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英国が独自の月面探査機計画を発表 - 新エネルギー・産業技術総合開発

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英国が独自の月面探査機計画を発表 - 新エネルギー・産業技術総合開発
NEDO海外レポート
【宇宙・航空特集】
NO.1040,
2009.3.11
月面探査
英国が独自の月面探査機計画を発表
まえがき
2008 年 2 月 15 日に英国国立宇宙センター1 は、英国の主導が予定されている月面探査
機計画を発表した。この計画は MoonLITE と呼ばれ、米国航空宇宙局(NASA)の協力を
得 な が ら 進 め て い く 。 MoonLITE と は Moon Lightweight Interior and Telecom
Experiment の略称であり、MoonRaker と呼ばれる別の計画と対になったもので、無人探
査機を月面に送り込み、測定装置を月の内部に射入して地質構造や組成を調べ、あわよく
ば水や有機物の存在を確認しようとするきわめて意欲的なものである。この計画について
は、既に 2007 年 1 月には構想が示されていたが、今回の発表は NASA との共同作業で内
容を詰めてきた結果である。
MoonLITE 計画の概要
MoonLITE 計画の主眼は月の地質学的な調査である。今回のミッションでは、衛星を月
周回軌道に乗せ、月面にダーツ(penetrator)を打ち込み、ダーツに備えられた測定器を
月面地下に射入し月の内部構造を調べる。そのうえで、月がどのようにして形成されたか
を研究するためのデータを取得する。周回軌道上の衛星は、その後は月面上の測定器ネッ
トワークと地球とを結ぶ通信基地として作動し、測定器の 1 年間の寿命の間にわたって、
月の地震(Moonquake) の規模と頻度、ならびに月表面外皮と中心核の厚さに関する情報
を地球に中継する。
当面はその実現可能性(フィージビリティ)を確かめるための技術研究に焦点が当てら
れている。
MoonLITE 計画で実行予定の実験の内容は次の通りである。
月地震実験
最も重要な実験は、地震観測を通して月の内部構造を知ることである。既に月面には
NASA のアポロ計画の結果として、月表面半球 2 のアポロ着地点近傍に 4 個の地震計が設
置され、浅い(200km 以下)地震と深い(900km 近傍)地震が存在することが明らかに
されているが、これはあくまでもアポロ地震計が設置された付近の現象に過ぎない。アポ
ロ着地点から離れた場所、あるいは将来の月探査の対象となるであろう南北の極地にも月
地震があるのか、残念ながらほとんど情報がない。
British National Space Centre:BNSC。他国にあるような、独立した自己完結型の宇宙機関で
はなく、多くの行政機関や研究機関が参加する集合体である。
2 Near side hemisphere。
月の自転周期と公転周期は同じなので、常に同じ側を地球に向けている。
地球に向いている面を表面半球といい、反対側を裏面(Far side)半球という。
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熱流実験
月の内部マントル温度とその分布、海洋玄武岩の起源と岩石生成を理解する上で鍵とな
るのが、複数の地点における月の表面の熱流測定である。さらに加えるに、月の平均熱流
は熱発生源の存在量に関係していることから、平均熱流は月の組成にも関係している。こ
れは現在でもはっきりとは分かっていない。
極地の揮発物質検出
クレータのために永久に日陰になった地域である月の南北両極地には、相当な量の水が
氷の状態で存在するかもしれない。内部太陽系 3 の揮発性物質の総量や流束のデータとし
て、あるいはまた将来建設が見込まれる月面基地での使用に向けた潜在的な資源として、
極地の表土の中の氷を発見し、観察することには、きわめて優先順位の高い科学的、戦略
的重要性が伴う。
地質組成分析
アポロ計画において表面半球の 9 地点で地質サンプルを採取した結果、少なからぬ地質
学的知見がすでに得られている。いっぽう、これらの地点とは離れたところの表面地質組
成は、周回軌道上からの数々の種類の高度なリモートセンシングによって測定されている
が、その測定結果に従えば、月の地質組成は、これまでのサンプルから得られたデータに
基づき想定されている組成とはかなり違ったものになる。しかしながら、いくつかのリモ
ートセンシングのデータに関する地球化学的分析の結果は、測定器の相互校正の問題もあ
