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平成22年度高分子研究所研究経過報告書
平成22年度高分子研究所研究経過報告書 (1) 新規交互共重合体の精密合成およびケミカルリサイクル (2) 触媒的不斉合成反応による効率的な光学活性モノマー合成法の開発 (3) コラーゲンモデルペプチドと高分子電解質の相互作用 (4) 高分子系ソフトマターのレオオプティクス (5) 分子認識の巨視的発現 (6) ゲスト交換現象を利用したシンジオタクチックポリスチレン結晶格子への低分 子化合物(クラウンエーテル)の導入 (7) 両親媒性高分子電解質の塩水溶液中でのミセル構造 (8) ステレオブロックポリメタクリル酸エステルの合成とその特性 (9) 水素結合ネットワークの超分子キラリティー (10) 相分離を利用した機能性ナノ多孔体の開発 (11) 原子構造に基づく二重殻球状レオウイルスの感染・増殖機構の解明に関する研 究 (12) 蛋白質のフォールディングとミスフォールディング (13) 水から水素を発生するラン藻モデル細胞の作製を目指した光合成電子分配機構 の構造基盤解明 1 (1) 新規交互共重合体の精密合成およびケミカルリサイクル (阪大院理)青島 貞人、金岡 鐘局 「目的」 我々はこれまでカチオン重合を系統的に検討し、新しいリビング重合開始剤 の開拓を行うとともに、高感度刺激応答性ポリマーの選択的合成を検討してき た。本年度は、(1)芳香族アルデヒドとビニルエーテルからなる分解性交互共重 合体の精密合成、(2)リビング重合による含フッ素ポリマーの精密合成及び有機 溶媒中における特異的な相分離挙動、(3)これまで重合例がないジフェニルエチ レンや重合制御が困難であったビニルシクロヘキサンの制御重合を検討した。 「結果と考察」 (i) カチオン重合には従来使用されていない芳香族アルデヒド類を用い、ビニル エーテルとの共重合を検討した。触媒として EtAlCl2 を用いると環状三量体しか 生成しなかったが、GaCl3 触媒を用い、低温、添加塩基存在下では制御された共 重合が進行し、分子量分布の狭い交互共重合体がほぼ選択的に得られた。生成 した交互共重合体は比較的温和な酸性条件下で加水分解し、リユース可能なア ルデヒドモノマーが選択的に得られた 1)。この結果、従来無いタイプのケミカル リユースが可能となった。また、出発物質に天然由来のアルデヒドを用いても 同様な交互共重合/加水分解が可能なことが示された。 (ii) 含フッ素ポリマーは、撥水・撥油性などの特異的な性質があり注目されてい るが、これまでリビング重合の例は非常に少なく、構造が制御されたポリマー の合成が望まれていた。本年度は、含フッ素モノマーのカチオン重合を従来用 いられなかった含フッ素溶媒中で行い、均一系でのリビング重合を検討した。 ポリマー側鎖中の F の数が少ない時 (< 5) ないし多い時 (> 13) は有機溶媒に可 溶ないし不溶であったが、中間の場合 (例えば、9 や 12)、多くの有機溶媒中で UCST 型相分離を示すことが見い出された。また、これらのセグメントを有する ブロックコポリマーを精密合成し、従来と異なるゾル̶ゲル転移も実現した。 「文献」 1) Ishido, Y.; Aburaki, R.; Kanaoka, S.; Aoshima, S. Well-Defined Alternating Copolymers of Benzaldehydes with Vinyl Ethers, Macromolecules 2010, 43, 3141. 2 (2)触媒的不斉合成反応による効率的な 光学活性モノマー合成法の開発 (阪大院理)鬼塚 清孝、岡村 高明 「目的」 生体高分子を範とする光学活性高分子の精密合成を目指し、重合反応の素反 応となる不斉触媒反応の開発と新しい光学活性モノマーの合成について検討し ている。我々は、非対称置換π配位子によって金属原子の近傍に誘起される特 異な不斉空間に注目し、面不斉シクペンタジエニル−ルテニウム(Cp’Ru)錯体 の合成と反応性に関する研究を行ってきた。最近、Cp’Ru 錯体が高選択的な不 斉アリル位置換反応の触媒として機能することを見出し、特に末端一置換アリ ル化合物の反応では高い位置選択性を発現し、反応性の低い酸素求核剤との反 応にも適用可能という特徴があることを明らかにしている。