...

マーケットインパクトの非線形性,弾力性,不確実 性

by user

on
Category: Documents
4

views

Report

Comments

Transcript

マーケットインパクトの非線形性,弾力性,不確実 性
マーケットインパクトの非線形性,弾力性,不確実
性及びそれらの執行戦略への影響について
∗
石谷 謙介 ∗ 加藤 恭 †
名城大学理工学部 † 大阪大学大学院基礎工学研究科
概要.
マーケットインパクトとは,自己の取引行動が証券価格に与える影響の事であ
り,金融市場における流動性の問題のうち代表的なテーマの一つである.本稿では,非線
形性,弾力性,不確実性を考慮したマーケットインパクトの下でのリスク中立なトレー
ダーの最適執行数理モデルを提案し,これらの性質がトレーダーの執行戦略与える影響に
ついて数値検証を行った.
Non-Linearity, Resilience, Uncertainty of Market Impact
Functions and Their Effects on Execution Strategies
Kensuke Ishitani∗ Takashi Kato†
∗
Faculty of Science and Technology, Meijo University
†
Graduate School of Engineering Science, Osaka University
Abstract. Market impact is an effect of the investment behavior of traders on security
prices, and is one of the typical liquidity problems in financial markets. In this paper, we
propose a mathematical model of optimal execution problem for a risk-neutral trader in the
case of non-linearity, resilience, uncertainty in market impact. We also discuss the effects
of each factor on a risk-neutral trader’s execution strategy through numerical examples.
1. はじめに
市場流動性の問題の一つであるマーケットインパクト(金融商品の取引の際に自身
の取引行動がその商品の価格に与えてしまう影響,以下 MI と表記)の下での金融商
品の執行に関する理論は数理ファイナンスにおける主要な研究テーマの一つである
が [1–6, 8–16, 23, 27–29, 31, 32],特に近年,金融市場の構造の変遷に伴い研究の活発化が
進んでいる.2010 年,米国の株式市場においてフラッシュクラッシュと呼ばれる急激な
株価変動が見られたが(詳細は [24] を参照せよ),この現象のトリガーとなったのはある
ミューチュアルファンドによる大規模保有証券の執行であり,売却執行アルゴリズムが産
み出した MI が波及した事によって市場に混乱を巻き起こしたのである(詳細は [30] を参
照).金融市場の流動性は以前よりも高まっているものの,一方で市場の状態を十分に勘
案しない大規模執行は依然として市場価格の破綻をもたらしてしまう事があり,アルゴリ
ズムトレードが普及した現代であるからこそ,安易な執行アルゴリズムによって市場の破
1
綻を招いてしまう可能性を避けるため執行スケジュールの最適化は重要度を増していると
言える.
トレーダーの執行戦略に影響を与える可能性のある主要な要因として MI や証券価格の
変動の不確実性(ボラティリティー)等が考えられる.MI を特徴付ける代表的な性質を
もう少し詳しく見ていくと,まず [23] によれば,MI 関数の非線形性(特に凸性)は執行
戦略過程に大きな影響を与える事が分かる.また [20] で取り扱われているように,証券
価格の価格回復効果も執行スケジュールに対して強い効果を持つ事が知られている(価
格回復効果は MI の過渡的な回復効果,あるいは弾力性と本質的には同値であり,以後は
弾力性と表記する事とする).更に [18] によると,証券価格のボラティリティーとは別に
MI 関数自体の持つ不確実性を捉える事も重要と言える.
上記のようなパラメーターが執行戦略や執行コストに対して本質的な役割を果たすと考
えられるが,実際にどのパラメーターが執行戦略に対してどういう影響があるのかは明ら
かにされておらず,またこれらの要素全てを含む複雑なモデルにおいて最適戦略の形状を
解析的に調べる事は困難である.そこで本稿では,[18, 20, 23] で用いられているモデルを
基にして MI の非線形性,不確実性及び弾力性を考慮した最適執行モデルを提案し,各パ
ラメーターが最適戦略や執行コストに与える影響について数値計算によって解明する事を
試みる.
2. 期待執行コスト最小化問題における比較静学
2.1 問題設定
(Ω, F , P) を完備確率空間とし,(Br )r は 1 次元の標準 Brown 運動とする.また (Lr )r を
(Br )r と独立な subordinator(単調増加な Lévy 過程)とし,フィルトレーション (Fr )r を
Fr = σ{Bv , Lv ; v ≤ r} ∨ {Null Sets} で定義する.
市場は一つの安全資産 (キャッシュ) と一つの危険資産 (証券) からなるとし,キャッ
シュの価格は常に 1 とする.証券価格は不確実性を伴って変動し,トレーダーによる売却
行動の影響を受けるものとする.トレーダーは,初期時点 t = 0 において価格 s0 > 0 の証
券を Φ > 0 単位保有しており,ノイズを含む MI を考慮して,期末時刻 T > 0 までに証券
を執行するものとする.
本稿では,期待執行金額の最大化を目的とするリスク中立的なトレーダーの最適執行問
題を考える.[18] 及び [20] で提案されたモデルを融合すると,以下によって最適化問題
(確率制御問題)の値関数が記述される事となる:
(2.1)
V(Φ) =
sup
(ζr )r ∈AT (Φ)
E[WT ],
s.t. dWr = ζr S r dr, dXr = β(F − Xr )dr + σdBr − g(ζr− )dLr ,
S r = exp(Xr ) and W0 = 0, S 0 = s0 ,
2
但し β, σ ≥ 0, F ∈ R. ここで,S r は r 時点における証券価格を,Xr はその対数値(対数価
格)を表している.Wr はトレーダーの保有しているキャッシュの量(金額)である.ζr
は r 時点における執行速度を表している.我々は (ζr )r を執行戦略と呼び,終端時刻 T に
おける期待売却代金 E[WT ] を最大化するような許容執行戦略 (ζr )r を最適執行戦略と呼ぶ
事とする.ここで (ζr )r が許容(admissible)であるとは
• (ζr )r は t に関して càglàd(各時点で左連続かつ有限右極限を持つ)かつ非負,
∫T
• 0 ζr dr ≤ φ であり,任意の ε ∈ (0, T ] に対して supr∈[0,T −ε] ζr < ∞ が成立
を満たす事を意味するものとし,許容執行戦略全体を At (φ) と表す *1 .
