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抗体価と免疫組織化学的染色で診断した,びまん性肺

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抗体価と免疫組織化学的染色で診断した,びまん性肺
942
日呼吸会誌
49(12),2011.
●症 例
抗体価と免疫組織化学的染色で診断した,びまん性肺胞傷害
合併 A 型インフルエンザ肺炎の 1 例
卓1)
高柳
昇1)
清水 禎彦2)
河端 美則2)
柳澤
勉1)
杉田
石黒
裕1)
要旨:症例は 58 歳男性,咳嗽,発熱,筋肉痛,呼吸困難を主訴に近医を受診し,胸部単純 X 線で異常陰影
を認めたため,当センターへ入院した.胸部 CT 検査では両側性のすりガラス状陰影および浸潤影を呈し,
イ ン フ ル エ ン ザ 迅 速 抗 原 検 査,気 管 支 肺 胞 洗 浄 液 を 用 い た 新 型 イ ン フ ル エ ン ザ ウ イ ル ス reverse
transcriptase-polymerase chain reaction 法は陰性であった.経気管支肺生検の結果はびまん性肺胞傷害で
あった.急性間質性肺炎と診断し,ステロイド治療を行った.また臨床像からはインフルエンザ肺炎が否定
できなかったため,オセルタミビルも投与した.その後,改善が得られ,退院した.A 型インフルエンザウ
イルスに対する抗体価の上昇を確認し,経気管支肺生検の標本を再評価後に免疫組織化学的染色をしたとこ
ろ気管支・細気管支上皮に A 型インフルエンザウイルス抗原陽性だったため,インフルエンザ肺炎に診断
を変更した.急性間質性肺炎と診断される症例の中にインフルエンザ肺炎が含まれている可能性がある.
キーワード:インフルエンザ肺炎,びまん性肺胞傷害,急性間質性肺炎,H1N1
Influenza pneumonia,Diffuse alveolar damage,Acute interstitial pneumonia,H1N1
緒
するか確認した.その結果,気管支および細気管支上皮
言
に A 型インフルエンザウイルス抗原を認め,インフル
1)
2)
インフルエンザは市中肺炎の約 10% を占める原因
エンザ肺炎に診断を変更した.AIP と診断される症例
微生物である.また,インフルエンザ肺炎の死亡率は
の中にインフルエンザ肺炎が含まれている可能性を示す
3)
7.1% であり,ノイラミニダーゼ阻害薬の存在する現在
貴重な症例と考え,報告する.
では,迅速な診断が求められる.一方,インフルエンザ
症
迅速抗原検査の感度が 100% でないことが臨床上問題と
なる.
今回われわれは,呼吸不全,両側性の広範な浸潤影,
例
58 歳,男性.
主訴:咳嗽,喀痰,発熱,労作時呼吸困難.
経気管支肺生検(transbronchial lung biopsy;TBLB)
平成 21 年 11 月上旬から咳嗽,悪寒を伴う 38℃ 台の
にてびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage;DAD)
発熱を認めた(第 1 病日)
.同日夕に近医を受診し,レ
を呈したインフルエンザ肺炎の 1 例を経験した.当初は
ボフロキサシン 300 mg!
日を処方されたが改善しなかっ
臨床像からインフルエンザ肺炎を疑ったが,インフルエ
た.第 5 病日に咳嗽,関節痛,筋肉痛,全身倦怠,食欲
ンザ迅速抗原検査は陰性であり,急性間質性肺炎(acute
不振が悪化し,同院を受診,インフルエンザ迅速抗原検
interstitial pneumonia;AIP)と診断してステロイドパ
査は陰性だったため,プルリフロキサシン 528.4 mg!
日
ルス療法を行った.しかし,A 型インフルエンザウイ
を処方された.第 7 病日から労作時呼吸困難が出現し,
ルスに対する抗体価上昇が確認された.抗体価上昇が他
第 11 病日に同院を受診,胸部単純 X 線写真で異常陰影
のウイルスなどに対する共通抗原性の可能性も考慮し,
を認められ,精査および加療を目的に第 12 病日,当セ
TBLB で得られた標本にインフルエンザウイルスが存在
ンターを紹介受診,同日加療のために入院した.経過中,
38℃ 台の発熱が続いた.鼻汁および咽頭痛は認めなかっ
〒360―0105 埼玉県熊谷市板井 1696
1)
埼玉県立循環器・呼吸器病センター呼吸器内科
2)
同 病理診断科
(受付日平成 23 年 4 月 18 日)
た.なお,
インフルエンザワクチン接種は受けていなかっ
た.
