...

2011年受賞作(YD petit No.21)

by user

on
Category: Documents
9

views

Report

Comments

Transcript

2011年受賞作(YD petit No.21)
YA大賞
2011
短編小説編
YD
petit
vol.21
橋本図書館YA機関紙
『Youthful Days』号外
H23.10.1 発行
目次
○YA 大賞2011 受賞作品・・・3P
○受賞作品へのコメント・・・・4~5P
◆
○大賞
◆
◆
受賞作品
『唄わないオルゴール』 アキ@・・・・6~8P
○リサ賞 受賞作品(YA 担当者賞)
『紫陽花のきみ』 飛鳥・・・・・・・9~10P
○ラプンツェル賞 受賞作品(YA 担当者賞)
『HOT』
ポスト・・・・・11~12P
○更級賞 受賞作品(YA 担当者賞)
『Gradation』
龍華・・・・・・13~15P
◆
◆
◆
○編集後記・・・16P
受賞作品発表!!
YA大賞も7回目となり、今年は18作品とたくさんのご応募をいただきました!
今年の選考は困難をきわめ、どの作品が大賞をとってもおかしくありませんでした。その
中から、受賞作品は次のように決定いたしましたのでご報告いたします。
大賞
副賞/図書券
『唄わないオルゴール』
アキ@/著
YA担当者賞
◎リサ賞
副賞/図書券
『紫陽花のきみ』
飛鳥/著
◎ラプンツェル賞
副賞/図書券
『HOT』
ポスト/著
◎更級賞
副賞/図書券
『Gradation』 龍華/著
授賞式のお知らせ
YA大賞2011の授賞式を兼ねた座談会を下記の通り行います。受賞者を囲んで
作品のこと、思っていることなど自由に語り合う会です。中高生ならどなたでも参
加できますので興味をもたれた方、お待ちしています!
記
日時 : 2011年10月16日(日) 午後1時~
場所 : mewe 橋本5F コミュニティールーム
(お問い合わせ
:
相模原市立橋本図書館
TEL
042―770-6600/YA担当まで)
3
作品を読み終えて・・・
今応募作品数は18作品で、去年よりは少ないものの、例年に比べると応募数は多く、
YA大賞がみなさんに定着しているのだとうれしく思います。
今年は高校生の作品が多く、中学生と9作品ずつとなっていました。内容としては同
じテーマ性の物が多く、ジャンルも似ていたため、スタッフ内でも評価がわかれ、選考
は大変難しいものがありました。しかしその中で、各々のセンスを生かされていた作品
が受賞しました。
◆◆◆投票した橋本図書館スタッフのコメントをご紹介します。◆◆◆
大賞受賞作品
『唄わないオルゴール』
●夏休みの日記に書きそうな内容の作品でありながら、所々の表現が細かく自分が実際
に体験しているように感じられ、どことなく郷愁を感じられる作品です。
・・・ほんわかと心が暖かくなるお話でした。文章もしっかりしていて読みやすかった
です。
・・・勉強に疲れた様子、田舎での祖母との対面などがよく描かれていると思います。
電車で乗り過ごしたらいけないと思いつつうとうとする場面もよく描けていると思い
ます。
・・・誰かに見守られているという安心感が繊細な年頃の子には大切な力になるのでは
と思いました。
・・・話を読み終わった後の余韻が良かったです。限られた文字数の中で広がりのある
