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低角度入射電子顕微鏡法による表面微小構造体の 非破壊分析 - J

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低角度入射電子顕微鏡法による表面微小構造体の 非破壊分析 - J
日本金属学会誌 第65巻 第 5 号(2001)423–426
特集「分析電子顕微鏡法による材料評価」
低角度入射電子顕微鏡法による表面微小構造体の
非破壊分析
五十嵐慎一
武藤俊介
田邊哲朗
名古屋大学理工科学総合研究センター
J. Japan Inst. Metals, Vol. 65, No. 5 (2001), pp. 423–426
Special Issue on Materials Characterization by Analytical Electron Microscopy
 2001 The Japan Institute of Metals
Nondestructive Observation of Mesoscopical Surface Protrusions by Grazing Incidence
Electron Microscopy
Sin Igarashi, Shunsuke Muto and Tetsuo Tanabe
Center for Integrated Research in Science and Engineering, Nagoya University, Nagoya 464–8603
We demonstrate grazing incidence electron microscopy(GIEM) for observation of mesoscopical surface protrusions, such as
blistering introduced by energetic gas ion implantation. This method enables us direct and nondestructive observation and characterization of surface protrusions without any modification of the microscope, when it is used in combination with associated analytical instruments. As an example, the surface blistering of single crystalline silicon was examined with the aid of the simultaneous application of electron energy–loss spectroscopy(EELS).
(Received November 20, 2000; Accepted January 23, 2001)
Keywords: surface protrusions, surface blistering, transmission electron microscopy, reflection electron microscopy, grazing incidence
electron microscopy, electron energy–loss spectroscopy
一般に,表面,特に表面上の微小構造体を対象とした観察に,
1.
は
じ
め に
TEM は不向きである.
表面 観察に特化し た電子顕微 鏡が,反射 型電子顕微 鏡
超格子,クラスター,微細突起などの表面上のメゾスコピ
( REM )である. REM ではバルク試料の平坦な表面に数度
ックな微小構造体は,その大きさに起因する特有な物性から
の視斜角で電子を入射させる.後焦平面には反射高速電子線
広く興味が持たれている.物性と構造との関係を明らかにす
回折(RHEED )図形が得られ,TEM と同様に対物レンズ絞
るため,これまで走査電子顕微鏡( SEM ),走査型トンネル
りで回折線を選んで結像すると REM 像が得られる.バルク
顕微鏡(STM ),光学顕微鏡などの手法による解析が行われ
試料がそのまま使えるため,TEM 観察に不可欠な試料の薄
ている.しかし,これらの手法では,構造体表面の最外層に
片化が必要ない.従来 REM は,数原子層程度の高さを持つ
関する情報しか得ることができない. X 線,中性子回折は
ステップなど,表面の低く大きな凹凸をその観測対象として
有力な手法であるが,多くの場合,個々の構造体に比べて観
きた.そのため REM 観察は,清浄表面を対象に,超高真空
察領域が大きすぎる.
透過型電子顕微鏡( UHV–TEM )で行うものと信じられてき
結晶内部の構造や電子的構造を明らかにする有力な手段
た.
は,透過型電子顕微鏡( TEM )である. TEM は,高い空間
我々は,表面微小構造体の観察のために,低角度入射電子
分解能を持つ実像と回折像から,特に局所領域の構造情報を
顕微鏡法(Grazing Incidence Electron Microscopy; GIEM)と
得ることができる.さらに,付属する様々な測定機器との組
それに付随した分光法を開発してきた2) . GIEM は REM を
み合わせにより,より詳細な分析が可能である.しかし試料
応用した観察手法で,構造体を破壊することなく,構造体表
は,電子が通過できる程度の薄膜もしくは微粒子でなければ
面のみならず,内部や局所領域の構造解析まで行うことが可
ならない.
能である.本論文では GIEM の特徴を,シリコン表面ブリ
バルク試料表面にできた微小構造体を TEM で観察する場
スタリングの観察を例に挙げながら報告する.
