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広告計画における予算編成の理論と論理

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広告計画における予算編成の理論と論理
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広告計画における予算編成の理論と論理
──レビューと実証から見出される論点と認識──
水
野
由 多 加
はじめに
Ⅰ
文献レビュー
Ⅱ
マーケットシェアと広告費シェアに関する統計観察
Ⅲ
考察と結論
は
じ
め
に
消費者を対象とするマーケティング活動を行う企業の中で,広告予算は大きな経費予
算を占めることがある。とりわけ広告が主要な競争手段となっている業界,消費者にと
って広告がブランド認知,ブランド選好に有意に影響をもつ製品市場の業種・企業では
1
その傾向は強まる。この理由は論理的には,その支出で目論むことができる「販売成
果」
「市場成果」を目的として,それを達成するための手段,努力として広告予算は認
識される。そうした意味で,一見手段・目的連鎖という合理的な論理で構成される広告
予算編成に対して,本稿ではその理論と論理の批判的検討を行なおうとするものであ
る。
なぜならば,ひとつには広告論の中で,必ずと言っていいほど触れられるこの広告予
算も,硬直した論理がもとになった手法についての記述がいまだに教条的に守られてい
ることが多い,と認識できるからである。また他方には,それらの実証的に裏づけとな
るべき広告の(貨幣で表現できる売り上げや利益といった意味での)経済的効果の議論
────────────
1 日経広告研究所(2002)の有価証券報告書ベースの資料によれば,2000 年度の上場企業に限るが,業
種別の販売費・一般管理費に占める広告宣伝費の内訳としての比率 5% 以上の業種は次の通りである
(カッコ内に示した数字はその業種に含まれる企業数)。不動産 24.12%(49)
,陸運 11.03%(27)
,食品
9.62%(120)
,自 動 車 8.50%(68)
,小 売 業 8.20%(163)
,そ の 他 製 造 7.76%(81)
,医 薬 品 7.69%
(45),サービス 6.70%(267),繊維 6.61%(73),化学 6.15%(169),その他金融 5.59%(43),ゴム 5.53
%(23)
,空運 5.04%(6)
。また個別には企業会計の中での広告宣伝費の認識は連結財務諸表の作成,
公開を促す国際会計基準の採用によって新たな事実を浮かび上がらせているのが近年の特徴的事実であ
る。この認識では,日本企業で最大の広告宣伝費を計上している企業は連結ベースでソニーと考えられ
る(単体では従来トヨタ自動車,2000 年度広告宣伝費 952 億 2600 万円と考えられていた)
。2001 年度
の有価証券報告書によれば,ソニーの連結広告宣伝費は 4019 億 6000 万円,販売費・一般管理費に占め
る内訳比率は 23.06%,また売上高に占める比率は 5.69% となっている。こうした絶対金額と経費の中
での重さ,大きさには驚くべきものがある。さらに同社では広告宣伝費が営業利益に対して 2.99 倍,
税引前利益に対して 4.33 倍,当期利益に対して 26.25 倍という事実もある。
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と接合することが実はあまりにも稀である実態がある。教条的とは,そうした「実態効
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果の裏づけ」を欠くことでもある。さらに,経営戦略論やマーケティング研究といった
より大きな文脈の中で,広告予算編成が論じられることもまた稀である。90 年代以降
のブランド論がこれを担う役割を果たしている部分もあるが,従来からの広告計画の金
額的な表現が今日的な議論の中で検討される際には,ブランド以外にも重要で手付かず
の論点がある。
はたして,広告計画において予算編成がどのような論点であるか,と言う基本認識自
体も近年「置き去りにされている」とも認識できる。例えば最適広告費の論理を前提と
する Aaker ら(1982)の「多くの広告主は広告を過大支出しているのではないか」と
いう警句も我が国ではあまり取り上げられなかったし,田村(1996)の言う「大量集中
から機動集中へ」という理論的なマス・マーケティングの見直しも,こと広告計画,と
りわけ予算編成にどう適用するべきか,といった議論も正面からはなされていない。
こうした理論的,論理的な課題に対して本稿では,以下のような議論を行なう。ま
ず,広告予算,広告費に関する先行研究のレビューであるが,国内,海外の狭義の広告
研究に限らず,経済学的アプローチ,また経営戦略的アプローチ,また会計的アプロー
チに関してもその主要なものをレビューする。ただ,先に触れたような広告主企業の広
告予算編成というミクロの問題意識のもとに,本稿ではあまたある広告の経済効果研究
の山の中から,現在の広告論,またその影響を陰に陽に受ける実践が暗に前提としてい
る「予算観の相対化」につながる示唆を引き出す目的的なレビューを行なう。明確に言
えば「多くの支出が多くの成果を生む」といった論理硬直がいかに実践を拘束し,場合
によっては資源浪費につながるか,についての相対化の視点を示すことが目標である。
これを抜きにして実践的有用性につながる今日的な広告予算研究はないと考える。
次に本稿のオリジナルな統計観察を行うが,広告支出の増減が市場成果に結びついて
いるかどうか,また結びつく要件は何か,に関して 1970 年代から 1990 年に掛けての我
が国のマス広告を市場の拡大,競争手段とした代表的な 22 製品市場,70 ブランド(ま
たは企業)
,広告費シェアと市場シェアの増減に関する 204(組)のデータセットを元
にした分析と議論を行なう。その量・質両面からの検討を経て最後に「戦略的マーケテ
ィング,あるいは戦略的ポジショニングの中での広告計画の果たすべき役割」として,
我が国では特に今までなされていなかった「広告機会(advertising opportunities)
」つま
り「予算支出機会」の判断と広告の戦略的ポジショニングに沿った運用,またターゲッ
トのパーセプションへの働き掛けについての質的プランニングこそ広告予算編成に先行
────────────
2 日本における最新の広告論のテキストである岸・田中・嶋村(2001)においても,広告戦略,また広告
計画,さらに広告効果,消費者行動などを解説する章と広告予算を論じる章が分離し唯一媒体計画の章
とのみ関係付けが可能である。この傾向はアメリカのテキストにおいても本文の記述の通り基本的に同
様のものがある。
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し,隠されていた,しかしはるかに重要な論点であることを指摘する。統合を企業のコ
ミュニケーション面からポスト近代の今日試みる IMC(Integrated Marketing Communications)という水準で経営戦略的意義を追求する回路とは,ひとつにはこうした認識から
生まれるかもしれない。またインターネット,PR,口コミといった旧来のマス・メデ
ィア利用広告と比較して貨幣的表現に馴染みにくいマーケティング・コミュニケーショ
ンが重要性を増している現象面も捉えうるロジックの展開が必要であり本稿もそれにア
プローチしようとする。
以上が本稿のアウトラインである。
Ⅰ
1
文献レビュー
広告の経済学的研究からの広告予算編成への示唆
本稿で見ようとする「広告の経済学的研究」への関心は,公共政策的関心・産業組織
論的関心でもミクロな取引コスト分析やシグナリングなどの市場情報研究の関心でもな
い。ここでのレビューは,あくまでも個別の企業が広告予算を編成する際の「目論見」
の裏付けとなるような何らかの規範性のある知見がどのように取り扱われていたか,と
いう目的的作業である。
まず,近年までの経済学における主要な学派を整序した上で実証研究をおこなった陳
(1997)を 手 掛 か り に 論 点 と 知 見 を 概 観 し て 見 よ う。陳 は,Albion(1983)
,清 水
(1988)の整理を踏襲し,価格競争の促進を目的とした場合,広告は製品差別化をもた
らし寡占化を助長し価格競争を促進しないとする「市場パワー」学派(Bain,Comanor
と Wilson などのハーバード学派)と,逆に,広告は市場の競争を促進し,消費者の価
格への感応性を増すとする「市場競争」学派(Stiglar, Telser, Nelson らのシカゴ学派)
3
の二学派を対照する。ただ,本稿のミクロ企業の広告予算編成への関心では,価格競争
は多くの場合は個別の広告主企業の意図ではなく結果であるし,少なくとも個別の広告
計画の予算編成では環境要因として認識され,操作対象とは認識されない,と考える
(もちろん低価格競争も広告と並んで企業の競争的マーケティングの手法と考える考え
