...

欧州銀行の資産圧縮とアジア

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

欧州銀行の資産圧縮とアジア
みずほインサイト
グローバル
2012 年 3 月 2 日
欧州銀行の資産圧縮とアジア
金融ビジネス調査室上席主任研究員
アジアからの資本流出リスクは当面限定的
03-3591-1426
新形敦
[email protected]
○ 欧州銀行は複数の資産圧縮圧力にさらされているが、アジア向け貸出が大幅に削減される可能性は
低く、アジア経済への悪影響は極めて限定的と考えられる。
○ 背景には、①EBAの自己資本比率基準達成に向けた貸出削減は限定的にとどまったこと、②資産圧
縮の対象は主に金融資産であること、③アジア向け貸出は優良資産であること、などがある。
○ 欧州銀行の資産圧縮に対し最も脆弱な地域は、アジアではなく中東欧諸国である。欧州問題のアジ
アへの影響という点では、金融というより、貿易面など実体経済を通じた経路を注視すべきである。
1.はじめに
欧州銀行は、現在、複数の資産圧縮(デレバレッジ)圧力にさらされている。短期的には、2012年6月
末が期限の欧州銀行監督機構(EBA)が求める最低自己資本比率(コアTier1比率=9%)の達成義務 1 、そ
して、2011年末に欧州で導入されたバーゼル2.5への対応、外貨建て資産圧縮の必要性や欧州債務危機
に伴う経営体力低下への対応、などである。
このようななか、欧州銀行がデレバレッジの一環としてアジア向け貸出も大幅に削減し、結果として
アジアから大規模な資本流出が発生し、アジア経済に悪影響を与えるリスクが懸念されている。
しかし、欧州銀行によるアジア向け貸出削減の影響は、少なくとも現状では、極めて限定的と考えら
れる。理由は主に下記3点にある。すなわち、①目下懸念されていたEBAが求める自己資本比率達成に向
けた貸出削減はわずかにとどまる見込みが濃厚となったこと、②バーゼル2.5対応に向けたデレバレッ
ジの対象資産は、法人や個人向けの「貸出」というより金融資産等のトレーディング関連資産が主であ
ること、③外貨建て資産圧縮や経営体力低下への対応として削減対象となるのは一義的には不良資産で
あり、優良資産であるアジア向け貸出の優先順位は低いこと、が指摘できる。
以下では、これらの理由を検証した上で、欧州銀行のデレバレッジの影響が大きい地域は、アジアで
はなく中東欧諸国であることを述べたい。
2.欧州銀行が直面するデレバレッジ圧力
(1)EBA の自己資本比率達成義務
周知のとおり、2011年12月8日、EBAは、2011年9月末時点(銀行勘定での保有国債の時価評価(減損分)
も勘案)でコアTier1比率が9%に未達の欧州域内銀行31行に対し、各行の自己資本不足額を公表した上、
1
2012年6月末までに基準を達成するよう要請した。
自己資本比率(=自己資本/資産)を向上させる方法は、単純化すれば、「自己資本を増やすか(分子
対策)」、「資産を圧縮するか(分母対策)」の2通りしかない。2011年夏以来の金融市場の混乱が続
くなか増資は極めて困難とみられており、多くの銀行は自己資本比率を向上させるために大幅な貸出削
減を行うのではないかと懸念されていた。
しかし、EBAの要請に向けた各行発表の自己資本比率向上計画をみると、大型増資を行ったのはウニク
レディト(イタリア)1行にとどまるものの、多くが「分子対策」としては既存の優先株を普通株に転
換するといった「資本の質の転換 2 」や、「分母対策」としても「リスク資産(自己資本比率算出の際の
資産であり、リスクに応じて掛け目をかけた資産を指す)の再計算 3 」や「主に投資銀行部門が保有する
金融資産等のトレーディング関連資産の圧縮」で対応しており、いわゆる「貸出」の削減はごくわずか
にとどまっている(図表1)。
自己資本不足行は、2012年1月20日に自行の自己資本比率向上計画を各国当局に提出し、同2月9日には
EBAが各行の自己資本比率向上方法を全体の集計値として発表した(次頁図表2)。この結果からも、所
要自己資本のうち、資産圧縮で対応した割合は23%に過ぎず、なかでも貸出削減という方法はわずか3%
