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平成25年度 シカ生息状況調査報告書
平成26年8月
目
次
Ⅰ.はじめに........................................................................ 3
Ⅱ.出猟カレンダー調査.............................................................. 3
1.方法.......................................................................... 3
2.結果.......................................................................... 4
(1)銃猟によるシカ目撃効率と捕獲効率 .......................................... 4
(2)わな猟によるシカ捕獲効率 .................................................. 5
3.考察.......................................................................... 6
Ⅲ.シカ糞粒調査.................................................................... 7
1.方法.......................................................................... 7
(1)糞粒調査.................................................................. 7
(2)糞塊調査.................................................................. 8
2.結果.......................................................................... 8
3.考察......................................................................... 10
Ⅳ.農業被害アンケート調査 ......................................................... 11
1.方法......................................................................... 11
2.結果......................................................................... 11
(1)アンケートの回収状況 ..................................................... 11
(2)出没頻度................................................................. 12
(3)被害強度................................................................. 13
(4)中南部からのシカの分布情報 ............................................... 14
(5)被害対策状況とその効果 ................................................... 14
3.考察......................................................................... 16
Ⅳ.下層植生衰退度調査............................................................. 17
1.方法......................................................................... 17
(1)野外調査................................................................. 17
(2)植生データ解析 ........................................................... 17
2.結果......................................................................... 18
3.考察......................................................................... 19
Ⅴ.まとめ......................................................................... 19
2
Ⅰ.はじめに
近年日本各地でニホンジカ(Cervus nippon)の個体数の増加や分布域の拡大が指摘
されており、その採食による農林業被害や自然植生の衰退が問題視されている(湯
本・松田 2006; Takatsuki 2009; 環境省 2010)。このような背景の中、シカの被害対策
や個体群保全策を考えるための基礎情報として、シカの生息密度とその空間分布、そ
して被害や被害防除に関する項目をモニタリングすることが非常に重要な課題とな
っている(環境省 2010)。
