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天然の毒、人工の毒

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天然の毒、人工の毒
天然の毒、人工の毒
一その2一
奥 八 郎
3.動物の毒 一前号の続き一
3−2)フグの毒
フグの猛毒についてはよく知られているが、興味深いと思われることにっい
て述べてみよう。
フグのことを下関あたりではフクという。清水圭一氏編“たべもの語源辞輿”
によると、フクの名はフグが餌を採るとき、尖った小さい□で海底を吹いて舞
い上がったゴカイなどを食べるとこから来ていると言う。
厚生省食品衛生課の記録では、明治19年から昭和54年までに、フク毒に中毒
した人は約1万3千人で、その内55%の人が命を落とした。それにもかかわら
ずテッチリ、フグの刺し身(テッサ)などは日本人の大好きな料理である。テッ
チリ、テッサというのは、 “鉄砲”のように“あたる}という意味だそうだ。
フグを食べるのは、日本人と中国人だけで、欧米人にはその習慣は無いとの
こと。一昔前、筆者が三重大学へ非常勤講師でお邪魔していたとき、久能教授
と仲のよいあるアメリカの犬学の教授が滞在していた。筆者とも知人の問柄で
あったので、久能教授がある夜一席設けてくださった。日本料理をおいしく頂
いているうちに話がフグ毒に及び、アメリカの教授が『そのような危険な毒の
あるフグを食べる日本人の気が知れない』というようなことを言い出した。タ
イミングよくそこヘフグの味酬干が出て来たので、久能教授と示し合わせて
(日本語で話せばアメリカ人には分からない)、アメリカの教授が食べてしまっ
た後で、r今あなたが食べたのがフグだ』と言った時の彼のあわてた顔が忘れ
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られない。勿論、何ともなかったが。
貝塚から発見される魚の骨に相当量のフグの骨が発見されるので、我が国で
は相当昔からフグが食べられていたようである。
フグの種類は29種あって、そのうち、トラフグを主とする13種類が食用とさ
れる。
一般的には、毒は肝臓と卵巣にあり、肉には無いが、ドクサバフグのように
肉にも強い壽が含まれるものもあるし、個体においても、季節によって毒の強
さが変化する。一般に産卵期に毒が強いが、この時期が一番美味であると言う。
なんと皮肉なことか。
フグの毒の化学的解明は古くから行われてきて・1909年田原良純博士が・純
度は低いものの一応毒を分離して、テトロドトキシンと名付けた。その後、1952
年に東京大学の津田恭介教授が大量に純粋なテト回ドトキシンを分離する方法
を開発してから・多くの化学者がその正体を研究し・化学構造が決定されたの
は田原博士が分離してから55年後の1964年のことである。この年、京都におけ
る“国際天然物会議}において、津田恭介教授、名古屋大学の平田義正教授、
アメリカのウッドワード教授の3っの研究グループからそれぞれ独立に、同時
に化学構造が発表された。それによると、テトロドトキソンは植物毒であるア
ルカロイド様の低分子化合物で、動物毒に多いタンパク質ではない。
津田教授のこの研究には三共の研究員が大々的に協カしていた。丁度筆者が
学位論文を作成中の頃で・機器分析室でデーターをとっているとき・X線解析
装置によりテトロドトキシンの化学構造を研究していた研究員達と一緒になり、
話合ったことを今も患い出す。
当時の(現在でもそうであるが)大企業の研究所は大学よりも研究機器や文
献がよくそろっていれ特に三共はクロマイ景気で、当時の松居研究所長は研
究環境の整備に懸命であった。
山陽の農業112号(2005年)33
テトロドトキシンの毒作用は、薬理学的には末梢における神経の伝達の阻害
により起こる。症状としてはヒトが食べて30分から5−6時間後に発症する。
最初に舌、唇、顔面、指先がしびれる。次いで、嘔吐、頭痛へと進み、やがて
運動神経が麻曄して歩行ができなくなり、言語障害、呼吸困難を起こして死に
至る。当然の事ながら、フグ自体には何の毒性も示さない。
