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●はつらつ高齢者の 8020 カムカムインタビュー はつらつ高齢者の8020カムカムインタビュー 80 歳以上で 20 本以上の歯を保つ「8020」のお元気な方々をご紹介します 8020カ ムカムインタビュー 1 岩 手 県 全身の健康は噛むことから 平成 21 年 12 月 20 日(日)いわて県民情報交流センター「アイーナ」 にて第 11 回岩手県歯科保健大会・フォーラム「歯と健康」を開催しました。 その表彰式典で 「イー歯トーブ 8020 コンクール最優秀賞」および「8020 推進財団理事長賞」を受賞された沼山義明さんにお話を伺いました。 鉱山で有名な釜石生まれの沼山 てこられたそうです。 さんは現在、奥州市水沢区にお住 普段健康に気をつけていること まいで、とても 88 歳には見えない は、朝食後の 30 分のラジオ体操で、 若々しい方です。茶道とお花の教 午後には 30 分の散歩も欠かさない 室を開いている奥様と二人でお住 とのことです。前述の競技を対象 まいです。 としたスポーツを心から楽しむ精 沼山義明さん 神と健康に気遣う継続的な忍耐を 趣味はペタンクと社交ダンス 週に一度は近くの公民館でペタ お持ちだと感じました。 88 歳で 29 本の歯をもつ ンク(目標球に金属製のボールを 投げ合って相手より近づけること 沼 山 さ ん は、 現 在 88 歳 で 29 本 で得点を競い合う誰でも楽しめる を保っておられます。親兄弟は入 スポーツ)を 1 時間半、汗を流し れ歯だったそうですが、ご本人は、 て楽しんでいます。 十数年前に歯科健診で歯周病の疑 ま た、55 歳 か ら は じ め た 社 交 いと診断され、近医の朴澤先生(中 「イー歯トーブ 8020 コンクール」 最優秀賞受賞の様子 歯の健康は食事から 奥様いわく、好き嫌いが全くな ダンスは、アマチュア技能試験で 田町歯科医院)を受診治療され、 いので、何でもおいしく食べてく 最高のファイナルまでいったとの 今では 4 か月に 1 度は定期的に歯 れるとのことです。また若い頃か ことです。ダンスの先生に目標を 科健診を受けているそうです。ま ら、いわしなどの小魚は骨まで食 もって努力するようにと指導さ た、 奥 様 も 8020 達 成 者 で、26 本 べているとのことで、咀嚼力があ れ、 「目標と努力」という沼山さん の自分の歯をお持ちです。 ることは健康に大切だとお話され の大好きな言葉もあって、頑張っ ておりました。また、食後はしっ かり歯みがきをされ、いつも丁寧 に指導をしてくれる歯科医院のス タッフさんに感謝しておられまし た。 これからもお好きなスポーツを 続けながら、健康に気をつけてご 夫婦仲良くお過ごしください。 (岩手県歯科医師会広報委員会常務理事 社交ダンス大会の沼山さん 62 8020 No.10 2011-1 社交ダンスでの「モダン」シルバー級合格証 大黒英貴) はつらつ高齢者の 8020 カムカムインタビュー● 8 020カ ムカムインタビュー 2 福 島 県 けんこう 三世代健口家族 平成 22 年 11 月 14 日(日)福島県文化センターにて、第 13 回『う つくしま、ふくしま。歯の祭典』を開催しました。式典では今回 8020 認定者が約 600 人となり、ご夫婦そろって認定を受けた蓬田次男さん、 和子さんにお話を伺いました。特に奥様は今回 8020 推進財団理事長賞 を受賞しました。 ないとのこと。 また、お孫さんにおかれても地 区の健康イベントで、お口の状態 がよいことなどから、“ダイアモ ンド賞”なるものを獲得するほど の三世代にわたる健口家族といえ ます。 自分のできる範囲で…… 趣味の話を伺うと、お家の庭に ある草花の手入れをすることだそ うで、こちらから、「ガーデニン グですか」と言うと、「そんな大 それた物でありません。自分でで きる範囲で行うこと」だそうです。 ご主人の次男さんは「ほんとう は元の職業柄一番健康管理につい てはうるさいよ ! 普段の買い物な 会場にて左より 金子振福島県歯科医師会会長、蓬田次男さん、蓬田和子さん どは、意識して歩いて買い物して いますよ」と小声で教えてくれま 福島県南相馬市原町区にお住ま した。今回も口腔状態をチェック いの蓬田さんご夫妻は、それぞれ してもらうために歯科医院を受診 警察官、看護師の仕事に従事され、 したところ、8020 の推薦を受けら ご主人の仕事柄、福島県内各地で れたそうです。これからも定期的 の転勤生活を経験され、現在はお に受診し、健口をこころがけてい 子さんの就職を機に地元の原町区 きたいとおっしゃっていました。 普段の健康管理がいかに大切か に戻ってこられ、夫婦水入らずの 暮らしをされています。 受賞式典にて とはいっても、近所に息子さん を教わったひとときでした。 (福島県歯科医師会広報委員会委員長 夫婦がお住まいで常に行き来があ 簡単にお答えいただき、また、歯 るそうです。 が丈夫なのは? とお尋ねします 鈴木直樹) と「三度三度食事の後の歯ブラシ 歯の痛みを知らずに 82 年 です」とこれも私たちにとっては 教科書通りの答えが返ってきまし 何でも奥様の和子さんは生まれ た。 てこのかた歯の痛みを経験したこ 付け加えて「私は小さな頃から とがないとおっしゃっており、 「幸 親に食事後の歯の清掃は当たり前 か不幸かわからない」と笑ってお のことだと教えられ、ただそれを られたのが印象的でした。 実行し、子どもたちにも同様に伝 健康の秘訣はと伺いますと「た え実行をしただけです」と淡々と だバランスよく食べ、体を動かす 話され、お子さんのことも歯の治 ことです」と拍子抜けするくらい 療で歯科医院に足を運んだ経験が 理事長賞を受賞した蓬田和子さん 8020 No.10 2011-1 63 ●はつらつ高齢者の 8020 カムカムインタビュー 8 020カ ムカムインタビュー 3 長 野 県 健康の達人 「第 27 回長野県民よい歯のコンクール(高齢者の部)」の受賞者の中 から、自ら学んだ栄養学や色々な健康法に取り組まれ、8020 どころか、 100 歳で 20 本も十分達成可能な「健康の達人」として、松木クニエさ ん(長野市在住)をご紹介します。 賞状を手に 気を清浄化するために青い木のも のを選んで 13 鉢もの盆栽の手入れ をしています。 合言葉は「お互い 88 歳まで 健康にいよう」 家の中でじっとしていることが ないという松木さんは本当に行動 的で健康な方だと思います。次か ら次へと、紙面に書ききれないほ 松本クニエさん どの健康法を教えてくださる松木 料理はすべて手作り 5 色の食物 かぼちゃ、大豆等、緑はほうれん さんに、ただただ脱帽し、日頃の 草、ブロッコリー等)を毎日の食 自分の不養生さに恐縮する次第で 事に取り入れており、しかも朝食 した。 を大事にし、10 種類の食材の献立 松木さん夫婦の合言葉は『お互 松木さんは、長野市にご主人と にしています。夕食は梅入りのお い 88 歳まで健康にいよう』ですが、 お二人でお住まいです。最初の質 むすびなどで腹五分目ほどにして このような生活を続けてもっと長 問で年齢を伺った時に 81 歳と 5 か おくそうです。 寿を目指して夫婦仲良くお過ごし 月 と お 答 え に な ら れ て、 非 常 に しっかりした方だと思いました。 ください。 趣味はマラソンと盆栽 松木さんは、健康管理の中で、 今井俊彦) 食事がとても重要と考え、長野市 まさに、『医食同源』を実践さ 内の厚生病院で行われている健康 れている、そんな松木さんの趣味 セミナーに 6 年間も通われて、食 はマラソンで、約 20 年間も続いて 事の栄養について学ばれました。 います。現在は少し膝の具合が悪 料理はすべて手作りで、調味料 いので控えていますが、家の中で も砂糖は使わないようにしている はテレビに合わせて柔軟体操や足 そうです。 あげ 50 回を日課にしています。買 その一例として 5 色の食物(黒 はゴマ、ひじき等。白は大根、白 菜等。赤はトマト、人参等。黄は 64 8020 No.10 2011-1 (長野県歯科医師会地域保健部部員 い物も自転車で毎日出かけるとい う元気な松木さんです。 もう一つの趣味は盆栽です。空 インタビュアーの今井先生とともに はつらつ高齢者の 8020 カムカムインタビュー● 8 020カ ムカムインタビュー 4 香 川 県 悔いなき人生を精いっぱい生きる 今回ご紹介するはつらつ高齢者は、溝淵美悠紀さん 81 歳です。昨年 行われた高齢者イイ歯のコンクールで 8020 推進財団理事長賞の一人に 選ばれました。その中にあって、特にお元気に社会的活動をされている 方です。今回、お口と全身の健康の秘訣について伺いました。 元気いっぱいの溝淵さん 生から生かすための人生へと昇華 しつつあるようでした。 作品のパネル 展示会でのスナップショット 夢を持った若者のように お口の健康について伺ってみる 手描き友禅との出会い 中学校で音楽の教師を していた溝淵さん と、若いころから今に至るまで特 別気を使っていたわけではないと 言いながらも、中学校の教え子が 勤めていた時からもう退職後の 人生設計をされていたとか。息子 また、現役時代のキャリアを完 地元で歯科医院を開業すると聞き さんが大学を卒業し、同じ仕事に 全に捨て去ったわけではなく、退 すぐに受診、それ以来かかりつけ 就いたのをきっかけに退職。退職 職後も自宅で声楽スクールを開 となっているそうです。いろいろ してから、念願だった新しい自分 校し、親交のあった方々に声楽の な人と出会い、何でも話を聞いて 探しを始めます。4 ∼ 5 年いろいろ レッスンをしています。音楽教師 みて、自分でも研究し、納得した 考えて出会ったのが、手描き友禅 の頃は、生徒を合唱コンクールで らすぐ実行に移す性格ということ だったそうです。 勝たせるのが一つの目標だったの で、そのあたりが健康に繋がって これだと決めて始めた手描き友 が、現役を離れてからは違った目 いるのかもしれないと強く思いま 禅は、単なるお遊びや年金つぶし 線で音楽に向き合えるようになっ した。 ではなく、人生そのものだと言い たとも言います。生きるための人 お会いして、どんな質問に対し 切るほど。もうそのキャリアも 20 ても非常に情熱的に答えてくれる 年を数え、国内のみならず海外で 姿が印象的でしたが、それは、夢 も数々の賞を受賞し、手描き友禅 を持った若者と話をしているよう 作家、染織家としての地位を築い な錯覚さえ覚えるほどでした。職 たと言えるでしょう。 業柄というわけではなく、つい口 でき上がった織物には、必ずそ 元に目が行ってしまうほど、口元 のモチーフを重ね合わせてご主人 からインテリジェンスを感じさせ が俳句を付けて完成、二人三脚で る素敵な方でした。 作品を仕上げるのが溝淵流。隣の (香川県歯科医師会広報部理事 都倉達生) 家に住むご子息夫婦と共に元気に 支えあって生活されています。 研究のための書庫にて 8020 No.10 2011-1 65 ●はつらつ高齢者の 8020 カムカムインタビュー 8 020カ ムカムインタビュー 5 山 口 県 多彩な趣味でいきいき歯っぴーライフ 山口県歯科医師会主催の「8020 達成者表彰」にて、県内の歯科医院 の先生から推薦された約 250 名の達成者の中から特に優秀と認められ、 平成 22 年度「8020 推進財団理事長賞」を受賞された齋藤サツ子さん (88 歳)に歯にまつわる健康のお話を伺いました。 齋藤サツ子さん 部屋中を飾る刺繍と生け花 部屋中を「刺繍」や「生け花」 で飾られている齋藤さんは、88 歳 で 28 本の健康な歯を維持されてい ます。現在老人ホームで多彩な趣 味を楽しまれ、我々を素敵な生け 花で迎えてくださいました。 生活と趣味 趣味は、刺繍・短歌・お花・お 茶と多彩で、お茶とお花は師範の 免許をお持ちです。一日の大半を 刺繍に費やされ、壁や棚は家族の 写真と共に多くの作品で飾られて います。飾りきれない作品は、ご 家族やお友達に贈られているそう です。 ご家族やお友達もよく訪れら れ、 当 日 も お 友 達 が 吉 川 公 園 で 採ってこられた野の花をテーブル に飾られていました。 歯の健康は手入れから 子どもの頃、お父様から「歯は 66 8020 No.10 2011-1 「良いのは歯だけです」と歯の健 康には自信を持たれています。出 された食事は何でもおいしく食べ られ、医者による食事制限が恨め しい時もあるそうです。 特にリンゴはかぶりつくことが でき、きゅうり、たくあんなどは、 シャキシャキ・バリバリと音を感 じながらおいしく食べられるそう です。時には、「周りの人に聞か れてないかと心配になるくらい音 がするんですよ」とにこにこと話 大切にしろ。歯を抜いたりしたら、 されました。その笑顔にはとって 周りも悪くなるから抜かないほう も素敵な歯が輝いていました。 がよい」と教えられたそうです。 最後に入選された短歌「健やか 歯みがきは、子どもの頃から色々 にと 父は願いて 葉菖蒲と よもぎ な方法を教わったそうですが、今 束ねて 屋根に投げ上ぐ」で、お父 では我流でされているそうです。 様への偲い、家族への想いをお聞 80 歳の頃に歯科医院で「80 歳に きして、インタビューと人生勉強 なられてこの状態なら今更ブラッ をさせていただきました。 シング指導は必要ないだろう」と 歯科医師に言わせるほど、しっか (山口県歯科医師会公衆衛生委員会委員長 弘中良人) り手入れをされています。 毎日、夜はしっかり時間をかけ て磨き、昼間にはコーヒーを飲ん だ後でも頻繁に磨いているそうで す。数年前に一時寝たきりになっ た時も、施設の方々に洗面所につ れていってもらい、歯みがきだけ は欠かさなかったそうです。 歯っぴーライフ お元気そうな齋藤さんですが、 生死の境を彷徨われた経験があ り、若い頃から健康に不安を持ち、 病院とは縁が切れないそうです。 入選作品の短歌 NGO リポート■ NGO リポート・歯科医師の国際貢献 恵まれない環境にある人々へ 歯科医療を提供 フィリピンセブ島における 30 年間の KADVO の活動 特定非営利活動法人神奈川海外ボランティア歯科医療団(KADVO)理事長 山本宗弘 私たち KADVO はフィリピンセブ島において 1982 年の開始以来、30 年間、恵まれない環境にあ る方々に歯科医療を提供することを目的として活動して参りました。この間、同国において口唇口蓋 裂閉鎖手術、歯科衛生士による予防衛生教育活動、タイ国における診療活動、そして、就学困難な学 童に対する教育支援事業を展開するに至りました。この誌面をお借りして、30 年間の活動について報 告させていただきます。 1.KADVO とは 特定非営利活動法人神奈川海外ボ ランティア歯科医療団(KADVO; Kanagawa Alliance of Dental Volunteers Over Seas)の活動は 1982 年に数名の歯科医師がセブ島 に渡り、現地の歯科医療の状況視察 から始まり、1984 年には正式に第 1 回セブフリーデンタルクリニック 小学校入口に掲げられた横断幕 として無料歯科診療活動を開始しま した。 当初の診療内容は、抜歯が中心で、 ます。すなわち、現地の方々のむし歯、 ないためで、痛むなら抜歯してほし 歯周病が著しく進行しており、数日 いというのが主な理由でした。 日本では考えられないようなケース の診療では対処できないこと、経済 その後、携行型の切削機材等を現 まで抜歯していました。これは、診 的な問題、同国の歯科医療環境の不 地に持ち込むことで、ほとんどのむ 療機材、診療環境の問題もさること 備等の問題で、我々の診療後に患者 し歯については保存することが可能 ながら、患者さん自身の事情により さんが継続して歯科医療を受けられ となり、多量に付着している歯垢・ 歯石除去も行うことができるように なりました。