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年金会計と保険会計 - 三井住友信託銀行

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年金会計と保険会計 - 三井住友信託銀行
年金会計と保険会計*
杉田 健
1.はじめに
IASB(1998)およびその後の改定を含む)に
加えて 2010 年 4 月公表の改正案(IASB(2010-1)、
本稿の目的は年金会計と保険会計の共通点と
以下「年金 ED」と呼ぶ)を含み、また「保険会計」
相違点を論じることにある。年金会計と保険会
と呼ぶのは国際会計基準の中の保険契約会計基
計では、将来確率的に発生する給付を見積もっ
準である IFRS4(2004 年 3 月公表の IASB(2004)
て評価するという点で共通点がある。さらに最
およびその後の改定を含む)に加えて 2010 年 7
近の国際会計基準の動向を見るに、評価を時価
月公表の改正案(IASB(2010-2)、以下「保険 ED」
に近づけようとする点でも共通の方向を目指し
と呼ぶ)を指すことにする。すなわち、本稿では
ていると言える。しかし、債務の評価方法、債
年金会計では年金 ED、保険会計では保険 ED が
務評価をする場合の割引率(予定利率とも言え
そのまま公開草案から基準そのものとなったと
るが、以下「評価利率」と呼ぶ)および債務の時価
仮定して比較する。
変動の計上方法に相違がある。債務の評価方法
本稿の構成であるが、第 2 章で年金と保険の
は、年金会計は予測単位積増方式による評価額
相違を明確にし、第 3 章で年金会計の動向、第4
であるのに対して、保険会計は現在履行価値(詳
章で保険会計の動向を説明した上で、比較対象
細は以下の 5(2))による。評価利率は、年金会計
を限定する。第 5 章で計算方式、第 6 章で評価
では優良社債の利回りが原則であるが、保険会
利率、第7章で債務の時価変動の計上について
計では保険契約が特定の資産のパフォーマンス
会計処理の相違とその理由を論じ、第 8 章で共
に依存しないのなら、リスクフリー・レートに非
通点を論じ、最後に結論と今後の検討課題を述
流動性プレミアム(以下の 6(2)②で解説)を加
べる。
えた利率であり、異なっている。また、債務の時
価変動の計上方法について、年金会計は「その他
2.年金と保険
の包括利益」への計上、保険会計は「純損益(純利
年金会計と保険会計の相違を論じる前に、年
益)」への計上と異なっている。本稿では、これ
金と保険の相違を明確にしておく。本稿で「年
らの相違と理由を論じるものである。また共通
金」という場合、給付建ての企業年金を指し、
点についても今後議論となりうる点について言
具体的には、厚生年金基金・確定給付企業年金・
及する。
本論に入る前に用語の定義をしておく。本稿で
「年金会計」と呼ぶのは国際会計基準審議会
(IASB)が定める国際会計基準の中の退職給付会
計基準である IAS19(1998 年 2 月公表の
適格退職年金が該当し、加入者等のリスクをそ
れぞれの制度内でプールしているものである。
一方本稿で言う「保険」とは、保険会社が主体
となり、保険証券を多くの保険契約者に販売し
ているものであり、個人年金保険を含む。年金
*
本稿は、日本年金学会誌(第 30 号、2011 年度)に掲載
された論文を同会の許可を得て再掲載するもの。著者の現在
の所属は、三井住友信託銀行株式会社 ペンション・リサー
チ・センター、メールアドレスは、[email protected] であ
る。(なお、本稿の内容は筆者個人のものであり、筆者の所属会
社の見解とは必ずしも一致しない。)
と保険について Anderson(2006)は次の3つの
相違点を指摘している。
第一の相違点は通常扱う集団の規模に関連す
る。保険の場合に保険会社が保険料を決めるに
あたっては、保険証券を購入する人は多数いて
母体企業倒産時に備える支払保証制度が米国、
統計的変動はおおむね無視できるという前提に
英国、ドイツには存在するが、日本は厚生年金
基づくことができる。さらに誤差に備えてマー
基金を除いて存在しないし、オランダも存在し
ジン(安全割増)をしっかりとることができる。
ない(詳細は CEIOPS(2008)を参照されたい)。
しかし、100 名の被用者を適用対象とする年金
また、フィンランドの職域年金は強制設立で制