方もあるが本稿では直接は触れない)
。ただその二学派を前提に Porter(1976)が陳に
も引かれる。Porter は,最寄品と非最寄品の区別を行なえば,最寄品では(小売業の)
広告が価格競争を促進し,非最寄品では(製造業者の)広告が価格競争を抑制すること
を実証している。たしかに前者では「価格訴求」が広告表現上も行われることが新聞に
おけるクーポン付き広告が盛んに観察されるアメリカでは,価格競争を促進するのであ
ろうし,後者では,
「価格訴求」が含まれない広告が実施されていることが背景に考え
────────────
3 この認識は小林(1994)
,Krugman, Dunn と Barban(1994)にも引かれる。
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られる。陳は Porter と同様に二学派の考え方を場合分けによって統一的に捉えようと
するが,結論は違っている。それは,流通系列化が小売段階でなされる場合は,広告が
小売価格競争を抑制する,という条件詳細化がひとつ。他方,流通系列化が卸売り段階
でなされる場合には,広告が,寡占化促進を通じ小売価格競争を抑制する傾向と,販促
的価格設定抑制の二つを別ルートで結果させることを,複数のパスを持つ潜在構造分析
によって実証している。結論は「価格訴求を行なわないマス広告の『価格競争抑制』実
態」である。Porter との結論の差は日米の「販促的広告の多寡」という違いも大きいと
考えられる。
ただいずれにせよ陳も Porter も製造業者の非価格訴求広告については,価格競争を
抑制する,つまり寡占化傾向を強める,というハーバード学派的結論に至っている。奇
しくもこの知見は広告の機能に引き寄せて考えれば,広告の販売促進(つまり 4 P に言
うプロモーション)機能よりも,むしろ広告の製品差別化機能が,取り扱った製品市場
事例では観察されたことを示しているものと言えよう。
しかしながら一方,この二学派の議論は実証を経て片方に収斂している,と考えてい
い訳ではなく相矛盾する主張が混在している。古くは Aaker と Myers(1975)も Telser
(1964)の 42 の標準産業分類別の 1945, 1948, 1958 年データの観察では売上高に占める
広告宣伝費比率(とその増減)が市場シェア(とその増減)と有意な相関を見せなかっ
たこと,を引く。一方 Aaker と Myers は同書の中でマンの 14 の市場分析を引き,それ
では有意な関係があったという。Backman(1967)は Telser 他を挙げ広告の市場シェア
への有意な関係のないことを主張する。八田(1981)においては 1960∼1978 年の 32
の市場分析から広告自体の競争制限性よりも広告の競争の結果性を結論付ける。精緻な
議論を行なう陳においても(データの仔細は不明であるが)
「ブランド広告費の増額」
が「市場シェアの増加」に結びつくことを仮説の一部の過程とし有意なパスが見られた
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とする。しかしながら,ミクロな視点に立てば,同じ金額の広告費であっても,マーケ
5
ットシェアなり販売金額なりの市場成果においては同じ金額の結果をもたらさないから
実証研究は取り扱う事例,期間などに規定されざるを得ない。したがって二学派の言う
理論的なマクロな認識は相対化されよう。ただしいずれの認識に立つ場合においてもこ
うした産業経済学的なアプローチでは広告が「マーケットに影響を持つ」という機能が
「充分に働いた究極の場合」の意外と「単純な」状況を想定していることは確認される
のである。
────────────
4 本稿の統計観察のデータソースと陳は同じソースに依っているが結論には差がある。この理由には厳密
には事例が異なることか,重回帰分析によった本稿と陳の潜在構造分析の手法上のためか,あるいは両
方が(交互的にか)理由となっているのかは判然としない。ただその議論は本稿の主要な関心ではな
い。
5 Ramond(1976)にも同様の認識がある。
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また他方,下ってアメリカにおける今日的な実証研究では「標準産業分類コード別
A & P/S 比率」という表現で「
(広告費と販売促進費の合計)に対する市場規模の比率」
の動態的な統計的実証分析が Balasubramanian と Kumar(1990, 1997 a)によって 1974
∼1984 年の 39 の標準産業分類,それに含まれる 256 社のデータについてなされた。こ
れらの論文では標準産業分類ごとに個別企業の「マーケットシェア」と「マーケットの
成長率」が「広告宣伝費と販売促進費の合計」と関係付けられて分析され,その結果多
くの製品市場で「広告宣伝費と販売促進費の合計」が「マーケットシェア」と「マーケ
ットの成長率」に対して促進的に働く,と結論付けられている(この点に関しては
Ailawadi, Farris と Parry(1994, 1997)が論争を挑むが Balasubramanian と Kumar(1997
b)によって主としてデータの一貫性と取り扱い方に関して反駁され議論は終わり Balasubramanian と Kumar(1990, 1997 a)の主張の正当性が結論付けられていると考えられ
る)
。この研究では「広告機会」というマネジリアルな認識の追試を越え,そもそも広
告が需要拡大,マーケットシェア拡大という所期の機能を果たすかどうか,がマクロに
動態的に実証されたこととなっている(筆者の検討は後述)
。
日本でも 1960∼70 年代においては通商産業省産業政策局(1977)が編まれるよう
に,この広告の経済効果は論点となっていた。久保村・八巻(1977)は通商産業省産業
政策局の作業でも中心的なメンバーであった両氏の別著作であるが,ここでは 1961∼
1971 年の 24 の業種,103 社の売上高,広告宣伝費,販売促進費が分析され 8 業種,14
社でのみ需要創造効果が有意に認められた,とし市場集中効果は広告だけの影響は乏し
いとする。
この議論は,広告はミクロには販売効果を狙いながらも,一方マクロになればその効
果が必ずしも支持されない場合があるという論理的矛盾を結果させる場合が多いことが
指摘されるのである。この矛盾は「広告キャンペーンの実施においては他のマーケティ
ング努力との統合を含めて成否が分かたれる」という事実を直視することを結論付けざ
るをえない。この問題意識は広告研究者 Jones(1995)にまで受け継がれる。同じ観点
での追試とも言える本論文の後段のデータ観察を行なうための整理で再度検討を加えた
い。
よりミクロの特殊状況に密着した形での広告の経済効果的(販売効果的)研究関心
は,より古くは Borden(1942)によって,広告の限定的な需要促進効果が産業単位に
確かめられている研究が著名である。その限定とは,2 種類ある。ひとつは,新たな需
要,市場が立ち上がる際に広告は促進的に働く場合があり,減退する需要(Borden は
ガソリン自動車の登場によって需要が減退する馬車需要を事例として統計分析を行なっ
た)を食い止める効果はない,とする需要動向に関する「広告機会(Advertising opportunity)
」の限定である。もうひとつの限定は必ずしも新しい需要が立ち上がる際に広告
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は必須ではない(Borden はレタスと病院を事例として挙げる)という広告の必要性に
関する限定である。この Borden の知見はその後も 60 年代に入って Frey(1961,第 3
版)では,
(その後の粟屋義純(1963, 1976)
,徳永豊(1969)でも Frey は引かれる)
,
「広告の機会の関する評価を綿密に行えば,新しいタイプの製品や新しいブランドを市
場に導入するにあたっても,あるいは製品やブランドのライフ・サイクル全体を通じて
も,同様にその意味するところを知ることができる。
『どう広告をすればいいか』を検
討する前に『広告をするべきかどうか』という問題に回答を与えることが得策である」
(p. 135)と述べ「広告機会」に注意を喚起され継続されている。この「広告機会」の
論点は少なくともアメリカにおいては Borden(1942)以降,広告の効果的な実施に関
する第一認識とも言え,邦訳のある Borden と Marshall(1959)でも同様に記述され
る。広告テキストとして最も版を重ねる Kleppner(1955)もオリジナルな広告サイク
ル図の中でこの「広告機会」を現在の後継版(Russel と Lane(1996)
)に至るまで認識
している。この「広告をするべきかどうか」に関する議論は,極めて重要ながらも,日
本では徐々に,その起動の始点は形式知化しにくいものとされがちだった。
この「広告機会」は一般化すれば,製品ライフサイクル(product lifecycle)から広告
の位置付けを捉える理解となる。すなわち市場法則(laws of marketplace)として製品
