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戦略を読む 競争戦略立案のためのデータベースの手法と提案 [完全版]

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戦略を読む 競争戦略立案のためのデータベースの手法と提案 [完全版]
M NEXT
戦略を読む
競争戦略立案のためのデータベースの手法と提案
顧客への価値提供の理念を実現するには、市場で競り勝って、競争に勝利せね
ば実現できません。グローバルな自由競争の時代、収益向上の鍵のひとつは競
争戦略の立案とその実行にあります。市場で売りの完結によって競合企業の競
争力を低下させ、自社の市場支配を確立する戦略の原則と手法、そしてデータ
を提案します。
グローバルな利回りの時代、収益性を高めなければいかなる企業も生き残れません。一
方で、企業収益に大きな格差が生まれています。なぜ、市場の成長性が低下しているなか
で収益格差が生まれているのでしょうか。それは企業競争に勝利しているからです。市場
で競争相手と競り勝って顧客との取り引きに成功し、その個別の勝利の積み上げによって
収益をあげているのです。競争に負けている企業は、競合企業が自社に攻撃をかけている
ことを知らない、あるいは知っていても戦略がない、戦略があっても動けないなかで、競
争に負けて収益を低下させているのです。泣きをみている企業はたくさんあります。利益
の源泉は、顧客、競争、内部コストの三つです。しかし、現実は、内部コストの削減に終
始し、競争力を低下させ、顧客を失っています。競争に負けているのに、内部コスト削減
にしか収益の源泉に着目しない企業と競争戦略を明確にもった企業との差は一目瞭然です。
どうしようもない格差が生まれていると言えます。
明確に競争相手を特定し、競争相手を研究し、その強みと弱みを分析し、顧客との取り
引き関係で売りを完結させ、競争相手の競争力を低下させ、顧客に自社の価値を提供して
いく必要があります。この論文のねらいは、競合企業の分析手法を紹介し、その分析を通
じていかに競合企業の「戦略を読む」かです。そして、いかにより賢明な競争戦略を立案
するかを提案することにあります。
copyright (C)1999 Hisakazu Matsuda. All rights reserved.
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戦略とは何か
戦略とは何か。戦略とは、企業目的である企業理念を達成するために、企業が成し遂げ
ようとする市場支配システムの運用の術と定義することができます。企業は、顧客に価値
を提供することがその存立意義ですが、それは市場競争を通じてしか実現することができ
ません。この点が、公営団体と営利企業の大きな差異です。戦略を読む、とはどんな市場
支配のシステムを運用しようとしているかを分析することにあります。企業は顧客に価値
を提供するためにいろんな活動をしています。製造、物流、販売活動、そして人事労務な
どです。この活動は大別してふたつに、また細分化して九つに分類することができます。
ひとつは主活動と呼ばれる原料からサービスまでの一連の活動です。具体的には、購買物
流、製造(オペレーション)、出荷物流、販売マーケティング、サービスです。もうひとつ
は、支援活動と呼ばれる調達活動、人事労務活動、技術開発、全般管理などの四つの活動
です。競争をするための競争力はこれら九つの活動によって形成されています。これらの
活動は顧客に価値を提供するためのものですが、同時に、市場競争に競り勝つための活動
でもあります。この九つの物理的な活動と企業の文化的精神的側面が一体となって、競争
力を形成しています。
戦略とは、この競争力を実際の市場競争にどう生かし、運用しようとしているのかとい
うことです。企業は、広報を通じて様々な情報を公開します。しかし、広報自体は、極め
て戦略に依存したものですから、その背後にあるものを読んでいかなければなりません。
広報のなかには、戦略という言葉も含まれていますが、戦略は言葉ではなく行動として読
んでいかなければなりません。
競合企業の戦略を読んで自社の戦略に反映させるステップは以下のとおりです。
【1】競合企業を選定する
【2】競合企業の行動史から活動を分析する
【3】競合企業の強みと弱みを分析し、解釈する
【4】将来の行動を予測し、競争戦略を立案する
最初に、競合企業の選定があります。実はこれがもっとも困難な作業です。企業は自社
独自の価値を提供していると思いこんでいますので、競争相手がいくら自社のシェアを奪
