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ものづくりを持続的な高収益事業へ転換する戦略
−競争優位の経済学
ものづくり復活は持続可能な高収益か?
ものづくりとは、顧客の期待を越える製品サービスを提供することです。驚くような製
品・サービスを開発して市場導入することです。ものづくりで、日本企業が次々と復活を
遂げています。よく頑張ったものですが、ふたつのことが気になります。ひとつは、高収
益を得ているのか、ということです。もうひとつは、ものづくりが持続的な高収益に繋が
っているか、ということです。ものづくりの中心的な分野であるデジタル家電、情報家電
では刻々と新しい動きが生まれています。三種の神器のひとつ、液晶テレビに関してビッ
グニュースが続々と報道されています。
2004 年に入って、シャープの液晶パネル及び液晶テレビを生産する第6世代の亀山工場
が立ち上がりました(1月8日)。サムスン電子とソニーが約 2,000 億円を投じる第7世代
のTFT液晶モニター合弁会社「S−LCD」が公式にスタートしました。シャープの約
5倍の生産能力を持つ工場の量産開始は 2005 年5月と発表されています(7月 10 日)。シ
ャープが亀山工場に第2期ラインを導入しました(7月 28 日)。 アメリカ市場では、デル、
ヒューレット・パッカード(HP)などが液晶テレビ市場に参入して価格競争が激化して
いると報道されました(8月 31 日)。日立・東芝・松下電器の3社が約 1,100 億円を投じ
て液晶パネルを生産販売する合弁を発表しました(8月 31 日)。台湾の液晶パネル大手の
奇美電子(Chi Mei Optoelectrics)は新しい液晶パネル工場の建設を断念しました(9月
10 日)。ソニーがアメリカの名門映画会社を約 5,000 億で買収することで合意に達しました。
ソニーは、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントと合わせて約 8,100 の映画コンテ
ンツを入手しました(9月 15 日)。三菱電機が大型液晶テレビ用液晶パネル生産を断念し、
中小液晶に集中することを表明しました(9月 21 日)。
これらの激動する変化はどのように読めるのでしょうか、虚々実々の情報が錯綜するな
かで一貫する競争の原則を解説しながら持続的に高収益構造が得られる戦略を提案したい
と思います。
copyright (C)2004 Hisakazu Matsuda. All rights reserved.
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M NEXT
企業収益を規定する経済原則
企業が収益をあげるということはどういうことでしょうか。まず、企業の収益を規定す
る経済原則を検討して、粗視的な見通しをつけておきましよう。
企業は、消費者に自社のヒト、モノ、カネなどの資源を利用して価値を提供し対価を得
ています。消費者に自社の製品・サービスが選択されるためには、他社よりもより大きな
価値を提供するか、より安いコストで提供するしかありません。つまり、競争に勝たねば
なりません。消費者に価値を提供して得た対価からそのために要したコストの差が利益で
す。この差が大きいということが高収益であるということです。
これを前提にして企業が高収益をあげ得る条件を、経済学の観点から考えてみます。経
済学では、企業や消費者が自己利益の最大化を目指して行動をするとの想定の下でどんな
帰結になるのかを示し、経済現象を貫徹している経済原則や法則を明らかにしてくれます。
つまり、「経済主体が自己利益を最大化する」という前提から仮説演繹的に導き出される論
理的な帰結に基づき、企業が収益をあげるための機会を考えるということです。
経済学から示唆される第一の原則は、「企業は、他社にも真似できるようなものを作って
いる限り、長期的には収益をあげられない」というものです。企業にとってうまい儲け話
はないということです。何の規制もない市場原理という前提と利潤極大化原則を前提とす
れば、互いに同質的なものを作って競争し続けている企業は利益を出すことができない、
という帰結になります。
企業が同質的つまり代替可能な製品・サービスを提供し、市場で決定される価格をもと