制度の場合、統計的変動は平均的な値よりも重
度はどの職域年金も同一であり、運用は独自の
要になる。年金の場合には、アクチュアリーは
部分と制度間でプールしている部分がある
自分の推定値が外れることをあらかじめ予想し
(Ranne(2007))というように日本・米国・英国と
ておかなければならない。そしてこの誤差の扱
は全く異なっている。
い方も決めておく必要がある。
第二の相違点は年金の場合には、多くの重要
以上 5 点を挙げたが、このように年金と保険
では相当商品特性が異なるのである。
な変数をコントロールできない点にある。保険
の場合は、個人年金保険証券をとってみても、
3.年金会計の動向
証券の額面は保険契約者の給与によって変動も
給付建て企業年金の国際会計基準 IAS19 につ
しなければ、支給開始時期も変わらない。年金
いては 2010 年 4 月に年金 ED が公表されたが、
の場合は、退職日が選択できる制度を扱うこと
これは数理計算上の差異の遅延認識を廃して即
が通例である。また退職直前の給与に依存する
時認識のみとすることが中心になっており、債
給付も扱う。また被用者が採用後に間をおかず
務の評価方法、評価利率(年金では通常、割引率
に退職した場合は無給付となることもある。こ
または予定利率と呼ばれる)の取り扱いは変わ
のように年金の場合は保険よりもはるかに不確
っていない。年金 ED は、債務の時価変動等の数
実な要素が多い。
理計算上の差異の財政状態報告書(日本の貸借
第三の相違点は「保守的」の意味が異なるこ
対照表に対応)への即時認識、包括利益計算書
とである。保険の場合、
「保守的」というのは保
(日本の損益計算書に対応)の「その他の包括利
険会社の誤差、例えば死亡率の予定と実際との
益」への計上とリサイクルをしないこと、すなわ
差に備えて予定値に安全余裕を見ることを指す。
ちその他の包括利益を一定のルールで後年度に
保険契約者間又は株主の間で誤差分を配当とい
純損益に反映させることはしないことを特徴と
う形で分配することは二次的な問題である。年
している。この結果財政状態報告書の差異は包
金の場合、原則的に誤差は正負どちらも好まし
括利益にあらわれ、純損益には反映しない。すな
くない。年金費用が高すぎると、母体企業のキ
わちクリーン・サープラス関係(損益計算書で計
ャッシュフローが減少する。年金費用が低すぎ
算される純損益と、貸借対照表上の純資産の増
ると年金制度が破綻する可能性がある。
減が一致すること)は成立しない。年金 ED には
さらに Anderson が書いていないことである
規定していない債務の評価方法、評価利率は、
が、次の相違点も良く指摘されることである。
もともとの IAS19 に基づくことになる。その結
第一に年金では、給付源資が不足する場合に
果、債務の評価は予測単位積増方式で行い、評価
母体企業が拠出するのが通例である。保険の場
利率は優良社債の利回りを原則とすることにな
合は、このような追加拠出が不要となるように
る。今後債務の評価方法および評価利率の検討
商品設計されている。
は、第二フェーズの検討に委ねられる。また、
第二に年金は、国によって制度・権利が様々
であるのに対して、保険はおおむね共通である。
年金の多様性について若干言及しよう。例えば
クリーン・サープラス関係を維持している米国
の会計基準とのすり合わせも今後の課題である。
4.保険会計の動向
だものになっている。これに対して保険 ED は債
保険に関する現行の国際会計基準 IFRS4 は、
務評価のためにビルディング・ブロック・アプ
暫定色が強く様々な処理を認めるという意味で
ローチを用いて将来のキャッシュフロー額に関
緩やかなものであったが、これを改正する時価
する不確実性の評価を切り出すとともに、死亡
志向の強い公開草案が 2010 年 7 月に公表された。
率や評価利率を毎会計年度毎に洗い替える(こ
これは、保険に関する国際会計基準を作成する
れをロック・フリーという)こととしている。
際に、IASB がフェーズⅠとフェーズⅡに分けて
検討した結果である。
なお、IFRS4 は保険契約の基準であり保険会
社の持っている資産に関しては考慮していない。
IASB は 2004 年にフェーズⅠの検討結果とし
そこで、以下年金会計と保険会計の比較を以下
て IFRS4 を公表して、それまでカバーされてい
行うのに際して、債務側に絞って、債務評価の
