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科学史2 - Oki Sayaka`s Page 隠岐さや香研究室

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科学史2 - Oki Sayaka`s Page 隠岐さや香研究室
科学史2:科学と女性の社会史
2009年6月11日(木)2限 聖心女子大学
担当:隠岐さや香
第八回
1.
女性・男性・子供と科学教育
女性と科学教育・科学研究の近代
19 世紀:アカデミーの衰退と、国家による近代的な科学研究機関、教育機関の設立
→実は、科学=男性の職業というイメージはこの時期に徹底する
(高度研究機関、教育機関からの排除)
何が起きていたのか?
いくつかの要因:
〔産業革命と職住分離 〕…中産階級以下で賃金労働の場と住居が分離し、仕事(契約の
ある賃金労働)=男性、家庭(再生産労働)=女性という風潮が強くなる
〔性の相互補完性
〕…男女の解剖学的差異・生理学的差異を根拠に、男女は補完的
に反対で、全く異なる存在であるとした 相互依存関係
〔科学の専門職業化
〕…科学が高度化・職業化し、専門の教育を受けずに科学研究に
従事することが困難になる
2.
母性礼賛の時代と女性の教育(フランスの例を中心に)
それまでの育児・教育についての考え方:教会が中心
→ある程度の年齢になったら子供(特に男子)は親から引き離し、寄宿学校で聖職者によ
り厳しく育てられるのがよい
→貴族階級における乳母
1750 年代∼:哲学者、医師、政治家達の間で母親の役割についての議論が盛んに
→「母性礼賛」の時代
母親が子どもを慈しむことは当時も自然なことだったが、他方で子供を好まず世話をしな
い女性もおり、それが特に問題とされることが少なかった。特に上流社会の夫人において
は子どもを乳母や召使いに預けることも慣習として行われていた。それが 18 世紀半ば以降、
「母親の役割」が強調されるようになっていく。
→母親による育児と教育の重要性が説かれるようになる
二つの側面
〔母親独自の役割の評価
〕〔母親への育児の押しつけ
人間の見方においてキリスト教の影響が低下
〕
人間も肉体においては動物→「人間の雌」としての女性
子どもと女性への関心
「人口」と「自然」への関心
哲学者ジャン・ジャック・ルソー(1712-1778)
社会の不平等を批判し、自然な感情を重視。一方で「母性愛」を強調。
『新エロイーズ』1761 年、『エミール』1762 年
(ただし本人は母を幼くして無くし、伴侶との間に出来た五人の子供を施設に送ったので
育児の経験は無し)
医学への影響
ピエール・ルーセル『女性の肉体と精神の体系』1775 年
女性の身体を出産のためのものとして強調 「女性の本性」
「女性は女性なりに完璧」
優しい愛情に満ちた感情にとらえられやすく子供や病人の世話に向いているが、精神集中
や思考は不可能であり、頭脳労働、抽象科学、重大な責任はふさわしくない
単なる「劣性」から「自然の差異」に基づく劣性が語られる
3.
科学の専門職業化
17 世紀以前:自然探究…神の意志と計画を読む 聖職者・貴族・アカデミシアン
19 世紀以降:自然探究…自然から人間が利益を得る 世俗の「職業」化
→1830 s 「科学者」(Scientist)の誕生(W.ヒューエル, 1794-1866)
...ian と ...ist
cf. Physician と dentist
フランス革命(1789-1794)
公教育論(実現はせず)
フランス:世界で最初に科学の専門教育機関が発展
エコール・ポリテクニーク(1795)
大学理学部(ナポレオン時代 19 世紀初頭)
ドイツ:J. リービッヒの化学研究室(19 世紀半ば) 大学教育と科学者としての職業訓練
男性は職業(政治、科学、産業 etc)へ、女性は母として家庭へ
女性の科学との接点 アマチュアとしての楽しみ(植物学、化学の一部など)
科学に関わる夫や兄弟の助手として「内助の功」
参考文献
ロンダ・シービンガー『科学史から消された女性たち : アカデミー下の知と創造性』小川
眞里子・藤岡伸子・家田貴子訳、工作舎、1992 年
イヴォンヌ・クニビレール他『母親の社会史:中世から現代まで』中嶋公子訳、筑摩書房、
1994 年
【資料】
■人口と女性への関心
「ご婦人方が不規則な生活をし、あらゆる楽しみにひたることほど、人口を減少させるも
のはない。このような態度では、若い女性が健康を保ち、健康な子どもを産むことはでき
ない。」(デゼサル『幼児の身体教育』1760 年)
■ 女性の存在意義についての医学的言説
「女性は、男性の存在の一部にすぎない。女性は、自身のためでなく、男性と協力して種
の繁栄をはかるために生きている。これこそ、自然と社会と道徳が認める唯一の目的であ
る」(ヴィレイ『医学事典』1812-1822 年)
■ナポレオンにおける女性教育への冷淡
「理屈屋ではなく、信者を養成せよ。女性の頭脳の弱さ、気まぐれ、社会における使命を
考慮し、忍耐強く、おだやかで、素朴な慈悲心を女性達に教え込む必要がある。そのため
には宗教的な枷は不可欠である。」
(女子教育の学校、レジョン・ドヌール教育学院創設にあたってのナポレオンの指示。イ
ヴォンヌ・クニピレール、カトリーヌ・フーケ『母親の社会史』中嶋公子、宮本由美ほか
訳、筑摩書房、1994 年、p. 221)
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