家族歴:特記すべきことはなし.
既往歴:狭心症.
インフルエンザ肺炎によるびまん性肺胞傷害
a
943
b
Fig. 1 Chest X-ray film and CT image on admission shows bilateral consolidation (a). Chest computed
tomographic image shows bilateral and diffuse consolidation and ground-glass opacities (b).
Fig. 2 Clinical course. A fever developed on day 1. The patient presented to a local physician and levofloxacin (LVFX) was administered at a daily dose of 300 mg until day 5. However, his fever did not resolve, and although prulifloxacin (PUFX) was substituted at a daily dose of 528.4 mg until day 11, his fever continued. The patient was admitted to our hospital on day 12 of his fever (1st hospital day). On
admission, bilateral pulmonary opacities were found on chest X-ray films and CT images, and O2 saturation as measured by pulse oximetry (SpO2) was 87% under 3 L/min O2. Oseltamivir at a daily dose of
150 mg was administered from the 1st to 3rd hospital days, and 1 g methylprednisolone was administered from the 2nd to 4th hospital days, followed by 40 mg daily prednisolone, which was then tapered.
The patient s fever broke on the 3rd hospital day, and chest X-ray films showed improvement in his bilateral shadows. His oxygenation level gradually improved and O2 administration was stopped on the
15th hospital day. The patient was discharged on the 27th hospital day.
生 活 歴:喫 煙 歴
40 本(16 歳∼20 歳)
,飲 酒 歴
酎(湯割)を数杯!
日(週 2 日)
.
職業歴:運送業.
焼
入院時身体所見:身長 161 cm,体重 78 kg,呼吸回数
26 回!
分,体温 38.6℃,両肺に fine crackles を聴取した.
腹部および神経所見に異常なかった.動脈血ガス分析
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Fig. 3 Histological findings from the lung biopsy specimen. (a) A low magnification view shows inflammatory thickening and luminal exudates (hematoxylin and eosin (HE) stain, ×4). (b) Membranous exudate (arrows) was noted along the alveolar wall together with atypical regeneration and fibrin exudation (HE stain, ×20), (c) His lung structure was preserved, but membranous exudate (arrows) adhered
to the alveolar orifice, which appeared as black elastic tissue (Elastica van Gieson stain, ×20).
(3 L!
分,経鼻カヌラ)
は pH 7.50,PaCO2 30.0 Torr,PaO2
−
52.9 Torr,HCO3 23.0 mmol!
L であった.WBC 10,700!
3
3
3
ンザ肺炎を疑い,オセルタミビル 150 mg!
日を 5 日間投
与した.また,AIP の可能性も考慮し,入院第 2 病日
mm (好中球 8,800!mm ,リンパ球 800!mm ,好酸球
に気管支鏡検査を施行した.気管支粘膜は浮腫が強く,
,ヘモグロビン 13.2 g!
dL,血小板 33.5×104!
100!
mm3)
喀痰はほとんどなかった.左 B4 で気管支肺胞洗浄を施
3
L,BUN 13 mg!
dL,Cre 0.7
mm であった.LDH 582 IU!
行したところ,気管支肺胞洗浄液は血性であった.気管
mg!
dL,CK 72 IU!
L,CRP 13.9 mg!
dL であり,KL-6 571
支肺胞洗浄液(回収量 90!
150 mL)は細胞数 150.0×104!
U!
mL,SP-D
422.0 ng!
mL と高値であった.インフル
mL,マクロファージ 32.4%,リンパ球 61.5%,好中球
エンザ迅速抗原検査,肺炎球菌およびレジオネラ尿中抗
5.1%,好酸球 1.0% とリンパ球分画が増加していた.気
原検査は陰性だった.インフルエンザウイルス
(H1N1,
管支肺胞洗浄液から有意菌は培養されず,新型インフル
ソ連型)に対する抗体価(hemagglutination
エ ン ザ ウ イ ル ス に 対 す る reverse
inhibition
法,以下 HI 法)は 40 倍であった.
