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相続税の課税根拠は多々あるが、所得税の一部として相続税を捉える

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相続税の課税根拠は多々あるが、所得税の一部として相続税を捉える
論文要旨
「木目続税と所得税の統合の法理」
柴 由花
1.問題の所在
相続税の課税根拠は多々あるが、所得税の一部として相続税を捉える考え方がある。被
相続人の所得に着目した場合、生前、帰属所得やキャピタル・ゲインに所得税が課税され
なかった部分を清算するために、遺産課税方式の相続税が求められる。相続人の所得に着
目した場合、相続による資産の取得は富の増加であるから、遺産取得税方式の相続税が求
められる。これらの相続税は所得税を補完する機能を持つ。他方、相続税には富の再分配
の機能が強く求められる。
わが国は、相続税の課税根拠をもっぱら富の再分配に求めてきた。しかし、バブル期を
経て土地を保有している者とそうでない者の格差(いわゆる「持てる者と持たざる者との
格差」)により、土地を中心とした資産が親子間の遺産相続によって世代移転され、遺産を
相続できる人とそうでない人との格差となっていることが指摘されている。富の再分配機
能を有する相続税がありながら、富の不平等が発生しているとするならば、相続税がうま
く機能していないか、それとも他の要因があると考えられる。まず、思い浮かぶのは、資
産性所得に対する軽課措置である。シヤウプは富の不平等を防止する税制を勧告し、それ
によってわが国の所得税も包括的所得概念に沿って改正されたが、高度成長期の下で資本
蓄積が叫ばれ、シヤウプ税制はなし崩しとされた。資産所得の軽課と累進税率の引下げに
よって所得税は勤労所得化し、それとバブル経済とが相乗して、富の不平等が蓄積されて
いったものと考えられる。
そこで、富の不平等を解消するためには、相続税を強化する方法が考えられる。しかし、
わが国の相続税の死亡者100人当たりの課税件数は5.3人(平成10年度)であり、相続税
が課税されるのは約5%の被相続人だけである。課税価格に対する相続税納付税額の割合
(相続税負担率)は12.8%(平成10年度)で決して高くはないが、課税価格の階級別課
税状況は、課税件数全体の約20%を占める納税者が、全納付額の約80%を占めている。こ
うした事実から、相続手引ま少数の資産家のみに課税されているのが現状である。したがっ
て、富の不平等は相続税をいくら重課しても解消されないであろう。それは所得税と相続
税の別建ての構造に富の集中を促す機能が内在しているからである。このシステムでは、
相続税、贈与税も課税されず、所得税(キャピタル・ゲイン税)も課税されずに、資産が
蓄積され、次世代に継承されていくのである。
他方、米国では、フラット■タックスの台頭によってこれらの相続税の課税根拠は失わ
れてしまったかのようである。所得税が一度課税されているものに相続税を課すことは二
重課税になるという理由から、フラット■タックスは相続税(遺産税)を廃止し、なおか
つ所得税の課税ベースに相続や贈与による資産の移転を含まないとする点で従来の消費型
所得概念と異なっている。米国における連邦遺産税の段階的廃止案は、フラット・タック
スの影響によるものであると考えられる。
相続や贈与による資産の取得に対する課税は、いかなる所得税を基幹税とすべきかとい
う問題と密接に関連しているので、相続税だけを重課しても、決して公正な税制を達成す
ることはできないと考えられる。公正な税制を達成するためには、相続や贈与による資産
の取得に対する課税を、むしろ所得概念との関係から再構築する必要があると考える。
2.本研究の目的と本稿の構成
本研究は、相続税と所得概念との関係を明らかにし、相続税▼贈与税の機能を併せ持っ
た新たな所得税の体系を構築し、今後のわが国の所得課税の体系一包括的所得概念によっ
た所得税の体系一に指針を与えることを目的とするものである。現行の相続税、贈与税に
ついては廃止の上、所得税と統合し、新たに資産所得の類型を設けて、相続、贈与による
資産の取得者に所得課税を行うべきである。こうした所得課税の体系を構築することで、
現行の所得税と相続税の別建て課税の持つ弊害を取り除くことが可能となる。また、こう