っていても自社は自社ということになりがちです。特に、経営トップにこういう考え方が
多いのはやはり企業理念の重要性を認識しているからです。しかし、その理念が、売上、
利益などの経営目標になり、その実現には、手段として、市場の競争を通じてしか実現で
きないのだということの理解が足りないために起こります。自社の商品サービスがどの会
社と比較検討されて購入されているのか、その比較され、勝ったり、負けたりしている企
業が競争相手です。
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行動史を読む−時系列活動分析表の作成
行動から戦略を読むとは、具体的には、時系列別に、先に分類した九つの活動ごとに企
業の採った行動を整理、精査することです。情報源は、新聞記事、有価証券報告書、雑誌
記事や単行本などです。5W1Hとして事実を正確に整理することが第一です。なぜ、こ
うした行動から戦略を読むかは以下の理由によります。
【1】否定することのできない事実が分析に耐えられる
【2】現在の行動は過去の行動に制約される
事実に基づくことは科学的精神の基本ですから言うまでもありませんが、現在の行動は
過去の行動に制約されるということは経験科学の原則です。「失敗は成功のもと」という格
言がありますが、失敗という行動が時間的に先行し、成功という結果が生まれるという現
象は繰り返し見られます。この場合、失敗は成功のもとということは原則として十分認め
ることができます。しかし、現在の事例研究でみられる新しい原則は、
「成功は失敗のもと」
という原則です。「時系列活動分析表」が十分信頼できるものとして完成したら、どんな戦
略を採ってきたのかを解釈していく必要があります。この解釈のねらいは、将来の行動を
予測することです。解釈のポイントは四つです。
【1】時代・社会変化への対応をどのようにしてきたか
【2】企業収益の起伏で何をしてきたか
【3】競争企業に対してどう対応してきたか
【4】トップの人事交代はなぜ起こったのか
これらを解釈していくことによってひとつの対象企業の戦略がどのように生まれ、どの
ように変遷してきたかという戦
略仮説が形成されてきます。戦略仮説とは以下の項目を含んでいます。
【1】何を狙ってきたのか
【2】何に重点を置いてきたのか
【3】何が市場支配(勝つ)パターンなのか
【4】何が現在の課題で、それにどう対処しようとしているか
この仮説を史実のなかで多様な条件のもとで検証します。これにはかなりの経験的知識
が必要ですが、多くの人と議論することによって収斂されていきます。
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図表1
ソニーの時系列活動分析表
主活動
支援活動
市場環境
販売マーケティング
製造・物流
技術開発
2月 65nm半導体の量産体制
構築に向け、第2期投資
約1200億円を実施
2月 ソニーと株式会社東芝は、
45ナノメートル・システムLS
Iのプロセス技術を共同開
発することで合意した
・ 植物原料プラスチックを三
菱樹脂(株)と共同で開発。
2004年秋に発売するDVDプ
レーヤーの筐体に採用する
予定
・ 電極から有機半導体層へ
の電気伝導メカニズムを解
明し、有機トランジスタの電
子移動度を向上させる技術
を開発
4月 ソニーと株式会社豊田自
動織機の合弁企業であ
るエスティ・エルシーディ
株式会社は、低温ポリシ
リコンTFT液晶ディスプレ
イ需要に対応するため、
約100億円の投資を実施
し生産設備を増強、2005
年4月から月産能力
40,000枚体制
(600×720mm基板ベー
ス)にする
4月 凸版印刷とソニー、25GBペー
パーディスクの開発に成功
人事労務
全般管理
1月 現行のMD(ミニディスク)との再生互
換を確保し、著作権保護技術を採用
した「Hi-MD(ハイエムディー)」規格を
策定
・ 単一電源で動作する携帯電話向け
“システムオングラス”液晶ディスプレ
イを商品化
2月 アイワブランドの新機軸となる商品群
「USBオーディオ」シリーズを2004年2
月以降全世界で順次発売、積極的な
販促活動を展開していく
3月 ノキア、フィリップス、ソニーがNFCフォー
ラムを設立。タッチ動作で電子機器間
の接続を可能にするNFC技術の普及
を促進
4月 電子出版規格“BBeB規格”のライセ
ンス活動を開始
・ 日亜化学工業株式会社とソニーは、
青紫色レーザーダイオードに関して、
光ディスク記録再生用途における特
許クロスライセンス契約を締結した
04年
5月 VAIOビジネス第2章へ。映像や音楽
5月 実売に即応する商品供給
を楽しめるPCを目指す
