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日本語版 - 一般財団法人 日本水土総合研究所

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日本語版 - 一般財団法人 日本水土総合研究所
日本語版
Preface
(財)日本水土総合研究所(JIID)は、農林水産省からの委託により、委員会を組織し、
モンスーンアジアにおいて持続可能な水利用を実現するための実証調査(以下「本調査」
という。)を行っている。
東・東南・南アジアの湿潤地域(以下、「アジアモンスーン地域」と呼ぶ)は、海から
の季節風によって降水がもたらされ、十分な高さの気温と相まって水稲作に好適な条件が
実現するという点で特徴づけられる。水稲作は、それが実現できる水文・気象、土地条件
の地域では、他の作物に比して有利な農業形態であり、水稲作が可能な水条件が得られる
ところでは、日本を含めて農民のほとんどは水稲作を選択してきた。
日本もアジアモンスーン地域に含まれ、人びとは米を主食としてきた。日本は農業農
村開発、とりわけ灌漑排水に関する開発の永い経験を背景に、先進国の一員として、世界
の食料問題解決、開発途上国の貧困解消、農村地域の発展、水資源の有効利用等の実現を
目指して、灌漑排水施設の建設、管理に関わる様々な国際協力を展開してきた。その理由
は、①日本における稲作農業の発展を支えてきた大きな条件の一つは灌漑排水、農地改良
等に関する技術であったこと、②それらの知識、技術(ハード、ソフトとも)、ノウハウ
を、開発途上国に移転することによって上記の援助目標を実現することが出来る、という
ことである。とりわけ、気候条件を共有し、水田を主とするアジアモンスーン地域に対す
る技術協力は、我が国による国際協力の柱であり、また日本の経験がもっとも生かされる
可能性をもっている分野である。
東南アジア諸国における灌漑排水開発事業では、次のようなことが言えるであろう。
1) これまで、アジアモンスーン地域で実施されてきた灌漑開発事業は、資金的制約
から、水源開発レベル、幹支線レベルの基幹的開発に集中してきた。
2) 灌漑事業の主な対象は、東南アジア諸国で広く伝統的に行われてきた雨期の天水
田であるから、末端整備がなされなくてもかけ流し灌漑(Plot-to-plot Irrigation)によ
って用水の配分が可能であり、一定の効果を発現することができた。
3) 水源の制約、資金の制約などから、これらの灌漑導入事業が一段落して、大規模
新規水資源開発の今後の伸びは多くを望めなくなってきている。
4) 一方、末端整備がこれまで殆ど実施されてこなかったことから、灌漑開発の効果
発揮が制約を受けており、その解決のためには末端整備事業の実施が不可欠であ
る。すなわち、これまでの投資を有効なものにするためには末端整備が必要であ
る。これまでの水平的拡大に対して、いわば垂直的拡大が望まれる。
5) 特に末端整備事業については、東南アジア諸国はいまだ十分な経験を積んでいな
い。末端整備事業は、基幹的灌漑施設の建設事業とは異なり、個々の農民との密
接な関係、連携をもちながら事業を実施する必要があることから、事業の成功の
ためには経験の蓄積と分析、そして技術開発が必要である。
日本は、これまでほとんどすべての水田について末端整備をすませており、その事業
の実施段階だけでなく、施設の管理についても、全面的な農民参加を実現している。した
がって、今後期待される東南アジア諸国における末端灌漑排水整備事業の推進に、その経
ⅰ
験を有効に活用できる可能性をもっている。しかし、日本と東南アジアが同じアジアモン
スーン地域に位置するとはいえ、自然条件(気温、降雨、地形、土壌等)、社会・経済条
件、技術的蓄積・基盤等の諸条件において日本とは異なることが多く、日本の経験を直接
持ち込むことはできない。
本調査は、このような認識をベースに、今後、日本が東南アジア諸国において末端整
備事業の分野で技術協力を実施していく際、有効で、効率的な末端整備事業が実現できる
ようにするためのガイドラインを作成することを最終目的として、東南アジアの4つの地
区でパイロット事業を行って、その経験を分析するものである。ガイドラインは日本人技
術者にとって、東南アジア諸国における末端整備事業についてよりよい理解を進めるもの
であるとともに、協力して事業を実施していく対象国の技術者等に我が国の当該事業の進
め方、考え方に対する理解を進め、事業に対する認識を共有することで、効果的な事業の
実施に貢献することを企図している。
この冊子は、4つの地区でのこれまで5年間の調査による経験(Lessons learnt)を取りま
とめることによって、多くの人からの批評を通した貢献を期待するものである。
ここで末端整備といっているのは、個々の農家から見たとき、圃場に直接的に用水を
供給する施設を建設し管理することを意味する。したがって、末端整備の主な対象は、大
規模灌漑プロジェクトで、幹線、支線用水路が建設されながら3次支線以下の水路が建設
されていない地区であるが、また小規模灌漑事業地区も含まれる。
ⅱ
Abstract
本調査は、主に末端灌漑施設の整備が不十分な水田灌漑地域を対象とし、当初は①低
コストで水を効率的に利用することが可能な末端灌漑施設の整備手法を開発することを目
標に実施していた。しかし、末端灌漑施設を使用するのは農民であり、農民の参加を得て
農民の意見を汲んだ施設整備を行う必要および農民による sustainability ある維持管理シス
テムを構築する必要から、農民水管理組織の育成まで含めて実施することとした。すなわ
ち、末端灌漑施設の整備という hardware だけでは不十分であり、②農民参加型の水管理
手法という software の手法を同時に整備することを併せて行うこととした。
本調査は、末端水利施設の整備水準および農民参加型水管理手法(PIM)の導入段階が
異なるカンボジア、ミャンマー、タイ(南部)及びタイ(東北部)の4地区において実施
している。それぞれの地区における現況と主な調査事項並びに整備目標を図1に示す。
タイ(東北部)
タイ(南部)
○ 政府が建設するU字溝水
路と農民が建設する土水
路により、コストと効用
の最適化について検討
支線用水路
○ 農民参加による末端灌漑施
設整備のあり方検討
カンボジア
○ 田越し灌漑から農民が
建設した小用水路によ
る灌漑へ
Water delivery with Water courses
○
農民自身の選択による
水利費賦課方式の導入
支線排水路
農民が建設
する土水路
政府が建設
するU字溝
水路
Water delivery with Delivery canals
支線用水路
計画段階から農民が参加し
た農民による水路建設
○ 末端と全体が一体性を持
支線用水路
三つ の 異 なる 整備
水準 と そ の効 果分
析
農民水管理組織の話し合い状況(タイ)
った水管理を実現するた
め、農民参加型水管理手
法の導入範囲を検討
支線用水
Plot to plot system
幹線水路
末端水利施設の整 備水準︵ハード面の取組み︶
ミャンマー
○ 丘陵・中山間部の新規パイ
プライン地区における、計
画段階から農民が参加した
事業の推進
Plot to plot system
支線用水路
小用水路レ
ベルの水管
理組織
支線用水路
支線用水路
レベルの水
管理組織
○ 農民水管理組織の活性化
○農民水管理組織の設立
○ 農 民 に よ る 施 設 の維 持
管理
初期段階
充実段階
農民参加型水管理手法の導入状況(ソフト面の取組み)
図1
調査地区の現況と検討方針の概要
発展段階
Ⅰ
本報は、これまで5年間の調査についての報告であり、各調査地区の成果と問題点を整
理し考察する中で得られた lessons learnt を提示する。今後は、モンスーンアジアで活用可
能な末端水利施設整備手法及び農民参加型水管理手法の策定をめざし、これらをガイドラ
インとしてとりまとめるとともに、普及方法を検討する予定である(図2)。
アジアモンスーン地域の
農業農村の現状と直面する課題
人口の増加や
灌漑面積の拡大
による水使用量の
増加
① 農林水産省委託事業
(水資源開発戦略構築調査)
実施機関:JIID
末端灌漑施設の
未整備
現況調査 (2001∼2002)
・カンボジア、ミャンマー、タイ、ラオス、ベトナム
・末端灌漑施設の現況、事業制度、基準、管理上の問題点な
どを調査
実証調査 (2003∼)
持続可能な水利用
の実現
施設の不適切な維持管理
(灌漑効率の低下)
政府予
算の圧迫
負の
サイクル
・各国各地域の特性ごとに実証サイトを選定し、ソフト面の
取組みと一体となった末端水利施設の整備手法を開発中
タイ
タイ
カンボジア
ミャンマー
(南部)
(東北部)
計画段階か 末端 水路 の U字溝建設 新規 管水 路
ら農民が参 整備 水準 ご と土水路建 灌漑 地区 に
加した農民 との 効用 把 設を組合せ おけ る農 民
による土水 握に よる 最 た、低コス 参加 によ る
路の建設な 適な 末端 水 ト用排兼用 事業 と水 利
ど
路配 置の 分 小水路の検 費賦 課方 法
析など
討など
の検討など
施設の
老朽化進行
開発し
た手法
を適用
ソフト面の
取組みと一
体となった
末端水利施
設の整備手
法を、アジ
アモンスー
ン地域へ普
及
ガイドラインの取りまとめ(2005∼)
末端整備計画ガイドライン(仮称)
施設更新の早期化
「施設の不適切な維持管理」の事例
小用水路上流部での堆砂放置や雑
草繁茂などにより通水能力が低下し
た結果、十分な水が届かない中流部
では農民が計画外取水口を設置
・末端整備(末端水利施設の計画、運用、維持管理)を
実施する際の留意点を列挙した技術指針とチェックリ
ストの中間的なもの
農民水管理組織の状況把握、
普及方法の検討
フィードバック
・開発した手法をガイドラインとして取りまとめるととも
に、その手法を広く普及させるため、周辺国も含めた各地
域の農民水管理組織の状況や組織を取り巻く社会的・文化
的背景、地形的条件の違いなどを把握し、普及方法を検討
図2
本調査の目標
Ⅱ
ミャンマー実証地区
東北タイ実証地区
カンボジア実証地区
南タイ実証地区
調査地区位置
略
語
JIID: Japanese Institute of Irrigation and Drainage
JICA: Japan International Cooperation Agency
PIM: Participatory Irrigation Management
WUG: Water users’ group(通常、3次水路レベルの維持管理を行う)
WUA: Water users’ association(通常、支線用水路レベルで組織化された WUG 間の調整を行う)
O&M: Operation and Maintenance
In Cambodia
MOWRAM: Ministry of Water Resources and Meteorology
TSC: Technical Service Center for Irrigation System Project
In Myanmar(Burma)
ID: Irrigation Department
ITC: Irrigation Technology Center
WC: Water course
DM: Direct minor(支線用水路レベル)
In Thailand
RID: Royal Irrigation Department
LDD: Land Development Department
FTO: Farm turnout
Ⅲ
目
次
1.末端灌漑施設整備手法と農民参加型水管理手法に関する
ガイドラインの作成に向けて
・・・・・・・・・・・・
1−1.アジアモンスーン地域の水田稲作における水利用の特徴 ・・・
1−2.アジアモンスーン地域の水田灌漑の概況と灌漑管理の評価 ・・
1−3.本ガイドラインの対象、末端整備必要性の認識 ・・・・・・・
1−4.日本の水田灌漑、土地改良事業制度、末端整備事業の特徴 ・・
1−5.アジアモンスーン地域の発展途上国における末端整備事業が
備えるべき要件
・・・・・・・・・・・・
1−6.水田かけ流し灌漑の問題点とその改善効果
・・・・・・・・
1−7.末端整備の方法
・・・・・・・・・・・・
1−8.水管理組織における費用の賦課
・・・・・・・・・・・・
2.カンボジア地区
・・・・・・・・・・・・
2−1.調査地区の概要
・・・・・・・・・・・・
2−2.調査の手順
・・・・・・・・・・・・
2−3.提案の概要
・・・・・・・・・・・・
2−4.これまでの成果と問題点
・・・・・・・・・・・・
2−5.考察と教訓
・・・・・・・・・・・・
2−6.残された課題
・・・・・・・・・・・・
3.ミャンマー地区
・・・・・・・・・・・・
3−1.調査地区の概要
・・・・・・・・・・・・
3−2.調査の手順
・・・・・・・・・・・・
3−3.農民が考える水稲栽培に関わる課題 ・・・・・・・・・・・・
3−4.水管理上の問題
・・・・・・・・・・・・
3−5.新しい WC アライメントに向けて
・・・・・・・・・・・・
3−6.残された課題
・・・・・・・・・・・・
3−7.今後の対応策
・・・・・・・・・・・・
4.南タイ地区
・・・・・・・・・・・・
4−1.調査地区の概要
・・・・・・・・・・・・
4−2.調査の手順
・・・・・・・・・・・・
4−3.提案の概要
・・・・・・・・・・・・
4−4.これまでの成果
・・・・・・・・・・・・
4−5.残された課題と教訓
・・・・・・・・・・・・
5.東北タイ地区
・・・・・・・・・・・・
5−1.調査地区の概要
・・・・・・・・・・・・
5−2.調査の手順
・・・・・・・・・・・・
5−3.提案の概要と結果
・・・・・・・・・・・・
5−4.これまでの成果と問題点
・・・・・・・・・・・・
5−5.小規模ポンプ灌漑地区の水利費賦課事例と考察 ・・・・・・・
5−6.残された課題
・・・・・・・・・・・・
6.結言
・・・・・・・・・・・・
検討委員会
・・・・・・・・・・・・
事務局
・・・・・・・・・・・・
1
1
3
5
6
8
9
10
12
13
13
14
14
15
18
21
22
22
24
24
27
28
31
32
33
33
33
33
35
36
38
38
38
39
41
44
49
50
50
50
1.末端灌漑施設整備手法と農民参加型水管理手法に関するガイドラインの作成
に向けて
1−1.アジアモンスーン地域の水田稲作における水利用の特徴
(1) 乾期・雨期の存在
アジアモンスーン地域各国の首都での毎月の降水量は、図 1-1-1 に示すように、年間を
通じて降水量が少なく変動も小さい欧州や北米の主要都市とは大きく異なり、一般的に明
瞭な雨期と乾期が見られる。仮に、月間降水量が 125mm を超える期間を雨期、それ以外
を乾期とするならば、各都市の雨期の期間と降水量は図 1-1-2 の通りとなる。アジアモン
スーン地域内でも緯度が比較的高い上海、ソウル、東京の年間降水量は、やや少ないが、
概ね 1,500mm∼2,500mm の範囲にある。これは、海洋から蒸発した水蒸気を多く含む暖
かい季節風(モンスーン)が山岳地域、前線付近で上昇、あるいは地表付近で熱せられて
上昇気流となり、雲を発生して陸地に大量の雨を降らせることによる。島嶼部や半島部な
どでは、季節風の向きが変わることにより雨期が数か月ずつ年に2回発生する地域もある。
雨期には、天水での稲作が可能であるが、頻繁に発生する洪水時には、耕地を含め低平地
での排水が大きな課題である。一方でこれらの地域は、年間を通じて気温が高く、可能蒸
発散量が大きいので、乾期には土地の乾燥が進み、農作物の栽培には一般的に灌漑を要す
precipitation (mm)
る。
Monthly precipitation 1/3 (Monsoon Asia -1)
500
450
400
350
300
250
200
150
100
50
0
Bangkok (Thailand)
Ha Noi (Viet nam)
Jakarta (Indonesia)
Kuala Lumpur (Malaysia)
Yangon (Myammar)
precipitation (mm)
Jan
Mar
Apr
May
Jun
Jul
Aug
Sep
Oct
Nov
Dec
Monthly precipitation 2/3 (Monsoon Asia -2)
Colombo (Sri Lanka)
Dhaka (Bangladesh)
Seoul (Korea)
Shanghai (China)
Tokyo (Japan)
Jan
precipitation (mm)
Feb
500
450
400
350
300
250
200
150
100
50
0
Feb
Mar
Apr
May
Jun
Jul
Aug
Sep
Oct
Nov
Dec
Monthly precipitation 3/3 (Europe and North America)
500
450
400
350
300
250
200
150
100
50
0
Berlin (Germany)
London (U.K.)
