体の入札 府のビジョン形成、地方政府との協調のあり方、 に影響を与えるものである。ベトナムでは調達の 民活インフラにおける官民のリスク分担の議論な みならず、公共支出のレビューや報告制度につい ど、今後の東アジアのインフラ整備のキーワード ても透明性確保に向け議論が進んでいる。 となる要素が多く示された。特に次の2点が印象 に残った。 バンバン・スサントノ氏 ①政府の役割について。調査結果からは東アジ ガバナンスについては、大統領は汚職に関する ア地域のインフラ・ニーズは非常に大きく、当該 特別委員会を2004年11月に設立し、汚職の一掃を 国の政府資金、多国間・二国間の公的資金のみで 推進する考えである。例えば入札については、一 は不十分である。その一方で、商社などの日本企 般市民への情報開示の措置をとり、パブリック・ 業が大きな役割を果たしているが、民間に全てを アカウンタビリティと透明性を確保するよう努め 任せるだけでうまくいくわけではない。すなわ ている。今後も良いガバナンスを促進するための ち、市場メカニズムを効率的に機能させ民間資金 努力を継続していく。 を呼び込んでいく上で、ビジョンの明確化、多様 Missing middleについては、中央政府、県、自治 な関係者間の調整、リスク分担など市場を補完す 体、市町村レベルに至るまで、全ての主体の役割 る政府の役割が一層重要になると考える。 分担を見直している。また国営企業の役割も見直 ②貧困削減に向けたアプローチは多様であると しているところである。 いうこと。貧困削減の文脈の下では、国際社会は これまで主として社会セクターに注目していた (5)第2セッションのまとめ が、本調査では、インフラ整備も貧困削減の重要 淺沼 信爾 一橋大学大学院 教授 なツールであり、社会セクター支援と組み合わせ 本日の議論は下記のようにまとめることができ ることにより相乗効果が極めて大きくなるとの結 ると思う。 果が示された。今年秋には国連においてMDGsの ①経済成長と貧困削減のためのインフラの重要 進捗を議論する中間レビューが開催されるが、本 性が再認識された。 ②三機関がアジア地域で協力する体制を継続す る必要がある。 ③報告書の詳細を国別に政策プログラムに落と し込む必要がある。 ④三機関が協力して、融資機関としての新しい 融資のしくみを考える必要がある。 ⑤インフラ整備は政府の財政資金のみでは行え ないため、民間投資の呼び込みに向け政策・ 54 規制の制度を確立する必要がある。 開発金融研究所報 調査結果が今後の国際社会の貧困削減の議論に大 きく貢献することを期待したい。 今後は、本調査の成果をいかに実践していくか が重要となる。三機関や開発途上国の政府、研究 機関、民間企業、NGOと引き続き協調し、東アジ ア地域の持続的成長とその成果が広範に行き渡る ように努力していきたい。 吉村 幸雄 世界銀行 副総裁兼駐日特別代表 が示されたが、報告書の12の提言には、この不足 日本は新幹線など戦後復興期における多くのプ 分を埋めるための様々なアプローチが盛り込まれ ロジェクトを世銀の支援によって達成し、成長を ている。 遂げてきた。また日本が東アジアに行っているイ アジアは世界でもっともダイナミックな地域で ンフラを中心とする支援が東アジアの現在の発展 あり、数多くの良いプロジェクト が存在する。 につながってきた。 ADBは、アジアの成長のためインフラは非常に重 本日は、新しい枠組みや概念を学ぶことができ 要と考えており、報告書の提言はADBのインフラ た。東アジアで、三機関の連携でインフラの新し に対するアプローチの強化に資するものとなるだ い枠組みが実行に移されることを強く期待した ろう。実際の現場で効果があがるよう、開発のイ い。また、東アジアのみならず、他地域でもこの ンパクトを強化していきたい。 ような枠組みが実施されていくことを期待した い。 本日は東京開発ラーニングセンターのビデオ会 3.本シンポジウムの成果 議システムを通じて、インドネシアのジャカルタ 本シンポジウムでは、多くの分野から多数の参 の参加者と議論を行うことができたが、このよう 加者を得て、本調査の成果を広く対外発信するこ なビデオ会議ネットワークを今後も活用し、開発 とが出来た。 途上国の人材開発などを支援していきたい。世銀 まず、第1セッションでは、本調査の結果につ の東京事務所は、日本の各界の関係者と世銀との いて、パネリストからは、 4つの異なる視点 ― 開 つながりを強めることを大きな使命としている。 発途上国政府の政策決定者、インフラ投資に関心 今後も、各関係者との連携を強め、インフラ整備 を持つ民間企業、農村・社会開発に携わるNGO、 やその他の点について議論を深めていきたい。 開発経済分野の研究者 ― から、ポジティブなコ メントが得られた。 ウー・チュル・チョン アジア開発銀行 駐日代 また、第2セッションでは、インドネシア政府 表 の代表者からインドネシア政府が直面するインフ 本報告書の新しい枠組みにより、インフラの公 ラ整備の課題への対応において本調査な意義を持 共的なメリットのみならず、汚職や環境被害など つことが指摘され、三機関に対する期待が述べら 負の側面についても十分に網羅し、インフラと貧 れた。三機関からは、本調査結果の活用に関する 困、経済成長に関する新しい考え方を生み出すこ 考え方が述べられ、調査完了後の更なる協力に向 とができたと思う。東アジアのインフラ・ニーズ けた基盤が築かれた。 2005年5月 第24号 55 開発における知識ネットワークと国際社会 ―Global Development Networkを通して考える国際協調と国際協力― 文教大学国際学部教授 林 薫*1 要 旨 1.GDNは1999年の設立以来5年を経過し、知識の創造、知識の共有、人材育成などの分野で実績 を積み上げつつある。また、日本からもGDNを通じて積極的に知識や情報が提供されている。GDNの ネットワークとしての特徴は「知識共同体(Epistemic Community) 」などの他の先行モデルに比し、 特定の立場からの主張より、方法論や視点の多様性、客観性などに重点が置かれていることである。 これは半世紀にわたる開発の経験を踏まえた21世紀にふさわしいネットワークのモデルである。 2.GDNのネットワークによる研究活動は、ネットワークの外部性(参加者が増えれば増えるほど 効果が高まる)を生かし、きわめて多くの視点から研究、議論することにより、少数の事例に依存し た単純な結論ではなくより客観的でバランスのとれた知識を普及する役割を果たしつつある。これは 明確な「政策性メッセージ」を見えにくくする理由となっているが、90年代に多かった「政府か市場 か」 「成長を通じたトリクルダウンか貧困層への直接支援か」 という議論などに見られるような単純な 「二分論(Dichotomy) 」や、調査・研究と政策立案の相互作用の過程で生じやすい「開発に関する物 語(Development Narrative) 」を解体(deconstruction)する作用を通じて、争点を「緩和」し、開 発における国際的な協調を促進する効果が期待される。 3.GDNが国際的な役割を十分に果たすためには、ネットワークが機能するだけの参加(クリティ カル・マス)の確保とそれを可能にするためのGDNの財務的な持続性の向上が不可欠である。このた めには、国際的な最重要課題に的確に狙いをさだめ、日本をはじめとする先進国の 「研究・政策コミュ ニティー」の関心を高めるような研究テーマ設定や運営に心がける必要があり、国際的な目標達成や ルール作り、先進国と途上国のパートナーシップの向上に重点を置くべきである。日本は、GDNなら びにGDNに限らずさまざまな国際的なネットワークやフォーラムでアジェンダ設定の段階から「国際 公共益」の観点で知的資産を提供することにより、積極的に関わっていくべきである。 はじめに ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)に向けた国際的な取り組み、援助 Global Development Network(GDN)に関し 協調の進展、あるいは同時テロやイラク戦争など て、筆者は林(2001a)において、その草創期の段 取り巻く状況も大きく変わってきている。本稿で 階で、開発における知識集約化、開発政策決定過 は、まずGDNとその5年間の活動とその成果を概 程への市民社会の参画とシンクタンクの役割、 括し、現在直面する課題について論じたあと、 ICTの発展がもたらす革新などの視点からその意 GDNのネット ワークとしての性格や特性を他の 義を論じた。その後の5年間にGDNは共同研究な ネット ワーク・モデルと比較することにより、 ど着実に活動実績を積み上げてきている一方で、 GDNが国際社会に貢献できる役割、潜在的可能性 *1 本稿を作成するにあたっては、国際協力銀行開発金融研究所橘田正造所長をはじめとする関係者各位、Lyn Squire 氏 (President, GDN Secretariat)、Julius Court氏(英ODI)をはじめとするGDNコミュニティーの各位、後藤一美法政大学教授、 筆者の所属する文教大学の同僚各位、とりわけ中村恭一教授、生田祐子助教授にさまざまなご理解ご支援やアドバイスをいただ いた。ここで厚くお礼を申し上げたい。 56 開発金融研究所報 を明らかにしていきたい。あわせ日本の開発関係 /99にて「開発における知識と情報」がテーマとし 者が今後GDNのどこに注目し、国際協調と国際協 て取り上げられるにおよび、開発援助の「知識集 力を促進する立場からどのような関与を行ってい 約化」 (林2001a)は決定的なものとなった。 くべきか論じてみたい。 開発と知識に関する具体的なアクションとして 考えられたのは、教育の普及、ICTの活用、ネット ワーキングなどである。GDNはネットワーキング 1.GDNとは何か 活動として世銀の全面的な支援に加え、日本その 本稿はGDNの概要を改めて紹介することを目 他政府の支援などを得て1999年に立ち上げられ 的としたものではないが、本稿の論述の前提とし たものであり、その方法論はつぎのようなもので て林(2001a) 、林(2001b)に沿ってその目的や活 ある。 動内容を概観する。 ①途上国と先進国の研究者がネットワークで働く GDNは 1999年に開発における学際的(Multi ことによりグローバルな知識とローカルな知識を disciplinary)な①知識の創造、②知識の共有、③ 結び合わせ新たな知識を創造し共有する。これを 政策と知識の連携強化、④人材育成を主な目的と Stiglitz(2000)は「広く知識を世界に求め現地の して立ち上げられた。GDNが必要とされた背景 個別の事情に合わせ再創造する(Scan Globally, は、開発途上国の開発と開発援助の有効性、およ Reinvent Locally) 」と表現している。 び有効な開発における知識の重要性に関する関心 ②上記の知識創造のプロセスを通じて途上国の調 が1990年代以降高まってきたことがある。 査研究者の人材育成を行う。途上国において貧困 構造調整や移行経済国の市場経済化の経験か 層や市民社会から開発のニーズを汲み上げ体系化 ら、90年代後半、途上国における改革を成功させ し政策関連性の高い調査研究を推進する役割を担 成長軌道に乗せるための条件として途上国の主体 うのは途上国のシンクタンク等の調査研究機関で *2 との認識が ある。他方、途上国のシンクタンクは政府からの 普遍化し、現在のMDGsの原型となったOECD・ 委託、委嘱に依存し、独立、中立的な調査研究を DACの新開発戦略(International Development 行う余力が少ない。したがって、ネットワークに Strategy 1996)などを通じて、開発援助において より途上国の調査研究機関を支援していく。その ポスト構造調整パラダイムとして確立するように 場合、地域ごとにネット ワークを作ると同時に、 なってきた。一方で、オーナーシップに基づいた ネット ワークのネット ワーク(Network of Net- 開発を進めるためには途上国自身が自らの問題を works)としてのグローバルな仕組みを作る。 十分に把握、分析し、その国の実情に応じた処方 ③これらを通じて調査研究と政策との連携強化を 箋を書くだけの調査研究能力、および途上国の政 図り、貧困削減などの国際的な開発取り組みをよ 策担当者が客観的な調査研究を政策立案に取り入 り有効にする。 れ実行するための能力が必要であること、調査研 開発に関するネット ワーク活動はもちろ ん 究と政策をつなぐ制度的、社会的、経済的条件を GDN以前からあるが、GDNはまず、いくつかの既 整えるべきであることなどについても認識が共有 存の地域ネットワークをその中に取り込み、次に されるようになってきた。また、過去の成長の分 既存のネットワークではカバーされていない地域 析などから、知識の開発に占める役割の大きさ、 については、新たにネットワークを立ち上げGDN 成功、失敗の分析とその知識としての共有などの の中に組み込む方法をとった。さらに、途上国の 必要性についても共通認識が形成されてきた。こ ネットワークをサポートする役割を担うべく、先 のような中で、世界銀行が“Knowledge Bank” 進国においてもネットワークが形成された。最近 性(オーナーシップ)が重要である *3 世界開発報告1998 (知識の銀行)戦略を採用し 、 に結成された南太平洋のネットワークはオースト *2 「途上国を運転席に座らせる」という標語に表現されている。 *3 1996年の”Strategic Compact”において大きく打ち出された。 2005年5月 第24号 57 ラリア、ニュージーランドと南太平洋諸国による 資金源を有し、常設の事務局・組織を有している 先進国、 途上国の混合ネットワークである。 各ネッ が、GDN創設時およびそれ以後に作られたネット トワークは地域の実情や成立の経緯により、個人 ワークはGDNの活動のために必要に応じて活動 単位や組織単位などさまざまな形態をとる。GDN するアドホック的性格が強い。ネットワークの構 創設以前から活動しているネットワークはおおむ 成は 以 下の と おり で ある(2005 年 3月 31 日 現 ね、GDN事務局からの予算配分以外の自己の活動 在) 。 図表1 GDNネットワーク構成 地 域 名 称 発 足 幹事・ハブ 備 考 1989 African Economic Research Consortium (Nairobi) GDN 創 設 以 前 か ら活動 Economic Research Forum for the Arab Countries, Iran and Turkey(Cairo) GDN 創 設 以 前 か ら活動 Universidad del CEMA(Buenos Aires) GDN 創 設 以 前 か ら活動 アフリカ African Economic Research Consortium 中近東 Economic Research Forum for the Arab Countries, Iran and Turkey 1993 中南米 Latin American and Caribbean Economic Associatio 1992 東欧 Center for Economic Research and Graduate Education‐ Economic Institute ロシア Economic Education and Research Consortium 南アジア South Asian Network of Economic Institute 東アジア East Asian Development Network 南太平洋 Oceania Development Network 日本 GDN‐Japan 1997 1997 Economic Education and Research Consortium(Moscow) 1998 Pakistan Institute of Development Economics(Islamabad) 1999 2003 2001 ヨーロッパ European Development Research Network 2000 北米 2001 GDN‐North America GDN 創 設 以 前 か ら活動 Thailand Development Research Institute (Bangkok) University of South Pacific (Fiji) 先進国+途上国 国際協力銀行開発金融研究所(JBIC Institute, Tokyo) 先進国 Center for Development Research (Bonn) Center for Global Development 先進国 先進国 GDNの具体的な活動は、年次会合、国際共同研 ワークを総動員し、過去30∼50年の開発途上国、 究、WEBコンテンツの整備 (GDNet) 、各ネット 移行経済国における成長の過程とその要因を分析 ワークで実施される地域リサーチ・コンペティ したものである。この研究は、第1フェーズで各 ションなどである。これらの活動に関しては次章 地域の成長パターンを比較し検証し、地域レベル でより詳しく見ていきたい。 での成長要因(マクロの成長、政治、ミクロの経 済主体、市場)の分析を行った後、第2フェーズ 2.GDNの5年間の活動 (1)国際共同研究(Global Research Project) 58 Center for Economic Research and Graduate Education‐ Economic Institute (Prague) で国別の個別研究に移行する方法がとられ、この 間、第1フェーズの成果を基礎にした報告書が 2003年に出版された。同報告書所収のMcMahon and Squire(2003)によれば、第1フェーズの成 果は以下の通りである。 知識の創造の核になる活動は国際共同研究であ ①データに制約があるものの、急速な資本蓄積と る。1999年に開始された最初の共同研究「成長の 総要素生産性(TFP)の伸びの間には高い相関 要因」 (Explaining Growth)はGDNの地域ネット が確認される。 開発金融研究所報 ②クロスカントリー分析を通じ、すべての地域に 「成長の要因」に続けて「改革への理解を深め おいてほぼ同様な要因が成長に寄与しているも る」 (Understanding Reform)および「調査研究 のと推定される。すなわち、初期条件、貯蓄率、 と 政 策 の 連 携 強 化」 (Bridging Research and 人的・物的資本形成、人口増加率、適切なマク Policy)が国際共同研究として2002年から開始さ ロ経済政策、市場の対外開放、民間部門支援、 れている。 「改革への理解を深める」 は途上国にお 適切なガバナンスと制度の質などである。 けるさまざまな改革の試みを分析することによ ③ミクロの分析からは、家計、企業ともリスク・ り、改革の成功、失敗の要因を知ろうとするもの 報償のトレードオフで行動するが、トレードオ である。2004年のニューデリーにおけるGDN第5 フの態様は地域、国で異なっており、ここから 回年次会合のメインテーマとされ、アマルティ 多様な戦略が生じている。 ア・センがこれをテーマにしたキーノート ・ス ④市場と成長に関して、資本、労働、資源、製品 ピーチを同会合のオープニングにて行った。この の各市場と成長の関係について、また各市場に 研究では改革を成功させるための条件として経済 関してインフラ(法制度などを含む) 、価格の歪 的、社会的、政治的、文化的条件を重視し、特に み、市場参加者などの分析を行った。結果とし 貧困層や社会的弱者にターゲットを定めた改革を て、市場の歪みを是正する改革だけでは効率の 最小費用で行うにはどうすればよいかというメッ 向上や成長をもたらすには不十分で、市場を機 セージを政策担当者に伝達することを目的として 能させるためのインフラの整備や歪みによって いる。 もたらされた根強いレント獲得行動を排除して 2004年からは新たな国際共同研究として「先進 いく必要がある。 国の政策の途上国貧困へのインパクト」 (Impact of Rich Countries' Policies on Poverty:A Global 上記の研究成果のうち①は、Krugman(1994) View)が開始されている。これは2003年1月の 以来の論争になっている「アジアの経済成長は GDN第4回会合(カイロ)で米国のCenter for 幻」論に一石を投ずるものである。また④は、日 Global Development(GDNの北米ハブ)によって 本の援助関係がかねてより強調しているような市 発表された政策一貫性の指標化(Development 場を機能させるための制度構築の重要性を再確認 の発端を有するもので、 Friendliness Index * 5 ) する結果になっている。 MDGsの第8目標の途上国と先進国とのパート 第1フェーズはこのように国際比較による要因 ナーシップを主題としたものである。ただし、国 分析を目指したものであるが、これに続けて各国 際共同研究は、先進国の政策インプットを重視し 別のケーススタディーが行われておりその大部分 たDevelopment Friendliness Indexの方法論は引 はGDNのWEBサイトであるGDNetで閲覧可能で き継がず、政策インパクトに重点を置いた内容で *4 ある 。 ある。この国際共同研究プロジェクトの開始を受 こ の 国 際 共 同 研 究 は、統 一 し た 研 究 課 題 けて、2005年の第6回GDN年次会合は、途上国と (Terms of Reference)と方法論の下にGDNの地 先進国の「相互作用」 (Mutual Impact)を大会の 域ネットワークを単位とし、GDN年次総会などに テーマとした。 おけるワークショップにて地域の垣根を取りはら 「改革への理解を深める」 、 「調査研究と政策の連 いテーマごとに横断的に検討するという”Cross 携強化」 「先進国の政策の途上国貧困へのインパク Fertilization” という手法がとられ、きわめて多く ト」というテーマはいずれもリニアに分析できる の研究者がさまざまな視点から参加した点におい 対象ではなく、分析の方法論も確立していない領 てGDNのネット ワークが最も良く活用されたプ 域に学際的な切り口で挑むものとして画期的・意 ロジェクトである。 欲的なものであるが、文脈特殊的、経路依存的な *4 www.gdnet.org/activities/global_research_projects/explaining_growth/c.../index.htm(2005年3月31日) *5 その後Commitment to Development Indexとして2003年、2004年の2回にわたって米国Foreign Policy誌上で発表されている。 2005年5月 第24号 59 領域でもあり、一般的かつ単純な政策性メッセー いる(第3章参照) 。 ジを出すことが極めて難しい。 年次会合ではメインセッションのほか、国際共 同研究のワークショップ、理事会(Governing (3)年次会合 Board) 、 ドナー会合などGDNの知識生産の中心的 な活動や方針決定に係る重要な会合が日程を前後 年次会合はGDNの諸活動の中で大きな位置づ して行われている。 けを与えられており、著名人が出席し、途上国の 参加者からも高い評価を得ている。また、全体会 (4)開発賞 合(Plenary)や分科会(Parallel)で、日本からも 多くの情報発信が行われている。これまでの年次 開発賞は宮沢蔵相(当時)が1999年に提唱した 会合を総括したものを図表2に示す。 もので、2000年の東京会合に第1回の表彰が行わ 第1回会合から日本の関係者、関係機関は積極 れ、日本政府が開発賞の本体を、イタリア政府が 的に参加しており、特に第2回会合以降は継続的 副賞のメダルを受け持ち、毎年計約30万ドル*6 の にセッションの企画、運営に関わっている。第5 賞金が受賞者に与えられている。これまで開発賞 回大会では大会の核となるプレナリーセッション とメダルをあわせて100カ国から3000人以上の応 で「インドの改革」を取り上げ、第6回大会では 募を受けている。年次会合では、 開発賞はプロ JBICとGDN東アジアネット ワークであるEADN ジェクト部門、調査研究部門それぞれ3名の、メ との共催によりパラレル・セッションを実施して ダルは大会ごとにテーマが設定される各部門に5 図表2 GDN年次会合 参加者数(参 加国数) 第1回 ボン 1999年12月 Bridging Research and Policy 532(100) 著名な参加者 日本の貢献(特記しない限り パラレル・セッション) ラウ独 連邦 共和国 大統 領、ス シンクタンクの役割(NIRA) ティグリッツ前世銀チーフエコ ノミスト 第2回 東京 2000年12月 Beyond Economics: Multidisciplinary Approach to Development 宮沢蔵相、ダグラス・ノース、 インフラと開発、経済成長、貧困削 アマルティア・セン、スターン 減(JBIC) 464(73) 世銀チーフエコノミスト 第3回 リオデジャネイロ 2001年12月 Blending Local and Global Knowledge カルド ーソ伯大統領、スターン 海外直接投資(IDE)、インフラ開発 400(95) 世銀チ ーフ エコノ ミスト、ダ と貧困削減(JBIC) ニ・ロド リック 第4回 カイロ 2003年1月 Globalization and Equity 第5回 ニューデリー 2004年1月 Understanding Reform 第6回 ダカール 2005年1月 Mutual Impact 596(104) エベイド ・ エジプト 首 相、ス ターン世銀チーフエコノミス ト、リチャード ・クーパー、サ スキア・サッセン 673(102) アマル ティ ア・セ ン、ブル ギ インド における改革:プレ ナリー ニョン世銀チーフエコノミス (JBIC)、農業改革―アジアの経験 ト、絵所秀紀(国際開発学会会 (IDE) 長)、リチャード ・クーパー ワッド ・セ ネガル 大統 領、リ チャード ・クーパー、ポール・ 500(93) コリアー、セディージョ前メキ シコ大統領 草の根のグローバリゼーション (IDE) 、アジアにおけるグローバリ ゼ ー シ ョ ン と Pro‐poor Growth (JBIC) 東アジアにおける相互依存と経済協 力 (JBIC) 、アジアにける農村開発− 農村におけるコミュニティーと行政 の相乗効果(IDE) 出所:GDN Annual Report、Conference Program等により筆者作成 肩書き等はいずれも当時IDE(アジア経済研究所) 、NIRA (総合研究開発機構) 、JBIC(国際協力銀行) *6 GDN Annual Report(2004)による。 60 開発金融研究所報 名のファイナリスト が招聘され、プレゼンテー 図表3 GDNetへの登録数 ションの後審査委員による審査が行われて受賞者 論文 機関 個人 勝者が賞金全額を獲得する仕組みであったが、3 2002年2月 3,746 2,076 1,440 回目からは2位、3位にも賞金が贈られるように 2003年8月 5,156 2,495 2,713 なった。賞金はプロジェクト部門の場合には活動 2004年10月 8,177 2,721 3,784 が決定される。開発賞に関しては最初の2回は優 の継続のための資金として、また研究の着手、中 出所:GDN Annual Report 2004 間段階で応募が行われる調査研究部門の場合には 研究の継続のための資金として授与される。その る*8。 GDNetの開発、運営に関しては2004年9月、 後の進捗状況は年次会合で報告を行うこととなっ カイロにGDNオフィスを設置し、今後IDSとの ている。 パートナーシップの下に開発を推進する計画であ る。GDNetの課題としては、構築したデータベー (5)リサーチ・コンペティション スの更新である。日本の研究機関、個人も登録し ているが、データ自体は2000年以前に登録された リサーチ・コンペティションは途上国のネット ものが大部分で、その後頻繁に更新されている様 ワーク(当初は7ネットワーク、現在はこれに南 子はない。個人情報が関係するための難しさもあ 太平洋を加えて8ネットワーク)が、質の高い研 るだろう。 究を奨励するために行うもので、運営は各ネット ワークに任されている。これまでに70カ国の200 *7 の調査プロジェクトに累計1,800万ド ル がコン (7)人材育成その他 ペティションを通じて配分されている。リサー GDNはどの活動も多かれ少なかれ人材育成を チ・コンペティションは基本的には調査・研究の 目指した活動であるが、特に人材育成に特化した プロポーザルを審査して資金配分を決定する。他 活動としては、IMF客員研究員(Visiting Schol- 方、研究成果については、GDNetの論文として ar) プログラムがあり、IMFに途上国の研究者を派 WEB上で掲載される以外には、わかりやすい媒体 遣しスキルの向上を目指すべく、毎年実施されて を持たず、成果の普及も限定的である。 いる。 (6)GDNet (8)組織、機構、財務 GDNetはGDNの知識スト ック部門として現在 1999年のGDNの発足にあたって、 当面GDNの事 急速に拡大している。開発途上国の研究者による 務局は世銀に置くが、将来は独立して開発途上国 研究論文、研究者のプロフィール(リソースパー に移転すること、GDNは国際機関化しないこと、 ソンとしての情報) 、および世界の研究機関の情報 事務局(本部)は最小限の規模にすることなどが をWEB上で収集し公開している。2002年以降、英 謳われた。このうち世銀からの独立と開発途上国 国 IDS(Institute of Development Studies, Sus- への移転に関しては順調に進められ、2001年3月 sex University) が集中的に資源を投入し、データ に米国NPOとしてワシントンDCで登記され、同 ベースの急拡大が行われた(図表3) 年7月には世銀のビルから市内の別のオフィスビ GDNetは調査研究の取捨選択プロセスを経た ル*9 に移転した。途上国の移転に関しては2002年 研究リソースのデータベースとして、特化に成功 頃から検討が本格化し、最終的には、インフラ、 しており、ヒット数は毎月3∼4万件に達してい 人材、制度などの条件でプラハ、カイロ、ニュー *7 GDN Annual Report(2004)による。 *8 GDN Annual Report 2004 検索エンジンでのヒット数は15∼20万件/月に達している。 *9 Watergate Complex、GDNの内部から見た記録として朽木(2004)は興味深い。 2005年5月 第24号 61 デリー、メキシコシティー、イスタンブールの5 いう方針を採っていた。5年で打ち切られること 都市に候補が絞り込まれ、2003年1月のカイロ会 がなかったのはGDNの活動内容や成果を積極的 合における理事会での投票によりニューデリーに に評価してのことと思われるが、全体の資金源が 決定した。 増えない中での世銀負担率の減少は影響が大き 国 際 機 関 化 は こ の 後 に 顕 在 化し た 争 点 で、 い。なお、国際機関となることによってこれまで ニューデリーに本部を移すにあたって、職員のビ の民間資金のパートナーが免税措置を受けられな ザや免税など途上国特有の制約条件が大きく、こ くなるという米国税法上の問題が発生し、この打 のために国際機関としてのステイタスが必要との 開策として、新たな資金の受け皿となるNPOとし 結論になったものと考えられる。国際機関化のた て、ワ シ ン ト ン DC に“Global Development めの原署名国となるための期間は2年間で、事務 Council”を設立している。 局によればこれまでにオースト リア、コロンビ ア、エジプト、イタリア、メキシコ、セネガルな ど8カ国が原署名国となる意向を表明している。 3.2005年ダカール会合の概要 2005年1月のダカール会合では、イタリア、セネ 第6回のGDN年次会合は2005年1月24日から ガル、エジプトの3カ国が署名を行い、それぞれ 26日の間、セネガルのダカールで開催された。本 の国における批准手続きに回された。国際機関と 会合に先立ち1月21日から23日までの間、 「調査 して成立する条件は3カ国による批准であり、も 研究と政策の連携強化」をはじめとする国際共同 しこの3カ国が批准を完了すれば正式に国際機関 研究のワークショップなどが行われた。出席者は としてニューデリーにおいて業務を開始する。 93カ国から約500人が参加したが、今回の特徴は GDNの地域ネットワークは、開発途上国7、先 GDN年次会合としてははじめてフランス語圏で 進国3という構成であったが、2004年にフィジー 行われ、フランス語圏アフリカ諸国から多くの参 に本拠を置く南太平洋オセアニアのネットワーク 加を得たことである。 “Oceania Development Network”が成立し活動 今回のテーマは開発途上国と先進国の“Mutu- を開始した。このネットワークの形成にはGDNに al Impact”が取り上げられた。グローバリゼー 当初から積極的に関わってきたオーストラリアの ションが進行するなかで、途上国と先進国の相互 Foundation for Development Cooperation(FDC) 作用は、これまで政策の一貫性の議論の中でとり が重要な役割を果たし、実質的な中核となってい あげられてきた経済面のみならず、政治、社会、 る。 また、 先進国ネットワークと途上国ネットワー 文化、生活などきわめて広範囲に影響が及んでい クの両方の性格を有するユニークな形態となって る状況を議論し、よりよいパートナーシップを構 *10 いる 。 築することを目指したものである。会議のコンセ GDNの最大の課題は財務的な持続性である。 プトとしては、①“Mutual Impact”とはどのよう GDNの活動予算は2003年度1000万ド ル、2004年 な現象かの把握(国民国家のレベルで、あるいは 870万ドル、2005年620万ドルと縮小を余儀なくさ それを超えたレベルでの経済、政治、文化、安全 れている。このうち年次会合、国際共同研究、リ 保障、保健衛生など多面的な作用の理解) 、②特に サーチ・コンペティションの経費が全体の6割を アフリカの実情、文脈に注目した場合の、アフリ 占める。資金源としては世銀からの支援(DGF: カとそれ以外の地域との相互作用とそのアフリカ Development Grant Facility)に依然として依存 の開発への効果的な寄与、③国際的な市民社会の している。世銀への依存は当初75%であったが、 活動の中での相互作用(ICTの発展などの影響) 、 現在は54%であり、世銀は40%にまで減少させる ④政策決定の経験の中からの教訓などに焦点があ 方針と事務局は説明している。GDNの発足にあ てられた。 たって、世銀は5年程度の期限を区切った支援と このように幅広く設定されたアジェンダのも *10 途上国のネットワークとして、リサーチ・コンペティション等に関し、GDNからの資金支援を受けることができる。 62 開発金融研究所報 と、全体会合(プレナリー) 、分科会(パラレル) Development Network)の共催で行われたもの とも極めて幅広い領域のテーマについて議論が行 で、日本の政府開発援助による東アジア諸国への われたが、特に初日の全体会合のセッションにお 支援が経済成長を促したこと、経済成長は貧困削 いてはリチャード ・クーパー(Richard Cooper) 減の十分条件ではないが必要条件であること、世 教授(ハーバード大)による今回のテーマ全体の 銀、ADB、国際協力銀行の現在実施中の共同研究 キーノートとなる報告が行われた、その要旨は以 でも経済成長と貧困削減にはインフラへの投資が 下のとおりである; 不可欠であるとの結論が導きだされつつあること ①過去50年間は人類の歴史の中でも最も目覚し などを中心とする報告をベースに、地域協力とそ い発展の時代であり、それは、平和の持続(核 の阻害要因、地域における移民の社会的問題と保 均衡による平和も含む) 、 国民国家の政府がとり 護についての制度つくり、インフラ投資の貧困層 うる政策手段の増加(財政、金融政策) 、世界経 へのインパクト向上など幅広い議論が行われた。 