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MIZUHO CHINA MONTHLY<2015年04月号>(PDF

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MIZUHO CHINA MONTHLY<2015年04月号>(PDF
MIZUHO CHINA MONTHLY
みずほ チャイナ マンスリー
2015 年 4 月号
中国経済
1
2015 年全人代の決定事項と今後の中国経済のポイント
~問われる「+7.0%前後」という成長率目標の達成手段~
産業・地域政策
6
拡大する中国対外直接投資の現状と展望 ㊤
-中国企業の多国籍化戦略実施の成果と課題-
中国アドバイザリーの現場から
10
中国での人材活用
~現地スタッフのマネジメント~
中国戦略
中国の多国籍企業:タレント戦略の再構築
-グローバル企業事例 ユニリーバ、アーティセン・エンベデッド・テクノロジーズ-
14
法務
21
中国における民事訴訟の最新実務
税務会計
27
外国企業の間接持分譲渡課税
税務会計
32
海外勤務にかかわる人事、社会保険、給与、税務の詳細解説
みず ほ銀 行
みずほ銀行(中国)有限公司
その①
中国営業推進部
中国アドバイザリー部
0
MIZUHO CHINA MONTHLY
2011 年9 月号
- Executive Summary 中国経済
2015 年全人代の決定事項と今後の中国経済のポイント
3 月 15 日に全国人民代表大会が閉幕し、成長率目標が昨年の「+7.5%前後」から「+7.0%前後」に引き下げら
れたが、経済に対する下押し圧力は強く、政府は財政・金融政策による景気てこ入れを強めるとともに、民間活
力の解放等につながる改革を推し進め、持続的な成長を確かなものにしようとしている。景気てこ入れに頼りす
ぎず、改革を通じて経済の下押し圧力にどの程度抗していけるかが試されている。
産業地域政策
拡大する中国対外直接投資の現状と展望 ㊤
世界第 2 の外国直接投資の受け入れ国として大量の外資導入を行ってきた中国は、対外直接投資の新しいプ
レーヤーとしても急速に成長し、2013 年に米日に次ぐ世界第 3 位の対外直接投資国に躍り出た。本稿は拡大し
ている中国対外直接投資の実態を浮き彫りにし、中国企業の国際展開の要因と戦略志向を考察し、中国対外
直接投資の成果と課題を明らかにする。これを踏まえ「新常態」を迎えた経済転換期における中国の対外投資
拡大による国内外経済への効果と影響を展望する。
中国アドバイザリーの現場から
中国での人材活用~現地スタッフのマネジメント~
中国で活動する日系企業の駐在員は、日本と中国の考え方の違いや中国独特のジェネレーションギャップな
ど、様々な問題で現地社員のマネジメントに頭を悩ませている。人材確保の問題も深刻化しつつあるが、日系企
業には賃金面以外にもアピールできる部分が多い。本稿では、日系企業の特徴を活かした中国における現地
社員のマネジメントについて考察する。
中国戦略
中国の多国籍企業:タレント戦略の再構築
中国では毎年賃金インフレが進んでいる上、中国現地企業による人材獲得の強化、労働市場における人材ス
キルのミスマッチにより、人材の採用と定着は常に問題となっている。中国で活動する全ての企業にとって、人
材構成戦略の確立は中長期的にみたビジネス機会の実現に重大な影響を及ぼすだろう。本稿では、ユニリー
バ、アーティセン・エンベデッド・テクノロジーズ 2 社の事例を紹介する。
法務
中国における民事訴訟の最新実務
中国における民事訴訟の実務には、日本とは異なる点が多々あると言われる。民事訴訟制度をめぐる最
新の動向や、中国で効果的に民事訴訟を遂行するうえで参考になるポイントなどを紹介する。
税務会計
外国企業の間接持分譲渡課税
外国企業が中国国外の企業持分を譲渡する場合には企業所得税は課税されないが、その国外企業が中国企
業の出資持分を直接または間接に保有している場合には、間接持分譲渡として企業所得税が課税される可能
性がある。このような中国固有の租税回避対策規定について改正前と改正後の規定の内容を具体的な事例を
通して紹介する。
税務会計
海外勤務にかかわる人事、社会保険、給与、税務の詳細解説
その①
企業の国際化に伴い身近な存在となった海外勤務であるが、その実践においては、人事、社会保険、給与福
利、税務等あらゆる面での十分な検討及び準備が必要である。今回は「人事、社会保険」における制度的な取
扱いについて解説する。
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国経済
2015 年全人代の決定事項と
今後の中国経済のポイント
~問われる「+7.0%前後」という成長率目標
の達成手段~
みずほ総合研究所
アジア調査部
中国室長 伊藤
信悟
[email protected]
3 月 15 日、今年の全国人民代表大会(「全人代」と略、国会に相当)が閉幕した。今回の注
目点は経済成長率目標の行方だったが、2014 年の「+7.5%前後」から「+7.0%前後」に目標
値が引き下げられた。その理由は何か、また、この成長率目標を達成するための手段としてど
のような手段が想定されているのかについて、李克強首相の「政府活動報告」や全人代期間中
の閣僚の発言などを頼りに整理を試みたい。その上で、どのような点に注目して中国経済の先
行きを読むべきか、その視座についても考察を加える。
1.成長率目標を「+7.0%前後」に引き下げ ~「新常態」という認識を目標として具現化~
(1)成長率目標の引き下げ理由
~バランスシート調整の必要性~
冒頭で述べたとおり、3 月 15 日に全人代が閉幕し、今年の成長率目標を「+7.0%前後」に引
き下げることが決議された(図表 1)。25 年ぶりの低水準の目標値とも言われているようだが、
当社も含め、大方の事前予想に違わぬ結果であった。
成長率目標が引き下げられるとの見通しは、かなり前からいわばコンセンサスとなっていた。
2014 年 5 月以降、習近平国家主席を筆頭に、中国指導部が「新常態(ニューノーマル)」とい
うスローガンを連呼し、経済が「高成長」から「中程度の高成長」への移行過程にあることを
強調してきたからである。
成長率の低下が自然、かつ、必要であるという理由について、習政権は様々な角度から説明
してきたが1、借入や投資のスピードを落とし、バランスシートの調整を進めなければ、経済が
いずれ大きく腰折れしかねないという点が、最も切迫度の高い理由だろう。
図表 1 2015 年の主要経済指標の目標値
指標
実質GDP成長率(前年比)
消費者物価上昇率(前年比)
全社会固定資産投資(前年比)
社会消費品小売総額(前年比)
輸出入総額(前年比)
M2伸び率(前年比)
都市部新規就業者数
失業率
財政赤字
対GDP比
2014年
2015年
目標
目標
実績
7.0%前後
7.5%前後
7.4%
3.0%前後
3.5%前後
2.0%
15%
17.5%
15.3%
13%
14.5%
12.0%
6%前後
7.5%前後
3.4%
12%前後
13%前後
12.2%
1,000万人以上 1,000万人以上
1,322万人
4.5%以下
4.6%以下
4.09%
1.62兆元
1.35兆元
1.13兆元
2.3%
2.1%
1.8%
(注)貿易総額伸び率は名目米ドル建て。
(資料)李克强「政府工作报告」2015 年 3 月 5 日、2014 年 3 月 5 日、中国国家发展和改革委员会「关于 2014 年国民经济和
社会发展计划执行情况与 2015 年国民经济和社会发展计划草案的报告」2015 年 3 月 5 日、中国国家发展和改革委员会
「关于 2013 年国民经济和社会发展计划执行情况与 2014 年国民经济和社会发展计划草案的报告」2014 年 3 月 5 日、
CEIC Data
1
「新常態」と経済成長率の鈍化の関係については、伊藤信悟「2015 年の中国のマクロ経済運営~景気下支えを強めつつ成長
率を+7.0%前後に誘導~」
(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2015 年 1 月 28 日)を参照されたい。
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/as150128.pdf
1
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国経済
世界金融危機への対応のため、2008 年 11 月から、中国政府が大規模な景気対策を打ち始めた
ことは周知のとおりである。その副作用で、中国のバランスシートは大きく膨らんでしまった。
例えば、社会融資規模(非金融機関・個人による資金調達残高)の対 GDP 比率は、2007 年末の
120%から 2014 年末には 193%に上昇している(図表 2)。また、生産能力の過剰感は原料・素
材産業を中心に今なお残っている。住宅在庫の過剰感も、地方都市を中心に完全には払しょく
されている状況にはない。
こうした状況にもかかわらず、高水準の借入や投資が今後も続けば、これらの問題が更に深
刻化し、いずれ景気の急激な冷え込みを余儀なくされかねない。そのような事態に陥るのを避
けるため、習政権は「新常態」を旗印に、昨年の早い時期から、企業や金融機関、地方政府な
どに対して「中程度の高成長」に合わせた考え方や行動に切り替えるよう迫ってきたと考えら
れる。
(2)小幅な目標引き下げにとどめられた理由
他方で、成長率目標が大幅に引き下げられる可能性も低かった。
第一に、大幅に成長率を引き下げた場合、「中国の夢」を現実のものにできなくなるからで
ある。中国共産党は「中国の夢」の一環として建党 100 年目にあたる 2020 年までに「全面的に
小康社会を完成させる」2という目標を立て、GDP を 2010 年対比倍増させることを公約に掲げて
きた。この GDP 倍増計画を達成しようとした場合、2015~2020 年の年平均実質 GDP 成長率を+
6.6%以上に保たなければならない。所得水準の向上に伴い、経済成長率が逓減しやすいことを
加味すれば、この水準を上回る成長率を今年達成しておくほうが望ましいと考えてもおかしく
はない。実際、李首相は「政府活動報告」の中で、今年も成長率目標を設定するに際しては、
この「全面的な小康社会の完成」という目標の達成を念頭に置いたという趣旨の発言を行って
いる。
第二に、雇用確保の観点からも、成長率目標が大幅に引き下げられることは想定しづらかっ
た。「政府活動報告」の前から李首相は、今年の都市部新規就業者数の目標を 2014 年同様 1,000
万人以上にすると明言していた。2014 年は、
前年比+7.4%の成長で 1,322 万人の雇用が
図表 2 社会融資規模の対 GDP 比率
都市部で創出されている。このベースで試算
(%)
200
をすれば、+6.0%前後の成長でも 1,000 万
180
人の雇用を創り出せる可能性はあるが、ある
160
程度余裕をもたせて「+7.0%前後」という
140
成長率目標が設定されたと考えられる。現に
120
100
「政府活動報告」でも、「+7.0%前後」の
80
成長があれば、比較的充分な就業を実現でき
60
るとの認識が示されており、こうした推論の
40
正しさが裏付けられている。
20
0
第三に、改革の痛みを緩和できるだけの成
2002
05
08
11
14 (年末)
長率の確保という観点からも、緩やかな減速
(注)社会融資規模は、非金融機関・個人による銀行貸出、
が希求されたと考えられる。こうした認識は
委託貸出、信託貸出、銀行引受手形、債券、株式等を通
じた資金調達残高を指す。
(資料)中国人民銀行、中国国家統計局、CEIC Data
2
「小康」は「安定し、余裕のある経済水準」の意。
2
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国経済
「政府活動報告」の随所で示唆されているが、その典型が、発展は「硬道理(揺るぎない道理)」
であり、「あらゆる問題を解決する上での基礎・カギ」となるため、「合理的な速度で発展し
なければならない」という表現である。そして、この「合理的な速度」として中国政府は「+
7.0%前後」を選んだのである。
第四に、あまりに成長期待を下げてしまうと、中国経済に対する悲観論が広がり、不動産市
況の更なる悪化や信用収縮を引き起こす恐れがある。李首相も「政府活動報告」の中で「政策
の安定・期待の安定」を図る必要があると述べており、強気の見方の広がりによるバランスシ
ートの更なる膨張もさることながら、弱気な見方の広がりによるパニックの発生にも注意を払
っている姿勢がうかがえる。
2.経済への下押し圧力の強まりを受け、景気てこ入れを強化
(1)経済情勢に対する中国指導部の厳しい認識
~「経済への下押し圧力は依然拡大中」~
では、「+7.0%前後」の成長率目標は達成可能なのだろうか。この点に関し、李首相は「こ
の目標の達成は決して容易ではない」と答えている3。「経済に対する下押し圧力が依然として
拡大しており」、「今年直面する困難は昨年以上に大きくなる可能性がある」とも述べている4。
実際、今年に入り発表された主要経済指標には冴えないものが多い。例えば、2015 年 1~2 月
の工業付加価値生産額の実質伸び率は前年比+6.8%と、2009 年 1~2 月以来の低い水準にまで
落ちている。輸出も精彩を欠いており、輸出額の伸び率(季節調整値)は、2015 年 1 月が前年
比▲1.4%、2 月が同+4.0%と低かった。
デフレを懸念する声も強まっている(図表 3)。2015 年 1 月の消費者物価指数(CPI)の前年
比上昇率は+0.8%にまで低下している。2009 年 11 月以来の低水準だ。翌 2 月には同+1.4%に
上昇したが、旧正月を受けた生鮮野菜・果実、旅行関連サービスの価格上昇という季節要因に
よるところが大きい。工業生産者価格指数(PPI)に至っては、前年比上昇率が 2015 年 2 月に
は同▲4.8%にまで落ち込んでおり、マイナス幅が一段と拡大している。
(2)「+7.0%前後」の成長実現のため景気に対するてこ入れを強化
このような状況ゆえ、中国政府は景気に対す
るてこ入れを強めることを決意したとみられ
る。それが明らかなのが財政政策であり、楼継
偉・財政部長が 3 月 6 日の記者会見で「経済へ
の下押しに耐えるために、適度に拡張的な財政
図表 3 物価上昇率
6
(前年比、%)
CPI
PPI
4
2
政策をとる必要がある」と明言している。実際、
それを象徴するように、予算ベースでみた財政
0
赤字の対 GDP 比率も 2014 年の 2.1%から 2.3%
▲2
に引き上げられた(前掲図表 1)。さらに、政
府の会計規則の関係で財政支出に計上されな
い実質的な支出も加味すれば、財政赤字の対
GDP 比率は 2.7%になると財政部長が述べてい
3
4
▲4
▲6
2012
13
14
15 (年)
(資料)中国国家統計局、CEIC Data
「新华网 2015 全国两会现场直播 国务院总理李克强会见中外记者」2015 年 3 月15 日(2015 年 3 月 15 日アクセス)
。
http://www.news.cn/politics/2015lh/premier/wzsl.htm
李克强「政府工作报告」2015 年 3 月 5 日。
3
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国経済
る。2014 年の財政赤字の対 GDP 比率の実績値は 1.8%であり、それと比べれば 0.9%Pt の上昇
となる計算だ。財政による景気てこ入れの規模は決して小さくないといえよう。
金融政策に関しては、財政政策ほど直接的な表現は「政府活動報告」や関係閣僚の発言には
みられなかったが、更なる金融緩和が示唆されたといってよいだろう。例えば、「政府活動報
告」で明らかにされた今年の広義のマネーサプライ(M2)の伸び率目標は、昨年の「+13%前
後」から「+12%前後」に引き下げられたが(2014 年の実績は+12.2%、前掲図表 1)、「経
