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インド中銀総裁退任表明の衝撃

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インド中銀総裁退任表明の衝撃
みずほインサイト
アジア
2016 年 6 月 28 日
インド中銀総裁退任表明の衝撃
アジア調査部上席主任研究員
物価安定重視の方針と不良債権処理の継続が注目点
03-3591-1379
小林公司
[email protected]
○ 6月18日、インド準備銀行のラジャン総裁が9月に退任するとサプライズ表明。就任時に2桁だった
インフレ率を+5%台に低下させた手腕は高く評価されており、退任を惜しむ声は多い
○ 退任劇の背景には、政権与党の設立母体であるヒンドゥー教至上主義団体とラジャン総裁の軋轢に
加え、物価安定重視と不良債権処理の金融政策運営に対する抵抗勢力の反発がある
○ ラジャン総裁の退任表明でインド経済に不透明感が広がった。当面は、ラジャン総裁が進めてきた
物価安定重視の金融政策と不良債権処理の継続が担保される新総裁人事が行われるかが注目点だ
1.「世界の最優秀中央銀行総裁」が退任表明
6月18日、インド準備銀行のラジャン総裁は、3年間の任期が終わる9月4日で退任すると表明した。
これに先立つ同7日の記者会見では、任期延長の有無に関して、「皆さんから憶測する楽しみを奪いた
くない」と余裕のあるコメントをするなど、任期延長の観測が高かっただけに、退任表明はサプライ
ズとなった。ラジャン総裁は、インフレターゲットを導入して物価安定を重視する金融政策を行い、
就任時に前年比で2桁の伸びだったインフレ率を足元では同+5%台に低下させるなどの功績があり
(図表1)、2015年には英国誌Bankerから「世界の最優秀中央銀行総裁」に選出されるなど、その手腕
は高く評価されている。そのため、ラジャン総
裁退任後のインド経済の先行きを不安視する声
も上がっている。以下、ラジャン総裁が退任を
表明した背景と、ラジャン総裁退任後のインド
図表 1
12
インフレ率、インフレ目標、政策金利
(%)
政策金利(レポレート)
インフレ率(消費者物価前年比)
インフレ目標
10
経済の注目点について検討する。
8
2.与党支持母体からの不評と、金融政
6
策運営に対する反発が背景
4
ラジャン
総裁就任
ラジャン総裁は、学術研究の世界に戻ること
2
を退任理由としているが、モディ政権与党(人
民党、以下BJP)の設立母体であるヒンドゥー教
0
13/1
至上主義団体(RSS)、およびRSS傘下のヒンド
14/1
15/1
16/1
17/1
(年/月)
ゥー教保守主義勢力(サング・パリバール)か
(注)インフレ目標は 2014 年 1 月に導入。
(資料)インド統計計画実行省、インド準備銀行より、
みずほ総合研究所作成
ら不評を買ったことも背景にあると指摘されて
1
いる。2014年5月の総選挙でBJPが政権に就いて以降、インド各地ではヒンドゥー教至上主義的な運動
が活発化しているとされ、イスラム教徒のヒンドゥー教への強制改宗といった問題などが生じている。
こうした中、2015年10月、ラジャン総裁が、「経済発展のためには他者に対する寛容と敬意が必要」
との趣旨で講演を行ったことは、ヒンドゥー教至上主義への批判と受け止められた。今年5月には、BJP
幹部で党内保守派のスワミー議員が、「ラジャン総裁の精神は完全なインド人とはいえない」「総裁
職から直ちに解任すべき」との書簡をモディ首相に送付していた。
こうした宗教イデオロギー的な要因の他に、ラジャン総裁の金融政策運営を巡る批判も一部では上
がっていた。ラジャン総裁が就任直後から利上げを行ったことへの反発や、2015年以降は利下げに転
じたものの、そのペースは緩慢であることへの不満の声があった。上記のスワミー議員も、「ラジャ
ン総裁がインフレを抑制するという理由で金融を引き締め、インドに損害を与えた」と述べており、
物価安定重視の金融政策運営も批判している。
加えて、筆者が現地の経済専門家にヒアリングしたところ、ラジャン総裁が進める不良債権処理に
対しても風当たりが強まっていたようである。インドでは不良債権が増加しており、とりわけ貸出の7
割を占める国営銀行部門では、不良債権の対貸出比率は2015年9月時点で6.2%、貸出条件緩和債権も
含めた問題債権の同比率は14.1%に達する(図表2)。対照的に、民間銀行の同比率は低いことから、
国営銀行のガバナンスの欠如が不良債権問題の一因とされている。不良債権を抱える国営銀行の貸出
は民間銀行に比べて低迷しているため、ラジャン総裁は、経済成長を促す資金供給を拡大するために、
金融緩和でなく不良債権処理を進めるべきとの立場をとっている。そして、ラジャン総裁は2017年3
