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レクチャー・ノート - 平成18年度科学研究費補助金 基盤研究(S)
講義ノート 非線形数理・秋の学校 「パターン形成の数理とその周辺」 - 反応拡散方程式理論による時・空間パターンの解析を中心に - 2007年9月25日-27日 「明治大学・秋葉原サテライトキャンパス」 序 非線形数理・秋の学校は, 科学研究費補助金基盤研究S「非線形非平衡 反応拡散系理論の確立」(代表者:三村昌泰)の若手研究者育成の一環と して 2007年9月25日(火)から27日(木)の間, 明治大学・秋葉原サテライト キャンパスで開催されるものです.受講される方の便宜のため, 講師の方 々のご協力によりこの講義ノートが作成されました.執筆してくださった 講師の方々にここに厚くお礼申上げます. 2007年9月 組織委員: 栄 伸一郎 新居 俊作 辻川 亨 三村 昌泰 上山 大信 (九州大学) (九州大学) (宮崎大学) (明治大学) (明治大学) プログラム 9月25日(火) 13:20 Opening 13:30 - 14:30 池田勉(龍谷大学) モデル方程式を通してみるパターン解析 14:40 - 17:40 小川知之(大阪大学): 時空間パターンの分岐解析 9月26日(水) 10:00 - 11:00 新居俊作(九州大学): 3重接合点を持つ定常解の分岐 11:10 - 12:10 近藤滋(名古屋大学): 生物における Turing パターン - 魚の体表に発生する Turing 波(反応拡散波)13:40 - 16:40 池田榮雄(富山大学): 特異摂動理論とその応用 9月27日(木) 10:00 - 11:30 柳田英二(東北大学): 歪勾配系における安定性解析 I 13:30 - 15:00 柳田英二(東北大学): 歪勾配系における安定性解析 II 15:10 - 16:10 西浦廉政(北海道大学): 「周期構造をめぐって」- 泡筏・ポリマー・Turing パターン - 目 次 池田 勉(龍谷大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p. 1 「モデル方程式を通してみるパターン解析」 小川 知之(大阪大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p. 7 「時空間パターンの分岐解析」 新居 俊作(九州大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.36 「3重接合点を持つ定常解の分岐」 近藤 滋(名古屋大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.47 「生物における Turing パターン」 - 魚の体表に発生する Turing 波(反応拡散波) - 池田 榮雄(富山大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.51 「特異摂動理論とその応用」 柳田 英二(東北大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.71 「歪勾配系における安定性解析」 西浦 廉政(北海道大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.91 「周期構造をめぐって」 - 泡筏・ポリマー・Turing パターン - 非線形数理秋の学校「パターン形成の数理とその周辺」 −反応拡散方程式理論による時・空間パターンの解析を中心に− 2007年9月25日−27日 モデル方程式を通してみるパターン解析 池 田 勉 (龍谷大学理工学部) アブストラクト 高温セラミックス,金属間化合物,複合材料などを合成する プロセスの一つに燃焼合成法と呼ばれるものがあります([9]).たとえば,衣 類の形を整える形状記憶合金(TiN)や地下鉄やトンネル工事で使われる掘削 機の爪となる超硬合金(WC-Co)などが燃焼合成法で作成されるそうです. 10mm A Reactant B 0 sec C 0.8 sec D 1.5 sec F 3.0 sec G 6.0 sec H Product 10mm E 2.3 sec Figure 1: 燃焼合成反応のプロセス(Ti + C → TiC) この方法では,粉末にされた原材料を十分に混合し,円柱状の圧粉体に整形 して,垂直に立てます(Figure 1 の A).圧粉体の上端に熱を与えて反応を開始 させます(Figure 1 の B).すると,反応熱によってその部分が 3,000 K 以上 の高温になり円盤状の燃焼面が形成されます.この間に下の未反応部が熱の拡 散効果によって余熱され,燃焼面が下に移動します.このことの繰り返しを通 1 して燃焼面が下降し,数センチメートルの圧粉体における反応が数秒で完了し ます.このように,系の外からは着火というエネルギー供給をするだけで,燃 焼波が自発的に上端から下端へ伝播することによって反応が進みます. 燃焼波が形状を保ったまま一定速度で伝播する(以下,定常燃焼と呼ぶ)と きに均質で高品位の材料が作製されます.ただし,単位時間当たりの発熱量が 異様に高くならないように,すなわち,緩やかに反応が進むように生成条件を 設定すると,定常伝播性が失われることが知られています.たとえば,燃焼波 が振動しながら伝播する振動燃焼波が現れ,生成物の組成が周期的になること があります([9]).さらには,円柱側面を燃焼波がらせん状に回転しながら伝 播するヘリカル燃焼波も現れることも知られています([7],[9]).Figure 2 は ヘリカル燃焼の痕跡をその表面に残した反応生成物の写真です. Figure 2: ヘリカル燃焼の痕跡(TiNi,樋渡−長山による実験) 定常燃焼波は,進行方向と直交する空間上で一様であるという意味で空間一 様な進行波解として位置づけることができます.したがって,生成条件を変え て行くと,Hopf 分岐によって定常燃焼波が不安定化して,燃焼面が振動する振 動燃焼波が現れるという枠組みが想起されます.この枠組みが正しいことは数 学的にも確認されています([6],[2]).また,この分岐現象は数値計算でも簡 単に再現され,圧粉体の半径が小さいうちは振動燃焼は安定であることも分か ります([1]). 一方,ヘリカル燃焼波について,実験サイドでは圧粉体表面からの放熱が その主要な発現要因であると考えていました.熱損失がない実験を行うのは困 難であり,放熱が多い方がヘリカル燃焼現象が出現しやすいということでした. 燃焼合成は大量の発熱が伴うプロセスですから,振動燃焼波やヘリカル燃焼波 が発生する要因やその伝播メカニズムを実験によって把握するのは困難でしょ う.まして,圧粉体内部での遷移ダイナミクスを観察したりすることはできま 2 せん.したがって,数学と計算機を利用した数理解析よる解明に大きな期待が 寄せられる分野になります. Ivleva ら [4] は円柱側面上における空間2次元方程式系を提案し,それに基 づいた数値計算によって空間2次元ヘリカル燃焼波の再現に成功しました.ま た,モデル方程式系に含まれるみかけの活性化エネルギー E を無限大に飛ば した極限において得られる縮約方程式系を用いて,Matkowsky と Sivashinsky [5] は進行波解のホップ分岐による不安定化を示し,さらに,Sivashinsky [13] は ホップ型の分岐を通してヘリカル燃焼波が出現することを示しました. Ivleva,Matkowsky や Sivashinsky らとは異なり,3次元数理モデル方程式 を縮約なしに取り扱う私たちの研究は,1998年の長山雅晴さん(金沢大学) の数値シミュレーションから始まりました.この数値計算によって,放熱がな くても燃焼波がらせん状に回転するヘリカル燃焼波が現れることが分かりまし た([10]).これは理想的な場合も含めて自由自在に状況設定ができる数値計算 だからこそ得られた成果でしょう.その後,長山さん,石渡哲哉さん(岐阜大 学),田村則和さん(ローム(株)),池田榮雄さん(富山大学)らとともに,数 理モデル方程式系を用いて定常燃焼からヘリカル燃焼への分岐過程を数学解析 および数値計算を通して数理的に明らかにする,という作業を進め, 「ヘリカル 燃焼波は定常燃焼波から直接分岐する」という一つの結論を得ることができま した([3]).この結果の大略はつぎのようにまとめられます: (1) 空間一様な進行波解として定常燃焼波を位置づけ,その安定性解析を行い ます.抽象的ですが,ここでは分岐パラメータを uig と書きます(定常燃 焼波は uig が小さければ安定). (2) 定常燃焼波に空間一様な(空間波数 k = 0 の)摂動を与えると,ある uig = uig (0) で Hopf 分岐がおきます.これは,定常燃焼波が不安定化し, 代わりに,振動燃焼波が出現することに対応します. (3) 定常燃焼波に空間波数 k 6= 0 の摂動を与えた場合も,ある uig = uig (k) で Hopf 分岐がおきます. (4) 一定範囲の 0 < k < kmax については uig (k) < uig (0) であることが分かり ます.したがって,円柱体の範囲がある程度大きければ,振動燃焼波が出 現する前に,定常燃焼波への空間波数 k > 0 の摂動による Hopf 分岐を経 てヘリカル燃焼波が現れることが分かります.ただし,安定性の証明は得 られていません. Figure 3 が上記の結論を説明する分岐図です.d ≥ 0 は(このアブストラクト には記述されていませんが)数理モデル方程式系に現れるパラメータです.uig は反応開始温度に対応する分岐パラメータです.uig が大きくなるほど反応が進 みにくくなることに注意しましょう. 3 1 k 0.8 d = 0.010 d = 0.015 0.6 d = 0.000 d = 0.020 0.4 d = 0.005 0.2 0 0.82 0.83 0.84 0.85 0.86 0.87 0.88 0.89 0.9 uigHopf (k ; d ) Figure 3: 定常燃焼波のヘリカル燃焼波への分岐 曲線の左側,すなわち,uig が小さくて容易に反応が継続する領域では,定 常燃焼波は安定です.しかしながら,uig を大きくし曲線上にパラメータが乗っ たときに Hopf 分岐が起き,定常燃焼波が不安定になります.不安定化した定 常燃焼波の代わりに,k = 0 ならば振動燃焼波が,k > 0 ならばヘリカル燃焼 波が出現するようです.たとえば d = 0 の場合,k > 0 が 0.33 程度以下ならば k = 0 の場合よりも,より小さい uig について Hopf 分岐が起きます.これが上 記の (4) に対応します. なお,ヘリカル状に進行する波は燃焼合成反応だけではなく,重合化反応 ([12])や自己触媒反応([8])においても観察されます.また,小川知之さん(大 阪大学)により ”Wave Bifurcation” が再発見され,詳細に研究されていますが ([11]),上に述べられた定常燃焼波からヘリカル燃焼波の出現はその典型例の 一つです. この講義では,定常燃焼波からヘリカル燃焼波の分岐に関する研究において キーとなったいくつかのポイントを紹介します. References [1] Bayliss, A., and Matkowsky, B. J., Two routes to chaos in condensed phase combustion, SIAM J. Appl. Math., 50 (1990), 437-459. 4 [2] Bonnet, A., and Logak, E., Instability of travelling waves in solid combustion for high activation energy, to appear. [3] T. Ikeda, M. Nagayama and H. Ikeda, Bifurcation of a helical wave from a traveling wave, Japan J. Indust. Appl. Math., 21 (2004), 405-424. [4] Ivleva, T. P., Merzhanov, A. G., and Shkadinskii, K. G., Mathematical model of spin combustion,Sov. Phys. Dokl., 23 (1978), 255-256. [5] Matkowsky, B. J., and Sivashinsky, G. I., Propagation of a pulsating reaction front in solid fuel combustion, SIAM J. Appl. Math., 35 (1978), 465-478. [6] Logak, E., and Loubeau, V, Travelling wave solutions to a condensed phase combustion model, Asymptotic Analysis, 12 (1996), 259-294. [7] Y. M. Maksimov, A. T. Pak, G. B. Lavrenchuk, Y. S. Naiborodenko and A. G. Merzhanov, , Spin combustion of gasless systems, Combustion, Explosion and Shock Waves 15 (1979), 415-418. [8] Metcalf, M. J., Merkin, J. H., and Scott, S. K., Oscillating wave fronts in isothermal chemical systems with arbitrary powers of autocatalysis, Proc. R. Sco. Lond. A, 447 (1994), 155-174. [9] Munir, Z. A., and Anselmi-Tamburini, U., Self-propagating Exothermic Reactions: the Synthesis of High-temperature Materials by Combustion, North-Holland, 1989. [10] M. Nagayama, T. Ikeda, T. Ishiwata, N. Tamura and M. Ohyanagi, Three-dimensional numerical simulation of helically propagating combustion waves, J. of Material Synthesis and Processing, 9 (2001), 153-163. [11] 小川知之, Wave Bifurcation に起因する時空間パターン, 日本数学会200 7年度年会応用数学分科会講演アブストラクト, 102-103. [12] Pojman, J. A., Ilyashenko, V. M., and Khan, A. M., Spin mode instabilities in propagating fronts of polymerization, Physica D, 84 (1995), 260-268. [13] Sivashinsky, G., On spinning propagation of combustion waves, SIAM J. Appl. Math., 40 (1981), 432-438. 5 メモ 時空間パターンの分岐解析 小川 知之 大阪大学大学院基礎工学研究科 概要 この講義の目標はパターンの出来始め(onset)を,分岐理論を通して理解する事で ある.我々が通常パターンと呼ぶ非自明な定常解はいかにして現れるのか?ストライプ か六角パターンのどちらが現れるのかは何で決まるのか?こうしたことを,分岐解析を 用いて説明する枠組みを紹介する.まず低次元力学系の分岐理論を簡単に復習しよう. つぎに,パターン形成の文脈で現れる分岐構造がこれらとどのような関係があるのかを 理解する.その際に,考察する力学系の縮約と対称性が鍵になる. 1 局所分岐理論 「分岐」とは系の振る舞いが質的に変化することである.まず数学的に「分岐」を定式化 しておこう.時間変化する現象のモデルは,一般に次のような常微分方程式系で記述される. u̇ = f (u), u ∈ Rn (1.1) また現象が環境変化などのパラメータに依存することを明示的に表すときには次の形で書く. u̇ = f (u, λ), u ∈ Rn , λ ∈ Rk (1.2) ここで,記号 u̇ は du/dt を表すものとし,以下この章では特に断らない限り時間に関する微 分にはこの記号を用いる.またパラメータ λ は系の状態 u とは独立に外的に与える.f が滑 らかであればこの微分方程式の解軌道による流れは相空間 Rn 上の力学系 φ : R × Rn → Rn を定める.すなわち φ(t, x0 ) は x0 を初期値とする微分方程式系の解である.また後述する 反応拡散方程式のような時間発展を伴う偏微分方程式の問題も相空間を適当なバナッハ空間 とすれば無限次元力学系として捉えることが可能である.無限次元の場合にも適当な仮定の 下で以下に述べる分岐理論の諸結果が成立する. 力学系の研究対象は,不変集合( φ(R, X) = X を満たす集合 X )であるが,一点だけか らなる不変集合を平衡点という.すなわち u0 ∈ Rn が微分方程式系 u̇ = f (u) の平衡点で あるとは f (u0 ) = 0 を満たすことである. 1 さて,パラメータ λ = λ0 で (1.2) が平衡点 u0 を持つ,従って f (u0 , λ0 ) = 0 としよう. (1.2) の平衡点が (u0 , λ0 ) で(定常)分岐するというのを,λ0 の近傍で方程式 f (u, λ) = 0 の 解(すなわち平衡点)の個数が変わることと定義する.すると,陰関数定理から次のことが わかる. 定理 1.1. 方程式 f (u, λ) = 0 の解が (u0 , λ0 ) で分岐するならば,f のヤコビ行列 Du f (u0 , λ0 ) は 0 固有値をもつ. (ヤコビ行列式 det(Du f (u0 , λ0 )) = 0.) 一方,平衡点の数はパラーメータの変化によって不変でも,近傍の力学系が質的に変化す ることもある.そのために力学系の位相同値という概念を定義しよう. 定義 1.2. 2つのベクトル場で定まる力学系が(局所)位相同値であるとは,ある(局所) 同相写像が存在して向きを保ったまま任意の軌道をもう一方の力学系の軌道に移していると きにいう. 微分方程式 (1.1) が平衡点 u0 を持つとき,その平衡点 u0 のまわりでの線形化方程式系 とは v̇ = Du f (u0 )v, v ∈ Rn (1.3) のことをいう.平衡点 u0 のまわりでのヤコビ行列が虚軸上に固有値をもたないような平衡 点は双曲型平衡点とよばれ構造安定である.すなわち次の定理が知られている [11]. 定理 1.3 (ハルトマン・グロブマン). 双曲型平衡点のまわりの力学系はその線形化方程式系 の定める力学系と局所位相同値である. 定理 1.4. 2 つの双曲型線形ベクトル場が位相同値であることはその実部正と負の固有値の 数が重複度を込めて等しいことである. (1.2) の平衡点が (u0 , λ0 ) で 分岐 するということを,(u0 , λ0 ) のいかなる近傍にも局所 位相同値でない力学系があることと改めて定義すれば,定理 1.3 1.4 によりつぎのことがわ かる. 定理 1.5. (1.2) の平衡点が (u0 , λ0 ) で分岐するならば λ = λ0 で u0 は双曲型ではない. 定理 1.1 は,定常解(平衡点)の分岐に関してで,定理 1.5 はもっと広く非定常なものも 含む分岐である.非定常な分岐では,例えば周期軌道が出現する(1.2 節).いずれの場合 でも分岐が起こるパラメータと解の組を分岐点,パラメータと平衡点もしくは周期軌道など の不変集合の組全体の集合を分岐集合と呼び,それを描いたものは分岐図と呼ばれる. 2 1.1 座屈の例から 長さ 1 の弾性棒に,両端が常にある直線 l 上にあるようにして両端から力 λ を加える.片 端から測って長さ x の点での棒の接線が直線 l となす角度を u とすると,u(x), x ∈ (0, 1) は 次の微分方程式を満たす [1]. (ただし物理定数は適当にスケーリングした. ) d2 u + λ sin u = 0, 0 < x < 1 dx2 du du (0) = (1) = 0 dx dx (1.4) (1.5) 後で説明する離散モデルの自然な意味での極限をとればこの方程式の意味を理解するのは容 易であろう.さてこの未知函数 u を定めることがとりもなおさずこの棒の状態を決定する ことに相当する.任意の λ に対して u(x) ≡ 0 は常に (1.4)(1.5) の解であるが,実はそれ以 外の解も Jacobi の楕円函数を用いてすべて求めることができる [1][5].それによれば, • λ ≤ λ1 では u(x) = 0 が唯一の解で, • λ1 < λ ≤ λ2 では 3 つの解 0, ±u1 (x) があり, • λ2 < λ ≤ λ3 では 5 つの解 0, ±u1 (x), ±u2 (x) があり, • さらに同様のことが逐次続く. ここで λk = k 2 π 2 でさらに un (x) はそれぞれ n 個の零点をもつ. 一般には解をすべて解析的に求められるとは限らないので分岐図の全貌を知ることは困難 であるが,その場合でも分岐点の近傍での様子には普遍性がある.実際 1.5 節で示すように (1.4) の sin u を滑らかで f (0) = 0 となる関数 f (u) で置き換えても,分岐点近傍では位相 同値な分岐図が得られることが示せる.このような方法を平衡点のまわりでの局所分岐理論 という.本稿では平衡点のまわりでの局所分岐理論を解説する. もう一度座屈の問題に戻り,離散モデルを考察しよう.そのために長さ 1 の固い棒を, 1 1 + 2 2 1 1 1 + + 4 2 4 1 1 1 1 + + + 6 3 3 6 ··· n = 1 2 pieces n = 2 3 pieces n = 3 4 pieces ··· ··· のように切って,弾性蝶番で繋げて同様の問題を考えよう.等分でなく ∆x ∆x 1 + ∆x + ∆x + · · · + , ∆x = 2 2 n 3 と両端が半分の長さになるように分割する方がこの問題では自然である.分点数 n すなわ ち (n + 1) pieces に切ったとき,それぞれの棒が傾いた角度を順に u0 , u1 , · · · , un とすれば この系のエネルギーは 1 ∑ (uk−1 − uk )2 2∆x k=1 cos u0 +λ∆x( + cos u1 2 cos un ) + · · · + cos un−1 + 2 n V (~u, λ) = で与えられる.また拘束条件 ∑ 1 1 sin u0 + sin uk + sin un = 0 2 2 n−1 k=1 があるので V (~ u, λ) の条件付き極値問題が定常状態を与える. 分点数 n = 1 すなわち 2 pieces に切ったときは拘束条件が u0 = −u1 (= u) となるので簡 単に g(u, λ) = 4u − λ sin u = 0 (1.6) と与えられる.もちろん u = 0 はパラメータ λ によらずに解である.分岐点の可能性は定 理 1.1 より λ = 4 のときに限られる.ではここで,どのような分岐をおこしているのだろう か.sin u を u = 0 で展開すると,(1.6) は次のように書き換えられる. g(u, λ) = u3 + (4 − λ)u + (高次項) = 0 3 (1.7) (u, λ) = (0, 4) は (1.6) の解なので µ = λ − 4 とおいて,(1.7) の u, µ に関する高次項を無視 √ して,さらに u を 3 倍してスケーリングすると, h(u, λ) = µu − u3 = 0 (1.8) が得られる.これは熊手型 (pitchfork) 分岐の標準形と呼ばれるものである. 次に分点数 n = 2 のときは,条件付き極値問題は λ 6= 0 の下で次と同等になる.なお λ = 0 のときは拘束条件を用いて平衡点が原点のみであることは容易にわかる. λ∆x2 sin u0 = 0 2 −uo + 2u1 − u2 − λ∆x2 sin u1 = 0 λ∆x2 sin u2 −u1 + u2 − = 0 2 この方程式を (u0 , u1 , u2 , λ) = (0, 0, 0, λ) のまわりで線形化した行列は Λ = λ∆x2 として 2 − Λ −2 0 −1 2 − Λ −1 0 −2 2 − Λ u0 − u1 − 4 ここで Λ = 0 は方程式の縮退に関連するので除外されて Λ = 1, 3 すなわち λ = 9, 27 が分 岐点の候補である.簡単な解析で2つの分岐点でいずれも熊手型分岐が起きていることがわ かる. 同様に分点数 n を 3, 4, · · · と増やしていくと離散モデルによって実現可能な座屈状態が 増し,連続モデルに近づくことがわかる.実際に n 分点問題の分岐点は n 個あり,第 k 番 目の分岐点 λk (n) とおくと limn→∞ λk (n) = k 2 π 2 となる. さて,上で見てきた座屈の連続および離散モデルで局所分岐の類似性に気づくのは容易で あろうが,同時に次のような疑問が残るであろう. 1. (1.7) で高次項を無視しても局所的には分岐図は同等だろうか? 2. n = 2 以上の次元の高い離散モデルや無限次元の (1.4)(1.5) が 1 次元の問題 (1.7) とど のように関連するのか? (1) の問題は熊手型分岐の標準形を含めて本項で解説するその他の標準形でも成立する.こ れは有限確定性と呼ばれる問題で本来個々の標準形で示さなくてはならない.一方 (2) の問 題は,局所分岐の低次元化であり,粗くいえば元の問題を,分岐に関連する空間と無関係な 空間に分解し方程式を縮約することである.低次元化の方法にはリアプノフ・シュミット分 解と中心多様体理論がある.リアプノフ・シュミット分解は本来「方程式」を分解・縮約す る方法で上に述べたような定常解の問題にのみ適用される.これに体し,中心多様体理論は 力学系そのものを分解・縮約する方法であり,したがって時間的に変遷する力学系もとらえ ることができる.反対に定常問題 f (u, λ) = 0 でも人工的に u̇ = f (u, λ) を考えれば中心多 様体理論の枠内に入る.こうしたことから本稿では中心多様体による縮約のみ解説する. なお,分岐理論の一面は分類論である.そこでは標準形と呼ばれる特異点近傍の力学系の 普遍的な部分を表す方程式を導出する.さらに, (標準形の)低次の項が消えていないと言 う通有的 (generic) 1 な仮定の下で分岐の状況をいくつかの可能性に特定することができる. 対称性のない最も一般な状況では通常 1.2 節で述べる鞍点分岐(定常分岐)もしくはホップ 分岐(周期解への分岐)が現れる.熊手型分岐は (1.8) で h(u, λ) = −h(−u, λ) という対称 性が存在するがゆえに出現する分岐で,逆の言い方をすれば,対称性を破る摂動で簡単に分 岐構造が変化する.