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研究リポート
転換が求められる
転換が求められる自動車用
が求められる自動車用燃料
自動車用燃料
2001 N 9 Ž
[要旨]
1.自動車に関わる環境問題には、①地球温暖化、②大気汚染、③石油資
源の枯渇の3つがある。このうち、①と②の間にトレードオフ関係が
存在する。すなわち、温暖化防止のために燃費を向上させようとする
と大気汚染が進行してしまう。このように、自動車の環境問題は非常
に複雑で解決が難しい。
2.地球温暖化防止のためには、燃費の向上がカギとなる。ガソリン直噴
エンジンやハイブリッド車、自動無段変速機など、わが国の自動車メ
ーカーを中心に様々な技術が開発されている。しかし、ガソリンエン
ジンの大型化に限界があるため大型車の環境対策にならないこと、自
動車普及台数の伸びが燃費向上の効果を減殺してしまうなど、課題は
多い。
3.大気汚染防止の技術としては、コモンレール方式や排ガス再循環方式、
ディーゼル・パティキュレート・フィルター(DPF)などが代表的で
ある。しかし、いずれも課題が残されており、大気汚染問題を解決す
る決め手にはなっていない。
4.自動車の環境問題を解決するには、従来の石油系燃料の利用を前提と
した技術ではなく、代替燃料の利用を考える必要がある。どのような
燃料を利用するかについては、積載重量を基準に小型車には圧縮天然
ガス(CNG)を、中型車には液化石油ガス(LPG)を、大型車には新
燃料のジメチルエーテル(DME)を利用することが望ましいと考え
られる。
5.DME は、軽油と比較してコストが高いため、現在自動車用燃料とし
て実用化されていない。そのため、どのようにして普及させていくか
が重要な課題である。環境対策に注力している国や地方公共団体が所
有する自動車や、電力部門での石炭代替としての利用が有力と考えら
れる。
調査研究部
研究員 宇都隆一
TEL:03-5281-7562
E-mail:[email protected]
[目次]
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
1.自動車に関わる環境問題の視点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
(1)三つの環境問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
(2)燃費向上と大気汚染のトレードオフ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
2.地球温暖化防止に向けた対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
(1)燃費向上の様々な技術・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
(2)ガソリンエンジンの限界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
3.大気汚染の問題と対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
4.代替燃料の開発をどうするか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
(1)代替燃料選択の視点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
(2)現行車両での利用は困難・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
(3)CNG、LPG利用の現実性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
(4)大型車の代替燃料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30
(5)自動車用燃料としてのDMEの特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
(6)DME普及促進のシナリオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
(7)導入期における課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
最後に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38
【別掲資料①、②】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39
【参考文献】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
はじめに
東京都が打ち出したディーゼル車NO作戦、行政の排ガス対策を不十分
とした尼崎の公害訴訟判決など、自動車の環境問題にかつてないほどの関
心が集まっている。特に、石原都知事がトラックから排出されるディーゼ
ル煤塵をペットボトルに入れて振りかざしてみせるというパフォーマン
スは、各方面で議論を巻き起こした。
その一方、自動車の環境問題を解決する切り札として燃料電池自動車の
実用化が目前に迫っている。ドイツのダイムラークライスラーは、2002
年にも大型バスで商品化を目指すとしており、トヨタ自動車も 2003 年半
ばには乗用車で商品化するとしている。確かに、燃料電池自動車の商用化
は環境技術的には重要な意義を持つ。しかし、現実の環境問題の解決をは
かるには、単に商品化されたというだけでは不十分である。世の中に広く
普及してはじめて、環境問題の解決という意味での実効性が伴ってくるか
らである。ダイムラーの大型バスは、一台一億円を超えるといわれ、トヨ
タの乗用車も 1000 万円をようやく切る水準であるという。このようなコ
スト高の状況を考えると、燃料電池自動車が普及していくにはなお多くの
時間を要すると思われる。そこで重要となってくるのが、燃料電池が普及
するまでの“つなぎ”を考えることである。
本稿は、こうした“つなぎ”となる技術や代替燃料の可能性について検
討したものである。第 1 章では、自動車に関わる環境問題についてどのよ
うな視点があるのか整理した。第2、3章では自動車メーカーが開発を進
めている環境技術についてサーベイを行なった。ここで、現在の延長線上
の技術では、環境問題の解決は難しいことが示される。第4章では、現在
のガソリンや軽油と異なる燃料、すなわち代替燃料による環境問題解決の
可能性について考える。特に、新燃料として期待の高まっている DME(ジ
メチルエーテル)について省察を加えている。
1
1.
自動車に関わる環境問題の視点
(1)三つの環境問題
はじめに自動車の環境問題を議論する上での基本的な視点を整理して
おきたい。様々な切り口が考えられるが、本稿では、①地球温暖化、②大
