...

Ⅴ CRM/AMRM訓練とドクターヘリへの応用

by user

on
Category: Documents
28

views

Report

Comments

Transcript

Ⅴ CRM/AMRM訓練とドクターヘリへの応用
Ⅴ
CRM/AMRM訓練とドクターヘリへの応用
株式会社ANA総合研究所
主席研究員 松尾 晋一
はじめに
日本のドクターヘリは関係者のたゆまぬ努力もあり、鳥衝突による緊急着陸等のインシ
デントはあったものの、幸い現在まで死傷者を伴う事故の発生はない。
航空業界では以前より人的要因(ヒューマンファクター)に着目した事故防止のための
研究が行われ、CRM(Crew Resource Management)といった概念やそれに基づく訓練等
が開発・実践されている。また、こうした危機管理の手法は医療や原子力発電等の分野で
も応用されているところである。さらに以前より救急出動や患者搬送等に航空機を活用し
てきた欧米においては、CRMを医療目的の航空機運航へ応用したAMRM(Air Medical
Resource Management)というものもある。
本稿ではCRMやAMRMの概念や、エアラインでの実践事例等を紹介し、ドクターヘ
リへの応用する際の留意点等についても考察する。
1.
エアラインにおけるCRM(Crew Resource Management)
(1) CRMとは
CRMという概念、およびそれに基づく訓練は、米航空宇宙局(NASA)が 1970
年代に実施した人的要因による事故や不安全事象の調査研究がもとになっている。この
調査で航空機事故の多くは人的要因(ヒューマンファクター)、しかも個々の乗務員の
操縦技掚のようなテクニカルなものではなく、乗務員間の意思疎通上の誤解、チームと
しての能力が十分発揮されないこと等が要因になって発生していることが明らかにな
ったのである。
従来の操縦技掚を磨くことに重点を置いた訓練だけではこうした事故を防止するこ
とはできない。そこで、コミュニケーションや意思決定、チームマネジメントといった
ノン・テクニカルなスキルについても訓練を行う必要性が認識されるようになり、CR
Mの概念は 1980 年以降急速に発展し、様々な訓練が開発されてきた。
CRMは当初 Cockpit Resource Management といわれたように、安全で効率的な運航
を達成するために、操縦室内の乗務員を中心に、利用可能な人的・物的資源(リソース)
や情報を効果的に活用することを指していたが、客室乗務員、整備士や運航管理者等の
地上スタッフ、管制官等あらゆる関係者との連携をより強調するために、Crew Resource
Management と言い換えられて現在に至っている。
① CRMスキルの分類
CRMスキルはプログラム等により多少の違いはあるが、次の5つに分類できる。
CRMスキル
状況認識
コミュニケーション
意思決定
予測、警戒、状況の把握・共有、
問題の分析
情報の伝達・共有、ブリーフィング、
安全のための主張・質問
解決策選択、決定の実行、
決定・実行のレビュー
チームマネジメント
業務の主体的遂行、チームの雰囲気づくり、
チーム内の意見の相違の解決
ワークロードマネジメント
プランニング、優先順位付け、タスクの配分、
個人・チームのストレス管理
これらのスキルをバランスよく身につけ、状況に応じ各個人の能力をうまく組み合
わせ、チーム全体の能力を最大限に発揮できるようマネジメントすることを目指す。
② CRM訓練の内容
効果的なCRM訓練の構成要素としては、大きく以下の3つが挙げられる。
(i)
セルフマネジメントにつながる「気づき」を中心とした初期導入
CRMの原点として、人間の特性を理解するということが挙げられる。人間の
認知、判断、行動が常に完全ではないということはなんとなくわかっていても、
人間が陥りやすい傾向や人間の思考のメカニズムについては意外と知られていな
い。これらについて Awareness Wheel(気づきの輪)、SHEL モデル等のツールを用
いながら、自らの状態、パフォーマンス、思考過程などを理解し、最適にマネジ
メントできるようにするとともに、他者の行動や思考についても考えることで、
状況認識、コミュニケーション、意思決定、チームマネジメントやワークロード
マネジメントといったCRMスキルの重要性を認識し、後述の訓練の効果をより
高めることができる。
AW(Awaness Wheel) = 気づきの輪
(ii)
AW とは、自分の内面の状態を知るためのツ
ールである。
様々な状況の中で自らが体験したことを、感
覚・思考・感情・願望・行為の5つの領域に分