むしろ物理的には上下対称に実験することの方が難しい.実際,軽いな がらも棒に質量がある,わずかながらもバネの設計が上下非対称であるなどのことを考慮す ると分岐方程式は次のようになる. H(u, λ, α, β) = µu − u3 − α − βu2 = 0 1 (1.9) 力学系に対する性質が通有的とは,力学系全体の空間の中でその性質をみたすものの集まりが可算個の開か つ稠密な集合の交わりで表せることをいう. 5 実は,(1.9) は熊手型分岐の普遍開折 (universal unfolding) と呼ばれるもので,(1.8) のいか なる摂動系も適当な α, β をとれば (1.9) と位相同値になるという意味で普遍性をもつことが 知られている [12][14].一方,こうした分類論と実際の分岐解析は別であって個々の力学系 を解析するには,中心多様体理論と,対称性を考慮して具体的に有限確定な標準形を求める ことが必要である. 1.2 1 パラメータの分岐 定理 1.5 より,平衡点から分岐が起きるとしたら双曲性が破れるときである.その際,通 有的には次の 2 とおりの場合が考えられる. 1. 線形化行列が 0 を単純固有値に持つ. 2. 線形化行列が ±iω, (ω 6= 0) を単純固有値に持つ. この状況を満足するそれぞれ最も低い次元の力学系を考察しよう.すなわち n = 1, 2 次元 で次を仮定する. 仮定 1.6. (1.2) で f は滑らか,パラメータは 1 次元としてさらに次のいずれかを仮定する. 1. n = 1 で f (0, 0) = 0, fu (0, 0) = 0 2. n = 2 で f (0, 0) = 0 で λ ≈ 0 では 0 での線形化固有値は µ(λ) ± iω(λ) であり, ω(0) = ω0 6= 0 かつ µ(0) = 0. このとき適当な変数変換で余分な低次の項を消去することにより,鞍点分岐に関する次の 定理を得る. 定理 1.7 (鞍点 (saddle-node) 分岐の非退化条件). 仮定 1.6(1) に加えて fλ (0, 0) 6= 0, fuu (0, 0) 6= 0 を仮定する.このとき適当な座標変換とパラメータの変換で (1.2) は ẏ = α ∓ y 2 + 0(y 3 ) と同値2 である. さらに相空間が 1 次元であるので次の有限確定性は明らかであろう. 定理 1.8. 次の方程式 ẏ = α ∓ y 2 + 0(y 3 ) 2 位相同値より強い結論である. 6 が定める力学系は (y, α) = (0, 0) のまわりで ẏ = α ∓ y 2 のそれと局所位相同値である. 上の 2 つの定理をまとめて 定理 1.9 (鞍点 (saddle-node) 分岐の標準形). 仮定 1.6(1) をみたす力学系 u̇ = f (u, λ) は通 有的には ẏ = α ∓ y 2 の力学系と局所位相同値である. さて定理 1.7 の 2 つの付加的仮定(非退化性)が破れることは応用上しばしば起こる.例 えば,パラメータを変化させても自明な平衡点が存在しているときがそうである.すなわち f (0, λ) ≡ 0 とすると.fλ (0, 0) = 0 である.あるいは,反転対称性があるとき,すなわち f (u, λ) = −f (−u, λ) のときには,特に f (0, λ) ≡ 0 でもあるので 2 つの非退化条件がいず れも破れる.しかしながらそれぞれ,しかるべき主要項の非退化条件が次のように表現でき る.なおこれらの有限確定性も示すことができるので,同時に標準形を与えることになる. 定理 1.10 (transcritical 分岐). 仮定 1.6(1) に加えて fλ (0, 0) = 0, fuu (0, 0) 6= 0, fuλ (0, 0) 6= 0 を仮定する.このとき (1.2) は ẏ = αy ∓ y 2 と局所位相同値である. 定理 1.11 (熊手型 (pitchfork) 分岐). 仮定 1.6(1) に加えて fλ (0, 0) = 0, fuu (0, 0) = 0, fuλ (0, 0) 6= 0, fuuu (0, 0) 6= 0 を仮定する.このとき (1.2) は ẏ = αy ∓ y 3 と局所位相同値である. 一方,平衡点が虚軸上にその線形化固有値を持つ場合は次の定理により通有的には周期軌 道が分岐して現れる. 定理 1.12 (ホップ (Hopf) 分岐の標準形). 相空間 2 次元パラメータ 1 次元の力学系 u̇ = f (u, λ) が仮定 1.6(2) をみたすならば,通有的には次の力学系と局所位相同値である. y˙ α −1 y y 1 = 1 ∓ (y12 + y22 ) 1 y˙2 1 α y2 y2 7 上の定理の標準形は極座標を用いると, ṙ = r(α − r2 ) θ̇ = 1 と表せるので,周期軌道が出現する.なお,3 次の係数の正負で漸近安定な周期解か否かが 決まる.負のとき漸近安定な周期解が得られ,超臨界型と呼ばれる.逆の場合を亜臨界型と いう.熊手型分岐でも符号に応じて同様の呼び方をする.このように分岐点近傍では通常, 解の安定性が変化する.3 次の係数を求めることは定理 1.12 の通有的な条件を確認すること と等しい.やや煩雑なので明示的に述べなかったが,文献 [18] 等を参考にすると具体的計算 が見通しよくできるだろう. 1.3 中心多様体縮約 前節でみた通有的な分岐は相空間が 1,2 次元だけの特別な現象ではなくて一般の高次元力 学系の分岐でも,本質的にはそのうちのどれかに帰着される.このことは中心多様体理論を 用いて明確にされる.f が滑らかとして (1.1) で定まる力学系が u = 0 を平衡点に持つとす る.前節と同様に分岐点では平衡点の双曲性が破れるはずなので,0 での線形化行列が実部 0 の固有値を持つ場合を考えよう.そこで,線形化行列が重複度を込めて n+ 個の実部正の 固有値, n− 個の実部負の固有値, n0 個の実部 0 の固有値(臨界固有値)を持つとし,臨 界固有値に対応する n0 次元一般化固有空間を Tc としよう. 定理 1.13 (中心多様体). (1.1) が定める力学系は n0 次元の滑らかな局所不変多様体 W c (0) を持つ.さらに W c (0) は 0 で Tc に接する. W c (0) を中心多様体3 と呼ぶ.さて,改めて固有空間に基底を取り直せば (1.1) は次のよう に表せる. ẋ = Ax + g(x, y) ẏ = By + h(x, y) (1.10) ここで,x ∈ Rn0 , y ∈ Rn+ +n− で行列 A は実部 0 の固有値だけを,行列 B は実部 0 以 外の固有値だけを持つ.g, h は 2 次以上の非線形項である.定理 1.13 より中心多様体は ψ(x) = O(||x||2 ) をみたす写像 ψ : Rn0 → Rn+ +n− のグラフで表せる.これを (1.10) の第 1 式に代入すれば次の意味で縮約ができる. 3 中心多様体は一意に定まらないが,平衡点近傍の不変集合はすべて含むので,一意でないことが本質的に問 題になることはない.またもしベクトル場が C k であれば適当に原点近傍をとれば中心多様体も C k 多様体とで きることが知られている.しかしたとえベクトル場が C ∞ でも中心多様体が C ∞ 多様体になるとは限らない. これは存在領域が k とともに収縮することもあるからである. 8 定理 1.14 (縮約原理). (1.10) は次の微分方程式系と局所位相同値である. ẋ = Ax + g(x, ψ(x)) ẏ = By (1.11) すなわち,もとの高次元問題は中心多様体上の閉じた力学系と,それに横断する方向の双 曲型線形系の直積に分解される.従って平衡点の近傍に現れる定常解や周期解などの不変集 合は必ず中心多様体上にあるはずで低次元化された (1.11) の第 1 式の解析が本質だというこ とになる.このことから y を,臨界変数 x に対する隷属変数と呼ぶ.また中心多様体は不変 であるから (1.10) の解 (x(t), y(t)) は t によらずに y(t) = ψ(x(t)) を満足する.従って両辺 を微分して ψ 0 (x)[Ax + g(x, ψ(x))] = Bψ(x) + h(x, ψ(x)) を得るが,もし逆に ψ(x) がこの関数関係をみたし,さらに ψ(0) = 0, ψ 0 (0) = 0 を満たせば 中心多様体は ψ のグラフとして表せる.そこで実用上,次の定理で中心多様体の近似計算 を行う. 定理 1.15. φ(0) = 0, φ0 (0) = 0 をみたす関数が φ0 (x)[Ax + g(x, φ(x))] −Bφ(x) − h(x, φ(x)) = O(||x||p ) をみたすならば,||x|| → 0 で ψ(x) = φ(x) + O(||x||p ) を満足する. さて,(1.2) に中心多様体縮約を施して分岐方程式を得るため次のような拡張した力学系 (懸垂)を考える. λ̇ = 0 u̇ = f (u, λ), (λ, u) ∈ Rk × Rn (1.12) この力学系の平衡点 (λ, u) = (0, 0) の線形化行列は 0 0 fλ (0, 0) fu (0, 0) なので,定理 1.14 を適用すれば fu (0, 0) の臨界固有空間とパラメータ空間に同時に接する 中心多様体 W c が得られる.ところが Πλ = {(λ, u)|λ = λ0 } も不変なので Wλc = W c ∩ Πλ 9 も不変である.そこで n0 次元多様体 Wλc も混同のない限り(パラメータ λ での)中心多様 体とよぶ.臨界固有値が単純なら通有的には Wλc 上に縮約した n0 次元の方程式が 1.2 節で 議論した形の方程式になる. なおこの節で述べた中心多様体理論の詳細と無限次元力学系への拡張に関しては [7][15][19][20] を.歴史的には [17] を参照されたい. 1.4 退化特異点 臨界固有値の代数的重複度が 2 以上であるような多重特異点の研究も重要であり進んでい る.この場合一般には 2 つ以上のパラメータで分岐を捉える必要がある.実際,平衡点の線 0 1 で与えられるいわゆる Bogdanov-Takens 特異点の場合は 形化行列の臨界部が 0 0 y˙ = y 1 2 y˙2 = α1 + α2 y1 + y 2 ± y1 y2 1 が普遍開折を与えることが知られている.さらにこうした 2 パラメータ分岐の中には,平衡 点や周期解への分岐だけでなく,周期解の対消滅やホモクリニック・ヘテロクリニック軌道 の出現など大域的な分岐現象がみられる.その意味で多重特異点まわりの分岐解析を行えば 複雑な解構造の理解につながることが多い.多重特異点のタイプは非常に多いがそのいくつ かに対する結果は [8][11][18] 等を参照されたい. ここではむしろ一般の退化特異点ではなく,パターン形成と関連する次のような対称性の ある場合での退化特異点を考察する.µ = (µ1 , µ2 ) ∈ R2 を分岐パラメーターとする 2 次元 ẋ = f (x, y; µ) ẏ = g(x, y; µ) の力学系 (1.13) を考えよう.ここで対称性 f (−x, y; µ) = −f (x, y; µ), f (x, −y; µ) = f (x, y; µ), g(x, −y; µ) = −g(x, y; µ) g(−x, y; µ) = g(x, y; µ), を仮定しよう.仮定より (x, y) = (0, 0) はつねに平衡点であるが,(µ1 , µ2 ) = (0, 0) で平衡点 が二重 0 固有値を持つとする.このとき適当な変数変換により,(1.13) は以下と同値である. ẋ = x(µ + a x2 + a y 2 + O(4)), 1 11 12 (1.14) 2 ẏ = y(µ2 + a21 x + a22 y 2 + O(4)) 10 ここで O(4) は x, y に関して 4 次以上の高次項を表す.(1.14) の分岐点 (µ, x, y) = (0, 0, 0) の周りのダイナミクスを分類しよう.非線形項の係数 {aij } によって異なるが,ここではす べての aij < 0 の場合を見てみよう.このとき (1.14) の右辺の零点集合を考慮に入れると相 図が描ける.一見似ているが (a) a11 a22 − a12 a21 < 0 , (b) a11 a22 − a12 a21 > 0 の場合に異な る相図が得られる(図 1 ).対称性があるので相空間のなかの第1象限のみ着目すれば十分 である.元の平衡点 (0, 0) から単純分岐で得られた (x∗ , 0), (0, y∗ ) 以外の平衡点を (x∗ , y ∗ ) としよう.(a) の場合には (x∗ , 0), (0, y∗ ) が安定であるのに対して,(b) の場合には (x∗ , y ∗ ) が安定, (x∗ , 0), (0, y∗ ) は不安定となる.a11 a22 − a12 a21 = 0 の場合には構造安定性が失わ れるので 3 次の項までの解析では不十分である. µ µ µ µ µ µ µ µ µ µ µ µ 図 1: (1.14) の分岐ダイアグラム.パラメータ空間が6つに分けられてそれぞれの領域で (1.14) の相 図を示す.相図中で黒丸は安定,白丸は不安定平衡点を表す.また太矢印のようにパラメータを動か すと超臨界熊手型分岐が見られる. 1.5 無限次元力学系への応用 ここでは,簡潔のため単独反応拡散方程式で支配される力学系の分岐解析の実例をみてみ よう.詳細は [2][15] などを参照. ∂u ∂t ∂u ∂x = D ∂2u + f (u), ∂x2 = 0, x = 0, π x ∈ (0, π) (1.15) (1.16) この方程式の定常問題は f (u) = sin u, D = π 2 /λ とすれば (1.4)(1.5) と同等であることを 注意する.ここでは,f を f (0) = 0 をみたす一般の微分可能関数とする.このようなスカ ラー方程式の場合にはノイマン境界条件を課すと安定な非定数定常解がないが,次のような 対称性を説明するには都合良い. 11 さて,(1.16) のようにノイマン境界条件を課すと自然に周期 2π の周期関数に拡張される [13].これは u(x) を (−π, 0) に偶関数として拡張すれば u(π) = u(−π) であることからわ かる.したがって (1.16) は次と同等である. u(x + 2π) ≡ u(x), u(x) ≡ u(−x) (1.17) これは一見自明のことのようであるが,ノイマン境界条件により解が偶関数対称性だけでな く,S 1 に作用する群 O(2) による対称性を持つことを意味する.さらに周期境界条件を課 ∑ したことで,未知関数 u のフーリエ展開:u(t, x) = m∈Z cm (t)eimx によりそのフーリエ 係数 {cm (t)}m∈Z の時間発展を調べる問題に帰着され形式的には次のように表せる.ここで フーリエ係数はエルミート対称性(cm = c−m )をもつので cm , m ≥ 0 を調べれば良い.さ らにこの場合には (1.17) より cm = c−m ∈ R としてよい. cm ˙ = µm cm + f˜m , m ∈ Z (1.18) 線形項の係数は µm = fu (0) − m2 D でさらに f˜m は f の非線形部 f (u) − fu (0)u のフーリ エ展開の第 m 次項を意味する.さて (1.18) は 0 解のまわりの線形部分が µm を対角成分に もつ行列で表される.fu (0)/D が平方数 m20 になるとき m = m0 , −m0 に対応する固有値 が 0 になるので,cm0 に対応する方向に複素 1 次元の中心多様体が接していることがわかる. 1.3 節で述べた懸垂を考慮すれば中心多様体は,パラメータ D および,cm0 , c−m0 の座標系 で記述される.すなわちその他の変数は隷属変数となり,すべてこの未知数で記述できる. SO(2) 対称性から次のことがわかる. 定理 1.16. fu (0)/D が平方数 m20 のとき中心多様体上の方程式(のフーリエ係数 cm0 への 射影)は適当な関数 h を用いて cm ˙ 0 = h(|cm0 |2 , D)cm0 と表せる. これは SO(2) の作用(S1 上の平行移動)がフーリエ変数に関して ck → ck eiθ と表せる こと,方程式がこの作用に関して不変であることから導かれる.しかしながら 1.1 節でも述 べたように,こうした一般論に頼っても標準形の係数はわからない.ここでは,具体的に 3 次までの項を求めてみよう.まず 座屈と同じ対称性を仮定し f (u) = u − u3 + (高次項) と する.このとき (1.18) は cm ˙ = µm cm − ∑ cm1 cm2 cm3 , m ∈ Z (1.19) m1 +m2 +m3 =m となる.さらに µm = 1 − m2 D である.分岐パラメータが例えば D ≈ 1 としよう.このとき m = ±1 のモードが臨界である.(1.19) の c1 に関する式の非線形項のうち m1 +m2 +m3 = 1 かつ各 mi ∈ {±1} を満たすもののみ選ぶとそれ以外の項は隷属モードを含むことから 4 次 12 以上の高次項になる.したがって次を得る. c˙1 = µ1 c1 − 3|c1 |2 c1 + (高次項) (1.20) 実際には c1 ∈ R であることを考慮すれば D = 1 で非自明な1モードの定常解が超臨界的 な熊手型分岐で出現することがわかる.ただし先にも述べたように m = 0 ですでに不安定 固有値をひとつ持つので,1モード解は漸近安定ではない.一方,f (u) = u + αu2 − u3 + ( 高次項) のように 2 次の項があっても定理 1.16 が成立するからには 2 次の項の掃き出しが可 能なはずである.実際,SO(2) 不変性を保存する非線形の座標変換 ∑ dm = cm + Sm1 ,m2 ,m cm1 cm2 (1.21) m1 +m2 =m により方程式を書き換え,未知数 Sm1 ,m2 ,m を適当に選べば d˙m = µm dm − ∑ Tm1 ,m2 ,m dm1 dm2 dm3 , m ∈ Z m1 +m2 +m3 =m が得られて,同様の結論が得られる. パターン形成 2 熱対流の問題などを始めパターン形成の研究は多くの物理学者を魅了し数学的な分岐理論 以前から行われている([9] 参照).というより分岐理論の発展の原動力になったとも言え るだろう.化学反応と関連するパターン形成も物理系と比べると少し新しいが,いまや枚挙 に遑がない([9][16] 参照).この節では,反応拡散系と熱対流の現象論的モデルにおけるパ ターン形成を紹介する. 2.1 Turing 不安定性 Turing 不安定性は反応拡散系におけるパターン形成の基本的なメカニズムとしてよく知 られる.常微分方程式系: u̇ = f (u, v) v̇ = g(u, v) が,漸近安定な平衡点を持つ状況を考えよう.例えば f (u, v) = u − u3 − v g(u, v) = 3u − 2v 13 (2.1) (2.2) とすれば原点が唯一の平衡点でかつ漸近安定である.このとき次の反応拡散方程式系: u = D ∆u + f (u, v), t u (2.3) vt = Dv ∆v + g(u, v), x ∈ Ω は Neumann 境界条件: ∂u ∂v = = 0, x ∈ ∂Ω ∂n ∂n の下では自明な定常解 u = v = 0 を持つ.ここで,Ω は R または R2 の境界のなめらか な有界領域とする.u = v = 0 が (2.1) の解としては漸近安定であるとしたにもかかわらず, 拡散係数の取り方によってはこの自明な定常解が (2.3) の解として不安定化することがある. これを Turing 不安定性という.実際,u = v = 0 のまわりでの線形化固有値問題を波数 k のフーリエモードで見るために (u, v) = eikx+λt (A, B) を (2.3) の線形部分に代入すると λA = −k 2 D A + f A + f B, u u v (2.4) λB = −k 2 Dv B + gu A + gv B. ここで,fu などは fu = ∂f ∂u (0, 0) を表す.したがって行列 2 fu − k Du fv Mk = gu gv − k 2 Dv が実部正の固有値を持つか否かが問題となる.u = v = 0 は (2.1) の解としては漸近安定で あるという仮定から traceM0 = fu + gv < 0 かつ det M0 = fu gv − fv gu > 0 である.した がって Mk が実部正の固有値を持つのは det Mk < 0 となることと同値であり,そのとき実 数の正固有値をもつ.さて det Mk = fu gv − fv gu − (Dv fu + Du gv )k 2 + Du Dv k 4 であるので,Dv fu + Du gv > 0 かつ (Dv fu + Du gv )2 − 4(fu gv − fv gu )Du Dv > 0 であれば よい.そのためには Du に対して Dv を十分大きく取ればよく,不安定化が起こる瞬間では fu gv − fv gu 1/4 ) の波数のフーリエモードが不安定化する. k ≈ kc = ( Du Dv 以上は線形安定性の議論であり,もちろんこのことからすぐに臨界波数付近の周期パター ンが分岐することが結論できるわけではない.非線形項まで込めた解析は後の 2.4 節に譲る. (2.3) を数値計算すると周期定常解が現れることが簡単に確かめられる.また空間2次元で 数値計算すると(図 2),まずは局所的なロールパターンをランダムに張り合わせたような パターンが現れ,徐々に統制され空間的に一様なロールパターンに近づく様子が観察される. ここでもし非線形項が (2.2) のような奇関数でなく f (u, v) = u − u3 − au2 − v g(u, v) = 3u − 2v 14 (2.5) 図 2: (2.3)(2.5) の 2 次元シミュレーション.上列 a = 0,下列 a = 0.1 でそれぞれ左から t = 4, 10, 20, 50 での u の値を適当に色づけして表示. のように2次の項を持つ場合は,たとえ定数 a が小さくともロールパターンよりむしろ六角 形的に並んだドット状のパターンが顕著に現れる.こうした2次元のパターンの競合は 3.2 節で議論する. 2.2 波数離散化 しばらく反応拡散系から離れて,熱対流のパターン形成などを理解するための最も単純な 方程式として知られる Swift-Hohenberg 方程式を考えよう. { ( )2 } ∂u ∂2 (SH) = ν− 1+ 2 u − u3 . ∂t ∂x 熱対流の Boussinesq 近似モデル([3][4])からの Swift-Hohenberg 方程式の導出は [3] など にあるが,おおざっぱに言うと Boussinesq 近似モデルの定数定常解の線形化固有値問題で 臨界固有値の挙動を求め,それと同等の不安定化メカニズムをもつようにした現象論的モデ ルである.(SH) は次の非対称 Swift-Hohenberg 方程式の特別な場合である. { ( ( )2 )2 } ∂u ∂2 ∂u = ν− 1+ 2 − qu3 (mSH) u−p ∂t ∂x ∂x u(t, x) ∈ R が未知関数で,ν, p, q ∈ R は定数.定数 q > 0 で p = 0 のとき上の (SH) とな るが,p は u 7→ −u の対称性を崩すパラメーターである.熱対流の問題で,上面もガラス 板で覆われ上面底面とも同じ境界条件のときが p = 0 に,上面が自由境界のときが p 6= 0 に対応すると考えられる.また特に (mSH) で q = 0 かつ p 6= 0 のときを蔵本-Sivashinsky 15 方程式と呼ぶことにする.通常 ν = 1 かつ q = 0 のときに蔵本-Sivashinsky 方程式と呼ば れるが,ここでは ν を蔵本-Sivashinsky 方程式の安定性のコントロールパラメーターと考 えることにする. まず u(t, x) ≡ 0 が解なので,そのまわりの線形化安定性を次の分散関係式から調べてみ よう.それには方程式の線形部分に u = eλt+ikx を代入し波数 k の微小振幅の摂動が増大す るのか減少するのかを Reλ の正負をもとに見ればよい. λ = λ(ν, k) = ν − (1 − k 2 )2 . (2.6) したがって C = {(ν, k)|ν = (1 − k 2 )2 } が中立安定曲線を与える.特に ν < 0 のときにはす べての波数域にわたって摂動は減衰することがわかる. (それだけでなく実は ν < 0 のとき u = 0 は大域的に漸近安定であることもわかる. )一方, ν > 0 のとき k = 1 を中心とした ある波数域の摂動波が増大する.このことは Swift-Hohenberg 方程式における不安定化が Turing 不安定化と同じ構造であることを意味する. (SH) や (mSH) を解析するにあたり,有限区間 x ∈ [0, L] に周期境界条件を課して考えよう. すなわち u(t, x + L) ≡ u(t, x) とする.これにより,許容される波数が k = (2π/L)m, m ∈ Z と離散化され解析する上での大きなメリットになる.波数 (2π/L)m の周期波を m モード の波と呼ぶことにする.言い換えればモード数 m は区間長 L が周期波の基本周期の |m| 倍 であることを表す.k0 = 2π/L とおき,各モード m に対して Reλ = 0 となる集合を (ν, k0 ) 空間の中で Cm = {(ν, k0 )|ν = νm (k0 ) = (1 − m2 k02 )2 } とおく.これは,ν だけでなく区間サイズ L もパラメータ(可変できる)と捉えて( 実際 には便宜上 k0 = 2π/L を用いる),そのパラメータ空間の中で Cm が m モードの波に対す る安定性の臨界集合だということである.さて n 6= n0 として2つの曲線 Cn と Cn0 の交点 でのパラメータ値は k0 6= 0 のとき ν=ν n,n0 ( := 0 n2 − n02 n2 + n02 k02 = (k0n,n )2 := )2 2 n2 + n02 (2.7) (2.8) であるので,3本の異なる Cm1 , Cm2 , Cm3 が (ν, k0 ) = (1, 0) 以外で同時に交わることはな い.したがって区間サイズ L (もしくは k0 )を固定するごとに次の I. II. のいずれかが起 こる. ただしここで ν∗ (k0 ) = min νm (k0 ) と定める. m∈Z I. (単純臨界点)ある n ≥ 1 があって,次が成り立つ.ν∗ (k0 ) = νn (k0 ) で |m| 6= n で あれば ν∗ (k0 ) < νm (k0 ). (このような ν∗ (k0 ) = ν n (k0 ) とおく. ) 16 II. (多重臨界点)ある n ≥ 1 があって,次が成り立つ.ν∗ (k0 ) = νn (k0 ) = νn+1 (k0 ) で |m| 6= n, n + 1 であれば ν∗ (k0 ) < νm (k0 ). (このような (ν∗ (k0 ), k0 ) = (ν n,n+1 , k0n,n+1 ) とおく. ) 2.3 SO(2) 対称性をもつ標準形 周期関数 u(t, x) をフーリエ展開しよう.