気汚染、③石油資源の枯渇、の3つの視点からまとめていく(図表1)
。
①地球温暖化
地球温暖化とは、二酸化炭素やメタン、フロン等の“温室効果ガス”が、
地球から放出される熱を遮ることで地球の温度が上昇していくことをい
う。温暖化によって、氷河が溶け出して海面が上昇し、場合によっては国
土が海中に埋没するなどの被害が懸念されている。
1997 年 12 月に開催された地球温暖化防止京都会議(COP3)では、
以下の内容を骨子とする「京都議定書」が採択された。
① 目標年次:2008 年∼2012 年
② 基準年次:1990 年
③ レベル :温室効果ガスを先進国全体で基準年より最低5%削減
④ 対象ガス:CO2、メタン、亜酸化窒素、HFC、PFC、SF6
わが国においては、CO2排出量の2割弱を自動車部門が占め、かつ今
後も大幅な伸びがみこまれていることから、その排出抑制対策の実施が急
務となっている(図表2)。具体的に自動車メーカーに求められるのは、
燃費の向上である。同じ距離を走行するのであれば、燃費の優れた自動車
の方がCO2の排出量が少ないからである。
「地球温暖化対策推進大綱」
(98 年 6 月決定)においても、自動車の燃
費基準の強化がCO2排出削減対策のひとつとして位置付けられ、2010 年
までに自動車燃費を 15∼20%向上(95 年対比)させることが目標として
掲げられている。
2
図表1 自動車に係る環境問題の視点
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NO˜APMÌ
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åC˜õâè
(資料)富士総合研究所
図表2 運輸部門のCO2排出量の推移
iYf·Z100œg“j
72
69.1
70.3
70.2
97N
98N
67.4
67
65.6
62
62.0
62.5
92N
93N
60.6
57.9
57
52
90N
91N
94N
95N
(資料)環境省編「環境白書」12 年版より作成
3
96N
②大気汚染
「道路運送車両法の保安基準」によれば、現在、排出量が規制されてい
る物質には、一酸化炭素(CO)
、炭化水素(HC)
、窒素酸化物(NOx)、
浮遊粒子状物質(SPM)
、ディーゼル黒煙などがある。このうち、大気汚
染問題で特に深刻なのが、窒素酸化物と浮遊粒子状物質である。
【窒素酸化物】
大気中の窒素と酸素が加熱によって結合されることで生成される。毒性があり、酸
性雨や光化学スモッグなどの原因物質とされ、300ppm 以上のNO2を吸入すると、
死に至るとされている。接する熱の温度が高く、燃料が完全に燃焼するほど多く排
出される傾向にある。なお、ディーゼルエンジンでは、吸入された空気が圧縮され
600℃近くまで温度が上昇するので、大量のNOxが発生する。
【浮遊粒子状物質】
大気中の粒子状物質(PM)のうち、粒系 10 マイクロメートル以下のものをいう。
発ガン性物質が含まれ、ゼンソクや花粉症等アレルギー性疾患を促進するといわれ
ている。特に、2.5 マイクロメートル以下の微粒子は、肺や気管に沈着して呼吸器に
悪影響を与える。ディーゼル車から排出される黒煙(すす)の中に多く含まれる。
燃料が濃く、燃え残りが多い時(たとえば、発進時や加速時)に大量に排出される。
図表 3、4は、大都市道路沿道地域における NOx、SPM について、環
境基準の達成状況を示したものである。これらの数値が示すように、大都
市部における大気汚染は深刻な状況にあることが分かる1。
1 図表3、4ともに 99 年の数値が著しく改善している。これについて環境省は「原
因は明確ではないが、気象等の一時的な要因によるところが大きいと考えられる」
(環
境白書・平成 13 年版)としている。
4
図表3 環境基準適合状況の推移(窒素酸化物)
iǔj
©®Ômn˜@ÌÁènæɨ¯é©®ÔroKXªèÇ
200
172
168
165
162
171
171
150
101
100
68
63
61
59
56
50
0
B¬¦
38.9“
41.2“
94N
95N
33.3“
34.3“
96N
35.7“
97N
59.1“
98N
99N
(資料)環境省編「環境白書」13 年版より作成
図表4 環境基準適合状況の推移(浮遊粒子状物質)
©®Ômn˜@ÌÁènæɨ¯é©®ÔrKXªèÇ
iǔj
150
120
113
109
142
137
129
100
50
90
B¬¦
8.3“
5.3“
16.7“
9.3“
20
0
9
6
94N
95N
12
96N
97N
(資料)環境省資料により作成
5
12.4“
63.4“
17
98N
99N
このため、車両ベースの基準値の強化も必要と考えられる。SPM は、
規制の対象となったのが 1993 年と諸外国に比べて大幅に遅れただけでな
く、基準値も極端に緩い。NOx は、現状でこそ最も厳しい基準値となって
いるが、2004 年以降は欧米との差が縮小し、米国では日本の将来規制値
を上回る厳しい規制の導入が計画されている(図表5、6)
。
図表5 日米欧の排ガス規制値の推移(SPM)
‡^kwh
ú{@@0.25
0.25
0.18
0.20
EU@@0.15
0.15
AŠJ
0.10
0.09
0.10
0.05
0.02
2000
2003
2007
2010(Nj
(資料)各種資料により作成
図表6 日米欧の排ガス規制の推移(NOx)
‡^kwh
7
EU@@7.0
AŠ[email protected]
6
5.0
5
4
3
ú{@@4.5
3.5
3.38
2
2.0
2.682
1
2000
2003
2007
(資料)各種資料により作成
6
2010iNj
こうした国の排ガス規制に対して、独自の基準を設けて対策に乗り出す
自治体が増えてきた。99 年、東京都知事に就任した石原慎太郎氏は、深刻
化する一方の都内の大気汚染問題を改善するべく「ディーゼル車NO作
戦」を打ち出した。埼玉県や川崎市もなども、東京都の施策に追随する姿
勢を示している。
その他、川崎公害訴訟、尼崎公害訴訟でそれぞれ NOx、SPM について、
健康被害との因果関係を認める判決が下された。この判決は、行政の排ガ
ス対策が不十分であることを示すものといえる。
③代替燃料の開発
環境問題を考えるにあたって、もうひとつの重要な視点は、ガソリンや
軽油など石油系燃料への依存度を引き下げることである。
あと 30∼40 年もすると、石油資源の需給はタイトな状況になるといわ
れている。これによって、原油価格が高騰したり、突発的な事態に対して
乱高下しやすい地合いが形成されると予想される。特に、わが国の場合、
政情の不安定な国が多い中東への依存度が 85%にも達している。
燃費改善や有害排気ガスの抑制という問題が仮に解決できたとしても、
石油系燃料に依存しつづける限り、価格面や数量面での不安定性から解放
されることはない。代替燃料の開発は、原油価格が安定している状況では
なかなか進まないのが実情であるが、エネルギーの安全保障の観点から重
視されるべき課題である。
7
(2)燃費向上と大気汚染のトレードオフ