済の枠組み(世銀、IMF、GATT/WTOなど) このセッションは2000年12月の第2回GDN会合 の機能などによるものである、 (東京) より日本側関係者が一貫して主張している ②この間、世界の成長の中心はヨーロッパからア 貧困削減のために経済成長が不可欠であるという ジアに移動した。貧困比率を見ると1950年の 議論を発展させたものであり、継続することによ 63%から1980年には43%、2000年は13%と着実 りメッセージの訴求力が大きくなってきている。 に減少している。しかし、この改善傾向からア もう一つの日本関係者によるセッションは1月 フリカが外れていることが大きな問題である、 25 日 午 前 に 行 わ れ た * 11 Rural Development in ③先進国は途上国の貧困を削減し開発を促進する Asia: Synergy between Rural Community and ために、総需要の減退をいかに防止するか、 Local Administrator”である。これは日本貿易振 WTOド ーハラウンド を通じて先進国と途上国 興会アジア経済研究所の企画によるもので、日 の利害の調整をいかに行うかが課題である(先 本、韓国、フィリピンを例にとり、農村開発にけ 進国の市場開放が求められている) 。 るコミュニティーと地方行政の協力による相乗効 これに対し、セネガルのワッド大統領が、先進 果を検証し、アフリカの農村開発への適用可能性 国による市場開放の重要性を同様に強調するとと を探ったものである。アジアのLocal Knowledge もにアフリカ自身の課題としての人材開発を強調 をアフリカと共有するという GDNの趣旨にも した。このように先進国における市場開放と途上 適ったテーマである。 国の開発支援が引き続きグローバルなアジェンダ 開発賞に関しては、プロジェクト部門、調査研 であることは会議を通じての基調となった。この 究部門それぞれ3件のファイナリストから、前者 ほかに議論になった主要なテーマは、グローバリ はインド南部の山岳地帯で行われている教育、植 ゼーションと途上国弱者への影響、文化的摩擦、 林、環境保全などの複合的な活動*11 に、後者はコ 経済的相互依存関係、援助依存の克服、移民、市 ロンビアの国内難民に対する政策に関する研究*12 民社会・民間部門の役割、アフリカの開発におけ にそれぞれ最優秀賞が授与された。なお、日本か るNEPADの取り組みなどである。 らは、国際協力銀行開発金融研究所橘田正造所長 日本関係者が企画したセッションのうち一つは がプロジェクト部門の、早稲田大学浦田秀次郎教 1月24日午後に実施された“Mutual Dependence 授がリサーチ部門の、それぞれ最終審査委員を務 and Regional Economic Cooperation in East めた。 Asia”である。これは国際協力銀行開発金融研究 今回は世銀のチーフエコノミストが直前に出席 所とGDNの東アジアネット ワーク(East Asian できなくなり、 またノーベル賞受賞者のような 「大 *11 Yettavalli Rao, Rishi, Valley Institute for Educational Research, India“Development through Education: An Integrated Program” *12 Anna Maria Ibanez, Universidad de los Andes, Colombia,“Towards a Proactive Policy for the Displaced Population in Colombia” 2005年5月 第24号 63 物」も招聘されておらず、これまでの大会と比べ ドを有する多数の研究者による研究は、単数・少 ると地味な印象は否めなかったが、幅広くバラン 数の研究者や範囲の狭いデータやケースによる研 スのとれた議論が行われ、ネットワーキングの場 究に比べてさまざまな面での偏りを減少させるこ としての年次会合が定着してきていることが印象 とができる。しかし、それは一方でMcMahon and づけられた。 Squire(2003)自身が認めているように「すべての 要素となんらかの相関がありどれも重要である」 4.GDNの成果と問題点 「角が取れた結論」 はメッセージのインパクトを大 以上のGDNの活動に関し、現時点でどのような きく減少させることになる。他方、そこには「万 評価が可能だろうか? すでに各個別の活動につ 能薬」 (Panacea)や「一つのサイズですべてにあ いて記述する中で触れた点もあるが、GDNの目的 てはまる(One size fit all)処方箋はない」という に即して、活動の全体の計画は妥当か、所期の目 もう一つの重要なメッセージが込められている。 的を達しているかどうかなどの点を重点に、現状 このような研究成果の積み重ねが、極端な政策形 の問題点を絞り込んでみたい。なお、GDNに関し 成を防止する効果がある。 て は「内 部 評 価 報 告 書」 (GDN Secretariat、 国際共同研究に比べて、リサーチ・コンペティ March 2004)と外部の「独立評価報告書」Muth ションの成果はより見えにくいものになってい and Gerlach(2004) (Independent Evaluation、 る。これは、各地域のネットワークに運営が任さ *13 March 2004) がすでに公表されているので、こ れており、成果を普及させるだけの十分な人的、 の二つの評価報告書の内容を踏まえながら論ずる 資金的リソースを欠くことが一つの理由と考えら こととする。 れる。もう一つは各ネットワークの資金割り当て が均等とされるなど、成果をフィードバックする (1)知識の創造 知識の創造に関しては国際共同研究とリサー システムになっていないことが挙げられる。 (2)知識の共有 チ・コンペティションが主に該当するがその中心 を占めるのは国際共同研究である。 「成長の分析」 知識の共有は誰しもその必要性を痛感している では、前述のようにGDNを構成する各ネットワー が、具体化するのが難しい。研究成果が広まり知 クが参加し、ネット ワーク内での検討とネット 識としてスト ック化されるためには、上記(1) ワークを越えたCross Fertilizationによる横断的 に述べたようにGDNの知的創造の成果の普及拡 検討という、最もGDNの特性を生かした方法が採 大を図ることがまず先決である。 用された。GDNに対する独立評価報告書は「成長 WEBコンテンツ(GDNet)は知識の共有戦略の の要因」を内容、手法の両面から高く評価してい 中で重要な位置を占める。GDNetは研究者のプロ る。他方、内部評価報告書は説明変数間の相互作 フィールとペーパーのアブストラクト掲載に専念 用に関する分析が足りないとしフェーズ2の国別 することによって、 “Development Gateway” など 研究の課題とする。総じて、 「成長の要因」 を評価 からの差別化に成功し、参照数も増加しつつあ すれば、研究の質の高さに比べインパクトや普及 る。しかし、最近では学術論文のポータルサイト が若干弱いということが言えるであろう。成長と は他にも存在し、また一般の検索エンジンの性能 貧 困 の 問 題 を 議 論 す る に 際 し、例 え ば M. も向上している。また、開発に関連した研究を網 Ravallionなどの世銀エコノミスト のパーパーが 羅した形にはなっておらず、研究者の自発的な協 すぐに世界中に知れ渡るのと対照的である。 力に依 存し てい ると ころ に限 界が ある。ま た 多数のケース、データ、多様なバックグラウン GDNetは途上国の研究者に研究発表の機会を与 *13 以下「独立評価報告書」と表記する 64 という「常識的」結論を導きやすい。このような 開発金融研究所報 える場とされているがため、日本を含む先進国の 用したが、第2回以降は都心の一流ホテルの会議 研究者やペーパーの登録はない。これが知識ベー 場などを利用しており、コストが嵩む原因になっ スとしての網羅性を更に減殺し、かつ先進国の関 ている。これは、一つには警備上の理由がある。 心を低め財源の確保にもマイナスに作用している 調査研究と政策の連携を強調し政策担当者の参加 可能性がある。 を求めれば求めるほど、意思決定の中枢に携わる 政策担当者、すなわちトップの政治家の参加を求 (3)政策と知識の連携強化 めざるを得なくなるからである。 年次会合がGDNの独自のイベント として意義 GDNの活動が政策にどの程度影響力を及ぼし があるかについても議論があるだろう。たとえ ているかについて実証することは難しい。GDNは ば、 世銀が毎年開催しているABCDE‐Europe会合 「政策と知識の連携強化」をGDNの主要アジェン (Annual Bank Conference on Development ダとし、前述のようにそれをテーマにした国際共 Economics‐Europe)も、毎回500人ほどの参加者 同研究を立ち上げていることから一つの運動体と を得て、世界から第一線の実務家や研究者を集め *14 1990年代以降、Haas しての性格も有している 。 て行われている。しかも、GDN会合とは出席者が (1992)を嚆矢とする知識共同体/認識共同体 かなり重なる。ABCDE‐Europe会合は本来開発経 (epistemic community)論が、現代の国際社会に 済学の総会であったが、現在ではここも学際性を おいて各国家の国益追求と国際協調における専門 謳っている。このような事情を踏まえてと思われ 性(知識、情報)への依存の結果として、主張や るが、独立評価報告書では年次会合の隔年もしく 因果関係の考え方を共通にするグループが情報や は3年に一度の開催を勧告している。しかし、年 知識の提供により不確実性を減少させ国際的な協 次会合の参加者からの評価は高い。これは、GDN 調行動の促進要因になってきていることを説明し が途上国からの参加を重視していること、会合が ている。GDNが知識共同体(epistemic commu- ネット ワーキングの中核として、 一種の「知の nity)のモデルに当てはまるかどうかについては マーケット・プレイス」 「コミュニケーションの 第5章で検討する。 場」として機能していることによる。また年次総 年次総会はGDNの活動の中核であり、知識の創 会とあわせて国際共同研究のワークショップなど 造・共有、人材育成のすべての活動にかかわる の顔を合わせての共同作業が可能になる。あらゆ が、調査研究者と政策担当者が一堂に会するこ る情勢が極めて急速に動いているこの時代に2 と、さらにGDNの学際性(multidiscipinarity)の ∼3年に1回の開催とすれば、政策への影響力は 重視によって、さまざまな分野、立場からの参加 減少し、参加のモティベーションも低下するだろ が可能になっているため、GDNの中での位置づけ う。ABCDEとGDNが根本的に異なるのは、共同研 としては知識の共有の場として意義が最も大きい 究のような固有の活動を持つかどうかである。現 ものと思われる。年次総会の問題は、極めて大き 在、GDNの事務局は年次総会のフォーマットを変 な会議であるために準備のための作業と費用の負 えようとはしていないが、これは妥当だと考えら 担が極 めて 大き い。筆者 も第 2回 の東 京会 合 れる。 (2000年) の準備、運営を担当したが、ほぼ一年以 学際性(multidiscipinarity)について付言して 上前から各種の準備が必要となり、実務家や研究 おけば、GDNがこれを強調する一つの理由には、 者の片手間でできる仕事ではない。また、第1回 これまで世銀の政策に影響を与えて来たネット のボン会合(1999)では、ドイツの首都がベルリ ワークがもっぱらマクロ経済学者で構成され、こ ンに移転したあとの議会施設や簡素な会議場を利 れが「ワシントン・コンセンサス」のような画一 *14 この国際共同研究の方法論に関しては英国Overseas Development Instituteが支援を行っている。ODIの開発した分析手法 (RAPID:Research and Policy in Development)は①政治的文脈(政治構造・プロセス、圧力団体、政治思潮など) 、②リン ク(政策担当者と他のステイクホルダーとのリンク) 、③実証性(調査の信頼性、手法の関連性など)の3要素の複合を重視して いる。GDNの国際共同研究では、これに加えてドナーの影響などの外的な要素も考慮している。 2005年5月 第24号 65 的な開発の処方箋をもたらしたという反省があ る。また、GDNが「ワシントン・コンセンサス」 (5)組織・機構・資金 の焼きなおしのグループであるといった表面的な 批判をかわす意図もある。学際性は理事会構成や GDNの最大の問題は資金源の確保である。前述 国際共同研究の枠組み作りなどで漸進的に配慮さ のように世銀からの支援は漸減しつつある。他 れてきている。ただし、GDNの各種活動に参加し 方、活動のモニタリング、評価、評価の資金配分 ているのは依然として経済学の分野の専門家が多 へのフィード バックを通じ てアカウンタビリ く、経済学の方法論(仮説→データ→検証)が支 ティーを向上させることが資金拠出者の信認を高 配的となっており、GDNの敷居を高くし、アドボ めるだけではなく、活動そのものを国際的に認知 カシーNGOなどの参加を困難にしている。参加者 させるために不可欠で、財務的持続性確保の前提 の多様性確保という面では一つの問題であるが、 条件である。資金問題と組織機構の問題はこのよ GDNの場における客観的・冷静な議論を維持す うにディレンマの関係にある。ボン会合で謳われ る効果もある。 た二つの方針「国際機関を創設しない」 「事務局は 最小限とする」のうち前者はすでに放棄されてい (4)人材育成 るが、後者も非現実的になりつつある。 「独立評価 報告書」では①世銀に替わる資金の確保(資金源 GDNのすべての活動は途上国の研究者の能力 の多様化)および②コア・ファンディングの確保 向上を直接間接に支援することを目標にしてい を最重要とし、これの展望が見えない現状をGDN る。開発賞やリサーチ・コンペティションは若手 の最大かつ最も深刻な「弱さ」としている。この 研究者を育成する上で期待されている。途上国の 問題はネット ワークとしてのGDNのもつ「外部 研究者や研究機関は財政基盤が弱く、資金源とし 性」にその本質的な要因の一つがある。 ても政府機関等からの委託業務(commissioned 「ネットワークの外部性」は良く知られた概念 work)に依存しているので、独立の研究を行いう である。たとえば電話の場合に加入者が増えるこ る資金源としてGDNの支援はきわめて重要であ とによってその利便性が急速に増加するように、 るが、前述のように開発賞受賞者のその後のフォ ネットワークのメンバーの数に外部性があり、メ ローアップやリサーチ・コンペティションで選定 ンバーが多ければ多いほど、そのネットワークか された研究の完成までのモニタリングや成果の普 ら得られる効用が増加する効果である。日常生活 及などが弱体である。これもGDN事務局のキャパ に身近な例ではインターネットの匿名掲示板や最 シティーの制約による。特にリサーチ・コンペ 近ではブログといわれるWEBLOGサイト が極め ティションは全体像が見えにくいため、ドナーか て短時間に多くの参加者から情報の提供を受け、 らの問題提起がなされやすい。GDNの理事会で プラットフォームとして人気を集めている。それ は、ネットワーク毎に均等配分されている現在の はアクティブな参加者が多ければ多いほど「面白 資金配分方法を見直しパフォーマンス評価を行っ い」 。ネットワークが外部性を有効に活用し効果を て配分を決めるべきことや、GDNが費用を全額負 発現するためには十分なコミュニケーションの 担する方式とせず、各地域のネットワークに応分 量=「クリティカル・マス(Critical Mass=臨界 の負担を求める案(マッチング・ファンド)も議 量) 」の確保が必要である。 論されている。いずれの改革を行うにしても事務 ネット社会においては流通する情報の真偽や質 局の機能増強なしには非現実的であると思われる。 を保証するものはなく、根拠のない言説が撒か ネッ れ、それが社会的な力となる危険がある*15。 *15 米国CNNの最高責任者のイラク戦争における米軍の行動について根拠のない発言をしたとして、ジャーナリストらがブログで 追求しついに辞任に追いやったケース(2005年2月)は記憶に新しい。ここで注目すべきは情報が集積され取捨選択されて「世 論」となるまでの速さである。 66 開発金融研究所報 トワークとして真に機能するためには、単に参加 ではあるが、①GDNの価値を、実績を持って認知 者の数だけではなくその参加の質を問題としなけ させ、②その目的と有用性に関する理解を広げ、 ればならない。参加の質の問題に関して、GDNは ③サポーターの輪を広げていくことしか打開策は 同研究やリサーチ・コンペティション、あるいは ない。その方策の一つは先進国研究者が関心を持 GDNetに掲載される情報の質をコント ロールす ちうるテーマを国際共同研究などで選択すること ることによって知識のレベルと質を担保し、かつ である。GDNはその設立のミッションとして開発 人材育成により全体的な知的レベルの底上げを 途上国・移行経済国における知識の創造、適用の 図っているが、質的なレベルが保たれていること みならず国際的な開発政策全般についての知識創 がGDNの独自の価値として関係者に共有されて 造、適用も目標にしている。問題解決のために国 いる。 際協力や国際協調が最も切迫とされ、協調や協力 ところで、ネット ワークの外部性の享受者は の構築のために客観的な知見が不可欠とされる ネット ワークへの参加や情報の提供などでのin テーマを選択していくことにより、途上国のみな kindの負担は行うとしても、ネットワークの維持 らず先進国の研究者・実務家の関心を引き出し、 の直接経費を負担しようという意識は少なく、ま それぞれの活動領域においてGDNの支援を呼び た物理的にも費用の徴収は困難である。クリティ かける力となるだろう。その意味で、今後実施さ カル・マスを確保することと、最初から多額の負 れる「先進国の政策の途上国へのインパクト」に 担を参加者に求めることは両立しない。少なくと 関する国際共同研究は貿易、投資、移民、援助な も情報や知識の利用に関してはある程度オープン どの総合的な先進国と途上国のパートナーシップ にせざるを得ない。オープンにしても社会全体の (政策の一貫性)に関心が高まっている中で、先進 便益は向上する一方で現在の参加者の便益が減る 国の研究者の参画を不可欠とするもので、GDNへ ということもない。このようにネットワークには の支持基盤を広げる効果が期待される。 公共財の特徴である非競合性と非排除性が存在す 独立評価報告書はGDNの一般参加者のみなら る。したがって、ネットワークの機会を十分に提 ずGDNの理事の間にもGDNの役割や調査研究と 供するためには 「公共財の供給」 としてネットワー 政策の連携の意義、方法などについて認識、見解 クの費用負担を行う主体の存在が不可欠になる。 が一致していないこと、即ちミッションの不明確 このことが、独立評価報告書が指摘する「GDNの 性もしくは多義性の問題をもうひとつの弱さとし 資金面での世銀への過度の依存」を生じている原 てあげている。筆者もGDNの草創期から関わりな 因となっている。 がら「GDNとは何か」について、個別の問われた この閉塞状況の活路の一つは現在進められてい 文脈の中で的確にかつ簡単に答えることは難し る国際機関化である。国際機関(=国際公共財) い。資金面での持続性を高め、また、ネットワー として認知され拠出金が集まれば、安定的な資金 クの質を維持しようとするならば、GDNのミッ 源が獲得できる可能性がある。他方、現在、国際 ションそれ自体への関心と共通理解を構築してい 機関への拠出に関してはどこの国も抑制的であ く必要 があ るこ とは いう まで もな いが、こ の り、新たな国際機関として加盟国が順調に増加す 「GDNのミッションについての多義性」 は、GDNが ることを安易には期待できない。GDNの財政的規 きわめて広い範囲の問題を取り扱い、多様な参加 模は、他の国際機関に比べれば格段に小額である 者を得ているところからある程度やむをえない面 (たとえばUNESCOの2000/01の予算規模は5.4億 があり、それは次章で検討するように規範的主張 ドル) 。今後、ニューデリーの移転により事務局機 面での「弱さ」であると同時に客観的、冷静な議 能を強化しながら人件費を抑えていくことも可能 論の場としての「強さ」でもある。言い換えれば である。金額の規模自体が国際社会に大きな負担 GDNの意義すなわち国際社会における役割につ となるということではなく、国際社会の中で、い いて、さまざまな潜在的可能性があり、一義的な かに優先度を獲得していくかという問題である。 見解に収斂できていないということである。も 結局のところ、持続性の向上のためには正攻法 し、GDNがまだ揺籃期あり、さまざまな潜在的可 2005年5月 第24号 67 能性があるのであれば、むしろその可能性の多様 る。ハースによればEpistemic Communityとは次 性を開拓していくことが現在求められることであ のような属性を持つものと説明されている*17。 ろう。 ①主張 (規範化された信条Principled Belief*18 ) を共有しており、それが共同体の社会行動へ向け 5.新しいネットワーキング・モデ ルとしてのGDN た価値判断の合理的根拠を提供している。 ②ある問題に関する因果関係に関する学問的に堅 固 な 見 解(因 果 関 係 に つ い て の 信 条 Causal GDNの価値は、GDNが国際社会において今後果 Belief) を共有している。その見解は、その領域に たしうる役割に懸かっている。政策と調査・研究 おける主要問題の解決に結びつく行動の分析から の相互作用とそのプロセスでのコミュニティーや 得られており、および政策の実施と達成する結果 ネット ワーキングに着目したのはGDNが最初で の関係を説明するものである。 はない。これも林(2001a)で論じたように、1971 ③各専門分野の知識について、その有効性や重要 年 に 発 足 し た CGAIR(Consultative Group on 性について間主観的にコミュニティー内部で判断 International Agricultural Research)をはじめと する基準を共有している。 して、さまざまなネットワーキングが活動中であ ④ある共通の政策的企図を有している。人間の福 る。このようなコミュニティーあるいはネット 祉が向上するという確信から、ある問題群とそれ ワーキングについては、その形態や機能の理論的 に対応した一連の行為に対し専門能力が向けられ 解明や、国際関係の中でその機能や役割を位置づ ている。 けることによってその意義をより明確にしようと いう試みも見られる。GDNの外部評価報告書は ハースの知識共同体論はレジーム論の中で「政 GDNの大きな弱点として上に述べたような目的 策にかかわる知識と専門家集団を基礎に置く知識 の「多義性」があるとする。確かに、一義的に既 共同体が、各々の争点領域でレジームをつくり、 存のモデルに当てはまらない点は弱点として認識 政策決定者の政策と行動に枠組みを与え、国際協 されるのかもしれないが、GDNがこれまで考えら メカニズ 力のネットワークを作り上げていく*19」 れてきたネットワーキングのモデルにそもそもあ ムとして広く議論されている。またGDNの中で てはまらないものだとすれば、新しいモデルが生 も、GDNがEpistemic Communityであると理解す 成発展する過程のなかで多義的な理解が生ずるの る参加者は多い。 は自然であるということもできる。それは健全な Epistemic Communityが国際社会の中で役割 複数主義(Pluralism)といえるのかもしれない。 を果たすようになってきた背景として、ハースは これらのことを考えるために、先行モデルとの比 国際問題における問題の複雑性と技術的不確実性 較においてGDNの特性や役割を考えてみたい。 を指摘する。複雑性と不確実性は、国際社会にお けるアクター(とりわけ国民国家)の行動とその (1) 知識共同体 (Epistemic Community) モデル 基礎になる自己利益(国益)を定義することや、 他のアクターの行動を予測することを困難にす る。しかし、高度に専門的な知識人・科学者がコ 国際関係に影響力を及ぼすネットワークの先行 ミュニティーとして必要な知識を提供し複雑な因 研究として代表的なものはハースHaas(1992a)の 果関係を説明することにより、各アクターの利益 *16 “知識共同体(Epistemic Community)論” であ の特定が容易になり、国際的な論争や交渉に向け *16 以下、Epistemic Communityとのみ表記する。 *17 Haas(1992a)p.3 *18 以下においては本稿全体の論述の中での理解を容易にするために筆者独自の訳語を使用した。Causal Beliefなどの用語も同様で ある。 *19 進藤(2001)PP.148‐149 68 開発金融研究所報 争点を深耕し交渉の要点を確認できるようにな Haas(1992b)はオゾン層の保護・フロンガスの る。また、争点やアジェンダを整理することは諸 規制に関する国際協調に関して、Epistemic Com- 国家の行動の収斂と国際協調を促進する要因とな munityの役割を取り上げている。フロンガス規制 る。コミュニティーが継続的な影響を行使するこ の国際条約(モントリオール議定書1987)はきわ とは、強制力なしでも諸国家の協調へ向け促進さ めて厳格な規制であり、この国際的合意の過程で せ、国際的なレジームを変えていくことができ 米国が主導的な役割を果たしている。フロンガス る。このような、知識の普及による国際協調の促 とオゾン層の破壊の因果関係については1970年 進はGDNの目的とするところと共通しており、 代中葉に仮説として提示され、この仮説の検証の GDNのデザインにあたって十分に参考にされた 過程で「因果関係に係る一致した見解」と「有効 ものと考える。 性の検証」を共有するEpistemic Communityが形 具体的にハースが1992年に International Or- 成された。このコミュニティーは、UNEP (United ganization誌の特集編集にあたってとりあげたE- Nations Environmental Protection Agency)や世 pistemic Communityの国際関係における作用の 界中の科学者を含めてト ランスナショナルなコ 事例とされているものをいくつか見ることによっ ミュニティーに成長する。また米国の環境規制当 て、その機能がどのように理解されているかを考 局の専門家もこれに加わることにより、米国を中 えてみたい。 心とした強力な規制レジームを形成することに成 Adler(1992)は核戦略において核軍縮が有効で 功したとする。Drake and Nicolaide(1992)は ありそれを推進すべきとするEpistemic Commu- サービス貿易をGATTの交渉事項に組み入れて nityをとりあげ、1970年代以降の核軍縮において いくに際してEpistemic Communityがサービス 有効に政策への影響力を持ちえた過程を分析して 貿易の定義、範囲の確定などの枠組作りとGATT いる。 その要因はたとえば以下のようなもので 規定の適用、セーフガードの取り扱いなどのポリ ある。①核軍縮に好意的な知的雰囲気(intellec- シーオプション作りに果たした役割を分析してい tual climate)を形成したこと、②コミュニティー る。Hopkins(1992)は1960年代以前は余剰穀物の のメンバーが核軍縮を取り扱うために必要な技術 処理という目的も含めて行われていた食糧援助の 的知識を生み出したこと(具体的な知識が軍縮論 負の効果を指摘し、食料援助の規範作り、制度化 者の主張に正当性と権威を与えた) 、③協調行動を (World Food Programの設立) 、飢餓やその原因 解明することに焦点をあて、イデオロギーや政治 などについての知識の普及にEpistemic Commu- 的な相違や過去の協調の失敗にもかかわらず、超 nityが果たした役割を重視する。 大国に協調行動には利点があることを理解させた これらのケースに共通することは、争点の枠組 こと、④軍備軍縮管理庁(ACAD)などの政府機 作り(フレーミング) 、交渉・政策オプションの提 関や軍縮を主張する市民団体、NGOを通じて影響 示、政策担当者を含めた同盟(Coalition) 作り、知 力を行使できたこと−軍縮という考え方の制度化 識の一般への普及など、さまざまな機能をEpiste- に成功したこと、⑤一般社会における軍縮への理 mic Communityが果たし、国際的なレジームを変 解を高め世論の支持を形成したこと、⑥議会への えてきたことである。もっとも、現実にEpistemic 説得に成功したこと、⑦論理的に整合的な核軍縮 Communityが国際的な政策形成にどれだけの影 の交渉アジェンダを提案することができたこと、 響を及ぼしているかについてはさまざまな評価が ⑧軍縮の規範作りや検証手段の確立を支援したこ ある*21。 と、⑨政治家、官僚、軍関係者などとの完全なパー GDNの場合にはこれまでのところ国際的レ トナーシップのもとに政策形成に協力したこと、 ジームへの影響を明確に認知することはできな ⑩軍縮の考え方を(旧)ソ連側にも普及させるた い。ハース等によって挙げられているケースと *20 めの働きがあったことなどである 。 GDNの違いは、まず第1に取り扱う「知識の種類 *20 Adler(1992)pp.157‐158 2005年5月 第24号 69 と範囲」 である。フロンガス規制や食糧援助、サー 公共益)を共有している一方で基礎となる知識の ビス貿易などの事例と比較してみるとGDNの場 レベルに関しての共通了解も共有している。知識 合には、成長の要因、途上国における諸改革の成 のレベル如何にかかわらず、特定の利害を共通に 否、調査・研究の相互作用といったきわめてカ 主張する利益集団、社会運動や官僚グループとは バーする範囲の広いテーマを扱っており、またそ この点で異なる。 のテーマ自体は各国の政策あるいは国際的な政策 GDNは求められる知識のレベルにおいてEpis- 協調を促すものではあるが、切迫した脅威や核心 temic Community と 共 通 す る 要 素 を 持 っ て い 的な国益に結びつくものではなく、国際的な交渉 る。他方、特定の主張に関しては、 「世界の開発、 の枠組み作りに結びつくものでもない。どちらか 貧困削減に貢献する」というミッションは共有さ といえば、開発の持続的な取り組みへの寄与を目 れているものの、それを“Principled Belief”とす 指しており、MDGsのような期限が定められた目 るにはあまりに漠然としていて曖昧である。これ 標とも直接にはリンクしていない。 は国際(地球)公共益を目指すものであり、その 次にハースなどのEpistemic Communityの定 意味で「利害を共有する」コミュニティーではあ 義から考えてみたい。Epistemic Communityは、 る。したがって、ハースなどのEpistemic Com- 特定の主張を共有しつつ、因果関係に関する学問 munityと の違い は、規定 の争点 に関 する主 張 的・専門的な知見に基づく見解も共有している。 (Principled Belief)の規範性の程度において顕著 もし学問的知見の進歩により因果関係が揺らぐよ である。また、GDNはEpistemic Communityと同 うな場合にはコミュニティーを維持することはで 様な相互作用を目指しながら、 より幅広い立場 (学 きない。これが因果関係の如何にあまり関係なく 問分野、主張) からの参加が行われている。特に、 特定の主張を行う社会集団や社会運動、アドボカ 学問性を強調することによって学問分野別に分断 シー組織との相違である。また特定の主張を共有 されたコミュニティーを結びつける、開かれたプ しない単なる専門家集団や学会などとも異なる。 ラットフォームとしての性格も有している。これ 次に、Epistemic Communityは利害(多くの場合 が GDN の ネ ット ワ ー ク の ネ ット ワ ー ク(Net 図表4 Epistemic Community 因果関係に関する(学問的に)堅固な見解(Causal Belief) 特定の主張・規範化 さされた信条(Principled Belief) 共有 非共有 共 有 知識共同体(epistemic community) 利益集団、社会運動 非共有 ある学問分野の学者や専門家の集団 政治家、官僚組織、官僚グループ 基礎となる知識のレベル(Knowledge Base) 共通了解あり 共通了解なし、もしくは知識の基礎なし 共 有 知識共同体(epistemic community) 利益集団、社会運動、官僚グループ 非共有 ある学問分野の学者や専門家の集団 政治家、官僚組織 利害(Interest) 出典:Haas(1992a)より作成 *21 河野(2001)は京都議定書の締結に際し、超国家的な科学的知識の共有や普及に貢献した認識共同体の役割に関し、各国の行動 を変え実際に地球温暖化が防止したことを以って判断されるべきであると留保する(同p.270‐271) 。太田(2001)も、酸性雨や オゾン層の破壊などの問題などでは科学的知識や科学的裏づけはレジームの形成・維持・強化にとって重要な役割を演じてき ているが、捕鯨や地球温暖化の問題などでは科学的知識の役割は必ずしもレジームの維持・強化に役立っていないとする。 70 開発金融研究所報 work of Networks)たる所以である。 り貧困を削減し、よりよき世界を目指す)を目指 しており、特定の狭い争点に的を絞ったものでは (3)そのほかのネット ワーキング・モデ なく、きわめて広い視野あるいは争点領域を持っ ている。ただし、GDNの中の国際共同研究や地域 ルとの比較 ネットワークの展開の中で、そのサブ・グループ Crewe, Hovland and Young(2005)は既存の としてGDN本体とは性格の異なるネット ワーク ネットワーク/コミュニティーのモデルを図表5 が生まれてくる可能性はある。 *22 のように整理を行っている 。 も う 一 つ は、主 張 の 規 範 性 の 程 度 で あ る。 これらのネットワーク・コミュニティーのモデ Epistemic ルを比較するといくつかの特徴を見ることができ Advocacy Coalitionは、メンバーの主張に共有さ る。一つは争点を中心にしているかどうかであ れ た 強 い 規 範 性 が あ る。こ れ に 対 し Policy り、Policy Community と Global Public Policy Community、Global Public Policy Networkの規範 Networksは世界や地域の大きな課題に関心領域 性は弱く、Issue Networkの場合にはまったくな を有しているものの、特定された争点を中心とし い。GDNの場合には「開発の総体的な取り組み」 て集結したものではない。これに対し、他は争点 を大きな意味での規範的な主張ととらえるとでき が比較的狭く特定されそこを中心とし ている。 ないこともないが、異なった価値観、さまざまな GDNは開発の総体的な取り組み(知識の普及によ 解決方法を参加者が持ち寄っているという意味で Community、Discourse Coalition、 図表5 ネットワーク/コミュニティーのモデル 政策コミュニティー(Policy Communities) 特定分野の政策形成に深く関与し政府の内外で特権的に情報へのアクセスを持っているアクターによるコミュニティー。ジャー ナリスト、リサーチャー、政策アナリスト、議員、高級官僚、価値観を共有する専門家のグループによって構成される。