また、むし歯、歯周病 山本宗弘(やまもと・むねひろ) 氏 プロフィール に対する根本的な対応として予防・ 神奈川県横浜市中区歯科医師会会長、特定非営利活動法人神 口腔衛生教育が必須と考え、活動開 奈川海外ボランティア歯科医療団(KADVO)理事長、神奈川 始 10 年目以降、小学校等において、 県歯科医師信用組合理事。1971 日本歯科大学卒業、72 年横 歯科衛生士による紙芝居を用いた予 浜市神奈川区六角橋にて山本歯科開業、77 年横浜市中区長者 町にてヤマモト歯科開業、現在に至る。1946 年 11 月生まれ、 神奈川県横浜市出身 防教育活動、歯ブラシを実際に用い てのブラッシング指導を行ってきま した。 8020 No.10 2011-1 67 ■ NGO リポート さらに、近年では歯科技工士さん の参加もあり、入れ歯を短期間で作 成し、提供できるようになりました。 2.同国の歯科事情 フィリピンのイメージはマリンリ ゾートの印象が強いと思いますが、 未だ国民の 6 割以上を貧困層が占め ます。そして日本のような国民皆保 険制度がないため多くの国民が歯科 抜歯処置を行う日本人歯科医師 高温多湿と、なれない環境で大変です 医療を満足に受けることができませ は近隣に「サリサリストアー」とい 肉炎の慢性化等、厳しい状態を呈し とくに我々の活動の対象となる う駄菓子屋があり、そこでは糖分たっ ています。 方々のほとんどが低所得者層である ぷりのジュースやスナック菓子、菓 ため、一般医療を含め医療を受ける 子パンなどが安価な値段で簡単に手 ことが大変困難な状況です。また、 に入ります。 ん。 3.活動の概要 公衆衛生において口腔衛生・予防と このような糖分の多い食品を 1 日 このフリーデンタルクリニックは いう概念が低いため学校の先生や親 数回摂取する習慣(ミリエンダタイ KADVO が主体となり現地歯科医師 にも口腔環境の健全化という意識が ム・間食)があるのは、その生活環 会(セブ歯科医師会・CDS)、サウ 薄く、また歯科衛生士という職種も 境が高温多湿であること、成人に関 スウエスタン大学歯学部、現地協力 ないため口腔衛生教育が普及されて しては、重労働を強いられる日常に 者、ロータリークラブなどのご支援 いません。 対処するためで、必要なことではあ のもとに行われています。 反面フィリピンを含めた昨今の ります。それに加えて繊維を多く含 また数年前より JICA(日本青年海 東南アジアでは、その経済成長に伴 む野菜を積極的に摂取する習慣が少 外協力隊)の方々の協力も得ていま い、 日 本 の 高 度 経 済 成 長 期 に 経 験 ないのも理由の一つと思われます。 す。 したがって対象とする子どもたち 治療内容は抜歯、歯石除去、むし う蝕の発生が顕著で、同時に歯周病 では、乳歯はほぼすべてむし歯に罹 歯の処置、また、状況によっては歯 の蔓延が見られます。 患しており、6 歳臼歯の早期崩壊お の根の治療・入れ歯作製を行います。 さらに食習慣の問題として、糖分 よびその他の永久歯も早期にむし歯 診療は、現地歯科医師と日本人歯科 の過剰摂取があり、学童に関して一 に罹患する場合が多く、学童、成人 医師、衛生士がペアを組み、交互に 例を申し上げますと、学校内もしく 同様に歯垢・歯石の著しい沈着と歯 処置に当たります。 したような砂糖消費量の増加に伴う、 20 代前半の若いお母さん、もう前歯がありません 68 8020 No.10 2011-1 前歯が入って喜ぶ患者さん NGO リポート■ また、上記診療に加えて、第 11 回活動(1994 年 2 月実地)より歯 ブラシ指導を中心とした予防活動が 加わりました。 この予防活動はむし歯や歯周病の 成り立ち、さらには一般的な口腔の 機能や前歯・奥歯の役割について簡 単に理解できるように、低学年の児 童には紙芝居、高学年の児童には液 晶プロジェクターで説明を行います。 子 ど も た ち は、 初 め て 見 る 内 容 と 経験のため、とても楽しそうに話を 予防・口腔衛生指導を行う歯科衛生士と通訳を務 歯石除去を行う歯科衛生士 年齢分歯石が付いているの める青年海外協力隊員 子供たちは真剣に聞き入っています で、なかなかとれません 聞いてくれます。現在は説明ととも に体験を通して学べるような形態を とっています。 因 み に、 第 27 回 プ ロ ジ ェ ク ト 現 地 歯 科 医 師 会、 大 学 歯 学 部 の 4.目標は現地の自立 KADVO の診療機材を用いて、年間 (2010 年 2 月 7 日〜 11 日実施、日 2008 年に、これまでの 30 年間 本から 49 名参加)では宿泊先のあ の功績が認められ、外務大臣表彰を るセブ市内から車で約 50 分のとこ 授与されました。 ろにあるスング小学校内で実施され、 歯 科 医 師 が、 現 地 に 常 設 し て あ る を通してフリーデンタルクリニック を行っています。 これからの課題としては、この活 これは長年にわたり継続された活 動をまずはセブ島全域に広め、最終 約 1,400 名の同小学校児童を含めた 動であることと、日本、フィリピン 的には、同国の歯科医療関係者の手 地域住民の方々に診療を行いました。 の歯科医療技術交流と友好親善に貢 で、フィリピン全土でフリークリニッ 献したことが、表彰理由です。 クが行われ、また、予防・口腔衛生 治 療 内 容 は 2 日 間 で、 抜 歯 処 置 725 名、むし歯処置 285 名、歯石 また、近年、徐々に、我々の最終 教育が普及されることにより、むし 除去 296 名、義歯 25 ケース、HJK 目標である、現地の「自立」が起き 歯や歯周病の発生を未然に防ぐこと 4 ケース、投薬のみ 2 ケースでした。 ています。 ができればと考えています。 日本・フィリピン両国参加者全員での記念写真 4 日間お疲れ様でした 8020 No.10 2011-1 69 ★最先端研究 ★最先端研究 小児の歯髄細胞バンク 鶴見大学歯学部小児歯科学講座教授 朝田芳信 再生医療の実用化に向けた研究の中で、歯髄細胞は理想的な移植細胞のソースになると考えられて います。歯の再生、幹細胞移植などの歯科医療の新分野を拓く基盤研究を推進するためにも、分化能 の高い乳歯を用いた再生医療技術開発はもちろんのこと、歯髄細胞を必要な時に有効に活用できる歯 髄細胞バンク事業の整備も急務といえます。 ると考えられます。すなわち、保存や補綴という領 1.現在の歯科医療が抱える問題 域を超えて、口腔から全身を考えた領域にまで歯科 医療の職域を拡充していく必要があります。 疾病構造の急激な変化の中で、 “ 治療”を主とする 近年、歯の再生、幹細胞移植などの新たな歯科医 従来型の歯科医療の需要は大きく減少していくこと 療に関する研究が進展しており、歯科医学が貢献す が予想されます。他の先進国でも、齲蝕や歯周病な る再生医療技術こそ、21 世紀の再生医療を拓く基盤 どの罹患率が減り、歯科医療は大きな変遷のときを 技術になるものと期待されています 1)。 迎えています。新たな試みとして、インプラントや 審美歯科などが注目されていますが、治療の新技術 2.再生医療に求められる細胞ソース を導入するだけでは、従来型治療の発展型でしかあ りません。すなわち、臨床技術に傾倒しがちな歯科 再生医療とは、病気や事故、老化で失われた組織 医療の根本的な問題を改善することが喫緊の課題と や臓器を自身の体の中にある細胞を用いて元通りの 考えられます。 形や機能を再生させる医療技術です。近年、再生医 臨床技術を磨くことの重要性は言うまでもありま 療に関する研究が進む中で、再生医療の実用化には せんが、本来対象とする患者を生物学的に治療する 数多くのハードルの存在が明確になってきました。 ための医療が置き去りにされてきたと言わざるを得 すなわち、移植細胞のソースとして積極的に研究が ません。従前の歯科医業を見つめ直し、21 世紀に 進められている体性幹細胞、胎児幹細胞、ES 細胞な おける歯科医療の在り方を志向すべき時期に来てい らびに人工多能性幹細胞(iPS)細胞それぞれがもつ、 実用化の障害となる問題点がこれまでの世界的な研 PROFILE あさだ・よしのぶ 鶴見大学歯学部小児歯科学講座教授、一般社団法人日本 小児歯科学会理事長、博士(歯学)、日本小児歯科学会認 定小児歯科専門医・専門医指導医。日本大学松戸歯学部 卒業。1992 年日本大学長期海外派遣研究員として米国、 Jackson 研究所に留学、93 年日本大学松戸歯学部小児 歯科学講座専任講師、97 年日本大学松戸歯学部小児歯科 学講座助教授、01 年鶴見大学歯学部小児歯科学講座教授。 1960 年 11 月生まれ、東京都出身。研究テーマ:硬組 織疾患に対する分子遺伝学的研究、著書:小児の口腔科学、 4D カラーアトラス 歯列・咬合の育成、小児歯科マニュア ル 70 8020 No.10 2011-1 究成果から示されています。 体性幹細胞の代表例である骨髄間葉系幹細胞では、 ある程度の多分化能を有することが知られ、骨の再 生をはじめ神経ならびに心筋の再生にも、その応用 範囲が拡大されていますが、採取時の外科的侵襲や、 いまだ上皮系の細胞への分化誘導法が確立されてい ない点などが障害となっています。 また、胎児幹細胞や ES 細胞では他人の細胞を移入 ★最先端研究 出生 乳歯列 6歳 永久歯列 7 か月 乳歯 歯胚の期間 永久歯 機能期 幼児期 学童期 歯胚の期間 機能期 永久歯の萌出開始 図 1 歯の形成段階 図 2 乳臼歯とその後継永久歯との歯冠形態の違いについて することにより生じる倫理的な問題や免疫学的拒絶 反応などを回避しなくてならず、加えて、iPS 細胞 においても、iPS 化のために得られた元の臓器の種 類により遺伝子などの変異に差異が認められること も明らかとなり、これが再生のための分化誘導に障 害を与えることが示唆されています。すなわち、再 生医療を安全に効率よく可能にする適切な細胞ソー 図 3 乳歯の生理的交換期 スが求められているのが現状です。 な歯、永久歯は環境変化の影響を受けやすい進歩的 3.歯髄細胞の有用性 な歯と捉えられており、そのため臼歯部では先行乳 歯と後継永久歯の形態が大きく異なっています(図 抜去歯の歯髄から採取される細胞(歯髄細胞)は、 1、図 2)。また、乳歯には、生理的交換期が存在す 硬組織の中心に位置しているため、外的環境から直 るため、歯科矯正治療や智歯の抜去などの選択的資 接暴露される可能性が少なく、加えて酸素濃度が低 源とは異なり、すべての人が細胞ソースとして利用 いことより、活性酸素種などによる遺伝子の損傷が できる素晴らしいアドバンテージがあります(図 3)。 起こりにくいため、皮膚などの細胞と比較して極め て理想的な細胞ソースであることが報告されていま 4.歯髄細胞バンクの必要性 す 。 2) ここで注目されるのが、乳歯と永久歯の歯髄細胞 再生医療の研究開発を加速度的に推進するには、 の有用性の違いについてですが、乳歯、永久歯とも 移植細胞ソースを得る際に生体に負担の少ない低侵 に細胞の増殖能が高く、短期間の培養で多くの歯髄 襲的な採取と効率の良い保存法の開発、さらには再 細胞を得ることができ、細胞の老化に与える影響も 生させたい細胞への分化誘導法の確立および分化誘 少ないことが明らかとなりました。乳歯歯髄の中か 導した細胞・組織の移植方法の確立といった一連の ら幹細胞が発見されたのは、比較的最近(2003 年) 研究開発が不可欠です。歯髄細胞は智歯などの永久 であり、脱落乳歯歯髄細胞の中に存在すること、他 歯や乳歯の抜去歯から採取されることから収集しや の体性幹細胞にはみられない分化能を有しているこ すいという点や培養方法および保存方法が確立され とがわかりました 。その理由として、乳歯歯髄幹 ている点に加えて、極めて効率よく iPS 細胞を誘導 細胞は発生初期の原始的な細胞が歯髄中に残ったた できることから、これまでの他の細胞ソースの問題 めと考えられます。 点を解決する理想的な移植細胞と考えられます。 3) 事実、乳歯の歯胚形成時期は、胎生 7 週から 10 しかしながら、極めて微量しか採取されない歯髄 週に始まることが知られ、臨床的には乳歯は原始的 細胞を再生医療が必要な時に有効に活用するために 8020 No.10 2011-1 71 ★最先端研究 は、その細胞を十分に増やして環境の整った適切な された薬剤を用いることで、歯髄細胞を幹細胞に誘 施設において冷凍保存しておく必要があり、そのた 導することに成功し、さらに、既に分化した細胞から、 めの歯髄細胞バンクの存在は不可欠といえます。 ほぼすべての細胞を歯髄幹細胞にリプログラミング これらのことから、全国の歯科医療施設のネット できる可能性を見出しています。 ワークを活用することにより歯髄細胞バンクが構 これらの研究成果をもとに、日本小児歯科学会で 築されれば、他の移植細胞ソースと比較して、よ は、平成 20 年 12 月より福本教授を中心とした「再 り容易に再生医療の具現化が推進されるはずです。 生医療技術開発の推進事業」を立ち上げました。現在、 2009 年 10 月には、歯髄細胞バンク事業が産学連 全国各地の協力施設のスクリーニングと、細胞培養 携プロジェクト(鶴見大学、岐阜大学、京都大学な トレーニングコースの実施により、小児歯科開業医 らびに(株)再生医療機構との共同事業)として立 から地域の大学への乳歯歯髄の輸送システムの構築 ち上がり、活動が開始されています。 を進めています。 この事業の目標の一つは、歯髄細胞を iPS 化し再 日本小児歯科学会としては、一連の再生医療技術 生医療に応用することであり、再生医療技術開発の 開発を通じて、乳歯歯髄幹細胞から神経細胞を誘導 推進が不可欠です。すなわち、歯髄細胞バンクと再 し、これらの細胞を歯科から医科へ提供することで 生医療技術開発とは車の両輪といえます。そこで、 神経変性疾患(アルツハイマーやパーキンソン病等)、 日本小児歯科学会では、捨てられてしまう運命の乳 神経損傷治療への応用を目指しており、歯科の職域 歯を再生医療に活用するためのロードマップの作成 拡大につながるものと考えています。 に着手し、再生医療技術開発を推進しています(表 1)。 5.小児歯科領域から発信する再生医療 6.小児難病支援としての 歯髄細胞研究バンク 小児の難病は 500 以上の疾病数ですが、20 万人 乳歯歯髄由来の幹細胞は、神経、骨芽細胞、象牙 以上の子どもが闘病していると言われています。多 芽細胞、脂肪細胞などのさまざまな細胞に分化しう くの小児難病において、歯・口腔に特有な症状や異 る特徴を有することから、再生医療への応用が期待 常を呈することから、歯科医療の果たす役割は大き されています。特に多くの種類の神経系の細胞に分 いといえます。とくに、進行性筋ジストロフィ、無 化することが示されてからは、歯髄系幹細胞に関す 痛無汗症、軟骨異栄養症、骨形成不全症、表皮水疱 る考え方は大きく変わり、一躍再生医療への可能性 症などでは、重篤な口腔疾患がみられます 4)。そのた に脚光を浴びることになりました。しかしながら、 め、歯科治療はもちろんのこと、その原因究明に向 歯髄細胞全体の中で幹細胞の占める割合は 1% 以下 けた歯科医療からの情報提供は重要と考えられます。 といわれており、臨床応用するには幹細胞を効率よ 前述のとおり、「乳歯」に含まれる歯髄細胞は再生 く精製するか、あるいは人工的に幹細胞の細胞数を 医療に極めて理想的な細胞ソースです。そこで、難 増加させる技術が必要となります。 病をもつ子ども達の乳歯歯髄細胞を収集し、将来の 福本敏教授らの研究グループ(東北大学大学院歯 治療・研究用細胞としてバンクしておくボランティ 学研究科小児発達歯科学分野)は、米国 FDA で承認 ア細胞保管サービスとして「歯髄細胞研究バンク事 表 1 再生医療に向けた学会としての取り組み 2008.12 「乳歯を用いた再生医療技術開発」の推進に関する理事会承認 2009. 幹細胞の濃縮や増幅手法の開発に着手 2010. 