体制を目指して、デマン
・ FMチューナー内蔵小型テレビチュー
ドチェーンマネジメントを
ナーモジュール「BTF-ZK48X」を発売。
導入。販売、製造、物流
・ 「ソニーエナジー・デバイス株式会社」
のオペレーションを統合
を設立し、需要が拡大しているリチウ
する新情報システム「CL
ムイオンバッテリービジネスを強化。
OVER」を稼動
5月 ブルーレイディスク・DVD・
CDに対応する 3波長記録
再生用光学ヘッドを開発
・ フルHDTVの4倍の高精細
の液晶ディスプレイパネル
「4K SXRD」を開発
8月 容量ブルーレイディスクROM(BDROM)原盤製造装置「PTR−3000」の
受注開始
8月 独自の映像信号処理技術
“DRC(デジタル・リアリティ・
クリエーション)”を、ハイビ
ジョン対応へと進化させた
“DRC-MFv2”(デジタル・リ
アリティ・クリエーション:マ
ルチ・ファンクション ブイ
ツー)を開発
9月 フルカラー有機ELディス
9月 植物原料プラスチックを用
プレイパネルの量産を開
いた非接触ICカードを開発
始。2004年9月よりパーソ
ナルエンタテインメントオー
ガナイザー“クリエ”
「PEG-VZ90」に搭載
・ ボタン形酸化銀電池での
水銀使用を無くした無水
銀化を実現、世界で初め
て(2004年9月29日現在)
商品化。2005年1月から
順次導入
11月 日亜化学工業株式会社
とソニーは、DVD再生用
赤色レーザと青紫色レー
ザに対応した2波長レー
ザカプラを共同開発
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2月 プロフェッショナル
2月 エニーミュージック企画株
ソリューションズネッ
式会社(設立:2003年2月
トワークカンパニー
1日)は、オーディオ機器メー
(PSNC)を新設
カー8社の共同出資により、
エニーミュージック株式会
社として事業会社化した
4月 日本初、生命保険・損害保
険・銀行を傘下とする中間
金融持株会社「ソニーフィ
ナンシャルホールディング
ス株式会社」を設立
・ サムスン電子株式会社と
ソニーは、アモルファス
TFT液晶ディスプレイパネ
ル製造を行う合弁会社
「S-LCD株式会社」を設立
予定
5月 グループの半導体
製造事業を統合
5月 ソニー福島株式会社とソニー
栃木株式会社を統合し、
新たに「ソニーエナジー・
デバイス株式会社」を設立
7月 グローバルマーケ
ティング本部新設
7月 グローバルマーケティング
本部を新設
9月 HD24P シネアルタ カムコー
ダー 「Panavised F900」
2004年エミー賞®を受賞
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図表2
ソニーの売上と営業利益の推移
売上
(億円)
営業利益
(億円)
売上
80,000
6,000
70,000
5,000
営業利益
60,000
4,000
50,000
3,000
40,000
2,000
30,000
1,000
20,000
0
10,000
-1,000
0
-2,000
92
93
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03
*04
*2004年度は予想
強みと弱みを分析する
時系列活動分析表から現在の戦略が過去の行動のもとで分析できれば、次は、競合企業
の強みと弱みの分析に移ります。強みと弱みと言う観点は、事実に裏付けられた完全な解
釈の問題です。どこが強みでどこが弱みなのか、それを価値活動表のなかに明確にしてい
きます。強みの見つけ方のポイントには以下のようなものがあります。
【1】成功のパターンは何か
【2】九つの活動のどこに資源(人、物、金)が集中しているか
【3】九つの活動で独自のやり方、システムは何か
【4】九つの活動がどのような相互関係をもっているか
これらが理解できたら、事実を抽象化して、強みを概念化して理解しなければなりませ
ん。この作業も少々の経験的知
識が必要ですが、議論を深めることによって収斂していきます。弱みの分析は強みが整
理できれば実は簡単です。強みと
弱みは、丁度、コインの裏と表の関係になっているからです。どこかに集中して資源投
下をしているということは、他の
分野が疎かになっているということです。従って、強みの分析ができれば弱みの分析が
できます。
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ソニーの強みと弱み−価値活動分析表
(1) 現在の戦略
「最強のコンスーマーブランドとして21世紀型グローバルカ