比較的最近になって、フグ毒はフグ自体によって作られるのではなく、フグ
の食べた餌であるプランクトンや貝に含まれるテトロドトキシンが食物連鎖に
よってフグに蓄穣したものであることが分かって来た。最近の新聞に、完全に
外界から隔離した養殖場で飼育したフグには毒がないという記事が出ていた。
テトロドトキシンはフグの他、イモlj、ハゼ、カエル、ヒョウモンダコなど
にも含まれる場合がある。
テトロドトキシンの毒性の強さは、本誌前号における第1表に上げた通りで
あるが、具体的にいうと、1グラムで2000人のヒトが死亡するという計算にな
る。
3−3)他の魚介類1二含まれる毒
フグのほかにも魚介類による食中毒が多く知られている。もともとカリプ海
地方にいるシガという巻き貝でおこる中毒をシガテラと言っていた。これも渦
鞭毛藻類に含まれるシガテラトキシンの前駆体が、それを餌とする巻き員や、
バラフエダイ、ウッポ、ハタなどに食べられ、活性化されて壽物に変化してヒ
トが食べた時にも起こる、いわゆる食物違鎖による中毒である。
さらに、バイ、アサリ、マガキなども食物違鎖によってこの毒を含み、中毒
を起こすことがある。シガテラトキシンのハッカネズミに対する毒性はテトロ
ドトキシンの約5倍も強カである。ウナギやウツボも中にもシガテラトキシン
をもっものもあるとのことなので、注意を要する。
この毒によって中毒を起こす人は年問2万人を越え、症状は、知覚障害、下
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痢、血圧降下などであるが、知覚障害の回復には数カ月を要するといわれる。
ウミガメのスープは美味だとのことであるが、過去の文献によると、ウミガ
メによる食中毒が365名発生し、そのうち103名が死亡したという。被害は台湾
以南の東南アジア海域に集中している。
軟体動物のイモガイは世界に400種以上いて・日本近海にも120種類が生息し
てい孔イモガイの毒は、食物連鎖によるものではなくて・口の中に毒腺を有
し、これで魚を刺して殺して食べる。ヒトも刺されると死亡することがある。
毒性分はアルファーコノトキシンと呼ばれる小分子のペプチドで、コブラやウ
ミヘビ同様、神経毒である。なお、イモガイの類には貝殼の美しいものが多い
が、触ると危険なので注意を要する。
クラゲやカッオノエポシにも毒を含むものがある。これらの触手に毒が含ま
れ、毒は餌の小魚を捕食するためのものであるが・ヒトが触れると感電したよ
うに感じるのでデンキクラゲと呼ばれる。
毒は高分子のタンパクで、熱に弱い。
カツオノエポシやデンキクラゲに遊泳中のヒトが刺されると、痙撃を起こし、
溺死することがある。
我々になじみの深いタコやイカにも毒のあるものがあり、クチバシによる傷
から毒が注入され飢これは、餌である甲殻類を捕捉するためのものであるが、
ヒトにおいても死亡例が報告されてい孔その何れもが1時闇半以内に命を落
としている。困ったことに、いまだに的確な治療法が判明していないので咬ま
れないように注意するほかない。何れの死亡例でもタコを扱ったり、手に乗せ
たりしたときに咬まれている。
ウナギの血清にも毒があることをご存じだろうか。実質的には焼いて食べる
ため、熱により無毒化されるので消費者には問題がない。ただ、調理中にウナ
ギの血が目にはいるとひどい結膜炎を起こす。また・指に傷があるとひどい痛
山陽の農業112号(2005年)35
みを感ずるとのことである。
ウナギの毒はタンパク質で、溶血作用をもち、大量に飲むと死亡する。
さらに、ウナギ以外にもアナゴやウツポにも同じような毒がある。
我々になじみの深いエイ、カサゴ、オコゼのように、尾の部分やヒレに毒の
刺をもっものを“刺毒魚”と呼び、このほかに約200種が生息するが、一般に
水底に住むものが多く、踏んだりっかんだりして刺される事が多い。症状は重
く、局所症状から全身症状を起こす場合まである。
毒成分にっいてはほとんどが分かっていない。
上述のように、魚介類の中にはそれ自身が捕食のための壽を含むものもある
が、フグのテトロドトキシンや、アサ1」、ハマグリ、バイ員、ホタテ貝などに
含まれる多くの貝毒は、藻類、夜光虫など貝の餌となるプランクトンの有毒化
