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小型魚類の水質汚染監視用バイオアッセイシステムの開発 - J
電気学会論文誌 C(電子・情報・システム部門誌) IEEJ Transactions on Electronics, Information and Systems Vol.133 No.8 pp.1616–1624 DOI: 10.1541/ieejeiss.133.1616 論 文 小型魚類の水質汚染監視用バイオアッセイシステムの開発 非会員 曽 智∗,∗∗ 非会員 宮本健太郎∗∗∗ 非会員 平野 旭∗∗∗∗ 正 員 敏夫∗5 A Bioassay System for Water-Quality Monitoring Using a Small Fish Zu Soh∗,∗∗ , Non-member, Kentaro Miyamoto∗∗∗ , Non-member, Akira Hirano∗∗∗∗ , Non-member, Toshio Tsuji∗5 , Member (2012 年 8 月 29 日受付,2013 年 3 月 5 日再受付) As cases of accidental water contamination caused by factory disposal and other influences are reported often, early detection of contamination is becoming an important issue in terms of safe water supplies and environmental protection. In recent years, bioassay systems have attracted attention because they enable water quality assessment based on the biological responses of fish, thereby removing the need for chemical examination. In this regard, several bioassay systems premised on the monitoring of swimming behavior or bioelectrical signals as indicators of contamination have been proposed. However, conventional systems can overlook contamination that affects non-monitored indicators. This paper proposes a bioassay system allowing simultaneous monitoring of swimming behavior and bioelectric signals from small fish. The results of experiments on 10 test fishes confirmed that the system can detect contamination within 10 minutes of 0.5% ethanol being added. These outcomes validated the applicability of the proposed system for the detection of water contamination. キーワード:生体電気信号,バイオアッセイシステム,水質汚染,ゼブラフィッシュ Keywords: bioelectric signals, bioassay system, water contamination, zebrafish 1. ∗ 広島大学大学院医歯薬保健学研究院 〒 734-8553 広島県広島市南区霞一丁目 2 番 3 号 2005 年以降,工場排水等による水質汚染事故は毎年 1200 件以上報告されており (1) ,水質汚染の早期発見は安全な水 Institution of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University 1-2-3, Kasumi, Minami, Hiroshima, Hiroshima 734-8553, Japan ∗∗ の供給と環境保護の観点から重要な課題となっている。し かしながら,現状では,水質汚濁防止連絡協議会が市民や 河川管理者などの連絡を受けて対応していることから水質 日本学術振興会 〒 102-8472 東京都千代田区一番町 8 番地 汚染が早期に発見できない恐れがある。このような状況か ら,厚生労働省はバイオアッセイ等による水質管理を推奨 Japan Society for the Promotion of Science 8, Ichibanchou, Chiyoda, Tokyo 102-8472, Japan ∗∗∗ している (2) 。 