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人―自動車系のモデル
人―自動車系のモデル 安 部 正 人 (神奈川工科大学) 1.はじめに じものになる,つまり一意的に決まる。これに対して,人の 人を工学の対象として扱おうとすると,それは当然ながら モデルは多種・多様である。なぜだろうか、それは人の制御 極めて限定的なものになる.そしてまた逆に,工学とは何か 動作を支配する原理がない,今のところ判らない,だからブ と言う事を改めて考えさせられる.ここでは人の運転動作, ラックボックスとして、入出力関係のみを問題にするなら中 とりわけハンドル操作に関するモデル化について考えてみた 身は何でも良い,ということになる。このようなことから提 い. 案されている多種多様なモデルを次のように整理しても良い と思われる. 2.人の制御動作のモデル化 ① 人の運転動作を分析してみれば,次のように見ることが可 能であろう. 伝達関数モデル − 微分方程式という数式による論理 の記述形式を取る。 ② 知識ベースモデル − 数式に限らず、合理的な判断を 組み合わせて入出力関係を構成する。既知の事柄以上の 人の運転動作 走行のStrategy構築 結果は期待できない。ファジー制御モデル、プログラム制 環境情報の取得と処理 御モデルなど。 スイッチなどの操作 運動の制御 前後方向 (アクセル、ブレーキ) 横方向 (ハンドル) ③ ニューラルネットワークモデル − 多数の入出力デー タからその関係を決めるモデル。入出力データとしてわ かっていること以上にわかる手段を提供しない。 極言すれば,何でも良いが,何の保証もないのが人の制御 動作モデルであるといえるかもしれない. 表1.人の運転動作 3.伝達関数モデルによる人の運転動作の分析 ここではとりわけ,ハンドル操作による自動車の横方向の 運動の制御動作モデルについて考える事にする. ところで,この制御動作のモデル化の目的はなんだろうか. それはそれとして,自動車の運動は伝達関数で記述される。 人も伝達関数で記述されていれば、人‐自動車系を一貫して 扱うことが出来る。 その他のモデルでは、シミュレーション いろいろ考えられるが,それは を行う以上に、人‐自動車系の特性を検証する方法がない。こ ① 人-自動車系の運動を再現し、自動車の操安性設計に寄与 れが伝達関数形モデルの最大の特徴である。 ここでは、これ したい。 に限って詳述する。一般的な人の制御動作伝達関数として次 人が操舵制御するように自動車を自動的に制御し、自動 のようなものがある. ② 走行をしたい。人がどのように自動車の運動を制御して いるかを理解、解釈、確認したい。など、であろう。しか し,とりわけ③に関しては H ( s ) = h(1 + τ D s + 1 τIs )e −τ L s ―そしてどうするのか? ―確認の保証はあるのか? ―入出力関係が一致すればそれでよいのか? 等の疑問がいつまでも付きまとう. それはさておき自動車の運動力学モデルは、原理(ニュー トンの法則)から出発するから、誰がどうやっても、結局同 人の操舵制御は、自動車の横変位を制御することである。 しかし、自動車の横変位を直接見て、目標との差に応じてこ の伝達関数どおりの制御をしているとは考えにくい。 むし ろ人はフロントグラスを通して前方を見て、将来位置を予測 (予見)しながら操舵をしていると考えたほうが自然である。 これは第 2 項の微分動作に対応するが、誤差の積分値を見て 制御するという第 3 項の積分動作はなお考えにくい。 またこれを伝達関数によるブロック図で示したものが Fig.2 である。 時間と共に変化する量の予測値を数学的に書くと y0 ‐ y ( t + ∆t ) = y ( t ) + ‐ he −τ L s δ V 1 l (1 + AV 2 ) s 1 d2y 2 dy ∆t + ∆t + ⋅ ⋅ ⋅ 2! dt 2 dt θ V s y L となる。人はこのような予測をどうやっているのだろうか。 Fig.2 Block diagram of driver-vehicle-system 自動車の操舵応答を いま、 G V (1 + T1s + T2 s 2 ) V2 ( s) = r 2 ≈ δ s (1 + Qs + Ps 2 ) l (1 + AV 2 ) s 2 y θ Gr (1 + Tr s ) V ( s) = ≈ 2 δ s(1 + Qs + Ps ) l (1 + AV 2 ) s で近似すると先の予測式の第 2 項、第 3 項はそれぞれ e −τ L s ≈ 1 − τ L s とするとうまいぐあいにこのシステムの特性方程式が [1 − hV 2 hLτ LV hV 2 L 2 ] s + ( − τ ) s + =0 L l (1 + AV 2 ) l (1 + AV 2 ) V l (1 + AV 2 ) となり、その安定条件は、 dy ∆t = V∆tθ = Lθ dt hL ≤ V 2 ∆t 2δ L2 1 d2y 2 ∆ = = t 2! dt 2 2l (1 + AV 2 ) 2 R l (1 + AV 2 ) , τ LV L ≥ τ LV となる。 