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数学と無限—無限のパラドックス
数学と無限 — 無限のパラドックス 2007 年 7 月 11 日 渕野 昌(中部大学,[email protected]) 2006 年 12 月 05 日( 火 ):静 岡 大 学 数 学 科 に て 講 演 2006 年 12 月 02 日( 土 )/ 09 日( 土 )中 部 大 学 で の 2006 年 秋 学 期 開 講 数学の考え方 の補講 数 学 で は ,自 然 数 の 全 体 ,実 数 の 全 体 な ど 無 限 に 要 素 を 持 つ 対 象 が 積 極 的 に 考 察 さ れ る .無 限 を 考 察 の 対 象 と し て 積 極 的 に 扱 か う こ と は 現 代 数 学 の 一 つ の 特 徴 と 言って よ い . 「 無 限 」を 扱 か う 数 学 は 大 き な 成 功 を 収 め て い る .そ の 一 方 で , 有 限 の ア ナ ロ ジ ー( 類 推 )で 無 限 を 考 え て ゆ く と ,ひ ど く 奇 妙 な 現 象 が あ ら わ れ る こ と が あ る .そ れ ら が 何 を 意 味 し て い る の か に ついて考察する. 1 初等数学に現われる無限 定 理 1 (三 平 方 の 定 理 — ピ タ ゴ ラ ス の 定 理) 直 角 三 角 形 の 直 角 を は さむ二辺のそれぞれの長さの2乗の和は他の辺の長さの2乗に等 しい. ピタゴラス 紀 元 前 569 年(?)イ オ ニ ア の サ モ ス 島 生 — 紀 元 前 475 年(?)没 無 限 個 の 異 な る 直 角 三 角 形 が 存 在 す る: "" " " " ! !! ! !! !! r r r ピ タ ゴ ラ ス の 定 理 は ,無 限 個 あ る 直 三 角 形 の す べ て に 対 し て「 直 角 三角形の直角をはさむ二辺のそれぞれの長さの2乗の和は他の辺の 長 さ の 2 乗 の 和 に 等 し い 」と い う 性 質 が 成 り 立 つ こ と を 主 張 す る . 2 初等数学に現われる無限 定 理 2 (素 数 の 存 在 定 理 — ユ ー ク リッド) 素数は 無限 に存在する. ユ ー ク リッド ( 紀 元 前 325 年(?)生 — 紀 元 前 265 年(?)ア レ ク サ ン ド リ ア 没 ) 2 以 上 の 自 然 数 (2, 3, 4 . . . )の う ち ,1 と そ の 数 自 身 以 外 の 自 然 数 で 割 切 れ な い よ う な も の を 素 数 と い う.2, 3, 5, 7, 11, 13 . . . は 素 数 だ が , たとえば 8 = 2 × 4 だから 8 は素数でない. 3 初等数学に現われる無限 定 理 2 (素 数 の 存 在 定 理 — ユ ー ク リッド) 素数は 無限 に存在する. 証明 (背理法による) も し ,素 数 が 有 限 個 し か な かった と す る と ,そ れ ら を p1, p2,. . . , pn と し て , q = p1 · p2 · · · · · pn + 1 という数が考えられる. q を p1, p2,. . . , pn の ど れ で 割って も 1 が あ ま る .し た がって ,q 自 身 が 素 数 で あ る か ,あ る い は ,q は p1 , p2 ,. . . , pn の ど れ と も 異 な る 素 数 で 割 れ る か の ど ち ら か で あ る .い ず れ の 場 合 も p1, p2,. . . , pn が 素 数 の す べてであるという仮定に矛盾する. (証明終り) 4 無 限 の パ ラ ドック ス: 部 分 は 全 体 よ り 小 さ い? 2 つ の 物 の 集 ま り( 集 合 )の 要 素 の 間 に 一 対 一 の 対 応 が つ く と き , こ れ ら の 集 合 は 同 じ 個 数 の 要 素 を 持 つ( あ る い は濃 度 が 等 し い )と い う. たとえば,集合 {1, 2, 3, 4, 5} と 集合 {2, 4, 6, 8, 10} は, 1 2 3 4 5 ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ 2 4 6 8 10 という対応から同じ個数の要素を持つことが確かめられる. 