広島大学大学院工学研究科 〒 739-8527 広島県東広島市鏡山 1-4-1 バイオアッセイとは生物の反応から環境の変化を推定す る手法である。これまで一般的に用いられてきた化学分析 Graduate School of Engineering, Hiroshima University 1-4-1, Kagamiyama, Higashi-Hiroshima, Hiroshima 7398527, Japan ∗∗∗∗ ∗5 はじめに のように汚染物質を特定することはできないが,水質を連 続的に監視し,生体への総合的な影響を評価できるといっ 呉工業高等専門学校電気情報工学科 〒 737-8506 広島県呉市阿賀南 2-2-11 た利点がある。そのため,化学分析の必要性をスクリーニ Department of Electrical Engineering and Information Science, Kure National College of Technology 2-2-11, Aga-Minami, Kure, Hiroshima 737-8506, Japan で初めて水質検査のためのバイオアッセイの導入に成功し 広島大学大学院工学研究院 〒 739-8527 広島県東広島市鏡山 1-4-1 や化学物質毎ごとの排水基準を補完する水質管理手法とし ングする手法として注目されており,1987 年に米国が世界 ている (3) 。そして,現在欧米諸国では有害物質の排出規制 て積極的に利用されている (4) 。 Institute of Engineering, Hiroshima University 1-4-1, Kagamiyama, Higashi-Hiroshima, Hiroshima 7398527, Japan c 2013 The Institute of Electrical Engineers of Japan. このようなバイオアッセイシステムでは,一般的に魚類が 試験生物として用いられており,魚が遊泳する行動をカメ 1616 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) ラで撮影し,画像処理することで異常行動を監視する手法 が主に用いられてきた。たとえば,Kang et al. (5) や Andrew 10 [mm] et al. (6) は試験魚としてメダカを用いて,水質汚染後の運動 の減少や滞在位置の偏りを検出するシステムを提案してい る。しかしながら,有害物質の影響は必ずしも異常行動と 25 [mm] して現れるとは限らないため,これらのシステムでは魚が 死亡するまで汚染が発見されない可能性があった。この問 Fig. 1. Size of adult zebrafish 題に対して,近年では環境の変化に対して敏感な応答を示 す生体電気信号を監視する手法が提案されている。たとえ ば,Shedd et al. (7) は,ブルーギルの生体電気信号から呼吸 2. 頻度に関する情報を抽出し,その変化を捉えて水質汚染の 呼吸波と試験魚 判別を行うシステムを提案している。このようなシステム 呼吸波とは,魚の生体膜を通して体外と体内をイオンが では,計測信号のノイズを低減するために遊泳を制限して 移動することによって魚体周辺に生じる電位変動である (16) 。 おり,ストレスによる呼吸の乱れが誤判別を引き起こして イオンは鰓の開閉に伴って活発に移動するため,呼吸波は しまう可能性がある。これに対して我々の研究グループで 鰓蓋の開閉に同期している (17) 。我々の研究グループにおい は,メダカの生体電気信号を非接触非拘束条件下で計測す ても,メダカを対象として呼吸波と鰓蓋運動を同時に解析 るシステムを構築し,自由遊泳時の生体電気信号から水質 した結果,両者の周波数は一致していることを確認してお これ り,呼吸波は水温などの環境条件によって 2∼10 [Hz] の間 らの従来システムは遊泳行動か生体電気信号のどちらか一 で変動することを報告している (8) 。呼吸は,延髄に存在す 方しか計測対象としていないため,特に水質汚染の初期に る呼吸中枢の自律的なリズムにより発生しており (18) ,化学 おいて,水質汚染の影響が一方の計測対象のみに限定して 環境の変化に鋭敏に反応する (19) (20) ことが知られているため, 現れる場合は汚染の発見が遅れる可能性があった。また,運 本研究では,水質変化を知ることのできる情報源として,呼 動による呼吸頻度の増加といった計測対象間の相互作用を 吸波を計測対象とした。 汚染を判別するバイオアッセイシステムを構築した (8) 提案システムでは,試験魚として OECD テストガイドラ 検知できないため,魚の自発的な状態変化を水質汚染とし イン (21) において試験生物に指定されているゼブラフィッシュ て誤判別してしまう可能性がある。 そこで,本論文では試験魚の自由遊泳時の生体電気信号 を用いた。Fig. 1 にゼブラフィッシュの拡大写真を示す。