り、細かい点では必ずしも整合性が取れたものとはいえない。このため、軌道からのリモ
ートセンシングの結果とサンプル測定結果を比較するのは基本的に重要である。
国際協力
2008 年 3 月 11 日に、英国国立宇宙センターは米国 NASA との合同作業部会報告書を公
表し、今後は英国と米国が協力して月面探査を進めると発表した。現在考慮されている協
力の主要点は、月の構造を調べ、地震を観測し、将来の月面における携帯電話ネットワー
クを試験することである。
合同作業部会報告書によれば、主な協力項目は次の 2 点である。
・MoonLITE 計画のような、英国が主導する無人月面探査の推進。
・中期的な無人および有人宇宙探査に必要な科学観測機器と関連技術の開発
この報告に関連して、科学技術設備協会の最高責任者 4 であり、また英国宇宙局評議会
議長 5 でもあるキース・メーソン教授は、
「我々と NASA はこれまで長期にわたって協力
inner solar system。太陽系で木星の内側を指す。内部太陽系では水やメタン等の揮発性物質が凝
結して固体になるには温度が高すぎるため、金属(鉄、ニッケル、アルミニウムなど)やケイ酸塩
が微惑星を形成し、惑星は岩石質になった。
4 CEO Science and Technology Facilities Council。
5 Chairman of the UK Space Board。
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関係を構築し、その間、スイフト衛星 6、ステレオ衛星 7、火星軌道探査機 8 およびカッシ
ーニ衛星 9 などのような科学ミッションを成功させてきた。この合同作業部会報告書はこ
の協力関係の一つの節目である。提案されたミッションは、英国の小型衛星、通信および
ロボット技術に関する世界水準の専門知識・経験を、月面探査に役立たせる機会を与える
ものである。
」と語った。
英国内の反応
2007 年 1 月 11 日に、英国のタイムズ紙とガーディアン紙に、英国が無人月面探査機を
計画中であるとの記事が掲載された。もう既に 2 年も前の記事であるが、関係者が語る言
葉のなかに英国民の高揚した気分が感じられるので紹介しておく。
ガーディアン紙:「2 つの無人月面探査機へのゴーサインを望む」
英国政府の宇宙研究機関に提出された野心的な計画が承認されれば、英国は独自に月面
に科学探査衛星を送り込むことになるだろう。昨日開催された宇宙物理国際会議で、2 基
の衛星の詳細が公表された。その会議では、英国はどのように欧州宇宙開発機構 ESA の
月およびそれ以遠の探査に参画するのがよいか、が議論された。
政府後援機関である粒子物理・天文研究協会
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の宇宙科学部門長であるデヴィッド・
パーカー博士は「英国は 2 基の無人探査機を月面に送り込むためのフィージビリティ・ス
タディーを既に完了した。これは英国の小型衛星と超小型科学測定器の開発面での優位性
を示すものである。
」と語っている。
まず 2010 年までには打ち上げられる MoonLITE 計画であるが、これにはミサイル形状
の機器が搭載され、
月表面より 2m まで打ち込まれる。
これにより月内部の状況を測定し、
発生する月地震に関する情報を収集する。第 2 の月面探査機は MoonRaker と呼ばれるも
ので、月面に着陸した後に、人間が活動する基地を設置するに適した場所を探すのが目的
である。
これらの提案書は、
サリー大学によってギルフォードに設立されサリー衛星技術社 11 が
作成したものである。同社の設立者であるマーチン・スウィーティング卿は、「宇宙空間
探査の費用は安くなってきており、英国が単独で月面探査に乗り出すことが可能となっ
た。」と語っている。彼によれば、今日では小型衛星の費用はおよそ 5 億ユーロ(3.35 億
ポンド)であるが、衛星技術の進歩によって、将来は 1/5 に削減されるであろう、とのこ
Swift。ガンマ線バースト検出のために NASA が 2004 年に打ち上げた衛星。2005 年にガンマ線
バーストを観測した。
7 Stereo(Solar Terrestrial Relations Observatories)。太陽の全面を観測するために 2006 年に
NASA が打ち上げた衛星。
8 Mars Reconnaissance Orbiter。火星探査のために NASA が 2005 年に打ち上げた衛星。2006 年
に火星に接近して周回軌道に入った。