済情勢に応じてそれよりも(M2 の伸び率を)少し高めてもよい」との発言を李首相がわざわざ
付け加えており、そこから金融緩和の可能性が中国指導部の脳裏にあることが透けてみえる。
その他にも、「資金の回転を速める」、「資金調達コストを引き下げる」といった文言が「政
府活動報告」には盛り込まれてもいる。これらから判断して、預金準備率の引き下げや利下げ
などが今後も継続される可能性が高いといえる。
(3)ただし、景気てこ入れの対象は注意深く選定する方針
ただし、やみくもに拡張的な財政政策や金融緩和策を打つことは避け、民生の改善や経済構
造の転換に資する分野に的を絞る形で、景気のてこ入れを図るとの方針を中国指導部は堅持し
ている。
「政府活動報告」では、①バラック地区や老朽危険家屋の改築、都市の埋設管網、②中西部
の鉄道・道路、内河航路などの交通インフラ、③水利などの農業インフラ、④通信網・電力網・
パイプライン、などが今年の重点対象に指定されている。また、「シルクロード経済ベルト」
構想・「21 世紀の海のシルクロード」構想(両者合わせて「一帯一路」構想)、北京・天津・
河北地区の協同発展構想、長江経済ベルト構想といった地域間経済協力に関わる交通インフラ
整備事業、産業高度化促進策(例えば「製造大国」から「製造強国」への転換を目指した「中
国製造 2025」、既存産業による IT の応用促進を目指す「インターネットプラス」行動計画等)
も、財政・金融面の支援対象に含められる見込みである。
その他、「一帯一路」構想の推進、輸出信用保険の規模拡大によるインフラ輸出の支援など、
輸出へのてこ入れも図られることになっている。
3.民間活力の解放による目標達成か、財政・金融政策に頼った目標達成か
(1)民間活力の解放なくして持続的成長は困難と中国政府も認識
このように経済への下押し圧力が強まっている状況では、景気てこ入れを幾分強めるのもや
むなしと習政権は考えている。しかし、それは一時しのぎの「弥縫策(びほうさく)」にすぎ
ず、持続的な成長を確かなものにするためには、改革開放を更に前に進めるより他ないことも
強く意識されている。李首相が「政府活動報告」の中で「改革の深化、経済構造の調整なくし
て、安定的かつ完全な形で経済を発展させることは難しい」と述べていることからも、それは
明らかである。
その一環として、「政府活動報告」には、民間活力の解放を狙った政策が数多く盛り込まれ
た。例えば、①法的根拠を持たない行政許認可・審査の完全撤廃、②投資認可手続きの簡素化、
③PPP(官民パートナーシップ)の積極的推進によるインフラ・公共事業への民間の知恵・資金
の取り込み、④国有企業に対する非国有企業の出資奨励、⑤「外商投資産業指導目録」の改正
による「制限類」の数の半減といった施策である。
また、資金の流れを歪ませてきた様々な規制の緩和が更に推し進められることにもなった。
4
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国経済
例えば、預金金利の上限規制の撤廃である。中国人民銀行の周小川総裁は、3 月 12 日の記者会
見で同規制の撤廃が年内に行われる可能性が非常に高いと述べている5。その他、為替レートを
上下双方向により柔軟に動かすこと、資本取引の自由化を更に進めること6なども「政府活動報
告」の中で今年の方針として確認されている。FTA(自由貿易協定)についても、前向きな姿勢
が示された。
(2) 経済・社会の安定を保ちつつ、改革を急ぎ、「新常態」に適応できるか
今後の注目点は、これらの改革を、経済・社会の安定を保ちつつ、かつ、できる限り速やか
に実行に移し、成長に結びつけていけるかだ。
上述のとおり、持続的発展のためには改革の推進が不可欠であることは論を待たない。しか
しながら、改革を推進することで、経済運営上、不透明感が増す可能性があることも、また事
実である。例えば、行政改革、投融資制度改革、国有企業改革は、民間活力の活用、経済の効
率化に資するが、他方で、行政的手段を通じた経済のコントロールを行いにくくもする。また、
金融改革を進めれば、競争激化により一部の金融機関が破たんしたり、為替や資金移動の激し
い変化にさらされ、企業や金融機関が経営困難に陥るリスクも高まりうる。そうした事態に備
え、周総裁の見立てどおり今年上半期に預金保険制度を導入するとともに、金融機関の破たん
処理メカニズムの整備を進めることが必要だろう。
他方で、改革に伴う不安定化のリスクを敬遠し、改革の歩みを緩めれば、一時逃れのはずで
あった財政・金融政策によるてこ入れに依存しつづけることになってしまう。中国の場合は、
経常黒字国であり、3.8 兆ドルもの外貨準備も持つ。そのため、国内の余剰資金により国債の消
化を行い、それを元手に景気対策を打ったり、金融機関の救済を図ったりする余力がないわけ
ではない。しかし、財政・金融政策に頼った形で GDP 倍増計画を達成したとしても、その先は
危うい。なぜなら今後更に少子高齢化が進み、2020 年をピークに人口が減少に転じることで、
貯蓄率の低下や社会保障費などの義務的支出の増加が起こり、景気対策を打つ余力が次第に失
われていく恐れがあるためだ。
その時期を迎える前に、改革開放を進め、民間活力を十分に解放できる体制を作り上げなけ
ればならない。「新常態」に合わせた成長率目標の引き下げは大きな混乱を生むことなく果た
されたが、今後は「新常態」に適応するための改革を混乱なく速やかに実行できるかが試され
ていくことになるだろう。
以
5
6
上
「中国人民银行行长周小川等答记者问」(『中国政府网』2015 年 3 月 12 日、2015 年 3 月 12 日アクセス)。
http://www.gov.cn/zhuanti/2015qglhzb/zb27.htm
例えば、2014 年 11 月 17 日にスタートした上海・香港市場間の株式相互取引と同様の仕組みを、適切な時期に深圳・香港市
場間でも試行すること、個人投資家による海外投資を試行することなどが「政府活動報告」に書き込まれている。
5
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
産業・地域政策
みずほ銀行
拡大する中国対外直接投資の現状と展望 ㊤
中国営業推進部
-中国企業の多国籍化戦略実施の成果と課題-
研究員
邵
Ph.D.
永裕
[email protected]
1.急速に拡大している中国の対外直接投資
長年米国に次ぐ世界第 2 位(途上国第 1 位)の直接投資受
国政府統計によると、中国の対外直接投資は外国からの直接
対内投資
対外投資
投
資
1,200 額 資料)中国商務部、国家統計局公表数字
より作成。対外/対内の比率は計算値。
億 注)中国商務部報道官発表(2015年1月20
1,000 ド 日)によると、再投資と第3国経由分を含め
ル ると、中国の対外直接投資は2014年初め
て対内直接投資を抜き実質の資本純輸出
国となった。
800
90%
対外投資に占める対内投資の比率
80%
(
入れ国である中国の対外直接投資が急速に拡大している。中
図1 中国の対内・対外直接投資規模の推移比較
1,400
70%
)
対
60% 内
/
対
50%
外
の
40% 比
率
投資(対内直接投資)に迫る勢いで増加しており、昨年その
規模が後者の86%に当たる1,029億米ドルに達し、
近い将来、
600
対内直接投資を超えるものと見られている(図 1)
。2003 年~
400
2014年の12年間における中国の対外直接投資の年平均増加率
30%
20%
200
は対内直接投資の 7.4%を大きく上回る 39.9%の高い水準で
10%
0
0%
20
20
20
20
20
20
20
20
20
14
12
13
11
09
10
07
08
06
04
05
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年に 13 位にランクされていたが、2013 年には米国、日本
600
国際統計の対内投資
中国統計の対外投資
国際統計の対外投資
400
資料)中国統計は中国商務部、国家統計
局、国際統計はUNCTADの“World
Investment Report 2014”に基づいて
作成。
200
これまでの中国の対外直接投資は主に以下の 5 つの段
階に分けられる1。第 1 段階(1979~1995 年)は、およそ
年
800
カ国入り目前である(表 1)
。
中国統計の対内投資
億
1,000ド
ル
っている(図 2)
。中国は、国連の対外直接投資統計で 2006
に次ぐ世界 3 位となっており、ストックベースでは上位 10
20
02
投
資
1,200額
)
対内直接投資の 81.5%に相当する 1,175.86 億米ドルとな
図2 中国統計と国際統計による中国の対内・対外直接投資比較
1,400
(
字よりも高い水準にあり、また対外直接投資は 2013 年にも
03
によると、中国の対内・対外直接投資は中国政府統計の数
20
20
国連貿易開発会議(UNCTAD)の『世界投資報告書(2014)
』
20
ある。
0
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
改革開放初期から第 8 次 5 カ年計画終了期にあたるが、当時は外資導入が主要な政策目標であり、国内
企業の海外展開は政府により厳しく審査管理され、経験や外貨資金なども不足しており企業の海外展
開は小規模であった。第 2 段階(1996~1999 年)は、ほぼ第 9 次 5 カ年計画実施期にあたり、アジア
金融危機の影響もあり、外貨獲得を目的とした中国企業による加工貿易を通じた海外展開が奨励され、
国有大手企業を中心に対外直接投資が拡大した。第 3 段階(2000
~2005 年)は概ね中国経済が安定的な高成長を続けた第 10 次 5
カ年計画期にあたり、「引進来」(外資導入=外国からの対中直接
投資)に加え、「走出去」(外へ出ていく)という中国企業の海外
展開促進が当時の江沢民国家主席から提唱され、許認可手続の
緩和と支援措置も講じられた結果、対外直接投資が更に拡大し
た。第 4 段階(2006~2010 年)は第 11 次 5 カ年計画の時期で、
またリーマンショックに起因した国際金融危機もあったが、中
国の豊富な外貨準備と欧米企業の資産価値の目減りなどにより
M&A を主とする中国の対外直接投資がピークを迎えていた。第
5 段階(2011~2015)は第 12 次 5 カ年計画期の最中にあり、中
表1 対外直接投資の上位15カ国・地域比較
順位 フローベース (億ドル) 順位 ストックベース (億ドル)
1 米国
3,383 1 米国
63,495
2 日本
1,357 2 英国
18,848
3 中国
1,078 3 ドイツ
17,103
4 ロシア
949 4 フランス
16,371
5 香港
915 5 香港
13,524
6 スイス
600 6 スイス
12,594
7 ドイツ
575 7 オランダ
10,719
8 カナダ
426 8 ベルギー
10,090
9 オランダ
374 9 日本
9,924
10 イタリア
317 10 カナダ
7,324
11 韓国
292 11 中国
6,605
12 シンガポール
270 12 スペイン
6,432
13 スペイン
260 13 イタリア
5,984
14 アイルランド
229 14 アイルランド
5,029
216 15 ロシア
5,012
15 ルクセンブルク
資料)中国商務部「中国対外投資合作報告(2014)」より作成。
国企業の海外展開経験の蓄積と技術力・資金力向上及び過剰な資本設備の圧力要因も加わり、中国の対外
1
ここでいう 5 段階区分の前の 4 段階は主に中国国際貿易促進委員会編『中国企業“走出去”発展報告(2008)
』などに基づ
いており、第 5 段階の区分提起は筆者による。邵永裕『中国の都市化と工業化に関する研究:資源環境制約下の歴史的・空間的
展開』多賀出版、2012 年。
6
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
産業・地域政策
図3 ストックベースにみる中国の対内外直接投資の推移
年
末
累
25,000 計
投
資
額
直接投資は世界上位 500 社企業数の増加(2013 年、香港
20,000 億
大企業」にランクイン)と多国籍化の進展に伴い新たな
FDI
OFDI前年比
60%
50%
)
40%
15,000
無論、市場経済移行国または発展途上国として中国の
接投資の規模に近づきつつあるとはいえ、ストックベー
70%
ド
ル
拡大期に入り、対内直接投資を超える勢いとなっている。
対外直接投資の歴史はまだ浅いため、年度別では対内直
FDI前年比
資料)中国国家外貨管理局公表「中
国国際投資頭寸表」(年度表と四半
期表)より作成。前年同期比は計算
値。2014は9月末現在の累計値。
(
系を含まない 87 社が「フォーチュン・グロバール 500
OFDI
前年同期比
30,000
30%
^
10,000
20%
5,000
10%
スではまだ対内直接投資の 4 分の 1 程度に留まる。しか
0%
0
20
20
20
20
年
14
13
年
年
年
12
年
11
10
末
末
末
末
末
末
日本
2011年
2012年
2013年
対外直接投資
うち対外M&A
M&Aの割合
500
400
るが、その実態や主要因について必ずしも有力な説明がされ
300
ていないのが確かである 3。とはいえ、これまでの加工貿易を
200
対 外 直 接 投 資 に 占 め るM & Aの 割 合
600
主とした対外輸出の拡大による中国の経常収支、資本収支の
2010年
)
としての中国が、極めて短い期間に大規模な対外直接投資や
資料)中国商務部など公表
データより作成。比率は計
算値。
60%
50%
40%
30%
20%
10%
100
0
双子の黒字による外貨準備高の急増、国内資本設備
0%
2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年
図6 中国対外直接投資における中央・地方企業のプレゼンス変化
10,000,000
投
9,000,000 資
額
中央小計
地方小計
中央比率
100%
地方比率
90%
(
8,000,000
7,000,000
万
ド
ル
)
れてきたことは周知の通りである。
ブラジル
(
あり、簡単に論じることができない。特に移行国かつ途上国
多国籍化を進めていることにとりわけ強い関心がもたれてい
2005年
投
900 資
額
億
ド
700
ル
融危機を経てそのリスクヘッジと活用が急務とさ
ロシア
図5 中国の対外直接投資に占めるM&Aの割合の高止まり
1,000
800
国外貨準備高の急増は際立っており(図 4)
、国際金
インド
資料)国家統計局『中国
統計年鑑(2014)』より作
成。原資料はIMFデータ
ベースによる。
2000年
論議されることが増えているが、その背景については複雑で
な背景であることは異論がないようである。特に中
年
中国
0
近年中国企業の国際展開を中国企業の多国籍化という形で
の過剰などが企業の対外展開を後押ししており、主
20
している 2。中国の政府統計も基本的にこれに準じている。
末
5,000
09
する場合、もしくはこれに相当する場合を直接投資と規定
20
10,000
末
社が投資先の企業の普通株または議決権の 10%以上を所有
年
15,000
08
計に関する IMF 国際収支マニュアルでは、直接投資は親会
末
20,000
年
年
末
対外直接投資はかなり複雑な定義を持つが、国際収支統
20
年
末
単
位
35,000
:
億
30,000 ド
ル
25,000
2.中国対外直接投資拡大の主な背景と特徴
07
年
図4 中国とBRIC S 諸国及び日本の外貨準備の推移
40,000
率を上回っている状況である(図 3)
。
20
05
06
04
により、ストックベースにおいても対内直接投資の増加
20
20
20
し、近年特に 2007 年の国際金融危機以降の急速な拡大
6,000,000
80%
70%
中
央
と
地
50% 方
の
構
40%
成
比
資料)中国商務部ほか『2013年度中