今年度は、光学活 性モノマーを効率的に合成するための基礎研究として、水を求核剤とする不斉 アリル位置換反応での光学活性アリルアルコールの合成について検討した。 「結果と考察」 面不斉 Cp’Ru 触媒の存在下、塩化シンナミルを THF/水の混合溶媒中で攪拌す ると、高収率かつ高位置及びエナンチオ選択的に分岐型アリルアルコールが得 られた。同位体ラベルした水(H218O)を用いた場合、選択的に 18O ラベルのア リルアルコールが得られることから、本反応は水が求核剤として作用するアリ ル位置換反応としては珍しい例であることが明らかになった。本触媒反応は、 様々な置換基を有する塩化アリル誘導体に適用することができ、いずれも高選 択的に光学活性なアリルアルコールを与えた。また、m-ビス(クロロプロペニル) ベンゼンの反応では、対応する二官能性アリルアルコールが生成した。今後、 様々な二官能性アリルアルコールの合成とメタセシス反応を利用した光学活性 高分子合成について検討する予定である。 「文献」 1) Kanbayashi, N.; Onitsuka, K. “Ruthenium-Catalyzed Regio- and Enantioselective Allylic Substitution with Water: Direct Synthesis of Chiral Allylic Alcohol,” Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 5197–5199. 3 (3)コラーゲンモデルペプチドと高分子電解質の相互作用 (阪大院理) 寺尾 憲 「目的」 溶液中で可逆的な3重らせん―1本鎖のコンホメーション転移を示すコラーゲン モデルペプチドは、その両末端にイオン性基を持つ。このため、温度に対して可逆的 に変化する1価-3価の両性イオン種ともみなされ、高分子電解質との相互作用にも 影響しうる。本年は3重らせんペプチドと相互作用する系を構築するとともに、 放射光小角 X 線散乱及び円二色性分散計より得られるデータを解析することにより、 複合体の詳細な構造を決定した。さらに複合体の形成に伴う3重らせん構造の安定性 の変化について調べた。 「結果と考察」 プロリン(P)とグリシン(G)からなるモデルペプチド(PPG)5 はメタノール中で PAA と 複合体を形成するが、その分散性は低く、溶液は濁り、沈殿が生じた。PAA 大過剰 ([AA]/[ (PPG)5] = 98)の条件下では透明な溶液が得られ、単独溶液中に比べ 30℃以 上高い温度まで3重らせんが安定に存在することが明らかにされた。 次に、分散性の高い3重らせんペプチド-高分子電解質複合体を探索し、水中で、 ヒドロキシプロリン(O)を含むペプチドと高分子電解質が複合体を形成することを見 出した。塩濃度 100 mM 及び 20 mM の水溶液中における小角 X 線散乱実験より、す べての(GPO)9 がコイル状態になる 75℃でポリアクリル酸ナトリウム NaPAA と(GPO)9 共 に 完 全 に 分 散 す る の に 対 し 、 (GPO)9 が 3 重 ら せ ん 状 態 を 取 る 15 ℃ で は 、 [AA]/[(GPO)9]が 10 以上の範囲で、ほぼすべての(GPO)9 が NaPAA と複合体を形成す ることがわかった。複合化に伴い、NaPAA 主鎖が、最大で 3 倍程度剛直化すること も明らかにされた。複合体中の3重らせん融解温度は純水中で 8-10℃程度単独溶液中 に比べて高くなるのに対し、この差は塩濃度の上昇とともに著しく減少し、イオン強 度 100 mM では、2℃程度であった。また、ペプチド N 末端をアセチル化したもので は3重らせんの安定化は観測されなかったことから、3重らせんペプチド-高分子電 解質複合体の形成及び、それに伴う3重らせんの安定化には、N 末端と高分子電解質 の静電的相互作用が重要であると考えられる。 「文献」 喜田裕介, 寺尾憲, 佐藤尚弘 高分子論文集, 2010, 67, 686-689. 寺尾 憲, SPring-8 利用者情報, 2010, 15, 247-251. 