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カンボジアの失業率

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カンボジアの失業率
2008 年 8 月 19 日
カンボジアの失業率
総務省統計研修所
西 文彦
1.はじめに
カンボジアの街角を歩いていると、よく売り子が近づいてくる。売り物は、水、お菓子、
揚げ物、名産物など様々である。彼らを見ていると、一体、1日いくらの収入になるので
あろうと思うことがよくある。これは、カンボジアにおける労働事情の、ほんの一例であ
るが、このような街角の状況をみると、さぞかしカンボジアの失業率は高いのでは、と思
われるが、必ずしもそうではないようだ。他の国と比較すると、失業率(Unemployment Rate)
は 1.8% と、かなり低くなっている 1)。ちなみに、先進国の中でも比較的低い水準にある
我が国の完全失業率(以下「失業率」という。)は 5.2%となっている 2)。以下、この筆者
の実感と統計数値の乖離の原因を調べてみたいと思う。
なお、以下に述べることは、筆者の私見であることを、予めご了承願いたい。また、我
が国とカンボジアの失業率を比較するにあたって、両国における調査方法や定義等に若干
の違いがあることも、予めご承知願いたい。
写真1
国道沿いの売り子(Kampong Cham 州 Skun 村)
1) 出典:カンボジア労働力調査 2001 年 11 月 (Labor Force Survey of Cambodia, November 2001)、カンボジ
ア計画省統計局 (National Institute of Statistics (NIS), Ministry of Planning, Cambodia)。
以下、特に注釈がない場合には、カンボジアに関する統計数値、調査票、定義等は、同調査による。
2) 出典:労働力調査 2001 年 11 月原数値、総務省統計局。以下、特に注釈がない場合には、我が国に関す
る統計数値、調査票、定義等は、同調査による。
1
2.カンボジアにおける失業者とは
まず、カンボジアにおける失業者が、どのようにして判定されているのかを見てみたい
と思う。調査票( Form 2)をみると、図1のとおりである。質問8、9、10 の回答がい
ずれも No で、質問 24 が Yes であった場合に、初めて失業者と判定される。この質問の
中で、特に注意すべきは質問8である。この質問8により、先週1週間に1時間以上仕事
をした人は、すべて 非失業者 となる。ここで、前述の売り子を、図1にあてはめてみ
ると、彼らは全員、1週間に1時間以上仕事をしているので、非失業者となる。したがっ
て、失業者に極めて近い状態、すなわち、収入が極めて少ない状態にあると思われるよう
な、その売り子たちは、現在のカンボジアの失業率には含まれないことになる。この辺り
が、前述したとおり、筆者の実感と統計数値に乖離が生じている原因かもしれない。
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図1 カンボジアにおける失業者の判定方法
3)
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下の4つの質問によって、失業者か否かが判定されている。
なお、調査の対象者は、10 歳以上の人である。また、調査方法は、調査員が調査の対象
者に面会して質問し、調査員が調査票に記入する、いわゆる、他計方式で行われている。
質問8
先週、たった1時間でも何か仕事をしたか? それは、給与か家族の収入のためで
あること、又は有給か無給かにかかわらず所有する農場と家族の事業を手伝うた
めであること。
(Did you do any work at all even for only one hour during the past week for pay or family
gain or helped on own farm & in family business with or without pay?)
(回答)もし、Yes であれば失業者ではない。No であれば、質問9へ。
質問9
先週、次のことをしたか? 穀物か野菜の栽培、家畜か鶏の飼育、田畑の耕作か害
虫の駆除、薪の拾集、狩猟、釣り、衣服・かご・布団の織物
(During the past week, did you do any of the followings: grow crops or vegetables, raise
live-stock or chicken, clean or till land, gather firewood, hunt, catch fish, weave cloth,
basket or mat?)
(回答)もし、Yes であれば失業者ではない。No であれば、質問 10 へ。
質問 10
働いてはいなかったが、先週、仕事を持っていたか又は雇用されていたか?
(Although you did not work, did you have a job or employment during the past week?)
(回答)もし、Yes であれば失業者ではない。No であれば、質問 24 へ。
質問 24
仕事に就くことができるか、なおかつ仕事を探していたか?
(Were you available and actively seeking for work?)
(回答)もし、Yes であれば、失業者。
2
3) この図1は、説明の都合上、実際の調査票上の表現に、若干の修正を加えて掲載されていることを、ご了
承願いたい。
写真2
農村の商店(Kratie 州 Srae Sdau 村)
次に、図1のカンボジアにおける失業者の判定方法の妥当性を検証するために、我が国
における失業者(以下「失業者」という。)の判定方法と比較してみたいと思う。
我が国における失業者の判定方法は、図2の方法によると、5.の
を選択した場合にのみ、失業者と判定されている。
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図2 我が国における失業者の判定方法
4)
仕事を探していた
--------------
下の1つの質問によって、失業者か否かが判定されている。
なお、調査の対象者は、15 歳以上の人である。また、調査方法は、調査の対象者が、配
布された調査票に自分で記入する、いわゆる、自計方式で行われている。
3
質問
月末1週間に仕事をしたかどうか?