けて整理し振り返ることで、内面の状態を認
識することができる。
これを他者の行動の理解にも活用すれば、
様々な場面でのコミュニケーションスキルの
チームマネジメント、トータルマネジメント能力向上のためのLOFT
向上に役立てることができる
各種のCRMスキルを単に個人の知識としてだけでなく、体験として身につけ
るために行われるのがLOFT(Line Oriented Flight Training)である。LO
FTはシミュレーターを活用し、各種機材故障はもとより、天候の急変、急病人
の発生等、実運航で発生しうる様々な状況を設定したシナリオに基づき実施され
る訓練である。CRM訓練とLOFTは定期訓練の一部として実施することが義
務付けられている。実運航を模した臨場感のある訓練によりCRMスキルの重要
性を認識し、訓練中の自分自身や他のクルーの状況認識、意思決定や行動の過程
について振り返ることで、チームとしてのパフォーマンスを最大限に発揮するマ
ネジメント能力をさらに向上させることができる。
(iii)
継続的な強化
いかにCRM訓練やLOFTといった個々のカリキュラムが効果的であっても、
それが一度きりのものであったなら、その効果は持続せず不十分なものになる。
既にエアラインには定期的なCRM訓練の実施が義務づけられているが、さらに
他の訓練や日常運航の中でもCRMの概念が意識されるよう、組織の文化の一部
として定着させることが肝要である。
③ LOSAとTEM(Threat And Error Management)
CRM訓練やLOFTは決まった教材や予め設定されたシナリオに沿って行うも
のだが、これらとは別のアプローチとして実際の日常運航をCRMスキル等に着目し
てモニターし、データの収集・分析をするLOSA(Line Operations Safety Audit)
という仕組みがある。LOSAは 1990 年代にテキサス大学が米連邦航空局(FAA)
の支援を受け開発した手法で、LOSA運営機関のオブザーバー、および専門の訓練
を受けたエアラインのオブザーバーの 2 名が操縦室に同乗し、運航の一連の流れ、乗
務員の操作手順等の日常運航のありのままの姿を客観的に観察する。この中でエラー
に繋がる要因(=スレット Threat)を収集・分析してエアラインに報告する。
スレットとは直訳すれば「脅威」となるが、ここでは「運航の複雑さを増加させ、
エラーを誘発する様々な要因」とされる。また、エラーとは「クルーがその組織また
はクルーの意図や期待から逸脱するような行動をとること、または行動をとらないこ
と」とされている。スレットはエラーにつながり、エラーは「望ましくない状態」に
繋がる。この「望ましくない状態」を放置するとインシデントや事故に繋がるので、
こ れ を 適 切 に マ ネ ジ メ ン ト し よ う と す る 概 念 が 、 T E M ( Threat And Error
Management)である。
Threat & Error Management Model
IATA(国際航空運送協会)が提供する安全プログラムにおける、エラーおよびその誘発要因となる
スレットを適正に認識し、インシデントや事故に発展しないようマネジメントする概念のモデル。
LOSA のような監査やヒヤリ・ハットのような報告制度でスレットを収集、分析することが安全性向
上につながる。
(2) ANAでのCRM訓練等
ANAでは 1987 年からCRM座学を開始しており、その後CRMセミナーやLO
FT等も順次導入されている。現在のANAの定期LOFT訓練は航空法施行規則第
164 条の「国土交通大臣が指定する訓練」として認可を受けている。
① ANA CRM訓練の対象者
全ての運航乗務員は乗員訓練センターや研修センターでCRM訓練を受けることに
なっている。訓練対象者ごとの訓練実施時期等は下表の通りである。
対象者
実施時期/頻度
内容
開催場所
標準時間
操縦士訓練生
昇格訓練中
座学
乗員訓練センター
14 時間
副操縦士
昇格後 0.5~1.5 年
セミナー
研修センター
19 時間
機長昇格者
昇格訓練直前
セミナー
研修センター
19 時間
全運航乗務員
年1回
座学
乗員訓練センター
座学 3 時間
LOFT
指導層乗員
各職任用後
セミナー
LOFT 3 時間 45 分
研修センター
19 時間
② 訓練内容紹介 (各訓練のカリキュラム等紹介)
(i)
CRMセミナー
副操縦士昇格後あるいは機長の昇格前等に合宿形式で実施される。様々なCR
Mスキル等について学び、グループディスカッション等も交えながら、問題解決
能力を身につけることを目的とする。
(訓練内容)

