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- 27 - 3-2 BC5世紀頃から AD5世紀頃までのクレーン ギリシア時代

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- 27 - 3-2 BC5世紀頃から AD5世紀頃までのクレーン ギリシア時代
クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
3-2
BC5 世 紀 頃 か ら AD5 世 紀 頃 ま で の ク レ ー ン
ギリシア時代からローマ時代にかけて、アリストテレス(ギ
リ シ ア 、 B C 4 世 紀 )、 ア ル キ メ デ ス ( ギ リ シ ア 、 B C 3 世 紀 ) を
はじめとする著名な科学者が現れ、現在使われているクレーン
の原型へのスタートが切られた。アリストテレスは一般には哲
学者として知られるが、
「 機 械 学 」の 著 者 と さ れ て お り 、そ の 中
に 滑 車 に つ い て の 記 述 が あ る と の こ と で あ る * 14。
ア ル キ メ デ ス は 、「 て こ 」 と 重 心 に 関 す る 原 理 、「 減 速 に よ る
力の利益」の計算などについて解明したとされている。前節で
触れたように、滑車については具体的な証拠はないが、船の帆
を 操 作 す る 場 面 で 、 BC2500 年 代 に 滑 車 が 存 在 し た 可 能 性 が あ
る と 考 え ら れ る 絵 ( 図 3- 10) が あ る 。
しかし、おそらくその時代の滑車は、力の方向を変えるため
のみの、いわゆる「定滑車」であって、アリストテレスが考案
し た と い う 滑 車 は 、定 滑 車 と 動 滑 車 を 組 み 合 わ せ た「 力 の 利 益 」
を生み出すための「滑車装置」を意味するものであると考える
べきであろう。
滑車装置とは、動滑車を少なくとも1枚使って、ロープを引
くことによって、小さい力で大きな力を得る装置、即ち、減速
装置の一種である。荷を吊り上げる場合、動滑車が1枚の場合
は、持ち上げるために必要な力の大きさは荷の重さの2分の1
(厳密には、動滑車 1 枚でも定滑車 2 枚を組み合わせると、3
本 掛 け に す る こ と が で き る の で 3 分 の 1 と な る 場 合 も あ る 。)
となり、動滑車が 2 枚の場合は4分の1(前記と同様に、動滑
車2枚に定滑車3枚を組み合わせると 5 本掛けにすることがで
き て 5 分 の 1 と な る 場 合 も あ る 。) と な る 。 た だ し 、 力 の 大 き
さが2分の1となる場合は、ロープを引く距離は荷の動く距離
の2倍が必要となり、荷が移動する速度はロープを引く速度の
2分の1となる。同様に、力の大きさが4分の1となる場合は
ロープを引く距離は荷の動く距離の4倍が必要となり、荷が移
動する速度はロープを引く速度の4分の1となる。
も う 1 つ 、 小 さ な 力 を 大 き な 力 に 変 換 す る 機 構 と し て 、 BC
5世紀前後に登場する「ウインチ」がある。これは、丸い胴体
にロープを巻きつけ、胴体に長い「棒」のようなものを差し込
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
んで胴体を廻すことによって、ロープの先に結んだ荷を小さな
力で動かす仕掛けである。
この場合も、力の大きさが2分の1となる場合は、棒の長さ
は胴体の半径の2倍が必要であり、力の大きさが3分の1とな
る場合は、棒の長さは胴体の半径の3倍が必要である。
これらの装置の原理は、昔、ピラミッド等の大規模な建造物
を建設する際に、重い物の運搬に利用した「斜面」の原理とよ
く似ている。即ち、傾斜が緩やかな場合は、引張る力は小さく
て済むが、所定の高さまで引き上げるには長い距離を引く必要
がある。これらのことに関して、6ページでも触れたが、この
当 時 の ア レ キ サ ン ド リ ア の 技 術 者 で あ っ た へ ロ ン は 、5 つ の「 単
一機械」即ち、てこ、滑車、くさび、ネジ、巻き取り機につい
て、つぎのように述べている。
「これらは長い距離で作用する小さな力を、短い距離で作用
す る 大 き い 力 に 替 え る こ と が で き る 機 械 要 素 で あ る 」 * 16
ということで、いわゆる「減速」によって大きな力を得る理論
が体系付けられたものである。
現在我々が使っているクレーンの大部分は、ウインチと滑車
装置の組み合わせで成り立っているのが普通であるが、これら
の装置が開発された当初はこれらを組み合わせる必要はなく、
所期の力が得られれば単独の使用で十分であった筈である。筆
者の感じでは、ウインチは、重いものを横方向へ引張って運搬
する道具として、滑車装置は、重い物を上下方向へ運搬する道
具としてそれぞれ別に発達したように思える。そして、記録か
らは明確でないが、ウインチの原型である丸い胴体に棒を差し
込んだタイプのものは、構造的に思いつきやすい形なので相当
早くから用いられていたものと思う。その点、滑車装置は構造
的にやや複雑で、滑車が必要であること及び比較的長いロープ
を必要とするので、実用化はウインチに比べると遅かったと思
われる。
第4章で詳しく触れるが、筆者の調査によると日本における
ク レ ー ン の 歴 史 の 中 で は 、動 滑 車 を 用 い た い わ ゆ る「 滑 車 装 置 」
が 、少 な く と も 1 5 ~ 1 6 世 紀 位 ま で に は 使 用 さ れ た 形 跡 が な い 。
「 轆 轤 」( ろ く ろ ) と い わ れ た ウ イ ン チ が 5 ~ 6 世 紀 頃 か ら 使 わ
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
れ出して、その付属品として、ウインチに巻き取られるロープ
の方向を変えるための定滑車が用いられた例はあるが、動滑車
と定滑車を組み合わせた滑車装置の記録はみることができない。
このことは、ウインチ単独でも十分に目的を達することができ
たという証明になる。
しかし、欧州では、これらの「減速装置」が誕生して間もな
く、この両者を組み合わせた「クレーン」が使用されるように
なる。