ライフサイクルと広告支出がいかなる対応関係に事実として傾向を持つか,という理解
が論理実証的にあり得るからである。Forrester(1959)はその理論の嚆矢とも位置付け
られ,その後の根本昭二郎(1967)以降少なくとも理論的には我が国では知られること
となった。この理論は製品市場導入期,成熟期の 2 回,売上高に対する広告宣伝費比率
はその前後の段階よりも増加し,成長期,衰退期の 2 回,売上高に対する広告宣伝費比
率はその前後の段階よりも減少する,というものである。1 回の製品ライフサイクルあ
たり,広告費比率サイクルは双山(ふたやま)のサイクルを描くとするのである。Forrester の立論の中には,先の Borden の一次的(製品カテゴリーに対する)需要促進を
広告が導入期に担うという知見に加えて,成熟期には製品それ自体では(模倣によっ
て)企業間で差が少なくなった製品を差別化し,二次的(ブランド選択的)な需要を喚
起するために,再度,成熟期に「大量に」
「批判されるような」広告投入が行われるこ
とが,双山の理由として挙げられている。下って Porter(1982)は Forrester を含めバ
ゼル,コックス,レビット,らの先行研究をレビューし基本的にこの「予測」を支持し
ている。水野(1995)は 1970∼1990 年の 20 年幅の日本の「産業連関表」統計を 144
の商品(市場)分類について産業を単位として「市場規模に対する広告宣伝費比率の増
減」傾向に関し(産業連関分析ではなく統計表として)観察を行なったが,おおむねこ
の双山認識は実証された。
やはり集計水準を大きくとり,かつ充分長期にわたる統計観察は安定的な市場法則を
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指し示す傾向が強まると考えられよう。とすれば先のマクロ・ミクロ問題もマクロ長期
よりもマクロ短期,またミクロ短期ほど,つまり集計水準が下がり個別性が増すほど不
安定な結論を示すことと解釈が一応は可能となる。しかし製品ライフサイクル別分析の
説明力の向上は集計単位の理論的細分化であるから説明力が上がる,と考えられる。た
だそれでも,市場規模や広告宣伝費などの絶対金額がまずあるものに関しては「集計水
準」が上がることはまだ意味のあるアグリゲーションであろうが,
「市場シェアの増減」
といった個別の方向性の逆方向のもの,また比率で「安定的な関係」が見出せるのかど
うか,に関してはやはり理論的な疑問が残る。経済成長期の寛容な一方向的な金額面で
の市場拡大,また新市場の誕生,また市場分化による増加などが背後にある場合の見掛
けの現象ではないだろうか。
また広告だけよりは販売促進を足したものを説明変数にした場合,そうでない場合よ
りも説明力が上がるかどうかも疑義がある。なぜならば,広告と販売促進は便宜的に同
じ 4 P のプロモーションと分類されつつも,前者は製品差別化,つまり価格競争抑制的
にはたらくことがあり,後者は代表的な価格プロモーションなど(二個パック,増量,
クーポン,キャッシュバックなどアメリカで多用されるプロモーションはその殆どが結
果として価格プロモーションに類似性を持っている)はすなわち販売価格の低下そのも
のを帰結させるから,逆方向の結果へのマーケティング費用となる場合がある。80 年
代に先進諸国で観察された「広告対プロモーション(A 対 P)
」比率の P 増加も,特に
長期に製造業企業収益,また製品の年商を圧迫する。したがって,広告と販売促進は特
に長期になればなるほど逆方向の市場成果につながりうるので,その合算が「市場規模
拡大」と「市場シェア」に効くのも別の条件が隠されているのではないだろうか。ただ
ここでは「寛容な全体経済環境」のみを示唆し後段の議論に供する。
さらに,価格プロモーションを含めた他のマーケティング変数と広告を最も画する差
は「繰り越し効果(carry over effect)
」と「漏れ出し効果(spill over effect:定訳ではな
い)
」であると考えられる。前者は会計年度一期の中で支出された広告費が必ずしも当
期内に(広告費が支出されなかった場合から見ての)販売増分として回収されず,次期
以降にも効果が繰り越され,また蓄積されることを指す。後者は A 社の広告が同業の
B 社の同一製品カテゴリー商品の販売刺激になる場合が想定される。その場合 A 社か
ら見れば回収し損ねた広告効果が spill over と認識されるのである。ただ,企業ブラン
ド A や既存製品ブランド A が確立し広告がなされている場合に,その傘の下で全くの
新製品ブランド C(実際は A 社の C,または A を出している同じ会社の C と認知さ
れ)が A の広告の spill over を受け選好される場合もある。
こうした厳格な意味のマーケティング努力から見れば「意図せざる結果」また「意図
を越えた結果」をもたらしてしまう点が,ひろく社会の多くの人に到達し,記憶に残る
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マス広告というマーケティング・ツールの特性とも言えよう。こうしたコミュニケーシ
ョン特有の性質,シンボル性を,主として 90 年代以降「顧客ベースのブランド論」と
認識することがマーケティング研究では一般化したのであった。
しかし経済産業省(2002)ではブランド価値の測定にマーケティングの認識するブラ
ンドが「非財務的定性要因を貨幣額に換算する変換式が必要になるが妥当性,客観性の
点で問題がある」
「測定の信頼性を欠く」とし「財務諸表監査の対象である公開財務諸
表を中心とした財務データに限り」ブランド価値評価モデルに用いる,としている。こ
こでは「営業費用に占める広告宣伝費比率」が「ブランド起因」の業界平均に比べての
「超過利益」に乗じる形でドライバー(駆動因)とする仮定が置かれる。貨幣で表示で
きる価値の一貫性をのみを追求すれば本来顧客の心の中の資産であるブランドでさえも
このように硬直的に扱われてしまう。しかしこうした会計(学)的観点はブランド以前
からも広告計画に陰に陽に示唆を与えている。次節ではその知見を目的的にレビューす
る。
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会計的研究からの広告予算編成への示唆
もともと予算という概念自体が会計学の概念である。しかしながら仮に損益予算(op-
erating budget)に限っても営業外収益予算には「資金運用」という(少なくとも)管理
会計外的な知識が要る別の領域と接合せざるをえないし,販売予算ではマーケティン
グ,また「需要予測」
,製造予算では「生産技術」といったやはり管理会計外的な課題
領域,売上原価予算では ABC(Activity−Based Costing:活動基準会計)といった新た
な課題領域が広がっていることは認識せざるをえないだろう。したがって本稿での課題
意識も「会計外的な」広告計画の中の「広告予算編成」の理論と論理のための示唆を会
計(学)的研究から目的的に引き出そうとするものであることを確認する。
猿山(2000 a)は「ブランド・エクイティ(brand equity)
」の貨幣的評価を通じて長
期的な「広告効果を貨幣的尺度で測定する可能性」を論じている。
(割引)キャッシュ
・フローを会計学的な「のれん」と広告・マーケティング的な長期蓄積効果である「の
れん」の折衷案としようとして検討しているがいまだその途上である。
小泉(1993)によれば,広告費の中長期的な視点による管理を行っていると考えられ
る「広告費の安定的な支出」企業の方が,短期の業績や好不況によって支出を増減させ
る企業よりも総じて業績の良い企業である,と実証している。そのような高業績企業は
6
積極的なマーケティングを行なっている企業であるし,何らかの形で企業内にマーケテ
ィング支出をより重要な費目と認識する「組織的な有利性」があるのではないか,とも
小泉は分析している。
────────────
6 Schroer(1990)にも同じ認識がある。
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また ABC など近年の研究動向を原価だけではなく収益に適用しようとプロジェクト
研究を組織した日本会計研究学会(1996)とそれを踏まえた公刊である田中(1998)
の知見の中には東証一部上場企業 251 社(回収)の経理部長を対象としたメール・サー
ベイ・リサーチの知見がある。この中の「宣伝費と売上高との相関に関する意見」と
「研究開発費と売上高との相関に関する意見」が興味深い。経理部長の「ものの見方」
として「宣伝費と売上高との相関」が「相関関係なし」とする比率 50%,
「予測困難」
とする比率 39% となっており合わせると 89% にのぼる。市場に働き掛ける企業行動が
会計実務からこのように認識されているという厳しい事実がある。しかしながら一方,
「研究開発費と売上高との相関」において「相関関係なし」とする比率が 52%,
「ある
程度の相関」とする比率 40% と認識されている。この事実をあわせて考えれば,広告