SHELモデル、AW等のツールを用いたセルフマネジメント

コミュニケーション、リレーションシップ、リーダーシップのスキルをベ
ースにしたチームマネジメント

セルフマネジメント、チームマネジメントをベースに、問題解決のための
合理的思考プロセスを使ったトータルマネジメント
(ii)
CRM座学
訓練センターの教室で機種、資格混合で開催される。毎年度テーマを決めて教
材が作成される。また、客室乗務員と合同の緊急脱出訓練はこのCRM座学と時
期を合わせて開催されている。
(iii)
LOFT
全運航乗務員を対象に年1回、定期訓練の一部としてシミュレーターを用いて
実施される。運航の開始から終了まで、実際に起こりうる様々なトラブルが発生
する。訓練中教官は一切介入せず、2名の乗務員だけで発生事象に対応し、終了
後に発生事象や対応内容をビデオで振り返る。
シナリオは機種ごとに10~15種類前後用意されているが、次の図はその一
例である。まず上昇中に貨物室加熱の警告が表示され、巡航に移った後、前部貨
物室ドアオープンの警告の表示とともに客室の急減圧が発生。さらに右エンジン
が停止し緊急事態となり、降下中には翼の高揚力装置が左右非対称になるという
不具合が発生する、といった具合である。これは 1989 年、ユナイテッド航空の
B747 型機の前方貨物ドアが破損(この際、乗客 9 名が機外に放り出されて死亡し
ている)
、飛散した破片を吸い込んだ第 3、第 4 エンジンを停止してなんとか着陸
したという実例に基づくシナリオである。
FWD CARGO DOOR OPEN
FWD CARGO
OVERHEAT
LE SLAT ASYMMETRY
R ENG FAIL
このような機体の不具合に加え、天候の急変や乗客に急病人が発生する等、状
況が複雑に展開していく。
このように様々な問題が発生する中でも運航乗務員同士、あるいは客室乗務員
や管制官、地上のスタッフ等とも緊密に連携しながら安全に飛行を継続すること
が求められる。
(iv)
LOSA
前回実施は 2006 年 8 月~10 月の間、日常運航の中に潜むスレットやエラーを抽
出することを目的に、国際線を含む約 300 便(1 機種あたり 40~60 便)で実施さ
れた。2007 年 3 月にはLOSA運営機関TLCから分析結果が報告され、手順の
見直し等の改善に繋がっている。LOSAは5年に1度実施されることが望まし
いと言われており、次回は 2011 年の実施を検討中である。
(3) 関連部署への拡がり(DRM、SRM)
CRM訓練は安全運航を維持するために不可欠なものとして各エアラインに広く定
着しているが、運航乗務員だけでなく、飛行計画を作成し飛行監視等を行う運航管理
者にもCRMの概念や訓練が有効であるとして、FAAはDRM(Dispatcher’s
Resource Management)実施のガイドラインを提示している。ANAでもこのDRM訓
練、さらに運航乗務員や運航管理者の業務を支援する運航支援者をはじめとする広範
囲の空港関係者向けのSRM(Station Resource Management)訓練を開発、実施して
いる。
① DRM
2000 年より、ANAグループの便の飛行計画作成や飛行監視等を行うOCC
(Operations Control Center)ではDRM訓練を開発し、約80名在籍の運航管理
者・運航支援者を対象に実施している。1日半かけて行われる12時間のカリキュラ
ムで、CRM同様、DRMの背景説明に始まり、セルフマネジメント、チームマネジ
メント、トータルマネジメントについて学ぶ。またDRMにて習得したセルフ/チー
ム/トータルマネジメントを実線で発揮すべく、運航乗務員と同様にLOFT訓練で