一 方 ,有 限 の 個 数 の 物 の あ つ ま り の 要 素 は ,そ の( 真 の )部 分 の 要 素 と は 一 対 一 に 対 応 づ け る こ と が で き な い: 1 2 3 ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ 1 2 3 5 4 5 無 限 の パ ラ ドック ス: 部 分 は 全 体 よ り 小 さ い? N で 自 然 数 の 全 体 を あ ら わ す. N = {0, 1, 2, 3, . . .} で あ る . E を 偶 数 の 全 体 と す る ,つ ま り E = {0, 2, 4, 6, 8, . . .} で あ る .E は N の 真の部分だが, 0 1 2 3 4 5 6 ··· ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ 0 2 4 6 8 10 12 · · · と い う 対 応 か ら 同 じ 個 数 の 要 素 を 持 つ( 濃 度 が 等 し い )こ と が 確 か め ら れ る! 6 無 限 の パ ラ ドック ス: 部 分 は 全 体 よ り 小 さ い? ガ リ レ オ・ガ リ レ イ (1564 年 ピ サ( 現 在 の イ タ リ ア )生 — 1642 年 フ ロ レ ン ス 近 郊( 現 在 の イ タ リ ア )没 ) ガ リ レ オ は ,1638 年 の 論 文 で 上 の よ う な「 逆 理 」( パ ラ ドック ス )を とりあげて, 『無 限 の 大 き さ を 比 較 す る 議 論 は 無 意 味 だ 』と 結 論 し て いる. 7 無 限 の パ ラ ドック ス: 部 分 は 全 体 よ り 小 さ い? ゲ オ ル グ・カ ン ト ル 1845 年 ペ テ ル ス ブ ル ク( 現 在 ロ シ ア )生 — 1918 年 ハ レ( ド イ ツ )没 19 世 紀 末 に は 無 限 を よ り 積 極 的 に 考 察 に 取 り こ ん だ 数 学 の 可 能 性 や 必 要 性 が よ り 感 じ ら れ る よ う に なった .カ ン ト ル は 無 限に 関 連 し た 研 究 を 積 極 的 に 行 い ,現 在 で は集 合 論 と 呼 ば れ て い る 数 学 の 分 野 を 確立した. 8 無 限 の パ ラ ドック ス: 部 分 は 全 体 よ り 小 さ い? ゲ オ ル グ・カ ン ト ル 1845 年 ペ テ ル ス ブ ル ク( 現 在 ロ シ ア )生 — 1918 年 ハ レ( ド イ ツ )没 カ ン ト ル は 無 限 を 研 究 す る こ と を 擁 護 し て 次 の 言 葉 を 残 し て い る: 『... こ れ に 対 し ,必 要 以 上 の 研 究 領 域 の 制 限 は よ り 大 き な 危 険 を は ら ん で い る よ う に 思 え る .特 に ,こ の 学 問 の 本 質 か ら ,そ の よ う な 制限に対して何の正当性も結論できないのであるからなおさらであ る; つ ま り,数 学 の 本 質 は そ の 自 由 に あ るか ら で あ る . 』 9 無 限 の パ ラ ドック ス: 部 分 は 全 体 よ り 小 さ い? ゲ オ ル グ・カ ン ト ル 1845 年 ペ テ ル ス ブ ル ク( 現 在 ロ シ ア )生 — 1918 年 ハ レ( ド イ ツ )没 上 の ガ リ レ オ の 逆 理 に 関 し て は ,カ ン ト ル は ,全 体 と 部 分 が 同 じ 大 き さ に な り え る ,と い う ま さ に そ の こ と が ,無 限 の 本 質 的 な 性 質 の 1 つ で あ る ,と 読 み か え て ,無 限 の 研 究 を さ ら に 進 め た . 