なかった保険に関する会計について定めたが、
方法、評価利率、債務評価の時価変動の計上方
これは各国の一般に認められた企業会計原則に
法を比較することにする。
おける評価基準や評価手法を認めるものであっ
た。例えば、保険債務の評価利率については、基
5.債務評価方法の相違
在の市場金利を反映させ、その変動を純損益に
(1)年金会計
年金の債務評価方法は以下のとおり予測
認識するために会計方針を変更することを許容
単位積増方式によるものである。IFRS では日本
するが要求はしない」と書いてあり、また第 25
基準の退職給付債務に相当する「確定給付制度
項において保険債務を現在価値に割り引かずに
債務の現在価値」の計算手法について、IAS19 の
測定するという実務を継続する事ができるとし
第 63 項、第 64 項で以下のように言及しており、
ているなど、きわめて緩やかな基準であった。
基本的には日本基準の手法と大差ないものとな
準の第 24 項で「指定された保険債務の測定に現
その後フェーズⅡの保険プロジェクトが始ま
っている。
り、2007 年に討議資料(ディスカッション・ペー
第 63 項
パー)を公表し、2010 年 7 月 30 日に保険 ED を公
「確定給付制度の最終的なコストは、最終給与、
表し、時価志向の強い内容となった。保険会社の
従業員の離職及び死亡率、医療費の趨勢、並び
債務の大部分を占めるものは、将来の保険金等
に、積立をする制度においては制度資産に係る
支払義務の評価額であり、残余マージン を除い
投資収益のような、多くの変数の影響を受ける。
て「将来の保険金など支出見込みの現在価値」か
制度の最終的なコストは不確実であり、この不
ら「将来の保険料収入見込みの現在価値」を控除
確実性は、長期にわたり続くであろう。退職後
して求める。すなわち保険債務は、将来の支出予
給付債務の現在価値及び関連する当期勤務費用
定額のうち、将来収入予定額ではまかなえない
を測定するためには、次のことが必要になる。
部分である。この現在価値の計算において、支出
(a)保険数理上の評価方法を適用し、
の発生確率(死亡率等)や現在価値に割り引くた
(b)給付を勤続期間に帰属させ、
めの割引率(評価利率)を設定する必要がある。
(c)数理計算上の仮定を設定する。」 1
現在のわが国の保険債務の会計処理は死亡率や
第 64 項
評価利率を決算期ごとに洗い替えずに、保険契
「企業は、その確定給付制度債務の現在価値お
約時に設定したものをそのままずっと使い続け
よび関連する当期勤務費用ならびに過去勤務費
る方法を採用しており、この方法はロックイン
用(該当がある場合)を算定するために、予測
方式と呼ばれている(荻原(2004))。また死亡保
険の死亡率は低めに設定するなど安全を見込ん
1
本稿の IASB の基準書・公開草案の邦訳は原則として IASB
の日本語訳による。
単位積増方式を使用しなければならない。」
(2)保険会計
保険の債務評価の方法は保険 ED によると履
決定する 2。「退職後給付債務(積立をするもの
行債務の現在価値であり、ビルディング・ブロ
は、報告期間の末日時点の優良社債の市場利回
ック・アプローチ(以下の①~④の部分に分け
りを参照して決定しなければならない。そのよ
ている)を用いて将来のキャッシュフロー額に
うな債券について厚みのある市場が存在しな
関する不確実性の評価を切り出すと伴に、死亡
い国では、国債の(報告期間の末日における)市
率や評価利率を毎会計年度毎に洗い替えるもの
場利回りを使用しなければならない。社債又は
である。
国債の通貨及び期日は、退職後給付債務の通貨
としないものの双方とも)の割引に使用する率
①将来のキャッシュフローを、発生確率を考
及び見積もり期日と整合しなければならな
慮して加重した評価額
い。」また、第 79 項では以下のように記載して
②通貨の時間価値の評価
いる。「・・・割引率は貨幣時間価値を反映するが、
(将来のキ ャッシュフ ローを通貨 の時間価値
数理計算上又は投資上のリスクは反映しない。
に対して割引率を用いて調整する調整額)
さらに、割引率は、企業に対する債権者が負担
③リスク調整額
している企業固有の信用リスクは反映せず、ま
(将来のキャッシュフロー額に関する不確実性
た、将来の実績が数理計算上の仮定と異なる可
の評価)
能性についてのリスクも反映しない。」
④残余マージン
筆者の考えるところ、年金会計の評価利率に