大阪府でもシカによる農林業被害が増加しており、農林業被害の半減を目的とした
シカ保護管理計画が策定されている(大阪府 2012)。大阪府におけるシカのモニタリ
ング項目として、主にシカ生息密度の増減や分布の把握を目的とした「出猟カレンダ
ー調査」と「糞粒調査」、主に農業や森林植生に対する被害の増減と分布の把握を目
的とした「農業被害アンケート調査」と「下層植生衰退度調査」の 4 つの調査を行っ
てきた。本報告では、これら 4 つの調査結果について解析した。
Ⅱ.出猟カレンダー調査
1.方法
大阪府内で狩猟を行う狩猟者に出猟カレンダーを配布し、猟期中(11/15~3/15)の
出猟状況やシカの捕獲目撃数の情報を収集した。出猟カレンダーは銃猟用とわな猟用
をそれぞれ用意し、銃猟では出猟日、出猟場所、シカ目撃数(捕獲分を除く)と捕獲
数を、わな猟ではわな種(くくりわな、箱わな、囲いわな)ごとに設置場所、設置期
間、シカ捕獲数をそれぞれ調査した。
情報を集計後、全データ及び 5 km メッシュごとに銃猟の目撃効率(SPUE; sighting
per unit effort)と、銃猟とわな猟の捕獲効率(CPUE; catch per unit effort)を算出した。
ここで銃猟の目撃効率と捕獲効率はそれぞれ
目撃効率 =
目撃数 + 捕獲数
出猟人日数
として、わな猟の捕獲効率はわな種ごとに
捕獲効率 =
捕獲効率 =
捕獲数
出猟人日数
捕獲数 × 100
わな設置台数 × わな稼働日数
として計算した。計算には、主としてイノシシを対象とする狩猟者のデータを含む全
出猟者の情報を用い、猟期外の出猟日が記載されたものは計算から除外した。
計算後、シカ生息密度の経年変化を明らかにするために、各年度の目撃効率や捕獲
効率を χ²検定によって比較した。有意水準は P = 0.05 とし、検定後の多重比較には
Bonferroni 補正を用いた。銃猟は H19~H25 年度までの 7 年間、わな猟は H22~H25
年度までの 4 年間の比較とした。なお、本報告書の全ての統計解析には、R 2.15.2(R
Core Team 2012)を用いた。
また、シカ生息密度の空間分布を明らかにするために、5 km メッシュごとの目撃効
3
率、捕獲効率の分布図を年度ごとに作成した。ただし、銃猟出猟人日数が 10 人日未
満、わな稼働台日数が 100 台日未満のメッシュについては目撃効率や捕獲効率が大き
く変動するため、分布図から除外した。また、囲いわなは実施メッシュが一部に限ら
れるため分布図は作成せず、経年変化の解析のみを行った。
2.結果
(1)銃猟によるシカ目撃効率と捕獲効率
図 1 に銃猟での目撃効率と捕獲効率の経年変化を示す。目撃効率は H20 年度が 0.52
と最も低く、H25 年度が 0.86 と最も高くなっていた。捕獲効率は H23 年度が 0.06 と
最も低く、H19 年度が 0.11 と最も高くなっていた。統計解析の結果、目撃効率は徐々
に増加しており、H25 年度は H24 年度と共に他のどの年度よりも有意に高い値を示し
ていた(P < 0.001)。一方で、捕獲効率は H22、H23 年度にかけて一度減少したのち
H24 年度に回復するという変化を示していた(P < 0.001)。結果的に H25 年度は、H22、
H23 年度よりは有意に高いものの、その他の年度とはほぼ同等の値となっていた。
1.0
(a)
c
0.8
0.6
b
a
a
ab
b
0.4
c
シ
カ
捕
獲
効
率
(
頭
人
日
)
0.12
(b)
0.10
b
0.08
b
b
b
ab
0.06
a
a
22
23
0.04
/
/
シ
カ
目
撃
効
率
(
頭
人
日
)
0.2
0.0
19
20
21
22
23
24
25(年度)
0.02
0.00
19
20
21
24
25(年度)
図 1 銃猟によるシカ(a)目撃効率と(b)捕獲効率の経年変化。異なる文字の付い
た値はそれぞれ Bonferroni 補正を用いた χ²検定で有意に異なることを示す(P < 0.05)。
H19
H20
H21
H23
H24
H25
H22
3.0~
2.0~3.0
1.5~2.0
1.0~1.5
0.5~1.0
0~0.5
目撃なし
図 2 各年度の銃猟によるシカ目撃効率の分布図。銃猟出猟人日数が 10 人日未満のメ
ッシュは除外した。
4
図 2 と図 3 に、銃猟によるシカ目撃効率と捕獲効率の分布図を年度ごとにそれぞれ
示す。目撃効率では H22 年度以降になってから 2.0 以上と高い値のメッシュが出現し
ており、H24、H25 年度には目撃効率が 0.5 以下のメッシュが 2 つのみと、全体的に
目撃効率が増加していた。一方で捕獲効率では、0.4 以上の高い値を示すメッシュが
出現したのは H19、H21、H24、H25 年度となっており、目撃効率とは異なる傾向が
見られた。高い値の見られるメッシュは、多少の変動はあるものの、能勢町を含むメ
ッシュや池田市北部から箕面市にかけてのメッシュ、箕面市北部から豊能町西部にか
けてのメッシュで見られることが多かった。
H19
H20
H21
H23
H24
H25
H22
0.5~
0.4~0.5
0.3~0.4
0.2~0.3
0.1~0.2
0~0.1
捕獲なし
図 3 各年度の銃猟によるシカ捕獲効率の分布図。銃猟出猟人日数が 10 人日未満のメ
ッシュは除外した。
また、H25 年度には大阪府南部からも銃猟によ
るシカの目撃の報告が寄せられた(図 4)。目撃
の報告があったのは、河内長野市から和泉市にか
けてのメッシュで、オスとメスの目撃がそれぞれ
1 頭ずつ、計 2 頭の目撃があり、目撃効率は 0.01
となっていた。なお、H24 年度までは北部地域以
外でのシカの目撃報告は全くなく、シカの捕獲報
告は H25 年度にも北部地域からしか得られなか
った。
3.0~
2.0~3.0
1.5~2.0