4 (4)高分子系ソフトマターのレオオプティクス (阪大院理)井上正志、四方俊幸、浦川 理 「目的」 ガラス転移点近傍の緩和現象では,非単一緩和型の緩和が現れ,また温度依 存性も非アレニウス型になる.こうした原因として,分子運動の協同性が感が られている.したがって,高分子のガラス転移現象を詳細に明らかにするため には,分子運動の協同性の発現機構を明らかにする必要がある.我々は,低分 子をプローブとして,高分子-低分子間の協同運動性の発現機構について,力 学緩和測定、複屈折測定,および幅広い時間域における誘電緩和測定を用いて, 分子レベルで明らかにすることを目的とした. 「結果と考察」 高分子/低分子混合系について,低分子の回転運動を誘電緩和測定から評価し, また,高分子鎖の分子運動を力学緩和測定から評価した.低分子のサイズが高 分子の屈曲性を表す Kuhnのセグメントサイズに近い場合(サイズ比が 0.55以 上)には,低分子の回転運動と高分子鎖の運動を特徴付ける二つの緩和時間の 温度依存性が一致することから,両者に協同性が発現することを見出した.さ らに,サイズ比が 0.8以下の場合には,協同的な運動モードに加え,非協同的 な運動モード(論文中ではケージ内での揺らぎに帰属)が観測されること,さ らにサイズ比が 0.8以上になると非協同的な運動モードが消失することを実験 的に見出した. 分子間の配向相関(ネマチック効果)は,分子間の協同性発現の一つの要因 と考えてきたが,複屈折測定から高分子と低分子間の分子配向相関を評価した ところ,高分子間の相関の半分以下であることが明らかとなった.この結果か ら,配向相関は高分子/低分子混合系における協同運動性に直接的影響しないこ とを明らかにすることができた.これまで,高分子ガラスの研究手法として, 低分子をプローブとして用いるプローブ法が用いられているが,本研究の結果 によりプローブ法が根拠とする協同運動性の仮定について,その妥当性と限界 について示すことができた. 「文献」 1) O. Urakawa, S. Nobukawa, T. Shikata, and T. Inoue, Nihon Reoroji Gakkaishi, 38, 41 (2010). 2) S. Nobukawa, O. Urakawa, T. Shikata, T. Inoue, and Macromolecules, 43, 6099 (2010). 5 平成22年度研究経過報告 (5)分子認識の巨視的発現 (超分子科学研究室)原田明、山口浩靖、高島義徳 「要約」 ホスト分子としてシクロデキストリンを有するヒドロゲル(ホストゲル)とさまざまな ゲスト分子を有するヒドロゲル(ゲストゲル)を作成し、水中で相互作用について検討し たところ、ホストゲル中のシクロデキストリンがゲストゲル中のゲスト部分を選択的に取 り込み、ホストゲルとゲストゲルとが巨視的に選択的に結合することをみいだした。 「結果と考察」 シクロデキストリンが溶液中で様々なゲスト分子を取り込み包接化合物を形成すること が、NMR測定や吸収スペクトルや発光スペクトルの変化によって推定されていたが、ホ ストとゲストが巨視的な世界で直接観測されたことはなかった。われわれはシクロデキス トリンを含むモノマーを合成し、アクリルアミドとビスアクリルアミドとの共重合によっ て、ヒドロゲルを得た。さらにシクロデキストリンに強く結合するゲストとしてアダマン タンを有するヒドロゲルを調製し、ホストゲルとの相互作用について検討したところ、βシクロデキストリンゲルと強く結合することをみいだした。α-シクロデキストリンとは弱 く結合した。さらにゲストゲルとして、n-ブチル基を有するゲルと、t-ブチル基を有するゲ ルとを調整し、シクロデキストリンゲルとの相互作用を調べたところ、α-シクロデキスト リンゲルはn-ブチル基を有するゲルとのみ結合し、t-ブチル基を有するゲルとは結合しなか った。β-シクロデキストリンを有するゲルは逆にt-ブチル基を有するゲルとのみ結合し、nブチル基を有するゲルとは結合しなかった。すなわちシクロデキストリンの環の大きさと ゲスト部分のかさ高さの間に相関があり、分子レベルでの選択的な相互作用を巨視的な世 界で実現することが出来た。この結果は分子レベルでの分子認識を巨視的な世界で直接実 現できた初めての例である。 