10 無 限 の パ ラ ドック ス: ヒ ル ベ ル ト ホ テ ル M.Aigner G.Ziegler 著: “Proofs from THE BOOK” の K.H.Hoffmann に よ る 挿 絵 11 無 限 の パ ラ ドック ス: ヒ ル ベ ル ト ホ テ ル ダ ー フィト・ヒ ル ベ ル ト バ ー ト ラ ン ド・ラッセ ル 1862 年 ケ ー ニ ヒ ス ベ ル ク( 現 在 の ロ シ ア ) 生 — 1943 年 ゲッチ ン ゲ ン( ド イ ツ )没 1872 年 ウェー ル ズ( イ ギ リ ス )生 — 1970 年 ウェー ル ズ 没 12 無 限 の パ ラ ドック ス: ヒ ル ベ ル ト ホ テ ル 13 無 限 の パ ラ ドック ス: ラッセ ル の パ ラ ドック ス 「 自 分 自 身 を 要 素 と し て 含 ま な い 」と い う 集 合 の 性 質 を 考 え る . 集 合 x が こ の 性 質 を 持 つ こ と は ,x 6∈ x と い う 式 で 表 現 で き る . 今 ,こ の 性 質 を 持 つ 集 合 を 全 部 集 め て で き る 集 合 A を 考 え る A = {x : x 6∈ x} である. も し A が A の 要 素 だ と す る と ,こ れ は A ∈ A と あ ら わ せ る .A の 定 義 か ら A 6∈ A と な り 矛 盾 で あ る . も し A が A の 要 素 で な い と す る と ,こ れ は A 6∈ A と あ ら わ せ る が , こ の こ と か ら A の 定 義 か ら A ∈ A と なって し ま い ,や は り 矛 盾 で ある. 14 無 限 の パ ラ ドック ス: ラッセ ル の パ ラ ドック ス A = {x : x 6∈ x} は x の範囲が限定されていない ため,集合にならない. 新しい集合を作るときの作りかたをきちんと規 定することで,この種のパラドックスはすべて回 避できる. → 公理的集合論 15 無 限 の パ ラ ドック ス: バ ナッハ=タ ル ス キ ー の 定 理 定 理 (S. バ ナッハ ,A. タ ル ス キ ー , 1924 — 大 正 13 年) 三次元空間での球の有限個の集合への分割 P で P の要素を適当に 回 転 ,移 動 す る こ と で 同 じ 半 径 の 球 2 つ に 再 構 成 で き る よ う な も の が存在する. バ ナッハ=タ ル ス キ ー の 定 理 は ,そ こ で 存 在 の 保 証 さ れ て い る 分 割 P が 物 理 的 に 実 現 可 能 な も の で あ る と は 言って い な い .数 学 の 一 般 性 が 物 理 的 な 世 界 で の 直 観 を 越 え る も の だった と し て も ,そ の こ と は数学が矛盾していることの証明とはならない. 16 数 学 は 本 当 に 矛 盾 し な い の か? 初 等 幾 何 学 は 矛 盾 し な い (D. ヒ ル ベ ル ト,P. ベ ル ナ イ ス ) 帰納法を含まない数学は矛盾しない ( フォン・ノ イ マ ン ,小 野 勝 次 etc.) 不 完 全 性 定 理 (K. ゲ ー デ ル 1931) 帰 納 法 を 含 む 数 学 が 矛 盾 し な い こ と は 証 明 で き な い( こ と が 証 明 で き る ). ほ と ん ど の 数 学 理 論 は 矛 盾 し な い こ と が ,上 の ゲ ー デ ル の 定 理 の 仮 定している立場を弱めると証明できる (K. ゲ ン ツェン ,竹 内 外 史 etc. ) 17 実 数 は 自 然 数 よ り ずっと “た く さ ん” 存 在 す る 定 理 (G. カ ン ト ル 1873( 明 治 6 年 )) 実 数 の 全 体 を 自 然 数 で 数 え 上 げ る こ と は で き な い .つ ま り 実 数 全 体 は 自 然 数 全 体 よ り 濃 度 が 高 い . 証 明. ( 背 理 法 で 示 す )そ う で な い と す る と ,実 数 を 自 然 数 で 番 号 づ けしてならべつくすことができる. 1: 2.4161073825503356 · · · たとえば, 2 : −562.4328358208955225 · · · 3: 1.9462686567164178 · · · 4: 0.00117822429 5: −1.5490001 ... ... 