国対外直接投資統計公報』より作
成。
60%
5,000,000
図 5 にみる 2008 年以降の中国対外直接投資の急
4,000,000
増、とりわけそれに含まれる中国企業によるクロス
3,000,000
30%
ボーダーM&A 投資の急増は端的にこれを裏付けて
2,000,000
20%
いる。金融危機後の欧米企業の整理再編と近年の人
1,000,000
10%
0
民元高により、中国企業はかつての日系企業のよう
0%
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
に対外買収を展開する絶好のチャンスを得たとも言える。またクロスボーダーM&A が近年益々中国の
対外直接投資の主要な投資方式または海外進出戦略となっていることは、中国対外直接投資に占める
2
国際経済学の各書籍(若杉隆平『国際経済学』岩波書店、1996 年ほか)でも、投資家が企業の株式を一定比率以上取得することなどによ
り、投資先企業の経営の意思決定に参加することを目的として資金を供給するときの資本の国際間移動を国際直接投資と定義している。
3
たとえば、丸川知雄・梶谷懐『経済大国化の軋みとインパクト』東京大学出版会、2015 年 2 月、中川涼司「中国企業の多国籍企業化─ 発
展途上国多国籍企業論へのインプリケーション ─」
(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ir/college/bulletin/Vol.26-1/03_nakagawa.pdf)など。
7
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
産業・地域政策
割合の高さ(低下する時期もあったが、2013 年は 2008
略手段として採用され、近年その業界範囲や展開地域
3,000
社
)
3,500
20%
全
18%
体
シ 16%
全国シェア
ェ
4,000
つまり、戦略的買収は中国企業の対外展開の主な戦
も拡大している状況である。この点、一見途上国によ
設立社数
社
4,500
数
(
年を上回る 55.5%に上った)からも明らかである。
図7 設立社数でみる中国の対外直接投資(2013年累計)
5,000
ア 14%
資料)中国商務部、国家統計局、
国家外貨管理局「2013年度中国対
外直接投資統計公報」より作成。
構成比は計算値。
2,500
12%
10%
2,000
8%
る投資には見えないようであるが、経営資源(技術、
1,500
6%
のれん=ブランド、管理手法などを含む)や生産資源
1,000
4%
500
2%
0
0%
などへのアクセスをいち早く可能にするのがこの企業
域
地
他
の
そ 省
川
四 省
北
河 省
南
雲 江省
龍
黒 省
南
河 市
津
天 省
南
湖 市
京
北 省
建
福 省
寧
遼 市
海
上 省
東
山 省
蘇
江 省
江
浙 省
体
東 ・団
広 企業
央
ド投資(工場・会社新設)や戦略的提携よりも、手っ
中
買収である。つまり、従来多かったグリーンフィール
取り早く海外企業の支配権を入手できる M&A 投資が
主流になってきていることが、中国による対外直接投
資の大きな特徴である。
図8 中国対外直接投資累計額に占める各形態企業構成比
(2013年)
港澳台投資企業
0.4%
3.対外投資を担う企業形態と投資業種・地域の概観
上記に関連して、中国対外直接投資の担い手は、地方の
企業よりも豊富な資金や中央政府の支援を受けやすい中
外商投資企業
1.2%
私営企業
2.2%
株式合作会社
2.0%
央企業であることが、図 6 より読み取ることができる。
2008 年まで対外直接投資の 8 割以上が中央企業(団体含
む)によってなされてきたが、2009 年以降その割合が低
下し始め、地方からの対外進出が次第に増えるようになっ
集団制企業
0.1%
その他
0.6%
資料)中国商務部
『中国対外投資合作
発展報告(2014)』よ
り作成。データは
2013年までの非金
融業対外直接投資
額に占めるシェアを
示す。
国有企業
55.2%
株式会社
7.5%
有限責任会社
30.8%
たが、2013 年に至っても中央企業の割合が全体の約 6 割を占めていることに変わりはない。
無論、上記は金額ベースでみた場合であるが、対外直接投資により設立された企業数でみた場合、
地方による進出が主体となっていることが分かる(図 7)
。中国政府統計によると、2013 年までに海
外で設立された 25,413 社の企業の中で、
中央所属のものが全体の 17.7%を占める 4,510 社であり、
これに次ぐのは最大の外資導入省である広東省で全体の 15.6%にあたる 3,971 社となっている。広
東省に次ぐのが浙江省で全体の 12.5%にあたる 3,178 社。続いて江蘇省の 9.0%(2,277 社)
、山東
省と上海市はこの後に続き、割合がワンランク下がり、それぞれ 5.9%(1,497 社)
、5.4%(1,383
社)となっている。これは、基本的に対内直接投資の受入れ実績と似ている。つまり、経済が発展
し外資導入の多い地域が対外での設立企業数も多く、ま
た海の玄関口や国境地帯等に立地する地域による海外企
業の設立数が多い状況である。このことは、上述の金額ベ
ースの状況に鑑み、地方による 1 件当たりの投資額が小さ
い一方、中央企業による 1 件当たりの投資額が極めて大き
4
いことを意味する 。
次に、投資主体となる企業の所有形態をみると、国有
企業(中央・地方両方)が 2013 年度でも全体の 55.2%を占
めており、これに次ぐのが有限責任会社(30.8%)と株式
会社(7.5%)である。それ以外の形態の投資企業はいずれ
も 2%台以下の割合に過ぎず、
対外直接投資は主に資金調達
力や経営力の強い企業が担っていることが分かる(図 8)
。
4
表2 世界上位100社と途上国・移行国上位100社の多国籍
企業にランクインした中国の多国籍企業 (2013-2014)
[Ⅰ] 世界非金融業上位100社にランクインした中国企業(2013年)
企業名称(中文表記)
中信集団
中国遠洋運輸(集団)総公司
中国海洋石油総公司
業 種
多角化
交通、倉庫物流
石油加工、精錬、販売
海外資産額
(百万ドル)
36
78,602
73
43,452
98
34,276
順位
[Ⅱ] 途上国・移行国非金融業上位100社入りした中国企業(2014年)
中信集団
中国遠洋運輸(集団)総公司
中国海洋石油総公司
中国石油天然気集団公司
中国中化集団公司
聯想集団有限公司
中国移動有限公司
中国電子信息産業集団公司
中糧集団有限公司
中国石油化工集団公司
中国五鉱集団公司
中国鉄道建築総公司
多角化
2
交通、倉庫物流
6
石油加工、精錬、販売
7
石油加工、精錬、販売
24
石油加工、精錬、販売
35
電子及び電子設備
44
電気通信
61
電子
68
食品、飲料、タバコ製造 77
石油加工、精錬、販売
85
金属及び金属製品
89
建設
100
78,602
43,452
34,276
19,284
14,704
11,962
8,349
7,784
5,952
5,030
4,885
3,761
資料)表1に同じ。原資料は国連貿易開発会議(UNCTAD)による。
これに関して丸川知雄氏が前掲著書の中で独自作成のデータで算出した進出企業数ベースの研究分析を行っているので参考になる。
8
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
産業・地域政策
図9 中国対外直接投資の業種分布 (2013年)
ただ、投資を行う企業の社数構成でみると、
25.5%
リースとビジネスサービス業
採鉱業
国有企業の割合が近年減少し、2012 年には全体
16.1%
14.2%
金融業
の 9.1%となり、私営企業も近年およそ 10%台で
6.8%
6.4%
製造業
3.1%
交通運輸
推移している一方、明らかに増えてきたのが有限
4.9%
4.1%
3.0%
3.8%
2.3%
建殺業
不動産
責任会社で 2012 年には全体の 62.5%にまで達し
0.7%
1.7%
1.7%
1.3%
1.0%
1.2%
1.3%
1.1%
1.7%
1.1%
0.3%
0.2%
0.1%
0.1%
0.3%
0.1%
電力・ガス・水供給
5
ている 。投資金額ベースと投資企業数ベースによ
科学技術
住民サービス
る企業形態構成比に大きなズレがあるのは、国有
情報サービス
農林牧漁業
企業投資による 1 件当たりの投資額が大きいこと
文化体育
宿泊飲食
によると思われるが、近年積極的にクロスボーダ
その他
0%
ーM&A を展開しているのが資金力の大きい国有企
フロー
ストック
17.7%
12.0%
13.3%
卸売・小売
29.6%
23.4%
資料)中国商務部『中国対外投資合作発展報告(2014)』より作成。
データは2013年単年度の投資額(フローベース)と2013年の累計投
資額(ストックベース)に占める各産業のシェアを示す。
2013年のフローとストック金額に占める各業種のシェア
5%
10%
15%
20%
25%
30%
業であることを考えれば納得がいくであろう。表 2 に示す 2013 年と 2014 年における UNCTAD の多国籍
企業世界上位 100 社にランクインした中国多国籍企業(世界 100 社にまだ 3 社のみ)も、ほとんど独占
分野にある国有大手企業であることはこのことを間接的に反映している。ただし、
「中国対外投資合作
発展報告(2014)
」
(商務部)でも指摘されているように、中国企業の多国籍化はまだ歴史が浅いため、
海外資産の規模が世界勢に比べかなり小さく、多国籍企業世界上位 100 社ではかなり下位にランクイン
しているのが今後の課題であり、M&A による対外直接投資が今後も主流になると思われる。
では、中国企業の海外投資は主にどのような産業と、どの地域に向けられているのかを概観することでそ
の特徴をとらえよう。
図9 はフローとストックの投資額構成比で見た中国対外直接投資の業種分布であるが、
フローとストックのいずれにおいても投資が最も多い業種は、リース・ビジネスサービス業(フローベース
25.5%・ストックベース 29.6%)で、これに次いで採鉱業(同 23.4%・16.1%)
、金融業(同 14.2%・17.9%)
、
小売・卸売業(同 12.0%・13.3%)
、製造業(同 6.8%・6.4%)の 4 業種が挙げられる。1 位のリース・ビ
ジネスサービス業を含む同上位 5 業種が投資額全体(フロー、ストックとも)の 8 割強を占めており、近年
状況はほぼ変わっていない。つまり、中国の対外直接投資は
主に商業サービス業と採鉱業及び小売・卸売業に集中してお
り、その他の産業では製造業を含めてまだ 10%台の水準に至
っていないというのが特徴である。製造業への投資がまだ全
体の 10%に届いていないことはかなり意外であり、また様々
な要因を考えると今後製造業分野の対外展開がさらに増大す
る可能性が大きいと推察される。
図10 中国対外直接投資の投資先地域分布
(2013年=フロー及びストック)
アジア
アフリカ
欧州
中南米
北米
オセアニア
4.3%2.9%
3..4%
4..5%
13.3%
13.0%
8.2% 5.5%
3.2%
4.0%
70.1% 67.7%
資料)中国商務
部、国家統計局
より作成。
注)外側の円グ
ラフは2013年ま
での累計投資
額構成比、内側
の円グラフは
2013年単年度
の投資額構成
なお、投資先地域を見ると、アジア地域がフローベ
ース、ストックベースともに最大の約 7 割であり、次いで中南米と欧州、アフリカ、北米及び
オセアニアの順となっている(図 10)。アジアが多いのは香港特別行政区の存在が大きく(従来
からの最大投資先)、中南米が多いのは鉱物資源に富んだ国・地域が多いことやタックスヘイブ
ンの存在が背景にある。2013 年の中国対外直接投資総額に占める香港向けの割合が全体の 58%
と多く、またアジア地域への投資額に占める香港の割合も 83.1%となっているほか、中南米へ
の投資額の約 7 割がタックスヘイブンのケイマン諸島とバージン諸島向けのケースが多いとな
っている。また投資の大半がリースと商業サービス分野に集中しており、同分野が中国対外直
接投資の最大業種である背景にもなっている。
<次号へつづく>
5
ただ、一部の研究(関根栄一「本格化する中国の企業再編と新興産業の育成」
『季刊中国資本市場研究』2011Vol.4-4 ほか」
)で指摘さ
れているように、中国の有限責任公司には国有独資公司が含まれているため、統計上国有企業の対外投資の割合が顕著に減ったとして
も実際に国有資本がまだ大きく残されている可能性があると思われる。
9
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国アドバイザリーの現場から
中国での人材活用
みずほ銀行(中国)有限公司
~現地スタッフのマネジメント~
中国アドバイザリー部
1.はじめに
数年前の中国進出ブームは一段落したものの、国際業務を行っていく上で中国市場は無視で
きない存在であることに変わりはありません。しかし、年々進む元高、物価の上昇等の要因か
らコスト上昇も問題となっています。昨今、各企業では日本からの派遣社員を最小限に留め、
中国の現地社員に権限を委譲していく必要性を見出しています。しかし、日本と中国の考え方
の違いや国柄もあり、中国人社員とのコミュニケーションや信頼関係の構築などに頭を悩ませ
ている日系企業の方も多いかと思います。
そこで本稿では、中国における現地社員のマネジメントについて触れたいと思います。
2.中国での事業ということを再認識する
中国で駐在員として勤務している方々は、中国に来てから初めて本格的な人材管理に触れる、
もしくは管理する人材が増えるという方が多く、中には日本では営業一筋で成果を残してきた
のに、中国では総経理などの管理職を突然任されるといったケースもよく耳にします。しかし、
歴史や風習の違う外国で人材管理を行うには工夫が必要です。しかも中国大陸の中では省が違
えば地域性による考え方の違いもあります。
一般的に日本には「相手の意図を汲み取る」という国民性があり、分かり合えて当然の共通文
化が存在しますが、外国でこれを期待することは難しいと言えます。特に中国において相手に
理解してもらうには、
①合意形成においては論理立った徹底的な説明
②その為の明確な(=誰もが共通認識を持てる)ルール制定
③健全に相手を「疑う」こと
というものが必要になってきます。
①、②について例を挙げますと、中国人社員は、同じ会社内だけでなく同業他社についても、
給料について誰がいくらもらっているかなど(特に同期などの年次の近い人材)を把握してい
て、周りと比較して自分が多いか少ないかを非常に気にします。さらに、それぞれが自分達は
最高の働きをしていると主張します。そのため、共通認識を持てる明確なルールを制定(原則
と例外、基本給と手当、固定費部分と変動費部分など)した上で、それに対する論理的な説明
が求められます。
次に③について例を挙げますと、日本では勤務年数が長い相手などに「信頼して任せる」とな
ると、疑いの心をもって接するのは失礼という考えを抱きがちですが、信頼した上で(=健全
に)疑ってチェックをしっかりと行うべきです。日本語が流暢に話せ、現地の事情に精通して
10
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国アドバイザリーの現場から
いる中国人社員を信頼し頼り過ぎるケースがありますが、管理職の日本人がチェック機能を怠
慢にしてはいけないということです。
また、日本の企業では未だに年功序列(会社を辞めないことが前提の制度)が主流であり、
会社への帰属意識が高く、賃金は勤続年数が長くなるほど高くなる特徴があります。それに対
して、中国は仕事内容に対して賃金を支払うという考え方であり、長く勤務していれば後にな
って給料が高くなるという考え方は納得されません。そして、自身のスキルアップのためには
躊躇なく転職することも前提であることから、離職率の高さは人材管理において頭を悩ませる