「文献」 1) Harada, A.; Kobayashi, R.; Takashima, Y.; Hashidzume, A.; Yamaguchi, H., Nature Chem. 2011, 3(1), 34-37. Nature 2010, 468, 479, Research Highlight. 2) Yamaguchi, H.; Kobayashi, R.; Takashima, Y.; Hashidzume, A.; Harada, A. Macromolecules 2011, 44 (8), 2395-2399. 3) Tamesue, S.; Takashima, Y.; Yamaguchi, H.; Shinkai, S.; Harada, A. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 122 (41), 7623-7626. Nature Asia Materials, News Release. 6 (6)ゲスト交換現象を利用したシンジオタクチックポリスチレン結晶 格子への低分子化合物(クラウンエーテル)の導入 (阪大院理)今田勝巳、金子文俊、川口辰也 目的 シンジオタクチックポリスチレン(sPS)は、条件により多彩な結晶構造を形成するこ とが知られている。その幾つかは低分子との包接化合物と見なすことができる。その 結晶領域では、sPS の TTGG らせん鎖が並んでシート構造をつくり、そのシート間に 大きな空隙に低分子がゲストとして取り込まれている。sPS との間で直接包接化合物 をつくる低分子の種類には限りがあるが、ゲスト交換現象を利用すると多彩な低分子 化合物を結晶内に組み込むことができることが明らかになってきた。本研究では、結 晶領域の sPS 鎖間に形成される空隙内に複雑な構造体を構築することを目的とし、そ の足がかりとしてクラウンエーテルをゲスト分子として導入することを試みた。 結果と考察 ゲスト交換時に可塑剤を添加すると、sPS 非晶領域における低分子の拡散性を向上 して、嵩高い分子の取込を著しく向上させることができる。この性質を利用して、キ ャスト法により作製した sPS フィルムを、クラウンエーテルと可塑剤効果を示すクロ ロホルムの混合液に浸した。12-crown-4、15-crown-5、18-crown-6 の3種類のクラウン エーテルについてこの操作を行い、X 線回折、赤外・ラマン分光、熱重量分析により 処理後のフィルムを調べたところ、いずれも高分子シート間の空隙にクラウンエーテ ル分子が挿入された構造が形成されたことが確認できた。さらに、結晶格子内でクラ ウンエーテルでは、単体の液体で見出されるコンフォメーションが優勢であることが 分光学的に確認された。また、取り込みの際には sPS フィルムの結晶領域には大きな コンフォメーションと配向の変化は起きていないことが分かった。 今回、クラウンエーテルの取り込みが確認されたことから、例えば金属イオンを取 り込んだクラウンエーテルを導入するなど、より複雑な複合体構造を sPS 結晶領域内 に構築可能であるとの展望を開くことができた。 1. Complexation of Syndiotactic Polystyrene with 12-Crown-4 Kaneko, F.; Kashihara, N.; Tsuchida, T.; Okuyama, K. Macromol. Rapid. Commun. 2010, 31, 554. 2. Complexation of Syndiotactic Polystyrene with Crown Ethers: 12-Crown-4, 15-Crown-5 and 18-Crown-6 Kaneko, F. ; Sasaki, K.; Kashihara, N.; Okuyama, K. Soft Materials, 2011, 9, 107. 7 (7)両親媒性高分子電解質の塩水溶液中でのミセル構造 (阪大院理)佐藤尚弘、橋爪章仁 「目的」 疎水性モノマーと電解質モノマーのランダムあるいは交互共重合体は、水溶 液中でユニークなミセル構造を形成し、塗料、コーティング剤、化粧品等への 乳化安定剤やレオロジーコントロール剤として利用されている。また、そのミ セル構造が疎水性相互作用と静電相互作用のバランスで決まっていることから、 球状タンパク質のプロトタイプとして、その高次構造形成機構にも関心がもた れてきた。