宣伝費と研究開発費が,意外なことにその「あいまい性」において極めて似たような認
識を会計実務上は持たれている,という解釈もなりたつ。広告宣伝費という経費の研究
開発費という原価との類似性は,外面的なものではあるが従来からの広告費観を相対化
するところがある。
また有価証券報告書記載データをもとにした売上高と広告宣伝費の効果性分析もあ
る。巽(1990)では「一期前の売上と当期の広告費を説明変数として当期の売上を説明
しようとする重回帰分析(Palda モデルと呼称されるが巽の分析はその 2 年分の簡便版
である)
」を 25 社に関して行い 15 社であてはまりが良かった,とする。しかしながら
この「企業単位」の分析も一企業が多くの事業領域に多角化し,多くの既存製品とあわ
せて新製品を市場導入する市場実態から見れば,あまりにも精度の低い効果研究と言え
よう。
昨今の論点にはブランドの会計的表現があるが,やはり「マーケティングの認識」と
はいまだ距離のあるものとなっている。
学の研究関心の差とは言え,制度的な会計学研究の関心からだけでは,細かい製品単
位の費用対効果の関係は企業外には出にくく,したがって理念的にはともかくも,いま
だ広告費の編成の一般的知識に向かうアプローチにはなりにくい,と言えよう。
3
広告論の中での広告予算編成
さて,以上の知見は狭義には「広告研究」の外側で見出された知見群とその示唆であ
った。なぜならば狭義の広告研究とは,多くの教科書の章立てがそうであるように,そ
の歴史,計画,組織,効果,表現,予算,媒体,法規,社会性などを柱とし,研究領域
としがちであるからである。したがって経済学的,会計学的な記述は狭義の広告論,広
告研究ではその内部の研究ではなく背後理論と認識されがちなのである。では,広告研
究それ自体の中で予算編成はどう扱われてきたのであろうか。
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日米の広告の代表的なテキストにおいては,ひとつには「限界分析」の論理を挙げた
ものがあるが散見される。この嚆矢は近代的マーケティング研究にはその存在が欠かせ
ない著名な Alderson, Wroe による 1958 年の論文である。ここには手法としてテスト・
マーケティング,分析として過去の先行事例分析,理論的前提として広告の収穫逓減,
また飽和水準などが考えられており,結果,広告と販売の間の「反応関数(productive
curve:ここから論文のタイトル Productivity of Advertising が言われる)
」あるいは「広
告弾力性」が理論的に導かれる。広告費控除後の利益を極大化する広告費が(先に見た
「限界分析」のロジックで)決定され,それが「最適広告費」とされる。もっともどう
7
「最適」を見出すかは実際は簡単なことではない。
根本(1967)はこの Alderson(1958)を引き同様の論理をドーフマン,スタイナーの
名を挙げ整理している。この他根本はゲーム理論,OR, LP などの考え方にも触れるよ
うに良心的である。その後根本は「数理モデルの有効性評価が難しいこと」
「会社の過
去の決定方法に束縛されること」
「広告宣伝費の多様性(固定・変動/媒体・制作/直
接(媒体)
・間接(調査・制作)
)が一括して予算化されること」
「予算統制か原価管理
かでいうと前者であるとされる実態」などを挙げ「実践上からの伝統的決定方法」とし
て以下の 5 手法を挙げている点は極めて穏当な説明である。その 5 つとは順に(1)売
上高比率法,
(2)競争的均衡法,
(3)販売目標基準法(目的タスク法)
,
(4)支払能力
基準法,
(5)投資利潤基準法,の 5 つである。
むしろテキストにおいて最も多い整理の仕方は,予算編成の手法「売上高比率法」
「対前年比増減法」
「競争対抗法」
「目的タスク法」などだけを順に紹介して終わり,と
するような教条的なものである。本稿の冒頭で「硬直的」
「教条的」と指したのはこの
記述である。Wells, Burnett と Moriarty(1989)は全 650 頁の大部であるが広告予算編
成にはわずか 2 頁しか割かずその内容は手法の並列的な紹介のみである。
広告論の中の予算編成に見られる Alderson(1958)の認識はその後も Leckenby と
Weeding(1982)
,Krugman, Reid, Dunn と Barban(1994)
,また Batra, Myers と Aaker
(1996)に至るまで認識される。すなわち再度詳述すれば「経営資源と対応可能な需要
────────────
7 Rossiter と Percy(1997,邦訳書 72−76 ページ)はロディシュとリトルによる実務的な実践を通じ最適
広告費に接近する「5 Q 法」をアームストロングの陪審員制に取り入れ「マネジメント陪審制/5 Q
法」として紹介している。この手法のリトルのモデル部分は猿山(2000)にも紹介される。猿山は「見
方によっては経験則」的だが「合理的」ではない,としつつも「経営者の場合十分」と評価している。
具体的には複数の広告担当者以外に,「現在程度の広告費でどの位の売上だと思うか」「広告支出が仮に
0 の場合売上はどのくらいになるだろうか」
「望むだけの広告が行えた場合,売上は最大どの位になる
だろうか,またその際の広告支出はどの位か」「現在の広告費が半分になった場合の売り上げはどの位
になると思うか」「現在の広告支出が仮に半分になったら売上はどの位になるだろうか」といった 5 つ
の質問を行い,陪審員の中央値を取って「簡便に広告売上反応曲線」を得ようとする考え方である。モ
デルに頼って没価値を装い恣意が潜みこむこと,また有効性が問われること,さらに決定者の独善とい
ったいくつかの問題点を実用主義的にこなそうとするユニークな試みである。ただしいまだ「空気」の
支配する日本の多くの実務との関係はまた別儀であろう。
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の制約が理由となって,一般に売り上げの最大値よりも先(Y を金額,X を数量とし
た際により左)に利益を最大化する売上高が来る」
「適切な広告費は(広告費も含め原
価・経費の控除後)の利益を最大化する売上高を達成する金額支出が望ましい」といっ
た論理である。この流れの解説は会計的な認識での予算として論理的,合理的ではある
ものの,その理想的(optimal:望ましい)な広告費(最適広告費)は費用確定後の事
後的にしか確定しない,また次期の情報としては環境が変化しそのままでは適用しにく
い,という矛盾は孕んでいる。ただその理論的な合理性を謳う広告論のテキストは経営
管理的には良心的である。この基調はマーケティング予算を解説する Solomon と Stuart
(2000)の挙げる Economic approach 記述とも軌を一にする。Solomon と Stuart は,当
然ながら別章の製品価格の理論とも整合的にマーケティング予算を扱うがその論理は広
8
告予算の論理と同型である。
広告効果研究の中での販売効果の研究系譜には,ミクロな広告支出が売り上げ増につ
ながる論理を精緻化し 50 年代からのシステム志向の中で,モデル・アプローチも一方
で追求されてきた。MIS(マネジメント・インフォメーション・システムまたはマーケ
ティング・インフォメーション・システム)の流れも関係した。この中で最も高名な嚆
矢は Weinberg(1960)であろう。これを日本的に解題し実用に供しようとした松田・
青柳(1968)には,
「期待利益→市場占拠率目標→広告目標(端的には知名率)
」という
論理がある。そこには広告投下と市場成果,市場規模などが大きな数理モデルとして理
論化され(データさえ完備すれば)システマティックなルールに基づく意思決定が「あ
たかも自動的に」行なわれるような偏った論法が時代の趨勢とは言いながらも存在す
る。
しかしながら,それらの単純なインプットとアウトプット関係を直接に結び付け「広
告交換比率」を前提とする考え方は理論モデルではあってもあまりにも単純であった。
────────────
8 マーケティング予算全般に関する論及は本稿の範囲を越えるが,多くのマーケティング研究でも予算編
成の理論と論理は最も「楽観的(Mercer, 1999)
」に扱われがちであり,意外なことにも広告と販売促進
において最も予算編成が詳述され価格戦略とは全く切り離される一般書に近い教科書(例えば佐川,
1992, White, 1997)が珍しくない。まさに広告予算の論理と同型であるばかりでなく,プロモーション
以外のマーケティング・コストは予算編成では扱われない原価的認識ないしはよりマネジリアル(経営
的)なイシューと棚上げされ触れられない。これはミドル・マネジメントの「4 P のマーケティング」
と全社戦略を言う「マネジリアル・マーケティング」の間の接合不足という経緯が起因していると考え
られる。そのような書籍においては比較的若い読み手には分りやすいメリットの一方,マーケティング
実務家が予算編成において適切な枠組みを持ちにくく専門外と認識することを促すデメリットが大き