幹細胞の調整法と評価法の統一化 ( 学会内に細胞培養技術トレーニングコースの設置 ) 72 8020 No.10 2011-1 ★最先端研究 の意識を高めるためのモチベーションとして期待で きます。歯髄細胞バンクならびに再生医療の発展は、 脊髄損傷などの神経の再生 骨折時などの骨の再生 歯周組織の再生 歯科医療の予防概念にも影響を及ぼすことになりま す。 骨髄細胞バンク 8.歯髄細胞バンクの課題と展望 骨髄 ips 細胞 歯髄細胞の培養技術の普及や iPS 細胞の医療現場 再生医療への 応用 ・全身臓器 疾患の解明 ・難治疾患 ・生活習慣病 適応薬剤の スクリーニング 薬剤の研究開発 への安定供給のためには、収集源となる歯科医療施 ・副作用の判定 ・有効性の検証 設の協力が不可欠です。これについて、長きにわた ・薬効の評価 ・毒性の検証 HAL タイピングによる全国民への供給 り醸成された我が国の歯科保険医療は先進諸国の中 でも極めて充実した状況にあり、このために歯科受 診率は常に上位に位置しています(先進国では 1 位)。 図 4 歯髄細胞の応用 すなわち、医学合理的な診断によって最も抜去歯 を得やすい環境にあることから、これらの背景を基 業」が今年の 10 月からスタートしました(事務局 : に、歯科医療施設の支援を得ることにより、智歯や 再生医療推進機構) 。とくに、小児難病の中でも「骨 乳歯等の抜去歯に含まれる歯髄細胞を収集し、国民 疾患及び神経疾患」の克服に貢献することが、歯髄 の健康を担保する再生医療システムの開発を行うこ 細胞研究バンク事業の目指すゴールとなります。 とが期待できます。歯科界から発信する新たな試み さらに、大規模な歯髄細胞バンクが確立されれば、 であり、21 世紀の歯科医療の在り方にも関わってく 樹立された iPS 細胞により疾患の解析や治療薬の開 る問題として、産学共同ならびに学会が大きな枠組 発が飛躍的に進むことが期待できます。また、樹立 みの中で連携し、しっかりとした目標を設定する必 された iPS 細胞は、多数の難治性疾患や生活習慣病 要があります。 の病因・病態の解明に極めて有用であり新たな創薬 情報の共有化や開示を推進することで、医科だけ の可能性も拡げる細胞ソースとなり得るでしょう(図 ではなく、細胞工学、生体工学、遺伝子工学、生体 4)。 材料学などの分野との連携も可能となり、我々の想 像を超える枠組みの中で新たな歯科医療の展開が期 7.歯髄細胞バンクが 小児歯科医療へ及ぼす影響 待できます。将来の歯科医療においては、再生医療 を通じた歯科の活動対象を医科へ転じるとともに、 この職域拡大は医科の土壌を侵食するものではなく、 矯正歯科治療のために抜去する永久歯や智歯のよ 全身の治療用細胞を提供する中で、細胞移植医療を うな選択的資源と異なり、乳歯には生理的交換期が 医科・歯科が共通の目標として捉える環境づくりが あり、すべての人がその過程を辿ることから、再生 重要となります。 医療に用いる理想的資源といえます。 筆者らの研究では、生理的歯根吸収が歯根 2 分の 1 程度進み、交換期を迎えた乳歯の歯髄を採取し、 細胞培養から iPS 細胞の樹立に成功していますが、 一方で、重度の齲蝕や歯髄炎に罹患した乳歯は、再 生医療に利用できない可能性を示唆するデータを得 ています。すなわち、乳歯歯髄を再生医療の資源と して用いるためには、健全乳歯であることが前提に なることから、乳歯を大切にしようとする口腔保健 参考文献 1)中原 貴:将来の歯科医療はどうなるのか ? 〜再生医療研究か ら見た展望〜,東京都歯科医師会雑誌,57(8):403-410, 2009. 2)Tamaoki, N.et al. : Dental pulp cells for induced pluripotnet stem cell banking. J. Dent. Res., 89:773-778,2010. 3)Miura, et al : SHED:Stem cells from human exfoliated deciduous teeth. PNAS, 100:5807-5812,2003. 4)前田隆秀,朝田芳信ほか:小児の口腔科学,学建書院,2009. 8020 No.10 2011-1 73 ◎ヘルシーライフ Healthy Life ヘルシーライフ これからの食育をどう展開するか 昭和大学歯学部口腔衛生学教室 内閣府食育推進会議専門委員 食 向井美惠 育 展 開 の ライフサイクルに応じた食べ方、味わい方の食育は、生涯を通じて健 やかに心豊かに生活できる QOL の向上には不可欠です。十分に噛んで味 わい、心と身体の栄養を摂り込む食べ方の周知を一層推進する食育が必 要であり、 「噛ミング 30」に代表される歯科領域からのライフステージ に応じた「食育」の展開が求められています。 はじめに れた「歯科関係者のための食育推進支援ガイド」に 記されています。さらに、平成 21 年 7 月に厚生労 食育基本法が平成 17 年に施行され、内閣府から 働省から出された「歯科保健と食育の在り方に関す 平成 22 年まで 5 年計画の「食育推進基本計画」が る検討会」の報告書「歯・口の健康と食育〜噛ミン 発出されました。それに基づいて全都道府県と多く グ 30(カミングサンマル)」は、食育の今後の方向 の市町村に地域の特色を生かした「食育推進計画」が 性を示しています。 策定され、全国で食育が展開されているところです。 平成 18 年度にスタートした 5 年計画の「食育」 これらの内容を集約しますと、「食育推進宣言」で は、歯科領域からの食育は、口から食べることの重 も平成 22 年が最終年となります。ここではこの 5 要性を食べ方(噛む、味わう、飲み込む等)を通し 年間の歯科領域で進められて来た「食育」を総括し、 てその大切さを国民に認識してもらい、口の健康を 現在検討されている平成 23 年度からの新たな第 2 守り五感で味わえる食べ方ができる食育によって心 次食育推進基本計画の下で歯科領域から推進できる と身体の健康の保持増進を目指して豊かで健全な食 食育支援をどのように展開するかについて考えたい 生活を実践してもらうことにあります。 と思います。 また、「歯科保健と食育の在り方に関する検討会」 の報告書では、食を通して健康寿命を延伸するため 1.歯科領域からの食育推進のあゆみ 歯科領域における食育推進の基本理念は、平成 19 には、その基盤となる小児期から高齢期に至るまで 食べる器官である口腔の健康と関連させて、健康づ くりの視点からの「食育」を推進していくことの重 年 6 月に歯科系 4 団体(日本歯科医師会、日本歯科 要性を示し、このような食育を推進する一助として、 衛生士会、日本歯科医学会、日本学校歯科医会)に 一口 30 回以上噛むことを目標にして、噛ミング 30 より発せられました「食育推進宣言」とともに出さ (カミングサンマル)の推進が望まれるとしています。 「歯科関係者のための食育推進支援ガイド」と「歯 PROFILE 科保健と食育の在り方に関する検討会」の報告書に むかい・よしはる 昭和大学歯学部口腔衛生学教室教授、歯学博士。日本障害 者歯科学会認定医・指導医、日本口腔衛生学会認定医、日 本老年歯科学会認定医・指導医。日本摂食・嚥下リハビリテー ション学会認定士。1973年大阪歯科大学卒業、1976年 東京医科歯科大学歯学部助手、1977年昭和大学歯学部助 手(小児歯科学) 、1981年昭和大学歯学部講師、1989年 昭和大学歯学部助教授(口腔衛生学) 。1947年生まれ、山 梨県出身。研究テーマ:摂食・嚥下の機能発達とリハビリテー ション。著書:歯科からアプローチする食育支援ガイドブッ ク(共著) 、乳幼児の食行動と食支援(監修、編著) 、小児 の摂食・嚥下リハビリテーション(編著) 。2007年より内 閣府食育推進会議専門委員。 74 8020 No.10 2011-1 共通するものは、広く生活に根ざした食育を推進す るために、食べ方を中心に据えたライフサイクルに 応じた食育の推進の展開を提示していることです。 国の食育推進計画では明確に打ち出されていないラ イフステージごとの食べ方について、厚生労働省の 「歯科保健と食育の在り方に関する検討会」の報告書 では、食べる場である歯・口が年齢とともに形と機 能の変化が著しい器官であることを基盤にして、食 べ方の特徴を以下の 3 ステージに分けています。 ヘルシーライフ Healthy Life ◎ 口腔機能への拡がり 呼 吸 精 神 機 能 へ の 拡 が り 味 覚 心の寛ぎ ストレスの発散 構音・調音 表情での感情表現 顔貌・容姿 食べ方が 及ぼす影響 (拡がり) 異物・危険物の認識 安全性への拡がり 平衡感覚の維持 唾液の分泌 消化液の分泌 免疫物質の分泌 力の発生 生 理 機 能 へ の 拡 が り 運動機能への拡がり 図 1 食べ方が及ぼす影響(拡がり) (歯科保健と食育に関わる検討会報告書〔厚労省〕より 〔平成 21 年 7 月〕 ) 中心に据えた食育を推進する取り組みは、食育基本 ① 食べ方を育てるステージ(乳幼児期・学齢期) の食育 ② 食べ方で健康を維持するステージ(成人期) の食育 ③ 食べ方で活力を維持するステージ(高齢期) の食育 法の第二条にある「国民の心身の健康の増進と豊か な人間形成」に資する大きな課題と考えられます。 残念ながら、現在の食育推進基本計画には、食べ方 からの食育が明記されていないため、各都道府県の 食育推進計画にも反映されていないのが現状です。 平成 23 年からの第 2 次食育推進基本計画に期待 するところですが、歯・口を使った噛み方や五感を 歯科関係者が食育の推進に関わる時には、多くは 意識した味わい方などの食べ方についての食教育や これらのステージに分け、各ステージの中での具体 食指導などの食育の展開は、今後の食育全体の中で 的な方法については、もう少し詳しく記載されてい 大きな核となることが期待されます。 る「歯科関係者のための食育推進支援ガイド」を参 考にして食育を推進してきたものと推察されます。 これまでも歯科関係者の進めてきた食育は、歯科 3.ライフステージにおける展開 領域の特殊性からライフステージに応じた食育の展 食べる器官である歯・口腔は、年齢とともに成長・ 開を図ることが必要との考えから、食育の展開が提 老化など変化の激しい器官です。そこでライフステー 示されてきています。 ジに応じた支援の推進が必要となります。これまで も歯科関係者の進めて来た食育は、歯科領域の特殊 2.食べ方からの食育の展開の基本 性からライフステージに応じた食育がなされてきま した。 咀しゃく等の食べ方の重要性は、消化吸収を促す さらに近年は、食品自体が多様性に富んできてい 栄養面だけにとどまりません。これまでの研究によ ることを考慮して、食品の物性に応じた食べ方支援 れば、咀しゃく運動は、食物粉砕過程で生じる口腔 も必要とされています。成長・老化の程度等に考慮 感覚がフィードバックされることで脳の広い範囲が して食べ方の支援を行うことによって、すべての国 活動する運動であることが示されています。すなわ 民がよく噛んで、おいしく味わって食べることで、 ち、よく噛む運動は、脳の広い範囲を使った運動で 生涯を通じて、安全・安心で満足感やくつろぎを あり、食べ方の食育の観点からすると脳の発達に重 要な意義を持つことが示唆されています。また、 「口」 「食」を通して得ることが可能となります。 他方、食育の推進には、健康の増進だけにとどま から摂取する食品に応じた食べ方(噛み方、味わい らず、食べ方や歯・口に関する日本の言葉、文化の 方等)を通した拡がりは、①口腔機能への拡がり、 伝承としての役割もあります。ライフステージを意 ②生理機能への拡がり、③精神機能への拡がり、④ 識しながら日本各地の食べ方に関係する風習・習慣 運動機能への拡がり、⑤安全性への拡がり、5 つの の次世代への伝承も重要な食べ方からの食育の一つ 機能への拡がりが期待でき、それぞれに多くの様態 です。その時々の食環境に合わせた、ライフステー を育むことに寄与しています(図 1) 。 ジ毎の、わかりやすく、伝わりやすい、具体性に富 このような拡がりを意識した「食べ方」の支援を んだ食育の展開が期待されます。 8020 No.10 2011-1 75 ◎ヘルシーライフ Healthy Life 4.ライフステージにおける食べ方支援の概要 1)食 べ方を育てるステージの食育:小児期(乳幼 児・学齢期) 小児期は、歯・口の機能の発達状況に応じた食べ 方支援が中心になります。 学齢期に身につけた良好な習慣を維持・増進または 改善していくことが必要となります。 また、成人期の中でも、欠食や誤った知識に基づ く食生活の乱れなどが主な問題となる若年成人層と 生活習慣病の予防や対策などが主な課題となる中高 年層とで分けて検討し、さらに、個々人においても 「食べ方」は、乳幼児期、学齢期に口腔領域の成長 食習慣や生活習慣に大きな違いがあるため、それぞ とともに発達します。この時期は、食べる器官であ れの食習慣や生活習慣の課題に応じた継続的な食育 る歯・口の健康づくりを基にした、「のみ方、噛み方、 支援が必要となります。 味わい方」などの「食べ方」の機能発達面からの食 育の展開が望まれます。 (1)乳幼児期 子育て支援などの機会を通じて、授乳・離乳期 小児期から行われてきた歯・口腔疾患や肥満など の原因となる間食・飲料の摂取指導などの継続した 指導に加えて、生活習慣病の予防を目指した、よく 噛んで食べる「食べ方」の支援や生活に根ざした食 から継続して育児担当者に対する知識の普及を積 の選択力(自らの歯・口の状態にあった食の選択力、 極的に支援していくことが必要です。 栄養のバランスを考えた食の選択力、家庭の団らん 子どもと育児担当者を対象にした五感(視覚・ につながる食の選択力など)をつける支援が必要と 触覚・味覚・嗅覚・聴覚)を意識した食べ方の基 なります。よく噛んで味わって食べる食習慣づくり 本を育てるこの時期は、食生活のリズムづくりと の支援によるやせ・肥満と生活習慣病の予防や「食 ともに、口唇を閉じてよく噛み味わう食べ方や食 べ方」の支援を通した心とからだの健康の保持増進 具の上手な使い方などの基本となる食育を乳歯が などが、職場や地域の保健指導を基盤にした食育の 生え揃う過程に合わせて進めるよう育児担当者に 展開が望まれます。 支援することが大切です。 (2)学齢期 学校保健の保健指導や組織活動を通じた食育の 展開が可能です。特に小学生の時期は歯が乳歯か この時期の食育の推進は、生活習慣に関わる内容 が多くなることから、「食べ方」を中心とした歯科の 分野を含めて、医療・保健関連職種など多くの分野 が連携しながら展開していくことが求められます。 ら永久歯へ交換の時期にあたるため、う蝕予防な どの歯・口の健康の保持とともに歯列咬合の成長 に合わせた食べ方の食育を展開していくことが望 まれます。 3)食べ方で活力を維持するステージの食育:高齢期 高齢期は、口腔機能の維持の支援や機能減退によ る誤嚥・窒息の防止を始めとする安全性に配慮した なお、この時期は、朝食の摂取などの食生活や 食べ方支援が中心になります。広く国民運動として 食習慣などの基本的生活習慣の定着する時期でも 定着しつつある 8020 運動の主旨は、生涯自分の歯 あります。そこで、学齢に応じて日々の生活習慣 でおいしく食べることを目指すことです。しかし、 における「食」の大切さが十分に理解でき自ら実 高齢期は、年齢とともに口腔機能が低下し、様々な 践できることを踏まえた知識と意識と実践を伴う 加齢変化が歯・口に現れてきます。この加齢変化に 食べ方からの食育の展開が可能です。 対応しながら生涯自分の歯で食べることは、QOL(人 中学生、高校生の食育は、卒後に多くの生徒が 生の質・命の質・生活の質)を高めるために非常に 独居で生活するため、そのための食育が必要とな 重要です。そのためには減退する食べる機能に対し ります。大学生や若年成人の食生活の乱れは、心 て口腔機能の維持・向上を目指した「食べ方」の支 身の健康や生活習慣病に大きな影響を与えるばか 援が必要となります。 