すなわち周期境界条件下で許容される波数すべ てにわたって分解して, u(t, x) = ∑ αm (t)eimk0 x . (2.9) m∈Z 関数 u(t, x) は実数値としているので,m, −m のフーリエ係数は互いに複素共役:α−m = αm である.これによって u に関する方程式 (mSH) をフーリエ係数に関する方程式に直すと, α˙m = λm αm +pk02 ∑ m1 m2 αm1 αm2 −q m1 +m2 =m ∑ αm1 αm2 αm3 , m ∈ Z, (2.10) m1 +m2 +m3 =m となる.ここで,λm = λ(ν, mk0 ). また α−m = αm より (2.10) は実質 m ≥ 0 で考えれば 十分である. また方程式 (2.10) は空間座標に依存しない偏微分方程式から得られたものなので,自然 に次のような意味で SO(2) 不変性をもつ.すなわち方程式が次で不変である. γθ ({αm }m∈Z ) = {eimθ αm }m∈Z , θ ∈ [0, 2π) (2.11) これは未知関数 u(t, x) を u(t, x + θ/k0 ) に平行移動することに対応する. さて I. の状況下では n モードの固有値( λn , λ−n )のみが臨界でそれ以外は実部が負で ある. (同様に II. の状況では n, n + 1, −n, −(n + 1) に対応するモードが臨界である. )上の 方程式系 (2.10) をこの2つの部分(臨界モードとそれ以外)に分けることを念頭に以下の ように書き表してみよう. v̇ = f (v, w, v, w) = Λ v + f (v, w, v, w) 0 2 ẇ = g(v, w, v, w) = Λ− w + g2 (v, w, v, w) (2.12) ここで,v = αn で w はそれ以外のすべての m ≥ 0 モードのフーリエ係数とする.また f2 (v, w, v, w), g2 (v, w, v, w) は各フーリエ係数に関して 2 次以上の項で,線形部分は各対角 成分が対応する λm の対角行列 Λ0 , Λ− で表せる.中心多様体理論の教えるところでは,上 の方程式系 (2.12) は臨界モードのみに限定した方程式系に帰着できる.すなわち臨界モード の数と同じ次元(複素 2 次元であるがエルミート対称性から複素 1 次元)を持つ原点を通る 方程式系 (2.12) の不変多様体 C があり,原点では v 平面に接する.さらに原点近傍のすべ 17 ての軌道は時間とともに指数的に C に吸引されることがわかるので C 上のダイナミクスを 調べることが本質である. 理論的には C 上のダイナミクスを表す方程式の任意精度の近似を求めることができる.そ の際,方程式は中心多様体の座標系によって変わるので,次の意味で都合のいいものを選 ぶ.元の座標系から近恒等変換 ṽ = v + O(2) で得られる座標系で,C 上のダイナミクスが ṽ˙ = Q(ṽ, ṽ) + O(4) と表せたとする.ただし Q(p, q) は p, q に関する 3 次多項式,O(4) は ṽ, ṽ に関して 4 次以上の項とする.このとき高次項を切り捨てた方程式 ṽ˙ = Q(ṽ, ṽ) を 3 次 の標準形と呼ぶ.II. で臨界モードが 4 つのときも同様に定義する.もし標準形が原点付近 で構造安定な分岐構造を持てば,中心多様体にも(したがって全体のダイナミクスにも)同 等な分岐構造があることが結論できる.フーリエ係数の方程式は上で述べた SO(2) 不変性 をもつので,次のことがいえる. 命題 2.1. {αm }m∈Z の SO(2) 不変な力学系が (I) 2 つの臨界モード:{αm ; |m| = n} また は (II)4 つの臨界モード: {αm ; |m| = n, n0 } を持つとする.このとき 3 次の標準形はそれ ぞれ次のようになる.ただし (I) では n 6= 0 とし,(II) では n0 > n ≥ 2 とする. (I) α˙n = λαn + a|αn |2 αn α˙ = λα + (a|α |2 + b|α 0 |2 )α n n n n n (II) α˙n0 = µαn0 + (c|αn |2 + d|αn0 |2 )αn0 なぜなら,2 次の項やこれ以外の 3 次の項があったとすると,SO(2) 不変性に反するから である. 例えば I. の状況で極座標表示により臨界モードを αn = reiφ と表すと上の標準形が分解 されて ṙ = (Re λ)r + (Re a)r3 , φ̇ = (Im λ) + (Im a)r2 が得られる.したがって熊手型分岐 が生じることがわかる.II. の状況では,振幅のダイナミクスは (1.14) となる.しかしなが ら以上の対称性の議論だけでは結局 3 次の係数は(正負のみならず 0 でないことも)決定 できない.これでは分岐がどちら側に出るのか,すなわち熊手型分岐が超臨界的に起きるの か亜臨界的に起きるのか(あるいは II. の場合,図 1 (a)(b) どちらになるのか)はわからな い.この係数をいかに計算するかを次節で解説する. ここで,中心多様体縮約は対称性を保存したまま行うことができることを注意しておく. すなわち中心多様体の構成は,元の方程式が滑らかな群作用 γ ∈ G に関して不変である場 合,中心多様体も γ ∈ G に関して不変であるようにできる.したがって方程式 (2.10) に関 する中心多様体も γθ に関して不変である. 18 2.4 周期解の熊手型分岐 中心多様体の一般論を用いて低次元のダイナミクスに帰着すると,分岐方程式の解析のた めには中心多様体の詳しい情報が必要となる.そこで,少し見方を変えよう.先ず元の方程 式系に適当な座標変換を施し,後々分岐解析をするのに都合いい形に直すことを考える.そ の際の指針となるのは命題 2.1 の標準形であるが,実は,座標変換により 2 次の項が消去で きれば,そのまま 4 次以上の項を切り捨てることで中心多様体上のダイナミクスを求めら れる.最初から 2 次の項がない (SH) でこのことを見てみよう.(2.10) を次のように書き改 める. ∑ α˙m = λm αm − m1 +m2 +m3 =m αm1 αm2 αm3 (m ∈ S) m1 +m2 +m3 =m m1 ,m2 ,m3 ∈S αm ˙ 0 = λm0 αm0 − ∑ αm1 αm2 αm3 − m1 ∈Sorm / / / 2 ∈Sorm 3 ∈S ∑ (m0 ∈ / S) αm1 αm2 αm3 m1 +m2 +m3 =m0 ここで,S = {n, −n} は臨界モードに対応する番号の集合とする.ν ≈ ν n (k0 ) では Reλm ≈ 0(m ∈ S) かつ Reλm0 < −κ < 0(m0 ∈ / S) なので,この段階で改めて中心多様体の縮約を行 う.こうして得られた中心多様体を C I とする.|αn | = O(δ) であるかぎり w = h(v) = O(δ 2 ) であるので,縮約したダイナミクスは α˙n = λn αn − ∑ αm1 αm2 αm3 + O(δ 4 ) m1 +m2 +m3 =n m1 ,m2 ,m3 ∈S である.m1 , m2 , m3 ∈ S で m1 +m2 +m3 = n をみたす組は n 6= 0 のときには (m1 , m2 , m3 ) = (n, n, −n), (n, −n, n), (−n, n, n) の3とおりであることに注意すれば,上の式はさらに α˙n = λn αn − 3αn |αn |2 + O(δ 4 ) (2.13) となることがわかる.極座標表示 αn = r(t)eiφ(t) により,方程式を分解すれば ṙ = λn r − 3r3 + O(δ 4 ), φ̇ = O(δ 4 ). 一見これで解決したように見えるが,上の式の非摂動系は構造安定ではないことに注意しよ √ う.すなわち半径 r = λn /3 の円周上の点はすべて平衡点である.こうした退化性はもち ろん周期境界条件を課して平行移動を許したことから来ているので,一旦それを固定する仮 定をすればよい.たとえば u(t, x) の x に関する偶関数性は保存されるが,これは部分空間 E = {{αm } ∈ Ω : αm ∈ R for m ∈ Z} が (2.10) の流れで不変であることを意味する.だか ら αn = r(t) ∈ R に制限して考えれば十分でその方程式は単に ṙ = λn r − 3r3 + O(δ 4 ) 19 となる.こうして, λn > 0 ( ν > ν n (k0 ) ) で超臨界的に非自明な平衡点が現れることがわ かる.(2.13) の平衡点がひとつわかれば,その周りのダイナミクスも込めて平行移動から来 る群作用 (2.11) で生成できる.C I は実 2 次元なので,こうして生成したダイナミクスでカ バーされてしまう.従って C I のダイナミクスは, ṙ = λn r − 3r3 , φ̇ = 0 と同値であることがわかる.かくして (SH) の安定な周期定常解 √ λn i(nk0 (x+θ)) u(t, x) = e + c.c. + O(λn ), 0 ≤ θ ≤ L/n 3 が得られた.ここで c.c. は直前の項の複素共役を意味し,安定とは軌道安定性(平行移動 の自由度が残る)を意味する.この解は αn の周期性から真に L/n-周期の周期解であるこ とを注意しよう. 以上 (SH) では難なく縮約ダイナミクスに帰着することができたが,(mSH) ではどうであ ろうか.指針とすべきことは 2 次の項を消去するように,うまい変数変換 {αn } 7→ {βn } を 構成することである.ただし,αn と βn の1次部分は一致させなければ中心多様体上の座 標として失格である.さらにまた (2.11) に関する SO(2) 不変性を保持することに注意して, ∑ βm (t) = αm (t) + Sm1 ,m2 ,m αm1 αm2 (2.14) m1 +m2 =m の変換を行う.これにより 2 次の項が消去できるように未定係数 Sm1 ,m2 ,m を決定するとい う方針で計算すればよい.3 次までの項をまとめると ∑ β˙m − λm βm = { } (λm1 + λm2 − λm )Sm1 ,m2 ,m + pk02 m1 m2 αm1 αm2 m1 +m2 =m ∑ + m2 m3 Sm1 ,m−m1 ,m αm1 αm2 αm3 m1 +m2 +m3 =m −q ∑ αm1 αm2 αm3 m1 +m2 +m3 =m となるので,各 m1 , m2 ∈ Z に対して λm1 + λm2 − λm1 +m2 6= 0 となればよい.これを non-resonance 条件という.このとき Sm1 ,m2 ,m = − pk02 m1 m2 λm1 + λm2 − λm (2.15) とすれば 2 次が消去される.実際には中心多様体上の方程式で 2 次の項が消えれば十分なの で non-resonance 条件は m = m1 + m2 ∈ S で成立すればよい.ここで,m ∈ S と λm = 0 は同値なので m = m1 + m2 ∈ S で λm1 + λm2 = λm1 +m2 となるには次の2通りしかない. 20 i) m1 ∈ / S かつ m2 ∈ /S ii) m1 ∈ S かつ m2 ∈ S i) のときには resonance で残る 2 次の項は高次項(4 次以上)になるので無視してよい.ii) の場合が 2 次の項を消去するに当たって真に困る resonance である. さて,S = {n, −n} のときは m1 , m2 , m1 + m2 ∈ S となることはない.したがって non- resonance である. (次節で行う複合モード解析では S = SII = {n, n + 1, −n, −(n + 1)} な ので,1-2 モードの resonance が現れる.また後述する空間 2 次元の設定では六角パター ンの resonance が現れる. )以上のことより,命題 2.1 の 3 次の係数 a を求めると a = 4p2 k04 n4 /λ2n − 3q < 0 となり次のことがわかる. 定理 2.2. q > 0 で n ≥ 1 とする. ν > ν n (k0 ) で κ = ν − ν n (k0 ) が十分小さければ (mSH) の定常解 u(x) で u(x + L n) = u(x) の意味で空間周期的な解が存在する.さらに u の空間 プロファイルは適当な θ ∈ [0, 2π) を用いて √ u(x) = O( κ)ei(nk0 x+θ) + c.c. + O(κ) と表され,平行移動を除いて漸近安定である. このことより,ν が I. のような臨界の超え方をすると (mSH) では 2 次の項があろうとな かろうと 3 次の係数 (−q) が負であれば非自明解(周期定常解)が超臨界的に熊手型分岐す ることがわかる. 最後に Turing 不安定化による周期解の分岐問題を考えよう.すなわち,(2.3) を周期境界 条件4 で考え Du , Dv を Turing 不安定化の臨界点直後に取ったとする. u= ∑ αm eimk0 x , m∈Z v= ∑ βm eimk0 x m∈Z とフーリエ展開すると,次の方程式系が得られる. ∑ α α α m1 m2 m3 α α˙ m = Mmk0 m − m1 +m2 +m3 =m ˙ βm βm 0 行列 Mmk0 は m ∈ S で臨界固有値を1つ (λc としよう) 持つので, λ 0 c T Mnk0 T −1 = 0 λs 4 Neumann 境界条件なら cos mk0 x でフーリエ展開すれば同じ. 21 で対角化すると,変数変換 αn α˜n =T β˜n βn により m = n における方程式は 3 4 ˙ α˜ λ 0 α˜ O(α˜n ) α˜ n − T n + n = c ˙ ˜ ˜ βn 0 βn 0 0 λs となる.このうち第1行の式が中心多様体上の方程式で確かに超臨界的な熊手型分岐でロー ルパターンが安定に現れることがわかる. パターンの競合 3 3.1 多重臨界点まわりの解析と複合モード 前節で得られた結果は「I. の状況でパラメーター ν が臨界値を越えて不安定化が起きた直 後には n モードの周期解が現れる」ということであった.これに対して II.の多重臨界点の n,n+1 場合はどうであろうか.(ν, k0 ) ≈ (ν n,n+1 , k0 ) では4つの臨界モード {αm }m∈SII , SII = {n, n + 1, −n, −(n + 1)} がある.前節と同様に可能なら標準系変換で 2 次の項を消去した物 を用い,しかる後に中心多様体による縮約を行う.この中心多様体 C II は {αm (t)} = 0 の 近傍で局所不変な複素 2 次元多様体(臨界モードは見かけ4つだがエルミート対称性から実 質2つ)で,臨界モード {αm }m∈S で張られる超平面に接しており,さらに近傍の流れを指 数的に吸引している. まず S = SII = {n, n + 1, −n, −(n + 1)} に対して non-resonance 条件を調べよう.n = 1 のとき S = {1, 2, −1, −2} で (m1 , m2 ) = (1, 1), (2, −1), (−1, 2) が resonance である.した がって n = 1 のときは 2 次の項を消去することはできない.実際,1 = (−1) + 2 および 2 = 1 + 1 の resonance に対応する項が現れ中心多様体上の方程式は Ȧ = σ AB + A(λ + a|A|2 + b|B|2 ) + O(δ 4 ) 1 1 Ḃ = σ2 A2 + B(λ2 + c|A|2 + d|B|2 ) + O(δ 4 ) (3.1) と表される.ここで,σ1 , σ2 , a, b, c, d ∈ R は p, q から決まる定数である.このように 2 次 の項があると以下のような簡単な解析ができず,解析が難しいが,そのダイナミクスは豊富 な構造をもつ.興味のある読者は [6] を参照してほしい.一方 n > 1 のときは容易にわかる (命題 2.1 もあわせて参照されたい)ように resonance はない.さらに m1 , m2 , m3 ∈ SII で m1 + m2 + m3 = n をみたす組み合わせは n ≥ 1 のときには n = n + n + (−n), n = n + (n + 1) + (−(n + 1)) 22 の2種類であることに着目すると次の結論が得られる. 定理 3.1. n ≥ 2 とする.ある定数 a, b, c, d ∈ C と δ, κ > 0 が存在して,|(ν, k0 ) − (ν n,n+1 , k0n,n+1 )| < κ のとき中心多様体上 C II のダイナミクスは,|A|, |B| < δ であるかぎ り次の方程式で支配される: Ȧ = A(λ + a|A|2 + b|B|2 ) + O(δ 4 ) n Ḃ = B(λn+1 + c|A|2 + d|B|2 ) + O(δ 4 ) (3.2) ただし (A, B) = (βn , βn+1 ) で βn = αn + O(α2 ) である. この定理は一見命題 2.1 と同等であるが,SO(2) 対称性を用いたわけでなく,上の分岐解 析の結果としてわかる.さらに a, b, c, d は以下の通り決定される. 命題 3.2. 4p2 k04 n4 − 3q, λ2n a = an := b = bn c = cn ) 2n + 1 −1 + − 6q, λ−1 λ2n+1 ( ) 1 2n + 1 2 4 2 := 4p k0 n (n + 1) + − 6q, λ1 λ2n+1 ( := 4p2 k04 n(n + 1)2 4p2 k04 (n + 1)4 − 3q. λ2(n+1) d = dn := 証明)C II 上の方程式は βn˙(t) ∑ = λn βn (t) + 2pk02 m2 m3 Sm1 ,n−m1 ,n βm1 βm2 βm3 m1 +m2 +m3 =n − ∑ m1 ,m2 ,m3 ∈SII βm1 βm2 βm3 + O(δ 4 ), m1 +m2 +m3 =n m1 ,m2 ,m3 ∈SII ∑ ˙ (t) = λn+1 βn+1 (t) + 2pk 2 βn+1 0 m2 m3 Sm1 ,n+1−m1 ,n+1 βm1 βm2 βm3 m1 +m2 +m3 =n+1 − ∑ m1 ,m2 ,m3 ∈SII βm1 βm2 βm3 + O(δ 4 ) m1 +m2 +m3 =n+1 m1 ,m2 ,m3 ∈SII であたえられるので,(2.15) と m1 , m2 , m3 の組み合わせを勘案しさらに 3 次の合成積から の寄与に関しては {n, n, −n} の順列は 3 とおりで {n, n + 1, −(n + 1)} の順列が 6 とおり であることに注意すればよい. (証明終) 23 (SH) の多重臨界点から考察しよう.すなわち p = 0, q = 1 とする.中心多様体上のダイ ナミクスは定理 3.1,命題 3.2 より α˙ = α (λ − 3|α |2 − 6|α 2 4 n n n n n+1 | ) + O(δ ), αn+1 ˙ = αn+1 (λn+1 − 6|αn |2 − 3|αn+1 |2 ) + O(δ 4 ) (3.3) で与えられる.まず (3.3) の平衡点を探そう.前節と同様,はじめに偶関数に制限し r = αn と s = αn+1 がいずれも実数とする.(3.3) から r, s のダイナミクスを求めると, ṙ = r(λSH − 3r2 − 6s2 ) + O(δ 4 ), n ṡ = s(λSH − 6r2 − 3s2 ) + O(δ 4 ). n+1 n,m したがって多重臨界点 (ν n,m , k0 ) まわりでは図 1 (a) と同等な分岐図が得られる. 最も多くて9つの平衡点:(0, 0), (±r0 , 0), (0, ±s0 ), (±r1 , ±s1 ) があるが,この中で (±r1 , ±s1 ) を複合モード点と呼ぼう.複合モード点は 0 < λn 2 < λn+1 < 2λn で存在し,サドル状の 不安定平衡点である.複合モード点の安定性は (mSH) の一般の場合は p, q, n によって異 なる.例えば 蔵本-Sivashinsky の場合:p = 1, q = 0 を考えよう.このとき命題 3.2 より n によらずに a, c, d < 0 であり,n = 2, 3, 4 のとき b > 0 で n ≥ 5 のとき b < 0 であ ることがわかる.さらに n ≤ 5 のとき ad − bc > 0 で n > 5 のとき ad − bc < 0 であ る.したがって振幅方程式の特性は n によって異なる.蔵本-Sivashinsky で特に顕著なと ころは n ≤ 5 で安定な複合モード点が現れることである.これは C II 上に安定な不変トー ラス T = {(αn , αn+1 ) : |αn | = r1 , |αn+1 | = s1 } があることを意味する.したがって 蔵 本-Sivashinsky 方程式ではパラメーター ν とシステムサイズ L を適当にとれば複合モード 波が安定に観測される.不変トーラスは (mSH) の複合モード定常解: u(x) = ±2r1 cos nk0 x ± 2s1 cos(n + 1)k0 x + O(δ 4 ) (3.4) を含む.平行移動から来る群作用をもちいて,他の定常解 u(x) = 2r1 cos nk0 (x + θ) ± 2s1 cos(n + 1)k0 (x + θ) + O(δ 4 ), 0≤θ<L (3.5) も作ることができるが,これらも同じ不変トーラスの上にある.便宜上 T 上の点を (r1 eiφ , s1 eiψ ) ∈ T 7→ (φ, ψ) ∈ R2 /(2πZ)2 で表すことにする. (3.5) から T 上の2つの閉曲線: {(φ, ψ) ∈ R2 /(2πZ)2 : (n + 1)φ = nψ, or (n + 1)φ = n(ψ + π)} 24 (3.6) は平衡点からなることがわかる.T 上の残りの部分を含めたダイナミクスを知るにはさらに高 次の標準形を求めればよい.例えば,2-3 モードの競合のダイナミクスでは 4 次に resonance 項が現れ,今までと同様の計算を 4 次まで行うことにより次の標準形が得られる. α˙ = α (λ − a|α |2 − b|α |2 ) + µ α 2 α2 + O(δ 5 ), 2 2 2 2 3 2 2 3 α˙3 = α3 (λ3 − c|α2 |2 − d|α3 |2 ) + µ3 α3 α3 + O(δ 5 ) (3.7) 2 この 4 次の resonance 項は 2 = (−2) + (−2) + 3 + 3 と 3 = 2 + 2 + 2 + (−3) に対応する. µ2 , µ3 は煩雑なので省略するが共に正である.この resonance 項のおかげで位相部分のダイ ナミクスが次のように得られる. φ̇ = −µ r r2 sin(3φ − 2ψ), 2 2 3 ψ̇ = µ3 r3 sin(3φ − 2ψ). 2 こうして 2-3 モードの競合の時は完全にダイナミクスを決定することができる.一般に resonance 項はモード数によって高次にシフトして現れるので計算は煩雑になるが,トーラ ス上のダイナミクスは偶数時の resoncnce 項から得られる. 3.2 ロールパターンと六角パターンの競合 (mSH) や Turing 系 (2.3) を2次元領域で考えよう.2 次元の非対称 Swift-Hohenberg 方 程式は ∆ = ∂x2 + ∂y2 として, ut = {ν − (1 + ∆)2 }u − p|∇u|2 − u3 (3.8) で,ほとんど今までの議論が平衡して成立する.Turing 系についても同様である.先ずは u = eλt+i(kx+ly) を代入して分散関係式が次で与えられる: λ = λ(ν, k, l) = ν − (1 − k 2 − l2 )2 . (3.8) を長方形領域 [0, L1 ] × [0, L2 ] で周期境界条件を課して考えよう.このとき許容され る波数は (k, l) = (mk0 , nl0 ), k0 = 2π/L1 , l0 = 2π/L2 , (m, n) ∈ Z2 である.パラメーター (ν, k0 , l0 )-空間の中で (m, n) モードの安定性に関しての臨界集合を Gm,n = {(ν, k0 , l0 ); ν = ν(k0 , l0 ) = (1 − m2 k02 − n2 l02 )2 } とおく.ところで ν(k0 , l0 ) は m, n によらずに Cm,n = {(k0 , l0 ); m2 k02 + n2 l02 = 1} 25 上のすべての点で最小値 ν = 0 をとる.互いに異なる Cm,n どうしでいくつもの交点があ √ るが,このうち C2,0 , C1,1 の交点 (k0 , l0 ) = (1/2, 3/2) に着目しよう. この領域サイズのときにちょうど 120 度で交差する3つのロールパターンが ν = 0 で不 安定化する.フーリエ展開はこの場合以下のようになる: u(t, x) = ∑ αm (t)ei(mk0 ,nl0 )·(x,y) m=(m,n)∈Z2 まず p = 0 で対称のとき λm = λ(ν, mk0 , nl0 ) とおけば ∑ α˙m = λm αm − αm1 αm2 αm3 . m1 +m2 +m3 =m さて (ν, k0 , l0 ) ≈ (0, 1/2, √ 3/2) では S = {(±2, 0), (±1, ±1), (±1, ∓1)} (複合同順)の6 モードが臨界で,組み合わせ計算より 2 2 2 Ȧ1 = A1 (λ(2,0) − 3|A1 | − 6|A2 | − 6|A3 | ) Ȧ2 = A2 (λ(1,1) − 6|A1 |2 − 3|A2 |2 − 6|A3 |2 ) Ȧ3 = A3 (λ(1,−1) − 6|A1 |2 − 6|A2 |2 − 3|A3 |2 ) が得られる.ここで,A1 = α(2,0) , A2 = α(−1,−1) , A3 = α(−1,1) である.これは,(3.2) の拡 張であり,ν > 0 のとき不安定な複合モード解: √ u(t, x, y) = eix + ei(x+ 3y)/2 √ + ei(x− 3y)/2 + c.c. が存在することがわかる.これは六角形状のパターンである.複合モード解は振幅方程式 の中で saddle 点なので,初期値の取り方によっては長時間観測される.しかし結局は単 一モード解(ロールパターン)に収束する.このことは熱対流の Boussinesq 近似モデル, Swift-Hohenberg 方程式や対称な Turing 系の数値計算結果とも合致する. 次に p 6= 0 で非対称のときを考えよう.ここでは,六角パターンの resonance が現れる. すなわち (m1 , m2 ) = ((1, 1), (1, −1)), ((−2, 0), (1, 1)), ((−2, 0), (1, −1)) の3つがそれであ る.したがってこの場合の中心多様体上の縮約方程式は 2 2 2 Ȧ1 = −pA2 A3 + A1 (λ(2,0) − 3|A1 | − 6|A2 | − 6|A3 | ) Ȧ2 = −pA3 A1 + A2 (λ(1,1) − 6|A1 |2 − 3|A2 |2 − 6|A3 |2 ) Ȧ3 = −pA1 A2 + A3 (λ(1,−1) − 6|A1 |2 − 6|A2 |2 − 3|A3 |2 ) で与えられる.