技術の歴史に関する文献をひも解いていると、必ず登場して
く る 人 物 が ウ ィ ト ル ウ ィ ウ ス( イ タ リ ア 、BC1 世 紀 頃 )で 、重
いものを動かすことについて多くの業績を残している。ウィト
ルウィウスが著書「建築について」の中で記述しているその当
時の「重いものを上げる機構」の2つの基本的なタイプについ
て 、 東 海 大 学 の 森 田 慶 一 氏 の 邦 訳 * 17 に よ り 、 若 干 の 推 定 を 加
え て 図 示 し た も の が 図 3 - 14 で あ る 。 こ の 頃 ( BC1 世 紀 ) に
は既に上記のウインチと滑車装置を組み合わせた本格的な揚重
装置が誕生していた証拠である。
図 3 - 14
ウィトルウィウスのクレーン
左の図は、手廻しウインチによる3本掛けのもので、比較的
軽い荷を持ち上げるための装置のようにみえる。1本のロープ
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
を動滑車 1 個と定滑車 2 個により3本掛けにして使用している。
右の図は、2本のロープと定滑車と動滑車を上下に各2枚配
した形式で各々2本掛けとし、全体として4本掛けとしたもの
で、できるだけ能力を大きくするために設計されたもののよう
に見受けられる。図のように、大径の車輪の外側に巻きつけら
れ た ロ ー プ を「 手 廻 し ウ イ ン チ 」で 巻 き 取 る 方 法 で あ る 。更 に 、
手廻しウインチの代わりに、この車輪の直径を大きくして、中
に何人かの人が入って、桟を登ることによって車輪をまわして
荷を持ち上げる方式もある。2本のロープを使用することが強
調されており、それらを別々のルートを通して(2+2)の4
本掛けにしている。これは、当時、長いロープを作るのが大変
であったということもあると解釈できる。
こ こ に 出 て く る 車 輪 は 、多 く の 書 物 で「 踏 み 車 」
( Tr e a d m i l l )
といわれているもので、その意味合いから人がこの中に入って
動力を生み出すウインチとして用いられることが多かったよう
で、中世になって岸壁や市場などで使用例が多くなった大型の
クレーンの多くのものが「踏み車」方式である。しかし、図3
- 1 4 の 右 の 図 に お け る 使 い 方 は 、手 回 し ウ イ ン チ で 生 ず る 力 を
車輪の部分で増幅する大掛かりな減速装置である。
「 踏 み 車 」の
原型は、減速装置としての用い方が基本で、後に人が中に入っ
て 廻 す 方 式 や 外 側 に 立 っ て 廻 す 方 式 ( 図 3- 32 参 照 ) が 開 発 さ
れたものであると思う。
ウィトルウィウスの「建築について」を読んでいると、クレ
ー ン を 組 立 て る 際 の 記 述 が あ る 。図 3 - 1 5 で あ る 。大 型 の ク レ
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
図 3 - 15
ク レ ー ン の 据 付 の 図 * 17
― ン で 、例 え ば 、支 柱 の 長 さ が 10m を 超 え 、太 さ が 20cm 程 度
に な る と 1 本 の 質 量 が 300kg 位 に な っ て 2 ~ 3 人 の 男 が 担 い で
押し立てることはできないため、こんな方法でやったというこ
とであろう。ロープを引くウインチは将来クレーンとして出来
上がったときに使う装置を使うようになっている。しかし、こ
の方法でも、地組 みの際、支柱の先端の高さが4m 程度になる
ように枕木をかまして、支柱と杭の方へ伸びるロープとの角度
を大きくしておかなければ、ウインチで巻き上げることができ
ないであろう。この辺りの細かいことは「建築について」には
書いてないようである。
本来荷役作業は、荷をある場所から目的の場所へ運搬するこ
とである。すると、これらの構造では、上げて下ろすのみで横
方向へ移動させることができない。現在のクレーン等安全規則
では、クレーンの定義を「荷を、動力を用いてつり上げこれを
水平に運搬することを目的とする機械装置」としており、した
がって、この定義に当てはまらない。当時の「クレーン」は、
重いものを持ち上げて別の運搬装置に下ろし、その運搬装置で
目的の場所へ運ぶのが基本であったようである。
図 3 - 16 は 、 カ ル ケ シ オ ン と よ ば れ る 荷 役 装 置 で あ る 。 J・
G・ ラ ン デ ル ス 著 「 古 代 の エ ン ジ ニ ア リ ン グ 」 * 1 5 に よ る と 、 こ
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
図 3 - 16
カルケシオン
のクレーンはウィトルウィウスが、種々の目的のために利用さ
れているクレーンの一形式として書きとどめている程度とされ
ていて実在したかどうかは明らかではない。しかし、この形式
は、上記の「水平に運搬する」機能が備わっている。ウィトル
ウ ィ ウ ス と い え ば BC1 世 紀 の 人 物 で あ り 、 こ の 時 代 に 既 に ク
レーンの本質的な機能が備わったものの原型が少なくとも考え
の上では誕生していたことになる。文献では、岸壁における船
舶の荷役に用いられたと説明にあるので、船の荷を陸側へ取る
ためのものとして、実在した可能性がたかい。
この図の、ジブに相当する部材の根元部分は二股になってお
り、主柱を挟むようにカルケシオンというカラーの上にのって
いて、ジブが自由に旋回できるようになっている。ジブの近く
か ら 垂 れ 下 が っ て い る 2 本 目 の ロ ー プ は 、こ れ を 引 っ 張 っ て 旋
回させるためのものである。こんにちのジブクレーンの先祖に
あたるものであるといえる。
図 3 - 1 4 に み ら れ る 2 種 類 の 動 力 伝 達 機 構 は 、こ の 後 、産 業
革命の時代に蒸気機関が登場し、クレーンの動力として活用さ
れるようになるまで、クレーンの心臓部分としては何ら進歩す
ることもなく千数百年にもわたって使用されつづけることにな
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
るのである。
図 3 - 1 7 は 、1 世 紀 頃 の も の で あ る と さ れ て い る「 シ ラ ク サ