した相続税・贈与税の機能を持つ所得を類型化することで、現行の相続税と所得税の抱え
る諸矛盾を解決することが可能である。
この目的に対して、本稿では、「法と経済学」の分析手法および政治哲学における議論に
基づいたアプローチをおこなった。
本稿の構成は3部からなる。まず、第1部では、非課税所得の沿革を通じて、わが国と
米国との法制度を比較し、なぜ、これまで相続や贈与による資産の取得に所得税が課税さ
れてこなかったのかにつき、法制度の面から分析した。さらに、さまざまな所得概念の下
での相続税の課税根拠を考察した。
第2部では、なぜ相続税と所得税を統合する必要があるかという問題につき、相続税の
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課税根拠である、富の再分配と不労所得重課説の再検討を所得税の観点から検討した(第
3章、第4章、第5章)。
第3部では、包括的所得概念による相続税と所得税の統合の意義と問題を再確認し、わ
が国の税制改正への道筋を明らかにした(第6章、第7章)。
各章の内容は以下のとおりである。
3.所得概念と無償受贈の関係についての考察
第1章では相続税と所得税の統合に先立ち、相続や贈与による資産の取得がなぜ所得税
から分離して課税されてきたのかを、わが国と米国における相続税(遺産税)の創設と非
課税所得の沿革から明らかにした。包括的所得概念によると、相続財産や贈与といった資
産の受領は所得となるのであるが、現在、包括的所得概念に沿った所得課税を行っている
国でも、そのような資産の受領に所得課税は行っていない。多くの国が所得税とは別建て
の相続税、贈与税を課税している。わが国の所得税も米国連邦所得税も、相続や贈与によ
る資産の取得を所得税の課税ベースから非課税所得として除外している。米国では、セリ
グマンの資本分離基準や実現基準によって、相続や贈与といった資本の移転による資産の
取得にこれまで所得税が課税されてこなかった。また、わが国では一時的な所得から除外
するという理由によって、非課税所得として扱われてきた。結局、米国においてもわが国
においても、相続や贈与による資産の取得が所得税の課税ベースから除外されてきたのは、
包括的所得概念に基づく理由からではなく、むしろ制限的所得概念に近い理由からであっ
たと考えられる。
第2章では、所得税の課税ベースと相続税の課税根拠の関係について検討した。相続税
と所得税の課税形態は大きく分離型と統合型に分けられる。制限的所得概念、包括的所得
概念および消貴型所得税の下での、相続税、贈与税の課税形態と課税根拠を分析したとこ
ろ、相続税と所得税を統合することで、相続税の機能が代替できることが示された。さら
に、相続税と所得税の統合は、消費型所得概念の下でも、包括的所得概念の下でも可能で
あるが、消費型所得概念における統合では、消費という窓意性が働くことから、包括的所
得概念による統合の方が望ましいと考えられる。
3.相続税の課税根拠に対する所得税からの分析
第3章では、相続税と所得税の分離がもたらす問題について検討を行った。富の蓄積の
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状況を、死亡件数に占める相続税の課税、税収に占める相続税の割合、遺産に占める未実
現のキャピタルーゲインの割合によって分析し、相続税、遺産税が富の再分配に貢献して
いるかどうかを検討した。また、わが国の相続税と米国の遺産税を、所得税との関係から、
富の蓄積に与える影響を検証した。その結果、相続税も遺産税も所得税を補完せず、富の
再分配の機能がそれほど大きくないことが示された。結局、わが国の相続税および贈与税
は富の再分配としての存在意義が強調されているが、相続税、贈与税が所得税と別建てで
課税されることによって、かえって相続税も所得税も課税されない場合が生じ、また、資
産に対するキャピタル・ゲイン課税が無期限に繰り延べられることによって、富の蓄積が
図られている。つまり、相続税と所得税の分離が富の蓄積を助長していると考えられるの
である。
第4章では、政治哲学や経済学の議論を通じて、なぜ、相続税と所得税を統合する必要
があるのかといった点について検討した。相続税の課税根拠とされてきた富の再分配につ
いては、倫理観や国家観が深く関係するからである。富の再分配の容認は、国家に再分配
の機能を認めるかどうかによっている。ノージック(Nozick)は国家の役割を個人の所有権