ここで,A1 ∈ R, A2 = A3 = 0 で (3.9) の定常解を求めると, ∂t A1 = λA1 − 3A31 + O(|A1 |4 ) 26 (3.9) と熊手型分岐でロールパターンが分岐していることがわかる.一方 A1 = A2 = A3 ∈ R に (3.9) を制限すると, ∂t A1 = λA1 − pA21 − 15A31 + O(|A1 |4 ) の定常解で六角パターンが得られる.(3.9) での安定性解析を加味することによりロールパ ターンは線形不安定であるが,六角パターンの分岐ブランチがサドル・ノード的に安定性を 回復することがわかる.したがって Turing 系を含め非対称な(2 次の項のある)方程式で は臨界点近くで常に安定な六角パターンが得られることがわかる. 参考文献 [1] 戸田盛和,楕円函数入門,日本評論社,1976 [2] 西浦 廉政, 非線形問題1−パターン形成の数理, 岩波講座・現代数学の展開 5, 岩波書 店, 1999 [3] 藤坂 博一, 非平衡系の統計力学, 産業図書, 1998 [4] 森 肇,蔵本由紀, 散逸構造とカオス, 岩波講座・現代の物理学 15, 岩波書店, 1994 [5] 山口昌哉(編著),入門現代の数学,(i) 非線型の現象と解析, 1979,(ii) 数値解析と非 線型現象, 日本評論社, 1980 [6] D.Armbruster, J.Guckenheimer and P.Holmes, Kuramoto-Sivashinsky dynamics on the center-unstable manifold, SIAM J. 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[15] D.Henry, Geometric theory of semilinear parabolic equations, Lecture notes in mathematics 840, Springer, 1981. [16] R.Kapral and K.Showalter(Eds.), Chemical Waves and Patterns, Kluwer Academic Publishers, 1995. [17] A.Kelley, The Stable, Center Stable, Center, Center Unstable, and Unstable Manifolds, J. Diff. Eqns., 3, 546-570, 1967. [18] Y.A.Kuznetsov, Elements of Applied Bifurcation Theory, Springer, 1995. [19] A.Vanderbauwhede, Centre manifolds, normal forms and elementary bifurcations, in Dynamics Reported, Vol. 2, 89–169, Wiley, Chichester, 1989. [20] A.Vanderbauwhede,G.Iooss, Center Manifold Theory in Infinite Dimensions, in Dynamics Reported: expositions in dynamical systems, 125–163, Springer, 1992. 28 メモ 三重接合点を持つ定常解の分岐 — 割鶏焉用牛刀 — 新居 俊作 (九州大学 数理学研究院) 1 問題設定 本講演では曲率流方程式の三重接合点を持つ定常解の分岐問題を考え る。即ち、Ω を R2 の有界領域とし Ω 内の点 m(t) で三重接合点をもつ 曲線 Γi (t) := {γi (s, t) ∈ R2 }, i = 1, 2, 3 (但し s は m(t) を始点とする弧 長パラメタ) で以下の法則に従うものについて、その定常解を扱う。 M1: Γi の各点での法線方向の速度はその点での Γi の符合付曲率に等し i い i.e. Ni を Γi への接ベクトル ∂γ に対し左側向きの単位法線ベク ∂s 2 ∂γi ∂ γi トルとすると Vi = ∂t · Ni , κi = ∂s2 · Ni について Vi = κi M2: m(t) で三曲線が交わる各度を θk , k = 1, 2, 3 (但し Γi と Γj が交 わる角を θk , k 6= i, j とする) とするとこれは Young の法則に従う sin θ1 sin θ2 sin θ3 i.e. ある正定数 σk , k = 1, 2, 3 について = = が σ1 σ2 σ3 常に成り立つ。 M3: Γi は m(t) と反対側の端点において ∂Ω に直角に交わる。 (このような問題は、金属を冷却した際の相分離現象等に現れる。) この問題の定常解は各 Γi が直線のときであり (図 1 参照)、その安定性 については井古田-柳田 [1] によって以下のことが示されている。 Theorem (井古田-柳田) Γi が ∂Ω に交わる点での ∂Ω の符号付曲率を hi ( 但し Ω がその点の近傍で凸であるとき hi < 0 とする )、Γi の長さを 3 P Li とするとき、D := h1 h2 h3 σi Li + σ1 h2 h3 + σ2 h1 h3 + σ3 h1 h2 として i=1 M1 ∼ M3 の定常解における線形化固有値問題について以下が成り立つ。 1 Ω Γ2 θ3 θ1 Γ1 θ2 Γ3 図 1: 三重接合点を持った定常解。 (1) h1 , h2 , h3 の全てが正の場合は零以上の固有値は存在しない。 (2) h1 , h2 , h3 の一つが零以下で他は正の場合 D > 0: 零以上の固有値は存在しない。 D = 0: 零固有値が一つあり、正の固有値は存在しない。 D < 0: 正の固有値が一つあり、零固有値は存在しない。 (3) h1 , h2 , h3 の二つが零以下でそのうち一つが負の場合は正の固有値 が存在する。 ( h1 , h2 , h3 のうちの二つ以上が零の場合は省略。) この結果により、h1 , h2 , h3 の一つが零以下で他は正の場合について ∂Ω を変形して D の符合を変化させた場合に固有値が原点を横切ることが 分かる。従って定常解が何らかの分岐を起こすことが期待される。即ち、 hi > 0, i = 1, 2, 3 の安定な常解を一つ固定して、そこから例えば Γ1 が ∂Ω と交わる点の近傍で ∂Ω を変形することによって h1 < 0 とし、更に D < 0 となるまで連続に h1 を変えていくときに、当然この定常解の分 岐現象が観察されるはずである。 本講演では上記の状況下で ∂Ω を適切に変形することにより、標準的 な分岐、即ち saddle-node 型、transcritical 型、pitchfork 型の全てのタイ プの分岐を起こさせることが出来ることを紹介する。 2 2 定常解の分岐とは ut = F (u; λ) の形の常 or 偏微分方程式がパラメタ λ = λ0 で定常解 u0 を持つ場合に、 u0 での方程式の線形化 vt = Fu (u0 ; λ0 )v を考える。 今 Fu (u0 ; λ0 ) が零固有値を一つ持ちその他には実部零以上の固有値を 持たないとすると、λ を λ0 の近傍で動かした時に、一定の条件の下に所 謂分岐現象が見られる。 この節では、「分岐現象」は「非線形現象」であるという「誤解」に対 する注意を喚起する。 2.1 saddle node 分岐 Rn で定義された常微分方程式でパラメタ µ ∈ R に依存するものを考 える: ẋ = F (x; µ), x ∈ Rn , µ ∈ R この方程式が以下の条件を満たすとする: (1) F (0; 0) = 0。 (2) DF (0; 0) は 0 を重複度一の固有値とし、他の固有値の実部は零で はない。 (3) DF (0; 0) の零固有値に属する左固有ベクトルを w とすると w · (Fµ (0; 0)) 6= 0。 このとき Rn × R 内の (x; µ) = (0; 0) の近くで定義された曲線で、その上 では F (x; µ) = 0 かつ (x; µ) = (0; 0) のまわりでは F (x; µ) = 0 となるの はこの曲線上のみであるものが存在する。これが所謂 saddle-node 分岐 である。 さてここでもしこの系がアファイン、即ち F (x; µ) = A(µ)x + v(µ) 3 と行列 A(µ) 及びベクトル v(µ) で書けるとする。このとき v(0) = 0 で A(0) が重複度一の零固有値をもち他に実部零の固有値をもたないとする と上記 (1)(2) は満たされ、(3) の条件 w · vµ (0) 6= 0 を仮定すると µ = 0 以 外では F (x; µ) は零点を持たないことになる。従って、F (x; µ) = 0 の解 は Rn × R 内で (x; µ) = (0; 0) を通る DF (0; 0) の零固有空間に一致する。 即ち、saddle-node 分岐とは上記のアファイン系で見られる現象が系の 非線形性により多少歪んで起こっているものである。 2.2 transcritical 分岐と pitchfork 分岐 やはり Rn で定義された常微分方程式でパラメタ µ ∈ R に依存するも のを考える: ẋ = F (x; µ), x ∈ Rn , µ ∈ R この方程式が以下の条件を満たすとする: (1) F (0; µ) = 0 が µ = 0 の近くで常に成り立つ。 (2) DF (0; 0) は 0 を重複度一の固有値とし、他の固有値の実部は零で はない。 (3) DF (0; 0) の零固有値に属する左固有ベクトルを w 右固有ベクトル を v とすると w · DFµ (0; 0)v 6= 0 。 このとき Rn ×R 内の (x; µ) = (0; 0) の近くで定義された (0; 0) を通る曲線 で、その上では F (x; µ) = 0 かつ (x; µ) = (0; 0) のまわりでは F (x; µ) = 0 となるのは (0; µ) とこの曲線上のみであるものが存在する。これが所謂 transcritical 分岐と pitchfork 分岐である。 さてここでもしこの系が線形、即ち F (x; µ) = A(µ)x と行列 A(µ) で書けるとする。 このとき A(0) が重複度一の零固有値を もち他に実部零の固有値をもたないとすると上記 (1)(2) は満たされ、(3) の条件 w · A(0)v 6= 0 を仮定すると µ = 0 以外では F (x; µ) は零以外の零 点を持たないことになる。従って、F (x; µ) = 0 の解は Rn × R 内で (0; µ) と (x; µ) = (0; 0) を通る DF (0; 0) の零固有空間に一致する。 即ち、transcritical 分岐及び pitchfork 分岐とは上記の線形系で見られ る現象が系の非線形性により多少歪んで起こっているものである。 4 3 三重結節点の定常問題における「線形」分岐 前節の内容を念頭に置くと、三重結節点をもつ定常解の分岐問題を考 えるには、まず「線形」分岐問題に対応する問題を特定しなければなら ない。 今対象にしているのは領域の曲率が零でない境界の変形であるので、こ れは単なる線形問題 (境界を直線とする領域での問題?) では当然ない。 ここで考えるべきことは、零固有空間に対応する定常解の族を持つよう な、零固有値を持つ線形常微分方程式に対応する領域の形状を特定する ことである。 結論から述べると、定常解 {Γ0i } の端点の回りでの境界の形が 図 2 の 様になっているとき、 「円周角の定理」により三重結合点 m で Γi 達が交 わる角度と Γi の端点 Bi での境界条件を保った定常解の族が存在する。 O2 B2 H2 B02 H1 Γ20 Γ2 m0 O1 m Γ30 H3 B30 B3 Γ10 Γ1 B10 B1 Γ3 O3 図 2: Hi を各々 Oi を中心とする円弧の一部とすると、Hi 達を ∂Ω の一 部とする Ω に対し Oi 達を通る円周上に三重接合点をもつ定常解の族が 存在する。 つまりこの状況が、零固有値を持つ線形常微分方程式に対応するので ある。あとは、この系の境界つまり Hi にどのような摂動を加えると、常 微分方程式の平衡点の標準的な分岐に対応する分岐現象が得られるかを 考えれば良いのである。 Remark 井古田-柳田の定理において、Hi が全て内側に凸の場合は零以 上の固有値は存在せず定常解は安定である。図 2 の状態が丁度原点に一 つ固有値があり、正の固有値が存在しない状況に対応している。 5 4 具体的な分岐 以下の議論では全て H2 , H3 が O2 , O3 を中心とする円弧であることを 仮定するが、その下で得られる描像は H2 , H3 に対する小さな摂動の下で も当然存続することから一般的な結論が得られる。 4.1 saddle node 分岐 先ずこの節では、図 2 の状況から Ω の境界に適切な摂動を加えること によって saddle node 型の分岐を起こすことが出来ることを示す。 図 3 の様に H2 , H3 を O2 , O3 を中心とする円弧に保ったまま、H1 の 曲率が B10 の周りで単調に変化するという「非退化」条件を仮定する。但 し、H1 は B10 で O1 を中心とする円弧 C に接しそこでのの曲率は C の それと一致するとする。 O2 H1 C B0 2 H2 Γ0 2 m0 O1 Γ0 1 B0 1 Γ0 3 H3 B0 3 O3 図 3: B10 で H1 は O1 を中心とする円弧 C に接するとし、またその B10 での曲率は C のそれと等しいとする。 この設定の下で図 4 の様に H1 を傾けることを考える。H1 を図 4 の方 向に傾けた場合、θ 6= 0 ならば円周上 m0 の近くのどの m についても Γ1 は端点で H1 と直角には交わらず、Γ01 は消滅する。(H2 と H3 が境界条 件を満たし、M2(Young の法則) が成り立つならば三重結節点は O1 , O2 , O3 を通る円周上に在る。) 6 O2 B0 2 H2 0 Γ2 H1 m0 O1 0 Γ1 B0 1 Γ0 3 H3 θ B0 3 O3 図 4: H1 を傾ける。 H1 を逆向きに傾けた場合もやはり Γ01 は消滅するが図 5 の様に二つの 定常解が現れ、そのうち一方は端点での H1 の曲率の絶対値が O1 を中心 とする円より大きいので不安定であり、もう一方は曲率の絶対値が小さ く安定である。 O2 H1 C B0 2 H2 stable Γ0 2 m0 O1 Γ0 3 H3 Γ0 1 B0 1 unstable B0 3 O3 図 5: H1 を逆向きに傾けると、安定な定常解と不安定な定常解の対が現 れる。 即ち、H1 の角度を変化させると saddle node 型の分岐が起こるので ある。 7 4.2 transcritical 分岐 次に H1 の曲率の絶対値を全体に小さくした場合は、図 6 の様に Γ01 は 安定化して存在し続けるがそれと同時に不安定な定常解が現れる。 O2 H1 C B0 2 H2 Γ0 2 m0 O1 Γ0 1 Γ0 3 H3 B0 1 unstable B0 3 O3 図 6: Γ01 は安定化して存続し、不安定なもう一つの解が現れる。 逆に H1 の曲率の絶対値を全体に大きくした場合は、図 7 の様に Γ01 は 今度は不安定化して存在し続け同時に安定な定常解が現れる。 O2 C H1 B0 2 H2 stable Γ0 2 m0 O1 Γ0 1 B0 1 Γ0 3 H3 B0 3 O3 図 7: Γ01 は不安定化して存続し、安定なもう一つの解が現れる。 つまり、 H1 の曲率を全体として変化させた場合には transcritical 型 の分岐が起こる。 8 4.3 pitchfork 分岐 さて今度は H1 が上下に対称性を持つ場合を考える。この場合 B10 で は曲率が最小又は最大である。 曲率が最小の場合は、対称性を保ったまま H1 の曲率の絶対値を全体 に大きくすると、図 8 の様に Γ01 は不安定化しその両側に安定な定常解が 出現する。H1 曲率の絶対値を全体に小さくした場合は、明らかに Γ01 は 安定化しその近くには他には定常解は現れない。 O2 C B0 2 H2 Γ0 2 stable m0 O1 Γ0 3 H3 H1 0 Γ1 unstable B0 1 stable B0 3 O3 図 8: Γ01 は不安定化しその両側に安定な定常解が出現する。 つまりこの場合は supercritical な pitchfork 型の分岐が起きているの である。 同様にして曲率が最大の場合は、対称性を保ったまま H1 曲率の絶対 値を全体に小さくすると、subcritical な pitchfork 型の分岐が起きる。 5 後書き — 割鶏焉用牛刀 — 本稿で扱った内容を、なにも考えずに通常の力学系のアプローチを適 用して解析しようとすると、 「無限次元陰関数定理」 「Lapunov-Schmit reduction」「Center manifold」等の “高度な” 理論を使ってスタンダードな 分岐解析に持ち込もうと考えることになるだろう。しかしその場合、“領 域とその上の関数の組の空間” を扱うことになり殆んど解析が不可能に なってしまう。(この方法で出来る人も居るかも知れないが。) 9 ここで冷静になって、分岐現象とは “問題に分岐理論を適用して得ら れる結果である” という思い込みを捨て、“問題の本質は何であり何が知 りたい現象であるか” を考えれば実は “分岐理論は必ずしも使う必要が無 く” 実は非常に簡単な方法 (ここでは円周角の定理 +α) で結論を得ること が出来ることに気が付くのである。 この講演内容を “必ずしも難しい理論を使いこなすことが高級なわけで はなく、問題の本質をとらえれば非常に簡単な方法で欲しい結論を得る ことが出来ることもある” こと、言い替えれば “研究とは高度な理論の練 習問題を解くことではなく、適切な方法で知りたいことを分析すること である” ということの再確認の機会として頂ければ幸いである。 参考文献 [1] R.Ikota and E.Yanagida A stability criterion for stationary curves to the curvature-driven motion with a triple junction, Differential and Integral Equations, 16 (2003), pp.707-726 10 メモ メモ 特異摂動理論とその応用 富山大学大学院理工学研究部 池田 榮雄 非線形数理 秋の学校 (2007 年 9 月 25 日∼27 日) 1. はじめに 数理物理学に現れる様々な問題に対して,とりわけ関数方程式等で表現された現象を記述す る解を求めるのに,物理パラメータなどによる形式的に冪級数展開された形の解は構成可能 であろうか。このような関心が解の漸近展開理論へと発展していったのであろう。このような 方法は抽象的な関数空間における解の存在を保証するというよりも,解の具体的な形状を獲 得できるといた応用的な側面からの支持があったものと思われる。ここでは特異摂動問題と呼 ばれるタイプの問題に対して,境界層 (境界付近で解の値が急激に変化する現象) や内部遷移 層 (領域内部で解の値が急激に変化する現象) を持つ解の表現方法,そしてその解の存在や安 定性などを接合漸近展開法の考えをもとに考察する。ここでの内容は入門的なものに限って, 接合漸近展開法の考え方を中心に解説する。空間多次元の問題などまだまだ未解決問題がた くさんあるので,皆さんのチャレンジを期待します。 まずは言葉の説明から始めよう。 定義 1.1 ε ∈ (0, ε0 ] で定義された関数列 {φn (ε)} が ε → 0 のときの漸近級数 (asymptotic sequence) でるとは,任意の非負の整数 n に対して φn+1 (ε) = o(φn (ε)) as ε → 0 が成り立つときである。 漸近級数の例として良く利用されるものに,φn (ε) = εn , φn (ε) = εn (log ε)n などがある。 定義 1.2 級数 P∞ n=0 An φn (ε) が ε → 0 のときの f (ε) の漸近展開 (asymptotic expansion) であるとは,任意の非負の整数 N に対して, PN f (ε) = n=0 An φn (ε) + o(φN (ε)) が成り立つときである。このとき, P∞ f (ε) ∼ n=0 An φn (ε) as ε → 0 as ε → 0 と書く。 例えば,漸近級数 φn (ε) = εn に関する e−1/ε の漸近展開は e−1/ε ∼ 0 である。漸近展開 1 の係数 Am は à Am = lim f (ε) − ε→0 Pm−1 An φn (ε) φm (ε) n=0 ! (m = 0, 1, 2, · · · ) と表されるので,漸近級数が指定されれば漸近展開は一意に決まる。 2. 発見的考察 (特異性の出現) 2 つの例を挙げる。1 つ目は通常の摂動問題であり,もう 1 つは特異性が現れる場合である。 例 1 (正則) 摂動問題 (reguler perturbation problem) 2 点境界値問題: ( u00 + u0 + εu = 0, 0 < x < 1, |ε| ¿ 1, u(0) = a, u(1) = b (2.1) aeλ+ (ε) − b λ− (ε)x b − aeλ− (ε) λ+ (ε)x e + e と表される。但し λ± (ε) = の解は u(x; ε) = λ (ε) e + − eλ− (ε) eλ+ (ε) − eλ− (ε) √ (−1 ± 1 − 4ε)/2. ここで,(2.1) において形式的に ε = 0 として近似解 U0 (x) を求めてみ よう。 ( (2.2) の解 U0 (x) = U000 + U00 = 0, 0 < x < 1, U0 (0) = a, U0 (1) = b. (2.2) eb − a − e(b − a)e−x に対して e−1 lim u(x; ε) = U0 (x) 区間 [0,1] で一様収束 ε→0 が成り立ち,形式的に ε = 0 とした (2.1) の解 U0 (x) は十分小さな ε に対して良い一様近似 解となっている。 例 2 特異摂動問題 (singular perturbation problem) 次の 2 点境界値問題: ( εu00 + u0 = 0, 0 < x < 1, |ε| ¿ 1, u(0) = a, u(1) = b (2.3) a[e(1−x)/ε − 1] b[1 − e−x/ε ] + と表されるが,ε → 0 のとき,極 e1/ε − 1 1 − e−1/ε 限関数は存在しないことがわかる。実際,任意の自然数 n に対して ( u(x; ε) = ae−x/ε + b + O(εn ), 0 < x 5 1, 0 < ε ¿ 1, (2.4)+ → b, 0 < x 5 1, as ε → +0 を考えよう。解は u(x; ε) = ( u(x; ε) = a + be(1−x)/ε + O(εn ), 0 5 x < 1, −1 ¿ ε < 0, → a, 0 5 x < 1, as ε → −0 2 (2.4)− が成り立つ。(2.3) において形式的に ε = 0 としたとき,もはや 2 階の方程式ではなくなり (階 数の低下が起こり),1 階の方程式 u0 = 0 となるので,(2.3) における境界条件は 1 つ過剰と なる。従って,u0 = 0 を解くと u = 定数 となるが,(2.4)+ では境界条件 u(1) = b が選ばれ, (2.4)− では u(0) = a が選ばれていることに注意しよう (実際どちらの境界条件が選ばれるか が問題となる)。さらに,ε > 0 と固定しても, u(x; ε) = ae−x/ε + b(1 − e−x/ε ) + O(e−1/ε ), as ε → +0, x → +0 に注意すれば, lim lim u(x; ε) = b 6= a = lim x→+0 ε→+0 lim u(x; ε) ε→+0 x→+0 が成り立ち,真の解 u(x; ε) は ε → +0 のとき,[0, 1] において一様収束しないことがわか る。例 1 とはかなり状況が異なるようである。この原因をもう少し詳しく観察しよう。真の解 u(x; ε) に対して, u(0; ε) = a, u0 (0; ε) = lim u(x; ε) = b (x 6= 0), ε→+0 (b − a) + O(e−1/ε ) ε が成り立つ。即ち,x = 0 の O(ε) 近傍で u(x; ε) の値は a から b に急激に変化し,その変化 率は O( 1ε ) であることがわかる (図 1 参照)。このような狭い領域は境界層 (boundary layer) と呼ばれている。 D 1 D f(x) 1 f(x) 0.9 0.9 ε 1 ߩႺ⇇ጀ 0.8 0.8 ε 1 ߩႺ⇇ጀ 0.7 0.7 0.6 0.6 C 0.5 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 Z C 0.5 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 Z ε< 0 ε 図 1: u(x; ε) の挙動 3. 特異摂動法入門 これまでは,真の解が得られていたので,その解を利用して境界層の出現を見たが,通常は そうはいかない。真の解は勿論未知であるので,区間 [0, 1] 全体でそれを上手く近似する近似 解の構成方法が要求される。この問題に答えてくれるのが特異摂動法 (singular perturbation method) と言われる方法である。例 2 を用いてその方法を概観してみよう。 3 例 2 の続き 0 < ε ¿ 1 とする。 U (x; ε) = ∞ X εk Uk (x) (3.1) k=0 を (2.3) の第 1 式に代入し,εk (k = 0, 1, 2, · · · ) の係数を等値すると, 0 U00 = 0, U000 + U10 = 0, · · · , Uk00 + Uk+1 = 0, · · · =⇒ U00 = 0, U10 = 0, · · · , Uk0 = 0, · · · となり,これを解いて Uk (x) = ak (定数) (k = 0, 1, 2, · · · )。この解は境界層の外側ではよい近 似解となっているので,外部解 (outer solution) と呼ばれている。外部解は (2.3) の第 2 式を 同時に満たすことが出来ないが,どちらか一方だけなら満たすことが出来る。(実際,どちら も満たさないとするとこの形の解は構成できない。) ここで,2 つの場合に分ける。 (i) 外部解 (3.1) が u(1) = b を満たすとき,a0 = b, ak = 0 (k = 1, 2, 3, · · · ) となる。しかし, 境界条件 u(0) = a は満たされないので,x = 0 の近傍に境界層が存在していると考えることが 出来る。この領域は ε に依存した狭い領域であるので,拡大変数 (stretched variable) ξ = x/εα (α > 0) を用いて拡大する。すなわち,(2.3) を ξ 変数で書き換えると,ū(ξ; ε)(= u(εα ξ; ε)) は ¨ + ε−α ū˙ = 0 =⇒ ε1−α ū ¨ + ū˙ = 0 ε1−2α ū をみたす。