の 浮 き 彫 り 」で 、
「 踏 み 車 」を 用 い た ク レ ー ン が 存 在 し た と い う
図 3 - 17* 8
シラクサの浮彫り
証拠としては相当古いものに属すると考える。
図 3 - 18 は 、 19 世 紀 中 頃 に ロ ー マ 近 郊 で 発 見 さ れ た AD100
年頃の墓の表面を飾ってあった浮彫りの中の一つである。ここ
に描かれている踏み車式のクレーンは、建物の大きさとの比較
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
図 3 - 18* 5
ロ ー マ 近 郊 の 墓 ( AD100 頃 ) の 浮 彫 り
で み る と ジ ブ の 長 さ は 少 な く と も 1 5m 程 度 に な る 。
この図によると、巻上げラインに少なくとも数本のロープが見
えるので、この頃には既に一本の軸に複数の滑車が並ぶタイプ
の複合滑車が実用化されていたらしいことが想像できる。少な
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
く と も 4 本 掛 け 以 上 で あ ろ う 。「 踏 み 車 」 に 5 人 の 人 が 描 か れ
ていることと、ドラムの直径を踏み車の 3 分の1とすると、ラ
インプル(荷を巻きあげるときにロープに発生する力のこと)
は 10kN( 1tf) 程 度 と な り 、 こ の 状 態 で ク レ ー ン 能 力 は 約 4 ト
ンとなる。かなり大規模なクレーンである。また、ジブの支持
ラインにも複数のロープが描かれており、この絵の左の方向に
は巻上げ機構と同じような踏み車によるウインチか手で廻す方
式のウインチがあるはずである。
荷を吊ったまま起伏できたかどうかはわからないが、
このことは筆者にとって重大な関心事であり、軽い荷であれば
可能であったと思う。もしこれが事実であれば、前記のカルケ
シオンに用いられている旋回機構と同様に、ジブの起伏による
「水平に運搬する」という現在のクレーンの定義に当てはまる
機構が紀元前後に存在していたという証拠になる。
図 3 - 19* 3
AD5 世 紀 頃 の 踏 み 車 式 ク レ ー ン
図 3 - 1 9 は 、バ チ カ ン 美 術 館 に あ る 手 写 本 に あ る ス ケ ッ チ と
の こ と で あ る が 、原 画 は 1 6 c m × 1 6 c m と い う 小 さ な も の で あ る
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
という。5世紀初め頃のものとされている。右上のクレーンの
肝心の部分があまり鮮明でないので全体の構造がいまひとつは
っ き り し な い が 、ク レ ー ン 自 体 の 持 ち 運 び を 容 易 に す る た め に 、
できるだけコンパクトに作る工夫をしたことが感じられる。ジ
ブの途中に直径の小さい踏み車を備えているが、ここまでに紹
介してきたような人が中に入って廻すほどの大きさではないよ
うなので、回転させる人は車の外側に立って廻す構造か、こと
によると「ハンドル」のように手で回転させる方式かもしれな
い。ハンドルのように回転させるのであれば、このような形状
でなくとも棒を差し込むタイプで良いことになる。
また、クレーン本体はジブの先端で支えられる形で、基本的
には作業現場の状況に合わせて、付近の適当な構造物に「あず
けて」設置する方式のものと考える。このクレーンで吊ること
に な る で あ ろ う 加 工 中 の 石 材( 作 業 を し て い る 人 が 座 っ て い る )
は 人 と の バ ラ ン ス で 考 え る と 0.5 ト ン 位 で あ る 。
後述するが、中世になると商取引の運搬のために川岸等に設
置する大型の踏み車式のクレーンが多く登場してくるが、この
頃の踏み車式のクレーンは、小型のものが、主として建設用や
工場などの荷役用に用いられていたものが多いと考えられる。
以 上 の よ う に 、 BC400~ 500 年 頃 か ら AD400~ 500 年 頃 ま で
の約千年の間に「機械らしい」クレーンがほぼ完成したと考え
られる。即ち、
・
ジブを備えて、荷を高いところへ持ち上げる機構
・
踏み車や手廻し機構によって、人の体重や腕力を
増幅して重いものを持ち上げる機構
が定着した。そして、この巻上げ機構等はこの後、更に千年位
は基本的な進歩なしに続くのである。否、産業革命の頃に蒸気
機関が発明され、更にその後モーターやディーゼルエンジンが
出現して、ロープを引っ張る原動力の方はどんどん進んだが、
力を減速させて大きな力を得る機構は現在でも依然として
2000 年 以 上 も 前 の 時 代 に 考 え ら れ た 機 構 が 連 綿 と し て 生 き つ
づけているのである。また、旋回、起伏などの荷を水平方向へ
運搬する簡単な機構が出現し、使用しはじめられたことがうか
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
がわれる。
なお、ここまで、滑車装置やウインチが考案されて、人の腕
力や体重によって荷に加える速度を減速させることの目的は、
重 い も の を 持 ち 上 げ る た め で あ る こ と を 強 調 し て き た が 、実 は 、
力を減速させる目的には、もう一つ重要なことがある。
普通のクレーン作業は、ジブの先端からロープでフックをおろ
し、その先に、玉掛け用のロープで荷をぶら下げて運ぶのが基
本である。従って、荷の動く速度が早いと荷が「振り子」のよ
うに揺れて落下や激突などの危険があること、更に、運んでき
た荷を正確に目的の位置に下ろす必要がある場合が多いため、
速 度 が 速 い と「 狙 い 」が 定 め に く い な ど で 、ク レ ー ン の 場 合 は 、
できるだけ速度は遅くした方が理にかなっているのである。重
い荷を扱う場合にはスピードが遅いほど作業面でも、安全面で
も都合がいいのである。
この時期に特筆されることは、アルキメデス、ウィトルウィ
ウ ス 、 へ ロ ン ら に よ っ て の 理 論 が 確 立 さ れ た こ と で あ る 。ク レ ー
ン の 理 論 は 、小 さ な 力 で も , そ の 力 を 加 え る 速 度 を 減 少 さ せ る こ
とによって、大きな力が得られることで、その速度を減少させ
