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国内企業部門の回復に向けた動き
住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き 国内企業部門の回復に向けた動き 東日本大震災による企業部門への影響は一時的なものに留まり、今年度後半には 業績の回復色が強まっていくと見込まれる。一方で、設備投資や個人消費など内需 の盛り上がりは期待できないため、新興国景気が金融引き締めの影響で減速しつつ ある中で、下期の企業業績回復は輸出依存の度合いが強くなっている点は下期にか けてのリスク要因である他、電力不足懸念や過去最高水準まで進んだ円高というマ イナス材料も出てきた。また、原材料価格の上昇や円高への対応力の差が原因で、 震災後の復興過程において企業規模間、および製・非製間の格差が更に広がること が予想される。 1.震災発生後の企業活動の振り返り 東日本大震災に伴う生産設備毀損・関東圏における停電・そして全国に亘るサプ ライチェーンの寸断によって、3 月の鉱工業生産指数は前月比▲15.5%という過去最 大の減少率となるなど、国内製造業部門は大きな影響を受けた。 しかし、その後の国内企業自身によるサプライチェーン復旧の努力によって、実 際の生産活動は震災直後の予想を上回るペースで回復すると見込める状況になって きた。4月・5月の鉱工業生産はともに前月比増加し、6・7月も増産が続くとの 予想である。実際の生産がこの通りに推移すれば、震災による3月の落ち込みを7 割以上取り戻す計算になる。また、非製造業の動きを示す第3次産業活動指数も4 月以降上向いており、5月時点の指数は震災による3月の落ち込みを半分程度取り 戻している。今までのところ、震災後の企業部門の復活は比較的順調に進んでいる と見て良いだろう(図1、2) 。 図1 (2005年=100) 100 鉱工業生産指数の推移 図2 (2005年=100) 100 第3次産業活動指数の推移 99 95 98 90 97 85 96 95 80 94 6,7月予想 75 93 92 70 1 2 3 4 5 6 7 8 91011121 2 3 4 5 6 7 8 91011121 2 3 4 5 1 2 3 4 5 6 7 8 91011121 2 3 4 5 6 7 8 91011121 2 3 4 5 6 7 2009 2010 2009 2011 (資料)経済産業省「生産・出荷・在庫統計」 2010 (資料)経済産業省「第3次産業活動指数」 1 2011 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き 2.日銀短観から見る今年度の国内企業部門見通し では、これら国内企業部門は、この先どのような動きを見せるのであろうか。こ れを、主に日銀短観(2011 年 6 月調査)における判断項目、および 2011 年度の計画 から探ってみたい。 (1)業況判断 大企業製造業の業況判断DIは、ほぼ震災前の数字である3月の+6から、今回 は▲9とマイナスに落ち込んだ。しかし先行きの予想は+2と、震災前には及ばな いもののプラスに戻っている。非製造業は、前回の+3から今回▲5、先行き予想 は▲2とやや戻りは遅いものの、6 月調査比では改善に向かっている。一時的に業況 判断が悪化した点には、震災の影響が確実に出ているが、その影響はさほど長期間 残るわけではなく、今後は改善に向かうという企業自身の見方が確認できる(図3)。 図3 大企業 業況判断DIの推移 (「良い」−「悪い」) 30 20 10 0 -10 予想 -20 -30 -40 製造業 -50 非製造業 -60 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 (資料)日銀短観 (2)売上・利益計画 売上や利益計画も、震災によって悪化している姿は見られない。今回調査におけ る 2011 年度の売上計画は、大企業全体で前年比+2.5%とプラスになっている他、 3月調査と比較しても+1.2%上方修正された。