上式の g(ζr− )dLr の項は r 時点における執行測度 ζr− に伴う瞬間的な MI の大きさを表
している.ここで g : [0, ∞) −→ [0, ∞) は決定論的な関数であり,MI の平均的な大きさを
表すものである *2 .MI の不確実性(ノイズ)は (Lr )r のジャンプによって表現される事と
なる.即ち,γ ≥ 0 及び Poisson random measure N(dt, dz) を用いて
Lt = γt +
(2.2)
∫ t∫
zN(dr, dz)
0
と表した時,後者に関連する増分 g(ζr− )
る
*3
.なお本稿では γ > 0 と仮定する
*4
(0,∞)
∫
(0,∞)
zN(dr, dz) が MI のノイズ部分を表す事とな
.
g は MI 関数の形状を表しているものであり,[23] では一般の広義凸関数について,[22]
では更に広いクラスの関数について連続時間モデルの最適執行問題の導出が行われている
が,[21] によると
(2.3)
g(ζ) = α0 ζ π
(但し α0 , π > 0)の形のものが一般的とされており,本稿では (2.3) の形のものを扱う事と
する.また MI のノイズ部分に関しては,[18] で扱われた具体例と同様,Lt − γt がガンマ
*1
*2
*3
*4
期待執行コストを扱う,即ちリスク中立なトレーダーの最適執行問題を考える際,多くの場合最適戦略は
静的 (static) 即ち時刻に関する決定論的関数になる場合が多い [1, 22, 23, 33].そのような最適戦略はしば
しばインプリメンテーションショートフォール (Implementation Shortfall; IS) 戦略と呼ばれる.静的な最
適戦略を考察する事は執行問題に対する研究において一般的な設定であり [4, 6, 25, 26, 28],本稿でも許容
戦略のクラスを静的なものに制限して分析を行う.なお 2.2 節で紹介されている各命題に関しては許容戦
略を adaptive なクラス(即ち (Fr )r -適合な確率過程)に拡張した場合も同様の結果が得られる.
厳密には E[L1 ]g(ζr− )dr が平均的な MI の大きさを表している.
この定式化はやや不自然に見えるかもしれない.実際には,トレーダーの取引の状況はまず離散時間の枠
組みにおいて自然な形で与えられ,(2.1) は離散時間モデルから極限移行によって導出された帰結である.
離散時間での取引行動のモデリングに関する詳細は [18, 23] を参照されたい.また,値関数の収束につい
ては 4.1 節で行う議論と同様の方法で証明する事が出来る事を追記しておく.
[18] では γ ≥ 0 を仮定したのに対し,本稿ではより強い仮定が必要となる.詳細は第 4.1 節を参照.
3
分布 Gamma(α1 t, β1 ) に従うものとする *5 .即ち,Lévy 測度 ν が
ν(dz) =
α1 −z/β1
e
1(0,∞) (z)dz
z
で与えられる場合を考える.ここで α1 , β1 は定数であり,Gamma (a, b) はパラメーター
a, b を持つガンマ分布の分布関数:
1
xa−1 e−x/b 1(0,∞) (x)dx,
Γ(a)ba
∫ ∞
Γ(a) =
xa−1 e−x dx.
Gamma (a, b) (dx) =
0
ここで L1 の下限値は γ となる事に注意.γ 及びガンマ分布のパラメータ α1 , β1 が MI の
不確実性を表すパラメータとなり,これらを用いて
E[L1 ] = γ + α1 β1 ,
(2.4)
Var (L1 ) = α1 β21
と表せる.本稿では L1 の平均と分散を後に出て来る (2.8) 式のように固定する.これに
より,不確実性に関する 3 つのパラメーター γ, α1 , β1 は 1 つを決めれば他の 2 つは自動的
に決まる事となる.以下では MI の不確実性を表すパラメーターとは α1 の事を呼ぶ事と
する.
ここで, (2.1) に現れる他のパラメーターについて意味付けをしておこう.β ≥ 0 は平
均回帰性の強さを表すパラメーターであり,証券価格 S r が,eF で与えられるファンダメ
ンタル価値を下回っている場合は平均回帰性によって価格回復効果が記述される事とな
る.即ち,この場合は β は価格回復効果(あるいは MI 関数の弾力性)の強さを表すパラ
メータと捉える事が出来る.σ は価格変動のボラティリティーを表すパラメータである.
また (2.3) に現れる π が MI 関数の非線形性を特徴付けるパラメーターとなっている.即
ち,π < 1 の時は MI 関数は凹であり,π > 1 の時は凸,π = 1 の時は MI 関数は線形とな
る.本稿の目的は,非線形性パラメーター π,弾力性パラメーター β,ボラティリティー
パラメーター σ 及び MI の不確実性を表すパラメーター α1 を動かした時に最適執行戦略
がどのような影響を受けるのか,また執行コストがどのように変化するのかを数値計算に
よって調べる事である.
本節の最後に (2.1) を整理して決定論的な制御問題の形で書き直しておこう.関数 f (Φ)
*5
MI の不確実性は市場の活況度の変動との繋がりが深い.市場活況度の代表的な指標の一つに出来高があ
り,Lt あるいは Lt − γt は出来高の予期しない変動に関係する部分であると言える.[7] では累積出来高
過程がガンマ過程に従うとしており,これは本稿の設定とも類似している.[7] でガンマ過程を用いた理
由は所謂 VWAP (Volume Weighted Average Price) 執行最適化のモデリングと大きく関係しており,また
その設定が非現実的でない事が実証的観点からも同論文にて示唆されている.