本年度は、この工業的に重要な両親媒性高分子電解質が塩水溶液中 で形成するミセル構造について、光散乱法、蛍光法、および分子動力学シミュ レーションを用いて調べた。 「結果と考察」 重合度が 70 から 3000 までのマレイン酸とドデシルビニルエーテルの交互共 重合体7試料を 0.05MNaCl 水溶液に溶かして、静的・動的光散乱と時間分解蛍 光測定を行った。その結果、蛍光法から求めたミセル当たりの疎水性コア数が、 重合度が 300 未満ではほぼ 1 であるが、300 を超えると急に増加すること、また 光散乱より得られる1個のミセルを構成しているモノマー単位数も、重合度が 300 未満では約 300 で一定であるが、それを超えるとやはり急激に増大すること を見出した。これは、300 を臨界重合度として、単核の花形ミセルから多核のフ ラワーネックレスに転移することを意味する。疎水性コアを形成するドデシル 基の数には最適値があり、重合度が増加して1本鎖中のドデシル基数がその最 適値を超えると、多核のフラワーネックレスミセルになるものと考えられる。 このような転移挙動は、本研究で初めて見出された 1)。 また、重合度が 200、疎水基含量が 0.5 の 2-アクリルアミド-2-メチルプロパン スルホン酸ナトリウムとドデシルメタクリルアミドのランダム共重合体をコン ピュータ上で発生させ、塩水溶液中での花形ミセルの形成過程を分子動力学シ ミュレーションにより追った。そして、長時間の後に形成されたミセル中のド デシル基炭素、主鎖炭素、スルホン基の硫黄および溶媒である水分子の密度分 布関数を動径距離の関数として求めた。その結果より、全ての疎水基が疎水性 コアに取り込まれていないこと、またこれまでに提案した最小ループサイズを 有する花形ミセルモデルと矛盾しないを確かめた 2)。 「文献」 1) Ueda, M. et al. Macromolecules 2011, 44, 2970–2977. 2) Tominaga, Y. et al. J. Phys. Chem. B 2010, 114, 11403–11408. 8 (8)ステレオブロックポリメタクリル酸エステルの合成とその特性 (阪大院基礎工)北山辰樹、西浦崇文、北浦健大 「目的」開発したメタクリル酸エステルのイソタクチックリビングアニオン重合 系の立体特異性を、そのリビング性を損なうことなくシンジオタクチックに変換 することにより、ステレオブロックポリマーを合成する手法を開発する。さらに、 この手法をステレオブロック共重合体にも適用し、互いに立体特異的に相互作用 する立体規則性ブロックを同一分子鎖中に有するポリマーの特性を明らかにする。 「結果と考察」 本年度は、これまでに見出したα−リチオイソ酪酸イソプロピル(Li-iPrIB)とリチ ウムトリメチルシラノレート(Me3SiOLi)を用いる開始剤系を用いたMMAのイソ タクチック特異性リビング重合のアルミニウム化合物添加による立体特異性変換 の手法を拡張し、分子量と立体規則性の制御されたMMAとメタクリル酸ベンジル (BnMA)のステレオブロック共重合体、イソタクチック(it-)PMMA-block-シンジオ タクチック(st-)PBnMAおよびit-PBnMA-block-st-PMMA、を合成した。it-PMMAと st-PBnMAはトルエン中でステレオコンプレックスを形成してゲル化することが 知られている。it-PMMA-block-st-PBnMAも同様にゲル化したが、it-PBnMA-blockst-PMMAはゲル化しなかった。両者の1:1混合物は、互いにコンプレックスをよ り容易に形成しうるit-PMMAとst-PMMAブロックが共存するにもかかわらず、ゲ ル化は観測されなかったが、1H NMRスペクトルにおける各ブロックの絶対強度 の温度変化から、it-PMMAとst-PMMAおよびst-PBnMAブロックの間では会合が起 こっていること、また、光散乱から会合数100程度の鎖状会合体が生成しているこ とがわかった。ステレオブロックPMMAでは系が容易にゲル化するため、溶液中 でのこのような会合状態を調べることはできなかった。 