による食物連鎖によって生ずる。有毒プランクトンは、海水の温度が上がり、
海水中の栄養分が増えると大量に発生し、それを食べた貝が有毒化す乱有毒
プランクトンは貝には書にならないが、それを食べた魚や、それらの員を食べ
たヒトが被害に遭う。
3−4)節足助物の毒
クモの類は種類が非常に多く、世界に2000属、10万種が知られているが、餌
となる昆虫を捕捉するためにすべてのクモが壽をもっと考えてよい。これらの
毒は上顎の毒腺から相手の動物に注入される。多くのクそはヒトに大きな害を
与えることはないが、日本でもヒトに有毒なセアカゴケグモが見つかり、騒ぎ
になったことがあった。ヨーロッパの南部に生息するタランチュラは猛毒をも
ち、これに咬まれると、ヒトは痙撃をおこし、狂ったように踊りだすと言われ
る。
多くのクモの毒は神経にたいする毒である。
サソリは恐ろしい毒虫で、世界中に650種程いる。クモと同様すべての種類
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が毒をもち、刺されると命にかかわるものもいる。日本ではあまり問題になら
ないが、一般に熱帯のサソリの毒は毒性が強く、特にアフリカではサソリに刺
されて死ぬ人が、毒ヘビに咬まれて死ぬ人よりも多い。したがって、そのよう
な国へ旅行したときには注意を要する。例えぱ、靴やカバンの中、衣服に隠れ
ていることがあるので、着用する前に必ず点検することが肝要であ孔
サソリの雌はカマキリ同様、交尾が終わると雄を食べてしまう・
サソリの毒は尾の一番先の毒腺から分泌される。
毒はペプチド(タンパクの分子量の小さいもの)であり、半数致死量は0.1−
0.01ミリグラムという猛毒であり、神経毒で、ヒトには痙撃、麻痒を起こす。
唯一の治療法は抗毒素血清療法であり・痙撃に対してはソアセパムの投与が有
効である。
ムカデの被害にあった場合はアンモニア水がよく効く。またヤスデに咬まれ
た場合はすぐに洗い流してやけどの治療に使う亜鉛牽オレーフ油を塗布すれば
よい。
3−5)昆虫の毒
我々にとってもっとも身近な有毒昆虫はハチの類であろう。ハチは世界に10
万種が生息す孔我が国では年聞40−50人のヒトがハチに刺されて命を落とし
おり、その殆どが、スズメバチに刺されたときのアナフェラキシーショック
(激烈なアレルギー反応)による。このような場合は直ちに病院へ運んで治療
を受なけれぱならない。アナフェラキシーショックは刺されてから普通は10分
以内に・少なくとも1時閻以内に起こり・症状としては・呼吸困難や・全身の
発疹、時には嘔吐や下痢を伴う。
一般にアレルギーは、抗原が生体に侵入し、ある程度時聞が過ぎて、抗体が
できてから、再び同じ抗原が侵入した場合に、先に作られて抗体と反応して症
状が出るが、このような経過をたどらない場合もある。それは、既にその抗原
のなかにアレルギーを起こす物質が含まれている場合であり、そのような場合
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には、1度目の抗原(毒)の侵入によりアレルギー反応がおこる。言い換えれ
ぱ、抗原一抗体反応の際に生産される有害物質を最初からもっているのである。
ハチによるアナフェラキシーショックは、その毒成分の中にアレルギーを起
こす物質、ヒスタミンやセロトニンが含まれており、それによって起こること
がある。
ハチの毒のう、毒針は尻部にあり、産卵管の変化したものであるので、刺す
のはすべて雌であり、雄は刺さない。
ミツバチの毒に関しては、養蜂の関係からよく研究されてされていて、その
毒成分はペプチト、アミン、有毒酵素から成る事が知られている。
ペプチドの主成分はメリチン、アバミン、MCDペプチドから成る。メリチ
ンには溶血作用があり、アバミンは神経毒、MCDペブチドはアミンを生じ強
い痛みと炎症を起こす。
養蜂家はミッバチに最も刺されやすいが、何度も刺されているので、免疫が
できていてさほど重篤な症状を起こす事はない。
いずれにしても、ハチは小型の動物であり、刺された時に放出される毒の量
も少ないので、アナフェラキシーショック以外は、命に関係することが少ない
