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米国の利上げに関するQ&A

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米国の利上げに関するQ&A
みずほインサイト
米 州
2015 年 12 月 11 日
米国の利上げに関するQ&A
欧米調査部主席エコノミスト
6つの素朴な疑問に答える
03-3591-1219
小野
亮
[email protected]
○ 金融市場に大きな波乱がなければ、12月15・16日に開催されるFOMCでは利上げが行われる公算が大
きい。
○ 歴史的とも言うべき利上げ開始を控えて、本稿では利上げに関するQ&Aを用意し、平易な解説を
試みた。
○ 今回取り上げた疑問は、ゼロ金利解除はいつ以来か、量的緩和策はどうなるか、なぜ利上げに踏み
切るのか、なぜ12月か、反対派はいないのか、利上げは成功するか、の6つである。
Q1.ゼロ金利解除はいつ以来か
利上げが決まれば、政策金利であるフェデラルファンド金利(FF金利)の誘導レンジは、これま
での0~0.25%から、0.25~0.5%に引き上げられるだろう。連邦公開市場委員会(FOMC)が0~0.25%
としたのは2008年12月16日の定例会合であり、金利政策の変更は7年ぶりということになる(図表1)。
また利上げという観点では5%から5.25%に変更した2006年6月29日以来、9年6カ月ぶり、利上げ局
面の始まりという観点では1%から1.25%に変更した2004年6月30日以来、11年6カ月ぶりである。
図表1 FF金利の推移
(注)先行き(点線と数字)は2015年9月のFOMC参加者見通しの中央値。
(資料)FRBより、みずほ総合研究所作成
1
Q2.量的緩和策も変更されるのか
バランスシートを使った量的緩和策に変更はないだろう。
連邦準備制度理事会(FRB)は、2015年12月2日時点で4.2兆ドルの債券(米国債、政府機関債等)を
保有している(図表2)。償還年限が長い債券がほとんどだが、一部償還されるものもある。FOMCは、
償還分で得た資金を新たな債券に投資することで、バランスシートの規模を一定に保つ政策を採って
いる。政策金利の水準に加えて、バランスシートの規模も金融緩和度合いを決定づけるとの考え方に
基づくものであり、再投資政策という。再投資政策は当面の間、継続される見込みである。
Q3.なぜ利上げに踏み切るのか
雇用の回復が著しく、その結果、インフレ率についても将来的に目標である2%に向かって高まって
いくとの自信が持てるようになってきたことが、利上げを始める大きな理由である。
米国の金融政策は完全雇用と物価安定の2つを目標としている。前者については、11月の失業率は
5.0%で、すでに完全雇用と言える水準に達している(図表3)。米国の労働市場は失業率では捉え切
れない問題を抱えている。しかし、そうした問題でさえも進展がみられる。例えば、本当はフルタイ
ムで働きたいのに職が見つからずにパートタイムで働いている人や、本当は就業できるのに職に就け
る見込みがないと思って求職活動を諦めている労働者などを潜在的な失業者として計算すると、失業
率は9.9%となる。こうして計算された失業率はU-6と呼ばれているが、これまでの推移をみると、U-6
もまた大きく低下してきた。
インフレ率は低いものの、労働市場の改善が進めば賃金面からインフレ圧力が高まると考えられる。
実際、足元では緩やかな賃金の上昇が続いている。また、インフレ率を押し下げてきた原油安やドル
高の影響も徐々に消えていくと考えられている。
図表2
(兆㌦)
4.5
4.0
3.5
3.0
FRBの保有債券残高の推移
図表3 失業率とU-6の推移
(%)
エージェンシーMBS(1.7)
エージェンシー債(0.0)
米国債:10年以上(0.6)
:5-10年未満(0.6)
:1-5年未満(1.1)
:1年未満(0.0)
18
広義の失業率(U-6)
16
14
2.5
12
2.0
10
1.5
失業率
8
1.0
6
0.5
0.0
2007 08
09
10
11
12
13
14
4
1980
15
(年)
(注)数字は直近の残高。
(資料)FRBより、みずほ総合研究所作成
85
90
95
2000
05
10
15
(年)
(資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成
2
Q4.なぜ今回なのか
そもそもは、今年9月のFOMC(9月16・17日)で利上げが始まる見込みであった。しかし、中国当局
の人民元切り下げ(8月11日)を契機として世界的株安が発生し、米国でも非農業部門雇用者数の伸び
が急減速したことで、FOMCは利上げを見送ったのである(図表4)。9月の声明文には「海外動向を監
