Comments
Description
Transcript
金井壽宏・鈴木竜太編著 『日本のキャリア研究-組織人
Kobe University Repository : Kernel Title 金井壽宏・鈴木竜太編著『日本のキャリア研究-組織人 のキャリア・ダイナミクス』『日本のキャリア研究-専 門技能とキャリア・デザイン』(Toshihiro Kanai and Ryuta Suzuki eds., Career Studies in Japan: Career Dynamics in Organization, Career Studies in Japan: Career Design of Professional) Author(s) 守島, 基博 Citation 国民経済雑誌,210(5):113-118 Issue date 2014-11 Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 Resource Version publisher DOI URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009014 Create Date: 2017-03-31 金井壽宏・鈴木竜太編著 『日本のキャリア研究−組織人のキャリア・ダイナミクス』 『日本のキャリア研究−専門技能とキャリア・デザイン』 守 島 国民経済雑誌 基 第 210 巻 博 第5号 平 成 26 年 11 月 抜刷 113 書 評 金井壽宏・鈴木竜太編著 日本のキャリア研究―組織人のキャリア・ダイナミクス 白桃書房, 初版, 2013年, 296頁 日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン 白桃書房, 初版, 2013年, 263頁 1 は じ め に 事情があって, パソコンにもスマートフォンにも触れることのできない数日があった。 こ れ幸いと, 私はそのぐらい時間があれば, 2 冊読むのには絶好の機会だろうと, 本を持ち込 んでの読書となったが, 予想を裏切って, 1 日 1 冊のペースで, 本書を読み終わってしまっ た。 それほど面白かったのである。 タイトルからわかるように, 本書は働く人のキャリアに関する研究書である。 正確に言え ば研究論文集かもしれない。 2 冊とも, 金井および神戸大学大学院経営学研究科金井研究室 出身の若手研究者による個別論文が集められた著作である。 と, ここまで書くと, どこにでもある研究論文集のように思われるかもしれない。 でもそ んなことはないのである。 この 2 冊は少なくとも 4 点で際立った魅力をもっている。 またこ れらが 2 冊の貢献にもなっている。 2 2 冊の魅力, つまり貢献 まず, 第 1 にキャリア発達の主導権とでも言うものについての捉え方が興味深い。 これま でキャリアに関する研究は, キャリア発達または開発の主導権について, 主に 2 つの立場の どちらかにたっていたように思う。 ひとつは, 組織内の縦移動や横移動と能力開発との関係 などを対象にした 「組織によるキャリア管理」 の研究であり, もうひとつは 「キャリア自律」 という言葉に代表されるような個人の自律が大切であるという主張が中心の, どちらかと言 えば規範的なトーンの議論であった。 本書に収められた研究の多くは, 組織が殆どすべてのイニシアティブをとるキャリア管理 論でもなく, 個人の自律を強く主張するキャリア論のいずれでもない。 そこにあるのは, 組 織や社会の制度や構造から課せられた条件や制約のなかで, 働く人一人ひとりがあるときは 114 第210巻 第 5 号 戦略的 (本書の言葉で言えばデザイン的に), あるときは流れに身を任せながら (本書の言 葉ではドリフト的に) キャリアを形成していくさまの描写と理論化である。 そうすることで, この 2 冊は, キャリアというものが, 働く人が周りの構造に制約されながら, そのなかで自 分の好みや価値観, なりたい自分などに基づいて動き, 構造にほんの少し影響を与え, また さらに新たに自分の目標を制約のなかで追いかける軌跡であるという現実を見事に描き出す ことに成功したのである。 キャリアに関するこうした見方は, 普通に社会で働いている人にとっては当然かもしれな い。 だが, これまでのアカデミック・キャリア論は, どちらかの視点を強く前面に押し出し てきたように思う。 