New York (U.S.A.)
Roma (Italy)
San Francisco (U.S.A.)
Jan
Feb
図 1-1-1
Mar
Apr
May
Jun
Jul
Aug
Sep
Oct
Nov
Dec
アジアモンスーン地域及び欧州・北米の主要都市の月間降水量
1
Definition of the rainy season : Months with
monthly precipitation more than 125 mm
15
14
13
12
11
10
9
Monsoon Asia
8
7
6
5
4
Europe, North America
3
2
1
0.0
500.0
1000.0
1500.0
2000.0
2500.0
Precipitation (mm)
Rainy season (mm)
図 1-1-2
Non-rainy season (mm)
アジアモンスーン地域及び欧州・北米の主要都市の雨期と年間降水量
(2) 水田稲作の特徴
このように、アジアモンスーン地域は、季節的に、あるいは雨期の間でも短期的に水
資源供給が大規模に変動する。このため、水資源が豊富な季節の間に、湿潤環境の利点を
可能な限り利用し、浸水耐性の高い水稲を湛水栽培することが農民の基本的行動様式とな
る。この湛水栽培という営農技術により、代掻き・田植え・耕起作業の労力軽減、雑草の
繁茂の抑制、土壌肥沃度の維持(養分、ミネラル成分の補給等)、土壌浸食の防止、単一
作物の反復栽培による厭地現象の回避、リーチング(土壌からの塩類の除去)、還元状態
での窒素分やリン酸の有効化等の「栽培上の多様な効果」が発生する。つまり、アジアモ
ンスーン地域の雨期には、農民は豊富ないわゆる
安価な水
を使うことができ、それに
より生産に要する労力軽減を図っている。一方、渇水時(雨期において極端に雨が少ない
短期間)には、農民は乏しいいわゆる
高価な水
の使用を一時的に控え、その代わりに
労力の投下を増やしている。
(3) 洪水灌漑稲作と天水田稲作の水利用
アジアモンスーン地域で見られる多様な水田稲作のうち、自然洪水系の水利用による
稲作は、一般的に水田への直接降雨への依存度が低く、減水灌漑稲作(リセッション・ラ
イス)のように乾期に行われるものもあるので、洪水灌漑稲作として分類し、雨期の直接
降雨への依存度が高い天水田稲作とは別個のものとして扱うのが適切である。
一方、天水田稲作は耕作地(作付け地)への降水だけを利用するものであると考える
のは適切ではない。天水田稲作では、隣接する筆や周辺の水路、窪地等のオープンスペー
スに存在する水資源を取水、引水して、各自が管理する水田内に私的な水のストックを一
時的に形成することも行われる。湿潤気候下では、ローカルな水資源の存在状況が日々
刻々と変化する中で、農民は一般的に水を採りやすい場所から、採れる時に採ろうとする。
しかし、これらの水を取水、引水する機会があるのは、まとまった降雨があった直後など
2
に限られる。これは、時間的空間的にかなり大きく偏在する水資源に対して、貯水、揚水、
導水、配水などの手法でそれを平準化して利用する行為とは趣が異なるものである。した
がって、個々の農民がこのような取水、引水を行う場合を含めて、天水田稲作と定義する
のが適切である。
このように、水田内に一旦囲い込み、田面水として形成された水ストックの一部は、
農民間の交渉や合意に基づいて、田越し灌漑などによって他の水田に移転することができ
る。天水畑作地域では、畑地土壌内の水ストックが農民間で移転されることはない。しか
し、天水田稲作では、農民間で主として相対(あいたい)で行われる水移転の交渉や、水
ストックの再分配方法などが水利慣行として地域に定着している可能性が高い。天水田稲
作地域への灌漑の導入を考える際には、こうした点に十分留意する必要がある。
(4) 天水田稲作の収量の不安定性
天水田稲作は一般に収量が低い。降雨に依存する水確保の不安定さがその大きな原因
となっている。まず、田植え準備に必要な大量の水の確保を降雨に依存せねばならない。
このため、田植えが大幅に遅れて最適な生育時期を逃す、あるいは一部で不作付け地が発
生する。田植えが遅れる間に徒長した苗を短くカットして作付けする場合もある。また、
栄養成長過程で水分補給が不足し、蒸発散量が不十分であると成長が遅れ、減収する。水
不足は施肥の効果も低減させる。一般に多収量品種は十分な水分補給がないとその能力を
発揮できないことが多い。最悪の場合には乾燥による枯死というリスクもあり得る。
1−2.アジアモンスーン地域の水田灌漑の概況と灌漑管理の評価
(1) 発展途上国における灌漑開発事業の現状と農民参加型灌漑管理(PIM)
アジアモンスーン地域の発展途上国の多くでは、伝統的に水田灌漑が発展していた一
部の地域を除き、第二次世界大戦後の独立国家の成立を契機として、国際開発金融機関の
融資や先進国の援助により、灌漑施設の整備が急速に進んだ。しかし、1950 年代以降に
積極的に建設された大規模灌漑施設の経年劣化により、漏水による水の搬送効率の低下や
管理に要する経費の増大が問題視されてきた。また、政府の財政事情等から灌漑投資が抑
制され、巨額の投資が必要な新規開発よりも安上がりな既存施設の効率性向上が優先され
た。
農民にとっても、以前の灌漑事業は、雨期水田稲作の収量増に加えて、乾期の水田稲
作を新たに導入することで、所得の大幅な向上をもたらし、そのメリット感は大きかった。
しかし、コメ価格が低迷し、反収増も頭打ちになると、灌漑受益地区の農民達のメリット
感も縮小し、灌漑管理への意欲も次第に低下した。
これらを背景に、1980 年前後より、大規模灌漑地区における末端灌漑施設の農民参加
型灌漑管理(PIM)が盛んに提唱され、1995 年には、世界銀行が主導して参加国を募
り、PIMに関する国際ネットワーク(INPIM)が発足した。しかし、湿潤気候下の
水田稲作主体の地域では、政府側からの農民への動機付けや支援が不十分であるなど、農
民側の不満が強く、難航している例が多い。
かつては、発展途上国における灌漑事業の多くは、食糧自給、農民の貧困対策、都市
との格差是正などを政策目標とする国策的開発事業であった。このため、地区全体(平
3
均)での収穫増や農民の所得向上額が達成度評価の指標となり、個々の農民間の格差や不
平等には目が向けられ難かった。
これに対し、PIMでは、農民間の機会の不平等を看過することなく、これを是正す
るメカニズムを政府が提供して、個々の農民の不満を自分たちで解決できる能力開発と責
任の付与が目的となっている。このため、事業に必要な技術サポートも、流域規模などマ
クロスケールでの水の時空間的偏在を是正するための工学的技術よりむしろ、末端受益区
域などミクロスケールでの工学技術と共に農民相互間の信頼感、互恵性などを蓄積して水
配分活動の効率性を向上するための社会学的技術が重要な役割を果たすようになってきた。
PIMは、貧困問題、飢餓問題などの基礎的なマクロポリシーの目標に一応の成果を
上げた従来型の灌漑事業が、一人一人の農民と地域にスポットライトを当てる人的資源開
発と社会開発政策を目的に掲げる事業へと進化したものである。そのため、農民一人一人
の参加、受益と負担の確保が欠かせないし、農民の自治能力(パワー・オブ・オートノ
ミ)の向上、農民と政府との協働(グッド・ガバナンス)の深化・拡大といった視点が、
プロジェクトの成功のために必要になってきている。
(2) 天水田稲作地域での灌漑管理の評価
灌漑による増収効果は、農民に受益者としての意識を定着させる。そして、受益農民
は灌漑を既得権として意識するようになる。末端水路掛かりの受益地の範囲について関係
者の共通認識が明確である場合には、その受益者の範囲内で共同的な末端水利施設の維持
管理や配水管理の仕組みが発展する可能性が高い。しかし、実際は、農民の相対での交渉
を中心とする水利慣行が引き継がれている中で灌漑施設が整備され、補給灌漑が導入され
た場合、末端受益区域内で上流有利の水利用が黙認されやすい。
灌漑水量が十分に潤沢であれば、末端受益区域の最下流まで適時に適量の水が行き渡
るが、ぎりぎりの量以下であると途中までしか行き渡らないことがある。その結果、降水
量が多い年には各水田に比較的潤沢に水が行き渡り、灌漑施設の受益地と見なされる区域
が拡大するが、逆の年には縮小するという現象が見られる。つまり、その年の降水状況に
より事実上の末端受益地の範囲が伸び縮みするので、末端受益区域内に受益者としての認
識が濃密な農民と希薄な農民が混在する状況が発生する。
このような状況の下で、日常的な水管理や水利施設の維持補修のための労働力や資材
の提供等、受益農民に費用負担を求めようとすると、費用負担の拒否、あるいは灌漑への
無関心という形で問題が顕在化する。農民に費用負担を求めるには、彼らが欲しいときに
水がきちんと届くという状況を作り出すことが前提となる。これは、先進国ではなじみの
薄い現象であるが、発展途上国では十分に留意する必要がある。
湿潤気候下の水田灌漑稲作で、降水量が少ない、いわゆる異常渇水時に、末端受益区
域内で用水配分上不利な立場にある下流部等の水田に十分な水が行き渡らなくなり、収量
の低下が発生する状況を模式的に示したのが図 1-2-1 である。各グラフの横軸は有効雨量
と灌漑用水量との和(R e +I)であり、縦軸は反収である。折れ線グラフは、R e +I
の値が一定値(ET k )以下になると反収が低下していくことを示す。
初級的な管理組織の状態では、平常時は、末端受益区域内の各水田のR e +Iの値は、
左上のグラフのようにL 1 からH 1 の幅の中に分布する(分布1)。異常渇水時には、これ
4
が左下のグラフのようにL 2からH 2の幅の中に分布し(分布2)、R e+Iの値がET k未
満となる水田では水不足により収量が減少する。しかし、受益区域内の農民の集団的な水
管理のパフォーマンスが向上し、上流優先などの不公平な水配分がある程度解消されると、
右上のグラフのように分布の幅がL 3 からH 3 の幅に縮小する(分布3)。このような水管
理体制のもとでは、異常渇水時には、右下のグラフのように分布の幅がL 4 からH 4 の幅
の中に収まりやすくなり(分布4)、全ての水田で水不足による減収を回避できる。
図 1-2-1
末端受益区域内の各水田での単位面積利用可能水量の分布の幅と反収(概念図)
上記の4つの分布の概念は、末端受益区域内での集団的な灌漑管理のパフォーマンス
を評価するための基本的概念として有用であると考えられる。大規模な灌漑地区では、さ
らに地区全体で末端受益区域相互間の水配分の調整も併せて検討する必要がある。
1−3.本ガイドラインの対象、末端整備必要性の認識
技術者は、何らかの情報、あるいは訴えに基づいてある地区を対象に調査を始める。何
が当該地区にとって本質的な問題であるのかを分析する必要がある。本プロジェクトが目
指すガイドラインは、調査の結果、当該地区における問題の本質が、主として、幹線・支
線用水路ができているのに、末端用排水路が未整備であることにあると判断される場合に
使われる。
末端整備の対象としては、戦後に開発された東南アジアの水田灌漑事業地域が主なも
のとして想定される。それらはもともと天水田であった地域が主体であり、そこに幹
線・支線用水路が建設されたが、末端整備まで手が回っていないという状況を標準的な
対象とする。末端整備が不十分であることにより、灌漑の効果が十分に上がっていない
地区は多く、その適切な改良に資する技術を提案することの効果は大きい。
畑地灌漑事業であっても、末端の各圃場に用水を届けるというレベルの水路の新設、
改良であれば、水田の場合と共通的に、本ガイドラインが適用できることが多くある。
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もう一つの対象は、水源が近くにあっても灌漑がなされていなかった地区に対する小規
模灌漑事業である。小規模灌漑事業には、個々の農民、各圃場に水を届けるというレベル
の事業が含まれるので、上の対象とあわせ、このガイドラインの対象になる。しかし、水
源開発に関わる事業は含まない。
1−4.日本の水田灌漑、土地改良事業制度、末端整備事業の特徴
日本も、アジアモンスーン地域に含まれ、夏期における稲作が伝統的に農業の中心であ
る。日本では降雨、地形条件から天水田はほとんど不可能で、灌漑が日本の水田を支えて
きた。
日本の灌漑排水事業(水管理を含む)は、土地改良法(1949 年)に従って実施され、
そこで受益農民の組織(土地改良区)は、事業の開始段階から参加し、水管理について全
面的な責任を負っている。開発途上国では、灌漑排水事業が、法律に基づいて実施される
ことは少ない。したがって、法的な強制力を背景にすることができないなど、日本とは背
景条件が大きく異なる。
日本の土地改良事業の特徴を次に示す。
①申請主義
日本では、受益予定者からの申請がなければ灌漑排水事業が実施できない制度をとる。
この申請には、基本計画が必要である。しかし、農民は、これを作成する知識、能力を持
っていない。県の技術者は普段から地域農民リーダーとの接触を図り、地域の状況、農民
の要望を把握し、事業制度の周知を図るなど、農民あるいは土地改良区に対して申請しや
すい環境条件を作る。事業の方針が決まった後は、県の技術者と農民代表が基本計画の策
定に向けて協力することになる。
しかし、もっとも重要な点は、技術者が灌漑排水の改良を実現するためには、農民に対
して事業を申請するように働きかけなければならないし、農民の方は、自分たちの水利条
件の改善を申請しなくてはならないことである。この制度によって、日本の農民は、灌漑
排水事業の当初Initiationから参加し、事業のOwnershipを得る。
②農民の事業への賛否と強制参加
事業の申請には予定される受益農民の3分の2以上の同意が必要とされている。それを
含めて必要な条件がすべて満たされ、事業が開始された場合には、事業実施に反対した者
を含めてすべての者が事業へ参加することが法律によって強制される。強制参加自体は、
資本主義体制における私有財産制度の考え方と矛盾するが、灌漑排水事業の公共性と効率
性の視点から、強制的に実施できる制度を採用している。実際の運用では、政府は事業の
申請に90%ないしそれ以上の同意を求めており、これが社会的に定着している。
参加型水管理推進の側面からは、前者の、高率の同意を条件にする点に重要な意味があ
る。もし、提示された基本計画の内容に対して賛成できない場合には、その受益者あるい
は受益者グループは同意をしない自由があり、その率が高いと事業が成立しない。したが
って、事業推進者は多くの受益予定者の利益を図るよう計画内容の検討を迫られることに
なる。ここに、受益者の事業に対する要望、要求という形で、事業計画、設計に対する実
質的な参加が保証される根拠がある。
6
③補助金あるいは農民負担制度
土地改良事業の費用は、国、都道府県、市町村、そして土地改良区(農民)が負担する。
その標準的な割合は表1-4-1に示すとおりである。日本の土地改良事業における農民の費用
負担の対象には、貯水池、取水堰、幹線用水路といった基幹的農業水利施設の建設費用も
その対象に含まれている。日本の高率補助金制度は、反対に、基幹施設に対する農民の一
部負担制度ととらえることもできる。
農家個人個人が事業計画に対する賛否を検討する際には、当然、費用負担と効果との関
係が重要な視点になる。負担に対して十分な見返りが得られる事業内容であるかどうかが
真剣に検討されるのは、費用負担制度のおかげである。
表1-4-1
国県営灌漑排水事業における標準的費用分担割合
国営事業
県営事業
(3,000ha <受益面積)
(200ha <受益面積)
国
66.6
50.0
県
17.0
25.0
市町村
6.0
10.0
土地改良区(農民)
10.4
15.0
団体
④日本の末端整備事業
