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米国学生ローン問題の実態

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米国学生ローン問題の実態
米国動向
米国学生ローン問題の実態
─ 現行の救済策が示す問題の根深さ ─
大学中退者の債務不履行(デフォルト)や大卒者の返済能力低下といった学生ローン
の問題が、米国経済に悪影響を及ぼすと懸念されている。政府は返済額を軽減する救
済策を実施しているが、返済長期化による弊害があるとの批判が多い。一方、根本的
な解決策となりうる学費積み立ての奨励策にも、即効性が望めないという弱みがあ
る。問題の早期解決のためにどのような対策をとるべきか、学生ローンを巡る政策論
争のゴールはまだ見えていない。
米国の学生ローン残高は、2014年末時点で約1.2兆
との理由からだ。そこで本稿では、米国における学
ドル(約140兆円)に達した。この10年間でほぼ3倍に
生ローン問題の実態を明らかにするとともに、学生
拡大し、自動車ローンやクレジットカードローンの
ローン問題への政策対応と、その評価について整理
残高を上回るまでに至っている。
また、景気回復にも
することとしたい。
かかわらず、学生ローンの返済延滞率は高止まりが
続いており、延滞率が改善している他のローンとは
借入残高が小さいほど高いデフォルト率
対照的な動きを示している(図表1)。
そうした中、学生ローンの返済負担が米国経済に
今年 2 月にニューヨーク連銀が発表した分析で
悪影響を及ぼすとの懸念が広がっている。家賃や住
は、学生ローンのデフォルトに関する意外な事実が
宅ローン返済費用といった住居関連支出が圧迫され
明らかとなった。デフォルト率を借入残高別にみる
ることで、住宅市場の回復ペースが弱まりかねない
と、借入残高が小さく、返済負担が軽いと考えられる
人ほど、デフォルト率が高いという事実だ(図表2)。
その背景にあるのが、大学中退の問題である。大学
●図表1 家計のローン返済延滞率
中退者は在学期間が短く、その分借入残高も小さい
(%)
14
12
が、中退するとその後の年収は高卒者とほとんど変
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わらないため、残された債務の返済に苦労すること
になる。学生ローン債務者に占める大学中退者の比
10
率は2009年時点で約3割に達しているとの調査もあ
8
り、大学中退者の存在が、高いデフォルト率の一因に
6
なったと考えられる。
4
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2
0
2005
06
07
08
09
10
大卒者の就職難により、返済能力が低下
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11
12
13
14
15
(年)
(注)1. 90日以上延滞した割合。
2. 網掛けは景気後退期。
(資料)
ニューヨーク連銀より、
みずほ総合研究所作成
8
一方、学生ローンの借入残高が大きい人は、返済の
繰り延べ率が高いことが知られている(図表 2)。こ
こでいう返済の繰り延べとは、返済に窮している人
を対象に連邦政府が実施している返済額軽減策を利
よって家賃に充当できるキャッシュが増えれば、賃
用したことを指す。つまり、返済繰り延べ率が高いこ
貸住宅の需要拡大という面では住宅市場に一定の効
とは、デフォルトこそしていないが、当初の計画通り
果があるだろう。
に返済を続けられない人が相応にいることを示して
しかし、返済額を軽減するために、返済期間が長期
化する弊害が生じることには注意が必要である。軽
いる。
こうした返済繰り延べの背景にあるとみられるの
が、大卒者の就職難による返済能力の低下である。本
減策を利用した場合、返済期間は通常の 10 年から最
大20∼25年に延長される。
来、学生ローン債務残高が大きい人は在学期間が長
学生ローン返済期間の長期化は、住宅の取得時期
く、相対的に高い学歴を有しているため、高額な学生
の遅れを通じ、資産形成の面で大きな問題を生みか
ローンに見合うだけの収入が得られるはずである。
ねない。住宅価格が長い目でみて上昇傾向にある米
しかし、若い世代を中心に、そうした高い学歴の恩恵
国では、早い段階で住宅を購入することが資産を形
を受けられない人が近年増えている。
成する上で重要なステップとなるためだ。資産形成
事実、ニューヨーク連銀の調査では、大学卒業資格
の遅れにより、学生ローン債務者とそうでない人の
を必要としない職種で働く若年大卒者が増加傾向に
間で、将来的に資産格差が拡大する可能性がある。こ
あると指摘されている。中でも、ウエイターや小売販
うした点から、現行の返済額軽減策には、問題を先延
売員といった相対的に賃金水準が低い職種で働く人
ばしにするだけで根本的な解決策になっていないと
が増えているという。それだけ、若い世代の就職環境
の批判も多い。
がいまだ厳しいことを示している。
結局、学生ローン問題を根本的に解決するには、大
学貯蓄口座などを利用した学費の積み立てを奨励
返済額を軽減させる救済策には弊害も
し、学生ローンへの依存度を低下させるのが現実的
との見方が今のところ大勢だ。ただ、こうした奨励策
では、返済額を軽減する政府の救済策は、若者の学
も効果が表れるまでには長い期間が必要で、一朝一
生ローン負担を緩和し、経済への悪影響を抑えるこ
夕に問題を解決できるものではない。経済への悪影
とができるのだろうか。
響が懸念される中、問題の早期解決のためには、既存
軽減策を利用すれば、月々の返済額が収入の 10
の枠組みを超えた救済策も選択肢となりうるだろ
∼ 20%に抑えられるため(図表 3)、確かに足元の返
う。学生ローンを巡る政策論争のゴールはまだ遠い
済負担を緩和するには有効である。返済額の軽減に
といえそうだ。
みずほ総合研究所 ニューヨーク事務所
●図表2 借入残高別のデフォルト率と返済繰り延べ率
エコノミスト 服部直樹
[email protected]
(%)
デフォルト率
返済繰り延べ率
30
●図表3 返済額救済策の詳細
救済策
20
Pay As You Earn Plan
Income-Based
Repayment Plan(注2)
10
Income-Contingent
Repayment Plan
0
1∼5
5 ∼ 10
10 ∼ 25
25 ∼ 50 50 ∼ 100
軽減後の返済額
最大返済期間
収入の10%
20年
収入の15%
25年
収入の20%
25年
100 ∼
学生ローン借入残高
(千ドル)
(注)2009年に学生ローンの返済を開始した人が2014年末までにデフォルト・返
済繰り延べを経験した割合。
(資料)ニューヨーク連銀より、
みずほ総合研究所作成
(注)1. 収入は貧困ガイドライン額の150%を控除した額。
2. 2014 年 7 月 1 日以降に新たに学生ローンを借り入れた人は Pay As You
Earn Planと同等の条件が利用可能。
(資料)米国教育省より、みずほ総合研究所作成
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