に多くの企業が参入し、互いに競争を繰り広げているような市場では、価格は平均的な企
業の限界費用と一致します1)。意見は分かれるかと思いますが、これでは、製品生産に伴っ
てかかるコスト以外の、イノベーションのための研究開発費用や顧客へのサービス提供等
の費用は賄い切れません。これが、経済学でいうところの完全競争均衡2)の世界です。し
かしながらこの状況では、社会厚生、つまり社会にもたらされる経済的価値は最大になり
ます(いわゆる「厚生経済学の第一基本定理」3)と呼ばれているものです)。市場原理が徹
頭徹尾貫徹された経済とは、こういう世界です。資本主義社会の中で高収益をあげること
がいかに難しいのかを分かっていただければと思います。それでは困ると思いながらも、
現在の経済価値水準を下げないで、市場経済より優れた有限資源を効率的に配分する経済
制度を生み出すことは歴史的にみても不可能でしょう。
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M NEXT
企業が収益をあげる三つの条件
標準的な経済学に照らしてみれば、市場経済のもとで企業が高収益を得るための条件は、
基本的に三つしかありません。
第一は、同質的な製品・サービスを提供する市場において、
「独占」あるいは「寡占」の状況
をつくり上げることです4)。一社ないし、ごく少数の企業しか供給できないならば、そうした企
業は、市場支配力により価格をコントロールすることで、高マージン・高収益を確保できます。
第二は、差別的な製品・サービスを提供することによって「独占的競争」を行うことで
5)
す 。すなわち「オンリーワン」戦略です。これも、差別的な製品・サービスを提供するこ
とによって新たに創造された市場での支配力を持つことができ、価格のコントロールを通
じて高マージン・高収益をあげることができます。
第三は、製品・サービスを提供する市場において、それを生産するのに必要となる有限
な資源(ヒト、モノ、カネなど)を占有し、他社よりも安く作ったり、あるいはより価値
のあるものを作ったりできる能力を持つことです。供給制約のある資源を優先的に入手・
活用できることによって得られる高収益です。こうして得られる高収益は、経済学ではレ
ントと呼ばれます6)。これは、リカードの地代論に考え方の起源があります。
ネットワーク経済の時代においても、これらの経済原則は貫徹しています。現実の世界
では、この三つの条件が複雑に絡み合っていますが、高収益を生み出すためにはこの三つ
の条件のいずれかが含まれていなければなりません。そうではないにもかかわらず、現在
高収益をあげている製品があるとすれば、その成果は短期的なものにすぎません。
産業のイノベーションの三段階
この三つの条件を、将来予想される産業のイノベーションごとに、ものづくりで高収益を
長期的にあげることができるかを検討してみたいと思います。長期の見通しを持って、持続
的に高収益を得られるように現在
図表1.世界と日本の富裕層
の資源配分を決するのが企業戦略
潜在需要
の基本です。
(潜在的な
市場規模)
第1段階
第2段階
第3段階
ものづくりは、製品イノベーシ
ョンです。顧客の期待を越える製
品や品質水準を生み出すことです。
競合の参入
シャープの大型液晶テレビ、松下
需要の天井
(需要=供給)
電器産業のDVDレコーダー、キ
ヤノンのデジタルカメラ、マッキ
ントッシュの iPod mini などはこ
需要 ≫ 供給
需要 > 供給
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需要 < 供給
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うした事例でしょう。こうしたものづくりによる市場リードは、今後、どのように推移し
ていくのでしょうか。以下のような三つの段階を想定することができます(図表1)。
第1段階−製品イノベーションによる独占段階
ものづくり、製品イノベーションによって企業は高収益を得られます。その根拠は、も
のづくりを通じて生み出された製品・サービスが、他社が短期間では真似できない差別化
されたものだからです。つまり、新たに創造された市場を独占し、製品・サービスの差別
