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http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/ Title Author(s) Editor(s
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Author(s)
ピエール・ボエスチュオー研究 (1) 『悲劇的物語集』
鍛治, 義弘
Editor(s)
Citation
Issue Date
URL
大阪府立大学紀要(人文・社会科学) .62 ,p.31-47
2014-03-31
http://hdl.handle.net/10466/13765
Rights
http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/
ピエール・ボエスチュオー研究
(1) w
悲劇的物語集』
鍛治
義
弘
1.はじめに
フランス 16世紀の散文物語の展開を概観するならば、世紀前半はボッカッチョの影響を多
く受けたもっぱら滑稽味を主眼とするものが主流であったが、世紀半ばのクロード・ド・タイ
ユモン ClaudedeTaillemont の『仙境恋愛女性談義 ~Discours desChampsfaez(1 55 3年刊)、
死後出版となったマルグリット・ド・ナヴ、アール (1 54 9 年死亡)の『エフ。タメロン~ (1 5
5 9年刊)に含まれる「哀れな話」を経て、世紀後半はパンデッロの話に刺戟をうけた悲劇的
な物語が多数となる。この 17世紀まで続く悲劇的物語集 1、さらには 16世紀後半に流行を見
た『驚倒すべき物語集 ~2 を実質的に創始したのは、ピエール・ボエスチュオー Pierre Boaistuau
なる人物であった。
20世紀の最期の四半期からかなり注目をあびるようになり、 2010年
には『驚倒すべき物語集』の批評版が上梓され、主要作品が近代版で読めるようになったこの
作家を、これから作品ごとに検討していくつもりである。
2. 略歴
この作家の経歴については、ほとんど自身の著作中での言及に基づいており、他の証言はあ
まりない。現状ではこれまでの研究に付け加えることもないが、日本ではほとんど知られてい
ない作家でもあるので、
ド・ラ・ボルドリー 3、シモナン 4、 Carr5、 Bamforth6の研究に従い、
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主要な作品に次のようなものがある。
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簡潔にまとめておこう。
151 7年頃の生まれと考えられるが
これはシモナンの発見したナントのサント=クロワ
Sainte-Croix小教区の洗礼記録において G
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sBouexcauと妻 Jehanneの聞の息子の洗礼が
151 7年 10月 9日付であることにより、現状ではこの息子 P
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res がヒ。エール・ボエス
チュオーであると考えられている。著作のタイトル頁で、もブルターニュ人ナントの生まれと記
している。幼少期のことなどは全く不明であるが、世俗法教会法の勉学に進んだようで、
15
4 0年代から 50年代にかけて南フランスの各大学で勉学したと考えられている。これまた著
作の『驚倒すべき物語集』の記述に従うものであり、 1544年から 1545年にかけてポワ
チエで、 1544年 '"'"'1547年頃ヴァランスでコラス JeandeCoras(1 5 13- 15 72)
のもとで、 1547年 '"'"'1552年頃アヴィニョンでアエミリウス・フェッレトゥス Aemilius
Ferretus (Emilio F
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i14 8 9- 15 5 2. 7. 14) のもとで法学を修めたらしい。ま
た医学への関心もあり、パリで解剖に参加し、イタリアで医者を訪問したとも書いている。こ
のイタリア滞在は、ユリウス三世教皇の時代との記述から、
1550年 '"'"'1555年と推定さ
れていて、カンプレー司教ジャンニジャック・ド・カンプレー Jean-JacquesdeCambraiに秘
書として同行した。東方特使であったこの司教とともにドイツにも旅をしたと思われる。
15
5 5年頃ノ〈リに戻り、『ケリドニウス・ティグリヌスの物語』で述べるところでは、ギリシア語
を学んだ。
1556年に初めての作品『ケリドニウス・ティグリヌスの物語j] L~品:stoire de
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sを、以降も引き続いて自作を委ねることになるパリのヴァンサン・セ
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ルトナ VincentSertenasから出版する(特認は 1556年 8月 5日付、刷了は 1556年 8月
8 日)。この書は 1559年に一部を書き換えて第二版が出る(15 5 9年 11月 18日刷了)。
1558年には、マルグリット・ド・ナヴアールの『エブoタメロン』となる作品を『幸せな恋