(契約開始時に利得が認識されることをなくす
おいて優良社債の利回りとすることは、リスク
ために設けられた。
フリー・レートに優良社債を発行する会社の平
(ア)期待保険料
均的信用リスクプレミアムを上乗せすること
(イ)期待保険金・給付金・保険金処理費用・
であり、そうすると年金の債務を社債と同等と
増分新契約獲得費用
見ていることになるから、優良社債を発行して
として
いる企業が破産する環境の下では年金給付は
(ア)-(イ)>0なら、残余マージンとして
削減される可能性があるという意味になる。こ
負債計上。マイナスなら、その金額は初日の損
れは企業破産時に社債の利払や償還元本の一
失として即時に損益として認識される。残余マ
部削減と同等の扱いをするということである。
ージンは償却によってのみ調整される。)
優良社債を発行している企業が破産するよう
(3)年金会計と保険会計の相違
上記(2)保険会計の①と②は、年金会計の
債務評価と似ているが、③、④は全く保険独特
のものであり、この相違は第2章で説明した年
金と保険の相違に基づく。
な厳しい環境の下で、給付削減があっても、企
業は責任を負わないということであり、これは
債務評価における一つの割り切りであろう。な
お支払保証制度があれば、優良社債を発行する
会社の平均的信用リスクプレミアムを上乗せ
することは一層正当化されよう。なぜなら優良
6.評価利率の相違
(1)年金会計
年金会計に関する IAS19 の第 78 項は以下の
ように記載しており、債務評価の利率としては
原則として優良社債の市場利回りを参照して
社債を発行している企業が破産するような厳
しい環境の下で当該企業が破産しても、給付の
支払義務は支払保証事業を担っている団体に
2
なお、全ての会計士がこのような立場を取っているわけで
はなく、英国の会計基準委員会(ASB)等はリスクフリーレー
トの採用を主張している(PAAinE(2009))。
移り企業の債務からは外れると考えられるか
ないが、上記の記述からリスクフリー・レート
らである。
に非流動性プレミアム 3を上乗せした金利で割
なお評価利率において優良社債の利回りと
することは、年金債務の時価評価とは異なる。
り引くということになる。なお非流動性プレミ
アムの算定方法は明示されていない。
筆者の考えるところ、社債利回りでなくリス
年金債務の「時価」は、年金債務を市場で売却
した場合の価格(バイアウト価格)と考えられ
クフリー・レートをベースにすることは、保険
るが、この場合は母体企業の個別の信用度も反
債務を国債と同等と見ることであるから、どの
映することになるので、優良社債の利回りによ
ような状況であっても、保険会社の提供する保
る評価とは異なる。
険契約の債務は確保されなければならないと
(2)保険会計
① 保険会計の原則
いうことを意味する。「どのような状況」には、
例えば優良社債を発行している会社が破産す
保険会計における評価利率について保険 ED の
るような経済環境も含まれる。実際に保険会社
第 30 項では、債務の性格を反映することを述べ
が倒産した場合には保険金支払の制限などが
ている。将来のキャッシュフローを貨幣の時間
発生しうるので、IASB は経済的な契約の価値
価値に対して評価利率(割引率)を用いて調整す
よりも過大に評価していることになる。IASB
るが、この割引率については次のように述べて
は多くの保険契約を扱う保険会社の契約への
いる。
責任を、個々の企業年金の責任より重く考えて
・保険契約債務の性格を反映したキャッシュフ
いることになる。これは保険会計が金融監督行
ローを持つ有価証券の市場価値と整合性がある
政と緊密に結びついていることと関連してい
こと。
る可能性がある。
・市場で観察される利率に影響を及ぼす要素の
③ 保険契約から発生するキャッシュフローが
中で、保険契約債務には適切で無いものを排除
特定の資産のパフォーマンスに全面的または部
すること。
分的に依存する場合
抽象的な表現であるが、第 31 項で保険契約から
一方、保険契約から発生するキャッシュフロ
発生するキャッシュフローが特定の資産のパフ
ーが特定の資産のパフォーマンスに全面的ま
ォーマンスに依存しない場合、第 32 項で保険契
たは部分的に依存する場合(変額保険、ユニッ
約から発生するキャッシュフローが特定の資産
ト・リンク保険等を想定)、その特定の資産の
のパフォーマンスに全面的または部分的に依存