い。つまり広告論,広告研究の中での予算編成の「わき道的」な扱い方は,マーケティング全般の傾向
でもあり,歴史的にアメリカの消費者対象の大規模製造業者のマーケティング・コストにおける最大費
目が広告媒体費であった実務的経緯もあり,大半がメディア・コストにのみ関心を焦点付けることとな
る。したがってその他のコストには関心が行かず貨幣で表現される計数管理が最重視される実務におい
ては極めて偏った関心が広告媒体費に注がれることは確認しなければならない。媒体コスト以外のマー
ケティング・コストが体系的に扱われないことが,費目的には大きいが広告費を単なる「調達管理」と
認識し,勢い「効率管理」「コストダウン」だけがタスクのように考える実務家の陥穽を生んでいる場
合がある。
広告計画における予算編成の理論と論理(水野)
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9
猿山(1998)は,こうした古典的なモデル群を「集計的広告モデル」と呼びその後のモ
デル・アプローチを「多段階因果連鎖モデル」と区別,整序している。猿山によれば,
その後 60 年代に開発された広告会社 BBDO 社の DEMON モデル,その後継モデルで
ある NEWS モデル,Ayer & Son 社の AYER モデル,70 年代のレオ・バーネット(Leo
Burnett)社の TRACKER モデル,稲川(1983)などを「多段階因果連鎖モデル」と認
識している。小林(1969)の紹介する電通が 1968 年に公表した「システムズ・アプロ
ーチ」もこれにあてはまる。これらは共通して広告接触率や知名率などの心理変容率の
後段に「販売促進」
「流通カバレッジ」
「試用購買率」
「使用率」などを「多段階因果連
鎖」させ結果として市場シェアなり売上高なりを「予測」することでさかのぼって所期
に支出されるべき「広告費」の算定をさせようとする。つまり予算算定方法においては
販売目標基準法(タスク法)の精緻化ではある。いわば近代的で大規模な「マーケティ
ング・モデル」と言える。しかしながらそこにはダイナミックで新たな効果を狙う,つ
まり Porter(1985)
,Porter と Takeuchi(2000)が強調する戦略性,ストラテジック・
ポジショニングは隠されがちで,環境条件が安定的で定型的な効率計算が馴染むルール
志向がある。ルールを創ることには馴染まないのである。
猿山(2000 b)ではさらに,先に挙げた繰り越し効果を,遅延効果,残存効果,累積
効果と「広告効果の時間要素」と認識し計量経済学的モデルの中にその表現をレビュー
している。
しかしながらこうした理論的な考え方は,実際の市場実態から見れば「多段階」とは
言え「少ない変数」しか扱っておらず,シミュレーションがいかに高度化しようとも過
去データが将来をどの程度反映している(類推させうる)か,という予測有効性に疑問
が呈される。特に「知名率もないのにコンビニエンス・ストアに置くだけで売れ」た
り,
「知名率は 100% 近いのに売上が思わしくなかったり」する高度でダイナミックな
今日的な課題状況にはモダンな限界を感じさせずにはおかないのである。広告計画が実
施に先立って,広告効果をシミュレーションすることである,言い換えれば,いわば事
前に既存の効果に関する知識をベースに「購買」を導く心理的な過程を逆に遡るように
立案されるべき「効果と計画は『コインの裏表』
」
(仁科,2001)である,と認識すれ
ば,そのような検討はもともともっと複雑である,と考えることが出来よう。
たしかに今日的な Vacratas と Amber(1999)が膨大なレビューによって確認したよ
うに広告効果の心理的なプロセスはかつての単純版の DAGMAR がイメージさせがち
なもののような「単線形」のものではない。一般に「階層型の広告効果」は否定される
に至っている。したがってインプットの広告量(費)とアウトプットの購買量(回数,
金額)が「線形」に関係を持つ,といった多くの経済学的前提に立つモデル・アプロー
チの有効性が厳しく問われざるをえない。効果が「認知」
「情緒」
「行動」の三側面を持
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ち,その側面をあわせて枠組みとした方が,2 側面の研究より一般的にあてはまること
も Vacratas と Amber は指摘するが,これは「単線形」否定のまた別の表現に他ならな
い。
こうして背後にあって一般には別のイシューとされがちな広告の効果に関する認識が
予算編成の理論を実は規定することが見出される。つまり広告効果を「知名率」と認識
すれば佐川(1992)のように単純な予算編成を促し(注 8 で見たように)勢い媒体効率
が最大の論点となる。しかし広告効果には低関与接触を前提とした「弱い効果」認識の
一方,同じ広告表現には 3 回接触すれば充分である,とする「強い効果」認識もある。
例えば「強い効果」とは以下のようなものである。
1980 年に東陶機器(東洋陶器)が「ウォシュレット」という温水洗浄便座を新発売
した際に,初めから必ずしも見込み客は,そのニーズを感じなかった。長年,紙で拭く
ことだったこと,その他の拭き方を考えもしなかった行動様式を,温水で置き換えるこ
とは,少なくとも「ニーズ」が当初から存在した,とは考えられない。したがって,そ
のベネフィット,つまり主観的に判じられる「満たされるニーズ」
,
「かなえられる価
値」も多くの人には「お尻の病気の人のための限られた」もの,自分には満たされるべ
きニーズは無い,自分には関係がない,と写ったとしても不思議は無かったのである。
しかし東陶機器は,夕食時のテレビのゴールデンタイムの CM などで「お尻だって洗
ってほしい」
「あの人にもちょっと付いているかもしれない」という刺激的な広告表現
を持って,広く一般に向けて,正面からプロモーション活動を開始した。店頭でのデモ
ンストレーション(実演)を伴う販売促進活動や PR にも力が入れられた。追って「よ
り清潔な新しい習慣」という価値が形成(4 P のプロダクト認識)され,149,000 円
(メイン機種の発売当初の価格,工事費は別)という価値表示(4 P の価格認識)も納
得されてゆく。いまやこの温水洗浄便座は日本の家庭の過半に浸透し,海外にも輸出さ
れる商品として知られるに至っている。つまり,広告によって徐々に後から価値が形成
されるといった現実のあることが分かる。なぜならば,繰り返して言うが「初めは見込
み客は,そのニーズを感じなかった」からである。
このように価値伝達(4 P のプロモーション認識)がまず先行し,追って顧客の頭の
中で価値が形成され,価値表示が納得されてゆく事例は多い。スターバックス(店舗デ
ザインなどのコミュニケーション要素は価値伝達である)
,ユニクロ,家庭用ゲーム
機,携帯電話など近年の事例はもちろん,三種の神器と呼ばれた自家用車,家電(カラ
ーテレビ,クーラー)
,インスタント食品,等新しい市場を創造した事例の導入期の殆
どがこうしたプロセスにあてはまるのである。このように広告を捉えてみると,需要創
造のマーケティングを広告が中心的に担っている場合がある,そうした成否の決め手と
なるようなダイナミックな性格が示されるのである。
広告計画における予算編成の理論と論理(水野)
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例が長くなったが,こうした市場を拓くような大きな広告の効果をもし前提とした場
合,それは「知名率」の維持を暗に広告効果と認識し,目的を構成し,予算編成を行う
「弱い効果」観とは全く別の認識が生まれる。広告効果観が規定する予算編成において
は,さらに突っこんで消費者行動と広告に関するレビューと考察が必要だが本稿では紙
幅の都合上これ以上立ち入らない。
このように広告効果は,マーケティング戦略の基本的な考え方,またその統合の度合
い,消費者への伝達価値,また伝達難易度,財の種類,ユーザーであるかそうではない
か,製品ライフサイクル,財の価格帯や購買頻度,買われ方,競争優位的なポジショニ
ングの成否などによって様々な効果過程に関しての類型を取る。したがってモデルに馴
染みにくい複雑な側面を持つ。
「工学的」なシミュレーションの初期条件は,受け手の
認知,消費のあり方,競合状況等によって容易に変化するのである。
Ⅱ
1
マーケットシェアと広告費シェアに関する統計観察
統計観察目的の確認
第 1 章のレビューにおいて見出されたことを第 1 表に整理,換言して掲げる。
第1表
論
点
レビューから示唆される広告予算編成への知見
示
唆
●広告の経済学的関
心
その理論前提には広告の充分な成果が挙がった想定があり,その実証には事例,
期間の限界がある。直接の示唆は見出しにくい。
●広告機会
製品ライフサイクル上で課題を認識可能であれば,売上高に対する広告費比率の
増減を判断する定石を提供する。
●広告のシェア拡大
効果
アメリカではその傾向は実証された研究もあるが疑問がある。別途ミクロに必ず
一定の支出が一定の成果をもたらすとは考えにくい。
●広告の市場拡大効
果
アメリカではその傾向は実証された研究があるが寛容な経済状況が背後に考えら