世界観が見えました。
・・・主人公のおばあちゃんへの愛情が素直に嬉しかったです。今の中高生の家族への
繋がりがどんなものなのか想像できずにいたので、かいま見られたようでうれしかった
です。
4
リサ賞受賞作品
『紫陽花のきみ』
●詩的な表現のため、一定のリズムで読むことができ、短いながらもきれいにまとまっ
ている作品です。
・・・4ページと短いですが、それがかえって物語を冗長にすることなくワンシーンを
あざやかにまとめていると思います。高校生独自のストーリー、読んでいて気恥ずかし
くもあり、でも微笑ましくてどきどきしながら読んでしまいました。
・・・全編通して一定のリズムで書かれているようで、最後まで流れるように読むこと
ができました。言葉の選び方が綺麗だと思います。
・・・雨の降る教室に一種の幻想的な雰囲気を感じさせる作品。主人公の心理が出る部
分は胸を締め付けられる切なさを感じました。
ラプンツェル賞
『HOT』
●昨年、一昨年と担当賞を受賞している作者の作品です。今作も身近なワンシーンをリ
アルに感じられる文章力の高さが評価されました。
・・・いい人だけど気がつかない先輩と、文句があるけど言わない後輩達の微妙な関係
が面白かったです。
・・・表現が上手く日常のささいな出来事がとてもおもしろい物語になっているなと感
じました。心理描写だけでなく、夏の暑さやたいやきの様子がすごく伝わってきました。
・・・書き出しになんとなく引き込まれ、アッという間に読み終えてしまいました。裏
のうらというか奥深い意味合いを想像してしまい、何度も読み返してしまいました。
更級賞
『Gradation』
●タイトルと内容が一貫していて、一つ一つの表現を色で表しながらも、それが伝わる
表現力が受賞の決め手でした。
・・・タイトルの「Gradation」が絵、空、心、顔と各所にちりばめられ一貫
性を感じました。
・・・情景描写がたくみで、目に浮かぶようでした。描写がよいことが、展開するドラ
マにも好影響を与えているのではないでしょうか。
・・・冒頭の数行から、美術室独特の油絵のにおいや、薄暗さ、静かさ、ほこりっぽさ
が鮮明に思い浮かびすごく情景描写が上手だと思いました。色んな色のグラデーション
がでてきて楽しかったです。
5
『唄わないオルゴール』
アキ@
タオルに包まれたオルゴールは、数年前に聴いたきり、一度も唄わないままだった。
俺はごくごく普通の中学三年生で受験生。
自分の中の中ぐらいの偏差値を少し上げて中の上ランクの高校を俺自身は目指している。
だけど、出来のいい兄と普通の俺を比べた親は、今年の夏休みから更に上ランクの高校に行か
せようと塾に俺を行かせた。
塾のお盆休みがない限り殆ど俺は足を運んでいることになる。…そして今日が休みの日。
「あー…暑い、眠い…」
ほぼ無人の最寄り駅に俺は一人佇んでいた。
電車が来るまであと五分あまり。目的地は父方の祖母ちゃん家。
両親と兄は忙しいとかで、墓参りに行けないので俺が代表して行くことになった。一昨年亡く
なった祖父ちゃんの墓参り。俺一人で。
隣の県だし距離はそう遠くない。塾三昧の俺のちょっとした気分転換だ。
暇潰しに持ってきた漢検の教本を流し読みしていると、電車が止まる。
ガラガラの座席に腰掛けると早起きした所為か、夢の中に旅立つ。