る媒体が、スロープ、てこ、滑車、ウインチ等であることが理
論付けられたのである。
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
3-3
5世紀頃から産業革命頃までのクレーン
5世紀頃までに、現在のクレーンに用いられている基本的な
構造がほぼ完成した。そして、5世紀頃以降は、原理的な進歩
は見られないが、いろいろと用途に合わせたクレーンが工夫さ
れる時代に入る。しかし、まだ、大きい(重い)荷はクレーン
によって一気に運搬するということはできず、やはり昔ながら
図 3 - 20* 1
オベリスクの運搬
の「そり」や「てこ」を用いて人海戦術で地上を引きずって移
動 さ せ る 方 法 に よ ら ざ る を 得 な か っ た 。 図 3 - 20 は 、 AD40 年
頃にエジプトからローマへ運ばれて聖ピエトロ寺院の横に放置
さ れ て い た オ ベ リ ス ク を 1586 年 に 340m 離 れ た 場 所 に 移 設 す
る情景を描いたものであるという。
こ の 作 業 は 、ウ イ ン チ 4 0 台 、労 働 者 9 0 0 人 、馬 7 5 頭 な ど が
動員され、1万人以上の観衆の前で実施され成功したとのこと
で あ る 。 筆 者 に と っ て は 、 こ の 作 業 の 様 子 よ り も AD40 年 に 行
われたというエジプトでの搬出作業やローマでの荷下ろし作業
がどのように行われたかの方が知りたいというのが正直な感想
である。これほど大きな荷でなくとも、このように地上を引き
ずって行う運搬方法は現代でも行われている。
既述のように、クレーンは、使用目的で「建設機械」と「荷
役機械」の2つに大きく分けることができる。一方、使用形態
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
でみると、前者は、クレーン作業によって、建築物の部材を所
定の位置へ取り付けるために運搬し、目的の建物等が完成する
とそれまで活躍していたクレーンは撤去されて姿を消す、いわ
ば「仮設系」のクレーン、後者は、製造現場や運送等の場合で
あるが、その場所で物の製造や運搬作業が行われているかぎり
ずっとその場所にあって、常に重量物運搬の主役として活躍し
つづける、いわば「常設系」のクレーンである。
現在でもそうであるが、建設作業に使用されるクレーンの割
合は相当に高く、この傾向は時代を遡るほど高くなるように思
う。
以下にこれら2つを分けて記述する。
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
3- 3- 1「 仮 設 系 」 の ク レ ー ン
建設作業においては、クレーン作業を必要とする場所が作業
の進捗とともに変わるという特徴がある。現在の建設現場にお
けるクレーン作業は、作業場所が多少変わっても少し大きめの
クレーンを設置しておいて、起伏や旋回の機能等を縦横に活用
して処理しているが、当時はそのような機能が十分に発達して
いなかったため、使用するクレーンはその都度位置を変えやす
いようにできるだけ軽くて組立て分解が容易なものとする必要
が あ っ た 。し か し 、こ う す る と 当 然 ク レ ー ン 能 力 が 下 が る の で 、
運搬する荷を大きくすることができず、従って、運搬回数が多
くなることとなり、その実施計画には相当頭を悩ませたことで
あろう。
図 3- 21、 22、 24 の 3 枚 の 図 は 当 時 の 簡 単 な 建 設 用 の ク レ
ーンの様子を伝える図で、構造をできるだけ軽量化するための
工夫がなされていることが感じられる。この頃のクレーンの一
つの形式として、ジブに相当するものをできかかった構造物に
とりつけたり、その構造物そのものに滑車を吊り下げる形をと
ってジブを省略しているものなどが多くみられる。
図 3- 21 は 12 世 紀 頃 の 聖 堂 を 建 設 す る た め の 「 踏 み 車 」 式
のクレーンで、踏み車の大きさはやっと人一人が入れる程度の
ものである。7人のうちクレーン作業に係わっている作業者が
2人描かれており、今流にいえば、左側の、踏み車の中の人は
オペレーター、右側の荷に触れている人が玉掛者ということに
なる。絵を素直にみると、踏み車の直径が約2m、ロープを巻
き 取 る ド ラ ム の 直 径 は せ い ぜ い 30cm 程 度 で あ る と す る と 、 滑
車 は 定 滑 車 し か 用 い て い な い の で 、 減 速 比 は 6~ 7 倍 と な り 、
運 転 者 の 体 重 を 6 0 0 N( 約 6 0 k g f )と す る と 、こ の ク レ ー ン の 能
力 は 約 0.4 ト ン 程 度 と な る 。
このクレーンもよく見ると、踏み車による動力発生部分と荷
を吊り下げている滑車の部分とは構造的に離れていることがわ
かる。従って、滑車の部分は、この絵のように近い位置でなく
てもロープがとどく範囲であれば自由に位置を変えて、相当広
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
い範囲の作業が「踏み車」を移設することなく(滑車の位置に
よって踏み車の向きを変える程度のことは必要である)こなせ
図 3- 21* 1
12 世 紀 頃 の 建 設 用 踏 み 車 式 ク レ ー ン
たものと思う。ジブとウインチが一体となった構造のものより
も一般的であったと考えられる。
恐らく、この絵の背景にあるような、尖塔を持った教会を建
設する場合に用いるクレーンでは、この図のような「踏み車」
式のクレーンは、主として、比較的初期の基礎部分に近い、比
較的重い部材を運ぶ段階で用いられたものと考えられる。しか
し、屋根より上部、特に、尖塔の部分の建設段階でも、踏み車
を移設することなく、滑車部分だけを屋根に近い場所に設置し
て、軽い荷を扱うために「踏み車」式のクレーンによる作業が
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
行われた可能性がある。
図 2 - 2 2 に は 種 々 の 荷 役 作 業 が 描 か れ て い る 。本 稿 で は 、人
が持てない程の重い荷を運搬することは、どのような作業であ
っても広い意味での「クレーン作業」として扱ってきているの