ここで,α = 1 とすると, ¨ + ū˙ = 0 ū (3.2) となる。(α = 1 とする理由は後述) (3.2) の解の ε に関する漸近展開を求めよう。 ū(ξ; ε) = ∞ X εk ūk (ξ) (3.3) k=0 を (3.2) に代入し,εk (k = 0, 1, 2, · · · ) の係数を等値すると, ¨k + ū˙ k = 0, ξ ∈ (0, ∞) ū (k = 0, 1, 2, · · · ) となり,境界条件 ū(0, ε) = a を考慮すると,解 ūk (ξ) は ū0 (ξ) = ā0 + (a − ā0 )e−ξ = ae−ξ + ā0 (1 − e−ξ ), ūk (ξ) = āk (1 − e−ξ ) (k = 1, 2, 3, · · · ) と求まる。但し,āk (k = 0, 1, 2, · · · ) は未決定な任意定数である。 解 (3.3) は境界層内部の近似解であるので,内部解 (inner solution),あるいは境界層解 (boundary layer solution) と呼ばれていて,x = 0 の O(ε) 近傍の領域で急激に変化する様子 を記述している。しかし,内部解は一意には定まっていないことに注意しよう。 これまでは,2 つの領域 (境界層の外部と境界層の内部) で別々に近似解を構成してきた。お 互いに都合のよい片側の境界条件だけを使ってきたが,区間全体で整合していなければ (2.3) 4 の解にはなり得ない。そのためには,外部解と内部解が共に成り立つ適当な x の領域(これ を重なり領域 (overlap domain) という)で両者は一致しなければならない。この過程を接合 (matching) という。 6 境界層の外部領域 (x) - 重なり領域 (ζ) 境界層 (ξ) 0 - x 1 境界層の外部領域は x 変数で記述され,境界層の領域では ξ = x/ε で記述されている。接 合を行うために,両方の領域の重なり領域として,ζ = x/α(ε) で記述される領域を考える。 但し α(ε) は ε の連続関数で, α(ε) → 0, α(ε) → ∞, ε as ε → +0 (3.4) 満たすものとする。すなわち,ζ 変数は x と ξ の中間のスケールを表示しており,重なり領 域に対応するものである。そこで ζ を任意に固定し,この ζ を用いて外部解,内部解の両方 の解を表示し直すと, ・外部解の ζ による表現:U (ζ) = U (α(ε)ζ; ε) = b, ・内部解の ζ による表現:ū(ζ) = ū(α(ε)ζ/ε; ε) = ae− α(ε) ε ζ + ∞ X εk āk (1 − e− α(ε) ε ζ ). k=0 この両者が ε に関する漸近展開として等しくなければならないので,両者を比較すると ā0 = b, āk = 0 (k = 1, 2, 3, · · · ) が得られる。この接合により,内部解も一意な漸近展開として決定される。 ū(ξ; ε) = ae−ξ + b(1 − e−ξ ). したがって,これらの解を足し合わせて,2 つの領域に共通に含まれる項がだぶらないよ うに引くと,x の領域 [0, 1] 区間にわたって一様に成り立つ (2.3) の近似解の漸近展開が得ら れる。 x x x uc (x; ε) = U (x; ε) + ū(ξ, ε) − u(ζ) = b + ae− ε + b(1 − e− ε ) − b = b + (a − b)e− ε . (3.5) この uc (x; ε) を合成解 (composite solution) という。 以上述べた方法が接合漸近展開法 (method of matched asymptotic expansions) と呼ばれる 5 方法である。 注意 3.1 今の解説で,内部解を得るために拡大変数 ξ = x/εα (α > 0) を導入し,α = 1 と おいた。それは,α 6= 1 でも内部解の構成は可能であるが,接合が出来ない (重なり領域が存 在しない) ことによる。 注意 3.2 (ii) 外部解 (3.1) が u(0) = a を満たすときはどうなるであろうか。この場合は a0 = a, ak = 0 (k = 1, 2, 3, · · · ) となる。(i) の場合と全く同様に計算することが出来る。読者 自ら確かめて頂きたい。 (ヒント)この場合は境界条件 u(1) = b を満たさないので,x = 1 の近 傍に境界層が存在している。拡大変数として ξ = (1 − x)/εα (α > 0) を用いる。すると,内部 P ¨ − ũ˙ = 0 を満たす。前と同じ理由で α = 1 とする。ũ(ξ; ε) = ∞ εk ũk (ξ) 解 ũ(ξ; ε) は ε1−α ũ k=0 ¨k − ũ˙ k = 0 (k = 0, 1, 2, · · · ) とな を代入して,εk (k = 0, 1, 2, · · · ) の係数を等値すると,ũ り,境界条件 ũ(0, ε) = b を考慮すると,解 ũk (ξ) は ũ0 (ξ) = ã0 + (b − ã0 )eξ = beξ + ã0 (1 − eξ ), ũk (ξ) = ãk (1 − eξ ) (k = 1, 2, 3, · · · ) と求まる。但し,ãk (k = 0, 1, 2, · · · ) は未決定な任意定数である。(3.4) を満たす α(ε) に対し て,中間のスケールを表す変数 ζ = x/α(ε) を導入する。任意に固定された ζ に対して両方の 解の表現を求めると ・外部解の ζ による表現:U (ζ) = U (α(ε)ζ; ε) = a, ・内部解の ζ による表現:ũ(ζ) = ũ(α(ε)ζ/ε; ε) = be α(ε) ε ζ + ∞ X εk ãk (1 − e α(ε) ε ζ ) k=0 α(ε) ε ζ → ∞ as ε → +0 となり接合出来ない。すなわち,重なり領域が存在しなく なり,(ii) の場合の漸近展開は構成できない。これは ε > 0 のときは,境界層は x = 0 の近傍 にのみ存在し,x = 1 の近傍には存在しないことを主張している。 となるが,e 注意 3.3 ε < 0 のときも全く同様に (2.3) の漸近展開を求めることが出来るが,この場合 は境界層は x = 1 の近傍に存在することになる。 4. 非線形問題 線形問題の場合は特異摂動法で求めた漸近展開が真の解に収束していることは明らかであ るが,非線形問題の場合は状況が異なる。ここでは,特異摂動法で求めた漸近展開を持つ真の 解が存在することを保障する (すなわち,漸近展開の正当性を与える) 必要がある。簡単な例 を用いて説明しよう。 例 3 非線形特異摂動問題 (nonlinear singular perturbation problem) 次の 2 点境界値問題: ( Pε u ≡ ε2 u00 + f (x, u) = 0, 0 < x < 1, 0 < ε ¿ 1, (4.1) u(0) = a, u0 (1) = 0 6 を考えよう。但し,0 < a < 1, f (x, u) = u(1 − u)(u − a(x)) で a(x) ∈ C ∞ [0, 1], 0 < a(x) < 1, 0 5 x 5 1。簡単の為にさらに,a(0) = 1/2 と仮定する (この仮定は本質ではない)。3 節の P∞ 復習を兼ねて,外部解の漸近展開を考えよう。U (x; ε) = k=0 εk Uk (x) を (4.1) の第 1 式に 代入し,εk (k = 0, 1, 2, · · · ) の係数を等値すると f (x, U0 ) = 0, fu (x, U0 )U1 = 0, 00 fu (x, U0 )Uk + Uk−2 =0 (k = 2, 3, 4, · · · ) が得られる。f (x, U0 ) = 0 より,U0 = 0, 1, a(x) のいずれでもよい。ここでは簡単の為に, U0 = 0 としよう。すると,fu (x, U0 ) < 0, (0 5 x 5 1) となり,Uk = 0, (k = 1, 2, 3, · · · ) とな る。( U0 = 1 としても状況は同じである) 非常に簡単になったが,外部解の漸近展開は U (x; ε) = 0 と求められた。3 節の考え方だと,この解は (4.1) の 2 番目の境界条件は満たしているが,x = 0 での条件 u(0) = a は満たしていない。したがって,x = 0 の近傍で拡大変数を導入し,内 部解の漸近展開を計算する。その後,重なり領域で接合して合成解を得る。しかし,ここで はこの方法を少し修正しよう。(3.5) の合成解は外部解+内部解−重なり領域での解と表現さ れているが,これを次のように考える。(3.5) の合成解は外部解+外部解の修正解。但し外部 解の修正解=内部解−重なり領域での解。3 節での考察から,外部解の修正解は境界層から 離れれば 0 となる。これを指導原理として,外部解の修正解の漸近展開を考えよう。修正が 必要なのは満たされていない境界条件を満たすように修正することであるから,内部解の時 と同様に,x = 0 の近傍で拡大変数 ξ = x/εα を導入し,外部解の修正解を û(ξ; ε) として, u(x; ε) = U (x; ε) + û(ξ; ε) = 0 + û(ξ; ε) を (4.1) に代入する。その結果 ¨ + f (εα ξ, û) = 0 ε2−2α û を得る。x = 0 では境界条件 u(0) = a を満たさなければならないので,û(0; ε) = a となる。 ここで注意しなければならないのは接合条件の代わりに次の整合条件 û(∞; ε) = 0 を課すこと である。従って, ( ¨ + f (εα ξ, û) = 0, 0 < ξ < ∞, ε2−2α û û(0; ε) = a, û(∞; ε) = 0 (4.2) を満たす。3 節と同様の理由で,α = 1 とする。外部解の修正解の漸近展開 û(ξ; ε) = P∞ k=0 εk ûk (ξ) k を計算する。(4.2) に代入して,ε (k = 0, 1, 2, · · · ) の係数を等値すると ( ¨0 + f (0, û0 ) = 0, 0 < ξ < ∞, û û0 (0) = a, û0 (∞) = 0, ( ¨k + fu (0, û0 )ûk = Fk (ξ), û ûk (0) = 0, ûk (∞) = 0, 0 < ξ < ∞, (k = 1, 2, 3, · · · ) (4.3) (4.4) 但し,Fk (ξ) は ûi , (0 5 i 5 k − 1) のみに依存する。 微分方程式 (4.3) の第 1 式の解軌道は図 2 のようになることから,(4.3) は単調減少な解 û(ξ) 7 を持ち,ξ → ∞ では指数関数的に 0 に減衰することがわかる。これらの性質を利用すれば (4.4) も逐次,解 ûk (k = 1, 2, 3, · · · ) を持ち,ξ → ∞ では指数関数的に 0 に減衰することが わかる。以上で,外部解と外部解の修正解の漸近展開が得られた。正確には次のことが言え @ 7 @7 図 2: 相平面図 た。cutoff 関数 θ(x) ∈ C ∞ [0, 1] を次のように定義する。θ(x) = 1, x ∈ [0, 1/4]; θ(x) = 0, x ∈ [1/2, 1]; 0 5 θ(x) 5 1, x ∈ (1/4, 1/2)。任意の自然数 m に対して,外部解 U (x; ε),外部解の 修正解 û(ξ; ε) の εm までの部分和を U m (x; ε), ûm (ξ; ε) と書き,合成解を m m um c (x; ε) = U (x; ε) + θ(x)û (x/ε; ε) とおくとき, ( m+1 Pε um ), 0 5 x 5 1, c = O(ε m 0 um (0) = a, (u ) (1) = 0 c c (4.5) が成り立つ。ここで,cutoff 関数を用いた理由は境界条件が厳密に満されるように考慮した為 である。これが接合漸近展開法による (4.1) の近似解の候補であるが,この近似の意味は (4.5) を満たすことのみであり,(4.1) の解が存在して,um c (x; ε) がその一様近似である正当性は何 も保障されていない。(でもこのことは非常に重要である。) 正当性の証明を与えるために,幾つかの準備を行う。まず,関数空間を設定しよう。 ( ) µ ¶k 2 X d 2 max | ε u(x)| < ∞ , Cε2 [a, b] = u ∈ C [a, b] | dx a5x5b k=0 2 Cε,a [a, b] 2 Cε,b [a, b] = {u ∈ Cε2 [a, b] | u0 (a) = 0, u(b) = 0}, = {u ∈ Cε2 [a, b] | u(a) = 0, u0 (b) = 0}. 真の解 u(x; ε) を以下の形で求めよう。 m u(x; ε) = um c (x; ε) + ε r(x; ε) これを (4.1) 式に代入して r に関して整頓すると ( m 2 m 00 ε2 r00 + ε−m f (x, um c + ε r) + ε (uc ) = 0, r(0) = 0, r0 (1) = 0. 8 0 < x < 1, (4.6) 2 (4.6) を簡単に T (r; ε) = 0 と表すと,T は Cε,1 [0, 1] から C[0, 1] への滑らかな写像となる。 次の陰関数定理は重要である。 定理 4.1(陰関数定理) T (r; ε) は任意の ε ∈ (0, ε0 ) に対して,定数 K > 0 が存在して (i) ||T (0, ε)||C[0,1] = O(ε) as ε → 0; 2 (ii) 任意の r1 , r2 ∈ Cε,1 [0, 1] に対して ¯¯ ¯¯ ¯¯ ∂T ¯¯ ∂T ¯¯ ¯¯ 2 [0,1] ; 5 K||r1 − r2 ||Cε,1 ¯¯ ∂r (r1 ; ε) − ∂r (r2 ; ε)¯¯ 2 Cε,1 [0,1]→C[0,1] ¯¯µ ¯¯ ¯¯ ∂T ¶−1 ¯¯ ¯¯ ¯¯ (0; ε)¯¯ (iii) 5 K ¯¯ ¯¯ ∂r ¯¯ 2 C[0,1]→Cε,1 [0,1] が成り立つとき,ε1 > 0 が存在して,任意の ε ∈ (0, ε1 ) に対して T (r(x; ε); ε) = 0 を満たす 2 2 [0,1] = O(ε) を満たす。 解 r(x; ε) ∈ Cε,1 [0, 1] が存在して ||r(x; ε)||Cε,1 (4.6) の方程式に対して,定理の仮定 (i) - (iii) をチェックすればよい。(i) は (4.5) そのもの である。これで,接合漸近展開法の重要性が理解して頂けたと思う。(ii), (iii) に関しても成り 立つが,これは読者の演習とする。 以上のことから, 2 定理 4.2(正当性) 任意の ε ∈ (0, ε1 ) に対して,(4.1) の解 u(x; ε) ∈ Cε,1 [0, 1] が存在し,任意 m の自然数 m に対して,u(x; ε) = um c (x; ε) + ε r(x; ε) と表される。但し,r(x; ε) = O(ε) ∈ 2 Cε,1 [0, 1] である。 これで接合漸近展開法で得た形式解の正当性が示された。 注意 4.1 外部解の構成のとき,U0 = 0 としたが,U0 = 1 としても同様の結果が得られる (図 3参照)。 注意 4.2 ここでは不動点定理を基礎とする陰関数定理を用いて解の存在を証明したが,証明 方法は他にも存在する。この問題のように比較定理が成り立つような問題に対しては,接合漸 近展開法で得た近似解を利用して sub-solution, super-solution を構成し,解の存在,及び解 の ε に関する評価を示すことが出来る ([12])。また,勾配系のようなエネルギーが存在する場 合にもこの近似解を利用して解の存在を示すことが出来る ([3])。さらに,接合漸近展開法と は異なる方法 (幾何学的な特異摂動法) も適用可能である ([1],[7] ,[22])。 5. 内部遷移層の問題 これまでは境界で急激な状態の遷移を持つ場合 (境界層) を見てきたが,同じような現象が 9 0.5 1 0.45 0.95 0.4 0.9 0.35 0.85 0.8 U(x) U(x) 0.3 0.25 0.75 0.2 0.7 0.15 0.65 0.1 0.6 0.05 0.55 0 0.5 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 0 0.2 0.4 0.6 x 0.8 1 x 図 3: u(x; ε) の挙動 (左図) U0 = 0, a = 0.5 (右図) U0 = 1, a = 0.5 内部で起こる例が多数存在する。ここでは,最も簡単な例を紹介しよう。 例 4 非線形特異摂動問題 (nonlinear singular perturbation problem) ( ε2 u00 + f (x, u) = 0, −1 < x < 1, 0 < ε ¿ 1, 次の 2 点境界値問題: (5.1) u0 (−1) = 0, u0 (1) = 0 を考えよう。f (x, u) = u(1 − u)(u − a(x)), a(x) ∈ C ∞ [−1, 1], 0 < a(x) < 1, −1 5 x 5 1。 さらに,a(0) = 1/2, a0 (0) 6= 0, a(x) 6= 1/2(x 6= 0) と仮定する (今度の仮定は本質である)。 これは 4 節で考えた例 3 と同じ問題であるが,境界条件だけが異なっている。この問題の数 値解は図 4 のようになる。 ε 7 Z ε 7 Z 1 1 0.8 0.8 0.6 0.6 0.4 0.4 0.2 0.2 0 -1 -0.5 0 0.5 1 Z Z 0 -1 -0.5 0 0.5 1 図 4: u(x; ε) の挙動 (内部遷移層) a(x) = x/4 + 1/2, ε = 0.1 図 4 によると,x = 0 の近傍で急激な変化が起こっているように見える。しかし,その正確 な位置が不明なので,u(`(ε); ε) = 1/2 で `(ε) を定義し,それを遷移層の位置と考える。そし て,(5.1) を 2 つの問題: ( ε2 u00 + f (x, u) = 0, −1 < x < `(ε), u0 (−1) = 0, u(`(ε)) = 1/2, 10 (5.2) ( ε2 u00 + f (x, u) = 0, `(ε) < x < 1, u(`(ε)) = 1/2, u0 (1) = 0 (5.3) と分割する。すると,(5.2), (5.3) はそれぞれ,x = `(ε) に境界層を持つ問題と考えることが 出来る。これは 4 節で取り扱った問題と同じである。しかし,`(ε) は未知であることに注意し よう。そこで,(5.2), (5.3) に対して,4 節の方法で得た解を u− (x; ε; `(ε)), u+ (x; ε; `(ε)) とす る。これを利用して (5.1) の解を得るには d − d + u (`(ε); ε; `(ε)) = u (`(ε); ε; `(ε)) dx dx (5.4) が成り立てばよい。この (5.4) が `(ε) を特徴づける関係式である。 実際,(5.2), (5.3) を解 くときは,境界の一端が ε の未知関数であるので,変数変換して,境界を既知の値に変換し てから行う。具体的には,(5.2), (5.3) において,それぞれ y = (x − `(ε))/(1 + `(ε)), y = (x − `(ε))/(1 − `(ε)) と変数変換して, ( ε2 uyy + (1 + `(ε))2 f ((1 + `(ε))y + `(ε), u) = 0, uy (−1) = 0, u(0) = 1/2, −1 < y < 0, (5.5) ( ε2 uyy + (1 − `(ε))2 f ((1 − `(ε))y + `(ε), u) = 0, 0 < y < 1, (5.6) u(0) = 1/2, uy (1) = 0 P∞ と書き換える。`(ε) = k=0 εk `k と漸近展開出来ていると仮定して,4 節の方法により接合漸近 展開法を適用し,その近似解に対して陰関数定理を利用して真の解 u− (y; ε; `(ε)), u+ (y; ε; `(ε)) を求める。上記の変数変換により,(5.4) は (1 − `(ε)) d d − u (0; ε; `(ε)) = (1 + `(ε)) u+ (0; ε; `(ε)) dy dy (5.7) となるので,この関係式を利用して `(ε) を決定する。(5.5), (5.6) の外部解は U0− (y; ε) = P∞ P∞ k + + 1, U0+ (y; ε) = 0 となり,外部解の修正解を û− (ξ; ε) = k=0 εk û− k=0 ε ûk (ξ) k (ξ), û (ξ; ε) = (但し,ξ = y/ε ) とおくと,û− k (ξ), (k = 0, 1, 2, · · · ) は ( ¨− + (1 + `0 )2 f (`0 , 1 + û− ) = 0, −∞ < ξ < 0, û 0 0 − û− 0 (0) = −1/2, û0 (−∞) = 0, − − − 2 ¨− ûk + (1 + `0 ) fu (`0 , 1 + û0 )ûk = −2(1 + `0 )f (`0 , 1 + û0 )`k − −(1 + `0 )2 fx (`0 , 1 + û− −∞ < ξ < 0, 0 )`k + Fk (ξ), û− (0) = 0, û− (−∞) = 0 k k を満たす関数であり,û+ k (ξ), (k = 0, 1, 2, · · · ) は ( ¨+ + (1 − `0 )2 f (`0 , û+ ) = 0, 0 < ξ < ∞, û 0 0 + û+ 0 (0) = 1/2, û0 (∞) = 0, 11 (5.8) (5.9) (5.10) + + + 2 ¨+ ûk + (1 − `0 ) fu (`0 , û0 )ûk = 2(1 − `0 )f (`0 , û0 )`k + −(1 − `0 )2 fx (`0 , û+ 0 < ξ < ∞, 0 )`k + Fk (ξ), û+ (0) = 0, û+ (∞) = 0 k k (5.11) ± ± を満たす関数であり,Fk± (ξ), (k = 0, 1, 2, · · · ) は û± 0 , û2 , · · · , ûk−1 ; `0 , `1 , · · · , `k−1 にのみ 依存する関数で ξ → ±∞ のとき指数関数的に 0 に減衰する。 (5.8), (5.10) が共に解を持つためには,a(`0 ) = 0 でなければならない (図 2 参照)。した がって,a(`0 ) = 0 を仮定すると (5.8), (5.10), (5.9), (5.11) (k = 1, 2, 3, · · · ) は一意解を持つ。 a(x) に対する仮定より,まず, `0 = 0 となる。以上で,(5.5), (5.6) の合成解は構成出来た。 u− c (y, ε) = 1 + ∞ X εk û− k (ξ), u+ c (y, ε) = 0 + k=0 ∞ X εk û+ k (ξ). (5.12) k=0 これを利用すれば,(5.5), (5.6) が真の解 u± (y; ε) を持つことが証明でき,その漸近展開は (5.12) で与えられる。最後に,(5.7) を用いて `(ε) を決定しよう。まず,û± k は `0 , `1 , · · · , `k にのみ依存していることに注意しよう。u± (y; ε) の漸近展開 u± (y, ε) を (5.7) に代入して, c k ε (k = 0, 1, 2, · · · ) の係数を等値する。`0 = 0 は既に決まっているので,k = 0 のとき, ˙+ û˙ − 0 (0) = û0 (0) となるが,(5.8), (5.10) より s Z s Z 1 û˙ − 0 (0) = − 2 f (0, s)ds, 1/2 û˙ + 0 (0) = − 2 0 f (0, s)ds 1/2 と表され,仮定 a(0) = 1/2 より自動的に成り立つ。任意の自然数 s に対して,k = 0, 1, 2, · · · , s− 1 まで εk の係数を等値することにより,`0 , `1 , · · · , `s−1 が決定されたと仮定する。εs の係数 を等値すると, ˙− û˙ + (5.13) s (0) − ûs (0) = p1 となる。但し,p1 は既知の定数。(5.9), (5.11) より R0 − − − ˙− û˙ − s (0) = − −∞ û0 (η)[−2`s f (0, 1 + û0 ) − `s fx (0, 1 + û0 ) + Fs (η)]dη, R 1/2 R 1/2 = 2`s 1 f (0, s)ds/û˙ − fx (0, s)ds/û˙ − 0 (0) + `s 1 0 (0) + p2 , û˙ + s (0) = − R∞ 0 = −2`s + + + ˙+ û˙ + 0 (η)[2`s f (0, û0 ) − `s fx (0, û0 ) + Fs (η)]dη/û0 (0), R0 1/2 f (0, s)ds/û˙ + 0 (0) + `s R0 1/2 fx (0, s)ds/û˙ + 0 (0) + p3 . 但し,p2 , p3 は定数。これを (5.13) に代入すると, Z 1 `s fx (0, s)ds/û˙ − 0 (0) = p4 . (5.14) となる。但し,p4 は定数。一方, Z 1 Z fx (0, s)ds = −a0 (0) (5.15) 0 0 1 s(1 − s)ds = −a0 (0)/6 6= 0 0 12 より,(5.14) を満たす `s は一意に決まる。以上より,`k (k = 0, 1, 2, · · · ) は逐次決定される。 `(ε) の正当性を示すには,任意の自然数 m > 1 に対して `(ε) = m−1 X εk `k + εm `˜ k=0 とおき,(5.7) に代入する。その式を ˜ ε) ≡ ε−m {(1 + `(ε)) Φ(`; d + d u (0; ε; `(ε)) − (1 − `(ε)) u− (0; ε; `(ε))} = 0 dy dy と書くとき, ∂Φ (`m ; 0) = ∂ `˜ Φ(`m ; ε) = O(ε), Z 1 0 fx (0, s)ds/û˙ − 0 (0) が成り立つ。ここで,インデックス I を ½ I = sign ∂Φ (`m ; 0) ∂ `˜ ( ¾ = sign a0 (0) − − û˙ 0 (0) ) で定義する。但し, +1 f or sign{x} = 0 f or −1 f or x > 0, x = 0, x<0 ˜ ˜ = `m + O(ε) が一意に である。I 6= 0 のとき,陰関数定理より,Φ(`(ε); ε) = 0 を満たす `(ε) 存在する。以上より次の結果をえる。 2 定理 5.1 任意の ε ∈ (0, ε1 ) に対して,(4.1) の解 u(x; ε) ∈ C̊ε,1 [−1, 1] ≡ {u ∈ Cε2 [−1, 1] | u0 (−1) = m 0 = u0 (1)} が存在し,任意の自然数 m に対して,u(x; ε) = um c (x; ε) + ε r(x; ε) と表される。 