心地いいリズムが刻まれて、家で寝ているときよりもとても落ち着く。
…このまま乗り過ごしたら、乗り換え、面倒になる…な…。
次に俺が目を覚ました時、結構な数の乗客が居た。電子表示を見ると、次は俺が降りるべき駅
の名前。
よかったよかった。俺は胸を撫で下ろした。その後、数回乗換えをして祖母ちゃん家の最寄り
駅に到着。無人の駅とも言えるそこの時計を見ると、出発してから二時間が経っていた。
昨夜祖母ちゃんが畑に寄るように言っていたことを思い出す。そこでは、トマトとか、とうも
ろこしなどを作っているらしい。因みにとうもろこしを漢字で書くと玉蜀黍って書くらしいよ。
ザリガニが住んでいそうな川、稲が風でそよぐ田んぼの先で祖母ちゃんが待っている。
「ばあちゃーん!来たよー!」
出来るだけ大声で言うと、祖母ちゃんがこちらに手招きをした。
俺は熱々のコンクリートの上に荷物のエナメルバックを置いて駆けて行った。
祖母ちゃんは目の前に立つ俺に笑う。
「よく来たねぇ。収穫、手伝っておくれ」
見ると祖母ちゃんの手には、とうもろこし三本を乗せた浅めの籠が握られていた。
俺が目利きをして六個のトマトを収穫した。
「今日の仕事は終わりだあ、家に帰ろう」
「じゃあ荷物、持ってくる」
改めてバッグを背負って、先を歩く祖母ちゃんに追いつく。165前後の俺より少し小さい背
丈の祖母ちゃんの隣を。
「折角来たんだから、今日はのんびりしようねえ。でも祖父さんにはちゃんと挨拶をしなきゃ
あ、駄目だ」
そう言われたので俺は、木造の一軒家に着くなり祖父ちゃんの仏壇に手を合わせたら、弱弱し
いけど暖かい祖母ちゃんの手で頭を撫でてくれた。
「偉い、偉い。ほうら、麦茶でも飲みな」
「ありがとう」
おぼんに乗せた麦茶色のコップを、一人で使うには大きすぎるちゃぶ台の上に置く。
冷えていて美味しい。これなら何杯も飲める気がする。火照る体がゆっくりと冷えた。
ふと祖母ちゃんを見ると、視線が開いたままのバッグに向けられていた。
6
「どうかした?」
「ここまで来て勉強なんかしなくてもいいんよ。勉強なんか忘れて楽しみになさいな」
「でも、」
母さんにも父さんにも怠けちゃいけないって言われたから。そう言う前に祖母ちゃんは勉強道
具一式を取り出して言った。
「祖母ちゃんはお前に楽しんですごして欲しいんだあ。これは、明日返すから」
俺はもう何も言えなくなって一度頷いた。
無理してるって分かってくれていたのかな。
その後、一緒にお昼を食べて、縁側でひなたぼっこ。
その間俺が一方的に話していたけど、祖母ちゃんはただただ耳を傾けてくれていた。こんなに
多く話したの、久しぶりだ。
夜。夕飯は手伝わなくて良いからくつろいでおいでと、背中を押された俺は家の中を回ってみ
ることにした。
歩いてみると分かる。俺、成長したんだ。
改めて見ると、小さい頃は何もかもが大きく見えて、ここで遊ぶのが楽しみだった。
それが少しだけ寂しく、少しだけ大人になったんだと思った。
「夕飯ができたよーお」
祖母ちゃんに呼ばれ、月明かりが差し込む廊下を戻る。
人工的な光の居間に入ると、料理されたトマトと、茹でたとうもろこしが。
「いただきます」「はい、いただきます」
祖母ちゃんは腰を上げて仏壇にとうもろこしを一本供えた。前で合唱をする祖母ちゃんの背中
は、泣いているように思えた。
寂しくないわけ、ないよな。