日本の末端整備事業は、区画形状の変更を伴う Intensive type の圃場整備事業として実
施され、事業の実施には農家全員の同意が必要である。それは、分散している農家の所有
地をまとめること、末端用水路の整備、末端排水路の整備、農道の整備等を含む。すべて
農 道
農
道
: 支線用水路
耕 区
30m
農
道
100m
: 小用水路
: 支線排水路
: 小排水路
農 道
図1-4-1
日本の標準的な圃場区画
のプロットは用水路 Irrigation ditch、排水路 Farm drain、道路 Farm road への独立のアクセ
スが保証されている。これらの共通の施設に必要な土地は、農家の面積 Farm area に比例
して農家が提供 Sacrifice される。事業によって作り出される新しい Plot のうちどれを各
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農家が受け取るかは、農家同士の話し合いで決定される。灌漑排水施設の管理は、農民が
設立する土地改良区が担当する。
建設される Ditch の標準インターバルは 200mであり、その中央に Farm drain が配置さ
れる。伝統的には 100m×30mの標準区画が採用されてきたが、作業効率を上昇させるた
めの新しい政策によって、より大きな区画が導入されている。
1−5.アジアモンスーン地域の発展途上国における末端整備事業が備えるべき要件
(1) 水資源利用の効率性
与えられた水資源(Given Available Water Resource)を有効に使えるようにするもので
あること。河川、貯水池、ため池あるいは地下水等における利用可能な水源が、末端施設
が整備されていないために十分有効に利用できないという状況を解消することである。す
なわち、利用可能な水源があるにもかかわらず必要な時期に必要な量の水が各圃場に供給
されないという状況を改善するものである。
(2) 水管理の自由度向上
農家の、用水確保の安定度と個別的水管理の自由度を高めるものであること。農家の
圃場での水管理上の工夫は、収量の増加・安定につながる。独立的な水使用の実現は、農
家の農業に対する意欲を上昇させる。そのための基盤整備手法としては、以下の要件が満
たされる必要がある。
① 原則として田越し灌漑を解消するものであること。ただし、同一の農家の管理下
にある圃場間については許容できる場合もある。
② 用水と同時に排水の問題も検討するものであること。特に独立的な常時排水は、
よりよい圃場水管理、水稲栽培のために貢献する。なお、洪水被害の根本的な解
決には基幹レベルの対策が必要であることが多いことに注意するべきである。
(3) 節水性
事業は、灌漑必要水量をできる限り増加させないものであること。個別的水管理の自
由度を高めると、上流農家による過剰取水が生じ、下流での水不足の原因となることがあ
る。用水量を増加させずに下流まで用水を送るには、農民の水管理組織による用水配分管
理が不可欠となる。施設の整備とあわせて、水管理組織のあり方も検討する必要がある。
また、ハード面での対応としては、水田灌漑地域での特徴である用水の反復利用を徹底す
ることが必要である。
(4) 水配分の公平性
対象とする農地、農民に公平な水配分が保証できるものであること。アジアモンスー
ン地域における雨期の灌漑用水配分は、通常敏においては、大きな問題にならず、渇水年
だけに深刻な問題になる。水不足時に受益地区内の一部に用水が偏在しないように水配分
すること、ないし水不足による被害を関係農家全員で平等に分担することが強く望まれる。
乾期の水配分は常に問題になる。施設的にも組織的にも、平等な水配分を実現できるよう
にする必要がある。
(5) 低コスト、持続性(sustainability)
事業は、できる限り低コストであることが望ましい。これは限られた国家予算が広い
面積をカバーできるようにするためである。そのためにはできる限りローカルな材料、農
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民の労力で建設、維持管理、操作できるものであることが望ましい。それは、持続性にも
つながる。ただし、施設への投資が低いと、農家の維持管理コストの上昇を招くこともあ
るので、利用可能な予算額との関係で施設のレベルは決定する必要がある。
ランニングコストの面からは重力灌漑が基本だが、現実には小型ポンプが普及してい
る地域もある。低揚程でランニングコストが安いならば、やむを得ない場合は許容して
も良い。
(6) 乾期の作付を可能とするものであること
東南アジアの灌漑開発の主な対象は、雨期における水田灌漑であり、雨期における代
掻き準備・田ごしらえ用水や不安定な降雨に対する補給灌漑であるが、末端整備を行うこ
とによって、乾期の作付が可能になることは、天水農業地域の農民にとって大きな魅力で
ある。
1−6.水田かけ流し灌漑の問題点とその改善効果
A) かけ流し灌漑システムの中では、一人の農家は用水を他の農家の水田からもらい、
他の農家の水田に排水する。これらの用排水操作のそれぞれについて、隣接する
水田の経営者と話し合い、交渉を持たなければならない。また逆に、用水を流し
てくれるよう要請されることもある。しかし、肥料を散布した直後などには、そ
の流亡を嫌って、他の人に水を供給したくないなど、その交渉は常にうまくいく
とは限らない。このようなことから各 Plot での水管理は、自由に行えない。
B) 支線水路からの取水は、一旦最上流に位置する水田に流入し、順次下流の水田に
分けられる。したがって、最上流部の農家は、自分の意に反して、下流部の水田
のために大量の用水を通過させなければならず、場合によっては、苗の流亡、深
水による死滅等の被害が生じる。
C) これらのかけ流し灌漑の問題点は、通常、農家には直接問題点として意識されな
い。それは、伝統的に行ってきた天水田管理があり、Plot における水管理はその
まま継続されるからである。トップダウンかつ全額政府の負担で灌漑施設ができ
あがったので、灌漑施設がどのような可能性をもっているかを期待をもって認識
することは少なく、条件を悪化させる要因がないかぎり、灌漑について特別な要
望を持つことはない。
D) 最上流部の農家は、自分の水田に被害が発生することを恐れ、支線水路に利用可
能な水が十分にあっても、取水そのものを停止してしまうか、取水量を減じてし
まうことがある。末端未整備によって利用可能な水が十分に使用されない例であ
る。
E) 末端水路の建設によって農家が互いに独立して用排水の管理ができたなら、用排
水管理に関する制約がなくなり、農家は多くの収穫量を目指すために、よりよい
自由な水管理を実施することもできる。農家は、そのような可能性については、
外部からの働きかけによって初めて知ることができる。
F)
乾期の畑地灌漑については、末端水路がない限り、支線水路に接しているか、ご
く近い圃場しか灌漑を実施することができない。末端整備が実現すれば、水源が
許す限り乾期の灌漑可能面積を拡大することができる。
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1−7.末端整備の方法
(1) 末端水路配置のタイプ
Extensive type1(Type E1):
Ditch を圃場の区画に沿って配置する。すべての区画に
水路を配置することが可能である。経営区画をそのまま温存することができるが、平均区
画が小さい場合、水路密度が大きくなって、経済的ではなくなる。区画の形状と配置によ
っては、提供するべき水路用地が、農家によって大小が生じるので、話し合いと合意が必
要である。すべての区画に Intake を配置するのが理想であるが、つぶれ地が多くなるこ
とを回避するため、農家同士の関係によって可能な場合には、最末端水路の一部を省略し、
一部に賭け流しを残してもよい。
Extensive type2(Type E2):
Ditch を農家の経営区画とは無関係に直線的に配置する。
計画、水路設計は単純で、水路密度は小さい。しかし、従前の農地を分断することがあり、
全部の区画に水路アクセスを実現するのは難しい。また、微地形条件によっては、水路が
地面から高くなり、用地面積が大きくなる。
Intensive type (Type I):
所有地、経営地区画の変更を行い、長方形区画によって水路
も直線的に配置する。区画が小さく、分散している場合には、集団化が可能である。
Ditch の建設と合わせて、排水路および道路の建設が容易である。土地の水準化に大きな
費用がかかること、換地(Substitute lot)の配分についての農家の調整が必要である。
(2) 農家の参加と事業の進め方
末端整備事業には、事業当初、すなわち計画段階からの農民の参加が不可欠である。ま
ず、農民がかけ流し灌漑の不都合な点を認識し、その改善を望むかどうかを農民自身が判
断することが必要である。このような認識(Awareness)を高めるためには、農民集会、ワー
クショップなどが有効である。
農民が事業を進めることを希望する場合、どのようなタイプの対策をとるか、どの程度
の投資にするかについて、決定する必要がある。その最終判断は、農民と技術者、行政官
が対等な立場で検討し決定する必要がある。技術者は、農民の意向を十分理解するととも
に、種々の方法(水路の配置、材料等)の得失を適切に説明し、利用可能な予算、農民の建
設活動への参加、維持管理活動の必要性など、情報を提供する必要がある。具体的に水路
の路線を決める場合には、現地を熟知している農民の意見を聞き、尊重するべきである。
しかし、事業計画に充てられる限りある時間の中で、農民が計画の意義、有効性のす
べてを理解するという保証はない。たとえば、必要な水路、排水改良の必要性、地域の将
来の変化、また技術的対策の効果等については、それまで長らく伝統的な農業、用排水条
件を受け入れてきた農民には理解しがたい事項であるし、また実際にどのような効果が結
果として表れるか、農民は簡単に信じられないことも多く、技術者にも正確に予測できな
い点もあろう。
当該時点で存在している問題点の改善は、当該事業によってすべて解決することが理想
であるが、資金的制約、農民および事業担当者の経験と認識等によって、一挙に解決する
ことができないこともある。事業実施後には用排水システムを当事者が運営していく必要
があるので、無理に、形式的に完全な事業を実施しても、その成功は期待できない。
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事業は、現状の問題点に関する農民および現場技術者の理解の上に立って、当事者が理
解できる内容で実施する必要がある。また、施設の管理を行うために設立する水利組織は、
単に完成した施設の Operation and Maintenance (O&M)を担当するだけでなく、農民の施設
管理の経験を踏まえながら対象地域の用排水の改善を、将来、持続的に行っていくことを
目的として含む必要がある。長期的視野に立って、地域改善の発展段階(ひとつのステッ
プ)として当該事業を位置づけるというアプローチが望ましい。
(3) 予算の制約と設備の平等性
対象地区が小さく、農民の能力だけで末端整備ができる場合を別にして、多くの場合、
政府の支援が必要である。末端整備が必要な面積の大きさに比べて、利用可能な国家予算
が限られている場合、単位面積あたり投入予算を低く抑え、事業実施面積を大きくするこ
とが現実的政策の一つである。その場合、対象地区全体に対してすべての農家が均一の設
備を供給されない可能性がある。
たとえば、政府の事業予算では、主要な Ditch しか建設できない。したがって、直接
Ditch から取水できる農家と依然としてかけ流しシステムを併用しなければならないとこ
ろが出てくる。この場合、農家の話し合いで、農民自身が支線の Ditch を建設して均一性
を図ることが必要である。しかし完全には施設の平等性を実現することができない場合も
ある。
アジアモンスーン地域においては、通常の年、通常時は水資源が潤沢であるから、雨期
の水田灌漑で用水の配分が問題になるのは比較的短期的な特別の水不足状況だけである。
このようなときに水利組織による面積に応じた用水の平等配分がなされるなら、大きな問
題は生じない。水利組織による水配分が適切になされることで、施設的な不平等を補うこ
とができる。
(4) 水利用効率を高める用水の反復利用
水田灌漑では、蒸発散量以上の用水を供給することが水稲生産にとって望ましい。した
がって、水田地域からは落水 Return flow が発生し、下流部の農家はそれを水源として灌
漑をするのが一般的である。このような反復利用システムは、一定の水源によってより多
くの面積を灌漑することに貢献し、灌漑効率を高めるのに有効である。しかし、異常な水
不足時には、この定常的な落水が期待できないため、下流部の農家の水利用は不安定にな
る。このような水動態は、水田灌漑地域に独特なものであり、これを理解すると、反復利
用を行っている下流部地域に安定的な水管理を実現するためには異常水不足時に備えて下
流部の排水路に直接送水してあげる施設的な保証が必要であることがわかる。このような
装置を付加することによって、異常水不足時の平等配水を実現し、多くの農家が干ばつを
乗り切ることができる施設的条件ができる。これは、支線水路から遠く、通常灌漑用水を
直接利用しない農家たちに水利組織への参加を促す条件になる。
(5) Water Users
Group/ Water Users
Association による用水配分
灌漑事業の実施に当たっては、国家予算が使用される。そしてそれは、平等な水配分を
通して、より多くの農民による多くの収穫量を目指している。末端整備事業においては、
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政府がこのような目標を農民と共有することが必要である。
そのためには、受益農家の間の受益の平等が政府としての目標であるという宣言が必
要である。施設建設後に管理を行う水利組織が、そのような水管理を行うことを条件とし
て、末端整備事業への予算支出、農民の支援を行う必要がある。水利組織による用水配分
では、上流部と下流部の農家の対立が主要な問題である。国は、水利組織の運営原則に関
して明確な方針を公に表明するべきである。また、種々の機会を利用し、その実現を支援
する必要がある。これによって、弱い立場の下流部農民を助けることになり、平等配水と
いう目標に、たとえ完全ではなくても、近づくことができる。
農民には、その水配分原則が、共通の利益であるとともに水利組織を維持していく上
で必要であることを認識させ、確認させるとともに、WUG/WUA が管理する施設とその
機能を理解させ、無理解に基づく不適切な水管理を防ぐようにする必要がある。
1−8.水管理組織における費用の賦課
(1) 重力灌漑における費用の賦課
アジアモンスーン地域では、常時は水資源が豊かであるから、より多くの水を利用する
ことは、水資源管理にとって負担にならない。また、重力灌漑では取水および配水に特別
のエネルギ費用はかからないから、末端地区における費用は、主として組合長や役員の活
動、施設の維持補修に限定される。この費用は取水の量にはよらないから、WUG/WUA
の組合費の賦課に、水量割りを採用することは合理的ではない。
WUG/WUA の持続的運営の観点から、組合員の間の平和が重要であり、そのためには
渇水時に組合員に平等に水を配分することが必要である。何をもって平等とするかについ
ては、組合員が話し合って決めればよいが、通常面積割りで水を配分することが合理的で
ある。そして渇水時の平等な水配分操作は WUG/WUA のリーダー達、メンバーの活動に
よって実施されるから、費用負担については、面積割りが合理性を持つ。もし、貧困者、