it-PMMAとst-PBnMAのトルエン中での会合におけるモノマー単位比は、1H NMR スペクトルによる会合度測定より1:1であった。ブロック長の比の異なる it-PMMA-block-st-PBnMAを合成し、トルエン溶液中での会合をゲル化の起らない 低濃度域で調べたところ、ブロック長の比が会合体のユニットモル比1:1に等し い場合に最も会合数が大きくなることがわかった。ブロックポリマーの高分子間 会合において、会合構造を反映してブロック鎖長の比が影響することが分かった。 9 (9)水素結合ネットワークの超分子キラリティー (阪大院工)宮田幹二、藤内謙光、久木一朗 [目的] 最近、有機カルボン酸、スルホン酸、ホスフォン酸のアンモニウム塩が、さ いころ型・はしご型・シート型のキラルな水素結合ネットワークを形成するこ とを、我々はX線構造解析に基づき明らかにした。このネットワークで超分子 キラリティーが生じる仕組みを明らかにすることを目指し、分子構造を広範囲 に変化させて、超分子キラリティーの左右を定義し、決定する。さらに、この ような超分子キラリティーの左右決定法を一般化するとともに、分子キラリテ ィーと関連づける。 [結果と考察] X 線結晶学では、三回らせん(31 は右巻き、32 は左巻き)の左右は明確である が、二回らせん(21のみ)には左右がないと考えられている。しかも、結晶デ ータベースによると、7割以上の結晶が二回らせんを含んでいる。5年前、私 達は包接結晶チャンネルでは、ベンゼンの二回らせん集合体の左右が識別でき ることを見つけた。それ以来、実験事実と理論との矛盾に悩み、これを解消す る方途を探し求めてきた。歴史的由来を辿り、漸く物質の対称性やキラリティ ーを論じる数学の用い方に源があることを突き止めた。 つまり、二種類の数学を巧く融合していないのである。その一つは対称性に 用いる群論、もう一つは三次元空間のユークリッド幾何学である。これらの数 学を物質に適用する際に、前者は物質の一点近似で十分であるのに、後者はキ ラリティー決定に最低四点近似が必要なのである。さらに、四点目は三点で決 定される面から離れなければならない。従って、一点近似の群論で矛盾を感じ ないのに、キラリティーの議論では矛盾することが生じるのである。そこで、 物質を二点や三点で近似すると、明確にキラリティーの左右決定ができるよう になる。こうして、有機結晶の世界は左右のある二回らせんに満ち溢れている ことが明らかになった。さらに、蛋白質のシーとにも二回らせんが存在する。 [文献] 1) 宮田幹二, 藤内謙光, 久木一朗, 佐々木俊之, 化学工業 , 2010, 61(11), 817-822. 2) I.Hisaki, N.Shizuki, T.Sasaki, Y.Ito, N.Tohnai, M.Miyata, Cryst.Growth Des., 2010, 10, 5262-5269. 10 (10)相分離を利用した機能性ナノ多孔体の開発 (阪大院工)宇山 浩、景山 弘、辻本 敬 「目的」 我々はこれまでに相分離を利用して、アクリル樹脂やポリ乳酸などの高分子 溶液から骨格と空隙(貫通孔)がネットワーク状に連なった多孔体を簡便に作 製する技術を開発してきた。この方法で作製した多孔体は空隙率が高く、高効 率な吸着や反応が可能な機能材料として期待される。ポリアクリロニトリル (PAN)は炭素繊維の原料やアクリル繊維として知られ、強度や耐溶剤性に優 れるという特長を有している。本研究では相分離法により PAN 多孔体を作製し、 さらに焼成やシアノ基の修飾による機能化を行った。 「結果と考察」 PAN をジメチルスルホキシドと水の混合溶媒(85/15 vol%)に加熱攪拌するこ とにより溶解させた。これを冷却したところ、相分離が誘起され、容器形状に 沿った成形体が析出した。ポリマー濃度が 80 mg/mL の条件で得られた成形体は、 SEM 観察によりサブミクロンからマイクロオーダーの骨格および空隙がそれぞ れネットワーク構造を形成した多孔体であることがわかった。また、BET 法に より求めた本多孔体の比表面積は 150 m2/g であり、大きな表面積を有していた。 一方、ポリマー濃度が 160 mg/mL の場合には、独立した球状の孔が一様に分散 した多孔体となった。これらの結果からポリマー濃度により多孔構造が変化す ることがわかった。 