りでなく、女性の場合には結婚して妊娠・出産・ さらに、加齢による機能減退が原因となる誤嚥・ 育児へ影響が及びます。中学、高校の時期の食育は、 窒息の予防に考慮した「食べ方」を推進することに 将来の大切な食生活を築くための基礎となるため、 よって、「食」に関わる事故を防止し、バランスのと 将来を見据えた食育の展開が大変重要になります。 れた栄養状態を保ち、安全で活力を維持する高齢期 の食育が推進され広く展開されることが望まれます。 2)食べ方で健康を維持するステージの食育:成人期 誤嚥窒息は事故であり、防ぐことは可能です。日 仕事や育児などで、生活のリズムとしての規則正 常の食生活において、安全性を考慮した食品の選択 しい食事や栄養面でのバランスのとれた食事がとり と食べ方の食育を推進していくことが今後の食育の にくく、食習慣や生活習慣が乱れやすいこの時期は、 大きな課題です。 76 8020 No.10 2011-1 ヘルシーライフ Healthy Life ◎ 5.今後さらに望まれる他領域との連携 日本歯科医師会と日本栄養士会は「2010 年世界 QOL の向上 保健デー記念 第 31 回健康づくり提唱のつどい」に おいて「健康づくりのための食育推進共同宣言」を おいしい食事 楽しい会話 平成 22 年 4 月に発信しました。この共同宣言は「食 べることは生きること」の視点からの食育の提唱で あり、ライフステージごとに食育支援内容を掲げて 「食」と「健康」の専門職が協働して食育を推進して いくことを宣言しています。 近年、国民の健康に関する意識の高まりから、歯・ 安全な食べ方を意識 した食の選択力 口の健康を維持して、食べる機能を向上させ、豊か で健全な食生活を営むという新たな視点を踏まえた 歯科保健の推進が求められています。このためには、 保健・医療・福祉・学校・保育・行政などが連携し て国民的運動である食育を広く推進していくことが 望まれます。また、このような食育を推進していく ためには、食べ方からの食育を推進していく指導者 の養成・確保を行うことが重要となります。既存の 歯科保健事業などを活用しつつ、食育を推進するた の生 支活 援習 慣 食 べ 方 を 通 し た 食 育 五感を使って よく噛み味わう しっかり噛める 歯・口がある 歯・口の健康 (食べる・話す・笑う) の保 支健 援行 動 図 2 食べ方を通した食育と歯・口の健康 7.まとめ これからさらに進めようとしているライフサイク めの保健医療関係者等の教育・研修の充実に加えて、 ルに応じた食べ方、味わい方の食育は、生涯を通じ 食育推進の核となる歯科衛生士を中心とした人材を て健やかに心豊かに生活できる QOL の向上には不可 育成することが必要です。 欠です。各ライフステージにおける健康の増進と豊 かな人間形成にむけた「食育」への関わりや、食べ 6.歯・口の健康から展開する食育 平成 19 年 6 月に日本歯科医師会ほか 3 団体から 出された食育推進宣言で述べられているように、 「食」 る器官である歯・口腔の健康の維持増進のみならず 誤嚥や窒息などの防止をも含めて歯科領域からの「食 育」の展開が求められています。 食べ方や健康な口腔を基盤にした国民運動として は命の源であり、「食」の入り口となっているのが口 の食育を推進して行く中核職種は歯科医師と歯科衛 です。したがって、 「口」から摂り込まれた食物を十 生士です。卒前卒後を問わず教育の場において「歯 分に咀嚼して食べることは、快適な食生活を送るた 科領域からの食育」の教育対応は喫緊の課題でもあ めの基本であり、QOL の向上に大きく寄与していま ります。 す。この「食べ方」を通した食育がしっかり育つた 今後、各職種や各団体は、広く国民運動として推 めの基盤に不可欠なものが健康な歯・口が保たれて 進されている食育に対して、歯・口の健康と食べ方 いることです。そして歯・口の健康を支えるのが生 の支援など、歯科保健の立場からの積極的なアプロー 活習慣の支援であり、保健行動の支援です(図 2) 。 チが国民運動としての食育を広く推進していくため このような歯科保健領域からの食育支援に根ざし に期待されています。 て、広く国民が周知しやすいコピーとして「噛ミン グ 30(カミングサンマル)」運動が提唱されていま す。食育は国民運動であり、地産地消、教育ファーム、 食への感謝、栄養のバランス、等多くの領域で食育 が推進されてきました。地元で採れた食材で、栄養 バランスを考慮して調理された食品を、感謝の気持 ちを抱いて食べるこれまでの食育に加えて、十分に 噛んで味わい、心と身体の栄養を摂り込む食べ方の 周知を一層推進する食育が必要であり、その象徴的 な言葉が「噛ミング 30」です。 参考文献 1)武井典子,田沼敦子,土屋律子,押野榮司,新井誠四郎,向井 美惠:噛ミング 30 と食育,8020,(9)8-26,2010. 2)厚生労働省:歯科保健と食育に関わる検討会報告書〜歯・口の 健康と食育〜噛ミング 30(カミングサンマル),2010. 3)日本歯科医師会:歯科関係者のための食育推進支援ガイド,日 本歯科医師会,2007. 4)食育支援ガイドブック作成委員会:歯科からアプローチする食 育支援 - ライフステージに応じた食べ方の支援とその実践,医 歯薬出版,東京,2009. 8020 No.10 2011-1 77 ●●●トピックス TOPICS 歯科保健条例の広がりと 8020 運動 トピックス 深井穫博 、大内章嗣 、池主憲夫 1) 2) 3) 8020 運動が提唱されてから 20 年以上が経過しました。この間、口腔と全身の健康と の関連が次々と報告され、全身の健康の観点からみた 8020 の科学的根拠が蓄積されるよ うになってきました。そしてこの 2 年間で、歯科保健に関する条例が 13 道県で制定され ています。本稿では、この条例の今後の広がりとその意義について考えます。 次々と公表され、全身の健康の観点からみた 8020 1.はじめに 1989 年に 8020 運動が提唱されて以来 20 年以 運動の科学的根拠が蓄積されるようになってきまし た 2)。 このような背景のなかで、2008 年 7 月の新潟県 上が経過しました。この間、「8020」の状況は改善 歯科保健条例を端緒として、現在(2010 年 11 月) してきていますが、その割合はようやく 25% を超 まで 13 道県で県条例が制定されました。この動き えたところです。80 歳の半数以上が 20 歯以上の歯 は、今後もさらに全国レベルで広がっていくと考え を有し、多くの国民が生涯にわたって口腔機能を維 られます。これらの条例は、住民の代表である議員 持することを目的とした「8020 社会」の実現には 提案の形で制定されているものであり、8020 運動 いたっていません 。一方、この 10 年の間に、口腔 が 20 年目で、施策に直結した国民運動となって定 保健が全身の健康に及ぼす影響に関する研究報告が 着してきたということができます。 1) そこで本稿では、これまでに制定された歯科保健 PROFILE ふかい・かくひろ 深井歯科医院・深井保健科学研究所院長(所長)、歯科医師、 博士(歯学)。1983 年福岡県立九州歯科大学卒業、85 年深井歯科医院院長、01 年深井保健科学研究所所長、06 年日本歯科医師会地域保健委員会委員長、06 年 8020 推進財団 8020 地域保健活動推進委員会委員長、10 年 埼玉県歯科医師会理事。1957 年 1 月生まれ、埼玉県出身。 研究テーマ:行動科学、国際保健、疫学、著書:困った患 者さんにどう活かす - 診療室の行動科学 親子編、成人編、 口腔保健推進ハンドブック - 地域を支えるオーラルヘルス プロモーション、ほか おおうち・あきつぐ 新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔生命福祉学専攻教 授、歯学博士。1989 年日本大学歯学部卒業、93 年厚生 省保険局医療課、94 年秋田県保健福祉部保健衛生課、97 年厚生省健康政策局歯科保健課、01 年新潟大学歯学部附 属病院講師、04 年新潟大学大学院医歯学総合研究科助教 授、05 年新潟大学歯学部口腔生命福祉学科教授、10 年 より現職。1962 年 7 月生まれ、長野県出身。研究テー マ・社会歯科学、口腔保健医療提供体制、著書等 : 歯科医 療白書 2008 年版、新社会歯科学、ブックレット新潟大 学『食べる』介護編、ほか ちぬし・のりお 日本歯科医師会常務理事。日本大学歯学部卒業、1969 年新潟市開業、88 年日本歯科医師会公衆衛生委員会委員、 2000 年日本歯科医師会地域保健委員会委員長、06 年日 本歯科医師会常務理事、1941 年 2 月生まれ、新潟県出 身 条例の特徴とその広がりの要因、および歯科保健に 関する法的整備の重要性と基本的課題について考え ます。 2.歯・口腔の健康づくり対策と その法的基盤 歯科・口腔保健対策を推進するための法的基盤が 弱いことが歯科界では古くから問題視されています。 現在の地域保健・健康増進対策を推進するための基 本的な法体系は図 1 に示すように、保健所、市町村 保健センターをはじめとした地域保健推進体制の整 備を中心とした「地域保健法」と健康診査、保健指 導などの実際のサービス(法律では「健康増進事業」 と規定しています)の効果的推進を図るための「健 康増進法」を全体の基盤とし、実際の事業実施はラ イフステージごとに整備された母子保健法、学校保 健安全法などの各個別法の規定に基づいて行われて います。 表 1 はこうした個別法に基づいて行われている健 78 8020 No.10 2011-1 トピックス●●● 表 1 各個別法と健康診査等 地域保健法(保健所・市町村保健センター等の推進体制) 健康増進法(保健指導等の健康増進事業の推進) 高齢者の医療の確保 に関する法律 母子 保健法 出 生 学校保健 安全法 就 学 労働安全衛生法 卒 業 就 職 40 歳 介護保険法 65 歳 75 歳 図 1 地域保健・健康増進対策の基本的法体系 康診査などについて、医科と歯科を比較したもので すが、確かにこれをみると成人・労働者を中心に医 科・歯科の間に大きな差がみられます。 一方、基盤となる地域保健法には、その前身の保 健所法の時代から、保健所の行う事業として「歯科 保健(歯科衛生)に関する事項」が法律本文に明記 されています。健康増進法でも厚生労働大臣が定め る基本方針の内容として、法律本文中に「食生活、 運動、休養、飲酒、喫煙、歯の健康の保持その他の 生活習慣に関する正しい知識の普及に関する事項」 と規定しており、両法律とも歯科保健対策も視野に 入れた立法であると受け取れます。 では、なぜ表 1 のような明らかな差が生じている のでしょうか ? 実は一部を除いて各個別法でも歯科・ 口腔保健対策を排除しているわけではありません。 いわゆる法令には、国会の審議・採決を経て制定 される「法律」と、法が委任する範囲内で内閣が制 法令に基づく健康診査等 妊婦健康診査 母子保健法 1 歳 6 か月児健康診査 3 歳児健康診査 児童福祉法 保育所における健康診査 就学時健康診査 学校保健安全法 学校健康診査(定期・臨時) 職員健康診査 就業時の健康診査 長期海外派遣労働者の健康診査 労働安全衛生法 一般(定期)健康診査 特殊健康診査 特定健康診査 高 齢 者 の 医 療 の (メタボ健診・40 〜 74 歳) 確保に関する 一般(定期)健康診査 法律 (75 歳〜・努力義務) 健康増進法 (第 19 条の 2 に基 づく市町村健康増 進事業 : 努力義務) 介護保険法 医科 歯科 ● ● ● ● ● 1) ● △ ● ● ● ● ● ● ● ● 2) ● ● ● ● 歯周疾患検診 ● 骨粗鬆症検診 ● 肝炎ウィルス検診 ● がん検診 ● 生活機能評価(基本健康診査) ● ※ 3) 主治医意見書 ● ※ 4) 1):児童福祉施設最低基準で嘱託医は必置となっているが、歯科 医師は規定されていない。ただし、 「保育所保育指針」( 大臣告示 ) の解説書では年 1 回以上の歯科健診を実施することとなってい る。 2):酸、黄りん等の歯・歯周組織に有害なガス、粉塵等の発散す る業務(令第 22 条第 3 項)従事者が対象 3):口腔機能に関する問診(基本チェックリスト中の 3 項目)が ある 4):主治医(MD)が作成する意見書のなかに歯科医療の必要性に 関する項目がある 項目として「五 歯及び口腔の疾病及び異常の有無」 が規定されているために、すべての市町村が実施し ているのです(表 2)。 本来、目指すべきなのは国会での新法の制定とい うよりも、各個別法の政・省令の改正と、これに必 要な予算の獲得です。 定する「政令」 、主管省庁が制定する「省令」があり こうしたことから口腔保健対策に関する法的基盤 ます。政令は一般に「○○法施行令」 、省令は「○○ 整備については、地域保健法や健康増進法が地域保 法施行規則」という形で定められますが、こちらの 健・健康増進全体を見据えた法律であるがために、 制定・改正には基本的に国会の承認(採決)を必要 歯科の特殊性への細かな配慮やこれに基づいた効果 としません。もっとも、法の委任を受けている以上、 的な推進・支援体制の構築といった対応が困難であ 国会での法案審議経緯などを無視することはできま るので、両法に対するサブセット(補追)としての せんし、施策・事業の実行に必要な予算、組織など 基本法的性格のものなのだろうというのが、これま の国会承認が最終的に求められます。 での日本歯科医師会が口腔保健法(仮称)に対して 現在、すべての市町村で実施が義務づけられてい 検討・対応してきた考え方です 3)。そして、このよ る 1 歳 6 か月児歯科健康診査も、母子保健法自体に うな基本法があれば、日本歯科医師会をはじめとし は、「市町村は、 (中略)健康診査を行わなければな た歯科界が、一貫性をもって個別施策への働きかけ らない。 」としか規定されていません。厚生労働省 を継続的に行っていくための強力なバックボーンと 令である母子保健法施行規則第二条で、健康診査の しても役立つものと考えます。 8020 No.10 2011-1 79 ●●●トピックス 表 2 母子保健法および同法施行規則 表 3 これまでに制定された条例 (2010 年 10 月末現在、公布順) 母子保健法(抜粋) 都道府県名 条例の名称 新潟県 新潟県歯科保健推進条例 第十二条 市町村は、次に揚げる者に対し、厚生労働省の定 年月日※ 2008. 7.22 北海道 北 海 道 歯・ 口 腔 の 健 康 づ く り 8020 推進条例 2009. 6.26 静岡県 静岡県民の歯や口の健康づくり 条例 2009.12.25 長崎県 長崎県歯・口腔の健康づくり推 進条例 島根県 島根県歯と口腔の健康を守る 8020 推進条例 千葉県 千葉県歯・口腔の健康づくり推 進条例 (2010.4.1 施行 ) 岐阜県 岐阜県民の歯・口腔の健康づく り条例 (2010.4.1 施行 ) 愛媛県 愛媛県歯と口腔の健康づくり推 進条例 2010. 6.29 佐賀県 佐賀県笑顔とお口の健康づくり 推進条例 2010. 6.30 茨城県 茨城県歯と口腔の健康づくり 8020・6424 推進条例 (2010.11.8 施行 ) 五 歯及び口腔の疾病及び異常の有無 熊本県 六 (以下略) 熊本県歯及び口腔の健康づくり 推進条例 (2010.11.1 施行 ) 長野県 長野県歯科保健推進条例 2010.10.21 高知県歯と口の健康づくり条例 2010.10.22 めるところにより、健康診断を行わなければならない。 一 満一歳六か月を超え満二歳に達しない幼児 二 満三歳を超え満四歳に達しない幼児 母子保健法施行規則(抜粋) 第二条 母子保健法(昭和四十年法律第百四十一号。以下 「法」という。)第十二条の規定による満一歳六か月を 超え満二歳に達しない幼児に対する健康診査は、次の 各号に揚げる項目について行うものとする。 