れる。ミクロには必ず一定の支出が一定の成果をもたらすとは考えにくい。また
「広告機会」の知見とは矛盾する場合がある。
●経 済 的(販 売 的) 心理(学)的広告効果観から見出される知見からは一般に前提が「線形」「階層」
シミュレーション が想定される単純な論理を持ちがちでミクロな事例への戦略性とリアリティに欠
ける。
●ブランド認識
●効果と種類の次元
広告予算編成においては短期の戦術レベルの対応策よりも長期のブランドへの広
告効果(長期記憶効果)を踏まえるべきである。
広告効果に関する前提が予算編成の考え方をつかさどる。
(1)一次需要か二次需要かの次元で期待される効果は異質である。特に豊かな時
代,成熟市場には後者がより論点となる。
(2)財の消費・購買に関わる次元ではたされる効果は異質である。
(3)他のマーケティング戦略要素間との関係,統合の次元で発揮される効果は異
なる。
(4)広告の効果性に関わる次元認識が単純であれば広告予算編成は効率志向とな
り過去類推の有効性も増す場合も増えるが,複雑で戦略的な課題であれば新
しいルール,効果志向となるだろう。
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先に広告には「市場集中効果」があるのか,と経済学的に問えば,
(当時の「広告税
を含めた広告規制」に対する政治的な思惑もあった,と考えられるが,その思惑だけが
結論付けたわけではなく)
「ある」とは言えず,一方ミクロな企業の広告宣伝費支出に
おいては「常に」経済的(販売的)成果を目標とする,と言うマクロ・ミクロの矛盾に
触れた。この矛盾は論理的には「個々の広告活動には販売に結びつく事例と結びつかな
い事例が混在する」
「うまく行った広告事例と失敗広告事例が混在する」
「戦略的,統合
的なマーケティングの実施や環境によって成否が分かたれる」という事実認識に至るこ
とを結論付けることとなる。Jones(1995)は,1991∼1992 年のニールセン社のホーム
スキャンで得られたデータ(2000 世帯)を元に斬新な分析を行なっている。それによ
れば,対象ブランド全体の 46% が何らかの市場シェアへの効果(防衛を含む)があ
り,54% のブランドは「効果がなかった」とされる結果を示している。このリアリテ
ィには驚かれる。
これらから考えて論点となるのは,今日のような成熟市場の多い我が国では新たな需
要喚起を目的とするような一次需要のためのマーケティングよりも,むしろ自ブランド
9
への選好を促すような二次需要のための競争的マーケティングの視点である。
Peckham’s formula あるいは rule と呼ばれる広告費の算定の手掛かりがアメリカでは
実務的経験的に知られる(Peckham,1981)
。それは SOV(Share of Voice:当該製品市場
10
の広告費合計に占める広告費シェア)を「1.5×(導入 2 年後の目標として設定した SOM
(Share of market)
)
」として算定しようとする考え方である。この考え方は先の予算編
成手法においては「競争的均衡法」の詳細化であり,ツール化である。たしかに素朴に
「マーケティング」を「努力」と捉えれば,その「力の入れ方」は勢いマーケティング
支出の大小で表現されるが戦略性,効率に先立って効果を狙う質的な「努力」は疎外さ
れたままとなるのである。
2
統計観察実証
以下においてオリジナルのデータ,統計観察を行なう。今回統計観察に使用するデー
タは次の 22 製品市場に関する 1970 年以降の 5 年間隔の 1990 年までの統計である。
SOV 算出に関しては「電通広告統計」を基にした相対シェア(ここで用いたのは仮に
A, B, C,の 3 ブランドで寡占状態にある製品市場においては,3 社のマス媒体露出広告
費を分母とした構成比)
,SOM は『日本マーケットシェア事典』
(各年版)を使用し
た。この 22 市場は,
(1)データによって不突合がない,
(2)長期の間企業,ブランド
────────────
9 次章で扱うデータの分散の少なさ(5 年間の変化 1 σ は SOV で±14.15%,SOM で±8.96% の狭い範
囲に収まること)は多くの寡占市場で(少なくとも企業単位に)市場地位が変わりにくい成熟状態を示
している部分がある。
1
0 Hindle(1994)
,正田(1995)
。
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が観察できる,
(3)広告を成長,競争の主要な手段とする消費財,の 3 条件で候補市場
から選んだものでそれ以外の選択の意図はない。具体的にはエアコン(セパレート
型)
,ビール,缶コーヒー,カラーテレビ,カレールウ,歯磨き,プレハブ住宅,イン
スタントクリーミングパウダー,インスタントラーメン,風邪薬,マーガリン,入浴
剤,パソコン,レトルトカレー,シャンプーとリンス,生理用品,消費者金融,大衆
車,洗濯用洗剤,ビデオムービー,VTR(据え置き型)
,国産ウィスキーの 22 市場であ
る。
この統計観察の研究意図(Research Question)は「5 年間隔で増加した SOV が SOM
にどのような条件であればつながるのかを明らかにする」ことを通じ何らかの示唆を引
き出そうとすることである。そのためのデータの条件は第 1 表のまとめを次の各項のよ
うに押さえようとしたものである。
データの性質
① 長期効果でこそ経済効果の何らかの一貫性は見出せるであろうこと。
② ミクロの示唆が得られるようなリアリティがあること。
③ 何らかの網羅性があるように 100 以上の事例データを踏まえること。
④ 日本の事例であること。
⑤ 広告が競争,需要拡大の主要な手段となっている製品市場であること。
第1図
1970∼1990 年の 204 製品市場 SOM と SOV 5 年比増減事例散布図
第 1 図は今回の観察事例の SOV
(X)と SOM
(Y)の 5 年間隔の増減差を 2 軸にとっ
た全体散布図である。一見して相関が極めて低い。重回帰分析を試みたところ重相関 R
2
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=0.223552,決定係数の R 二乗値(補正済み)
=0.045272,有意な相関と認められるた
めには(サンプル数,変数からの自由度から)6 以上は求められる F 値も 0.001308 と
極めて低い。つまり統計的に「相関関係はない」と言い切れるのである。
この結果の解釈は極めて重大な意味を持つ。なぜならば,市場成果を主たる目的とし
て相対的に増額された広告支出が(その絶対額は別として)相対的な成果を生んでいる
とは言えない,というクリティカルな認識をまず解釈しなければならないからである。
もちろん全ての市場に対する努力が成果を生むわけではない。新製品の 1 年後,3 年後
の市場残存率は市場での成功の難しさ以外の何ものをも示さないであろう。
しかしながら一方,今回対象とした製品市場は,その SOV と SOM のデータセット
が揃うことが条件であるので,最低でも 6 年以上市場からは退出しなかった企業やブラ
ンドに限られて分析がなされている。6 年を経ない退出ブランドは図の右下(広告を
大々的に支出しながらも SOM が低下)か左下(広告費の相対的減額を伴いつつ SOM
が低下)から図の外にはみ出し今回の検討から除外されている,と考えられる。すなわ
ち相対的なロングセラーに限った分析においてすらこういう成果が見出しにくい結果な
のである。さらに 1970∼1990 年という対象期間は GDP(国内総生産)が名目で 5.317
倍伸びた高度成長後期からバブル経済期前半の消費拡大期である。多くの製品市場で経
済環境は相対的に寛容だった,と考えられよう。さらに先に確認したようにいずれの製
品市場も需要と競争のために広告を多用している市場である。こうした「広告向き」の
製品市場においてもこうした逆機能的な傾向が見出されてしまうのははたしてどう考え
ればいいのであろうか。
3
ケースの解釈
今回の事例群全体 と し て は,本 稿 の 冒 頭 で 検 討 し た マ ク ロ・ミ ク ロ 問 題,Jones
(1995)の認識を日本においても裏付けるもの以上のものではない。そこにあるのは成
功事例とそうではない事例の混在と金額支出の一義的な規範性を見出せない実態であ
る。ここでより重要なことは,今回の第 1 図の散布図の 204 事例から「SOV を低下さ
せつつも SOM を向上させた」り「SOV を増加させつつも SOM を失った」ような特異
事例の「共通項」を探る分析である。前者には何らかの戦略的な「広告機会」が見出せ
るであろうし,後者はその反面材料となる。言い換えれば第二象限(
「SOV を低下させ
つつも SOM を向上させた」
)と第四象限(
「SOV を増加させつつも SOM を失った」
)
に効果的な広告の支出条件,つまり広告機会の認識につながる示唆を求めようとする試
みである。
まず 204 の事例のうち SOV と SOM のどちらかの標準偏差(1 σ:各 14.15, 8.96)以