俺は、そおっととうもろこしにかぶりつく。
夕飯を終えると祖母ちゃんが呟いたように言う。
「約束、覚えているかい?」
「うん。ちゃんと持ってきたよ」
バッグに手を伸ばして中を弄る。タオルに包まれたそれを大事に出す。
タオルを払いのけるようにすると中から掌サイズの箱が一つ。箱の側面から手動式のぜんまい
が伸びている。
これは昔、父さんがくれたオルゴールだ。
祖母ちゃんは優しくそれを持つと、愛おしいものを見るように目を細めた。
「もう錆びれて回らないんだ。音なんか聞こえないよ」
「…そうかい」
切なそうにオルゴールを、さっき祖母ちゃんが俺にしてくれるように撫でた。
「何で持っておいでなんて言ったの?」
尋ねても祖母ちゃんは答えを返さない。
音、聞きたかったのかな。ちゃんと手入れでもしておけばよかったのかな。
「俺、その音歌うよ。聞いて、祖母ちゃん」
俺の下手な歌声は届くだろうか。
唄っているうちに、自然と笑顔になる。
いい気分のまま唄い終わると、祖母ちゃんが俺に優しく微笑んでいた。
「ば、祖母ちゃん」
「…優しい音色だあ。ありがとう」
元気になってくれたようで俺は嬉しかった。
「そろそろお風呂でも入っておいで」
「ありがとう祖母ちゃん」
お風呂から上がると洗ったばかりで湿っている髪の毛を柔らかな白いタオルでわしゃわしゃと
拭いた。
7
そうしていると、うつらうつら眠くなってきて、自然乾燥をさせている間に歯磨きをして祖母
ちゃんが敷いてくれた布団に倒れる。
……おやすみなさい、祖母ちゃん…。
開放された戸からのまぶしい光で目を覚ました俺は、着替えて居間に向かう。
「おはよう祖母ちゃん」
「おはよう。朝御飯、出来てるよ」
祖母ちゃんの卵焼きは、俺の好きな甘さであっという間に完食した。
自宅に帰る今日は、祖父ちゃんの墓参り。
歩いて十分の所にある墓へ、花を持った祖母ちゃんと歩く。
「祖父さんも喜ぶわあ」「だといいなぁ」
雑草が茂る中、祖父ちゃんはそこに居た。墓石は光を浴びていて熱そうだ。桶の中の水で冷や
しあげる。祖母ちゃんは花を生けた。
火をつけた線香をあげ終えると祖母ちゃんと俺は合掌。
…祖父ちゃん。俺だけでごめんなさい。俺、今年受験なんだ。やれるところまで頑張るから祖
父ちゃんも空で見守っていて下さい。
閉じた目を開けると、祖父ちゃんが俺に向けてくれた笑顔を思い出して泣きたくなった。
「じゃあ、帰ろうか」
「…うん」
家に着いた俺は帰り支度に追われていた。
えーっとタオルも、服も入れたし…。
「これを返さなくちゃねえ」
勉強道具。そういえば預られていたんだ。
「ありがとう。あ、オルゴールは…」
「そう心配なんかしなくても大丈夫だあ。ちゃんと持っていきなさい」
渡されたそれを俺は大事に抱きかかえる。祖母ちゃんにとっても俺にとっても、大切な宝物な
んだ。
わざわざ駅まで祖母ちゃんは送ってくれた。電車が来るまであと少し。祖母ちゃんがいう。
「ば
あちゃんは何でも応援したげるから思う通りにやりなさい」「…うん」
「いつでも待っているから、またおいで。あと、電車でオルゴール聴いてごらん。
「え、でも、」
「きっと唄ってくれるさ」「…分かった!」
俺は止まった電車に乗り込む。閉まったドアの向こうで、俺を見つめていた。
数名乗っているがそんなの関係なしに手を祖母ちゃんに振る。
ありがとう、絶対にまた来るから!