一 身体発育状況 二 栄養状態 三 脊柱及び胸郭の疾病及び異常の有無 四 皮膚の疾病の有無 高知県 新潟県 ○ ○ ○ ○ 北海道 ○ 静岡県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 2010. 3. 2 2010. 3.26 2010. 3.30 2010. 9.28 2010.10.15 (2011.4.1 施行 ) ※年月日は公布日を示す。別に施行日の記載がない場合は同日施行 表 4 都道府県、市町村、関係者等の責務・役割 都道府県 市町村 教育・学校保健関係者 保健医療関係者 歯科保健医療従事者 介護・福祉関係者 事業者 医療保険者 住 民 その他 2009.12.25 (2010.6.4 施行 ) 長崎県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 島根県 ○ 千葉県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 岐阜県 ○ ○※ 1 ○※ 1 ○※ 1 愛媛県 ○ 佐賀県 ○ 茨城県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 注)※ 1: 県が関係者等に「協力を要請する」との記述となっている。 ※ 2: 食生活・食育関係者および保護者の役割を規定している。 3.条例制定の広がりとその概要 熊本県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○※ 2 長野県 ○ ○ ○ 高知県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 考えられます。 各条例にほぼ共通している項目は「目的」、「基本 理念」、 「道県、関係者などの責務」、 「道県計画策定」、 2010 年 10 月末現在、13 の道県において歯科保 健推進に関する条例が制定されています(表 3)。新 潟県条例の制定から 2 年余りで、四分の一を超える 都道府県で条例が制定されたことになります。 これまで制定された 13 条例はいずれも、議員提 案による、いわゆる政策条例にあたるものです。地 域の政策条例となると、地域の特性、課題に立脚し 「実態調査」、「市町村等への支援」、「財政上の措置」 などです。 紙面の都合もあり、今後の歯・口腔保健対策とそ の法的基盤整備の参考となると思われる項目を取り 上げて紹介したいと思います。 1)都道府県、 市町村、 関係者等の責務・役割(表 4) た内容となるのは当然で、その規定内容を細かく見 すべての条例で道県の責務・役割は規定されてい ていくと、それぞれの道県における違いが認められ ますが、母子歯科保健はじめとした実質的な歯科保 ます。概ね制定が後の条例の方が、内容が拡充して 健サービスの提供主体となっている市町村について いく傾向はありますが、必ずしもより前に制定され は、3 県が努力義務という形でその役割を規定して た条例の内容をすべて包含しつつ拡充されているわ いるだけでした。地方分権のなかで、役割や責務と けではなく、各道県の歯科保健対策に関する考え方 いう規定が困難なのは事実ですが、逆に市町村の現 や現状、これまでの実績などを反映しているものと 場担当者からすれば、こうした規定があれば事業実 80 8020 No.10 2011-1 トピックス●●● 表 5 計画策定 都道府県 策定義務 評価・見直し 期間 策定・評価組織 公表義務 市町村 策定義務 評価・見直し 期間 策定・評価組織 公表義務 新潟県 北海道 静岡県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 少なくとも おおむね 5 年ごと 5 年ごと ※2 ※2 ○ ○ ○ ○ 長崎県 島根県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 必要に おおむね 応じて 5 年ごと ○ できる ○ 努める 千葉県 ○ ○ ○ 愛媛県 ○ ○ ※1 ○ ○ ※2 岐阜県 ○ ○ 佐賀県 ○ ○ ○ 必要に 応じて 茨城県 ○ ○ 熊本県 ○ ○ ※2 ※2 ※2 ※2 ○ ○ ○ ○ 長野県 高知県 ○ ○ ○ ○ ○※ 3 ○ おおむね 定期的に 5 年ごと ※2 ○ ○ ○ ○ できる 注)※ 1:計画自体の評価・見直し規定はないが、おおむね 5 年ごとの実態調査の結果に基づき、必要な措置を講じる旨の規定がある。 ※ 2:策定組織の規定はないが、策定にあたって、市町村、保健医療関係者等の意見を聞くことを義務づけている。 ※ 3:計画の策定事項として計画期間、進捗管理および評価方法を規定している。 表 6 施策・事業の対象として明示・特定している分野・内容(計画策定の内容として規定しているものを含む) 小 児 妊産婦 児童・生徒 成人 ( 労働者 ) 高齢者 要介護者 障害児・者 へき地 在宅医療 う蝕対策 フッ化物応用の推進 歯周病対策 口腔機能の育成・維持・向上 情報の収集発信・普及啓発 市町村等へのガイドライン策定 関係者の連携体制の構築 8020 運動の推進 新潟県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 週間・月間 人材の養成・資質向上 調査・研究の推進 ○ ○ 北海道 ○ ○ ○ ○※ 1 静岡県 ○ ○ ○ 長崎県 ○ ○ ○ ○※ 1 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 千葉県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ △ ○ ○ ◎ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎ ○ ○ ○ ○ 11/8 〜 14 ○ ○ 島根県 ○ ○ ○ 6/4 〜 10 ○ ○ ○ ○ 岐阜県 ○ 愛媛県 ○ ○ 佐賀県 ○ ○ ○ ○※ 1 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎ ○ ○ 茨城県 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 熊本県 ○ ○ ○ ○ 長野県 ○ ○ ○ ○※ 1 ○ ○ ○ ○ 高知県 ○ ○ ○ ○※ 1 ○ ◎ ○ ○ ○ ○ △ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○※ 2 11/8 を含 11/1 〜 11/8 を含 11/8 〜 む 1 週間 30 む 1 週間 11/21 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 6/4 〜 10 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 注)※ 1:事業者 ( 保険者 ) の歯科健診等の機会確保等の努力義務規定のみ。 ◎ : 学校等におけるフッ化物洗口の実施に関する別の規定がある。 ※ 2:8020 運動とともに、6424 運動の推進も規定している。 △ :「科学的根拠に基づくう蝕予防」等の間接的な表現によるもの。 施・予算獲得の材料となるのも事実です。市町村歯 いては 3 県で規定はありますが、1県は“定めるよ 科保健計画などへの実効性ある支援規定など、少な う努める”となっているものの、他の2県では“定め くとも市町村事業の継続的な維持・向上を支援して ることができる”という規定になっています(表5) 。 いく仕組みの担保は必要だと考えられます。 教育・学校保健関係者、保健医療関係者、介護・ 3)施策・事業の対象・内容 福祉関係者の役割・責務が 1 県を除くすべての道県 施策・事業の対象として明示・特定している分野・ で規定されています。一方、歯科保健推進の中心を 内容をまとめたのが表 6 です。1 県は基本法的性格 担う歯科保健医療従事者の役割・責務を特記して規 の条例で、具体的な施策・事業についての規定は設 定しているのは 5 県に留まりました。 けられていません。施策・事業についての規定を設 2)計画策定 歯科保健計画については、すべての道県で策定義 けている他の 12 道県中すべての道県で要介護者、障 害児者を対象とした施策・事業の推進が明示されて いました。施策・事業の内容として、12 道県すべて 務を課していますが、見直し規定を期間を明示して でフッ化物応用の促進、情報の収集発信・普及啓発、 規定しているのは 5 県のみでした。市町村計画につ 人材の養成・資質向上に関する規定がなされていま 8020 No.10 2011-1 81 ●●●トピックス 表 7 歯科健診・保健指導の推進 対 象 住民全体 従業者 被保険者 障害児・者 要介護者 新潟県 北海道 ○ ◎ ◎ 静岡県 長崎県 島根県 ◎ ◎ 千葉県 岐阜県 愛媛県 ◎ ◎ ○ ◎ ◎ ○ ○ 佐賀県 ○ ◎ ◎ 茨城県 熊本県 長野県 高知県 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 注)◎:事業主、保険者等に機会確保のための努力義務を規定。 した。ただし、フッ化物応用の促進について、2 県 では「科学的根拠に基づくう蝕予防」等の間接的表 現に留まっていました。 2)成人期における歯科健診・保健指導の体制整備 歯の喪失のもう一つの原因は、歯周病です。歯周 歯科健診・歯科保健指導の推進については、8 道 病予防や歯の喪失防止には、歯科医院において定期 県で事業者および保険者に、2 県では事業者に、歯 的なメインテナンスを受けることが効果的であるこ 科健診等の受診機会の確保等を明示し、これらに向 とが報告されており 4)、定期的に歯科健診を受けられ けた取り組みの努力義務を規定していました。 る環境を整備していくことが不可欠です。 そのほか、2 道県は住民全体を対象とした、1 県 ここでいう歯科健診とは、単に疾病をスクリーニ は事業者を、1 県は障害児者および要介護者を対象 ングするだけでなく、自立的な意識と歯科受診を含 とした受診環境の整備などの取り組みを規定してい めたセルフケアを啓発・促進するための保健指導を ます(表 7) 。 行い、しかも地域・職域と歯科医院が連携できるシ 4.今後の口腔保健の重点課題 ステムの構築により生活習慣病予防などに貢献して いくことが必要です。この趣旨に基づく成人歯科健 診・保健指導プログラムが、2009 年に日本歯科医 歯および口腔の健康を保持することは、食事(咀 嚼)、会話をはじめとした国民の質の高い生活を直接 支えるとともに、生活習慣病予防や介護予防など国 民の健康の維持増進に重要です。そしてそれを実現 していくためには、関係者の連携・協力に基づく生 師会から公表され、誰でも利用できるものとなって います 5)。 3)高齢者・要介護等における歯科医療提供体制 の整備と口腔機能の保持 涯を通じた効果的口腔保健推進体制を確立していく 疾病別の通院率でみると、歯科疾患は、高血圧、 ことと、介護・高齢者、障害者、健康増進・医療費 腰痛に次いで第 3 位の高い受療率となっています。 適正化、食育等の各施策と口腔保健医療との連携を しかしながら、高齢者、要介護者あるいは障害者の 確保することが必要になってきます。 中には、様々な要因から実際の受診に結びつかない すべての国民が、生涯にわたって口腔機能が維持 人々が存在し、在宅医療の推進をはじめとした多職 されるための口腔保健にかかわる基本的な課題とし 種連携によるシームレスな歯科医療提供体制の整備 ては、特に下記の 4 点をあげることができます。 が必要です 6)。 1)確実なう蝕予防対策 4)口腔と全身の健康との関連を基盤とした医療 小児のう蝕罹患状況は、確かに減少傾向にありま 連携に基づく歯科医療提供体制の整備 す 1)。しかしながら、地域間格差の問題と成人・高齢 2009 年に各都道府県では 4 疾患 5 事業に関する 者(要介護者)等の課題はまだまだ解決されている 医療計画の見直しがされており、多くの都道府県で とは言えません。歯の喪失の原因の約半数はう蝕で 歯科が位置づけられていますが、具体的な取り組み あり、歯の喪失防止や口腔機能を損なう疼痛の軽減 はまだ十分とはいえません(表 8)。一方、2010 年 など、科学的根拠に基づく確実なう蝕予防対策が必 には、糖尿病連携手帳(日本糖尿病協会)および糖 要です。フッ化物洗口およびフッ化物配合歯磨剤の 尿病治療ガイド(日本糖尿病学会)に糖尿病合併症 普及をはじめとしたフッ化物応用の推進がさらに求 としての歯周病が明記されました 7,8)。また、日本歯 められます。 科医師会と国立がんセンターとの連携により、がん 患者の口腔ケアを地域の歯科医院が担うという連携 82 8020 No.10 2011-1 トピックス●●● 表 8 都道府県医療計画におけるがん等 4 疾患医療連携体制 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 県名 北海道 青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 埼玉県 千葉県 東京都 神奈川県 新潟県 富山県 石川県 福井県 山梨県 長野県 岐阜県 静岡県 大阪府 兵庫県 がん ● ● ● 脳卒中 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 急性心筋梗塞 ● ● ● ● ● ● ● 糖尿病 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 県名 愛知県 三重県 滋賀県 京都府 奈良県 和歌山県 鳥取県 島根県 岡山県 広島県 山口県 徳島県 香川県 愛媛県 高知県 福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県 沖縄県 合計 がん ● ● ● 脳卒中 ● 急性心筋梗塞 ● ● ● ● 糖尿病 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 26(55%) 38(81%) 22(47%) 42(89%) ●歯科の記載がある都道府県 2010 年 4 月日本歯科医療総合研究機構調べ 事業がスタートしています 9)。このような具体的な疾 り強く主張すべき課題であると思われます。加えて、 病別の対応に歯科を位置づけていくことが必要です。 いまだに流動的な要素の強い国レベルの口腔保健法 5.まとめ の取り組みについては、すでに提起している考え方 を基盤として、歯科医療従事者の責務を再認識して いくことが必要であると考えられます。 都道府県条例が、次々と制定されている背景には、 地方分権のなかで、地方議会にも政策立案能力が求 < 追補 > 条例の新たな展開 都道府県条例の制定にかなり早い動きが見られ、 められており、そうしたなかで、歯・口腔の健康づ 平成 23 年 1 月の段階で 15 道県が制定となっていま くりという課題は、住民すべてに身近で、阻害要因 す。もう一点平成 22 年 12 月に静岡県裾野市、つい の少ない前向きなテーマであること、そして国政レ で愛知県あま市において条例が制定されました。今 ベルでは、法案が与野党双方から提出されていなが 後、市町村レベルでも条例制定の動きが広がってい ら、政権交代等の不可抗力的な背景要因により成立 くのか、新展開として注目されます。 にいたっていないことなどが関係しているものと考 参考文献 1)歯科疾患実態調査解析検討委員会:解説平成 17 年歯科疾患実 態調査,口腔保健協会,東京,2007. 2)日本歯科総合研究機構編:健康寿命を延ばす歯科保健医療 - 歯科 医学的根拠とかかりつけ歯科医,医歯薬出版,東京,2009. 