合,薄片化の際の構造体の破壊が問題となる. Johnson ら1)
は,ウルトラマイクロトームによりヘリウムイオン照射され
2.
低角度入射電子顕微鏡法
た銅の断面試料の作成に成功し,その TEM 観察により表面
ブリスタリングへと発展するバブル構造を初めて明らかにし
低角度入射電子顕微鏡法(GIEM )は REM を応用したもの
た.しかし,この手法は試料作成に技術を要し,加えて半導
で,通常の TEM の装備を何ら変更することなく,そのまま
体やセラミックのように硬い試料に対しては適用できない.
適用することができる.さらに,TEM に付属している電子
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日 本 金 属 学 会 誌(2001)
第
65
巻
エネルギー損失分光(EELS),エネルギー分散型 X 線分析器
と 電子 線の 行 路を Fig. 1 に 示す . まず ダイ アモ ンド カ ッ
( EDX ),イオン加速器,加熱ホルダーなどの装置を組み合
ターなどで一辺 1 mm 程度に試料を切り出す.試料は,観察
わせて実験ができるため,非常に幅広い解析が可能となる.
面が単孔メッシュの中心を向くように固定する.試料帯電を
)で電子を入射することにより得られる電子回
低角度(~1°
防ぐため,接着剤には導電性のあるもの(銀ペースト,グラ
折図形は,表面からの RHEED 図形と表面上の構造体を通
過することによる透過電子回折( TED )図形の重ね合わせと
ファイトボンドなど)を用いる.
顕微鏡内では,観察面に対する電子の入射角度を制御しな
なる.この TED 図形が構造体内部の情報をもたらしてくれ
ければならない.試料ホルダーの回転軸と観察面が平行にな
る.
るように試料を装填する.顕微鏡に付属する装置により試料
2.1
試料の取り付け
GIEM 観察では,観察したい表面が電子線とほぼ平行に
なるよう,試料を取り付けなくてはならない.試料の概略図
の向きを制限される場合は,二軸傾斜可能な試料ホルダーを
用いる.
2.2
結像方法
実 験 手 順 の模 式 図 を Fig. 2 に 示 す . ま ず 明 視 野 モ ー ド
で,観察面が電子の入射方向と平行になるように試料を傾斜
さ せ ( Fig. 2 ( a ) ) , 観 察 面 の 上 下 の 端 を 一 致 さ せ る ( Fig.
2(b)).この状態で回折モードに切り変え,試料表面からの
RHEED 図形を得る( Fig. 2 ( c )).このまま暗視野モードに
移行し,観察に適した RHEED 図形を得るために試料の傾
斜と暗視野モードでの電子線の入射方向を同時に調節する
( Fig. 2 ( d )).このとき,結像に用いたい回折線が光軸上に
くるようにする.対物レンズ絞りを光軸上に挿入し( Fig.
2 (f )),像モードに切り替えることにより試料表面の暗視野
像が得られる( Fig. 2 ( e )).このようにして得られる像は,
試料表面を斜めから見たものになる.
Fig. 3 はシリコンブリスターの GIEM 像で,SEM 像と比
べると遠近感があり,表面の凹凸などの形状がよく分かる.
しかし GIEM は,SEM と比べ被写界深度が狭く,焦点は試
料表面のある一定の奥行きの範囲にしか合わすことができな
い.試料ホルダーの高さ,顕微鏡の焦点を順次変えて,試料
Fig. 1
Schematic of the sample mounted on a single–hole disc.
Fig. 2
text).
表面の見たい部分に焦点を合わせることで対応する.
得られた GIEM 像の微小構造体の部分に制限視野絞りを
Experimental procedure for obtaining GIEM images. The circle in (f) repersents the position of the objective aperture. (see
第
5
号
低角度入射電子顕微鏡法による表面微小構造体の非破壊分析
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Fig. 3 (a) GIEM image of blisters on D+ –irradiated silicon surface at accelerating voltage of 10 kV and a dose of 1.0×1022 m-2. (b)
Enlarged image of an isolated blister in (a). (c) Selected area diffraction pattern from center of a blister. (d) GIEM image of blisters
on He+ –irradiated silicon surface at accelerating voltage of 16 kV and a dose of 2.0×1022 m-2. (e) Enlarged image of an isolated
blister in (d). (f) Selected area diffraction pattern from center of a blister.