ゼ 計測と遊泳行動の解析を同時に行ない,得られた情報を統 ブラフィッシュは体長が 20∼30 [mm] 程度の小型魚類であ 合して評価可能な水質汚染判別システムを提案する。なお, り,基礎生物学研究の材料としてだけでなくヒト疾患モデ に提案システムは,浄水場や工場排 ル動物として重要な役割を果たしている (22) 。また,ゼブラ 水など,正常であれば水質は安定しており,水温,光源と フィッシュは金属や農薬などの様々な化学物質に対する影 いった計測条件はコントロール可能な環境下で用い,汚染 響が数多く調査されており,毒性検査に関する知見が豊富 物質の混入以外の急激な水質変化は起こらないという条件 に蓄積されているため (23) ,本論文ではバイオアッセイシス 下での使用を想定する。提案システムでは生体信号情報と テムの試験魚として採用した。 従来システムと同様 (3) (4) (9) して呼吸頻度を用いる。これは,農薬 ,重金属 製品 (11) (10) ,石油 3. など多岐にわたる汚染物質に対して魚の呼吸頻度が 上昇すると報告されているためである。また,Nimkerdphol (12) 水質汚染判別システム 提案する水質汚染監視用システムを Fig. 2 に示す。提案 は次亜塩素ナトリウム(NaClO)をゼブラ システムは生体信号処理部,遊泳行動解析部,水質汚染判 フィッシュが泳ぐ水槽に投入した場合,NaClO の濃度に比 別部から構成されている。本論文では信号処理の複雑化を 例して遊泳速度が上昇すると報告していることから,提案 回避するため,計測対象はゼブラフィッシュ1 匹ずつとす システムでは行動情報として遊泳速度を利用する。魚の遊 る。以下,計測に用いた水槽とシステムを構成する各部位 and Nakagawa 泳速度は,金魚 (13) (14) やメダカ (15) を用いたバイオアッセイシ について説明する。 ステムにおいて,古くから水質汚染を示す指標として一般 〈3・1〉 計測水槽部 計測水槽部では,非接触・非拘 的に用いられているが,呼吸頻度と遊泳速度を併用したシ 束条件のもとで試験魚の呼吸波,および,行動を計測する。 ステムは著者らが知る限り報告されていない。 計測水槽のサイズは試験魚が自由に遊泳できるように,試 以下,2 では魚から発生する呼吸波と試験魚について説 験魚の背面の断面積 (20∼30 [mm2 ]) と比較して 52 倍程度 明する。3 では提案システムの構成として,試験魚の生体 とした (140(W) × 110(D) × 50(H) [mm])。本システムが計 電気信号の計測からカメラを用いた遊泳行動解析,水質汚 測対象とする呼吸波は μV オーダーであるため,微弱な生 染の判別におよぶ一連の処理について述べる。4・5 では生 体電気信号計測を可能とする脳波計 (EEG-1200:日本光電) 体電気信号の計測および,工場排水等が流出し続けた場合 を信号増幅器として用い,計測電極には生体信号の計測に を想定した水質汚染判別実験と考察について報告する。 一般的に用いられている Ag-AgCl 電極を採用した。そし 1617 IEEJ Trans. EIS, Vol.133, No.8, 2013 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) I Camera I. Aquarium for signal and behavior measuring part II. Signal processing and behavior analysis part III. Water contamination detection part Swimming behavior Display Differential amplification Extraction treatment A/D conversion Tracking process Band-pass filter Position calculation Channel selection Differential filter Frequency analysis Velocity calculation III Swimming Peak velocity frequency [mm/sec] [Hz] Bioelectric signals II 10 Hazard index Electrode 60 0 60 0 Alert !! 0 0 Time[min] T Contamination detection Fig. 2. Structure of the proposed system. Fig. 3. Electrode arrangement in the measurement aquarium て,試験魚が水槽内を自由に遊泳しても呼吸波を計測でき るように,L 個の電極を水槽底面に格子状に配置した。 また,計測信号の S/N 比の向上を目的として,計測信号 に対し双極導出法による作動増幅を行った。差動増幅器の を予測する。