俺は端っこの座席に座って、祖母ちゃんの言う通りオルゴールを聴いてみる。
「わ…音が……!」
音は小さいけれど、いつかのように唄った。
懐かしい音。昨日の俺よりずっと良い。
俺はその音色を耳を澄まして聴いて、不思議なとても暖かい気持ちになっていった。
8
『紫陽花のきみ』
飛鳥
紫陽花が雨の恋人となる季節。
「ねぇ、岩切」
窓枠の外で色とりどりの傘が一斉に咲く。
「なんだよ」
降り始めた雨は、傘の花を一層強くうつ
「キレイ、だね」
「何がだよ」
岩切がノートから顔をあげてこちらを向く。私の視線をたどるようにして外を見た。
「雨」
「そうか?」
わからない、というように首をかしげノートに向かう。
「うん、キレイだよ」
私も正面を向く。
午後4時48分
私と岩切しかいない教室は、昼間を動物園とするなら水族館のような静けさだ。
「お前、変わってるな」
もう一度岩切が顔をあげる。
ふいに視線が交差した。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「そのつもりなんだが」
「そ」
期末試験まであと3日。
放課後、こうして残ってテスト対策の勉強をしている。ねぇ、岩切…。
「なんか間違いとか、おきてもよさそうなのにね。 あっ、そこまちがってる」
生徒側の岩切は前回の単元テストのやり直し。
「おっ!ホントだ。ってか何の話だよ」
先生側の私は紅茶を片手に間違い直し。
「シチュの話だよ」
「シチュー?なんで今シチューの話なんだよ」
「今日の夕飯がさぁ…じゃなくて、シチュね。あっ、惜しい!そこ、人偏じゃなくて木偏!」
「しちゅ?」
消しゴムをかけながら、カタカナに変換できずにいる。
「シチュエーションの略。Are you Ok?」
「そーいうことか。All right.あっ、ここって…」
解答用紙の終りの方、空欄を指さす。
「あぁ、そこね。この年これがおきるから…」
「ん~っ…これか?」
「そう、それ」
「よしっ。…じゃなくて、なんで間違いが起きそうなんだ?」
う~んと、もう一度外へ視線を移す。
いまだに雨はキレイに澄んだ音を奏でる。
9
「 放課後 」
「 静かな教室 」
「 テストべんきょー 」
「 向かい合わせ 」
「 ふたりきり 」
「ほら、王道シチュエーション?」
重く垂れこむ雲の奥に青い空が顔を見せる。
「神田は……」
岩切が躊躇するようにおもく口を開く。
「間違い、なんて…おきてもいいのか?」
ノートに向かっているせいか、少し伏し目がちな岩切。
「どうだと思う?」
また、だ。
「さぁ、な」
視線がなんの前ぶれもなく交差して、離せなくなる。
紫陽花が雨の恋人となる季節。
「ねぇ、岩切」
窓枠の奥を歩く色とりどりの花は一斉にしぼんだ。
「なんだよ」
涙色だった空はもう、笑っている。
今のくちづけ、間違いなんかじゃないよね?
10
『HOT』
ポスト
なんてことするんですか。常識ないんですか。先輩のモラルを疑います。私たち後輩のことを、
なんだと思っているんですか。頭の中で罵倒をしても、状況はなにも変わらなかった。窓全開、
扇風機ぶんぶんの部室は、まあ当然のように熱い。暑い、じゃなくて熱い。このニュアンス分か
ってくれるだろうか。熱いんだよ。
「あれ、食べないの? もしかして嫌いだった? たいやき」無邪気な顔をした先輩が片手に元
凶をぶら下げ、私に微笑みかけた。
「いえ……いただきます」右手にある熱々の塊に目をやりながら、先輩に精一杯の愛想笑いを見
せる。ああ、天使のようだ!