を保護する最小の機能しか認めず、国家よりも市場を通じた再分配を重視する。ロールズ
(Ra両s)は配分的正義による国家の再分配の機能を認め、晩年には、再分配ではなく、「分
配」の原理に基づく財産所有制民主主義を提唱した。さらに、ロールズの議論をさらに深
化させたマーフイ(Murphy)とネーゲル(Nagel)は、税制だけで公平を論じるのは困難となっ
ていると指摘する。水平的公平や垂直的公平は誤りを内在しており、この誤りは倫理の基
準として税引き前の所得、消費、資産を採用していることに原因があるのであって、異な
る個人がいくら税金を支払うべきかを問うことによって、公正の基準を構築すべきである
とし、税引き後の財産権の分配にこそ公正が求められるべきであるとする。したがって、
死亡時に家族の富に課税することは、再分配や他の目的のための財源に必要な合法的な手
段としてみなされるべきであるとする。税引き後の財産権の公平といった視点から相続税
や累進税率を捉え直した場合、相続税と所得税の統合による方法が結局、公平な方法とな
り得る。このように、相続税と所得税の統合は、配分的正義の観点から公正(fair)な社会
において不可欠であると考えられる。
そこで、わが国において、相続税と所得税を統合し、配分的正義に基づいた、税引き後
の所有権ということが憲法上、解釈可能かどうかを検討する必要が生じる。相続税に代え
て、相続や贈与による財産の取得者に所得課税を行うことが、憲法29条に違反しないであ
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ろうか。相続や贈与による財産の取得は元本そのものであるから、課税権の下に国家が収
奪するとも考えられる。しかし、相続や贈与によって他人の財産が自己のものとなるとき
に、その一部が租税で吸収されるに過ぎないのであるから、個人の財産の元本を侵害する
ものではない。個人の財産の元本を侵害するのは、相続財産よりも、相続税額が超過する
場合である。したがって、相続税、贈与税に代えて、相続や贈与による財産の取得への所
得課税を行うことは、100%の税率でない限り、相続により取得した財産以上の財産的価値
を国家に収奪されることにならないであろう。しかし、取得時の時価をもって、相続財産、
贈与財産を所得とし、それに累進税率を乗じることは、基礎控除のない相続税、贈与税を
課することと同じことである。したがって、課税の対象が今以上に拡大することになるの
で、それを国民感情が受け入れるかどうか、そのような公平間を正義として社会が認める
かどうかといったことが問題となるのである。このような配分的正義が社会に受け入れら
れれば、立法化を通じて、憲法29条における税引き後の財産権を侵害することなく、相続
や贈与による資産の取得への所得課税が可能になると思われる。もっとも、非常に高い超
過累進税率の場合や100%に近い所得税率の場合、他の租税(たとえば住民税)も合わせ
ると100%以上の税負担となるので、財産権を侵害する可能性が強くなる。したがって、
その場合は当然、違憲と言うべきである。所得税には、最高税率をなるべく低く抑えた累
進税率の適用が妥当と思われる。
第5章では、冨の再分配と並んで相続税の課税根拠とされる不労所得重課説について考
察した。わが国の所得税はイギリスの所得税の影響を受けて創設されたのであるが、わが
国の相続税の課税根拠とされる不労所得重課説は、イギリスの課税理論ではなく、むしろ
ドイツの偶然所得説にわが国の家督制度が結びついて作られた概念である。しかし、わが
国の現在の家族制度は、少子・高齢化の下で相続税創設時とは大きく変容し、直系卑属に
軽課する必要性は次第に薄れている。現行の所得税法の下で、相続税と所得税とを統合し
た場合、一時所得として課税されることになるが、相続や贈与による資産の取得を一時所
得として課税すると、従来の不労所得重課説とは反対に2分の1課税により軽課されるこ
とになる。相続や贈与による資産の取得が、介護報酬の後払い的性質を含むようになって
いることから、一概に不労所得とも言えなくなってきており、一時所得として課税する根
拠は失われている。そこで、たとえば、相続所得を創設して親疎の区分に即した課税を試
みることも可能である。しかし、少子化によって、被相続人や贈与者に対して介護や寄与
を行った相続人以外の者が、何もしない相続人よりも重課される理由はないのであるから、