3)日本歯科医師会:これからの口腔保健のあり方に関する考え方 −生涯を通じた口腔保健を推進するための法的基盤の整備を目 指して−,2008. 4)深井穫博,池主憲夫ほか編:口腔保健推進ハンドブック・地域 を支えるオーラルヘルスプロモーション,医歯薬出版,東京, 2009. 5)日本歯科医師会:標準的成人歯科健診プログラム・保健指導マ ニュアル,2009 年 7 月,https://www.jda.or.jp/program/ 6)深井穫博:在宅歯科医療推進のためのグランドデザイン:平成 19 年度厚生労働省長寿医療研究委託事業(18 指 -3 分担)報 告書,在宅医療のグランドデザイン,81-130,2008. 7)日本糖尿病連携会議:糖尿病連携手帳,2010. 8)日本糖尿病学会:糖尿病治療ガイド 2010. 9)日本歯科医師会・国立がん研究センター:医科・歯科医療連携 事業計画書,2010. えられます。 しかしながら、このような動きの本質は、生涯に わたる口腔保健の重要性が国民レベルで解決しなけ ればならない切実な問題として認知され、8020 運 動が 20 年を経過して、国民・県民レベルでこの運 動が定着してきたことを示していると言えます。 国レベルの口腔保健法制定の遅れが、都道府県の 歯科関連条例制定の推進力の一つの要因であるとす れば、図らずも、従来の中央集権的な医療制度改革 の大きな転換の契機を得たという解釈が可能なのか もしれません。 このような観点からみて、条例制定の動きは、あ る程度長期的な展望に基づき、各地域の独創性を粘 8020 No.10 2011-1 83 ◎フォーカス Focus フォーカス 近年の学校歯科保健の動向 ∼学校と家庭・地域との連携を目指して∼ 日本大学名誉教授 日本学校歯科医会常務理事 赤坂守人 Focus 従来、8020 運動と小児との接点は多くありませんでした。近年の学校歯科保健の目標は過去の疾病 志向から健康志向の時代へ、さらに児童生徒への健康教育と保健指導を重視し、家庭・地域と連携する 学校歯科保健を目指しています。最近、「学校保健安全法」の名称で法改正が発表され、今後の学校歯 科保健の方向性を示すものであり、また、生涯保健として 8020 運動との協働活動が期待されます。 1.はじめに 国民運動として展開してきた 8020 運動は、そ の成果は数多く認められています。その一つに、象 徴ともいえる目標値をもつ者の割合が確実に増えて いることが報告されていますが、それにも増しての 成果は、8020 という数値の意義を知る国民が多く みられるようになったことかと思われます。今後の 8020 運動の方向性の一つには、口腔機能がより良 く発揮されるための「機能の発達支援」、「歯列咬合 の育成」 、そして歯および口腔が健全に育成され保持 されるための望ましい「生活習慣の形成と維持」に あるかと思われます。 従来、8020 運動と子どもとの接点は、ほとんど なかったと感じられますが、これらの今後の方向性 は、現代の小児期の歯科保健医療(当然そのなかに は学校歯科保健も含まれますが)の方向性・目標と も一致するもので、今後の協働活動が期待されます。 地域住民への歯科保健に関する健康教育の啓発活 動はさまざまなアプローチがありますが、小児期、 とくに児童生徒には学校での教育的アプローチがあ ります。現在のわが国の医療保険制度の状況は、健康・ PROFILE あかさか・もりと 日本大学名誉教授、日本学校歯科医会常務理事。64 年日 本大学歯学部卒業、77 年日本大学助教授(小児歯科学)、 77 〜 91 年自治医科大学非常勤講師、82 〜 83 年カリ フォルニア州立大ロサンゼルス校歯学部客員教授、84 年 日本大学教授(小児歯科学)、93 年〜 96 年日本大学歯 学部付属衛生専門学校校長(兼務)、04 年日本大学歯学部 研究所教授、09 年より現職。1939 年東京都出身。前日 本小児歯科学会理事、前日本障害者歯科学会理事、前日本 歯科医師会 :「食」の打ち合わせ委員会委員、日本小児保 健協会 : 乳幼児健診システム委員会委員、千葉県食育推進 協議会委員。著書(編著) :小児歯科学、21 世紀の小児歯 科を考える 、小児の歯科栄養ハンドブック、その他 84 8020 No.10 2011-1 健全を対象にした健康教育活動には評価が低いこと もあって、臨床活動では比較的低調です。 この点、学校保健活動は、教育活動の一環として 行われるため対象の幼児、児童生徒、ときに家庭に 対し、広く浸透する可能性があります。 しかし、現代の学校教育の現場もさまざまな課題 を抱えており、健康教育が十分に行われる場とは言 い切れません。また学校歯科保健活動に強く影響す る学校歯科医の資質の格差などさまざまな課題を抱 えています。 平成 20 年、「学校保健法」が「学校保健安全法」 と改名され、半世紀ぶりに施行規則も改正されまし た。この改正の目標とすることは、学校保健の大き な転換期を迎えて、今後の学校保健、同時に学校歯 科保健の方向性を示しています。本稿ではこの点を 中心にしながら近年の学校歯科保健の動向を紹介し たいと思います。 2.ヘルスプロモーションの 理念と学校保健 WHO が学校保健に関心を寄せる理由には次の 2 点にあろうと高石は述べています。第 1 点はライフ サイクルという縦の時間的広がりを考えると、児童 生徒は将来成人して新しい時代を担うため、学齢期 に健康生活の知識、習慣を修得させることは大きな 意義をもつこと、第 2 点は学校が地域社会の中核と して存在する横の空間的な広がりを考えると、地域 全体の健康づくりにとって学校保健の重要性が認識 される、ということです。 現代の学校保健活動の方向性を示す重要なポイン トは、「学校・家庭・地域の連携」と言えます。この 古くて新しい課題を考えるとき、WHO が提唱したヘ ルス・プロモーションの理念(図 1)は、そのまま フォーカス Focus ◎ 健康 知識や技術 住民 従 来 の 健 康 教 育 個人のエンパワー 住民組織のエンパワー 健康 (障害) 人生 な 豊か 環境管理 健康管理 健康診断 健康管理 学 校 保 健 事後措置としての指導・助言 健康相談 保健管理 a.個人対象の保健指導 保健教育 b.集団対象の保健指導 (例:児童生徒対象の講話) 保健学習 健康を 支援する 環境づくり 図 1 ヘルスプロモーションの理念 エンパワー:「内なる力」 薬剤師と協力して指導・助言 チームティーチング (T.T.) を含む a.学校保健委員会 保健組織活動 b.教職員研修会 c.保護者対象の会 (島内 1987,吉田・藤内 1995 を改編) 図 2 学校保健の構造(領域) 学校保健の考え方でもあります。 学校保健とは、学校という教育の場において展開 される保健活動です(図 2) 。その目的は、①幼児・ 児童・生徒・学生および教職員の健康の保持増進を 図ること、②集団教育としての学校教育活動に必要 な保健安全的配慮を行うこと、③自ら健康の保持増 進を図ることができるような能力を育成すること、 の 3 つにあると言われます。この 3 つ目がヘルスプ ロモーションの考え方に則った健康教育を語ってい ます。 すなわち学校での健康教育とは、児童生徒が「健 康に関する興味と関心を高め、健康の価値を認識さ せ、自らの課題をみつけ、自主的に判断行動し、よ り良く課題を解決する」というプロセスを通じて、 健康に「生きる力」を身に付けることを目標にして います。言い換えるなら、児童生徒の歯・口の健康 づくり活動の目標は、発育段階に応じて自分の歯・ 口の課題をみつけ、課題解決のための方法を工夫、 実践しながら、生涯にわたって健康な生活を送る基 礎を培うことと、自ら進んで健康と安全の形成に貢 献できるような資質や能力を養うことにあります。 さらには、歯・口の健康づくりを通じて、「生きる力」 の基礎を培うことにあります。 この点で歯・口は、児童生徒自らが観察できる対 象であること、知識、理解が容易であること、話題 の共通性に富んでいることなど、学校での健康教育 には適した教育教材とも言えます。 学校歯科医は、将来を担う子どもたちに、 「生きる 力」を育むための歯・口の健康づくりを、学校での 健康教育を通して行われることが望まれます。 3.現代の健康教育の動向 現代の健康教育の主眼は、疾病志向から健康志向 へと変化してきました。個人の手洗いや環境衛生の 指導に重点をおいていた時代から、生活習慣を見直 し、望ましい生活習慣を形成し維持することに重点 を置くようになりました。さらに、健康教育の動向 としては、「人間を全体としてみる」見方、さらに 文化、環境、社会的・経済的要因にも関心が払われ、 とくに個人や家庭の「生活の視点」を重視するよう になっています。 その上で、「よりよい健康を獲得すること」や「身 体的、精神的、社会的要素まで配慮した疾病予防」 等が議論されるようになってきたとも言えます。こ れはまた、乳幼児期・学齢期に限らずすべてのライ フステージの健康教育や保健指導に通じる重要な視 点でもあります。それによって、乳児期から高齢期 にいたる生涯を通した一貫性ある歯・口の健康づく りの可能性が生まれてきます。 わが国の戦後以降の急速な社会経済的な変貌と、 さらに現代の社会格差は、社会的な弱者ともいわれ る子ども、高齢者、障がい者に、多様化した健康課 題を生み出してきました。学齢期の子どもについて は、学校単独として取り組むべきもの、また学校・ 家庭・地域が連携して取り組むべきものなど、特に 喫緊の課題としては、「食育推進」、「家庭・地域およ び学校の安全・安心な生活の確保」、「メディア社会・ 夜型生活による子どもの精神心理面への影響とその 対策」、「子どもの体力・運動能力の低下をくい止め る方策」など、子どもの生活習慣に関わることが多 くみられます。 これら子どもの健康課題は、必然的に成人期、高 齢期に至って健康や疾病に大きな影響を及ぼしてき ます。文部科学省保健体育審議会答申でも指摘して いるように、現代の児童生徒は自分の存在に価値や 自信が持てないなど、心の健康問題と大きく関わっ ていると考えられます。であればこそ、これからの 学校教育あるいは子どもの健康教育に期待されるこ とは、今を生きようとしている子どもたちが「価値 や自信の持てる」教育や居場所を提供することにあ ります。 8020 No.10 2011-1 85 ◎フォーカス Focus 学校は、このような課題解決のための健康教育を、 組織体として教育的機能を発揮できる実践の場であ ることを、その活動の一翼を担う学校歯科医はもち ろんのこと、地域保健、臨床活動の場で子どもに接 する地域のかかりつけ歯科医も心して臨むべきです。 4.学校健康診断と事後措置の推移 学校での健康診断は集団に対しての健康管理を進 める上で、必須とされる基本的条件ですが、学校歯 科保健活動にとっても最も中核となるものです。過 去の主な学校歯科保健活動は、子どもに広く蔓延し 急性に進行するう蝕に対応したもので、したがって、 児童生徒の健康診断の中心はう蝕の検出であって、 保健教育も歯みがき指導に代表される歴史であった と言えます。 昭和 30 年頃から、児童生徒の未処置むし歯半減運 動が行われ、むし歯予防推進校の全国的な展開・活 動が行われるようになり、その結果、他の要因の影 響をも受けて、現在の児童生徒のう蝕罹患は減少し、 進行も慢性かつ軽症化を示すようになりました。 平成 6 年、学校保健法施行規則の一部改訂に伴い、 「健康診断マニュアル」が発刊されています。このと きの健康診断についての考え方が、その後の学校保 健活動の方向性を大きく転換させることになりまし た。従来の身体の計測や疾病を早期発見し治療勧告 するという、疾病を基礎に置いた健康診断から、健 康であるかどうかふるい分けを目標にしたスクリー ニングという取り組みに変わり、さらに健康診断後 の対応、事後措置としての保健教育や予防対策が重 視されるようになりました(図 3) 。 即ち、学校での健康診断は、疾病や異常の発見だ けでなく、健康状態を把握し、健康の保持増進を目 的にした教育活動の一環として位置づけられ、歯科 医師として歯科医療機関で実施する個人を対象とし た健康診断や疾病診断とは趣が異なってきます。 児童生徒の歯科検診に CO・GO が導入されたこと は(表 1) 、学校での新たな健康診断のあり方を示し た象徴的な項目と言えます。健康診断がスクリーニ ングであることを明確にしたことから、う蝕、歯周 疾患の判定基準が大きく変わり、う蝕については CO (要観察歯)と C(要治療)に、歯周疾患については GO(歯周疾患要観察者)と G(要精密検査)とし、 それぞれに「異常なし」を加えて、3 区分に判定さ れます。即ち CO および C は、 「要観察が必要か否か」 と「治療が必要か否か」の目の粗さになっています。 その目の粗さの一定化のために、探針を使用してい た時期もありましたが、鋭利な探針使用による再石 灰化の抑制を考慮し、現在では探針の使用目的と方 法が変わってきています。このふるい分けの目の粗 さが検診者による判定のバラツキがみられるのは必 86 8020 No.10 2011-1 表 1 歯科健康診断に CO が導入された背景 ①過去に比べ、児童生徒の口腔内環境は改善されてき ており、う蝕活動度が低い時代となっている。 ②萌出直後のエナメル質表層の再石灰化現象について の科学的な知見が明らかになり、初期状態のう蝕の 1 年後の推移をみると再石灰化によって健全な状態 に戻っている。 ③従来の歯科検診時に C1 の検出には検診者間に判定 上の誤差が多く見られ、これを除外する必要がある。 ④可能な限り治療を行わず、保健指導または予防処置 を受けるようなヘルスプロモーションとして健康教 育を行う時代を迎えてきている。 然と言えます。 CO は、 学 校 で 臨 時 健 康 診 断 に よ る 経 過 観 察 を 続 け な が ら、 事 後 措 置 と し て 学 校 歯 科 医 が team teaching、guest teacher により保健学習や保健 指導に参画しながら、学校での保健指導を行い、児 童生徒自身がこれを観察しながら、歯みがき習慣な どによって口腔環境を改善していくことを目的にし ています。CO や GO は、適切な健康行動で可逆的に 変化し、「自分の体は自分で大切にすると応えてくれ る」ことを自ら体験する児童生徒の学習の機会とな ります。 平成 18 年の健康診断マニュアルの改訂では、CO の事後措置として、検診時の環境、う蝕の多発地域 などの条件、さらにう窩は認められないがとくに隣 接面など初期う蝕が疑われるときなど、学校歯科医 の裁量により、CO 導入の目的を理解するかかりつ け歯科医での精密診査と管理を勧めるとしています。 基本的には導入時の理念である学校で対応すること には変わりがありません。このとき学校歯科医では ない地域の歯科医が「かかりつけ歯科医」である場合、 CO の意義を理解しているかという点が重要になって くるため、地域の歯科医師会を通じて学校歯科医(会) と密接な連携を図っておくことが必要です。 また、平成 6 年の改正では、歯科検診の項目に歯垢・ 歯石沈着の観察、歯列・咬合、顎関節など新たな項 目が導入されました。これらの項目は、児童生徒が 学習上あるいは学校生活を過ごす上に深く関わる発 語や給食など口腔機能上の問題を、学校関係者が配 慮し、保護者を含む児童生徒個人との健康相談を重 視する姿勢を示したものです。 5.改正「学校保健安全法」と 学校歯科保健の課題 平成 20 年「学校保健法」が約 50 年ぶりに「学校 保健安全法」と法改正され、学校保健の充実が図ら れると同時に、学校安全に関する章が新設されまし た。学校保健および学校安全に関して各学校で共通 して取り組むべき事項について、学校設置者並びに フォーカス Focus ◎ 健康診断の事後措置としての保健教育・管理は どのように行われるか 学校保健計画・学校安全計画参画(提言・助言) 健康管理 保健教育 組織活動 ○臨時健康診断 経過観察 ○健康相談 ○保健施設設備の整備へ の指導助言 ○保健講話の実施 ・児童生徒対象 ・PTA保護者対象 ○授業への参加 ・T.T.