図 2 - 22* 8
13 世 紀 頃 の 建 設 作 業 用 ク レ ー ン
で、その視点でみると、左の図に、担架で荷を揚げる作業及び
一輪車で荷を運ぶ作業、右の図に、手廻しのウインチで荷を上
げる作業の合計3つの「クレーン作業」が描かれている。
12~13 世 紀 頃 の 建 設 作 業 に お い て は 、 お お む ね こ の 程 度 の 、 で
き る だ け 簡 単 な 機 材 を 使 用 し て 行 う こ と が 主 体 で 、図 3 - 2 1 の
ような、大きな減速比を持つ踏み車式のクレーンなどはやむを
得ぬ場合のみに限られたと考えている。ここに出てくる一輪車
は最初中国で発達したといわれており、実用されるようになっ
たのは漢代というから、紀元前後の頃からに由来する。
図 3- 23
一輪車の浮彫り(中国四川省保寧)*9
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
図 3 - 2 3 は 、A D 1 5 0 年 頃 、四 川 省 保 寧 近 く の 墓 の 浮 彫 り に あ
るものである。どうにか人が持てる程度の荷を運んでいるよう
に見えるので、クレーンの範疇に入れるのはやや無理があると
思うが、クレーン作業の一環として、比較的重い物を簡単な巻
上げ機でつり上げ、一輪車に載せて運搬する場面があったのだ
と思う。
こ の 一 輪 車 が 欧 州 へ 伝 わ っ た の は 10 世 紀 頃 の こ と だ と い わ れ
ている。
図 3- 24
16 世 紀 頃 の ス ケ ッ チ * 1
図 3 - 2 4 は 、レ ン ガ 造 り の 建 造 物 用 資 材 の 運 搬 状 況 の よ う で 、
少 し で も 能 率 を 上 げ る た め に 、ウ イ ン チ 1 つ で 同 時 に 2 つ の 荷
を揚げるよう工夫をしている。
絵を見た感じでは、力を加えるウインチのハンドルの部分、
中央のロープドラムと向こう側の大径のドラムの部分、大径の
ドラムと二つの巻上げドラムの部分にそれぞれ1/2~1/3
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
程度の減速比がとられており、定滑車のみのつり上げ機構のよ
う で あ る 。つ り 具 が 2 つ あ る の で そ れ ぞ れ の バ ケ ッ ト を 吊 り 下
げているロープに伝えられる力はウインチを操作する人が出す
力 の 約 10 倍 と い う こ と に な り 、 300N( 約 30kgf) の 力 で レ バ
ー を 押 す も の と す る と 1 つ の バ ケ ッ ト で 約 300kg の 荷 を あ げ る
ことができることになる。
図 3- 25 は 、 15 世 紀 に 描 か れ た 絵 画 で あ る が 、 こ の 当 時 の
教会や聖堂の尖塔を建てる際のクレーン作業の様子を示すもの
と し て 大 変 興 味 を そ そ ら れ る 。 図 3- 26 は 、 図 3― 25 の 奥 の
方で尖塔を建てるためのクレーン作業を行っている部分を拡
大 し た も の で あ る 。拡 大 し て も か な り 小 さ い の で は っ き り し な
図 3- 25
15 世 紀 頃 の ス ケ ッ チ * 18
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
図 3- 26
上図の拡大図
い が 、少 な く と も 定 滑 車 と 動 滑 車 を 組 み 合 わ せ た 複 合 滑 車 を 用
い て い る よ う に み え る 。画 面 中 央 の 石 材 を 刻 ん で 積 み 上 げ て い
る 様 子 を 主 題 と し て 描 い た 絵 で あ ろ う が 、筆 者 の 関 心 は 後 方 の
尖 塔 の 建 築 作 業 で あ っ て 、こ こ ま で 詳 細 に 描 写 し て く れ て い る
こ と に 感 謝 し た い 。お そ ら く こ の 絵 の 感 じ で は 2 本 掛 け の 巻 上
げ 装 置 で 、現 代 で も よ く 使 わ れ る「 ロ ー プ テ ー ク ル 」 の よ う な
も の で あ る と 思 わ れ る 。従 っ て 、人 が 出 す 力 の 2 倍 の 荷 を 持 ち
上 げ る こ と が で き る 程 度 で あ ろ う 。2 人 の 作 業 者 が い て 、上 の
人 が 巻 上 げ 機 の ロ ー プ を 引 っ 張 る ク レ ー ン オ ペ レ ー タ ー で 、下
の 人 が 所 定 の と こ ろ に 荷 を 下 ろ し て 、組 み 上 げ て い く 玉 掛 者 の
親 方 で あ ろ う 。そ れ に し て も 、当 時 の 高 所 作 業 の 足 場 は な ん と
簡 単 な も の だ っ た の で あ ろ う か 。こ ん に ち と 違 っ て 大 変 危 険 な
作業環境であったことがわかる。
次 に 、 図 3- 27 は 、 15 世 紀 か ら 16 世 紀 に か け て 、 ダ ヴ ィ ン
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
チとほぼ同時期に活躍したオランダの画家ヒエロニムス・ボッ
スの「地獄」に描かれているクレーンで、当時の巻上げ機構の
一形態を明確に記録している。絵の内容は非常に抽象的で、炎
上している建物、首吊りの様子などの怪しげな背景の前で、レ
ンガによる建築工事が行なわれており、クレーンが描かれてい
る。
図 3‐ 27
1 層 巻 ド ラ ム の 建 設 用 ク レ ー ン * 33
中世における建設用クレーンの代表的な形式として、滑車やジ
ブの一部をできかかった建造物に取り付ける方法を紹介して
き た が 、こ の 図 3 - 2 7 の ク レ ー ン は 自 立 し た ジ ブ を 有 し て い る 。
全体的にみて、上部と下部で大きさのバランスに違和感がある
が 、巻 上 げ ド ラ ム は 直 径 5 0 ~ 6 0 c m の も の を 1 層 巻 と し て 使 っ
ているように見える。今回の調査では、ドラムの巻き取り状態
まではっきり記録された資料は非常に少ないが、一般に建設用
のクレーンは「持ち運びが容易」なように軽く、小さく作る必
要があるので、この例のように 1 層巻きというのは、ドラムの