問題となっています。しかし、この点に関して補足しますと、本来は日本の雇用制度の方が国
際的に見て珍しく、中国が突出して離職率が高いという訳ではありません。そのため、管理者
側は離職率の高さに気を取られすぎないことが大事であり、1 つには人が辞めない人事マネジメ
ントを取ること、もう 1 つには人材は常に入れ替わっていくものだという認識の下で人材マネ
ジメントを取ることが重要になってきます。
3.「90 後」現地スタッフの台頭
ここまで一般的な中国人社員の傾向を述べてきましたが、中国でも日本と同様にジェネレー
ションギャップが存在し、この点については、日本人だけでなく中国人の間でもマネジメント
に影響を及ぼす問題となっています。
日本における「ゆとり世代」や「平成生まれ」といった言葉のように、中国でも「80後(バー
リンホウ)」、「90後(ジュウリンホウ)」という言葉が存在します。90後は改革開放政策の成果
が既に現れている時代に生まれ、中国の経済発展の恩恵を享受してきた世代です。各個人の考
え方は多種多用であり一概には言えませんが、一般論として、90後は一人っ子政策によって両
親、両祖父母からの寵愛を受けて育ち、経済発展した社会で生活の苦しさをあまり体験してい
ないことからも、自己本位で忍耐力がない世代などと称されています。
浪人や留年をしていなければ、既に多くの企業で90後が勤務を始めているはずです。上述し
た中国人特有の考え方に加え、更に新たな世代の考え方も受け入れていかなければいけません。
自分に自信を持っているが、打たれ弱くデリケートで利己的などと言われる90後ですが、新し
い事に対しての挑戦意欲も強く、進歩的で斬新さを持ち合わせている面が評価されています。
しかし、挑戦意欲が強いことからも、より転職への抵抗感が少ない世代であると思われます。
また、これから入社してくる90後の学生達から見て、日系企業も含む外資系企業はどのよう
に見られているのでしょうか。Universum社が発表した「最も魅力的な企業トップ100(2014年)」1
における、中国の大学生の人気就職ランキングでは、文系理系ともに20位までに外資系企業が
半数近くランクインしています。100位までの順位でみた場合でも外資系企業は6~7割を占めて
いますが、日系企業は文系のランキングでは1社、理系のランキングでは4社のランクインに留
まっています。
1
Universum 社のランキングはこちらの URL からご覧ください。
11
http://universumglobal.com/rankings/china/
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国アドバイザリーの現場から
参考までに東洋経済オンラインが発表した「日本の大学生の就職希望人気企業ランキング」2と
比較してみると、トップ100のうち外資系企業はほとんどランクインしていないことから、日本
と中国におけるその志向の違いが見て取れます。
中国人から見た日系企業はどのように映っているのでしょうか。1つには、中国にある日系企
業で、現地法人のトップが中国人という企業はまだほとんどありません。欧米系企業では大手
を始め、トップに中国人を配置している企業は既に多く存在します。このため中国人は、日系
企業では自分が経営者になれる可能性がないと感じてしまい、自身のキャリアアップのため最
終的に日系企業を選択肢から外してしまいます。日本では一般的に、転職を経た中途採用人材
よりもその企業に長く勤めている生え抜きの人材の方が会社の管理職に就きやすい傾向にあり、
日系企業現地法人のトップ人事が現地化されるのはまだ時間がかかりそうです。
では、日系企業がより良い人材を確保していくには、どのようなマネジメントが効果的でし
ょうか。
4.福利厚生を充実させる
実際に人材確保で最も効果があるのは賃金ですが、日系企業は欧米系企業ほど成果による賃
金報酬体系ができていませんので、どうしても他の外資系企業より賃金の点では見劣りしてし
まいます。しかし、賃金以外で効果のあるマネジメントも多数あります。ここではその中から、
「福利厚生」についてご紹介します。
福利厚生は中国では日本以上に社員の採用や定着に影響を及ぼしています。仕事における評
価との関係性は強くないため、福利厚生を良くしたからと言って、業務成果の向上が直接的に
期待できるわけではありませんが、会社が社員を大事にしているという安心感・安定感を社内
に作り上げる効果があります。特に中国では面子を重要視する文化があるため、自分が働く会
社はこれだけ社員を、そして自分を大切にしているということを、家族に対しても表現するこ
とができて喜ばれます。また、日本では敬遠されがちですが、社員旅行やスポーツ大会のよう
な社内行事についても、中国では参加意欲が高く喜ばれる傾向にあります。
実際に様々な企業が会社内において工夫を凝らしています。各企業でこれまで実施された事
例としては、以下のようなものがありました。
・ 従業員の慶事の際は、社内全体で祝福の雰囲気を醸成し、また工会等から簡単な贈り
物を贈答。
・ 社内食堂で過去にホテルレストランなどに勤務した経験のある料理人を雇い、質のい
い食事を提供。
・ 日本語や英語等外国語の社内勉強会を定期的に開催している。
・ 成績優秀者には日本本社への研修を実施。
・ 表彰制度を設け、受賞者に賞品授与、及び社内に写真を掲載。
2
東洋経済のランキングはこちらのURLからご覧ください。
http://toyokeizai.net/articles/-/43578
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国アドバイザリーの現場から
日系企業には賃金面以外に、安定感や福利厚生、教育面などのアピールできる部分が多々あ
ります。多少の高賃金よりも日系企業の良い部分を重視する中国人社員もいますので、福利厚
生等の社内制度をもう一度見直してみるとよいのではないでしょうか。
5.おわりに
人材マネジメントについて共通して言えるのは、どのような状況においてもコミュニケーシ
ョンに尽きるのではないでしょうか。採用面接、社内における共通理解、社内行事、どれもコ
ミュニケーション無しでは中途半端になります。また、中国で仕事をする以上、英語だけでな
く中国語を話すということが大事です。どこの国においても現地の言語を一所懸命使おうとす
る姿は、流暢ではなくても相手に対して誠意が伝わります。誠意を持ったコミュニケーション
は決して悪い方には向かいません。
中国では物価上昇や元高などにより、中国事業の運営は厳しい環境になりつつあります。し
かし、各企業の駐在員の方々が中国に対して好感を持ち、現地社員と積極的なコミュニケーシ
ョンを図ることが、中国ビジネス成功のための一助になるはずです。
以
13
上
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国戦略
中国の多国籍企業:タレント戦略の再構築
―グローバル企業事例 ユニリーバ、
アーティセン・エンベデッド・テクノロジーズ―
KPMG Advisory (China)
厚谷
禎一
編
監訳
www.kpmg.com.cn
www.kpmg.or.jp/jp/china
中国のグローバル企業は人材の採用と定着に悩まされ続けています。ますます深刻化する人
材問題に対応するには画期的な戦略が必要となります。
グローバル企業にとって人材不足は常に深刻な問題です。これは特に目新しい問題ではあり
ませんが、中国にいるグローバル企業のトップは、この問題のためにグローバル全体と比較し
てもより多くの時間を割いています。また、グローバル企業の本社も、この問題の深刻さを理
解しつつあります。一部の中国の技能労働者の賃金は、本国市場の労働者よりも高いことが分
かってきたからです。中国の労働市場ではスキルのミスマッチが起きるケースが増え、若年人
口も減り続けています。それを考えると、今後もこの問題が社内の緊急課題の最上位から消え
ることはないでしょう。
そして、次に挙げる 2 つのトレンドが人材不足の問題をさらに深刻化させています。1 つ目は
中国現地企業が人材獲得を強化し、グローバル企業と同水準の給与を提示するようになったこ
とです。グローバル企業より魅力的なインセンティブを提供するケースもしばしば見られます。
欧米の上場企業のように様々な制約に縛られないためにできることかもしれません。グローバ
ル企業のトップは、中国工商銀行(ICBC)、レノボ、テンセントといった中国の新興大企業が新
卒者の目に鮮やかなブランドアピールをもって映り、人気の就職先として注目を集めるのでは
ないかと懸念しています。
そして 2 つ目は、特に E コマースやデジタルメディアの分野に見られる急速なビジネスモデ
ルの進化で、これが人材スキルのミスマッチを悪化させる要因となっています。この現象は、
グローバル企業の成長にブレーキがかかる恐れがあることを意味します。ユニリーバのトニ
ー・ラザム氏は次のように指摘します。「デジタルメディア、ビッグデータ、あるいは E コマ
ースの分野では、全世界で人材が不足しているのが事実だ。デジタル戦略の中に人材構成の戦
略が含まれていなければ、中長期的にみてビジネス機会の実現を困難にするのは必然である。」
主要なグローバル企業はどのように対応しているのでしょうか。昇給や手当の充実化などは
一般的に行われる方法です。定期的な昇進機会を増やしたり、社員にとってより魅力的な企業
文化を構築したりもしています。新しい世代の社員はワークライフバランスがとれた職場を求
めるので、勤務時間が長くなりがちな現地企業よりもグローバル企業への就職機会を積極的に
求めている、という意見を述べる企業トップもいます。
グローバル企業は、中国の大学との提携にも乗り出しました。例えば、ビル管理システムの
グローバル企業、UTC ビルディング&インダストリアル・システムズは、中国国内の 24 校の職
業専門学校と提携関係を構築しています。UTC の北アジア担当社長ロス・シュースター氏は、
「我々も、最適な人材を選抜するために学校側と協力し、卒業後に採用し入社させる協力関係
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国戦略
を結んでいる」と話します。同社は、適正のある学生を選抜するために学校と協力し、インタ
ーンシップの後、彼らを雇い入れています。
「全世界から集まった最高の人材を結びつけ、最高の開発プロセスを構築することが非常に重
要だ。上海や武漢で円滑に進められることもあれば、日本のほうがうまくいくこともある。当
社は香港にデザイン部門を置いている。ここにはデザインスクールがあるからだ。非常に重要
なグローバルな人材の集まりだ。」
-レノボ、アジア太平洋担当地域担当 CFO、ヘルムート・ゾル氏
中国の欧州企業が人事部門で抱える重大な問題トップ 5
能力発揮までに長期間の研修が必要
優秀な候補者の見極めが難しい
社員の離職率が高い
人件費の上昇
人材不足
出所:在中欧州商工会議所 2013 年企業マインド調査
また今後、データ処理技術を利用してデータ分析から法務サービスに至るまで一部の業務を
自動化するなど、より革新性の高いソリューションを見つけ出していかなければならないでし
ょう。例えば、製造業界では製造用ロボットの活用が盛んになってきています。
発想を転換し、予測分析の手法を用いて、中国国内の手持ちの人材で達成できる収益目標を
管理職が把握できるようにし、社内の KPI(重要業績評価指標)を一新するグローバル企業もあ
ります。
KPMG 中国のピープル・アンド・チェンジ・アドバイザリー、ヘッドのスージー・クォークは、
こうした革新的な対応の牽引力として、人件費と利益の関係が崩れている状況があることを指
摘しています。「グローバル企業のトップが人件費を気にするのは当然の状況だ。中国では人
口高齢化に起因して、過去 3 年間、毎年少なくとも 10%ずつ賃金インフレが進んでいる。また、
リーダーシップや業務管理、変革管理のスキルをもった人材が圧倒的に不足している。」
これが意味するのは、今後、人材の採用と定着は、中国で活動する全ての企業にとって大き
な差別化要因になるだろうということです。この状況は好転する前に一旦は悪化するとみられ
ます。革新的なソリューションを見つけることができる企業は、企業の成長の速さに合わせて
「人材による限界点」を押し上げるでしょう。画期的な人材管理法を、中国が諸外国に輸出し
始めることさえ考えられます。これは予想外のことではありますが、高齢化する世界の将来に
とって、重要なイノベーションの源泉となるかもしれません。
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国戦略
知っていますか?
1990 年時点の中国の
中 国で活 動す る米 国
外資系企業の平均年
企業の 90%が人件費
齢は 24.8 歳だったが、
の 上昇に 頭を 悩ま せ
2030 年には 42.1 歳に
ている※
達する※
出所:国連人口部
出所:在上海米国商工会議所
中国ビジネスレポート 2013~2014 年
中国の若年人口の減少(0~30 歳)
2015年~2025年の
若年人口減少数(0~30歳)
総人口
2030 年までには
若年人口(30 歳未
満)が 1 億 1,800
中国
8,700万人
アルゼンチン
4,200万人
ポーランド
3,900万人
万人減少する見
通し※
出所:世界銀行・国連人口部 世界人口見通し
出所:国連人口部
中国のイノベーションと人材
ユニリーバ
グローバルサプライチェーン担当上級財務副社長
トニー・ラザム氏
ユニリーバは全世界に約 17 万人の従業員を擁するイギリス・オランダのグローバル家庭用品
メーカーで、トニー・ラザム氏はユニリーバのグローバルサプライチェーン担当上級財務副社
長です。
この業界の課題は何でしょう?
ラザム氏-中国現地のライバル企業は、製品だけでなくビジネスモデルのイノベーションとい
う面でもますます洗練されてきました。中国の企業がリバースエンジニアリングを行い、製品
や製法をまねて似たような製品を 30%低価格にして販売するリスクはゼロではありませんが、
そうした企業は今日の市場で成功していません。当社にとって、もはやそのような企業は本当
の意味での競争相手ではないのです。
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国戦略
中国企業の多くは、特にマーケティングに関して、グローバル企業と面と向かって勝負でき
るような全世界的なリソースを持っていません。そこで彼らは、消費者を取り込む別の方法を
見つけ出しました。つまり、E コマースやデジタルメディアです。多くの中国企業は、特にモバ
イルデバイスによって消費者との接点を持つことに積極的です。
中国ではビジネスモデルが非常に速いスピードで進化しています。この数年の間に、ターゲ
ットである消費者まで到達するための方法が大きく変化しました。テレビは今でも重要なメデ
ィアですが、映像コンテンツはオンラインで消費されることが増えてきています。 多くの中国
企業はこの変化を素早く捉えましたが、外国企業はつい最近までテレビにばかり依存していま
した。
E コマースを巡るビジネスチャンスはタイムリーな話題ですが、課題はありますか?
ラザム氏-多様なチャネル全体にわたって適正な投資のバランスと適正な事案を見つけ出すこ
とが重要です。差別化によってアクセス数が伸びるので、E コマースの小売業者は他店にない品
揃えを心がけます。今、企業は様々な方法でチャネルを効果的に管理しています。後から全て
の小売チャネルへと拡大されるオンライン限定の新製品発売や、異なるパッケージサイズや複
数のカテゴリーにまたがる販促用パッケージ販売などが含まれます。
ユニリーバも社員の採用と定着という課題に対処していますね?
ラザム氏-この 5~6 年、中国現地の経営陣とグローバル経営陣のいずれにおいても、中国での
人材管理が我々の議題の中心になっています。人材の能力育成と定着という点で、ユニリーバ
は大きな成果を上げました。中国で人気の就職先として注目を集め始めているところにもそれ
が現れています。またユニリーバ中国は、ユニリーバの海外支社に人材を送り始めています。
今後の課題は何ですか?