胸部 X 線では,両下肺野にすりガラス状陰影,コン
transcriptase-
polymerase chain reaction 法(RT-PCR 法)は陰性であっ
た.左 B4,B8 よ り TBLB を 施 行 し,TBLB 所 見 は 硝
ソリデーションを認めた(Fig. 1a)
.胸部 CT(computed
子膜形成を伴う急性肺傷害の組織所見であった(Fig. 3)
.
tomography)検査では,両肺に不均等にやや濃厚な斑
AIP と診断し,入院第 2 病日からステロイドパルス療
状のすりガラス状陰影を認め,上葉では胸膜下優位,下
法(メチルプレドニゾロン 1 g!
日)を 3 日間行った.
葉では胸膜下のみならず中枢側にも陰影を認めた.病変
入院第 3 病日に解熱し,同日の胸部 X 線では下肺野の
は境界明瞭で,左側に少量胸水を認めた.有意なリンパ
透過性に改善を認めた.入院第 5 病日からプレドニゾロ
節腫大はなかった(Fig. 1b).
ン 40 mg!
日を開始した.経皮的酸素飽和度,X 線所見
入院後の経過(Fig. 2):悪寒を伴う発熱,関節痛や
は徐々に改善し,入院第 15 病日に酸素投与を中止した.
筋肉痛などの臨床症状,及び当時インフルエンザのパン
また,入院第 15 病日にインフルエンザウイルス(H1N1
デミックが本邦にてみられていたことから,インフルエ
ソ連型)に対する抗体価が 160 倍へ増加したが,インフ
インフルエンザ肺炎によるびまん性肺胞傷害
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b
Fig. 4 Immunohistological staining using an antibody against the type A influenza virus antigen yielded
a positive result in the bronchial epithelial cells. The alveolar cells were not stained (a, HE stain ×50, b,
immunohistochemical stain ×50).
ルエンザウイルス(H3N2,B 型)
,肺炎マイコプラズマ,
ザウイルス以外の複数病原体感染が認められなかったた
レジオネラ,肺炎クラミジア,オウム病クラミジアに対
め,原発性インフルエンザウイルス肺炎と診断した.
する抗体価の有意な上昇は認めず,新型インフルエンザ
原発性インフルエンザウイルス肺炎は,当センターで
ウイルスに対する抗体価は測定できなかった.レボフロ
経 験 し た 季 節 性 イ ン フ ル エ ン ザ 肺 炎 126 例 中 39 例
キサシン,プルリフロキサシンの薬剤リンパ球刺激試験,
3)
,新型インフルエンザ肺炎 10 例中 7 例(70.0%)
(31%)
抗核抗体,膠原病の疾患標識抗体は陰性であった.TBLB
を占めた.一方,Lauria ら4)は過去のパンデミックにお
採取標本に対して抗インフルエンザ A(ポリクロナー
いてインフルエンザ肺炎 30 例中 6 例(20%)が原発性
ル)
抗体(OBT1551,AbD Serotic,Oxford,United King-
インフルエンザウイルス肺炎であったと報告している.
dom)を用いて免疫組織化学的に染色したところ,肺胞
インフルエンザ肺炎の病理組織に関する報告は,季節
上皮細胞は同染色陰性であったが気管支・細気管支上皮
性,新型インフルエンザ肺炎ともに剖検例についてまと
細胞は陽性であった(Fig. 4)
.自覚症状,酸素化の改善
められている5)6).それらによれば,剖検例では気管・気
を認め,入院第 27 病日に独歩にて退院した.なお,本
管支粘膜のうっ血,炎症細胞浸潤に加え,毛細血管内の
症例をインフルエンザウイルス肺炎と診断した後はプレ
血栓,肺胞壁の巣状壊死,ならびに硝子膜の形成を認め
ドニゾロンを 7 日ごとに 10 mg!
日ずつ減量し,投与量
たことが報告されている.つまり,死亡例における肺病
が 20 mg!
日となった後は 14 日ごとに 5 mg!
日ずつ減量
理所見は季節性ならびに新型インフルエンザウイルス肺
して中止した.平成 22 年 7 月に施行した胸部 CT 検査
炎ともに DAD である.本症例はインフルエンザ肺炎の
ではわずかな線維化を残していたが,それ以降病変の再
救命例であるが,TBLB で DAD 像を証明した.
DAD は各種の原因による肺胞上皮と血管内皮細胞の
燃はない.
