Comments
Description
Transcript
第4節 地球温暖化の適応策(PDF 1.4MB)
第 4 節 地球温暖化の適応策 っている。遮光資材によって葉温を下げると着色 (1)農業 ①穀物 を向上できるが、同時に徒長しやすい。そこで、 -コムギ- 可視光は十分に透過しながら、熱線部分を効率的 [埼玉県(4)a] に遮断できる熱線遮断フィルムを被覆して栽培 コムギは、気温上昇による収量の低下が主とし すると、色素成分であるアントシアニン含量が無 て 1 穂粒数の減少を通して起こることから、気象 被覆の2倍以上となり、葉裏の着色(紫色)が濃く の年々変動と長期変化のいずれに対しても 1 穂粒 なる。 また、無被覆の場合に比べ、高温乾燥による葉 数の確保が収量を安定させる上で重要となる。ま た、5 月の降水量が多くても 1 穂粒数を維持する の巻きや萎れは少なく、生育は良好となる。 ための対応策としては、排水の徹底が不可欠とな る。とくに、土壌水分が高い場合、温暖化に伴っ (1)農業 ③果樹 て土壌温度が上昇すると土壌の還元化がすすむ -ナシ- [栃木県(2)c] ので、排水対策が一層重要となる。 埼玉県において、コムギ「農林 61 号」は播種 ニホンナシでは、気候温暖化による暖冬傾向の から出穂までの平均気温が上がるほど減収する 影響を受け、発芽・開花期が前進化し、この10年 傾向にあること、及び出穂期以降の降水量が増加 間で3日程度開花が早まっている。平成11、13、 することにより減収する傾向にあることがわか 16、24年には、開花期の降霜により「にっこり」 った。 を中心に甚大な被害が発生し、きめ細やかな降霜 なお、「農林 61 号」に替わる品種として、平 害対策が必要となっており、栃木県農業試験場で 成 26 年から「さとのそら」に切り替えた。 は「幸水」および「にっこり」の生育ステージ別 低温限界温度調査と併せて、開花期の晩霜対策に (1)農業 ②野菜 ついて、いくつかの組み合わせ技術での昇温効果 -イチゴ- を明らかにした。 また、「にっこり」は、近年の気候変動の影響 [三重県(17)a] イチゴは夏至以降の短日及び 8 月中旬からの により果実生理障害である水浸状果肉障害が発 わずかな低温を感じ取り、花芽をつける。近年、 生する年がみられ、出荷する上で問題となってい 温暖化の影響でこの時期の気温が低くならず、花 る。そこで、水浸状果肉障害発生に関連する環境 芽をつける時期が遅れ、収穫が需要期のクリスマ 要因を解明するとともに、発生軽減のための技術 スに間に合わないことがある。また、イチゴ栽培 開発を行っている。 において深刻な被害をもたらす病害である「炭疽 -リンゴ- 病」は高温多湿条件で伝染し、雨の多い三重県で は特に重要な課題である。三重県農業研究所では [長野県(9)b] 炭疽病抵抗性を持ち、収穫時期の早いイチゴ品種 長野県における気候変動影響予測(農業分野) 「かおり野」を育成し、2009 年度から全国的に では、リンゴの生育適地の変化予測として「21 普及定着を図っている。 世紀中頃には長野県の低平地の一部が、21 世紀末 には低平地のほぼ全域が、高温のためリンゴ生育 の適域から外れる予測結果となった。予測の結果 -金時草- は、今世紀末の気温上昇が概ね 4℃以上になると、 [石川県(12)c] 加賀野菜の金時草は、盛夏期に生じる葉裏の着 現在の場所において、現状の品種・栽培方法で現 色不良(アントシアニン含量の低下)が問題とな 状の品質を維持したリンゴを栽培することが難 148 しくなることを意味している。」と報告されてい の原料も減少して発生する。その対策として環状 る。 剥皮技術が開発され、愛知県でも実証が行われ効 果が確認された。 また、高温対策のひとつとして細霧散水が検討 されている。ブドウは日光があたった方が色つき はよくなるが、熱高温によるダメージを受けやす い。果実にかけている袋に散水することで、果房 の温度が 1.5~2.5℃下がる。これにより、着色が 向上し、日焼けの発生が少なくなる。 [群馬県(3)b] リンゴの果実の着色に必要なアントシアニン 環状剥皮技術 色素の生成は高温下で抑制される。特に、成熟期 [群馬県(3)b] の日最低気温(夜温)が高く推移すると影響が大 黒系及び赤系ブドウの色素であるアントシア ニンの原料は、糖などの光合成産物であり、高温 きい。 