ラザム氏-デジタルメディア、ビッグデータ、あるいは E コマースの分野では、全世界で人材
が不足しているのが事実です。デジタル戦略の中に人材構成の戦略が含まれていなければ、中
長期的にみてビジネス機会の実現は困難になるのは必然でしょう。グローバル企業がデジタル
分野での成功を望むのであれば、自社ビジネスでデジタルに関わる全ての事柄に関して特別な
能力開発と人材定着戦略を立案する必要があります。
当社は E コマースやデジタルメディアへの進出を促進しており、ビッグデータの最適な使い
方を理解しようとしていますが、それには人材構成と人材スキルの変更が必要になってきてい
ます。そこで要求されるスキルセットは、これまでとは全く別のものです。当社は、こういっ
た新分野における人材戦略の中核部分に重点を置いています。
中国(上海)自由貿易試験区(以下「上海 FTZ」)が様々な話題にのぼっていますが、これは
ユニリーバにとってビジネスチャンスでしょうか?
ラザム氏-上海 FTZ とそれによって創出されるビジネスチャンスは急速に進展しています。こ
れは素晴らしい計画だと思います。当社は、中国の消費者のために上海 FTZ をどのように利用
できるかを引き続き検討していきます。上海 FTZ 内では、政府が法令遵守の責任を、製品やサ
ービスの供給側へと少しずつ移動させる傾向が見られます。その結果、より重い責任と報告義
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国戦略
務がこれらの業者に課されます。これは最終的には望ましい傾向です。当社は、ユニリーバの
膨大なグローバルブランドの製品群から製品を輸入し、特にオンラインで販売できるようにす
るために、上海 FTZ がどのように活用できるか調査しています。そして、中国の消費者に、よ
り多くのユニリーバの素晴らしい製品を手に取っていただける方法を探っています。
中国現地でのプレイヤー
アーティセン・エンベデッド・テクノロジーズ
最高執行責任者(COO) ジョージ・フー氏
アーティセン・エンベデッド・テクノロジーズ(元エマソン・エレクトリックの一部門)は
中国国内で約 9,000 人、全世界で約 2 万 2,000 人の従業員を擁する電力変換技術のグローバル
企業です。ジョージ・フー氏は香港拠点の COO です。
中国はかつて、アーティセンのアジアスタッフの 85%を占めていましたが、その後その割合
は減少し、現在はちょうど半分ぐらいに減ってきています。
フー氏-現在フィリピンに約 9,000 人の従業員がおり、製造部門を中心に人数が増えてきてい
ます。当社はまた、バックオフィス機能を米国からフィリピンに移すとともに、マニラに強力
な R&D センターを設けました。さらに、2 つの製造工場がフィリピンのラグナとカヴィテにあ
ります。有能で厳格なしっかりした管理職人材を得ることが鍵になります。
アジアのその他の国はどうでしょうか?
フー氏-以前は人件費の安いベトナムに工場を置いていましたが、 私たちはたびたび発生する
労働組合の抗議行動に対処しなければなりませんでした。さらに、専門技能を持つ人材の採用
と定着という課題や、深刻な賃金インフレの問題もあります。また、中国と比べて賃料や施設、
物流のコストが高いことがわかりました。例えば家電のような、単純作業で大量生産、かつ労
働集約的な製品を作る場合、ベトナムでの生産にはメリットがあります。しかし、単純大量生
産の電化製品の製造という世界から離れることを決断したとき、ベトナムを去ることに決めま
した。割高な固定費を償却するに足る生産量がなかったからです。インドにも注目しましたが、
労働規制や官僚支配、インフラの未整備が気になるところです。また、インドネシアでは 30%
前後の賃金インフレが見られます。90 年代後半の政情不安も記憶に新しく、当社の選択肢はさ
らに制限されます。
他の業界とは異なり、エレクトロニクス業界は熟練した専門技能人材と施設とに巨額の投資
が必要なので、生産拠点を突然移動するわけにはいきません。生産拠点の選択には長期的視点
を持たなければなりません。中国の賃金インフレがこのまま 2 桁台で続いた場合には、ハイエ
ンドなエレクトロニクス製品の製造を中国からマレーシアに移転することもありえるでしょう。
実際、当社の中国拠点幹部の何人かはマレーシア人であり、優秀なプロフェッショナルを探す
のは難しくありません。ただし、中国と比べてマレーシアのサプライチェーンコストはまだ高
く、現時点では中国のサプライチェーンが突出して優れています。また、中国ではオートメー
ションを進めている企業が増えてきており、将来的に中国の競争力は増すだろうと私は考えて
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国戦略
います。中国は並はずれた自己改革能力を持っています。
しかし、特に中国で工場や法人を閉鎖する場合、巨額の違約金や退職金が要求されるなど数々
の障害があります。このような障害の存在が、たとえコストが上昇していても中国に留まる理
由となっているのも否めません。
アーティセンの中国での R&D はどのような状況ですか?
フー氏-当社は中国での R&D 活動を縮小しました。エンジニアの人件費上昇と離職率の高さが
理由ですが、中国市場は巨大で、中国人は現地の使い方に合わせてカスタマイズされた製品を
要求します。これは顧客のいる現地にエンジニアを置く必要があるということです。そこで、
中国では中国のための R&D 活動を行うという方針を実行しました。
一方で、中国現地企業との競争が激化すると予想していますか?
フー氏-現在最大のライバルは台湾企業ですが、 新興の中国企業にも目を光らせる必要があり
ます。当社の競合企業ではありませんが、ファーウェイ(華為)は中国エレクトロニクス企業
の成功例と言って間違いありません。同社は重要なグローバルプレイヤーとして頭角を現し、
グローバルなプレゼンスを着々と築いています。さらに、レノボやシャオミ(小米)など、エ
レクトロニクス部門で台頭する中国企業が他にもあります。私たちも自己満足に浸ってはいら
れません。実際のところ、中国の現地企業を相手にするには、より競争力をつけなければなり
ません。特に、私たちの競争相手となる現地のライバル企業の大半は、ビジネスチャンスに敏
感な民間企業です。
昨今の規制改革に加え、中国政府が進める反腐敗運動が、中国のビジネス環境の急激な変化
に影響を与えているのでしょうか?
フー氏-近年、中国の監督当局は規制の執行をより厳格にしています。それが目に見えないコ
ストの上昇につながっています。しかし、我々と中国企業に公平な競争機会が与えられたこと
になり、これは良い傾向だと当社は考えています。
アジアでの 17 年間の経験において最大の変化は何でしょうか?
フー氏-人件費でしょう。これには社会保険等の費用も含みます。人件費の上昇と福利厚生等
の社会的要求の拡大のスピードには驚かされます。離職率も問題です。中国での十分な労働力
の確保は、製造業界にとって本当に困難な問題として残っています。要するに、私たちは今も
中国で「人材獲得戦争」を繰り広げているのです。
一方、中国の労働者は自分たちの権利についての知識を持つようになってきました。法令遵
守を実行する私たちに公平な機会が与えられ、業界全体で良い流れができています。
社員の生産性を高め中国の賃金上昇を緩和する手段として、社員研修の重要性を指摘してい
ますが、アーティセンの次世代経営陣の育成を促す意味でも研修は有益ですね?
フー氏-私の後継者は中国系アメリカ人ではなく、中国育ちの現地の人材になるでしょう。事
実、最近のことですが、プラントゼネラルマネージャーに中国本土出身の中国人を初めて抜擢
しました。このように、次世代の経営陣に出会えるのは素晴らしいことです。
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
中国戦略
厚谷 禎一
KPMG Advisory (China) Limited
ディレクター
東京工業大学理学部卒業・同大学理工学部修士課程修了(情報科学専攻)
米国ペンシルバニア大学ウォートン校経営学修士(財務専攻)
これまで 20 年以上にわたり、日本、米国、カナダ、英国、韓国にて経営コンサル
ティング会社及び会計事務所に勤務、各国企業顧客に戦略・M&A・オペレーション
等の分野でのアドバイザリー・サービスを提供。
2003 年より KPMG LLP(米国)ニューヨーク事務所に勤務、主に日本企業顧客に対
して事業デュー・ディリジェンスを中心とした M&A 支援サービスを提供。
2008 年より現職、KPMG 中国の上海事務所にて同じく日本企業顧客に対して M&A 支
援サービスを提供。
専門は市場評価、事業計画の精査、M&A 実施後の統合支援等を含む事業デュー・
ディリジェンスだが、日本企業顧客に対しては広く、財務・税務デュー・ディリジ
ェンス、企業価値評価、不正調査、リストラクチャリング支援等を含む、M&A 支援
サービス全般のプロジェクト・マネジメント・サービスを提供する。
+86 10 8508 7111
[email protected]
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
法務
中国における民事訴訟の最新実務
西村あさひ法律事務所
弁護士
野村
高志
はじめに
筆者はこれまでに、中国における様々な民事紛争・訴訟案件に関与したことがあります。パ
ターンとしては、専門分野の一つである知的財産権に関する侵害訴訟と、債権回収に関する紛
争・訴訟が多いのですが、その他には労働紛争事件や、社内不正行為に対する責任追及案件な
どもあります。
中国の民事訴訟案件への関与の仕方には様々なステップがあります。クライアントから依頼
を受けて、全体の訴訟戦略を議論して大まかな方針を立て、現地代理人弁護士を選定し、クラ
イアント及び代理人弁護士とともに訴訟における請求・主張の理論構成を詰めていき、証拠の
収集と提出方法の検討、訴状等のドラフトのレビューなどを行います。訴訟提起後は、裁判審
理のプロセスのモニタリングや裁判所への追加提出書面・証拠の作成に関するサポート、和解
の協議に入った場合の検討など、各場面において様々な形で関与します。
近年、中国国内で紛争が生じた場合、裁判に至るケースも増えています。民事訴訟に関する
法制度そのものは、日中間でそう大きく変わらないのですが、実務運用の面では相違点も数多
く見られる点に注意を要します。今回は、中国における民事訴訟の実務と特徴につき、近時の
変化を踏まえつつ紹介します。
1
民事訴訟の制度面の特徴
まず、中国における民事訴訟の制度面において、日本と異なると思われる特徴をいくつか紹
介します。
(a)「裁判官の職権の独立」を保障する制度が十分に確立されておらず(日本の「司法権の独立」
に相当する「裁判所の独立」の制度はあります)、他方で、各人民法院の院長や審判委員会に
よる裁判官への監督制度があり、個別の裁判の審理や判決の内容に対する関与がなされる
こともあります。また、裁判官が政治や世論の動向に注目し、自己の判決に対する社会の
反応を気にする傾向も見受けられます。
(b)従前、歴史的背景の影響もあり、裁判官の専門性の低さがしばしば指摘されていましたが、
北京市・上海市その他の都市部の人民法院(特に中級・高級人民法院)の裁判官は優秀で
あり、専門性も比較的高いと言われています。
この点、2014 年 11 月に、全国人民代表大会が、北京、上海、広州において「知識産権法
院」の設立を決定しました。これは、「知的産権専門裁判所」に相当し、専利(発明特許、
実用新案、意匠を含む)
、ノウハウ、ソフトウェア等の技術的案件、専利復審委員会・商標
復審委員会が当事者となる行政訴訟案件、及び馳名商標案件を専門に担当する、中級人民
法院レベルの専門法院です。裁判官も知的財産案件の経験者1から選任されます。既に各地
いずれも設立され裁判業務を開始しています。このように知財に関する裁判の世界では、
より先進的な取り組みがなされています。
1
知的財産権についての経験がある学者、弁護士でもよいとされている。
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
法務
(c)いわゆる判例の先例拘束性の制度がなく、過去の判決の体系的整理の面で不十分な面があ
り、判決の予測可能性、判断の安定性が低いといえます。この点、中国特有の制度である、
最高人民法院による司法解釈の公布は、下級審裁判所の判断の統一性を図る制度として重
要な意義を担っています。
裁判の判断の統一性を図る必要性は中国でも強く意識されており、改善策の一つとして、
指導性案例制度2が導入され、裁判審理の際に、かかる案例を参照しなければならないとさ
れています。また、最高人民法院は毎年、知的財産権案件で先例価値の高い判決を集めて
公表しています(但し下級審に対する拘束力はないとされています)
。
(d)訴訟時効について、時効期間が、権利者又は利害関係人が権利侵害を知った日又は知り得
た日より 2 年とされています3。日本とは異なり、実体的権利ではなく訴訟における「勝訴
権」が消滅するとされており(よって時効期間経過後も提訴自体は可能ですが、被告側が「訴
訟時効の期間満了」を抗弁とした場合、原告の請求は棄却されます。また、時効期間経過後
も任意に支払いを受けることは可能です)、時効期間が短い上に、起算点に侵害行為を「知
り得たと評価される日」まで含まれるため、迅速な権利行使が必要とされます4。なお、差
止請求権にも適用されますが、侵害行為が継続している場合には 2 年を超えても訴訟時効
にかからないとされています。
(e)裁判は二審制であり、第二審判決が最終の確定判決となります。例えば、中級人民法院(日
本の地方裁判所に相当)が第一審裁判所となった場合、その上訴審裁判所は当該地域を管
轄する高級人民法院(日本の高等裁判所に相当)となります。ただし、再審制度(確定判
決の是正制度)が日本に比べて広く活用されており5、最高人民法院の再審で確定判決が覆
った事例もあります。
(f)裁判所の審理や執行における地方保護主義(地元企業が当事者の場合に偏った判決が出さ
れる等)は中国の司法が抱える最大の問題とも言われています。その背景として、各地の
人民法院が人事面(地域毎に裁判官が採用され、他地域への異動がありません)や財政面
で地方政府と繋がりがあることが挙げられます。この問題については中国でも強く意識さ
れており、近年、中央政府が打ち出した司法改革でも、地方保護主義の是正が挙げられて
います。
2
民事訴訟の手続面の特徴
次に、中国における民事訴訟手続の実務面で、日本と異なると思われる点をいくつか紹介し
ます。まず、一審段階における訴訟手続の大まかな流れを示します。
2
3
4
5
2010 年 11 月 26 日公布。
民法通則第 135 条以下、「商標民事紛争案件の審理における法律適用の若干の問題に関する司法解釈」第 18 条、特許法第 68
条第 1 項、「特許紛争案件審理の法律適用問題に関する若干規定」第 23 条を参照。
時効中断事由としては、訴訟提起、権利者による請求、義務者の履行への同意があり(民法通則第 140 条)、権利者の請求
については日本民法第 153 条のような制約はなく、繰り返して請求を行うことで繰り返し時効中断効を生じさせることが可
能とされている。
中国民事訴訟法第 198 条以下参照。法院が職権で行うほか、当事者も再審の申立ができる。
22
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法務
(a)裁判書類(委任状、法定代表者証明書、会社登記簿、証拠書類等)提出の要件として、外
国で作成・成立した書面を提出するには、当該国の公証役場や中国領事館における公認証
手続が必要とされています6。訴訟当事者の外国企業が、自国や第三国において作成された
証拠書類を提出することはよくあり、これらの書類の公認証手続が必要となるほか、人民
法院が指定する翻訳業者による中国語翻訳を添付する必要もあるため、実務上の手間と負
担が生じます。
(b)裁判所に訴状を提出したときに、それを受理(立案)するか否かにつき窓口の担当者に実
際上の裁量があり(但し明確な法的根拠はないようです)
、提訴の形式要件のみならず、訴
状の内容面の審査まで行い、ときには様々な理由で受理されないことがあります。筆者が
関与した案件では、提訴の際に担当の中国律師(弁護士)が自ら訴状を裁判所の窓口に持