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が(特認は 1558年 8月 31日付)、し、かなる経緯で、マルグリットの写本がボエスチュオーの
手に入ったかは解明されていない。ともかく全 67話で実際の作者名(マルグリット・ド・ナ
ヴアーノレ)が記されていないこの版に、マノレグリットの娘ジャンヌ・ダルブレが立腹して、ボ
エスチュオー版を破棄させ、クロード・グリュジェ ClaudeGrugetに新版を求め、『エブ。タメ
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sとして全 72話 が 出 版 さ れ た (15 5 9年 4月 7日刷了)。
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このスキャンダルにもめげずというべきか、
1558年から 1561年にかけて、著作の最盛
期を迎える。即ち 1558年に『世界劇場j]LeT
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する小論j]Bref
1日付)を世に送り、『驚倒すべき物語集』序文によれば、アウグスティヌスの『神の国』の翻
訳も計画していた口さらに 1559年には『悲劇的物語集』品:
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認は 1558年(旧制度)年 1月 17日付)。この年から翌年にかけてイングランドに渡り、エ
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リザベス女王にも謁見したと考えられているが、この間の事情は Bamforthの前掲研究により
かなり明らかとなった。それによれば、同年に刊行した『悲劇的物語集』の最初の折丁のみを
新しく印刷し、献辞などを改めたエリザベス一世への特別版 7を作り献呈している(献辞の日付
0 1559年 11月 18日""'-'1560年 1月 1日の聞に、『驚倒す
は 1559年 10月 20日)
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べき物語集 J品 ;
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リザベス一世への献呈版として製作し、
一世に謁見した。
1560年 1月渡英しロンドンに滞在し、エリザベス
1560年 2月にはパリに帰還したと考えられる。この際に作成した『驚倒
すべき物語集』の写本を大幅に増補して 1560年に刊行したのが、ボエスチュオ一生前の最
期の著作となった(156 0年 6月 1 8 日刷了)。シモナンが発見したルネ・ド・リウ ~René de
Rieuxに関する証書が示すように、 1566年 7月 4 日から 8月 30 日の聞に死亡し、ラ・ク
ロワ・デ、ユ・メーヌ LaCroixduMaineの『フランス書誌j] LesBibliothequesfrancoisesによれ
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sに埋葬され
ば、サン・テチエンヌ・デ、ュ・モン教会近くの「学生墓地 JcimetieredesE
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た 10 15 7 2年にはボエスチュオーの名で『カトリック教会迫害史』品;
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ている。
3. W悲劇的物語集』
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の原典のーっとも目される一編を含む『悲劇的
物語集』は、イタリア、ロンパルディア(今日ではヒ。エモンテに含まれる)のカステルヌオー
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ドミニコ会士であったマッテオ・パンデ
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ツロ MatteoBandello (14 84- 15 6 1)の『ノヴエツレj] Nov
ランス語に翻訳した作品である。パンデッロの全 2 14話からなる作品は、初めの三巻が 15
54年ルッカで出版され(それぞれ 59話
、 59話
、 68話を含む)、最終の第四巻 (28話)
は 1573年にリヨンで死後出版されている。ボエスチュオーのこの作品は、スチュレル Rene
Sturel も指摘するように、翻訳よりはむしろ翻案と言ったほうが相応しいが 11、 1559年ヴ
アンサン・セルトナから初版 12が刊行された後、引き続いて出版されたベルブオレの『続悲劇
的物語集j] Continuation dθs Histoires tragiquesの 12話の新訳と合本され、同年の内にジ
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刊行された全七巻からなる『悲劇的物語集』の第一巻を構成することになる。こうした合本も
併せて 17世紀初頭までに少なくとも 20版以上 13が刊行されており、当時広く読まれたこと
が窺われる。
日本では極めてなじみのない作品であるから、まずパンデッロとの作品との対応と便概を記
しておこう。
第一話