あるDECISION(Dispatcher Emergency and Crisis Integrated Simulation)
を運航管理者定期訓練にて年1回実施している。
② SRM
DRMの導入に続き、空港での業務に従事する運航支援者、航空機の到着から出発
までの各種作業の工程管理者やロードコントローラー(航空機の重量・重心位置の管
理担当者)といった自社スタッフはもちろん、航空機の誘導や貨物等の搬送および積
み降ろしといった作業を担当するハンドリング会社等の空港スタッフ向けにも、同様
の基本概念に基づくSRM訓練を開発、羽田等主要空港のスタッフを対象に定期的に
実施するなど、CRMの取り組みはより広い範囲に拡大、定着している。
③ さらなる拡がり
DRM、SRMのように運航管理者や運航支援・ハンドリング関係者の訓練として
指定されているもの以外にも、例えば旅客サービス部門や整備部門等も含む空港関連
部署全体で実施するイレギュラー対応訓練や事故初期対応訓練等においても、CRM
やLOFTの概念や手法を活かした訓練シナリオの設定や業務手順の検証を行ってい
る。
こうした取り組みにより、関係者が航空機の安全運航に関し当事者意識を持って業
務に臨むよう仕向けることができる。地上ハンドリング会社のスタッフが着陸後地上
走行中の航空機の外観から機材の不具合を発見、整備部門への通報が迅速であったた
め、次便の出発までの時間内に対応できたといった事例もあり、広範囲の関係者の当
事者意識・参画意識が、運航の安全性や品質の向上につながっている。
2.
AMRM(Air Medical Resource Management)
(1) AMRMとは
航空関係者のためのCRMの概念を、航空医療関係者向けに発展させたものがAM
RM(Air Medical Resource Management)であり、欧州ではACRM(Aeromedical
Crew Resource Management)とも呼ばれている。
① AMRMガイドライン
FAAはCRMと同様にAMRMのためのガイドラインも定めている。基本的な
概念はCRMと同じであり、操縦士や医療スタッフといった搭乗者、さらに地上の
運航スタッフ、医療スタッフ等の関係者全員が、ヒューマンファクター等の人間の
特性を理解しつつ、状況把握や意思疎通、意思決定、チームワークやワークロード
のマネジメントといったスキルを身につけ、チームとして最高のパフォーマンスを
引き出そうというものである。
② 救急搬送に特有な「圧力」の排除
救急医療搬送を目的とする場合、関係者に「一刻も早く患者の許へ」という強烈
な使命感が働くことが、一般的な航空機の運航との大きな違いである。このような
環境においても、航空機の出動あるいは運航継続等の可否判断自体は純粋に航空機
運航の観点のみから行われるべきであり、
「救命者」としての感情は排除されていな
ければならない。こうした救急医療搬送に特有な感情のコントロールの重要性は「ス
トレス・マネジメント」
「クリティカル・インシデント・ストレス・マネジメント」
等の一部としてFAAのAMRMガイドラインでも言及されている。
また、NEMSPA、IAFP、ASTNA、AAMS、AMPA、NAACS
といった米国の航空医療関連の運航関係者、医療関係者の団体が中心となり、「No
Pressure Initiative」という航空医療のミッションにおける、
「飛ばねばならない、
飛び続けなければならない」という内外の圧力を排除する活動を始めている。この
活動では、Culture(文化)
、Risk Assessment(リスク評価)、Enroute Decision Point
(運航中の判断基準)という3つの階層を定義し、全ての関係者が内外の圧力のな