化がなされ、他社には真似できない傑出した製造技術という要素資源を独占しているから
です。ものづくりには、高収益を生み出す三つの条件がすべて揃っています。従って、市
場支配力が生まれ、価格をコントロールでき、超過利潤をあげることができるのです。
市場支配力の源泉は、製品・サービスへの需要が供給を上回るということです。東京吉
祥寺の羊羹屋さんがあります。開店同時に売り切れを続けています。上質の小豆の香りを
生かした炭火練りの製法に拘って製造されていますので、1日三釜 150 本という供給制限
があります。午前6時頃には行列ができ始め、午前8時半頃に引換券が配られ、午前 10 時
の開店と同時に1本 580 円一人5本までの羊羹は売り切れる。この羊羹屋さんは、供給を
上回る需要を持ち、市場支配力を持ち価格を引き上げることもできますが、それはしてい
ません。日本のものづくりは供給を上回る需要を創造したということです。
第2段階−他社の参入による寡占化段階
新たに創造された市場への新規参入を阻止できる参入障壁の源泉は、技術、設備投資、
ブランドなどです。前述の大型液晶テレビやDVDレコーダー、iPod mini などの市場に
は、畑違いの食品メーカーから見ればどうにも越えがたい、大変な障壁が存在します。大
型液晶テレビ、プラズマテレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラのようなデジタル家
電では、企業の技術的な格差はほんの少し
図表2.クールノー競争
しかありません。従って、日本の家電 10
クールノー競争の均衡点
数社、韓国のメーカー、台湾のメーカーな
どはいつでも参入できます。大型液晶テレ
ビでは、パソコン用の標準液晶モニターで
実績を持つサムスン電子や台湾メーカー
第2企業の
生産量
第1企業の
反応関数
が、テレビのセットメーカーであるソニー
やデルと組んで参入しています。つまり、
クールノー均衡
市場の寡占化が進行します。新規参入が進
めば、製品・サービスにおける大きな差別
第2企業の
反応関数
化はますます難しくなり、わずかな差別化
の余地しか存在しなくなります。つまり、
市場の同質化が進行するわけです。この段
※均衡での価格は、
独占>クールノー競争>完全競争
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4
第1企業の
生産量
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階では、まだ、潜在需要量は市場全体の供給能力を上回っています。液晶テレビの場合、
一億台にも上る潜在的な市場規模があります。また、液晶テレビの基幹部品である液晶パ
ネルは、費用逓減的な構造を持っています。つまり、生産量が多くなればなるほどより安
くパネルを製造することができます。従って、各社は膨らんだ市場のパイをできるだけ多
く自らの手元に確保するべく、生産拡張競争、投資競争に走ることになります。これは、
「生
産規模の事前決定を伴ったクールノー競争」です7)(図表2)。その帰結は「先手必勝」の
「ほら吹き」競争であり、生産量をどれだけ多く確保するかが高収益の鍵となります。
液晶テレビはこの段階にあります。需要の天井をどう読むか、競争相手の設備投資能力
をどう見るか、で激しい「ほら吹き」競争が行われています。生産数量、価格、品質など
の情報戦が行われます。シャープの三重亀山への設備投資金額が約 1,500 億、ソニー−サ
ムスン電子連合のタンジョンへの設備投資が約 2,000 億円、日立−東芝−松下電器の設備
投資が約 1,100 億円など、次々と生産能力拡張競争が行われています。他方で、台湾の奇
美電子が液晶工場の建設を断念したように、世界的な生産能力拡張競争の波に一旦乗り遅
れた企業はそのまま脱落していくという構図になっています。
亀山工場は第6世代、タンジョンは第7世代ですが、これは液晶パネルを切り出すマザ
ーガラスの大きさの違いを表すものです。40 インチ以下が液晶テレビの需要の主力となれ
ば第6世代が有利になり、40 インチ以上が需要の主力になると第7世代の効率の方がよく
なります。第7世代の方が先端的だということはなく、生産技術と習熟度の問題です。た