パンデッ口第二巻第 3 7話
イングランド王エドワード三世はソールズ、ペリー伯夫人アエリプスを恋する。伯の死後ロ
ンドンの父リチヤード・オブ・ワーウィック伯のもとに戻ったアエリプスにさらに使いを送り、
手紙を書いて迫るが、色よい返事がもらえぬために、さらにリチヤード伯に助力を頼み、それ
も効果がないと見ると、力ずくで奪おうと決め、その前に最期に母親のもとに使いをやり、そ
の意向を知らせる。母親の懇願に負けてアエリプスは王の宮殿に伺候するが、王に自分の望む
ことをしてくれるよう誓いを求め、王が誓約すると、剣で殺すよう求め、さもなくば隠し持っ
ていたナイフで自刃する、と迫る。これに対して王はアエリプスに結婚を申し込み、アエリプ
スはイングランド王妃となる。
第二話
パンデッロ第一巻第 10話
トノレコのスルタン、メフメットはコンスタンチノープルを攻略し、略奪の獲物のギリシア
娘イレネアに三年間夢中になり、政治を疎かにするが、乳兄弟ムスタファの諌言により、廷臣
を呼び集めて、その面前でイレネアの首をはねる。
第三話
パンデッロ第二巻第 9話
ロメオとジュリエッタの物語。ヴエローナのモンテッキオ家の若者ロメオは、二年前から
恋している女性から一顧だにされないので、友人の忠告に従い、他の女性を求めて、モンテッ
キオ家の宿敵であるカベレット家の仮面舞踏会にやって来て、その家の娘ジュリエッタと知り
合い、互いに恋しあう。ジュリエッタの愛を得るために、ロレンツォ修道士の立会いで秘密結
婚して、ジュリエッタの家で結婚を完遂する。両家の誇いの際、はずみでジュリエッタの従兄
弟テパルドを殺してしまったロメオはグエローナを追放されるが、その間にジュリエッタは父
にパリス伯との結婚を決められてしまい、追い詰められたジュリエッタがロレンツォ修道士に
相談すると、修道士は、 40時間ほど眠らせる薬物により、死んだと思われ埋葬された後、ロ
メオと掘り返してヴエローナを脱出するという手段を授ける。ジュリエッタは埋葬されるが、
手違いでロメオには計画が知らされず、ジュリエッタが死んだと思うロメオはヴエローナに戻
り、掘り返したジュリエッタの前で毒により息絶える。眠りから覚めたジュリエッタはロメオ
の後を追い、貧IJで胸を刺し死ぬ(パンデッロではジュリエッタは剣で体を刺してではなく、絶
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望のあまり死亡する)。
第四話
パンデッ口第二巻第 12話
ピエモンテの貴族は、妻が若者と姦通する現場を押さえ、妻に若者を縛り首にさせ、若者
の遺体とともに部屋に幽閉する。
第五話
パンデッ口第一巻第 4 2話
スペイン、ヴァレンシアの騎士ディダコは金銀細工師の娘ヴィオランテを恋し、思いを遂
げるために秘密結婚をするが、一年後町の有力者の娘と公に結婚する。裏切られたヴ、イオラン
テはディダコをおびき寄せ、女奴隷の助けを借りて、ディダコを殺し、体を切り刻む。
第六話
パンデッ口第二巻第 4 4話
サヴォワ公妃は話に聞いたスペイン貴族のドン・ファン・デ・メンドサの美貌に恋し、サン
チアゴ、=デ=コンポステーラに詣でる口実で、メンドサに会いに行く。メンドサも公妃の美し
さに同じく恋し、二人はサンチアゴ=デニコンポステーラからの帰りに会う約束をするが、サ
ヴォワ公が船で迎えに来たために公妃はメンドサに会わずにトリノに戻る。サヴォワ公が出陣
した間留守を任されたパンカリエリ伯が公妃に言い寄るが、拒絶され、甥を編して公妃の部屋
に忍び込ませ、公妃が姦通を犯したと思わせ、公妃の部屋を急襲し、甥を殺し、公妃を取り押
さえる。一年と一日の聞に無実を証明する挑戦者が現れなければ公妃は火炎りになると決めら
れ、公妃はメンドサに助けを求めるが、折悪しく町に攻囲されていたメンドサは断る。その後
思い直したメンドサはトリノに向い、神父に変装して、公妃から告白を聞き、公妃の無実を確
信する。決闘でパンカリエリ伯を倒してメンドサは身分を明かすことなくスペインに戻る。サ
ヴォワ公が死亡し、公妃が兄のイングランド主のもとに帰ると、メンドサがスペイン王子とイ
ングランド王女の結婚の使節として派遣されてきて、公妃と再会する。助けを断られたと思う
公妃はすげなくするが、告白の際に与えたダイアモンドにより、助けたのがメンドサだと分り、
二人は結婚する。
現在まで『悲劇的物語集』の個別研究としては、先に経歴を述べる際に挙げた Carrのもの
しか存在しないようである。 Carrはそこで、各話を長さにより「悲惨な話 Jt
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ら『驚倒すべき物語集』の流れでこの作品集の意味を把握することを試みでいる。文体などの
分析には見るべきものも多いが、話を二分するやり方はあまりに強引にも思われ、第三話の解
釈などには疑問も残る。
以下の我々の検討では、ボ、エスチュオーが読者への緒言で「この書に悲劇という表題を付し
-35-
た」くく j'ayintitulecelivredetiltreTragique>>14と述べている、パンデツロから選んでまと
めたこの集成の意図を、原典たるパンデッロの『ノヴェッレ』の話との比較も行いながら、集
成全体として理解すべく努めたい。
A
.形式
話の内容の分析に入る前に、パンデッロとボ、エスチュオーの集成の形式上の相違に、ごく簡
単に触れておこう。パンデッロの『ノヴエツレ』おいては、各話はそれぞれ献辞が付されてお
り、そこで各話が、だれによって、いつ、どこで、だれに対しで、語られたかが述べられ、パ
ンデッロはこのようにして設定された具体的状況で聞いた話を書き留めたという体裁をとって