製造業の売上計画を上期・下期に分 けてみると、上期は前回計画よりも▲1.9%下方修正されているが、下期は+3.5% と上期のマイナスを取り戻すことで、年度全体では前回調査時点の計画を上回って いる。特に下期の輸出伸び率(前年同期比+7.7%) 、前回調査比の上方修正率(+ 5.9%)が高く、輸出依存の度合いを強めているのが特徴と言える(表1) 。 表1 2011年度の大企業売上高計画 (前年同期比・%) 年度平均 (計画) 製造業 国内向け売上 輸出向け売上 前回比 修正率 上期 (計画) 前回比 修正率 下期 (計画) 前回比 修正率 + 2.9 + 0.9 ▲ 0.8 ▲ 1.9 + 6.4 + 3.5 + 2.7 + 0.2 ▲ 0.7 ▲ 2.4 + 6.0 + 2.6 + 3.4 + 2.8 ▲ 0.9 ▲ 0.4 + 7.7 + 5.9 + 2.2 + 1.4 + 1.2 + 0.0 + 3.2 + 2.6 全産業 + 2.5 (資料)日銀短観(2011年6月調査) + 1.2 + 0.4 ▲ 0.7 + 4.5 + 3.0 非製造業 2 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き 経常利益の計画も、上期の利益計画は震災の影響で下方修正されているが、下期 で取り戻すことで年度通期では震災前の計画を上回っている点で共通している。年 度通期での利益計画は、前年比▲3.4%と慎重な見通しではあるが、震災前の前回計 画から+3.8%上方修正されている(表2) 。 表2 2011年度の大企業経常利益計画 (前年同期比・%) 年度平均 (計画) 製造業 前回比 修正率 + 5.3 + 0.4 上期 (計画) 前回比 修正率 ▲ 18.1 ▲ 10.6 下期 (計画) 前回比 修正率 + 21.4 + 22.0 素材業種 + 2.9 + 5.9 ▲ 2.8 + 3.0 + 8.9 + 8.8 加工業種 ▲ 1.4 + 4.9 ▲ 28.3 ▲ 20.1 + 30.9 + 32.0 ▲ 6.1 + 2.7 ▲ 14.0 ▲ 8.9 + 2.0 + 15.2 全産業 ▲ 3.4 (資料)日銀短観(2011年6月調査) + 3.8 ▲ 15.8 ▲ 9.6 + 9.9 + 18.1 非製造業 このような数値からは、今回の震災による企業の売上・収益への影響は一時的な ものに留まる可能性が高いと考えられよう。 (3)雇用・生産設備の過剰感 企業の雇用・生産設備過剰感の動きを見ても、震災の影響が一時的なものに留ま る可能性が高いことが窺える。 生産・営業用設備判断DI(過剰−不足)は、製造業中小企業を除いて震災後に 過剰感が高まる動きが見られず、9 月の予想値までの推移ではDIの低下トレンド、 すなわち設備過剰感の緩和傾向が続いている。震災による需要の下方シフトで設備 の過剰感が強まり、設備投資を下振れさせる懸念は小さいと考えられる(表3) 。 表3 日銀短観 生産・営業用設備判断DIの推移 (過剰−不足) 2011 2010 12月 大企業 中小企業 3月 3月→9月予想 変化幅 9月 (予想) 6月 製造業 12 11 10 8 ▲3 非製造業 2 2 1 ▲1 ▲3 製造業 15 13 15 11 ▲2 4 4 4 2 ▲2 非製造業 (資料)日銀短観 雇用過剰感の推移を見ると、2011 年 6 月調査において一旦上昇した(過剰度合い が高まった)ものの、先行きの予想値は震災前である3月の水準に戻っている。こ の動きは製造業・非製造業の別、また企業規模を問わず共通しており、国内企業は 震災による雇用過剰感の高まりが一時的なものに留まると判断していることを示し ている。これによって、震災が雇用情勢に与える影響もさほど大きくはならない可 能性が高まったと判断できる(次頁表4) 。この見方は、景気と雇用情勢の先行指数 3 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き とされる新規求人数が、震災直後の一時的な落ち込みから戻ってきていることから 図4 新規求人数の推移 も支持されよう(図4) 。 (季節調整値、万件) 66 表4 日銀短観 雇用判断DIの推移 (過剰−不足) 2011 2010 12月 大企業 中小企業 製造業 非製造業 製造業 非製造業 (資料)日銀短観 8 4 11 4 3月 6月 5 3 8 3 9月 (予想) 8 4 14 6 64 62 3月→9月予想 変化幅 5 2 8 3 60 58 56 0 ▲1 0 0 54 52 50 48 2009 2010 2011 (資料)厚生労働省「職業安定業務統計」 震災後に当部から公表した経済見通しにおいて、個人消費のうち旅行・宿泊・飲食・ 娯楽などの選択的消費が減少することで、これら業種の企業経営状態が悪化し、就 業者が職を失うケースが増加するリスクを指摘した。これらの業種では、他産業よ りも自営業者(零細経営) ・臨時雇用・中小企業雇用者の割合が高く相対的に就業地 位が不安定なため、他の業種よりも失業者が多く出るのではないかと懸念したもの である。しかしこの点については、選択的消費に該当する業種の雇用過剰感は先行 き低下するという予想になっており、震災後に前年比マイナスに落ち込んだ生活関 連サービス・娯楽業の新規求人数も5月にはプラスに戻っていることから、これら 業種の雇用情勢が一方的に悪化し続ける懸念は、震災直後に見ていたよりも小さく なりつつあると見ている(表5、図5) 。 図5 (前年同月比、%) 25 表5 消費関連業種の雇用判断DI (過剰−不足) 2011 2010 12月 大企業 中小企業 対個人サービス 宿泊・飲食 対個人サービス 宿泊・飲食 (資料)日銀短観 0 7 ▲8 ▲2 3月 0 5 ▲6 ▲4 6月 0 15 0 5 9月 (予想) ▲6 3 ▲5 2 新規求人数の動き 20 15 10 5 0 全産業 宿泊・飲食サービス 生活関連・娯楽 -5 -10 7 8 9 10 11 12 2010 1 2 3 2011 (資料)厚生労働省「職業安定業務統計」 但し、選択的消費関連業種の震災後の動きを見ると、第 3 次産業全体の動きと比 べて総じて回復ペースが遅く、中でもまとまった額の支出になる旅行業は特に弱い 4 4 5 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き 状態で推移している(表6) 。後に述べるように中小企業中心に雇用者の所得が伸び ないといったマイナス材料もあるため、これら業種の雇用環境については、まだし ばらくは注視しておく必要がある。 表6 家計による選択的消費関連業種の動き (2005年=100) 2011 合計 娯楽 (%) 2月→5月 1 2 3 4 5 98.5 99.3 93.4 95.7 96.6 変化率 ▲ 2.7 84.9 85.3 63.0 72.9 82.2 ▲ 3.6 旅行 91.1 89.5 69.3 69.0 73.0 ▲ 18.4 飲食 104.0 104.9 92.1 98.8 101.4 ▲ 3.3 宿泊 105.4 106.9 90.7 93.3 101.6 ▲ 5.0 (資料)経済産業省「第3次産業活動指数」 3.いくつかの留意点と先行きのリスク要因 以上の材料から判断すると、今回の震災が国内企業の業績・利益・投資・雇用に 及ぼす悪影響はさほど長続きせず、年度後半には業績回復が明確になっている蓋然 性が高いと考えられる。この点で、今回の日銀短観は総じてポジティブな内容であ ったと評価できるだろう。但し、以下に挙げるような留意点もいくつかあり、これ らの点については今後の国内景気の動きを見る上でも注意を要する。 ①輸出売上伸び率計画の高さ 前掲表1に示した通り、大企業製造業の 2011 年度売上計画において、年度下期の 輸出伸び率が+7.7%と高く、下期の売上増計画が輸出によるところが大きいことを 示している。これまで日本からの輸出を牽引してきた新興国には、これまでの金融 引き締めの影響などで既に景気鈍化の兆しも出始めている(図6) 。今回の短観にお ける計画通りに輸出が高い伸びを実現できるかどうかについては、下期における業 績回復計画にとってのリスク要因であると言える。 (ポイント) 105 図6 主要新興国のOECD景気先行指数 100 95 ブラジル 中国 インド ロシア 90 85 2009 2010 2011 (資料)OECD 5 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き ②製造業の 2011 年度下期における材料費計画の前提 今回の製造業大企業利益計画を詳細に見ると、2011 年度下期において、売上高に 占める材料費の比率が顕著に低下(前年同期差▲1.0%ポイントの計画)することが 前提になっている(図7) 。逆にいえば、材料費率の低下が計画通りに進まなければ、 利益は下振れすることになる。原子力発電から火力発電へのシフトによる化石燃料 輸入負担は、経済産業省の試算によると今年度 2.4 兆円で、企業部門全体の 2011 年 度利益計画値 38.1 兆円に占める割合は6%である。この数字自体はさほど大きいも のではないと考えられるが、利益を圧迫する要因であることは間違いないため、実 際にこの通りにコスト削減につながるかどうかは注視しておく必要があろう。また 先に見たように、2011 年度下期の輸出売上高は前年比+7.7%という高い伸び率とな っている。海外景気の堅調な拡大を前提とした輸出売上増加の計画が、ある程度の 海外景気減速を前提とした原材料費率の低下と両立するのかどうかという観点から も、この計画の実現性には若干慎重な見方が必要ではないかと思われる。 図7 (%) 大企業製造業における材料費・売上高比率 56.0 (%ポイント) 4.0 前年同期差(目盛右) 55.0 3.0 材料費/ 売上高比率 2.0 54.0 1.0 53.0 0.0 -1.0 52.0 -2.0 51.0 -3.0 50.0 -4.0 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 (資料)日銀短観 ③企業の設備投資スタンスは依然として慎重 前掲表4で見たように、今回の震災によって設備過剰感が高まったわけではない が、これが震災後における設備投資の堅調な増加を意味するわけではない。短観の 設備投資計画を見る限り、大企業の 2011 年度設備投資計画は過去の修正パターンと 比べても決して強くはない上に、中小企業の設備投資計画は伸び率が高まるのが例 年のパターンである中で逆に低下している。これは、震災後の売上・利益回復がそ のまま設備投資の増加につながることが期待し難いことを示す材料である(次頁図 8,9) 。震災前から企業は設備投資に対して慎重なスタンスを取っていた。このス タンスが震災によって大幅に萎縮するという結果になっているわけではないが、顕 著な改善も望めない。 6 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き 図8 短観の設備投資計画修正パターン(大企業) (前年度比、%) 15 図9 短観の設備投資計画修正パターン(中小企業) (前年度比、%) 20 06年度 10 11年度計画:+4.2% 5 07年度 0 10年度 -5 08年度 -10 06年度 10 07年度 10年度 0 -10 08年度 -20 -30 -15 09年度 -20 09年度 11年度計画: ▲24.9% -40 -50 3月 6月 9月 (資料)日銀短観 12月 翌3月 翌6月 (調査時点) 3月 6月 9月 (資料)日銀短観 12月 翌3月 翌6月 (調査時点) なお、設備投資計画が弱い背景には、国内における電力不足への不安が影響して いる可能性も指摘できよう。今回の短観の回答期間は 5 月 30 日からとなっており、 この時点で既に政府から浜岡原子力発電所への停止要請とその受諾が、他の原子力 発電所の定期検査後の再稼働にも支障となり、電力不足が全国に広まるのではない かと懸念され始めていた 1 。このような企業にとっての不確実性の高まりは、当然に 設備投資の足を引っ張る要因となる。現在においても、電力供給に関する不安は解 消されておらず、むしろ強まっている。この問題が長引けば、今年度内に留まらず 中長期的に国内投資を下方シフトさせる可能性があるだけに、その帰趨と影響には 注意を払っておく必要がある。 ④企業の人件費に対するスタンスも慎重なまま 雇用過剰感の高まりが一時的なもので終わる可能性が高いのは先に見た通りであ るが、これが人件費の増加、すなわち家計所得の回復につながることも期待し難い。 短観における企業の人件費計画を見ると、2011 年度の人件費は全規模計で+0.5%増 加するに過ぎない。2010 年度実績の+0.8%に続いて2年連続の増加にはなるものの、 2009 年度に▲3.8%と大幅に減少した分を取り戻すには程遠い(表7) 。 表7 日銀短観における人件費の動き (前年比、%) 2009年度 2010年度 2011年度 実績 実績 計画 規模計 ▲ 3.8 0.8 0.5 大企業 ▲ 2.1 0.8 1.0 中小企業 ▲ 5.3 0.1 ▲ 0.7 (資料)日銀短観 2011 年度の人件費計画を企業規模別に見ると、大企業では+1.0%と増加する一 方で、中小企業では▲0.7%とマイナスになっている。この差は今年の夏季ボーナス 菅首相からの浜岡原発停止要請が行われたのは 5 月 6 日、中部電力は同 9 日にその要請を受諾す ることを決定し、14 日に浜岡原発の全機を停止させた。 1 7 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き にも現れ、震災前までの業績回復を反映して大企業の夏季賞与は前年比増加する一 方で、中小企業ではまだ全体的に弱い結果になると見られる。このような中小企業 での人件費回復の弱さが家計所得全体を抑え、今年度の消費の伸びを抑制する恐れ は残る。中でも、前掲表5で見た選択的消費関連業種への影響は、引き続き注視し ておく必要がある。 ⑤円高の影響 欧州におけるソブリン危機の再燃や、米国景気の回復ペースが予想よりも緩やか なものに留まっていることなどから、円高圧力が強まり、7 月中旬以降の円ドルレー トは1ドル=80 円を超える水準で推移している。今回の短観における 2011 年度の想 定為替レート(製造業大企業)は 1 ドル=82.59 円であるため、現状は想定レートを 超える円高の状態にある。 しかし、現状程度の円高が今年度の企業収益に大きな打撃を与える可能性は低い と考えている。その理由の第一は、対ドル以外の為替レートと、貿易相手国との物 価上昇率格差を考慮した実質実効レートは、直近でも決して高い水準にはないこと である(図 10) 。そしてもう一つは、過去の短観における想定レートと収益の関係を 見ると、決して想定以上の円高が収益を下振れさせるわけではないという経験則で ある。リーマン・ショックによる景気後退からの回復期に当たる 2009 年度・2010 年 度の想定為替レートと実際の為替レートを比較すると、いずれの年度においても実 績は年度初における想定為替レートよりも円高となった。一方の経常利益について は、前年比増減率、売上高経常利益率ともに、当初計画から上方修正されている。 この結果からは、円高の進行は企業の経常利益をある程度押し下げるとしても、内 外景気の回復が続く限りは、企業収益の回復という方向性そのものを損なうほどの インパクトはないと考えている(表8) 。 図10 (2005年=100) 160 150 円の実質実効レートの推移 表8 大企業製造業の想定為替レート・利益計画と実績値の比較 6月時点での 想定・計画値 円高 140 2011年1月 100.2 130 想定為替レート(円/ドル) 2009年度 経常利益前年比(%) 120 110 過去20年の平均:108.9 2010年度 100 90 円安 80 2011年度 70 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 94.85 92.84 ▲ 2.01 35.80 ▲ 39.5 ▲ 3.7 1.89 2.98 1.09 想定為替レート(円/ドル) 90.18 86.03 ▲ 4.15 経常利益前年比(%) 43.8 67.9 24.10 売上高経常利益率(%) 4.03 4.68 0.65 想定為替レート(円/ドル) 82.59 売上高経常利益率(%) (資料)日銀短観 8 修正幅 売上高経常利益率(%) 経常利益前年比(%) (資料)日本銀行 最終実績 0.4 4.56 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き しかし、現在の円高が 80 円超という過去最高の水準であること、電力不足など他 の生産制約要因とも相俟って、企業経営者のマインドに与える影響が大きくなる恐 れはある。