自動車の環境問題の難しいところは、3つの環境問題のうち、温暖化の
問題と大気汚染の問題との間にトレードオフの関係が存在することであ
る。すなわち、温暖化防止のために自動車の燃費を向上させようとすると、
排気ガス中の有害物質が多くなり大気が汚染されてしまう。この点を、
「理
論空燃比」という概念を用いて説明しよう。
ガソリンを燃焼させるには、空気と混合する必要がある。この空気と燃
料との混合比率を空燃比という。混合比率が1:14.7 のとき、ガソリンは
完全燃焼し、空気中の酸素も残らない。これが「理論空燃比」である。
混合気を燃焼させると、空気の側から窒素酸化物(NOx)が発生し、燃
料の側から一酸化炭素(CO)と炭化水素(HC)が発生する。これらは全
て有害物質である。ここで、NOx に含まれる酸素を還元して、CO、HC
と化合させると2、NOx は N2(窒素)となり、CO と HC は酸素と結合し
て、CO2 と H2O になる。いずれも無害の物質である。このため、理論空
燃比の状態で燃料を燃やすと、一次的には有害物質が生成されるが、その
有害物質間で酸素を還元・結合させることにより、大気中に排出される際
には無害の物質に転換することが可能となる。
以上を基点に、燃費が向上した状態を考えてみよう。一般的に、空気が
多く燃料が少ない状態(空燃比が高い状態)になると、燃費が向上する。
その時、NOx は相対的に多く発生し、HC と CO の発生は相対的に少なく
なる。NOx と HC、CO の発生量がアンバランスな状態では、三元触媒を
利用しても NOx が余ってしまう。これがそのまま有害物質として大気中
に放出されるのである(図表7)
。
このように、燃費を向上させようとすると、NOx という有害物質が発生
し大気が汚染されてしまうのである。
2 このときに用いられるプラチナやロジウムなどの触媒を、三元触媒という。
8
図表7 燃費向上と大気汚染のトレードオフ関係
空気多・燃料少
燃費向上
大気へ
余ったNOx
三元触媒の働き
CO(一酸化炭素)
HC(炭化水素)
大気へ
大気へ
CO2(二酸化炭素)
H2O(水)
N2(窒素)
NOx(窒素酸化物)
空気が多いとNoxが過多になる
理論空燃比
O(酸素)が移動
<三元触媒>
CO(一酸化炭素)
HC(炭化水素)
NOx(窒素酸化物)
空気少・燃料多
CO、HCとNOxの量がバランスしてお互いに打ち消しあう
(資料)各種資料により作成
こうしたトレードオフの関係は「ガソリンエンジン」と「ディーゼルエ
ンジン」のもつ環境特性に端的にあらわれている。
ガソリンエンジンは、電子制御装置を使って理論空燃比の状態で燃焼さ
せるため、排気ガスから有害物質を除去することが可能となる。しかし、
空燃比の向上に制約があるため、燃費向上という意味では相対的に劣る。
これに対して、ディーゼルエンジンは、高い空燃比で燃焼させるのでガ
ソリンエンジンよりも燃費はよいが、逆に排ガス中に有害物質が多く含ま
れる(図表8)
。
9
図表8 ディーゼル車とガソリン車の環境特性
大気汚染の防止
(NOxやPMの削減)
地球温暖化の防止
(CO2の削減)
ディーゼル車
ガソリン車
×
○
○
×
(資料)各種資料により作成
こうしたエンジンの特徴に、先述した環境問題を重ね合わせると、具体
的な解決の方向性がみえてくる。すなわち、温暖化防止のためには、ガソ
リンエンジンの持つ「排ガスがクリーン」という特徴を維持しながら、燃
費をどれだけ向上させることができるかが課題となる。一方、大気汚染防
止のためには、ディーゼルエンジンの持つ「低燃費」という特徴を維持し
ながら、排ガスをいかにクリーンにするかが課題となる。
次章以下、まず第2章でガソリン車に焦点を当てて燃費向上に関する具
体的な取り組みやその限界、問題点を指摘する。続いて第3章で、ディー
ゼル車に焦点を当てて、大気汚染防止に関する具体的な取り組みやその限
界、問題点を明らかにする。
10
2.地球温暖化防止に向けた対策
(1)燃費向上の様々な技術
地球温暖化防止のためには、燃費の向上、改善を進めることが不可欠で
ある。地球温暖化の影響が特に懸念されている欧州では、ガソリン車より
も燃費の優れたディーゼル車の需要が高まっており、フランスでは、新車
販売のうちディーゼル車の占める割合は 50%にも達しているという。
しかし、急速なディーゼル車の普及に対する懸念も生じている。ディー
ゼル車は、大気汚染物質を多く排出するからである。
そこで現在進められているのが、ガソリンエンジンの燃費向上技術の開
発である。ガソリンエンジンは排気ガスが比較的クリーンであるから、そ
の特性を維持しつつ、できるだけ燃費改善をはかることが、クリーン性と
燃費向上の同時解決につながる。
①ガソリン直噴エンジン
一般のガソリンエンジンでは、空気が燃焼室(シリンダー)に送り込ま
れる直前の段階(吸気ポート)でインジェクターによって燃料が吹き付け
られ、混合気が形成される。これに対して、空気をいったんシリンダーま
で送り込み、その後、燃料をシリンダー内部に向かって直接吹き付ける方
式が直噴エンジンである。吹き付けられた燃料は、椀曲状に変形したピス
トン上で反射して点火プラグの周辺に集まる。そのため、点火に必要な部
分では濃い混合気が形成され、逆にその他の部分では希薄な混合気となる。
そして、全体では、通常のエンジンよりも空燃比が高くなり、燃費が向上
する(図表9)
。
直噴エンジンにはそれ以外の工夫も凝らされている。直立吸気ポートと
よばれるのものがそれである。ピストンが下がる際に、吸気ポートからシ
リンダーへ空気が流れ込む。このとき、吸気ポートが細かったり曲がって
11
いたりすると、流れが悪くなる3のでピストンの稼動にロスが発生する(い
わゆる吸気ロス)。直立吸気ポートは吸気ポートを太くし、またピストン
の稼動方向に空気の流れをあわせることによってこの吸気ロスをできる
だけ小さくしようというものである。
直噴化技術は、三菱自動車が 1995 年に世界で初めて実用化した。最新
の直噴エンジン技術では空燃比が 1:40 まで向上しており、従来型のガソ
リンエンジンに比べて2∼3割の燃費改善が可能となっている。
図表9 従来のガソリンエンジンと直噴エンジンの比較
直噴方式
燃料
インジェクター
従来の
ガソリンエンジン
直立吸気ポート
吸気ポート
排気ポート
排気ポート
点火プラグ
筒内に直接噴射
点火プラグ付
近は濃い燃料
シリンダ内で、燃料
が均一に分散
周辺部分は
希薄燃料
椀曲頂面ピストン
(資料)三菱自動車、日産自動車等の資料により作成
②ハイブリッド車
ハイブリッド車は、エンジンと電気モーターの2種類の動力源を組み合
わせて走行させる自動車である。ガソリンエンジンは発進時や加速時に効
率が低下するので、こうした領域では電気モーターを駆動させることで総
合的な燃費を高めることが可能となる(図表 10)
。
トヨタ自動車は 97 年 12 月に、世界で初めてハイブリッド車を実用化さ
3 例えば、注射器に空気を吸入する場合を考えてみよう。針の先端が尖っていると、
ピストンを引く際に抵抗がかかる。この抵抗による余分なエネルギー消費が、