あるいは小面積経営者に対して用水配分上特別の配慮をするということがあったとしても、
それは特別措置と考えるべきである。
(2) ポンプ灌漑における費用の賦課
ポンプ灌漑を実施している地区での調査によると、各農家が灌漑を実施する際必要にな
った燃料費を負担するという直接負担方式が広く見られる。しかし、それでは灌漑施設に
関わる場所による優劣が収益性に反映してしまい、農民の間に受益の不平等が生じるとと
もに、劣等地における灌漑用水の使用を妨げる結果、灌漑施設が十分に利用されず、施設
の一部が遊休化することになる。これは、政府が目指す目標ではない。
ポンプ灌漑においては、WUG 組合員は一律の割合 rate による従量制賦課が望ましい。
利用可能な水源水量が十分でない場合には、用水配分の平等性を実現する必要もある。
しかし、本プロジェクトでは、現在のところ、量水制の実施にとって基礎となる個々
の農民の使用水量を測定・記録する適切な方法、あるいはそれに代わる方法を見いだして
いない。もちろん量水計を設置することは一つの解決法であるが、設置費用が高く、故障
への対応も問題であり、その採用は現実的ではない。
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2.カンボジア地区
2−1.調査地区の概要
カンボジア国水資源気象省(MOWRAM:Ministry of
Water Resources and Meteorology ) に 設 置 さ れ て い る
JICA 灌漑技術センタープロジェクト(TSC)のモデル
地区(カンダル州カンダルストゥン郡)の一部を活用し
ている。基幹灌漑施設は一応存在しているが、末端灌漑
施設は整備されていない。上流側の水田の畦畔を越流さ
せて下流の水田に灌漑用水を導入する田越し灌漑が行わ
れている条件の下で、各圃場に対してできるだけ直接配
水することを目的にした末端水路(Delivery canal)の建
設を提案し、その効果を評価することを目的にモニタリ
ングを実施する。また、WUG を育成し、Delivery canal
が効果的に利用されることを目指す。
図 2-1-1
調査地区位置
2−1−1.調査地区の位置
カ ン ボ ジ ア の 灌 漑 水 路 の 分 類 は 、 幹 線 水 路 ( Main
Canal )、 2 次 水 路 ( Secondary Canal )、 3 次 水 路
(Tertiary Canal)、圃場用水路(Water Course)と定めら
れており、3次水路以下を末端としている。TSC プロ
ジェクトエリアは、プレクトノット川を水源とする幹線
用水路が北側を通っており、Tertiary Canal がそれに直
接つながっている。調査は TSC プロジェクトの一部約
10ha、関係農家戸数 32 戸を対象にしている(図 2-1-1)。
本地区では調査対象地内の Water Course に相当する開水
図 2-1-2 水路の堤を切り圃場
路の圃場用水路を特に Delivery canal と称している。
に水を引いている
2−1−2.調査地区の現状
本地区の水田では、雨期に主として自家飯米としての
一作の水稲をつくることを目標としているが、干ばつの
影響を受けやすく、常に大きな被害を受ける危険性があ
る。また、ポルポト時代に幹線水路が建設されているが、
灌漑システムとして機能しておらず、農民は天水に依存
するほか、幹線水路や支線水路、プレクトノット川の洪
水痕跡、掘り込み池などの水を、水位が高い時は重力で、
低い時はポンプで揚水するなどして隣接した水田に取水
し、周辺の水田へと田越し灌漑を行っていた。一方
図 2-1-3
調査対象地区の
土地区画図
Tertiary Canal に接している圃場では、図 2-1-2 に示す
ように直接取水により圃場に安定して水を供給することができるため、米の二期作を行っ
ているところも見受けられる。
13
また、図 2-1-3 に示すように、1枚の圃場の大きさは比較的小さく枚数が多いため、内
部の圃場まで田越しで水が供給されるのにはかなりの時間を要している。
水管理については地域の代表者(コミューンチーフ)が農民の要請に基づいて幹線水
路のチェック工に角落しを設置したり、撤去したりすることを指示している程度で、施設
の維持管理活動について農民が共同作業をするというような活動はみられなかった。
2−2.調査の手順
2002 年 8 月の調査開始以降、延べ 14 回の現地調査および農民からの聞き取りにより、
地区の末端灌漑の現状と問題点、農民組織の状況を把握し、農民の合意を得ながら
Delivery canal 建設の構想、設計、施工を行った。さらに、設置された Delivery canal の効
用を見極めるためにモニタリング活動を実施している。
その過程で農民説明会を実施し、Delivery canal 建設の必要性、意義を啓蒙するととも
に、その活用状況や評価についてワークショップ形式の意見交換を行ってきた。その他、
関係農民総出での Tertiary Canal 清掃キャンペーンを実施するなどして農民組織化の気運
を醸成させている。
2−3.提案の概要
2−3−1. 全体構想
本実証調査対象地区においては、Delivery canal
の建設が効率的水利用を可能にする手段として効
果的であると考え、Delivery canal を実証的に建
設することを計画した。ここで重要なことは、水
路の計画および建設に農民が参加し、利水者共同
の施設としての意識を醸成していくこと、および
供用開始後の配水操作と維持管理は農民自身によ
り行われることが可能でなければならないという
ことである 。
Delivery canal には基本的に以下の効果を期待
しており、これらが農民自ら Delivery canal を建
設、維持管理するためのインセンティブになるも
のと考えている。
図 2-3-1 Delivery canal
a)水路建設前と比較して水が早期に供給され
るため、田植えの開始時期と進捗が速くな
配置計画図(A ブロック)
り、結果として田植えの期間が短くなる。
b)農作業が計画通りに進行し小乾期の水不足が解消されることにより、農業生産が安
定する。
c)これまで雨期一期作しか行えなかった場所でも、雨期二期作ができるようになる可
能性がある。
JIID が提案した Delivery canal の配置計画を図 2-3-1 に示す。
2−3−2.Delivery canal の施工
TSC は、持続的に農民自らの手により構造物を維持したり工夫を加えたりする意識を
持たせるようにすることなどを目的に、農民自らの手で 2003 年 4∼5 月に Delivery canal
14
を建設させた(図 2-3-2)。ただし、用地は無償で提供されたが、このような事例は近隣地
区を含めて初めての試みであったこと、
農家が最終的に水路を利用できるかどう
か不明な中でのトライアルであったこと
から、作業に参加した農民に対して2ド
ル/日・人を支払うこととした(以下
「役務費」と呼ぶ)。
2−4.これまでの成果と問題点
2−4−1.Delivery canal の利用状
況と評価
図 2-3-2 Delivery canal
Delivery canal の施工が完了し、2003
年の雨期から実際に供用されている。こ
れまでなかった施設が突然できたので利用方法にとまどいがあるようだが、農民の
Delivery canal に対する評価はおおむね良好で、アンケートに対して農作業量が軽減した、
臨機の取水が容易になった、収量が増大した等の回答が寄せられている。また、二期作の
増加にもつながっているようなデータも得られている。Delivery canal により自分の圃場
まで水が直接供給されることを実感した農家が、上流部の破損箇所を自ら補修しながら自
分の圃場まで水を引いている様子も見受けられ、そこに Delivery canal の有効性の一端が
表れている。
Delivery canal 築造後1年半経った 2004 年 11 月から Delivery canal の活用状況や評価につ
いて 農民によるワークショップを継続して開催している。次に第1回目の状況を示す。
段 階:課題の明確化(水利用実態の把握と関係者の相互把握)
参
加:約 30 名の受益農民(Aブロック)、灌漑農業局長、MOWRAM スタッフ、
TSC スタッフ、JIID
活
動:農民によるAブロックの水流れ図の作成(Mapping)
¾ 水田マップの作成(自分の水田、隣の水田の所有者、水路や地物の位置を確認し
ながら、メンバーの水田のマップを作成)
¾ 水流れ図の作成(作成された水田マップをもとにして、自分の水田の水の出入り
を隣接する圃場の農民と確認しながら矢印のカードで示し、水流れ図を作成)
・
農民間でマッピングをして、土地の所有や水の流れを全体的に把握する。
・ 農民間で仲間を確認しコミュニケーションをとって共同作業を実施する。
図 2-4-1 水田マップ作成状況
15
図 2-4-2 水流れ図作成状況
結
果:
¾ Aブロック地区内の水流れ図が作成された。
¾ 灌漑施設の名称、位置やそれらと自分の水田の位置関係などが参加メンバーによ
り確認された。農民間での今後の話合いや MOWRAM、TSC との協議を円滑に進
める上で役に立つと思われる。
¾ 水流れ図の作成により、それぞれの農民が自分の水田への水の経路(水路からの
取水地点、田越し灌漑)などを確認できた。
¾ 自分の水田への水の経路だけでなく、周囲の水田を含めた全体的な水の経路や水
路とのアクセス状況(幹線水路、3 次水路、Delivery canal の水の流れとそこから
の田越し灌漑経路)など、地区全体の水利状況を各農民が把握することができた。
参加農民は楽しみながら作成した幾何学模様の水流れ図を見ながら達成感を感じ
ていたようだ。
¾ マップを作成する作業では、自分と周辺の水田の所有者同士で位置関係や水の流
れを確認し合うなど、積極的にコミュニケーションをとっている様子が伺われた。
¾ 作成された水流れ図を見ながら、農民達が水路へのアクセス状況や水の流れの良
し悪しなど、水利状況や問題点について具体的な話合いを行った。メンバー全体
が水の流れ、アクセスの良し悪し、問題点などを確認できた。
この第1回農民ワークショップの結果として、Aブロックの水利状況や問題点が明らか
になってきて、今後引き続きワークショップを開催し、Aブロック全体の水利を改善して
いくことになった。また、自然発生的に WUG のリーダーが決定された。
2−4−2.隣接 Block における Delivery canal の建設
実証調査対象地区の A ブロックにおいて Delivery canal が建設されてから 1 年経過した
2004 年 5 月には、同じ3次水路の下流側(B ブロック)において、農民から Delivery
canal を建設したいので協力して
ほしいとの要望が出された。これ
は A ブロックの農民からの情報
や展示効果によるものと推測され、
Delivery canal の有効性を示すよ
い 事 例 で あ る と 思 わ れ る 。 JIID
Delivery canal B1
では、2003 年に実施したモニタ
リング及びアンケートの結果から、
Delivery canal のない状態での水
利用を再現し、その結果を踏まえ
Delivery canal B2
Pond
Delivery canal の路線計画選定を
した(図 2-4-3)。 しかし、Aブロ
ックを見ていた B ブロックの上流
農民が「これは下流の農民にメリ
ットがあり自分にはメリットがな
い。」ということで反対した。しか
:田越しでは水を供給できない圃場
:Delivery canal 計画路線
図 2-4-3 B ブロックの Delivery canal 計画路線図
16
し、ブロック内の世論が強く、ブロック内で話し合いをして納得してもらったとのことであ
る。
TSC は、A ブロックと同様に、3次水路からの分水工のための資材(レンガ、コンクリ
ート管Φ200mm)および圃場への取入口の PVC 管(Φ80mm)を提供したが、役務費
(2ドル/日・人)は支払わず、現場で MOWRAM 技術者の指導を受けながら農民自身
が施工した。実際の整備の結果をみると、路線はおおむね JIID の提案が採用されている。
ただし、路線 B2 は池の北側に沿って延長された。
A ブロックと比較すると直線的で、延長も比較的短く、末端まで水が届いている様子が
伺われた。延長が短いことは、路線上の関係者が少ないことを意味するので、水管理上も
容易になるというメリットがあると思われる。実際、A ブロックのリーダーが B ブロッ
クの Delivery canal を見て、自分達の水路もこういうように(直線的で延長が短いもの
に)変更したいという希望を述べている。今後の Delivery canal の路線選定(線形配置)
を検討する上で、十分参考にすべきことと思われる。
2−4−3.我田引水の問題
水路の堤に大きな穴を掘り、Delivery canal
の水を圃場に取り込んでいる状況が見受けら
れた(図 2-4-4)。このため、これより下流の
Delivery canal には水は流れなくなっている
が、当事者はこの行為が下流への水供給を寸
断する不適切な行為であるとは認識していな
かったので、調査地区の農民を対象として
Delivery canal の適切な使用方法について指
導を行うことにした。
2−4−4.Delivery canal の破損
図 2-4-4 我田引水状況
Delivery canal が破損する主な要因は2つ
ある。1つ目は家畜を用いた運搬作業で
Delivery canal を横断する際に牛車等が土手を踏むことにより破損している。2つ目はカ
ニが Delivery canal の側壁に穴を開けてしまうことである。
2−4−5.農民の組織強化
これまでの WUG 設立への道程を振り返り、今後のなすべき課題を探る上で、農民の参
加に視点をおいて考えてみる。本調査が始まった 2002 年度から、2003 年度までの間に農
民説明会が3回、開催されている。第1回目は「末端水路建設、組織での水管理の必要
性」、第2回目は「WUG の必要性」、第3回目は「Delivery canal の適正な使用方法」を中
心とした説明会である。ここまでは、日本側から気づかせるための学習に農民が参加して
きたに過ぎない。以上3回の説明会を実施した後、2004 年の雨期に TSC が農民からの聞
き取りやワークショップを実施し、農民の意識調査を実施した。
その結果、灌漑システムに対する認識や農民・行政など関係者の役割など多くの点につ
いて、行政側の意図と農民の意識との間にはかなりのギャップがあること、この意識のギ
17
ャップは、灌漑システムの導入による水の送配水ということ自体が農民には未経験である
ことに起因していることがわかった。このようなギャップを解消し適切な農民参加型水管
理を実現するためには、農民がグループで適切な学習と経験を蓄積し、グループ活動の意
義を体験する必要があるとの結論になった。したがって、ルールづくりや WUG づくりを
急ぐのではなく、末端における「水と施設の共有」と「共同作業による維持管理」に重点
をおいて活動することとした。
この考えに基づき、2004 年 11 月から 2005 年 7 月まで9回ワークショップを開催して
きたが、農民が自ら自分たちの問題として考える形になってきている。
農民に水利施設のオーナーシップが高まることで、持続性を確保することを求めると
するならば、これまでの工程は「開発における参加」から「参加型開発」への道程でもあ
ると考えられる。
実際に、現地聞き取り調査によって定点観測を行ってきたコミューンチーフと、A ブロ
ックリーダの経年の変化からもこのことは実証することができる。これは、A ブロックの