ワシン トンの“Policy Community”が代表的。 世界的な公共政策ネットワーク(Global Public Policy Networks) 国民国家の間あるいはそれを超えた活動を行う政府機関、国際機関、非政府組織(市民社会)などの連合。Global Environment Facilityなど。 知識共同体(Epistemic Communities) 信条と特定の政策企図への参加を共有するネットワーク。専門知識や教育水準が参入障壁となる。気候変動に関する国際的パネ ルなど。 言説連合(Discourse Coalitions) 社会問題の捉え方を共有しさまざまな政策領域における争点に対し自らの言説を押し通そうとするアクターのグループ。組織の 中である言説が認識や理由付けの方法で支配的になると、その言説は制度化される。 アド ボカシー連合(Advocacy Coalitions) 政策のサブシステムに係る分野において利害よりは信条を共有する集団。複数のアド ボカシー連合が意見を闘わせ、その一つが 抜きん出た勢力となることによって政策変化がもたらされる。Jubelee2000運動など。 争点ネットワーク(Issue Networks) 異なった価値観、対立する利害、さまざまな解決方法を持っているが、特定の争点に係る知識を有しているために集まっている グループ(Development Alternatives with Women f or a New Era(DAWN)など) (出所: Crewe, Hovland and Young(2005) ) *22 同p.45 2005年5月 第24号 71 はIssue Networkと似ている。 これは、既存のモデルには必ずしも当てはまら 主張の規範性と争点の範囲と言う点において ないもので、グローバル化した21世紀の政治的、 は、GDNはGlobal Public Policy NetworkやPolicy 経済的、技術的条件を背景にした全く独自のもの Communityに接近しているが、フォーマットとし ということができる。独立評価報告書が指摘する てのオ ープ ン性 で Policy Community とは 異な GDNの目標等に係る参加者の多義的な理解はま り、また参加者の多様性、流動性、開放性などで さにここにその理由があると思われる。 Global Public Policy Networkとは異なる。さらに このように、GDNはネットワーキングのモデル 基礎となる知識ベースを要求する点において としては独自の新しいものであると見ることがで Epistemic Communityと共通する特徴を持って もっとも、このモデルはあくまでもGDN きる*23。 いる。 の5年間の活動から帰納したものであり、今後、 変化していくことが予想される。一つの可能性 以上を図示すると図表6のようになる。 は、GDNの活動の中から争点が絞り込まれていく 方向である。たとえば、現在着手されている「先 他のネットワーク・モデルと比較しつつ、GDN 進国の政策の途上国貧困へのインパクト」に係る をモデルとしてまとめてみると以下のとおりにな 国際共同研究において、貿易、投資、移民等の個 るだろう。 別分野に議論が絞りこまれていくなかで、より争 ①Epistemic Communityと同様に高度な知識レ 点が絞られ、Issue Networkに類似した形に接近 することもありうるだろう。また、さらに、争点 ベルを前提にしている。 ②開発にかかる幅広い争点を取り扱う。 をフレーミングしていく中で、より規範的な目標 ③規範化された主張をあらかじめ持たず、客観 が紡ぎだされ、国際交渉のアジェンダを特定し政 策選択肢を提示していくことが十分ありうる(後 的、科学的なアプローチを重視する。 ④学際性を重視する、また多様な立場からの議論 述するようにそれは一つの方向である) 。この場合 に は Epistemic Community に 近 づ く こ と に な を歓迎する。 ⑤調査研究者、政策担当者、国際機関、政府機関、 る。また、国際機関化によってGDNが「国民国家 NGO、シンクタンク等多様なアクターがオープ の間あるいはそれを超えた活動を行う政府機関、 ンな形で参加している。 国際機関、非政府組織(市民社会)などの連合」 図表6 GDNの位置づけ 要求される知識ベース・学問的 方法論への関心 高 主張の規範性 強 Advocacy Coalitition Epistemic Communities Discourse Coalitions Issue Networks Epistemic Communities Global Public Policy Network Global Public Policy Network 広 狭 GDN Policy Communities 争 点 の 範 囲 Discourse Coalitions Policy Communities 大 小 GDN Advocacy Coalitition Issue Networks 弱 出典: 筆者作成 *23 Stone(2001)p.254 72 開発金融研究所報 低 の参 開加 放者 性の 多 様 性 ・ 参 加 すなわちGlobal Public Policy Networksに近づい の分析」について述べたように、多くの事例を総 ていく可能性もある。 合した研究の結論は必ずしも単純明快なものでな ちなみに開発の世界ではGDNに限らずさまざ く、初期条件や経路依存性の重要性を再認識させ まな内容や形態のネットワーク活動が行われてお る結果となっている。このことは、開発政策の意 り、現在も行われつつある。これら多様な活動を 思決定における開発途上国自らの調査研究および 21世紀の状況に即してモデル化することは今後の 政策立案能力の向上および各種プロセスへの途上 課題であるが、Epistemic Communityに最も近い 国の人々の参加の拡大の必要性を明らかにし、 ものを挙げるとすれば、世銀および世銀の周辺で GDNの意義を裏書している。 「ワシントン・コンセンサス」 を担ったエコノミス さらに、GDNがモデルとして単純な「開発に関 ト 集団を挙げることができるだろう。クレア・ する物語(Development Narratives) 」の形成を防 ショート前英国海外開発庁長官およびオランダ、 止し、より客観的な政策議論のベースを提供する 北欧の)経済協力担当閣僚が中心となって貧困削 機能を有する点を指摘したい。 “Development 減を援助政策の最重点とすべきことを主張したウ Narratives”の問題は、Roe(1991)によって論じ トシュタイン(Utstein)グループは、Discourse られたもので、Roeは農村開発の分野で、イデオロ Coalitionに近いものと思われる。プログラム援助 ギー的あるいは惰性的な思い込みであると思われ に関する知識と経験の交流の場としてはじまった ている物語的な言説(Narrative)が長期にわたっ Learning Network of Program Based Approach て開発政策の潮流となる現象があるとする。これ (LENPA) は、プログラム、財政支援やセクター・ は政策担当者が個別的な状況に仕立て直した政策 ワイドアプローチ、コモンバスケット方式などを ではなく一般的で標準化された青写真を志向する 重視する“Like Minded Group”のフォーラムと こと、政策担当者に働きかけるロビーも単純な結 し て2001年にスタート し た時点では Discourse 論を志向することによるものである*25。 Coalitionの性格が強かったと思われるが、2002年 調査研究と政策形成の相互作用の過程において から日本や世銀などに声をかけ、より幅広い立場 は、迅速な意思決定や国民・納税者に対するわか からの議論を目指しており、Issue Networkの性 りやすい説明が必要であることからこのような事 *24 格を強くしていると考えられる 。 態が生じやすい。官僚組織の中でも予算要求、機 構定員要求などで求められるのは「わかりやすい (4)GDNモデルに期待される機能 ストーリー」である。少数の事例(アネクドート) もうまく説明すれば一般的な真理として通用する 上で論じたGDNのモデルとしての特性から次 ことができる。そして、国際協力のプレイヤーが、 のような潜在的可能性が考えられる。まずは多様 それぞれ自らの立場の擁護も含めて少数のアネク な参加者、 学際性などをフルに生かし、ネット ドートから導きだされた物語に依拠して政策を議 ワークの効果を最大限に活用した知識ベースの拡 論するとき、しばしばそれは先鋭な極論や「二分 大である。ネットワークにより多くの事例を取り 論(Dichotomy) 」を生むことになる。その好例が 扱うことは少数の事例(アネクドート)に依拠し 1990年代前半に盛んであった 「市場か政府か」 「経 た政策形成を抑止するという重要な効果がある。 済成長か貧困削減か」という二分法的対立軸であ GDNがクリティカル・マスを確保することの重 る。筆者は“Development Narrative”といわれる 要性はここにある。第2章で国際共同研究「成長 ものについては、事例が増え、経験を積み重ねる *24 筆者は2002年(オタワ) 、2003年(ベルリン) 、2004年(東京)の会合に参加した。ベルリン会合ではプログラム支援と調和化、 アラインメントが主題であり、東京会合では成長政策と援助が主題になど視点が幅広くなってきている。 *25 Roe(1991)は「共有地の悲劇」や「貧困と森林伐採」などの争点領域において言説が十分な検証がなされずに開発政策の立案 において採用されているとする。たとえば1980年代に援助機関が「途上国の森林伐採防止のための改良ストーブ普及プログラ ム」への予算削減の理由として根拠にしたのは、住民は必ずしも森林を伐採していないというジャーナリストのレポートやス トーブプログラムは成功していないという少数の事例から導き出されたNarrativeであるとする。 2005年5月 第24号 73 ことによって修正され、それによって、争点その 成、強化、国際的なゲームのルールの設定などに ものの対立軸が相対化され、論争が「緩和」され 深く関係したテーマを取り扱うことにより、国際 ていく傾向にあると考える。たとえば「市場化か 的交渉事項における争点のフレーミングと政策オ 政府か」という軸は、移行経済諸国の経験や1997 プションの提示に関与するものであった。GDNが 以降のアジア経済危機を通じて、市場を機能させ このような領域により深く踏み込むようになれば るための政府の役割の重要性の再認識とその能力 GDNに対する関心はさらに高まることになる。国 向上(公共支出管理など)に収斂されつつあり、 際機関化はInternational Public Policy Network *26 また貧困に関する議論は“Pro‐poor Growth” としての機能も取り込んでいくチャンスである。 論が同じように建設的な議論を展開する土俵に 国際レジームの維持安定、国際ルールや国際目標 なってきている。このような収斂効果が援助にお の設定にGDNモデルが果たしうる役割は、冷静な ける政策協調や調和化を容易化し推進する条件を 争点のフレーミング、多くのデータと分析による 提供していると考える。 単純な結論の回避、途上国の国際的な意思決定へ 前述のように「成長の分析」研究の結論は「単 の参加の拡大など、世界の平和と安定に積極的な 純なストーリー」ではない。しかし、ネットワー 役割を果たす効果などと想定される。ただ、現状 クを通じた多面的な議論が“One size fit all”や ではMDGsの諸目標達成の手段、モニタリングな “Panacea”を求める政策サイドを牽制し、冷静な どの課題とも直接結びついておらず、また、援助 議論を慫慂するものであるとするならばそれが最 と開発をめぐる大きなイベント である2005年3 も大きな意義である。それは、争点を緩和し極論 *27 に 月の「パリ援助効果ハイレベルフォーラム」 を排除することによって国際協調・協力を促進 も参加機関・NGOなどの名前を連ねていないの し、レジームの安定につなげることができるから は残念である。 である。言い換えれば、既存のNarrativeを解体/ 「最小限の事務局機能」という当初方針が非現 脱構築(deconstruction)するところにネットワー 実的であることはすでに述べたが、国際レジーム キングの最も大きな意義が見出せる。前節で検討 やルールに踏み込み、かつGDNの特性を発揮する したモデルの中では、参加者の多様性やあらかじ ためには、更に強力な事務的さらには政治的機能 め定められた主張の規範性の弱さがある一方で、 が必要である。GDNはまだ本来その潜在能力が発 学問的なレベルを維持しうるネットワークとして 揮できる規模に達しておらず、当面は拡大均衡戦 GDNを位置づけた。この特性は Narrativeの解 略が最適である。したがって現段階で予算の制約 体/脱構築を通じた国際協調の促進に最も発揮さ が顕著になり活動のダウンサイジングを求める議 れるだろう。したがって、ネットワークの効果を 論が出てくることはきわめて憂慮される。国際協 発現しうるだけの量・質のクリティカル・マスを 調、国際協調に果たす客観的、科学的知識の役割 維持し拡大することがGDNの目下最大の課題で を評価し、それを提供できる最短地点にいるのが ある。 GDNであることを、国際社会の側でも、認識すべ きなのである。 (5)より高度な役割に向けて 1999年にGDNが発足したとき、国連のアナン事 務総長が「くれぐれも失敗しないでほしい」とい ハースのEpistemic Communityで取り上げら うコメントを寄せていた。GDNが失敗だったとい れている事例は、いずれも国際的なレジームの形 うことになれば、 今後長い間、 類似のイニシアティ *26 トリクルダウン論とその批判を止揚する形で、貧困削減には世界、後発開発途上国双方の経済成長が必要であるが、これまでの 開発途上国の成長の成果は貧困層には自動的に届かず、あるいは届いたとしても時間を要するという認識を共有した上で、ある 経済成長が貧困層に届いたものかどうか、経済のどの部門の成長が貧困層の所得向上に貢献するかを検証するもの。山形・栗原 (2003)p.68。 *27 Paris Declaration on Aid Effectiveness‐Ownership, harmonization, Alignment, Results and Mutual Accountability, March 2005、http://www.aidharmonization.org/ (2005年3月31日) 74 開発金融研究所報 ブを立ち上げる組織や個人はいなくなる。 「知識を 力を獲得する条件は、大前提としての知識ベース 通じて南北問題に取り組み国際協調を促進する」 に加えて、議論されている問題にどの程度主体的 という契機が「GDNの失敗」によって失われるこ に関わっていくか(問題に直面している人々に対 とをアナン事務総長は最も恐れていたのだろう。 し、どの程度「よい隣人」となっているか)とい 9.11同時多発テロやイラク戦争などを通じて国 うスタンスである。言い換えれば「日本の顔」 「日 連や国際協調の枠組みに緊張が走る現在、この懸 本の声」というのは「結果」であって、それが「目 念はより現実的である。 標」 と受け取られた場合には、 知的コミュニティー では発言が割り引かれる可能性があるということ である。もう一つは、国際的なアジェンダの設定 6.日本の役割 においていかに主体的、能動的に課題を提供して 日本の国際協力については資金面の協力に比べ いくかという点も重要である。アジェンダをどの 政策への影響力が乏しいことが日本国内でも問題 ようなものにするかは国際レジームやルールの設 にされている。資金も国際的なシステムを維持す 定という面で国益とつながりが深いが、ここでも るために不可欠であり、その貢献は国際公共財の 「国際公共益」 の立場からの貢献が評価されるポイ 供給として評価すべきであるが、政策面での発言 ントであり、すでに多く議論されるように「啓発 を積極的に行うことは大きな課題である。GDNの された国益(enlightened national interest) 」の競 場合には、日本は開発賞への拠出や年次総会の運 2004年末のインド 洋大 い合いになっている *29 。 営などを中心に資金的に貢献をしているのみなら 津波はきわめて悲惨な災害であったが、その後の ず、開発賞の審査、全体会議、分科会のテーマ設 日本の取り組みは被災者への積極的なかかわり、 定と運営、国際共同研究への参加などを通じてサ 防災という国際公共益に向けたアジェンダの設定 ブスタンスに大きな貢献を行っている。分科会 など、モデルとなる対応であろう。そしてその基 セッションなどを通じて、成長と貧困に関してバ 礎になったのは、日本国内でこれまで多数の事例 ランスの取れた調査結果を継続的に提供している を経て蓄積された防災に関する「知識」である。 ことは、強い政策性のあるメッセージを提供して GDNならびにその他の国際的な政策議論に対 いるものと考える。たとえば、2000年の東京会 応していくためには、長期的課題としていくつか 合、2001年のリオ会合でのインフラ開発の成長、 の点に留意する必要がある。一つは、国内におけ 貧困削減効果の報告は、その後2002年以降の世銀 る政策論争の場(Policy Space)の確保である。泉 などによるインフラ投資の再評価の先駆けであ 田(2003) 、野中・大串(2003)などの「知識国家 り、また2003年のカイロ会合における山形・栗原 論」などで論じられているように、日本ではこれ (2003)のベースになった報告も、現在のPro‐ まで政権交代が少なかったこともあり、 「政策連 *28 poor Growth論に貴重な材料を提供している 。 合」がぶつかりその中から弁証法的に発展する知 林(2001a)で述べたように開発援助の知識化は 識の形成が顕著には見られなかった。このため日 1990年代以降一貫した流れでありとどまるとこ 本においてはまず政策の競争が知識の場を広げる ろを知らない。PRSPや援助協調のような多数当 というメカニズムを発展させる必要がある。野 事者の調整が必要とされる場では、十分に参加者 中・大串(2003)が指摘する日本の政策議論にあ を説得できる能力が必要とされている。GDNの議 りがちな特定イデオロギーの偏向や単純な二元論 論などに参加して感じられることは、発言が説得 *30 は、まさにNarrative依存の状況を示すもので *28 本研究をベースにした、栗原光代、山形辰史(2003) 「開発戦略としてのPro‐poor Growth−貧困層への雇用創出−」 、国際開 発研究第12巻第2号、2003年11月に対しては、2004年11月に国際開発学会賞が授与されている。 *29 朝日新聞2005年3月20日の対談記事「国連改革 安保理が焦点」における緒方貞子氏発言「日本は財政面で貢献しているのに 何ら地位を得ていないと不満を持つが、その貢献のわりには政策論や国際的な共通利益の問題での主導力がない。 自分の利害だ けではなく、自分の利害を全体の中で位置づけ、全体の利害を強化する政策を示していくのが国連外交です」同11面 *30 同p.16 2005年5月 第24号 75 ある。もう一つは、林(2001a)で述べたので詳し 境や移動のコストと時間などで分断されていた知 くは繰り返さないが、日本にある豊富な暗黙知の 識が急速に結びつき、人間の視野を拡大してい 「形式知化」である。 GDNに関しては、日本としてより積極的に関わ 由来する「理論」や「イデオロギー」がどんどん るためには以下の点を考慮する必要があるだろ 解体されつつある。GDNの国際共同研究を通じて う。 データやケースを増やし視野を広げるほど,単純 まず、国内でGDNに関心を有するクリティカ な結論が得られないことが明らかになりつつあ ル・マスを形成することである。そのための一つ る。 の方法はWEB戦略であり、GDN−JAPANの更新 知識の量を増やすことが重要なことはいうまで 頻度を上げること、主要なペーパーについてアブ もない( “I know what I know” ) 。しかし、より スト ラクト を掲載するか直接のリンクを張るこ 重要なのは現在の知識に何が欠けているかを知る と、GDNetに新規掲載された論文を紹介すること ことである( “I know what I don't know) 。さら などは日本の研究者、実務家にも注目され、世界 に重要なことは、知識そのものの限界を知ること の関心事項と日本の関心事項にギャップを埋める である( “I don't know what I don't know) 。自 効果が期待される。次に、国際共同研究への参加 己の知識の限界を知るとき初めて他者の理解が可 を呼びかけることである。特に、 「先進国の政策の 能になるであろう。21世紀の国際社会がこのよう 途上国貧困へのインパクト」に関しては、世界の な知識の限界への認識に基づいて、国際協調と国 援助、投資、貿易などに重要な位置を占める日本 際協力を発展させていくことを願いたい。 からの参加者は不可欠と思われる。第3は、地域 共同研究の実施である。GDN東アジアネットワー <参考文献> ク(EADN)は地域的な課題や関心事項を共通に しており、 実際に日本の各研究機関も、 シンガポー 〔和文文献〕 泉田裕彦 (2003) 「政府の機能と情報化による知識 ル の ISEAS(Institute of South East Asian 創造の場の拡大」 、野中郁次郎、泉田裕彦、 Studies)やタイのTDRI(Thailand Development 永田晃也編「知識国家論序説」 、東京経済新 Research Institute)などの研究機関とそれぞれ深 報社2003年3月、45‐71頁 いかかわりを持っている。日本の研究機関と東ア 太田 宏 (2001) 「地球環境問題−日本の温室ガス ジアのネットワークの強化は、重複を回避しコス 削減の事例」 、渡辺昭夫、土山実男編「グ トを削減し知識の共有を進めるためにも有効であ ローバル・ガバナンス−政府なき秩序の模 る。いずれにしても1機関や少数のグループの努 索」 、東京大学出版会(2001)286‐310頁 力だけでは手に余るものがあり、日本の開発コ 河野勝(2001) 「国内政治からの分析」 、渡辺昭 ミュニティー全体としての関心と支援を望みたい 夫、 土山実男編 「グローバル・ガバナンス− ところである。 政府なき秩序の模索」 、東京大学出版会 【おわりに】 「三人寄れば文殊の知恵」といわれるが、それ が300人だったらどうだろうか? 世界中の文 (2001) 264‐285頁 朽木昭文(2004) 「貧困削減と世界銀行−9月11日 米国多発テロ後の大変化」アジア経済研究 所,2004年9月 後藤一美 ( 1998) 「知識は力なり−開発と援助の 化、背景、専門知識を異にする3000人が、ネット 経験に学ぶ」川田順造他編『開発と政治』 上でスタンドバイしており、縦横斜めさまざまな (岩波講座『開発と文化』シリーズ第6巻) 角度から問題に切り込んでいくという状況ではど 76 る。経験の範囲内にとどまっていた狭隘な認識に 岩波書店 1998年2月 うだろうか? モノ、ヒト、カネ、情報の国境を 後藤一美(1999) 「開発と援助の経験に学ぶ− 越えた動きすなわちグローバリゼーションは、知 OECF 開 発 援 助 研 究 所 か ら の メ ッ セ ー 識のグローバリゼーションももたらしている。国 ジ」 、海外経済協力基金『開発援助研究』第 開発金融研究所報 5巻4号 1999年7月 144‐161頁 進藤栄一(2001) 「現代国際関係学」有斐閣 2001 年10月 野中郁次郎・大串正樹(2003) 「知識国家の構想」 Warwick,pp.25‐50 Drake, W.J. and Nicolaidis, K(1992), ” Ideas, interests and institutionalization : “trade in services”and the Uruguay Round”, In- 野中郁次郎、泉田裕彦、永田晃也編「知識 ternational Organization 46, 1, Winter 国家論序説」 、東 京経済新 報社 2003年 3 1992, pp.37‐100 月、1‐41頁 GDN:Annual Report(2002‐2004) 林 薫(2001a) 「開発における知識ネットワーク GDN Secretariat(2004),” Internal Evaluation of の可能性と課題」国際協力銀行『開発金融 the Core Activities supported by the Glob- 研究所報』第6号 78‐99頁 al Development Network 林 薫(2001b) 「GDN−グローバルに展開する地 Haas, P. 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Banking on Knowledge, 2000, Change Process ” , ITDG Publishing 2005, London, Routledge, pp.241‐258 2005年5月 第24号 77 北欧諸国の援助:ベトナムでの援助実施状況 から*1 法政大学人間環境学部教授 下村 恭民 要 旨 北欧4カ国(デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン)は国際援助社会において独 自の位置を占めるドナーである。援助の金額ではドナーの中で中型の規模であるが、①ODA供与額の 国民総所得(GNI)に対する比率が世界最高水準であること、②一貫して明確な援助理念を国際社会に 発信してきたこと、③援助協調などの先端的な援助モダリティに積極的に取り組んでいること、など の理由から強い存在感を示している。 本稿では、北欧諸国の援助理念、援助戦略などを概観した後、2004年3月にベトナム(ハノイ)で実 施したフィールド調査の結果に基づいて、開発途上国の援助現場における北欧の援助活動の実態につ き紹介する。 調査の過程で浮かび上がった北欧の援助の特徴のうち、以下の二点が特に重要である。 1)貧困、人道、民主化、人権、グッド・ガバナンスなどの理念を高く掲げながら、理念の実践段 階では抽象性を排除し、 “プロジェクト事業の実施” という具体的な形を選択していること。また対象 事業の選定に当たっては、自国の比較優位を活用できる分野に絞って、存在感を示せるよう配慮して いること。 2)援助協調を推進しているが、 “協調それ自体”の重要性を唱えるのではなく、中型のドナーとし ての資金動員力の制約の下で、最も効果的に影響力を確保するための手段として援助協調を行ってい ること。 現地への権限委譲の点で各国には差異が認められるが、スウェーデンの行っている体系的な権限委 譲は、日本にとって非常に示唆に富むものであり、今後の一層の調査が望まれる。 1.本稿の目的:なぜ北欧諸国を取り上げ、 北欧4カ国(Nordic Countries、デンマーク、 実施段階に焦点を当てるのか …………78 フィンランド、ノルウェー、スウェーデン)を取 ………………80 り上げて、実施段階に焦点を当てつつ、その援助 2.北欧の援助の基本的特徴 3.ベトナムに対する北欧諸国の援助方針 …83 の特質を把握することが本稿の目的である。 4.援助協調への取り組み …………………87 5.現地での援助実施体制:日本への示唆 …88 北欧諸国は国際援助社会に独自の位置を占める 6.結論と提言 ドナーである。この4カ国の援助がDAC(OECD ………………………………90 1.本稿の目的:なぜ北欧諸国を取 り上げ、実施段階に焦点を当て るのか の 開 発 援 助 委 員 会 : Development Assistance Committee) 諸国のODA実績に占める比重は、9.5 %程度(2003年実績、表1)であって、ドイツの 援助規模をやや下回るが、北欧諸国のドナーとし ての存在感は金額が示す水準を超えている。その 理由として以下の要因が挙げられよう。 *1 本稿は、2004年3月に国際協力銀行開発金融研究所の時子山由紀専門調査員(当時)と共に実施した、ベトナムでのフィールド 調査に基づき作成されたものである。調査実施に対する国際協力銀行ハノイ駐在員事務所の支援と、本報告書作成に対する時子 山氏の貴重な貢献に謝意を表したい。 78 開発金融研究所報 表1 DAC加盟国の中での北欧諸国の位置(2003年実績) 金額 ODA実績* シェア 順位 ODA対GNI比率 比率 順位 9 位 0.70 % 5 位 スウェーデン 21.0 億ド ル 3.1 % ノルウェー 20.4 3.0 10 0.92 1 デンマーク 17.5 2.6 13 0.84 2 フィンランド 5.6 0.8 16 0.34 10 日本 88.8 13.0 2 0.20 19 DAC諸国 684.5 100.0 − 0.25 − * 支出純額 出所)外務省『ODA白書』2004年版 衢) ODA供与額の国民総所得(GNI)に対する比 率が世界最高水準にあること(表1) 衫)一貫して明確な援助理念を国際社会に発信し てきたこと 米国などを含めた広い意味の国際援助社会 との協調なのか。 c)中規模のドナーである北欧諸国は、大型の 主要ドナーとの協調に際して“存在感の埋 袁)援助協調などの先端的な援助モダリティに積 極的に取り組んでいること 没”を懸念していないのか。もし何らかの 懸念を持つとすると、どのような方法で独 自の存在感を主張しようとしているのか。 われわれは、これらの点について一定の情報を その際に、どのような分野に集中すること 蓄積してきたが、北欧諸国の援助理念、援助戦略、 で強みを示そうとしているのか。 援助実施方式などが実際にどのような形で実践さ d)中型のドナーが一定規模の現地実施体制を れているかは、まだ必ずしも十分に確認されてい 維持することは、費用と効果の観点から難 るとはいえない。われわれの理解が一般的原則論 しい面を持つと考えられるが、北欧諸国 の段階にとどまっている恐れもある。 は、この点をどのような形で克服しようと われわれが必ずしも十分な情報を持っていると しているか。 いえない問題として、たとえば、以下のようなも このような問いに答えるための作業の第一段階*3 のがある。 として、2004年3月15日から18日の期間に、ベト a)北欧ドナーとして集合体で、あるいは一ま ナムのハノイで、北欧諸国の援助担当者および援 とめに論じられることの多い4カ国(実際 助研究者から聞き取り調査を行った。開発途上国 にはフィンランドを除く3カ国が取り上げ の援助現場における北欧の援助活動の実態を、で られることが多い)の援助の実態には、ど きるだけ具体的に把握することを目的とし、①北 のような共通点と相違点があるのか。 欧諸国間での連携の状況、②LMDG諸国(Like‐ b)援助協調への強い志向は北欧諸国の特徴の Minded Group) との協調の仕組み、③北欧の援助 一つとされているが、その中心は北欧4カ の中でのベトナムの位置づけとベトナムでの援助 国間の協調なのか、あるいは英国・オラン 実施状況、④援助実施における現地と本国との関 ダ・カナダなどを含む、いわゆる Like‐ 係、および現地での援助実施機関と大使館との関 *2 Minded Group (LMDG諸国)との協調な 係などに焦点を当てて、資料収集とヒアリングを のか、あるいは世銀や国連さらには日本、 行った。本稿は、その調査結果に基づくものであ *2 少額グラントを中心とし、貧困削減を重視する援助理念を共有している欧州ドナー諸国。英国、ドイツ、オランダ、カナダ、北 欧諸国などがメンバー。 *3 開発金融研究所では、ベトナムでのフィールド調査に続いて、アフリカで同じ趣旨の調査を計画している。 2005年5月 第24号 79 る。 ⑤ 途上国の政治改革支援の重視 3)援助プログラムの特徴 一般にフィールド調査には「仮説検証型」と「仮 ① 中心目的は貧困緩和 説発見型」の二つの側面があるが、今回の調査に ② 途上国のオーナーシップの尊重と、途上国 は、その両方が含まれている。まず、われわれの との間のパートナーシップ構築の重視 間にはドナーとしての北欧諸国の姿(下記2.参 ③ 少数のprogram countryを対象に援助を長 照)が、一定のイメージを持って広く共有されて 期間持続させることによる信頼関係の構築 いるが、これを「北欧モデル」と呼ぶことができ ④ program countryの選定における後発開発 るとすれば、そのモデルがどのような形で実践さ れているのか確認する努力は仮説検証型であると 途上国(LLDC)の重視 ⑤ 援助形態としては、セクター全体を対象と いえる。また、これまでのイメージに縛られず、 する支援(sector program aid)と財政支援 調査を通じてえられた情報を構成することによっ (direct budget support)を重視 て、北欧諸国の援助の実態を再検討・再構築しよ ⑥ 開発教育の重視 うとする仮説発見型の作業も想定されている。 4)援助のあり方を規定する背景要因 時間の制約などの理由で、援助対象事業のサイ ① キリスト教の伝統に基づく慈善の精神 トを実査することができず、インタビューを通じ ② 労働運動の伝統に基づく、労働者間の国際 た調査のみとなったが、この調査は今後の展開の ための第一歩と考えている。 的連帯の精神 ③ 他の主要ドナーと異なり、植民地経験と無 縁であるという意識 ④ 援助における専門性の高さ 2.北欧の援助の基本的特徴 2.2 北欧側が発信する援助姿勢 北欧諸国の援助の量的な側面については表1で 確認した。ここでは、その援助理念、援助政策に これらのイメージは、北欧諸国が国際社会に発 ついて基本的特徴を整理しておきたい。 信しているメッセージをかなりの程度、反映して いると見るべきであろう。北欧の援助政策を構成 2.1 北欧諸国の援助:外部の見方 する基本的な要素を把握するために、北欧諸国の 各種の公文書のキーワードを整理すると、表2の 北欧諸国の援助に関して、国際社会には一定の ようになる。 類型化された認識が共有されている。一例として ここに示されている援助の基本姿勢は、 「ミレニ *4 の国際協力銀行ロンド ン事務所による調査結果 アム開発目標(MDGs) 」を取り入れた標準的な性 に沿って、北欧の援助に関する一般的なイメージ 格を持ち、必ずしも北欧に特有でない側面も多く を概観しておきたい。 見られるが、北欧諸国に共通する姿勢という点で 次の5つを特記したい。このような援助姿勢の存 1)対外援助への積極性:表1に見たとおり 在することについて、国際社会は一定の認識を 2)開発援助政策の基本的要素 持っているが、 本稿ではこれを理念型としての 「北 ① 人道的価値の重視 欧型援助モデル」と呼ぶこととしたい。 ② 国内の広範な支持 ① 援助目標としての貧困削減の重視 ③ 途上国のすべての階層の人々とのパート ② 価値観としての人権、民主主義、良い統治、 ナーシップ重視 ④ 援助対象国の重点化 人道、ジェンダーなどの重視 ③ オーナーシップの重視、途上国側のイニシ *4 JBIC London Office, Development Policy in Scandinavia, June 2003 80 開発金融研究所報 アティブの重視 ④ 貿易と投資の振興による経済成長の重視 ⑤ 援助協調の重視 表2 北欧諸国の掲げる援助の基本要素 人権尊重 民主化 良い統治 ジェンダー配慮 人道支援 難民支援 社会開発・社会保障 デンマーク フィンランド ノルウェー スウェーデン ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 紛争防止・解決 貧困削減 最貧国重視 アフリカ重視 ○ 環境 経済成長 貿易振興・市場開放 ○ 民間投資促進 ○ ○ 債務救済 ○ ○ ○ オーナーシップ パートナーシップ 援助協調 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ テロとの戦い * 贈与重視 ** アンタイド 重視 NGOとの連携重視 ○ ○ ○ ○ 政治的・経済的自立 経済的・社会的平等 * ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 2001/2002年におけるデンマーク、フィンランド 、ノルウェーの3カ国のグラント ・エレメント は 100%、スウェーデンは99.9%であった。 (外務省『ODA白書』2004年版) ** 2002年の各国のアンタイド 率は以下のとおりで、3カ国が日本を下回っている。 ノルウェー:99.1%、 (日本:82.8%)、フィンランド :82.5%、デンマーク:82.1%、スウェーデン: 78.5% 出所)外務省経済協力局『ODA白書』2004年版(デンマーク政府の「別なる世界を求めて」2003年6月、ノ ルウェー政府の「貧困削減に関する行動計画」2002年3月、スウェーデン政府の「共有責任:全地球 的発展のためのスウェーデンの政策」 2003年12月に関する記述)、国際開発高等教育機構 『主要援助国 及び国際機関の中期政策のあり方に関する調査報告書』平成15年12月(ノルウェーの NORAD invests in the future : NORAD's strategy for 2000‐2005 に 関 す る 記 述 )、Ministry for Foreign Affairs of Finland, Decision ‐in‐Principle on Finland’ s Development Cooperation 、Ministry for Foreign Affairs of Finland, Finland 's Development Cooperation 2002 、Sida ホームページ、Agreed Minutes from Consultations on Development Cooperation 2004‐2006 between Vietnam and Sweden, January 14 ‐25, 2004に述べられたスウェーデンのnew policy on global development 2005年5月 第24号 81 図1 ベトナム全図:61州の所在 5 7 10 9 12 6 11 CHINA 8 13 15 16 18 17 HANOI 19 22 23 21 20 25 24 Hai Phong 14 27 26 28 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 GULF OF TONGKING 29 30 31 LAOS Ha Noi Ho Chi Minh Hai Phong Da Nang Ha Giang Tuyen Quang Cao Bang Lang Song Lai Chau Lao Cai Yen Bai Bac Can Thai Nguyen Son La 32 Hue 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 Phu Tho Vinh Phuc Bac Giang Bac Ninh Quang Ninh Ha Tay Hoa Binh Hai Duong Hung Yen Thai Binh Ha Nam Nam Dinh Ninh Binh Thanh Hoa Nghe An Ha Tinh Quang Binh 33 4 Da Nang 34 THAILAND 35 41 36 42 37 43 CAMBODIA 38 46 47 50 51 58 THAILAND BAY 59 提供)在ベトナム デンマーク大使館 82 開発金融研究所報 49 52 Nha Trang Dalat 44 39 45 40 48 Ho ^ Chi Minh 61 53 56 54 57 60 32 Quang Tri 33 Thua Thien Hue 34 Quang Nam 35 Quang Ngai 36 Binh Dinh 37 Phu Yen 38 Khanh Hoa 39 Ninh Thuan 40 Binh Thuan 41 Kon Tum 42 Gia Lai 43 Dak Lak 44 Lam Dong 45 Binh Duong 46 Binh Phuoc 47 Tay Ninh 48 Dong Nai 49 Long An 50 Dong Thap 51 An Giang 52 Tien Giang 53 Ben Tre 54 Vinh Long 55 Tra Vinh 56 Can Tho 57 Soc Trang 58 Kien Giang 59 Bac Lieu 60 Ca Mau 61 Ba Ria Vung Tau 55 SOUTH CHINA SEA 0 0 100 50 200km 100miles 3.ベトナムに対する北欧諸国の援 助方針 あると考えられる。 重点3分野への支援の概要は以下のとおりであ る。 1)水資源 ここでは、北欧4カ国のベトナムに対する援助 都市部と農村部での飲料水供給、下水、および 方針を概観する。なお、援助協調については4. 水資源管理などが対象である。今後は地方都市と で、援助実施体制については5.で取り扱う。 農村を重点とする計画で、全国的な上下水整備戦 略を作成するとともに、北部のHa Thinh州と南部 3.1 デンマークの対ベトナム援助 *5 のDak Lak州で、地方政府のキャパシティ・ビル ディングを行っている。 3.1.1 援助におけるベトナムの位置づけと援助 2)漁業 金額 ベトナム漁業省のセクター計画作成に協力し、 デンマークの対ベトナム援助の目的は、国内の ハイフォンなど各地の漁業試験場などを中心に制 最貧層の生活条件に配慮しながら、経済・社会の 度構築支援と技術移転を行っている。また、水産 発展を支援することにある。 物の品質管理やマーケティングの分野にも支援を デ ン マ ー ク が 主 要 援 助 対 象 国(program 行っている。 country)としている15カ国の一つがベトナムで 3)農業 あり、ベトナムは、プログラム・カントリーの中 北部(Thai Binh省)とサイゴン・デルタ地帯 でも、タンザニア、ウガンダと並んで3大対象国 (Can Tho、 Soc Trang省)で、収穫後の各段階 となっている。 (精米、包装、穀物の保管など)の改善に協力し、 2000 − 2004 年の 5年 間に 1300百 万デ ンマ ー 特に精米施設の近代化や効率改善を重視してい ク・クローネの援助が予定されている。 る。小規模酪農の支援にも着手している。 3.1.2 重点分野 また、ベトナムの政治経済改革を支援するため 水資源(35%) 、漁業(20%) 、農業(30%)の に、良い統治、民主化、人権などについて制度構 3分野を重視している。カッコ内は、2000−2004 築支援を行っている。代表的なものとして国連開 年のプログラムにおけるそれぞれの比重である。 発計画(UNDP)を通じての国会と最高裁の法制度 面談したデンマーク大使館のヨーゲンセン参事官 整備支援がある。人権の面の支援では、さまざま は、 「漁業と農業への支援はDanidaの“イデオロ な制約条件のため進展が見られないとしている。 ギー”だ」という表現で、重点分野へのこだわり を語っていた。2003年の援助実績を見ると、3分 3.1.3 援助供与条件 野の比重は全体の5割に達している。同時に、貧 すべてが贈与である。アンタイドが原則である 困緩和(17%)や環境(10%)などの分野も重要 が、コンサルタントの一部は準タイド条件となっ な位置を占めていることが分かる。貧困緩和は、 ている。 ベトナム型の貧困削減戦略文書(PRSP, Poverty Reduction Strategy Paper)である包括的貧困削 減・成長文書(CPRGS, Comprehensive Poverty Reduction and Growth Strategy)に対する支援で *5 Danida, Vietnam Strategy for Danish Bilateral Development Cooperation with Vietnam 2000‐2004、およびデンマーク大 使館Mr. Anders Baltzer Jorgensenからのヒアリング(2004年3月17日)による *6 Ministry for Foreign Affairs of Finland, Evaluation of the Bilateral Development Co‐operation Between Vietnam and Finland, October 2001、およびフィンランド大使館Mr. Pekka Seppalaからのヒアリング(2004年3月18日)による。 2005年5月 第24号 83 3.2 フィンランド の対ベトナム援助*6 を全国的規模で支援している。 3)森林 3.2.1 援助におけるベトナムの位置づけと援助 北部山岳地帯のBac Kan州は、少数民族の比重 金額 の高い最貧地帯であるが、ここで持続可能な林業 2001年に、フィンランド はベト ナムを「長期 を定着させる事業を行い、平行して土地利用改善 パートナー国」 (long-term partner county)に選 やマイクロ・クレジットによる農村開発事業に取 定した。アジアではネパールとベトナムの2カ国 り組んでいる。 だけが長期パート ナーに位置づけられている。 4)改革のための制度構築 2004年の対ベトナム援助額は15百万ドルで、前年 貿易省を支援して国際市場での競争力強化に取 の6百万ドルから大幅に増加した(いずれも約束 り組んでいる。具体的には、バンコクのAITCV ベース) 。 (Asian Institute of Technology)を通じた、貿易 知識や英語交渉能力のトレーニングである。 3.2.3 重点分野 3.2.3 援助供与条件 重点分野となっている4つの領域は、①経済・ 贈与を原則としているが、若干のコンセッショ 社会インフラ(交通、電力、水資源、下水など) 、 ナルな貸付も行っている。調達についてはアンタ ②森林、③農村開発、④経済改革推進のための制 イドが原則で、国際競争入札の結果、フィンラン 度構築である。 ド企業が4割強を受注している。 各領域での援助実績の概要は以下のとおりであ る。 3.3 ノルウェーの対ベトナム援助*7 1)インフラ フィンランド の対ベト ナム無償援助実績の 3.3.1 援助におけるベトナムの位置づけと援助 85%以上がインフラ事業向けである。インフラ事 金額 業の三分の二が都市部での上下水道、残りがハイ ノルウェーはパート ナー国を世界の7カ国に フォン郊外のPha Rung 造船所と、ハイフォンに 絞っており、アジアのパートナー国はバングラデ 近いBinh橋(基本設計)であるが、近年はもっぱ シュとネパールだけで、ベトナムは含まれていな ら上下水道に集中して援助を行っている。当初、 い。これに続いて、ノルウェー大使館が開かれて ハノイとハイフォンの上下水道を手がけ、最近は いる19カ国があり、ベトナムはこれに該当する。 地方都市に重点を移している。フィンランドの援 ベトナムへの支援の中心目標は経済社会の発展 助関係者は、誇りを込めて「ベトナムでは上質の を通じた貧困緩和であり、2003年の対ベトナム援 水道水を“フィンランドの水”と呼ぶ」と述べて 助は総額10百万米ドル弱である。 いる。 なおフィンランドは、英国およびオランダと共 3.3.2 重点分野 同で Binh橋の建設に融資を行う計画であった 初等教育、良い統治、経済発展の3分野に援助 が、英国の方針変更によって実現にいたらず、ベ の焦点を当てている。 ト ナム政府は円借款(1999年度)導入を選択し 1)初等教育 た。 現在、ノルウェーの対ベトナム援助において最 2)農村開発 重点分野となっている。少数民族の児童や障害児 貧困緩和に貢献するために、中部ベトナム(ダ の初等教育へのアクセス改善が目標である。古戦 ナンおよびフエの周辺の州)に対する農村開発事 場ディエン・ビエン・フーの所在するLai Chau 業を進めてきた。またフィンランドのNGOの活動 州で、寄宿舎の建設や少数民族の言語で授業でき *7 ノルウェー大使館Mr. Landro Leiv,およびMs. Ragna Fidjestolからのヒアリング(2004年3月17日)と、その際に入手したメモ による。 84 開発金融研究所報 る教員の養成に力を入れており、深刻な水害の被 るべきであろう。 害を受けた中部諸州での小学校再建も行ってい る。 3.4.2 重点分野 2)良い統治 スウェーデンの対ベト ナム援助の主要な目標 地方行政の改善(たとえば“one−stop−shop” は、①貧困緩和、②民主化と人権尊重、③健康・ の導入)に焦点を当てて内務省や北部Ninh Binh 衛生面の改善、④経済改革、⑤環境保全、⑥文化・ 省への技術協力を実施している。公的金融の近代 報道交流である。具体的な優先順位については、 化も重要なテーマの一つである。 基本的に、ベトナム政府の提示する事業などに反 3)経済発展 映される開発戦略を尊重する、オーナーシップ重 漁業、石油ガス、水力発電、農村開発などの多 視の姿勢を明示している。 様な分野が含まれ、技術協力が中心となってい 1)貧困緩和 る。たとえば新漁業法の制定への支援、水産大学 包括的な貧困緩和プログラムであるChia Se や水産試験場の能力向上への技術移転、石油開発 (Sharing)Poverty Allviation Program に 沿 っ の環境破壊防止支援、環境保全と水力発電開発と て、農業省、地方開発省と連携しつつ、地方分権 の両立を目指す計画作りなどがある。 型の仕組みで、村落に資金を流している。全体の 予算規模 は 43 .5百万米ド ルで、そ の 85%を ス 3.3.3 援助供与条件 ウェーデンが、残りをベトナム政府が負担するシ 全額が贈与でありアンタイド条件である。ただ ステムである。 し、ノルウェーの競争力があるかどうかを考慮し 2)民主化と人権尊重 ており、一部のコンポーネントをノルウェーのコ 法務省への専門家(Umea大学法学部の教員)派 ンサルタントへのタイド条件とすることもある。 遣、ハノイおよびホーチミン大学の法科大学での Lund大学による教員トレーニング、両国の議会間 *8 3.4 スウェーデンの対ベトナム援助 の交流を通じた技術移転などがある。 3)健康・衛生 3.4.1 援助におけるベトナムの位置づけと援助 金額 かつてはインフラ建設が主流であったが、現在 では技術協力を中心にしている。医薬品関連の法 スウェーデンは、1969年に(当時の北)ベトナ 整備への支援、禁煙運動への支援、HIV/エイズ対 ムと外交関係を樹立し、それ以来の長い間、経済 策への支援などがある。 協力を進めてきた。その意味で、ベト ナムはス 4)経済改革 ウェーデンの対外援助に重要な位置を占めてい スウェーデンの国税庁と中央統計局が、それぞ る。スウェーデンによる援助供与額で見ると、世 れの専門分野で技術移転を行っている。 界で3番目か4番目に大きい。 インフラの建設も重要であるとの視点から、電力 2004年から2006年までの3年間の援助供与予 セクターにおいて継続的に協力を続けてきた。か 定額は、9億スウェーデン・クローネ (約135億円 つてはハノイ、ホーチミン両都市の電力供給を支 ;1スウェーデン・クローネは約15円)である。 援したが、次第に対象地域を中部ベト ナムに移 こ の ほ か に 財 政 支 援 や NGO へ の 支 援 が あ る。 し、現在では農村電化に力を入れている。 2000−2002年の3年間の援助実行(ディスバー 5)環境 ス)額9.4億スウェーデン・クローネを若干下回 ・土地管理政策:1980年代から土地の適切な るが、コンスタントな援助が続けられていると見 管理体制の確立を支援しており、法律の制 *8 Embassy of Sweden, Sida in Vietnam、Ministry for Foreign Affairs, Sweden, Country Strategy for Development Cooperation Vietnam, Sida, Swedish Development Assistance to the Environmental Sector in Vietnamおよびスウェーデン大使 館Mr. Jan‐Olov Agrellからのヒアリング(2004年3月16日)による。 2005年5月 第24号 85 定、地図の作成、土地管理局の能力強化に取 プ、経済成長などのキーワードから構成される援 り組んできた。 助理念、実施段階での対象分野の重点的集中など ・環境保護法の制定支援 の、本稿で「北欧型援助モデル」と呼んでいる特 ・鉱業分野における環境基準整備への支援 徴(他の重要な構成要素である援助協調について ・北部山岳諸州での持続可能な林業への取り組 は4.で検討する)は、各国の対ベトナム援助に み ・沿岸部諸州での海洋資源保全のための制度構 築 かなりの程度共通して反映されている。 同時に、単に理念を掲げるにとどまらず、各国 はそれぞれの比較優位を活かす形で理念の具体化 それが援助対象分野の重点的集 を試みており*9、 3.4.3 援助供与条件 中となって現れている。いいかえれば、比較優位 贈与を基本としているが、ベトナムの急速な経 の活用を通して理念の実現を図る結果として、対 済発展実績を考慮して譲許的な融資の比重を増す 象が特定分野に集中しているわけである。これは ことが有効と考えている。贈与はアンタイド、融 中規模のドナーである北欧諸国が存在感を失わな 資はタイド条件である。 いために有効である。ここにも共通の特徴がある といえよう。 3.5 対ベト ナム援助方針から見た北欧の 援助の特徴 して選んだ分野は、上下水道(デンマーク、フィ 3.5.1 援助対象国としてのベトナムの位置づけ ンランド) 、農村開発(デンマーク、フィンンラン まず、北欧諸国がベトナム重視の方針を共有し ド、スウェーデン) 、林業(フィンランド) 、漁業 ていることを確認したい。各国とも援助対象国を (デンマーク) 、初等教育(ノルウェー)などであ かなり絞り込んでいるが、デンマークとフィンラ り、各国が経験と技術に関する強みを持っている ンド は、それぞれprogram country、long-term 領域である。また、活動の対象地域として特定の partner countryという名称で重点対象国である 貧困地域を選んでおり、それぞれの地域で存在感 ことを制度化しており、スウェーデンの場合にも のある援助活動ができる仕組みとなっている。 援助実績から主要対象国であることが明らかであ 人権、民主化、良い統治、ジェンダーなどの理 る。ただ、ノルウェーの援助対象国の中では第二 念についても、グローバルな大きいテーマを掲げ グループに属しており、必ずしも重点対象とはい ながら、特定の領域に限定した地道な援助活動を えない。 行っており、ここにも比較優位を活かしながらの 各国は、ベトナムを重視するうえでベトナムの 重点化という共通点が見出される。具体的には、 貧困の深刻さに言及しているが、同時に、ベトナ 最高裁 (デンマーク) 、国会 (デンマーク、スウェー ムとの長い友好関係をも強調している。代表的な デン) 、貿易(フィンランド) 、地方行政(ノル 事例がスウェーデンである。この点も重点対象と ウェー) 、法律教育(スウェーデン) 、徴税制度(ス なるうえで大きく作用しているであろう。 ウェーデン) 、統計(スウェーデン)などである。 3.5.2 「北欧型援助モデル」の具体化 各国の対ベトナム援助のレビューを通じて、理 2.において、北欧諸国の援助を構成する特徴 念型としての「北欧型援助モデル」が、援助実施 的な要素をレビューした。貧困緩和、人権、民主 段階で一定の実体を伴うことが確認された。さら 化、良い統治、人道、ジェンダー、オーナーシッ に重要なことは、理想や理念を掲げるだけでな 貧困緩和の実施に当たって、各国が援助対象と *9 比較優位活用の意識は、Ministry of Foreign Affairs of Sweden, Country Strategy for Development Cooperation Vietnam, p.3を参照。各国大使館とのインタビューの際にも、この視点が繰り返し論議された。 *10 Ministry of Foreign Affairs of Sweden, Country Strategy for Development Cooperation Vietnam, p.3 86 開発金融研究所報 く、具体的に特定の分野と地域をピンポイント 4.1.1 北欧4カ国間の連携の現状 し、現実に密着した形で地道に実施していること 4カ国の援助担当者間での定期的な連絡協議体 である。それによって存在感を示そうとする現実 制は存在しない(スウェーデンおよびノルウェー 的な智恵が、北欧諸国の援助のあり方の本質とい 大使館からの聴取) 。 共同で実施されている援助事 えよう。 業もあるが、以下のような事例に限定されてい る。 1)スウェーデンとノルウェーの協調による水力 4.援助協調への取り組み 発電事業(無償) スウェーデンが主として資金協力面を、ノル 北欧諸国の援助の重要な特徴の一つは援助協調 ウェーが主として技術協力面を担当する。ノル への強い志向であり、北欧諸国は、英国やオラン ウェー側は「双方がactive partner」として満足感 ダとならんで援助協調の潮流を主導しているとさ を表明していたが、スウェーデン側は「所期の効 れる。対ベトナム援助においても、中型ドナーで 果を上げていない」との判断を述べていた。ベト 資金動員力に限界のある北欧諸国は、協調によっ ナム政府との交渉窓口を一本化してノルウェー側 てその制約条件を克服しようとする姿勢を打ち出 が主導的立場をとった(ノルウェー大使館から聴 ここでは、対ベトナム援助の場で、 している*10 。 取)ことの影響かもしれない。 どのような援助協調が進められているのか確認し 2)デンマークとノルウェーの共同審査(漁業案 たい。 件) なおノルウェー大使館によれば、アフリカのマ 4.1 北欧間の援助協力はきわめて希薄 ラウィでは、スウェーデンとノルウェーが「予算 プール制(pool funding) 」を実施している。実質 今回の調査を通じて、北欧4カ国間には特段の 的にノルウェーが事業を実施したのち、スウェー 援助協調の仕組みが存在せず、援助協調はもっぱ デンが自国の分担分の金額を払い込む形である。 らLike-Minded Group(英国、ドイツ、オランダ、 ベトナムではこの形式は導入されていない。 カナダ、北欧諸国などがメンバー)を通じて行わ れていることが分かった(国際機関や他のドナー 4.1.2 なぜ北欧間の援助協調が低調なのか との提携関係も多いが、提携の持続性と頻度の点 援助に関する基本認識を広く共有しながら、北 で Like-Minded Group と の 関 係 は 際 立 っ て い 欧4カ国の援助協力が低調な理由として関係者が る) 。後述するように、 これはベトナムだけの例外 示唆するのは、 「協調してもメリットが少ない」 と 的な状況ではなく、一般的な傾向のようである。 いう現実的な判断である。資金的な制約条件とい やや意外な状況といえよう。 北欧諸国 (Nordics) う点で共通している北欧4カ国の間には協調のメ は色々な意味で一つのまとまりとして活動してお リット が少なく、より大きな集合体であるLike- り、Nordicという言葉を冠する組織も複数存在す Minded Groupを通じた方が効果的との判断と考 る(たとえば NIAS : Nordic Institute of Asian えられる。 Studies) 。ハノイでも、4カ国の大使は、毎週、昼 理想的な援助理念を掲げながらも、援助のプロ 食会を開いているとのことであった(スウェーデ として冷徹な計算の下に協調相手を選択している ン大使館からの聴取) 。また表2が示すように、4 ことがうかがわれる。 カ国はかなりの程度、援助理念を共有し、すでに 見たように対ベトナム援助についても基本的共通 点が多い。1970年代から80年代にかけては、多く 4.2 Like-Minded Group(LMDG)との 連携 の「北欧案件(Nordic Project) 」が存在した(フィ ンランド大使館からの聴取) 。 それにもかかわらず 4.2.1 活動の状況 「なぜ援助協調が低調か」を検討したい。 4カ国ともLMDGに強くコミットした形で援 2005年5月 第24号 87 助を行っている。ただ3.で見たように、それぞ 有する比較的大型のドナーをどのように処遇する れの国が強みを持つ領域に集中して、独自の二国 かが、LMDG方式に内在する課題と考えられる。 間援助を実施している。 日本がハーモナイゼーションを考える上での一つ LMDGの北欧4カ国、英国、ド イツ、オラン の重要なポイントでもある。 ダ、カナダ、スイス、オーストリアなどの援助担 表2に示された北欧諸国の援助理念には、明ら 当者は、第2金曜日の昼食を共にしながら協議を かに英国との共通点が多い。したがって、われわ 進めている(スウェーデン大使館から聴取) 。2週 れは、両者がドナーとしての一体感を感じている 間に一度会合するという発言もある(デンマーク と考えがちであるが、北欧の援助関係者との私的 大使館から聴取) 。なお、会合の議題は、実施上の な会話を通じて、北欧側は必ずしもそう感じてい 個別・具体的な問題ではなく、ハーモナイゼー るわけではないことが分かった。 「植民地経験のな ションの概念や制度構築のあり方などの政策論議 い」北欧(さりげなくデンマークが例外である点 が中心とのことである。 に触れつつ)が、ドナーとして英国・オランダと テーマ別にファンドが設けられ、各ファンドの 異なった位置にあることを指摘する北欧の援助関 マネジメントを当該テーマの提唱国が担当する仕 係者は、決して少なくない。 組みが通例となっている。マネジメント担当国が ハノイでのヒアリングに関する限り、北欧諸国 ファンド参加国を代表してベトナム政府と交渉し の援助関係者の間では「援助協調それ自体が重要 援助協定を締結する。協定にはすべての参加国名 で、したがって北欧も援助協調を進めている」と が記載されるが、国別の拠出金額内訳は記載され いうニュアンスは非常に希薄で、ドナーとしての ない。あるテーマに関して具体的な支援対象事業 規模の制約条件を克服してベトナムの貧困緩和や が提案されると、その内容が参加国に連絡され協 改革に貢献する観点から、他のドナーとの連携が 議が行われる。協議の際に1カ国でも反対があれ 有意義であるとする発言が主流だったことが注目 ば実施されない。 (デンマーク大使館から聴取) される。 4.2.2 LMDGに参加することの効用 各国ともLMDGの仕組みに満足しているとの 印象であった。ただスウェーデンのアグレル公使 88 5.現地での援助実施体制:日本へ の示唆 が、後に述べる視点から、ある程度抑制した発言 を行ったのが注目される。 5.1 援助実施体制と現地への権限委譲 前述のファンド方式の最も重要な効用は、 「自国 の拠出額が非常に小さくとも、ベトナムの発展に ベトナムにおける北欧諸国の援助実施体制の概 貢献することができる」 点であるという(デンマー 要は表3に見るとおりである。 クおよびフィンランド 大使館から聴取) 。これは LMDG自体の狙いの一つと考えられ、LMDGは、 表3に基づいて、現地への権限委譲と援助実施 大型ドナーよりもむしろ北欧4カ国を含めた中型 機関への権限委譲の二つの座標軸に着目しつつ、 あるいは小型のドナーにとって、特にメリットの 北欧4カ国を以下の3つのグループに分類するこ 大きい仕組みといえる。 とができる。これまでに眺めてきた他の側面とは スウェーデン大使館のアグレル公使は、 「英国 異なり、援助実施の体制については、北欧諸国の は、スウェーデンと異なり、LMDGの当初からの 間で顕著な相違があることが分かる。現地で大型 メンバーではなかった」ことを指摘した。事実関 の援助スタッフを持つスウェーデンと、比較的小 係に関するさりげない言及ではあるが、英国が 人数の陣容で現地の活動を実施している3カ国と LMDGの主導権を握る中で、自国の貢献が埋没し の間に、権限委譲のシステムの差があることが分 て必ずしも正当に評価されない違和感を読み取る かる。 こともできよう。したがって、独自の援助理念を 開発金融研究所報 表3 北欧4ヶ国のベトナムでの援助実施体制 * スウェーデン デンマーク ノルウェー 担当者数 開発援助担当35人専門職14 援助担当の本国からの派遣 人本国からの派遣10人(外 者4人(Danidaスタッフ) 務省 4、Sida 6)、ロ ーカ Danidaは外務省に統合 ル・スタッフ25人 予算配分 議会:援助総額 議会:援助総額 政府:地域配分 外務省:国別配分額(5年 Sida本部:国別・分野別配 計画) 分 単年度計画 権限委譲 権限 委譲 の パイ ロット ・ 80万ド ル以下は大使決裁 ケース(3カ国*)50百 万 SEK(7.5億円)以下は事務 所決裁 フィンランド 援助担当7人本国派遣:3 援助担当:5人(近く2人 人(2004年8月に2人増員 増員予定) 予定) 2004年1月1日にNORAD を大使館に吸収 本国で国別予算策定 予算内であれば大使決裁 案件実施の決裁は本国 タンザニア、ニカラグア、ベト ナム Sida: The Swedish International Development Co‐operation Agency Danida: The Danish Agency for Development Assistance 出所)各国大使館とのインタビューによる 類型A 現地への委譲度 :高 実施機関の独立度:高 類型B 現地への委譲度 :高 実施機能は大使館に統合 類型C 現地への委譲度 :低 実施機関の活動 :低 の間で3年計画の援助協定が結ばれており、ここ スウェーデン デンマーク ノルウェー フィンランド には3年間の援助計画に関する金額が記載されて いるが、これはメドとしての概算数字である。 事業の実施、監理、評価などについては、年間 実施計画に沿ってSidaハノイ事務所が一元的に行 う。 なお、Sidaのハノイ事務所は大使館内にあり、わ 5.2 スウェーデンの権限委譲の事例 れわれが面談したアグレル公使はSidaの現地代表 者で、Sida本部から直接指示をえているとのこと ここでは権限委譲のパイロット・ケースとして であった(メール・アド レスもSidaのものを使 のスウェーデンに注目してみたい。タンザニア、 用) 。Sida職員6名だけでなく、外務省職員4名も ニカラグアの2カ国と平行して実施されている仕 開発援助に従事しているとの説明であった。 組みであり、われわれにとって示唆にとむ事例と 思われる。 ベト ナムにおけるスウェーデンの権限委譲は、 次の二つの形で進められていることが分かった。 ある年度の援助実施活動は、前年12月末のス 第一は、母国から現地への権限委譲であり、一定 ウェーデン政府(大蔵省)による地域・目的(た 規模以下の新規事業の決裁権限、事業の実施、監 とえばNGO向け、緊急支援)などのレベルまでを 理、評価が、ストックホルムから現地に委譲され 特定した予算作成から始まる。それに基づいて ている。第二は、政府から実施機関であるSidaへの Sida本部が当該年の国別配分を作成する(1月上 権限委譲であり、援助業務に関しては、Sidaの現地 旬) 。Sida本部が対ベトナム援助の対象事業リスト 責任者が大使館の公使を兼ねつつ、スウェーデン を作成するが、Sidaのハノイ事務所は、50百万ク の現地代表となっている。現地の最高責任者であ ローネ(7.5億円)までの規模の新規事業の決裁権 るSida代表(大使館公使)が大使ではなくSida本部 限を与えられている。上限を超える規模の新規事 の指示に沿って活動していることが重要なポイン 業の採択はSida本部にある。なお、ベトナム政府と トである。 2005年5月 第24号 89 6.結論と提言 a)途上国への援助に関し、西欧諸国と多くの点 で考え方を共有しつつも、日本は、独自の性 格を持つ援助理念を維持してきた。自らの援 6.1 調査を通じて確認されたこと 助理念の発信に全力をあげるとともに、理念 の実践に際しては抽象性を努めて排除し、事 今回のベトナムでの調査を通じて、以下のよう 業の現場での理念の具体化を重視すべきであ な点が確認された。 る。その際の対象領域の選定に当たっては、 1)人道、人権、民主化、良い統治、貧困などの できるだけ自国の比較優位を活かして、貢献 キーワード から構成される理念型としての 度を主張しやすい領域と対象事業を選定する 「北欧型援助モデル」 が、実施段階でも一定の ことが有効である。この点で、北欧諸国の姿 実体を伴うことが確認された。 勢は示唆に富む。 2)援助モデルの具体化に当たって、各国がそれ b)北欧諸国の例が示すように、援助協調が中規 ぞれの比較優位を活かし、最も得意な分野を 模以下のドナーにとって大きなメリットを持 取り上げて、具体的な事業に取り組む姿勢が つ援助方式である点に留意する必要がある。 明らかになった。また、 「漁業と農業への支援 大型のド ナーが援助協調に取り組む場合に はDanidaのイデオロギー」 「フィンランド の は、それと平行して、自国の存在感を主張で 水は上質の水の代名詞」などの言葉に、自分 きるよう、プロジェクト援助の実施を続ける たちの取り上げている重点領域に対するコ べきである。北欧諸国も、こうした複線型の ミットメントの強さが感じられる。この重点 援助方式を進めている。なお上記a)は、そ 化志向は、ドナーとしての存在感を示すうえ の際の対象分野と対象事業を選定する上で重 で極めて効果的である。 要な基準となる。 3)各国ともLike‐Minded Groupを通じた援助協 c) 「新公共管理」 (New Public Management)に 調を重視していることが確認された。 “援助協 言及するまでもなく、効果的な援助を行うた 調それ自体”の価値は特に強調されていな めには、できるだけ現場に近いレベルに権限 い。中型ドナーとしての規模の制約を克服す を委譲し、同時に説明責任も持たせる分権化 るための方策として援助協調を選択する、現 が不可欠である。これによって、援助対象国 実的な姿勢が大きな特徴である。 の多様な現実に対応する柔軟性・弾力性が維 4)現地への権限委譲については国ごとに考え方 の差が見られる。この差は基本的に現地の援 持できる。 そのためには、次の二つの経路を通じた権限 助スタッフの規模に対応しており、一定の制 約条件の下で最適の方式を追求しようとす ① 東京 ⇒ 現地 る、現実的な姿勢が見出される。 ② 中央官庁 ⇒ 実施機関 本稿で紹介したスウェーデンの援助実施体 北欧諸国は理念的なドナーと見られており、そ 制は、二つの経路を通じる効果的な権限委譲 れは決して間違った認識ではないが、同時に、長 の代表例として参考になろう。これらの北欧 い経験を生かして自分たちの能力に合致した援助 諸国の事例の一層の検討が望まれる。 方式を模索する、現実的で冷徹な姿勢が大きな特 徴であることが分かった。 〔引用文献〕 [北欧の援助全般] 6.2 日本の援助に対する政策的含意 外務省『ODA白書』2004年版 北欧諸国の対ベトナム援助の実施段階には、多 JBIC London Office, Development Policy in くの示唆に富む点が見出されるが、ここでは、特 に以下の3点に絞って政策的含意を提示したい。 90 委譲が必要である。 