、G.T. ・教材、資料の提供 ○児童生徒保健集会への 参加 ○養護教諭や担任による 個別指導や健康相談活 動への指導助言 ○学校だより、保健だよ りへの寄稿・資料提供 ○学校保健委員会・地域 学校保健委員会での指 導・提言 ○学校運営協議会等(学 校評価)での指導・提 言 ○校内研修会講師 ○PTA講演会・講習会講 師 表 2 学校歯科保健と健康相談 学校保健安全法第 8 条に「学校においては、児童・ 生徒等の心身の健康に関し、健康相談を行うものと する」とある。 (1)歯・口の健康に無関心な者のうち、種々の理由 で学級担任や養護教諭などの学校関係者で適切 な指導が実施できない者 (2)顎関節や歯列咬合について、生活習慣の関係で 継続的な観察を必要とする者 (3)健康の保持増進上、生活習慣に問題のある者 (4)口臭や口腔周辺の不良習癖がある者 (5)本人や保護者が健康相談を必要としている者 (6)学校歯科医がかかわらないと解決できない歯科 保健上の問題を抱えた者(例:口腔の状態が原 因のいじめなど) 図 3 健康診断の事後措置 国、地方公共団体の責務として法的に整備され、大 幅な改正となりました。また、平成 20 年には「学 校給食法」の法改正もあり、同時期に両法の改正が 行われたのは、児童生徒の健康の保持増進という共 通した理念を有するためです。 この「学校保健安全法」および「学校給食法」は、 今後の児童生徒等の学校歯科保健の理念あるいは方 向性を示す改正として、学校歯科医は当然として、 地域のかかりつけ歯科医も理解しておくことが必要 です。 今回の改正では、すでに中央教育審議会の答申で も、子どもの健康を取り巻く状況について「都市化、 少子高齢化、情報化など社会環境や生活環境の急激 な変化は、子どもの心身の健康にも大きな影響を与 えており、生活習慣の乱れ、いじめ、不登校、児童 虐待などメンタルヘルスに関する課題、感染症など 新たな課題が顕在化している」と指摘しています。 このような現代的な健康課題に対応していくには、 主に「学校保健に関する教職員の学校内体制の整備」 が当然必要になってきますが、また「学校、家庭、 関係行政機関、医療機関との連携」がさらに重要で あることを指摘しています。 「学校保健安全法」では、従来の学校医および学校 歯科医の職務の一つとしていた健康相談が、養護教 諭をはじめ学校全体で広く行われよるようになりま した。この「健康相談」重視の姿勢は、現代の児童 生徒の健康課題に対応していくには、従来の学校保 健活動の集団・グループ重視のアプローチから、個 別・ハイリスクのアプローチを加味した支援、健康 教育が要求されている時代を示したものです。これ らの改正のなかで学校保健に関連する主な要点を挙 げ、さらにそれに伴った今後の学校歯科保健の課題 について以下に記しました。 1)個々の幼児、児童生徒の発達に応じた健康把 握と健康相談の対応 現代の子どもの健康・安全の課題は多様化し、深 刻化しています。そこで、子どもの健康および安全 について、学校全体の各教職員が取り組み、発育に 応じた子どもの心身の観察力を養い、集団としの子 ども(保護者)に限らず、個人としての健康観察や 健康相談・保健指導を重視する必要があります。 (学校歯科保健の課題) ①歯科健康診断時に、児童生徒への個別指導(声 かけ)と健康診断後の事後措置として、保護者 を含む健康相談を重視すること(表 2)。 ②ハイリスク児(例、う蝕、特別支援教育等の対 象児)の保健管理(健康相談)および保健指導 の充実のための継続的な保健計画の策定に学校 歯科医も参画すること。 ③子どもの歯科健康診断の精度を高め、多様化し た歯科的健康課題を検出するために、個人の保 健調査、健康・生活習慣等セルフチェック票な どの整備・充実を図ること。 2)学校安全(安心)の管理と安全教育 増加し深刻化する事故・犯罪・いじめ等、また子 どもの虐待およびネグレクトに対する対応を重視し、 その管理および教育・支援の充実を図るようにしま す。 (学校歯科保健の課題 ) ①学校種別の「学校安全(安心)教育」の学習法 および教材の整備 ②歯・口腔外傷の対応に学校歯科医のスキルアッ プと地域の専門的医療機関との連携強化、情報 のネットワーク化。 ③給食時の誤飲・誤嚥防止のための「食べ方」指 8020 No.10 2011-1 87 ◎フォーカス Focus 導と緊急処置法の指導。 ④呼吸器系を中心にした感染予防の 指導(口腔ケア、ぶくぶくうがい の習慣化) 。 ⑤メンタル ヘルスと歯・口腔保健の 重 視。 児 童 の 虐 待・ ネ グ レ ク ト、 いじめなどによる口腔疾患および 口腔環境への影響を知り、歯およ び口腔の情報を学校関係者と共有 化。被虐待・ネグレクト児の歯・ 口腔所見の蓄積のネットワーク化。 3)食育・食教育の推進 歯・口の健康つくりとしての食教育・食指導 1.よく噛んで(噛ミング 30)安全な食べ方の食支援 2. 「よく味わい五感で食べ五感を育む」食体験学習 3.歯・口の健全および疾病予防の食事・間食指導 健康診断事前調査 保健調査、生活・食習慣調査 (セルフチェック調査票) 定期健康診断 保健管理 保健教育 リスク児 (個別) を対象 にした健康相談 集団・学級を対象にした 保健学習、保健教育 学校全体・個人の 「食」の課題 次年度保健 安全計画 組織活動 学校保健委員会・父母会 職員健康・安全部 児童会 子どもの「生きる力」を育み、心と 身体の健康づくりにとって「食」は最 特別活動 学校給食指導 教科による保健学習 も重要です。食育基本法の制定に伴い 学級活動:指導計画に基づき 給食時に栄養教諭と 食生活の関心を深め、 基本的な食習慣を身につけ、 T.T.G.Tとして歯科医 知識の習慣化を図る 学校での食育推進のための食教育を重 食 生 活 の 理 解を 深 める 。 も参画 ◎保健:生活習慣と病気 視します。 T.T.,G.Tとして歯科医も参画 (テーマ) 咀しゃくと健康 する ◎体育:健康な体つくり ◎献立の多様化、栄養バ (学校歯科保健の課題) 学校行事:諸行事を通し啓発 歯周病について ランス 児童会活動:給食間食について その他 生活習慣の乱れ、家庭機能の低下な ◎皆で食べる楽しさ体験 (テーマ) ◎よく噛みよく味わう どを要因にして、子どもの食生活は変 ◎安全・安心な食べ方 ◎「咀しゃくと健康」 ◎箸、 食器の正しい使い方 化しており、心身の健康および咀嚼な ◎「噛ミング30運動」 ◎「歯周病と歯みがき」 どの「食べ方」などに影響しています。 ◎「五感で食べる」料理体験 今後の歯科保健の健康教育の主要な課 地域・行政 家庭 (保護者) 題でもあります(図 4) 。 ①よく噛むなど「食べ方」 (噛ミング ・地域保健委員会の活用 ・保健だより (保護者 30 運動との協働活動)の食教育 ・地域「食・親子」フェア への連絡) ・地域保健「食」健康教育 ・噛ミング30運動 ②五感で食べ、五感を育むための味 ・生活習慣確立・改善運動 ・健康手帳の活用 覚・料理体験教育 ③歯・口腔の疾病予防、健全保持の 図 4 食教育の計画と実施法のフロー図 ための食事・間食指導 ④皆で楽しく伝統食・郷土食を食べる食体験 科健康診断の義務化、また幼稚園、小学校、中 ⑤学校給食(食べ方、姿勢、食具・食器、窒息予 学校間の一貫性ある保健管理、保健教育の推進。 防)と食教育 (例:幼児から中学生に至る歯・口の健康手帳の ⑥学校歯科医と栄養教諭との食育体験学習の連携 作成、歯みがき習慣指導の継続など) および協働活動 4)学校種間、家庭(保護者)および地域との連 携強化 幼稚園・保育所、小学校、中学校など学校種間の 一貫性・連携を重視し、さらに学校が地域の核となっ て、家庭・地域の安全(安心)を守り、さらに機能 低下している家庭や地域の機能を支援します。 (学校歯科保健の課題 ) ①学校保健委員会の活性化と学校歯科医の参加 ②地域(拡大)学校保健委員会の重視(各学校種、 地域行政、医療機関の連携) ③家庭と学校の連携(歯科健康診断結果の個別健 康相談の実施、 「健康だより」を活用しての児童 生徒の保健教育内容を家庭に連絡) ④幼稚園と保育所の一体化の推進。園(保育所)歯 88 8020 No.10 2011-1 5)特別支援教育の改正 今回の大きな改正の一つに特別支援教育を対象に する児童生徒の「学校保健」が重視されています。 従来の肢体不自由児、知的発達遅滞児等は特別支援 学校に、その他の発達障害児は通常の学校の特別支 援学級もしくは通級に在籍するようになりました。 学校歯科医はこれを理解し、対象児への健康診断、 事後措置、保健指導に対応することが必要になりま す。 (学校歯科保健の課題) ①対象学齢児の保健調査・生活習慣・機能調査の 再検討および整備 ②健康診断診査項目、診査方法、健康診断票の再 検討 ③保健指導(健康相談)、生活・機能支援の充実 フォーカス Focus ◎ 図 5 学校歯科保健参考書 ④通級での歯科保健教育の T.T.、G.T. として学校 歯科医の参加 6)地 域のかかりつけ医(歯科医)、専門的医療 機関、福祉、行政との連携強化 児童生徒・教職員の多様化・深刻化する健康課題、 増加し重症化する安全・事故、および通級に在籍し 増加する発達障害児への対応など、かかりつけ医(歯 科医)および専門的医療との連携および継続的な支 援のために連携を強化することが必要です。 (学校歯科保健の課題) ①歯科医師会と学校歯科医会(部会)の連携強化 および協働活動 ②かかりつけ歯科医と学校歯科医の情報交換、学 校歯科医研修会 へのかかりつけ歯科医の参加 ③専門的な歯科・医科医療機関との連携・協働活動 ④学校歯科保健活動についての教育、医療、栄養、 行政など各関係者への広報および啓発活動の充 実を図る 6.日 本学校歯科医会生涯研修制度 の発足 すべての学校歯科医が、歯科医師としての専門性 を活かしながら、今日の児童生徒の多様化した歯お よび口腔の健康課題に対応して、教育者としての側 面をもった資質を備え、さらに次世代を担う子ども たちの生涯保健として一貫性ある学校歯科保健を推 進していくには、その資質の向上を図るための研修 が必要です。 日本学校歯科医会は学校歯科医生涯研修制度を平 成 21 年度 4 月から、まず基礎研修が全国各加盟団 体でスタートしました。この基礎研修参加修了者は 平成 22 年 9 月現在約 1 万名に達しており、全会員 の約 5 割が参加しております。近い将来基礎研修を 踏まえての、次のステップの研修のあり方を検討中 です。 地域住民、学校関係者、そして児童生徒と保護者 に信頼され期待される学校歯科医を目指していくに は重要の事業と位置付けています。 < 参考 > 図 5 に日本学校歯科医会および日本学校保健会が 発行した学校歯科保健参考書を示します。 参考文献 1)高石昌弘:健康教育を通した学校づくりの意義と課題,学校保 健研究,49:98-102,2007. 2)文部省監修:児童生徒の健康診断マニュアル,日本学校保健会, 1995. 3)文部科学省監修:児童生徒の健康診断マニュアル(改訂版),日 本学校保健会,2006. 4)文部科学省監修:「生きる力」をはぐくむ学校での歯・口の健 康つくり,日本学校歯科医会,2005. 5)日本学校歯科医会編:学校歯科医の活動指針(改訂版),日本 学校歯科医会,2007. 8020 No.10 2011-1 89 ◎ Research リサーチ◎ 新潟高齢者スタディー 新潟大学大学院 医歯学総合研究科 予防歯科学分野 宮﨑秀夫 葭原明弘 1998 年から行っている高齢者調査の結果に基づき、①咬合崩 壊が転倒骨折リスクである身体能力低下を招くこと、②歯周病や 歯数が骨密度と関連すること、③咀嚼機能低下を含む口腔疾患と 栄養との相互関係、④う蝕と不整脈との関係、を通して寝たきり につながる身体的健康の悪化について記述しました。 ク持っておられたかたは 70 歳以前に亡くなられて 1.はじめに いるでしょうから、本研究対象者にはなり得ないと いうことです。 1998 年〜 2008 年の毎年、5 月から 6 月にかけ すべからく疫学研究には、莫大な予算と多くの人 て新潟高齢者スタディーを厚生労働科学研究として 材を投入した大規模研究を除き、得られたデータを 実施しました。研究の目的は、口腔健康と全身健康 解釈する(意味づけする)際に「限界」を伴います。 の関連性についてこれまでに報告されてこなかった したがって、本研究で想定する全身健康状態とは慢 新たな仮説を形成すること、関連性は示唆されてい 性疾患あるいは緩やかに変動する「健康の減衰状態」 るがそのメカニズムが明らかでないものについて何 であり、それらに対して、口腔健康状態がどのよう らかの糸口をみつけること、さらに、関連性が認め な影響を与えているのかを知ることになります。そ られてきたものについてはその因果関係(原因と結 れによって、高齢期口腔保健の重点項目が浮上し、 果)を明らかにすることでした。 あるいは、ずっと若い時期からの口腔保健目標が明 本研究の対象集団を 70 歳としたのは、前期高齢 期から後期高齢期をまたぐ 10 年間の追跡で、老化 確になると期待されます。 2009 年以降も訪問調査主体でフォローアップ に加え全身疾患の発現が観察できるからです。一方、 を行っていますが、主に分析に多くの時間を割い 真に重篤な疾患の発症リスクとして口腔健康状態を ています。現在までに、国内外に公表された論文 みるためであれば、もっと若い年代を選ぶ必要があ は 投 稿 中 の も の も 含 め て 78 編 あ り ま す(http:// るかもしれません。言い換えると、重篤な発症リス www.dent.niigata-u.ac.jp/prevent/japanese/ PROFILE PROFILE みやざき・ひでお 新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔健康科学講座教 授(予防歯科学分野)。1978 年九州歯科大学歯学部卒 業、86 年九州歯科大学口腔衛生学講座助教授、95 年新 潟大学歯学部予防歯科学講座教授、01 年 4 月より現職。 1952 年生まれ、福岡県出身。国際口臭学会(ISBOR) 会長、IADR 高齢者研究部会会長、日本口腔衛生学会理事、 WHO 協力センター長等を務める 90 8020 No.10 2011-1 よしはら・あきひろ 新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔健康科学講座准教授 (予防歯科学分野) 。1987 年新潟大学歯学部卒業、87 年 新潟大学歯学部附属病院助手、01 年新潟大学大学院医歯 学総合研究科助教授、07 年新潟大学大学院医歯学総合研 究科准教授。1962 年生まれ、新潟県出身。研究テーマ : 予防歯科、疫学 ◎ Research リサーチ◎ niigata_study.html)。学術雑誌以外にも発表させ ていただく機会があり、本誌 8020 にも結果の一 部について「新潟市高齢者コホート調査(新潟スタ ディー)からみた歯と全身の健康」 と「歯を長持 1) ちさせる生活習慣 -8020 予防歯科入門」2)の題名で 紹介させていただきました。本稿と併せてご覧いた だくことで、より全体像がみえてくるかもしれませ ん。 2.調査対象者と研究方法 1988 年に、 新潟市在住の 70 歳と 80 歳全員(70 歳:4,542 人、80 歳:2,087 人 ) に 対 し 質 問 紙 調査型式による研究参加呼びかけに始まり、最終的 には男女比がほぼ等しくなるように対象者を選択し 12 12 10 10 8 相 相 対 8 危 6 険 4 度 対 6 危 4 険 2 2 0 無歯顎 1-9本 10-19本 20本以上 0 要装着 要治療 良好 現在歯数 p<0.001 p<0.01 度 義歯必要度 p<0.05 有意差なし 図 1 咀嚼機能喪失 ( 咬合崩壊 ) が身体的健康悪化に寄与す る相対危険度 ました。