パフォーマンスへの依存関係を反映させると
する場合について具体的に述べられている。
なっている。保険 ED では、この依存関係を反映
②
保険契約から発生するキャッシュフローが
させる最も適切な方法は、模倣ポートフォリオ
特定の資産のパフォーマンスに依存しない場合
の手法を活用することである場合があると述
保険 ED 第 31 項によれば、保険契約から発生
べている。年金給付について今後、特定の資産
するキャッシュフローが特定の資産のパフォ
の運用成果に全面的または部分的に依存する
ーマンスに依存しない場合には、評価利率は適
制度が出て来た場合には、応用できるかもしれ
切な通貨のイールドカーブを反映すべきとさ
ない。年金 ED の前に IASB は年金会計に関する
れている。このイールドカーブは信用リスクを
討議資料を出状している。この中の 4.2 で
含まない。また保険契約には解約にコストがか
かるため有価証券ほどの流動性が無いので、非
流動性を考慮することとなっている。保険 ED
はリスクフリー・レートという言葉を使ってい
3
非流動性プレミアムとは流動性の乏しいことによりリスク
フリーレートに上乗せされるプレミアムである。非上場株式
の評価において非流動性を考慮してディスカウントされるこ
とと類似している。
「拠出金に係る所定の収益を約束する退職後給
付約定。これらには、一般にキャッシュ・バラ
7.債務の時価変動の計上方法の相違
ンス・プランと称される給付が含まれる。ボー
年金会計では、評価利率の変動により債務の
ドは、これらの約定を「拠出ベース約定」と呼
評価が変動した場合は「その他の包括利益」に表
ぶことを提案する。」としており、その背景と
示されるとしている。年金 ED の第 119A 項で、確
して「将来の、資産に係る収益に依存する給付
定給付負債(資産)の純額の再測定を、その他の
の測定。何人かは、IAS第19号が、将来の資産に
包括利益に表示すべきことを規定してあり、さ
係る収益に依存する給付に関し、所定の資産の
らにそれらの再測定は、利益剰余金に直ちに振
収益率の最善の見積りを使用して当該給付を予
り替えなければならず、その後の期間において
測計算した後に、優良社債の利率を使用してそ
純損益に振り替えてはならないとしている。年
の額を割り引くことにより、給付債務を測定す
金 ED の第 7 項の用語の定義の中で、確定給付負
るよう企業に求めている、という見解をとって
債(資産)の再測定には確定給付制度負債にかか
いる。しかし、この割引率は、当該資産のリス
る数理計算上の差異が含まれるとされ、この数
クを織り込んでいないので、将来の資産に係る
理計算上の差異とは、事前の数理計算上の仮定
収益に依存する給付には不適切である。何人か
と実際の結果との差異、および数理計算上の仮
は、将来の資産に係る収益に依存する給付に対
定の変化の影響を指すと記載されている。要す
してこの方式を採用しても、有用な情報は提供
るに評価利率が異なるために債務の評価が変化
されないと考えている。これらの人は、それは、
した場合はその他の包括利益に表示されるので
株式CU100 について、株式に係る期待収益率を
ある。このような処理をする理由は年金 ED の結
用いてCU100 を予測計算した後に、優良社債の
論の根拠第 37 項で挙げられているが、その一つ
収益率でその額を現在価値に割り引くことによ
として次のようなものがある:
って評価することと同じである、と考えている。
「(d)確定給付費用の変動の全てを純損益に計上
その現在価値はCU100 にはならない。」
すると、企業の基本的な営業活動に関係しない
として、従来の優良社債の収益率による割引を
ボラティリティの高い変動が純損益に生じるこ
不適切としているが、保険契約から発生するキ
とになる。こうした純損益の変動は、通常の営業
ャッシュフローが特定の資産のパフォーマンス
循環期間内の短期間に実行される取引から生じ
に全面的または部分的に依存する場合の考え方
る収益 及び 費用と 同じ 性質を 持つ もので はな
を適用できる。この考え方はリスクプレミアム
い。」4
保険会計では、その他の包括利益への計上を
の現在価値は0であるという金融経済学の考え
方とも整合的である。
許していない。保険 ED 第 76 項では、保険契約か
④ 非流動性プレミアムと年金
ら生じる全ての損益は、純損益に計上すべきと
非流動性プレミアムは保険会計には考慮さ