ち込み、担当者からの質問等に回答していました。
(c)訴訟の進行は(日本との比較で言えば)、一般に裁判官が手続の進行を主導し、訴訟指揮
も積極的に行う傾向があります。和解についても裁判官が当事者に対して積極的に勧告す
ることがよくあります。
(d)開廷審理の開始前における手続として、証拠交換手続が行われることがあります7。まず裁
判官により予め証拠の提出期限が定められ、開廷審理前に証拠交換の手続を行い、法廷で
裁判官及び双方当事者(代理人弁護士)参加のもと、当事者双方及び裁判官が双方の提出
証拠を確認し、裁判所に証拠書類一式を提出します。ここで実際上の審理や証拠調べが行
われるように思われるため、開廷前の手続における裁判官へのアピールが重要といえます。
(e)訴訟の進行は一般に迅速であり、公判が開かれる回数も少なく、証拠調べも 1 回しか行わ
れないケースが多いとされています。第一審は 6 ヶ月から 1 年程度で終結するケースが多
いようです。もっとも、中には訴訟が極めて長期化するケースもあります。
(f)強制執行の申立には期限があり、判決文に規定された履行期限から 2 年以内に申し立てな
ければなりません(なお、訴訟時効と同様に、中止・中断の制度があります)8。また、長
年にわたり「執行難」と呼ばれる問題が存在します。即ち、判決で勝訴しても強制執行が効
6
7
8
「最高人民法院の「民事訴訟法」の適用に関する解釈」(2015 年 1 月 30 日)第 523 条、第 526 条、「民事訴訟証拠に関する若干
規定」(2002 年 4 月 1 日実施)第 11 条
「最高人民法院の「民事訴訟法」の適用に関する解釈」第 224 条、中国民事訴訟法第 133 条
中国民事訴訟法第 239 条。
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
法務
を奏さず、実際の回収が困難なことが多いと指摘されています。これに対し、2013 年 10
月から、執行回避・妨害行為や、資力があるのに履行しない者などを「信用失墜被執行者」
の名簿に掲載して公表する制度が設けられています9。個別案件における対応策として、事
前の資産調査により財産状況を把握したうえで、財産保全処分(仮差押など)を活用する
ことが考えられます。
(g)侵害行為停止の仮処分、仮差押、証拠保全等の保全制度があります10。但し、日本に比べ
ると担保金の額が高く、現金しか受け入れないケースもあるようです(例えば仮差押の場
合、従来は本訴の請求額と同額になるケースが多く見られたようですが、銀行保証などで
代替することができるケースもあるようです)
。
3
民事訴訟の実務ポイント
次に、中国の民事訴訟における実務的なポイントをいくつか紹介します。
(1)証拠の認定における特徴
中国の訴訟事件の対応は、日本における同種の訴訟事件より、はるかに手間がかかり大変だ
というのが日々実感するところです。
たとえば、訴訟の相手方(中国企業/中国人)が、あらゆることに異議・反論を唱えてくる
ことがあります。日本における訴訟であれば却って不利になると思われるような主張や指摘も
多いようです。
よく見られるのが、裁判証拠の真偽を巡る異議や反論です。こちらが提出した証拠の採用に、
相手方が無闇に異議を唱えたり、証拠の真実性を争ったり(偽造証拠だと主張する等)します。
相手方からこのような指摘がなされると、こちらも何らかの反論・反証をせざるを得ませんの
で、結構な手間がかかります。その対抗策として、裁判証拠に予め公証処の公証人による公証
手続をすることが、中国ではよく行われています。公証手続を経た証拠は、実務上、異議申立
が認められにくくなり、スムーズな証拠採用がなされやすくなります。
例えば、模倣品の製造・販売業者に対する商標権侵害訴訟において、模倣品販売の事実を立
証するために、販売店で客を装って模倣品をサンプル購入したとします。商品購入を裏付ける
証拠として、販売店から領収書(中国の発票)を受領し、商品と領収書を裁判所に出した場合
に、それらが偽造された証拠であるとか、当該商品がその領収書により購入されたものと同一
であることの証拠が無いとか、様々な指摘がなされます。この場合、実務上は、商品購入の際
に公証人に同行してもらい(店舗側に怪しまれないよう平服で来てもらいます)、購入の一部
始終を見てもらって、その事実を当該商品と共に公証する旨の公証書を作成してもらいます。
これにより、訴訟において相手方が証拠の真実性を争ったとしても、証拠が支障なく採用され
る可能性が高まります。
但し、裁判上の証拠とするための公証手続はやや特殊なようで、これを手掛けた経験を持つ
公証人は少ないようです。かかる公証手続をスムーズに進めるためには、経験や専門性のある
公証人を見つけることが必要となります。以前に関与した案件では、最初に証拠の公証を依頼
9
信用失墜被執行者データベース: http://shixin.court.gov.cn/index.html
なお 2015 年 2 月 26 日までに公開された信用失墜被執行者情報は、自然人 939,024 件、法人その他組織 148,140 件である。
10
中国民事訴訟法第 81 条及び第 100 条~第 108 条、「最高人民法院の「民事訴訟法」の適用に関する解釈」第 152 条~第 173 条
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法務
しようとした公証所の公証人には「このような公証は認められていない」と受理されず、案件担
当の中国律師がいくつかの公証所を回った末、別の公証所で受理され、公証が行えたというこ
ともありました。
(2)証拠のチェーン
中国で訴訟案件をよく手掛ける中国律師は、よく「証拠のチェーン」という言い方をします。
法令上に規定のある専門用語ではなく、実務上用いられる用語であり、決まった定義があるわ
けではありませんが、立証すべき事実の一つ一つについて、その裏付けとなる証拠が切れ目無
く揃っていることを指す場合が多いように見受けられます。中国では、裁判所も中国律師も、
立証すべき事実のそれぞれに直接証拠が揃っているという形で「証拠のチェーン」が切れ目無く
繋がっていることを要求する傾向が大変強いように感じられます。
実際の訴訟では、全ての証拠が完全に揃っていることはむしろ希で、直接証拠が欠けている
部分を他の間接証拠の積み上げなどによって補わざるを得ません。日本の訴訟実務では、通常
それで裁判官は心証を取ってくれるものですが、中国の場合、それでは立証が不十分とみられ
る可能性があるように思われますので、注意が必要です。
(3)執行難への対策
前述した「執行難」は、せっかく勝訴判決を得ても強制執行が功を奏さないという深刻な問題
です。その対応策としては、以下が挙げられます。
(a)調査会社による相手方の資産調査:そもそも強制執行が可能な相手方の財産として何があ
るかを把握する必要があります。
(b)財産保全措置(仮差押)の申立:一旦訴訟を提起した場合、相手方が敗訴に備えて資産の
移転・隠匿に走るおそれがあります。予め裁判上の保全措置を講じておけば逃げられない
ことになります。
(c)裁判所の選定(地方保護主義の回避):相手方が地元では大企業であるような場合、その
所在地の管轄裁判所・裁判官に対して影響力を及ぼすおそれがあります。それを避けるた
め、相手方所在地の管轄裁判所を避け、他の地域で強制執行の申立を行うことが考えられ
ます(その地域に相手方の財産がある場合等)
。
(d)執行段階での和解の活用:以前に関与した案件では、強制執行申立後に、執行手続の中で
和解の協議が成立し、執行行為を行うこと無く全額の弁済を受けたことがあります。
(e)悪意の隠匿・執行回避者に対する拘留等の強制措置の活用:かかる強制措置を活用するこ
とが考えられます。相手方に対する出国禁止措置の申立が功を奏することもあります11。
おわりに
以上のように、中国における民事訴訟は、戦略的な訴訟プランの立案と、様々な訴訟戦術の
活用が欠かせません。
訴訟プランの立案に際しては、中国特有の制度や実務の状況をよく理解したうえで、当該訴
訟において採りたいと考えるアクションのうち、実際に「何が」「どこまで」できるのかを見極め
る必要があります。プランの大枠が決まれば、個々の論点や問題点をクリアするために豊富な
11
中国民事訴訟法第 255 条
25
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法務
戦術を駆使することになります。
もちろん、訴訟代理人を依頼する中国現地の法律事務所(律師)とのコミュニケーションが
重要なのはいうまでもなく、その選定段階から、訴訟戦略や訴状等の内容の協議、提訴以降の
訴訟遂行過程での随時のやり取り、和解の協議や一審判決後の上訴手続に至るまで、綿密にコ
ミュニケーションを取る必要があります。同時に、その説明をただ鵜呑みにするのではなく、
疑問点や要望などは明確に伝えて議論を重ねる姿勢も大事と思われます。
中国での訴訟案件は大変だと申し上げましたが、綿密な準備をすることにより、日系企業を
含む外資企業が勝訴するケースはごく普通に見られますので、過度に恐れたりすることなく対
応頂きたいと思います。
以上
野村 高志
弁護士
西村あさひ法律事務所
カウンセル
上海事務所代表
早稲田大学法学部卒業。1998 年弁護士登録。2001 年より西村総合法律事務所に勤務。2004
年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005 年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上
海)に勤務。4 年半の中国滞在を経て 2010 年に現事務所復帰、2014 年より現職。
専門は中国内外の M&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブ
レベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
2012 年~2014 年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。
主要著作に「中国での M&A をいかに成功させるか」(M&A Review 2011 年 1 月)
、「模倣対策
マニュアル(中国編)」(JETRO 2012 年 3 月)、等多数。
Tel:+86-21-6178-3748
Email:[email protected]
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
税務会計
近藤公認会計士事務所
外国企業の間接持分譲渡課税
公認会計士
近藤 義雄
[email protected]
http://homepage2.nifty.com/kondo-cpa/
1. 間接持分譲渡課税
中国国家税務総局は、2015 年 2 月 3 日付で「非居住企業が財産を間接譲渡する場合の企業所
得税の若干の問題に関する公告」(2015 年第 7 号公告、以下「7 号公告」)を発表し、外国企業
の間接持分譲渡の租税回避について新たな規定を制定しました。その第 1 条では、次のように
規定しています。
「非居住企業が合理的な事業目的を有しない取決めを実行することを通して、中国居住企業
持分等財産を間接譲渡して、企業所得税の納税義務を回避した場合は、企業所得税法第 47 条の
規定に従って、当該間接譲渡取引の定性を見直して、中国居住企業持分等財産を直接譲渡した
ものと認識しなければならない。」
非居住企業とは、中国国外の法律で設立され、その実際管理機構も中国国外にある外国企業
であり、中国居住企業とは、中国国内法で設立された企業、および中国国外の法律で設立され
たがその実際管理機構が中国国内にある企業をいいます。
中国の企業所得税では、企業の出資持分を譲渡した場合には、その企業所在地が中国国内で
あれば中国国内源泉所得として企業所得税が課税されます。非居住企業が中国居住企業の出資
持分を譲渡した場合にはその持分譲渡所得に対して企業所得税が課税されます。
したがって、非居住企業が中国国外に所在する企業の出資持分を譲渡した場合には、中国の
企業所得税は課税されません。その中国国外に所在する企業が中国居住企業の出資持分を保有
していた場合には、その中国国外企業の出資持分を譲渡することによって、その子会社である
中国居住企業の出資持分も同時に間接的に譲渡されることになります。
このような非居住企業による中国居住企業持分等の間接譲渡取引について、非居住企業が合
理的な事業目的を有しない取決めを通して、租税回避を行った場合には、その取決めの定性す
なわち間接譲渡取引を見直して直接譲渡取引として企業所得税を課税するという規定です。
2. 698 号通知と 7 号公告
上記の 7 号公告が施行された 2015 年 2 月 3 日には、7 号公告の前身である「非居住企業の持
分譲渡所得の企業所得税管理を強化することに関する通知」
(国税函[2009]698 号、以下「698
号通知」)の 2 つの租税回避規定(第 5 条と第 6 条)が廃止されました。
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MIZUHO CHINA MONTHLY
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税務会計
1 つは 698 号通知第 5 条で、国外投資者が、タックスヘイブンまたはオフショア所得に所得税
を課税しない国(地域)に国外持分会社を設立して、その国外持分会社が中国居住企業持分を
所有している場合には、国外投資者が国外持分会社の出資持分を譲渡することにより中国居住
企業を間接的に譲渡して企業所得税の課税を回避する事例に対して、その国外持分会社の経済
的実質と合理的な事業目的を判定するための関係資料の提出を国外投資者に義務付けています。
もう 1 つは 698 号通知第 6 条です。この規定では、国外投資者が組織形態等を濫用した取決
めを通して、中国居住企業の出資持分を間接譲渡し、かつ合理的な事業目的を有することなく
企業所得税の納付義務の回避を意図していた場合に、その経済的実質に従ってその持分譲渡取
引に対して定性を見直して、その租税回避の取決めに用いられた国外持分会社の存在を否定す
ることができると規定していました。
698 号通知第 5 条は、国外投資者がタックスヘイブンまたはオフショア所得を課税しない国(地
域)に所在する国外持分会社持分を譲渡した場合の租税回避事例であり、698 号通知第 6 条は、
国外投資者が組織形態等を濫用した取決めを通して国外持分会社持分を譲渡した場合の租税回
避事例です。いずれの規定も国外投資者と国外持分会社という用語が使用されています。
国家税務総局が公布した「一般租税回避対策管理弁法(試行)」
(2014 年国家税務総局令第 32
号)によれば、この管理弁法は企業所得税の租税回避規定に基づくものですので、納税者は企
業に限定されています。したがって管理弁法と 7 号公告の納税者は企業に限定されますので、
個人を含む国外投資者という用語は非居住企業に変更されています。
また、7 号公告の適用範囲は中国居住企業持分だけではなく、中国国内に所在する機構・場所
が有する財産、中国国内に所在する不動産にも拡大されましたので、持分会社だけではなく国
外企業全般に関わりますので国外持分会社という用語も国外企業という用語に変更されていま
す。
698 号通知第 5 条と第 6 条では、経済的実質と合理的な事業目的という用語が使用されている
だけであり、その用語の具体的な内容は明らかにされていませんでしたが、今回改正された 7
号公告では、合理的な事業目的の判断基準がある程度明らかにされています。
したがって、698 号通知第 5 条のようにタックスヘイブン等に中国居住企業持分を有する国外
持分会社が所在するというだけで租税回避の疑義が生ずるという曖昧な規定は廃止されました
が、7 号公告によって明らかにされた租税回避の判断基準については慎重に検討する必要があり
ます。
3. 698 号通知旧第 6 条の租税回避事例
698 号旧第 6 条の租税回避事例としては持分買収事案の実例があります。この実例では、次の
ような取引スキームが 698 号旧第 6 条の規定に基づいて租税回避と認定されました。