月までに不良債権の処理を終えるよう各銀行に求め、モディ政権も破産法改正を行って不良債権処理
を迅速化する制度を整えた。
これに対して、国営銀行による縁故主義的な融資を主導して借り手企業と癒着してきた政府高官や、
破産法適用などの処分を迫られる借り手企業か
図表 2 銀行の問題債権(対貸出比率、
2015 年 9 月)
らは、政府首脳のモディ首相やジャイトリー財務
16
相らへの直接的な批判こそ控えられていたもの
(%)
貸出条件緩和債権
14
の、政府外のスケープゴートとして「ラジャン降
不良債権
12
ろし」の声が高まっていた。
モディ首相自身は、ラジャン総裁のことを「最
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高の先生」と呼ぶなど、両者の関係は良好だった
8
といわれる。モディ政権は、インフレターゲット
6
や後述する金融政策委員会(MPC)の導入につい
て、ラジャン総裁の提案を概ね受け入れ、不良債
4
権処理に関しても法案整備などで歩調を合わせ
2
ていた。しかし、モディ首相は、ラジャン総裁に
0
対する批判勢力の声に抗いきれず、今回の退任劇
全銀行
に至る結果となったとみられる。
国営銀行
民間銀行
外資銀行
(注)原典はインド準備銀行。
(資料)幸田円(2016)「インド:銀行の不良債権処
理への取り組み」
、
『国際金融』5 月 1 日号
2
3.新総裁の下、物価安定重視、不良債権処理が継続されるかが注目点
ラジャン総裁の突然の退任表明で、インド経済には不透明感が広がった。この不透明な状況の先行
きを見通す上で、注目すべき論点を整理すると、以下の3つが挙げられる。
第1はラジャン総裁の後任人事である。後任総裁は、モディ首相とジャイトリー財務相の主導で早急
に決定される方針である。現地メディアで取沙汰される有力候補は、RBI元副総裁のモハン氏とゴーカ
ン氏、現副総裁のパテル氏、財務省次官のダス氏、政府主席経済顧問のスブラマニアン氏らであり、
いずれもインドでは著名なエコノミストだ(図表3)。これらの候補者に対しても、
「ラジャン降ろし」
を主導したスワミー議員は既にツイッター上で攻撃を行っている。まずはスブラマニアン氏を槍玉に
挙げ、同氏が2013年に米国議会で証言し、インド企業よりも米国企業の利益を優先する内容だったと
している。また、ダス氏にも矛先を向け、同氏が不動産取引に関して訴訟を起こされていると主張し
ている。このように、ヒンドゥー教至上主義勢力が総裁人事に影響力を及ぼそうとする動きをみせて
いることには注意が必要だ。
第2は、物価安定重視の金融政策の行方である。ラジャン総裁の提唱に基づき、インド準備銀行法が
今年に改正され、これまでは総裁1人で決定していた政策金利の操作を、今後はMPCによる合議制で決
定する。総裁を含む3名のRBI委員と、政府傘下の委員会が指名する3名の外部委員による多数決(3対3
の場合はRBI総裁の裁定)で政策金利を操作することとなり、金融政策の透明性は向上すると期待され
ている。しかし、スワミー議員らの影響力が強まる形で、今後の総裁人事と外部委員の人選が行われ
ると、金融政策は成長をより重視する方針に転じ、金融緩和のペースが速まって再びインフレが加速
する可能性がある。
第3は、2017年3月までに不良債権処理を完了する方針が維持されるかである。6月24日に英国がEU
離脱を国民投票で決定したことで、世界経済の不透明感は強まっており、来年以降にインド経済が停
滞色を強めるリスクは排除できない。そのような状況に陥る前に処理を急がないと、不良債権は雪だ
るま式に膨れ上がると懸念される。現地では、インドの成長率が前年比+7%台と世界的に高めで推移
している今こそ、不良債権処理を進める好機との見方もある。
モディ政権には、反対勢力に屈することなく早期に適切な後任人事を行い、インド経済に降りかか
った不安を振り払うことが求められる。
図表 3 メディアで取沙汰される主な RBI 次期総裁候補
モハン元RBI副総裁
RBI副総裁(2002~2004年、2005~2009年)、2009年当時も総裁候補と目された
ゴーカン元RBI副総裁
2009~2013年にRBI副総裁、現在は国際通貨基金(IMF)理事
パテル現RBI副総裁
ラジャン総裁の腹心、インフレターゲットとMPCを同総裁に答申する報告書作成
ダス財務省次官
現在の経済担当次官の他、歳出担当次官等の財務省の重要ポスト歴任
スブラマニアン政府主席経済顧問
元IMFエコノミストで、当時の同僚だったラジャン総裁と共著論文あり
(資料)各種報道等により、みずほ総合研究所作成
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
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