この条件を使って、自動車の運動の安定を保つ為に、ドラ となる.第 2 項は姿勢角からの直線的な将来位置の予測、第 3 項は、現在の舵角から旋回半径を考慮した円弧による将来位 イバーが操舵のパラメータをどのように保たなくてはならな いかを図示したものが Fig.3 である。 置の予測である、というような納得しやすい説明が可能にな る。第2項までのモデルを1次予測モデル、第3項まで含むモ デルを2次予測モデルという。 L=VΔt を前方注視距離と 呼んでおり、この点での目標値と予測値の誤差に応じて、操 舵するというモデルである。この事をわかりやすく図で示し たのが Fig.1 である。 R L2/2R Lθ V θ y y0 L Fig.1 Visual understanding of the driver model Fig.3 Stability of the driver-vehicle-system 安定を保つ為に、速度が上がると共に、ドライバーはより 3.自動車の特性に対するドライバーの適応 大きな予測動作を行う必要が有り、また操舵ゲインは速度と モデルを考える時に大事な点は、ドライバーは自動車の特 共に小さく押さえなければならないという事がわかる。現実 性に応じて、特性を変化させることである。先の特性方程式 の自動車の運転を考えてみた時に、納得できる結果である. で A は小さいから A=0 とすると かなり古い例だが、このようなドライバーモデルを用いて ドライバーのパラメータや車両側のパラメータが変化したと [1 − き、自動車の運動がどのように変化するかを、平面2自由度 モデルを用いて計算した例が Fig.4 である。 hLτ LV 2 hV 2 L hV 2 ]s + ( − τ L )s + =0 l l V l となる。この特性方程式の係数から判断して、V の変化に対 し人が次のように適応すれば、特性が大きく変わることがな い。 hV 2 = const → h ∝ L = const → L ∝ V V 1 V2 このような人の適応機能を、一般的に人が制御するシステ ムを Fig.5 のようにしたとき、そのクロスオーバ周波数 (G・ H+1=0 となる周波数) 付近で H ( jω )G ( jω ) ≈ ωC e − jωτ jω となるように人は機械に適応して自分の特性を変化して適 応するとしたのが有名である。 − H ( jω ) G ( jω ) Fig.5 Closed-loop system 4.実験によるドライバーの操舵パラメータの同定 ではドライバーは実際等価的にどんな値にパラメータを設 定して自動車を操縦しているのだろうか。これを見るために、 ドライバーが車線変更するときのハンドルの操作と自動車の 運動を計測し、どのような運動を見て操舵をしているかをい ろいろ調べてみた。その結果まず、車線変更時の車両自身の 目標車線からの横方向偏差 y-y0 に対する、ドライバーの操舵 角δhの伝達関数は、 δh y − y0 ( s ) = Gh 1+τ hs 1 + Th s と前提し、パラメータ(Gh, τh, Th)を、次の目的関数 J が 最小になるように確定して、操舵特性を同定するのが最も簡 単で、良い再現性があることを確認した。 T J = ∫ [δ h + Thδ&h − Gh ( y − y0 ) − Ghτ h y& ]2 dt 0 Fig.4 Driver-vehicle-system behavior この結果が Fig.6 である。 Young driver1 2 1.5 1.5 steering angle[rad] 1 τh 1 Aged driver Young driver 0.5 0 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 -1 -1.5 0.5 -2 δh actual δh estimate time[sec] 0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 Gh Young driver1 Gh-τh 2 1.5 1 steering angle[rad] 1.6 τh 1.2 0.5 0 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 -1 -1.5 0.8 Young driver -2 Aged driver δh actual δh estimate time[sec] 0.4 Aged driver2 0 0 0.05 0.1 0.15 0.2 Th 2 1.5 Th-τh steering angle[rad] 1 0.2 0.15 0.5 0 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 -1 -2 0.1 δh actual δh estimate time[sec] Young driver 0.05 Aged driver3 0 2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 Gh 1.5 1 Gh-Th Fig.6 Identified driver parameters steering angle[rad] Th -1.5 Aged driver 0.5 0 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 -1 -1.5 この図からほとんどすべてのドライバーについて、τh はお よそ 1.2sec である。