ンパニーを目指す」
・ホームエレクトロニクス、モバイルエレクトロニクス、エン タテインメント(コンテンツ)をコア事業領域とし、経営資源
を集中する
①ホーム、モバイル格領域における技術とリソースの融合
②差異化と付加価値化を創出するコアエンジンである半
導体キーデバイスへの継続投資
③デマンド&サプライチェーンを含むオペレーション強化
全般管理
(2) 強み・弱み
強み
① AV世界一と言われる「ソニー」のブランド力
② ネットワーク対応AV/IT製品における商品開発の強さ
プラス、映画などのコンテンツ・サービスとの融合
③ 垂直統合モデル(PS2)−中核部品は内製化し、付加
価値を企業外に流出させずに競合との差別化を図る
弱み
① エレクトロニクス事業の低収益構造(商品競争力低下
−プラズマ・液晶テレビ、DVDでの遅れ/バイオ不振)
② 「水平分業」によるモノづくりの弱体化(PS以外の事業)
③ 社内カンパニー・子会社の独立心が強く、統合的全社
戦略遂行が難しい(相乗効果が見えにくい)
技術開発
経営プラットホーム
人事労務
グローバルハブ
ゲームビジネスグループ
ソニーフィナンシャルホールディングスグループ
セールス ホームエレクトロニクスネットワークカンパニー パーソナルソリューションビジネスグループ
& プロフェッショナルソリューションズネットワークカンパニー
エンタテイメントビジネスグループ
マーケ IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー
マイクロシステムズカンパニー
・ 異能、異質な人材重視
ソニーエリクソン・モバイルコミュニケーションズ
セミコンダクタソリューションズネットワークカンパニー
・ スピード経営(執行役員制) R&Dラボラトリーズ
・ 社外取締役の積極的活用(日産・ゴーン氏就任 2003年)
・ 流動性重視の人事制度(オープンエントリー制、頻繁な人事異動、トップと末端が近い)
・ 全商品、全組織を横断する商品戦略(メモリーステック、ソニーブランド共通のデザイン)
・ 既存技術のシナジー利用のうまさ(CD→MD、DVD、PS etc) ・ 研究開発成果の迅速な事業化
・ 外部ネットワークの巧みな活用(活発な提携・協力) ・ 「モノづくり回帰」
・ 研究開発費5,145億円(前年比16%増/内訳:エレクトロニクス分野4,294億円(13%増)、ゲーム分野834億円(36%増)
購買物流
エレクトロニクス事業
ゲーム・音楽その他
(3) 今後の課題・動向
① 「ソニーらしさ」の復活−「モノづくり回帰」による商品力
を基軸としたエレクトロニクス事業の競争力回復
② 差別化されたハードとコンテンツ、サービスのトータル
価値の提供により、ブロードバンド時代のリーディング
企業を目指す(ソニーピクチャーズ、MGMといったコンテンツ
や「So-net」(プロバイダ)などサービスとの融合)
③ 各事業分野の連携・構造改革により生産効率・収益確
保を実現する(構造改革に3年3,000億円を投資)
・ 中期経営方針「トランスフォーメーション60」(2003−06):06年までにエレクトロニクス部門の固定費3,300億円削減
・ 市場原理に基づく企業経営と組織運営・人材活用
・ 投下資本のリターンを高めるため、業績評価尺度としてEVAを導入
・ 基幹AV事業の製造以外、工場その他を全て外部化するメリハリ経営
・ エンタテインメント事業の強化
・ グループ経営の更なる進化
S
C
M
E
図表3
製造
出荷物流
「EMCS(エンジニアリング・マニュファクチャリング・カスタマーサービス)」
・ 生産部門をアセンブリー系・コンポーネント系・半導体系
の3つのEMCSに括り、それぞれが独立し、設計
から資材調達、生産、物流、顧客サービス一貫運営
・ カンパニーとEMCSは対等な関係
・ 2001年4月、「アセンブリー系EMCS」設立
自社系列にこ
だわらない取引
サプライヤーの絞り
込みと戦略的
パートナーシップ構築
エレクトロニク
スハードのネッ
トワーク対応
推進
国内における販
売は主として
ソニーマーケティ
ング等の販売会
社を通じて行う
・ソニーサプライチェーンソリューション社
・新情報システム「CLOVER」稼働
(年間140億円削減を目指す
DCMオペレーション)
販売・マーケティング
・市場創出型マーケティング
(新規用途提案のしつこさ)
・「AVとITの融合」
(メモリーステックなどソニー ブランド内連動強化)
・量販の選別と集中
・「ソニー・スタイル・ドット・コム」
などインターネット直販の推進
・「So-net」(売上381億円、会員
数230万人)を通じ、サービス強化