考
察
高度な傷害に伴って起こる.ウイルス感染症では,ウイ
ルスによる宿主の組織への直接的な組織傷害と,宿主が
本症例は,病理学的に硝子膜形成を伴う DAD の所見
ウイルスを排除するための免疫反応が過剰となることで
を呈し,インフルエンザウイルス迅速抗原検査と気管支
起こる間接的な組織傷害の存在が推測されている.本症
肺胞洗浄液の新型インフルエンザウイルス RT-PCR 法
例ではインフルエンザ抗原を用いて免疫組織化学的染色
が陰性であったため, 当初は AIP と診断した.しかし,
を行ったところ,気管支・細気管支上皮細胞にはウイル
抗体価の上昇と細気管支および細気管支上皮細胞に A
ス抗原が認められたが,肺胞上皮細胞にはウイルス抗原
型インフルエンザウイルス抗原を認め,インフルエンザ
を認めなかった.この結果から,本症例では気管支・細
肺炎に診断を変更した.
気管支上皮細胞に感染したウイルスに対する過剰な免疫
インフルエンザ肺炎は,原発性インフルエンザウイル
ス肺炎,二次性細菌性肺炎,ウイルス・細菌混合性肺炎
4)
反応が起こり,間接的に肺組織が傷害された可能性があ
ると考えた.
に分類される .本症例はインフルエンザ症状に引き続
本症例は AIP とインフルエンザ肺炎の鑑別が問題と
いて解熱することなく肺炎を発症し,インフルエンザウ
なった.AIP は 1986 年に Katzenstein ら7)が急速進行性
イルスの関与は証明されたが,各種検査でインフルエン
の経過をたどる原因不明の間質性肺炎 8 例の開胸肺生検
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例の検討から,あらたに提唱した疾患群である.病理学
また,迅速抗原検査が陰性でも抗体価の上昇によってイ
的には DAD の所見を呈し,確定診断のためには外科的
ンフルエンザ肺炎と診断される症例が存在するため,
肺生検による組織所見が必要であるが,重篤な呼吸不全
AIP の診断には迅速抗原検査,血清抗体価,拡散増幅
のため検査が困難な場合も多い.日本呼吸器学会が作成
法といった複数の検査を施行し,インフルエンザ肺炎を
8)
した,特発性間質性肺炎に関する診断と治療の手引き
慎重に鑑別する必要がある.
によれば,TBLB で硝子膜を伴う DAD パターンが示唆
Jain ら14)は,入院を要した季節性インフルエンザ症例
され,臨床的および画像的に矛盾しない場合には TBLB
について検討し,発症から 2 日以内にノイラミニダーゼ
で診断可能な場合があるとしている.
阻害薬を投与された症例は有意に予後が良好であったと
AIP の診断には,二次性に DAD を呈する諸疾患(感
報告した.また,Lee ら15)は発症から 4 日以内の投与で
染症,外傷,薬剤,化学的損傷など)の徹底した除外が
あればノイラミニダーゼ阻害薬は季節性インフルエンザ
必要である9).AIP の臨床症状は発熱,咳嗽,息切れで
の予後を改善すると報告している.しかし,ノイラミニ
10)
ある .本症例も発熱,咳嗽,息切れを呈したが,悪寒,
ダーゼ阻害薬のインフルエンザ肺炎における有用性は十
関節痛,筋肉痛,全身倦怠などの全身症状を有し,さら
分証明されていない16).それに加えて 2007 年 11 月頃か
に本邦におけるインフルエンザのパンデミックと時期を
ら北欧を中心に H274Y 変異によるオセルタミビル耐性
同じくして発症したため,第一にインフルエンザ肺炎を
2008 年シー
H1N1 ソ連型が高頻度に出現した17).2007!
疑った.但し,インフルエンザ肺炎は年間を通じて発症
ズンの本邦における本耐性ウィルスの頻度は 3% と低
する11)ため,非パンデミック時にも AIP の診断にはイ
かったが,2008 年夏には南半球で本耐性ウィルスが増
ンフルエンザ肺炎の鑑別が必要である.
加し,2008!