に過ぎなかったことが明らかとなっている
現在、各行の計画は当局の認可待ちの状態にあり、計画通り認可されないというリスクは残存してい
るものの、少なくとも現状では、EBAの自己資本比率引き上げ要請に伴う貸出削減圧力は、極めて限定
的にとどまった。当然のことながら、アジア向け貸出についても削減圧力は小さいと考えられる。
図表 1
自己資本不足額
銀行名
(百万ユーロ)
欧州主要行の自己資本増強計画
自己資本対策(分子対策)
増資
自己資本の質転換
資産対策(分母対策)
その他
資産売却
その他
ドイツ銀行
(ドイツ)
3,239
コメルツ
(ドイツ)
5,305
・内部留保
・新規融資の停止
(ドイツ、ポーランド除く)
・一部持分売却(ロシア)
BNPパリバ
(フランス)
1,476
・内部留保
・投資銀行中心の資産圧縮
ソシエテ・ジェネラル
(フランス)
2,131
・内部留保
・配当停止
・投資銀行中心の資産圧縮 ・ハイブリット証券の買戻し
サンタンデール
(スペイン)
15,302
・優先株の普通株転換
・転換社債の普通株転換
・内部留保
・配当停止
・一部持分売却
(ブラジル、チリ、コロンビア)
BBVA
(スペイン)
6,329
・転換社債の普通株転換
・内部留保
・一部資産圧縮
ウニクレディト
(イタリア)
・資産運用部門の売却
検討(欧州、アジア除く)
7,974 ・第三者割当増資
(注)資本不足額は EBA の発表値
(資料)各行発表資料より、みずほ総合研究所作成
2
・ハイブリット証券の買戻し
・リスク資産の再計算
・リスク資産の再計算
(2)バーゼル 2.5 対応
欧州銀行は、バーゼル2.5対応というデレバレッジ圧力にも直面している。
バーゼル2.5とは、2009年7月、バーゼル銀行監督委員会において現行の自己資本比率規制であるバー
ゼルⅡを補完するものとして公表され、欧州銀行に対しては2011年末に導入された規制である 4(正式に
は「バーゼルⅡの枠組み強化」)。その内容は、銀行が、主に短期売買やヘッジ目的の金融商品等のト
レーディング関連資産を計上する「トレーディング勘定」に対するリスクの掛け目を高めることで(リ
スク資産を膨らませる)、バーゼルⅡに比べ、自己資本の積み増しを強化させるものである。
欧州銀行の総資産に占めるトレーディング関連資産の割合は、米銀と比べて大きく、バーゼル 2.5 対
応という観点からは、米銀以上に大きなデレバレッジ圧力に直面している 5(次頁図表 3)。バーゼル 2.5
導入に伴いリスク資産が膨張するため、何らかの自己資本比率向上策を講じなければ、自己資本比率は
大きく低下してしまう。2013 年初から段階的に導入される予定のバーゼルⅢにおいては、バーゼルⅡに
比べ所要自己資本比率自体が高くなるため、欧州銀行は、バーゼル 2.5 で膨張した資産の下でもバーゼ
ルⅢ基準を達成できるよう、多くは数年単位での資産削減計画を立案し実行している。このため、今後
も当面デレバレッジ圧力が継続すると見込まれている。
ただし、バーゼル2.5の目的からも明らかなとおり、デレバレッジの対象となるのは、一義的には金融
資産等の「トレーディング勘定」で保有される資産である。逆に、現状、法人や個人向け貸出に対する
削減圧力がさほど強まっているわけではない。実際、欧州主要行の資産の内訳をみると、トレーディン
グ関連資産は2008年をピークに概ね2割前後削減されているのに対して、貸出は2010年初にかけて緩や
かに落ち込んだものの、その後は再び増加に転じている 6 (次頁図表4)。
アジア経済への影響という点では、金融資産を中心とした資産削減であれば、実体経済への影響は「間
接的」であり、貸出削減に比べて、限定的にとどまる可能性が高い。さらには、トレーディング勘定で
保有する金融資産の多くは、投資銀行部門(トレーディング業務)の中心である米国や英国(ニューヨ
ークやロンドン)の資産と予想され、この観点からも、アジアからの資本流出を通じた経済への負の影
響は限定的と考えられる。
図表 2
自己資本不足行の自己資本増強計画(EBA 集計値)
(%)
77
7
資産対策(分母対策)
(%)
自己資本対策(分子対策)
23
23%
その他
16
内部留保
22
ハイブリット証券転換
