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事業リスク管理への動的モデルの適用

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事業リスク管理への動的モデルの適用
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研究ノート Research Note
研究ノート
事業リスク管理への動的モデルの適用
丸貴 徹庸 牛島 由美子 古屋 俊輔
要 約
企業が持続的成長を実現するためには、事業モデルを創出し、新事業の実行と定
着を図り、最終的に事業を安定化させ、効率化をめざすことが必要である。これら
の各段階で、事業リスク管理に求められる内容は異なる。事業リスク管理を組織で
円滑かつ効率的に行う上では、事業モデルの共有、マネジメント対象の特定とマネ
ジメント移行の判断、マネジメントの引き継ぎといった課題が存在する。
そこで、筆者らは事業モデルを可視化し、事業関係者、業務機能、経営資源の連関
を表現するバリューチェーンアプローチにより、これらの課題を解決することを提案する。
本アプローチでは、バリューチェーンの構造化技法にシステムダイナミクスを活
用し、リスクの定量評価が可能な動的モデルを構築する。
動的モデルの構築により事業構造を集合知化し、事業環境の変動をシミュレート
することで、その影響波及を定量的に把握できる。ロジスティクス、事業管理に必
要な情報の伝達、資金等の流れを動的に表現し、事業計画にもとづくシミュレー
ションや、実績にもとづく計画の修正・運用管理を実現することで、事業リスク管
理を支援する。
本稿では、これらを具体的に、価格決定戦略の評価、事業収益の評価、事業継続
計画の策定での事業影響評価へ適用した概要を紹介する。
目 次
1.事業リスク管理の戦略的なフレームワーク
2.バリューチェーンアプローチ
3.システムダイナミクスの活用
4.事業戦略検討への適用
4.1 モデルの活用
4.2 モデル適用事例の概要
5.まとめ
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事業リスク管理への動的モデルの適用
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Research Note
Application of Dynamic Model to Business
Risk Management
Tetsu Maruki, Yumiko Ushijima, Shunsuke Furuya
Summary
In order to promote sustainable growth, companies need to create new
business models, implement them, and finally obtain the stability and efficiency
of the businesses. In each stage, different scheme is required as the business
risk management. In smoothly and efficiently implementing the business risk
management system in an organization, there are issues to be addressed, such
as sharing of the business model, identification of management targets, its shift
point, and takeover to successor.
At this point, we propose a value chain approach that visualize the business
models and depict the relations among parties concerned, operational functions
and business resources.
In this approach, the system dynamics is used as a structured technique
for the value chain to establish a dynamic model by which risk can be
quantitatively evaluated.
The impact of the changes in the business environment can be quantitatively
evaluated by the simulation with the dynamic model, in which collective
intelligence of the business structure is implemented, and logistics and flow
of information and funds are dynamically presented. In this way, business risk
management is supported by the simulation performed based on a business plan,
and revision and operation of the plan based on the actual results.
This paper presents an outline of the specific application of the above model
to the business impact analysis in the evaluation of pricing strategy, evaluation
of operating revenue, and establishment of a business continuity plan.