開発金融研究所報 Scandinavia, June 2003 [デンマークの対ベトナム援助] Danida, Vietnam Strategy for Danish Bilateral Development Cooperation with Vietnam 2000‐2004 [フィンランドの対ベトナム援助] Embassy of Sweden, Sida in Vietnam Ministry for Foreign Affairs, Sweden, Country Strategy for Development Cooperation Vietnam Ministry for Foreign Affairs of Finland, Decision Agreed Minutes from Consultations on Devel- ‐in‐Principle on Finland’s Development opment Cooperation 2004‐2006 between Cooperation Vietnam and Sweden, January 14‐25, 2004 Ministry for Foreign Affairs of Finland, Finland’s Development Cooperation 2002 Ministry for Foreign Affairs of Finland, Evalua- Sida, Swedish Development Assistance to the Environmental Sector in Vietnam Sida ホームページ tion of the Bilateral Development Co‐operation Between Vietnam and Finland, October 2001 [ノルウェーの対ベトナム援助] Royal Norwegian Embassy, Background Paper : NORAD Supported Projects in Vietnam, October 2003 Royal Norwegian Embassy, Norwegian Development Co‐operation in Vietnam 国際開発高等教育機構『主要援助国及び国際機関 の中期政策のあり方に関する調査報告書』 平成15年12月 [スウェーデンの対ベトナム援助] 〔インタビュー先〕 Mr. Anders Baltzer Jorgensen, Development Cooperation Counsellor, Royal Danish Embassy Mr. Pekka Seppala, Counsellor, Embassy of Finland Mr. Landro Leiv, Counsellor, Royal Norwegian Embassy Ms. Ragna Fidjestol, Second Secretary, Royal Norwegian Embassy Mr. Jan‐Olov Agrell, Minister, Development Cooperation, Embassy of Sweden 2005年5月 第24号 91 第2回JBIC大学院生論文コンテスト ∼国際協力研究と実務の架け橋を目指して∼ 審査結果(入賞論文要約及び審査講評) 開発金融研究所総務課 1.第2回JBIC大学院生論文コンテストについて 国際協力銀行(JBIC)は、日本の対外経済政策・経済協力の分野に関心を持つ大学院生の研究を奨励 し、この分野の人材育成を図ることを目的として、大学院に在籍している学生を対象に第2回目の論文 コンテストを実施しました。 募集概要は以下の通りです。 (1)募集内容:国際協力銀行の業務に関連する以下の8分野のいずれか(複数にまたがるものでも応募 可能) における課題につき、調査・分析を行った上で、その克服に向けた諸施策を提言した論文を募集。 ①貧困削減 ②経済成長に向けた基盤整備 ③地球規模問題(環境問題、平和構築、ジェンダー等) ④人材育成 ⑤国際金融秩序の安定 ⑥国際貿易の活性化・地域経済統合(FTA等) ⑦資源の安定的供給 ⑧海外直接投資 (2)応募規定:和文にて執筆(字数制限は16,000字以内)。 (3) 応募資格:平成16年12月1日現在、日本ないし海外の大学院修士課程または博士課程に在籍してい ること(研究生や助手は除く)。 (4) 応募受付期間:平成16年12月1日(水)∼平成17年2月10日(木) (5) 賞: 最優秀賞:1名 賞状及び副賞(賞金20万円・国際協力銀行関連プロジェクト現場への視察訪問招待) 優 秀 賞:2名 賞状及び副賞(賞金5万円) 審査においては、本行職員による一次審査を経た論文を、以下の学識経験者・マスコミ・NGO・企業 関係者等から構成される審査委員会にて審査し、入賞論文を選定しました。 <審査委員> 荒木 光彌( (株)国際開発ジャーナル代表取締役) 92 開発金融研究所報 荒巻 健二 (東京大学大学院教授) 伊藤 隆敏 (東京大学大学院教授・日本経済学会会長) 浦田 秀次郎(早稲田大学教授) 大橋 正明 ((特活)シャプラニール代表理事・恵泉女学園大学教授) 小川 英治 (一橋大学大学院教授) 下村 恭民 (法政大学教授) 首藤 惠 (早稲田大学大学院教授) 高橋 修 (譖海外コンサルティング企業協会副会長) 西野 桂子 ((特活)GLMインスティチュート代表理事) 松岡 俊二 (広島大学大学院教授・国際開発学会事務局長) 牟田 博光 (東京工業大学大学院教授) 吉村 幸雄 (世界銀行副総裁兼駐日特別代表) 橘田 正造 (国際協力銀行開発金融研究所長) 中村 誠一 (国際協力銀行開発金融研究所副所長) (敬称略。本行役職員を除き五十音順) 2.審査結果*1 〈最優秀賞〉 「インド 農村地域における所得が栄養状態に及ぼす影響」 白鳥 佐紀子 英国レディング大学大学院 農業開発経済専攻修士課程 1年 〈優秀賞〉 「アジアに於けるボト ムアップ型人材育成の可能性−インド ネシア研修生のアンケート 調査に基い て−」 田村 英隆 大阪市立大学大学院 創造都市研究科アジアビジネス分野修士課程 2年 「発展途上国の児童労働に対する先進国を中心とした取り組み−パキスタンのサッカーボール産業を事 例に−」 櫻庭 真理 上智大学大学院 外国語学研究科国際関係論専攻修士課程 2年 *1 敬称略、所属・学年は平成16年12月当時。 2005年5月 第24号 93 3.入賞論文要旨 「インド 農村地域における所得が栄養状態に及ぼす影響」 英国レディング大学大学院 農業開発経済専攻修士課程 1年 白鳥 佐紀子 長い間、所得レベルが栄養状態を決定すると考えられてきた。貧しい人々に栄養不足が多く見られ、 それは購買力の欠如によるものだと考えられていたからである。しかし最近では、所得の増加が自動的 には栄養の改善につながらないという説も唱えられるようになってきた。この、所得増加が栄養状態改 善につながるかどうかという問題は、世界銀行のような機関における栄養問題対策に大きな影響を及ぼ す。 本研究では、インド のビハール州とウッタル・プラデシュ州におけるLSMSの家計データ(世帯数 2,252)を用いて栄養と所得との関係を分析した。モデルとしては一人当たりの総支出の対数における一 人当たりの栄養素摂取量の対数(log‐logモデル)を選び、二段階最小二乗法を用いて、栄養の総支出 (所得に相当)弾力性を推定した。栄養問題にはカロリー不足だけでなく様々な栄養素欠乏症も含まれ るため、カロリー摂取量に加えていくつかの栄養素 (タンパク質、脂肪、炭水化物、鉄分、ビタミンA、 リボフラビン)に対しても回帰分析を行った。比較のために、食料支出の総支出弾力性も同様に推定し た。 結果、ビタミンAとリボフラビンの摂取量は所得変化に敏感に反応した一方、カロリー消費(0.3)や 鉄分摂取量の総支出弾力性推定値は低かった。総支出弾力性の低い理由の1つは、追加所得が食料品以 外に費やされるためであり、食料支出‐総支出弾力性の推定値が1にそれほど近くない(0.6)事実から も裏付けられる。もう一つの理由は、食事が所得上昇と共においしさなど栄養以外の属性を求めて変化 するためであると考えられる。 従って、所得増大は栄養改善に多少の効果を持つとはいえ、その摂取量が所得増大に影響されにくい 栄養素も多い。そのような栄養素に関しては、特別にアレンジされた政策(栄養教育、サプリメントの 贈与、栄養価の高い作物の開発等)が必要になるであろう。 「アジアに於けるボト ムアップ型人材育成の可能性−インド ネシア研修生のアンケート 調査に基い て−」 大阪市立大学大学院 創造都市研究科アジアビジネス分野修士課程 2年 田村 英隆 2002年度に外国人研修制度で入国した外国人は、約6万3千人で1993年の制度発足時に比べ約10倍増 であり、在留外国人労働者の規模では日系人に次ぐ規模となった。この制度は、以前からの企業単独型 に加え協同組合などの団体を通して中小企業が研修生を受入れる事(団体管理型)も可能になった。 本論文では、この制度の実態を浮かび上がらせるため、在日インド ネシア人研修生約100名に就業経 験、収入、進路希望・起業意志などのアンケートを実施した。その結果、彼等は研修制度を批判される “金銭目当て”よりも自らのキャリアアップと捉えており、帰国後は何らかの起業を考えている者が多 い事が明らかになった。彼等は産業界の中堅的存在となり、日本との架け橋として活躍できる可能性を 秘めており、母国でうまく起業できれば両国にとっても有意義であることは間違いない。 もし日本がインド ネシア各地の小企業団地建設に協力し、そこに日本での研修終了者が、技術指導も 受けられる仕組みも創出できれば、技術移転と中小企業育成を兼ね備えた素晴らしい循環サイクルのシ ステムができあがる。アジア各国の中小企業育成に道筋を付け、彼等を参加させる事が、彼等にとって もインセンティブにもなり、ひいては失踪等の諸問題も減る可能性が高い。国や地域単位で競って有能 な人材を研修制度に送り出させるような戦略的システムの構築に向けて、日本の援助の果たせる役割は 94 開発金融研究所報 大きい。 これまで政府系機関(JICA等)でも、研修生として多くの人材を海外から受入れて来ているが、それ らはホワイトカラーを対象とした人材育成のプルアップ機能を目指したものである。本論での研修制度 は、実践を通したブルーカラーを対象とするボトムアップ型の人材育成機能を果たしている。重要なの は、帰国後の受け皿機能であり、日本での経験を細やかにフォローする事が、途上国の中小企業育成と 研修制度の充実に繋がって行く。 「発展途上国の児童労働に対する先進国を中心とした取り組み−パキスタンのサッカーボール産業を事 例に−」 上智大学大学院 外国語学研究科国際関係論専攻修士課程 2年 櫻庭 真理 本稿では、90年代に注目を集め大規模な取り組みが行われたパキスタンのサッカーボール産業の児童 労働に焦点を当て、なぜこれらの取り組みが行われるようになったのか、これらの取り組みが児童労働 者やその家族の生活の向上に貢献したのかについて考察した。さらに、先進国で児童労働がなくなって いった過程をみることで、途上国の児童労働への取り組みに対する示唆を得て、児童労働に対する取り 組みはどのようなものが望ましいかを考えた。 サッカーボール産業の児童労働に対する取り組みの動機は、本気で児童労働者のことを考えたもので はなかった。これらの取り組みは児童労働をできる限り早くなくすことにばかり重点が置かれていて、 児童労働者や家族の生活にどんな影響が出るかは考慮されておらず、児童や家族の生活改善にはつなが らなかった。先進国の経験からは、児童労働の減少は貧困が解消され児童が働かなくても生活していけ るようになった段階で児童労働に対する需要と供給の減少により起こること、児童労働を法律により禁 止しても短期的には児童労働の減少が見られるかもしれないが長期的な減少にはつながらないこと、あ る産業の児童労働のみを禁止しても、稼ぎが必要な児童労働者は他の産業で働く結果になる可能性が高 いことが示されている。つまり、ある特定の産業の児童労働を監視により無理やりなくそうとしてもな くならない、ということである。よって、児童労働を減らしていくためには、児童労働の根本的な原因 となっている貧困を削減していくことが最も大切であろう。すなわち、先進国は途上国の児童労働を禁 止し監視を行うのではなく、貧困解消に向けた支援を行うべきである。 4.審査講評 「インド 農村地域における所得が栄養状態に及ぼす影響」 (特活)シャプラニール代表理事・恵泉女学園大学教授 大橋 正明 一般に貧しい国や地域で、所得が増えればそれだけ栄養状態が良くなる、と考えられている。この論 文は、その仮定がどれほど正しいかを綿密に確かめたものである。 具体的には、世界で最も貧困者の数が多いインド のなかでも最も貧しい地域を対象に、二千余りの世 帯の所得や食料購入のための支出に関する世界銀行の膨大なデータを分析し、炭水化物や脂肪、ビタミ ンAや鉄分などの主要な栄養素ごとに所得弾力性を求めた。そしてそれに基づいて、栄養状態を改善す るためには所得向上以外の介入が重要なことを提言している。貧困対策としては極めて重要だが見落と しがちな課題と、深刻な問題を抱える地域を対象に取り上げ、説得力のある論理展開を平明な記述で示 している佳作である。 しかし審査委員会では、この論文には多少改善が必要なことも指摘された。最も重要な点は、本論文 2005年5月 第24号 95 が栄養ある食料の購入量を世帯員の栄養状態に対応させている点であろう。ある世帯が食料の購入を増 やしても、それが各世帯メンバーに応分に配分されるとは限らない。文化や状況によって、世帯内での 配分が異なる場合が多々あるからだ。また摂取した栄養が吸収されて、その人の栄養状態の改善をもた らすかどうかは、調理方法や食材の組み合わせ、寄生虫の有無などの体調や保健の状態などによっても、 大きく変わる。それゆえこの論文の題名にある「栄養状態」は、「栄養供給」などにしたほうが、より正 確と言えよう。またこの限界ゆえに、本文の「まとめ」で提言している栄養問題に対する所得以外の戦 略が一般的になっており、現実味があまり感じられない点も残念である。 日本では語られることが少ないが重要な課題の論文であること、膨大な量のデータを用いて適切な数 量分析を行ったこと、かつ現地の状況や栄養に関する知識を適切に用いていることなどから、審査委員 会で高い評価を得た。この論文の筆者の貧困問題に関する一層の研鑽と、こういった種類の課題の論文 の増加を期待したい。 「インド 農村地域における所得が栄養状態に及ぼす影響」 世界銀行副総裁兼駐日特別代表 吉村 幸雄 貧困問題を考えるにあたり、栄養状態がどのような要素により改善されるかを知る事は重要であり、 特に所得レベルとの関連性を分析する事は開発政策に示唆するところが大きい。この論文では、栄養問 題を、カロリー不足だけでなく様々な栄養素欠乏症についても検証し、所得増加における1)食料支出 と栄養の関連性、2)カロリー摂取量と栄養素摂取量の関連性の二段階の分析を通じて、栄養状態を多 面的に捉えている点が、着眼点としてまず評価できる。 実際の 評価手 法につい ては、インド 農村地 域での 家計調 査である 世界銀 行のLiving Standards Measurement Study(LSMS)のデータを使って地道な実証分析を行っており、世界銀行が長年にわたっ て整備に努めてきた途上国に関する詳細なデータを活用する研究が、日本の若手研究者によって鋭意取 り組まれた事を喜びたい。所得と栄養状態の関連性を調査する中で、カースト間格差や性差などの社会 的要因を説明変数として捉えて分析を行い、また、所得変化に対して、ビタミンA等の幾つかの栄養素に ついては摂取量が敏感に対応する事を回帰分析により導き出している努力を大いに評価したい。 注文をつければ、栄養教育やサプリメントの贈与、栄養価の高い作物の開発などの政策提言は一般論 的に過ぎる感があり、施策の面で具体性や現実性に富んだ提言を示せていないのが残念である。しかし ながら、しっかりした問題意識を持ち、堅実な統計分析手法で多量のデータを解析し、意味のある結論 を導き出しているので、大学院生の論文の一つのモデルたりうると考えられ、最優秀賞に価するものと 考える。 「アジアに於けるボト ムアップ型人材育成の可能性−インド ネシア研修生のアンケート 調査に基づい て−」 東京大学大学院教授 荒巻健二 わが国においては近年グローバルな競争の激化と長期の経済低迷、少子高齢化の進展等を背景に、経 済界を中心に外国人労働者の受入れを推進すべきであるとの議論が行われている。しかし諸外国の経験 を見ると、外国人労働者を労働力ととらえる考えは誤り(少なくとも致命的に一面的)で、本来これを 96 開発金融研究所報 「人」あるいは「生活」ととらえ、外国人労働者受入れとは、そうしたトータルな存在としての外国人 と同じ国土でともに住み生活していこうという選択に近いことを理解する必要がある。そうした決定に 当たっては、国民がその持つ意味について正確に認識し深い議論(いわば覚悟の形成)を行う必要があ るが、こうした国民的論議は現在に至るまで行われていない。その間、わが国における外国人就労者数 (不法就労者を含む)は、1990年の26万人から2002年には約76万人と10年余で3倍となり、日本で雇用 される労働者全体の1%以上に達するなど、事実上外国人労働者はわが国に定着し始めている。わが国 は長らく(公式には現在も)専門的技術的分野の外国人労働者については積極的に受入れる一方で、い わゆる単純労働者の受入れには慎重に対応することを基本方針としてきたが、専門的技術的分野の外国 人労働者数は約18万人(4分の1弱)にとどまり、残る4分の3は、日系人、日本人の配偶者等23万人 余(約3割)、不法就労22万人(3割弱)、留学生等のアルバイトや技能実習等約13万人(2割弱)が占 め、理念と現実は既に乖離している。 本論文は、こうした外国人労働者問題全体を直接的に扱うものではなく、外国人研修・技能実習制度 に焦点をあて、主として途上国への開発協力(人材育成、中小企業育成等)の観点から制度の改善を提 言したものであるが、定住型の外国人労働者受入れが困難な問題をもたらし得るという基本的理解の上 に立って日本とアジアの途上国双方の利益となる循環型の人材受け入れのしくみ作りを提言し、これを 通じて外国人労働者問題全体へのアプローチの仕方に1つのヒントを与えるという極めて有益な作業を 行っている。 すなわち、本論文は、外国人研修制度(90年改正で外国進出等のない中小企業でも商工会等の団体を 通じて研修生を受入れることが可能になった)及び技能実習制度(93年創設。一定の要件を満たした研 修修了生に更に2年間の実習(就労)を認める)が、国際貢献というよりも、単純労働分野における低 賃金労働供給システムとして機能しており、その結果本来の目的である技術移転が進まず、研修後の失 踪も増加傾向にあることをまず指摘する。そのうえで、インド ネシアを例にとり、同国の産業構造上中 小企業の育成が急務であること、インド ネシアからの研修・実習生へのアンケート調査結果に帰国後の 起業意識が高いことが示されていること等を踏まえ、ODAを活用して、帰国研修生の受け皿となる、イ ンキュベーション機能を備えた、もの作り小企業団地を途上国に用意し、これと日系企業等による技術 指導を組合せることにより、帰国後の起業をバックアップし、受入国の問題を抑止しつつ、送り出し国 への技術移転、中小企業育成を実効的に進めるべきことを提案する。 こうした各関係者の共通の利益となる解決策を求めるという本論文の優れた現実感覚は高く評価すべ きであり、また、研修生に実際にアンケート調査を実施し、その結果を踏まえて議論を行っている点に も努力が認められる。他方、研究論文として見ると、現在の制度の問題点について限られた文献に依拠 するなど議論の展開の着実さや分析の厳密さに改善が望まれる点があること、アンケートの質問項目等 にも工夫が可能であることなど不十分な点も多々ある。そうではあっても、本論文の基本的姿勢は評価 に値し、現実の政策展開にも有益なインプットとなりうるものであると考える。 「発展途上国の児童労働に対する先進国を中心とした取り組み−パキスタンのサッカーボール産業を事 例に−」 (特活)GLMインスティチュート代表理事 西野 桂子 本稿は、 「子供が働かないと家庭の生活が成り立たない状態で、児童労働をなくそうとすることは、児 童労働者をより悪い労働条件、労働環境の職場に押しやるだけではないか?」という明確な問題意識の 下に執筆された論文である。事例として、90年代に問題となったサッカーボール産業を取り上げ、 「児童 労働は、子供の権利の侵害であり、禁止すべきである」という先進国社会の通念に基づいて取られた国 2005年5月 第24号 97 際行動が、当事者であるパキスタンの児童労働者に与えた影響の評価を試みている。 すなわち、パキスタンのサッカーボール産業に携わる児童労働者は、もともと、自宅で学業と仕事を 両立させながら自由な時間帯で縫製作業を行っていた。以前であれば、事情を良く知るNGO等により、 労働条件や環境を改善することが「児童労働」に対する主な行動であった。しかし、サッカーボールの 場合、アメリカのメディアに乗ったことにより、先進国、特にアメリカの価値観で児童労働を禁止する 目的の国際的キャンペーンが展開された。その結果、児童労働の監視プログラムが実施され、児童労働 者は隠れて働くか、より危険な医療器具産業やレンガ産業に移行せざるをえず、生活の改善には繋がら なかったと結論している。 また、産業革命時のイギリスで、1833年の工場法により、繊維工場で働いていた児童数は減少したも のの、働かなくては生きていけない児童は、法規制の及ばないキャラコ捺染に移動したのみであったと いうナーディネリの研究を取り上げ、先進諸国で児童労働が減少した背景には、技術変化、実質賃金の 上昇、教育への関心の高まり、出生率の低下などの社会経済的な影響が大きく、立法による労働禁止や、 一部産業のみの取り締まりのみでは影響が少ないという教訓を参照している点もおもしろい。 しかしながら、分析に用いられた資料が二次資料のみである点、また、同一主張の繰り返しが多い点 などに、論文としての改善の余地が見られる。また、パキスタンの場合、どのようにすればよかったか など、具体的な問題解決策を検討できれば、より完成した論文になりえたと思われる。児童労働問題は 非常に複雑であり、一部の対策によりすべてを解決できる問題ではない。また問題を取り巻くアクター も実に多様であり、問題解決のために各アクターが果たせる役割も異なる。従って、政府、国際機関、 企業、NGO、児童労働者およびその家族といった異なるアクターが問題解決のためにどのような行動が とれるか、といった具体的な検討が必要である。さらに、サッカーボール産業におけるこれまでの取り 組みについて、それに関与した子どもや家族が評価に参加できていれば、より具体的な提言が導きだせ たのではないかと思われる。 以 上 98 開発金融研究所報 最優秀論文 インド農村地域における所得が栄養状態に及ぼす影響 白鳥 佐紀子 (注)本論文要旨は122ページ参照。 1.イントロダクション ウッタル・プラデシュ州とビハール州はイン ド 北東部に位置する。この2つの州は高い農業人 口割合を持ち、人口の約40%(1991年)は貧困ラ イン*1(FAO、1998)以下に属する。この地域は、 食糧農業機関(FAO)によると、今日、世界の 国民所得や、出生率、死亡率、幼児死亡率、読み 7人に1人が栄養失調とされる。これは貧しい 書きの能力、1人あたり所得など社会開発指標の 人々の間で特に多く見られるため、所得が栄養の 大部分がインド の中でも最下位に位置するた 制約条件だと考えられてきた。世界銀行も、栄養 め、インド の他の地域と比べて現時点で遅れて 問題対策として、長期的に最も効果的だと考えら いる地域の開発事例研究としてしばしば用いら れた政策、つまり貧しい人々の所得増大を優先し れている。 て行ってきた(世界銀行、1981) 。 食事は野菜ベースであり、動物性食品は補助的 栄養摂取量が所得に依存するか否かについては な役割である。一般的には、パンとして料理され 多くの議論がある。栄養摂取量の所得弾力性が高 た小麦(チャパティ)を野菜料理や豆類と共に消 いことを示し、経済成長が栄養問題を自動的に解 費している(FAO、1998)。 決するという考えを支持する研究もある。一方、 栄養摂取量の所得弾力性は低く、栄養水準は所得 2.2 栄養 変化に反応しにくいと示す研究もある。後者に立 てば、所得増大が事実上の栄養状態改善に結びつ 栄養失調は子供たちの主な死亡原因である風土 かない可能性がある。 性伝染病を悪化させたり、母体死亡に関連したり 本研究では、インド のビハール(Bihar)州と 2 Mass する。ビ ハ ー ル 州 で は、B M I *(Body ウッタル・プラデシュ(Uttar Pradesh)州の家計 Index、 肥満度指数) 18 .5kg/m 2 以下の人口が 調査データを用いて所得と栄養との関係を分析す 50 .3% であ る。子供た ちに 関し て は体 重不 足 る。食料支出の所得弾力性と栄養素摂取量の所得 (underweight) 、成 長 阻 害(stunting) 、消 耗 弾力性を算出することで、所得の増加がこの地域 (wasting)* 3 いずれもが深刻な問題であり、ビ の住民の栄養にどう影響するか、栄養状態の改善 ハール州の子供のうち、体重不足は58.7%、成長 のために所得増加政策は有効であるかを検証した 阻害は60.9%、消耗は25.8%(いずれも−2標準 い。 偏差)に達する。 インドでは、以下の深刻な臨床症状と障害を患 2.背景 2.1 概要 う栄養不足が、特に貧しい人々の間に存在する。 このうち最初の4つは「四大欠乏症(big four) 」 と呼ば れ、保健 衛生 当局 の懸 念と なっ てい る (Gopalan他、1991) 。 *1 「貧困ライン」は、生活を維持するために必要な1日のエネルギー摂取量を満たす支出(農村地帯の成人男性:2,400カロリー、 市街化区域;2,100カロリー)を指す。 *2 大人の栄養状態はBMIを用いて評価される。体重(kg)÷身長の2乗(m2 )で計算され、18.5kg/m2 以下は慢性的なエネル ギー欠乏症である。 *3 5歳未満の子供たちの栄養状態には3つの指数が用いられる:急性の成長傷害を反映する「身長に対する体重」 (消耗) 、長期間 の成長阻害を反映する「年齢に対する身長」 (成長阻害) 、長期間と短期間の両方の影響を反映する「年齢に対する体重」 (体重不 足) 。例えば国際的な参照データの中央値からマイナス2標準偏差など、特定の分割点以下に所属する子供たちの割合で表され る。 2005年5月 第24号 99 (a) タンパク質エネルギー栄養失調(Protein いくつかあり、食料支出の所得(または総支出) Energy Malnutrition、PEM) :学齢未満の 弾力性はBehrman & Deolalikar(1987)で0.77、 子供たちの間で蔓延している。発達が阻害 Pitt(1983)や Strauss(1982)で 0 . 7 ∼ 0 . 9、 される。 Subramanian & Deaton(1996)で0.75である。 (b) ビタミンA欠乏症(Vitamin A Deficiency、 VAD):夜盲、成長の遅れなどの原因とな 3.2 栄養の所得弾力性 る。5年未満の子供、妊婦(その子供も) が患いやすい。 これまでの文献に示された栄養(ここではカロ (c) 鉄分欠乏貧血症(Iron Deficiency Anemia、 リー)の所得弾力性は、表1に示すとおり、0.01 IDA):特に女性、子供、妊婦の間で深刻。 から0.82と大きく異なる。 食事摂取量の少なさ、鉄分の生態有効性の 低さ、寄生虫が原因とされる。作業能力が 3.2.1 高い栄養の所得弾力性 低下し、認識機能や脳の代謝が損なわれ、 Strauss(1984)によると、栄養の所得弾力性が 免疫が低下する。 高い理由は、食料支出の所得弾力性と栄養の所得 (d) ヨウ素欠乏症:インド 全体で2億7000万 弾力性 との 混同 であ る。これ を裏 付け たの が 人が危険に晒されている(世界保健機関 Behrman & Deolalikar(1987)である。彼らは栄 《WHO》 、1993) 。妊婦のヨウ素欠乏症は発 養の所得弾力性推定に間接的方法と直接的方法の 育中の胎児に脳障害を引き起こすおそれが 概念を導入した。間接的方法は、少ない数*4 の食 ある。 料カテゴリーを用いて食料支出を推定し、栄養は (e) ビタミンB群欠乏症:特にリボフラビン欠 食料カテゴリーレベルで一定と仮定し、食料支出 乏症は、口角炎、舌炎、口唇症の原因とな から栄養への一定の換算係数を用いることで食料 る。 支出の所得弾力性を栄養の所得弾力性に換算する 方法である。直接的方法は、直接食料品目から栄 養価を推定する方法である。間接的方法には、直 3.文献レビュー 接的方法より栄養の弾力性が大きく推定される傾 向がある。彼らは南インドの農村の2つの異なる 3.1 食料支出の所得弾力性 データ・ソースを用い、間接的方法(6の食料カ テゴリー)と直接的方法(120の食料品目)両方か 所得の増大に比例して食料支出が増加する(食 ら同一世帯のカロリー−所得弾力性を算出した。 料支出の所得弾力性が高い)ことを示した研究は その結果、間接的方法では0.8、直接的方法は大部 表1 文献からのカロリー‐所得弾力性推定値 著 者 Strauss Pitt Behrman and Deolalikar Subramanian and Deaton Ravallion Strauss and Thomas Bouis and Haddad Wolfe and Behrman 年 1984 1983 1987 1996 1990 1989 1992 1983 対象国 シェラレオネ バングラデシュ インド インド インド ネシア ブラジル フィリピン ニカラグア 出典)各文献の数値より作成 *4 Pitt(1983)は9つ、Strauss(1982)は5つの食品カテゴリーを用いた。 100 開発金融研究所報 所得(総支出)弾力性 高(0.82) 高(0.82‐0.78) 間接:高(0.77) , 直接:低(0.17) 高(0.3‐0.5) 低(0.15) 低(0.12) 低(0.08‐0.14) 低(0.01) 分の栄養素が0.3かそれ以下であった。 2.カロリー摂取量だけでなく栄養素摂取 量はどのように所得に反応するか? 3.2.2 低い栄養の所得弾力性 栄養の所得弾力性が低いことを示す文献は、消 カロリーだけでなく食事のバランスも人々の栄 *5 費の代替 によるものと考えられる。人々は食料 養状態に影響を及ぼすので、量(カロリー摂取量) を選ぶとき、非栄養の属性(味、見た目、ステー の基準に加えて、質(栄養素摂取量)の基準も分 タス、利便性など) も考慮する (Behrman他、1988) 析に含む。栄養素としてはその地域の深刻な栄養 *6 問題に密接に関連するものを選択する。 。 栄養価を増加させずに食事が味の良い(それ 故、より高価な)製品へ向かう結果、食料支出の 所得弾力性が高くても栄養の所得弾力性は低いま まである。つまり栄養学的な属性と他の属性(味 5.データ など)との間で代替が起こるのである(Ravallion、 1990) 。もう一つ考えられる理由としては、栄養の 5.1 データ・ソース 知識が無い可能性である。もしそうであれば、情 報普及を公的にサポートすることで栄養状態改善 本研究は世界銀行のLiving Standards Measurement の効果が得られると考えられる(Behrman他、 Study(LSMS)の世帯レベルデータに基づく。 1988) 。 ウッタル・プラデシュ州の南部・東部とビハール 州の北部・中心部で1997年12月から1998年3月 4.論点 にかけて行われた調査で得られたものであり、 2,252世帯*7 が含まれる。 本研究の主な論点は以下の通りである。 このデータは広範囲の情報を含むので生活の質 全体を計るのには適するが、単一トピックの調査 1.食料支出‐所得弾力性と栄養‐所得弾力 と比べると1つ1つのトピックにおける情報は少 性との間に有意差はあるか? ない。たとえば摂食量は、栄養に特化した調査よ りも大まかであり、25の食料カテゴリー*8 に分類 前章で述べたように、この点は論争の余地があ されているのみである。穀類のように主要な消費 る。所得の増大によって食料支出と栄養が増加す カテゴリーは項目ごとに分かれているが、 「肉と るのは当然とし、焦点を所得弾力性に絞る。食料 魚」のように非常に高レベルで集計されたカテゴ 支出−所得弾力性と栄養−所得弾力性を推定し、 リーもある。また、栄養状態の評価に役立つ、世 それらを比較することで、食料支出の増加と栄養 帯メンバーの体重データも含まれない*9。 の増加とが一致するかどうかを検証する。もし所 得の増加と同程度に栄養摂取量が増加しないので 5.2 サンプル・データの概要 あれば、所得が栄養の制約条件でないという証拠 となる。 2,252世帯で14 ,493人のデータを含む(平均世 帯規模:6.44人) 。年齢は0∼95歳にわたり、平均 *5 実際、FAO(1998)によると、家計所得が増加するにつれて、豆類、乳・乳製品、魚、野菜、油脂類の消費は増加し、穀類の消 費が減少する。これはまた同じ食料カテゴリーの範囲内で起こる可能性もあり、たとえば、 「油脂類」 カテゴリーにおいて、植物 油が大部分の家族によって用いられるのに対し、バナスパチ、ギー、バターはより高い経済水準の家族で頻繁に用いられている (国立栄養研究所《NIN》 、1993) 。 *6 Shah(1983)によると、これは低い所得水準の人々の間にも普通にみられる。 *7 この調査での世帯の定義は、 『通常、一緒に暮らし一緒に食事を食べる人々のグループ』であり、 「通常」とは、最近12ヵ月中最 低3ヶ月は家族と過ごしたことを意味する。 *8 5.4.2 表2参照。 *9 家計所得‐支出調査では普通にみられることである。 2005年5月 第24号 101 は23.9歳、男性は53.2%、女性は46.8%である。 健康、輸送への支出、宗教的な費用を含む。デー ヒンドゥー教(92.3%)とイスラム教(7.7%)の 電気と暖房の タ制約により住居*12 は除外したが、 2宗教が含まれ、それぞれのカースト は、ヒン ような住居関連の費用は含んだ。耐久消費財の使 ドゥー教徒:上位階級(15.1%) 、中位階級(2.5 公共 用価値は情報が不完全*13 なため除外された。 %) 、後進階級 (51.1%) 、指定カースト (31.1%)、 財の価値や余暇等に費やされる時間価値も理論的 イスラム教徒:上位階級 ( 37 .0%) 、後進階級 には含むべきだが、測定の困難さから実際に含ま (63.0%)である。識字率は44.9%(男性:57.8 れることは無く、本研究でも除かれた。税支出、 %、女性:30.1%)であり、 国の平均よりも低い。 振替、ローン返済など厚生レベルに影響しない支 出、二重計算のおそれのある投入や投資の支出、 5.3 総支出 結婚や持参金のような臨時支出も除外された。 世帯単位の支出データから1人あたりの支出を 5.3.1 所得と消費 算出する最も単純な方法は世帯規模で総支出を割 所得と消費(支出)は、いずれも貨幣的厚生の 実際に開発途上国の研究におい ること*14 であり、 尺度になりうる。貧しい人々にとっては貯蓄が僅 て最も頻繁に用いられている。本研究でも世帯規 かなため、両方をほぼ同じとみなすことができ 模で割って平均を求めた。 ∼ る。Grosh&Munoz(1996) 、Deaton&Zaidi(2002) 価格については、この調査で用いられる価格は によれば消費はほとんどの開発途上国において所 市場価格ではなく回答に基づいた価格である。実 *10 得よりも優れた厚生尺度 とされていること、 世 際の価格と潜在的な価格の2つがあるので、加重 界銀行のLSMS部門のアナリストによる文献を含 平均を用いて求めた。 む開発途上国についての多くの文献が総支出を用 いていることより、本研究では所得ではなく支出 Pi= (expexp+exp )×P +(expexp+exp )×P pi hi pi pi hi hi pi hi を用いる。 ただし、 i 世帯においてのPi:価格、exppi:食料 5.3.2 集計方法 購入支出、exphi:自家生産の見積支出、ppi:購入 総消費(支出)は、実際の支出と潜在的な支出 した食料の単価、phi:自家生産の単価推定値。 *11 実際の支出とは家計に直面する の合計である 。 時価である。潜在的な支出は、無料で受け取った 5.3.3 サンプル・データにおける総支出 またはその世帯自身によって生産された商品・ 1日1人あたりの支出は1.30ルピーから73.30 サービスの価値を表す。実際には集計方法につい ルピー、平均は10.45ルピー*15 である。サンプル ての定説は無く、どの品目をどう集計するかはア の約99%は、1日につき1ドル (1997‐1998の会計 ナリストの意図やデータに依存する。 年度において37.16ルピー=1USドル、IMF) 以下 本研究では、食料支出、衣料、日用品、教育、 の消費水準であり、貧しい世帯だと言える。 *10 消費されてはじめて家計に恩恵を与えること、消費データの方が正確であること、消費が所得の短期変動を平滑化すること、実 収入は正直に申告されない可能性があることなどによる。 *11 集計には質問票中の様々なセクション、様々なレベルからの巨大なデータセットを結合する必要があり、そのプログラミングと データ操作は圧倒的である(Grosh&Juan、1996) 。