入れることにより,その内部構造を反映した回折図形を得る
う利点がある.現在の TEM の多くには EELS 装置も組み
ことができる.これにより,100 nm 程度までの局所領域の
込まれている.TEM–EELS の最大の利点は, TEM 像を利
構造を知ることができる.
用することにより EELS スペクトルを計測する領域をミク
小さい視斜角で表面を見るため,電子線方向には像の寸詰
ロ,ナノオーダーで任意に選択することができることであ
まりがある.寸詰まりの比率は,結像に寄与する電子の仰角
る.その空間分解能は,像モードにおいては電子顕微鏡の倍
にもよるが,通常数十分の一程度である.このため,電子線
率と EELS 装置の電子取り込み口の大きさで,回折モード
に対して垂直方向には,TEM の高分解能を生かした局所領
で は 制限 視野 絞 りの 大き さ によ って 決 まる . GIEM の 像
域の構造解析も可能であるが,電子線方向の空間分解能は悪
モードから EELS スペクトルを取得することにより,微小
い.
構造体の局所領域の情報が得られる.このスペクトルには,
2.3
適した観察対象
電子の浸入深さは,試料構成元素と電子の加速電圧によっ
構造や電子状態の情報が含まれる.
3.
適用例シリコン表面ブリスターの非破壊分析
て異なる. 100 kV から 1 MV の加速電圧の電子顕微鏡で観
察する場合,その深さはだいたい 100 nm から数 mm 程度で
我々は GIEM を,シリコン単結晶表面でのブリスタリン
ある.微小構造体が入射電子の浸入深さより大きいと,構造
グの研究に用いてきた.ここで紹介するデータの測定には,
体のコントラストは得られない.ここでは TEM と同じで,
透過型電子顕微鏡 Jeol JEM200CX とパラレル型電子エネル
電子線の通過距離は短ければ短い方がよい.その点で,後に
ギー分光装置 Gatan DigiPEELS Model 766 を用いた.
述べるような中空であるブリスターは観察対象として適して
いる.
D+, He+ 照射により形成されたブリスターの GIEM 像と
回折図形を Fig. 3 に示す.イオンの加速エネルギーと照射
構造体を電子が通り抜けられなくても,構造体表面をかす
量 は , D+ 照 射 で は 10 keV, 1.0 × 1022 m-2, He+ 照 射 で は
めた電子は像にコントラストをもたらす.そこから,制限視
16 keV, 2.0 × 1022 m-2 である. TRIM コードにより D+ と
野回折像を得ることにより,構造体表面の構造を知ることも
He+ の固体内での分布を調べ,そのピークの深さ(約 230
可能である.また,曲率半径が大きいものや,高さが低いも
nm)がそろうように加速エネルギーを決めた.
のは母体となる表面との区別が付きにくい.
GIEM 像から,数 mm 程度の大きさの球形ドーム状ブリ
構造体の密度が高いと, Fig. 3 (d )のように各構造体が重
スターが点在しているのが分かる.He+ を 1.0×1022 m-2 照
なり合って見える.そのため,数密度も決めにくい.制限視
射した試料でも, GIEM 像の観察を行ったが,ブリスター
野回折像や EELS スペクトルなどの取得の障害となる.
はどれも小さく,数も非常に少なかった.表面の傾斜角から
2.4
低角度入射電子エネルギー損失分光法
電子顕微鏡による構造解析には,付属している他の分析手
法を併用することによって,さらに詳しい解析ができるとい
像の奥行きの長さを計算し,形成されたブリスターの密度を
求めると, D+ 照射では 1.1 × 1010 m-2, He+ 照射では 1.6 ×
1010 m-2 となる.
ブリスターの拡大像を Fig. 3 ( b ) , Fig. 3 ( e )に示す.ブリ
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第
日 本 金 属 学 会 誌(2001)
Fig. 5
65
巻
Cross–sectional structures of the blisters.