その意味で, 働く人にとっては当たり前の, でもこれまでの研究で強調 されることが少なかった現実的な視点を, 実証研究を通じてイキイキと示す書物であること が, この 2 冊の第一の魅力であり, 貢献である。 第 2 の魅力は, 多様で発展し続けるキャリアに関する理論や考え方を数多く見せてくれる ところである。 キャリアという概念は, ややもするとその言葉自体がもつインパクトの大き さにより, より細分化された議論が立ち止まってしまう傾向がある。 アカデミックな言い方 をすれば, キャリアの下位概念やサブタイプなどに関する議論が起きにくいということであ る。 一口にキャリアと言っても, どういうタイプがあるのか, また各々のタイプについて, どういう概念枠組みが考えられるのか。 さらには, 多様なキャリアタイプ間の相互関係はど うなっているのか, などである。 現実に起きている 「働く人のキャリア」 には多様な形があ り, 各々異なった状況の下で生起しており, その意味で全体を 「キャリア」 という言葉で一 括りにして捉えるのはやや大ざっぱすぎるのである。 また一人のキャリアに限定しても, 時 間経過によって複数の局面が現れる。 だから, 今日では, 抽象度の高いレベルで議論を進め るのではなく, 現実に起きている多様性に対応して, より詳細な概念化が必要なのであろう。 その点本書では, 例えば, 「バウンダリーレス・キャリア」, 「プロティアン・キャリア」, 「プランド・ハプンスタンス」 などのキャリアサブタイプが紹介されている。 いずれも現実 に展開しつつある働く人のキャリアに対応した概念である。 またキャリア発達プロセスの諸 局面を言いあらわす言葉としては, 「キャリア・デザイン」, 「キャリア・ドリフト」, 「キャ リア・ミスト」, 「キャリア・ラダー」 などが出てくる。 一部すでに広く使われている言葉も あるが, この分野をきちんと学んでこなかった私などにとっては, 大変勉強になった。 言い 方は変だが, 私たちが 「キャリア」 というビッグワードに幻惑されているうちに, キャリア 論というのは, こんなに発展を遂げたんだ, という新鮮な驚きがあった。 ちなみに, 同じ組織行動論の 「モチベーション」 という概念は, かなり前から, いくつか のサブ概念が提案されており, この現象の多様なあり方に対応した理論化がなされている。 例えば, 期待理論は働く人のモチベーションの合理的な側面に注目し, 衡平理論は社会的な 書 評 115 比較を源泉としているというようにである。 そしてモチベーションの諸理論は, これまでの 研究の積み重ねが, 初学者向けの教科書にもきちんと説明されているが, キャリア論は, ま だまだそういう状態になっていない。 本書を読むと, モチベーションと同様に, キャリアに 関しても, 多様で複雑で変化し続ける現象に対して, 様々な理論的立場や概念が発達してき ていることが理解でき, いずれは, こうした多様性が標準的な教科書に記述されるようにな れば良いと思う。 なかでも, こうした意味で特に興味深かったのは, 日本のキャリア研究―専門技能とキャ 専門技能 ) で, 金井が Edgar Schein, Nigel Nicholson, John ・・ Krumboltz など大御所のキャリア学説を取り上げ, 興味深い比較をしている最終章であった。 リア・デザイン (以下, もちろん誤解の無いように補足しておくが, この章の魅力は, 単にこれらの学者たちの学説 比較が行われるだけではなく, 愛弟子の立場から, Schein 自身のキャリア発達と彼のキャ リア論や学問の発展とを並行して追いかけたストーリーが展開されることである。 概念や理 論の発展が, そこに生きた学者たちのキャリアや人生と不可分ではなかったことが理解でき る興味深い論稿である。 さらにキャリア論が作ってきた多様なサブ概念の真の面白さがわかるのは, 具体的な実証 研究である。 なかでも, 専門技能 にある多様な働き手のキャリアに関する論文は, すべ てキャリアの様々なサブ概念を用いた小気味よい研究報告であり, 纏まって読むと見事なコ レクションである。 具体的な概念としては, 「バウンダリーレス・キャリア」 (上野山達也と 山下勝による第 6 章におけるホテル従業員と, 宇田忠司による第 7 章のフリーランスのクリ エーター), 筆者はそういう表現はしていないが 「ネットワーク・キャリア」 (西尾久美子に よる第 3 章の京都の芸舞妓), 「キャリア・ラダー」 (田路則子による第 4 章のハイテク産業 の研究開発者) などである。 