直径が大きくなること、ドラムの長さが長くなること等という
理由であまり用いられなかったと思っている。
滑車は、上部の水平なジブの前後に各 1 個ある筈で、この 2
個の滑車は「定滑車」でロープの方向を変えるだけで「力の利
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
益 」は な い 。 ま た 、ド ラ ム を 巻 き 上 げ る ウ イ ン チ の レ バ ー が 1 2
個 所 と い う の も 非 常 に 珍 し い も の で あ る 。 更 に 12 本 の レ バ ー
が同一平面上に並んでいるのも気になる。このレバーには大き
な力が加えられるのでドラムに穴を掘って植え込む程度では長
持 ち し な い と 考 え る 。ウ イ ン チ の レ バ ー は 4 個 所 と い う の が 普
通で、ドラムに貫通した穴を 2 個所設け、長いレバーを差し込
んで4個所で操作できるようにしたものが多い。オペレーター
が連続的に力を加えやすいようにと腕の本数を多くしたものが
あ っ た と い う こ と は 事 実 で あ る と 思 う が 、巻 き 上 げ 軸 に 6 箇 所
の 穴 を あ け 、 6 本 の 「 棒 」 を と お し て 12 箇 所 の 腕 を 設 け た と
考えるのが妥当であると感じる。
全体として違和感が多い作品であるが、ここまではっきり描
写されていれば、やはり実在したと是認せざるを得ないという
感想である。
以上、中世の建設用に用いられた「仮設系」クレーンは、図
2 - 21 に 示 し た よ う な 踏 み 車 式 の や や 大 型 の も の も 見 ら れ る
が、総じて小型の、しかも持ち運びが便利なような構造とし、
比較的大きな部材となるジブをできるだけ省略して、滑車を建
設途中の駆体に設置するように工夫したものが主流であるよう
に感じられる。
3- 3- 2「 常 設 系 」 の ク レ ー ン
常設系のクレーンとは、そのクレーンが据え付けられる場所
に「重量物」の離合集散があって、半永久的にその作業が続く
ために必要とされるクレーンである。従って、前節の「仮設系
のクレーン」のように目的の建物等が完成すると同時に撤去さ
れるものと異なって相当の長期間その場所にありつづけるもの
である。港湾荷役作業、工作機械等のクレーン作業がその代表
例である。
図 3- 28 は 、 1430 年 頃 の ス ケ ッ チ に あ る 図 と の こ と で あ る
が、2台のクレーンが描かれていて、いずれもよくまとまった
機械らしい感じがする。しかし、このような構造では大容量の
クレーンにはなりにくいと思う。
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
クレーンは本来、人の持てないような重い荷を持ち上げて運
ぶことである。しかし、工場などで使用されるクレーンに求め
られる重要な機能として、つり上げた荷をたとえわずかでも横
方向へ移動させることがある。例えば、旋盤に被切削物を取り
付 け る 場 合 、つ り 上 げ た だ け で 、
「 チ ャ ッ ク 」の 部 分 に 移 動 さ せ
ることができなければ大変不便であるからである。
図 3- 28
1430 年 頃 の ス ケ ッ チ よ り * 8
そ の よ う な 観 点 で 図 3 - 2 8 を 見 る と 、右 側 の ク レ ー ン に は 明
らかに旋回機能を備えて、荷を横へ移動させることができるよ
うに見える(ロープの経路が不自然で、旋回させるとバーに引
っ か か る 感 じ で あ る が 、 こ れ は 描 く と き の 錯 覚 で あ ろ う 。) が 、
実際に旋回させるときにどこに力を加えればよいかが明確でな
い。あまり大きな能力ではないので、ロープの一部かジブを持
っ て 引 っ 張 れ ば 旋 回 さ せ る こ と が で き る の か も し れ な い 。ま た 、
旋回させたときのこのクレーン全体の安定がどうなっているか
がこの絵だけでは心配である。絵にはないが、フレームをロー
プなどで固定することで目的は達せられる。このクレーンの巻
上げ機構は、定滑車を3個使っただけの簡単な構造で、減速機
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
構も、ドラム軸にさしてしてあるあまり長くない巻上用のバー
の長さとドラムの直径の差だけであるから、加えた力の2倍程
度の荷しか上げることができない。しかし、明らかに旋回機能
を持つクレーンの記録としては相当古いものに属すると思う。
左側のクレーンは、巻上げ機構としては十分にクレーン本来
の目的に合致している。即ち、大きな減速比をもっていて、そ
の 1 つ は 、フ ッ ク の 部 分 が 定 滑 車 と 動 滑 車 を 組 み 合 わ せ た 、 い
わゆる複合滑車で 2 本掛けになっていること、2つ目が、ウイ
ンチの部分で、ドラムに相当する部分(単に駆動軸にロープを
巻きつけているだけに見えるが)と手廻しホイールの直径の比
が 5 倍 程 度 に と ら れ て い る こ と で あ る 。こ れ だ と ホ イ ー ル に 加
え た 力 に 対 し て 10 倍 近 く の 重 さ の 荷 を 揚 げ る こ と が で き る 。
また、駆動軸が柱を貫通していて2つのホイールが同じ軸に固
定 さ れ て い る よ う な の で 、二 人 の 人 が 力 を 合 わ せ る こ と が で き 、
仮 に 一 人 が 3 0 0 N( 3 0 k g f ) の 力 を 出 す と 0 . 6 ト ン の 荷 が 吊 れ る
勘定になる。
なお、この絵の場合も、旋回機構がどうなっているか、荷を
吊ったときの安定がどのように確保されるかが不明であるが、
筆者の独断によると、柱の下端は固いものの上に乗っていて旋
回中心の役目を持ち、柱の頂部を建物の一部又は摺動する軸受
けを持つ斜めの支柱でサポートされた構造で、ハンドルの枠を
押すことによって多少は旋回ができる構造である、と思うが如
何であろうか。
紀元前後にも、旋回や起伏に関する工夫がなされた証拠があ
ることは既述の通りであるが、クレーンの本格的な機能として
実際に広く使用され始めたのはこの頃からであると考えている。
横方向へ荷を移動させる方法には、