い状態での状況判断や意思決定を行える環境整備を目指している。
(2) AMRM訓練の実施例
米国ではAMRMのような訓練プログラムを提供する民間企業が多数あり、これは
米国内の多数の救急ヘリコプター組織からの需要があることを示しているとも言え
る。訓練プログラムの中にはネットに接続したコンピュータがあれば受講可能な通信
教育方式など様々な形態のものが用意されている。訓練内容も多岐に渡り、AMRM
に加え、僻地で不時着した場合のサバイバルスキルについての実技訓練まで設定され
る場合もある。
欧州ではEHAC(European HEMS and Air ambulance Committee)の主導でACR
Mを開発、独救急組織ADACが運営するHEMSアカデミーではシミュレーターを
用いた運航・医療のスタッフが参加するACRM訓練が提供されている。
① 独・ADAC Luftrettung(独自動車クラブ航空救急会社)の例
ACRMは航空当局の規定(JAR OPS 3)の上でCRMと同等の訓練として
扱われ、乗務員は3年に一度の訓練が義務づけられている。搭乗医師はこの
規定の対象外だが、ADACでは医師にも同等の周期で訓練に参加させてい
る。
②
米・CALSTAR(California Shock Trauma Air Rescue)の例
CALSTARでは軍および民間組織の両方の手法を参考に独自のCRM/
AMRM訓練プログラムを開発しており、全ての搭乗者が受講している。訓
練全体を統括するトレーナーが全てのメンバーの受講状況を管理し、確実に
情報を共有できるような体制となっている。
搭乗者はCALSTARに採用されると導入訓練の中で6~8時間のAM
RMを受講し、初期の飛行訓練(フライトナースで最低10回の患者搬送)
の中でAMRMの概念を理解し、搭乗者間の明瞭で効果的な意思伝達やコー
ディネーション等が実践できることを示さねばならない。更に毎年のリフレ
ッシュ訓練がスタッフ会議や年2回開催される安全に関する訓練・議論
(Safety Stand-Down)において実施される。最初の訓練は他の新規採用者と
受講するが、各基地に配属後はそこに所属する同じメンバーで訓練を受ける
ことになる。
こうした訓練以外にも、各ミッション終了後のデブリーフィングの中でA
MRMに関連する事項についても検証、議論することとされている。
3.
ドクターヘリへの応用
ここでは前項のAMRMのような訓練プログラムを日本へ導入する場合の留意点等に
ついて述べる。
(1) AMRM導入にあたっての留意点等
① AMRM訓練シラバスの策定および指導者の育成
訓練シラバスの策定にあたっては、欧米での先進事例を参考にしながら日本
のドクターヘリ運航環境、各地域の医療の環境等も考慮した内容とすべきで
ある。将来の指導者の育成も兼ねて、海外のAMRM訓練にヘリコプター運
航会社や拠点病院の関係者を派遣、訓練内容や実施方法等について詳細に調
査することが必要である。国内の多数のドクターヘリ拠点の関係者に定期的
な訓練を実施するには、相当数の指導者の育成が不可欠であり、早急に着手
する必要があると思われる。
② 関係者全員参加の原則堅持
AMRM訓練はドクターヘリに関わる全ての関係者が参加し、定期的に実施
されること、また、チームマネジメント等の観点から、同じドクターヘリ拠
点で業務に従事する運航関係者、医療関係者がなるべく同時に参加する形が
望ましい。これらの条件は医療現場での人手不足という問題が深刻化する中
では厳しいものと思われるが、安全運航のために必要な投資として関係者の
理解を得られるよう啓蒙が必要である。
③ 運航会社および病院の経営者まで含む関係者の理解
航空機運航と救急医療という異なる文化のギャップを埋めるためには、ヘリ