1.0~1.5
0.5~1.0
0~0.5
目撃なし
(2)わな猟によるシカ捕獲効率
図 5 にわな猟によるシカ捕獲効率(100 台日あ
たり)の経年変化をわな種ごとに示す。くくりわ
なでの捕獲効率は、H25 年度にかけて徐々に増
加していた(P = 0.025)。箱わなでの捕獲効率は、 図 4 H25 年度の銃猟によるシカ
H22~H24 年度にかけて有意に増加していたも
目撃効率の分布図
5
のの、H25 年度にはやや減少に転じていた(P = 0.004)。囲いわなでの捕獲効率は統
計的に有意な差は見られなかったものの、H25 年度にかけて徐々に増加していた。
シ
カ
捕
獲
効
率
(
頭
0.5
b
0.4
b
0.2
箱わな
囲いわな
a
/
100 0.1
台
日 0.0
)
くくりわな
ab
0.3
A
AB
AB
22
23
24
B
25 (年度)
図 5 わな種ごとのシカ捕獲効率(100 台日あたり)の経年変化。異なる文字の付い
た値は Bonferroni 補正を用いた χ²検定で有意に異なることを示す(P < 0.05)。
図 6 にくくりわなと箱わなによるシカ捕獲効率の分布図を年度ごとにそれぞれ示す。
くくりわなでは、高い値を示すメッシュの位置は年度によって異なっていたものの、
能勢町を含むメッシュで高い値が見られることが多かった。箱わなでは、能勢町北部
や箕面市から豊能町にかけてのメッシュでは常に高い値が見られており、茨木市や島
本町のメッシュでは低い値が見られることが多かった。
(a)
H22
H23
H24
H25
1.0~
0.8~1.0
0.6~0.8
(b)
0.4~0.6
H22
H23
H24
H25
0.2~0.4
0~0.2
捕獲なし
図 6 (a)くくりわなと(b)箱わなによるシカ捕獲効率(100 台日あたり)の分布
図。わな稼働台日数が 100 台日未満のメッシュは除外した。
3.考察
目撃効率や捕獲効率はシカ生息密度の指標として多くの地域でモニタリングに使
6
用されており(宇野ほか 2007)、目撃効率と糞塊密度の間に有意な正の相関がみられ
るなど(濱崎ほか 2007)その有用性が指摘されている。解析の結果、大阪府では銃
猟の目撃効率が徐々に増加しているのに対し、捕獲効率は一度減少したのち増加する
という異なる変動を示していた。日本では、捕獲効率が捕獲制限の緩和などの影響を
受けて変動しやすいのに対し、目撃効率の方がデータのばらつきが少なく、個体群変
動の評価に有用であると報告されている(Uno et al. 2006)。また、H22 年度以降に限
ってみると、銃猟目撃効率と捕獲効率はほぼ同様の変動を示しており、わな猟捕獲効
率でも全体的に増加傾向が得られている。そのため、変動が大きく異なる詳細な原因
は不明であるものの、大阪府におけるシカ生息密度は目撃効率のように徐々に増加し
てきていると考えるのが妥当であると考えられる。
シカ生息密度の空間分布については、それぞれ若干傾向が異なるものの、銃猟目撃
効率と箱わなでの捕獲効率では安定してほぼ同様の傾向が得られている。両者で高い
値が得られている能勢町や、豊能町から箕面市にかけての地域でシカの生息密度が高
く、茨木市や島本町付近では比較的低いという密度分布状況にあることが考えられる。
また H25 年度には初めて大阪府南部からもシカの目撃情報が得られた。大阪府では
今のところ捕獲の情報はないものの、奈良県では H25 年度になって二上・葛城山系で
の捕獲があったようである(奈良県森林技術センター 若山氏私信)。また、和泉葛
城山系でも和歌山県側ではシカの捕獲があることが報告されている(和歌山県 2012)。
以上のことから、今後大阪府南部でもシカの捕獲・目撃事例が増加していく可能性が
高いと考えられる。継続的に出猟カレンダーでのモニタリングを行うとともに、奈良
県や和歌山県との情報共有を進めていくことが必要であろう。
Ⅲ.シカ糞粒調査
1.方法
(1)糞粒調査
大阪府北部地域(能勢町、豊能町、池田市、箕面市、茨木市、高槻市、島本町)を
対象に、シカ糞粒調査を行った。糞粒調査法はシカの生息密度や密度指数の調査手法
の1つであり、森林内のようにシカを直接目視することが困難な地域において重要な
役割を担っている手法である(岩本ほか 2000)。調査は H14~H25 年度にかけて、29
ヶ所(能勢町 11 ヶ所、豊能町 3 ヶ所、池田市 1 ヶ所、箕面市 3 ヶ所、茨木市 3 ヶ所、
高槻市 7 ヶ所、島本町 2 ヶ所)の調査地で実施した(図 7)。
各調査地に 300 m もしくは 500 m の調査区間を設定し、調査区内に 1 m 四方からな
る調査枠を 100 ヶ所ずつ設置した。調査は糞虫の活動が少なく、糞粒の消失率の小さ
い 11~3 月にかけて行った。なお H14~H20 年度は、労力的な都合等から全調査地で
の調査が行えなかった。
年度ごとに異なるデータの欠損を補い、シカ生息密度の空間分布を把握するために、
シカ糞粒密度の空間補間図を年度ごとに作成した。大阪北部地域を 3 次メッシュを基
準とした約 1 km2 のメッシュ 378 個に区切り、各メッシュの値を IDW(逆距離加重)
法(Fortin and Dale 2005)によって推定した。IDW 法による空間補間には、R 用パッ
7
ケージ gstat(Pebesma 2004)を用いた。
なお、29 ヶ所の調査地のうち「能勢の郷」
の調査地(図 7)は、1)公園内の芝生広
場が調査区間となっており他の調査地
と調査区の環境が大きく異なること、2)
発見糞粒数がしばしば 100 個/m2 を上回
るなど他の調査地に比べて圧倒的に多
いこと、の 2 点から、空間補間に用いる
データから除外した。空間補間後、糞粒
密度の経年変化を明らかにするために、
各メッシュの推定値の平均値を一元配
置分散分析で年次ごとに比較した。解析
後の多重比較には TukeyHSD 法を用いた。 図 7 シカ糞粒調査地(赤丸)の位置図。