18 証 明. ( 背 理 法 で 示 す ) そ う で な い と す る と ,実 数 を 自 然 数 で 番 号 づけしてならべつくすことができる. 1: 2.4161073825503356 · · · たとえば, 2 : −562.4328358208955225 · · · 3: 1.9462686567164178 · · · 4: 0.00117822429 5: −1.5490001 ... ... 上 で 赤 く ぬった 対 角 線 上 に あ る 数 字 を ひ ろって そ れ ら の 数 字 の 一 つ 一 つ に 対 し そ れ と 違 う 0 と 9 以 外 の 数 字 を 適 当 に 選 ん で 0. の 下 に な らべる. た と え ば: 0.54721 · · · こ の と き ,こ う やって 作った 実 数 は 上 の( 無 限 )リ ス ト に 含 ま れ な い も の と なって し ま う が ,こ れ は 矛 盾 で あ る . 19 (証明終り) 実 数 は 自 然 数 よ り ずっと “た く さ ん” 存 在 す る 定 理 (G. カ ン ト ル )有 理 数 の 全 体 は 自 然 数 の 全 体 と 一 対 一 に 対 応 づ け る こ と が で き る .つ ま り 有 理 数 の 全 体 は 自 然 数 の 全 体 と 濃 度 が 等しい. 3 3 4 3 −2 3 −1 3 0 3 1 3 2 3 3 3 −2 2 −1 2 0 2 1 2 2 2 3 2 −2 1 −1 1 0 1 1 1 2 1 3 1 20 実 数 は 自 然 数 よ り ずっと “た く さ ん” 存 在 す る 前 の 2 つ の 定 理 を 組 み 合 せ る と ,有 理 数 の 全 体 を 実 数 の 全 体 に 一 対 一 に 対 応 づ け る こ と が で き な い( つ ま り 整 数 の 全 体 よ り 実 数 の 全 体 の 濃 度 が 真 に 大 き い )こ と が わ か る . ( 背 理 法 に よ る ) も し ,有 理 数 の 全 体 を 実 数 の 全 体 に 一 対 一 に 対 応 づ け る こ と が で き た と す る と ,こ の こ と と 前 の 定 理 を 組 み 合 せ て , 自然数の全体を実数の全体と一対一に対応づけることができるが, これは2つ前のカントルの定理に矛盾である. 自然数の全体の濃度 = 整数の全体の濃度 < 実数の全体の濃度 21 自然数の全体の濃度 = 整数の全体の濃度 < 実数の全体の濃度 こ れ ら の 2 つ の 濃 度( 無 限 な 集 合 の サ イ ズ )の 間 の 濃 度( サ イ ズ ) を 持 つ 集 合 は 存 在 し な い の で は な い か( カ ン ト ル )? → 連続体仮説 定 理 (P. コ ー エ ン(1964( 昭 和 39 年 )),K. ゲ ー デ ル(194?))連 続 体 仮 説 は 通 常 の 数 学 の 枠 組 の 中 で は 証 明 で き な い し ,否 定 の 証 明 も で き な い .つ ま り 連 続 体 仮 説 は 数 学 の 公 理 系 か ら 独 立 で あ る . 22 参考文献 [1] 渕 野 昌 ,数 学 の 中 の 無 限 (2004) http://math.cs.kitami-it.ac.jp/˜fuchino/chubu/infinity-LN.pdf [2] 渕 野 昌 ,ゲ ー デ ル 以 降 の 数 学 と 数 学 基 礎 論 , 数 学 の た の し み , 2006 年 秋 号 (2006). [3] 玉 野 研 一 ,なっと く す る 無 限 の 話 ,講 談 社 (2004). [4] こ の ス ラ イ ド の 古 い バ ー ジョン: http://math.cs.kitami-it.ac.jp/˜fuchino/chubu/method-math-WS06-hoko-inf.pdf [5] 渕 野 昌 ,連 続 体 仮 説 と ゲ ー デ ル の 集 合 論 的 宇 宙( ユ ニ ヴァー ス ) 現 代 思 想 ,2007 年 2 月 臨 時 増 刊 号 (2007), 94–116. 23