だし、マザーガラスが大きくなればなるほど、それまでの生産技術ではクリアできない様々
な問題が発生してくると予想され実際に立ち上がってみなければ想定される優位性がある
か、どうかはわかりません。第6世代でも歩留まりが悪いと言われていますので、第7世
代も容易ではないでしょう。また、マザーガラスを単一サイズだけで切り出すのではなく、
ひとつのマザーガラスから多様なサイズを切り出す生産技術もあります。これは生産能力
には影響を与えませんが、生産効率には決定的に重要な技術になります。
投資能力に関しては政府の政策も大きな影響を与えます。タンジョンは、外国人投資地
域に指定されており、今後7年間は法人税と住民税が 100%、その後3年間は 50%ずつ減
免されます。
2004 年の日本の年末商戦とアメリカのクリスマス商戦での成否により、第 2 段階の生き
残り企業が決定されます。シャープが、寡占状況にある液晶テレビ市場のトップとして生
き残るには、この 10 年で約2兆円の設備投資を行なう能力と意思があるということを世間
に示さねばなりません。この段階では、まだ、参入企業は寡占のメリットを享受できます。
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第3段階−寡占による価格競争
クールノー競争を経て生き残った企
図表3.ベルトラン競争
業の間ではわずかな差別化の余地しか存
在せず、互いにほぼ同質的な製品・サー
ビスを市場に提供する状況となります。
需要の天井もほぼ見えてきて生産拡張に
も頭打ち感が出てくると、次の段階では
ベルトラン競争の均衡点
第2企業の
価格
P1=C(限界費用)
P2=P1
第1企業の
反応関数
激しい価格競争が行われます。つまり、
(図表3)。ベルト
ベルトラン競争です8)
ベルトラン均衡
P2=C(限界費用)
ラン競争の帰結は、価格が限界費用と一
致するところまで行われるということで
第2企業の
反応関数
す。
「カット・スロート(cut‐throat)
」
、
つまり、
「互いの首切り」
競争になります。
もっとも効率的に生産できる企業だけし
※均衡での価格は、
ベルトラン競争=完全競争
第1企業の
価格
か市場では生き残れず、独占か、2∼3
社程度にまで絞り込まれます。
半導体のDRAMメモリでは、最終的に日本企業はエルピーダ・メモリ1社しか生き残
れませんでした。しかしながら、ここで生き残った企業であっても、市場支配力によって
価格をコントロールし大幅な超過利潤を得ることは、もはやできません。最終的に市場で
決まる価格は、限界費用をわずかに上回るところで落ち着くように思われます。現在、サ
ムスン電子は約 1 兆円の利益を生んでいますが、台湾-中国の企業が虎視眈々と市場参入及
び拡大機会を窺っています。仮に、サムスン電子などの既存企業が寡占化による市場支配
力によって価格を大幅に吊り上げると、すぐさま台湾・中国企業が参入して、たちまち市
場を奪われるでしょう。
ものづくりだけでは高収益を保ち続けられない
このように、経済学が教えるところは、ものづくりだけでは長期的な持続的な高収益をあ
げられないということです。これははっきりと言えることです。どうすれば企業は、高収
益を上げられるでしょうか。
日本企業は 1970 年代まではある高収益を維持できる制度を持っていました。それは流通
の独占、つまり系列化です。差別的製品を独占的に生産し、独占的な系列店を通じて販売
するという方法です。「二重マージン」と呼ばれていました9)(図表4)。
同質的な製品サービスであっても、流通チャネルを系列化し、自社製品しか扱えない状
況があれば、流通段階での価格競争は回避できます。同質的な製品サービスをマス広告に
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よって差別化し、系列店への独占的供給を行えば、小売段階では自社ブランドに関心を持
つ顧客は独占でき、競争は回避されます。つまり、メーカー段階と流通段階のふたつの独
占によって価格をコントロールできる仕組みです。
自動車産業が高収益なのは、メーカー別車種別ディーラー制をとっているからです。も
ちろん、優れた品質の車を低コストで生産するものづくりは賞賛されるべきですが、高収