4
を
(2.5)
f (Φ) = eF+y
∫
T
f˜((ζr )r ) =
sup
(ζr )r ∈AT (Φ)
f˜((ζr )r ),
(
ζr exp e−βr z0 − e−2βr y
0
−
∫ r{
−β(r−v)
e
(
−β(r−v)
γg(ζv ) + α1 log 1 + β1 e
)} )
g(ζv ) dv dr
0
と定義する.但し z0 = log s0 − F, y = σ2 /(4β) である.この時
V(Φ) = f (Φ)
が成立する事が直接計算によって容易に確認出来る.以下では期末時刻は T = 1 とする.
2.2 擬一括執行が最適となるケース
本節では,最適執行問題 (2.1) が具体的に(解析的に)解ける場合をいくつか紹介する.
まず π < 1 である場合,即ち平均的 MI 関数が凹である場合を考察する.ε > 0 に対し
執行戦略 ζ ε,t (0 ≤ t < 1) 及び ζ ε,1 を
ζrε,t =
Φ
Φ
1[t,t+ε] (r), ζrε,1 = 1[1−ε,1] (r), r ∈ [0, 1]
ε
ε
と定義する.
命題 2.1 π < 1 とする.
(i) z0 ≥ 2y の時,(ζrε,0 )r は ε-最適戦略となり V(Φ) = Φs0 .
∗
(ii) 2e−β y < z0 < 2y の時,t∗ = log(2y/z0 )/β と置くと (ζrε,t )r は ε-最適戦略となり
∗
∗
V(Φ) = Φ exp(e−βt z0 + F + (1 − e−2βt )y).
(iii) z0 ≤ 2e−β y の時,(ζtε,1 )t は ε-最適戦略となり V(Φ) = Φ exp(e−β z0 + F + (1 − e−2β )y) =
−β
Φse0 exp((1 − e−β )F + (1 − e−2β )y).
証明は 4.2 節を参照.上の命題より,MI 関数の形状が凹である場合には大量執行に対す
る MI は限定的であり,MI を回避するためのインセンティブが働かず(MI を無視した)
一括執行が最適となる事が分かる *6 .また,各ケースにおいて最適戦略及び値関数の値は
α0 に拠らず,よってこれらは MI が無い理想的な市場における最適執行戦略及び対応する
期待執行代金となっている事を注記しておく.
π = 1 である場合についても,初期保有証券枚数が少量である場合にはやはり最適戦略
が一括執行となる事が分かる.
*6
厳密には ε → 0 によって執行コストが最適コストに収束する(ε-最適戦略).
5
命題 2.2 π = 1 とする.もし Φ ≤ (z0 − 2y)/α0 ならば (ζtε,0 )t は ε-最適戦略となり
1 − e−α0 γΦ
s0 .
α0 γ
V(Φ) =
証明は 4.2 節を参照.
MI 関数のノイズが無い場合,即ち α1 = 0 である場合には,z0 > 2y (≥ 0) かつ Φ が十
分大きい時の最適執行戦略を explicit に得る事が出来る.この場合,最適戦略は「初期時
点及び終端時点における(擬)一括執行」と「期中の分割執行」の結合戦略となる.詳細
は [20] の Theorem 4 を参照されたい.
2.3 各パラメーターに関する感度分析
本節では,最適執行問題 (2.5) の解が各パラメーターを変化させた時にどう変化するか
を調べる.多くの場合において最適戦略を明示的に導く事は難しいため,数値計算によっ
て近似的に解を得る事となる.
第 2.1 節で述べたように,最適戦略導出に当たっては (2.5) で扱われている静的な戦略
のクラスのみ考えれば良い.また,cn = exp(−β/n) と置き,
fkn (φ, s) =
sup
k−1
∑
n
(ψnl )k−1
l=0 ∈Ak (φ) l=0
(
)
ψnl exp cln (log s − F) − c2l
y
n
(
× exp −
l {
∑
n
γcl−m
n gn (ψm )
m=0
{
k−1
Ank (φ) = (ψnl )l=0
∈ [0, φ]k ;
k−1
∑
ψnl ≤ φ
(
)} )
α1
l−m
n
+
log 1 + nβ1 cn gn (ψm )
,
n
}
l=0
と定義する時
(2.6)
lim eF+y fnn (Φ, s0 ) = f (Φ)
n→∞
が成り立つ事が 4.1 節の定理 4.1 と同様にして分かるので,数値計算においては n を大
きい自然数と取り固定して fnn (Φ, s0 ) を非線形多変数最適化アルゴリズムを用いて計算す
れば良い事が分かる.ここでは n = 100 とし,sequential quadratic programming を用い
て fnn (Φ, s0 ) 及びその最適値を与える (ψnl )n−1
l=0 の数値計算を行い,V(Φ) 及び最適執行戦略
(ζr )r の代替とする.
命題 2.1 の後の議論に従い,MI による期待執行金額の損失率を表すコスト (トータル
6
MI コスト) を次式で定義する事が出来る [19] *7 :
(2.7)

log(Φs0 ) − log V(Φ),




 log (Φse−βt∗ exp((1 − e−βt∗ )F + (1 − e−2βt∗ )y)) − log V(Φ),
TC(Φ) = 

( 0
)


 log Φse−β exp((1 − e−β )F + (1 − e−2β )y) − log V(Φ),
0
(z0 ≥ 2y),
(2e−β y < z0 < 2y),
(z0 ≤ 2e−β y).
これは,MI が無い場合の期待執行代金に対して,MI によってどの程度期待収益が減少し
てしまったのかを対数収益率ベースで表したものである.