なお AR モデルのパラメータは,時間窓 T w , 正の入力は各電極で計測した電位であり,負の入力は Fig. 3 オーバーラップ T o として,Yule-Walker 法により算出する。 において上端の両隅に配置した 2 つのリファレンス電極の 時刻 n におけるパワースペクトル密度 (PSD) P(n, f ) は,求 平均電位である。なお,増幅器の基準点となるニュートラ めた AR モデルを用いて次式により計算する。 σ2ε P(n, f ) = 2 · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (3) K 1 + a(k)e j2πk f ル電極は水槽中央部に配置した(Fig. 2 参照)。 さらに,行動を計測するためにモノクロカメラ (ひまわ り GE60:ライブラリー) 一台を計測水槽が俯瞰できる位置 k=1 に取り付けた。 〈3・2〉 生体信号処理部 また,周波数スペクトルの変動に注目するため,(3) 式の 生体信号処理部では,PC に PSD を次式により 0 ∼ 10 [Hz] の範囲で正規化する。 入力された信号に対してフィルタ処理,信号選択,周波数 解析を行い,呼吸波の周波数スペクトルを算出する。まず, インターフェースモジュール (PCI-3521:インタフェース) を用いて計測した信号を AD 変換し,サンプリング周波数 ることが可能となる。また,各時刻において max(P(n, f )) となる周波数 f をピーク周波数 fmax (n) と定義し,水質汚 染判別部に出力する。 る。ここで,L 個の電極から計測された信号のうち,実効 〈3・3〉 遊泳行動解析部 値 Ri (i = 1, · · · , L) が最大の信号を解析用信号として選択 Ri = ( f = [0, 10])· · · · · · · · (4) ディスプレイに表示することにより,周波数成分を観察す ことにより,呼吸波が含まれる周波数領域の信号を抽出す P(n, f ) max(P(n, f )) 以上のようにして求めた周波数スペクトルを時系列で PC fs [Hz] で解析用 PC に取り込む。次に,入力信号に対し てバタワース型バンドパスフィルタ (低域カットオフ周波 数 flow [Hz],高域カットオフ周波数 fhigh [Hz]) で濾波する する。 f) = P(n, 遊泳行動解析部では,動画 像処理により水平面における魚の遊泳速度を計算する。ま ず,フレームレート Fb [fps] で撮影した動画像 (Fig. 4 (a)) 1 N n0 +(N−1) に対して試験魚に対応する輝度を抽出し,その重心点を魚 x(n)2 · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (1) の位置として算出する (Fig. 4 (b))。次に,算出した位置の n=n0 時系列データに対して微分フィルタを用いて速度 V(n) を算 ただし,x(n) は離散時刻 n における計測信号,N は窓幅で 出し (Fig. 4 (c)),水質汚染判別部に出力する。なお,算出 ある。周波数解析では,突発的なノイズの影響を受けにく された速度には突発的なノイズが含まれている可能性があ い特長をもつ AR モデル (24) を用いて,信号の周波数スペク るためにバタワース型 m 次ローパスフィルタ (カットオフ トルを求める。AR モデルは次式で与えられる。 周波数 fcut ) を用いて平滑化する。 x(n) = − K 〈3・4〉 水質汚染判別部 a(k)x(n − k) + ε(n)· · · · · · · · · · · · · · · · · (2) 水質汚染判別部では,生体信 号計測部と遊泳行動解析部で算出した呼吸波のピーク周波 k=1 数 fmax (n) と魚の遊泳速度 V(n) の 2 つの指標を用いて汚染 ここで,ε(n) は予測誤差(ホワイトノイズ)を表し,K は 状態の判別を行う。ただし,これらの指標は尺度が異なる AR モデルの次数である。このモデルは適切な AR パラメー タ a(k) により,過去の計測信号から現在の信号データ x(n) ため,提案法ではマハラノビス距離を用いて指標を統合し た。マハラノビス距離は,正規母集団と標本との距離尺度 1618 IEEJ Trans. EIS, Vol.133, No.8, 2013 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) ここで,α,β は IIR フィルタの係数である。こ れらのパラメータにより,現在時刻のマハラノ ビス距離に対する危険度 D(n) の感度を調整でき る。 Step 3:水質正常時の T d [s] 間における D(n) の平均値 Dd と,標準偏差 σd を算出する。 Step 4:危険度 D(n) が警報閾値 DTH (DTH = Dd + γσd ) (a) Filming a video (Frame late:F [fps]) を越えたときに警報を発する。 4. 