(以下の8つの選択肢から1つを選択する)
1.主に仕事をした
2.通学のかたわらに仕事をした
3.家事などのかたわらに仕事をした
少しも仕事をしなかった人のうち
4.仕事を休んでいた
5.仕事を探していた
6.通学
7.家事
8.その他(高齢者など)
(回答)5.の 仕事を探していた を選択 → 失業者
ただし、仕事があった場合に、すぐにその仕事に就くことができる場合に限
る。
4) この図2は、説明の都合上、実際の調査票上の表現に、若干の修正を加えて掲載されていることを、ご了承
願いたい。
ここで、日カ両国の失業者の判定方法を注意深く比較すると、調査方法や質問の仕方の
違いによる回答への影響を無視するとすれば、両者は本質的にはおおむね同じである、と
いうことがわかる。また、現在のカンボジアにおける失業者の判定方法は、ILO が定めた
国際標準に概ね準拠しているので、国際的に見ても特異な判定方法ではない。
写真3
道路沿いの果物屋台(Kampot 州 Kampot 郡)
4
3.カンボジアの潜在失業率
上述のことから、国際標準に準拠した失業者の判定方法は、我が国のような先進国では、
問題なく実態に近い失業率が出るが、現在のカンボジアのような開発途上国では、前述の
ような売り子のような就業形態が多いため、実態よりも失業率が低く出てしまうことがわ
かった。
このようなことがあり、カンボジアでは潜在失業率を公表している。潜在失業者の定義
は、現在何らかの仕事をしているものの、就業時間の延長を希望している人、追加の仕事
を希望している人、又は就業時間の長い新しい仕事を求めている人となっている。
カンボジアの潜在失業率( Underemployment Rate)は 38.1% となっており、失業率 1.8%
と比べると極めて高くなっている。
なお、この潜在失業率には、失業率は含まれていない。
したがって、前述の売り子のように、仕事はしているものの、極めて収入が少ないと推
測される就業者は、この潜在失業者によって把握できるものと考えられる。このことから、
開発途上国における失業の実態把握については、失業率のみではなく潜在失業率も併せて
みる必要があることがわかる。
ちなみに、潜在失業率が極めて高いのは、カンボジアだけではなく、開発途上国では多
くみられることである。中進国と目されるインドネシアでさえ、潜在失業率は極めて高く
なっている。
これに関連する指標として、家族従業者(Unpaid Family Workers)の割合、特に農林漁
業就業者に占める割合やインフォーマル・セクター(ここでは Elementary Occupations)
の割合が挙げられる。開発途上国におけるこれらの割合は、先進国と比べると、かなり高
くなっている。例えば、カンボジアでは、全就業者数に占める家族従業者の割合は 42.8%
と極めて高くなっている。一方、我が国は 5.1%程度(労働力調査(2001 年 年平均原数値))
となっている。また、インフォーマル・セクターの割合が 7.1%と先進国と比較すると極め
て高くなっている。これらの中に、潜在失業者が多く含まれているものと考えられる。
さらに、カンボジアの就業者の月収をみると、月収 20 万リエル(約 50 米ドル)未満の
就業者(無給の家族従業者除く、 Employees/Employers/Own Account Workers)は、83.1%
と、8割以上の人々が、月収 50 米ドル未満という極めて低い水準の月収の下での生活を
強いられていることがわかる。また、月収 10 万リエル(約 25 ドル)未満の就業者(同)
は、51.9%となっている。
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写真4
地方の街並み(Mondul Kiri 州 Senmonorom 郡)
4.おわりに
筆者は、国際協力機構(JICA)の技術協力プロジェクト「カンボジア政府統計能力向上
計画」5) のチーフ・アドバイザーとして、幸運にもカンボジアを訪問する機会を得ており、
これまで述べたようなカンボジアの労働事情を垣間見ることができた。
本稿を通じて、読者の皆様の統計に対する理解が深まるとともに、様々な調査・研究等
に少しでも貢献することができれば、誠に幸いである。
なお、カンボジアの失業率は、上述の労働力調査のほか、社会経済調査(2003-2004 年)
6)
やセンサス中間年人口調査(2004 年) 7) の結果としても公表されているが、これらは失
業率のみであり、潜在失業率は含まれていない。
5) 総務省統計局が中心となって、総務省統計研修所、独立行政法人統計センター等と協力しつつ、本プロジェ
クトを運営している。詳細については、下の総務省統計局ウェブサイトで参照可能である。
http://www.stat.go.jp/info/meetings/cambodia/documen2.htm
6) Cambodia Socio-Economic Survey, NIS
7) Cambodia Inter-censal Population Survey, NIS
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