Contents
1.Strategic Framework of Business Risk Management
2.Value Chain Approach
3.Utilization of System Dynamics
4.Application to Business Strategy Study
4.1 Utilization of Model
4.2 Outline of Model Application Example
5.Conclusion
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研究ノート Research Note
1.事業リスク管理の戦略的なフレームワーク
企業は、事業のプロセスや環境に内在するリスクを適切にコントロールしながら事業効率
を高めるとともに、イノベーション力を発揮することで事業の拡大や展開の機会を発見し、
これに適応することによって持続的な成長を実現する。企業の新陳代謝を繰り返す過程で
は、事業モデルの創出、新事業の実行と定着、事業の安定化と効率化をめざすサイクルが、
同時並行的に実行されている。動的モデルは、これらの事業戦略をマネジメントしていくた
めに、事業を構造化し、計画をシミュレートし、遂行を管理できるプラットフォームとなる
ことをめざしている。
図 1 に示すように、ブレークスルーから持続的成長へと移行していく過程で、事業リスク
管理の目的は異なる。成長の中長期目標を実現するために事業モデルを創出する段階では、
事業創出のために一定の資源を投入しながら、不確実性に富む偶発的な戦略リスクを見極め
ることで有望シナリオを導出する。新事業の実行と定着段階では、事業計画の前提に誤りが
ある可能性を認識した上で、計画の修正管理の中で組織学習を実践し、戦略リスクからオペ
レーショナルリスク管理へと体制を移行する。事業の安定化と効率化をめざす段階に至り、
軸足を事業計画の目標管理に移行させ、リスクファクターを特定し、モニタリングを行いな
がら対応を図り、同時に事業継続性を高めていくことが求められる。
図 1.事業リスク管理の段階的移行
持続的成長
ブレークスルー
事業モデルの創出
新事業の実行と定着
事業の安定化と効率化
偶発性の発見
偶発性の管理
予見的な管理
① 柔 軟 な事 業 計 画 修 正 オプションを
保 有 す る。
② 新 し い 価 値 基 準 を浸 透 させ る。
③ 既 存 事 業 資 源 を効 果 的 に 連 携 さ
せ る。
① ター ゲ ットとする市場を 明 確に
規 定 す る。
② 事 業 収 益 の 予 測 精 度 を 向上
させ る。
③ 事 業 の 収 益 性 を 向 上 させ る。
① 顧客、価値、実現方法を 創 造
する。
② 不 確 実 性 を、許容する。
③ 候補を抽出し、効果を 比 較
する。
作成:三菱総合研究所
これら異なるマネジメントの着眼点を区分し、組織的な活動を円滑かつ効率的に実現させ
る上で、筆者らは大きく次の 3 点の課題へ対応していくことが必要と考える。
( 1 )事業モデルの共有
製品・サービスの提供方法、リスクの所在を共有するとともに、リスク把握の十分性を確
保する。組織内の一部の専門家に偏在する暗黙知を集合知化し、関係者間で理解共有するこ
とで、組織力を最大限に発揮する。
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( 2 )マネジメント対象の特定とマネジメント移行の判断
修正可能性のある組織学習の機会はどこにあり、誰が取り組むべきかを明らかにする。一
定の知見を蓄積し、リスクの予測精度を高めている部分を特定し、適時にマネジメントを切
り替える。
( 3 )マネジメントの引き継ぎ
事業計画の修正管理から目標管理へと着眼点を切り替えても、継続的なマネジメントのフ
レームワークを維持する。事業担当部門・部署、担当者、キーパーソンが異動した場合に備
え、これまでの知見を確実に伝承する。
本稿では、これらの課題への解の 1 つとして、事業関係者と業務機能の連関を表現するこ
とで事業モデルを可視化し、事業リスクを動的に捉える手法を紹介する。
2.バリューチェーンアプローチ
バリューチェーンアプローチは、事業を構造化することを目的とする。図 2 に示す事業環
境モデルのように、事業関係者を特定し、相互の依存性について、各関係者の行動選択肢と
波及効果を結線された線上に定義していく。その上で、事業を成立させるための業務機能と
機能維持に必要となる経営資源、外部に依存する機能や資源を関連付けた事業モデルを作成
することで、「事業関係者」「事業関係者が担う役割」「役割の実現と維持に必要な経営資源」
へと、階層的に規定した業務連関を明らかにする。図 3 は、製造業の生産拠点における業務
の連関を構造化した例である。
図 2.事業環境モデル
金融機関
代替企業
当社
市場
調達先
関連会社
取引先
金融市場
顧客
提携・
協力・
委託企業
非顧客
株主
潜在的顧客
最終(影響)顧客
関連市場
代替企業
周辺立地企業
潜在的市場
市民
エネルギー・
通信インフラ