コプター運航会社および拠点病院の、トップの強いコミットメントのもと、
経営トップから現場で働くスタッフまでのあらゆる階層の関係者が互いの業
務についてよく理解する取り組みが必要である。直接運航に従事しない経営
者や管理者層は、ともすると当事者意識が希薄になりがちであるが、安全文
化の醸成のためには特にこの層の理解、支援を得ることが重要である。
④ 権限・役割分担・手順等の標準化
全国のドクターヘリ拠点で複数のヘリコプター運航会社が運航を受託して
いる環境の中、各運航スタッフや医療スタッフの役割分担、運航の中でのス
タッフ間の連携や訓練の方法等については細かな点で相違があるものと推測
される。AMRM訓練や後述の監査の効果を上げるためにも、各種手順は運
用しているヘリコプターの機種や病院等の施設の違いに依存する部分を除き、
できるだけ統一されていることが望ましい。
⑤ 監査の仕組みの導入
AMRMをさらに強化するため、LOSAのような監査の仕組みを導入する
のも有効である。あくまで潜在的なスレットやエラーを抽出し、
「誰が悪いの
かではなく、何が悪いのか」を特定するためのものでなければならないのは
言うまでもない。
⑥ 情報の迅速な共有およびそれに基づく改善ができる仕組みの導入
日常運航に潜む安全性に影響する事象を発見、共有して事故防止につなげる
ために、2006 年より国土交通省が開始した全運輸モードを対象としたSMS
(Safety Management System)の早期の導入、体制構築が重要である。ヘリ
コプター運航事業者にはこの仕組みが備わっているはずであるが、これを運
航関係者のみならず、医療関係者をも取り込んだものにしなくてはならない。
SMSの原動力は、現場からの「ヒヤリ・ハット事象」や規程や仕組みの不
備等の報告であり、このような報告を多く集め、改善し、水平展開していく
ことが成否の鍵を握るとも言われている。そのための環境整備として、個人
が特定されない匿名での報告制度の整備、報告者個人の責任を追及しない非
懲罰制度の導入が必須である。
おわりに
安全への取り組みには終わりというものがない。関係者ひとりひとりの不断の努力がエ
ラーの発生を、あるいは発生したエラーが事故に繋がることを防いでいるのである。全て
の関係者が当事者意識・参画意識を持って、AMRMやその他の安全確保の取り組みにつ
いて理解、実践することで、ドクターヘリの運航や関連する医療活動の安全性を維持・向
上できる。
最後に長らく航空機事故等の分析や事故防止活動に貢献され、2009 年 2 月他界された黒
田勲氏のことばを紹介しておく。
「安全」はこの世に存在しない。存在するのは「危険因子」とそれが顕在化した「危険」
だけである。潜在する危険因子を顕在化しないよう努力を続けた結果、何事も起こらな
かった状態を「安全」という。危険因子を排除する努力を一瞬でも怠れば、「危険」は
「事故」という形で顕在化する。
【参考文献】
1. 日本航空医療学会監修 ドクターヘリ安全の手引き
2. ANA グループ総合安全推進室 ヒューマンファクターズへの実践的アプローチ
3. FAA Advisory Circular AC120-51E(CRM), AC121-32A(DRM), AC00-64(AMRM)
4. FAA Performance Work Statement CRM Rev. 8-05-2009
5. ICAO Doc9803 AN761(LOSA)
6. EHAC Aeromedical CRM – An Initiative of EHAC
7. NEMSPA, IAFP, ASTNA, AAMS, AMPA, NAACS / No Pressure Initiative
Fly UP