から,EELS を測定した領域の電子の通過距離を,電子の平
均自由行程の単位で表すことができる.EELS 装置の取り込
Fig. 4 EELS spectra in the plasmon–loss region from the encircled area in Fig. 3 (b) and (e).
み口を微小構造体に合わせることにより,構造体のある一部
の断面の厚さを知ることができる.構造体がブリスターのよ
うに中空であれば,そのドームの壁の厚さが分かる.
スター表面には,層状のコントラストが見られるが,これは
電子が試料表面にほぼ水平に入射し,ブリスターが円形
照射によるブリスターで見ら
ドーム状であると仮定するならば, Fig. 4 のスペクトルか
れるブリスター中央部の白い粒状のコントラストは,ブリス
ら,ブリスター壁の厚さを頂点からの距離の関数で表すこと
ター壁中の微結晶を表している. He+
ができる. GIEM 像からブリスターの外形が分かるので,
酸化膜によるものである.D+
照射によるブリス
ターでは,粒状のコントラストは見られない.
ブリスター中央部に制限視野絞りを挿入し,得られた電子
回折図 形を Fig. 3 ( c ) , Fig. 3 ( f )に示す . He+ 照 射ではハ
ロー環のみが見られることから, He+
外形と厚さの情報から断面図を描くことができる.得られた
断面図が Fig. 5 である.壁は裾から頂上に向けて徐々に薄
くなっていることが分かる.
照射によるブリス
ブリスターの外壁と内壁を,二つの同心球であるとしてフ
ターは完全な非晶質からなっていることが分かる.一方,
ィッティングを行うことにより,ブリスターの曲率半径 r
D+ 照射では鋭いデバイ環が重畳して見られことから, D+
と,壁の厚さ t を求めることができる. D+ 照射によるブリ
照射によるブリスターは無秩序な方位の微結晶からなってい
スターでは r = 2300 nm, t= 84 nm, He+ 照射では, r = 1200
ることが分かる.これは,観察された微結晶が,照射によっ
nm, t=100 nm である.曲率半径の小ささは,ブリスター内
て細分化されたものではなく,いったん非晶質化したものが
のガス圧の高さを示している.
再結晶化してできたものと考えられる.
GIEM 像 ( Fig. 3 ( b ) , Fig. 3 ( e ) ) の 丸 で 囲 ん だ 部 分 の
4.
ま
と
め
EELS スペクトルを Fig. 4 に示す.スペクトルはゼロロス
ピークの高さで規格化されている.ブリスターの中腹部で
表面上の微小構造体の観察のため,低角度入射電子顕微鏡
は,第一プラズモンピークの位置が 17 eV 程度であるのに
法(GIEM )を開発してきた.GIEM は,非破壊で構造体の内
対し,ブリスター頂点付近では 24 eV 程度になっている.Si
部構造までも明らかにできる唯一の手法である.シリコンブ
と SiO2 のプラズモンピークがそれぞれ 16.7 eV, 22.9 eV3)で
リスタリングを対象に観察を行い,その有用性を示す結果が
あることから,ブリスター表面は SiO2 で覆われていること
得られた.
が分かる.酸化膜は,層状のコントラストとして GIEM 像
に表れている.
文
献
また, He+ 照射によるブリスターでは,ブリスター頂点
から裾へ下がるに従い,23 eV 付近に新たなピークが出てく
る.これはブリスター内のヘリウムガスによるもので,ヘリ
ウムの K 殻電子を励起したことによるエネルギー損失に当
たるものである.
一般に,全スペクトルの面積とゼロロスピークの面積の比
1) P. B. Johnson, R. W. Thomson and K. Reader: J. Nucl. Mater.
273(1999) 117–129.
2) S. Muto, T. Matsui and T. Tanabe: Jpn. J. Appl. Phys. 39(2000)
3555–3556.
3) R. F. Egerton: Electron Energy–Loss Spectroscopy in the Electron
Microscope, (Plenum, New York, 1996) pp. 431–432.
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