視する」という警戒姿勢を表す文言が加わった。
しかし、その後発表された雇用統計で雇用の持ち直しが確認され、金融市場も落ち着きを取り戻し
た。10月会合の議事録によれば、ほとんどの参加者が海外発のダウンサイドリスクは後退したとの見
方を示し、10月の声明文には「次回会合で利上げの可否を議論する」方針が示された。
イエレンFRB議長は12月2日の講演で、「10月会合後の経済・金融情勢は、労働市場の継続的改善と
いう我々の期待に沿ったものだ」と述べている。さらに12月4日に発表された11月の雇用統計は、非農
業部門雇用者数が順調な伸びとなったことを示し、12月会合での利上げ開始をほぼ決定づけることに
なった。
Q5.利上げ反対派はいないのか
FOMC参加者の中では、ブレイナードFRB理事、タルーロFRB理事、コチャラコタ・ミネアポリス連銀
総裁らが利上げ開始に慎重である(いわゆるハト派)。FOMC外では、国際通貨基金(IMF)やサマーズ
元財務長官などが利上げに反対している。利上げ慎重派・反対派が共通して指摘するのは、米国以外
の世界経済の弱さ、新興国が抱える巨額のドル建て債務、構造的な低金利環境の3つである。
世界経済の弱さについては、急激なドル高と相まって、すでに米国の輸出産業(製造業)に大きな
打撃を与えている(図表5)。米国とそれ以外の景気格差や金融政策の方向性の違い、いわゆるグロー
バル・ダイバージェンスが鮮明な中で、米国で利上げが行われれば、ドル高が一段と加速しかねない。
図表4
非農業部門雇用者数と市場コンセンサス
図表5
製造業ISM指数
58
(前月比、万人)
35
57
市場コンセンサス
56
30
在庫
入荷遅延度
雇用
生産
新規受注
55
25
54
20
53
52
15
51
10
50
5
49
48
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
12
2014
2015
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
2015
(年・月)
(年・月)
(注)市場コンセンサスは速報値ベース。
(資料)米国労働省、Bloombergより、みずほ総合研究所作成
3
(資料)米サプライマネジメント協会より、みずほ総合研究
所作成
ドル高は資源安と表裏一体という側面があるため、利上げを契機に資源安が進展し、すでに疲弊して
いる資源国にさらなる下押し圧力が加わるおそれもある。米国内では、ドル高・資源安が進めばイン
フレ率の持ち直しが遅れてしまう。
次に、国際決済銀行(BIS)の四半期報告(12月6日)によれば、2015年6月末時点で新興国企業(非
銀行)は3.3兆ドルのドル建て債務を抱えている(図表6)。さらに、この数字には含まれない自国以
外でのドル調達分が5,580億ドルあるという。米国の利上げが始まり、ドル高や金利上昇が進んだ場合、
これらの借り手の負担がどれほど高まるのか、BISや国際通貨基金(IMF)は監視を強めている。
最後の「構造的な低金利環境」とは、潜在成長率の低下や余剰貯蓄の存在によって、景気に中立的
な金利水準が従来よりも低下しているのではないか、という議論に基づく。サマーズ元財務長官が「長
期停滞論」という仮説を提示したことがきっかけとなり、注目されるようになった。こうした議論に
基づけば、景気に中立的な金利水準が構造的に低下しており、政策金利の小幅な引き上げでも「引き
締め」効果を生んでしまいかねない。
図表6は、名目ベースの中立的金利(推計値)と、実際のFF金利を並べてみたものである。いずれの
推計値も足元ではゼロ近傍にあるが、2013年以降、どちらの中立的金利もマイナスであり、FF金利の
方が高い。量的緩和策を無視すれば、これらの推計は金融政策が引き締め的であったことを示してい
る。Cúrdia(2015)の推計値に基づけば、引き締めは2007年以降一貫して続いてきたことになる。中
立的金利の回復を待たずにFF金利を引き上げれば、景気が腰折れしてしまいかねない。
図表6 中立的金利(2つの推計値)とFF金利の推移
(%)
FF金利
L&W(2015)
Cúrdia(2015)
7
6
5
4
3
2
1
0
▲1
▲2
▲3
2006
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(年・四半期)
(注)L&W(2015):Laubach ,Thomas and John C. Williams(2003) "Measuring the Natural rate of Interest,"
Review of Economics and Statistics, Novemberに基づく2015年11月12日のアップデート。