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税務会計
持分買収前
米国
親会社
A社
BVI
子会社
B社
持分買収後
親会社
C社
A社
子会社
B社
子会社
C社
持分買収
中国
D社
D社
米国法人 A 社は、英領バージン諸島(BVI)に設立した B 社を通して、同じように英領バージ
ン諸島に設立された他社である C 社を買収して、中国国内に多数の中国居住企業を有する企業
集団 D 社を間接買収しました。
なお、ここでは解説の便宜上、企業集団 D 社と呼んでいますが、この実例では、D 社グループ
に所属する中国居住企業各社の出資持分を C 社が直接または間接に所有していたようです。
中国税務当局は、698 号旧第 6 条の規定に基づいて上記の間接持分譲渡取引について、その経
済的実質を根拠として租税回避取引と認定し、C 社の株主である C 社ホールディング・カンパニ
ーが D 社持分を B 社に直接譲渡したものとして、中国企業所得税を課税しました。
持分買収取引は 2 段階で行われ、第 1 回目の買収では C 社持分の 35%、第 2 回目では C 社持
分の 65%が買収されています。中国税務当局は第 2 回目の買収を租税回避取引と認定しました。
第 1 回目の買収取引を租税回避としなかった理由は明らかにされていませんが、第 1 回目の
買収取引が現在の企業所得税法が制定される以前の時期に取引が完了していたので、企業所得
税法の租税回避規定を根拠とする現行法上では、2008 年 1 月 1 日以後に完了した租税回避取引
に対してのみ 698 号旧第 6 条が適用されたものと考えられます。このように中国の企業所得税
法の租税回避規定の適用は 2008 年 1 月 1 日以降に発生した取引に適用されています。
第 2 回目の買収時に、C 社ホールディング・カンパニーが獲得した買収金額と C 社の買収時の
債務について B 社が債権放棄した金額の合計額が、C 社持分 65%の買収総収入金額と認定され
ました。
買収総収入金額は、D 社グループの中国居住企業各社の実際出資額、買収直前年度の年末純資
産額、年間営業収入金額の 3 つの基準によって、中国居住企業各社に配分されました。
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
税務会計
各社別の持分譲渡所得は、上記のように 3 つの配分基準で配分された買収金額から実際出資
額の 65%相当の持分譲渡原価を差し引いた金額とされました。各社別の持分譲渡所得に 10%の
源泉税率を適用した金額が C 社ホールディング・カンパニーの企業所得税の納付額となってい
ます。
4. 第 7 号公告の合理的な事業目的の判断基準
698 号旧第 6 条では、国外投資者が組織形態等を濫用した取決めを通して、中国居住企業の出
資持分を間接譲渡し、かつ合理的な事業目的を有することなく企業所得税の納付義務の回避を
意図していた場合に、その経済的実質に従って間接譲渡取引を見直して直接譲渡取引として課
税することが規定されているだけで、どのように合理的な事業目的を判断するかの基準が明ら
かにされていませんでしたが、第 7 号公告で合理的な事業目的の基準が明示されました。
第 7 号公告では、合理的な事業目的を判断する場合には、
「形式より実質を重んじる原則」に
従って個別の要素ではなく、中国課税財産の間接譲渡取引と関係するすべての取決めを総体的
に考慮して実際の状況と下記の要素を総合的に分析します。
1)国外企業持分の主要な価値が、中国課税財産から直接または間接にもたらされているか
2)国外企業の資産は、主に直接または間接に中国国内で投資したもので構成されているか、ま
たはその取得した収入は主に直接または間接に中国国内に源泉を有するものかどうか
3)国外企業と中国課税財産を直接または間接に保有する従属企業が実際に履行している機能と
引き受けているリスクが、企業の構造が経済的実質を伴っていることを実証できるかどうか
4)国外企業の株主、ビジネスモデルと関係する組織構造の存続期間
5)中国課税財産を間接譲渡する取引の国外における所得税を納付すべき状況
6)持分譲渡者が中国課税財産を間接投資して間接譲渡する取引と中国課税財産を直接投資して
直接譲渡する取引との代替可能性
7)中国課税財産を間接譲渡した所得の中国において適用可能な租税条約または協定の状況
8)その他の関係する要素
すなわち、国外企業持分の主要な価値が中国課税財産に起因しているかどうか、国外企業の
資産が中国国内投資、収入が中国国内源泉かどうか、国外企業とその従属企業の機能リスク分
析によって企業構造と経済的実質が一致しているかどうか、国外企業の株主構成とビジネスモ
デルが短期的なものか、間接譲渡による国外の所得税納付状況はどうか、直接譲渡と間接譲渡
の代替可能性、租税条約の濫用があるかどうか等が検討されます。
5. 中国課税財産の間接譲渡
7 号公告では、中国の企業所得税が課税される財産を「中国課税財産」と呼び、中国課税財産
には、国外企業が設立した中国国内機構・場所の財産、中国国内不動産、中国居住企業持分性
投資資産等があります。非居住企業が合理的な事業目的を有することなく国外企業持分を譲渡
30
MIZUHO CHINA MONTHLY
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税務会計
して、企業所得税の納税義務を回避する中国課税財産を間接譲渡した場合には租税回避規定(7
号公告)を適用して、非居住企業が中国課税財産を直接譲渡した取引に見直して企業所得税を
課税します。
中国課税財産の間接譲渡とは、非居住企業(持分譲渡者)が中国課税財産を直接または間接
に保有する国外企業持分とその他の類似持分の譲渡を通して、中国課税財産を直接譲渡したの
と同一または近似の実質的結果を生ずる取引をいいます。この取引には、非居住企業の組織再
編が引き起こす国外企業株主の変化も含まれます。
ただし、非居住企業が譲渡した国外企業の持分価値の源泉に、中国課税財産と非中国課税財
産の要素が含まれている場合には合理的な方法で国外企業持分譲渡所得を中国課税財産と非中
国課税財産に帰属する部分に区分します。国家税務総局が 2015 年 2 月 6 日に発表した解説では
次のような例示が紹介されています。
「例を挙げて言えば、あるケイマンに設立した国外企業(国外登録中国居住企業には該当し
ない)が中国課税財産と非中国課税財産の 2 つの資産を保有し、非居住企業がケイマン企業持
分を譲渡した所得が 100 である場合に、その中の中国課税財産に帰属する所得に対応するもの
が 80 であり、非中国課税財産所得に対応するものが 20 であったと仮定する、このような場合
には、中国課税財産に帰属する 80 部分についてのみ公告規定を適用して課税する。中国課税財
産に帰属する所得に対応するものが 120 であり、非中国課税財産に帰属する所得に対応するも
のが-20 であったと仮定した場合には、例え、ケイマン企業持分を譲渡した所得が 100 であっ
たとしても、中国課税財産に帰属する 120 について公告規定を適用して課税する必要がある。」
以上
近藤
義雄
近藤公認会計士事務所
所長 公認会計士
早稲田大学大学院商学研究科の修士課程を卒業後、監査法人に勤務して公認会計士として登録、
上場会社等の監査業務に 23 年ほど従事した。1986 年から 2 年ほど北京の国際会計事務所に日本
人初の駐在員として勤務し、日系企業に幅広いコンサルティング業務を提供。帰国後に「中国
投資の実務」(東洋経済新報社 1990 年)を出版し、現在まで中国の投資、会計、税務分野の専門
書を 25 冊ほど出版。2001 年に近藤公認会計士事務所を開設して中国専門のコンサルティング業
務を提供している。
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2015 年4 月号
税務会計
海外勤務にかかわる
人事、社会保険、給与、税務
の詳細解説 その①
MAZARS Mochizuki
パートナー
公認会計士
望月一央
http://www.mazars.com
企業の国際化に伴って海外勤務者の人数は年々増加しており、今後もこの流れは変わらない
ものといえ、大企業だけでなく多くの中小企業においても、アジア諸国をはじめ複数の国に多
数の勤務者を擁することが一般的になってきている。
このように、身近な存在となった海外勤務について、制度的観点からその取扱いを解説して
みたいと思う。今回は「人事、社会保険」について、次回は「給与、税務」について解説する。
I 海外勤務及び人事異動にかかわる概念
1.海外勤務の類型
①長期出張及び応援
「長期出張」とは、一時的に従業員の勤務場所を変更し、その場所で自己の通常の業務を行
わせることをいう。「応援」とは、一時的に勤務場所を変更して、その場所で自己の業務以外
の業務を行わせることをいう。ここでは、従業員の所属事業所は従来と同じものとなる。
②派遣(長期的な所属事業所の変更)
社外派遣(業務提携先等)または社内の他事業所への派遣のことをいい、他社の事業所、ま
たは自社の他事業所等に従業員の勤務場所を長期的に変更して勤務させることをいう。
③転勤(勤務地変更)
継続的に従業員の勤務場所を変更することをいう。
④出向(在籍出向)
「出向(在籍出向)」とは、自社の従業員として雇用を継続したままで他社の雇用となり、
他社の事業所で他社の業務に従事させることをいう。
参考:転籍(移籍出向)
「転籍(移籍出向)」とは、自社を退職して他社の雇用となり、他社の事業所で他社の上司の指
揮命令に従い、他社の業務に従事させることをいう。
これらは企業活動の国際化に伴う海外における業務処理のために行うものである。現実の海
外勤務においては、例えば、海外駐在員事務所または海外支店への赴任の場合、海外子会社へ
の出向または長期出張の場合、海外の建設プロジェクト等に対する派遣の場合、さらには海外
の業務提携先に対して派遣する場合等、様々な形態が存在する。従って、必ずしも上述の分類
に当てはめることはできないケースもある等、十分に明確な基準とはなっていない点に留意が
必要である。
32
MIZUHO CHINA MONTHLY
2015 年4 月号
税務会計
2.人事異動にかかわる概念
①人事権
これらの海外勤務を含む人事異動は、そもそも使用者の「人事権」に基づいて行われるもの
と解釈されている。使用者の「人事権」とは、法律に定められた権利ではなく、使用者が一方
的意思によって人事を決定する権限をいう。広義には、誰を採用するか、企業の中でどのよう
に活用するか、誰を整理解雇の対象とするかなどの一切の権限を意味している。また狭義には、
採用・異動・昇進・降格・休職・解雇など、企業内における労働者の地位の変動や待遇に関す
る権限を意味するものとして用いられている。
②人事異動
この人事権を用いた人事異動について、裁判例では「一般には、労働契約は、労働者が、そ
の労働力の使用を包括的に使用者に委ねることを内容とするものであり、(中略)使用者は労
働者が給付すべき労働の種類・態様・場所等についてはこれを決定する権限を有している。」
(昭和 42 年 7 月 21 日熊本地裁八代支部・三楽オーシャン事件ほか)とされ、会社の人事権と
しての転勤命令等が肯定されることにより、原則として、使用者は合理的な範囲内で従業員の
異動を自由に行うことができるものと解釈されている。
しかしながら、会社の就業規則や慣例を根拠とした人事異動であっても、従業員の私的生活
面をほとんど配慮せず、従業員の被る不利益が甘受すべき程度を著しく超えると判断される異
動命令や、合理性のない異動命令などは、人事権の濫用とされることになる。
③人事異動に関する法的ルール
使用者が従業員に対して行う人事異動が法的に有効であるかを判断する基準は、そのほとん
どが判例によるものである。制定法においては、次のような基本的規定が設けられているのみ
となっている。
(1)権利濫用の出向は無効とする(労働契約法第 14 条)
(2)事業主は、労働者の配置、昇進、降格、および職種の変更について、労働者の性別により
差別してはならない(男女雇用機会均等法第 6 条)
(3)労働者を転勤させる場合の育児・家族介護についての配慮(育児・介護休業法第 26 条)
また、一般的に次のような人事異動については人事権の濫用と判断されやすく、会社が一方
的に人事異動を強制することはできない。
(1)業務上の必要性がないと判断されるもの
従業員の私的なことに対する理由が人事異動の要素となっているような場合
(2)合理的な事由がないと判断されるもの
退職勧奨の拒絶に対する報復と認められるような場合
(3)労働条件が著しく低下するもの
賃金の大幅な低下を伴うもの、合理的と考えられる範囲を著しく超える職務変更や転勤の
場合
(4)従業員の持つ技術・技能などの著しい低下をもたらすもの
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(5)従業員の私生活に著しい不利益が生じるもの
通常予想できる範囲を超えて著しく損害・苦痛を与えるもの。家族に重病人がいる場合、
従業員の健康維持に支障が生じる場合など
さらに出向の場合は、民法上、会社は従業員の承諾がなければ、その使用者の権利を第三者
に譲渡できない。就業規則等の根拠を有し、かつ、従業員本人の同意を得ること、または、就
業規則等で出向の具体的な定めがあり、それが周知されている等の状況が必要であると考えら
れている。なお、移籍出向の場合は、その都度従業員本人の個別同意が必要とされている。
具体的に、出向については、会社として業務命令権の濫用と判断されないために、以下の事
項を満たすことが必要である。
(1)業務上の必要性、(2)人選の合理的事由、(3)出向先での労働条件の明示、
(4)出向期間の明示、(5)出向に伴う不利益等への配慮
3.海外勤務にかかわる人事異動
①海外出張及び応援、派遣
海外出張及び応援、派遣については、国内の場合と異なり、労務提供場所の環境が著しく変
化する。国内の転勤ないし長期出張を定めた就業規則があったとしても、その規定では代用で
きないと考えられており、労働契約締結時に労働者から誓約書等の何らかの合意を得るか、就
業規則に海外出張命令の権限に関する規定を定めておく必要がある。
②海外転勤
海外事業所への転勤については、就業規則に「業務上の必要性に基づいて、従業員に対し海
外事業所への転勤を命じる場合がある」等の規定を設け、労働契約締結時に労働者に対しその
規定を明示する必要がある。その上で、就業規則を遵守する旨を記載した誓約書等の合意を得
る必要があるものといえる。
さらにここでは、海外転勤規定等を設け、海外事業所の転勤先、転勤期間、転勤に関する労
働条件を明示しておくことが望ましい。
③海外在籍出向
海外在籍出向の場合、出向者は日本本社(出向元会社)との労働契約を継続し、籍を置いた
まま、海外の現地法人等(出向先会社)と労働契約を締結し、その指揮命令の下で出向先会社
の業務に従事することになるため、出向者にとっては重大な労働条件の変更が生じる。
従って、国内の出向命令の場合は、社員の個別的同意が必要とする考え方と、就業規則の明
規や採用時の同意などによる包括的同意が得られていればよいとする考え方があるが、海外の
現地法人等への在籍出向については、著しい労働条件の変更を伴うことや、生活環境の変化に
より社員が被る不利益の度合いが大きいことに鑑み、社員の個別的同意を得ることが望ましい。
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参考:在籍出向と二重就業
在籍出向においては、自社の従業員として雇用を継続したままで、他社に雇用されることから、
二重就業の問題が発生することになる。
日本の制度上は、以下のような考え方に基づき、二重就業は認められている。二重就業を全面
的に制限することはできないが、これについて会社の承諾を求める等の就業規則上の規定を設け
ることは認められるとされている。
(1)労働者は、労働契約によって定められた労働時間にのみ労務に服するのが原則であり、就
業時間外は本来労働者の自由な時間であることから、就業規則で兼業・二重就業を全面的に
禁止することは、特別な場合を除き許されない。
(2)労働者の兼業・二重就業は、その程度や態様によっては、会社に対する労務提供に支障が