「 旋 回 」と「 起 伏 」が あ る
が、旋回が先に実用の段階に達したようである。起伏に関して
は 、 図 3- 18 に 示 し た よ う に 、 紀 元 前 後 に ジ ブ を 起 伏 さ せ る 機
構が記録にあるが、その図では、ウインチでジブの傾斜角を変
えてクレーンの設置状態を決める目的であったと考えており、
実際に吊った荷を目的の場所へ移動させるために「起伏」が用
いられるようになるのはかなりあとのことであると思う。現代
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
の天井クレーンは「走行」又は「横行」によって横方向へ移動
させるが、既述のように、天井クレーンのようなガーダーの両
端 に 車 輪 を 持 つ 構 造 は 、こ の 頃 ま で に は 出 現 し て い な い 。ま た 、
ジ ブ を 有 す る 移 動 式 ク レ ー ン の「 つ り 荷 走 行 」
( い わ ゆ る「 移 動
式クレーン」で、荷を吊って走行すること)も荷を横方向へ動
かす手段であるが、クローラクレーンの一部で行われている程
度で、横への荷の移動手段としては現代でも一般的ではない。
図 3- 29 は 、 ラ メ リ と い う 技 術 者 が 1600 年 頃 に 描 い た と さ
れるもので、原理的にはこんにちのクレーンに非常に近いもの
であると思う。即ち、随所に減速機構を配して力の増幅を考え
ているからである。全体として、従来からの手廻しウィンチと
滑車装置に加えて、平歯車やウォーム歯車による減速機構を縦
横 に 組 み 合 わ せ た も の で 、操 作 す る 人 が 出 す 力 の 1 5 0 倍 以 上 の
荷を上げることができるように思われる。従って、このクレー
ン の 能 力 は 5 ト ン 程 度 に な る 。こ の ク レ ー ン も 旋 回 機 能 を 備 え
ている。ポストの下方にある4~5m位ありそうなバーを押し
て旋回させるものである。ポスト底部の円盤の下には旋回用の
コロがあるはずである。
ま た 、こ の ク レ ー ン が 5 ト ン も の 荷 を 吊 っ た 場 合 の 安 定 が 問
題であり、この程度の機体の感じでは倒れてしまうのは確実で
ある。円盤の周囲 4 箇所にある四角の構造物は、転倒防止のた
めのもので、ここにも旋回できるようにコロが備えられていな
ければならない。現代のクレーンの旋回部分はほとんど「旋回
ベアリング」が用いられているが、ひと昔前までの、クレーン
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
図 2 - 29
ラ メ リ の 旋 回 ク レ ー ン * 10
では旋回ローラー(旋回体の重量を支えた状態で回転できるも
の)とフックローラー(旋回体が過荷重などで転倒しないよう
に下部構造体に引掛けた状態で回転できるもの)の組み合わせ
で成り立っていたわけであり、このクレーンの機構はその先祖
に あ た る も の で 、4 0 0 年 も 前 か ら 使 わ れ て い た こ と が わ か る 。
図 3 - 3 0 は 、プ ル ー ジ ュ の ク レ ー ン と い わ れ る 荷 役 用 の ク レ
ー ン で 、ミ ュ ン ヘ ン の 国 立 博 物 館 に あ る「 A c a l e n d a r o f F l e m i s h
festivals」 と 呼 ば れ る ス ケ ッ チ に よ る も の で あ る 。 人 と の バ ラ
ンスなどから考えると踏み車の直径は4m近くあり、内部の機
構は不明であるが、直感的にはクレーン能力は、2~3トン位
は吊れるものと思う。しかし、ジブの起伏や本体の旋回などつ
り荷を横方向へ移動させる機能はなく、ただ重い物をつり上げ
るだけの機械であろう。生活物資等が集散する市場のような場
所で、手前に描かれている馬橇のようなもので運んできた荷物
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
図 3- 30* 1
プルージュのクレーン
をこのクレーンでおろし、別の運搬手段で運び去るというよう
な 使 い 方 で は な か っ た だ ろ う か 。1 5 世 紀 頃 の 作 品 で あ る と の こ
とである。
「機械の歴史」を論じた本の「はしがき」の部分にスケッチ
があるだけで、いつ頃のものか、また、実在したかどうかにつ
い て 証 拠 は な い が 、 図 3- 31 の よ う な 概 念 の ク レ ー ン * 12 が あ
ったらしい。
この巻上げ方式では大きな揚程を得ることは無理であるが、
重量物を「少し」持ち上げるだけであれば実に合理的である。
図 2 - 31
特殊な荷役クレーン
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
荷が高く上がるほど大きな力を要するという理屈であるが、
例えば、荷馬車で運んできた重量物を荷台から少し浮かせて、
荷馬車を移動させてから別の運搬装置を入れ替えてその上に下
ろすというような作業にはうってつけのクレーンとなる。
ジブの長さ等によって条件はいろいろあるが、仮にジブを5
m と し て 図 2 - 3 1 の 条 件 で 概 算 す る と 、1 ト ン の 荷 を 1 0 c m 浮
か せ る と き の 力 は 1 . 9 k N( 1 9 0 k g f ) ほ ど で す む 。 無 論 、 手 で 引
張っただけではちょっと無理であるが、簡単なウインチで引き
上げることが可能である。また、この方式は、ウインチのロー
プ を 簡 単 に 滑 車 1 個 で 2 本 掛 け に で き る と い う 利 点 が あ り 、し
かも、この滑車は「動滑車」であるが、定滑車のような使い方
で、下方へ引張って仕事ができるという便利さがある。とても
建設用のクレーンとしては使えそうにないので、若し実在した
と す れ ば 、 市 場 等 で 商 取 引 が 盛 ん に 行 わ れ る よ う に な っ た 15
世紀頃以降のことではないかと思う。
このようなコンセプトのクレーンを現代では見かけることは
ないが、かつては使われた可能性がある。
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
3- 3- 3