実験方法 提案システムの有効性を確認するために,まず,試験魚 の運動を拘束して遊泳による影響を低減した状態で呼吸波 を計測可能か検証し,次に,エタノールを用いた水質汚染 判別実験を行った。以下,実験方法および実験条件につい て述べる。 (b) Picking out a brightness of fish and 〈4・1〉 呼吸波計測実験 calculating the center point 体長約 25 [mm] ゼブラフィッ シュ7 匹 (Fish A, …,Fish G) を計測対象として,提案シス テムが呼吸波を計測可能か検証した。計測電極は拘束した 魚の真下に L 個配置し,拘束には各魚の形状に合わせて加 工したガーゼを用いた。以下に,信号計測に関する実験条 件を示す。 • 計測水槽部 電極数: L = 2 水量: 400 [ml] • 生体信号計測部 (c) Calculating the velocity by using differential filter サンプリング周波数: fs = 1000 [Hz] Fig. 4. Methods of swimming velocity analysis バンドパスフィルタ: n = 6, flow = 1 [Hz], を表す指標である fhigh = 10 [Hz] (25) ため,正常な水質における fmax (n) と V(n) を正規母集団とすることで,未知の水質の状態をマハ 時間窓: N = 30000 ラノビス距離で評価することができる。提案法では汚染判 別のためのマハラノビス距離 M(n) を以下の式で定義する。 M(n) = (I(n) − µ)T −1 (I(n) − µ)· · · · · · · · · · · · (5) AR モデル: 次数 K = 400, 解析時間窓 T w = 30 [s], オーバーラップ T o = 20 [s] 〈4・2〉 呼吸頻度と遊泳速度の同時計測実験 呼吸頻 度と遊泳速度の関係を調べるために,水槽内を魚が自由遊 泳している状態で呼吸波と行動を 60 分間計測した。計測対 なお, I(n) = [ fmax (n), V(n)]T は時刻 n における fmax (n) と 象は呼吸波計測実験に用いた個体とは異なるゼブラフィッ V(n) のベクトル,µ = [ f¯max (n), V̄(n)]T は水質正常時におけ る fmax (n) と V(n) の平均値ベクトル, −1 は水質正常時に おける fmax (n) と V(n) の共分散行列の逆行列である。 シュ3 匹 (Fish a, Fish b, Fish c) とした。システム各部のパ ラメータと実験条件は以下のように設定した。 • 計測水槽部 このようにして,正常な水質における信号と行動の情報を 電極数: L = 25, 格子状 (5 × 5) に配置 (Fig. 2 参照) 基準となる正規母集団とし,水質監視を始めた後の信号と 水量: 400 [ml] 行動の情報を標本とみなすことで水質の状態をマハラノビ • 生体信号計測部 ス距離の大きさで評価できる。以下に提案汚染判別アルゴ 〈4・1〉呼吸波計測実験の条件と同様 リズムを示す。 • 遊泳行動計測部 Step 1:水質が正常の状態で T d [s] 間計測した fmax (n) を水質正常時の母集団とし,時刻 n における マハラノビス距離 M(n) を算出する。 Step 2: M(n) の突発的な変化を抑えるために,以下の式 で示される 1 次の IIR フィルタに M(n) を入力 し,危険度 D(n) を算出する。 フレームレート: Fb = 60 [fps] ローパスフィルタ: m = 3, fcut = 0.01 [Hz] なお,水深方向への魚の移動が水平方向の遊泳速度算出 に影響を与えないように水深は従来文献 (26) にもとづき約 20 [mm] とした。 〈4・3〉 水質汚染判別実験 D(n) = αD(n − 1) + βM(n)· · · · · · · · · · · · · (6) 提案システムを用いて水質 汚染の判別ができるか確認するために,計測水槽内に断続的 1619 IEEJ Trans. EIS, Vol.133, No.8, 2013 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) に化学物質を投入することで水質汚染を人為的に引き起こ した。投入する化学物質はオンラインデータベース「ECO- TOX」(http://cfpub.epa.gov/ecotox/advanc ed_query.htp) を参考に半致死濃度 (LC50 ) が比較的高い (毒性が弱い) エタノールを採用した。 計測対象は〈4・1〉と〈4・2〉で用いた個体とは異なるゼブラ フィッシュ10 匹 (Fish1, …,Fish10) ,計測時間は 50 分間と した。監視対象の水源に混入した汚染物質が徐々に流入す る状況を想定し,10 分ごとにエタノール濃度が 0.5[%] 増 加するように消毒用エタノールを試験水に投入した。