いる。即ちボッカッチョのような全体を包み込む枠組ではないが、一種の枠組が各話ごとに作
られ、枠物語の形式をとり
各話の話し手とそれを再現する語り手たるパンデッロは一応区別
されている。各話の中に現れる脱線などは語り手たるパンデッロの見解と見なすべきものも多
いが、枠組を設定することで
各話は各話し手の観点を反映したものとひとまずは見なせるこ
とになろう。これに対してボエスチュオーの集成にはこうした枠組は存在せず、各話の頭には
話の要約がおかれているだけで、その話が語られた状況などは全く述べられない。その結果各
話の語り手は編者たるボ、エスチュオーと区別されず、実際編者は「私は淫蕩な恋愛の餌食とな
り自分たちの名誉に'あまり鷹揚な女性は心の内に刻まれたこの貞潔の肖像模範を持つことを望
みたい J15などと、「私 J として出現し、パンデッロの献辞でも見られたが、物語の読みの方向
を一層支配することになっている。また各話が語られた状況が記述されないのは、ボエスチュ
オーの話から口承性を奪うことになろうし、この変化は、クレ Henri Couletの指摘するコン
トとヌーヴェルの相違 16~こ対応するとも言えよう。
B
.テーマ
先の話の梗概が示すように、六つの話は結末が死で、終わるものと、結婚で終わるものがあり、
全て話が不幸に終わる訳ではない。しかし六つの話に共通する主題があり、それは恋愛 amour
である。ところでこの恋愛はボエスチュオーの集成ではどのように把握されているのか。ソー
ルズベリー伯夫人を恋し、その思いが受け入れられないエドワード三世が、アエリプスの父伯
に打ち明けるのは次のような状態である。
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「私はパッションに攻撃され、それに打ち倒され、早く助けられないなら、かつて人が
耐えた最も絶望的な死にしか避難場所をもたなし 1から。そして今やよく分る。理性で感覚を制
御し、手に負えない欲望に連れ去られるままにならない人だけが幸せだと。その点で私たちは
獣と異なり、獣は本能にのみ導かれ、欲求が導くところに区別なく急ぐが、私たちは理性の測
りで行動を摂理とともに抑制することができ、そうすべきで、道を踏み外すことなく衡平と正
義の道を選ぶ。そして時に弱き肉に屈するなら、自分たち自身だけを答めるべきで、物事の移
ろう陰と偽りのうわべに欺かれて
私たちに準備された穴に落ちる。そして私がここで述べる
ことは明らかな理由がないことはない。私が今自身で体験しているようにだ。私は途方もない
情動にあまりに長い手綱を緩め、正しい道から引き離され、裏切られて欺かれた。しかし引き
返すことも、正しい道を取ることも、私を害することに背を向ける術もなく、それもできない。
そのために私は今、不幸で惨めだが、深い森に獲物を追って、入った道を見出すことができず
に、むやみに至る所に突進する人に似ていると認める。しかし跡を辿ると思いながら、さらに
遠ざかり、とうとう道に迷ったままなのだ。 J17
パンデッロの原作でこれに対応する箇所は次のごとくであった。
「私はパッションにこのように攻撃され、打ち倒されたと感じ、短い聞に何らかの治療
薬が与えられないと、それは私をかつて人が知りえた最も絶望的な死に確実に導くだろうから。
実際理性のはみで自分の感覚を制御し、破目をはずした欲望に引きずられない人は幸せと言え
る。そしてこれとは異なる判断をする者は、人間ではなく、むしろ理性を欠いた獣と言うべき
だと私はみなす。この点だけで私たちは獣と異なるからで、獣はすべてを本能に引っ張られて
行い実行し、すべてにおいて欲求に従う。しかし私たちは理性の測りで私たちの行為を抑制す
ることができ、そうすべきで、最も正しく最も正義に合うと思われることを選ぶことができ、
そうすべきである。そして時に正しく本当の道から逸れるが、罪はただ私たちのものであり、
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-37-
私たちはうわべの偽りの喜びに魅惑され、無軌道な欲求によき道確実な道から引き離され、深
淵に頭からまっしぐらに飛び込む。私は哀れだ、三倍も。これらすべてが分り理解していて、
どれほどありあまるほど私の無軌道な欲求が道から引き出すことを知っているが、引き返し、
本当の小道に戻ることも、この錯乱した考えに背を向けることもできない。「できなしリと言い、
「欲しなしリと言うべきだろう。いやむしろ望むだけで、私のパッション、欲求、規制されな
い望みに先に運ばれるままで、不適当な欲望の抑制を緩め、もう引き戻すことはできない。 J18
今パッションととりあえずそのままカタカナで置き換えたが、この語は『ロベーノレ大辞典第
二版j] 19に示されるように、「苦しみ、受難;情感;情念;熱愛;情熱;偏見;熱意」などの意
味がある。そして私たちに馴染みの、近代の「情熱 j という肯定的積極的な意味合い(~ロベー
ノレ大辞典第二版』では 17世紀初頭からの意味とされている)で流布する以前は、『フランス語
文化辞典』でアラン・レイが指摘する通り、「苦しみ j、「激しい感情 J、「受動性 J を合意してお
り20、それはイタリア語でも同様である。
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パンデッロにおいてもボエスチュオーにおいてもエドワード、王はパッションに捕えられた者
として提示されている。ボエスチュオーの版に即して見れば、リチヤード王の恋愛はパッショ