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相続や贈与による資産の取得に所得課税を行うためには、一時所得や相続所得以外の方法
で課税する必要が生じると考えられる。
4.相続税と所得税の統合によるわが国の所得税法の改革の提案
第6章では、サイモンズ(Simons)の包括的所得概念による相続税と所得税の統合の意
義を再確認した上で、相続税と所得税の統合の問題であるキャピタル・ゲイン課税の問題
について検討した。みなし譲渡所得課税をするならば、相続税、贈与税は不要だという議
論がある。確かにみなし譲渡所得課税は資産の保有中のキャピタル・ゲインを清算する目
的で、資産の移転時に課税するものであるから、みなし譲渡所得課税をすれば、少なくと
も資産の移転者のキャピタル・ゲイン税(所得税)を補完するための遺産税は必要がなく
なる。カナダの連邦所得税法は、そのような考えの下に制定されている。しかし、みなし
譲渡所得課税は未実現のキャピタル・ゲインに課税をすることから、実際の担税力がない
という問題がある。そこで、現実の税制では、その問題を回避するために、相続時、贈与
時にみなし譲渡所得課税を行わずに、キャピタル・ゲイン課税の繰り延べをする方策がと
られている。しかし、みなし譲渡所得の根本的な問題は、実現主義の採用にあるのであっ
て、包括的所得概念の基本である発生主義による所得課税を行えば、こうした問題は生じ
ないのである。実現基準を廃止して、発生基準によって個人の資産を毎年評価し、それに
所得課税をすれば、相続時、贈与時のみなし譲渡所得課税によるバンテングの問題は生じ
ないので、相続税と所得税の統合がよりスムースに行われることとなる。
相続税と所得税の統合によって所得課税を行うためには、具体的な所得税制へ落とし込
む作業が必要になる。そこで、第7童では、新たな資産所得に基づくわが国の所得税のあ
り方について考察を行った。相続税と所得税を統合し、相続や贈与による資産の取得に所
得課税を行うには、総合課税による方法と所得分類を行いながら総合課税を行う方法とが
ありえる。本稿では、後者の立場に立ち、現行所得税法の10種類の所得区分に資産所得な
る新たな所得区分を創設し、相続や贈与による資産の取得にかかる所得について所得課税
を行う方法について考察した。それと同時に、相続税、贈与税を廃止した場合、所得税の
非課税規定や既存の所得分類に影響が及ぶため、それらを整備する方法を考察し、譲渡所
得、一時所得の問題、および納付の問題など所得税制全般についても検討を加えた。
5.結論
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相続税と所得税との関係について所得概念、相続税の課税根拠の観点から理論的に考察
を加えた結果、取得型の所得税の下で、遺産税や相続税が所得税とは別建てで存在するこ
とによって、むしろ、富の蓄積が助長されるということが判明した。特に、富の再分配、
不労所得重課説といった課税根拠によって相続税は正当化されているのであるが、取得型
の所得税の下では、むしろ所得税の課税ベースを侵食するものである。したがって、相続
税と所得税との統合を行うことによって、富の不公平は解消されることになると考えられ
る。
相続税と所得税の統合は、公正な税制のために必要であるが、単なる理念に留めるべき
ではなく、実際の税制に組み入れる努力が必要である。シャンツの純資産増加論、サイモ
ンズの包括的所得概念に沿って、各国の税制は公正な税制を構築すべき努力を重ねてきた。
しかし、包括的所得概念による所得禾削ままだ、いずれの国でも施行されたことはなく、概
ね制限的所得概念によった税制となっている。そのことから、富の不平等が発生している
と考えられる。そこで、相続税や贈与矧ま廃止し、相続や贈与による資産の取得に所得課
税をするとともに、純利得についても毎年、所得課税すべきである。
公正な機会の平等という社会を目指すのであれば、配分的正義に従い、冨の再分配では
なく、富を分配することが必要となってくる。そのためには、税引き後所得を基準とした
公正な税制が必要であると考える。包括的所得概念にしたがった相続税と所得税の統合に
よって、それが可能となるのである。
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