また, コントロール群として,同様の実験条件において,別のゼ Fig. 5. Examples of ventilatory signals (Fish A) ブラフィッシュ5 匹に対して 10 分おきに脱塩素水を 2 [ml] ずつ投入する実験を行った。脱塩素水とは魚を飼育するた めに水道水を数日間取り置きし,水中の塩素濃度を低減さ せた水である。システム各部の設定は〈4・2〉と同様であり, 水質汚染判別部は以下のように設定した。 • 水質汚染判別部 基準データの取得時間: T s = 5 [min] IIR フィルタ係数: α=0.99,β=0.01 警報閾値係数: γ=8 なお,警報閾値を算出するための T s は水質正常時 10 分間 のうち,前半 5 分間の計測結果を使用した。これは,後半 5 分間において,水質が正常と正しく判別されるか確認す るためである。 5. 結果と考察 〈5・1〉 呼吸波計測実験 実験結果の一例として Fish A における計測結果を Fig. 5 に示す。Fig. 5 (a) は計測された 信号波形の一例で,Fig. 5 (b) は周波数スペクトルの時間推 移を示している。ここで,PSD の大きさはグレースケール にて表示しており,白色に近くなるほど値が大きい。この 結果より周期的な信号である呼吸波 (8) を計測できているこ Fig. 6. Experimental results of RMS and peak frequency とが確認できた。 次に,個体差を検証するために呼吸波の振幅情報を表す実 効値 (RMS) および周波数情報を表すピーク周波数 fmax (n) 〈5・2〉 呼吸頻度と遊泳速度の同時計測実験 を算出した。また,バラツキの大きさを表す変動係数 (CV ) Fig. 7 に 遊泳速度と呼吸波のピーク周波数(呼吸頻度)について計 をそれぞれについて算出した。なお,CV は以下の式で計算 測した結果を示す。図において,各点は 30 秒間平均の呼 できる。 吸頻度と遊泳速度を示している。図より,遊泳速度と呼吸 CV = σ · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (7) z 頻度との間に弱から中程度の相関が認められた。Bagatto et al. は,ゼブラフィッシュの稚魚を水が一定速度で流れる筒 ここで,z,σ は RMS, fmax (n) の平均値と標準偏差を表 の中に入れ,魚の遊泳速度と酸素消費量を計測した。その す。Fig. 6 (a) は各試験魚の RMS の平均値とその CV であ 結果,両者の間に相関関係が存在することを発見した (27) 。 り,Fig. 6 (b) は各試験魚の fmax (n) の平均値とその CV であ 酸素を取り込むための呼吸頻度が遊泳速度に相関している る。Fig. 6 (a) より,試験魚間で RMS の平均値の大きさが という実験結果はこの従来知見と一致する。 異なるが CV は平均値から標準偏差の 0.2 倍しか変化してい また,Bagatto et al. (27) は遊泳トレーニングの経験によっ ないことがわかる。また Fig. 6 (b) より,試験魚間で fmax (n) て酸素消費量は異なることも報告しており,これが Fig. 7 の値の大きさが異なるが CV は RMS 同様 0.2 以下であり, にみられるような相関の個体差の原因であると考えられる。 変化が少ないことがわかる。以上のことから,呼吸波の振 以上より,呼吸頻度と遊泳速度の間の共分散を考慮したマ 幅と周波数は個体によって値が異なるが,水質正常時には ハラノビス距離を用いて,試験魚の状態を表現する必要性 同一個体内の変動は少ないことが確認できた。 が示された。 1620 IEEJ Trans. EIS, Vol.133, No.8, 2013 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) Fig. 7. Relationship between peak frequencies and swimming velocities Fig. 9. Resulted hazard index for each test fish (γ= 8) に示す。図は上から,投入したエタノールの濃度,ピーク 周波数 fmax (n),遊泳速度 V(n), fmax (n) と V(n) を用いて 算出したマハラノビス距離 M(n),および, M(n) に対して IIR フィルタをかけた危険度 D(n) の結果である。図より, fmax (n) と V(n) はエタノール濃度の変化に伴い変動してお り,M(n) と D(n) は 10 [min] 以降で増加傾向にあることが 分かる。この傾向は,Fig. 9 に示すように全個体に共通し て観測された。また,D(n) は M(n) と同様の変化を示して いるが,M(n) で見られるような突発的な変化が軽減されて いることが分かる。 ここで,全計測時間中のエタノール濃度が増加する 10 分間毎の D(n) の平均値を算出し,魚の飼育に用いている 脱塩素水を投入したコントロール群と比較した。その結果 を Fig. 10 に示す。