と言われていたあの頃の先輩は今どこに。
たいやき。白目を剥いた黄土色の鯛が、ぼうっと宙をみつめていた。冬ならほかほかと立ち上
がる湯気がよく見えただろう。周囲では私と同じように、部員のほとんどが複雑な顔をしている。
隣に座っている和田に至っては、ちらちら窓の外に視線を投げかけて、たいやきを外に泳がせよ
うとしている。しかし校庭では野球部が練習中だ。残念。
「……正直さあ」和田は先輩に目をやりながら、声を潜めた。
「ひどいよな。この暑さで差し入れ
がたいやきなんて」
「しょうがないよ。先輩の家、たいやき屋さんなんだからさ」
「そうはいってもさあ……」たいやきを顔の前に持ち上げて、溜息を吐く。
「アイスとかだと思っ
てたのに」
その気持ちはよく分かるが、もう皆諦めてたいやきを食べ始めている。唯一救いがあるとすれ
ば、先輩の家のたいやきは美味しい、ということだ。生地はもちもち、あんこはぎっしり。もち
ろん湯気がたつほどホットである。
私はたいやきを紙袋から出し、香ばしそうな尻尾にかぶりついた。口の中いっぱいにあんこの
優しい甘さが広がる。生地は噛むとちゃんと音がした。
「え、おまえそうやって食べんの?」和田が驚いたように言った。見ると、早いことにもう半分
食べ終わっている。たいやきは下半身だけが残っていて、きっと頭部は二口、三口でぱくりとや
られてしまったんだろう。
「まあ、あんたはそうだよね……そう食べそうだなあって思ってた」
「なんだよ、その言い方」
「言っておくけど、それ、ししゃもじゃないからね。鯛だから。頭から食べても頭良くなったり
しないよ?」
軽蔑の視線をこめて「はっ」と笑うと、無視された。虚しくなって私も再びたいやきを食べ始
める。電子レンジの中みたいな部屋で、誰もがただ黙ってたいやきを咀嚼している。傍から見た
ら我慢大会でもやっているのかと思うだろう。ああ、どうしよう。今度は鍋しない? とか先輩
が言ってきたら。
「しかし、こうやってみるとやっぱ性格でるよね。たいやきの食べ方って」なんだか怖くなった
ので、和田に話しかけてみた。奴のたいやきはもはや尻尾しかない。
「あ?まあ、そうだな。どっちかっつうと、神経質な奴はわざわざ尻尾から食べたりするよな」
最後の一欠片を口に放り込み、和田が言った。
「自分ががさつな人っていう自覚、あったんだね」
和田は呆れたように、ふいと顔を逸らし「あ」と呟いた。視線を辿ると、先輩が椅子に腰掛け
て、いつもの優雅な笑みを浮かべていた。しかし、その白い手に収まったたい焼きを見て一気に
血の気が引く。
「せ、先輩……」
それはまさにまな板の上の鯛だった。片方の皮をひっぺがされ、あんこ丸出しでぐったりとし
11
ている。先輩は生地を少しずつちぎりながら、あんこをすくっては口に入れている。思えば私た
ちも悪かった。せっかく先輩が持ってきてくれたものに、ありがとうも言わず、不満ばかりだっ
たのだから。ふいに罪悪感が胸に沸き、先輩に謝ろうと立ち上がる。すると「あ、もう食べちゃ
ったの? まだお腹すいてない?」と、私たちの方を向き、先輩は口許を吊り上げた。なんだか
嫌な予感がする。
「良かったら、今から皆でいいもの食べにいかない?
うちの親戚がやってるお店なんだけど、すっごく美味しいのよ……そこの鍋」
その後、鍋奉行を務めた先輩は終始天使のような笑顔を浮かべていた。
12
『Gradation』
龍華
夕日がさして橙色に染まる美術室。宙を舞う埃が橙色の光に反射してキラキラと光って見える。
こうして見ると埃っぽいこの場所も幻想的な空間に姿を変える。ここにいるのは俺と無口で無愛
想な胸像たちだけだ。会話は当然無いから、この空間で生じる音は筆がキャンバスを走る音だけ。
あとは外から野球部の声と吹奏楽部の演奏が聞こえるぐらいだ。
俺はこの空間が好きだ。目の前の絵だけに集中できる。だが大概の場合、この時間はそう長く