青丸は IDW 法による空間補間から除外
(2)糞塊調査
した調査地(能勢の郷)の位置を示す。
シカの糞を利用した調査手法には、糞
粒を一粒ずつ数える「糞粒法」と、一度の排糞で排出される糞粒をまとめて 1 糞塊と
して数える「糞塊法」がある。近隣府県では糞塊法の導入が進んでいるため(濱崎ほ
か 2007)、今後の糞塊法への移行を可能にするために、H25 年 11 月に糞粒調査地のう
ち 26 ヶ所において糞塊数の計数を行った。各糞粒調査区間を利用して 4 m 幅の調査
トランセクトを設置し、トランセクト内の糞塊数を計数した。シカは止まって糞をす
るだけでなく歩きながら糞をすることも多いため、シカの糞塊はそれほどはっきりし
たものにならないこともある(濱崎ほか 2007)。そのためここでは糞粒数が 10 粒以上
のものを 1 糞塊とみなし、また新鮮度が同等と思われる 20 粒程度の糞塊が 100 cm 以
内の間隔で連続するものについては、それらを合わせて 1 糞塊とみなした。調査後、
同一調査地での糞粒数と糞塊数の関係について回帰分析を行った。
2.結果
図 8 に各年度のシカ糞粒密度の空間分布図を示す。能勢町では H14 年度から一貫し
て他地域よりも糞粒密度が高い傾向にあった。また、H17 年度頃からは高槻市北部で
も糞粒密度の高い地域が見られるようになっていた。加えて、H22 年度からは箕面市
北部でも糞粒密度のやや高い地域が見られるようになった。全体的に糞粒密度の高い
地域はこれらの 3 地域に限られており、豊能町東部や茨木市、島本町では糞粒密度が
一貫して非常に低いままであった。
図 9 に平均糞粒密度の経年変化を示す。糞粒密度は H15 年度が 0.90 粒/m2 と最も低
く、H23 年度が 6.37 粒/m2 と最も高くなっていた。平均糞粒密度は H15~H23 年度に
かけて有意に増加してきていたものの、H24 年度には突如減少し、H25 年度にはやや
増加したものの、H22、23 年度よりも有意に低い値となっていた(P < 0.001)。
図 10 に糞粒密度と糞塊密度の関係を示す。回帰分析の結果、糞粒数と糞塊数は非
常に当てはまりの良い直線関係にあることが分かった(P < 0.001、R2 = 0.954)。両者
8
の回帰式として、y = 0.246x + 0.317(y:糞塊数/100 m2、x:糞粒数/m2)という関係式
が得られた。
H14
H15
H16
H17
H18
H19
H20
H21
50
40
30
H22
H24
H23
20
H25
10
0
図8
年度ごとの IDW 法によるシカ糞粒密度(粒/m2)の空間補間図
7
6
h
fg
5
def
4
3
/
シ
カ
糞
粒
数
(
gh
m2 2
) 1
0
ef
bcd
bc
ab
bc
cde
cde
a
14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25(年度)
図 9 平均シカ糞粒密度(粒/m2)の経年変化。異なる文字の付いた値は TukeyHSD 法
で有意に異なることを示す(P < 0.05)。エラーバーは標準誤差を示す。
9
35
シ
カ 30
糞
塊 25
数 20
(
/
15
100m2
10
)
5
0
0
25
50
75
100
125
シカ糞粒数(/m2)
図 10 H25 年度に調査したシカ糞粒密度(粒/m2)とシカ糞塊密度(個/100m2)の関
係。破線は回帰直線を示す。
3.考察
糞粒密度の空間分布では、能勢町や箕面市北部、高槻市北部に高い傾向が見られ、
茨木市や島本町では低い傾向が見られた。この傾向は銃猟目撃効率や箱わなでの捕獲
効率で見られた傾向とも似通っている(本報告書参照)。そのため、実際にこのよう
なシカ生息密度分布状況にある可能性が高く、糞粒調査でもこの傾向が問題なく検出
できたものと考えられる。
一方で、糞粒密度の経年変化では、H23 年度をピークに糞粒密度が減少してきてい
た。この傾向は、H22 年度以降増加傾向が見られている出猟カレンダーデータと一致
しないものである。この原因として、実際に H23 年度以降に大阪府でのシカ生息密度
が大きく減少した可能性もあり得るものの、シカ捕獲頭数や農業被害金額に大きな減
少がみられないことから、シカ生息密度が糞粒密度データ通りに減少したとは考えに
くい。糞粒調査地は、そもそも委託調査を前提として始まった経緯もあり、公園やグ
ラウンド等の広場が 4 ヶ所、車道としての利用のある林道が 5 ヵ所、一般市民が広く
利用しうるハイキング道が 6 ヶ所と、調査地の半数以上が人の利用の多い場所となっ
ている。これらの調査地ではハイキング道や林道の整備などの人為的なかく乱が生じ
やすく、その結果シカ糞粒数が大きく変動することが容易に予想される。そのため、
H23 年度以降に糞粒数が大きく低下した原因は、実際のシカ生息密度の減少ではなく、
かく乱の多い調査地が多数選定されていることにあるのではないかと考えられる。今
後は、今回の調査結果で得られた回帰直線を利用した糞塊調査への移行を図るととも
に、実際にシカが生息する森林内を調査区とするような調査手法への変更を検討して
いくことが必要であろう。
10
Ⅳ.農業被害アンケート調査
1.方法
大阪府内の農業実行組合長に農業被害アンケート用紙を配布し、加害鳥獣種ごとに
農業被害の傾向や農地への出没頻度、対策の実施状況などについて情報を収集した。
対象は、農業被害の少ない市街地を含む府内全域の農業集落(実行組合)とし、H22
~H25 年にかけて各年次の状況について情報を収集した。
アンケート回収後、シカの農地への出没頻度と農業被害強度の情報を集計した。そ
の後、各農業集落の位置情報を農業集落地図データ(財団法人農林統計協会 2008)
から取得し、出没頻度と被害強度について大阪府北部地域における空間分布図をそれ