「吸気ロ
ス」である。
12
せ、「プリウス」の商品名で発売した。その後、本田技研や日産自動車な
ども、ハイブリッド車を市場に投入している。
ハイブリッド車の燃費のよさは「3リッターカー」という表現であらわ
される。これは「100km の距離を3㍑の燃料(ガソリン)で走行する車」
の意味である。本田技研のハイブリッド車「インサイト」は、二人乗りで
はあるが、5速 MT 車で 35km/㍑という量産ガソリン車では世界一の高燃
費を達成している。
図表 10 ハイブリッドカーのしくみ
エンジン
リア
モーター
フロントモーター
バッテリー
インバーター
(資料)各種資料により作成
③自動無段変速機(CVT)
CVTは、走行状態に合わせて連続的に変速比を変えることができる変
速機のことである。この技術は日産自動車が先行している。同社は、97
年 9 月に世界初の 2000CCクラス対応CVT「ハイパーCVT」を実用
化、99 年には 3000CCクラス対応の「エクストロイドCVT」を投入し
た。
13
図表 11 エクストロイドCVTのしくみ
変速比=出力半径ro/入力半径ri
出力半径
ro
入力半径
ri
エンジンから
の入力
タイヤへの
出力
入力ディスク
出力ディスク
パワーローラー
LOW
High
(資料)日産自動車資料により作成
エクストロイドCVTのしくみについてみてみよう。図表 11 は、その
技術の中核部分を示したものである。エンジンの動力を受けた入力ディス
クの回転は、パワーローラーに伝えられ、パワーローラーから出力ディス
クに伝えられる。このパワーローラーの傾きを連続的に変えることで滑ら
かな無段変速が実現する。
14
パワーローラーの傾きが変化すると、入力ディスクとパワーローラーの
接点が描く円の大きさと、パワーローラーと出力ディスクの接点が描く円
の大きさが変化する。そして、その円の大きさの比が、入力ディスクと出
力ディスクの回転速度の比、すなわち変速比になる。出力ディスク側の円
が大きくなると、出力ディスク側の回転速度は入力ディスクより小さくな
る(従来のローギアに相当)
。逆に、出力ディスク側の円が小さくなると、
入力ディスクよりも速くなる(従来のトップギアに相当)。変速時のロス
がないので、効率性に優れ、従来のAT車に比べて約 10%の燃費向上が可
能となっている。
(2)ガソリンエンジンの限界
燃費改善の技術は長足の進歩を遂げてきたが、環境問題を総合的な観点
でとらえた場合、次のような課題が残されている。
①大気汚染とのトレードオフ
前章でみたように、「大気汚染」と「燃費向上」とのあいだには技術的
なトレードオフ関係がある。もちろん、一定の範囲内であれば、排ガスを
クリーンにしたままで燃費を改善させることも可能であろう。しかし、さ
らに燃費を向上させようとすればどうしても NOx 排出の問題は避けられ
なくなってしまう。
②大型車の対策にならない
ガソリンエンジンは主に小型・中型車に搭載されており、大型車には利
用されていない。そのため、ガソリンエンジンの燃費向上技術がいくら進
展しても、大型車の対策にはならない。
ガソリンエンジンが大型車に搭載されないのは、エンジンの大型化に限
界があるからである。ガソリンエンジンは、点火プラグで火花を飛ばして
シリンダー内の混合気を着火させる。この方法によると、シリンダーの容
15
積が大きくなるにつれて火花が届かない領域が発生し、燃え残りが多くな
り、燃費が悪くなってしまう4。当然、ガソリンエンジンの課題である燃費
向上とは逆行することになる。
③世界的な自動車普及台数の伸び
今後、発展途上国を中心に自動車普及台数の大幅な伸びが見込まれてい
る。一台あたり燃費改善効果も台数の伸びで打ち消されてしまう可能性が
高い。ガソリンエンジンの燃費向上技術も、限界に達しつつあるといわれ
ている。こうした点を踏まえると、トータルでみた二酸化炭素の排出量は
むしろ増加してしまうと考えられる。
4大型車、特に4tクラス以上のトラックやバスはディーゼルエンジンの独壇場となっ
ている。ディーゼルエンジンは、シリンダー内に送り込んだ空気を圧縮し、熱を持た
せた状態で燃料(軽油)を吹き付け、燃料そのものを爆発させる。燃料そのものが着
火するので、シリンダーの容積の大小と燃費効率とは関係がない。
16
3.大気汚染の問題と対策
本章では、大気汚染の対策について検討する。第1章で自動車の排気ガ
スに含まれる有害物質のうち、窒素酸化物(NOx)と浮遊粒子状物質(SPM)
についてその内容に触れた。ディーゼル車排ガス規制は、日本のみならず
世界各国で強化される方向にある。これに対応するため、様々な排ガス浄
化技術が開発されている。
①コモンレール式高圧噴射システム
SPM 対策として期待を集めているのが、コモンレール式高圧噴射シス
テムである。コモンレールとは、高圧化された燃料を蓄えるパイプ状の“部
屋”のことをいう。この“部屋”に蓄えられた燃料は、各インジェクター
へ送り込まれ、霧吹きのようにシリンダーへ噴射される。従来の燃料噴射
システムは、カムシャフトの回転によって燃料を加圧するので、エンジン
の回転数が低いときは噴射圧が低くなり、黒煙の発生量が増加したり、燃
費が悪化するなどの問題があった。コモンレール方式では、噴射圧力・噴
射時期・噴射量などをキメ細かく電子制御することにより、出力性能を確
保しながら低燃費化や黒煙の排出抑制をはかることが可能となる(図表
。
12)
コモンレール方式の欠点は、燃料を霧状に細かく噴射するため、排ガス
に含まれる SPM がより微細化されてしまうことである。SPM による健康
被害の主たる原因は、2.5 マイクロメートル以下の微粒子であるという見
解が有力となっている。コモンレール方式は、たしかに黒煙、SPM の量
そのものを減少させることはできるが、残った SPM は有害性が高くなっ
てしまうのである。
17
図表 12 コモンレール方式
《高圧噴射》
高圧噴射で燃焼効率がアップし、特に
低速域でのトルクアップができる
コモンレール方式
噴
射
圧
力
燃焼効率アップ
従来方式
エンジン回転数
(資料)柿野義彦「ディーゼルエンジン」
②EGR(排ガス再循環方式)
コモンレール方式が SPM 削減の技術であるのに対して、NOx の逓減を
狙ったのが、排ガス再循環方式(EGR:Exhausted Gas Recirculation)
である。
「再循環バイパス」
EGR では、エンジンから排出されたガスの一部が、
を通じて吸入空気と一緒に再び燃焼室に送り込まれる。これによって、酸
素量が減少し、燃焼温度が低下することで、NOx の発生が抑えられる(図
表 13)
。ただし、排ガスの循環量を多くしすぎると不完全燃焼を引き起こ
して SPM の発生量が増えてしまうため、再循環させる排ガスの量は、エ
ンジンにかかる負荷に応じてコンピューターで自動制御する。
問題点は、軽油中の硫黄分がエンジン内での燃焼後に硫黄酸化物(SOx)
に変化して排ガスに含まれるため、これが再循環の過程で水蒸気に溶けて
硫酸(H2SO4)となり、シリンダーやピストンを腐蝕させることである。