以下では平均回帰の水準を表すパラメータを F = 0 と置き,初期時刻における価格は
s0 ≥ 1 とする.また α0 = 0.01 と置く.MI の不確実性を表すパラメータ γ,α1 及び β1 は
(2.8)
γ + α1 β1 = 1, α1 β21 = 0.3
を満たすように設定する事で,(2.4) 式の E[L1 ] 及び Var (L1 ) が一定値となるようにする.
以下では MI の不確実性に関するパラメータ α1 ,平均的 MI 関数の非線形性を表すパラ
メータ (冪指数パラメータ) π (> 0),初期時点の証券価格の s0 ,及び MI 関数の弾力性を
表すパラメータ β の値を変えていくつかのパターンで数値解を求める.
2.3.1 MI の不確実性とトータル MI コスト
Fig. 1 は,パラメータ α1 (= 0, 1, 2) とトータル MI コストの関係を図示したものである.
Φ = 1 及び Φ = 10 のいずれの場合でも,α1 が大きいほうが TC(Φ) が小さくなる事が分
かる.一方 (2.8) 式より ,α1 が大きくなれば γ が小さくなる事が分かるため,MI のノ
イズの 1 次及び 2 次のモーメントが等しい場合,L1 の下限値 γ が小さい方が,トータル
MI コストが小さくなる事が分かる.この結果は,[18] と同様,リスク中立なトレーダー
は MI に不確実性がある場合には執行コストを過小評価する傾向がある事を示唆する.こ
の事は,(2.2) の右辺第 1 項 γt による増分の部分は執行の際に常に発生する MI の最低発
生値として回避不可能である事を考慮すれば,α1 の値が大きい場合程リスク中立トレー
ダーは MI の影響を抑えた戦略を取る事が可能になるとも解釈する事が出来る.
2.3.2 MI の非線形性と執行速度
本節では平均的 MI 関数の次数 π ∈ {0.5, 1.0, 1.5, 2.0} と最適執行戦略の関係を調べる.
但しここでは s0 = 1.5, α1 = 1, σ = 0.2, β = 2 と設定する.この時 (z0 − 2y)/α0 ≈ 39.5 が
成立するため,命題 2.1 より,π = 0.5 の場合は (ζtε,0 )t が ε-最適戦略となる事が分かる.
まず初期時点の証券保有量が Φ = 1 の場合を考える.この時 Φ ≤ (z0 − 2y)/α0 が成立
するため,命題 2.2 より π = 1.0 の場合も (ζtε,0 )t が ε-最適戦略となる事が分かる.従って
Fig. 2 では π = 1.5, 2.0 と最適執行戦略の関係を図示し,π = 0.5, 1.0 の場合は数値検証の
*7
MI の尺度として,適切な戦略に基づく執行に伴う IS コストが知られているが,本稿におけるトータル
MI コストと同様のものである.
7
Fig. 1. Total MI cost TC(Φ) for a risk-neutral trader. Top: the case of Φ = 1. Bottom:
the case of Φ = 10. The horizontal axes denote the shape parameter α1 of the Gamma
distribution. All the parameter other than Φ and α1 are s0 = 1.5, π = 1.5, σ = 0.2 and
β = 2.
対象外とした.ここで φr は r 時点の残存保有証券枚数を表す: φr = Φ −
∫r
0
ζv dv. このと
き最適執行は初期時刻の執行量が多く期中及び終端時刻での執行速度が低い傾向を確認出
来る.
次に Φ = 10 の場合を考える.この時も Φ ≤ (z0 − 2y)/α0 が成立するため,Fig. 3 では
π = 1.5, 2.0 と最適執行戦略の関係を図示した.このとき最適戦略は初期・終端時刻の執
行量が多く期中の執行速度が低い傾向を確認出来る.
最後に Φ = 100 の場合を考える.Fig. 4 では π = 1.5, 2.0 の場合の最適執行戦略を図示
した.このとき最適執行は終端時刻の執行量が多く初期時刻及び期中での執行速度が低い
傾向を確認出来る.なお Φ = 100 の時は Φ ≤ (z0 − 2y)/α0 が成立ないため,π = 1.0 の場
合に (ζtε,0 )t が ε-最適戦略となるとは限らないが,π = 0.5 の場合は命題 2.1 から最適戦略
の数値解は初期時点での一括執行となる事が分かる.
Φ = 1, 10, 100 のいずれの場合でも,平均的 MI 関数の次数 π が大きい程初期時点での
8
Fig. 2. Results for π = 1.5, 2.0, and Φ = 1. Top: The optimal strategy ζr . Bottom: The
amount of security holdings φr . Horizontal axes correspond to time r. All the parameter
other than π and Φ are s0 = 1.5, α1 = 1, σ = 0.2 and β = 2.
執行速度が低くなる事が確認出来る.これは,MI が大きい場合に初期時点で執行速度を
高める事は価格破壊に繋がるためと考えられ,直感とも一致する.
2.3.3 ボラティリティと執行速度
本節では冪指数は π = 1.5 として平均的 MI 関数は凸であるとする.Fig. 5 及び Fig. 6
はボラティリティ σ と最適執行戦略 (及びトータル MI コスト) の関係を図示したもので
ある.Fig. 5 では z0 ≥ 2y となるように s0 = 1.5 と置き,Fig. 6 では s0 = 1 = eF とした.
何れの場合も,平均的 MI 関数が凸であり,また OU 過程の平均回帰性による MI の減衰
効果 (価格弾性効果 (resilience)) もあるため,時間をかけて期中に分割執行する事を確認
出来る.特に Fig. 5 では, s0 が fundamental value eF (= 1) と比べて大きいため,証券価
格が fundamental value に収斂する前に早期に売却する傾向が見られる.一方で Fig. 6 で
9
Fig. 3. Results for π = 1.5, 2.0, and Φ = 10. Top: The optimal strategy ζr . Bottom: The
amount of security holdings φr . Horizontal axes correspond to time r. All the parameter
other than π and Φ are s0 = 1.5, α1 = 1, σ = 0.2 and β = 2.