本多孔体をまず空気雰囲気、230℃で 1 時間加熱し、その後窒素雰囲気で 1300℃ まで昇温することにより焼成した。その結果、収縮は見られたが、ネットワー ク構造を保持したまま炭素化された。得られた炭素ナノ多孔体は導電性や化学 的安定性などに優れ、燃料電池用の電極担体、電気二重層キャパシタ用の電極 など様々なエネルギー変換デバイスへの応用が期待される。一方、PAN 多孔体 をヒドロキシルアミンで処理し、アミドキシム化することによりキレート基を 導入した。得られたアミドキシム化 PAN 多孔体は金属イオンに対する優れた吸 着機能を有していた。 11 (11)原子構造に基づく二重殻球状レオウイルスの感染・増殖機構の 解明に関する研究 (阪大蛋白研)中川敦史、鈴木守、山下栄樹 [目的] イネ萎縮ウイルス(RDV)を中心とした食物作用に関わる二重殻球状レオウイルス を対象に、ウイルス粒子、および、ゲノムにコードされた構造蛋白質や非構造蛋白質 について、X線結晶構造解析によりその原子構造を決定、それらの感染・増殖機構の 解明を進め、二重殻球状レオウイルスの一般性と特殊性を構造生物学的に明らかにし ていく。また、その目的を達成するために、SPring-8 の蛋白研ビームライン(BL44XU) の高度化を進める。 「結果と考察」 イネ萎縮ウイルス粒子の結晶に関して、150MPa の高圧条件下で凍結することにより、 3Åを超える分解能の回折像を得ることができることを確認した。これにより放射線損 傷を大幅に軽減することが可能となり、粒子内部の構造を含めた高分解能の構造解析 につながることが期待される。イネ萎縮ウイルスの非構造蛋白質については、Pns12 蛋白質のシステイン残基をセリン残基に置換体を作製し結晶化条件の最適化を進め た。また、P8 蛋白質の自己会合機構を明らかにする目的で変異体を作製し、スモー ルスケールでの発現を確認した。この他のウイルス関連蛋白質について、昨年度構造 解析に成功したイネ黒条縞葉枯ウイルス(RBSDV)由来の P9-1 タンパク質は、論文 作成に向けた機能解析を進めた。イネラギッドスタントウイルス(RRSV)由来の P10 蛋白質の構造解析については、現在精密化を継続している。 SPring-8 の蛋白研ビームラインに関しては、より高精度な回折強度データ収集を目指 して,微小結晶からのデータ収集法の開発や同軸望遠鏡の導入を行い,また,ビーム 安定性の向上を目指した高度化を進めた。 「文献」 The functional organization of the internal components of Rice dwarf virus Naoyuki Miyazaki, Bomu Wu, Kyoji Hagiwara, Che-Yen Wang, Li Xing, Lena Hammar, Akifumi Higashiura, Tomitake Tsukihara, Atsushi Nakagawa, Toshihiro Omura, and R. Holland Cheng, J Biochem., 147(6), 843-850 (2010) 12 (12)蛋白質のフォールディングとミスフォールディング (阪大蛋白研)後藤 祐児、櫻井 一正、八木 寿梓 [目的] 蛋白質は正しくフォールディングすることにより機能を獲得する。他方、蛋 白質はミスフォールディングしてアミロイド線維を形成し、さらには疾病を引 き起こす。蛋白質のフォールディングとミスフォールディングの分子機構を、 物理化学的手法で研究する。特にβ2ミクログロブリンやアミロイドβペプチ ドを材料として、アミロイド線維形成の分子機構に重点をおいて研究を展開す る。NMRや全反射蛍光顕微鏡、分析用超遠心などのさまざま手法を駆使して、ア ミロイド線維の立体構造を原子レベルで明らかにし、線維形成の分子機構を蛋 白質の構造と物性に基づいて理解する。 [結果と考察] (1)β2ミクログロブリンのアミロイド線維形成中間体の解析:トリプトファンを変異さ せたいくつかのβ2ミクログロブリンを用いて、アミロイド線維形成の速度論を解析し、 アミロイド線維の側面に結合した中間体の存在することを示した。次に、重水素交 換と溶液 NMR を組み合わせた線維中間体の解析を行い、β2ミクログロブリンの 線維形成中間体の解析を更に進めた。