当部は米国経済に関する見通しとして 7-9 月期からの回復をメインシナ リオとしており、これを前提に今後の円ドルレートの方向性を円安と見ているが、 米国をはじめとする海外景気の回復遅れや、欧州ソブリン危機が長引いた場合には、 更に円高が進み、短期的な企業収益への悪影響が強まるとともに、設備投資・雇用 に対する企業マインドをさらに悪化させかねないため、円高の進行も無視できない リスク要因として、今後の動きとその影響に注意が必要であろう。 ⑥企業規模間および製・非製間の格差拡大 以上では、企業部門全体、そして日本経済の牽引役の位置にある大企業を中心に データを見てきた。その上で、輸出増加の恩恵を受ける大企業製造業を筆頭に国内 企業部門、ひいては日本の景気が回復に向かうという見方を示してきたが、企業部 門全体の動きを見る上では、依然として中小企業との格差が存在しており、ある面 では拡大していることも無視できないだろう。 前掲図3で見た業況判断DIは、大企業では先行き予想値が改善していたが、中 小企業非製造業では6月実績の▲26 から9月予想は▲29 と、水準が大幅に低い上に 先行きの方向性まで異なっている。また前回3月調査時点での計画と比較した 2011 年度の売上・利益計画は、大企業では上期のマイナスを下期に取り戻すことで年度 通期では上方修正されたが(前掲表1,2) 、中小企業では上期のマイナスを下期に 取り戻すに至らず、年度通期の売上計画が前回比▲0.5%、経常利益が同▲4.1%と双 方とも下方修正された。震災後の復興過程において、企業規模、および製・非製間 の格差が拡大する姿が見て取れる。 この背景には、輸入物価が上昇する中で国内では実質的なデフレが長引くことに よる利益圧迫や、進行する円高などへの対応力の差がある。また、最初に業績を回 復させた大企業製造業が先行きの不透明感から出費・投資に慎重になることや、人 件費の増加を許容しない姿勢を取っているために、景気回復の恩恵が大企業から中 小企業へ、製造業から非製造業に波及していくルートが細くなっているものと見ら れる。 4.まとめ 日銀短観を中心とする最近の経済指標からは、東日本震災による企業部門への影 響は一時的に出たものの、その後の回復は概ね順調に進んでおり、長期間に亘って 企業業績・および企業行動の足を引っ張り続ける懸念は小さいと見られる。しかし、 企業は依然として投資には慎重なスタンスを崩していないため、設備投資の伸びは 9 住友信託銀行 調査月報 2011 年 8 月号 経済の動き∼国内企業部門の回復に向けた動き 低いものに留まると見られる他、中小企業を中心に人件費が弱い動きを続けるため に今後の個人消費の回復も期待できない。このような内需の弱さ故に、年度後半の 企業業績回復計画は輸出への依存度合いが強くなっている。新興国景気の減速が明 らかになりつつある中で、輸出の顕著な増加が達成できるかどうかが、下期の企業 業績回復シナリオにとって最大のリスクである。この他にも、電力供給不足の長期 化や円高の進行といったマイナス材料が複数存在する。今年度は基本的には回復が 見込まれるものの、先行きに対する不確実性が多く楽観視が許されない時期が続く と見られる。また、原材料価格の上昇や円高への対応力の差によって、震災後の復 興過程において企業規模間、および製・非製間の格差が広がっていくことも、今後 の企業部門の動きを示す特徴の一つとなるだろう。 (花田:[email protected]) ※本資料は作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を 目的としたものではありません。 10