は,初期時点の証券価格が fundamental value と等しいため,早期に売却する傾向は確認
できない.更に Fig. 5 ではトータル MI コストがボラティリティ σ に関して単調に減少
し,かつその影響は軽微である事が分かるが,Fig. 6 では σ が大きくなるに連れてトータ
ル MI コストが増大する事が分かる.このようにボラティリティ σ とトータル MI コスト
との間に安定的な傾向を確認する事はできない.
また Fig. 5 ではボラティリティ σ の変化が執行戦略の形状に大きな影響を及ぼさない
が,Fig. 6 では σ が大きい程終端時刻での執行スピードが速くなる事を確認できる.以下
では,その理由について考察する.まず,Fig. 5 及び Fig. 6 のモデルパラメータのうち
MI 関数の冪指数のみを π = 1.5 から π = 2 と変更しても σ と執行戦略との間に上述の傾
向を確認する事が出来た.この事から, MI 関数の形状の変化が上記傾向に及ぼす影響は
軽微であると考えられる.従って以下では (2.5) 式の関数 f (Φ) のうち平均的 MI 関数に影
10
Fig. 4. Results for π = 1.5, 2.0, and Φ = 100. Top: The optimal strategy ζr . Bottom: The
amount of security holdings φr . Horizontal axes correspond to time r. All the parameter
other than π and Φ are s0 = 1.5, α1 = 1, σ = 0.2 and β = 2.
響を受けない部分に着目し,(ζr )r ∈ AT (Φ) の関数
(
(2.9)
σ2
exp F +
4β
)∫
T
(
ζr Hσ (r)dr,
−βr
where Hσ (r) = exp e
0
−2βr σ
(log s0 − F) − e
2
4β
)
,
について考察する事で上述の σ と執行戦略との関係性を説明する.まず,Fig. 6 では
log s0 − F = 0 としているため,σ̃ > σ (> 0) であれば Hσ̃ (r)/Hσ (r) は r に関する単調増加
関数となり,r̃ > r に対して
Hσ̃ (r̃) Hσ (r̃)
>
Hσ̃ (r) Hσ (r)
が成立する事が分かる.従ってこの場合は σ が大きい程 Hσ (r) は期末時刻の値が相対的
に大きくなるため,期末時刻での執行速度を上げるインセンティブをもたらしたと考えら
11
Fig. 5. Results for σ = 0.1, 0.2, 0.3, 0.5, and s0 = 1.5. Top: The optimal strategy ζr .
Middle: The amount of security holdings φr . Bottom: Total MI cost TC(Φ) for a riskneutral trader. In the top graph and the middle graph, horizontal axes correspond to time r.
In the bottom graph, the horizontal axis corresponds to the parameter σ. All the parameter
other than σ are Φ = 10, α1 = 1, π = 1.5 and β = 2.
12
Fig. 6. Results for σ = 0.1, 0.2, 0.3, 0.5, and s0 = 1. Top: The optimal strategy ζr .
Middle: The amount of security holdings φr . Bottom: Total MI cost TC(Φ) for a riskneutral trader. In the top graph and the middle graph, horizontal axes correspond to time r.
In the bottom graph, the horizontal axis corresponds to the parameter σ. All the parameter
other than σ are Φ = 1, α1 = 1, π = 1.5 and β = 2.
13
れる.この事は,Fig. 6 ではボラティリティーリスクが寧ろプレミアムとして評価され,
執行タイミングを後ろにずらすインセンティブが高まったとも解釈する事が出来る.一
方で Fig. 5 では,log s0 − F > 0 としているため,Fig. 6 の場合と比較して σ の変化が
Hσ (r̃)/Hσ (r) の値に及ぼす影響は小さくなる.その結果ボラティリティ σ の値を変化させ
ても,執行戦略の形状にはほとんど影響が見られなかったと考えられる.
2.3.4 MI の弾力性とトータル MI コスト
Fig. 7. The measurement results of total MI cost TC(Φ) for s0 = 1. The horizontal axes
denote the parameter β. All the parameter other than s0 and β are π = 1.5, σ = 0.2, α1 = 1
and Φ = 10.
Fig. 8. The measurement results of total MI cost TC(Φ) for s0 = 1.5 and π = 2.0. The
horizontal axes denote the parameter β. All the parameter other than s0 , π, Φ and β are
σ = 0.2 and α1 = 1.
本節では MI の弾力性を表すパラメータ β とトータル MI コストの関係を調べる.
初期時点の証券価格 s0 が平均回帰水準 eF (= 1) 以下の場合は,β が大きく価格回復ス
14
ピードが速い程「MI による価格の目減り
*8
を軽減する効果」が大きくなり,執行コス
トが小さくなると考えられる.また π > 1 の場合についても同様の傾向を確認出来るが,
Fig. 7 では簡単のため s0 = 1, π = 1.5, Φ = 10, α1 = 1 の場合の計算結果のみを図示する.
一方,初期時点の証券価格 s0 が平均回帰水準 eF (= 1) より大きい場合は注意が必要で
ある.この場合,MI による平均水準からの下落を軽減する効果と,証券価格が水準 eF を
下回らないうちは β が大きい程価格下落スピードが速くなる効果 *9 とのトレードオフが
生じるため,β の大きさとトータル MI コストとの間に明確な関係性を見出す事は一般に
は困難と考えられる.但し,Φ がある程度大きい場合には執行コストは β に対して単調に
増加するとは限らないという傾向は確認出来る(Fig. 8).即ち,このようなケースにおい
ては β を単に弾力性あるいは価格回復効果として捉える事は出来ない.