ソフトと
ゲーム分野 :主にソニー・コンピュータ・エンターテインメント
ハードの
音楽分野 :主に米国ソニー・ミュージック・エンタテインメントおよ
相乗効
びソニー・ミュージック・エンタテインメント
果(CD、
映画分野 :主に米国ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
MDなど)
金融
:主にソニー生命保険・ソニー損害保険・ソニー銀行
ジャストインタイム製造 中間流通の排除(ゲーム)
直接流通へ(ゲーム・音楽)
(ゲーム、音楽CD)
競争戦略の範囲とその立案
時系列活動分析表によって現在の戦略を明らかにし、価値活動分析表によって競合企業
の強みと弱みが分析できたら、今度は自社の競合企業への攻略、すなわち競争戦略を立案
しなければなりません。そのためには、競合企業を分析したものと同じ手法を自社に適応
して分析しなければなりません。自社ほど理解できないものはないからです。このことは、
論証はできませんが、経験から確実に言える規則だと言えます。戦略立案の目的は、自社
の顧客への価値提供の理念を実現するために、どのように競合に競り勝つかということで
す。そのためには、市場における個々の具体的な取り引きの場で売りを完結し、競合企業
の競争力を弱めていかねばなりません。市場で勝利するということは、競合の競争力を自
社よりも低下させることにあります。決定打は売りの完結です。競争の究極の目標は反撃
のための競争力を喪失させることです。この目的―目標―手段関係を明確にしておく必要
があります。例えば、「世界初」を標榜している競合企業に対して、「世界初」のタイトル
を奪うことは競争力の精神的要素に多大の影響を与えることになります。もし、一回きり
のタイトル奪取しかできないなら、相手が必死になって追撃している間に、他の市場を攻
略することができますし、連続的に競争に勝てる見通しがあるならば、競合の競争力を支
える精神的諸力を挫くことができます。競争力は、価値を創造していく活動に精神的諸力
が化合されたものです。
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自社の分析ができたら、次のステップで、競争戦略を立案していきます。
戦略は、競合企業と自社についての客観的な事実、それらの分析資料だけからは組み立
てることはできません。原則と理論が必要になります。分析から戦略を創造することは不
可能です。原則は、組織化された競争活動の歴史事例から導きだされた経験科学の成果で
す。残念ながら、日本にはこのような経験科学に基づく原則や事例が豊富にあるテキスト
は存在しません。戦争についての知識や知見が嫌悪され、廃棄されているからです。従っ
て、この論文では戦略立案のための原則を簡単に紹介します。事実、分析、原則の三つから
総合して組み立てていきます。競争戦略を組み立てていく範囲と順序は以下のとおりです。
【1】市場の選択
どの市場で戦うか、あるいは戦わないかを決定する必要があります。戦う場合は、主
力決戦に持ちこむのか、それとも持久戦を進めるのかの展望を明確にしなければなり
ません。
【2】市場支配(勝利)パターンの選択
市場支配とは、市場が自社の影響力を強く受けるということです。自社なしでは成立
し得ない状態を言います。この状態を確立するためには、いくつかの市場支配のパタ
ーンがあります。差別化戦略、低価格(コスト)戦略などという整理がありますが、
もっと多様なパターンがあります。これが独自で、真似のできないものであればある
ほど、市場支配は強くなります。このパターンを決定します。
なかでも、商品開発力と営業力というマーケティングのふたつの柱で、どのように勝
ちパターンを作るかはたいへん重要な課題です。加えて、このミックスによってどん
な強みを出していくかも重要です。例えば、早い新製品開発と現場密着の営業活動に
よって、顧客のレスポンスにスピードで競合に勝つというのも現在の市場において、
競合の市場支配力を挫く有効なひとつの方法です。
【3】資源の集中
市場と市場支配のパターンが決定されたら、資源の集中的配分を行います。同時に、
資源の経済的使用も考慮にいれなければなりません。相手の弱みに自社の最大限の資
源を投下するという間接アプローチもあります。また、できるだけ自社の得意な領域
に相手を引き出し、主力と主力で決戦するという方法もあります。戦略の原則にみる
「数の相対的優位」を手掛かりに配分を決定する必要があります。また、こちらの集
中は相手の集中を引き出す可能性をもっていますので、集中は、主力決戦になりやす
くなります。デモンストレーション(陽動)作戦やスピードという詭計をともなわな