内の(十文字の)分散域にある事例 186 を特異性の乏しい事例として除く。ちなみに事
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例全体の 63.2% にあたる 129 事例が SOV, SOM ともに標準偏差以内である。204 事例
から 186 事例を引いた残りの特異事例 18 事例をあらためて四つの象限に分けて表せば
第一象限 5,第二象限 3,第三象限 8,第四象限 2,となる。
まず第二象限の 3 つの事例は,75∼80 年の UCC の缶コーヒー(1970 年新発売)
,80
∼85 年の NEC のパソコン,90∼95 年の松下電器のビデオムービー(ビデオカメラ)
である。前二者は「新しい市場を創造した先発」事例である。やはり画期的な製品,売
り方で市場を新たに提唱し,製品ライフサイクル導入期(本格的な立ち上がり時期)に
は絶対額はともかくも圧倒的な SOV を示し,その後の参入者が増加するにしたがって
SOV は低下するが SOM は製品カテゴリーの代名詞的イメージが獲得され,むしろそ
の 5 年間で上昇した,と解釈される事例である。先発に対して後発参入者が,新たな差
別化を示すことが出来ず,先発の優位性が市場拡大につれて強化されるような文脈が解
釈可能ではないだろうか。このような戦略的な positioning が図れ,市場が大きく立ち
上がる際に広告の効果が量的にではなくむしろ質的に絶大であることは 204 事例の中の
特異性として強調されよう。松下の事例はさらに複雑である。この時期のこの市場は 89
年発表の先発のソニーの 8 ミリビデオ(
「B−4」
,TR シリーズ)が「ハンディカム」
「パ
スポート・サイズ」という画期的な製品差別化に成功し別市場を形成し先発優位を築い
ていた。すなわち据え置き型 VTR では VHS がベータに対して優位を築いたその反転
攻勢をソニーは,単なる「携帯ビデオデッキ機能付き動画カメラ」ではなく「ビデオム
ービー」という別製品カテゴリー化しえたゆえに先発になることができた事例である。
ちなみにこの時期はいまだ「アナログ・ビデオ時代」である。これに対して松下は果敢
な広告と(パスポート・サイズより大きな)製品によってチャレンジャー戦略に出る。
ただし SOV 観察によるようにこの攻勢は「量より質」の戦いであった。まず広告では
「鈴木保奈美」
「石田ゆり子」
「安達祐美」
「カール・ルイス」といった当時の各ジャンル
のナンバーワン・キャラクターの逐次採用,1992 年のバルセロナ・オリンピックの公
式スポンサーであることの利用,
「小さいだけじゃ駄目」というハンディカムに対抗す
る対象暗示比較広告コピー,をこの時期行った。製品面では「ブレンビー」という録画
という機能を主眼とするビデオムービーの必然的副作用ともいえる「手ぶれ」を防止す
る機能を前面に押し出たネーミングを採用しソニーの小型化技術を相対化,また今に至
るまでソニーは「ビデオムービー」と呼ぶこの製品を松下は「ビデオ・カメラ」と呼称
し続け,SOM トップの据え置き器とのシナジー,対ソニー差別化を顧客の認知面でも
執拗に図り続ける(伊丹・加護野,1993, p. 41)
。たしかにもし「手ぶれ」が論点にな
らなければこの製品市場では「小ささ」だけが技術的優位のシグナルとなっていたとし
てもなんら不思議ではない。今はもう強調されない「ブレンビー」というネーミング
が,もしそのコミュニケーションなしにはそのニーズ自体を顕在化させなかったかもし
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れない,と考えれば「極めて有効な価値創造」をマーケティングによって,それも後発
の対抗策として駆動させえた,稀有な事例と言えよう。その後もブレンビーは「ワイ
ド」
「ズーム」と付加価値を開発搭載し,オリンピック公式機器であることもあわせ,
技術面でも高度でけして劣勢にないことを市場に印象付けて行く。結果として SOM は
この時期ソニーの首位は変わらなかったものの 3 位以下のメーカーシェアが低下し,デ
ジタル化前のこの市場での松下の SOM は 5 年間で上昇,防戦チャレンジャーの実を挙
げたのである。流通面,価格面にもましてこの製品ライフサイクル導入期の競争的マー
ケティングにおいて,松下のとった広告面製品面における統合的な集中と成果はやはり
特異事例と呼べるダイナミックさを示している。
以上,第二象限の 3 事例を見たが,その反面にある第四象限の 2 事例の観察をあわせ
て以下行なう(この象限のケースでは名指しの批判を目的とはしていないため実名を秘
す)
。まず一つ目の事例は 1970∼75 年のシャンプー市場である。もちろん製品としては
戦前から存在したが,この時期いまだ市場は導入期から成長前期にあったと考えられ
る。銭湯がいまだ内風呂よりも一般的で,特に男性では石鹸で髪を洗う習慣の人も多か
った時代からの変化が起こったのである。洗髪の回数も週に 1, 2 回と現代の水準から
考えれば少ない時代であった,と考えられる。しかしながらこの事例はこの 5 年間には
高い SOV を示しながらも競合 2 社の同様の広告中心のイメージ訴求,あるいは「ふ
け」
「かゆみ」を防ぐという同様の訴求に優位的差別性を減じ SOM を失うこととなっ
た。二つ目の事例は生理用品の先発ブランドの 1980∼85 年の SOV の増加にも関わら
ず SOM を低下させた事例である。この先発ブランドは画期的な生活提案を 60 年代に
行いこの製品市場を立ち上げたのであったが,外資系を含む後発のより合理的先進的な
イメージ,専業者イメージの確立とともに SOM を奪われていった。第四象限の 2 事例
は一旦「広告を需要創造,拡大のツール」とした後に,後発に有効な製品差別化が出来
ず,その間自社の強みであった広告に頼り,高い SOV の広告を行ないながらも SOM
を奪われた,と解釈できよう。
4
統計観察の結論
今回の統計観察の結論は事例と期間,また手法の限界も当然ある。しかしながらミク
ロかつ長期の SOV 増加という広告の量的相対的な独立変数が SOM 増加という長期市
場成果に必ずしも結びつかなかったことは Jones(1995)を裏づけた。さらにより重要
なことは貨幣で表示できる側面の広告努力が,単にそれだけでは成果を極めて希にしか
生み出しにくいという事実である。したがって広告計画の中の予算編成はその重要度に
おいて相対化され,企業内外の条件があきらかに隠された論点である,ということとな
る。
広告計画における予算編成の理論と論理(水野)
Ⅲ
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1
7
考察と結論
さて,本稿で確認されたこと,見出された知見を再度まとめ,本終章では今後の広告
計画の中での広告予算編成上の理論と論理につながる整理を試みる。
前章で確認したように,貨幣で表示された広告計画が貨幣で測定される広告効果に機
械的には帰結しないことを踏まえつつ個別の広告予算編成はなされざるをえないことは
明らかである。市場,顧客への働き掛けというマーケティングが様々な実行事前のリス
ク回避を行いながらも,最後は自らを掛ける投機であることからこのことは当然ではあ
る。
しかしながら一方,貨幣での表示を計画の中心に据える計画の陥穽はインターネット
というコミュニケーション手段がマーケティング利用されるようになって一層具体的な
様相を呈してきた。広告費ベースでインターネットを認識するような立場では,いまだ
2%(電通「日本の広告費」平成 13 年度推計)のウエイトだ,と軽く考えることにな
る。こうした認識に対して議論を行なうためには,消費者行動を踏まえ,広告を含めた
IMC 効果の中のインターネットの持つ重要性を指摘しつつも一方で,金額で表示され
る広告予算編成が「広告計画の枢要な表現ではない」という認識をも促さなければなら
ない。広告効果と予算編成の関係も本稿で見たとおり理論も論理もいまだ体系化の半ば
である。いわんや消費者行動研究と広告予算編成の接合は図られた形跡さえ見出せな
い。このような内的整合性を欠く広告研究の問題を本稿では指摘する。
では,広告効果と予算編成の関係に関してどのような理論が望まれるのであろうか。
以下本稿の結論として「広告の質的コミュニケーション関係の概念」を論じたい。
第 2 図はその 3 類型である。X 軸は操作可能な独立変数で質・量両面の広告努力と
時間経過が含意される。Y 軸はその結果として狙うさまざまな市場成果である。
順に説明してみよう。まず「増加関係」という努力と効果の関係が多くの広告実務
家,また研究者にも共有されていた,と考える。その際のマーケティングの取引パラダ
イムは「刺激=反応パラダイム」と呼ばれるものの中にある。要するに数多い刺激はよ
第2図
広告の質的コミュニケーション関係の概念図
2
1
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り大きな成果を生む,とするのである。本稿でレビューした Alderson(1958),Weinberg
(1960)以来の多くの近代的なものがこれにあてはまることは再度触れるまでもないだ