リーダーがワークショップで選出される前までは、グループへの不満を訴えるに過ぎなか
ったのが、自分たちで米生産量を上げるために何をすべきかを考えようとしていることで
伺える。加えて、隣接する B ブロックが自主的に Delivery canal を求め、施工するまでに
至ったことへの波及効果は農民たちのモチベーションを高める最適な手法であったと言え
る。
今後、本調査実証地区での WUG づくりの着地点を求めるとき、これらの「手段として
の参加」から「目的としての参加」を意識した行程を見定める必要がある。
2−5.考察と教訓
2−5−1.調査地区における末端水路整備の基本戦略
調査地区の特徴から、①末端水路整備による金銭的負担の発生を極力抑えること、②
これまで経験したことのない組織的な用水供給と、必要なコスト回収(労力提供等を含
む WUG による水利費の徴収)を、農家が持続的に実施できるよう誘導すること、の2
点が重要な課題であると考えられた。したがって、以下の2点を基本的な戦略とした。
①イニシャルコスト、ランニングコストともに農家への金銭的なコスト回収負担を軽減
するために、可能な限り農家自身による用地・資材・労力提供で建設、管理が可能な
末端水路を整備する。
具体的には、末端水路は土水路で整備することとし、以下の基本原則によって極力
金銭的な負担が発生しないよう実施することとした。
¾ 末端水路を建設する用地は、農家自身による無償の提供によって確保す
る。
¾ 末端水路の施工は、調査地区内の資材を利用し、農家自身の労力提供で実
施する。
¾ 末端水路の操作及び維持管理は、農家自身の労力提供で実施する。
¾ 末端水路の管理組織の活動は、農家自身により無償で行う。
②農家がこれまで経験のない組織的な用水供給の方法を習得し持続的に実施するため、
末端水路の計画、施工、操作、維持管理の各実施プロセスに、WUG の形成及び組織
18
的な水管理に関する学習・研修のプロセスを一体的に組み込む。
水利施設の場合、単に施設が完成しただけでは水路として機能せず、組織的な操作
と管理が継続的に行われてはじめて効用が発揮される。農家が組織的な操作・管理に
ついて未経験であれば、そうした技術的な操作、管理方法はもとより、組織の形成や
運営の方法についても「学習する」必要がある。また、その組織活動は、援助団体が
当該地区への関与を終えた後にも活動が継続できるよう、「自発性」で「自立性」が
求められる。
したがって、ここで求められる農民参加には、一般的な、
¾ 参加を通じてより現場のニーズに適合した整備を行う
¾ 参加を通じて整備された施設に対するオーナーシップの意識醸成を図る
などの点に留まらず、
¾ 水利施設の操作や維持管理に必要な技術を習得する
¾ WUG 形成の必要性を理解し、自発的に参加する
¾ WUG の活動における問題解決の仕組みを自発的に形成する
といった高度な目標の達成が求められている。
そのため、末端水路の計画、施工、操作、維持管理の各実施プロセスに農家が参加する過
程を通じて、技術の習得や、組織運営に関する理解が可能になるよう、参加の方法や活動内
容を工夫することとした。
なお、この2つの基本戦略は相互に関連している。第1の戦略は直接的にはコスト低
減を意図しているが、農家自身の用地・資材・労力の提供が末端水路建設への参加の機
会を形成する。そして第2の戦略の意図は、その参加の過程を通じて、農家および農家
の形成する組織が「自発性」と「自立」を獲得するよう支援を行うことである。
2−5−2.基本戦略に基づく末端水路整備の成果と教訓
(1) 末端水路整備のインセンティブと用地確保
用地提供は無償でよいとの同意が得られたが、建設への参加には役務費を支払うこと
となった。役務費の支払いは、基本戦略の無償提供の原則と異なるが、当該地区には末端
水路整備の前例がなかったため、例外的に行ったものである。用地提供者の1人で後に A
ブロック水利組織のリーダーとなった者は、当初の農民集会における政府の説明では、末
端水路がどのようなもので、どの程度役に立つものか、あまりよく理解できず、それにも
関わらず用地提供に同意した理由は、役務費の支払いが魅力的だったからと述べている。
このことは、当該地区に従来存在しないもの、農家の知らないものを整備する場合に、
計画段階から農民を「自発的に」参加するよう動機付けることの難しさを示していると言
える。一方、この調査地区で末端水路整備が行われた後に、隣接した B ブロックで同様
の末端水路が農家自身の用地・労力提供で建設されたが、この場合は全くの無償で行われ
た。隣接地区の農家への聞き取り調査では、調査地区の水路を実際に見て効用を理解して
いたので、無償でも労力提供に同意したとのことであった。
19
【教訓】
① 末端整備の効用が農民に実感で
きる場合には、用地・労力の無
償提供における合意形成が可能
となる。
② 効用の実感が難しい場合には、
何らかの動機付けを設定する必
要がある。
(2) 末端水路建設における農民参
加の「質」の向上
本 調 査 地 区 で は 、 受益 農地の耕
図 2-5-1
農民による土水路の清掃
作者が末端水路の整備、管理に参加
することで、①末端水路の整備に関する当事者意識、水路の所有意識を高めるとともに、
②農地の所有境界と水路の位置関係を地権者自身が確認する、③末端水路の経路全体を認
識する、④建設作業を通じて水路の修復など維持管理の方法を同時に習得する、等の複合
的な効果が得られたと考えられる。また、本地区調査おける土水路による整備は農民に
「馴染みのある」技術の適用であり、単に建設コストの軽減に寄与するだけでなく、維
持管理技術の習得という「参加の質」を高める役割と果たしたと考えられる。
【教訓】
① 末端水路建設に参加する農民の範囲を、その水路の直接な受益者に限定し、
② 参加する作業の内容を水路の操作や維持管理の基礎的な技術の習得と関連させるこ
とによって、農民参加の質を高めることができる。
(3) 末端水路の整備段階と連動した組織形成
末端水路の供用開始後、末端水路の農家による切断や、引水利用をめぐる上下流農家
でのトラブルなど、末端水路使用に関わる問題点がある程度観察されるようになった時点
で、それらの問題点を農民に提示し、WUG の形成を図った。すなわち、①受益農民の範
囲が確定する末端水路計画の時点から、受益農家グループを単位とした農民参加の活動を
継続的に行い、組織化の基礎となる「グループとして意識」の醸成を図る、②末端水路が
完成し、解決すべき管理上の問題が発生した時点で、上記の受益農家グループを「管理組
織」として位置づけ、リーダーの選出や組織の規約等の体制づくりを行う、という、2段
階のプロセスをとることとした。
このような、末端水路の計画、建設、操作・管理のプロセスの進行に伴って順次具体
化し、農家に実感される「参加への動機付け」を適時に活かして、農家がその必要性を真
に実感できる範囲での組織づくりをすすめることで、関心や実態を伴わない形式的な組織
化を避けることができたと思われる。また、結果として形成された受益農民グループは、
互助の精神を基本とし、役員報酬を設けない組織体制となった。
【教訓】
① 農家にとっての WUG 形成への参加の動機付けは、末端水路の建設、すなわち計画、
20
建設、操作・管理の進行に従って段階的に具体化する。
② その具体化に連動して、当該の動機に関係した組織体制の整備や活動の実施を図る
ことで、形式的でない活動実態の伴う組織化をすすめることができる。
(4) 既存の水利慣行を基礎とした新たな水管理ルールの形成
本調査地区では、従来から田越し潅漑のネットワークを通じて、農家が相互の了解の
元に田面水を互恵的に再分配する伝統が存在していた。本調査では、この水利慣行を活用
し、末端水路を集団的に利用する場合にも、同様の互恵的精神を基本として水配分と水に
関する問題の処理に当たるよう、農家に検討の素材を提供した。
具体的には、受益農家によるワークショップにおいて、田越し潅漑の引水経路とその
際の水利慣行の確認を行い、これを通じて、①用水供給を媒介とした受益農家間の相互関
係と、②田越し潅漑の求めに対して原則的に拒否しないという慣行に見られる互恵の精神
を確認した。③その後、農家の検討を通じて形成された新たな水管理ルールにおいては、
地形的要因にもとづく上流優先と、上記の互恵精神にもとづく下流への配慮が原則とされ
ることとなった。
【教訓】
① 水田稲作農業は引水、排水において必然的に農地間の相隣関係を発生させるため、
稲作地域には、組織的な水管理が存在しなくても、農家間の水利関係を調整する何
らかの水利慣行が存在する。
② この地域の水利慣行の原則を調査し、末端水路整備に伴う新たな水管理ルールの基
礎とすることで、組織の農家が理解し合意しやすい水管理ルールを形成することが
できる。
2−6.残された課題
幹線水路のリハビリテーションが完了していない現在、末端水路を利用して取水でき
る機会は限られている。そのため、現状では、末端水路は、従来の田越し潅漑を補完する
バイパス経路として主に利用されている。末端水路を利用した水配分を実際にどのように
運用し、経験を蓄積していくかは今後の課題となる。
21
3.ミャンマー地区
3−1.調査地区の概要
本調査は、ミャンマー国農業灌漑省灌漑局
( Irrigation Department: ID) に 設 置 さ れ
ている JICA 技術協力プロジェクト・灌漑技
術センター(ITC)フェーズⅡのスタディエリ
ア(ヤンゴン市近郊、ガモエ(Ngamoeyeik)地区)
の一部で実施した。この地区は整備水準によ
り、圃場の区画整理を行い、用・排水路を整
備し、日本の標準圃場整備のようにかんがい
を考慮した Intensive area、灌漑用水路だけ
を整備し区画整理は行っていない Extensive
area、ミャンマー基準による密度の低い末端
水路が配置された Conventional area に分かれ
ている。
基幹灌漑施設が整備されている地区内に
設けられた、末端灌漑施設の整備水準の異な
る3つの試験区において、水収支調査、米の
収量調査、社会・経済調査を実施し、整備水
準との関係を明らかにするとともに、農民ヒ
アリングによる課題の整理も踏まえて、効率
的な水利用および農業経営に望まれる末端灌
漑施設整備のあり方を検討することを目的と
した。なお、本地区では、雨期には降雨のみ
で十分な水があるため、水稲灌漑は乾期を中
図 3-1-1
調査地区の位置
心に行われている。
3−1−1.調査地区の位置
ガモエ地区は 2.8 万 ha あり、水源
としてガモエダムが建設されている。
ITC プロジェクトのテスト圃場はガモ
エ地区の中流部に位置し、幹線水路を
通じて安定した用水の確保が可能であ
る(図 3-1-1)。
この地区では DM などと呼ばれる
支線水路(二次水路)から Water Course
と呼 ばれ る 末端 水路 が 分岐 して い る
(図 3-1-2)。
図 3-1-2
22
末端灌漑施設概念図
3−1−2.調査地区の現状
ITC のテスト圃場には図 3-1-3 に示すように水路密度の異なる Intensive area、Extensive
area の2パターンのテスト圃場がすでに JICA の協力により設置されていた。これに従来
型の Conventional area を加えた3パターンの圃場を調査対象とした。
a)Intensive area:面積 25ha、関係農家 9 戸、整形された標準区画約 40a とした用排分
離の日本型圃場に整備されている。
b)Extensive area:面積 124ha、関係農家 38 戸、整形されていない平均区画約 15a の田
越 し 灌 漑 地 区 。 こ の 地 区 は ミ ャ ン マ ー に お け る 最 適 な 末 端 水 路 ( Water Course:
WC)密度を検討するために、場所的に水路密度を変化させた末端水路が整備され
ている。
c)Conventional area:ドナー機関による技術指導や設備投資等のないミャンマー従来の
圃場地区。部分的に WC および圃場内小水路(Field Ditch)が構築されている。
Extensive
Extensive type
Area test farm
in
-4
DM
Ma
ca
River
l
A(1
na
)
Conventional Area
②
DM
- 4A
H
h
ig
w
ay
③
D
-6
DM
-4
M
B
-5
DM
-1
DO
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Ch au ng (s tre am
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-2
DO
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③
e
ro a
d
①
Intensive type test farm
Intensive
Area
図 3-1-3
調査地区(ITC プロジェクトテスト圃場)
調査の結果、乾期において、Intensive area では水稲作が 100%であり、Extensive area で
は水稲作が約 60∼70%で残りは畑作となっている。Conventional area での水稲の割合は更
に低くなっている。この水稲作付け状況の違いは末端灌漑施設の整備状況(かんがい用水
23
に対するアクセス度)が影響しているようで、Conventional area における乾期稲作は主と
して水路付近で行われている。Intensive area の農民は、圃場を日本型圃場に整備した後は
明らかに収益性が上がったとしているが、この理由として、区画の整形や用排分離などに
よって米の収量が他の Area に比べて 20%程度高くなっていることと農道の完備により作
業効率が大幅に改善されたことがあげられる。
ミャンマーでは、水源施設から2次用水路までの基幹灌漑施設は ID が建設・管理し、
3次用水路以下の灌漑施設の維持管理は農民の管理に委ねられている。これは他のほとん
どの東南アジアの国でも採用されている管理形態である。3次用水路以下の末端灌漑施設
の整備は ID が計画と設計を行い、関係農民の賦役提供によって行われている。
3−2.調査の手順
ミャンマー地区の現地調査は 2003 年 3 月から実施された。本地区の場合、すでに末端
水路密度の異なる3パターンのテスト圃場(Intensive area, Extensive area, Conventional
area)があることから、新たな末端灌漑施設の整備をすることなく既存の3つの整備水準
毎に用水の管理状況、水収支、水稲の収量、農作業効率、収益性、農家経済等の効果比較
し、最適な末端かんがい整備の水準を求めることとした。
調査実施に関する ID との協議、ITC プロジェクトのミャンマー側職員との具体的調査内容
の打合せ、用水使用状況の観測、社会経済調査、農民聞き取り等を行ってきた。
3−3.農民が考える水稲栽培に関わる課題
図 3-3-1 に、米作の便宜性を増すための圃場整備についての農民アンケート結果を示す。
Intensive area では、すべての農民が田面標高の調整および水路のライニングが必要として
いた。一方、Extensive area と Conventional area では田面標高の調整に加えて、排水路の整
Intensive Area
Extensive Area
0%
0%
7%
43%
50%
100%
Conventional Area
0%
25%
42%
33%
1& 2 1& 3 1 & 4 2 & 3
Question:What consolidation measures will improve the performance on rice production (select the best
two ways)?