は続かない。
「よーちゃん!!」
ほら、やっぱりな。声の主は走ってきたのか荒い息で俺の元へと駆けてくる。
「あのね、よーちゃん聞いて!」
後輩なのに俺のこと「よーちゃん」と呼ぶこいつは薫。俺の幼馴染。
「なに」
筆を持つ手を動かしながら生返事を返す。どうせいつものように大したことない報告だ。校庭で
可愛い猫を見つけたとか、駅前のケーキ屋さんのモンブランが美味しかったとか。
「あのね、この間の大会に出した絵あるでしょ?私、会長賞とったんだって!」
ピタッ、と手が止まった。今、この間の大会の会長賞って言ったか?薫は嬉しそうに言葉を続け
る。
「すっごく嬉しくてね、一番によーちゃんに報告に来たの」
お母さん達よりも先よ、と薫は微笑んでいた。
この間の大会の会長賞。その言葉がぐるぐると俺の頭の中を回る。俺の狙っていた賞じゃない
か。あれのために夏休みを全て注ぎ込んだ。その大会の会長賞を薫がとった。俺じゃなくて薫が。
「だから今日、お祝いに付き合ってよ。私がおごるからさ」
俺は落ちた。また、薫に負けたんだ。
「よーちゃん?」
薫は確かに才能がある。子供の時からずっと絵がうまかった。それは幼馴染の俺が一番よく知っ
てる。でも、努力したのは俺だ。薫よりずっと時間をかけた。薫よりずっと丁寧に仕上げた。薫
よりずっとずっと努力した。だけど、選ばれたのは俺じゃない。努力も苦労もしていない薫。悪
い冗談にしか聞こえない。
「よーちゃんってばー」
俺だって昔は賞をバンバンとってたんだ。けど、最近は小さな高いでも何も取れない。
『天才』の
名もいつのまにか錆び付いたものになってしまっていた。今や、俺のことを応援してくれる同級
生も、尊敬してくれる後輩もいない。彼ら彼女らの視線の先にいるのは薫。俺が絵を描いても誰
も寄ってこないし、ほめてもくれない。居場所を奪われた。
『天才』の名も奪われた。薫さえいな
ければ賞も『天才』の座も名も俺のものだったのに。全て奪われた。全部、全部。
心がどんどん汚く、黒く変わっていくのが分かった。ずっと抑えていた嫉妬の炎が燃え上がる。
自分ではどうにもできない。気がつけば、折れそうなくらい強く筆を握っていた。
「よーちゃん、聞いてる?」
「うるさいな!!」
大声で怒鳴る薫は肩をびくっとふるわせ、後ずさった。黒い瞳が驚いて真ん丸に見開かれている。
「全部全部、おまえのせいだ」
「よーちゃん…?」
「おまえさえいなければ俺が天才だったのに。会長賞だって俺が取れてたはずなのに。お前がい
るせいで俺は落ちたんだ!」
違う。本当は俺に才能が無いだけ。薫がいてもいなくても俺は会長賞はとれなかっただろう。頭
では分かってるのに。言葉は止まらない。洪水のように次々に飛び出していく。
13
「本当は俺を嘲笑いに来たんだろ?おまえなんかにはとれないんだよって」
「違う…私…」
「俺はおまえみたいに才能だけ持っていて努力しない奴、大っ嫌いだ!!」
薫が息を呑む声がして我に返る。薫の目には涙が溜まっていた。
「っ……」
何かを言いかけて、薫は美術室を飛び出して行ってしまった。一気にまくしたてたせいで息が苦
しい。握った拳も汗をかいている。
「くそっ!!」
強くキャンバスを殴りつけると、それは勢いよく床に倒れた。床に積った埃が舞う。拳には赤い
絵の具がついていた。無愛想な胸像たちが非難するように俺を見ている気がした。
八つ当たりだったって分かってる。でも、自分でもどうにもできなかった。こんなつもりじゃ
なかったのに…。
目の端に描きかけの絵が映る。薫が描いているやつだ。きれいな線の草原の絵。明るい線、暗
い線、青々とした緑に。くすんだ緑。鮮やかなグラデーションが綺麗で、今にも向こう側から爽
やかな風が吹いてきそうだ。こんな絵を描く奴がただの天才じゃないことぐらい分かっている。
薫は『天才』じゃない。人一倍の努力家なんだ。いつも見てた。あいつが何度も何度も描き直し