9 Cassini.-Huygens。NASA と ESA(European Space Agency:欧州宇宙機関)が共同で 1997 年
に打ち上げた土星探査機。
10 Particle Physics and Astronomy Research Council:PPARC
11 Surrey Satellite Technology。
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とである。 一方、パーカー博士によれば、昨年は NASA や ESA などの世界の 14 ヵ国
の宇宙開発機関の代表により、どのような国際的宇宙探査戦略を立てるか、そのための協
力関係をどう構築するかに関して、きわめて顕著な努力がなされたようである。
提案された英国の月面探査計画にゴーサインが出るかどうかは、研究者側と予算を握る
所轄官庁との更なる議論の結果次第である。PPARC(粒子物理・天文研究協会)によれ
ば、英国の宇宙における地位に関して議論するために、作業部会が設立されるようだ。専
務理事のキース・メーソン氏によると、作業部会では世界および欧州の計画を審議し、英
国の国益と参画機会を明確化させるのが目的であり、有人宇宙探査に関する世界の状況も
審議されるが、その作業部会報告書は今夏には英国宇宙局(UK Space Board ) に提出され
るとのことである。
タイムズ紙:「英国は地球生命の秘密に迫るために、2 つの月面探査機を計画中」
専門家らによると、英国は、昨日明らかにされた計画の下で、自国の月面探査機を 2010
年までに送りこむことができるかもしれない。どのようにして生命が始まり、宇宙はどの
ような歴史をたどってきたか、という疑問に答えるのを目的としている 2 つの計画が、英
国宇宙研究に資金を提供している粒子物理・天文研究協会 PRARC によって検討されてい
る。
この 2 つの計画は双方とも、火星や木星に到達する上で重要な足がかりである。なぜな
らば、これらの計画によって、地球からはるかに遠いところまで探査するに必要とされる
技術がテストされるからである。
MoonRaker と呼ばれる無人探査ミッションの一つは、これまでにないほど詳細に塵や
岩石を分析し、水や有機物の痕跡に関する証拠を集めるための探査機を月面に着陸させる
ことである。もう一つは MoonLITE と呼ばれる月周回探査機計画で、4 本の発射体プロー
ブを月面に発射して突き刺すことである。少なくとも1本のプローブが極地へ送られ、ほ
かの 1 本が赤道へ打ち込まれる。さらに 1 本ないしそれ以上のプローブが月面の暗黒面側
へ打ち込まれる予定である。プローブによる地殻振動や温度の観測は、月の地質的な活動
を測定することが目的であり、地表から 2m までの深さの表土(Make-up ) 組成の評価が
実施される。それぞれの発射体の重量は約 13.5 ㎏で、秒速 300m の衝撃にも耐えられる
ように、電子回路を防御する軍事技術を活用している。
このようなプローブは、エウロパ
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の探査に対しても適用できるのではないかと見ら
れている。エウロパは木星の衛星の一つで、表面は氷で覆われ、その下には液体の海があ
ると考えられている。月探査プローブはそのテストとなろう。
月はもっとも到達しやすい宇宙空間天体で、その表面や地下に地球と太陽系の誕生の手
がかりが保存されていると考えられている。地球上の生命は、小惑星の衝突による「種ま
き」の結果として発生した、という学説がある。物質科学者の間では、隕石の中に有機物
木星の第 2 衛星で、内側から 6 番目の軌道を回っている。表面は氷で覆われているが、強い潮汐
力の影響で発生する熱のために、表面の氷層の下はシャーベット状の液体の海になっている。生命
が存在する可能性も示唆されている。
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質の痕跡が発見されることが期待されており、もし発見されれば、この学説を強力に裏づ
けすることになる。
極地から採取されることになるサンプルは、かなりの科学者が考えているように、月に
氷が存在する可能性を示唆するかもしれない。そのような結果は、地球上の水が小惑星あ
るいは彗星によって運ばれた可能性を示すことにもつながりうる。
このプロジェクトに関わる科学者によると、地球と小惑星との衝突で飛び散った初期の
地球の破片が、それが吹き付けられた月面で発見されることが考えられるという。
英国放送大学 13 の惑星・宇宙科学研究所 14 教授で PPARC の理事でもあるジョン・ザル