これは、横偏差の微分動作にあたるが、 -2 time[sec] δh actual δh estimate このような大きな微分動作を人が行うことはできない。した がってこれは、3章で分析したように、ドライバーが約1. Fig.7 Identified driver steering behavior 2秒後に到達する先の偏差を前方を見ることによって予測し た操舵に相当すると見るべきであろう。また、若い人と高齢 この結果はあくまでひとつの前提に立った結果であり、ド 者の間の差は、操舵のゲイン Gh 応答遅れ Th のうえによく現れ ライバーが唯一このような伝達関数であらわされるものであ ている。 ることを保障するものではないし、誰も保障できない。 このように同定されたドライバーのパラメータにより、実 際の操舵がよく現されることを示したものが Fig.7 である。 5.ドライバーモデルから改めて現代の 工学 を考える このように、伝達関数モデルは、自動車のモデルが伝達関 数で与えられるから、人−自動車系について一貫性のある扱 a. 速度とともに積分動作を強める。 いができ、さらにドライバーの適応までモデル化できる点で b. 微分動作を強めゲインを小さくする 他のモデルより優れている。 知識ベースモデルでも可能性 c. 微分動作を抑えてゲインを大きくする。 はあるかもしれないが、思いつきの羅列になり、一貫した手 d. 微分動作とゲインを小さくする。 法を提供しそうには見えない。更にニューラルネットワーク モデルなどは、その可能性さえ想像しにくい。たとえ出来たと 問題 2 「前方注視点」の説明で適切なものはどれか。 しても洞察力を提供してくれるものではないだろう。 これは実は、極度の計算機の発展を背景にした、現代にお a. そこを注視すると人が最も制御しやすいと感じる前方 ける工学、あるいは工学知の問題につながる問題である。 工 のある点。 学知の形成 、 工学知の蓄積 、 工学知の伝承 が問わ b. 人の運転原理から解析的に導かれる前方の注視点。 れる。 少なくても人間にとっての 知 とは、そのパラダイ c. 実験的に得られた、人が運転時によく注視している平 ムを共有する人々に洞察、あるいは洞察力を提供してくれる ものでなくてはならないのではないだろうか。 均的な前方の点。 d. 便宜的に人の予測動作のゲインを設定するために注目 ところで、伝達関数モデルでさえ、自動車の運動力学モデ するとした仮想の点。 ルのような意味で、絶対、ではない。運動力学モデルが絶対な のは、原理と認められるものに基づいているからで、ニュー 問題 3 ドライバーモデルの説明として適切なものはどれか。 トンという権威によっているのではない。したがって、ドラ イバーモデルは、どんなに権威のある大学の先生が提案した a. からといって、運動力学モデルのように信じてはいけない。 反映するモデルである。 b. 6.むすび 権威からの自由 は学問の出発点である。君達も自由にドラ ない新たな洞察を与えてくれるものでないならば、誰が提案 したものでも「紙くず」と非難してもよいし、されても仕方 がない、当然である。 なお、本稿の一部に新エネルギー・産業技術総合開発機構 基盤技術研究促進事業「高齢運転者に適応した高度運転支援 システムの開発」における平成 16 年度の成果が含まれている ことを付記する。 参 考 文 献 (1) 安部正人:自動車の運動と制御 (第9章 人に制御さ れる車両の運動)第2版第1刷 2003 年4月 付録 ドライバーのモデルを正しく理解するために次の問題を考 えてみてほしい。正しい答えがあるのだろうか?皆さんが学 生なら、きっと研究室の先生によっても答えが違うかもしれ ない。しかし、それも絶対ではないはずです。 問題 1 ドライバーは速度の増加に伴いどのような操舵をす るか、伝達関数モデルで説明せよ。 ニューラルネットワークモデルは人の神経系をモデル 化するから最も人に近いモデルである。 c. 人の制御動作はそれぞれ人によって異なるから多様な ドライバーモデルが出来る。 イバーモデルを提案してみたらよい。誰にも「それは間違って いる」などと言わせないでよい。 但しそれが何かこれまでに ファジー制御モデルは人のあいまいで不確定な性質を d. 自動車の運動が伝達関数で記述できるから、ドライバ ーの伝達関数モデルは便利である。