これらの章は, 様々な状況下にある, 多様なキャリアの形態を 鮮やかに, かつ論理的に分析することに成功しており, これらを通して, 私たちはキャリア に関する多様な考え方 (概念や学説) を, 実際の現象に適用することで, 多様なキャリア現 象のあり様とその生起過程に関する理解がイキイキと進むことを目の当たりにできるのであ る。 研究というのは, 事象の個性や個別事情を抽象化しながら, 一般化を求めるが, キャリア 論のオーディエンス (つまり, 働く人一人ひとり) が異なったキャリアを経験しているため, 過度の一般化は必ずしも読み手の納得性を確保できない (自分の状況にあてはまらない!)。 読み手の納得性を保ちつつ, 同時に研究としての信頼性を失わないためには, 多様な理論的 立場があることが必要なのだろう。 重要なのは, 金井が最終章で述べているように, こうしたキャリア論自身の発達の結果, キャリア論には多様性が深まり, また多様性があることがキャリア論の強みとなった点であ 116 第210巻 第 5 号 る。 キャリアというのは, 本来, 一人ひとりの生き様であり, また, そのために各人が, 構 造の制約の下で, 異なったキャリアの発展形態をもちうるものだからである。 3 キャリア論の外延を拡張する さらに本書のすごいところは, これまでキャリア論とは関係なく議論されてきた組織行動 論のいくつかの概念を, キャリア論のコンテクストに統合し, 新たな理論的発展の端緒を提 供している点である。 これは第 3 の魅力だが, 本書は, こうした試みを行うことで, キャリ ア論の外延を広げ, さらなる理論的発展の可能性を示している。 例えば, 日本のキャリア研究―組織人のキャリア・ダイナミクス (以下, ダイナミク ス ) においては, 「心理的契約」 (服部泰宏による第 3 章), 「経験学習」 (谷口智彦による第 4 章), 「職務設計とメンタリング」 (麓仁美による第 5 章), 「(企業による) 組織社会化」 (小川憲保彦による第 6 章), 「(対人関係を通じた) 組織社会化」 (尾形真実哉による第 7 章), 「トランジション・マネジメント」 (元山年弘による第 8 章), そして, 「リーダーシップ」 (金井による第 9 章) など, 組織行動論概念のキャリア論的解釈が挑戦的になされる。 また, 専門技能 では, 「プロフェッションフッド」 (勝原裕美子による第 2 章の看護師 のキャリア分析), 「(カッツの) プロフェッショナル・スキル論 (小川千里による第 1 章の 船舶職員への適用), 「ジョブクラフティングと i-deals」 (森永雄太・金井による第 5 章) な ども同様である。 いずれも, 多様なタイプの働き手を取り上げ, そこに展開するキャリアを, 既存の組織行動論概念を応用しつつ分析した興味深い論稿である。 なかでも圧巻は ダイナミクス 最終章の金井自身のリーダーシップ概念とキャリア論を 統合する試みである。 ここでは 「キャリアにおける経験の連鎖をリーダーシップ発揮の度合 いを高めていく過程」 (p. 241) だとする立場から, キャリア上の経験とリーダーシップ発 揮との関連に関する興味深い一連の問いが示される。 例えば, リーダーシップの発揮度合い が, フォロワーのリーダーと呼ばれる人の信頼度合いとほぼ同義であるならば, リーダーへ の信頼は, リーダー側のどういう経験の蓄積やそこから生み出される行動・言動によって形 成されるのかという問いである。 この章はリーダーシップ開発のための実践的な含意に満ち, また人事部への提言も含まれており, 示唆も多い。 もうひとつがジョブクラフティングおよび i-deals とキャリアの関係に関する議論である。 ジョブクラフティングは, 組織が設計した職務への, 働く人による行動的・認知的・心理的 な改変を意味するが, 以前から私は, ジョブクラフティングという概念について, 少々“物 悲しい”印象をもっていた。 職務拡大 ( job enlargement) も職務充実 ( job enrichment) も してくれない雇用主に対する働く人のささやかな抵抗といった印象である。 また, i-deals は 組織と人との間に個別的な交換・契約関係がなりたつ現象をさすが, これについてはバーゲ 書 評 117 ニングパワーのある人のわがままか, 人材マネジメント風に言えば, 個別人材管理のススメ, という意味ぐらいしか見出していなかった。 ただ, 本書では, これらはともに, 働く人と組織が, お互いにとって最も好都合で気持ち の良い関係を見つけていこうとする努力だという主張がなされる。 