している。その理由としては、保険 ED の「結論の
れていて年金会計には考慮されていないが、こ
根拠」第 183 項にあるとおり、保険契約から発生
の相違は年金契約と保険契約の相違によるも
する損益は、短期で見ても長期で見ても保険者
のではなく、独立に検討されたからだと考える。
のパフォーマンスの根幹をなし、純損益で表示
なぜなら年金債務も売却が容易ではないから
することが望ましいとしている。
である。もっとも、小規模の年金債務の債務評
以上から年金会計と保険会計で債務の時価変
価に非流動性プレミアムを考慮するとなると、
何らかの割り切りを行わない限り事務コスト
がかかるだろう。
4
なお、IASB の 2010 年 11 月の理事会では「その他の包括利
益」に加えて「純損益」の使用を許容する暫定合意がなされ
た。今後の動向に注目したい(IASB Update November,2010)
動の計上に差があるのは、年金会計で取扱う年
かり知らないところかもしれないが、年金にお
金資産の損益は企業の事業活動から生じたもの
いては終身年金部分の削減が、保険に関しては
ではないのに対して、保険債務に関しては保険
長期の保険商品からの撤退が懸念される。この
契約を引き受けることは、それ自体が企業(主に
点に関しては、会計上は評価利率の変動等によ
保険会社を想定)の事業目的であることが通例
る債務の変動は年金会計、保険会計を問わず、
であることに由来することがわかる。
その他の包括利益に区分して、その他の手数料、
8.共通点
家賃などの単年度収益科目による損益と明確に
区分 5することが望ましいと筆者は考える。
年金会計と保険会計では本稿の冒頭に述べた
もしも上記債務評価額の変動を純損益に計上
ように多くの共通点があるが、議論となりうる
するのであれば、デリバティブとの関係で、施
ものは以下の二点と筆者は考える。
行日の設定が課題となろう。債務評価額の変動
(1)一時点での評価
年金会計においても保険会計においても債務
を純損益に計上するとなれば、債務の変動性を
評価は、決算日時点だけで評価される方向であ
ティブが盛んに活用されるであろう。問題は、
るが、これは問題が多い。年金については年金
現在のデリバティブは店頭取引が多く、世界中
ED でコリドーが廃止される方向が打ち出され
でどの程度の量のデリバティブが取引されてい
ているが、OECD が年金 ED へのコメントレター
るか把握が不可能で、結果としてヘッジファン
OECD(2010))の中で平滑化の効用を説いており、
ド等による過剰なポジションの積み上げにより
一時点で評価することによる評価額の短期的な
バブルが発生しやすくなっている事である。グ
変動に批判的である。経済学的には、債務の割
ローバルなデリバティブのモニタリング体制の
引率をピンポイントの時点の金利で決めるのは
構築(詳細は矢野(2010)参照)が、健全なヘッ
必ずしも最良推定とはいえない。なぜなら最近
ジの前提として重要であり、このようなモニタ
のマルチエージェント理論を活用した経済学
リング体制の確立が、施行の前提となると筆者
(Aoki et al.(2006))によれば経済的均衡は一
は考える。
抑制するために、今後金利スワップ等のデリバ
点に収斂するのではなく確率分布となるからで
ある。平滑化が許されないのであれば、実務上
9.結論
は資産・負債をマッチングさせておくことが次
上述のように年金会計と保険会計は債務の評
善の策となろうが、会計上は一時点での評価の
価方法、評価利率および債務の時価変動の包括
問題については今後も議論されよう。
利益計算書への計上方法で相違があり、次頁の
(2)評価額の変動性の増大
年金会計も保険会計も会計基準改定の結果と
別表のようにまとめることができるが、この相
して、債務評価額の変動性の拡大が生じ弊害を
もたらす可能性がある。年金会計は年金 ED によ
り、数理計算上の差異の BS 即時認識を打ち出し
た。また保険会計は4で述べたように、保険 ED
により従来のロックイン方式の評価方法から毎
年評価替えする方向への転換を打ち出し、その
違は年 金と 保険の 本質 的な相 違に もよる もの
(評価方法、債務の時価変動計上方法)と検討
経緯の相違によるもの(評価利率)であること
が分かった。今後年金会計の議論の中で保険会
計の議論を取り込んでいくことは有意義と考え
る(例えばキャッシュ・バランス・プランの評
価)。