3. まとめと今後の課題
本稿ではリスク中立なトレーダーの売却執行における期待執行コスト最小化問題につい
て分析を行い,MI 関数の形状や弾力性(価格回復効果),不確実性等の各種パラメーター
が執行戦略に対してどのような影響を与えるのかを数値実験によって調べた.
注意すべき結果の一つとして,平均回帰速度に関するパラメーター β の執行コストに対
する感応度は,初期証券保有枚数 Φ によって傾向が変化する事が分かった.特に初期証
券価格が高い場合,Φ がある程度大きい場合には執行コストは β に対して単調に変化す
るとは限らない事が観察された.これは,証券価格が平均回帰水準と比較して高い場合に
は,β というパラメーターが「価格収斂の前に早期に(高値で)売却したいというインセ
ンティブ」と「価格収斂後,高い弾力性によって売却速度を高める事が出来る(価格収斂
までの総執行量を減らす,即ち執行を遅らせる)」という二つの側面を持っている事に起
因する現象であり,平均回帰性が強いからと言って必ずしも執行を早期に終わらせられる
わけではない(あるいは執行コストを減らせるわけではない)という事を意味している.
MI の弾力性は執行問題を考える上で重要な性質であるが [2, 10, 11],その構造は単純なも
のではない事が本分析から示唆される.
本稿ではトレーダーがリスク中立な,即ち最適化を行う対象が売却益あるいは売却コス
トの期待値である場合について主に焦点を当てて分析を行った.これは執行問題に関する
多くの理論研究において標準的な仮定であるが,一方でリスク回避的なトレーダーの最適
執行戦略の分析も興味深いテーマである.[18] で示されているように,リスク中立なト
レーダーが MI 関数を推定して最適戦略を導出しそれに従って執行を行う場合,MI 関数
のノイズの存在を仮定するのとしないのとでは,後者の方が執行コストが大きくなる,即
ち MI の不確実性に関わるリスクの過小評価をしてしまう事になり,直観に反する結果と
*8
*9
厳密には平均回帰水準からの目減り.
β が大きい程タイミングリスクが大きくなる効果.
15
なる事が知られている.しかしトレーダーがリスク回避的である場合はそうとは限らず,
MI のノイズが執行戦略にどのような影響を与えるのかを分析する事には意義があると考
えられる.
しかしその場合,最適戦略として静的なもののみを扱うのは十分とは言えず,動的な,
即ち証券価格の変動等に合わせて戦略が適宜変更し得る確率過程として記述されるような
adaptive な戦略までも考える必要があるかもしれない.無論,そのような複雑な問題に対
しては解析解を明示的に得る事も更に困難になると考えられる.そのため,adaptive な執
行戦略に対する値関数及び最適戦略の導出を行う数値計算の手法を構築する事が上の分析
を実行する上で必要であり,今後の重要な研究課題の一つと言える.
4. Appendix
4.1 値関数の収束について
本節では,第 2.1 節で定義した値関数の離散近似に関して議論する *10 .
まず b, σ : R −→ R を Lipschitz 連続かつ一次増大性を持つ関数であるとする.また
g : [0, ∞) −→ [0, ∞) を連続な単調増大関数とし,g(0) = 0 と仮定する.更に g は (0, ∞)
上連続微分可能であるとし,h := g′ は h(ζ) = o(ζ −1 ), ζ → 0 を満たすとする.離散時間モ
デルにおいて,執行枚数 ψ に対する MI 関数を
∫ ψ
n
n
n
gk (ψ) = ck gn (ψ), ck = n(L(k+1)/n − Lk/n ), gn (ψ) =
hn (ψ′ )dψ′ , hn (ψ) = h(nψ)
0
で定義する.ここで,h は更に次のどちらかを満たすと仮定しておく.
(i) ある ζ̄0 > 0 が存在して h は [ζ̄0 , ∞) 上単調非減少.
(ii) lim supζ→∞ h(ζ) < ∞.
さて,トレーダーの効用関数 u : R × [0, Φ] × [0, ∞) を各変数について単調非減少かつ
多項式増大な連続関数として与え,トレーダーの最適執行問題を次の期待効用最大化問題
*10
[18] の様に,離散時間モデルを元にして連続時間モデルを導出する事も可能であるが,ここでは簡単の
ため連続時間モデルを所与として議論する.
16
(の値関数)として定式化する:
Vkn (w, φ, s; u) =
(4.1)
sup
n
(ψnl )k−1
l=0 ∈Ak (φ)
E[u(Wkn , φnk , S kn )]
s.t. (W0n , φn0 , X0n ) = (w, φ, log s),
n
Wl+1
= Wln + ψnl S ln exp(−gnl (ψnl )),
φnl+1 = φnl − ψnl ,
)
(
l+1 l n
n
n n
; , X − gl (ψl ) ,
Xl+1 = Y
n n l
( )
S kn = exp Xkn ,
但し Y(t; r, x) は次の確率微分方程式の解:
{
(4.2)
dY(t; r, x) = σ(Y(t; r, x))dBt + b(Y(t; r, x))dt, t ≥ r,
Y(r; r, x) = x.
なお,Wln , φnl , S ln は,それぞれ l/n 時刻におけるキャッシュ保有額,証券保有枚数,及び証
券価格を表しており,Xln は対数価格である.また ψnl は l/n 時点の売却枚数を意味する.
Ank (φ) は許容な執行戦略全体を表す.ここで,執行戦略 (ψnl )k−1
l=0 が許容であるとは,各時
n
点の執行枚数 ψl が非負であり(即ち購入は行わない),更に総執行枚数が保有枚数 φ を
超えない事を意味する.(4.1) は,[18] で構成した値関数の数学的な一般化を与えている.
但し [18] では γ = inf n essinf ω cn1 (ω) = 0 の場合を許したのに対し,本論文ではより強い仮
定 γ > 0 を置いている事に注意.
また,連続時間最適執行問題の値関数を次で定義する.