益は流通系列化があってこそ可能となるのです。結果として、消費者が大型車種の新車を
購入しようとし、全メーカーの全車種を試乗したいとすると、土日に膨大な数のディーラ
ーを回らないと試乗できないという不便が生じます。すべてのメーカーの大型液晶テレビ
を視聴したいと思えば、東京都心の大型カメラ量販店や秋葉原に行けば容易に可能です。
この差が収益の高い業界とそうでない業界の差です。日本の自動車産業はまだ、
「二重マー
ジン」制度を享受できているのです。
日本の家電産業がものづくりで市場をリードしてもなかなか収益を上げられないのは、
流通の系列化が、1970 代のGMSの誕生、1980 年代の家電量販店の登場、1990 年代のカメ
ラ量販店の躍進と家電量販店の世代交代によって崩壊し、流通の寡占化が進んでいるから
です。大手企業でも取引先 10 社で売上の 70%以上を占めるようになっています。これら寡
占流通企業間では、激しい価格競争が行われています。この価格競争の結果、市場での価
格水準は、メーカーからの仕入れ価格に最終的に落ち着きます。つまり、利潤ゼロです。
例えば、経済産業省が 1989 年度以来行なっている「消費財・消費者向けサービスに係る内
外価格調査」において、日本の物価は全般的に高いといわれているにもかかわらず、家電
製品だけは他の国々よりも価格が安いケースが見受けられるのは、こうした流通の寡占化
のためでもあるのです。このことがサムスン電子や中国メーカーの市場参入を阻止してい
る、という結果をもたらしています。収益のないところに参入する必要がないからです。
従って、高収益をあげるためには、独占、独占的競争、有限資源の占有という三条件のほ
かに、垂直構造の流通段階で何らかの価格コントロール力を確保することが必要である、
と言えるでしょう。
図表4.流通の価格競争
二重のマージン(二重の限界化)
メーカー1
独占
小売1
独占
消費者
メーカー2
独占
小売2
独占
消費者
独占による超過利潤
価格競争(ベルトラン競争)
メーカー1
メーカー2
ベルトラン競争
小売1
小売2
ベルトラン競争
消費者
消費者
価格競争により超過利潤ゼロ
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M NEXT
高収益を持続する市場アクセス戦略
市場原理の社会で企業経営を行う限り、企業が限界費用を上回る超過利潤を得る方法は
限られています。独占、独占的競争、有限資源の占有、流通のコントロールです。デジタ
ル家電での三種の神器に代表されるものづくりは、一時的に高収益をもたらします。しか
し、それが持続的であるためには、独占、独占的競争、有限資源の占有、流通のコントロ
ールのどれかひとつの条件を満たさねばなりません。ものづくりで短期のリードを持続的
な競争優位に繋げるためには、市場への新しいアクセスが必要です。
第一は、ものづくりによって得た市場独占をできるだけ長く維持することです。防衛と
攻勢の短期情報戦が必要です。まず、知的所有権による技術特許などによる徹底した参入
阻止が必要です。
参入されたら生産数量競争の「ほら吹き」情報戦に勝利することです。
「絶対に引き下がら
ない」というメッセージ、生産効率と投資競争で十分に勝利できるという情報と根拠を示さ
ねばなりません。韓国は、政府が実質的な補助金政策をとっています。台湾は、投資ファン
ドによって資金調達が容易です。日本は、このふたつとも十分ではありません。しかし、日
本にはデジタル家電に関するあらゆる情報が集積されています。この情報をベースに投資プ
ランを作成し、独占に必要な資金調達力があることを示す必要があります。さらに、投資競
争への決意は、
「ほら吹き」ではないと言うコミットメントを社内外に示さねばなりません。
日本企業には、約 1,400 兆円の個人金融資産が潜在的な味方についています。
第二は、より収益性を高めるために、製品サービスの価値実現をサポートするインフラ
を構築する必要があります。つまり、投資競争で負け、製品差別化も困難な状況も想定し
て、独占から独占的競争への転換の布石を打つ必要があります。
可能であれば差別化された製品・サービスをつくることです。ものづくりは、常に、顧
客の期待水準を上回るように明確な基準を設定する必要があります。同時に、製品だけで