EGR を有効活用するには、排ガス中の SOx や SPM の含有量を減少させ
18
ることが必要である。そのためには、低硫黄軽油の利用が欠かせない。
図表 13 排ガス再循環の概要
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(資料)富士総合研究所
③DPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)
DPF は、排気管に装着されるフィルターであり、排気ガス中の SPM を
捕集する役割を果たす。DPF にはいくつかの種類があるが、ここでは交互
再生方式を例に、そのメカニズムをみてみよう。
交互再生方式では、フィルターは 2 基搭載される。第 1 号機のフィルタ
ーに目詰まりが生じると、第 2 号機を稼動させ、その間に第 1 号機のフィ
ルターに捕集された有害物質を焼き払う。この繰り返しによって、SPM を
除去するのが基本原理である(図表 14)。
いすゞ自動車や日本ガイシ、イビデンなどが開発を進めており、有力な
ディーゼル排ガス対策として注目を集めているが、既存車への後付けが難
しいという問題がある。既存車は、将来 DPF が装着されることを想定し
て設計されていないという物理的問題点に加えて、残存年数がわずかなト
19
ラックについては、償却負担が極端に重くなってしまうからである。その
ため、新車販売時に DPF を装着して普及させることになるが、その場合
でも装着に要するコストは本体価格の4∼5割程度にまで達する5。最大の
問題は、0.5 マイクロメートル以下の超微粒子レベルの SPM はほとんど除
去できないことである。前述のように SPM は、粒子が微細化するほど人
体に対して有害とされている。なお、環境省、経済産業省、国土交通省の
三省によって設けられた「ディーゼル車対策技術評価検討会」は、現在製
品化されている DPF について、耐久性に課題があり一律装着を義務付け
るのは難しいとの判断を下している。
図表 14 交互再生方式DPF
エンジン
PMを含む
排ガス
クリーン
排ガス
マフラー
DPF
捕集
約2時間
再生
約15分
捕集
再生
DPF−
1
捕集
再生
捕集
再生
DPF−
2
(資料)富士総合研究所
5 たとえば本体価格が 150 万円∼200 万円程度する2トンクラスのトラックの場合、
DPFの装着には 60 万∼70 万円近く要する。本体価格が 1000 万円程度する大型バス
の場合には、装着コストは 400 万円前後に達する。
20
④低硫黄軽油の投入
軽油には硫黄分が含まれており、燃焼の過程で酸素と結びつき硫黄酸化
物(SOx)となる。この SOx は、DPF の効果を減殺させる。連続再生式
DPF6の場合、フィルターに溜められた SPM は触媒を利用して連続的に酸
化除去されるが、この触媒の機能を劣化させる性質が SOxに含まれてい
る。また、EGR を利用する際にも、再循環される排ガスの中に SOx が含
まれていると、腐蝕磨耗が激しくなってしまう。そのため、これらの排ガ
ス技術を有効に利用するには、硫黄の含有量をあらかじめ低減させた軽油
を利用することが必要である。
ディーゼル車の環境対策には、軽油を精製・販売する石油業界の協力が
欠かせない。硫黄分を削減させるためには、軽油の脱硫装置のための設備
投資が必要となる。2001 年現在、軽油の硫黄分規制は 500ppm(ppm=
百万分の1)であるが、2005 年からは 50ppm という新規制がスタートす
る。そのために、石油業界ではトータルで 2000∼3000 億円もの設備投資
をおこなったとされている。現在の石油業界の厳しい業況からすると、か
なり過重な負担であったと考えられる。しかし、今後の排ガス規制の動向
を踏まえると、50ppm でも不十分で、将来的には 10ppm レベルまで引き
下げることが必要といわれている。このレベルを達成するために石油業界
は追加的に 5000 億円強の設備投資が必要になる(図表 15)。
6 DPF は、③で説明した交互再生方式のほかに、触媒を利用して1つのフィルターで
捕集・再生を同時に行なう連続再生方式がある。
21
図表 15 軽油硫黄分濃度の推移(規格)
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12000
5000
2000
1953
1976
1992
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1997
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2005
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(資料)コスモ石油資料により作成
以上、第 2 章と第 3 章で、それぞれガソリンエンジンの燃費向上とディ
ーゼルエンジンの排ガスクリーン化について検討してきた。いずれも、技
術的な限界があり、現在提起されている環境問題への決定的な対策にはな
りにくいことがわかった。そのうえ、「脱石油系燃料」という課題に対し
ては全く手を打ったことにならない。
ただ、ガソリンと軽油が自動車用燃料として十分に普及しているなかで、
即座に代替燃料へシフトさせることも現実的とはいえない。第 2、3 章で
検討したような、対策も進めながら、ガソリンや軽油に代わる代替燃料の
普及促進を検討していくことが必要となる。次章でこれを検討する。
22
4.代替燃料の選択をどうするか
(1)代替燃料選択の視点
本章では、クリーン燃料(代替燃料)を普及させるための具体的な視点
や解決すべき課題を検討していく。分析の切り口は多様であるが、ここで
は、積載重量を基準とした、小型車、中型車、大型車という区分7と、平均
的な使用形態における走行距離という二つの観点に基づいて、4つのエリ
アに区分けして議論を進めることにする(図表 16)。
図表 16 代替燃料の選択エリア
長
エリア④
大型トラック
走
行
距
離
エリア②
エリア①
中型トラック
エリア③
路線バス
小型トラック
短
小型車
中型車
大型車
車種
(資料)富士総合研究所
7 ここでいう小型車、中型車、大型車の区別はかならずしも厳密な区分によるもので
はない。イメージとしては、2 トンクラスが小型車、4 トンクラスが中型車、それ以上
を大型車として、議論を進めることにする。
23
エリア①
小型車には圧縮天然ガス(CNG)が有力
小型トラックの代替燃料としては、圧縮天然ガス(CNG)が有力な候補
としてあげられる。
天然ガスは、メタンを主成分としたガスで、硫黄分その他の不純物を含
まないため、燃焼しても硫黄酸化物(SOx)や浮遊粒子状物質(SPM)が
発生せず、また二酸化炭素の排出量も石油に比べて2∼3割少ない(図表
。また、中東に偏ることなく世界各地に存在し、埋蔵量も 2000 年 1
17)
月現在で約 144 兆 m3 が確認されており、可採年数は 63 年と石油の 41 年
に比べて 22 年長い。安定供給の面でも優れている。