6
CoCos債発行
26
増資
4
その他
3
貸出削減
7
資産売却
リスク資産の再計算
9
0
0
77%
(資料)EBA より、みずほ総合研究所作成
3
(3)外貨建て資産圧縮や経営体力低下への対応
他方、2007 年 8 月のパリバ・ショックから 2008 年 9 月のリーマン・ショック後にかけて、欧州銀行
をはじめ世界の銀行が直面した問題のひとつに、ドル不足という外貨流動性の問題があった。欧州銀行
は、2011 年にも、ギリシャの第 2 次支援を巡る迷走とこれに伴う金融市場の混乱から、銀行セクターへ
の主要なドル供給源である米MMF(マネー・マーケット・ファンド)が欧州銀行向けの資金供給を絞り
込み、再びドル調達が困難となった。欧州銀行は、ここ数年の間に 2 度も深刻なドル不足に直面した事
態を受け、ドル建て資金調達を減らすため、バランスシートの資産側にあるドル建て資産を削減する動
きを進めている 7 。アジア向け貸出はドル建て部分も多いと推測されることから、外貨建て資産の削減
という観点から、アジアが削減候補となる可能性は否定できない。
これに加えて、欧州各国では、欧州債務危機の継続や緊縮財政から今後景気が一段と冷え込む可能性
が高まっている。景気悪化に伴い不良債権がさらに増加することで、欧州各行は、不良債権処理や経営
体力低下に伴う貸出削減等を行わざるを得なくなる可能性がある。
ただし、ここでもアジア向け貸出は、①他の外貨建て資産と比べた規模の小ささ、②同パフォーマン
スの良好さから、削減対象としての優先順位は低いと考えられる。
以下では、それぞれ地域別の「貸出シェア」、
「貸出パフォーマンス」という 2 つの切り口から、アジ
ア向け貸出を検証する。
図表 3
欧州銀行、英銀、米銀の資産の内訳
(2011 年 9 月末)
図表 4
欧州銀行の資産の内訳の推移
(%)
(10億ユーロ)
100
6,500
14,000
6,000
12,000
90
80
その他
(10億ユーロ)
5,500
70
10,000
5,000
60
8,000
貸出
50
4,500
6,000
40
4,000
トレーディング
関連資産
30
4,000
3,500
総資産(右目盛)
トレーディング関連資産(左目盛)
貸出(左目盛)
20
3,000
10
0
2,500
0
欧州銀行
(英銀除く)
英銀
2006
米銀
(注)欧州銀行:ドイツ銀行、コメルツ、BNP パリバ、ソシエテ・ジェネラル、
クレディ・アグリコル、サンタンデール、BBVA、ウニクレディト、
インテーザ・サンパオロ、クレディ・スイス、UBS の合計
英銀:バークレイズ、RBS、ロイズ、HSBC の合計
米銀:JP モルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、
ウェルズ・ファーゴの合計
(資料)各行発表資料より、みずほ総合研究所作成
2,000
07
08
09
10
11
(年)
(注)欧州銀行:ドイツ銀行、コメルツ、BNP パリバ、ソシエテ・ジェネラル、
クレディ・アグリコル、サンタンデール、BBVA、
ウニクレディト、インテーザ・サンパオロ、クレディ・スイス、
UBS の合計
(資料)各行発表資料より、みずほ総合研究所作成
4
a.地域別の貸出シェア
先ずは、欧州銀行の貸出シェアを地域別にみてみたい(図表 5)。
英銀を除く欧州銀行のアジア向け貸出は、米国向けより圧倒的に小さく、全体の数パーセントにしか
過ぎない。英銀ではアジア向けのシェアは全体の 2 割近くに達するものの、多くは HSBC(英国)やスタ
ンダード・チャータード(同)というアジアを含めグローバルにネットワークを有することで外貨調達
能力が高い銀行のものである。
貸出の規模でみれば、対外資産としては、先ずは米国向けなどアジア以外の地域の資産が削減対象と
なる可能性が高い。
さらには、先でみたとおり、欧州銀行の総資産に占める貸出の割合は、トレーディング関連資産より
小さい(前掲図表 3、4)。トレーディング関連資産はドル建て部分が相当大きいと推測されるため、外
貨建て資産削減という観点からも、貸出よりもトレーディング関連資産の方が、削減対象としての優先