影響を純損益で認識することとした。この結果
として金利変動による債務評価の影響が年金会
計でも保険会計でも大きくなり、会計士のあず
5
杉田・大森(2011)では、年金会計の資産サイドに関してで
はあるが、その他の包括利益と純損益の切り分けに関して、
経済学的立場から論じている。
また、年金会計と保険会計の共通の課題・影
響についても考察することは有意義と考える。
Cambridge University Press
[3]CEIOPS(2008) “ Survey on fully funded,
technical provisions and security mechanisms
別表
年金会計と保険会計の比較
評価方法
評価利率
in
the
European
occupational
pension
sector”
年金会計
保険会計
予測単位積増
債務履行の現
[4]IASB(1998)
方式で計算し
在価値で、将
Standard 19 Employee Benefits”
た債務。
来のキャッシ
[5]IASB(2004)
(マージンは
ュフローの現
Reporting Standard 4 Insurance Contracts”
含まない。将
在推計・貨幣
[6]IASB(2010-1) “Exposure Draft: Defined
来の昇給は見
の時間価値、
Benefit Plans Proposed amendments to IAS19”
込む。)
リスク調整お
[7]IASB(2010-2) “Exposure Draft: Insurance
よび残余マー
Contracts”
ジンからなる
[8]OECD(2010) “Comment Letter on IAS19”
“International
“International
Accounting
Financial
http://www.oecd.org/dataoecd/44/55/4593000
優良社債の市
保険契約か
場利回りを参
ら発生するキ
4.pdf
照して決定し
ャッシュフロ
[9]PAAinE(2009) “The Financial Reporting of
なければなら
ーが特定の資
Pensions
ないが、その
産のパフォー
[10]Ranne,A.(2007) “The New Equity Linked
ような債券に
マンスに依存
Buffer in the Finnish Occupational Pension
ついて厚みの
しない場合:
System”2nd PBSS Section Colloquium
ある市場が存
リスクフリ
[11]荻原邦男(2004)「保険の国際会計基準をめ
在しない国で
ー・レート+
ぐる動向」『ニッセイ基礎研レポート』2004.1
は、国債の市
非流動性プレ
[12]杉田健・大森孝造(2011)
「退職給付会計の
場利回りを使
ミアム
国際基準 IAS19 改正のための討議資料の問題
用しなければ
依存する場
点」『リスクと保険』第 7 号(近刊)
ならない。
合:その特定
[13]矢野誠(2010)
「金融危機はなぜ起きたのだ
の資産のパフ
ろうか」京都大学品川セミナー10 月 1 日(概要
ォーマンスへ
は 2010 年 10 月 8 日読売新聞)
Feedback and Redeliberations”
の依存関係を
反映させる。
債務の時価変
その他の包括
動の計上方法
利益
純損益
謝辞
本稿の内容を報告した 2010 年 10 月 21 日の第
30 回日本年金学会研究発表会では、多くの研究
者の方々から有益なコメントをいただき、また
文献
[1]Anderson,A.W.,(2006)“ Pension
2010 年 12 月 20 日の(社)日本アクチュアリー
Mathematics for Actuaries”, 3rd
関して出席者の方々から有益なコメントをいた
edition,Actex Publications,Inc.
だいた。ここに厚く御礼を申し上げる。なお、
[2]Aoki,M & Yoshikawa,H (2006)
本稿の意見および、ありうる誤謬については、
“ Reconstructing Macroeconomics”,
すべて筆者個人に帰するものである。
会年金・医療委員会においても本稿のテーマに
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