欠点は、一回の充填で走行できる距離(これを航続距離という)が短い
ことである。天然ガスは沸点が−162 度と低く、常温では気体であるため、
自動車用燃料として利用するには高圧(約 200 気圧)でガス容器に貯蔵す
ることになる。それでも、エネルギー密度(容積あたりの発熱量)は低く、
その結果航続距離が短くなってしまう。また、供給インフラも脆弱である。
ガソリンや軽油を給油するガソリンスタンドが全国で 55,000 軒以上ある
のに対して天然ガス専用の給油施設は全国で 100 箇所程度しか存在しない。
このように、天然ガスを自動車用燃料として利用するには航続距離と供
給インフラという制約を考慮にいれながら普及を進める必要がある。まず、
航続距離が短いという点を踏まえると、長距離の利用は難しく、一定の地
域内を巡回するような用途が望ましい。また、給油インフラの不足という
問題に対しては、対象車両を商業用に限定すれば、車庫や営業所などに充
填所を設置することで集中給油が可能となる。一般ユーザー向けと異なり、
全国にくまなく給油所を設置する必要はない。このような要件を満たすも
のとして、一定の営業地域を巡回する宅配トラックや集塵車(ごみ収集車)
などが考えられる(図表 18)
。
24
図表 17 CNGの排ガス性状(2t貨物車)
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0.2
0.2
0.4
(資料)東京都環境局
図表 18 自動車用燃料としてのCNGの可能性
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(資料)富士総合研究所
25
0.6
0.8
1.0
エリア②
中型車には液化石油ガス(LPG)が有力
中型のトラックなどには、液化石油ガス(LPG)の利用が適していると
考えられる。LPG は、SPM の排出量がゼロで、NOx 排出量も軽油の 30%
程度に抑えることができる(図表 19)
。
CNG と比較した LPG の特徴は、供給インフラが整備されていることで
ある。LPG はタクシーの主要燃料として利用されており、大都市を中心に
ガス・スタンドと呼ばれる専用スタンドが整備されている。現在、全国で
約 2000 箇所設置されている。そのため、一定の地域内を循環する小型車
にはもちろん、近距離の拠点都市を結ぶような中型トラックなどに利用す
ることも可能といえるだろう(図表 20)
。
図表 19 LPGの性状(2t 貨物車)
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0.2
0.2
(資料)東京都環境局
26
0.4
0.6
0.8
1.0
図表 20 自動車用燃料としてのLPGの可能性
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(資料)富士総合研究所
(2)現行車両での利用は困難
CNG と LPG を次世代燃料として考える場合、現行のトラックにそのま
ま利用できないという問題がある。すなわち、専用の CNG 車や LPG 車を
利用する必要がある。
その理由は、これら燃料の着火特性にある。図表 21 の「セタン価」と
は、燃料の自己着火のしやすさを示した指数である。前述のようにディー
ゼルエンジンは燃料そのものを着火させる方式であるため、セタン価が低
い燃料は利用できない。現在、ディーゼルエンジンの主な燃料として利用
されている軽油のセタン価は約 40∼50 程度8である。それに対して、CNG、
LPG のセタン価はほぼゼロに近い。ディーゼルエンジンの燃料として使用
することは不可能である。
一方、「オクタン価」は、セタン価とは逆に、燃料の自己着火の起こし
にくさを示す指数である。ガソリンエンジンは、混合気を圧縮して点火プ
8 ちなみに、JIS品質基準では 45 以上
27
ラグで着火させる方式であるため、燃料が自己着火してしまうと、いわゆ
るノッキング(異常燃焼による異常な圧力上昇のため燃焼室が振動して金
属製の打撃音が鳴ること)が生じてしまう。このため、オクタン価が高く
自己着火しにくいほどガソリンエンジン用の燃料として適している。CNG、
LPG のオクタン価はガソリンエンジンで使用するのに十分な数値を示し
ている。
現行のトラックは、ほとんどがディーゼルエンジンであるため、CNG
や LPG を燃料として利用することはできない。従って、ガソリンエンジ
ンをベースとした CNG、LPG 専用車に切り替える必要がある。
図表 21 ガソリン、軽油と比較したLPG、天然ガスの特徴
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(資料)各種資料により作成
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(3)CNG、LPG利用の現実性
CNG、LPG 専用車への切り替えは、現行車両が買い替えの時期を迎え、
新車を購入する際に行なうのが最も現実的である。
この点について、ある仮定に基づいた試算をしてみよう(図表 22)
。
財団法人・自動車検査協会が公表する自動車の平均耐用年数によれば、
2000 年における小型トラックの平均耐用年数は 10.08 年とされている。
この数値を基準にすると、1990 年以前に販売された小型トラック約 175
万台が買い換えの時期を迎えていることになる。1991 年に販売された小
型トラック約 50 万台は、あと 1 年で買い替え時期を迎えることになる。
このように各年度の販売台数と残存年数を計算すると、現行の小型トラッ
クの半分以上が 3 年以内に買い替え時期を迎えることになる。この結果に
よれば、買い替え時に CNG 車、LPG 車への切り替えが進みさえすれば、
かなりの割合の小型トラックが早期に低公害車となりえる。
図表 22 小型トラックの推定残存年数
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17.0
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(資料)財団法人自動車検査協会、日本自動車工業会等により作成
29
(4)大型車の代替燃料
残ったのは大型車向けの代替燃料の選定である。大型車については、こ
れまでみてきたような方法、すなわちガソリンエンジンに切り替えて
CNG や LPG を代替燃料として利用する方法は使えない。ガソリンエンジ
ンの大型化には限界があるからである。トラック運送業者の団体である全
日本トラック協会は、東京都のディーゼル車NO作戦に対して「大型トラ
ックには代替できる低公害車が存在しない」という主張を展開して反論を
している。
大型車については、ディーゼルエンジンを引き続き利用しながら、軽油
に代わる新しい燃料を模索する必要がある。そこで、考えられるのが新燃
料の DME(ジメチル・エーテル)の利用である。
DME は、現在、化粧品や塗料のスプレー噴射剤が主な用途となってお
り国内で年間約 1 万トン、世界中でも約 15 万 t が生産されているにすぎ