図において,黒の棒グラフで示すコン トロール群は,D(n) が大きく変化してないことがわかる。 エタノールを投入した場合とコントロール群の 10 分間ご との D(n) を Welch の方法による t 検定を用いて比較する Fig. 8. Examples of experimental results (Fish1) 〈5・3〉 水質汚染判別実験 と,10-20 [min] の時間帯以降全ての時間帯の間に有意水準 1[%] の有意差が確認できた。なお,どちらも水質の状態が 正常である 0-10 [min] の時間帯では有意差はない。この結 果から,エタノールの影響によって D(n) が変化したことを 実験結果の一例として Fish1 の全計測時間における各指標と危険度 D(n) を Fig. 8 1621 IEEJ Trans. EIS, Vol.133, No.8, 2013 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) Fig. 12. Alerting time of each alerting threshold γ Fig. 10. Relationship between maharanobis distance of ethanol and control group 0-10 [min] の D(n) とそれ以降の D(n) の間に有意水準 1[%] の有意差が確認できた。以上より,警報閾値 DTH に適切な 値を設定することで警報が発せられることを確認できた。 次に,汚染判別の閾値に関するパラメータが判別に及ぼ す影響について検討する。警報閾値 DTH の係数 γ の値をそ れぞれ変更したときの警報を発する時間の平均値と標準偏 差を Fig. 12 に示す。図より,γ の値を下げると警報を発す る時間も早くなることがわかる。しかしながら,γ=6,7 の (a) Behavioral analysis movie before (b) Behavioral analysis movie after drop- dropoing ethanol in the measure- ping ethanol in the measurement ment aquarium (interval of 10 [s] aquarium (interval of 10 [s] from まう個体がいることを確認した。また,γ=11,12 の場合に from 5 [min]) 45 [min]) は全計測時間 50 [min] で警報を発さない個体がいることを 場合には水質正常時 0-10 [min] の間に警報が発せられてし Fig. 11. Comparison between before dumping ethanol and after dumping ethanol (Fish1) 確認した。これらの結果から,本論文の実験条件下におい ては γ=8,9,10 のうち一番早く警報を発することができる γ=8 が適切な閾値の条件であることがわかった。 〈5・4〉 一定のエタノール濃度環境下におけるゼブラフ ィッシュの反応 〈5・3〉より,汚染物質の混入濃度が増加 確認できた。 Fish1 において,危険度 D(n) が警報閾値 DTH (γ=8) を 超えた時刻は実験開始後 12 [min] であり,エタノール濃度 が 0.5[%] になった直後で汚染と判別できた。 fmax (n) の 010 [min] の前半の時間帯に注目すると,魚の遊泳行動などの しながら流入する状況において,提案システムは魚の呼吸 頻度と遊泳速度の変化から汚染を検出できることが確認さ れた。しかしながら,この変化がエタノール濃度の増加に 影響によるものと考えられる突発的な変化が見られる。ま よるものか,エタノールが存在する水槽の中で長時間,遊 た,40-50 [min] の時間帯における V(n) は 0-10 [min] の水 泳した影響によるものかは不明である。そこで,計測開始 質が正常な時間帯とほぼ同程度である。Fig. 11 (a) は 5 [min] から 60 分まで脱塩素水の中に魚を遊泳させ,その後,濃度 から 10 秒間(エタノール投入前),(b) は 45 [min] から 10 が 1[%] となる量のエタノールを投入して一定に保ち,合 秒間(エタノール濃度 2% )の遊泳軌跡を示しているが,こ 計 120 分間遊泳行動と呼吸頻度を計測した。その他の実験 れらの間に大きな違いは観測できない。この結果は,呼吸 条件は〈5・3〉と同様とした。ゼブラフィッシュ3 匹の実験結 波のピーク周波数 fmax (n) もしくは遊泳速度 V(n) のどちら 果を Fig. 13 に示す。各図は上段からエタノール濃度,呼吸 か一方のみに着目していると,誤判別を引き起こしてしま 頻度,遊泳速度,マハラノビス距離,危険度である。図よ う可能性を示唆している。これに対して,提案法が用いて り,10 分ごとに 0.5[%] ずつエタノール濃度を増加させた いる指標 M(n) と D(n) では fmax (n) の突発的な変化や V(n) 場合にほとんどの個体で観測された危険度の持続的な上昇 の減少を抑えられていることが分かる。