順位は高いと考えられる。
b. 地域別の貸出パフォーマンス
次に、欧州銀行の貸出のパフォーマンスを地域別にみてみたい(次頁図表6)。
先ず、「健全性」の観点から各地域の不良債権比率をみると、アジアはその他の地域に比べて断然低く
「健全」であるのに対し、欧州(中東欧諸国等を含む)はラテンアメリカや米国とともに不良債権比率
が高いことがわかる。次に、「収益性」の観点からROA(総資産利益率)として「純収入/資産 8 」をみる
と、際立って高いのはラテンアメリカであるものの、アジアの収益性は欧州に比べれば依然高位である。
図表 5
欧州銀行の地域別貸出残高(割合)
< 欧州銀行(英銀除く)>
< 英銀 >
(%)
(%)
100
100
90
90
80
80
70
70
米国
60
60
その他先進国
50
50
その他
40
40
中東欧
30
30
ラ米
20
20
10
10
西欧
アジア
0
0
2007
08
09
10
2007
11 (年)
(資料)BIS より、みずほ総合研究所作成
5
08
09
10
11 (年)
このように、アジア向け貸出は、収益性こそラテンアメリカや米国に及ばないものの、不良債権比率
は非常に低い。ラテンアメリカや米国は不良債権比率も高いことを考慮すれば(信用コストを控除すれ
ば)、アジアは最もパフォーマンスの良い地域とみることもできる。
対外資産(外貨建て資産)の削減や、あるいは経営体力低下という観点からデレバレッジの対象資産
を考えると、真っ先に削減対象となるのは不良債権化している資産であり、次いで、今後不良債権化し
そうな不良債権予備軍、あるいは収益性の低い資産がくるであろう。一方、健全で今後も利益貢献が期
待できる「優良資産」は、デレバレッジの対象としての優先順位は低くなると考えられる(ただし、目
先の資金獲得目的に優良資産が売られる可能性があるが、これについては次章で検証する)。
現状、「優良資産」であるアジア向け貸出を削減するインセンティブは低いと言えよう。
3.その他のリスク要因
(1)2 つのリスク要因
これまでみたように、欧州銀行にとっては、複数のデレバレッジ圧力に直面するなかでも、アジア向
け貸出を削減するインセンティブは低いことがわかった。
他方で、欧州銀行が「止むに止まれず」アジア向け貸出を削減せざるを得ない状況に追い込まれるこ
とも考えられる。例えば、①経営環境の悪化に伴い目先の「キャッシュ確保目的」で削減せざるを得な
い、②「政治的プレシャー」から国内資産を削減できず代わりに対外資産を削減せざるを得ない、とい
った事態に陥った場合である。
以下では、上記 2 つのリスク要因についても言及しておきたい。
図表 6
欧州主要行の貸出パフォーマンス
< 不良債権比率(2010 年) >
< ROA(2010 年) >
(%)
(%)
5.0
ドイツ・フランス合算
8.0
英国2行合算
フランス3行合算
4.5
英国2行合算
7.0
4.0
6.0
3.5
5.0
3.0
2.5
4.0
2.0
3.0
1.5
2.0
1.0
1.0
0.5
0.0
0.0
アジア
欧州
米国
ラ米
アジア
全体
欧州
米国
ラ米
全体
(注 1)ROA=純収入/資産
(注 2)フランス 3 行: BNP パリバ、ソシエテ・ジェネラル、クレディ・アグリコル
英国 2 行: HSBC、スタンダード・チャータード
(資料)各行資料より、みずほ総合研究所作成
(注)ドイツ・フランス: ドイツ銀行、クレディ・アグリコル
英国 2 行: HSBC、スタンダード・チャータード
(資料)各行資料より、みずほ総合研究所作成
6
(2)リスク要因の検証
a.キャッシュ確保目的
欧州銀行のなかには、今後さらに経営環境が悪化し、目先の資金というキャッシュ確保目的で「止む
に止まれず」資産売却を行わざるを得ないところが出てくるかもしれない。
ただし、本来売りたくないにもかかわらず、
「止むに止まれず」売却される資産は、通常、優良資産で
ある。かりに優良資産であれば、買い手も数多く存在するであろう。
とりわけ、アジア地域では、欧州銀行に比べ、総じてバランスシートが健全な地場銀行や邦銀、さら
には米銀もシェア拡大を狙っている。「優良資産」であれば、売却されても容易に買い手が見つかる可