生じることや、会社の対外的信用や体面を傷つける場合があり得るので、労働者の兼業につ
いて会社の承諾を必要とする就業規則の規定を設けることは不当ではない。
(3)就業規則において兼業・二重就業を許可制としている場合、無許可の兼業それ自体が企業
秩序を阻害する行為として懲戒事由となり得るが、基本的には、労務提供や事業運営、また
は会社の信用・評価に実質的に支障が生じるおそれのある場合に限り、懲戒の対象となる。
従って、会社命令による在籍出向は、制度上及び就業規則上は問題にならないといえるが、形
式上は会社側が承諾したものとする書面等を整備しておくことが望ましいであろう。
他方で、出向先の現地国においても二重就業に関する対応が必要になる。中国における制度を
例にとると、中国の労働法令上、原則的に二重雇用は禁止されていないものの、中国合弁企業の
総経理、副総経理職については、他の経済組織における総経理、副総経理の兼務が禁止されてい
る。中国合弁企業以外の一般の有限責任公司の董事、(総)経理についても、同業種の業務を行
う企業の経営に従事することは、競業避止の観点から認められないとされている。従って、同一
企業グループ内の複数の企業等において兼務を行う場合は、その旨につき董事会決議または定款
記載等を行なうことが望ましいと考えられている。
以上より、就業規則に海外勤務の存在についての規定を設けるとともに、労働契約締結時に
誓約書を取得しておくことが、海外勤務の人事管理における最低限の基礎として必要である。
さらに、海外勤務の最も一般的な形態である海外出向にあたっては、海外勤務者取扱規定等の
諸規定を整備するとともに、出向契約を締結する等により従業員の個別の合意を得る必要があ
る。
しかしながら、現実の人事管理の観点からは、これら制度面からの対応だけでなく、海外出
向以前に海外出張、派遣等を実施して個人の適性及び志向性を確認しつつ、福利制度面の整備
により、従業員にとっても海外出向で便益を享受できる形とすることが望ましい。さらに、海
外出向期間終了により帰任した後も、過去の海外出向が社内的に評価されるという風土を醸成
しておくことが重要であることは言うまでもない。
II 海外勤務にかかわる社会保険等
次に、海外勤務時における社会保険等の取扱いについて述べる。
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①社会保険
健康保険及び厚生年金、介護保険については、日本の適用事業所との雇用関係が継続する限
り加入義務がある。しかし、海外子会社等への転籍出向、または在籍出向であっても賃金全額
が海外子会社から支払われ日本国内に住所を有しない場合は、日本の適用事業所との雇用関係
がないものとみなされ、社会保険の加入要件を満たさないとされている。(厳密には、日常業
務の管理監督責任や賃金支払いの有無等を勘案して、個々の事実関係をもとに判断される。)
また、介護保険については、上述の雇用関係が存在している場合であっても、海外において
はサービスを受けることができないことから、海外赴任時に「介護保険適用除外該当届」を事
業者経由で保険者に提出することにより、保険料を支払う必要はないものとされている。
②国民健康保険及び国民年金
国民健康保険の被保険者とは「市町村の区域内に住所を有する者」、国民年金の第一号被保
険者とは「日本国内に住所を有する 20 歳以上 60 歳未満の者であって、第二号(被用者年金の
被保険者)、第三号(二号被保険者の配偶者)のいずれにも該当しないもの」とされている。
実務上、日本に住民登録を残している場合は、強制被保険者として国民健康保険及び国民年金
に加入義務があるものとして取り扱われることになる。
参考:“住所”の概念
ここでの“住所”とは、一般的には、生活の本拠としてある程度の継続性をもって生活する場
所と定義され、その意義は必ずしも一律に定まるものではなく、関係する法規の立法目的に照ら
して、その意義を決定する必要がある。ここで、当該住所の概念と(住民基本台帳法における)
住民票との関係については、住民票は高度な公証機能を有するものであるが、これが直ちに種々
の法律関係における法律要件としての住所を確定させる上での法律的効果を有するものではな
いと一般に解釈されている。
従って、一般に、日本で住民票が存在している場合、実務上は国民健康保険及び国民年金の加
入義務を有するものとして取り扱われることになるものの、厳密には、住民票の有無にかかわら
ず、実質的に海外に生活の本拠を置いていると判断される場合には、日本における国民健康保険
及び国民年金加入義務はないものといえる。
また、このような住所と住民票との緊密な関係を前提として、国民健康保険における介護保険
料免除といった制度は設けられていないものといえる。
③雇用保険
社会保険と同様に、日本国内の事業主との雇用関係が継続している場合は引き続き被保険者
となり、雇用関係が継続していない場合は資格喪失となる。
また、海外勤務に起因して従業員が被る不利益を解消する観点から、以下のような制度が設
けられている。
(1)受給要件の緩和(算定対象期間の延長)
在籍出向によって海外勤務者が日本の事業所から離職した場合は、受給要件の緩和の特例
措置が受けられる場合がある。
受給要件の緩和の特例措置とは、離職の日以前 2 年間の被保険者期間に、さらに最大 2 年
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間まで被保険者期間を加算できるというもので、受給要件対象期間の算定において海外勤
務にかかわる期間を考慮に入れるものとなっている。
(2)受給延長申請(海外出向に帯同する配偶者)
海外出向する社員の配偶者が、その海外勤務に同行する理由で退職した場合は、配偶者自
身が退職の翌日以後 30 日経過した日から 1 か月以内に、失業保険受給期間の延長申請を行
うことにより、配偶者自身の退職後 4 年以内に帰国すれば、失業給付の適用が認められる。
(3)主たる雇用関係の判断
国内企業から在籍出向として雇用関係が継続されている場合、引き続き雇用保険被保険者
となり、出向元から給与の一部が支払われる場合は、海外出向者が日本へ帰国した後 1 年
以内に退職して失業した場合に受ける失業給付額が低額となる可能性がある。これは、状
況に応じて、海外出向前の給与を基に失業給付の金額の算定を受けることが認められる場
合がある。
④労災保険
海外出張については国内出張と同様、労務提供の場が通常の勤務場所から離れているにすぎ
ず、国内の事業所に所属して当該事業所の指揮命令下において労務適用していることから、労
災保険法の適用も国内の場合と同じである。
他方で、海外派遣、転勤、出向については、労災保険制度は属地主義を採用しているため、
労災保険法の適用が行われない。
とりわけ海外出張と海外派遣との区分について、海外出張者として労災保険の保護が与えら
れるか、海外派遣者として特別加入しなければ保護が与えられないかは、その勤務の実態を総
合的に勘案して判定されるべきものとされている。
⑤海外勤務時の社会保険等にかかわる任意加入制度
(1)健康保険(任意継続被保険者制度)
仮に雇用関係が継続していない場合でも、健康保険の被保険者資格喪失の日から 20 日以内
に任意継続被保険者の手続きを行うことにより加入が認められる。ただし、任意継続加入
期間は最長 2 年間とされている。
(2)国民年金(任意加入制度)
日本における住所を有しない場合でも、以下の場合は、国民年金の任意加入が認められる。
・日本国籍を有する 20 歳以上 65 歳未満の者であること
・日本国内で保険料の納付が可能なこと(国内に協力者がいなくても日本国民年金協会
に代行依頼できる)
(3)労災保険(海外派遣者特別加入制度)
属地主義のため海外出張以外の海外勤務にはその適用がないことから、以下のような海外
派遣者を保護するために、海外派遣者特別加入制度が設けられている。
ここでいう「海外派遣者」には、以下のような者が含まれる。
(i)国際協力事業団等開発途上地域に対する技術協力の実施事業(有期事業を除く)を行
う団体から派遣されて、開発途上地域で行われている事業に従事する者
(ii)日本国内で行われる事業(有期事業を除く)から派遣されて海外支店・工場・現地
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法人・海外の提携先企業等海外で行われる事業に従事する者
(iii)海外で行われる常時 300 人以下(金融業、保険業、不動産業または小売業では 50
人以下、卸売業またはサービス業では 100 人以下)の労働者を使用する事業主
参考:社会保障協定
各国の社会保障制度において、保険料の二重負担や年金受給資格の問題(掛け捨て)を防止す
るために、加入するべき制度を二国間で調整し、年金加入期間の通算を行うための二国間協定(条
約)をいう。
この社会保障協定の目的は以下のように、二重加入にかかわる適用調整と保険期間の通算とな
っている。
(1)適用調整
相手国への派遣の期間が 5 年を超えない見込みの場合には、当該期間中は相手国の法令の適
用を免除し自国の法令のみを適用する。
相手国への派遣の期間が 5 年を超える見込みの場合には、当該期間中は相手国の法令のみを
適用する。
(2)保険期間の通算
両国間の年金制度への加入期間を通算して、年金を受給するために最低必要とされる期間以
上であれば、それぞれの国の制度への加入期間に応じた年金がそれぞれの国の制度から受け
られる。
※社会保障協定の締結状況は各国によって異なる(中国とは現在協議中)。
以上を総合的にみると、社会保険等の適用について、海外勤務に関連して従業員に不利益を
与えないためには、海外出張を採用することが最も簡便な方法と考えられる。しかしながら、
海外出張のみで海外業務に対応することは非現実的であり、現実的には海外現地法人等への在
籍出向による対応を取らざるを得ない。
海外在籍出向においては、社会保険等の適用の継続を目的として、雇用関係を継続させるた
めに出向元である日本親会社が一定の給与を負担する方法が考えられる。保険料の算定は日本
側での支払額がその基礎とされることから、従業員側の不利益を回避するためには、海外現地
法人から人件費見合いを回収し、日本側において全額(または日本勤務において想定される金
額水準)の給与を支払う方法を採用することが必要となる。
しかし、この方法を採用するにあたっては、現地国における外貨規制の問題、移転価格税制
上の対価水準にかかわる問題、現地国における恒久的施設認定課税の問題等、派生的に多くの
問題が発生することになる。逆に、海外現地法人からの人件費見合いを回収しない場合は、当
該人件費については、国外関連者に対する寄付金として、法人所得の計算上全額損金不算入と
なってしまう。
従って、各国の制度が異なる以上、海外勤務にかかわる従業員の不利益を完全に回避するこ
とは実務的には不可能といえよう。現実的には、社会保険の適用以外(例えば給与福利等)の
面において、海外勤務により必然的に発生する社会保険適用上の不利益を補うことが求められ
る。
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税務会計
以上のように、一言で海外勤務といっても、様々な要素が絡み合うことから、その実践にお
いては人事面、社会保険及び給与福利面、税務面等における十分な検討及び準備が必要である。
実際の実践事例や経験を参考とし、将来的なコンプライアンス上の問題発生を回避する観点か
らも、信頼できる専門家に相談することが望ましい。
次回は、海外勤務にかかわる給与及び税務について解説したいと思う。
望月一央
MAZARS Mochizuki
瑪澤諮詢(中国)有限公司/上海瑪澤会計師事務所
パートナー
日本公認会計士
望月コンサルティングは 2014 年にフランス系国際会計事務所である MAZARS と統合
いたしました。
MAZARS は世界 72 ヵ国に 13,500 名のスタッフを有するワンファーム型国際会計事務
所であり、MAZARS 中国は上海、北京、広州、香港に総勢 700 名を擁し、今後も内陸
部へ事務所の開設を予定しております。また、アジア地域においては、インド、シ
ンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマー等に拠点を
有し、ワンファームならではの緊密な連携により複合的なサービスを提供しており
ます。
MAZARS – Homepage
http://www.mazars.com
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みずほ銀行の中国ビジネスネットワーク
みずほ銀行(中国)有限公司
◎ 上海本店
● 大連支店
● 青島支店
上海市浦東新区世紀大道100号
上海環球金融中心
21階(業務窓口)、23階(来賓受付)
遼寧省大連市西崗区中山路147号
森茂大厦23階、24階-A
Tel:(86-411)83602543
山東省青島市市南区香港中路59号
青島国際金融中心44階
Tel:(86-532)80970001
中国営業第一部・第二部
● 大連経済技術開発区出張所
遼寧省大連市大連経済技術開発区
紅梅小区81号ビル古耕国際商務大厦22階
Tel:(86-411)87935670
広東省広州市天河区珠江新城
華夏路8号合景国際金融広場25階
Tel:(86-20)38150888
● 無錫支店
● 武漢支店
江蘇省無錫市新区長江路16号
無錫科技創業園B区8階
Tel:(86-510)85223939
湖北省武漢市漢口解放大道634号
新世界中心A座5階
Tel:(86-27)83425000
● 深 圳 支店
● 蘇州支店
広東省深圳市福田区金田路
皇崗商務中心1号楼30楼
Tel:(86-755)82829000
江蘇省蘇州市蘇州工業園区
旺墩路188号建屋大厦17階
Tel:(86-512)67336888
● 天津支店
● 昆山出張所
江蘇省昆山市昆山開発区春旭路258号
東安大厦18階D、E室
Tel:(86-512)67336888
Tel:(86-21)38558888(ex.2460)
中国営業第三部
Tel:(86-21)38558888(ex.1857)
中国アドバイザリー部
Tel:(86-21)38558888
中国営業開発部
Tel:(86-21)38558888
人民元国際化関連(ex.1219)
トレードファイナンス関連(ex.1220)
CMS関連(ex.1230)
シンジケーション関連(ex.1250)
外為関連(ex.1271)
その他商品(含債券)関連(ex.1203)
● 上海自貿試験区出張所
上海市浦東新区基隆路55号 上海国際信貿ビル7階
Tel:(86-21)38558888
● 北京支店
北京市朝陽区東三環中路1号
環球金融中心 西楼8階
Tel:(86-10)65251888
天津市天津経済技術開発区
新成東路20号濱海新区金融街
(東区)写字楼E2座ABC楼5階
Tel:(86-22)66225588
● 天津和平出張所
天津市和平区南京路75号
天津国際大厦1902室
Tel:(86-22)66225588
● 広州支店
● 常熟出張所
江蘇省常熟高新技術産業開発区
東南大道333号科創大廈7階
Tel:(86-512)67336888
● 合肥支店
安徽省合肥市包河区馬鞍山路130号
万達広場7号写字楼19階
Tel:(86-551)63800690
みずほ銀行
○ 東京本店 中国営業推進部
○ 香港オフィス
○ 台中支店
東京都千代田区大手町1-5-5
Tel:(03)5220-8734
Fax:(03)3215-7025
金鐘道88號太古廣場2座17階
Tel:(852)21033000
台中市府会園道169号敬業楽群大楼
8階
Tel:(886-4)23746300
■ 南京駐在員事務所
江蘇省南京市広州路188号
蘇寧環球套房飯店2220室
Tel:(86-25)83329379
■ 厦門駐在員事務所
○ 九龍オフィス
九龍海港城永明金融大樓16階
Tel:(852)21025399
○ 高雄支店
高雄市中正三路2号国泰中正大楼12楼
Tel:(886-7)2368768
○ 台北支店
台北市敦化北路167号宏国大楼2楼
Tel:(886-2)27153911
福建省厦門市思明区厦禾路189号
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