時のストレスによる光合成速度の低下で不足状 高温でも着色が優れる品種「おぜの紅」は、8 月下旬から 9 月上旬に収穫でき、着色が良好で外 態になるとアントシアニンの合成が進まない。 観が良く、良食味の品種で、「つがる」の代替品 着色期の平均気温が、1970 年代に比べ 2℃上昇 種として導入が可能である。着色不良の地域では したとすると、ブドウが着色しない地域が拡大す 計画的な更新を図る。 る。群馬県で見ると図のように主要産地において また、黄色系など着色に影響のない品種「ぐん も全く着色しないケースがでてくるおそれがあ ま名月」は、10 月下旬から 11 月上旬に収穫でき、 る。この対策として、環状剥皮、反射マルチの設 酸味が少なく、蜜入りのよい良食味の品種である。 置、ジベレリン処理の変更などの対策技術を研究 着色不良が発生しやすい産地では計画的な更新 開発し、その成果の普及に努めている。 を図る。 -ブドウ- [愛知県(16)] 近年の温暖化により、成熟期のブドウに、着色 不良果、日焼け果、縮果症など高温による障害が 発生している。着色遅延は、夏季の高温で光合成 の低下により同化産物(炭水化物)が減少し、色素 県内主要産地における温度上昇がブドウの着色に及ぼす影響 149 (1)農業 ④病害虫 いる。ホウレンソウやコマツナなどの葉物野菜は、 -ミナミアオカメムシ- 葉そのものに商品価値があるため、葉に可視被害 [三重県(17)a] が発現することにより、農業者に対して深刻な経 ミナミアオカメムシは、1980 年代までは東紀 済的被害をもたらす。埼玉県では、オゾンによる 州地域のみで分布が確認されていたが、2007 年 これらの被害を軽減するための手法を検討し、提 以降、三重県北部にまで分布が拡大し、主に大豆 案している。 への被害が問題となっている。本種の分布拡大は 冬期の温暖化傾向が大きな要因のひとつと想定 され、ミナミアオカメムシの分布域が今後どのよ うに変化していくかを予測することは重要であ る。三重県農業研究所では、冬期の気温と前年の 発生量を用いた越冬可能地域の予測モデルを作 成し、効率的な防除対策に利用している。 -超微粒ミスト(ドライミスト)の技術開発- ミナミアオカメムシ越冬世代の分布予測図 [愛知県(16)] 愛知県は果菜類や花きなどの施設園芸が大変 (1)農業 ⑤全般 盛んだが、近年の温暖化等の影響により、園芸施 -オキシダント対策- 設では換気を行っても夏期の日中は 40℃を超え るため、作物の生育や開花が大きなダメージを受 [埼玉県(4)b] け、生産物の品質・収量が低下する。このため、 光化学オキシダントは、気温の上昇により増加 することが懸念されている。オゾン濃度が地域の 愛知県農業総合試験場では、水の気化熱を利用し 植物収量に及ぼす影響についての研究では、関東 て園芸施設の室温を低下させる超微粒ミスト(ド 地方のイネは現状で既に 5%程度は減収している ライミスト)の効率的利用についての研究に取り 可能性が指摘されている。成長期の日中オゾン濃 組んでいる。 度が埼玉北部の現状レベルで、アキタコマチ 20%、 コシヒカリ 8%の減収が報告されている。 埼玉県の主要農作物であるホウレンソウやコ マツナでは、大気中のオゾン濃度が比較的高くな ると、葉に可視被害が発現する事例が報告されて 150 カレンジュラ プリムラ・ジュリアン ◎トマト トマトに超微粒ミストを利用すると平均気温 で慣行のハウスより 5℃以上低くすることができ て、従来の細霧冷房よりも冷却効率が良くなる。 このように高い昇温抑制効果があるため無遮光 栽培ができる。そのため、茎が太く、葉が大きく ◎バラ バラでは超微粒ミストを利用することにより、 なり、高温による草勢低下が防止できる。さらに、 平均気温は慣行栽培よりも 4~5℃低く、葉温は約 花房あたりの着花数が多く、裂果の発生率が下が 4℃低下した。また、適切な湿度に保てるので夏 り、販売可能収量が上がる。また、収穫開始が 1 の強い日差しを光合成に有効利用でき、無遮光栽 週間ほど早まり、年内収量が 30~50%増加するこ 培でも花弁焼け、葉焼けが発生しない。また、昼 とにより、一層の収益向上が期待できる。 間に超微粒ミスト噴霧を行う場合は、ヒートポン プの夜冷設定温度は慣行の 20℃より高い 23℃に (2)畜産業 設定することができ、夜冷にかかる電力を 30%削 -畜産業- [愛知県(16)] 減できた。 夏季の高温時における家畜・家禽の生産性の低 下は古くから問題点として認識されている。