能性は高く、それこそ地場銀行、邦銀、米銀などにとっては千載一遇のチャンスである。
このように、優良資産の売却であれば、あくまでローンの持ち主(債権者)が代わるだけで、アジア
からの資本流出には直結せず、アジア経済への影響は「中立的」であろう。
b.政治的圧力
最後に、政治的圧力についても言及しておきたい。
例えば、EBAの自己資本比率基準達成に向けた各行の計画をみても、コメルツ銀行(ドイツ)などは
ドイツ(及びポーランド)の中小企業向け貸出は削減対象にしないと述べている。資産圧縮を行わざる
を得ない状況に追い込まれた場合でも、国内貸出の大幅削減には政治的に相当な困難が伴うことが予想
され、対外資産であるアジア向け貸出が削減候補となることは当然あり得るであろう。
ただし、この場合のアジアからの資本流出リスクも、上述のキャッシュ確保目的の場合と同様、限定
的と考えられる。というのも、政治的圧力から売却される資産は、純粋に銀行経営の観点からは「優良
資産」と考えられ、やはり多数の買い手が存在する可能性が高いためである。
もちろん、価格等の条件面で交渉が難航するといったリスクは排除できないが、地場銀行、邦銀、米
銀等の代替プレーヤーの存在から、やはりアジア経済への影響は「中立的」である可能性が高い。
4.アジア地域の耐性
(1)アジア地域の資本流出への耐性
ここでは、アジア地域自体の資本流出への
耐性を確認しておきたい。
図表 7
400
350
300
アジアの金融構造を、1990 年代後半のアジ
250
ア通貨危機時と現在とで比較すると、アジア
200
各国は輸出主導型経済成長の実現から、現在
では当時と比べ、対外借入に比べた外貨準備
が潤沢である(図表 7)。
例えば、アジア諸国の外貨準備に対する海
外銀行(ここでは日米欧英銀行)からの借入
残高の比率(対外借入残高/外貨準備)は、
対外借入/外貨準備比率
(%)
150
アジア全体
韓国
インド
インドネシア
タイ
中国
100
50
0
1995 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 (年)
(注)アジア全体: タイ、インドネシア、韓国、香港、シンガポール、台湾、
中国、インド、マレーシア、ベトナムの合計
(資料)BIS、IMF、台湾中央銀行より、みずほ総合研究所作成
7
90 年代後半は、当時、国際通貨基金(IMF)からの支援を受けたタイ、インドネシア、韓国ではいずれ
も 200%を上回っていたものの、最近では 100%前後と半減以下に低下した。さらにはアジア全体(上
記 3 カ国に加え、香港、シンガポール、台湾、中国、インド、マレーシア、ベトナム)では 50%を下回
るなど、外銀借入に対して十分な外貨準備を有している。
もちろん、例えば韓国の銀行は、2008 年のリーマン・ショック直後に続き 2011 年秋にもドル調達が
困難となり、急遽日本銀行と韓国銀行との間で通貨スワップを増額することで市場の動揺を収めるなど、
グローバルな金融混乱に対するアジア諸国の脆弱性は残存している。とはいえ、アジア通貨危機後はチ
ェンマイ・イニシアティブ 9 という金融支援の枠組みも整備されており、アジア通貨危機時と比べ、ア
ジア地域自体も資本流出に対する耐性は、相当程度高まっていると言えよう。
(2)地域別の脆弱性
それでは、欧州銀行のデレバレッジの影響を受けやすい「エマージング地域」はどこであろうか。
アジア、ラテンアメリカ、中東欧諸国それぞれの国内信用残高(国内貸出残高に代替)に対する外銀
の比率を比較してみると、それぞれ 15.4%、35.1%、76.5%と、中東欧諸国の外銀依存度が群を抜いて高
いことがわかる 10 (図表 8)。
図表 8
貸出残高(百万ドル)
日米欧英銀行・合計
欧州銀行
(英銀除く)
対アジア
シンガポール
香港
インドネシア
韓国
インド
台湾
マレーシア
ベトナム
タイ
中国
対ラ米
チリ
メキシコ
アルゼンチン
ブラジル
対中東欧
チェコ
ルーマニア
ハンガリー
ポーランド
トルコ
地域別の外銀依存度(外銀借入/国内信用残高)
国内信用
残高
対国内信用残高(%)
日米欧英銀行・合計
欧州銀行
(英銀除く)
英銀
米銀
邦銀