1. Land leveling
2. Make drainage canal
3. Lining of water course
4. Change the canal layout
図 3-3-1
農民が考える米作の便宜性を増すための整備内容(04-05 期)
(注:図中の凡例の数字は農民が選択した回答番号を示す)
24
備も必要とされている。また、Conventional area では水路のアライメント変更の意見が少
なからずあった。
Extensive area と Conventional area において、農民が米作を行わずに畑作を行う理由は、
まず取水状況によるものが大きい。さらに、畑作物の収益性も大きな理由であると考えら
れる。また、Extensive area では水問題ではなく収益性の観点からのみ畑作を行っている
農民もいる(図 3-3-2)。畑作を行う農民の中で、Extensive area では 3 分の 2 の農民が、
もし水にアクセスできるなら米作を行う、と答えた。一方、Conventional area では 86%の
農民が米作を行うと答えている。
Conventional Area
Extensive Area
0%
7%
43%
43%
57%
50%
1 only
2 only
1&2
Question:Why are you not cultivating rice on the field(and cultivating the upland crops)
1. Upland crop is more profitable than rice 2. Can not deliver water to the field at all
3. Neighbor farmer does not give water
4. Can deliver water, but only small amount
5. Can deliver water, but no money to buy seed or fertilizer
図 3-3-2
農地で米作を行わずに畑作を行う理由(04-05 期)
(注:図中の凡例の数字は農民が選択した回答番号を示す)
Extensive Area
Conventional Area
13%
0%
23%
25%
8%
62%
69%
0%
1&4
1&5
1 only
4 only
Question:If you answered you would cultivate rice if water can be brought to your field, what do you
think the best way to bring water to your upland field?
1. Land leveling
2. Make drainage canal
3. Lining of water course
4. Change the canal layout
5. Ask neighbor to give water
図 3-3-3
農民が考える畑作地で水田稲作を可能にする方法(04-05 期)
(注:図中の凡例の数字は農民が選択した回答番号を示す)
畑作地において水田耕作を可能にするために必要な対策として、農民は、田面標高の
調整および水路アライメントの変更が重要と考えている(図 3-3-3)。
25
Extensive area と Conventional area に不耕作地を持つすべての農民が、乾期に耕作しない
理由として取水できないことを挙げている。不耕作地への配水を可能にする対策として、
図 3-3-4 に示すような意見があった。
このように、多くの農民が田面標高の調整および水路アライメントの変更の必要性を
指摘している。また、Conventional area では水路ライニングの指摘もあった。これは、
DM-5 からの取水量に限界があるため、より遠くの土地に配水するための方策の一つとし
て挙げられたと考えられる。
Extensive Area
Conventional Area
0%
20%
14%
21%
65%
80%
1&2
1&3
1 only
Question: What do you think the best way to bring water to your non-cultivating land?
1. Land leveling
2. Lining of water course
3. Change the canal layout
4. Ask neighbor to give water
図 3-3-4
農民が考える不耕作地で水田稲作を可能にする方法(04-05 期)
(注:図中の凡例の数字は農民が選択した回答番号を示す)
以上、農民へのアンケートによって明らかになった点をまとめると:
• Intensive area では乾期に 100%の耕地で水田稲作を行っている。米の生産性は高
い
• Extensive area と Conventional area では、田面標高が高いために水が十分に行き
渡らない土地があり、乾期にすべての耕地において米作ができない。
• すべての地区で肥料購入費用が大きな負担になっており、特に生産性の低い
Extensive area と Conventional area では、このために乾期水稲作を行わない農家
もある。
• Extensive area と Conventional area で畑作を行う理由は、土地に配水できないこ
と、および畑作の収益性の 2 点が挙げられる。 配水可能になった場合、特に
Conventional area では、ほとんどの農民が米作を行うと考えている。
• Extensive area と Conventional area における米生産の問題点として、水が行き渡
らないことと排水の問題がある。特に、Conventional area では水不足が顕著であ
る。
26
3−4.水管理上の問題
Ngamoeyeik 地区では、Ngamoeyeik ダムが完成する以前は雨期に天水稲作を行っていた。
現在も雨期は天水によって耕作農地のほぼ 100%で米作を行っている(ただし、雨期の湛
水被害により耕作不能地がある)。調査地区において、乾期において灌漑による水田稲作
を行うようになったのは歴史的に見て比較的最近のことである。よって、調査地区におい
ては農民が共同で水路を維持管理する経験もまだ浅く、水利組織も発展途上の段階である
と言える。また、水路の維持管理については、実質的には灌漑施設管理者からのトップダ
ウン形式で意思決定がなされていたが、最近は行政側からも農民参加型水管理の重要性が
認識されてきており、本調査はミャンマーにおける農民参加型水管理を発展させるための
パイオニア的存在になりつつある。
日本のような土地改良区を中心とした機能的な水管理組織はミャンマーでは確立されて
いないが、各 WC を基本単位とした共同水利組織が特に乾燥地帯である Upper Myanmar
で発達してきている。Ngamoeyeik 地区でも、およそ図 3-4-1 のような水利組織が基本と
して考えられている。すなわち、まず1つの WC 掛かりの受益水田に関与する農民グル
ープが存在し(以下、WC グループ)、そのグループの代表は Myaung Kaung(水路頭)と
呼ばれる。一般的に、WC は3次水路に相当し、その上位水路は幹線用水路(1次水路)
から分岐した支線用水路(2次水路)となる。通常、この2次水路単位で WUA(Water
Users’ Association)を形成することになっており、その代表は包含する WC グループいず
れかの水路頭が務めることが多い。なお、水路頭は単に水管理上のグループ代表であるだ
けでなく、関連するコミュニティの代表でもある傾向にある。
水路頭は政府の雇用者ではないが、水路補修の際の労務免除および優先的に水を供給し
てもらえるなどの恩恵を受ける資格を持つ。水路頭の主な役割は WC の維持管理のため
の補修や清掃などを実施監督し、問題が発生した場合は ID の水路監査官(Canal Inspector)
に報告する義務を持つ。農民の労務提供の負担は所有土地面積に比例する。
一方、灌漑水を供給する側(行政側)の組織として、水配分委員会(Water Distribution
Main Canal
BC
WUA
MK
MK
WUA
MK
MK
MK
MK
WC
・・・
Farmers
Farmers
・・・
Farmers
MK: Myaung Kaung
Farmers
BC: Branch Canal
図 3-4-1
水利組織の概要
27
Farmers
Farmers
WC Water Course
Committee)が設立されている。Ngamoeyeik 地区の水配分委員会は、 Township Peace and
Development Council の委員長を同委員会委員長として、Myanmar Agricultural Service、
Settlement and Land Record Department、 Agricultural Mechanization Department の職員およ
び ID のエンジニアによって構成されている。Ngamoeyeik 地区には Township は3つある
が、そのなかでも一番人口が多い Hlegu Township の委員長を水配分委員会の委員長とし
ている。
水配分委員会は毎週木曜日に委員会を開催し、毎週土曜日に WUA と話し合いの場を持
つことになっている。委員会の本来の主な役割は、以下の通りである。
・灌漑地域での作付け作物を助言する。
・1次および2次水路の維持管理について国に要求を行う。
・2次水路までシステマチックに水が行き渡るよう配分する。
・関連行政機関との協議と WUA に対する管理を行う。
・水路頭を任命し、WUA を組織するように管理する。
また、水配分委員会が WUA に期待するあるいは課している業務を以下に示す。
・必要な灌漑水量を水配分委員会に要求する。
・農民の合意に従い、配水管理を行う。
・農民が WC の維持管理を行うよう指導する。
・受益応分の維持管理費(資材,労力)を提供するように農民を指導する。
・他の組合とも連携をはかる。
ただし、これら各組織の本来業務はある意味理想として掲げているに過ぎず、実質的に
その役割が果たされていない面も否定できない。例えば、水路頭は、Ngamoeyeik 地区の
場合、水配分委員会が直接指名するわけではなく、農民の自主的な判断で決定され、同委
員会がこれを公式的に承認する形となっている。WUA についての管理・指導も、実際に
は十分になされていなということで、WUA の活動実態も的確に把握できていないようで
ある。水配分委員会のような組織は、特に渇水期において重要な役割を果たし、その意義
が増すものと考えられるが、Ngamoeyeik ダムの建設以降、すなわち委員会設置以降に深
刻な渇水になったことはない。本地区の水配分委員会はその歴史・経験もまだ浅く、発展
途上の段階にあると思われる。また、これが要因となって、WUA 自体の組織活動も活発
ではなく、事実上 WC グループが辛うじて機能している感がある。
3−5.新しい WC アライメントに向けて
3−5−1.田面標高・所有界を考慮したアライメント案
末端圃場の用水利用を効率的に行うためには、末端水路の整備が重要となることは明
らかである。Intensive area では日本式の圃場整備(用排分離含む)がなされており、収量
に関しても一応の成果を収めている。これに対し、Extensive area および Conventional area
では末端水路である 3 次水路(WC)までの整備がなされているものの、これら WC 建設
時には未だ詳細な基盤標高のデータが準備されておらず、WC は必ずしも効率的な利水に
寄与する配置となっていないという面が否定できない。そこで、現況の土地起伏や所有者
などの耕作圃場の属性を考慮し、4 次水路を含む新たな水路アライメント(水路配置)を
28
以下のような条件のもとで検討してみた。
[水路構築の原則]
① 水路の配置は圃場の境界に沿ったものとし、圃場の分断はしない。
② 平均田面標高を考慮し、高いところから低いところへと水が流れるようにする。
③ 同じ所有者であれば、田越し灌漑が容易と思われることから、なるべくすべての所
有者がどこかの圃場で水路に接することができるようにする。
④ 水の流れがスムーズになるよう、水路はなるべく直線に近似することを基本とする。
⑤ より多くの圃場で利水の利便性を図るため、現状の WC である 3 次水路の他に 4 次
水路を構築する。
⑥ 4 次水路については、補助的なものであることから、断面積を大きくしないよう延
長を 300m以下とする。
検討・整理した結果のうち Conventional area について図 3-5-1 に示す。
Conventional area では、支線から新たに 2 本の WC の敷設が望まれ、現況で分岐してい
る WC の左岸水路を排除し、右岸水路を有効活用することが示唆された。実際に、現状
でも左岸水路に水は流下しておらず、この水路の受益相当田には 4 次水路を利用した給水
図 3-5-1
Present
Water
Course
Existing
Water
Course
(Quaternary)
Lateral
Course Course
Proposed
Quarterly
Water Course
Proposed
Water Course
(Secondary
& Tertiary)
(Secondary
and
Tertiary)
が効率的と考えられた。
JIID が提案した水路アライメント(Conventional area)
29
3−5−2.農民 Workshop
以上のアライメントを提案し農民の意
見を把握するため、ITC の協力のもとに、
農民とのワークショップを開催した。ワ
ークショップは 2005 年 5 月(1 回)および
9 月(3 回)に計 4 回実施し、利水改善案
について話し合いを行った。
ワ ー ク シ ョ ッ プ に お い て 、 Extensive
area の農民は田面標高に起因する取水不
可能な土地はあるが、全体としては取水
の問題より排水不良の問題を重要視して
おり、現状のアライメントのままで新た
図 3-5-2
な水路を設けなくてもよいという結論に
農民ワークショップ
至った。
一方、Conventional area の農民は取水量不足を最重要課題として認識しており、アライ
メント変更には非常に前向きであった。また、田面標高の問題でアライメントを変更した
としても配水不可能な土地が存在すること、およびアライメントを変更しても水量に限界
があるため地区全域に配水ができないことも確認された。さらに、WC の取水状況を改善
するには支線水路の通水性を改善する必要性も指摘された。ITC の調査では、支線水路は
ay
W
h
g
Hi
New Water Course
Improving Water Course
(Utilizing existing one)
Existing Water Course
Pond
Field Plot
Canal
WC4
Drainage
POND
POND
0m
TTC
50 m 100 m
水路勾配が一定ではなく、また途中に水路が破損している箇所のあることが判明している。
図 3-5-3
農民との協議により最終決定されたアライメント(Conventional area)
30
があるため地区全域に配水ができないことも確認された。さらに、WC の取水状況を改善
するには支線水路の通水性を改善する必要性も指摘された。ITC の調査では、支線水路は
水路勾配が一定ではなく、また途中に水路が破損している箇所のあることが判明している。
これらについて、農民との十分な話し合いがなされ、Conventional area の水路アライ
メントを図 3-5-3 に示すようにすることが農民の総意で最終的に決定された。すなわち、
WC を1ルートだけ整備することとし、ルート上にある既設の WC は修復・改修して利用
し、新設部分は最小限に留め、4 次水路までは必要がないということになった。WC の整