その ため、高温と生理生産反応の関係や体温調節機構 が解明されるとともに、暑熱対策技術として、栄 養管理や畜舎環境改善などの検証が行われてき た。暑熱環境下における家畜、家禽の生産性低下 は体温の上昇と密接に関係している。ブロイラー や豚、育成牛、乳牛では高温により採食量が減り、 ◎花壇苗 超微粒ミストを 6 月から 9 月末まで利用すると、 成長が妨げられ、生産性が低下する。飼養管理面 苗の枯死や品質低下が回避でき、出荷率がアップ からの対策として、断熱材の利用や屋根の塗装に する。パンジー、シロタエギク、カレンジュラ、 より舎外からの熱の進入を防ぐことに併せて、ト プリムラ・ジュリアンの 4 品目では高温期の育苗 ンネル換気と細霧の組み合わせによって舎内で が可能となり、栽培期間が拡大する。 発生する熱を外へ逃がすことが必要である。 パンジー シロタエギク 151 (3)水産業 る。また、10 月上旬は水温の低下が鈍く、養殖開 -ノリ- 始の遅れが生産量減少の原因となっている。三重 県水産研究所では選抜育種を繰り返すことで、 [千葉県(5)b] 24℃でも育苗可能な品種「みえのあかり」を開発 (高水温耐性ノリ新品種「ちばの輝き」) し、2014 年には県内への普及が図られている。 ノリの養殖は気象や海況に大きく左右され、特 に水温はノリの生育に大きな影響を与える。ノリ が順調に生育するには、秋季のスムーズな水温降 下が必要であるが、近年の温暖化傾向により、こ の時期の水温が高く、また変化が大きいことがノ リの健全な生育を妨げ、生産枚数減少の一因とな っている。 千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究 所では、長期にわたる東京湾の水温観測によって 伊勢湾表層水温(鈴鹿水産研究室定地観測データ) 高水温化を確認している。そこで,平成 17 年か ら高水温耐性ノリ品種の開発に取り組み,平成 21 年には、新品種「ちばの輝き」として品種登録出 (4)生活環境 願し、平成 24 年には品種登録に至った。 -クールシェア- 「ちばの輝き」の特徴は、秋の高水温停滞期で [埼玉県(4)c] も生長が良く、単位面積あたりの収量が多く、な クールシェアとは、ひとり 1 台のエアコン使用 めらかで歯切れが良い製品ができることである。 をやめ、涼しい場所をみんなでシェア(共有)し、 夏を楽しく快適に過ごす取り組みである。 現在では県内の漁業者に普及が図られ,秋季の 公共施設やお店など暑さを忘れて過ごせる場 安定生産に貢献している。 所に集まったり、自然が多くて涼しい場所に行っ たり、家のエアコンを止めみんなで催しや活動に 参加するのが「クールシェア」である。熊谷市で は、家庭・地域・行政が一体となってクールシェ アに取り組んでいる。 既存品種 U-51(左)と新品種ちばの輝き(右)の生長の比較(千 葉県水産総合研究センター提供) [三重県(17)b] (高水温耐性に優れた黒ノリ新品種「みえのあか り」) 三重県におけるノリ養殖は 10~3 月で行われて おり、養殖を開始(育苗)するための水温は 23℃以 -緑のカーテン大作戦- [埼玉県(4)d] 下となることが条件である。 最近 10 年間の 9 月中旬から 10 月下旬の伊勢湾 埼玉県では、住みやすく環境にやさしい埼玉の 水温は、1985~1994 年に比べると高くなってい 実現と、夏の省エネ対策のため、緑のカーテンを 152 利用した建物緑化に取り組んでいる。花と緑の振 興センターでは、モデル展示として 52 の県有施 設で緑のカーテンを実施し、オカワカメ、エアポ テト、ツンベルギア、アサリナ、オキナワスズメ ウリ、ルコウソウの苗を供給した。過去に埼玉県 で調査した結果では、 「緑のカーテン」によって、 窓際の最高温度が 5℃低くなった事例があった。 また、「緑のじゅうたん」で屋上を覆うことで屋 上の表面温度を 13℃下げる効果などが確認でき た。 -多治見市の暑さ対策- [岐阜県(14)a] 多治見で高温を観測しているが、市民感覚では 「本当に暑いの?」など、様々な疑問があった。 「それなら自分たちで確かめてみよう」と、平成 14 年から「多治見の気温をはかる会」が多治見の 気温観測を開始した。また、平成 22 年から多治 見市と筑波大学が共同で、「高温メカニズム」、 「高温の人体への影響」、「緑やミストの効果的 な配置」を調査した。この間、市民や地元産業界、 行政が一丸となり「すみやすい多治見」を目指し 活動している。 153