エタノールを投入 は観測されなかった。したがって,この反応はエタノール した際の D(n) に対して分散分析を行った結果,全体に有意 濃度が断続的に増加した場合に起こる現象であることが示 水準 1[%] の有意差が確認できたため,多重比較を行うと, された。 1622 IEEJ Trans. EIS, Vol.133, No.8, 2013 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) Fig. 14. Distribution of velocities and ventilatory frequencies after water contamination を示さず,汚染物質への耐性や順応に関する個体差が判定 結果に影響してしまうためであると考えられる。汚染濃度 が低く保たれた状態において,どのようにして個体差を考 慮するかについては,今後,複数個体を用いた多数決によ る判別法などの導入を検討する必要がある。 また,Fig. 13 (a),(b) より,この実験条件では呼吸波の変 化は小さく,遊泳速度に比較的大きな変化が見られること が分かる。Fig. 14 に Fish ii におけるエタノール投入後の呼 吸頻度と遊泳速度の分布を示す。図中,破線の楕円は基準 データの分布から算出された危険度の閾値に相当する信頼 楕円である。この信頼楕円外部にプロットされた点によって 水質が汚染されていると判別される。信頼楕円の左上外部 に多くの点が集まっていることから,呼吸頻度だけでなく, 遊泳速度が水質正常時から離れたことによって危険度が上 昇していることが分かる。以上の結果は,遊泳速度が汚染 を判別するために重要な情報であることを示す例である。 6. ま と め 本論文では小型魚類を対象とした水質汚染監視システム を提案した。提案システムは,非接触・非拘束状態で自由 遊泳中の試験魚の生体電気信号と遊泳行動を同時に計測す ることで,呼吸頻度と遊泳速度から算出した危険度を用い て水質汚染判別を行う。実験の結果,断続的にエタノール 濃度が上昇する実験条件においては,適切な閾値を設定す ることで水質の汚染を判別できることを確認した。 今後は,実際に提案バイオアッセイが運用される環境を 想定して,水質汚染の原因となる化学物質を用いて長時間 の汚染判別実験を行い,最適な基準データの取得時間と γ の決定法について検討する。また,汚染物質に対する反応 の個体差を考慮して,汚染物質の濃度が低く保たれている Fig. 13. Water contamination experiments under ethanol concentration of 1[%] 場合に対しても的確な判別ができるよう複数個体による汚 染判別システムを構築する必要がある。実用化に際しては, 〈5・3〉と同様に γ = 8 と設定すると Fish i は汚染後約 40 魚介藻類が入った飼育用水槽と計測用の水槽を別々に用意 分,Fish ii は汚染後約 8 分に汚染と判別された。一方で Fish して通常は魚介藻類が入った水槽で試験魚を飼育し,バイ iii については計測時間内に危険度 D(n) が閾値を超えず,汚 オアッセイを行う時に試験魚を計測用水槽に移すなど,飼 染されたことを判別できなかった。これは,エタノールの 育時の魚のストレスを軽減する手法についても検討する予 濃度が低く保たれている実験条件では,魚は画一的な反応 定である。 1623 IEEJ Trans. EIS, Vol.133, No.8, 2013 水質監視用バイオアッセイの開発(曽智,他) 謝 辞 本研究で用いたゼブラフィッシュは広島大学大学院生物 圏科学研究科・吉田将之准教授にご提供いただいたもので あり,ここに御礼申し上げます。また,システム構成や汚 染判別方法などに関して貴重なご意見をいただいた広島大 学大学院工学研究院・栗田雄一准教授に御礼申し上げます。 本研究は JSPS 科研費 20115010 の助成を受けたものです。 文 献 ( 1 ) 国土交通省: 「平成 22 年全国一級河川の水質現況の公表について」 (2011) 「米国の同時多発テロ」を契機とする国内におけるテロ ( 2 ) 厚生労働省: 事件発生に関する対応について」 (2001) ( 3 ) 鈴木基之・内海英雄: 「バイオアッセイ水環境のリスク管理」,講談 社 (1998) ( 4 ) U.S. EPA: Whole Effluent Toxicity: “Guidelines Establishing Test Procedures for the Analysis of Pollutants”, Federal Register, No.60 (1995) ( 5 ) I. J. Kang, J. Moroishi, A. Nakamura, K. 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