有識者
行政/
規制当局
社会
競合
直接競合
関連他社
潜在的競合
マスメディア
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ここから、事業リスクを把握するためには、バリューチェーンを途絶させる因子を、一つ
ひとつ洗い出していけばよい。そして、事業のどこに偶発的なリスクを保有し、どの部分は
予見的に管理可能であるかを特定することができる。
このような整理によって、キーパーソンが暗黙的に保有していた業務知識を、体系的な形
式知として具体化することが可能となる。
図 3.業務の構造化(製造業の生産拠点例)
集中購買
生産計画
生産移管
計画
生産管理
ライン増設
配送事業者
手配・管理
輸出入・管理
拠点調達
サプライヤー
原材料
受入・保管
生産
中間品
在庫保管
品質保証
梱包・出荷
配送事業者
廃棄物管理
外部事業者
凡例
: 機能連関
設備・動力
管理
拠点システム
管理
外部事業者
事業所管理
安全・環境管理
: 業務機能
: 外部依存
: 拠点機能
集約単位
: 在庫
作成:三菱総合研究所
3.システムダイナミクスの活用
システムダイナミクス(SD)はシミュレーション技法の 1 つであり、対象とするシステ
ムの経時的な挙動を記述するモデリング機能を有し、ソフトウェア上でシミュレーションを
実行することができる。モデルを記述する際には、入力(原因)と出力(結果)を連鎖とし
て、事業における実際の物の移動(物量)、情報、資金等の流れをそのまま、図 4 に例示す
るように、直感的で視認性のあるフローダイアグラムと呼ばれる図形式に可視化する。
第 2 章で述べたバリューチェーンアプローチでは、事業モデルをある特定の時点、もしく
は定常状態で形式化させた静的モデルにより、集合知を形成した。事業の全体構造を把握す
る上では有用であるが、事業モデルを構成するプロセスや事業環境の変化を取り込んだ結果
を動的に提示することはできない。実業においては不連続な事象の発生、季節要因等の周期
的な変動性が存在する。この変動を予測値(計画値)や観測値(実績値)として与えて具体
的にプロセスを動かしながら、事業上の影響範囲やその程度を知るためには、時間の概念を
持つ、動的モデルを用いたシミュレーションを適用することが有効といえる。
システムダイナミクスを用いることで、リスクを具体的に事業モデルに適用することが可
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能となり、ビジネスインパクトを経過時間とともに定量的に把握することができる。
事業を具体的に実行し管理していくためには、現物の流れ、要員の稼働や設備の性能など
の経営資源を、定量的に把握することが必要となる。システムダイナミクスは実際の物量を
その所在とともに把握し、実績のトレースからシミュレーションによる予測までを、同一の
プラットフォーム上に構築することを可能とするものであり、事業を管理する上で強力な
ツールになる。
図 4.生産拠点機能のシステムダイナミクスモデル化例
生産リスク
生産計画
販売計画
生産計画システム
物流システム
生産計画値
完成品
生産能力
在庫
出荷
出荷機能レベル
調達先稼働率 原材料
生産機能レベル
配送事業者稼働率
中間品在庫
労働力の確保
中間品入荷
作成:三菱総合研究所
4.事業戦略検討への適用
4.1 モデルの活用
これまでに述べた、バリューチェーンアプローチから動的モデル構築に至る一連のツール
の獲得は、偶発性の発見と管理を対象にした戦略リスク管理、予見的な管理を対象にしたオ
ペレーショナルリスク管理、リスクの顕在化後を対象とした危機管理のすべてに活用でき
る。すなわち、事業のさまざまな段階で異なる着眼点が必要となる事業リスク管理に対し、
一貫して適用可能なプラットフォームとなることが期待される。
戦略リスクを管理する上では、まず、事業モデルを構造化し、事業シナリオを構成する経
営資源を業務機能の連関にもとづいて体系的に記述するフレームワークが有効となる。この
上で、経営資源の置換や組み替えを行うことにより、バリューチェーンの根幹的な改革を
シミュレートし、この可能性を共有する。また、業務機能を損なう事業リスクをバリュー
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チェーンにもとづいて網羅的に把握、確認できる。偶発性に大きく依存する事業のリスク
ファクターの所在は、目に見える形で事業モデル上に具体的に特定することができ、実績値
を蓄積し計画値と比較する組織学習を実践しながら、事業計画の修正管理が実現される。
オペレーショナルリスク管理への適用では、構造化された事業設計図を保有することによ
り、事業キャッシュフローへのリスクファクターの寄与が明確となり、収益変動の定量的な
予測の定式化に役立つ。また、予見的な管理対象としてキーとなるリスクファクターの所在
を事業モデル上に特定し、モニタリング活動からリスクプロファイルを蓄積管理して事業計
画の予測精度を向上させていくことにより、事業計画の合理的な目標管理を実現する。実際