なく、サービスによる個客へのカスタマイズ(水平差別化)や情報コンテンツのインフラ
を整備することが重要です。つまり、サービスや情報コンテンツを製品の「合成財」とし
て提供することです。
ipod mini は、驚きのハードだけではありません。iTune と呼ばれるアプリケーションを
通じて音楽を楽しむソフトが準備され、世界最大の約 100 万曲の音楽を品揃えするミュー
ジックストアで、一曲約 99 セントで購入できます。アメリカには「商業は映画に従う(trade
follows the films)」という言い方があります。消費者から見れば、見たいソフト(映画)
があって使いたいハード(商品取引)が決まる、ということです。ソニーが約 5000 億でM
GMの買収し、ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントと合わせて約 8000 タイトル
を確保したことは、短期的なDVD市場の売上拡大だけでなく、多くの消費者が期待する
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「インターネット・ビデオ・オン・デマンド・サービス」への事業拡大を含め、情報コン
テンツの優位性を確保する極めて合理的な布石です。
第三は、有限資源を占有することです。人気の「エルメス」の財布や「バーキン」は入手
が困難です。理由は、エルメスの品質基準に合致する牛皮がないからです。消費者に提供す
る製品・サービスを生産するのに必要となる有限な稀少資源を占有すれば、他社は模倣でき
ません。デジタル家電や情報家電では、技術、人材に蓄積された技能、チームワークによる
問題解決能力やスピード、工場立地等は、労働市場では購入できない固有の資源です。これ
らの資源が、提供する製品サービスの価値に結びついて高収益の源泉になります。
シャープは三重亀山に液晶パネルの工場と液晶テレビの一貫工場を持っています。この
ふたつの工場の近接性は、ソニーとサムスン電子のタンジョン工場にはありません。これ
は、液晶パネルの技術者と液晶テレビの技術者が、チームワークによって頻繁に問題解決
処理を行うことができることを意味します。この結果、より外枠の小さいデザインの液晶
テレビや問題処理を該当分野だけでなく、より広範に問題解決ができることを意味します。
「摺り合せ」技術です。ソニーとサムスン電子ではこのような問題解決はできません。ソ
ニーのテレビ工場は日本にあります。問題解決のためのコミュニケーションツールは電子
メディアになり、使用言語も日本語だけではすみません。この差を製品デザインや品質に
結びつけることができます。また、何よりも世界で一番「品質に口うるさい」消費者の近
くにいるという利点を生かすことができます。
「日本で成功すれば世界のどこでも成功でき
る」(ヴェルナー・ガイスラー、P&G 元日本支社長)ということです。
第四は、流通のコントロールです。流通段階の寡占企業が繰り広げる価格競争をコント
ロールできれば高収益を上げることができます。このためには、流通を選別し、差別的な
チャネル政策をとらねばなりません。車の車種別ディーラー制のように機種別にチャネル
を選別するような手法です。しかし、現在の都市部で展開されているカメラ量販店による
新製品の価格競争がある実態ではなかなか容易に導入することはできません。実質的にメ
ーカーが採用しているのは、売りやすい「単品」、「量産」による価格訴求、一年で売り切
ってしまう「売り逃げ」と言う「単品、量産、売り逃げ」です。キャシュフローをよくす
るには在庫リスクを持ちたくないからです。結果として、メーカー段階でも、流通段階で
も、ベルトラン競争を展開せざるを得なくなっています。この競争から逃れる方法は、非
価格競争チャネルを創造するしかありません。その有力なチャネルは、自社のネット流通
を利用することです。
「ソニースタイル」は、物販店の品揃えを変え、価格を上限に設定して、デジタル家電
のチャネルを差別化しようとしています。デルが日本市場でのパソコン販売を伸ばしてい
るのもネット流通が拡大しているからです。
ものづくりは短期的な優位でしかありません。これを持続的な競争優位にしていくには、