ンとして発生し 21、アエリプスもそのように考え、王がソーノレズペリー城を去るときには、「神
にこのように王を苦しめる官能の情念を抑制してくださるよう祈る J220 アエリプスが寡婦と
なり、ロンドンの父伯のもとに戻ると、王は婦人たちの好む催しを開催するが、「自分の情念を
偽装することも隠すこともできず、いつも伯夫人により愛着を示した。 J23先の引用に見たよう
に王に自分の娘への恋を打ち明けられたワーウィック伯は、「情念に捕らわれた王 J24に適切な
返答を直ぐにはできないでいたが、一旦口を開けば、「あなたはいつでも情念から解放されてい
たと私には思われた J25のにと非難する。こうした伯の非難を正当と思いながらも、王は「情
念に我を忘れていて J26アエリプスを力ずくで奪うという宮廷人の計画を許す。このように王
は、自身で自覚もしているが、アエリプスやワーウィック伯からもパッションに捕えられてい
ると見なされており、先の引用にあるように、そのために理性で性的欲望を抑えることができ
なくなり、なす術も分らないと、途方に暮れている。さらにエドワード王は政治も疎かにし、
聴聞にも出ない。恋愛の情念に捕らわれ、理性で自らの行為を抑制できなくなった王は、アエ
リプスを追い詰め、この女を殺すか、自死に至らせるかという状況に陥った。一方的に恋を迫
られ、力で身を奪われそうになるアエリプスの悲劇であるが、こうした行為を不当不正だと認
識しながら、パッションに取り付かれて、やめることもできぬ、エドワード王の悲劇でもある。
まさにこうした状況こそ犯罪や殺人が生じる悲劇的状況である。そしてあることがなければ、
エドワード王がアエリプスを殺すか、アエリプスが自死するかの結末を迎え、文字通りの悲劇
となったのである。
ボエスチュオーの第一話の元となったパンデッロの話でも事情は同じである。ボエスチュオ
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ーの第一話で passion(s) は 10回(エドワード王に関する場合 9回)27、
は 2回 (2回28ともエドワード王に関する)使用されていたが、パンデッロの話でも passione
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いたと説いている口パンデッロでは「それに対して恥ずかしいと思うと地上の好色な愛に耐え
ることができず、(...)、誠実で本当の愛に席を譲った J31と愛を二元的に考えて、「王は過度
の欲望を抑え、恋の情念を抑制できたので、劣らぬ栄光を与えるべきだ J32と結んでいた。ボ
エスチュオーにおいては、恋愛 amourはもっぱら性的欲望と結びついたものとして理解されて
いるが、パッションとされていることは変わりない。
このようにボエスチュオーの第一話でも、原典のパンデッロの話でも、エドワード王はパッ
ションがもたらしかねない悲劇的状況に置かれていた。しかしボ、オエスチュオーでは、パンデ
ツロと異なり、全ての物語の全ての主要登場人物がこのパッションに捕えられていた者として
表現されている。第二話のトルコのスルタン、メフメットの「恋の情念は三年間引き続き J33、
民衆の不平、近衛兵らの軽蔑を招き、反乱の気配が漂い、ムスタファに「あなたの情念に捕ら
われた心には理性や助言は余地がありえない J34と指摘される。第三話は後に詳しく検討しよ
う。第四話のピエモンテの貴族の妻と近隣の貴族の若者も「時の経過とともに自分たちの情念
をうまく制御し、このような慎み深さで抑制することができず J35、貴族の畏に撮って、情事
の最中を取り押さえられ、悲惨な結末を迎えた。第五話のディダコはヴィオランテを口説く手
紙で「私の愛情のこもった調子、悲しい言葉、熱いため息が熱愛の残りがどのようなものかを
手紙以上によりよくあなたに確かに知らせることができるために J36会って話したい、と書い
ており、秘密結婚の後、裏切られたことを知った「ヴィオランテは過度に激情に捕らわれ J37、
残酷な復讐を考え、実行した。第六話ではサヴァワ公妃はメンドサの美貌を噂に聞いただけで
恋してしまい、侍女のエミリーは医師アッピアーノに「公妃の病の起源、苦しみの症状を理解 J
38させることになり、公妃と会ったメンドサは「それは私の熱愛をとても燃え立たせて一日に
千四も死ぬ思いです J39と告白する。さらにサヴォワ公の留守に総代理となったパンカリエリ
伯も、公妃を恋してしまい、「自らの情念の大きさを考えて、公妃の厚遇なしでは長く命を続け
ることができなかった J40が、公妃に拒まれ、愛情が憎悪に変り、甥を犠牲にして、公妃を陥
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ドである第一話、第六話と並べて「感傷的話 J とし、ロメオとジュリエツタの物語は「もはや
エゴイスチックなパッションを歌うのではなく、正当で純粋な恋愛を栄光あらしめている J41と
するからである。この解釈は私たちにはあまりにロマンチックに思われる。そもそもこの話ほ
どパッションに彩られたものはない。すで、にパンデッロ版でもロメオもジュリエッタもパッシ
ョンに捕らわれていた 42 ボ、エスチュオー版ではこの傾向は一層強められ、 p
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ロメオはある女性に恋したが、一顧だにされず、或る友人の別の女性が情念を忘れさせる、と
の忠告に従って、カベレット家の仮面舞踏会に赴いたのである。ロメオは「非常に変った熱愛
を感じ J45、ジュリエッタも「自分の熱愛を打ちあけることのできる J46侍女に自分の気持ちを