ない。知名度の低い燃料といえよう。化学式は、CH3OCH3で示され、次
のような物質的特性を有している。
①硫黄酸化物(SOx)が全く発生しない
上記の化学式が示すように、DME には硫黄分(S)が含まれていないの
で、燃焼しても硫黄酸化物(SOX)が発生しない。
②すすが発生せず、窒素酸化物(NOx)の発生も大幅に抑制
DME は、燃焼してもすすが発生しない。化学構造が示すように炭素(C)
が直接結びつかないからである(図表 23)。また、NOx の発生量につい
ても軽油と比較して3割近く抑制することが可能である。
30
図表 23 DMEの化学構造
H
H
H
C
n
H
C
H
H
③大気中での分解速度が速い
DME は、空気中に放出されると、数十時間で分解してしまう。オゾン
層の破壊や温室効果の懸念がなく、フロンの代替として使用することが可
能である。DME がスプレー式の噴射剤(塗料や化粧品など)として利用
されているのは、このためである。
④貯蔵・運送が容易
DME は、常温では気体であるが、−25℃まで冷却、あるいは 6.1 気圧
まで加圧すると容易に液体になる。そのため、−161℃まで冷却しなけ
ればならない天然ガスに比べて低コストでの輸送、貯蔵が可能である。
⑤原料の多様性
一般に、特定の原料への依存度が高くなると、有事における安定供給が
困難となる。オイルショックや湾岸戦争時に原油価格が高騰した際、ガ
ソリンやナフサの供給を巡って混乱が生じたのはその例である。しかし、
DME の場合、原料は石炭や炭層メタン(炭鉱内の石炭が含んでいるメ
タン)、天然ガスなど、選択肢が幅広い。一酸化炭素と水素を取り出せ
さえすれば、原料は何でもよいわけである。原料の多様性はこうした横
の広がりだけでなく、縦の広がり(質的側面)でもみられる。④で示し
たように、DME は低コストでの輸送、貯蔵が可能であるため、天然ガ
スでは採算のとれないような中小規模のガス田でも対象となりえる。ま
31
た、褐炭や亜瀝青炭など低品位石炭でも原料として活用できる。
(5)自動車用燃料としてのDMEの特徴
自動車用燃料としてみた場合の DME の特徴は、クリーンでセタン価が
高く、ディーゼルエンジンの燃料として非常に優れていることである。
図表 24 は、軽油、CNG、LPG、DME の各燃料についてクリーン性(黒
煙の排出を抑えることができる)と燃焼性(セタン価の高さで示される)
の観点から比較したものである。軽油、CNG、LPG は燃焼性とクリーン
性との間にトレードオフの関係が存在する。これに対して、DME は CNG
なみのクリーン性を示しながら、燃焼性についても軽油と同等かそれ以上
のセタン価を確保している。
図表 24 各種燃料と比較したDMEの特徴
セタン価
(ディーゼルエンジン
での燃焼性)
DME
軽油
燃焼性とクリーン性の
双方を改善
LPG
CNG
クリーン性
(燃焼時の煤の少なさ)
(資料)NKK資料により作成
DME は自動車燃料としての利用実績がないので、当然、供給インフラ
は整備されていない。この点については、LPG と性状が似ていることから、
32
LPG を供給するガス・スタンドを活用する方向で、実験がすすめられてい
る。また、DME は粘性に乏しいため、ディーゼルエンジンにそのまま利
用すると、潤滑性に劣るためポンプやノズルが磨耗してしまうという欠点
がある。そのため、実際の利用にあたっては、若干の改造が必要になって
くる。しかし、コスト的には一台あたりおおよそ 30 万円程度で済むとみ
られており(この費用には燃料ポンプの装着コストも含む)、既存のディ
ーゼル車に DPF を取り付けるよりもはるかに経済的といえる。
その他、NOx の削減量が CNG や LPG などと比べてやや劣るものの、
これについては EGR を用いることである程度の解決は可能である。DME
は排ガス中に SOx や SPM を含まないため、EGR の有効な利用が可能な
点も特徴といえよう。
(6)DME普及促進のシナリオ
以上で、小型・中型・大型の各車両についての代替燃料候補が出そろっ
た。CNG、LPG が自動車用燃料として一定の分野で利用実績があるのに
対して、DME については全くの未知数である。大型トラックの燃料とし
て DME を普及させるためのシナリオをどのように描いていくべきか。最
後にこの点を検討しておきたい。
現在、DME が自動車用燃料として利用されていない理由は、コストの
高さにある。スプレー用の噴射剤に利用されている DME は、おおよそ 200
円/kg である。その原因は、DME の製造方法にある。DME は、一酸化
炭素(CO)と水素(H2)からメタノールを生成し、脱水反応を起こすこ
とで製造される。「メタノール脱水法」と呼ばれるこの方法によれば、途
中でメタノールを経由するので、どうしても効率が悪くなる。
こうしたなか、99 年に NKK が「直接合成法」と呼ばれる新しい製造方
法を開発、低コスト化にめどをつけた。一酸化炭素と水素から直接、DME
を製造する方法であり、途中でメタノールを経由せず、効率的に DME を
製造することが可能となった(図表 25)
。
33
図表 25 DMEの製造法方法比較
メタノール
脱水法
一酸化炭素
(CO)
メタノール
(CH3OH)
DME
水素(H2)
NKK方式は、メタノールを経由しない分
低コストの製造が可能
NKK方式
(直接合成法)
一酸化炭素
(CO)
DME
水素(H2)
(資料)富士総合研究所
この直接合成法を利用することで、将来的にはどの水準までコストダウ
ンが可能になるだろうか。
まず、現状を整理しよう。直接合成法による DME の生産は、日産5t
規模のベンチプラントの試運転がようやく終わった段階である。NKK に
よれば、生産量が現在の 500 倍にまで拡大し、日産 2500t規模のプラン
トをフル稼働させる体制になれば、大幅なコストダウンが可能となり、輸
入軽油並みの価格にまで下がるとみられている(2006 年頃をめど)
。
DME 普及のためには、大型トラックの燃料として現在利用されている
市中軽油並みの価格がベンチマークになる。そこで、現在の市中軽油の価
格を算出すると、おおよそ 50 円/kg となる。
その他、現在の社会環境を踏まえて次の点も軽油価格に織り込むことと
する。ひとつが、DPF の装着にかかるコストである。今後、軽油の利用に
あたって、DPF の装着が義務化される方向にある9。
9 東京都では、条例で 2003 年 10 月から、独自の環境基準を満たさない車については
34
そこで、大型トラックに DPF を装着するという想定のもとで、DPF の
減価償却コストを軽油 kg あたりに換算すると、約 11 円/kg と試算され
る。もうひとつが、燃料税制の見直しである。現在、軽油には軽油引取税
が 32.1 円/㍑賦課されている。ガソリンに賦課されるガソリン税 59.8 円
/㍑と比較すると、かなり優遇されている10。運送業者が軽油を利用する
のは、軽油が割安であるためといわれるが、これは、過去の産業政策によ
る優遇税制に基づいたいわば“つくられた経済性”である。