ぞれ作成した。空間分布図の作成は、糞粒密度分布図の作成と同様に、IDW(逆距離
加重)法(Fortin and Dale 2005)によって大阪北部地域をカバーする約 1 km2 のメッ
シュ 378 個の値を推定して行った。ここで出没頻度は 0 から 3 の数値に(0:分布な
し、1:あまり見ない、2:たまに見る、3:よく見る)、被害強度は 0 から 4 の数値に
(0:分布なし、1:ほとんどない、2:軽微、3:大きい、4:深刻)それぞれ変換し
て解析に用いた。IDW 法による空間補間には、R 用パッケージ gstat(Pebesma 2004)
を用いた。
空間補間後、出没頻度や被害強度の経年変化を明らかにするために、各メッシュの
推定値の平均値を一元配置分散分析で年次ごとに比較した。解析後の多重比較には
TukeyHSD 法を用いた。なお、値が 0.5 未満のメッシュについては分布なしとみなし、
解析から除外した。また、大阪府中南部地域でのシカの分布拡大状況を明らかにする
ために、シカの「分布あり」とする回答のうち、中南部地域のものを集計した。
シカに対する被害対策の取り組み状況とその変化を把握するために、防護柵設置の
有無、有害捕獲の有無、藪刈払いの有無を年次ごとに集計した。その後、各対策の実
施率の経年変化を Bonferroni 補正を用いた χ²検定もしくは Fisher の正確確率検定によ
ってそれぞれ比較した。また、被害強度による各対策の実施状況の差異を把握するた
めに、被害強度ごとに各対策の実施状況を集計し、Bonferroni 補正を用いた χ²検定も
しくは Fisher の正確確率検定によって実施率を対策種別ごとに比較した。加えて、各
対策の実施が「あり」とする回答のうち、対策の効果についての回答結果を年次ごと、
被害強度ごとにそれぞれ集計した。回答は 1)効果あり、2)効果不明、3)効果なし、
の 3 項目と、無回答の回答数をそれぞれ集計した。なお、被害強度ごとの対策の実施
状況や対策の効果は 4 年分のデータを合算して集計した。
2.結果
(1)アンケートの回収状況
表 1 に年次ごとのアンケート配
布数と回答数を、図 11 にアンケー
ト回答地点の分布図を示す。配布
数が年々増加する中で回答数も順
調に増加しており、65.9~71.1%と
表1
各年のアンケート配布・回答状況
配布数
回答数
回答率(%)
H22
H23
H24
H25
827
1322
1404
1750
588
871
991
1159
71.1
65.9
70.6
66.2
11
ほぼ一定の回答率でアンケートの回答を得ることができていた。H24 年までは回答が
全く得られない市町村がいくつか存在しており、特に大阪市、吹田市、摂津市からは
一度も回答を得られていなかったが、H25 年にはこれらの 3 市を含む大阪府内の全て
の市町村から回答を得ることができた。
H22
図 11
H24
H23
H25
年次ごとのアンケートの回答のあった農業集落の分布図
(2)出没頻度
図 12 にシカ出没頻度の年次ごとの空間補間図を、図 13 に回答割合と補間結果の平
均値の経年変化を示す。能勢町や豊能町の大半、池田市、箕面市、高槻市の北部地域
ではどの年次でも高い出没頻度となっていた。一方で島本町や茨木市では全体的に低
い出没頻度がみられることが多かった。統計解析の結果、出没頻度は年次によって有
意に異なっており(F = 6.88、P < 0.001)、H22~H23 年にかけて増加したのち、H25
年にかけてほぼ一定となっていた。
よく見る
H22
H23
H24
H25
たまに見る
あまり見ない
分布なし
図 12
各年の IDW 法によるシカ出没頻度の空間補間図
12
100
(a)
2.4
回
答 80
割 60
合 40
(
%
)
(b)
b
2.3
b
b
2.2
20
a
2.1
0
22
23
24
あまり見ない
たまに見る
25 (年)
よく見る
2.0
22
23
25(年)
24
図 13 シカ出没頻度の(a)回答割合と(b)空間補間結果の平均値の経年変化。空間
補間は各回答を 0 から 3 の数値に(0:分布なし、1:あまり見ない、2:たまに見る、
3:よく見る)変換して行った。異なる文字の付いた値は TukeyHSD 法で有意に異な
ることを示す(P < 0.05)。エラーバーは標準誤差を示す。
(3)被害強度
図 14 にシカ被害強度の年次ごとの空間補間図を、図 15 に回答割合と補間結果の平
均値の経年変化を示す。空間補間の結果、被害が深刻あるいは大きい地域は徐々に拡
大しており、能勢町、池田市や箕面市の北部、高槻市北中部などではどの年次でも高
い被害強度となっていた。被害強度の分布と出没頻度の分布は似かよっており、非常
に強い正の相関関係がみられた(ピアソンの積率相関分析;P < 0.001、r = 0.762)。統
計解析の結果、出没頻度は年次によって有意に異なっており(F = 14.0、P < 0.001)、
H24~H25 年にかけては有意な差は見られなかったものの、徐々に増加する傾向が見
られた。
深刻
H22
H24
H23
H25
大きい
軽微
ほとんどない
分布なし
図 14
各年の IDW 法によるシカ被害強度の空間補間図
100
回
答
割
合
(
%
)
(a)
2.6
60
2.4
40
2.3
20
2.2
22
ほとんどない
図 15
c
2.5
80
0
(b)
23
軽微
24
25 (年)
大きい
深刻
bc
b
a
2.1
2.0
22
23
24
25 (年)
シカ被害強度の(a)回答割合と(b)空間補間結果の平均値の経年変化。空間
13
補間は各回答を 0 から 4 の数値に(0:分布なし、1:ほとんどない、2:軽微、3:大
きい、4:深刻)変換して行った。異なる文字の付いた値は TukeyHSD 法で有意に異
なることを示す(P < 0.05)。エラーバーは標準誤差を示す。