本研究ではソフトウェア・パッケージとして、SASが用いられた。 *12 極端な(すなわち努力しても測定不可能な)ケースでは、全ての世帯で住居要素を除外する他にない。 (Deaton&Zaidi、2002) *13 本データに含まれる情報としては、その世帯がそれらを持つかどうかだけである。 *14 消費能力と規模の経済を考慮に入れる方法もある。その場合「大人等量」を用いるが、 「大人等量」の測定方法も議論の分かれ るところである。 *15 5.5.3 表5参照。 102 開発金融研究所報 5.4 食料支出 所得グループは低所得グループに比べて動物性製 品への支出が多く、 穀類への支出が少ない (表2) 。 5.4.1 集計方法 価格は総支出と同様、加重平均 *16 を用いてい *17 る。世帯単位の食料支出を世帯規模と365日 で 5.5 栄養価 割ることで1日1人あたりの値を計算した。 5.5.1 栄養素の選択 栄養素は一般的に、5グループ(タンパク質、 5.4.2 サンプル・データにおける食料支出 脂肪、炭水化物、ビタミン、ミネラル)に分類さ 1日1人あたりの平均総食料支出は6 .93ル れる。タンパク質、脂肪、炭水化物はエネルギー であり、平均総支出の66%を占める。所得 ビタミンとミネラルはエネルギー源 源*20 である。 の上位10%世帯は57%、所得の下位10%世帯は ではないが、 体内の代謝を調整したり、エネルギー 73%を食料に費やしている。支出額は米(21%) 、 源の利用を助けたりする重要な役割がある。この 小麦(19%) 、乳・乳製品(13%)の順に多い。高 5グループを網羅した上で栄養素欠乏症*21 の深 *18 ピー 表2 LSMSデータ中で各食料カテゴリー*19が食料支出に占める割合(%) コード 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 食料カテゴリー 米 小麦 パールミレット/アズキモロコシ トウモロコシ 大麦 その他穀物 豆類 ヒヨコマメ ジャガリー 砂糖 乳 乳製品 バナスパチ その他食用油 肉・魚 卵 茶・コーヒー 塩・香辛料 芋類 その他野菜 果物 タバコ/葉巻/パン他 アルコール他 調理済みの食品 その他食品 全体 21.06 18.97 0.53 1.09 0.41 0.11 7.15 1.30 1.76 2.29 12.72 2.41 1.45 5.04 4.13 0.43 1.15 4.98 5.78 3.40 1.19 * 1.32 0.99 0.35 低所得者 高所得者 29.32 28.49 2.30 1.20 1.00 0.18 5.36 0.56 1.49 1.12 2.95 0.23 1.21 5.39 1.91 0.21 0.35 6.12 6.89 1.86 0.78 * 0.51 0.29 0.28 12.99 12.12 0.13 0.71 0.31 0.18 7.35 1.84 1.80 3.21 19.23 5.09 1.88 5.14 6.12 0.65 1.81 4.86 4.38 3.98 2.10 * 1.67 1.31 1.13 ※低所得者:総支出下位10%、高所得者:総支出上位10% 出典)世界銀行LSMSデータより算出 *16 5.3.2参照。 *17 これにより季節による変化が平滑化された。 *18 5.5.3 表5参照。 *19 「タバコ/葉巻/パン他」は、LSMSでは食料カテゴリーの1つとして扱われているが、本研究においては食料品以外の品目とみ なした。 *20 タンパク質、脂肪、炭水化物は、1gにつきそれぞれ4、 9、 4kcalのエネルギーを生じる。 *21 2.2参照。 2005年5月 第24号 103 刻な栄養素が含まれる* 22 よう考慮し、タンパク 鉄分の6項目が選択された。 ン*24、 100−R 1000 × y=V× 100 100 ただし、y =栄養価(/1kg) 、V =栄養価 (/100g) 、 *23 リボフラビ 質、脂肪、炭水化物、ビタミンA 、 5.5.2 算出方法 *25 本研究では19 ( ) R =廃棄率。 の食料カテゴリーから栄養価 *26 この場合、食料カテ を算出した (間接的方法 )。 各食料カテゴリーにおける栄養価はそれに含ま ゴリーを食料品目に分解し、食料品目ごとの栄養 れる食料品目の栄養価の合計なので、以下のよう 価を集計して、食料カテゴリーの栄養価を算出す に表される。 る。間接的方法で通常用いられる食料の数と比較 *27 すると低いレベルでの集計 であり、 直接的方法 yk= 1000 100−Ri Xi × 100 100 Σ[V × 100 ×( i i ) ] に近いと考えられる。 まず食料品目に分解する段階で、文献 (Gopalan ただし、 yk =k ( kは食料カテゴリー) の栄養価 他1991、FAOバランスシート、州政府公式ウェブ 、 Vi = (iはkカテゴリー中の食料品 i (/1kg * 28 ) サイトなど)を参照して仮定を置いた。これは憶 目) の栄養価 (/100g) 、Ri =iの廃棄率、Xi =iがkに 測を超えるものではないが、実際の消費と多少割 占める割合(仮定) 。 合が異なるとしても、栄養価を算出する目的では こうして得た栄養価を以降の分析に用いた(表 それほど多くの違いはもたらさないと考えられ 4) 。 る。 (表3) 。 そして、この仮定された食料品目に基づき、 「イ 5.5.3 サンプル・データの栄養価 ンド食料の栄養価」 (Gopalan他、1991)の栄養価 サンプル・データは表5の性質を持つ。また、 /食料換算係数を適用したり「栄養素データベース 表 6 は、栄 養 価 を 1 日 あ た り の 推 奨 摂 取 量 (リリース17) 」 (アメリカ農務省《USDA》 、2004) と (Recommended Daily Allowances、RDA*29) を参照したりして栄養価を計算した。 比較したものである。 可食部以外 (骨、皮、種など) を除く調整も行っ 表5から、栄養摂取量の変動係数は脂肪とビタ た。食品の廃棄率は 「USDA農業ハンドブックNo. ミンAについては比較的大きく、世帯ごとに消費 102:様々な調理段階における食品量」 (Pecot& が大きく異なることがわかる。エネルギー源は平 Watt、1975)から得た。可食部は、 (食品の量)× 均してタンパク質:脂肪:炭水化物=11.6%:8.1 (1−廃棄率)である。たとえば「購入した1kgの %:80.3%である。理想的な割合*30(タンパク質 食品の可食部の栄養価」は以下のように表され :脂肪:炭水化物= 15%:25%:60%)と比較し る。 て、炭水化物に偏っている。 *22 ヨウ素については測定が困難なため、信頼できるデータが入手できなかった。 *23 ビタミンAの代わりにカロチンを用いた論文もあるが、野菜はカロチン、動物性食品はレチノールを含むため、本研究ではカロ チンだけではビタミンAの分析に不十分だと考えた。 *24 リボフラビンはビタミンB群の1つ(2.2参照) 。 *25 茶・コーヒー、塩・香辛料、アルコール他、調理済みの食品に関しては摂取量データが存在しない。支出データは存在するので 総支出と食料支出の計算には含めた。 *26 3.2.1参照。 *27 第3章で述べたように、Strauss(1982)は5つ、Pitt(1983)は9つ、Behrman & Deolalikar(1987)は6つの食料カテゴ リーを用いた。 *28 ㎏で示されていない消費単位(乳、油:リットル、卵:個など)は、その単位に従って変換された。 *29 実際にはRDAは、性別、年齢、作業強度、妊娠、授乳に左右されるため、この表の値は大まかな指標である。この値は主にGopalan 他(1991)に基づく。 *30 これは一般的な値である。インドのRDAから算出した値はタンパク質:脂肪:炭水化物=10%:8%:82%であり、穀類ベース のインドの食事が考慮されているとみられる。 104 開発金融研究所報 表3 食料カテゴリーに含まれる食料品目の仮定 コード 食料カテゴリー 食料カテゴリー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 米 小麦 パールミレット/アズキモロコシ トウモロコシ 大麦 その他穀物 豆類 ヒヨコマメ ジャガリー 砂糖 乳 乳製品 バナスパチ 米(100%) 小麦(100%) パールミレット(50%),アズキモロコシ(50%) トウモロコシ(100%) 大麦(100%) シコクビエ(100%) レンズマメ(70%) ,ササゲ(10%),ソラマメ(10%) ,ウズラマメ(10%) キマメ(40%) ,ヒヨコマメ(25%),ケツルアズキ(20%) , リョクトウ(15%) ジャガリー(100%) 砂糖(100%) 乳(70%),脱脂乳(30%) ギー(25%) ,チーズ(25%) ,カード(20%) ,バター(20%) ,バターミルク(10%) バナスパチ(100%) 14 その他食用油 ラッカセイ油(25%) ,カラシ油(24%),ココナッツ油(20%) ,大豆油(11%) , ひまわり油(7%) ,ぬか油(6%),ベニバナ油(6%) ,ごま油(1%) 15 肉・魚 16 17 18 卵 茶・コーヒー 塩・香辛料 卵(100%) − (摂取量に関するデータなし) − (摂取量に関するデータなし) 19 芋類 ジャガイモ(67%) ,キャッサバ(24%),サツマイモ(4%) ,ヤム(3%),タロ イモ(2%) 20 その他野菜 トマト(10%),アマランサス(10%),フェヌグリーク(10%),ワサビノキ(10%), タマネギ(7%) ,ナスビ(7%) ,オクラ(7%),ホウレンソウ(5%),ミント (4%),ケナフ(4%),コリアンダー(4%),カラシナ(4%),ニンジン (3%) , ,ト 唐辛子(3%) ,カリフラワー(3%),カラスウリ(3%) ,インゲン(3%) カド ヘチマ(3%) 21 果物 マンゴー(25%),グァバ(25%) ,バナナ (20%) ,オレンジ (7%) ,ライム (4%) , パパイヤ(4%) ,リンゴ(3%) ,パイナップル(3%),すいか(3%),バンレ イシ(3%) ,マフア(3%) 22 23 24 25 タバコ/葉巻/パン他 アルコール他 調理済みの食品 その他食品 − (摂取量に関するデータなし) − (摂取量に関するデータなし) − (摂取量に関するデータなし) − (摂取量に関するデータなし) [ヒンド ゥー]コイ(36%) ,ニワトリ(30%) ,ナマズ(11%) ,ヤギレバー(10%) , 豚 (6%) ,ヤギ (4%) ,ヒツジ (4%) [ムスリム] コイ (36%) ,ニワトリ (20%) , ナマズ(11%) ,ヤギレバー(7%),牛(2%),ヤギ(3%) ,ヒツジ(3%) 出典)Gopalan、FAO、州政府ウェブサイト 等をもとに仮定。 また表6から、このサンプルの平均値は、タン 従属変数が複数存在するため複数の回帰が必要 パク質とビタミンAにおいてはRDAを満たすに であるが、同じ回帰モデルを全ての回帰に適用し しろ、概して望ましい栄養状態に達していないこ た。 とがわかる。また、平均値がRDAを満たしたとし ても、全ての栄養素においてRDAを満たさない人 6.1 二段階最小二乗法推定量 (2SLS) 口が半分以上存在している。 6.方法 その場合説明 総支出は内生性*31 の問題を持つ。 変数と誤差項とが相関し、通常の最小二乗推定量 が機能しなくなるため、操作変数を用いる必要が *31 その世帯が調査期間中にその(ここでは支出の)レベルを変更できるならば、内生変数である。 2005年5月 第24号 105 表4 各食料カテゴリーの栄養価 コード 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 食料カテゴリー 単 位 米 小麦 パールミレット/アズキモロコシ トウモロコシ 大麦 その他穀物 豆類 ヒヨコマメ ジャガリー 砂糖 乳 乳製品 バナスパチ その他食用油 肉・魚(ヒンド ゥー) 肉・魚(ムスリム) 卵 茶・コーヒー 塩・香辛料 芋類 その他野菜 果物 タバコ/葉巻/パン他 アルコール他 調理済みの食品 その他食品 kg kg kg kg kg kg kg kg kg kg l kg kg l kg kg 個 − − kg kg kg − − − − タンパク質 g 脂肪 g 67.60 6.40 119.30 16.10 110.00 34.50 111.00 36.00 115.00 13.00 73.00 13.00 247.60 8.00 222.00 25.15 10.00 2.00 1.00 0.00 26.52 30.26 69.65 483.85 0.00 1,000.00 147.51 244.57 147.83 17.51 145.82 16.91 5.92 5.92 − − − − 11.08 1.03 25.57 5.34 6.39 2.73 − − − − − − − − 炭水化物 g 780.20 699.40 700.50 662.00 696.00 720.00 588.20 588.45 835.00 994.00 37.86 22.37 0.00 164.89 9.28 8.75 0.34 − − 208.23 61.06 118.83 − − − − カロリー kcal 3,452.00 3,417.00 3,550.00 3,420.00 3,360.00 3,280.00 3,417.00 3,467.00 3,400.00 3,980.00 527.25 4,713.00 9,000.00 3,452.04 778.41 765.51 76.99 − − 882.76 393.40 525.55 − − − − 鉄分 mg ビタミンA IU 45.60 45.70 60.50 23.00 16.70 39.00 69.46 37.05 19.10 1.55 1.71 5.79 0.00 71.35 13.84 10.79 0.93 − − 4.62 63.36 6.40 − − − − リボフラビン mg 0.00 435.00 1,491.67 1,500.00 166.67 700.00 3,178.00 1,804.17 0.00 0.00 1,360.80 13,583.00 0.00 5,845.65 24,741.47 17,445.17 534.00 − − 257.98 38,813.46 9,329.05 − − − − 0.58 1.56 1.90 1.00 2.00 1.90 1.98 1.93 0.07 0.07 1.56 3.53 0.00 1.56 4.37 3.13 0.18 − − 0.26 1.34 0.50 − − − − 出典)LSMS、Gopalan等より仮定を基にして算出。 表5 平均値、最小・最大値、標準偏差、変動係数、低・高所得者平均 従属変数 単位 平均 総支出 食料支出 カロリー タンパク質 脂肪 炭水化物 鉄分 ビタミンA リボフラビン Rs Rs kcal g g g mg IU mg 10.45 6.93 2146.28 62.29 19.27 431.10 28.67 2667.08 0.92 最小値 1.30 1.01 348.32 9.11 1.45 57.34 3.29 67.79 0.12 最大値 73.29 32.00 22041.61 236.51 2230.73 2507.50 134.74 28304.74 4.76 標準偏差 6.39 3.64 886.31 22.89 53.94 151.58 10.33 2510.35 0.45 変動係数 61.13 52.47 41.30 36.75 279.92 35.16 36.03 94.12 49.30 低所得者 平均 4.12 3.01 1376.17 38.92 9.66 283.48 18.08 861.43 0.50 高所得者 平均 24.73 14.06 3168.19 94.93 38.45 611.01 41.91 5864.15 1.65 ※低所得者:総支出下位10%、高所得者:総支出上位10% 出典)LSMS、Gopalan等より仮定を基に算出。 ある*32。 そのプロセスは、複数の外生変数をもと を説明変数として用いて食料支出/栄養価を推定 に総支出推定値を得る第一ステージ、得られた値 する第二ステージから構成される。 *32 説明変数と誤差項との間の相関を「ハウスマン・テスト」でテストしたところ、全ての従属変数について相関がみられ、操作変 数が必要という結論が得られた。 106 開発金融研究所報 表6 1日あたりの推奨摂取量(RDA)と栄養価との比較 単位 カロリー タンパク質 脂肪 炭水化物 鉄分 ビタミンA リボフラビン 平均値のRDAに対する 割合(%) RDA kcal g g g mg IU mg 2400 60 22 490 30 2500 1.2 RDAに満たない 世帯の割合(%) 89.43 103.82 87.59 87.98 95.58 106.68 76.54 70.34 53.15 78.33 73.13 62.30 59.86 79.57 出典)LSMS、Gopalan等より仮定を基に算出。 表7 第一ステージで用いられる説明変数(操作変数) 変数 ダミー変数の定義 (切片) 1 総農地面積 2 世帯規模 3 州 [ダミー] 4 成人男性の割合 (18歳以上) 5 成人女性の割合 (18歳以上) 6 夫の識字率 [ダミー] 7 妻の識字率 [ダミー] 8 住居構造 [ダミー] 9 住居の床のタイプ [ダミー] 10 部屋数 11 水源地 [ダミー] 12 米の価格 13 小麦の価格 ビハール=1,ウッタル・プラデシュ=0 読み書き 可=1,不可=0 読み書き 可=1,不可=0 katcha=1,pucca=0 ※ 泥=1,その他=0 敷地内=1,その他=0 係数 ‐9818.10 702.91 2401.21 1805.01 7711.83 4294.83 912.66 344.70 ‐2578.58 ‐3706.07 2516.11 4624.59 1873.08 3548.84 t値 ‐5.13*** 11.02*** 25.61*** 3.41*** 4.74*** 2.17** 6.15*** 2.56** ‐4.35*** ‐3.79*** 4.60*** 6.09*** 12.92*** 6.59*** Pr>|t| <.0001 <.0001 <.0001 0.0007 <.0001 0.0303 <.0001 0.0104 <.0001 0.0002 <.0001 <.0001 <.0001 <.0001 ※katcha:草ぶき屋根のような間に合わせの構造、pucca:恒久的な構造。 **5%有意, ***1%有意 出典)LSMSデータを基に考案・算出。 6.1.1 第一ステージ は0.5844であり、総支出の ある。決定係数(R2) 第一ステージの目的は、総支出の変動をできる 変動の58%がこれらの変数によって説明される。 限り説明しうる外生変数を見つけることである。 過去の論文とデータ制約とを考慮し、第一ステー 6.1.2 第二ステージ ジの変数を選択した(表7) 。 第二ステージでは、第一ステージで推定した総 成人は18才以上とした。夫/妻は、世帯主/その 支出が実際の総支出の代わりに説明変数の1つと *33 配偶者 *34 多さ を意味する。価格に関しては、消費量の から、米と小麦が選択された。 して含まれる。他にどんな変数を含むべきかにつ いては定説がないので、過去の論文とデータ制約 全体のモデルはF検定(F値=238.58)で有意であ (表8) 。非線形性の可能性を に基づいて定めた*35 り、表7に示す通り全ての変数もt検定で有意で 鑑みて、世帯規模の二乗も含めた。この結果は第 *33 ほとんどの場合世帯主は男性であるので、夫が世帯主、妻が世帯主の配偶者を意味する。世帯主が女性の場合 (ごく稀に存在す る) 、妻が世帯主、夫が世帯主の配偶者を意味する。 *34 5.4.2を参照。 *35 両ステージに同じ変数が含まれるので多重共線性の問題も考えられるが、補助回帰テストを行った結果、問題ないという結論が 得られた。 *36 形式の選択(変数の変換)は難しく、優れた分析的幾何学スキルと経験とを必要とする(Hill他、2001) 。 2005年5月 第24号 107 表8 第二ステージで用いられる説明変数 変数 ダミー変数の定義 1 総支出 2 世帯規模 3 世帯規模の二乗 4 州 [ダミー] ビハール=1,ウッタル・プラデシュ=0 5 世帯主の年齢 6 成人男性の割合 (18歳以上) 7 成人女性の割合 (18歳以上) 8 カースト[ダミー] 上位カースト=1,その他=0 9 宗教[ダミー] ヒンド ゥー教=1,イスラム教=0 10夫の識字率 [ダミー] 読み書き 可=1,不可=0 11妻の識字率 [ダミー] 読み書き 可=1,不可=0 出典)LSMSデータを基に考案。 ∧ 7章に示す。 ただし nt :食料支出/栄養、yt :総支出推定値、 xti :外生変数。 6.2 関数形式の選択 もう1つはlog‐logモデルである。食料支出/栄 6.2.1 線形モデルと非線形モデル 養の対数 *38 と総支出の対数 *39 とが直線関係で 食料支出/栄養はここまで、総支出の線形関数 あると仮定する。これも、弾力性が一定という利 だと仮定されてきた。しかし実際には線形関数と 便性と妥当性のため頻繁に用いられるモデルであ は限らない。たとえば、食料支出モデルにおいて る。本研究でのlog‐logモデルは、次のように表さ 所得が増加するにつれ食料支出が同じ一定の率で れる。 無限に伸び続けるとは考えにくい。その代わり、 所得が増加するにつれて、食料支出は増加するが (nt) =β1+β2ln (yt) +β3xt3+…+βixti+et ln その増加率は小さくなると考えるのが普通である ∧ ∧ ただし nt :食料支出/栄養、 yt :総支出推定値、 (Hill他、2001) 。 結果として生じるモデルが線形回帰モデルの仮 xti :外生変数。 定を満たす限り、変数をどのように変換してもよ 多くの可能性が存在する*37 中、 本研究では い*36。 log‐logモデルでの第一ステージの決定係数 (R2) 文献に基づき以下2つのモデルを候補とした。 は0.5969であり、線形モデルと同じ操作変数をlog 1つは線型モデルであり、総支出と食料支出/ ‐logモデルで用いることができると考えられる 栄養とが直線関係を持つと仮定する。これは単純 *40 なモデルで頻繁に用いられる。本研究での線型モ デルは、次のように表される。 6.2.2 比較選択 この2つのモデルのどちらがより望ましいかを ∧ 。 nt=β1+β2yt+β3xt3+…+βixti+et 判断するため、次の2つのテストを行った。 *37 Bouis&Haddad(1992)によって用いられた線形‐logモデルなど。 *38 世帯規模の対数もとることがある。本研究では世帯規模においては対数を用いないが、その代わり、非線形の場合に備え世帯規 模の二次項を含めた。 *39 正の数しか対数をとれない。本研究では総支出推定値が負となる世帯は無視したが、わずか二世帯なので、結果には影響ない。 *40 log‐logモデルの多重共線性と内生性も線型モデルと同じ方法でテストされ、結果は、線型モデルの結果と同じであった (多重共 線性は問題ではなく、操作変数は必要) 。 108 開発金融研究所報 (1) 決定係数(R2)の比較 log‐logモデルのR 2 のレベルで重要である。明らかに、所得は食料支 2 を真数間のR に変換して 2 出と栄養のレベルを決定する重要な要因である。 線型モデルのR と比較した結果、脂肪とビタミン 総支出の係数が正である限り、弾力性の大きさが Aの推定には線型モデルの方がやや適していた どうであろうと、所得増大によって栄養状態は多 が、他の従属変数の推定にはlog‐logモデルの方が 少なりとも改善される。 適していた。 (2) ラムゼーRESETテスト 2.説明変数の重要性 ラムゼーRESETテスト(回帰の特定化の誤りテ 世帯規模は最も重要な説明変数であり、従属変 スト)では、累乗を含めるとモデルを改善できる 数と一次項において負、二次項において正の関係 かを調べることで、省略された変数や誤った関数 がある。つまり、世帯が大きくなるにつれ、1人 形式を検出できる。結果、線型モデルは脂肪の推 その減少率 あたりの食料支出/栄養は減少し*44 、 定以外では不適当とされた一方、log‐logモデルが は増す。大世帯ほど1人あたり食料支出が小さい 不適当である証拠は1つも示されなかった。 ことは規模の経済を示す。たとえば多くの人々が 同じ台所を共有して一緒に食事をとれば廃棄量が これらの結果は比較や従属変数次第であり、違 削減されることからもわかる。しかし1人あたり いもさほど大きくない。しかし本研究では、総じ の栄養摂取量が少ないのは規模の不経済である。 てlog‐logモデルの方をより好ましいと判断し、以 これは、大世帯は子供(消費量少)の割合が大き 下*41 log‐logモデルについて記述することとする いからだと考えられる。成人の割合が栄養摂取量 *42 と正の関係がある事実によっても説明できる。 他の説明変数の重要性は、モデルと説明変数の 。 7.結果 表9 に結 果を 示す。自 由度 修正 済決 定係 数 2 組合せと従属変数によって左右される。 宗教、カー スト、州は食事パターンに影響を及ぼす。宗教に 関しては、ヒンドゥー教徒はイスラム教徒より多 (adjusted R )は比較的低く、0.17∼0.35である くのカロリー、脂肪、リボフラビンを摂取してい が、これは横断的データにはよくみられることで る。上位のカースト の人々は下位のカースト の *43 、 制御不可能な世帯不均一性が原因である。F 人々より、脂肪を多く、炭水化物と鉄分を少なく 値より、全体のモデルは全ての推定において有意 摂取している。ビハール州の人々はウッタル・プ である。 ラデシュ州の人々よりも食料支出が多く、炭水化 物、鉄分、ビタミンAの摂取量も多いが、タンパ 8.結論 ク質、脂肪、リボフラビンの摂取量は少ない。世 帯主の年齢が食料支出に与える影響は小さいが、 多くの栄養素摂取には影響を及ぼし、世帯主が高 8.1 主要な結果と議論 齢であるほど栄養上効果的に支出を割り当てるこ とができていると言える。 主要な結果と議論は以下にまとめられる。 興味深いことに、夫/妻の識字率は、食料支出/ 栄養を決定するのに殆ど重要ではない。妻の識字 1.食料支出/栄養決定における所得の重要性 率と食料支出/栄養とは負の相関傾向を示しさえ 総支出(所得に相当)は、全てのケースで、1% する。それは、夫と妻の教育がカロリー摂取量に *41 実際には線形モデルとlog‐logモデルの両方で全ての回帰を試みたが、結果には特筆すべき相異点はみられなかった。 *42 家計横断的データの性質上、不均一分散の問題が存在する可能性も否定できないが、その兆候はプロットを見る限りごく僅かで あり、またその説明は本研究の範囲外であることから、割愛した。 *43 参考のために、Behrman&Deolalikar(1987)のR2 は、ほぼ0である。 *44 ここでは扱わないが、世帯規模に関する議論には様々な矛盾もみられる。 2005年5月 第24号 109 表9 log‐logモデルによる結果一覧 ln (食料支出) 係数 t値 (切片) ln(総支出) 世帯規模 世帯規模の二乗 州 世帯主の年齢 成人男性の割合 成人女性の割合 カースト 宗教 夫の識字率 妻の識字率 自由度修正済決定係数 F値 総支出弾力性 (切片) ln(総支出) 世帯規模 世帯規模の二乗 州 世帯主の年齢 成人男性の割合 成人女性の割合 カースト 宗教 夫の識字率 妻の識字率 自由度修正済決定係数 F値 総支出弾力性 ln (カロリー) 係数 t値 ln (タンパク質) 係数 t値 ln (脂肪) 係数 t値 6.9466 122.52 0.2966 12.89 ‐0.0452 ‐7.09 0.0016 5.07 0.0225 1.76 0.0018 3.41 0.1707 3.30 0.0674 1.26 ‐0.0232 ‐1.25 0.0495 2.27 0.0007 0.05 ‐0.0400 ‐1.95 0.2417 65.30 0.2966 *** 3.3255 55.47 *** 0.3512 14.43 *** ‐0.0438 ‐6.49 *** 0.0016 5.09 * ‐0.0383 ‐2.84 *** 0.0017 2.91 *** 0.1633 2.99 0.0566 1.00 ‐0.0190 ‐0.96 ** 0.0358 1.55 ‐0.0103 ‐0.65 * ‐0.0358 ‐1.65 0.2458 66.73 0.3512 *** 0.9085 8.45 *** 0.7039 16.12 *** ‐0.0224 ‐1.85 *** 0.0008 1.36 *** ‐0.1375 ‐5.68 *** 0.0019 1.85 *** 0.1696 1.73 0.0567 0.56 0.1183 3.35 0.1404 3.40 ‐0.0071 ‐0.25 * ‐0.0101 ‐0.26 0.2525 69.14 0.7039 ln(炭水化物) 係数 t値 ln(鉄分) 係数 t値 ln(ビタミンA) 係数 t値 5.4710 98.07 10.95 0.2481 ‐0.0470 ‐7.50 5.36 0.0016 3.59 0.0451 3.52 0.0019 3.20 0.1628 1.38 0.0728 ‐0.0391 ‐2.14 1.78 0.0381 0.24 0.0035 ‐0.0475 ‐2.35 0.2156 56.44 0.2481 *** 2.6453 45.01 *** 0.3000 12.57 *** ‐0.0479 ‐7.25 *** 0.0017 5.25 *** 0.0300 2.27 *** 0.0021 3.72 *** 0.1382 2.58 0.0656 1.18 ** ‐0.0468 ‐2.43 * 0.0366 1.62 0.0051 0.33 ** ‐0.0251 ‐1.18 0.2292 60.98 0.3000 *** 5.4619 32.25 *** 0.8791 12.79 *** ‐0.0416 ‐2.18 *** 0.0017 1.90 ** 0.1244 3.26 *** 0.0030 1.85 *** 0.0919 0.60 0.0182 0.11 ** 0.0193 0.35 ‐0.0764 ‐1.17 0.0612 1.38 0.0589 0.96 0.1747 43.70 0.8791 0.4710 6.31 0.6281 20.72 ‐0.0428 ‐5.10 0.0016 3.90 0.1018 6.05 0.0006 0.88 0.1156 1.70 0.0838 1.19 0.0363 1.48 ‐0.0109 ‐0.38 ‐0.0123 ‐0.63 ‐0.0313 ‐1.16 0.3509 110.05 0.6281 *** *** *** *** *** * *** *** * *** * * *** *** ln(リボフラビン) 係数 t値 *** ‐1.4087 ‐18.96*** *** 0.5373 17.82*** ** ‐0.0302 ‐3.62*** * 0.0012 2.88*** *** ‐0.1214 ‐7.25*** * 0.0017 2.37** 0.1202 1.78* 0.0351 0.50 0.0191 0.78 0.0822 2.88*** ‐0.0140 ‐0.72 ‐0.0272 ‐1.01 0.2813 79.95 0.5373 *10%有意,**5%有意,***1%有意 出典)LSMSデータより独自に算出。 弱 い 負 の 相 関 を 持 つ こ と を 示 し た Bouis & るが、同様にではない。つまり、所得が増加する Haddad(1992)の結果にも似ている。 につれ総支出に占める食料支出の割合は減少する *46 3.食料支出−所得弾力性:0.6 にさえ適用できると言えよう。 食料支出−総支出 (所得に相当) 弾力性は0.6281 であり、所得が10%増加すれば食料支出は6.3% 4.カロリー−所得弾力性:0.3 増加する。食料支出−所得弾力性が1に近いと主 カロリー摂取量の総支出(所得に相当)弾力性 。 エンゲルの法則がこの貧しい世帯のサンプル * 45 と比較すると少々低く感じられ は低く (0.2966) 、食料支出−総支出弾力性に及ば る。所得が増加するにつれて、食料支出は増加す ない。食料支出の10%の増加はカロリー摂取量の 張する文献 *45 3.1参照。 *46 5.4.2とも一致する。 110 開発金融研究所報 4.7%の増加と関係するのみである。 これは栄養の は、 「乳製品」 、 「肉と魚」 、 「他の野菜」であるが、 所得弾力性は食料支出の所得弾力性の半分程度だ これらは全て、低所得のグループと高所得グルー という議論(Deaton、1997)と矛盾しない。食料 プとの間で消費パターンに大きな違いがある*52。 支出が所得に反応するほどにはカロリー摂取量は ビタミンA欠乏症は所得の増大によって速やかに 所得に反応しないと言える。本研究は間接的方法 改善されると考えられる。 *47 に基づくため、 実際の弾力性はさらに低い可能 リボフラビンもまた、比較的高い所得弾力性を 性もある。この結果は、所得の増加が自動的には 示す。それは非常に低い所得弾力性(0.01)を主 栄養の摂取量の改善につながらない根拠となる。 張するBehrman & Deolalikar(1987)の結果とは この低いカロリー−所得弾力性には2つの理由 矛盾するが、高い所得弾力性を報じる国家栄養監 が考えられる。第1に、食料支出の所得弾力性が 視局(NIN、1999)の報告とは一致する。所得の増 それほど高くないことからも、食料品以外の品目 加と共に穀類から動物性製品へ食事が変化すると に追加所得を費やすからだと推測される。第2 言う事実と、穀類と動物性製品の両方がリボフラ に、所得レベルによる食事の変化である。食品の ビンを豊富に含むという事実とが、変化を不明瞭 代替はカテゴリー内でもカテゴリー間でも起こり にし、矛盾した結果を引き起こすと思われる。本 *48 研究からは所得の増大はビタミンB群欠乏症を減 りに質や味を求めている。 少させるために効果的だといえる。 逆に鉄分の摂取量は、所得とほとんど相関しな 、 この貧しい人々のサンプルでも、栄養の代わ 5.所得増加に伴うエネルギー供給源の変化(炭 水化物から脂肪へ) エネルギー源は、タンパク質、脂肪、炭水化物 *49 い。それは所得弾力性0.30を示したBehrman & Deolalikar(1987) 、鉄分摂取には直接的な干渉を 必要とするとしたSubramanian(2001)の報告と 総支出弾力性は脂肪で高く(0.7039)、 である 。 一致する。所得の増大だけでは鉄分欠乏症の改善 炭水化物で低く (0.2481) 、タンパク質は中間に位 につながらないであろうことを示唆している。 置する (0.3512) 。脂肪は総じて高価であり、脂肪 の消費が所得の増加とほぼ同調して増加すること は驚きには値しない。所得水準の向上につれ(比 8.2 まとめ 較的脂肪が豊富な)乳・乳製品の消費が急激に増 インドのウッタル・プラデシュ州とビハール州 加し(炭水化物が豊富な)穀類の消費が減少して におけるサンプルの食料支出−総支出(所得に相 いること*50 からも理解できる。 当)弾力性は0.6、カロリー−総支出弾力性は0.3 である。また、鉄分は低い総支出弾力性(0.3)を 6. 所得に対するビタミンAとリボフラビンの 示し、ビタミンA(0.9)とリボフラビン(0 .5) 高反応と鉄分の低反応 のようないくつかの栄養素は比較的高い所得弾力 選ばれた栄養素のうち、ビタミンA(0.8791) 、 性を示す。 リボフラビン(0.5373)は比較的高い総支出弾力 つまり、経済的な基準(所得ないし支出)は栄 性を持つが、 鉄分の総支出弾力性は比較的低い 養の基準(カロリー、栄養)と関係してはいるが、 (0.3000) 。貧しい人々の主な食料である穀類には 完全に同調しているわけではない。所得の増大は ほとんどビタミンAが含まれない。本研究の食料 いくつかの栄養素の欠乏、特にビタミンA欠乏症 カテゴリー * 51 のうちビタミンAが豊富なもの とビタミンB群欠乏症対策には効果があるが、他 *47 3.2.1参照。 *48 3.2.2参照。 *49 5.5.1参照。 *50 表2参照。 *51 表4参照。 *52 表2参照。 2005年5月 第24号 111 の栄養素については摂取量増大にさほど効果はみ Browning, M. “Children and Household Eco- られないと考えられる。 nomic Behavior.” Journal of Economic もちろん所得増大も多少は栄養状態改善に効果 Literature 30, no. 3(Sep 1992): 1434‐1475. があるので所得増大戦略(つまり購買力の向上を はかる戦略) は続けるべきである。しかし同時に、 Cary, N. SAS OnlineDoc. Version 8,: SAS Insti- 経済発展それだけでは栄養問題は解決しないた tute Inc., 1999. め、各栄養素について特別に戦略を練ることが、 世界銀行などの組織が栄養失調問題に取り組む際 Chernichovsky, D. The economic theory of the に必要となってくる。具体的には、栄養教育、サ household and impact measurement of プリメントの贈与、栄養価の高い作物の開発等な nutrition and related health programs. どが考えられる。 World Bank staff working paper; no. 302. また、本研究の範囲を超えるが、栄養分析には Washington, D.C.: World Bank, 1978. 他にも多くのアプローチがある。たとえば、本研 究とは逆に栄養が所得に対して及ぼす影響、環境 Compare Infobase(P)Ltd.“Maps of India” . Overview への人体の適応力などである。様々な観点から考 [ WWW ] http:/ / www.mapsofindia.com / えることも、総合的に栄養問題に取り組むために (2004/7/23) 重要である。 Dawson, P. J., and R. Tiffin.“Estimating the De- 参考文献リスト mand for Calories in India.” American Behrman, J. R., and A. B. Deolalikar. “Will Journal of Agricultural Economics 80, Developing Country Nutrition Improve no. 3(August 1998): 474‐481. with Income? A Case Study for Rural South India.” The Journal of Political Deaton, A. 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Washington: World Bank, 1981. ベトナムのマクロ経済の現状と今後の課題 国際審査部第1班課長 石川 純生 田中 優子 平川佳世子 要 旨 ベトナムは自立的な経済成長達成のための重要な岐路に立っている。90年代後半以降、外国直接投 資に支えられ、輸出を拡大させながら年平均7%の経済成長を達成してきたが、ここ数年輸入が急 増し、貿易収支が急激に悪化しつつある。かかる輸入急増の背景には、第7次5ヵ年計画の成長目標 達成のために、政府が景気刺激策をとったことが考えられる。悪化しつつある国際収支を持続可能な 軌道に復帰させることは、自立的な経済成長を達成するために極めて重要である。特にベトナムは世 界経済との統合のため周辺国と新たな貿易の枠組みを構築しつつあり、今後益々自由貿易に晒される ことになる。自国産業の競争力を強化できなければ国際収支は更に悪化し、国際収支困難を通じて急 激な経済調整を余儀なくされ、自立的な経済成長達成が遠のくことになる。自国産業の競争力を強化 するためには、外国直接投資を一層促進し、政府がこれまで進めてきた国営企業と国営商業銀行の改 革を加速し、経済の効率性を改善させていくことが重要である。また、自立的な経済成長を達成する ためには、国内の民間部門を育成していくことが不可欠であり、中小企業育成も含め国内の民間部門 を支援する政策を講じていく必要がある。しかし、こうした経済構造の変革は容易でなく暫く時間が かかる。景気刺激策によって経済成長率を引き上げることは貧困削減の目的のためには一定の正当性 を持つ。しかし、経済の効率性が十分改善していず、自国産業の競争力を更に強化していく必要性が ある状況においては慎重になるべきである。国際収支を持続可能な軌道に復帰させ、将来において自 立的な経済成長を達成することを目指すべきである。 第1章 はじめに 支困難を通じて急激な経済調整を余儀なくされ、 自立的な経済成長達成が遠のくことになる。自国 ベトナムは自立的な経済成長達成のための重要 産業の競争力を強化するためには、政府がこれま な岐路に立っている。90年代後半以降、外国直接 で進めてきた構造改革を加速し、経済の効率性を 投資に支えられ、輸出を拡大させながら年平均 改善させていくことが重要である。しかし、こう 7%の経済成長を達成してきたが、ここ数年輸 した経済構造の変革は容易でなく暫く時間がかか 入が急増し、貿易収支が急激に悪化しつつある。 る。構造改革がスムーズに進展させていくだめに かかる輸入急増の背景には、第7次5ヵ年計画の も、マクロ経済の安定化は極めて重要である。 成長目標達成のために、政府が景気刺激策をとっ 本稿ではかかるベトナムの最近のマクロ経済の たことが考えられる。悪化しつつある国際収支を 動きについてレビューを行う。ベトナムは他の 持続可能な軌道に復帰させることは、自立的な経 ASEAN諸国と比較して相対的に力強い経済成長 済成長を達成するために極めて重要である。特に を維持しているが、前述の通りマクロ経済に近年 ベトナムは世界経済との統合のため周辺国と新た 若干の不安定性が見え始めている。第一に、前述 な貿易の枠組みを構築しつつあり、今後益々自由 の貿易収支の悪化である。貿易収支は2001年の 貿易に晒されることになる。自国産業の競争力を GDP比1. 5%の黒字から2003年に6. 5%の赤字へ 強化できなければ国際収支は更に悪化し、国際収 と急速に悪化した。この赤字拡大の背景の一つと ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… * 本稿は、筆者の個人的な見解であり、国際審査部および国際協力銀行の公式見解ではない。 2005年5月 第24号 117 考えられるのが国営商業銀行を通じた政府の景気 90年代の成長は、前述の通り、外国直接投資に 刺激策である。米国に対しては、通商協定が締結 よって牽引されたが、近年外国直接投資の勢いに されたことから貿易黒字が拡大したが、NIESに 以前ほどの力強さがなくなっており、投資環境の 対しては貿易赤字が大幅に拡大した。政府の景気 更なる改善によって外資誘致を積極化すべきであ 刺激策は、貧困削減という目的のためには正当性 る。また、国営企業と国営商業銀行については、 をもつものの、マクロ経済の安定性の確保という 90年代以降の当国の経済発展に一定の役割を果た 観点からは一定の歯止めがかけられるべきであ してきたことは否定できないが*1、その経営は非 る。第二のマク ロ 経 済 の 不 安 定 性 の 問 題 は、 効率であったと指摘されている。今後更に国営企 2 0 0 4年に悪化したインフレである。 インフレは、 業と国営商業銀行の改革を推進し、経済の効率性 油価高騰を受けて2 0 04年に多くのアジア諸国で を改善させていくことが重要である。また、将来 見られた現象だが、ベトナムのインフレは他のア 的には国内の民間部門を育成していくことが、自 ジア諸国で沈静化が見られた2 0 0 4年末になって 立的な経済成長にとって不可欠であり、中小企業 も、依然として高い水準で推移した。中銀は今回 も含め国内の民間部門の支援策を講じていく必要 のインフレは供給要因によるとし、目立った引き がある。 締め政策をとってこなかったが、2 00 5年1月に 以下、第2章では最近のマクロ経済の動向につ リファイナンス・レートの引き上げに踏み切っ いて概観し、第3章で貿易収支赤字について、第 た。今後インフレが沈静化の方向に向かうか否か 4章でインフレについて、詳細に検討を加える。 を注視する必要がある。 第5章では、競争力の強化のために必要な、国営 ベトナムが世界経済との統合を積極的に推進し 企業改革、国営商業銀行改革、外資導入、民間部 ていく際に、急成長する中国などの近隣諸国に対 門育成について、最近の状況を紹介する。第6章 抗するためには、経済の効率性を高め、産業の競 で今後のベトナム経済の課題を提示しまとめとす 争力を強化する必要がある。競争力の強化によっ る。 て輸出を振興していくことが、国際収支上の制約 を取り除き、一層高い経済成長を達成していくた めに不可欠である。産業の競争力を強化するため には、外国直接投資の更なる導入が早道である。 図表1 実質経済成長率と需要項目別の寄与度 1 9 9 9 20 0 0 20 0 1 20 0 2 20 0 3 2004 2 005 見込値 目標値 (%) 実質GDP成長率 消費 政府消費 民間消費 投資 固定資本形成 在庫投資 輸出(ネット) 誤差脱漏 参考: GDP(1 9 95年=1 0 0) 4. 8 1. 4 △0. 4 1. 8 0. 4 0. 5 △0. 1 3. 0 0. 0 6. 8 2. 5 0. 3 2. 1 3. 0 2. 8 0. 2 1. 2 0. 1 6. 9 3. 4 0. 4 3. 0 3. 3 3. 1 0. 2 △0. 6 0. 8 7. 1 5. 3 0. 4 5. 0 4. 1 3. 9 0. 2 △3. 3 1. 0 7. 3 5. 3 0. 4 4. 8 4. 8 4. 6 0. 2 △2. 5 △0. 1 1 3 1 14 0 15 0 16 0 17 2 !# ## # "# ## #$ 7. 7 8. 5 n.a. n.a. 18 5 201 出所)GSO(2 0 0 3) ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *1 後述する通り、国営企業部門は1 9 9 5年のGDP比4 0%から20 0 3年に同4 1%と一貫して高いシェアの付加価値を生産している。 また、90年代の貨幣化は人々が資産を国営商業銀行の預金にシフトさせたことによって成し遂げられた。 118 開発金融研究所報 第2章 準に満たず、同計画の成長目標を達成するために マクロ経済の現状 は2003∼5年に年平均7. 7%の成長が必要と考え られた。2004年の成長率が7. 7%になったことか (1)成長・物価 ら、2005年に8. 5%の成長を達成できれば、第7 次五ヶ年計画の目標を達成することは可能とな 速報値によると、200 4年の実質GDP成長率は る。 7. 7%と2 0 0 3年の7. 3%を上回る伸びを見せた。 物価(CPI)上昇率は2003年10月には前年同期 特に2 0 0 4年第4四半期には前年同期比8. 5%と高 比2%強 ま で 低 下 し た が、200 4年9月 に は 同 い伸びを示しており、2 0 0 5年の政府目標である 10. 9%にまで上昇した。その後若干低下に転じ 8. 5%は達成可能な水準となりつつある(図表 ているが、2005年1月に9. 7%と依然と高い水準 005年) 1) 。政府は第7次 五 カ 年 計 画(2 00 1∼2 である(図表2) 。2 004年には油価高騰を受けて で、20 0 5年のGDPを1 995年の二倍の水準に増大 他のアジア諸国でもインフレは悪化したが、イン させることを目指しており、そのために年平均 ド、タイ、中国などでは2004年末には既に沈静 7. 4%の実質GDP成長率が必要と見られていた。 化しつつある。ベトナムはアジアの中でも特にイ 20 0 1年、2 0 0 2年 は そ れ ぞ れ6. 9%、7. 1%と 同 水 ンフレが悪化した国でその傾向は続いている。中 銀は物価上昇の原因として、)石油や鉄鋼などの 図表2 アジア諸国のインフレ率の推移 国際価格の上昇、*鳥インフルエンザによる食料 % 12 品価格の上昇、+旱魃による米等の供給不足な ど、の要因を指摘している。 10 (2)金融・為替 8 6 2003年前半に引き締められた金融は年後半に 4 拡張的に推移した。中央銀行のリファイナンス・ 2 0 レ ー ト は、6月(6. 6%→6%)と8月(6%→ Jan ―03 Apr ―03 Jul ―03 ベトナム インドネシア Oct ―03 タイ 中国 Jan ―04 Apr ―04 Jul ―04 マレーシア インド Oct ―04 Jan ―05 フィリピン 5%)の2回引き下げられ、ブロード・マネー は、2003年末に前年同期比25%増加し、2004年 8月に同28%増加した。 為替レートについては、 出所)CEIC クローリングペッグ*2の下で安定的に推移してお 図表3 名目為替レートの動向 り、名目為替減価率は、2003年に1. 6%、2004年 (ドン/US$) 15,900 図表4 中央政府財政収支 2 00 2 15,800 15,700 15,600 15,500 15,400 15,300 Jan Mar May Jul Sep Nov Jan Mar May Jul Sep Nov Jan ―03 ―03 ―03 ―03 ―03 ―03 ―04 ―04 ―04 ―04 ―04 ―04 ―05 出所)Bloomberg 歳入および贈与 歳出 経常支出 資本支出 財政収支1/ 参考: Net lending 22. 2 24. 1 15. 8 8. 2 △1. 9 2. 7 20 03 2 00 4 暫定値 予測値 (GDP比:%) 2 3. 4 2 3. 3 25. 5 24. 1 17. 0 1 6. 3 8. 4 7. 8 △2. 0 △1. 2 2. 9 2. 7 1/ 除くnet lending. 出所)IMF(2 0 0 5) ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *2 前日の銀行間取引の平均相場に対し変動を±0. 1%以内とするもの。 2005年5月 第24号 119 図表5 国際収支表 2 00 0 200 1 2 00 2 2 0 03 2 0 04 予測値 (百万ドル) 経常収支 (GDP比、 %) うち、 財貿易収支 (GDP比、 %) 輸出(fob) 輸入(fob) 移転収支 資本収支 直接投資 中長期借入 短期資本収支 うち現預金 総合収支 外貨準備高 (グロス) (輸入月比) 1, 1 07 3. 6 △2 5 4 1. 2 6 8 2 2. 1 48 1 1. 5 △6 04 △1. 7 △1, 0 5 4 △3. 0 △1, 8 78 △4. 9 △2, 5 2 8 △6. 5 △1, 7 59 △3. 9 △2, 4 2 0 △5. 3 14, 4 48 14, 70 2 1 5, 0 27 1 4, 5 46 1 6, 7 06 1 7, 7 60 2 0, 17 6 22, 7 04 2 6, 0 0 3 31, 5 2 3 1, 7 32 △7 5 4 1, 2 98 6 5 △2, 1 17 △2, 0 8 8 △3 2 3 1, 25 0 2 20 1, 30 0 1 39 △1, 21 9 △1, 1 97 40 1, 92 1 1, 9 80 1, 40 0 △5 1 63 1 6 24 35 7 2, 23 9 3, 30 5 1, 45 0 45 7 1, 39 8 1, 37 2 2, 15 1 2, 66 2 2, 68 2 1, 52 3 65 9 50 0 50 0 84 4 3, 5 1 0 2. 4 3, 7 65 2. 5 4, 23 2 2. 4 6, 35 9 2. 9 7, 2 26 2. 4 出所) 国際審査部、ADB(2 0 0 4) 、JCIF(2 0 0 5) *6 特別消費税(SCT) を中心とした税制改革が実 は0. 8%に留められた(図表3) 。 施された。税収は1999年の税制改革以降増加し (3)財 政 ており、今回の改革では世界経済との統合に見 合った税制に変更していくことが目指された。よ 2 0 0 3年の中央政府の財政赤字は、転貸を除い り具体的には、)税率の引き下げ、*不公平税制 たベースで、GDP比2. 0%と前年並の水準となっ の見直し、+タックス・ベースの拡大、,徴税効 *3 た(図表4) 。歳入は、油価上昇に伴う石油関 率の改善、である。 連歳入の増加等によって、GDP比2 3. 4%に増加 2003年末の中央政府債務は前年末並の同35. 2 したが、歳出は、教育、貧困削減、インフラなど %である。うち、国内債務は同8. 4%、対外債務 を中心に同25. 5%に拡大した。2 00 4年の財政収 は同26. 1%となっている。当国の歳入はGDP比 支は、資本支出が季節要因もあって抑制され、 約2割 強 と 相 対 的 に 高 く、利 払 い は 歳 入 の 約 GDP比1. 2%の赤字に改善した。 5%、元本も含めた政府債務の支払は歳入の約 *4 *5 2 00 4年初に、法人税 、付加価値税(VAT) 、 17%と相対的に低い。また、プライマリーバラ ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *3 財政赤字のファイナンスは、国内依存度が若干高く、2 003年の財政赤字GDP比2. 0%に対し、国債によるファイナンスはネッ トで同1. 2%となった。2 0 0 4年予算では、対外債務の返済が増加することから、対外ファイナンスへの依存がネットで更に減 少することになる。外債発行も議論されているが、政府は今のところ国内市場での資金調達を優先させる模様。外債を発行し た場合、現在の格付会社の格付では調達コストが高くなることが問題点として指摘されている。 *4 従来、課税率は外国企業25%、国内企業3 2%であったが、今回の改革で2 8%に統一された。その見返りとして、外国企業に ついては、海外送金に対する課税が撤廃された。但し、今回の法人税改革によって、税制優遇は地方に進出する企業に適用さ れることになり、輸出加工区等に進出した企業に対しては従来より高い税率が課されることになった。またかかる変更を規定 した政令(Decree)№1 6 4が2 0 0 3年末の税制改革施行直前に十分な議論なく出されたこともあり、外国企業から不満が出た。 政府は条件をもとに戻す方向で再検討を行い、20 04年8月に出された政令№15 2では輸出加工区進出企業の取り扱いはほぼ元 の状態に戻った。 *5 従来、4段階(0%、5%、1 0%、2 0%)あった税率は、3段階(0%、5%、10%)に削減され、従来、SCTのみ課され ていた財・サービスに対しても、VATが追加的に課されることになった。また、輸出企業がサービス(貸し工場のリース、 保険、銀行等)を消費する場合、従来非課税であったが、政令№15 8によって、通常の国内居住者がサービスを消費する場合 と同様VAT1 0%が課されることになった。しかし、同政令は、政令№16 4と同様、2 0 03年末の税制改革施行直前に事前の十分 な議論なく出されたこともあり、外国企業から不満が続出した。その結果、20 04年7月に政令№1 48が出され、同サービスに 課されるVAT税率は0%に戻った。0%課税であることから、同サービス提供企業は逆にVAT還付を受ける権利を得ること になった。 *6 従来タバコや酒等に課されていたものが、対象が宝くじや賭博等にまで広げられ、税率が一部引き下げられた。 120 開発金融研究所報 ンスは2 0 03年で0. 9%赤字となっている。 40%に止まったのに対し輸入の伸びは60%にも 達した。 (4)国際収支 この貿易赤字の拡大に対して肯定的な見方があ る。すなわち、)増大している輸入は生産財輸入 2 0 0 3年の経常収支は、前年の6億ドル(対GDP であることから、投資の拡大をもたらし将来の成 比1. 7%)の 赤 字 か ら1 9億 ド ル(同4. 9%)の 赤 長に貢献するというものと、*海外在住ベトナム *7 字に悪化した(図表5) 。この赤字拡大の背景 人(越僑)の本国送金が、実際には国際収支統計 には、投資拡大に伴う生産財輸入の増大がある。 を上回る規模あり、対外直接投資(FDI)や中長 しかし、短期資本の流入が14億ドルと大幅に増加 期借入を含めれば、貿易赤字を十分ファイナンス し、外国直接投資も前年並の15億ドルの流入とな できるので外貨繰りに支障はない、というもので り、外貨準備高は20 03年末に64億ドル(輸出の ある。 2. 9カ月分)に増加した。ただし2 0 04年には、輸 確かに2003年の輸入増加を品目別に見ると、 入の伸び(前年比2 5%増)が輸出の伸び(同29% 機械輸入の増加が目立っている (39%増) 。また、 増) を下回っており、貿易収支は改善傾向にある。 同国の輸入構成も、燃料・原料・機械・部品など 対外債務残高は近年逓減してきており、2003 の生産財がほとんどとなっている(消費財輸入は *8 年末にGDP比3 5. 7%(13 9億ドル)となった 。 全輸入の6∼7%) 。したがって、2003年の輸入 20 00年のロシア債務のリストラクチャーで、対 増加は生産財輸入の増加によるものであり、投資 外債務残高は大幅に減少したが、2 00 1∼2003年 の拡大と繋がっていると考えられる。越僑の本国 も 減 少 を 続 け て い る。そ の 背 景 に は、2001∼ 送金についても、2003年に21億ドルに上るとい 2 0 03年 の 経 常 収 支 が 年 平 均6億 ド ル の 赤 字 で う統計はあるが、統計規模を上回るとの指摘は多 あったのに対し、FDIが年平均1 4億ドル流入して い。また当国の統計はIMF等からの技術支援を おり、対外借入に依存してこなかったことがあ 受けて向上が図られている段階であることを合わ る。また、対外債務のほとんどが譲許性の高い公 せ考えると、国際収支の移転収入が過小評価され 的援助資金であり、デット・サービス・レシオ ている可能性は高い。 (財・サービス輸出比)は20 0 3年に6. 6%であっ た。 こうした貿易収支の赤字拡大の背景を探るため に、貿易相手国・地域別に貿易収支の推移を見て みる(図表6) 。これによると、貿易収支の推移 第3章 貿易収支悪化の背景 は、貿易相手国・地域によって2000年以降二極 化していることがわかる。すなわち米国に対して 本章では前章で紹介した近年の貿易収支悪化の は急速に貿易黒字を積み上げているが、NIESに 要因について詳細に検討する。貿易収支は2001 対してはそれを上回る速度で貿易赤字を拡大させ 年のGDP比1. 5%の黒字から2 0 03年に 同6. 5%の ている。その他、中国に対してはNIES程ではな 赤字へと大幅に悪化した。前章でも述べた通り、 いが赤字を拡大させつつあり、タイ、マレーシア この結果、経常収支も2 0 0 1年のGDP比2. 1%の黒 に対しても赤字が若干拡大している。 字から2 0 0 3年に同4. 9%の赤字に陥った。この貿 米国に対する黒字の拡大は、2001年12月の通 易収支の赤字化の背景には輸出を上回る速度で輸 商協定の締結が契機となったと考えられる。同協 入が増加したことがあり、同期間に輸出の伸びが 定締結後、米国に対して繊維や水産品(エビ、ナ ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *7 2 0 03年の輸入急増の一因として、ベトナム航空によりボーイング機購入(3機) 、台湾(フォルモサ)による繊維産業向(ド ンナイ省NhonTrach工業団地向け)投資のための生産財購入、フーミー発電所建設のための生産財購入など一時的影響が大 きいとの指摘もある。米国商務省統計によると、20 03年のベトナム向け航空機輸出額は7. 2億ドルであった。 *8 旧ソ連向け債務問題については、2 0 0 0年9月にロシア政府と交渉が成立し、全債務額の8 5%が削減された。削減後の残存債 務残高は1 7億ドルとなり、2 3年間にわたり金利5%で返済することで合意された。本合意により、対外債務は19 99年末の GDP比74%(うち、交換可能通貨建債務3 7%、非交換可能通貨建債務3 7%)から20 00年末には同42%(全て交換可能通貨建 債務)に低下した。 2005年5月 第24号 121 マズ等)の輸出が急増した*9。中国に対しては、 合が期待される。ちなみに、200 5年初に多国間 2 0 0 0年以降輸入が急速に伸びており、中国から 繊維協定が撤廃され、WTO加盟国間で繊維貿易 の輸入は1 9 9 9年に全輸入の5. 7%から20 0 3年には にクォータを課せなくなっており、WTO加盟は 1 3. 7%に 拡 大 し て い る。20 0 2年11月 に 中 国 と 繊維を主要輸出品としているベトナムにとって重 ASEANの間で包括的経済枠組み協定が締結され 要な課題である。ベトナムがWTOに加盟できな ており、今後両国の経済関係が一層深まることが いと、他のWTO加盟国は2005年以後もベトナム 見込まれる。タイやマレーシアなどのASEAN諸 に繊維クォータを課すことができるので、中国な 国との貿易については、AFTAの枠組みでCEPT ど競争力のある国にマーケット・シェアを侵食さ (共通有効特恵関税)スキームに従い関税率が段 れる可能性がある*11。 階的に引き下げられているところ*10、今後貿易 このように、ベトナムの世界経済との統合のた 関係が更に深まることが見込まれる。また、現在 めの努力によって、ベトナムの貿易構造は変化し WTO加盟に向けて、WTOワーキング・グルー つつある。しかし、近年の貿易赤字の拡大はこう プと20 0 5年の加盟を目指して交渉を続けており、 した貿易構造の変化の中で出てきた現象と考える WTO加盟を実現できれば、世界経済と更なる統 より、前述の通り政府による国営商業銀行を通じ 図表6a 相手国別貿易収支動向 (億ドル) 図表6b (億ドル) 40 20 0 −20 −40 −60 −80 相手国別輸出動向 1995 1997 1999 2001 2003 タイ マレーシア 図表6c (億ドル) 100 100 90 90 80 80 70 70 60 60 50 50 40 40 30 30 20 20 10 10 0 相手国別輸入動向 1995 1997 1999 2001 2003 NIES 日本 中国 米国 0 1995 1997 1999 2001 2003 ヨーロッパ 出所)CEIC ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *9 しかし、その結果米国の業界圧力が高まり、米国は2 0 03年4月に繊維貿易協定を締結しベトナムの繊維輸出にクォータを課し た。さらに、2 0 03年7月にナマズの反ダンピング関税適用を正式決定し、20 0 4年7月にエビの反ダンピング関税適用を仮決 定、1 2月に正式決定している。 *1 0 2 004年7月1日、約8, 0 0 0品目に対し関税率が引き下げられた。今後は、2 00 6年までに1 0, 15 0品目について5%未満に、その うち6割の品目について0%へ引き下げる方針である。2 0 1 8年までに全ての域内からの輸入に対する関税を撤廃する方針。 *11 WTO繊維協定(Agreement on Textiles and Clothing:19 95∼20 04)は、多国間繊維協定(Multi―Fiber Agreement:19 74―1 994) のもとクォータが課されてきた繊維・衣料品を、段階的に19 94年GATTのルールに統合することを規定した協定である。す なわち、同協定によって、WTO加盟国間で存在する繊維・衣料品貿易に対するクォータが、段階的に撤廃されていく。既に 19 9 5年1月(WTO加盟国総繊維輸入の1 6%分) 、1 998年1月(同17%分) 、2 002年1月(同18%分)にクォータの一部が撤廃 され、20 0 5年1月1日に残りの全てのクォータの撤廃がされた。ただし、同協定はWTO非加盟国には適用されず、ベトナム が2 00 5年1月時点でWTO加盟を果たさなかったため、米国等はベトナムにクォータを課すことが出来る。ただし、EUは 2 00 4年1 2月に2 00 5年にベトナムの繊維輸出にクォーターを課さないことを決定したので、ベトナムがマーケット・シェアを 侵食される可能性があるのは主に米国市場である。 122 開発金融研究所報 た景気刺激策が背景にあったと考えられる方が妥 図表7 マネタリーサーベイ 当と思われる。たとえば、2 00 3年に拡大した貿 2 00 2年末 2 00 3年末 易赤字のファイナンスに着目すると、資本収支の 対前年 同期比 中の短期資本収支の黒字が14億ドルと前年の2倍 以上の水準に増加した。これは、主に国営商業銀 行が国外に持っていた対外資産を国内に振り替え たことを意味する。マネタリーサーベイを見て も、2 0 0 3年末に商業銀行の純対外資産が前年比 3 4%減少し、一方で純国内資産は同3 8%増加し ており、対外資産の国内への振り替えが発生した ことが確認できる(図表7) 。国営商業銀行の貸 付先は主に国営企業であることから、国内に振り 替えられた資産は国営企業に貸出されたと考えら 200 4年8月末 中央銀行 純対外資産(NFA) 純国内資産(NDA) 商業銀行 純対外資産(NFA) 純国内資産(NDA) マネタリーサーベイ 純対外資産(NFA) 純国内資産(NDA) 参考: リザーブ・マネー ブロード・マネー 対前年 同期比 (兆ドン) 57 4 3 9 1 6 1% 3 5 △1 8% 98 1 8% 38 △4% 61 2 1 3 4 0 △3 4% 2 89 3 6% 39 △1% 362 37% 11 7 2 12 1 3 1 12% 2 8 1 3 3% 138 12% 34 2 3 6% 1 00 3 29 1 2 6 2 7% 4 1 2 2 5% 12 5 1 0% 48 0 2 8% 出所)IMF(2 0 0 4) れる。つまり、200 3年に貿易収支の赤字が拡大 るのであるならば、国営商業銀行の不良債権問題 した背景には、国営商業銀行が国外に持っていた が悪化する懸念もある。不良債権比率は後述する 対外資産を国内に振り替え、国内の国営企業の投 とおり、 20 01年以降の国営商業銀行改革の結果減 資プロジェクトへの貸付拡大にあてたため、資本 少したとの指摘もあるが、その実態については十 財輸入が急増したことがあると考えられる。 分把握されていない。輸入の拡大が生産財の増大 国営商業銀行が国営企業に対する貸付を急増さ によるものであっても、このように財が投与され 005年) せた背景には、第7次5カ年計画(2 0 01∼2 る投資の効率性に問題があれば、ベトナムは将来 の成長目標達成のため政府が景気刺激策を採用し 的に貿易赤字のコストを支払うことになる*12。 たことがある。前述の通り、第7次5カ年計画で 2005年には多国間繊維協定の撤廃によって、 は、2 00 5年 ま で に1 9 95年 の2倍 の 水 準 に 実 質 ベトナムの(米国向けの)繊維輸出が伸び悩む可 GDPを増大することが目指されたが、実質GDP 能性がある。また油価が低下する場合、ベトナム 成 長 率 は、2 00 1年 に6. 9%、20 02年 に7. 1%と 相 は石油関連貿易でネットの輸出国になっているこ 00 5年に年平均7. 7%の成長 対的に低く、2 0 03∼2 とから、貿易収支の赤字が拡大する可能性があ を達成しなければ、同計画の目標を達成できない る。この様な状況の下、2005年に政府は8. 5%の 状況であった。そのため政府は国営商業銀行の貸 成長を目指しているが、高成長は構造改革推進に 付拡大を通じて景気を刺激することとし、2003 よる競争力の強化を通じて達成すべきであり、国 年に外貨建貸付基準を緩和した。当時、国内のド 営商業銀行の貸出拡大に対する依存度を低めてい ル金利はドン金利より安く、国営企業の外貨貸付 くべきと考えられる。 に対する需要は高かった。そのため、2 003年に 商業銀行は国外に持っていた対外資産を国内に振 り替え、国内での外貨貸付に充てたため、商業銀 行の純対外資産が急減し純国内資産が急激に拡大 した。 第4章 インフレと金融政策 本章では、2004年に発生したインフレの問題 について考察を加える。前述のとおり、政府は 国営商業銀行の国営企業に対する貸し出し増加 2004年に入ってから加速した消費者物価上昇の によって、2 0 03年に貿易赤字が拡大したとする 原因として、)石油や鉄鋼などの国際価格の上 ならば、国営企業の投資効率性に疑問があること 昇、*鳥インフルエンザによる食料品価格の上 から将来の成長に貢献するかどうかは不透明であ 昇、+旱魃による米等の供給不足など、供給面の る。そのうえ、国営商業銀行の貸付が増加してい 要因を指摘している。これまで、物価上昇が供給 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *1 2 例えば、国営商業銀行の不良債権が増大し、その処理コストを払わなければならなくなるなど。 2005年5月 第24号 123 図表8 インフレ率およびブロードマネー増加率 図表10 アジア諸国における金融深化(M2/GDP) % 80 70 60 50 40 30 20 10 0 △10 % 120 タイ 100 80 マレーシア フィリピン 60 ベトナム 40 ラオス 20 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 1998 1998 1999 1999 2000 2000 2001 2001 2002 2002 2003 2003 2004 CPI カンボジア 0 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 出所)EIU ブロードマネー 出所) IMF(2 0 0 4) 図表9 インフレ率とブロードマネーの相関図 % 80 ブロードマネー ナ ス で 推 移 し て お り*15、逆 に、ブ ロ ー ド・マ 2000年 相関係数:−0.67 (対象期間:1998年1月∼2004年6月) 70 60 50 ネーの増加率が低下した2001∼2002年にはインフ レが徐々に上昇するなど、両者の間に正の相関関 係は見られなかった(図表8) 。ちなみに、1998 2004年 40 年1月から2004年6月までの両者の相関図が図 30 表9であり、同期間中の相関係数は−0. 64と負 20 10 2001年 0 △4 △2 マネーが大幅に増加した際にはインフレ率はマイ 1998年 2002・2003年 0 2 4 6 インフレ率 8 10 12 (%) になっている。 ブロード・マネーとインフレとの間に正の相関 が見られないことは、ベトナム で 近 年 貨 幣 化 (monetization)が急激に進行していることと関 出所) CEIC、IMF(2 0 0 4) 係しているとの指摘がある。すなわち、従来ベト サイドの要因に基づくものであることから、賃金 ナムでは、金などの他の資産が価値貯蔵手段とし 上昇や為替下落などのセカンド・ラウンド効果が ての役割を果たしたが、近年、銀行預金等が価値 見られるまで金融の引締めを行うべきではないと 貯蔵手段としてより大きな役割を果たす様になっ 5 の見方もあった*13。しかしながら、中銀は200 てきた。つまり、銀行預金に対する需要が高まり 年1月にリファイナンス・レートを0. 5%引き上 つつあり、ブロード・マネー(M2)のGDP比率 げた。今後更にインフレが加速した場合、更に金 を見ると、1 997年の20%強から2003年 の 同60% 融引締めを強めていくべきか否かが短期的な政策 強まで急激に上昇している。他のASEAN諸国を 課題である。 見ても(図表10)これほど急激に伸びている国は ただし、ベトナムの場合、金融引締めによって ブロード・マネーを抑えることが、インフレ抑制 *1 4 存在せず、この急激な増加はベトナムにおける貨 幣化の進行を示唆するものである。 に効果的であるか否かは不明である 。