移動式クレーン
こ こ で 移 動 式 ク レ ー ン と い う 節 を 設 け た が 、 3- 3- 1 の 建 設
用のクレーンは常に設置場所をクレーン作業の必要場所にあわ
せて移動させ易いように工夫されたクレーンであることは既述
の通りであり、本節でいう移動式クレーンは、現代の移動式ク
レーンの概念に近いもの、即ち、車輪等を用いて作業現場間を
移動できるようなものの生い立ちがどうであったかについて触
れてみたいということである。
図 3 - 2 9 は 、ミ ュ ン ヘ ン 国 立 図 書 館 に あ る 1 5 世 紀 の 踏 み 車 を
用いたいわゆる移動式クレーンのスケッチである。ジブは描か
れていない(装備していない)が、恐らく、近くの構造物の一
部にデリックのようなものを設置して、これに動力を供給する
ためのものであると推測する。
図 3- 32
踏み車式の移動式クレーン*1
この絵を見ると踏み車を廻す人が踏み車の真上に位置してい
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
るように描かれている。紀元前後に誕生したクレーン用の踏み
車は、人が踏み車の内部で桟を踏んで昇るときの体重のモーメ
ントで動力を生み出す理屈であるから、その概念に従えば、踏
み車を廻す人はできるだけ踏み車の真横に近い位置で廻すのが
理想である。いま少しどちらかに片寄った位置に作業者がいな
ければならない筈である。しかし、ちょっと見方を変えて、こ
の踏み車による動力発生機構は、人間の体重を利用するのでは
なく、人間が踏み車の桟を「蹴る」力を利用するものと考える
と、この図のように真上に位置して作業を行う方式もあり得る
と考えられる。むしろ、この方が理にかなっているかもしれな
い。なぜならば、体重を利用する方式であれば、得られるトル
クの最大値は、体重に踏み車の半径を乗じた値が限界である。
一 方 、人 間 が 踏 み 車 の 桟 を「 蹴 る 」力 を 利 用 す る 方 式 で あ れ ば 、
例えば、重量挙げの選手は、競技の種類によっても異なるが、
自分の体重の2倍以上の重さのものを上げることがあるように、
体重のモーメントに相当する力以上の力を出すことができると
考えられるのである。
移動式クレーンは本稿の分類でいえば仮設のクレーンに属
する。従って、移設をできるだけ容易にするためコンパクトに
造る必要があるので、大の男が踏み車の中に入って作業をする
方 式 の も の は 適 当 で は な か っ た よ う で あ る 。第 二 節 で 紹 介 し た 、
作 業 場 で 使 用 す る AD5 世 紀 頃 の 踏 み 車 式 ク レ ー ン ( 図 3- 19)
も人の位置は描かれていないが同様の方式である。いずれにし
ても、このようなコンセプトのクレーンが存在したことは事実
であったと考えられ、移動式クレーンは、クレーン作業が必要
な場所へ簡単に(いちいち分解しなくても)行けるように、と
いうニーズから生まれたものであろう。なお、この絵の場合、
例えば、上部にデリックのようなものがあって、それに動力を
供給するのであれば、いわゆる「ラインプル」に対抗するだけ
の機体重量が必要になる。重量が不足する場合には機体が動い
てしまうので地面等に固定しなければならないが、そのような
装置は描かれていない。まあ、この程度のウインチであれば、
ラ イ ン プ ル は せ い ぜ い 3 kN( 約 300kgf) 位 で あ ろ う か ら 、 機
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
体の重量は問題なさそうなので、車止めを設ける程度で用は足
せると考えられる。
昔は、重量物を吊り上げたときの十分な安定度を有する程の
大型の台車が製作できなかったことと、荷を高い場所へ上げる
ための長いジブを製作できなかったことなどの理由で、移動式
クレーンは動力供給部分とジブに相当する部分を分けて造った
ということであろう。即ち、移動式クレーンで、特に建設作業
用に使用されるもののルーツは、このような動力供給車であっ
たのかもしれない。
しかし、既述のように、この頃の建設用のクレーンは、ウイ
ンチの部分を地上などの低い場所に置き、滑車を「できかかっ
た」構造物の一部に設置する形式が一般的であったので、移動
式クレーンといっても、単に、ウインチに「車」をつけただけ
のものともいえる。
こ れ に 対 し て 、 図 3- 33 は 起 伏 ジ ブ 式 移 動 式 ク レ ー ン で 、ジ
ブも同じ台車に組み込んだ構造となっている。こんにちの移動
式 ク レ ー ン と 機 能 的 に は 同 じ も の で あ る 。1 5 世 紀 中 頃 に イ タ リ
アのタッコラが描いて残したものであるという。
図 3- 33
起 伏 ジ ブ 式 移 動 式 ク レ ー ン * 11
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クレーン(起重機)の歴史(2)
…重いものを動かすことの変遷…
一台装備しているウインチはジブを起伏させるために使用され、
フックの巻上げ機構はなく、ジブの起伏につれて上下するフッ
クによって荷役が行われるものである。こんにち欧州で盛んに
使用され、わが国にも相当数輸入されて木材のハンドリング等
に多く用いられていて、巻上げ機構にロープを使わない方式の
「屈曲ジブ式積載形トラッククレーン」のクレーン部分にそっ
くりの構造である。揚程が極端に制約されるため、建設用には
不向きで、製造現場又は運送作業におけるクレーン作業に用い
られたと考えられる。
以 上 の 2 例 か ら 、1 5 世 紀 頃 に 車 輪 を 利 用 し て ク レ ー ン 全 体 を
分解せずに移動を行うタイプの「移動式クレーン」が出現して
いたことがわかる。紀元前後にジブを有する本格的なクレーン
が誕生し、それ以来長い間、クレーンの移動は分解して移設す
る方法、又は、できるだけ小型にしてそのまま移設する方法が
主体であったわけであるが、移動式クレーンの誕生で、作業現
場 間 の 小 移 動 で 、 か つ 、小 型 の も の で あ れ ば 全 体 を 車 輪 に よ っ て
移動させ、段取り時間を大幅に削減できることになったのであ
る。
(つづく)
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