そしてさらに敷衍すれば, これに時間概念を加えたものが, 双方にとってのキャリア・ディベロップメント (発達また は開発) そのものかもしれないという視点まで行き着く。 キャリアの展開とは, 働き手と雇 用主が, 双方にとって望ましい対峙関係を見出していくプロセスだという理解である。 そしてキャリア論の外延を広げるという意味で, 最も興味深いのは, ダイナミクス 第 2 章の鈴木竜太による 「関係性のキャリア」 と呼ばれる考え方である。 関係性のキャリアと は, 「[一人の] キャリアがそのひとだけによって規定されるのではなく, 周囲の 「重要な他 者」 によって規定される」 (p. 43) という視点であり, こうした枠組みに基づき, 鈴木は, 働く人がもつ, 組織と個人の関係に関する認識と, その人のキャリア状態 (キャリア・ドリ フトとキャリア・ミストの 2 軸の交叉で捉える) の関係を調べていく。 前提は, 働く人にとっ て最も 「重要な他者」 は, 組織だという認識である。 そして組織との関係とキャリア状況と は相互に作用しあう関係があることが示される。 秀逸な研究であり, 主な対象が30歳代のホワイトカラーということなので, 置かれた前提 も恐らく正しい。 ただ, 私は 「関係性のキャリア」 という概念は, 単に組織と人との関係の あり方とキャリア状況との関連だけではなく, より広い対象を含んだ関係性を考慮できる可 能性があることが魅力だと思う。 本書でも例えば, 専門技能 第 3 章にある西尾による芸 舞妓のキャリアに関する議論では, 常連顧客という普段はキャリア発達にはかかわることが 想定されない他者が含まれるし, ダイナミクス 第 7 章の尾形の分析によれば, 社会化の エージェントとしての上司, 同僚, 同期社員などが取り上げられている。 こうした他者との多様な関係が, キャリア状況と相互に作用して, 働く人のキャリアを作っ ていくのだろう。 理論的には, 冒頭で述べた組織や構造の制約の下で, 人がどうキャリアを 発展させていくのかというメソレベルの問題意識を深めるうえでも役に立つ可能性がある。 他者との関係には, 人に押し付けられる部分と人が自律的に作っていける部分の両方がある という, 構造による制約と自律との狭間で形成されるキャリアを, もうひとつの別の観点か ら描き出す可能性のある概念である。 4 金井コミュニティ そして 2 冊の 4 つ目の魅力は, 本書が金井と金井門下で育った研究者の協働成果であると いう点である。 私自身, 博士課程で学生を抱え, 日々教育に時間を割いている立場から, 質 の良い研究者を育てることの難しさはよくわかる。 それが理解できるから, 金井氏には 「お 118 第210巻 第 5 号 めでとう」 と言いたい。 これだけ質の揃ったチームを作りあげたことに対してである。 ナン バーツーとしての鈴木氏も同様である。 「単なる研究論文集ではない」 という真の意味はこ こにもあるのである。 ただ, このことが, 本書の強みであるとともに一定の限界ともなっているのかもしれない。 というのは, ほぼすべての研究が, 金井門下らしく働く人の心理の世界を深く検討すること で, キャリアに関する新たな知見をもたらすことに重きをおいているからである。 そのため, 私には冒頭にも述べた 「構造制約と自律」 という対立が, やや抽象的に描かれ 過ぎているように思うのである。 人によっては, とても自分では抗えない強い構造のなかで キャリアを歩んでいる人もいよう。 こうした働き手のキャリア・ディベロップメント (また はその欠如) が, この本にあるタイプの分析で, 深いレベルで理解可能だろうか。 具体的に 言えば, 例えば, 派遣という契約形態での雇用を繰り返す労働者のキャリアを考える際には もう少し社会学的な枠組みも必要なのかもしれない。 もし 日本のキャリア研究 というタ イトルのシリーズが編纂されるとすれば, こうした視点は必ず入って来よう。 だが, 執筆者が金井門下に絞られた 2 冊にこうした視点はあまり見られない。 その結果, 意図はしていないのかもしれないが, 一定のレベルで自律ができ, 構造や制約に対し影響を 与えることが可能な働き手だけを対象にしているような印象を受けてしまうのである。 博士論文審査要旨の結びのように聞こえるかもしれないが, しかしこの点は, 2 冊がもつ 本質的な貢献を損なうことは全くない。 どちらかと言えば, 無いものねだりという色彩の強 いコメントである。 いずれにしても, これだけの金字塔をうちたてた, 金井氏・鈴木氏及び 金井研究室のメンバーを賞賛して, 本稿を終わりにしよう。 以上。 (守島基博)