線維の側面に結合した初期中間体が生じ る原因を、蛋白質の溶解性の視点から考察した。 (2)アミロイド線維形成反応の一線維・リアルタイム観察:全反射蛍光顕微鏡を用い て、アミロイド超分子構造形成の分子機構に関する研究を進めた。特にケラトエピ セリンの部分ペプチドを用いて、レーザー光によるアミロイドの損傷の直接観察を進 めた。レーザーによるアミロイドの破壊を利用することによって、アミロイドーシスの 新たな治療方法を開発できることを示唆した。 (3)マイクロプレートリーダによるアミロイドアッセイ:マイクロプレートリーダと超音波処 理と組み合わせたアミロイドアッセイ法を開発して、さまざまな蛋白質やペプチドのアミ ロイド形成反応を解析した。そして、アミロイドは、過飽和条件下で比較的短いペプチ ドや蛋白質が析出することによって形成する固体構造であることを提唱した。 [文献] 1. Pre-steady state kinetic analysis for the elongation of amyloid fibrils of β2-microglobulin with tryptophan mutagenesis. Chatani, E., Ohnishi1, R., Konuma, T., Sakurai, K., Naiki, N. & Goto, Y. J. Mol. Biol. 400 (5), 1057-1066 (2010). 2. Kinetic intermediates of b2-microglobulin fibril elongation probed by pulse-labeling H/D exchange combined with NMR analysis. Konuma, T., Chatani , E., Yagi, M., Sakurai, K., Ikegami, T., Naiki, H. & Goto, Y. J. Mol. Biol. 405 (3), 851-862 (2011). 13 (13)水から水素を発生するラン藻モデル細胞の作製を目指した 光合成電子分配機構の構造基盤解明 (阪大蛋白研)栗栖源嗣、田中秀明 [目的] 原核光合成生物であるラン藻は,水を酸化し酸素を発生する最も原始的な 生物である。このラン藻の光合成電子伝達鎖に,フェレドキシン依存性ヒドロ ゲナーゼを組入れて、光依存的に水から水素を発生させるラン藻モデル細胞を 作製する試みが世界的に注目を集めている。我々は、X線結晶構造解析により 電子伝達鎖を構成する複数のフェレドキシン依存性酵素の原子構造を決定し, 水素発生に適した電子伝達ネットワークをデザインできるよう複合体形成の構 造基盤を明らかにすることを研究目的としている。 [結果と考察] フェレドキシン依存性を発揮する基本的な構造基盤を解明するため,チオレ ドキシン還元酵素様の配列をもつ新規なフェレドキシン-NADP+還元酵素(FNR) の構造解析を 2.4Å分解能で行った。この新規 FNRはチオレドキシン還元酵素と 同様に NADPH結合ドメインと FAD結合ドメインの 2つのドメイン構造をとって いたが,C末端にチオレドキシン還元酵素にはない FADをスタックする短いαへ リックス構造を確認することが出来た。ヌクレオチド状態の違う 2種類のチオ レドキシン還元酵素と構造比較することで,フェレドキシン依存性の発現には NADPH結合ドメインと FAD結合ドメインをつなぐヒンジ領域が大きく構造変化す ることが重要であると指摘し,部位特異的変異の導入によりヒンジ領域の柔軟 性が酵素活性に極めて重要であることを突きとめた 1)。また,昨年度に引き続き、 クロロフィル前駆体であるクロロフィリドを合成するプロトクロロフィリド還 元酵素(POR)の機能改変体の X線構造解析にも取り組んだ。 [文献] 1.Asymmetricdimericstructureofferredo xin-NAD(P)+ oxidoreductasefrom thegreensulfurbacteriumChlorobaculumtepidum:implicationsforbinding ferredoxinandNADP+.Muraki,N.,Seo,D.,Sakurai,T.&Kurisu,G.J.Mol. Biol.401,403-414(2010) 14