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2P123 カルシウムポンプイオン通路のゲート残基Glu309のGln変異が
2P123 カルシウムポンプイオン通路のゲート残基Glu309のGln変異が Ca2+結合サイトに及ぼす影響のDFTによる解析 ○恒川直樹、豊島近 (東大・分生研) A DFT analysis of structural alternations in the Ca2+ binding sites in the Ca2+ pump arising from the Glu mutation of the gating residue Glu309 (Univ. of Tokyo, IMCB) ○Naoki Tsunekawa, Chikashi Toyoshima ! 【背景】筋小胞体カルシウムポンプ(SERCA1a)は994残基のアミノ酸からなる1本鎖の分子 量11万の比較的大きな膜蛋白質であり、10本の膜貫通ヘリックス(M1∼M10)と3つの細胞質 ドメイン(A, N, P)から成る。SERCA1aは1分子のATPの加水分解に共役し、2個のCa2+を細 胞質から筋小胞体内腔へ能動輸送する。その反応はE1/E2機構(Fig1)とよばれる反応機構に基 づいて解釈され、Ca2+に対して高親和性のE1状態と低親和性のE2状態の2状態に大別され る。この反応サイクルにおいて大規模な構造変化が起こっている。 阻害剤であるthapsigargin(TG)で安定化した SERCA1aのCa2+非結合状態(E2)では、イオン 通路のゲートとなるGlu309のカルボキシル 基は、近傍のVal304の主鎖の酸素と水素結合 するために、プロトン化していると考えられ る。同じ条件下でのE309Q変異体でも、アミ ド基がプロトン化したカルボキシル基と同 じく水素結合に寄与し、野生型(WT)と同じ Fig1 SERCA1aの反応サイクル 構造が形成されると予想された。しかしな E2(WT) E309Q E1•Mg2+(WT) がら、その結晶構造解析ではWTとは大きく 異なり(Fig2)、E1状態とE2状態を併せもつよ うな興味深いものであった。 このE309Q変異体とWTの構造変化はプロト ン化したカルボキシル基とアミド基がカル ボニル酸素と形成する水素結合の かな違 いが起点となっていることは容易に推測さ れる。実際、結晶構造解析においてこれら の 水 素 結 合 距 離 に は 0 . 3 Å ほ どの 違 い が あ Fig2 E309Q変異体と各状態の結晶構造の比較 り、膜貫通ヘリックスM4の変化をもたらしている。 E309は2個のCa2+が結合したことを燐酸化サイトへ伝える重要な働きを持つ残基である。こ の信号の性質を明らかにし、構造変化のメカニズムを理解する上で、E309/Q309近傍の構造 の特性を知ることは要となり、その高精度な理論解析が必須と考える。 【手法】蛋白質のシミュレーションによる立体構造解析には、今日でも古典分子力場が採用 されることが多い。しかし、それらの精度には懸念がある。特に、プロトン化したGluへの パラメータ値などは信頼しがたい。また、本研究で注目している構造には水素結合が大きな 役割を果たしており、その高精度な構造予測が必須と言える。よって、ab inito電子状態計算 に基づいた構造解析が妥当と考える。 しかし、SERCA1a全体の量子化学計算は今日においても非現実的であるため、E309/Q309近 傍のM4ヘリックスの一部であるAla301∼Leu311を解析対象とした(Fig.3(a)のCPK表示されて いる部分)。取り出した11残基のペプチド鎖のN末端とC末端はそれぞれアセチル基(ACEと NME)に置換した。 【結果】WTとE309Q変異体の結晶構造から取り出したそれぞれの11残基の構造を初期構造 として、B3LYP/6-31G**レベルで構造最適化をGaussian09[1]を用いて実行し、最適化構造 (理論構造)を得た。Fig3 (b)にそれらの構造をスティック表示として示してある。各構造は Val304∼Glu309の主鎖についてのRMSD(Root-Mean-Square-Distance)が最小になるよう重ね合 わせてある。 WTの結晶構造ではE309:OE2とV304:Oの水素結合距離は2.77Åであったが理論構造では2.67Å となった。また、E309Q変異体の結晶構造ではQ309:NE2とV304:Oの水素結合距離は3.06Åで あったが理論構造では2.98Åとなった。いづれも、理論構造の方が0.1Åほど短い結果となっ たが、理論構造においてもE309Q変異体の方が0.3Åほど長く、結晶構造の場合と同じ結果と なった。Ala305∼Pro308については、結晶構造と理論構造では違いがあるが、それ以上に WTの理論構造とE309Q変異体の理論構造に違いが見られた。 【考察】Ala305∼Pro308について結晶構造と理論構造に違いが生じたが、それは今回の計算 モデルではその周りのアミノ酸残基の影響を考慮していないためと思われる。しかしながら、 カルボキシル基とアミド基の違いにより、それらが形成する水素結合の違いが生じ、その違 いが主鎖の構造変化をもたらしていることが理論的に示されたと言える。 ただし、この構造変化の伝播は、単に水素結合の距離によるものであるか、電子構造の有意 な違いによるものなのか、または、その両者によるメカニズムなのかは定かではない。より 詳細な解析を進めているところである。 (a) (b) Fig3 (a) E309Q変異体における計算モデル (b) B3LYP/6-31G**レベルでの構造最適化で得られ た構造の比較: 橙線はE309Q変異体の結晶構造、緑線はWTの結晶構造、シアン色スティックは E309Q変異体の理論構造、そして、緑色スティックはWTの理論構造を表す(ステレオ表示)。 Ref. [1] M. J. Frisch, et. al., Gaussian, Inc., Wallingford CT, 2009.