告げる事態となる。その後の展開は、ロメオにロレンツォ修道士の計画を知らせるはずのアン
セノレモ修道士が、マントヴァのフランチェスコ僧院でベスト患者が出たため、足止めされ、ロ
メオに知らせが行かなかった、というところまでは、パンデッロ版でもボエスチュオー版でも
大きな違いはない。その後の展開は両者でかなり異なる。パンデッロ版では、ヒ。エトロにより
ジュリエッタの埋葬を知らされると、ロメオは自らを罵った後、手元の剣で自殺しようとする
が、ピエトロに止められる。しかしジュリエッタを失ったと信じていたので、生き延びようと
は考えないが、そのことは秘してピエトロを先にヴエローナに戻し、ジュリエッタの墓を開け
る準備をさせる。その夜ジュリエッタの墓に向うと、ピエトロの手を借りて石棺を開け、死ん
だように横たわるジュリエッタを再び見ると、毒水を飲んで自殺を図る。ロメオがジュリエツ
タの体を抱きながら死を待っていると、薬の効き目が切れたジュリエッタは目を覚まし、ロメ
オに気づくが、ロメオはすでに毒で死にかけている。ロメオから事情を聞かされたジュリエツ
タが嘆く中、ロレンツォ修道士も様子を見に来るが、二人の前でロメオは死んでいく。ジュリ
エッタは気絶するが、意識を取り戻すと一層嘆き悲しみ、ロメオの後に続くと言い、堅く決意
して死んでし、く。その後通りかかった衛兵がことをヴエローナ領主に知らせ、事件が明らかに
なる。以上のように、ジュリエッタは死んでいくロメオを目にして、自らは苦しみで死ぬ。
これに対してボエスチュオーは次のように結末を変更した。ジュリエッタの埋葬の知らせを
聞くと、ロメオは「精神は情念の犠牲に苦しみ、すぐに肉体を捨てるかのように思われた J
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強い恋心ゆえにジュリエッタの傍らで死ねれば、と幻想、を抱く。自ら薬屋に出向き強い毒を手
に入れた後、ヒ。エトロをヴエローナに先に送り、その夜ジュリエッタの墓に行き、墓を開いた
後、ピエトロを外に待たせて、一人横たわるジュリエッタと対面して、毒を飲み、ジュリエツ
タの上に倒れて息絶える。ロレンツォ修道士は様子を見に来て、墓に灯りが点っているのに気
づき、ピエトロと墓に入り
ロメオが死んでいるのを発見する。その時ジュリエッタは目を覚
まし、修道士から事情を知らされると、「苦しみに薬を見つけることができると思って J48いた
のにと嘆き、通りかかった衛兵の物音で修道士とピエトロが場を離れた隙に、ロメオの短剣で
自ら胸を突き刺し、息果てる。衛兵が二人を発見し、事態を領主に知らせ、ロレンツォ修道士
は公開で尋問されるが、これまでの事情を説明した結果、事の真相が明らかとなり、事件に関
与した薬庖主らに裁きが下り、「この哀れな熱愛した者たちの二つの遺体は、命を終えた墓に埋
葬し続けられていた J49 今の要約中に引用した原文からも、ボオエスチュオーがパッション
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を強調しているのが分るだろう。二人は正当で純粋な恋愛を実践したというよりは、このパッ
ションの犠牲者なのである。
物語の最期に付せられたロレンツォ修道士の弁明、事情の説明についても一言しておこう。
この部分は Carr の言う様な無駄に繰り返された物語の要約ではない。何より、筋書きの変更
に伴いロレンツォ修道士に自己弁護させる必要が高まった。パンデッロでもボエスチュオーで
宇も、ジュリエッタの死亡偽装が遠因となり、ロメオの自殺を招いたことは間違いがない。しか
しこれは不幸な偶然として理解もされよう。そしてパンデッロのようにジュリエッタが苦しみ
で死んだなら、それはロレンツォ修道士の力の及ぶところではない。しかしボエスチュオーの
ように、その場を離れた隙に自殺を許したということであれば、まずは殺人者として疑われも
しようし、自殺が大罪である宗教の聖職者としての義務も疑われよう。ボエスチュオーは第六
話でも、パンデッロ版での、宗教批判とも取られかねない、公妃がサンチアゴ、ニデ=コンポス
テーラ詣でをする理由として繰り広げられる聖ヤコボ出現の偽装芝居をまったく留めず、宗教
への配慮を示している。それゆえロレンツォ修道士の責任を回避するためにもこの弁明、説明
は重要であり、また同時に修道士自身の口で「この二人の哀れな熱愛した恋人たち J50と形容
してパッションを強調してもいる。さらに結婚の問題にも関わるが、これは後に再び検討する。
以上検討したように、ボエスチュオーは物語全体に共通するテーマで、ある恋愛を、パッショ
ンで染め上げたのだが、第六話の官頭ではより端的に次のように述べてもいる。
「普通人間精神を悩ませる最も重大な情念の中で、恋愛はほぼいつでも首位を占め、恋愛
は一度だれか高貴な主体に取り付くと、熱を持つ者たちの堕落した性質に従うが、この熱は心
に起源を持ち、人体の他の感覚器官に進み、不治となる。 J51
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恋愛を害をなす情念の筆頭として挙げた後、原罪を思わせる堕落した性質に触れ、恋愛の熱
が心臓に発し体の各部に及んで不治にするというメカニズムを説明しているが、ここで最も重
要と考えられるのは、高貴な人物に取り取り付くこと、あるいは少なくともその場合に問題と
なることである 52 ここでは第六話のサヴォワ公妃のことに関連しているが、実はこれは全て
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の話に当てはまる。第一話のイングランド王、第二話のトルコのスルタン、第六話のサヴォワ