備については ITC の技術指導により、また支線水路の修繕工事はメンテナンス事務所の
技術指導のもと農民自身で 2005 年乾期作付け前(12 月)に実施することとなった。
3−6.残された課題
末端水路整備を展開する狙い(利点)は大きく次の 3 点に集約されると考えられる。
①送水効率の向上(水損失の抑制)による受益面積の拡大。
②用水到達時間の短縮、適正水路水位維持による水管理の柔軟化・省力化。
③農民の共同意識の向上による持続的な水路維持管理の確立、水利組織の強化。[農民参
加型の水路整備の場合]
こうした利点は限られた水資源を有効活用する上で非常に重要ではあるが、必ずしも想
定通りの成果が達成されるとは限らない。これまで調査した現地の状況を勘案すると、そ
れぞれの狙いに対して少なくとも以下の問題が懸念される。
• 上位水路の通水性、あるいは水量自体が限られる場合(不十分な場合)①の受益
面積拡大は望めない。
• Field Ditch(4 次水路)の任意の接続により、②の効果が低下する恐れあり、また、
省力システムとして、相互リンクした田越し圃場ブロックの一元管理を依然選好
する可能性がある。
• 水路の維持管理負担の大小によっては③の「持続」や「強化」が成立しない。望
ましい行政当局側の介入(サポート)のあり方を更に検討する必要がある。
いずれにせよ、ハードが整備されていなければソフトの改善も難しいことから、末端水
利施設の充実が望ましいことは明らかであるが、上記の懸念に配慮する必要があろう。
基幹水路から 3 次水路に必要に応じて配水できる施設および管理が確立されているとし
て、いまここで改めてミャンマー当局が検討すべき課題を整理すると、次のようにまとめ
られる。
• 灌漑施設管理者または行政サイドは、農民の意思決定に際して必要な情報・デー
タを収集し提供する。また、技術面からのサポートも必要。
• 末端施設の整備には取水と排水(再利用)の両面から検討を加える。
• 農民が経済的に自主的管理をできない場合は、何らかの補助を行う。
• 末端水路を整備することによる農民の便益を明確に示す。
31
3−7.今後の対応策
これまでの調査で得られた水文データの分析、地盤標高および水路配置の確認、ならび
に農民アンケートの結果から、単純に各地区の現状を整理すると次のようなことが言える。
Intensive area:高い収量/高い生産性、良好な用水の充当
Extensive area:場所により低い収量/低い生産性、不適切な田面高の散在、排水不良
Conventional area:低い収量/低い生産性、著しい用水不足
こ う し た 分 析 結 果 を 踏 ま え た 上 で 問 題 点 を 改 善 し 、 特 に Extensive area お よ び
Conventional area において乾期水稲作の水利用効率の向上を通じた灌漑面積の拡大や生産
性の向上を図るために、以下の方法が考えられる。
•
田面標高を水路勾配に沿うよう整備し、かつ筆内を均平にする。
•
水路を田面勾配に沿うように構築し、現状では配水できない土地にも水を行き渡
らせる。さらに、必要に応じて 4 次水路(圃場内小水路)も設置する(最終決定
は農民に委ねる)。
•
排水路を整備し、各農民が必要に応じて迅速に排水することを可能にする。
•
WC のライニングを行い(耕作不適圃場への)水の損失を抑制するとともに、送
水可能地域を拡大する。
•
情報提供やトレーニングなどを通じて WUA の組織力を強化し、WC 内での配水
ローテーションを行うなど水利用効率を強化する。
末端水利施設の整備を行う際、どこまでの永続性を念頭に置くのかという点も重要とな
る。長期的な視点に立つのであれば、やはり末端水路整備だけでは限界があり、区画整理
を含めた圃場の基盤整備と一体的に展開する方が望ましい。もちろん、いたずらに日本式
の用排分離を付随した区画整備まで導入することは今のところ非現実的であり、疑問も残
る。しかし、田越し灌漑を否定せず、むしろ WC との両立(併用)により田越し灌漑を
積極的に利用することは自然であり、そのためには少なくとも Land Leveling 的な基盤整
備は必要となろう。このことはアンケートの結果にある農民の希望とも一致している。短
期的にみても、この程度の基盤整備は必要と考えられ、在野の材料、在野の技術に応じた
整備水準を決定する必要がある。当面の手当てを確立し、その間に将来に向けた新しい資
材準備の技術や施工技術の供与を進めることが現実的な対応と思われる。
また、末端だけを見据えても解決しない問題もある。例えば、通水性を向上し、かつ水
路隣接圃場数を増加するよう末端水路を再整備したとしても、既述のように上位水路に制
約があればその効果は大して期待できない。したがって、末端→支線→幹線→水源地(例
えばダム)などといった整備の拡充やフィードバックを行うことも必要と思われる。
これらの改善を同時に並行して実施するのが、最も効果的ではあるが、現実的には費用
の問題なども絡み、難しいため、可能なことから順次行っていくべきであろう。
32
4.南タイ地区
4−1.調査地区の概要
調査対象地区はタイ南部、マレー半島
に位置するナコンシタマラート市にある
Thadi 灌漑プロジェクト地区の支線水路
1L-4R-LMC 掛 か り の FTO-4 エ リ ア
(56ha)である(図 4-1-1)。この地区は
農 業 協 同 組 合 省 王 室 灌 漑 局 ( Royal
Irrigation Department:RID)の灌漑地区
で既に取水工、幹線・支線用水路等の整
備がなされているが、経年による老朽化
も進んでいる。
基幹灌漑施設は整備されているが末端
灌漑施設は整備されていない。田越し灌
漑が行われている条件の下で有効な末端
灌漑整備の手法を明らかにする。具体的
図 4-1-1 調査地区への基幹水利施設模
には末端灌漑施設の(一部は農民自身の
労力による)建設を提案し、その効果をモニタリングするとともに、水管理組織の設立・
強化を図る。
なお、収穫時期(10 月)の大雨により冠水被害を受けている。また、基幹施設に関し
ても、その運用、維持管理について適切には行われていないのが現状で、その点の改善も
必要となっている。
4−2.調査の手順
2003 年 2 月の調査開始以降、11 回の現地調査および
農民からの聞き取りにより、地区農民は①干害対策とし
ての適期の補給灌漑と②収穫期の冠水被害を避けるため
早期の田植えが出来るよう、末端灌漑施設の整備を望ん
でいることを把握した。
また、現地調査時に計 6 回の農民説明会を開催し、田
越し灌漑のデメリット、末端整備のメリット、末端整備
計画の提案(図 4-2-1)、農民水管理組織の必要性と内容、
農民水管理組織による水配分・維持管理方法等について
農民に説明した。
末端水利施設整備前
整備後
末端水利施設整備後
4−3.提案の概要
JIID は、以下の整備方針に基づいた末端灌漑施設の整
備計画を RID 担当者と共同で作成し、農民説明会に提
示し説明した。農民からは特に反対意見は出なかった。
図 4-2-1 末端水路整備前と後
33
(1) 低コスト
低コストとするために
区画の整備は行わず、末
端水路の整備のみ実施す
ることを提案している。
ま ず 、 RID の ditch &
dike 事 業 で 圃 場 周 囲 を
廻る3次用水路を建設す
る。しかしながら、 タイ
における中規模灌漑開発
の 投 資 額 の 基 準 (ditch &
dike 事業:1 rai = 0.16 ha
あたり 4,000 バーツ≒100
USD)では、2本程度しか
建設できず、 圃場内の個
図 4-3-1 JIID 提案の FTO-4、FTO-4A の水路網
左側の赤丸は堰の設置箇所、右の赤丸は土水路で排水口
別の筆へ送水することは
とつなぐことを示す。
できない。したがって、
主要水路(図 4-3-1 のコ
ンクリート U-shape 水路)を RID の負担により
整備し、個別の筆へ送水するための水路(図 4-31 の土水路)は、賦役を含め、すべて農民自身の
負担で整備することとした。
(2) 平等性
すべての農民を受益者とするため、地区内のす
べての筆に用水と排水の機能を持った用排兼用水
路を配置することが理想的であるが、高コストと
なるので、一筆ごとにではなく同一土地所有者の
一群の区画ごとに1つの取水口と排水口を設置す
ることにした。各所有者の一群の区画内各筆には
図 4-3-2 整備後の U-Shape 水路
従来どおり田越しで送水する。
(3) 反復利用
用排分離方式の水路整備では高コストとなるため、用排兼用水路を利用した反復利用シ
ステムを導入することとした。そのため末端水路の底面を農地面よりも低くすることで、
末端水路への排水を可能にし、用水は末端水路を堰上げて取水する。
(4) 維持管理
末端水路の水配分計画、維持管理などは、受益農民全員が参加して組織された水利用者
グループ(WUG)が分担する。
34
4−4.これまでの成果
4−4−1.水利用環境の変化
図 4-4-1 は、末端整備事業終了
後の状況である。今回の水路建設
によって、どの程度用水配分に関
するかけ流し解消の効果があった
かを確認するため、全 35 筆につ
いて、整備の前後で、何筆の水田
を経由して用水を受けるかを整理
すると、表 4-4-1 の通りである。
最小通過筆数とは、末端整備前と
後において、各筆が最短ルートの
掛流しによって取水する際に通過
FTO4A
させなければならない区画の数で
ある。整備前は最大 7 筆を掛け流
さなければ取水をすることができ
なかった筆も存在していたが、事
業後は最大でも 4 筆の掛け流しで
取水を行うことができるようにな
った。表から、末端整備効果は、
図 4-4-14 Realized canal network
表 4-4-1 末端整備によるかけ流し通加筆数の減少
建設される水路沿いに下流部へ行
(FTO4)
くほど大きくなっていることが分かる。
筆数の観点からは、当然、最上流圃
圃 場 N o.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
場に対する効果が最小となってしまう
が、これまでは下流部圃場で灌漑され
る分まで取水する必要があり、その過
剰取水のために様々な障害が起こって
いたことを考慮すると、適正量の取水
を行うことができるようになったこと
は上流部農家にとっても大きな効果で
ある。
4−4−2.農民の評価
末端施設は 2005 年から本格的に供
用開始された。そこで本事業の効果を
算定するには時期尚早かもしれないが、
農民アンケートによる事業評価を実施
した。その結果、約 8 割(47/58)の農民
が事業が満足に実施され改善効果があ
ったと回答した。水路から水を引いて
35
通 過 筆 数
整備前
整備後
0
0
2
1
3
2
4
3
5
4
0
0
1
1
2
2
3
3
0
0
1
1
3
3
4
4
4
4
0
0
3
3
4
4
0
0
1
0
2
2
3
3
2
0
3
0
4
0
2
0
3
1
3
0
4
1
5
2
4
0
5
0
5
1
6
0
7
0
7
1
筆数の減少
0
1
2
1
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
0
0
2
3
4
2
2
3
3
3
4
5
4
6
7
6
いると答えた農民は約半数であった。事業前の正確な数値は不明だが、末端水路ができた
ことにより水路用水を水源として使う農民が増加したことは明らかである。
4−4−3.農民参加
計 6 回の農民集会を開き、事業着手以前から集
会への参加と意見提出という形での農民参加、更
に農民自身による土水路建設、水路用地と建設の
労力の無償提供という形での参加を実現した。
建設された水路が適切に維持・管理され、長く
機能するためには、WUG の持続的な活動が必要
である。農民集会において JIID は施設の適切な
管理の必要性を説明し、WUG を設立して管理す
図 4-4-2
挙手で水管理組織の役員を
べきことを教育および訓練した。2 年間にわたる
選出する様子
農民集会を経て、2004 年、WUG が発足し、組合
長その他役員が選出された(図 4-4-2)。具体的な
活動はこれからであるが、2004 年 5 月末 には
JIID 提 案 の 土 水 路 を 新 設 す る に 当 た り 、「First
ditch maintenance by Framers(農民による水路起工
式)」が RID 職員、地方行政組織(Tambon (in Thai,
which means “sub-district” in English) Administrative
Organization) 職 員 、 農 民 が 参 加 ( 総 勢 40 名 程
度)して行われた。この時、図 4-3-1 および図 44-1 の左上の水色水路を農民自身で浚渫した(図
4-4-3)。 この行事は、農民の水路建設に対する
図 4-4-3 農民らによる土水路の整備
意識の啓蒙を目的として開催された。RID としては今後、他の FTO 地区への展開を考え
ているとのことであった。
4−5.残された課題と教訓
4−5−1.中央の用排兼用水路建設
計画段階で提案した地区中央の用排兼用水路2本(主な機能としては排水路:図 4-31)については、農民によって施工されなかった(図 4-4-1)。それと関連して、U-shape 水
路から離れた中央部に対しては事業効果の低いことがわかった(表 4-4-1)。この辺りは比
較的低地部であり、依然として田越しで灌漑されている。計画段階で JIID が推奨し、理
解を求めたが、農民にはその必要性が伝わらなかった。調査当初の農民からの聞き取りや
農民説明会においては、末端整備の有利性が示され農民たちにとっては歓迎すべき話であ
ったし、また日本からの調査団に対しての遠慮もあって、特に反対意見が出なかったとも
考えられる。計画が遂行された最終の姿を短期間に理解してもらうことは、なかなか困難
なことである。しかし、今回の灌漑施設整備によって新しい灌漑の効果を体験し、WUG
を中心に、次の改良に向けた気運が高まる可能性もある。それには、WUG の活性化を図
る必要がある。(現在 RID では、末端整備とは独立して WUG の設立を推進しており、本
36
事業地区を管理するプロジェクト事務所でも、2005年の中頃までに25のグループを
作る予定である。その際、WUG と水利用者グループ連合(Integrated Water Users’ Group:
IWUG)、そしてプロジェクト事務所との組織的連携をどのように取るかについての戦略
的視点が重要である。)
これらに対処する上で、一つは先進地視察が効果的であると思われる。先進地におけ
る末端施設整備の効果を目のあたりにさせ、先進地の農民との意見交換を通じ、施設整備
の有効性と WUG の運営方法を学習させるのである。二つ目は、WUG の月例会を開催す
ることである。これには、RID 職員も加わり、施設整備、配水調整、WUG 運営等の指導
を行う必要がある。とにかく、頻繁に継続して会議を持つことで、当地区が抱える問題に
対する理解を農民と RID 職員が共有し、相互に解決策を検討していく中で、お互いの信
頼が生まれ、一歩一歩解決していくようになっていく。この二つのことは、同じタイ国内
で実施された JICA のプロジェクトタイプ技術協力である The Modernization of Water
Management System Project での知見である。当地区においても、大いに参考にする必要が
あると考える。
37
5.東北タイ地区
5−1.調査地区の概要
調査対象地区は東北タイコンケン市の南方 35km にあ
る Ban Don Mu 6 地区である。当地区は農業協同組合省
土地開発局(LDD:Land Development Department)のパ
イプライン灌漑プロジェクト地区である。
近傍の3パイプライン灌漑プロジェクト地区と合わせ、
水需要が競合する場合の灌漑水の量的公平性とコスト負
担の公平性について検討し、水管理方式を提案するとと
図 5-1-1 Ban Dong Mu 6 地区
もに、その運用および施設の持続的な維持管理のために