2009 年シーズンは本邦でも H1N1(ソ連型)
本症例では CT 検査にて両肺性でやや濃厚な斑状のす
のほぼ 100% がオセル タ ミ ビ ル に 耐 性 化 し た こ と が
りガラス状陰影を認めた.AIP の high-resolution CT 検
(ソ
WHO,国立感染症研究所から報告された18)19).H1N1
査の主な特徴は両側性で斑状のすりガラス状陰影と浸潤
連型)と H3N2(香港型)
,新型インフルエンザ(パン
影である12).一方,当センターの原発性インフルエンザ
デミックインフルエンザ 2009)は迅速抗原検査では鑑
ウイルス肺炎 39 例中,胸部 CT 検査所見を評価できた
別できないこと,本耐性ウィルスの感染により,免疫不
34 例の所見は両側性 17 例,すりガラス状陰影と浸潤影
全例などのハイリスク例でオセルタミビル投与にも関わ
の混在 24 例,すりガラス状陰影のみ 5 例,浸潤影のみ
らず死亡した症例が報告されている19)ことから,ハイリ
4 例であった3).本症例は,急性期の画像所見からは AIP
スク例,治療に抵抗する症例には注意を要する.本症例
と原発性インフルエンザウイルス肺炎を鑑別することは
は入院時すでに呼吸不全を呈しており,オセルタミビル
困難であった.
以外のノイラミニダーゼ阻害薬も考慮すべきだったかも
インフルエンザ迅速抗原検査は核酸増幅法と比較して
知れない.また,当センターではインフルエンザ肺炎に
感度が低いものの,安価かつ迅速性を有し,広く活用さ
対して発症からの日数を問わずノイラミニダーゼ阻害薬
れている.本邦ではインフルエンザが疑われた場合,医
の投与を原則とし,本症例に対しても初発症状から第 12
療機関を受診してインフルエンザ迅速抗原検査を受け,
病日にオセルタミビルを投与した.今後はインフルエン
陽性であれば抗インフルエンザ薬で加療するという流れ
ザ肺炎に対するノイラミニダーゼ阻害薬の投与時期につ
が一般的となっている.インフルエンザ肺炎においても
いても検討が必要であろう.
同検査は有用であり,当センターで診療した季節性イン
本症例は当初 AIP と診断し, ステロイドを投与した.
フルエンザ肺炎 126 例のうち 107 例にインフルエンザ迅
既述のように,本症例ではウイルスに対する生体の過剰
速抗原検査を施行し,86 例(80.4%)で陽性であった3).
な免疫反応が間接的に肺組織を傷害した可能性があると
一方,本症例では同検査が陰性であり,有意な抗体価上
考えられ,そのような症例ではステロイドの有用性が期
昇がインフルエンザ肺炎と診断する契機となった.当セ
待される.過去にわれわれは,ステロイド投与後に陰影
ンターの季節性インフルエンザ肺炎のうち,インフルエ
の改善を認めた新型インフルエンザ肺炎 2 例を経験し,
ンザ迅速抗原検査が陰性であった 19 例は有意な抗体価
報告している20).しかし,インフルエンザ肺炎に対する
の上昇が診断根拠となった3).また,Iwasenko ら13)は新
ステロイドの有用性については確立されておらず,
WHO
型インフルエンザの診断に RT-PCR 法と HI 試験による
はショックを伴う場合以外はルーチンにステロイドを使
抗体価測定を行い,約 1!
3 の症例は RT-PCR 法が陰性
用しないよう勧告している.その有用性について,今後
で抗体価の上昇のみによって診断されたと報告した.イ
の評価が待たれる.
ンフルエンザ迅速抗原検査の結果が陰性だからといって
本症例が当センターを受診した平成 21 年 11 月,本邦
インフルエンザを否定すると診断を誤る可能性がある.
では新型インフルエンザが猛威をふるい,一方で季節性
インフルエンザ肺炎によるびまん性肺胞傷害
インフルエンザウイルス感染は認められなくなっていた
(国立感染症研究所発表)
.本症例は気管支・細気管支上
947
stitial pneumonia : a clinicopathologic classification.
Am J Surgical Pathol 1986 ; 10 : 256-267.
皮細胞に A 型インフルエンザウイルス抗原を認めたが,
8)日本呼吸器学会びまん性肺疾患 診断・治療ガイド
本症例で用いた抗インフルエンザ A(ポリクロナール)
ライン作成委員会編.II 診断の進め方.特発性間
抗体によって季節性,新型インフルエンザウイルスを鑑
質性肺炎 診断と治療の手引き(改訂第 2 版)
.南
別することはできない.また,気管支肺胞洗浄液を用い
江堂,東京,2011 ; 3-19.