但し, ( Pm k − −(x−`(ε)) 1 + θ( −(x−`(ε)) k=0 ε ûk ( ε(1+`(ε)) ) f or −1 5 x 5 `(ε), 1+`(ε) ) m uc (x; ε) = x−`(ε) Pm x−`(ε) 0 + θ( 1−`(ε) ) k=0 εk û+ f or `(ε) 5 x 5 1, k ( ε(1−`(ε)) ) `(ε) = Pm−1 k=0 2 ˜ εk `k + εm `(ε), r(x; ε) = O(ε) ∈ C̊ε,1 [−1, 1] である。 定理 5.1 の u(x; ε) のように領域の内部 x = `(ε) で急激な状態遷移を表す現象を内部遷移層 (interior transition layer) という。 注意 5.1 (5.1) の解の存在のためには,インデックス I 6= 0 が重要であるが,解の安定性に は I = 1 あるいは I = −1 が重要な情報を与える (6 章参照)。 13 注意 5.2 (5.1) は別の形の解 (図 4 の右図) を持つことが同様に証明出来る。 6. 安定性解析 uε = u(x; ε) を 5 節で構成した解とすると,uε は次の方程式 ( ut = ε2 uxx + f (x, u), t > 0, −1 < x < 1, ux (t, −1) = 0, ux (t, 1) = 0, t > 0. (6.1) の定常解である。ここでは,uε の安定性を考えよう。uε での線形化固有値問題は Lε u ≡ ε2 d2 u + fu (x, uε )u = λu, dx2 −1 < x < 1 (6.2) と表される。 D(Lε ) = C̊ε2 [−1, 1] ⊂ C[−1, 1], C̊ε2 [−1, 1] = {u ∈ Cε2 [−1, 1] | u0 (−1) = 0 = u0 (1)} Lε は自己共役なコンパクト作用素であるので,安定性を調べるためには実固有値の分布だけ を調べれば十分である。まず,固有値問題 (6.2) を次のような 1 階の方程式に書き換える。 ( εpx = q, − 1 < x < 1, (6.3) εqx = {λ − fu (x, uε )}p と q(−1) = 0, q(1) = 0. 任意の λ ∈ R に対して,初期条件 " # " # p1 (−1) 1 = , q1 (−1) 0 を満たす (6.3) の解をそれぞれ " V1 (x; ε; λ) = 初期条件 " p3 (1) q3 (1) # = を満たす (6.3) の解をそれぞれ " V3 (x; ε; λ) = " 1 0 # p2 (−1) q2 (−1) # " = 0 1 # p1 (x; ε; λ) q1 (x; ε; λ) " (6.4) " , " , p3 (x; ε; λ) q3 (x; ε; λ) # V2 (x; ε; λ) = p4 (1) q4 (1) # " = 0 1 # , # # " , p2 (x; ε; λ) q2 (x; ε; λ) V4 (x; ε; λ) = p4 (x; ε; λ) q4 (x; ε; λ) # とする。このとき,{V1 , V2 } と {V3 , V4 } は共に線形独立な (6.3) の解である。従って,(6.3) の任意の解は {V1 , V2 } あるいは {V3 , V4 } の線形結合で表されるので,q(−1) = 0 を満たす 14 (6.3) の任意の解は V1 の定数倍で表され,q(1) = 0 を満たす (6.3) の任意の解は V3 の定数 倍で表される。 固有値 λ に対する (6.3), (6.4) の非自明な解 V(x; ε; λ) = (p(x; ε; λ), q(x; ε; λ))t は非零な定 数 α, β が存在して V(x; ε; λ) = αV1 (x; ε; λ) = βV3 (x; ε; λ) と表される。このことは λ が Lε の固有値であることと V1 (x; ε; λ) と V3 (x; ε; λ) が線形従 属であることは同値であることを意味している。G(x; ε; λ) を " p1 (x; ε; λ) G(x; ε; λ) = [V1 (x; ε; λ), V3 (x; ε; λ)] = q1 (x; ε; λ) p3 (x; ε; λ) q3 (x; ε; λ) # と定義すると,G(x; ε; λ) は次の行列微分方程式 " # 0 1 d ε G = G dx λ − fu (x, uε ) 0 を満たすので,任意の −1 5 x 5 1 に対して,正定数 C が存在して,次の関係式を得る。 detG(x; ε; λ) = C · detG(`(ε); ε; λ). さらに, g(ε; λ) = detG(`(ε); ε; λ) とおくと,g(ε; λ) は λ ∈ R の滑らかな関数であり,任意の −1 5 x 5 1 に対して det G(x; ε; λ) = 0 であることは g(ε; λ) = 0 と同値である。 補題 6.1 λ ∈ R が Lε の固有値であることは g(ε; λ) = 0 の解であることと同値である。 さて,次の特異摂動問題を考えよう。p± (x; ε; λ) を ( Lε p− = λp− , −1 < x < `(ε), (6.5) − p− x (−1) = 0, p (`(ε)) = 1, ( Lε p+ = λp+ , `(ε) < x < 1, p+ (`(ε)) = 1, p+ (1) = 0 (6.6) の解とする。このとき, " # p− (x; ε; λ)/p− (−1; ε; λ) V1 (x; ε; λ) = , − p− x (x; ε; λ)/p (−1; ε; λ) " # p+ (x; ε; λ)/p+ (1; ε; λ) V3 (x; ε; λ) = , + p+ x (x; ε; λ)/p (1; ε; λ) 15 −1 5 x 5 `(ε), `(ε) 5 x 5 1 はそれぞれの初期条件を満たしていることに注意しよう。4, 5 節と同じ方法 (接合漸近展開法) で,任意の λ = 0 に対して,(6.5),(6.6) の解を構成的に求めることが出来る。 注意 6.1 パラメータ ε に関する接合漸近展開法で (6.5),(6.6) の解を構成するとき,λ の ε 依 存性を考えなければならない。実際 (i) λ = O(ε),(ii) λ/ε → ∞, as ε → 0 の2つの場合に分 ける必要がある。詳しくは [15] を参照。 (6.5),(6.6) の解を利用して g(ε; λ) を計算し,その零点を見つけることが出来る。 定理 6.2 十分大きな ` > 0 に対して,ε2 > 0 が存在し,任意の ε ∈ [0, ε2 ) に対して, g(ε; λ) = 0 は λ = −ε` において,ただ 1 つの解 λ(ε) = ε · sign{û˙ − 0 (0)} a0 (0) + o(ε), R0 R∞ + 2 2 ˙ 6{ −∞ (û˙ − 0 (ξ)) dξ + 0 (û0 (ξ)) dξ} as ε → 0 を持つ。 定理 6.3 (6.1) の定常解 u(x; ε) のインデックスが I = +1 のとき,その定常解は安定であり, インデックスが I = −1 のとき,その定常解は不安定である。さらに,不安定解の不安定多様 体の次元は 1 である。 系 6.4 Jump-up 型 (図 4 の右図) の内部遷移層を持つ解 u(x; ε) は a0 (0) < 0 のとき安定であ り,a0 (0) > 0 のとき不安定である。逆に,Jump-down 型 (図 4 の左図) の内部遷移層を持つ 解 u(x; ε) は a0 (0) > 0 のとき安定であり,a0 (0) < 0 のとき不安定である。 注意 6.3 安定性の証明に関しては,様々な方法がある。上記以外には Lyapunov-Schmidt 法 ([9]),SLEP 法 ([26]), 変分法的な方法 ([3]),幾何学的な方法 ([8], [24]) などがある。 7. 反応拡散系と空間多次元問題 化学反応論や数理生物学における様々な問題,燃焼問題,凝固問題などにおけるパターン形 成の解明において,内部遷移層現象を初めとする様々な特異摂動問題が提起され,それらの遷 移層を持つ解の存在や安定性,解の分岐現象の解析に接合漸近展開法の考え方は威力を発揮 している。局所分岐理論で扱える多くの場合は自明解からの近傍に限定され,分岐点から離れ た大域的な解,すなわち,大振幅を持つ解を捕らえることの出来る方法が,ここで述べた特異 摂動法である。特に 2 変数反応拡散系に関しては,ここ 20 年の間に様々な角度から膨大な研 究が行われた。これらについて述べる紙面もないので,参考文献を挙げるに留める。 ・定常解の存在と安定性に関する文献:[4],[20],[23],[26], [31], [27]. ・進行波解の存在と安定性に関する文献:[6],[19], [28], [10], [17], [18], [16]. 16 空間多次元の問題では Allen-Cahn 等のスカラー方程式に関しては幾つかの結果は提出さ れているが,システムになると急激に難しさが増大する。それは,外部問題での第 0 近似解 を求める問題は内部遷移層に対応する内部境界を同時に求めるといった自由境界問題となり, 幾何学における曲面の運動と密接に関係していて,これからの研究が期待される ([5], [14], [32],[34],[29], [13], [33] )。 8. 終わりに この講演では,接合漸近展開法の基本的な考え方を中心に簡単な例のみを上げ解説したが, 他にも日本語の優れた解説があるので,是非参考にして頂きたい ([21], [11], [25] 等)。特に [25] には,基本的な考え方から研究の第一線までのトピックスが網羅されており,パターン形成 の数理に対する研究姿勢が伺える文献である。解析的特異摂動法の一般的な解説書としては, [30], [2] などがあり,幾何学的特異摂動法の解説書としては,[22] などが適当と思われる。 最後に,本講演の機会を与えて下さいました組織委員の皆様に深く感謝申し上げます。 参考文献 [1] G.A. 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Suzuki, Nonexistence of higher dimensional stable Turing patterns in the singular limit, SIAM J. Math. Anal., 29(1998), 1087-1105. [30] R.E. O’Malley, Jr, Introduction to singular perturbations, Academic Press, New York, 1974. [31] K. Sakamoto, Construction and stability analysis of transition layer solution in reactiondiffusion systems, Tohoku Math. J., 42(1990), 17-44. [32] K. Sakamoto, Internal layers in high-dimensional domains, Proc. Roy. Soc. Edinburgh Sect. A, 128(1998), 359-401. [33] K. Sakamoto, Existence and stability of three-dimensional boundary-interior layers for the Allen-Cahn equation, Taiwnese J. Math., 9(2005), 331-358. [34] H. Suzuki, Asymptotic characterization of stationary interfacial patterns for reaction diffusion systems, Hokkaido Math. J., 26(1997), 631-667. 19 メモ 歪勾配系における安定性解析 柳田 英二 (東北大・理・数学) いわゆる activator-inhibitor1 型の反応拡散系においては,安定な空間パターン, 進行波,時間的振動,過渡的な時空間パターンの形成など,きわめて興味深い解の 振る舞いが観測される.しかしながら,activator-inhibitor 型の反応拡散系は順序保 存系2 ではないこと,解の周りの線形化作用素が自己随伴3 ではないこと,従って 固有値は実数とは限らずまた変分原理が成り立たないなど,一般的な解析にはいろ いろな困難がともなう.そこで,意味のある解析を行うためには,系に微小パラメー タを導入して摂動論的手法を用いて解析したり,あるいはパラメータの変化に伴う 分岐構造から解全体の構造を把握するなどの方法をとるのが普通である. 本稿では,このような方向とは異なり,各種の反応拡散系の一般的に取り扱うた めに歪勾配構造と呼ばれる特殊な構造を導入し,その枠組みの中で空間パターンの 安定性に関する解析を行うことを試みる.この歪勾配構造と呼ばれる構造はいわゆ る勾配構造とは非線形項の符号が多少変わるだけであるが,その定性的振る舞いは まったく異なる一方で,数学的には多少類似した構造を持っている.本稿では主に [24] の内容に基づき,歪勾配構造と勾配構造を対比させながら歪勾配反応拡散系の 安定性解析について解説していく. 1 activator: 活性化因子, inhibitor: 抑制因子. 2種類の因子 (生物, 化学物質など) が, 一方が他を 活性化させ, 他方がもう一方を抑制するという相互関係になっている. 自然界における様々な時空間 パターンは, このような関係にある2種類の因子の相互作用によって形作られていることが多い. 例 えば, (1.5) 参照. 2 なんらかの意味において, 方程式の解の間に順序関係をつけることができ, その関係が時間発展 しても保存される系をいう. 実数値をとる単独の反応拡散方程式は順序保存系であるが, 一般の反応 拡散系 (システム) は順序保存系ではない. 例えば, [20] を参照. 3 自己共役ともいう. 対称行列を一般化したもので, 量子力学におけるポテンシャル項のついたシュ レディンガー作用素 −∆ + q(x) などが例としてあげられる. 1 勾配系と歪勾配系 1 次の (m + n) 成分反応拡散系を考えよう. Sut = C∆u + f (u, v) T vt = D∆v + g(u, v) (1.1) ∂ ∂ u=0= v ∂ν in Ω in Ω on ∂Ω ∂ν ただし m, n > 0, u(x, t) = (u1 , . . . , um )t , v(x, t) = (v1 , . . . , vn )t とし,また Ω は十分 滑らかな境界 ∂Ω を持つ RN の有界領域,∂/∂ν は境界における法線微分を表すも のとする.また S と C は m 次の正定値対称行列,T と D は n 次の正定値対称行 列とする. ある滑らかな関数 W (u, v) : Rm+n → R に対し,非線形項 f = (f1 , . . . , fm )t : Rm+n → Rm および g = (g1 , . . . , gn )t : Rm+n → Rn が (1.2) f (u, v) = −∇u W (u, v), g(u, v) = −∇v W (u, v) と表されるとき,系 (1.1) は勾配構造を持つという.ただし,∇u と ∇v は u と v に 関する勾配作用素 ∇u := ( ∂ ∂ t ,..., ), ∂u1 ∂um ∇v := ( ∂ ∂ t ,..., ) ∂v1 ∂vn である.一方,(1.2) を (1.3) f (u, v) = −∇u W (u, v), g(u, v) = +∇v W (u, v) で置き換えたとき,系 (1.1) は歪勾配構造を持つという. 勾配系の例として,超伝導のモデルである Ginzburg-Landau 方程式 (1.4) をあげておこう.実際 と置くと, この方程式は ut = uxx + u(1 − u2 − v 2 ) vt = vxx + v(1 − u2 − v 2 ) 1 W (u, v) = (1 − u2 − v 2 )2 4 ∂W ut = uxx − ∂u ∂W vt = vxx − ∂v 2 と表され,勾配系であることが分かる.一方,歪勾配系の例としては神経軸索のモ デルである FitzHugh-Nagumo 方程式 ut = ∆u + f (u) − v (1.5) τ vt = d∆v + ε(u − γv) があげられる.ただし τ, d, ε > 0, γ ≥ 0 は定数である.実際 W (u, v) := − と置くと,(1.5) は ∫ 1 f (u)du + uv − γv 2 2 ∂W ut = ∆u − ∂u τ d ∂W vt = ∆v + ε ε と表され,歪勾配系であることが分かる. ∂v 系 (1.1) が勾配構造または歪勾配構造を持つとき,汎関数 ∫ { (1.6) E[u, v] := Ω } 1 1 h C∇u, ∇u i ± h D∇v, ∇v i + W (u, v) dx 2 2 を導入しよう(± は勾配系に対しては + を,歪勾配系に対しては − をとるものと する).ただし ∇ は x についての勾配作用素で,C = ( cij ) , D = ( dij ) および h C∇u, ∇u i := m ∑ cij ∇ui · ∇uj , h D∇v, ∇v i := i,j=1 n ∑ dij ∇vi · ∇vj i,j=1 とする.(u, v) が (1.1) の解であれば, d E[u(x, t), v(x, t)] dt ∫ { = Ω ∫ { = Ω =− ∫ Ω } h C∇u, ∇ut i ± h D∇v, ∇vt i − f (u, v) · ut ∓ g(u, v) · vt dx } − h C∆u, ut i ∓ h D∆v, vt i − f (u, v) · ut ∓ g(u, v) · vt dx {Sut · ut ± T vt · vt } dx となる.従って,S, T は正定値であることから,勾配系では E[u, v] は時間的に常 に非増加であり,系はエネルギー E[u, v] が低くなる方向に発展していくことが分か る.これは勾配系には時間周期解は存在せず,また安定な平衡状態は E[u, v] の極小 となる状態として特徴づけられることを表している.一方,歪勾配系では E[u, v] は 時間的に非増加あるいは非減少とは限らず,その振る舞いは勾配系よりも複雑なも のになり得ることが予想される. 3 歪勾配系のダイナミクスがどのようなものかを多少理解するために以下のように 考えてみる.まず (1.1) の第1式において v が ψ(x) に固定されているとすると,u に関する方程式 (1.7) Sut = C∆u + f (u, ψ) in Ω ∂ u=0 on ∂Ω ∂ν を得る.この方程式の解 u(x, t) に対して ∫ { } d E[u(x, t), ψ(x)] = h C∇u, ∇ut i − f (u, ψ) · ut dx dt Ω = ∫ { Ω = − ∫ Ω } − C∆u · ut − f (u, ψ) · ut dx Sut · ut dx ≤ 0 が成り立つから (1.7) は E[u, ψ] に関する勾配系となっている.従って,u = ϕ が (1.7) の定常解であれば u = ϕ はまた E[u, ψ] の停留点であり,その逆も成り立つ.さ らには定常解 u = ϕ が (1.7) の解として安定であるということと,それが E[u, ψ(x)] の local minimizer であることは等価である. 同様に,(1.1) の第2式において u が ϕ(x) に固定されているとすると,v に関す る方程式 (1.8) T vt = D∆v + g(ϕ, v) in Ω ∂ v=0 on ∂Ω ∂ν を得る.この方程式の解に対し, ∫ d E[ϕ(x), v(x, t)] = {− h D∇v, ∇vt i + g(ϕ, v) · vt } dx dt Ω ∫ = ∫ Ω = Ω {D∆v · vt + g(ϕ, v) · vt } dx T vt · vt dx ≥ 0 となるから,(1.8) は −E[ϕ, v] に関する勾配系である.従って,v = ψ が (1.7) の定 常解であれば v = ψ はまた E[ϕ, v] の停留点であり,その逆も成り立つ.さらには 定常解 v = ψ が安定であるということと,それが E[ϕ, v] の local maximizer である ことは等価である. 一方,(1.3) より ( fv := ∇v f = および ( gu := ∇u g = ∂fi ∂vj ∂gi ∂uj 4 ) ) ( ) ( ) ∂ 2W = − ∂ui ∂vj ∂ 2W = + ∂uj ∂vi となるから fv = −gut が成り立つ.以上のことから,おおざっぱには,歪勾配構造を持つ反応拡散系とは, 二つの勾配系を歪対称にカップリングさせた系のことであると言える. 系 (1.1) の定常状態 (u, v) = (ϕ(x), ψ(x)) について考えよう.これは楕円型境界値 問題 (1.9) C∆ϕ + f (ϕ, ψ) = 0 D∆ψ + g(ϕ, ψ) = 0 ∂ ∂ ϕ=0= ψ in Ω in Ω on ∂Ω ∂ν ∂ν を満たす.定常解は, 汎関数 E[u, v] の停留点 (critical point) に対応することに注意 しよう.実際,(1.9) は E[u, v] のオイラー・ラグランジュ方程式に他ならない.上で 述べたように,勾配系の定常解の安定性は E[u, v] の local minimizer であるかどう かで判定でき,時定数 S, T の選び方に依らない.歪勾配系では事情はそう単純では ないので,安定性解析の標準的な手法の一つである固有値解析をおこなう.よく知 られているように [7], (1.1) の定常解としての (u, v) = (ϕ, ψ) の安定性は固有値問題 (1.10) λSU = C∆U + fu U + fv V λT V = D∆V + gu U + gv V (fu , fv , gu gv は (ϕ, ψ) における f, g の u, v に関する微分を表す)をノイマン境界 条件のもとで調べることによって判定できる.ある δ > 0 に対して (1.10) のすべて の固有値が Re{λ} < −δ を満たすとき,(u, v) = (ϕ, ψ) は (1.1) の定常解として線 形安定であるという.逆に実部が正の固有値が存在するとき,線形不安定であると いう.線形安定(不安定)であればリアプノフの意味でも安定(不安定)となる [7]. 勾配系に対しては (1.10) は自己随伴な固有値問題となり,すべての固有値が実数 で最大固有値が変分原理によって特徴付けられるなど,比較的扱いやすい性質を備 えている.ところが歪勾配構造に対しては自己随伴固有値問題とはならず,従って複 素固有値が存在し得るなど技術的,本質的な困難さが生じ,固有値の位置を特定す ることは一般に容易ではない.しかしながら,第3節で示すように,歪勾配系に特 有の歪対称なカップリングに着目すると,ある程度は固有値の実部に関する情報を 引き出すことが可能である.このためのキーとなるアイディアは,定常解が E[u, v] の停留点であることに注意し,その mini-maximizing property を考察することにあ る.歪勾配系に対し,もし u = ϕ が E[u, ψ] の minimizer で v = ψ が E[ϕ, v] の maximizer となるとき,(u, v) = (ϕ, ψ) は E[u, v] の mini-maximizer という. (より精 密な定義は第2節で与える. )以下では特に,(1.1) の定常解としての (u, v) = (ϕ, ψ) 5 の安定性と,E[u, v] の停留点としての mini-maximizing property との関わりについ て調べていく. 安定性と mini-maximizing property の同様の関わりは,いわゆる Turing の拡散 不安定性についても観察される.第4節では,空間一様な定常解の Turing の拡散不 安定性と,W (u, v) の mini-maximizing property の関わりについて考察する. 第5節では,歪勾配系の mini-maximizer の注目すべき性質として,凸領域におけ る mini-maximizer は空間一様なものに限ることを示す.この種の結果はスカラー反 応拡散方程式に関する Casten-Holland [1] や Matano [12] ,勾配系に関する Jimbo- Morita [5] や Lopes [11] の結果の類似が歪勾配系に対しても成り立つことを表して いる.この性質と,mini-maximizer の安定性に関する一般的な結果からいろいろな 性質を引き出すことが可能となる. 定義と準備 2 この節では主に歪勾配系について考え,E[u, v] の停留点に関する精密な定義と その基本的な性質について述べる. u = ϕ が E[u, ψ] の local minimizer であり,v = ψ が E[ϕ, v] の local maximizer となるとき,(u, v) = (ϕ, ψ) は E[u, v] の mini-maximizer であるという.より精密 には,(u, v) = (ϕ, ψ) が E[u, v] の mini-maximizer であるとは,H 1 (Ω; Rm ) (おお ざっぱには, 下の脚注を参照 ) における ϕ フある近傍内のすべての U に対して E[U, ψ] ≥ E[ϕ, ψ] が成り立ち,また H 1 (Ω; Rn ) における ψ のある近傍内のすべての V に対して E[ϕ, V ] ≤ E[ϕ, ψ] が成り立つことをいう.E[u, ψ] の停留点 u = ϕ が非退化であるとは,線形化作用素 (2.1) A := C∆ + fu に有界な逆作用素が存在することをいう.ただし,fu = fu (ϕ, ψ) は ( fu := ∇u f = ∂fi ∂uj ) ( ∂2W = − ∂ui ∂uj ) ` Ω 上で定義された ∫ ∑` ∫ R に値をもつ実数値ベクトル関数で、1階導関数までが2乗可積分であるも の, すなわち, j=1 ( Ω uj (x)2 dx + Ω u0j (x)2 dx) < ∞ をみたす関数 u(x) = (u1 (x), ...., u` (x)) の集 まりを H 1 (Ω; R` ) と表す. 6 で与えられる m 次の対称行列である.同様に,E[ϕ, v] の停留点 v = ψ が非退化で あるとは,線形化作用素 B := D∆ + gv (2.2) に有界な逆作用素が存在することをいう.ただし,gv = gv (ϕ, ψ) は ( gv := ∇v g = ∂gi ∂vj ) ( ∂ 2W = + ∂vi ∂vj ) で与えられる m 次の対称行列である.最後に,E[u, v] の停留点 (u, v) = (ϕ, ψ) が 非退化であるとは,u = ϕ と v = ψ がそれぞれ E[u, ψ] と E[ϕ, v] の非退化な停留点 であることをいう. さて,A を (2.1) で定義された作用素とし,固有値問題 (2.3) λSU = AU in Ω ∂ U =0 on ∂Ω ∂ν の基本的な性質について考えよう. 補題 2.1 (2.3) のすべての 固有値は実数である.