Vt (w, φ, s; u) =
sup
(ζr )r∈[0,t] ∈At (φ)
E[u(Wt , φt , S t )]
s.t. (W0 , φ0 , X0 ) = (w, φ, log s),
dWr = ζr S r dr, dφr = −ζr dr,
dXr = b(Xr )dr + σ(Xr )dBr − g(ζr− )dLr , S r = exp(Xr ).
ここで At (φ) は第 2.1 節で定義されたものと同一である(但し T を t に置き換える).な
お (2.1) で与えられた値関数はこれの特別な場合であり,V(Φ) = VT (0, Φ, s0 ; uRN ) と記述
される(但し uRN (w, φ, s) = w).
最後に,次の技術的な仮定を置く.
(4.3) 任意の m = 1, 2, . . . に対して定数 Cm が存在して E[ sup exp(mY(t; 0, x))] ≤ Cm emx .
0≤t≤1
(4.3) は (4.2) の解のモーメントに関する少し強い仮定であるが,b(x) = β(F − x) (但し
β ≥ 0, F ∈ R) かつ σ が定数の場合(即ち Y が OU 過程である場合)には成り立つ事が分
かる.また,b, σ が有界である場合には (4.3) は常に成立する.
以上の仮定の下で次を示す事が出来る.
n
(w, φ, s; u) −→ Vt (w, φ, s; u) が成立.
定理 4.1 各 t, w, φ, s 及び u に対して V⌊nt⌋
17
4.2 証明
定理 4.1 の証明
まず [23] の Subsection 5.2 と同様の議論により,許容執行戦略 (ζr )r は全て supr,ω ζr (ω) <
∞ として良い事に注意する.また [22] の補題 9.1 と同様にして次を示す事が出来る.
補題 4.2 (ψnl )l を [23] Proposition 15 の証明と同様に定義する.この時定数 C ∗ > 0 及び数
列 (c∗n )n ⊂ (0, ∞) で c∗n /n −→ 0, n → ∞ を満たすものが存在して
gn (ψnl ) ≤ min{C ∗ , c∗n ψnl }, l = 0, . . . , ⌊nt⌋ − 1.
さて,定理の主張を次の二つの不等式に分解する:
(4.4)
n
lim inf V⌊nt⌋
(w, φ, s; u) ≥ Vt (w, φ, s; u),
(4.5)
n
lim sup V⌊nt⌋
(w, φ, s; u) ≤ Vt (w, φ, s; u).
n
n
(4.4) の証明は [23] の Proposition 8.25 及び [17] の命題 9 と同様である.その際,[23]
Lemma 8.1 の代わりに (4.3) を用いる.(4.5) の証明についても,[23] の Proposition
8.24, [17] の命題 8 の証明と補題 4.2 を組み合わせれば良い.
□
命題 2.1 の証明
(ii), (iii) も同様のため (i) のみ示す.定義より
e−F−y V(Φ) ≥ f˜((ζrε,0 )r )
(
( )π
∫
Φ ε
Φ
1 − e−βr
−βr
−2βr
=
exp e z0 − e y − γα0
·
ε 0
ε
β
(
( )π ) )
∫ r
Φ
−α1
log 1 + α0 β1 e−β(r−v)
dv dr
ε
0
(
( )π
∫ 1
Φ
1 − e−βεr
−βεr
−2βεr
=Φ
exp e z0 − e
y − γα0
·
ε
β
0
(
( )π ) )
∫ r
Φ
−α1 ε
log 1 + α0 β1 e−βε(r−v)
dv dr
ε
0
となるが,ここで
1 − e−βεr 1−π
sup ≤ βε −→ 0, ε → 0,
π
ε
r∈[0,1]
である事,また関係式 log(1 + x) ≤ x, x ≥ 0 より
( )π )
(
−βε(r−v) Φ
π 1−π
sup ε log 1 + α0 β1 e
≤ α0 β0 Φ ε −→ 0, ε → 0
ε
r∈[0,1]
18
となる事等から,Lebesgue の収束定理を適用出来
−F−y
e
∫
1
V(Φ) ≥ Φ
ez0 −y dr = ez0 −y Φ,
0
即ち V(Φ) ≥ Φez0 +F = Φs0 が得られる.
一方,z0 − y − (e−βr z0 − e−2βr y) ≥ (1 − e−βr )(z0 − (1 + e−βr )y) ≥ 0 に注意して,任意の
(ζr )r ∈ A1 (Φ) に対して
∫
1
f˜((ζr )r ) ≤
∫
(
)
−βr
−2βr
z0 −y
ζr exp e z0 − e y dr ≤ e
ζr dr ≤ ez0 −y Φ,
0
即ち V(Φ) = eF+y sup(ζr )r f˜((ζr )r ) ≤ Φez0 +F = Φs0 が得られる.
命題 2.2 の証明
□
以下の関係式
(
)
Φ −βε(r−v)
sup ε log 1 + α0 β1 e
×
≤ α0 β 1 Φ < ∞
ε r∈[0,1] 及び
(
−βε(r−v)
ε log 1 + α0 β1 e
)
Φ
×
−→ 0, ε → ∞
ε
に注意して,Lebesgue の収束定理と [20] の Theorem 5 の証明を組み合わせれば良い.
□
謝辞 本論文を作成するにあたり,有益な助言を頂きました二名の査読者に心より御礼申
し上げます.
参考文献
[1] Alfonsi, A. and Schied, A., Optimal execution strategies in limit order books with general shape functions, Quantitative Finance, 10(2) (2010), 143–157.
[2] Alfonsi, A. and Schied, A., Optimal trade execution and absence of price manipulations
in limit order book models, SIAM Journal on Financial Mathematics, 1(1) (2010),
490–522.
[3] Alfonsi, A., Schied, A. and Slynko, A., Order book resilience, price manipulation, and
the positive portfolio problem, SIAM Journal on Financial Mathematics, 3(1) (2012),
511–523.