2,056,925
484,876
831,785
445,703
294,561
13,341,984
15.4
3.6
6.2
3.3
2.2
280,183
466,362
65,512
291,994
250,027
140,915
86,074
13,332
67,111
395,415
89,784
76,723
17,229
68,718
67,663
30,578
11,860
5,085
8,401
108,835
86,261
282,120
18,128
93,413
86,512
51,442
41,862
3,826
14,006
154,215
64,645
53,832
14,761
87,472
71,241
43,190
20,072
1,631
11,060
77,799
39,493
53,687
15,394
42,391
24,611
15,705
12,280
2,790
33,644
54,566
190,918
446,171
251,331
1,046,672
1,224,747
700,455
314,412
144,521
347,750
8,675,007
146.8
104.5
26.1
27.9
20.4
20.1
27.4
9.2
19.3
4.6
47.0
17.2
6.9
6.6
5.5
4.4
3.8
3.5
2.4
1.3
45.2
63.2
7.2
8.9
7.1
7.3
13.3
2.6
4.0
1.8
33.9
12.1
5.9
8.4
5.8
6.2
6.4
1.1
3.2
0.9
20.7
12.0
6.1
4.1
2.0
2.2
3.9
1.9
9.7
0.6
945,306
544,711
140,671
207,460
52,464
2,696,389
35.1
20.2
5.2
7.7
1.9
93,996
311,963
39,952
499,395
75,689
164,027
26,214
278,781
5,384
44,450
6,503
84,334
10,377
94,916
6,578
95,589
2,546
8,570
657
40,691
147,553
366,019
106,541
2,076,276
63.7
85.2
37.5
24.1
51.3
44.8
24.6
13.4
3.6
12.1
6.1
4.1
7.0
25.9
6.2
4.6
1.7
2.3
0.6
2.0
853,802
754,168
43,398
46,197
10,039
1,115,955
76.5
67.6
3.9
4.1
0.9
196,998
105,413
112,204
256,238
182,949
186,708
101,689
102,761
233,421
129,589
4,664
2,017
2,522
6,386
27,809
5,076
1,698
5,774
12,521
21,128
550
9
1,147
3,910
4,423
124,235
79,994
105,106
297,961
508,659
158.6
131.8
106.8
86.0
36.0
150.3
127.1
97.8
78.3
25.5
3.8
2.5
2.4
2.1
5.5
4.1
2.1
5.5
4.2
4.2
0.4
0.0
1.1
1.3
0.9
(注 1)外銀借入残高は 2011 年 9 月末時点、国内信用残高は 2010 年末時点
(注 2)国内信用残高は、政府向け、民間向け双方を含む
(資料)BIS、IMF、台湾中央銀行より、みずほ総合研究所作成
8
英銀
米銀
邦銀
とりわけ、欧州債務危機の当事者である、英銀を除く欧州銀行への依存度、という観点から地域別に
みると、アジア、ラテンアメリカ、中東欧諸国では、それぞれ 3.6%、20.2%、67.6%と、こちらも中東欧
諸国の値が非常に高い。
加えて、アジアでは、英銀を除く欧州銀行、英銀、米銀、邦銀のシェアは、それぞれ 3.6%、6.2%、3.3%、
2.2%と大きな差はないのに対して(ラテンアメリカでは、英銀を除く欧州銀行のシェアが高めであるが
11
)、中東欧諸国では英銀を除く欧州銀行のシェアが圧倒的である。このため、かりに欧州銀行が資産売