少なく 貨幣化が進行しているということは、人々の銀 ともこれまでベトナムにおいて、ブロード・マ 行預金に対する信任が増大しているということで ネーの増加率とインフレとの間に、明確に正の相 ある。今後さらに貨幣化が進むか否かについて 関関係は見られていない。2 00 0年にブロード・ は、ベトナムの銀行システムに対する信任如何と ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *1 3 供給面の要因のみで価格が上昇している場合、金融引締めを行うと、景気を失速させデフレになる可能性があるため。 *14 また、ベトナムの場合、予算制約が緩い国営企業が多いことから、金利を引き上げても貸付の減少が十分期待出来ないとの指 摘もある。 *1 5 20 0 0年にブロード・マネーが急増したのは商業銀行が投資促進のため与信を拡大したためであり、一方、インフレ率がマイ ナスになったのは、好調な農業生産によって食糧および食料品価格が下落したこと、コメの国際価格が約2割ほど急落したこ となどが影響したと指摘されている。 124 開発金融研究所報 考えられる。ベトナムの銀行システムに対する信 れている国営企業改革、国営商業銀行改革、外国 任が揺らぎ貨幣化の速度が弱まる場合、ブロー 直接投資導入、民間部門育成の現状につき紹介し ド・マネーの拡大はインフレをもたらす可能性が てみたい。 ある。最近のブロード・マネーの急増の背景にあ る国営商業銀行の貸付の急増は、その増加の速度 (1)国営企業改革 が速いこと、国営商業銀行の財務内容が不明瞭で あることから、不良債権を多く含んでいるのでは 政府は2001年に国営企業改革の中期計画を策 ないかとの懸念を抱かせている。仮にそのような 定し、株式会社化、清算、合併などの再建・再編 懸念が現実のものになった場合、人々の銀行シス (restructure)により、国営企業の数を3年間 テムに対する信任が低下し、貨幣需要の低下を通 で1997社減らすことを目指した。しかし、 20 01∼ じてインフレを再燃させる可能性も否定できな 2002年には、年平均250社の再建・再編しかでき い。 ず、国営企業改革の進展は緩慢 な も の で あ っ 。このため、2002年9月に政令№ た*18(図表11) 第5章 自立的経済成長のための環 境作り 64により最大出資額規制と外資参加規制の撤廃を 行い、同年10月に政令№41により失業者支援の拡 充を行い、改革ペースの加速を図った*19。その ベトナムが世界経済との統合を進めていく際 結 果、2003年 に は860社 を、2004年 上 半 期 に は に、自国産業の競争力を強化していくことが重要 289社を再建・再編するなど、改革のペースが速 である。特に、貿易赤字が拡大している中、安定 まった。 的な経済発展を達成していくために、輸出の中長 2004年6月時点で、残存国営企業数は約4, 2 00 期的拡大は不可欠である。前述の通り、これまで 社と推定されたが、ファム・ベト・ムオン企業改 の経済成長は外国直接投資や国営企業によって支 革委員会副委員長は同年8月に2005年末までに えられた面が強いが、中長期的には国内の民間部 更に1, 70 0社を再建・再編し、2007年末に最終的 門が牽引する経済成長を目指していかなければな に国営企業の数を1, 000社前後にすると表明し らない。そのためにも構造改革を推進し、民間部 た。2 007年以降に国営企業として残される企業 門の競争力を強化する必要があるが、当面の間は は、電力、通信、下水、空輸、出版等、重点産業 これまでと同様、外国直接投資の役割に期待する 分野である。2007年まではこれまでと同様、非 部分が大きい。本章では、中期的にベトナムの産 重点分野の中小企業の改革が行われる。 業が競争力をつけるために、現在取り組みが行わ 図表1 1 国営企業(SOE)リストラの実績および見通し 2 0 0 0 2 0 0 1 20 02 2 0 0 3 20 0 4 200 5 2 0 0 6 2 0 07 上半期 下半期 国営企業 リストラ数 残 存 数 25 0 2 8 2 21 4 86 0 2 89 7 00 1, 00 0 7 5 8 75 0 5, 8 2 1 5, 5 7 1 5, 35 7 4, 49 7 4, 2 0 8 3, 5 08 2, 508 1, 75 0 1, 0 00 1/ 2 0 0 4年8月2 0日、ファム・ベト・ムオン企業改革委員会副委員 長 は、2 0 0 4年 下 半 期 に7 0 0社、2 0 0 5年 に 0 0 0社にまで減らすと発言した。 1, 0 0 0社をリストラし、2 0 0 7年までにSOEを9 0 0―1, 出所) 現地調査や各種新聞報道などから作成。 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *1 8 再建・再編された企業の数は資料によりばらつきがある。 *19 政令№64(2 0 0 2年6月発行、9月施行)は、)国営企業の資産評価を監査会社が実施する方式に変更(従来は大蔵省や関係 省庁が実施)、*出資上限規定の撤廃(従来、機関投資家は資本の1 0%、個人は資本の5%が出資上限)、+外資参加の許可、 を規定した。また、政令№4 1(2 0 0 2年4月発行、10月施行)は、政府の失業者補助金を5∼6倍に増加し、職業訓練、社会 保障、失業期間中の給与保障(5∼6ケ月分)等、失業者への支援を拡充した。失業者補助金受益者は、過去9年間で3, 000 ∼4, 00 0人であったが、同政令施行により2 0 0 3年で4 0, 00 0人に増加した。 2005年5月 第24号 125 図表12 GDPの所有形態別構成 (2)国営商業銀行 *20 改革 1 99 5 20 0 0 10 0 4 0 53 7 1 0 0 4 1 48 1 1 20 0 3 (%) 2 0 0 1年に政府は国営商業銀行のリストラ計画 強化、政策金融機能の分離等を行い、国営商業銀 GDP 国 営 企 業 非国営企業 外国直接投資 行の経営を商業ベースに転換することを目指し 出所) GSO(2 0 0 3) (2 0 0 1∼5)を策定し、不良債権処理、自己資本 た。不良債権処理に関しては、2 00 1年以前に発 10 0 4 1 4 8 11 図表13 工業生産の所有形態別構成 生した不良債権を各国営商業銀行内に設置された 資産管理ユニットに移管し、集中的に処理を行う こととした。自己資本強化に関しては、政府が資 20 0 0 1 0 0 5 0 25 2 5 1 0 0 4 2 22 3 6 20 0 3 (%) 国営商業銀行に供与することとした。また、政策 工業生産 国 営 企 業 非国営企業 外国直接投資 金融機能の分離については、2 00 1年1月にベト 出所) GSO(2 0 0 3) 本増強国債(Recapitalization Bond)*21と現金を 1 99 5 10 0 3 9 2 5 36 ナ ム 開 発 支 援 基 金(Development Assistant *2 2 を設立し、政策金融業務を国営商 Fund: DAF) ためリスク管理のガイドラインを提示し、各行に 業銀行の活動から分離独立させることとした。こ 独自のマニュアルの作成を義務付けており、 れ ら の 措 置 の 結 果、不 良 債 権 比 率 は1 2%か ら 2004年7月から各行で順次マニュアルに従った 5%に減少し、国営商業銀行の自己資本比率は リスク管理が開始されている。併せて中央銀行は 4∼5%に増加したと報じられている。 国営商業銀行各行に対し、独自の中期発展戦略計 前述の通り、2 00 3年に国営商業銀行の貸し付 画の策定を求めている。 けは急増し、20 0 4年にもその傾向は続いている ことから、新たな不良債権の発生が懸念されてい (3)外資導入促進 る。国営商業銀行の財務内容の実態把握は、会計 基準が国際基準と異なることもあり困難と言われ 外国直接投資は、10年前と比較すると増加して ており、正確な不良債権比率は不明である。前述 いるものの、ここ数年に限ってみると伸びが鈍化 のとおり国営商業銀行の不良債権比率を5%と している。外国直接投資のGDPに占める割合は 報じられているが、IMF・世銀等は1 5∼25%と 1995年の7%から2000年には11%に増加したが、 見積もっており、それ以上の規模である可能性も その後は11%の水準で留まっている。総工業生 指摘されている。政府・中央銀行は、現段階では 産に占める割合は、1995年の25%から2000年に 新たな不良債権の発生はないとして、具体的な対 は36%に増加したが、その後は同程度の水準に 応策をとっていないが、これが今後どの程度の規 留まっている(図表12、図表13) 。 模になるかは極めて重要な問題である。 中央銀行は、国営商業銀行のリスク管理強化の しかしながら、ベトナムの投資環境は他のアジ アの途上国に比して有利な面もあり、外国直接投 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *2 0 主な金融機関は(20 0 2年3月末) 、ベトナム国家銀行(中央銀行) 、国営商業銀行4行(ベトナム農業・地方開発銀行、ベトナ ム工商銀行、ベトナム外国貿易銀行、ベトナム投資開発銀行) 、民間株式銀行(合資銀行)39行、合弁銀行4行、外国銀行支 店26行。この他、国有政策銀行として社会政策銀行(2 0 02年10月設立)とメコンデルタ住宅開発銀行がある。なお、国営商 業銀行の融資額シェアは金融機関全体の7 0%を占めている(200 0年末現在) 。また、従業員数は4. 3万人である(2 0 01年末現 在) 。 *21 金利3. 32%、償還期間2 0年。 *22 同基金は全国に支店を持ち、主に国営企業に対して中長期貸付やODAの転貸(on―lending)などを行っている。同基金の設 立は、新宮沢構想の下1 9 9 9年にベトナム経済改革支援借款が供与された際、ベトナム政府がコミットした政策の一項目で あった。同基金の融資活動はマネタリーサーベイに捕捉されず、経営の実態の把握は難しいが、国営企業への貸付が多く、与 信が急速に拡大していると言われ、不良債権の増大が懸念されている。 126 開発金融研究所報 資増大のポテンシャルは十分にある。例えば、労 働力はコストや質双方を考慮すると競争力があ 第6章 経済見通しとまとめ り、また政府の汚職なども比較的軽いと言われて 既に述べたとおり、ベトナム政府は世界経済と いる。国内市場も8千万人を超える人口は十分大 の統合を進めながら、自立的な経済成長を達成し きく、最近は若年層を中心に消費が拡大している ていく方針である。ASEAN加盟、対米通商協定 との見方もある。ただし、投資環境として不十分 締結、中国ASEAN包括的経済枠組協定締結、 な面として、未発達な裾野産業、インフラ不足、 WTO加盟などを通じ、近隣諸国のみならず、米 法律・制度の予見性の低さなどが指摘されてい 国や欧州などと経済交流を促進する形で、順調な る。こうした面を克服できれば、今後ベトナムに 経済成長を達成していければ、雇用も安定的に確 向けて外国直接投資が更に拡大する可能性は十分 保され、国民一人あたりの生活水準も上昇してい ある。さらに、現在交渉中のWTO加盟が実現す くことが期待できる。 れば、外国直接投資の流入に拍車がかかることが 期待できる。 こうした世界経済との統合の努力が順調に行わ れ構造改革の推進によって経済効率の改善を達成 できれば、実質GDP成長率は2005年には多国間 (4)民間部門育成 繊維協定撤廃の影響を多少受けるものの7%台 で推移し、中期的には徐々に上昇していくことが 他方、中長期的に自立的な経済成長を達成する 期待できる。輸出は2005年には多国間繊維協定 ためにはベトナム国内の民間部門(非国営部門) 撤廃の影響から繊維輸出を中心に伸び悩むが、そ が成長することが必要である。しかしながら、民 の後は堅調に増加していくことが見込まれる。外 間部門は、1 99 5年から2 0 03年の間に付加価値生 国直接投資の積極的な流入で直接投資は年間対前 産で縮小しており、工業生産では横這いである。 年比7―11%の速度で増加し、対外借入も国際機 非国営部門の成長を促進するためには、当面の間 関や2国間などの主要ドナーからの貸付と国際金 は外国直接投資と連携をとる必要があり、たとえ 融市場での調達なども進み、外貨準備は2009年 ば外国直接投資をサポートする裾野産業の分野で に輸入月比2. 9ケ月になると見込まれる。 民間部門が育っていくことが一つの可能性であろ このような状況の下、ベトナム政府は急速な貿 う。裾野産業は外国直接投資誘致を促進するのみ 易赤字の拡大には慎重になるべきである。政府の ならず、外国直接投資の技術を効果的に吸収し、 景気刺激策による投資拡大が貿易赤字を拡大させ 中長期的に成長を牽引する原動力にもなり得る。 た面が否定できないこと、国際金融市場へのアク 民間の中小企業の発達を阻害する要因として、 セスが未だ限定的であり貿易赤字のファイナンス 事業実施の知識・技術不足、銀行融資へのアクセ 面に制約があることなどから、貿易収支の安定化 ス不足が指摘されている。こうした問題に対して に配慮した政策を遂行することが重要と思われ 最近ホーチミン市は、越僑の呼び戻しを積極的に る。経済成長は前述した経済改革を軌道に乗せ、 行うことで突破口を見つけ出そうとしている。同 ベトナムの産業の競争力を強化し、輸出の更なる 市はこれまで移転送金で貢献してきた越僑の技術 拡大によって達成していくべきではないだろう 力・資金力を活用し、民間経済の育成を行う試み か。ベトナムは輸出を1997年のGDP比34%から を行っており、国内でビジネスをする越僑には家 2003年に同52%まで拡大させることに成功した。 屋や土地購入にかかる優遇税制措置を与えるなど 外国直接投資が果たした役割は大きく、外国直接 越僑の投資環境改善を進めている。2 00 4年上半 投資をさらに積極的に受け入れながら、国内では 期の越僑のホーチミン市への投資額(許可ベース) 国営企業改革、国営商業銀行改革を推し進め、国 は前年同期比で4 0%拡大した。こうしたイニシ 内の民間企業の競争力の強化を図っていくことが アティブを含めホーチミン市に限らずベトナム各 重要であろう。 地において、民間経済を活性化のために、更なる 政策を検討・採用する必要がある。 2005年5月 第24号 127 [参考文献] Asian Development Bank (2 00 4) . “Key Eco- Discussion; and Statement by the Execu- nomic Indicators 200 4.” ADB, http:// tive Director for Vietnam.”IMF, http:// www.adb.org www.imf.org. 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IMF(2003c) .“Vietnam: Statistical Appendix.” IMF, http://www.imf.org. ――(2004) .“International Financial Statistics.” IMF. ――(2005) .“ IMF Executive Board Concludes 2004 Article IV Consultation with Vietnam” (Public Information Notice No. 0 5/ 01, January5,2005) , IMF, http://www.imf. org JCIF(2005) . http://www.jcif.or.jp JBICI便り 開発金融研究所総務課 1.刊行物のご案内(敬称省略) JBICI Discussion Paper No. 8「Supporting Growth and Poverty Reduction : Toward Mutual Learning from the British Model in Africa and the Japanese Model in East Asia」の発刊 一橋大学 名誉教授 石川 滋 英国の主要援助対象国であるアフリカに対するこれまでの援助活動を概観することによって、英国の 援助政策の特徴と政策実施のあり方をまとめ、英国と日本の相互学習に際して有用な資料を提供してい ます。英国の援助政策は、1997年の大幅な改訂の際、途上国の貧困削減を国内政策の上位目標として位 置づけました。しかし、アフリカにおける実際の援助活動においては依然として様々な困難に直面し貧 困削減に成功しているとはいえません。英国の場合には、この理念上の政策一貫性が実際の個々の施策 にどう結びつき、いかに途上国の貧困削減に貢献すべきかについての具体案に欠けていることを指摘し ています。 URL:http://www.jbic.go.jp/japanese/research/report/discussion/pdf/dp08_e.pdf 2.セミナー・ワークショップ等開催報告 (1)第2回JBIC大学院生論文コンテスト 表彰式 2005年4月19日(火) 、本行において、標題コンテストの表彰式が行われました。最優秀賞に入賞され た白鳥佐紀子さん(英国レディング大学大学院)及び優秀賞に入賞された田村英隆さん(大阪市立大学 大学院)*、審査委員からは荒木光彌委員(国際開発ジャーナル社代表取締役) 、高橋修委員(海外コンサ ルティング企業協会副会長)及び牟田博光委員(東京工業大学大学院教授)を迎え、入賞者に対して本 行篠沢総裁より賞状が授与された他、入賞者からは受賞の喜びや今後の抱負、牟田審査委員からは審査 所感が述べられました。また、表彰式に引き続き、受賞者による受賞論文のプレゼンテーションと、本 行職員との意見交換会も実施されました。 なお、入賞論文の要約・講評及び最優秀論文全文は本号に掲載しておりますので、ご覧下さい。 *同じく優秀賞に入選された櫻庭真理さん(上智大学大学院)は欠席でした。なお、入賞者の所属・ 学年は2004年12月1日現在のものです。 (2)第9回GDN‐Japanネットワーク会合 2005年4月22日(金)に本行において、第9回GDN‐Japan*ネットワーク会合が開催されました。会合 では、セネガル・ダカールにおいて2005年1月に開催されたGDN第6回年次会合(テーマ:開発途上国 と先進国の相互影響)へのGDN‐Japanとしての参加等、GDN‐Japanの最近の活動について事務局その他 の方より説明がなされました。また、本行客員研究員でもある林薫文教大学教授よりGDNの現状と課題 について報告が行われ、その後GDN‐Japanの今後の活動・組織形態等について、意見交換が行われまし た。 *GDN(Global Development Network)は途上国・先進国の研究者ネットワークを形成し、情報交 換、知識の共有、共同研究活動を通じ、途上国の政策に密着した調査活動のキャパシティ・ビルディン グを行うことを目的に1999年に設立されたネットワークです。本行開発金融研究所は、GDNの地域ネッ 2005年5月 第24号 129 トワークの一つである日本ネットワーク(GDN‐Japan)のハブ機関としての役割を担っています。 GDN‐Japanのその他活動については、国際協力銀行HPからアクセスできるGDN‐Japanウェブサイト (http://www.gdn‐japan.jbic.go.jp/japanese/index.html)をご覧下さい。 3.お知らせ 「メール配信サービス」へのご登録のご案内(http://www.jbic.go.jp/japanese/mail/mail.php) 国際協力銀行では、本行ホームページよりメールアドレスをご登録いただいた方に無料で本行の新着 情報をお届けするメール配信サービスを行っています。お届けする新着情報は、7つのカテゴリ( 「国際 協力銀行からのお知らせ」、 「プレスリリース(和文) 」、 「プレスリリース(英文) 」 、「トピックス」 、「国 際金融等業務/融資条件」、 「調査研究情報」、 「NGO‐JBIC協議会」) の中からいくつでもお選びいただけま す。 『開発金融研究所報』などの本研究所刊行物に関するお知らせは上記のうち「調査研究情報」からご 案内しています。本サービスにご登録いただくと、発刊と同時にご登録のメールアドレスに刊行物のタ イト ルと目次等の概要をご案内し ます。また、本研究所の刊行物に限らず、「意見BOX」https:// www.jbic.go.jp/japanese/opinion/index.phpでは本行のその他の資料の送付ご希望も承っておりますの で、ご活用下さい。 上記に関するお問い合わせは、以下本研究所総務課までお願いします。 【開発金融研究所総務課】 E‐mail:[email protected] Tel.03‐5218‐9720 Fax.03‐5218‐9846 Website:http://www.jbic.go.jp 130 開発金融研究所報 開発金融研究所報索引 2005年5月 第23号 2005年3月 <巻頭言>ソフト・パワー、CSR、そして「武士道」 持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割―中南米のケース― 東アジアにおける成長のための為替制度は何か―地域公共財としての為替制度― 中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD 中央アジア・シルクロード 地域経済圏の市場経済移行プロセスの特色と課題 ―移行経済支援に関する一つの視点として― インド ネシアの銀行再編―課題と取り組み 変貌を遂げるタイ経済―金融セクターの視点から 米国の二国間開発援助政策 注目されるインド ―その位置づけ― 第22号 2005年2月 <巻頭言>香港の想い出 ―人民元と香港ド ル― わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 ―2004年度 海外直接投資アンケート調査結果(第16回)― 日本企業が直面する中国の競争環境 中国家電産業の発展と日本企業 ―日中家電企業の国際分業の展開― 中国元問題の検証 ―歪んだ資金流出入構造と脆弱な金融システムの課題― 開発プロジェクトにおける銀行のモニタリング機能 セミナー/ワークショップ報告 「開発援助と地域公共財に関する東京フォーラム」の概要報告 第15回国際開発学会全国大会口頭報告セッション 「Global Development Network」概要報告 第21号 2004年11月 <巻頭言>石油:再び“単なる商品”から“戦略商品”の時代へ IMFと資本収支危機:インドネシア、 韓国、 ブラジル―IMF独立政策評価室による評価レポートの概要― 資本取引自由化のsequencing―日本の経験と中国への示唆― 経済成長と所得格差 オランダ政府の開発援助政策 「アジアにおける灌漑農業に関する貧困削減戦略」ワークショップ概要報告 国際協力銀行・インド ネシア大学経済社会研究所共催 「インド ネシアの貿易・投資政策」に関する 公開セミナー概要報告」 「香港からみた中国経済―「軟着陸」の可能性と外資動向―」稲垣清氏講演会概要報告 2005年5月 第24号 131 第20号 2004年8月 <巻頭言>「任国を愛せ」と国益 東アジアにおける都市化とインフラ整備 アフガニスタン復興の現状と支援のあり方 ―アフガンイメージの見直し― 対外政策としての開発援助 借款か贈与か:どのように援助するか? <解説>2003年度わが国の対外直接投資動向(届出数字) 第6回日本ラ米諸国経済交流シンポジウム 「日本と中南米諸国−グローバルパートナーシップ」の概要報告 JBIC大学院生論文コンテスト―国際協力研究と実務の架け橋を目指して― 最優秀論文及び経済協力プロジェクト現場視察報告 第19号 2004年6月 <巻頭言>国の入り口で 仮想市場法(CVM)による上下水道サービスへの支払意志額の推計 ―ペルー共和国イキトス市にお けるケース・スタディ― 国際協力銀行・世界銀行・アジア開発銀行共同調査「東アジアのインフラ整備:その前進に向けて」 東京セミナー概要報告 外国銀行の進出とタイ銀行業への影響:アンケート調査結果と経営指標の検討 インド ネシアの競争法の問題点 英国援助政策の動向―1997年の援助改革を中心に― JBIC大学院生論文コンテスト∼国際協力研究と実務の架け橋を目指して∼審査結果(入賞論文の要約 及び審査講評) 第18号 2004年2月 <巻頭言>付加価値の創出とそのコンセプト化、そして対外発信 わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告―2003年度 海外直接投資アンケート調査結果(第 15回)― マレーシアにおける日系/欧米系電機・電子メーカーの投資環境評価の調査・分析―「欧米系企業の アジア進出状況とわが国企業の対応(フェーズⅢ) 」― 投資フォーラム「ASEAN新メンバー国向け投資の拡大」 (JBIC・UNCTAD・ICC共催)の概要報告 金融グローバリゼーションが途上国の成長と不安定性に及ぼす影響―IMFスタッフによる実証結果の サーベイ― 第17号 2003年9月 <巻頭言>開発と知的財産権 2002年度わが国の対外直接投資動向(届出数字) 援助協調(International Aid Coordination)の理論と実際―援助協調モデルとベトナム― アジアのPro‐Poor Growthとアフリカ開発への含意―貧困層への雇用創出― Globalizationの諸課題と国際社会の対応のあり方―最近の国際機関コンファレンスから― IDAにおける国別政策・制度評価(CPIA)とPerformance‐Based Allocation制度 132 開発金融研究所報 第16号 2003年6月 <巻頭言>アジア・アフリカに於ける日本のODA 欧米系自動車部品メーカーのタイ進出状況とわが国自動車部品メーカーの対応 格差に関する一考察 ―援助を考える一つの視点として― 農村女性の起業活動における行政の役割 「紛争と開発:JBICの役割」ワークショップの概要報告 エージェンシー・コスト・アプローチによるフィリピン企業の資金調達構造の分析―1993−2000年期 における製造業企業負債比率の推計― 市場の効率性と介入の役割―ド ル・円外為市場での介入効果の実証分析― アジア4カ国のインフレ・ターゲティングによる金融政策の評価 第15号 2003年3月 <巻頭言>人間の安全保障 日本企業の国際競争力と海外進出―『空洞化』の実態と対応策― 日系自動車サプライヤーの完成車メーカーとの部品取引から見た今後の展望 SDRM‐IMFによる国家倒産制度提案とその評価― 「中国の金融・資本市場改革の成果と今後の課題」 世界銀行の民活開発戦略とビジネスパートナーシップ 第14号 2003年1月 <巻頭言>競争相手として不足はない! わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告―2002年度海外直接投資アンケート調査結果(第14回)― <講演抄録>日本企業の中国における市場戦略のポイントを考える 日本と中国の貿易・産業構造から見た今後の展望 国際貿易理論の新たな潮流と東アジア インフラストラクチャー整備が貧困削減に与える効果の定量的評価―スリランカにおける灌漑事業のケース― 第13号 2002年12月 <巻頭言>地図を見ながらアジアを考える 直接投資が投資受入国の開発に及ぼす効果 IT化のマクロ経済的インパクト 高等教育支援のあり方―大学間・産学連携― 農産物流通におけるIT活用の可能性 ケニア:ナクル地域の開発と自然環境の共生に関する―考察−環境事業、ひとつの取り組み― Bipolar Viewの破綻―中南米の為替制度動向が意味するもの― 援助の制度選択 第12号 2002年9月 <巻頭言>国際金融の渦 国際ライセンス・ビジネスの中国への展開は可能か <解説>2001年度わが国の対外直接投資動向(届出数字) 紛争予防の視点から見た自然資源管理 メコン地域開発をめぐる地域協力の現状と展望 2005年5月 第24号 133 インド シナ域内協力(電力セクター) 会議報告 第3回JBICシンポジウム 21世紀の国際協力 市場経済移行10年の教訓:IMFスタッフ・ペーパー 第11号 2002年4月 <巻頭言>モンテレーからヨハネスブルグへ 「経済開発のための保健への投資」に関する8つの疑問に答える 中国市場を指向した共生型製造モデル 我が国製造業の競争力強化への示唆 通貨危機の予測 通貨危機のタイプの検出 アジア諸国のインフレーション・ターゲティングと為替政策 第10号 2002年3月 <巻頭言>蓄えた知識と経験を生かす開発援助 序論:域内協力の意義とJBICの役割 広域物流インフラ整備におけるメルコスールの経験 中・東欧の広域インフラ整備をめぐる地域協力 東アジアの域内経済協力 JBIC‐ADB‐IDBセミナー「アジアとラテンアメリカの域内協力」の概要報告 第9号 2002年1月 <巻頭言>世界は変るのか ロシアにおけるコーポレート・ガバナンス アジアでの営業秘密を巡る企業戦略 2001年度海外直接投資アンケート調査結果報告(第13回) 中国への研究開発(R&D)投資とそのマネジメント フィリピン:効率的な商品作物流通のあり方 97年アジア危機の流動性危機的側面 第8号 2001年11月 <巻頭言>どういう国(社会)を創るのか ASEAN諸国における地場銀行業の比較計量分析 海外直接投資を通じたアジアへの技術移転が経済開発に及ぼすインパクト アジア地域の本邦製造業企業におけるB2B利用の展望 東南アジア住宅セクターの課題 ベトナム:工業品輸出振興の課題 地方自治体の都市間協力と円借款との連携可能性と課題 第7号 2001年7月 <巻頭言>市場万能主義の罠 クロスボーダー敵対的TOB(Take‐Over Bid)とリスク・マネジメントへの示唆(下) 134 開発金融研究所報 ―ESOP(Employee Stock Ownership Plan)によるリスク・マネジメントの視点から― 2000年度わが国の対外直接投資動向(速報) ベトナムの工業品輸出拡大戦略 中国の中小企業の現況について タイの行政手続法と行政行為 第6号 2001年4月 <巻頭言>新たな時代の開発 ―市場主義を超えて― 我が国製造業の競争パフォーマンス 欧州にみるクロスボーダー敵対的TOB(Take‐Over Bid)とリスクマネジメントへの示俊(上) ―マンネスマン社(ド イツ)、ロンド ン証券取引所(LSE)の事例を中心として― 国際再編成の中でわが国自動車部品メーカーの成長戦略 ―日産系部品メーカーの対応― Global Development Network 開発における知識ネットワークの可能性と課題 ―Global Development Networkについて― Global Development Network 第2回年次総会(東京会合)報告 JBICセッション「インフラ開発、経済成長、貧困削減」開催報告 経済発展における社会資本の役割 交通インフラの成長及び公平性に与える影響 ―ト ランスログ費用関数とCGEモデルの韓国経済への 適用― 第5号 2001年1月 <巻頭言>21世紀の開発援助を求めて 国内外の経営改革を急ぎつつ、 海外事業拡大の姿勢をみせるわが国製造業企業 ―2000年度海外直接投 資アンケート調査結果報告(第12回)― ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーの動産担保法と日本企業のビジネス 日本企業の工業部門改革の参考になるのか ―EMS(Electronics Manufacturing Service)ビジネスモデル― 東アジアの経済成長:その要因と今後の行方 ―応用一般均衡モデルによるシミュレーション分析― 東アジアの持続的発展への課題 ―タイ・マレーシアの中小企業支援策― 増刊号 2000年11月 <巻頭言>特集「21世紀の開発途上国の社会資本を創る」によせて 社会資本の経済効果 動学的貧困問題とインフラストラクチャーの役割 交通社会資本の特質と費用負担について 都市環境改善と貧困緩和の接点におけるODAの役割と課題について 日本のインフラ整備の経験と開発協力 IT革命とeODA 第4号 2000年10月 <巻頭言>「情報技術(IT)革命」に思う 日本の金融システムは効率的であったか? 特集:開発のパフォーマンス向上をめざして 開発途上国と公共支出管理 2005年5月 第24号 135 公共支出管理と開発援助 プログラム援助調査 タイの事業担保法草案とその解説 国際協力銀行のアジア支援下の融資にかかる経済効果についての試算 第3号 2000年7月 <巻頭言>貧困削減の包括的枠組み アジア危機、金融再建とインセンティブメカニズム [報告] 主要援助国・機関の動向について [報告] Education Finance:教育分野における格差の是正と地方分権化 上下水道セクターの民営化動向 農村企業振興のための金融支援 1999年度わが国の対外直接投資届出数字の解説(速報) 第2号 2000年4月 <巻頭言>グローバリゼーション雑感 開発金融研究所のベトナム都市問題への取り組み 南部アフリカ地域経済圏の交通インフラ整備 タイ王国「東部臨海開発計画 総合インパクト評価」 東アジアの経済危機に対する銀行貸出のインパクト アジア法制改革と企業情報開示 わが国家電産業のASEAN事業の方向性 ベトナム:都市開発・住宅セクターの現状と課題 ベトナム:都市公共交通の改善方策 第1号 2000年1月 <巻頭言>「開発金融研究所報」発刊によせて わが国製造業企業の海外直接投資に係るアンケート結果報告(1999年度版) アジア危機の発生とその調整過程 途上国実施機関の組織能力分析 中国:2010年のエネルギーバランスシュミレーション インド ネシア:コメ流通の現状と課題 136 開発金融研究所報 CONTENTS <Foreword> Are they imaginary fears? ………………………………………………………2 <Development> JBIC―ADB―World Bank Joint Study“Connecting East Asia:A New Framework for Infrastructure” …………………………………………………4 Introduction Significance and Implication of the Study in the Trend of International Development Assistance Executive Summary Report on Tokyo Launch Symposium(The 4th JBIC Symposium) ……………44 How Can a Knowledge Network for Development Become an Instrument for Global Cooperation? ―Experiment of Five Years by The Global Development Network― ……56 <Aid Policies of the Major Donors> Development Assistance of the Nordic Countries: Activities in Vietnam and the Implications for Japan ………………………78 <Thesis Contest> The2nd JBIC Thesis Contest for Graduate Students ………………………92 Contest Result The Most Outstanding Thesis“Impact of Income on Nutritional Status in Rural India”………………………………………………………………99 <Country Economic Review> Vietnam: Recent Economic Development and Outlook ……………………117 JBICI Update ………………………………………………………………………129 開発金融研究所報 第2 4号 2 0 0 5年5月発行 編集・発行 国際協力銀行開発金融研究所 〒100―8144 東京都千代田区大手町1―4―1 電話 03―5218―9720(総務課) 代表e−mail 印 刷 [email protected] 勝美印刷株式会社 Â国際協力銀行開発金融研究所 2005 読者の皆様へ 本誌送付先等に変更のある場合は、上記までご連絡をお願いいたします。