1988 年の参加者は 70 歳 600 人、80 歳 163 人、合計 763 人で、このうち 70 歳の 600 人 新潟高齢者スタディーのきっかけとなった研究成果 4) は年に一度の調査で 10 年間継続する対象者でした。 の一部です。 対象者の選別方法に関する詳細については口腔衛生 学会誌 3)を参照してください。 調査開始時の咀嚼機能状態(噛めるか噛めない か)が、6 年の間で身体的健康状態の悪化に影響を 調査は、口腔健康状態に関連する評価項目(歯と 与えたかどうかをロジスティック回帰モデルにより 歯周組織、粘膜組織、唾液、細菌、口腔気体分析、 調べようとしたものです。結果は、歯が 1 本もない パノラマ X 線検査など)の他に、社会・環境や日常 人(無歯顎者)は 20 本以上歯を持つ人より身体的 生活調査、医学検査(身体計測、骨密度、視力、血圧、 健康状態が悪化し、要介護となる確率が 3.3 倍と示 心電図、既往歴、服薬、血液生化学検査、尿検査な されました。また、歯がない人の間でも、入れ歯(義 ど) 、栄養調査、運動生理機能、身体機能等の全身健 歯)による咀嚼機能回復が図られていない人は義歯 康状態を表す項目について測定しました。すべての を使って噛めている人より 2.9 倍高くなりました。 調査項目の実施にあたっては、対象者一人につき 2.5 〜 3 時間を要しました。 図 1 は、現在歯数(左)と義歯の有無を含めて咀 嚼機能回復が図られているかどうか(右)の組み合 わせで、身体的健康が悪化する危険度(相対危険度) 3.咬合や咀嚼機能の状態が全身の 健康状態に影響を与えている を示したものです。組み合わせは 12 通りあります が、現在歯数 20 本以上の群に比べると、残存歯数 が少なくて義歯の治療が必要な群のみならず、10 〜 1)日本人高齢者での先行研究 19 本歯が残っていても義歯の治療が必要な群では 図 1 を ご 覧 く だ さ い。 こ れ は 1988 年 〜 1995 明らか(p<0.05、0.01、0.001)に身体的健康状 年に実施した北九州市の高齢者調査データ(65 〜 態が悪化していることがわかります。相対危険度は 107 歳、対象者数 2,220 名)を現在九州大学にい 3.2 倍〜 10.3 倍でした。ちなみに、精神的健康状 らっしゃる嶋崎義浩先生が分析し、発表したもので、 態(認知機能の低下)や生命予後に対する咀嚼機能 8020 No.10 2011-1 91 ◎ Research リサーチ◎ 咬合崩壊 ① バランス 歯の喪失 ③ 歯周病 筋力 ② 栄養 敏捷性 転倒 運動 骨折 骨密度 骨粗鬆症 う蝕 ④ 心疾患 脳血管疾患 ⓐ S-BAP(U/L) 身体能力 ⓑ 寝たきり 下顎骨皮質指数(MCI) 図 3 下顎骨皮質指数 (MCI) と血清 BAP の関係 著しいQOLの低下 図 2 高齢者が寝たきりにいたるまでの身体能力、栄養、口腔 (p<0.05)な悪影響を与えることを示し、上下の歯 疾患、全身疾患の関連 のしっかりした噛み合わせは身体バランスや敏捷性、 筋力維持に不可欠であると、前回記述しました 1)。 低下の影響を調べると、無歯顎で義歯未装着者は 3.9 本稿では、その同じ対象者(70 歳)を 8 年間追跡 倍認知症になりやすく、また、死亡確率は 3.2 倍に し、運動機能の変化について分析しました。脚伸展 上りました。 力、脚伸展パワー、開眼片足立ちの機能低下が 30 〜 50% の対象者に認められましたが、そのうち、脚 2)寝たきりに至る道筋 伸展パワーと開眼片足立ち時間では、咬合支持状態 新潟高齢者スタディーで明らかになってきた、寝 (アイヒナーインデックス)とに有意な関係が認めら たきりにいたるまでの身体能力、栄養、口腔疾患、 れました(ロジスティック回帰分析)。すなわち、咬 全身疾患の関連性を図 2 に示します。 合の崩壊が認められた高齢者は咬合支持域を保持し 厚生労働省国民生活基礎調査によると、65 歳以上 ていた者に対し、脚伸展パワーが低下するリスクは の寝たきりの原因は脳血管疾患(図中 ⓐ 、以下同じ) 4.61 倍(オッズ比、p=0.01)、開眼片足立ち時間 が 30.3% と最も頻度が高く、骨折・転倒(ⓑ)は が短くなるリスクは 4.27 倍(オッズ比、p<0.05) 11.7% で高齢による衰弱や痴呆とならんで第 2 位 高くなることが示されました 5)。 グループを占めています。本稿では咬合の崩壊が転 この結果は、生涯を通じ、咬合支持域を保つこと 倒につながる身体機能低下に及ぼす影響(①)、口腔 が体力の低下防止に寄与し、転倒やひねりなどによ 疾患と骨折が生じやすい骨粗鬆症・骨密度低下(②) る骨折を可及的に予防する可能性を示唆します。 との関連、う蝕・歯周病と栄養との関係(③) 、う蝕 と心疾患との関係(④)を中心に紹介したいと思い ます。 4)口腔疾患と骨密度 骨折の大きな危険因子となるものに骨粗鬆症があ ります。高齢者では程度の差はあっても骨代謝機能 3)咬合崩壊と身体機能 1998 年の断面研究から、咬合の崩壊は脚伸展パ ワー、ステッピング回数、開眼片足立ち時間に有意 92 8020 No.10 2011-1 の低下がみられます。骨粗鬆症の前段階として、特 に高齢者では骨密度の低下が認められますが、骨代 謝機能の低下に起因するものと思われます。 ◎ Research リサーチ◎ U-NTX(nM BCE/mM Cr) 歯周病 (3mm以上のアタッチ メントロスの部位数) 骨密度 (スティッフネス値) Coef.= −0.199 ( =0.001) 調整 下顎骨皮質指数(MCI) 図 4 下顎骨皮質指数 (MCI) と尿中 NTX の関係 交 絡 要 因 ・性 ・血清アルブミン ・総コレステロール ・BMI ・アタッチメントレベル ・握力/体重 ・定数 ・IgG ( =0.033) R2=0.106 図 5 歯周病と骨密度の関連性 図3はエックス線上の下顎骨皮質の密度で3分 ネス値が低い高齢者群では高度に進行した歯周病有 類した対象者別に、血清中の骨特異的アルカリファ 病部位数が多い(標準化回帰係数 = − 0.199)こと ス フ ァ タ ー ゼ(BAP: Bone-specific Alkaline もわかりました(図 5)。 Phosphatase) 量 を 示 し た も の で す。 血 清 BAP は骨基質の形成に重要な働きをするので骨折リスク の評価指標として用いられています。重回帰分析に 5)口腔疾患と栄養の相互作用 これまで記述してきたように、歯の数で代表され より下顎骨皮質密度が低い群は性、喫煙、骨密度、 る咬合や咀嚼機能はさまざまな局面で健康の鍵を握 BMI、アタッチメントレベル、咬合指数の影響にか ることが示唆されてきました。ところで、健康保持 かわらず、骨特異的アルカリファスファターゼが有 および増進に適正な栄養摂取が不可欠なことは言う 意(β =0.181、p<0.05)に多く認められました。 までもなく、それには咀嚼機能がいかに重要である 図4は 同 じ く 下 顎 骨 皮 質 密 度 と 尿 中 の I 型 コ かも想像に難くないでしょう。 ラ ー ゲ ン(NTN: N-telopeptide cross-links of 図 6 を ご 覧 く だ さ い。 咬 合 の 崩 壊 が 栄 養摂取に type I collagen)量との関係を示します。下顎骨皮 与える影響について、3 日間の秤量調査の結果から 質密度が低い群は、同様に尿中の I 型コラーゲンが 咀嚼能力の低い(歯数が少ない)高齢者グループの 有意(β =0.243、p<0.01)に多く認められました。 V-D、V-B1、ニコチン酸、V-B6、パントテン酸の摂 これらの結果は、骨特異的アルカリファスファター 取量が有意(p<0.05、p<0.01)に少ないことが ゼは血中へ、骨組織に特異的に存在する I 型コラー わかりました。これは咀嚼能力の高いグループと比 ゲンが尿中に多く排泄されていることを示唆します。 較して、総エネルギー量、マクロ栄養素量に差はな 一方、踵骨で測定した骨密度(スティッフネス値) かったものの、野菜、魚、魚介類で有意(p<0.05) に影響を与えた要因を調べてみると、性、体脂肪率、 に少なかったことに起因しています(図 7)。このこ 血清ビタミン E 濃度とともに残存歯数が認められ (標 とは、調理に際し噛めるか噛めないかによって食材 準化回帰係数 =0.157、p<0.005、重回帰分析)、 選択を余儀なくされている可能性を示唆しています。 全身の骨代謝の状態が歯の喪失にも影響しているこ 全身的な栄養状態を示す指標の一つに血清アルブ とを示唆しています。また、性、血清アルブミンな ミンがあります。血清アルブミン濃度によって濃度 ど交絡因子を調整した回帰モデルにて、スティッフ の高低によって 2 つの集団に分けたところ、濃度が 8020 No.10 2011-1 93 ◎ Research リサーチ◎ * 10 ** *p<0.05 **p<0.01 9 0-19 本 20+ 本 8 7 * 450 *p<0.05 400 * 350 300 * 6 5 4 250 200 150 3 ** 2 1 0 (g/day) ** 100 50 0 V-B1 ニコチン酸 V-B6 パントテン酸 V-D (mcg/1000Kcal)(mg/1000Kcal) (mg/1000Kcal) (mg/1000Kcal) (mg/1000Kcal) 図 6 歯数別のビタミンレベル 0-19 20+ 野菜 0-19 20+ (歯数) 魚、貝類 図 7 残存歯数別食品摂取量 低い群で、根面う蝕および歯周疾患の発生および進 と、また、全身の炎症が不整脈の発症ならびにその 行歯数が多い結果が認められました。栄養状態の低 継続疾患(虚血性心疾患や高血圧)発症に関連して 下は明らかに根面う蝕や歯周疾患が発症・進行しや いるとの報告があります。血清 CRP などの炎症性 すいことを示しています。歯周疾患に関しては個別 マーカーが心疾患の予測因子として有用であること の栄養素との関連についても検討を加えました。 も示されており、これまでに歯周病と不整脈との関 詳細なデータをここでは示しませんが、たとえ 連が数多く示されてきました。 ば、抗炎症作用の認められているドコサヘキサエン 本対象高齢者で、う蝕評価指標として有用である 酸(DHA)では、摂取量の少ない人ほど歯周疾患の 根面う蝕と不整脈との関連について解析してみまし 進行、および高い歯の喪失が認められました。また、 た 6)。根面う蝕発症歯面数と血清 CRP 値の関連につ 抗酸化や抗炎症作用、あるいは恒常性に寄与するビ いて、性別および喫煙歴を調整して共分散分析を行っ タミン、ミネラル類の不足は全身の健康状態に影響 た結果、血清 CRP 値の 4 年平均値が 3.0mg/l 以上 を与えますが、口腔領域に限ってみても、血清ビタ の群が 3.0mg/l 未満の群と比較して、4 年間の根面 ミン C の値が低い高齢者ほど歯周組織破壊が進行 う蝕発症歯面数が有意(p<0.001)に多い結果が認 (r = − 0.23)しており、血清カルシウム濃度が低 い高齢者の歯周破壊は高頻度に生じている(RR= 0.005 〜 0.0002)という結果も示されました。 められました。 また、ロジスティック回帰分析によって、非喫煙 群では、根面う蝕発症歯面数と不整脈の発症につい 以上のように、口腔疾患(う蝕や歯周病)が原因 てオッズ比が 5.84 と有意(p=0.040)な関連があ で咬合崩壊・咀嚼機能低下が生じ、食材選択の偏り り、これらの結果は、多数の根面う蝕発症は全身の を通して栄養素の適正摂取に障害をきたし、結果と 炎症マーカーを上昇させ、不整脈発症のリスクとな して血清微量栄養素濃度が低下し、口腔疾患のさら ることを示唆します。 なる重症化をきたすという悪循環が形成されます(図 8)。 4.おわりに 6)う蝕発症と不整脈 口腔と全身の関連性をデータで示すだけでも多角 口腔細菌により炎症マーカーに上昇がみられるこ 94 8020 No.10 2011-1 度からアプローチすることができるでしょう。細菌 ◎ Research リサーチ◎ 咀嚼機能 口腔疾患 歯の喪失 う蝕 歯周病 咬合破壊 全 身 疾 患 栄 養 摂取エネルギー 栄養素(ビタミン) 血清アルブミン 血清コレステロール 糖尿病 心疾患 が ん 血清ビタミン C 他 血清カルシウム 図 8 口腔疾患、咬合破壊と栄養との関係 感染・炎症をキーワードとする歯周病と全身疾患に 関しては、これまでに多くの結果が示され、現在で は確固たるエビデンスとして一般に認知されるよう になってきました。エビデンスという意味では数値 参考文献 1) 葭 原 明 弘. 宮 崎 秀 夫: 新 潟 市 高 齢 者 コ ホ ー ト 調 査( 新 潟 ス タ デ ィ ー) か ら み た 歯 と 全 身 の 健 康,8020,1:53-56, 2002. 2) 宮崎秀夫:歯を長持ちさせる生活習慣− 8020 予防歯科入門, 8020,6:30-33,2007. 化される客観指標が解析しやすい、すなわち、思い 3) 安藤雄一,葭原明弘,清田義和,廣富敏伸,小川祐司,金子 込みや期待が関与できない客観的な結果が要求され 昇,高野尚子,山賀孝之,王 晶,神森秀樹,岸 洋志,花田 ます。 一方、特に高齢社会で決して無視できない事項と して、人生の総括期にある「生活の質(QOL: クオ リティーオブライフ)」があります。QOL はその基 信弘,宮崎秀夫:高齢者を対象とした歯科疫学調査におけるサ ンプルの偏りに関する研究−質問紙の回答状況および健診受診 の有無別にみた口腔および全身健康状態の比較−,口腔衛生会 誌,50:322-333,2000. 4) Shimazaki, Y., Soh, I., Saito, T., Yamashita, Y., Koga, T., Miyazaki, H. and Takehara, T.: Influence of dentition 準が人それぞれで異なってしかるべきであり、これ status on physical disability, mental impairment, and までの人生背景とそれに伴って築きあげられたであ mortality in institutionalized elderly people. J. Dent. ろう価値観に負うところが少なくないと思われます。 当然のことながら、QOL は主観的評価にならざるを 得ず、エビデンスとしてなかなか受け入れられにく い側面があります。しかしながら、少なくとも高齢 者にとって、食べる楽しみが確保されている口腔健 康状態は高い QOL 維持を保証するものであることに 異論はないでしょう。質的評価が進むことが望まれ ます。 Res., 80: 340-345, 2001. 5)Okuyama, N., Yamaga, T., Yoshihara, A., Nohno, K., Yoshitake, Y., Kimura, Y., Shimada, M., Nakagawa, N., Nishimuta, M., Ohashi, M. and Miyazaki, H.: Influence of Dental Occlusion on Physical Fitness Decline in a Healthy Japanese Elderly Population. Arch. Gerontol. Geriatr., in press, 2011. 6) K a n e k o , M . , Yoshihara, A. and Miyazaki, H.: Longitudinal relationship between root caries and arrhythmias in elderly populations. Gerodontology, in press, 2011. 8020 No.10 2011-1 95