た RT-PCR 法を施行したが,調べたのは新型インフル
9)Katzenstain AL. Acute lung injury patterns : diffuse
エンザウイルスのみで結果は陰性であった.さらに,本
alveolar
症例では A 型インフルエンザウイルス(ソ連型,H1N1)
organizing pneumonia. In : Katzenstain and Askin s
に対する抗体価が上昇していたが,新型インフルエンザ
肺炎であったが同じ H1N1 のソ連型と共通抗原性があり
抗体価が上昇したのか,平成 21 年 11 月にソ連型があっ
たのかは不明であった.
damage
and
bronchiolitis
obliterans-
surgical pathology of non-neoplastic lung disease.
Fourth ed. Philaderphia : Saunders, 2006 ; 17-49.
10)Collard HR, Brown KK. Acute interstitial pneumonia. In : Schwarz MI, King TE Jr, ed. Interstitial lung
disease. 5th ed. People s Medical Publishing House-
DAD を呈したインフルエンザ肺炎の 1 例を経験し
た.当初はインフルエンザ迅速抗原検査と気管支肺胞洗
USA : 995-1001.
11)高柳 昇,原健一郎,徳永大道,他.インフルエン
浄液の RT-PCR 法が陰性であったため AIP と診断した.
ザ肺炎 84 例の臨床像.日呼吸会誌 2006 ; 44 : 681-
インフルエンザウイルスに対する血清抗体価の上昇を認
688.
め,免疫組織化学的に同ウイルスの感染を証明した.AIP
12)Johkoh T, Müller NL, Taniguchi H, et al. Acute in-
の診断には迅速抗原検査,血清抗体価,拡散増幅法など
terstitial pneumonia : thin-section CT findings in 36
を用いてインフルエンザ肺炎を慎重に鑑別する必要があ
patients. Radiology 1999 ; 211 : 859-863.
13)Iwasenko JM, Cretikos M, Peterson DL, et al. En-
る.
本稿の作成には当センター呼吸器内科の米田紘一郎先生,
宮原庸介先生,鍵山奈保先生,徳永大道先生,倉島一喜先生
に貴重なコメントを頂きました.紙面をおかりして深謝いた
します.
hanced diagnosis of pandemic (H1N1) 2009 influenza
infection using molecular and serological testing in
intensive care unit patients with suspected influenza. Clin Infect Dis 2010 ; 51 : 70-72.
14)Jain S, Kamimoto L, Bramley AM, et al. Hospitalized
patients with 2009 H1N1 influenza in the United
引用文献
1)石黒 卓,高柳 昇,高橋 孝,他.成人市中肺炎
におけるウィルス感染の関与―単一施設での前向き
検討―.日呼吸会誌 2011 ; 49 : 10-19.
2)高柳 昇,原健一郎,徳永大道,他.市中肺炎入院
症例の年齢別・重症度別原因微生物と予後.日呼吸
会誌 2006 ; 44 : 906-915.
3)石黒 卓,高柳 昇,林
誠,他.成人における
新型インフルエンザ肺炎と季節性インフルエンザ肺
炎の比較検討.日呼吸会誌 2011 ; 49 : 255-265.
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Abstract
Type A influenza pneumonia with diffuse alveolar damage diagnosed by increased antibody titers
and immunohistochemical staining
Takashi Ishiguro1), Noboru Takayanagi1), Yoshihiko Shimizu2), Yoshinori Kawabata2),
Tsutomu Yanagisawa1)and Yutaka Sugita1)
1)
Department of Respiratory Medicine, Saitama Cardiovascular and Respiratory Center
2)
Department of Pathology, Saitama Cardiovascular and Respiratory Center
A 58-year-old man presented to a local physician with cough, fever, myalgia and dyspnea. His chest X-ray film
showed abnormal shadows and therefore he was admitted to our hospital. Chest computed tomography showed
bilateral ground-glass opacities and bilateral consolidation. We suspected influenza pneumonia, but the results of
both an influenza rapid antigen test and reverse transcriptase-polymerase chain reaction test for novel influenza
(H1N1 2009) were negative. Transbronchial lung biopsy showed diffuse alveolar damage patterns. We diagnosed
acute interstitial pneumonia and initiated corticosteroid therapy. Moreover, because influenza pneumonia could
not be excluded according to his clinical picture, oseltamivir was administered. His condition improved and he was
discharged. After discharge, the levels of antibody titers for influenza A virus significantly increased. We therefore re-evaluated his transbronchial lung biopsy specimen and found that immunohistochemical staining was positive for influenza A antigen in his bronchial and bronchiolar cells. We re-diagnosed his condition as influenza pneumonia. The possibility that influenza pneumonia may present in cases originally diagnosed as acute interstitial
pneumonia must be considered.
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