ろう。広告研究では DAGMAR があてはまる。知名率ゼロから,広告認知率ゼロから
スタートするような場合は特にこれに当てはまる。このような認識は現代でもベースに
あることは否定できない。金額に換算されやすい広告露出量が広告接触効果につながる
ような基礎的な広告効果は,もともと少ない変数間の安定的構造的な関係を予測制御し
ようとする「工学モデル」にあてはまりやすい。しかし需要について考えれば明らかに
これは一次需要の喚起向きの考え方である。成熟市場のロングセラーの競合状況にはあ
てはまりが悪い。その意味では基礎的広告カバレッジモデルと解することもできよう。
こうしたモダンな認識が整理確立したアメリカの 60 年前後の消費とマス・メディア状
況も暗にこの考え方を支えている。普及途上にある多くの新製品(もっとも Forrester
(1959)は既に多くの市場は成熟していると認識していたが,製品ライフサイクルも実
は事後的にしか判定できない証左でもあるだろう)
,普及が急激に進んだニュー・メデ
ィアであるテレビ,そこに露出されるテレビ広告の絶対量の少なさと注目,などといっ
た環境がこうした「工学モデル」を生成したと解釈できよう。
しかしながら,実務的状況的に,また豊かな消費を前提として多くの成熟市場ではそ
うした基礎的な努力と効果の関係だけでは説明が有効でない場合が増加した。そこで,
次の認識として「維持関係」という努力と効果の関係がクローズアップされたのではな
いだろうか。広告効果では低関与でテレビ媒体広告が接触されることを前提にして「弱
い」効果観が生まれたのである。この際に論点は「忘却されない」
「忘れられない」よ
うにするための維持的なものに行く。昨今は Recency(近接性)と呼ばれるメディア・
11
プランニングにその今日性が出ている。単純接触効果と呼ばれる心理学の背景を持つプ
ライミング効果もその基礎にある。要するに「なんとなく見たことある」状態,あえて
尋ねられれば「よく見掛ける」状態にそのブランドを維持する,という豊かな社会の成
熟市場における(よく言えば)ノイズの中での控えめな広告効果観である。しかし昨今
のブランド論の中で,また関係性マーケティングの中でこの論点はけして軽くはない。
Forrester(1959)の仮定もスーパーマーケットで日常繰り返し買われる FMPG(fast moving package goods)があり,ある期間に流入する購買者が広告によって増減するという
前提があった。この一定の流入を競争的な二次需要に当てはめれば,
「維持関係」が最
もあてはまりがいい。
しかしながら本稿で既に度々示唆したように,この二つの概念モデルでは広告の質的
な努力と効果が殆ど扱えてはいないのである。そこで提出するのが「変化関係」という
努力と質的効果の関係である。ウォシュレットの事例紹介,また統計観察による特異事
────────────
1
1 仁科貞文編著(2001)の楠本和哉論文参照。
広告計画における予算編成の理論と論理(水野)
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1
9
例の解釈によって導き出されるダイナミックスは受け手のコミュニケーションの事前事
後での「不連続な非線形」な認知(パーセプション)の変化である。この認識が IMC
12
を生成した。しかしながら努力と効果の関係に関しての IMC 効果論はいまだ生成過程
である。戦略論が度々強調するポジショニングが「実効」するかどうか,同じものでも
違って見えるかどうか,は全面的に受け手の認知の「言分け」に掛かっている。詳しく
は言及しなかったが「効果的な広告接触は 3 回で充分」とする見解もある(ミカエル・
ネイプルズ,邦訳書,1986)
。この知見も現代的にはメディア・プランニングで有効フ
11
リークエンシーとして登場する。ただその中身にはメディア・プランニングは触れない
のが一般である。中身とは「顧客への有効な説明」である。現代的な広告接触状況また
消費の実態から考えて「情報の有用性(News,また Relevancy:重要性,自己との関連
性)
」がない情報には注意もいかず情報処理の動機も思考も起きない。コンビニエンス
・ストアで何秒間かで何百,何千アイテムを目でスキャンするような行動では,何百回
男の人が化粧品の前を通っても記憶にすら痕跡を留めない。テレビ広告もしかりであ
る。1, 2 度見て,自分とは関係がない,見る価値がない,と判じられれば 2, 3 度目から
は瞬時に無視され注意が向けられない視聴態度も珍しいことではない。その際,
「情報
の有用性」とはウォシュレットやブレンビーがなし得た質的な「不連続な非線形」な認
知(パーセプション)の変化につながる効果である。
「弱い効果」に対してこの効果は
「強い効果」を意味し,wearout と呼ばれる広告研究もある(竹内,1998 に詳しい)
。要
するに同じ広告表現を何度も見ると「飽き」が来る,その状態を指す概念であると一般
に解されている。しかしながら,「増加関係」にせよ「維持関係」にせよ,広告の wearout をどう認識していたかは「困ったこと」
「なるべくならば保った方が良い」
「避ける
べきこと」であった。しかしながら「情報の有用性」がもしあれば,せいぜい 2, 3 回
接触して「なるほど」ともし思えれば,それ以上の接触は「不要」なのである。第 2 図
の「変化関係」が一旦急激に立ち上がって,その後は「無駄な努力」になることを示し
ているのはそうしたクリティカルな認識である。この際,広告効果は接触した人がどう
認知し心理的に反応したか(認知反応,仁科(2001)に詳しい)が鍵概念となる。受け
手の認知の構造に変化を与えれることができれば,もうそれ以上は努力が基本的には不
要なのである。この関係は「工学的」な線形関係にはないから,前二者に比較して伝達
内容,価値,受け手の判断などを加味したマーケティング統合,MC 統合が最も成否を
分かつだろう。インターネット上の口コミからの影響といった今日的な「意図せざる結
果」やユーザーの自社 HP サイトでの「取り扱い説明(の適切さ,不親切さ)
」などが
こうした「不連続な認知」を形成する場合もあるからことは広告に限らずますます複雑
である。
────────────
1
2 Schultz, Tannenbaum と Lauterborn(1993)の IMC の基本認識である。
2
2
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さて,ここで誤解のないように付言しなければいけないことは,多くの広告実践はこ
の 3 つの「関係の『和』
」として現出している,という認識である。新製品では「増加
関係」が基本になるが,製品差別化ができていて(経済学に言う)
「隠された品質(hidden qualities)
」が広告でその人にとってはじめて明らかにされたような際には「変化関
係」が加わって効果が現出するだろう。結果そのカーブの立ち上がりは急激に上がり,
wearout が早く来るだろう。またロングセラー・ブランドや老舗の広告は「維持関係」
で殆ど説明が付きがちであるが,ラインエクステンションや支店の出店などの新しい情
報には「増加関係」や場合によっては「変化関係」が加わった形の関係となる場合があ
るだろう。また,その足し合わされる(重ね合わされる)際には 3 つの関係の濃淡,強
弱でウエイトが掛かる理解もあり得るだろう。
こうして 3 つの概念図を概観して見て再度確認されることは,前二者が「いかに受け
手の能動性を勘案して来なかったのか」という驚きである。
「変化関係」とは受け手の
能動的な行動や解釈に立脚する。広告を受け取った「受け止め方の中身」を問うからで
あり,受け手を個人として認識する見方であるからである。考えてみれば DAGMAR
は発展途上国向けのモデルである。
「変化関係」は今日的な先進国のポスト・モダン状
況によりあてはまる。つまり広告の受け手のふるまいの成否を中心に位置付ければ金額
的な「倍」の努力が線型に「倍」の成否をもたらさないことが当然了解される。
結論の最後に付言を重ねれば,それでも広告計画,広告予算編成の当事者は,この 3
つの概念の説明を仮に聞いたとしても「当社の新製品は『変化関係』だ」といった過大
評価などのバイアスが掛かりがちであろうという予期である。自己の関与した課題とソ
リューションは絶大なニュース性,価値を持つと思いがちであるからである。田中
(1998)の中の会計実務者の冷静な眼が再び思い浮かべられよう。広告計画とはそうし
た認識次第で変化する。したがって本稿のような「認識そのものを概念化しようとす
る」稚拙な立論も何がしかの意義を持つであろうと考えた。
本稿の広告研究への貢献は,広告の質的コミュニケーション関係の「変化関係」を明
示することによる広告計画観の相対比であり,隠されがちにもかかわらずそれ以外の関
係が説明の有効性を減じていることへの理論的解題である。コミュニケーションを踏ま
えた広告マネジメントはこうした認識を予算編成面にもたらすと考えるものである。
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