さらに,有限の多重度を持つ最大 固有値 λu が存在し, ∫ λu = sup Ω {− h C∇U, ∇U i + fu U · U } dx ∫ U ∈H 1 (Ω;Rm ) Ω SU · U dx によって特徴付けられる.またこの上限は λu に対応する (2.3) の固有関数によって 達成される. 証明 fu が対称行列であることから,標準的な議論によって A は自己随伴であり 従って (2.3) のすべての固有値は実数であることがわかる.さらに,自己随伴固有値 問題に対する変分原理により,有限の多重度を持つ最大固有値が存在して上のよう に特徴付けられる. 2 この補題より,最大固有値 λu の値は S に依存するが,その符号は S と無関係で あることが分かる.λu < 0 のとき u = ϕ は (1.7) の定常解として線形安定であると いい,λu > 0 のとき線形不安定であるという. 補題 2.2 (ϕ, ψ) を (1.9) の解とすると以下が成り立つ. 7 (i) u = ϕ が (1.7) の線形安定な定常解となるのは,それが E[u, ψ] の非退化な local minimizer となるとき,またそのときに限る. (ii) もし u = ϕ が線形不安定であれば,それは E[u, ψ] の local minimizer とはなら ない. 証明 U ∈ H 1 (Ω; Rm ) を固定し,ε > 0 を微小なパラメータとする.ϕ は E[u, ψ] の停留点であるから, E[ϕ + εU, ψ] − E[ϕ, ψ] ∫ { = Ω 1 1 h C∇(ϕ + εU ), ∇(ϕ + εU ) i − h C∇ϕ, ∇ϕ i 2 2 } +W (ϕ + εU, ψ) − W (ϕ, ψ) dx = ε2 ∫ { Ω } h C∇U, ∇U i − fu U · U dx + O(ε3 ) が成り立つ.もし ϕ が local minimizer であれば,すべての U ∈ H 1 (Ω; Rm ) に対 して ∫ { Ω } h C∇U, ∇U i − fu U · U dx ≥ 0 が成り立つ.補題 2.1 より,これは λu ≤ 0 であることを意味する.さらに,も し ϕ が非退化であれば λu 6= 0 となる.従ってもし u = ϕ が E[u, ψ] の非退化な local minimizer であれば,λu < 0 となる.逆に,もし λu < 0 であれば,すべての U ∈ H 1 (Ω; Rm ) (U 6≡ 0) に対して ∫ Ω { h C∇U, ∇U i − fu U · U } dx > 0 となるから,u = ϕ は非退化な local minimizer である.よって (i) が示された. 次に λu > 0 と仮定しよう.すると補題 2.1 より,ある U ∈ H 1 (Ω; Rm ) (U 6≡ 0) に対して ∫ { Ω } h C∇U, ∇U i − fu U · U dx < 0 となる.すると ε > 0 が十分小さければ E[ϕ + εU, ψ] − E[ϕ, ψ] < 0 となる.よって u = ϕ は local minimizer ではなく (ii) が示された. 次に,B を (2.2) で定義された作用素とし,固有値問題 (2.4) λT V = BV in Ω ∂ V =0 on ∂Ω ∂ν 8 2 について考えよう.以下の補題は固有値問題 (2.3) に対する補題と同様にして示さ れる. 補題 2.3 (2.4) のすべての 固有値は実数である.さらに,有限の多重度を持つ最大 固有値 λv が存在し, ∫ { λv = Ω sup } − h D∇V, ∇V i + gv V · V dx ∫ V ∈H 1 (Ω;Rn ) Ω T V · V dx によって特徴付けられる.またこの上限は λv に対応する (2.4) の固有関数によって 達成される. これより,最大固有値 λv の値は T に依存するが,その符号は T と無関係である. λv < 0 のとき,v = ψ は (1.8) の定常解として線形安定であるといい,λv > 0 のと き線形不安定であるという. 補題 2.4 (ϕ, ψ) を (1.9) の解とすると以下が成り立つ. (i) v = ψ が (1.8) の線形安定な定常解となるのはそれが E[ϕ, v] の非退化な local maximizer となるとき,またそのときに限る. (ii) もし v = ψ が線形不安定であれば,それは E[ϕ, v] の local maximizer とはなら ない. 以上の補題より,(ϕ, ψ) が E[u, v] の非退化な mini-maximizer となるのは,u = ϕ と v = ψ が線形安定となるとき,またそのときに限ることが分かる. 定常状態の安定性 3 (ϕ, ψ) を (1.9) の解とする.(1.1) の定常解としての (u, v) = (ϕ, ψ) の安定性を 調べるために,固有値問題 (1.10) を (3.1) λSU = AU + fv V λT V = BV + gu U と書き直す.ただし A と B は (2.1) と (2.2) で定義される微分作用素とし,fv = fv (ϕ, ψ), gu = gu (ϕ, ψ) である.(3.1) の固有値 λ および固有関数 (U, V ) は一般に複 素数値であることに注意しよう. まず,(ϕ, ψ) が E[u, v] の非退化な mini-maximizer の場合について考えよう. 9 定理 3.1 (u, v) = (ϕ, ψ) が E[u, v] の非退化な mini-maximizer であるとする.こ のとき,任意の S と T に対し,(u, v) = (ϕ, ψ) は (1.1) の定常解として線形安定で ある. 証明 まず, λSU = AU + fv V λT V = BV + gu U と fv = −gut より ∫ (3.2) λ Ω SU · U dx + λ ∫ Ω ∫ T V · V dx = AU · U dx + Ω ∫ Ω BV · V dx となる.S と T は正定値対称行列であったから,積分 ∫ Ω ∫ SU · U dx, Ω T V · V dx の値は正である.一方,部分積分を用いると ∫ ∫ ∫ { ∂ AU · U dx = C U · U dx + ∂ν Ω ∂Ω (3.3) } − h C∇U, ∇U i + fu U · U dx Ω が得られる.右辺の第1項は境界条件より消える.第2項は補題 2.1 より ∫ { Ω } − h C∇U, ∇U i + fu U · U dx ≤ λu となる4 . 従って ∫ Ω を得る.同様に ∫ Ω AU · U dx ≤ λu BV · V dx ≤ λ ∫ Ω ∫ v Ω ∫ Ω SU · U dx SU · U dx T V · V dx である.補題 2.2, 2.4 より λu < 0, λv < 0 であるから,ある δ 0 > 0 が存在して ∫ Ω AU · U dx + ∫ Ω BV · V dx < −δ 0 {∫ Ω SU · U dx + ∫ Ω T V · V dx } が成り立つ.すると (3.2) より,ある δ > 0 に対してすべての固有値は <{λ} < −δ < 0 を満たすことが分かる.よって (u, v) = (ϕ, ψ) は線形安定な定常解である. 2 注. つい最近,Chen-Hu [2] は,topological linking の概念を用いて,定理 3.1 を より一般的な形に拡張することに成功している. 次に,u = ϕ は線形不安定(従って ϕ は E[u, ψ] の minimizer でない)場合につ いて考える.v = ψ が線形不安定の場合も同様にして扱えるので,この場合につい ては省略する. 4 U を実部と虚部に分けて補題 2.1 を適用する. 10 定理 3.2 (ϕ, ψ) を (1.9) の解とし,u = ϕ は (1.7) の定常解として線形不安定であ ると仮定する.このとき,各 S に対し kT −1 k が十分小さければ,(u, v) = (ϕ, ψ) は (1.1) の線形不安定な定常解となる. 証明 δ > 0 を十分小さく取って固定し,Λδ を Λδ := {λ ∈ C ; |λ − λu | < δ} と定義する.仮定より λu > 0 であるから,すべての λ ∈ Λδ に対して <{λ} > 0 と してよい.このときもし kT −1 k が十分小さければ λ ∈ Λδ に対して作用素 λT − B に有界な逆作用素が存在する.このとき,(3.1) の第2式は V = (λT − B)−1 gu U と書き直されるから,(3.1) の第1式に代入して (3.4) λSU = {A + A1 (λ, T )} U ただし A1 := fv (λT − B)−1 gu = T −1 fv (λI − BT −1 )−1 gu となる. λu の多重度は有限であり,また A1 は λ ∈ Λδ に滑らかに依存するから,線形作 用素の摂動に関する一般論 [6] より,固有値問題 µSU = {A + A1 (λ, T )} U は λ ∈ Λδ と T に連続に依存する固有値 µ = µ(λ, T ) を持つ.さらに,kT −1 k → 0 のとき kA1 k → 0 であるから kT −1 k → 0 のとき Λδ で一様に µ(λ, T ) → λu となる. 以上より,もし kT −1 k が小さければ Λδ からそれ自身への写像 λ 7→ µ(λ, T ) が定 義され,またこの写像は λ について連続である.従って Brouwer の不動点定理より この写像は Λδ 内に不動点を持つから,ある λ = λ̂(T ) ∈ Λδ に対して µ(λ, T ) = λ が成り立つ.明らかに λ = λ̂(T ) は (3.4) の固有値であり,また <{λ̂(T )} > 0 であ るから (u, v) = (ϕ, ψ) は線形不安定である. 2 注 3.1 定理 3.1 および 3.2 ヘ W = W (u, v, x) が空間変数 x に陽に依存する場合や, ノイマン境界条件の代わりにディリクレ境界条件 u = ξ(x), v = η(x), x ∈ ∂Ω, (ただし ξ(x), η(x) は与えられた境界値)に対しても上と同じ方法を用いて拡張で きる. 11 注 3.2 たとえ u = ϕ と v = ψ が両方とも線形不安定であったとしても,(u, v) = (ϕ, ψ) は (1.1) の線形安定な定常解となる場合がある.以下で簡単な例をあげよう. (2+1)-成分線形系 u1,t (3.5) = ∆u1 + u1 −5u2 +4v u2,t = ∆u2 vt +2v −2u1 −4u2 + v = ∆v を考える.この系は 1 5 1 W (u1 , u2 , v) = − u21 + u22 + v 2 − v(2u1 + 4u2 ) 2 2 2 および ∫ { E[u1 , u2 , v] := Ω } 1 1 1 |∇u1 |2 + |∇u2 |2 − |∇v|2 + W (u1 , u2 , v) dx 2 2 2 に関する歪勾配系であることに注意しよう. 容易に分かるように (u1 , u2 ) = (0, 0) は u1,t = ∆u1 + u1 u2,t = ∆u2 −5u2 の線形不安定 (λu = 1) な定常解であり,従って (u1 , u2 ) = (0, 0) は ∫ { E[u1 , u2 , 0] := Ω } 1 1 1 5 |∇u1 |2 + |∇u2 |2 − u21 + u22 dx 2 2 2 2 の minimizer とはならない.また v = 0 は vt = ∆v + v の線形不安定 (λv = 1) な定常解であり,従って v = 0 は ∫ { } 1 1 − |∇v|2 + v 2 dx 2 2 E[0, 0, v] := Ω の maximizer ではない. 一方,(3.5) の係数行列 1 0 2 0 −5 4 −2 −4 1 12 の固有値は −1, −1 ± ら,固有値問題 (3.6) √ 2i と計算できる.(3.5) は等しい拡散係数を持つ系であるか λU1 = ∆U1 + U1 −5U2 +4V λU2 = ∆U2 λV +2V −2U1 −4U2 + V = ∆V のすべての固有値は −1 + µk , −1 ± √ 2i + µk , k = 1, 2, . . . と表すことができる.ただし µk は 領域 Ω 上のノイマン型固有値問題 ∆U = µU に 対する k 番目の固有値であり,すべての k に対して µk ≤ 0 である.よって (3.6) の すべての固有値は負の実部を持つから,(u1 , u2 , v) = (0, 0, 0) は (3.5) の線形安定な 定常状態であることが示された. 拡散不安定性 4 (u, v) = (p, q) ∈ Rm × Rn を m + n 次元力学系 (4.1) Sut (t) = f (u, v) T vt (t) = g(u, v) の平衡点とする.すると明らかに (u, v) = (p, q) は反応拡散系 (1.1) の空間的に一様 な定常解である.平衡点 (u, v) = (p, q) に対し,固有値問題 λSξ = fu ξ + fv η, λT η = gu ξ + gv η, を考える.ただし,ξ ∈ Rm , η ∈ Rn であり,また fu , fv , gu , gv は (u, v) = (p, q) での微分を表す.この固有値問題のすべての固有値が負の実部を持つとき,平衡点 (u, v) = (p, q) は線形安定であるという. もし,fu と gv が負定値行列となるとき,平衡点 (u, v) = (p, q) は W (u, v) の非 退化な mini-maximizer であるという.他の定義は第2節と同様である. たとえ (u, v) = (p, q) が (4.1) の非退化な mini-maximizer であっても,それは反 応拡散系 (1.1) の空間的に一様な解として安定であるかどうかは自明ではない.こ の場合,不安定性は拡散によって生じたものであり,これを拡散誘導不安定性(あ るいは Turing [22] の不安定性)という. 次の結果は (u, v) = (p, q) が W (u, v) の非退化な mini-maximizer であれば,拡散 誘導不安定性は絶対に生じないことを示している. 13 定理 4.1 もし (u, v) = (p, q) が W (u, v) の非退化な mini-maximizer であれば, (u, v) = (p, q) は (1.1) の定常解としてすべての S, T , C, D に対して線形安定で ある. 証明 行列 fu は負定値であるから,補題 2.1 より (2.3) の最大固有値はすべての C に対して λu < 0 となる.同様に,(2.4) の最大固有値はすべての D に対して λv < 0 となる.従って,もし (u, v) = (p, q) が W (u, v) の非退化な mini-maximizer であれ ば,それはまたすべての C と D に対して E[u, v] の非退化な mini-maximizer とな る.すると定理 3.1 より,(u, v) = (p, q) はすべての S と T に関して (1.1) の定常解 として線形安定であることがわかる. 2 次の結果は,もし (u, v) = (p, q) が W (u, v) の mini-maximizer でないとすると, ある C と D に対して拡散誘導不安定性が生じることを表している. 定理 4.2 S と T を任意に固定し,また fu (p, q) が正の固有値を持つと仮定する.こ のとき,もし kCk と kD−1 k が十分小さければ,(u, v) = (p, q) は (1.1) の定常解と して線形不安定である5 . 証明 ∆ に対する領域 Ω 上のノイマン型固有値問題の負の固有値に対する固有関 数を θ(x) とする.すなわち,ある µ > 0 に対して −µθ = ∆θ in Ω ∂ θ=0 on ∂Ω U = αθ(x), V = βθ(x) ∂ν が成り立つとする.ここで とおくと,(1.10) は (4.2) λSα = (−µC + fu )α + fv β λT β = gu α + (−µD + gv )β と表される. λ0 > 0 を λSξ = fu ξ, ξ ∈ Rm の正の固有値とし,また Λδ := {λ ∈ C ; |λ − λ0 | < δ} 5 gv (p, q) が正の固有値を持つ場合も同様の主張が成り立つ 14 とおく.ここで δ > 0 を十分小さくとり,<{λ} > 0 がすべての λ ∈ Λδ に対して成 り立つようにしておく.もし kD−1 k が十分小さければ,作用素 λT + µD − gv は任 意の λ ∈ Λδ に対して有界な逆作用素を持つ.すると (4.2) の第2式は β = (λT + µD − gv )−1 gu α と表される.これを (4.2) の第1式に代入すると, { } λSα = −µC + fu + fv (λT + µD − gv )−1 gu α が得られる.従って,もし kCk, kD−1 k が十分小さければ,定理 3.2 の証明と同様 にして,(4.2) の固有値 λ = λ̂(C, D) が Λδ の中に存在する.<{λ̂(C, D)} > 0 であっ たから,(u, v) = (p, q) は (1.1) の定常解として線形不安定である. 5 2 凸領域 勾配構造を持つ反応拡散系に対し,Jimbo-Morita [5], Lopes [11] は,もし領域 が凸であれば空間的に非一様な定常解は線形不安定であることを示した.言い換え れば,勾配系の minimizer は空間的に一様なものに限るということである. ここでは,これと同様の結果が歪勾配構造を持つ反応拡散系の mini-maximizer に 対しても成り立つことを示そう. 定理 5.1 Ω を十分滑らかな境界 (C 3 ) を持つ凸領域とする.(ϕ, ψ) を (1.9) の空間 的に非一様な解とすると,λu > 0 あるいは λv > 0 が成り立つ. 証明 Jimbo-Morita [5] の方針に従う.U ∈ H 1 (Ω; Rm ), V ∈ H 1 (Ω; Rn ) に対し, u J [U ] = ∫ { Ω J v [V ] = ∫ { Ω } − h C∇U, ∇U i + fu U · U dx, } − h D∇V, ∇V i + gv V · V dx と定義する.すると J u [ϕxj ] = ∫ { Ω } − h C∇ϕxj , ∇ϕxj i + fu ϕxj · ϕxj dx ∫ ∫ ( ) ∂ = − Cϕxj · C∆ϕxj + fu ϕxj · ϕxj dx, ϕxj dx + ∂ν Ω ∫ ∂Ω J v [ψxj ] = { Ω = − } − h D∇ψxj , ∇ψxj i + gv ψxj · ψxj dx ∫ ∂Ω Dψxj · ∫ ( ) ∂ D∆ψxj + gv ψxj · ψxj dx ψxj dx + ∂ν Ω 15 が成り立つ.(1.9) を xj で微分すれば, C∆ϕxj + fu ϕxj + fv ψxj = 0 D∆ψx + gu ϕx + gv ψx = 0 j j j となる.従って fv = −gut より ( ) ( ) C∆ϕxj + fu ϕxj · ϕxj + D∆ψxj + gv ψxj · ψxj = −fv ψxj · ϕxj − gu ϕxj · ψxj = 0 を得る.よって J [ϕxj ] + J [ψxj ] = − ∫ { v u ∂Ω } ∂ ∂ Cϕxj · ϕxj + Dψxj · ψx dx ∂ν ∂ν j となるから,j について総和をとると (5.1) } 1∫ ∂ { J [ϕxj ] + J [ψxj ] = − h C∇ϕ, ∇ϕ i + h D∇ψ, ∇ψ i dx 2 ∂Ω ∂ν N { ∑ j=1 u v } となる.ここで Ω の凸性とノイマン境界条件から ∂ h C∇ϕ, ∇ϕ i ≤ 0, ∂ν ∂ h D∇ψ · ∇ψ i ≤ 0 ∂ν が成り立つ(より精密な議論は [12] を参照のこと). ここで λu ≤ 0 および λv ≤ 0 と仮定すると,補題 2.1 と補題 2.3 より,J u [ϕxj ] ≤ 0 と J v [ψxj ] ≤ 0 がすべての j について成り立つ.(5.1) の右辺は非負であったから, J u [ϕxj ] = 0 と J v [ψxj ] = 0 がすべての j について成り立つことになる. ある j について ϕxj 6≡ 0 と仮定しよう.補題 2.1 より,U = ϕxj は (2.3) の λu = 0 に対する固有関数だから,ϕxj は ∂Ω 上のある点において ϕxj = ∂ ϕx = 0 ∂ν j が成り立つ.よって Calderón の一意延長定理(例えば [16] を参照)より,ϕxj ≡ 0 となって矛盾である. 同様に,ある j に対して ψxj 6≡ 0 と仮定すると矛盾を生じる.よって λu > 0 ある いは λv > 0 が満たされていなければならない. 2 注 5.1 定理 5.1 において Ω の凸性は本質的である.非凸な領域では空間的に非一 様な mini-maximizer が存在することがある. 定理 5.1 からただちに次の結果が導かれる. 16 系 5.1 Ω を十分滑らか(C 3 )な境界を持つ凸領域とする.(ϕ, ψ) が (1.9) の空間的 に非一様な解であるとすると,ある S と T に対して,(u, v) = (ϕ, ψ) は (1.1) の定 常解として線形不安定である. 証明 定理 5.1 より,λu > 0 あるいは λv > 0 が成り立つ.すると定理 3.2 より, (u, v) = (ϕ, ψ) はある S と T に対して (1.1) の定常解として線形不安定となる. 2 注 5.2 もちろん,歪勾配構造のあるなしに関わらず,凸領域上の反応拡散系において 空間的に非一様な定常解が安定になる例は数多く知られている(たとえば [18, 19, 21] などを参照のこと). 6 その他の話題 本稿では主に mini-maximizing property と定常解の安定性の関わりについて解 説した.その他の問題に対して歪勾配構造による定式化を導入した研究,あるいは歪 勾配系と関連した研究として,1次元区間上の定常パルス解の安定性 (Yanagida [23]) や空間周期解の安定性 (Kuwamura-Yanagida [9, 10], Kuwamura [8]),非局所項を含 む方程式の有界領域上における定常解の安定性 (Yanagida [25]),Gierer-Meinhardt 系 とその一般化された系における安定パターンの特徴付け (Miyamoto [13, 14, 15]), エネルギー的な観点からの特異摂動問題の研究 (Ei-Kuwamura-Morita [3]),空間的 非一様性を持つ shadow system における定常解の安定性 (Nakashima-Miyamoto- Yanagida[17]) などがある.これらはいずれも歪勾配構造から導かれる特有の数理構 造を利用したものであるが,その解析はそれぞれ異なる技巧に基づいている.これ らの問題の間の相互の関係は興味深い問題であるが,まだ十分に解明されたとは言 えず,これからの課題である. 歪勾配構造は反応拡散系などの非線形系のダイナミクスを数学的に調べる上で,一 つの数学的枠組みを与えるものであり,その研究は今後一層発展することが期待さ れる. 謝辞. 本稿は,2002年 1 月 7 日ー 11 日に京都で開催された「応用解析チュー トリアル」のために作成したノートを,その後の発展をふまえて加筆修正したもの である. 「応用解析チュートリアル」の際に,桑村雅隆氏(神戸大学)には草稿を精 読して頂き,多くの貴重な助言を頂いた.特に,本稿の脚注はすべて桑村氏による ものである.ここに感謝の意を表する. 17 参考文献 [1] R. G. Casten and C. J. Holland, Instability results for reaction diffusion equations with Neumann boundary conditions, J. Differential Equations 27 (1978), 266–273. [2] Chao-Nien Chen and Xijun Hu, Stability criteria for reaction-diffusion systems with skew-gradient structure, preprint. [3] S.-H. Ei, M. Kuwamura and Y. Morita, A variational approach to singular perturbation problems in reaction-diffusion systems. Phys. D 207 (2005), 171– 219. [4] D. Gilbarg and N. S. Trudinger, Elliptic Partial Differential Equations of Second Order, 2nd ed., Springer, New York, 1983. [5] S. Jimbo and Y. Morita, Stability of nonconstant steady-state solutions to a Ginzburg-Landau equation in higher space dimensions, Nonlinear Analysis 22 (1984), 753–770. [6] T. Kato, Perturbation Theory of Linear Operators, Springer-Verlag, BerlinHeidelberg-New York, 1980. [7] H. Kielhöfer, Stability and semilinear evolution equations in Hilbert space, Arch. Rational Mech. Anal. 57 (1974), 150–165. [8] M. 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Yanagida, Stability Analysis for Shadow Systems with Gradient/SkewGradient Structure, (International Conference on Reaction-Diffusion Systems : Theory and Applications), RIMS Kokyuroku 1249 (2002), 133–142. 19 メモ 周期構造をめぐって -泡筏・ポリマー・Turing パターン- 北海道大学・電子科学研究所 西浦廉政 1 はじめに 化学反応系の渦巻きパターン、流体系のベナ−ル対流、さらに神経伝 播パルスや形態形成パターンなど散逸系のパターンダイナミクスは実に 多様である。これらが興味を集めるのは、他の多くの非線形系でも見ら れるように、ルールは局所的であるにも拘らず、全体としてはデザイナー がいるかのように美しい動的秩序が自発的に現れることである。その仕 組みを理解し、さらに予測や制御ができるようにするのがパターン形成 理論の大きな目標となる。 