てるとこ、すごく丁寧に仕上げてるとこ。誰よりも知ってた。だからあんな絵が描けるんだって。
知ってたのに。
緑色のグラデーションを見ているうちに、怒りが虚しさへと変わっていった。
「…何やってんだよ、俺」
靴を手に美術室を飛び出す。運動不足の俺は速く走れなくて、薫に追いついたのは家の近くだ
った。小さな頼りない背中に叫ぶ。
「薫!!」
細い肩がまたびくっと跳ねる。振り向いたあいつの目は真っ赤に充血していた。俺の息はすっか
り上がっていて薫のほうが先に口を開いた。
「よーちゃん、さっきはごめんね。私…」
「薫は悪くない!俺、悔しくて、薫が羨ましくて、それで八つ当たりして…」
うまく言葉が出てこない。汗が伝わってきて目にしみる。額を手で拭って顔を上げると薫が悲鳴
をあげた。
「よーちゃん、血!!」
「え?」
薫は慌ててハンカチを取り出す。薫のハンカチが俺の額を拭う。ハンカチには赤が滲んでいた。
あ。それは…。
「それ、絵の具…」
「え!?」
さっき拳についた絵の具が汗を拭ったときについてしまったようだ。薫は傷一つない俺の額と赤
が滲んだハンカチを交互に見やる。ポカンとした表情がおかしくて思わず噴き出してしまった。
薫はむっとして何か言い返そうとしていたが、結局俺につられて笑っていた。
「…薫。その…さっきは、ごめんな」
「…ううん。大丈夫。もういいよ」
「俺、あんなこと言ったけど、本当はおまえのこと嫌いじゃないからな」
「…本当に?」
「あぁ」
薫の笑顔が本当に嬉しそうにはじけた。
肩を並べて夕暮れ時の道を歩く。辺りはもう暗くなりはじめていた。美術室で見た橙色の空も
14
好きだが、この黒の混じった色も好きだ。下の方から赤、橙、黒と移り変わっているグラデーシ
ョンがなんとも言えない。
隣で薫がほっと息をついた。
「よーちゃんに嫌われたらどうしようかと思った」
「大したことじゃないだろ」
「大したことだよ。だって…」
小さいけどしっかり聞こえた言葉の続きに心臓が跳ねた。俺は、頬と耳の色がピンクへ、そして
赤へと移り変わっていくのを感じた。
15
「YA大賞も今年で7回目かぁ」と少し遠い目をしながら今まで出会ってきたあの作品
この作品たちを思い出す。いつも若いっていいなあと羨望を抱きつつもワクワクしながら
読んできた。
さてさて、今回の作品たちはというと……おやおや少し様子が変わってきたかな?いつ
もは原稿用紙から字が飛び出しちゃいそうなほど活きのいい勢いのある作品があるんだ
けど今年は見当たらない。そのかわり自分の身近なものに題材を求め、じっくりと書き上
げたであろう作品がみうけられる。3月はみんな大変な思いをしたことだろう。作者たち
がそれをしっかりと受け止め、生み出し、ここにやってきた作品達を愛しく思う。ありが
とう。また来年もまってるよ!
ラプンツェル
今年は色々と激動の一年であったため、このYA大賞2011を無事に開催できた事、
そしてみなさんとまた出会えたことを大変嬉しく思います。
さて、今回の内容は話の構成やコンセプトなど多くの作品が似通っており、改めてYA
大賞について考えさせられるものでした。過去を振り返ってみると、同様の作品が多く受
賞していました。作品を書く上で、特に意識したわけでは無いのでしょうが、まったく無
関係というわけではないように思われます。他の図書館員達からは、多くの作品が記憶に
残りづらいといった声も聞えてきました。
では、具体的にどのようにするのか、というのは決まっていませんが、様々なジャンル
や個性的な作品、YA世代が読んで楽しめる作品をもっと評価できるような体制作りに努
めて参ります。(真面目に書いたら硬くなりました(・ω<)☆てへぺろ)
更級
発行
相模原市立橋本図書館
TEL 042-770-6600
FAX 042-770-6601
Email:[email protected]
Fly UP