(4)中南部からのシカの分布情報
図 16 に大阪府中南部地域から得られたシ
カの「分布あり」とする回答地点を示す。
回答は H22 年に 6 件、H24 年に 3 件、H25
年に 5 件得られた。H22 年は富田林市から
阪南市にかけての南部地域に回答が限られ
ていたものの、H24 年以降は交野市や大東
市という中部からも回答が得られるように
なっていた。一方で回答の得られる地域は
年によって異なっており、常に回答が得ら
れる市町村や回答が集中する地域は認めら
れなかった。
H25の情報
H24の情報
H22の情報
(5)被害対策状況とその効果
図 17 に各被害対策の実施率の経年変化を
示す。被害対策の実施率は、4 年間の平均で
防護柵が約 80%、有害捕獲が約 50%、藪刈
払いが約 15%となっており、防護柵、有害 図 16 大阪府中南部でのシカの「分
捕獲、藪刈払いの順で有意に高い実施率と
布あり」の回答場所
なっていた(χ²検定;P < 0.001)。対策種別
ごとの年次間の比較では、防護柵の設置率にのみ有意な差がみられ(P = 0.004)、H22
~H24 年にかけて柵の設置率が徐々に増加し、80%以上でほぼ高止まりの状態となっ
ていた。一方で、有害捕獲(P = 0.997)と藪刈払い(P = 0.632)の実施率には有意な
経年変化は認められなかった。
防護柵
有害捕獲
藪刈払い
100
実
施
率
(
%
)
80
60
a
b
ab
24
25
ab
40
20
0
22
23
22
23
あり
24
なし
25
22
23
24
25(年)
図 17 各被害対策の実施率の経年変化。異なる文字の付いた値は Bonferroni 補正を用
いた χ²検定で有意に異なることを示す(P < 0.05)。
14
図 18 に各年次の被害強度ごとの各被害対策の実施率を示す。どの対策方法でも被
害強度間で実施率に有意な差が見られ(防護柵;P < 0.001、有害捕獲;P < 0.001、藪
刈払い;P = 0.003)、被害強度が高いほど実施率が高い傾向が共通してみられた。防
護柵は被害が「軽微」以上の場所では一様に 9 割程度の高い実施率となっていた。一
方で、有害捕獲は被害が「大きい」以上の場所では 7 割程度の実施率にあるものの、
被害が「軽微」な地域では実施率が 5 割を下回っており、藪刈払いは被害が「深刻」
な場所でも 4 割未満の実施率に留まっていた。
防護柵
有害捕獲
藪刈払い
100
b
b
80
実
施 60
率
( 40
%
)
b
c
c
b
b
a
20
a
0
ほとんどない
軽微
大きい
深刻
ほとんどない
軽微
あり
大きい
深刻
a
a
ほとんどない
軽微
ab
大きい
深刻
なし
図 18 被害強度ごとの各被害対策の実施率。異なる文字の付いた値は Bonferroni 補正
を用いた χ²検定もしくは Fisher の正確確率検定で有意に異なることを示す(P < 0.05)。
図 19 に各被害対策の効果の年次変化を、図 20 に被害強度ごとの効果の回答結果を
示す。防護柵では H25 年にかけて「効果あり」とする回答の割合が徐々に低下する傾
向にあった。被害強度ごとにみると、被害が大きいほど「効果あり」とする回答割合
が高いものの、被害が「深刻」や「大きい」場所では「効果なし」とする回答も少な
からずみられた。有害捕獲では、「効果あり」とする回答割合はどの年も 3 割程度で
ほぼ一定であったが、「効果なし」とする回答割合が徐々に増加してきていた。全体
的に無回答の割合が高いものの、被害強度が高い場所の方が「効果なし」とする回答
の割合が増加する傾向がみられた。藪刈払いは実施数が少なく回答結果の変動が大き
いものの、
「効果不明」や「効果なし」とする回答の割合が全体的に高くなっていた。
防護柵
有害捕獲
藪刈払い
100
回
答
割
合
(
%
)
80
60
40
20
0
22
図 19
23
24
25
22
23
24
25
あり 不明
なし
無回答
22
23
24
25 (年)
各被害対策の効果についての回答割合の経年変化
15
防護柵
100
有害捕獲
藪刈払い
80
回
答 60
割
合 40
(
%
) 20
実
施
な
し
0
ほとんどない
軽微
大きい
深刻
ほとんどない
あり
軽微
不明
大きい
なし
深刻
ほとんどない
軽微
大きい
深刻
無回答
図 20 被害強度ごとの各被害対策の効果についての回答結果。データは 4 年分の回答
結果を合算して集計した。
3.考察
シカ出没頻度と被害強度のアンケート結果からは、H22 年以降どちらも増加傾向に
あるという結果が得られた。出猟カレンダーの解析結果(本報告書参照)からも、H22
年度以降のシカ密度増加が示唆されており、矛盾しない結果が得られたと言える。出
没頻度と被害強度の間には強い相関関係が見られるため、被害増加の一因としてシカ
密度増加の影響が考えられる。
出猟カレンダーの解析結果では、H25 年度に初めて大阪府南部からもシカの目撃情
報が得られたが(本報告書参照)、農業被害アンケートでも H22 年以降大阪府中南部
でのシカの分布情報が寄せられている。これらのことから、大阪府中南部へのシカ分
布域の拡大が始まりつつあると考えるのが妥当であろう。一方で、分布情報の得られ
る場所は毎年変動していることから、既に安定的に生息している個体群が存在するの
ではなく、しばしば和歌山県や奈良県側から越県侵入してきている個体が存在する程
度なのではないかと考えられる。いずれにしても、今後の動向を注意深くモニタリン
グする必要があるだろう。
シカに対する被害対策は、防護柵、有害捕獲、藪刈払いの順で実施率が高くなって
いた。これは、防護柵では「効果あり」とする回答割合が比較的高いのに対して、有
害捕獲の「効果あり」の割合が低いことや藪刈払いの「効果不明」の割合が高いこと
など、対策の効果が疑問視されていることが原因であろう。一方で、主要な被害対策