ネッキ氏は、月には未発掘の情報が詰まっている、と語っている。月は太陽系の歴史の初
期段階に何が起こったかという記録を保存している点でユニークであることが近年かな
りはっきりしてきており、地球の初期の化石の痕跡を、月の上で発見できる可能性すらあ
る。さらに、地球の初期の大気を閉じ込めたサンプルがある可能性もあり、それは、現在
の状態とは極めて異なったものであろう。
ユニヴァーシティ・カッレジ・ロンドン 15 のアンドリュー・コーツ教授はロンドンでの
記者会見で、月で有機分子が見つかれば大発見であり、彗星が地球に水を運ぶという面で、
また炭素化合物をもたらしたのと同様に、生命の起源に対して重要な役割を果たしている
ことの手がかりを得ることとなると述べている。
それぞれのミッションは
5,000 万ポンドから 1 億ポンドのコストが掛かると算定され
ており承認されれば、政府と民間からの共同投資となるであろう。
科学者側は、このプロジェクトが英国独自の活動になることを望んでいるが、打ち上げ
ロケットには国際的な協力が必要であることから、他国との合同プロジェクトとなるのが
ほぼ確実である、という現実を受け入れてもいる。
2 つの月面探査ミッションのうちの MoonLITE は、必要とされる技術の多くが英国で得
られるので、承認されるのはほぼ確実である。
大学や産業界からの科学者と技術者の連合体は
エディンバラで開かれた 2 日間にわた
る宇宙探査のワークショップに今回の計画を提示した。提案は ESA の決定理事会(Ruling
council)へ提出される。
産業界との関係
宇宙開発は、衛星通信や気候監視、関連する技術の進展を通して、既に英国経済に重要
な役割を果たしている。英国国立宇宙センター(BNSC)は、英国の宇宙産業を育成し、
宇宙科学を支援する目的で、宇宙利用によって得られる商業的な利益についての広報活動
も行っている。
2008 年から 2012 年までの宇宙利用戦略には、次の 5 つの主要目的が掲げられている。
The Open University。1971 年に創設され、現在までに 250 万人が学んでいる。
Planetary and Space Science Research Institute。
15 University College London。1836 年に創立された英国の公立大学で、ロンドン大学連合の一部
を構成している。伊藤博文や夏目漱石が留学している。
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①未来の経済を発展させるという競争の中で、宇宙システム、サービスおよび応用に関
する世界的な市場の占有率を高める。
②人類の住む惑星を管理するための、世界を主導する宇宙システムの開発を遂行する。
③宇宙を探査する世界の科学ミッションの中でパートナーとなる。
④宇宙研究に伴う技術革新を促進することで、社会にとっての利益を手にするとともに、
日常的に用いられる新製品及びサービスの創造を刺激する。
⑤熟練技術の開発と未来高度技術への支援活動のための主要な道筋を発展させ、国家の
基盤部分として重要な宇宙システムの価値に対する社会的および政治的認識を改善す
る。
あとがき
英国が、米国 NASA と協力しながら、独自の月面探査機計画を推進しようとするのが興
味深い。本文に引用したガーディアン紙の記事にもあるように、英国は有人宇宙探査には
若干出遅れているように思える。今回の計画は無人探査機によるもので、これまで開発し
てきたロボット技術や通信技術を活用して意欲的な月面探査計画を立てている。しかしそ
の後の有人探査が見え隠れしているので、国威発揚の要素がないとは思えない。今後の推
移を注目したい。
出典
MoonLITE 計画に関しては
http://www.bnsc.gov.uk/5543.aspx
http://www.bnsc.gov.uk/7303.aspx
http://www.bnsc.gov.uk/7304.aspx
http://www.bnsc.gov.uk/assets/channels/resources/publications/pdfs/MoonLITE1108A.pdf
ガーディアン紙
http://www.guardian.co.uk/science/2007/jan/11/spaceexploration.uknews
タイムズ紙
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article1291612.ece
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