公妃とパンカリエリ伯、第三話のヴエローナの名門貴族ロメオとジュリエッ夕、第四話のヒ。エ
モンテの貴族の妻と近隣の若者の貴族、パッションに捕えられるのはこうした身分の人々であ
る。第五話のヴィオランテだけが平民の娘であるが、ボエスチュオーでは、手紙を書くという
設定に合わせて、ヴィオランテは読み書きができるとされ、一種の高尚化がなされていると見
なされよう。因みにボエスチュオーは身分の低い従者や侍女はパッションに与らせず、ジュリ
エッタの侍女は事件後の裁きで追放され、パンデッロではヴィオランテとともに斬首された女
奴隷は、ボエスチュオーでは金銭ずくで女主人に助力して、事件後逃亡したとされている。
先の引用には何も言及されいないが、これらの人物がパッションの恋愛に陥るのは、ほとん
ど専ら美によってであり、突然に取り付き、性的欲望を抑制ができなくなる。パンデッロでは
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ヒエモンテの貴族は 63歳に近づきつつあるのに妻は 35歳位であるとし、またサヴォワ公妃
は年配の公と結婚したとし、若い妻が老いた夫に抱いた欲求不満が恋の原因として暗示されて
いるが、ボエスチ、ュオーはこの年齢差を明言しない
こうして高貴な人々を、パッションとしての恋は突然虜にし、エドワード三世が嘆くように、
理性で制御できなくして、好色な欲望に引きずられるままにし、たとえ本人がそれを自覚した
としても、解放されることはなく、そのため正しい活動を疎かにし、最後には死に至る。
『悲劇的物語集』の結末は全てが不幸ではない。第一話と第六話はエドワード王とアエリプス、
前サヴォワ公妃とメンドサの結婚により、ハッピーエンドを迎える。こうした結末がボエスチ
ュオーの言う I(たぶん)悲劇で要求されるものに何事でも対応しない話 J53であろう。こうし
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を述べ、そのメカニズムの一端に触れているが、高貴な人物への言及はない。 M
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の議論で、どれほどの不幸がそこから続くかを示すのに加えて、さらに毎日死の様々な結果とそこから生
まれる他の災厄のために、人が愛し方を知らなし、からではなく 徐々にはかない楽しみに目を覆われ、好
色な欲望に引きずられるままになり、次に理性の制御を取り戻し、後戻り Lようとしても、すでになすべ
きことがあまりにあり、大抵破滅に進んでしまっているから、全てが生じることがよく分る」
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た話は物語集の統一を破りかねないが
それでもボエスチュオーはあえて加えている。それは
パッションに捕らわれて悲劇的結果を招いている世界を描くだけではなく、それを回避する手
段をも示そうとしたからであろう。恋は好色な欲望として捕えられてはいるが、ボ、エスチュオ
ーは性的欲望を必ずしも否定してはいない。エドワード王は「伯夫人に長い愛情の利子を厳し
く支払わせ、同じような快楽の試みをし、長い求愛の果実を摘んだ人が判断できる幸福と満足
を得た J54のである。しかしこれには結婚という条件がある。ロレンツォ修道士によれば、ロ
メオとジュリエッタは「自分たちは結婚していることを、そして、聖職者の立会いのもと結婚
を正式のものとするのを神父が気に入らなければ、二人は神様を冒漬し、同棲で生きざるを得
なくなるだろうことを二人とも誓って証言した。 J55マドレーヌ・ラザールの説明 56で、は、当時
の教会法では双方が今現在誓えば婚姻は成立し、証人や宗教的儀式は必要でなく、性的結合に
より結婚は完遂する。しかしボエスチュオーは聖職者の立会いを課しており、ディダコとヴィ
オランテもヴィオランテの母、兄弟、ディダコの従者、見知らぬ司祭の立会いのもとで結婚し
た。こうして結婚を宗教的な次元におき、神を前にしての契約としたからこそ、ジュリエッタ
はパリス伯との結婚が二重婚となり、神にかけた誓いを犯すことになることを恐れたのであり、
ヴィオランテはディダコが町の有力者の娘を要ったのを、重大な誓約違反だと見なして、復讐
に及んだ。しかしこの二つの結婚が不幸な結末を招いたのは、それが社会的に正式なものとさ
れない秘密結婚 mariageclandestinであったからである。ジュリエッタの侍女が追放刑となっ
たのは、秘密結婚をロメオの父親に隠したからであり、「この秘密結婚がその時に明らかにされ
ていたら、非常に大きな善の原因であっただろう J57。ラザールは前掲書で、当時の秘密結婚
をめぐる規制の歴史を簡明に示しているが、まず 1556年に、アンリ二世は父母の意思、同
意に反し、知らぬ聞に結婚した子に関する勅令で
秘密婚を無効にはしないが、秘密結婚した
子の相続権を奪うことを可能にした。その後 1563年のトレント公会議で、婚姻公示、証人
の存在、両親の同意が義務化され、
1579年のブロワ王令では、婚姻公示、証人と司祭の存
在、主任司祭による記録簿管理が義務化される。こうした規制の流れに沿って、
1584年ジ
ャン・ベネディクチ JeanBenedictiは『罪大全』で、両親の意に反しての結婚は大罪であると
説くまでになる 58。ボエスチュオーの態度はベネディクチほど厳しくはないが、この規制の流
れを反映したと見なすべきであり、エドワード王と前サヴォワ公妃は、自分たちの結婚を社会