となっている防護柵でも、その効果があるとする回答の割合が 6 割程度に留まってい
ることには注意すべきである。さらに、防護柵の「効果あり」の割合は年々減少傾向
にあり、被害防除にうまく効果を発揮できていない防護柵が増えてきている可能性が
示唆される。詳細な原因を今回の解析結果のみから指摘することは難しいものの、設
置から数年以上経過した防護柵が老朽化や点検の不備によって破損してしまい、効果
が減少してきている可能性が指摘できる。以上のように防護柵の効力が低下してきて
いることや、有害捕獲や藪刈払い等の対策の実施率がまだ低いままであることが、被
害増加の一因であると考えられる。被害対策の実施方法や防護柵の点検、見回りの必
要性などをしっかりと普及・啓発していくことが重要であろう。
16
Ⅳ.下層植生衰退度調査
1.方法
(1)野外調査
シカによる森林植生被害状況を把握
するために、藤木(2012a)に基づく下
層植生衰退度調査を H25 年 6~11 月にか
けて実施した。大阪府北部地域を対象に、
コナラ‐アベマキ林やアカマツ‐コナ
ラ林などの落葉広葉樹が卓越する林分
を 53 ヶ所選定し(図 21)、林分内の下層
植生調査を行った。調査林分の選定は、
下層の光条件や人為的かく乱の影響の
程度をできるだけ揃えるため、藤木
図 21 下層植生衰退度調査地の位置図
(2012a)に従って、1)林冠の高さが 10
m 以上であること、2)林冠が閉鎖していること、3)伐採痕など人為的かく乱痕跡が
ないこと、4)林縁部からの光が入らない程度に林縁から離れていること、5)アセビ
等の不嗜好性樹木が低木層に優占していないこと、の 5 点に留意して行った。
各調査林分に 20 m 四方程度の調査区を設定し、GPS(Garmin 社 GPSmap60CSx)
を用いて調査区中央の位置座標を測定した。その後調査区内をくまなく踏査し、シカ
による採食痕跡の有無を記録した。採食痕跡は過去 2~3 年以内の比較的新しいもの
のみを対象とした。また、低木層(樹高 1~3m)での木本類の植被率と、地上高 3 m
以下の全ササ類の植被率を、1)50%以上、2)25%以上 50%未満、3)10%以上 25%
未満、4)1%以上 10%未満、5)1%未満、の 5 つのカテゴリーでそれぞれ記録した。
その後、他の森林構成要素への被害状況として、樹高 30cm 以上の高木性稚幼樹の有
無を記録した。また、ディアライン(樹木の下枝がシカの届く高さまで一様に食いつ
くされて消失した状態、「ブラウジングライン」とも言う)の形成状況を、1)明瞭、
2)不明瞭、3)なし、の 3 段階で、シカの嗜好種であるリョウブが分布する場合はそ
の樹皮剥ぎ被害割合を、1)50%以上、2)25%以上 50%未満、3)10%以上 25%未満、
4)10%未満、5)0%、の 5 段階でそれぞれ評価した。
(2)植生データ解析
各調査林分におけるシカによる下層植生衰退度を、藤木(2012a)に従って、低木
層の植被率とシカの食痕の有無により以下の 6 段階に区分した。
無被害:シカの食痕が全く確認されなかった林分
衰退度 0:シカの食痕がある林分のうち,低木層の植被率が 75.5%以上の林分
衰退度 1:低木層の植被率 75.5%未満 38%以上のシカの食痕あり林分
衰退度 2:低木層の植被率 38%未満 18%以上のシカの食痕あり林分
衰退度 3:低木層の植被率 18%未満 9%以上のシカの食痕あり林分
衰退度 4:低木層の植被率 9%未満のシカの食痕あり林分
17
低木層の植被率は、低木層での木本類の被食率と全ササ類の植被率を合計して算出し
た。なお合計値の算出は、それぞれの植被率カテゴリーの中央値を用いて行った。
下層植生衰退度の空間分布図を、糞粒密度分布図の作成と同様に、IDW 法(Fortin and
Dale 2005)によって大阪北部地域をカバーする約 1 km2 のメッシュ 378 個の値を推定
することで作成した。ここで下層植生
衰退度は、0 から 5 の整数値にそれぞれ
変換して解析に用いた。IDW 法による
空 間 補 間 に は R 用 パッケ ー ジ gstat
(Pebesma 2004)を用いた。
また、シカによる森林植生への影響
衰退度4
の指標としての下層植生衰退度の妥当
衰退度3
性を評価するために、下層植生衰退度
衰退度2
と他の 3 種類の森林構成要素への被害
状況との関係を、一般化線形混合モデ
衰退度1
ル(Generalized Linear Mixed Model、以
衰退度0
下 GLMM)によってそれぞれ解析した。
無被害
下層植生衰退度を説明変数、高木性稚
IDW 法による下層植生衰退度の
幼樹の有無、ディアラインの形成状況、 図 22
空間補間図
リョウブの樹皮剥ぎ被害割合をそれぞ
れ目的変数とし、二項分布を誤差構造
100 (a)
に用いた。ランダム効果は市町村とし、
80
R 用パッケージ glmmML(Brostrom and
60
あり
Holmberg 2011)を解析に用いた。解析
なし
40
では赤池情報量基準(AIC)を用いた変
20
数選択を行い、AIC が最少となるモデ
林 100 (b)
ルを最適モデルとした。
分 80
構
成 60
2.結果
割 40
野外植生調査の結果、3 ヶ所の林分が 合
( 20
「無被害」、20 ヶ所の林分が「衰退度 0」、 %
) 100
23 ヶ所の林分が「衰退度 1」、7 ヶ所の
林分が「衰退度 2」に区分され、「衰退
度 3」以上に区分される林分は認められ
なかった。
IDW 法による空間補間によって推定
した下層植生衰退度の空間分布を図 22
に示す。下層植生衰退度は能勢町の広
範囲や池田市北部から箕面市にかけて
の地域、高槻市の一部などで高く、豊
能町東部や茨木市南部などでは低かっ
なし
不明瞭
明瞭
(c)
80
0%
~10%
10%~25%
25%~50%
50%~
60
40
20