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情報戦、投資競争、サービス及び情報コンテンツによる製品合成、有限資源の探索と拡張、
新しい流通コントロール手法の確立などの新しい市場アクセスが必要です。ものづくりだ
けでは高収益を上げることはできない、という経済原則から戦略の再構築は始まります。
一度、競争優位の経済学という粗視的な観点から自社の収益性を分析してみてれば、有益
な観点が得られるはずです。
【附
注】
1)限界費用とは、
「生産量を1単位追加することによって増加する費用」
(西村(2002)p.447)のこ
とである。ある生産量の水準から更に生産を1単位分増やしたほうが望ましいか否かは、生産を更
に1単位増やしたことで生じる費用の増加分、つまり限界費用と、増えたこの1単位分を市場で販
売することで得られる収入、つまり限界収入、との大小関係で決まる。限界収入が限界費用を上回
る(下回る)場合には、生産を更に1単位増やす(減らす)ことで、両者の差の分だけ利益が増加
する。そのときには、生産を増やす(減らす)ほうが望ましい。限界収入が限界費用と等しくなる
生産量では、そこから生産量を1単位増やしても減らしても利益は増えない。つまり、限界収入が
限界費用と等しくなる生産量において、企業の利益が最大になっていることを意味する。ここで、
追加的に1単位増やした生産量を市場で販売したときに得られる収入の額を決めているのが、市場
で決まる価格である。従って、価格が限界費用に一致するという状況が、最終的には実現する。
2)完全競争とは、
「多数の経済主体から成る市場で、取引量の小さい個々の経済主体が市場価格を所
与として行動する状況」
(西村(2002)p.444)のもとで展開される競争のことをいう。完全競争均
衡とは、完全競争が展開される市場において最終的に実現される状態を指す。完全競争均衡が満た
すべき三つの条件とは、①最終的に実現される市場価格を所与として、消費者は効用を最大化する
ような財の需要量を選択していること②最終的に実現される市場価格を所与として、企業は利益を
最大化するような財の供給量を選択していること③市場に存在する全ての財について、消費者が選
択した財の需要量と企業が選択した財の供給量とが等しくなっていること、である(Mas-Colell
et.al.(1995) p.314)
。
3)「厚生経済学の第一基本定理」とは、「完全競争均衡はパレート効率的であるという命題」(西村
(2002)p.447)である。
「パレート効率的である」とは、「他のいずれかの経済主体の効用あるい
は生産量を減らさずにはどの経済主体の効用あるいは生産量も増加することができない状態。生産
要素や財の配分に無駄のない状態」
(西村(2002)p.454)をいう。つまり、これ以上動いても、経
済内に存在する全ての消費者や企業を誰ひとり不幸にすることなく誰か一人でもより望ましい状
況にもっていくことがもう望めない、ぎりぎりいっぱいの状況、と言ってよい。消費者も企業もと
もに、自らに与えられた資源や資産などを所与として、ぎりぎりいっぱいまで自らの利益を自由に
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追求し尽くした末に実現される状況である以上、社会厚生、つまり社会にもたらされる経済価値は
最大化されているわけである。ただし、ここでいう「経済的価値が最大化されている状態」とは、
消費者と企業における資源や資産などの配分を所与とした下での議論である。所与とされる資源や
資産などの配分の中身が異なれば、完全競争均衡によって実現されるパレート効率的な配分の中身
も異なる点は、留意を要する。
4)「独占」とは、「1個の企業が市場における唯一の供給者である状況」(西村(2002)p.453)を指
す。
「寡占」とは、
「市場における生産物の供給者が2個以上の少数の企業から成る状態」
(西村(2002)
p.444)を指す。寡占のうち、供給者が2社の場合を特に、「複占」と呼ぶ。
5)「独占的競争」とは、「企業の数は多数であるが、個々の企業が自社の製品の価格をある程度コン
トロールできる市場の状況」を指す。
「独占的競争」とは、その名称からもしさされるように、
「独
占」と「競争(具体的には完全競争)
」とが複合した状況である。
「独占的競争」が満たすべき四つ