的に正式なものとして、幸せな結末を迎える。
しかしこうした申し分のない結婚だけが、エドワード玉、サヴォワ公妃とロメオ、ジュリエ
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ット、ヴィオランテの運命を分けるものではない。エドワード王やサヴォワ公妃には幸せに至
るもう一つ別の契機がある。サヴォワ公妃はサンチアゴ=デ=コンポステーラに公が先回りし
て来ているのを知るも、あまり喜びもしなかったが、寺院で祈りを捧げる内に次のような思い
に捕らわれる。
「公妃は、神様が好色な意思に抵抗されたこと、夫の善良な公の善意に同情されて、公が
このように不実に欺かれるのを許そうとはされなかったのだと認識し始めた。そして大粒の涙
を流し、過去の過ちをいたく後悔し始め、魂で良心の町責に責め立てられるのを感じ、自らに
打ち勝ちメンドサとその美貌をすっかり忘れることを決意した J59
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パンデッロでは「公妃は自分の恋の道が断ち切られたのが分り、大いに不満であった J60と
言われるだけで、ボエスチュオーでのように自らの良心を鑑みることはない。良心への言及は、
パンデッロと較べてボ、エスチュオーの大きな特徴で、 conscienceの使用はボエスチュオーの『悲
劇的物語集』全体で 2 5回 61に登るが、典拠となったパンデッロのノヴェッラでは coscienza
は一度も使用されない。ブードゥーが言うように、「評判という人を欺く噂よりも、登場人物は
良心の裁き、内心の方を選び J62、極悪非道とも思われかねないパンカリエリ伯ですら、挑戦
者の出現を聞いて良心の町責を覚えるのである 63 パンデッロではその場で殺された伯は、す
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でに罪を犯していたので、ボエスチュオーでも数日良心の疾しさに応ずるために牢屋に送られ
るだけで助かることはない。エドワード王もサヴォワ公妃もパッションの餌食となり、すんで
のところで性的暴行や姦通を犯すところであった。しかし二人は自らの良心の町責を感じ、実
4 こうして二人は最終的な幸福を手にいれるが、神の思寵や摂理とこの
行を免れたのである 6
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良心の阿責との聞に何らかの関係を見たり、ブードヮーのように、「その主人公、エドワード王
とサヴォワ公妃が、良心の内に神の声を認め、それを開くことに同意するからだ J65とするこ
とは、先の引用が示すように、第六話については説得力を持つが、第一話でエドワード王が「洗
礼の秘跡の尊厳 Jにかけて誓っているだけでは、十分とは言えないだろう。しかし「この宗教
的なものの存在 J66がパンデッロとボエスチュオーを区別することは確かであり、ボエスチュ
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の語り方に比べて、ボエスチュオーは各話を主題に沿って、無駄なく展開している。第一話の
元となったパンデッロの第二巻第 37話では、恋する者は黙するべきとする主張や、宮廷人に
関する話が、エドワード王のアエリプスへの思いという本筋にあまり関係しない脱線として挿
入されていたが、ボエスチュオーはこれらを省き、またテムズ)11沿いにあるとされていたロン
ドンでの王宮の描写なども簡略化し、筋の展開を優先している。また同じく第一話で、パンデ
ツロのアエリプスはエドワード王に、自分を殺すか自刃を認めるか迫った後も、王の犯す罪を
長々と説くが、ボエスチュオーでは、アエリプスが迫るや、王は良心の阿責に打ち負かされて、
アエリプスの意に従う。また先に見たように、パンデッロのジュリエッタは一度気絶した後、
再び息を吹き返して、その後悲しみで死ぬが、ボエスチュオーでは、ロメオの死を目にして、
嘆き悲しみながらもすぐさま剣を突き立てる。このようにボエスチュオーは出来事を連続して
語り、時間を短縮し、理由などは前後に回し、決定的瞬間を間延びさせずに、劇的に描き出し
ている。
さらに悲劇的物語の特徴とも言える残酷さを、ボエスチュオーはパンデッロより、むしろ弱
めている。即ちピエモンテの貴族の妻は、 6年間閉じ込められるが重病になったので、部屋か
ら出されとされていたのが、ボエスチュオーでは
しばらく腐敗した死体とともにいたがやが
て死亡したとされる。パンデッロでは、ディダコは生きたまま、舌を切り取られ、指先を切り
取られ、両目を挟られ、体の他の部分を切り取られ、心臓に二、三度ナイフを突き立てられて
死んだが、ボエスチュオーでは、胸を突き刺され死亡した後に
目を扶られ、舌を切り取られ、
胸を突き刺れると変更された。パンカリエリ伯を、パンデッロは決闘の場で死なせたが、ボ、エ
スチュオーは、牢屋に連れて行かれる、とした。これは残酷さを単に述べて教化するのではな
く、社会的な措置や宗教的回心を重視しようとするためであろう。
4. 終わりに
ボ、エスチュオーは、悲しい調子の話ばかりではないパンデッロの『ノヴェッレ』から、恋愛
を主題とする六話を選び、高貴な人をも破滅に向わせるパッションとしての恋愛が賛しかねな
い悲劇的状況を描き出した。しかし結末は必ずしも悲劇ではなく、宗教的社会的誓約としての
結婚と良心に照らしての改俊による救いをも提示している。社会的規範と内面に従う教化文学
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