[4] Almgren, R., F. and Chriss, N. Optimal execution of portfolio transactions, Journal of
Risk, 18 (2000), 57–62.
19
[5] Avellaneda, M. and Stoikov, S., High-frequency trading in a limit order book, Quantitative Finance, 8(3) (2008), 217–224.
[6] Bertsimas, D. and Lo, A., W., Optimal control of execution costs, Journal of Financial
Markets, 1 (1998), 1–50.
[7] Frei, C. and Westray, N., Optimal execution of a VWAP order: a stochastic control
approach, to appear in Mathematical Finance.
[8] Gatheral, J., No-dynamic-arbitrage and market impact, Quantitative Finance, 10(7)
(2010), 749–759.
[9] Gatheral, J. and Schied, A., Optimal trade execution under geometric Brownian motion
in the Almgren and Chriss framework, International Journal of Theoretical and Applied
Finance, 14(3) (2011), 353–368.
[10] Gatheral, J. and Schied, A., Dynamical models of market impact and algorithms for order execution, Handbook on Systemic Risk, Eds Fouque, J. P. and Langsam, J., (2013),
579–602.
[11] Gatheral, J., Schied, A. and Slynko, A., Transient linear price impact and Fredholm
integral equations, Mathematical Finance, 22 (2011), 445–474.
[12] Guéant, O., Lehalle, C-A. and Tapia, J. F., Optimal portfolio liquidation with limit
orders, SIAM Journal on Financial Mathematics, 3(1) (2012), 740–764.
[13] 久田 祥史・山井 康浩, 流動性リスク評価方法の実用化に向けた研究, 日本銀行金融研
究所ディスカッション・ペーパー, 2000-J-3 (2000).
[14] Huberman, G. and Stanzl, W., Price manipulation and quasi-arbitrage, Econometrica,
72(4) (2004), 1247–1275.
[15] Huberman, G. and Stanzl, W., Optimal liquidity trading, Review of Finance, 9 (2005),
165–200.
[16] Ishii, R., Optimal execution in a market with small investors, Appl. Math. Finance, 17
(2010), 431–451.
[17] 石谷 謙介, 加藤 恭, 不確実性を含んだマーケット・インパクトモデルの下での最適執
行問題, MTEC ジャーナル, 21 (2009), 83–108.
[18] Ishitani, K. and Kato, T., Optimal execution for uncertain market impact: derivation
and characterization of a continuous-time value function, Recent Advances in Financial
Engineering 2012: Proceedings of the International Workshop on Finance 2012, Eds
Takahashi, A., Muromachi, Y. and Shibata, T. (2012), 93–116.
[19] Kato, T., Formulation of an optimal execution problem with market impact, Proceedings
20
of The 41th ISCIE International Symposium on Stochastic Systems, Theory and Its
Applications (SSS’09) (2010), 235–240.
[20] Kato, T., An optimal execution problem in geometric Ornstein–Uhlenbeck price process, Preprint (2011).
[21] 加藤 恭, On convexity/concavity of market impact functions: empirical and simulationbased studies of limit order books, RIMS Kokyuroku, 1886, 95–117 (2014).
[22] 加藤 恭, マーケットインパクト関数の非線形性について: 凸性・凹性に関する実証・
シミュレーション分析と最適執行モデルの導出, 日本応用数理学会論文誌, 24(3)
(2014).
[23] Kato, T., An optimal execution problem with market impact, to appear in Finance and
Stochastics.
[24] 加藤 恭, 山中 卓, システミック・リスク, Working Paper (2014).
[25] Konishi, H. and Makimoto, N., Optimal slice of a block trade, Journal of Risk, 2001-01
(2001).
[26] Kuno, S. and Ohnishi, M., Optimal execution strategies with price impact, RIMS
Kokyuroku, 1675, 234–247 (2010).
[27] Lions, P. L. and Lasry, J. M., Large investor trading impacts on volatility, Paris–
Princeton Lectures on Mathematical Finance 2004, Lecture Notes in Mathematics, 1919
(2007), 173–190.
[28] Makimoto, N. and Sugihara, Y., Optimal execution of multi-asset block orders under stochastic liquidity, IMES Discussion Paper Series No. 2010-E-25, Bank of Japan
(2010).
[29] Obizhaeva, A. A. and Wang, J., Optimal trading strategy and supply/demand dynamics,
Journal of Financial Markets, 16(1) (2013), 1–32.
[30] 大崎 貞和, フラッシュ・クラッシュとは何だったのか, 月刊資本市場, 308 (2011),
16–22.
[31] Predoiu, S., Shaikhet, G. and Shreve, S. E., Optimal execution in a general one-sided
limit-order book, SIAM Journal on Financial Mathematics, 2 (2011), 183–212.
[32] Schied, A. and Schöneborn, T., Risk aversion and the dynamics of optimal liquidation
strategies in illiquid markets, Finance and Stochastics, 13(2) (2009), 181–204.
[33] Schied, A. and Zhang, T., A hot potato game under transient price impact and some
effects of a transaction tax, preprint (2013).
21
石谷 謙介 (正会員)
〒468-8502 愛知県名古屋市天白区塩釜口 1-501
2007 年東京大学大学院数理科学研究科博士課程修了,博士(数理科学).首都大学東京
都市教養学部経営学系 助教を経て,現在 名城大学理工学部数学科 助教.金融リスク管理
の研究及びファイナンスに纏わる最適化問題の研究に従事.
加藤 恭 (正会員)
〒560-8351 大阪府豊中市待兼山町 1-3
2006 年東京大学大学院数理科学研究科博士課程修了,博士(数理科学).現在,大阪大
学大学院基礎工学研究科 助教.日本応用数理学会,日本数学会会員.数理ファイナンス,
特に市場流動性や金融リスク管理に纏わる数理的課題に対する分析に興味を持つ.
22
Fly UP