空間周期パターンの生成といえば、いわゆる Turing による「拡散不安定 性」に基づく生成原理が最もよく知られている(最後の補遺の章参照)。 それは一様な状態が種による拡散の速さの違いにより不安定化がおこり、 ある特定の波数モードが立ち上がるというものであった。化学反応系の実 験においてこの事実が確認されたのはわりと最近のことである。その後、 近藤滋氏の講演でも紹介されたように生命科学における実験でも Turing の視点は重要であることがわかってきている。しかし一般的には周期パ ターンは必ずしも一様な状態の不安定化から生じるわけではなく、全く 別の機構から生まれることも多い。歴史的にも反応拡散系という枠組み ではなく、例えば結晶構造や周期的極小曲面などで多様な周期構造が研 究されてきた。にもかかわらずこれらの間に深い関係があることが最近 わかりつつある. 本講演では Turing の拡散不安定性及びポリマーの周期構造に簡単に触れ た後, 周期構造の1ユニットの自発的生成原理のいくつかの例を示すこと で周期パターン生成の新たな視点を提示したい。ここでの議論はある意味 で Turing の生成原理と相補的なものであり、全体として周期パターンに関 1 わるダイナミクスの理解が深まれば幸いである。文献等については全く網 羅的ではなく, 本予稿を作成するに用いた教科書的なもの ([1, 2, 3, 4, 5, 6]) のみを中心に記載したので重要なものが多々抜けていると思われる. どう かご容赦願いたい. 2 周期構造-泡筏- 「はん」で押したようなという言葉があるが、周期構造を作るには「鋳 型」を用いるのが簡単である。鋳型にものを流し込み、それを並べてい けばよい。このようなものとしては図1のような「泡筏」(あわいかだ) がひとつの例となる。-ファインマン物理講義録「電磁波と物性」岩波書 店参照 - 図 1: 泡筏 図 2: 泡の不整合パターン 規則正しい泡筏を「実際に」作るには次のような問題を解決せねばな らない。 • 規則的な泡はどうして作るのか? • 六角状の蜂の巣パターンはどうして選ばれるのか? • パターンの不整合 (defect, dislocation 図2参照) は排除可能か? 規則的に作られた泡がたくさんあるとして2番目以降の問題を考えるの が数学としては普通の設定となるが、ここでは最初の生成原理も問題と したい。むろん実際の実験で使用する泡製造機は既に存在するが、ここ では数理的な意味で「自発的な規則パターン生成原理」はあるのかを考 えたい。話の順序として講演ではまず2番目のパターン選択問題を変分 法(エネルギー)の観点から議論し、その後1番の泡生成の問題を議論 する。3番目の不整合一般についてはおそらく最も難しくまた実際上も 重要な問題であるがここでは割愛する. しかし不均一性由来の不整合に よる自発的パターン生成に関連して最後に少し述べることにする. 3 表面積最小原理 石鹸を入れることで、膜の表面張力が弱くなり、結果として内圧と表 面張力のバランスから決まる泡の半径が石鹸がない場合と比べて, はるか に大きくなる。そのお陰で大きな泡を作ることができ、かつそれは長持 ちする。泡のサイズが均一な球になるのは、Young-Laplace の法則と一定 体積を包む最小面積の形は球であることによる。 「界面の面積は最小にし たい」が中に空気があり, いくらでも縮むことはできず、内外圧差と表面 張力からそのサイズが決まることになる. 泡が単独であればこれで終わ りであるが、たくさんある場合には泡の集合はどのような形状をとるで あろうか. 実際に実験してみると、図1のように蜂の巣状の六角構造を とる. これは円盤や球の最密充填問題とも関連するであろう. 一般に2つ の異なる物質が接して界面を形成するとき、その界面の占める面積を最 小にするというのは数学的にどのように定式化すればよいのであろうか? 次の節のエネルギー最小化原理がこれに答えるものとなる. 4 相反する力とのバランスにより生み出される多 彩な周期構造 -ブロックコポリマーを題材にして- 表面張力は局所的力であり、そこでの曲率に比例して働く。一方物理 的には弾性力のような長距離力もある。そのような長距離力は短距離力 とは異なる効果をもち、結果として多彩なパターンを生み出す力となる。 以下ではそのような例として共重合ポリマー系 (diblock copolymer) をと り上げ、短距離力と長距離力のバランスにより特徴的長さの決定、ダブ ルジャイロイドをはじめとする3次元モルフォロジーがいかにして生ま れるか議論しよう. 共重合コポリマーとは2種の異なるホモポリマーA及びBが結合したも のであり, 典型的にはそれらAとBは反発的である。したがってA同士あ るいはB同士で集まりやすくなる. それらが結合されていなければ、互い に離れ、最終的にはマクロ相分離となる (パンダ模様). しかし離れたく ともそれらが結合されているならば、マクロ相分離は不可能である。そ れでは何が起きるのであろうか?図2の模式図を見てみよう. このとき鎖 長が短い方(仮にこれをAポリマーとしよう)が丸く集まり、それらを 鎖長の長いBポリマーが取り囲むという状況が起きている. AとBはつ ながっているので、丸いAポリマーの塊の間の距離はAとBの鎖長の和 を越えることはない。結果として周期は高々それらの鎖長の和以下であ る。この長さは分子オーダーよりはるかに大きいが(通常何十万以上と いう分子鎖である), 目に見えるマクロスケールよりはうんと小さいいわ ゆるメソスケールとなっている. コポリマーの形態は次のエネルギー F ²,σ を最小にする minimizer とし て決定される。 F ²,σ Z n 2 ² |∇u|2 + W (u) = 2 Ω ¢2 o σ¡ dx + (−∆N )−1/2 (u − m) 2 Z 1 udx, ここで u ∈ H 1 (Ω) 及び m = |Ω| Ω (1) ここで W (u) は u = ±1 で最小値をもつ2重井戸ポテンシャルとよば れているものであり, m (−1 < m < 1) は2種類のポリマーの重量比を表 すパラメータである。第3項は 空間非局所項 であり、AポリマーとBポ リマーの結合を表す. この非局所性はここではラプラシアンの逆作用素 図 3: コポリマー:白丸(Aポリマー)と黒丸(Bポリマー)はつながって おり, A同士、B同士は集まりやすい. 少数派のAは丸い形状をとる. (反射境界条件の下での)の分数冪 (−∆N )−1 で表現されている。空間平 均 u − m は常に 0 となることに注意しよう. パラメータ σ > 0 ポリマー の鎖長に関わるものである。このような定式化の詳細は [1], [6] を参照さ れたい. このエネルギーから導かれる Euler-Lagrange 方程式はポリマー 粒子の保存を考慮すると H −1 (Ω) での勾配をとることが必要となり, 結果 として次のようになる. ここで f = −W 0 と書いた. ut = −∆{²2 ∆u + f (u) − σ(−∆N )−1 (u − m)} = −∆{²2 ∆u + f (u)} − σ(u − m), (2) ∂u ∂(∆u) = = 0, ∂n ∂n u0 = m. u(x, 0) = u0 (x), 相分離でよく知られた Cahn-Hilliard 方程式との違いは右辺の線形の反応 項だけであり、一見すると状態 u = m を安定化するだけのように見える が, 実際はそれが非局所項を担っており, 大きな違いを生む. まず1次元 の場合を考えよう. min F ²,σ (u) (3) u∈Am Z n ¯ ¯ 1 with Am := u ¯ u ∈ H (0, 1), o 1 udx = m . 0 大西ー西浦, Ren-Wei などにより次の結果が知られている([1] も参照). 定理 4.1 仮定 m = 0 と W (z) = W (−z) の下で. ある ²0 > 0 が存在して, 問題 (4.20) は 0 < ² < ²0 の範囲で次の性質を満たす最小解 u²,σ をもつ. (i) 最小解 u²,σ は一意に決まり, その周期 P ²,σ は次で特徴付けられる. ³ √ 2 ² ´ 31 + O(² 3 ). P ²,σ = 2 3 2 A σ (ii) 最小解でのエネルギー値は次のようになる. F ²,σ (u²,σ ) = ここで Z 4 ² ´ 32 σ³ √ 3 2A + O(² 3 ). 8 σ 1 A=4 p W (s) ds. −1 である. 1 注意 4.1 最小解の周期 (= O(² 3 )) は2種のポリマー間の遷移層の厚さ (= O(²)) とマクロスケール (= O(1)) との中間(メソ)スケールとなって いる. その周期は ² → 0 のときに 0 へ収束するので、この最小解は微細 構造を反映したものとなっている. さて上の最小解はなぜ微細構造をとるのであろうか. 界面(1次元の場 合は遷移層の個数)を最小にするという原理からはこれは一見矛盾する ようにも見える. 実際第3項の非局所項がない場合, つまり Cahn-Hilliard 方程式の場合, 界面はただ1点となり, これは前節の最小化原理と合致す る. しかし第3項が存在する場合, そのようなマクロ相分離解は F ²,σ を最 小にするものとはなりえない. 実際そのようなものは簡単な計算により 第3項を O(1) とするので, 最小解からはほど遠い. 逆に u = m の周りで 激しく振動する解はこの項を小さくする. それは作用素 (−∆N )−1/2 はコ ンパクト作用素であり, 激しく振動して 0 に弱収束するとこれは 0 に強収 束する. 一方であまり激しく振動すると第1項, 第2項の寄与が無視でき なくなる. 結果として丁度うまくバランスする振動周期があり, それはす べての項が同等に寄与する O(²1/3 ) というスケールとなるのである. 上の結果の2次元への拡張は Chen-大下らにより与えられ、それによ ると六角構造が確かにエネルギー最小を与えることがわかっている. しか し空間3次元においてはこの問題は単純ではない. 注意深い数値計算に よれば、ラメラや柱状構造以外にもダブルジャイロイドなどの複雑な3 重周期構造をもつ解が確認されており、そのいずれもがエネルギー最小 となるパラメータ領域をもつことが確かめられている ([7, 8] 参照). この 方向への厳密理論の展開は大きな課題の一つである. 多峰型エネルギー形状 空間非局所項は微細構造を生み出すのみならず、非常に多数の local minimizer も作り出すことも知られている. 定理 4.2 ([1]) 今 ² → 0 とすると, コポリマー汎関数 (4.18) の local minimizer の個数は無限大となる. ポリマーパターンと Turing パターン これまではあるエネルギー汎関数の minimizer の特徴付けという観点から そのスケールや形状を議論してきたが, それらは反応拡散系の定常解(い わゆる Turing パターン)とどのように関連しているのであろうか? 次 の新たな変数 v を導入することで、上の問題は以下のように書き換えら れることにまず注意しよう。 v = −²2 ∆u − f (u), ( 0 = ²2 ∆u + f (u) + v, 0 = ∆v − σ(u − m) − ut , u が時間依存しない場合, これは典型的な2変数反応拡散系の定常問題で あり, 多くの数学的手法によりその解の存在や安定性の議論が可能とな る。一方でこれまでに議論してきたように変分問題の minimizer として多 様な解が存在することもわかってきた. したがって自然な発想は Turing パターンを変分問題の解として捉えなおすこととなる. 実験的にも数多 く確認されたコポリマーの解の多様性が (とりわけ空間3次元における) Turing パターンの解の多様性を導くこととなる. 既に太田ー昌治ー上山ー 山田らにより数値的にこの方向の結果は得られつつある. しかしより広 い反応拡散方程式系の定常解に対して「擬変分構造」のような立場から 包括的に捉えることはまだできていない. 5 自発的パターン生成原理 これまでの議論では周期構造がどのように生み出されるのかについて はほとんど議論してこなかった. そのようなものが存在するとして、そ れがどのような構造や周期をもつのかを中心に述べてきた. 最初の例に あげた泡筏においても「個々の泡をどのように作るのか?」という生成 原理は重要である。それでは周期構造の単位をなすユニットは作る際の 指針になる考えはあるであろうか。いくつかの機構が発見されているが、 ここでは細胞分裂型と不均一型について簡単に説明しよう。共にある種 の不安定性がもたらす現象である. 5.1 自己複製ダイナミクス(細胞分裂型) 20000 20000 t t 0 0 0 x (a) 3.0 0 x 3.0 (b) 図 4: 自己複製パターン 定常パルスがサドルノード型の不安定性により、自分と同じパルスを 図 4 のように複製することが可能となる [9, 1, 4, 5]. 区間が有限であれば 最終的には周期パターンが得られる. 着目すべきは単独パルスは安定に は存在できないが、周期パルスは存在できるという点である。その意味 でも細胞と似たところがある。図 4 は Gray-Scott モデルという反応拡散 系を解いたものであるが、そこでは自明な平衡解は漸近安定で拡散不安 定性は起こらない. 講演ではもう少し詳しく説明したい. 5.2 不均一性から自動生成されるパルス 場が不均一であると、そこが新たな構造が出現する起源となることが ある [10]. 図 5 はある 3 種反応拡散系において, 反応項の係数がある点で 3200 t 2.5 (a) x 1600 1.5 図 5: 不均一性から生じるパルス生成 (a) パルス生成の時空プロット (b) 不均一性をつなぐヘテロクリニック解 (c) 不安定固有関数(複素固有 値) の形状. 出展は [10] 不連続性をもつ場合の例を示している. 横は空間1次元の軸, 縦は時間軸 である. そのような不均一性が不安定解の存在を可能とし、その不安定 解が安定周期進行パルスを生み出す機構を保持している. これについて も講演にて少し詳しく述べたい. 6 補遺ー拡散誘導不安定性 いま2つの物質 U = (u, v) の反応が次の常微分方程式 (以下反応系とよ ぶ) で書かれるとしよう。 du dt dv dt = f (u, v) = g(u, v) (4) これが安定な平衡点 U ∗ = (u∗ , v ∗ ) をもつとする。従って U ∗ で線形化し て得られる右辺の線形化行列の固有値の実部はすべて負である。これに 拡散効果を加えた次の方程式 -反応拡散系- において何が起きるかが問題 となる。 ∂u = Du ∆u + f (u, v) ∂t (5) ∂v = Dv ∆v + g(u, v) ∂t ここで ∆ は N-次元ラプラシアン、Du , Dv は拡散係数であり、境界条件 は周期条件を採用する。また必要なら平行移動して平衡点は U ∗ = (0, 0) として構わない。具体的には非線形性をフィッツフ・南雲型とよばれる次 の場合 f (u, v) = u(1 − u)(1 + u) − v, g(u, v) = ²(u − γv) (6) を頭において以下の計算をみていけばよい (², γ は正定数)。そこでの線 形化行列の符号は非線形項 (6) の場合次のようになる。 à fu fv gu gv ! à = + − + − ! U ∗ の (4) の解としての安定性は fu gv − fv gu > 0 fu + gv < 0 (7) の2条件により保証される。一般に線形化行列が上の符号をとるとき (u, v)-系は活性-抑制系 (activator-inhibitor system) とよばれる。それは fu > 0 は活性化因子 u の自己増殖を、fv < 0 は v による抑制効果を、 gu > 0 は u の存在が抑制化因子 v の増大を促し、gv < 0 は抑制化因子だ けでは減衰していくことを意味することによる。これはむろん平衡点の 近傍のみで有効であり、大域的には3次非線形性は u の飽和効果も与え る。ここで注目すべきは、平衡点 (0, 0) は漸近安定であるが、v = 定数 と固定し、u のみの方程式と考えれば (0, 0) から離れていく。最終的には 3次曲線 f (u, v) = 0 の右あるいは左の枝に到達する。従ってもし v の拡 散が u に比べて非常に速く平坦になれば、この隠れた不安定性を引き出 せるかもしれない。実際これは可能であり、後出の必要条件 (20) の直感 的意味もここにある。それを見るために、反応拡散方程式 (5) の一様解 U ∗ = (0, 0) における次の線形化方程式を考えよう。 ∂ ∂t à z1 z2 ! à = Du 0 0 Dv ! à ∆ z1 z2 ! à + a b c d !à z1 z2 ! (8) 次の形で解を求めればよい。 à z1 z2 ! = Φk exp(ωk t + ik · r) (9) (17) に代入すればわかるように、これは波数ベクトル k ∈ RN のフーリ エモードに対して時間的変動を表わす ωk という固有値をさがすことにな る。実際 ωk と k に関する特性方程式は次のようになる。 ωk2 − T ωk + S = 0 (10) ここで T = T (k 2 ) = fu + gv − k 2 (Du + Dv ), S = S(k 2 ) = fu gv − fv gu − (Dv fu + Du gv )k 2 + Du Dv k 4 (11) である。拡散は等方的であり、反応項は回転不変であるので、T , S は h = k 2 のみに依存する。条件 (7) 及び拡散係数は正なので、常に T < 0 である。まずスカラー拡散行列 Du = Dv のときは不安定性は起こらない ことを見ておこう。条件 (7) より S > 0 となり、T < 0 と合わせて (10) は 実部正の解はもち得ず、不安定化は起こらないことがわかる。従って以下 では Du 6= Dv の場合のみ考える。また常に T (h) < 0 なので、ωk は純虚 数値をとることはありえず、従ってホップ分岐はおこらない。よって実解 すなわち S = 0 となる場合のみ考えればよい。そこで拡散係数 (Du , Dv ) にどのような条件をつければ、ある波数 k に対応するモードの固有値 ωk が原点を通り、正になるかを計算しよう。まず fu gv − fv gu > 0 なので、 S = 0 が正の h で成り立つには Dv fu + Du gv > 0 (12) が必要条件となる。さらにそれが最初の不安定化であるためには dS/dh = 0、すなわち重解条件 (Dv fu + Du gv )2 − 4(fu gv − fv gu )Du Dv = 0 (13) が必要となる。このときの不安定波数 kc (重解の値)は ½ kc = fu gv − fv gu Du Dv ¾ 41 (14) で与えられる。注目すべきはこの値は U と V の拡散長の幾何平均に比例 し、境界条件などによらない系の固有の波長 L= 2π kc (15) をもつことである。これはベナ-ル対流のセルの大きさが外部要因で決定 される場合と対照的である。これはナビエ・ストークス方程式が流速零 の熱伝導状態での線形化方程式が上のような線形部分をもたないことに 起因する。 上の不安定化条件をよくみれば、 U ∗ での線形化行列の符号は必ずしも à ! + − である必要はない。実際 (7) と (12) より fu と gv は同符号で + − はあり得ない。従って fu gv < 0 かつ fv gu < 0 (16) となる。ここまでは u と v の役割分担については対称であった。必要な ら u と v を入れ替えれば、 fu > 0 かつ gv < 0 (17) と固定してよい。fv の符号は任意にとれるが、 fv < 0 gu > 0 (18) を採用すれば上の活性・抑制系となる。一方 fv > 0 gu < 0 (19) という選択肢を採用すれば基質・消費系 (substrate-depleted 系) と呼ばれ à ! + + るものになり、符号は となる。このとき v の存在は u を増大 − − (fv > 0) させる。v は反応基質(substrate)とも言うべきもので、u は温 度、v は消費される燃料のようなものに例えられる。グレイ・スコットモ デル (??) はこの基質・消費系の1例である(パラメータ (k, F ) を適当に とれば双安定系となり、(1, 0) ではない安定平衡点で線形化すればよい)。 線形化行列の転置を考えれば、基質・消費系と活性・抑制系は互いに共 役な系となっているといえる。(7) 及び (12) より、チューリング不安定性 がおきるときは D v > Du (20) でなければならない。すなわち抑制 (基質) 因子の拡散速度が活性 (消費) 因子のそれより速いときにのみこの不安定性がおきる。 さてなぜこのようなことが起こるのかを幾何的直感に訴える形で説明し よう。以下にお見せする数値実験は非線形項は (15) の形を採用する (² = 3, γ = 2/3)。空間変数 x を媒介変数とみて、(u, v)-空間で (5) の解をプロッ トすると、周期境界条件なので、ある閉曲線が得られる(x が増大する とき、閉曲線内部を左に見るようにとる。一般にはこの曲線は自分自身 と交わり、形状も複雑となるが、ここでは単純閉曲線となるように初期 値をとっている)。解の時間変化はこの閉曲線の動きを追うことになる。 反応項は (u, v)-平面の (13) のベクトル場に沿ってこの曲線を動かすよう に働く。拡散の役割は2階微分ゆえ、粗っぽくいえば曲率に比例した収 縮力となる。さらに拡散係数の違いは縮み方の 異方性をもたらす。これ らを用いて、なぜ拡散誘導不安定性が起きるか考えよう。U ∗ = (0, 0) の 近くに図 6 のような初期値をとろう。これは (u, v)-平面では (0, 0) を囲む 円周となる。以下の 2 つの場合を比較することで拡散の役割が明確にな る。 図 6 はスカラー拡散 (Du , Dv ) = (10, 10) の場合、そして図 7 は拡 散不安定性条件をみたし、従って抑制因子の拡散が速い Du < Dv 場合で v time = 0.00 u x u v time = 0.50 time = 1.00 time = 2.00 time = 4.00 図 6: 等拡散の場合:Du = 10, Dv = 10. 円状の初期値から出発したときの 時間発展を (u, v)-空間でプロットしたもの。右はその拡大図であり、左は 解のグラフ表示である。右斜めに楕円状に変形するのは、反応系のダイ ナミクスによる(安定結節点)。その後はすばやく輪が縮み、平衡点に収 束する。 time = 0.00 v u x u v time = 0.05 time = 0.50 time = 2.00 time = 8.00 図 7: 異なる拡散の場合:Du = 0.4, Dv = 250. v-方向が圧倒的に速く縮 むため、輪は扁平となりほとんど u-軸に平行な線分となる。この制限さ れた方向では u は増大し、平衡点から離れて行く。 ある。仮定より (0, 0) は安定結節点ではあるが、その線形化行列の符号か ら円上の第 2(4) 象限から出発した軌道は一旦左下(右上)に行ってから 原点に収束する。これに均等な拡散効果が入ると図 6 のようにこの動き が最初見られるが、その後一様にこの閉曲線は縮み、(0, 0) に漸近してい く。不安定化する図 7 の場合を詳しくみてみよう。わかりやすいように Du = 0.4, Dv = 250 とかなり極端にとったので、まず v-方向の縮みが急 速に進み、その結果、閉曲線は横長の扁平な楕円に変形する。前に注意 したように反応項のベクトル場は v を固定したとき、a > 0 であるから、 (0, 0) から離れ、3次曲線の右あるいは左のヌルクラインに向かって動く ことになる。よってこの扁平楕円は (0, 0) に近づかず離れてゆき - これが 拡散誘導不安定化 -、あるところで拡散の曲率による縮みと反応項のベク トル場がバランスするところで止まる。一言でいえば、 「拡散誘導不安定 化」とは拡散係数の違いが異方的縮みをもたらすことにより反応項のベ クトル場に内在していた不安定化を引き出した結果であると言える。抑 制種がより速い拡散により分散され、活性種の内包していた増殖力を抑 えきれなくなって現れ出た不安定化といえる。図 7 の場合にはかなりこ の比を大きくとったため、最終状態の空間非一様な定常解はそのグラフ からわかるように、f (u, v) = 0 の左右の枝に大部分乗っており、それら をつなぐ急峻な内部遷移層が形成されている。このような解は特異摂動 法により厳密に構成されることが知られている。 最後にこのようなチューリング不安定性を持つ時、ランダムな初期値か ら出発するとどのようなパターンが得られるであろうか? 1 次元の場 合は図 8 のような結果となる。ある特徴的な波長が選ばれていることが わかる。 最後に次のことを注意しよう。任意の安定平衡点からいつも拡散誘導 不安定性を起こせるわけではない。fu と gv が異符号であるという要請か ら、これらが共に負であるような安定平衡点では拡散不安定性はおこせ ない。これはどの方向に限定しても不安定方向は存在せず、異方的縮み が機能しないからである。 参考文献 [1] 西浦 廉政:「非線形問題 I - パターン形成の数理 - 」岩波講座・現代 数学の展開 7, 岩波書店 (1999). 100 t 0.6 u 0 x -0.6 100 0 図 8: ランダムな初期値から生成される1次元チューリングパターン [2] 西浦 廉政, 数学と化学・生物学 ー自己複製と自己崩壊のダイナミク スをめぐってー, 数学 52(4)(2000)404-416. [3] Y. Nishiura, Far-from-equilibrium Dynamics, AMS, (2002). [4] 西浦 廉政:「自己複製と自己崩壊のパターンダイナミクス」岩波講 座・物理の世界, 岩波書店 (2003). [5] 上山大信, 西浦廉政:「パターン形成とダイナミクス」-自己触媒系に 現れる自己複製パターンと時空カオス-, 非線形・非平衡現象の数理 4(三村昌泰監修), 東京大学出版会、2006 年 2 月 [6] 太田隆夫:「非平衡系の物理学」裳華房 (2000) [7] T. Teramoto and Y.Nishiura Stable gyroid morphology in a gradient system with nonlocal effects, J. Phys. Soc. Jpn., 71(7): 1611-1614 (2002) [8] 寺本 敬、西浦 廉政: 「ミクロ相分離のモルフォロジーとダイナミク ス」応用数理, 15(3): 16-27 (2005) [9] J.E.Pearson, Complex patterns in a simple system, Vol.216(1993),189-192. Science メモ [10] X.Yuan, T.Termaoto, and Y.Nishiura, Heterogeneity-induced defect bifurcation and pulse dynamics for a three-component reactiondiffusion system,Physical Review E 75(3)036220 (2007)