リョウブの
分布なし
0
無被害
図 23
衰退度0 衰退度1 衰退度2
下層植生衰退度と、(a) 高木性稚幼
樹の有無、(b) ディアラインの形成
状況、(c) リョウブの樹皮剥ぎ被害
割合との関係
18
た。
図 23 に下層植生衰退度と他の 3 種類の森林構成要素への被害状況との関係を示す。
GLMM による解析の結果、下層植生衰退度は全てのモデルにおいて説明変数として
選択され、高木性稚幼樹の有無(n = 53、P = 0.010、AIC = 66.3、null モデルの AIC = 72.8)、
ディアラインの形成状況(n = 53、P < 0.001、AIC = 24.9、null モデルの AIC = 40.0)、
リョウブの樹皮剥ぎ被害割合(n = 32、P < 0.001、AIC = 56.1、null モデルの AIC = 71.8)
それぞれと有意な関係を示した。
3.考察
本報告での下層植生衰退度の評価結果は、他の森林構成要素への被害状況と有意な
関係を示していた。藤木(2012a)によると、森林構成要素の衰退状況と下層植生衰
退度との有意な関係が認められれば、被害指標として妥当であると評価できるとされ
ている。そのため、本報告における下層植生衰退度の評価結果は、シカによる森林植
生への被害指標として妥当であると言える。また、藤木(2012a)は Leave-one-out 交
差検定法(Wackernagel 1995)による補間精度の検証方法を解説しており、100 m 四方
のメッシュの値を半径 10 km 以内の調査地点の値から推定した結果でも、十分な精度
で推定できていることが報告されている(藤木 2012b)。これに対して本報告では約 1
km 四方のメッシュの値の推定に留めており、またどのメッシュも半径 3 km 以内に調
査地点を含んでいる。また、下層植生衰退度の近隣他府県との境界部分での推定結果
は、同様の調査を行っている京都府や兵庫県で推定されている分布とよく対応してい
る(藤木ほか 2014 参照)。そのため、本報告では補間精度の検証は行っていないもの
の、十分な精度での空間補間が行えていると考えられる。
今回の調査結果では、大阪府において衰退度 3 や 4 に区分される地域は認められな
かった。一方で、同様の調査を実施している福井県、滋賀県、京都府、兵庫県では、
大半の地域が衰退度 2 以下であるものの、衰退度 3 や 4 に区分される地域が一部に認
められている(藤木ほか 2014)。このことから、大阪府でのシカによる森林植生への
影響は、下層植生の衰退が生じているものの、近隣府県に比べればまだ比較的小さい
と言えるだろう。ただし、大阪府におけるシカ個体数には増加傾向が認められるため
(本報告書参照)、今後の被害拡大については注意が必要であろう。兵庫県では H18
年度と H22 年度というように、4 年に一度の頻度で下層植生衰退度のモニタリングが
行われている(兵庫県 2012)。大阪府でも同様に下層植生衰退度のモニタリングを継
続し、被害状況の推移を注視していくことが必要であろう。また、調査地域にはスギ
やヒノキで構成される人工林も広く分布していることから、森林としての公益的機能
の保全を総合的に考えていくためには、人工林でのシカ被害状況のモニタリング(芝
原ほか 2014 参照)も検討する必要があるだろう。
Ⅴ.まとめ
以上の 4 項目の調査結果とその考察をまとめると、以下の 6 点が指摘できる。
19
① 銃猟目撃効率やわな猟捕獲効率、農業被害アンケートの出没頻度の経年変化
から、シカ生息密度の増加傾向が継続していることが示唆された。
② 5 km メッシュ単位での銃猟目撃効率やわな猟捕獲効率の分布状況、シカ糞粒
密度や農業被害アンケートでの出没頻度の空間補間結果から、能勢町や箕面
市北部、高槻市北部ではシカ生息密度が高く、茨木市や島本町では比較的低
いという生息密度の偏りが見られることが示唆された。
③ 銃猟目撃効率や農業被害アンケートの結果から、大阪府中南部地域へのシカ
の分布拡大が始まりつつあることが示唆された。
④ 農業被害強度や森林下層植生衰退度はシカ生息密度が高いと考えられる地域
で高い傾向にあり、シカ密度増加による被害増加の可能性が示唆された。
⑤ 農業被害アンケート結果から、農業被害強度が依然として増加傾向にあり、
シカ密度増加のほかに防護柵の効果の低下や他の被害対策の実施率の低さが
その一因であることが示唆された。
⑥ 下層植生衰退度調査結果から、森林植生への影響は今のところ他府県に比べ
ればまだ小さいレベルにあるものの、人工林への影響を含めて今後のモニタ
リングの継続の必要性が示唆された。
シカ捕獲頭数は、H25 年度には 1,338 頭と初めて 1,000 頭を超え、H24 年度(970
頭)から 4 割近く上積みされたものの、まだシカ生息密度の低下や被害の減少など、
その効果を示す結果は得られていない。そのため、シカ生息頭数の低減を達成するた
めには、捕獲圧を引き続き強化・継続していく必要があると言える。また、被害低減
を達成するためには、設置済みの防護柵の見回りや点検など、より効果的な被害対策
の普及・啓発を合わせて行っていく必要性が指摘できる。加えて、奈良県や和歌山県
との連携を密にし、大阪府中南部地域でのシカの分布拡大に注意しておくことが必要
である。
本モニタリング調査では、現在のところ残念ながらシカ生息頭数の推定や具体的な
目標値の設定、目標捕獲頭数の設定などが行えていない。今後は、モニタリング手法
を生息頭数が推定可能な手法に改善しつつ、農業被害強度や森林下層植生衰退度と周
辺域のシカ生息密度との関係を解析することで、管理目標の設定に有益な情報を提供
できるよう、モニタリングデータを複合的に利用した解析を進めていくことが重要で
あろう。
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