却した場合、米銀や邦銀など他の銀行が即座に受け皿になれないリスクも存在する。
このように、
「外銀への依存性」、
「他のプレーヤーの存在という代替性」でみても、欧州銀行のデレバ
レッジに対して最も脆弱なのは中東欧地域であり、逆に、アジア地域の耐性は高いと考えられよう。
5.おわりに
2011 年 12 月、2012 年 2 月の 2 回に渡る欧州中央銀行(ECB)の 3 年物長期資金供給(LTRO)の実施や
2012 年 2 月の第 2 次ギリシャ支援に向けた EU 諸国間での条件合意から、2012 年初以来、金融市場はや
や落ち着きを取り戻している。しかし、欧州債務危機が完全に収束したわけではなく、今後、欧州銀行
の経営が一段と悪化する可能性は依然否定できない。
ただし、本稿で分析したように、
「欧州銀行のデレバレッジに伴う資本流出」という観点からアジアの
リスクをみた場合、経済への影響は限定的にとどまる可能性が高い。
他方、欧州債務危機のアジアへの影響は、欧州銀行のデレバレッジなど金融面を通じた経路だけでは
ない。白川日銀総裁は、欧州債務危機の波及経路として、①貿易面を通じた影響、②金融市場の急変動
を通じた影響、③欧州金融機関のデレバレッジ、の 3 つを指摘している 12 。
アジア経済への波及リスクという点では、金融面というよりは、白川総裁が指摘するところの貿易面
という実体経済を通じた経路をより注視する必要があると考えられる。
1 2012 年 10 月 26 日、EBAは、欧州域内 70 行に対し、2011 年 9 月末時点の価格で保有国債(銀行勘定保有分を含む)を時価評価した上で、2012
年 6 月末までに狭義の中核的自己資本比率(コアTier1 比率)を 9%に引き上げることを要請した。なお、コアTier1 の定義はバーゼルⅢとは同
一ではなく、例えば一定条件を満たすCoCos(コンティンジェント・キャピタル)等の算入も認められている。
2 コアTier1 には算入できない既存の優先株や転換社債等のハイブリット証券について、算入要件を満たす普通株に転換すること。
3 リスク資産の計算手法を変更することで(ともにバーゼルⅡで認められる標準的手法から先進的手法への変更)
、リスク資産を圧縮すること。
4 ちなみに、日本でも欧州と同時期の 2011 年末の導入が決まっているが、米国では詳細や導入時期は未定のままである。
5 欧州銀行はデリバティブ資産やレポ資産をグロスで計上することが求められる国際会計基準
(IFRS)を採用していることも、米国会計基準(US
GAAP)を採用しておりこれらの資産をネットで計上できる米銀と比べたトレーディング関連資産を膨らませる結果となっている。
6 貸出については、バーゼルⅢで導入予定の流動性規制により削減圧力が加わる可能性があるが、同時に流動性規制では預金獲得など商業銀行
機能の拡充も求められており、預金受入と貸出の双方を行う商業銀行部門の資産に対してどの様に作用するか、現状不明な部分も多い。
7 とりわけ、ドル建て資金調達比率が高いとされるフランスの銀行でドル建て資産削減の動きが顕著である。
8 欧州主要行の地域別開示情報は限定的かつ断片的なため、
多くが共通して開示している純収入(純金利収入+非金利収入)と総資産を用いてROA
を計算した。
9 アジア通貨危機を受け、2000 年 5 月にASEAN+日本・中国・韓国間で合意された短期流動性問題への対処等を目的とする東アジアの金融支
援の枠組。当初は二国間通貨スワップのネットワークであったが、2010 年 3 月には多国間ネットワーク(マルチ化)に進化している。
10 外銀貸出は流出入をネットしないグロス・ベースの数値のため、国際金融市場で資金の出入りが大きいシンガポールや香港の数値は大きくな
っている。
11 ラテンアメリカでは、サンタンデール、BBVAというスペイン大手 2 行のシェアが高いため。
12 白川方明日本銀行総裁講演、
「アジアにおける金融:バンキング・ビジネスと資本市場」
、2012 年 2 月 9 日
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
9
Fly UP