東京都は、燃料代替を進め、低公害車を普及させるために、軽油の優遇
税制を改めようという動きに出ている。たとえば、ガソリン税と軽油引取
税との差額約 20 円/㍑のうち、10 円/㍑を増税し、優遇税制を改めたと
仮定すると、軽油価格は約7円/kg 上昇する。このように考えると、約
70 円/kg が DME の目標価格と考えることができる(図表 26)
。
買い替えか、DPF装着を義務付ける方針である。
10 こうした税額の差が生じている背景には、軽油は産業用燃料で国民経済へ影響が大
きいのに対して、ガソリンは贅沢品とみなされていたことがある。
35
図表 26 DMEの普及に向けた概念図
円/kg
200
N
K
K
方
式
に
よ
る
価
格
70
51
20
5
参
考
・
現
在
の
D
M
E
価
格
DPF装着のコスト
+
軽油引取税増税
軽
油
小
売
価
格
30
輸
入
軽
油
2,500
t/日
公共機関の
バス・トラックなど
電力用の石炭火
力代替燃料
民生用の大型バス・トラック
ディーゼル機関車、
小型発電機
(資料)富士総合研究所
(7)導入期における課題
DME の価格が軽油と比肩するレベルまで下がれば、民生用燃料として
普及の可能性が出てくる。問題は、その価格レベルが実現するまで、どの
ような形で需要を確保していくかである。現在、国や地方公共団体が中心
となって低公害車を導入する気運が盛り上がっている。その流れにのって、
政策面からの需要牽引に期待するのが得策といえよう。
東京都はディーゼル公害対策として、都が保有するバスやトラックを低
公害車に転換していくという政策を打ち出している。また、先般発足した
小泉政権でも、所信表明演説で「低公害車導入計画」が発表され、中央省
36
庁と地方出先機関が使用する公用車約 7000 台を低公害車に転換すること
が決められている。こうした低公害車構想のなかに DME が具体的に明示
されているケースはない。しかし、2002 年度予算の概算要求項目をみる
と、国土交通省や経済産業省などが低公害車の開発普及促進に注力する姿
勢がよみとれる。そのなかには、DME の名前も挙げられるようになって
いる。資源エネルギー庁は「DME 検討会」を通じて、DME の導入に向け
た考え方や課題をまとめている。CNG、LPG と比較すると、DME は燃料
コストこそ高くつくが、CNG 車、LPG 車は車両本体価格が割高であるた
め、トータルでみれば DME がコスト競争力で著しく劣るということはな
い。むしろ将来の大型車の排ガス対策を念頭に置けば、政策的に小型車・
中型車にも DME の利用を考えるべきであろう。
そして最終的には、
東京、
名古屋、大阪の三大都市圏で約 20 万台存在する民生用大型トラックの燃
料として普及させる政策が求められてくる。
DME の普及を進める上でもうひとつ有力な方法が発電部門での利用で
ある。電力業界は、わが国で最大の二酸化炭素排出部門となっており、そ
の排出抑制は喫緊の課題となっている。電源構成の多様化をすすめるため
石炭による火力発電が行なわれているが、CO2 排出量の増加や、石炭灰の
処理が問題とされている。二酸化炭素の排出量を抑制するという意味では、
液化天然ガスへの需要が高まってくると考えられるが、発電用には大規模
ガス田開発が必要とされ、それには長い期間と莫大な資金が必要となる。
そこで考えられるのが、DME の利用である。DME は、石炭と比較して二
酸化炭素排出量が半分に抑えられる。石炭を輸入する代わりに、山元で石
炭(褐炭のような低品位炭も利用できる)をガス化し DME で輸入する、
あるいは発電用 LNG の規模に満たない中小規模のガス田の天然ガスを
DME にして輸入し、コンバインドサイクル発電用燃料として用いること
も考えられる。
37
最後に
CNG、LPG、DME は、燃料電池自動車が普及するまでの“つなぎ燃料”
として有力な候補であることがわかった。そのうち、CNG や LPG はすで
に自動車用燃料として実用化されており、普及のスピードは、DME に比
較すれば速いと思われる。“つなぎ”という視点からすると、現状ですぐ
に実用化できるか否かは重要な問題である。DME は自動車用燃料として
はまだ試験段階にあるため、その点でやや遅れをとっている。
しかし、DME は、燃料電池自動車の水素供給源となりえるという特徴
がある。燃料電池自動車については、冒頭でも触れたように現状、価格が
割高であるため普及のめどはたっていない。また、水素の供給方式もガソ
リンから取り出す「ガソリン改質方式」、メタノールから取り出す「メタ
ノール改質方式」、そして水素を直接搭載する「水素吸蔵合金方式」など
が並存しており、どれがデファクト・スタンダードとなるか、結論が出て
いない。こうしたなかで、DME がいち早くディーゼル用燃料として実用
化にこぎつければ、あらたな水素供給方式の候補となる可能性もある。
このように考えると、DME は単に燃料電池自動車が普及するまでの“つ
なぎ”ではなく、むしろ来るべき水素時代において主役の座を担うポテン
シャルを秘めた燃料であるといえる。政策面での普及促進策を考える上で
は、このような長期的なエネルギー安全保障の効果を踏まえた対策が望ま
れる。
38
【別掲資料①】
市中軽油の価格は、下記の前提を用いて算出した。その際、単位を容積
ベース(㍑)ではなく、重量ベース(kg)にそろえ、また DME と軽油の
発熱量の相違を調整している。
・軽油価格 70 円/㍑(店頭価格の全国平均)
・発熱量
9200kcal/㍑
10200kcal/kg
以上より、重量ベースの軽油価格は 77 円/kg。
軽油の発熱量はDMEにくらべて 1.5 倍であるので(DMEの発熱量は
6900kcal/kg)
、発熱量ベースで比較すると
77÷1.5=51.3 円/kg と計算される
【別掲資料②】
DPF の装着コストについては、下記の前提を用いて算出した。
・価格
約 350 万円(大型トラック向け)
・トラック平均使用年数 10 年
・トラックの軽油消費量 64.25 ㍑/日
DPF の価格を減価償却コストとして軽油 kg あたりで計算すると、約 11 円/
kg となる。
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【参考文献】
三崎浩士『エコカーは未来を救えるか』ダイヤモンド社 1998 年
川名英之『ディーゼル車公害』緑風出版 2001 年
駒橋徐『燃料電池革命』日刊工業新聞社 2000 年
舘内端『ガソリン車が消える日』宝島社 2000 年
清水和夫、平田賢『燃料電池とは何か』NHK 出版 2000 年
柿沼義彦『ディーゼルエンジン』山海堂 1999 年
『自動車ハンドブック 2000』日刊自動車新聞 2000 年
『エネルギー・経済統計要覧』エネルギー経済研究所 1999 年
日経 BP 社『日経エコロジー』各号
日経 BP 社『日経メカニカル』各号
日刊工業新聞者『TRIGGER』各号
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