ければ成功しない事例もあります。
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【4】作戦計画の作成
競争戦略の大枠が決定されれば、それを具体的に実践していくための作戦計画を立案
しなければなりません。作戦計画の目的は、あくまでも個々の取り引き現場において、
売りを完結し、競合の競争力を低下させることにありま
す。そのために、防御と攻撃の観点から作戦をいくつかの局面・段階に分けて立案し
ていく必要があります。
【5】組織・予算への反映
戦略は、予算、組織が明確になって反映されます。戦略がよくても実行がよくなくて
失敗する場合、組織と予算が中途半端で掛け声に終わってしまうという理由が多いよ
うです。組織内で確実に組織と予算を獲得するためには、強固な忍耐力が必要です。
参謀の組織能力が問われる最大の山場です。
【6】成果のモニターと修正
こちらが攻撃をしかければ相手も防衛し、手を打ってきます。それに対して迅速に行
動しなければなりません。競争相手の動きを常にモニターし、現場の実行を睨みなが
ら新たな手を打っていく必要があります。これは体質の問題でもあります。競争に競
り勝って初めて、価値提供の企業理念が実現できるという企業文化づくりとそのモニ
ターシステムを構築していく必要があります。
戦略一般の原則
大きなもの、数の多いものが競争に勝てるなら戦略は必要ありません。二十五世紀に亘
る戦争の歴史と三世紀の企業経営の歴史は、経験的知識である戦略の如何によって成果が
大きく左右されるという事実を物語っています。戦争と経営は「暴力の使用」という点に
おいてはまったく異なるものですが、組織化された競争活動という点においては共通性を
もっています。組織化された競争活動という観点から戦史を振り返ってみると、競争を成
功に導くための行動を規制する法則はありませんが、行動の参考とすべき原則はいくつか
あります。また、弊社の約四十年間の戦略コンサルティング経験からもいくつか原則を導
きだすことができます。それらの一端を整理すると以下の六つの原則になります。
【1】時代の原則
時代を読み切った戦略がもっとも成功しています。時代認識を戦略構築の基底的な基
礎に据える必要があります。時代は多数の予想を必ず裏切ることも頻繁にみられる規
則です。
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【2】目的の原則
目的―目標―手段の関係が不明確であったり、曖昧である戦略は成功していません。
目的を常に銘記する必要があります。
【3】革新の原則
勝利は常に、戦闘手段の革新を伴っています。市場支配のための新しい勝利パターン
をつくりだし革新していく必要があります。
【4】局面の原則
経営は局面をもっています。局面を明確にしない戦略は持続的な競争力の構築には繋
がりません。防衛―攻撃の局面を明確にして、市場の主導性を握っていく必要があり
ます。局面を主導(リード)することが重要です。
【5】集中の原則
競争活動に勝つ普遍的な原則は、競争の具体的な場において数的優位を構築すること
です。この数的優位には、全体における優位と個別における優位とがあります。後者
は相対的優位と呼ばれます。少数が多数に勝つ、あるいは多数が少数に勝つのもこの
数的優位の原則に従っているからです。問題は、いかに、どのように集中するかです。
【6】連動の原則
組織力を使った競争活動がもっとも大きな成果を得ています。その組織力とは異なっ
た機能同士の連動によって生まれています。この連動を如何に組織的に生み出すかが
大きなポイントです。
最後に、この原則を紹介しました。原則は、多くの異なった条件下でも成り立つもので
すが、法則ではありません。天に唾を吐き顔に落ちないようにすることは重力の法則に違
反しますので不可能ですが、原則は破れる可能性をもっています。このことを念頭におい
てご利用下さい。
競合分析からより賢明な競争戦略を立案されることを期待します。戦略には正しい、間
違っているという評価はできません。ただ、賢愚の差があるだけです。
また、より賢明な戦略立案のために、みなさんの資料収集の手間と時間を省き、継続的
に競争戦略を立案するためのデータベースの提供を開始しますので、自社及び競合企業分
析にご利用頂くようお願い申し上げます。尚、この分析は公刊された資料だけに基づくも
のです。
copyright (C)1999 Hisakazu Matsuda. All rights reserved.
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