ようなので、抗ヒスタミン剤を含むステロイド軟膏を塗っておけばよい。
なお、スズメバチとミッバチは車の窓から入って来て人を襲う習性があるの
で、田舎遺を走っている時などは注意を要する。またハチの性質として、黒い
色を好んで攻撃する。実際的に、一直線に飛んで来て頭や眼球を刺される事が
多い事を知っておくべきであろう。
毒蛾や毛虫に悩まされて方は多いと思うが、毛や鱗粉に触れると炎症を起こ
す。その毒が何であるかはほとんど分かっていないが、モンシロドクガの毒の
痛みを起こす原因物質はアミンである。
38山陽の農業112号(2005年)
マメハンミョウも毒をもλ山道を歩いているとき足元から飛び立ち・数メー
トル先に止まる習性からミチシルベとも呼ばれる。この虫については筆者が薬
学専門学校生のとき、生薬学の講義に出て来た。この虫を、朝早く、動きが鈍
いときに捕獲して乾燥し生薬とする。成分のカンタリジンは、催淫剤として用
いられるということであったが、多く用いると腎臓障害を起こす。
3−6)蛙の毒
毒をもっ蛙は少ないが、ガマガエルには毒がある。今は見かけなくなったが、
筆者が子供のころ、お祭りで神社の境内に行くと、かならずガマの油売りがい
てたくさんの子供が取り囲んでいた。
そのときのガマの油売りの口上では、油を取るのに、ガマを鏡の前におくと
自身の醜さに耐え兼ねて、たらりたらりと脂汗をかくのだそうであるが、実際
にはそのような方法ではなく、ガマを痛め付けると、耳のところにある耳腺か
ら出るねばねぱした毒液を採集する。
毒液の中にはプフォテニンと呼ぱれるアミンとブフォタリンというステロイ
ドが含まれてい私前者には幻覚作用があり、後者は強心作用をもつ猛毒であ
る。
いわゆる“ガマの油”は耳腺や皮膚腺から採った分泌物を観館粉とともに握
ねて、陰干しして作ったもので、強心、鎮痛、排壽などに、内服しても外用し
てもよいと言う。
付け加えるならぱ、ガマを手で触ると、耳腺、皮膚腺からこれらの成分が出
るので、よく手を洗わないと目にしみたりして大変な目に会う。
矢毒ガエルは南米にいるカエルで、皮膚腺からバトラコトキシンという猛毒
を出す。この毒はテト0ドトキシンよりも強力で、神経や筋肉の機能を停止さ
せる。南米で、動物を仕留めるための吹き矢に用いられたことからこの名前で
呼ばれる。
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3−7)鳥類の毒
比較的最近まで、温血動物であるすべての鳥類には毒がないと考えられてい
たが、昔、中国には次のような伝説があった。
漢の高祖劉邦の后、呂后は劉邦の死後、自分の一人息子、恵帝の治世を危う
くするような高官を次々と粛正した。そのとき毒殺に用いられたのが“ちん毒}
という鳥の毒であるとされている。その鳥については、雲南あたりの深山に住
み、人に姿を見せないが、毒蛇ばかりを餌とする珍鳥の毒であると記されてい
る。その鳥の羽根を酒に浸して毒殺に用いたと言われる所から、アルカロイド
系のトリカブトなどではないかと考えられていた。
ところが、1992年、ニューギニアにピトフィ属の、毒鳥が3種見つかった。
これらのうち、’くず鳥”と呼ぱれるものの羽、皮、筋肉、内臓からステロイ
ド系アルカロイド、“ホモパトラコトキシゾという猛毒が検出された。この
ようなことから、’ちん毒一は単に伝説であるとして片付けられなくなった。
この毒素は、毒矢に用いられた“矢毒蛙”のパトラコトキシンの構造類似体で、
マウスに対する皮下注射によるLD帥=3マイクログラム/㎏である。(船山信次
『図解雑学毒の科学』マツメ社2004)。
動物の壽に関してはまだまだあると恩うが・この2回で一応終わりとす飢
蛇毒やフグ毒についてはよく知られている通りであるが、我々が全く関心をも
たない員類、イカ、タコ、ウナギなども有壽物質を含むなど、天然のものは安
全であるという考えは・何の科学的根拠もないことがお解りいただけたと恩㌔
次回からは植物に含まれる毒にっいて述べることとする。
以下次号
(筆者)岡山大学名誉教授
40山陽の農業112号(2005年)
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