の条件(西村(2002)p.255 参照)のうち、①同一産業内の企業数が極めて多い②各企業は、自己
の行動に対する他の企業の反応を考慮しない③長期的には企業の参入・退出は自由である、の三つ
は「完全競争」でも同様に満たされている条件である。これに対し、④各企業の生産する財は、同
一産業内の他の企業の生産する財と密接な代替財であるが、完全に同質な財ではなく各企業の製品
に差別化が見られる、という点は、個々の企業に自らの供給する製品に対しある程度の市場支配力
をもたらす意味で「独占」を促す条件である。
6)「レント」とは、「生産要素の受け取る余剰」(西村(2002)p.458)のことである。ここでいう余
剰は、生産要素が受け取る収入が機会費用を上回る部分として表される。
「レント」が発生する主
な原因は、生産要素の有限性・固定性にある。もし生産要素の供給量の増減が調節可能な状況にあ
るならば、生産要素の受け取る収入が機会費用を上回っている限り、生産要素の供給者は市場への
供給量を増やしつづけるはずである。供給量が増えつづければ、生産要素に対する市場での価格は
下がることで生産要素が受け取る収入は減少しつづけ、機会費用との差である余剰つまりレントも
消滅するはずである。この事実を裏返せば、レントが発生しているということは、生産要素の供給
量の増減が調節可能な状況に無いこと、つまり、何らかの理由で生産要素の供給量が固定されてし
まっていることを意味するのである。
7)まず「クールノー競争」とは、「数量を選択変数とした寡占競争」のことである。また、「生産規
模の事前決定を伴ったクールノー競争」は、第一段階において各企業が自己の生産規模を決定し、
第二段階では第一段階で設定された生産規模を所与としてクールノー競争を行うという、二段階展
開形ゲームとして表現できるような寡占競争を指す。この競争で重要となるのは、第一段階におけ
る生産規模の設定水準は第二段階において実現可能な生産量と一致していなければならないこと、
つまり、第二段階での競争を踏まえた場合にどう見ても実現可能性に乏しいような過大な水準に生
産規模を設定しても全くの無意味だということである。その意味で、第一段階における生産規模水
準の選択は、市場に信頼されうるコミットメントになっていなければならないのである。如何なる
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水準であれ、市場に参入している全企業の生産規模合計が市場の潜在規模を下回っている状況は、
実現可能性は十分に高い。それゆえ各企業による生産規模設定水準は、信頼され得るコミットメン
トとなりうる。その場合の生産規模の設定水準は、各企業とも、市場の均衡として実現され得る最
大生産量に等しいところに定めるのが最適であり、それを越えて過剰な生産規模を抱える誘因はま
ったくない。しかしながら、市場に参入している全企業の生産規模合計が市場の潜在規模を上回っ
ている状況は、当然ながら実現性に乏しく、各企業による生産規模設定は信頼され得るコミットメ
ントとはなっていない。その場合、参入している企業のいずれかの選択は、現実によって裏切られ
る運命にあり、各企業は生き残りをかけたサバイバルゲームに晒されることになる。以上の議論の
詳細については、例えば、小田切(2001)p.55∼61 などを参照。
8)「ベルトラン競争」とは、
「価格を選択変数とした寡占競争」のことである。世間でよく言われる
価格競争は、「同質財におけるベルトラン競争」として整理・分類されるものである。自明なこと
だが、もし市場に参入している全ての企業が全く同質的な製品を供給しているならば、消費者とし
ては最も安い価格で売っている企業から買うのが合理的である。このことを全ての企業が認識して
いる以上、全ての企業には、可能な限りで他の競合企業よりも少しでも安い価格に設定しようとす
る誘因が、常に存在しつづけることになる。
9)
「二重マージン」が発生するのは、メーカーが小売業者たる系列店に対して行使する独占力と、系
列店が最終消費者に向けて行使する独占力とによって、限界費用を上回るような価格の吊り上げが
二重に生じるためである。
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