Cúrdia(2015):Cúrdia, Vasco(2015)"Why So Slow? A Gradual Return for Interest Rates," FRBSF
Economic Letter 2015-32 (October 12)。
各論文では実質均衡金利を推計している。グラフはその値にインフレ期待(2%)を加えたものである。
(資料)各論文の提供データ及びFRBより、みずほ総合研究所作成
4
Q6.利上げは成功するのか
成功の保証はない。
利上げ慎重派・反対派は、インフレ率や賃金の伸びが加速するまで利上げを待つべきだと主張して
いる。ただ、そのシナリオではいずれ急激な利上げが必要となり、世界経済や金融市場の調整をかえ
って大きなものにしかねない。
FRBにできるのは、利上げをゆっくりと進めることであり、利上げ推進派もその意向である。12月会
合の声明文には、ゆっくりと利上げを進めるとの方針が明記される公算が大きい(図表7)。「ゆっく
り」という言葉には、1回の利上げ幅が小幅(0.25%)という意味に加えて、ストップ&ゴー(毎回の
利上げではなく、数回ごとに1回)という意味も含まれるだろう。
ゆっくりと利上げを進めていくことによって、FRBはマクロ経済や金融市場の反応を見極めることが
できる。前述した中立的金利の推計には大きな不確実性を伴うことが知られており、ゆっくりとした
金利変更は、そうした不確実性に対する有効な処方箋でもある。
FRBがゆっくりと利上げを進めようとしても、大幅なドル高が進むおそれがある。グローバル・ダイ
バージェンスの下で避けえない動きとも言えるが、過度なドル高は今や米国のみならず世界経済の脅
威でもある。FRBが利上げを停止するよりも、20か国財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)が協調して
過度な為替変動に警告を発する方が有効という見方もできる。
図表7 予想される12月声明文
The Federal Open Market Committee decided today to raise its target range for the federal
funds rate by 25 basis points to 0.25 to 0.5 percent. The Committee believes that, even
after this action, the stance of monetary policy remains accommodative and is providing
ongoing support to economic activity.(利上げをしてもなお緩和的)
The Committee emphasizes that the expected path of policy would be important influence
on financial conditions and thus on the outlook for the economy and inflation and currently
anticipates that that a gradual increase in the target range for the federal funds rate
will likely be appropriate to support progress toward the Committee's dual objectives.
(今後の政策金利のパスが重要。ゆっくりとした利上げが適切)
It was also emphasized that monetary policy adjustments ultimately would be dependent
on economic and financial developments. These adjustments thus could be either more or
less gradual than the Committee currently anticipates, responding to the Committee's
assessment of the implications of incoming information for the medium-run outlook.
(現在の予想よりもゆっくりとなったり、速まったりすることがある)
(注) 10月声明文を加筆修正し、主要パートのみを示した。太字(濃色)は特に注目されるポイントで、日本語はその抄訳。
(資料)みずほ総合研究所
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