の物量や経営資源の活用状況から業務機能連携の効率を評価することにより、投入資源の配
置最適化機会を発見し、事業効率を高めることも期待できる。
危機管理の視点からは、リスクが顕在化した場合に事業を継続する上でのボトルネックを
容易に特定できる。外部に依存する資源、ステークホルダーの関係性が把握されていること
から、対応予測を反映することで事業の影響波及シナリオを評価し、事業影響(被害)の最
小化策の検討に役立つ。危機対応の有効性を検証課題として事業モデル上に設定すること
で、事業への影響・対応策・対応結果を机上でシミュレートする際にも活用できる。
4.2 モデル適用事例の概要
動的モデルを、戦略リスク管理、オペレーショナルリスク管理、危機管理へ適用した事例
を紹介する。
図 5.価格決定戦略評価のシステムダイナミクスモデル例
サプライヤーモデル
原材料供給量
自社
生産モデル
原材料在庫
原材料調達
原材料基準在庫量
生産量バランス
製品在庫
生産
在庫最大量
競合モデル
生産要望レベル
生産機能レベル
減産指示
基本生産量
原材料消費
市場供給
必売量入力値
自社品シェア
市場供給バランス
市場側希望購買量
需要家モデル
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( 1 )価格決定戦略の評価
石油化学製品の市場における需給バランスを図 5 に示すようにモデル化し、生産量、在庫
量、供給量等を算出した。サプライヤー、競合、需要家の行動を予測し、複数のケースを適
用することで、自社の市場ポジションを評価した。リスク管理ノウハウとして、過去の在庫
データ分析、現場担当者へのヒアリング内容を反映させ、在庫過剰/不足による生産調整な
ども再現した。
製品流通量のデータから、他社や市場における在庫量や過剰/不足といった流通状態を推
定し、少数のプライスリーダーによる戦略的判断が、多数のフォロワーへ影響を与えること
で市場が形成される過程を再現した。
( 2 )事業収益の評価
複数の海外生産拠点を展開する企業を対象に、中長期の事業収益予測を行った。事業モデ
ルを、決済、設備増設の追加投資、調達、生産、供給過程に分解し、200 近いリスクファク
ターテンプレートから、約 80 のリスクプロファイルを適用し、最終的にキーとなるリスク
ファクターを確定させ、収益への影響度を評価した。
キャッシュフローにキーとなるリスクファクターを組み込み、財務諸表を中長期にわたっ
てシミュレートすることで、収益予測の幅を評価した。また、新規拠点進出を加えた多拠点
生産体制による事業ポートフォリオを評価し、事業性の検討を行った。
( 3 )事業継続計画の策定
日本、中国、東南アジア等にグローバルに製造拠点を展開する企業を対象に、事業影響分
析を行った。首都直下地震の発生、海外工場での設備事故、東南アジアから全世界へと拡大
する新型インフルエンザの蔓延を具体的な脅威として設定し、経営資源の毀損度合いから、
事業継続上のボトルネックを特定した。
製品の市場性を、競合他社製品へのスイッチングまでの許容期間で評価し、流通在庫を含
めた在庫戦略の適正を検討するとともに、物流拠点の要員確保、製造拠点の復旧手順の見直
し、情報システムの頑健性確保などの対策が進められた。また、需給バランスに応じた最低
限の人員配置計画、供給優先順位策定に資する知見を得た。
5.まとめ
企業には、事業の進展状況に応じてマネジメントの着眼点が異なる事業リスク管理が求め
られる。本稿では、バリューチェーンアプローチにもとづき、システムダイナミクスの活用
で得られる動的モデルが、マネジメントのフレームワークとして一貫した事業リスク管理の
プラットフォームとなる可能性を、適用事例とともに示した。
筆者らは、今後、動的モデルを発展させ、経営資源の配分や業務プロセスを変更した場合
の経営効率と品質のトレードオフの定量評価を実現し、品質戦略に応じた原価低減策をシ
ミュレーションにより発見する手法の開発をめざしている。
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参考文献
[1]
ビジャイ・ゴビンダラジャン他著,酒井泰介訳:『戦略的イノベーション 新事業成功への条件
(ハーバード・ビジネススクール・プレス)』,ランダムハウス講談社(2006).
[2]
マイケル・E・レイナー著,櫻井祐子訳:『戦略のパラドックス』,翔泳社(2008).
[3]
古屋俊輔,丸貴徹庸,牛島由美子:「事業リスクのダイナミクス」『経営システム』Vol.19,
No.6,244-9(2010).
[4]
島田俊郎編:『システムダイナミックス入門』,日科技連出版社(1994).
[5]
Y.Ushijima,M.Terabe:“The Market's Pricing Mechanism Simulation Based on System
Dynamics and an Agent Model”,Proc. of APCOM’07-EPMESC XI (2007).
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