P1 および P2 調査地区位置
必要な WUG の設立・強化を試みる。
地区の最下流部にある灌漑貯水池の池底を掘り下げ、最大 59 万 m3 の灌漑用水を確保
し、ポンプ場やパイプラインを建設し、送水している。調査地区は P1 エリアおよび P2
エリアに分かれており、それぞれ基幹施設に相当するポンプ場から最末端の給水栓までが
約 1.5km の範囲に展開している(図 5-1-1)。
起伏に富んだ丘陵地帯であることから従前は天水灌漑による農業が行われ、標高が低く
雨水の集まる場所では稲が、それ
以外の場所ではサトウキビ、キャ
ッサバなどが作付けされている。
また、稲作は雨期作のみで作付面
積は地区の4割程度となっている。
P1 エリアおよび P2 エリアのパイ
プライン灌漑事業の受益面積は合
わせて約 100ha であり、事業参加
農家戸数は 76 戸である。
5−2.調査の手順
本地区の末端灌漑整備は、
LDD の事業計画によりパイプラ
イン方式となることが決定してい
図 5-1-2
Ban Don Mu 6 P2 地区
たので、本調査の目的の一つであ
る低コストな末端灌漑施設の整備手法の開発については LDD の計画に委ね、参加型の水
管理手法の開発を本地区の調査の主たる対象とした。
1)Ban Lao 地区の事例
Ban Don 地区での取り組みに先立ち、参考地区として同様の規模・地形でポンプ+パイプラ
イン灌漑事業を行ったコンケン市の Ban Lao 地区(2002 年竣工、受益想定面積 35ha、受益想定
農民 40 戸)で、灌漑用水利用状況等の現地調査を行った。
その結果、この地区では、①個々の農家がポンプ燃料を持参して灌漑を行っており、②ポン
プ場から離れた農地では燃料費が高くなることもあり、灌漑用水の使用者はポンプ場付近(上
流)の農地所有者数名のみにとどまっていて、③事業実施に際して受益農民を確定せず、受益農
38
民団体を組織していないため、上下流の受益農民に平等な取水といった意識はなく、ポンプ付近
の受益農民の優位性が問題視されていなかった。
2)検討課題の設定
Ban Lao 地区の問題点を考慮し、灌漑事業後の受益農民に対し、「公平な取水」と「公
平な費用負担」を実現する方策について検討することを調査の基本的な検討課題とした。
取水(量、時期)と費用負担における極端な「上流有利」を回避する水管理方法について
の検討である。
特にポンプ−パイプライン灌漑の場合、ポンプ場から離れた場所や比較的高所等の「下
流」にある給水栓は、ポンプ場付近や比較的低地等の「上流」にある給水栓と比べ、取水
時の流量が小さくなる。また、本地区のように通水の際にポンプを運転して、ポンプから
直接用水を圧送するタイプのパイプラインでは、「下流」の給水栓は「上流」の給水栓と
比べ、同じ量の取水に対しより多くのポンプ燃料を消費する。そのため、事業区域内の受
益想定農民が個々に勝手な取水を行うと、用水が不足がちな時には下流側では十分な水が
確保できなかったり、確保できる場合でも下流側農家の取水燃料費の負担額が高くなり、
取水を諦めなければならない事態が生じうる。
これを回避する方法として、ローテーション灌漑方式による面積当たり同量の用水利用
と、使用水量当たり等しい費用賦課の実現を検討課題とし、その可能性と問題等について
検討した。方法として、JIID から用水配分方法と費用負担方法を受益農民および LDD 職
員らに提案し、その後、実際に彼らが採用した方法を調査し、それを受けて提案を修正し
て再提示する、といった作業を繰り返した。
5−3.提案の概要と結果
5−3−1.末端水利施設整備・管理案
(1) 事業実施前の受益農民および受益農地の確定に伴う事業計画変更
本調査を開始した時点で、Ban Don 地区の事業計画書は作成されていたが、従来の
LDD 事業と同様、受益農民と受益農地は明確にされていなかった。しかし、この方式で
は、Ban Lao 地区で見られたように、受益想定農民らに公平な取水に対する意識が生まれ
ず、受益農民が極端な上流有利の取水を「納得」して採用してしまう恐れがある。また、
そもそも受益農地が確定していない事業計画では、施設規模が過剰だったり不十分になる
恐れもある。
そこで、
① すべての事業参加者が面積当たり同量の用水を得る機会を有する。
② 水利施設の維持管理、配水にかかる費用として水利費を支払う義務がある。
③ 水利費は各人が使用した用水量に従って支払う。
という事業の原則を農民に示し、原則への同意を条件に事業参加希望者を募り、事業実施
前に受益農民および受益農地を明確化することにした。
その結果、LDD の当初予想を大幅に超える参加希望者があり、受益面積に対しポンプ
の送水可能流量が過小となることが分かった。そのため、LDD は急遽事業想定地区を P1
と P2 の2地区に分離しポンプ場を追加、パイプラインを延長するように計画を変更した。
また、JIID からの提案を受け、給水栓の配置も、すべての受益農民の耕作団地ごとに最
39
低 1 つ設置するように変更した。公平な取水を実現するためである。さらに、パイプの口
径を変更し、一部の支線水路を連結する等、若干のレイアウト修正も行った。
(2) 水利組織の設立
前記の原則①∼③を守るため、受益農民による水利組織の設立を提案した。組合員は受
益農地を所有する農民とし、不在地主の土地を小作農が耕作する場合は小作農の方を組合
員とした。組合の機能は、総会の開催、ポンプを含む水利施設の操作、メンテナンス、配
水計画の策定、維持管理費の徴収等である。設立にあたって総会を開き、役員として組合
長、会計、監事を各 1 名、ブロック(後記)ごとの代表者 6 名を選出した。
(3) ブロック制の提案
事業区域を P1 地区、P2 地区に分けたものの、なおポンプの送水能力は受益面積に対し
て小さく、受益農家が一斉に取水すると下流側の給水栓では十分な流量が確保できない恐
れがあった。そこで、P2 地区では受益地域全体を支線水路ごとに 6 つのブロックに分け、
取水希望が集中する時期はブロックごとに順番で取水するよう提案した。
ブロックにはそれぞれ代表者をおき、ブロック内の配水操作と維持管理費の徴収につい
ては、各ブロックが責任を持つこととした。また、ブロックには、下流側の受益農民にと
っては、上流側の受益農民に対し、団体として公平な取水を求めるといった交渉力強化の
機能も期待した。
なお、P1 地区では、P2 地区での経験を踏まえて LDD コンケンオフィスのスタッフが
受益農民と会合を開き、水利組織を設立し、次項で記すように、用水配分方法や水利費賦
課の方法等について検討している。
(4) 水量割り費用賦課方式の提案
当初は、前記のようにブロックごとのローテーション取水を想定していた。また、ブロ
ック内の各給水栓からの流量は、それほど大きな差はないとも想定していた。その上で、
下記の方式による水量割り費用賦課方式を提案した。
①ブロックごとに給水栓をすべて開けてそれぞれの流量を求め、ブロックごとに代表
的な流量(平均値)を定める。
②ブロックごとにポンプを運転した時間を記録する。
③灌漑期間ごとに、ブロックごとに①×Σ②を求め、総取水量とする。
④灌漑期間に要した費用の合計を、ブロックごとの総取水量の比で案分し、ブロック
ごとの水利費とする。
⑤ブロックごとの水利費は、ブロック代表者が徴
収する。ブロック内での個々の農家の水利費は、
ブロック水利費を各農家の取水時間の合計で案
分して求める。
しかし、後述するように、この方式での水利費賦課
は受益農民らに採用されなかった。そこで、新たな水
利費賦課方式として、耕作面積割りの水利費賦課方式
と、水量割り費用賦課と燃料費直接負担の折衷的方式
とを提案した。
図 5-3-1
40
送水ポンプ
5−3−2.実際の用水利用と費用負担
P2 地区では 2003 年 11 月の竣工直後、水稲の補給
灌漑を求める一部の農家を対象に試験通水を行った。
この時は、組合長の提案で地区全体を 8 ブロックに分
け、組合長が各ブロックに配水して回った。ブロック
ごとに 1 回 3 時間ずつ通水し、1 時間の使用に対し燃
料費として 100 バーツ(2.5 USD)を徴収した。2004 年
の 11 月も同様の配水・賦課方式で水利施設を利用し
ている。なお、組合長の話では、2005 年度の水稲補
給灌漑から、ポンプオペレータの労働報酬とメンテナ
ンス費用を合わせて徴収する予定で、1 時間 170 バー
図 5-3-2
給水栓の状況
ツ程度を徴収する計画とのことである。
2005 年の 3 月、14 戸の農家の農地に簡易スプリンクラーが導入され、それぞれ 1,000
㎡程度ずつ灌漑を開始した。この乾期畑作として作付けされているのはトウモロコシ、キ
ュウリ等。14 区画は 2 つの団地に分かれているが、取水は 14 戸が一斉同時に行っている。
スプリンクラーの散水流量が小さいためか、14 戸同時の取水でも流量に大きな差はない
ようである。この分の水利費は、燃料費として 1 時間当たり定額を徴収している。14 戸
同時取水のため、金額は水稲の場合よりも格段に安い。
一方、P1 地区では、LDD コンケンオフィスのスタッフの助言を受けて、今後、本格通
水が始まった後の灌漑計画を立てている。その要点は、①地区全体を6つのブロックに分
け、ブロックごとにローテーション灌漑を行うこと、②水利費として燃料費のみでなくポ
ンプオペレータの労働報酬、メンテナンス費用も徴収すること、③徴収にあたって上流の
3ブロックと下流の3ブロックとで水利費に差をつけること(1 時間 150 バーツと 170 バ
ーツ)、の3点である。
2005 年 2 月、乾期の灌漑をスタートさせた。作付け品目は、雨期水稲の収量増のため
の緑肥作物(豆)である。試験期間中ということで、農家全員から、所有面積やポンプか
らの遠近に関係なく 150 バーツずつ徴収し、これをすべて燃料費にあて、灌漑している。
前記の6つのブロックのうち、1日3ブロックずつ、各ブロック3時間ずつ水をかけてい
る。誰のどの農地にどれだけの時間灌漑するか、最終的な現金清算をどうするかは現在検
討中とのことである。
5−4.これまでの成果と問題点
5−4−1.ブロックローテーション方式の問題点
本地区では、ブロックごとに時間を決めてローテーションで灌漑する、という方式は採
用されなかった。前記のように実際は、用水を必要とした農民らが集まって、そのつど組
を作り、その組ごとに灌漑を行ったのである。
これは、当初計画のローテーション灌漑方式では、取水したい時に取水ができない恐れ
があったためだろう。本地区のような水田の補給灌漑の場合、農民は常時大量の用水を使
うわけではなく、本当に用水が必要な時だけタイミング良く取水することを望み、取水す
るタイミングは農民・農地ごとに異なる。ブロックごとに取水日時を決める方式では、適
41
切な時期の取水ができず、不自由になるのである。
ブロックを定めたローテーション灌漑は、乾期の稲作のように常に灌漑用水を必要とし、
かつ灌漑地区の用水需要量に対して送水可能量が少ない場合には有効だが、本地区の水稲
補給灌漑のように灌漑のタイミングが重要な場合は、利用の不自由性という短所が際だつ。
ローテーション灌漑方式の採用に当たってはこの点の考慮が必要だった。
5−4−2.水量割り賦課方式の難しさ
水量割り費用賦課のもととなる農民ごとの取水量は、積算流量計を各給水栓に設置すれ
ば容易に得られる。しかし、積算流量計は通常高価であり、また、故障する可能性もあっ
て維持管理費用もかかる。そのため、今回の調査では、給水栓ごとに積算流量計は設置し
なかった。
それに代わる取水量把握方法として、前記のように、ブロックローテーション灌漑方式
をとり、その際、ブロック内の各給水栓の流量に大きな違いはないものとして、ブロック
ごとの代表的流量を求め、それに取水時間をかけて取水量を算定する方法を試みた。
しかし、実際には同じブロック内でも給水栓ごとの流量が予想以上に大きく異なり、ま
た、たとえ流量が同じような給水栓でも、開閉する給水栓の組み合わせによって流量が異
なるようになり、ブロック内の給水栓すべてを同じ流量と見なすことが困難だった。
この方式以外に、簡易な流量計を用い、給水栓ごとに取水するたびに流量と取水時間を
測定する方式もありうるが、その記録に大きな手間がかかるため、採用される可能性は小
さい。
5−4−3.燃料費割り賦課の「合理性」
前記の通り、事業開始当初、受益想定農民らは水量割りの費用賦課を受け入れていたが、
実際は現在まで「燃料費割り」の費用賦課が取られている。こうした、「消費燃料費割
り」の費用賦課は、水量割り、面積割りといった費用賦課方法と比べ、以下のような受け
入れやすさを持っていた。
①消費燃料費に合わせて賦課するという方式は、利用者の取水量と必要費用とが直結
していて分かりやすい。上流と下流で実際にかかる燃料費の差が大きくなるほど、
農家がこの方式を妥当と考えるようになる可能性は高い。
②水量割り賦課は個々の農家の取水量を測定する必要があり、困難性がある。消費燃
料費割りには、それがない。
③農民はポンプを利用する時に自ら燃料を買ってくる。この「先払い」方法は、少な
くとも燃料費に関しては、費用の未徴収という問題を発生させない。
④また、燃料を貯蔵・保管するスペースも必要ない。
⑤また、役員らが燃料を買いに行く手間も省ける。
⑥水量割り、面積割りと違って、費用を後から用水利用者に割り振る必要がなく、計
算の手間がかからない。
⑦以上、総じて、組織的な取り組み・取り決めをそれほど必要としない。
これらのうち、①は費用負担の考え方の問題であり、②∼⑥は燃料費割り費用賦課方式
のもつ技術的に有利な点といえる。
42
②∼⑥は、見方を変えれば水量割り賦課の技術的問題点ともいえ、②∼⑥の有利性がな
いために水量割りが採用されない可能性もある。実際、農民に対する聞き取り調査では、
「水量がはかれないので量水制はできない」「積算流量計を(すべての給水栓に)設置し
て欲しい」といった意見があった。もちろん、積算流量計を設置し、また、③∼⑥の問題
もクリアしたとしても、①の考え方の問題があって、受益農民らが水量割り賦課を採用す
るとは限らない。
5−4−4.燃料費割り賦課の問題点を回避する方策
この方式は、取水にかかるコストが高くな
るポンプ場から離れた場所の農地で灌漑が行
われず、灌漑施設が十分に活用されない恐れ
がある。また、JIID が行った流量調査では、
水稲補給用に給水栓を全開して圃場に取水し
た場合、ポンプ近傍とポンプ遠方の給水栓と
の間に、少なくとも3倍程度以上の流量差が
観測された。同じ給水栓でも、どの給水栓と
一緒に取水するかによって流量に違いは出る
が、それでもポンプ近傍の給水栓を利用した
図 5-4-1
給水栓からの吐出量調査
農家と遠方の給水栓を利用した農家とでは、
単位水量当たりに対して支払った費用に大き
な差があったはずで、当初目標とした取水費用負担の公平性の視点からは問題となる。
ただ、P2 地区の乾期灌漑(簡易スプリンクラー)で見られたように、最終末端の灌漑
施設からの流量が小さく、灌漑面積も限られている場合では、個々の給水栓からの流量に
大きな違いがでないこともある。このような場合は、燃料費割り賦課と水量割り賦課には、
大きな矛盾は生じない。
また、後述する参考事例の Ban Nayie 地区や Nang Khae 地区のように、ポンプ−パイプ
ライン灌漑地区であっても、ポンプ場からの揚水を一度高位部の配水槽(Water distribution
tank)に貯め、それから各給水栓に送水する方式であれば、各給水栓において、流量は異
なるが単位水量当たりの取水にかかるポンプ燃料費は基本的には異ならないから(同量の
取水に要する時間は異なるが)、この場合も燃料費割り賦課と水量割り賦課とは基本的に
は矛盾しない。このように、灌漑施設の選び方によっては、燃料費割り賦課のメリットを
残しつつ、実質上の水量割り賦課を実現できる可能性がある。
また、水量割り賦課と大きくは矛盾しない賦課方式として、面積割り賦課の採用も考え
られる。一定地区内の農地について、一作の灌漑に要する総用水量は、水田と畑とでは大
きく異なる。しかし、水田同士、畑同士の間では、基本的にはそれほど大きくは異ならな
いだろう。したがって、水田と畑を分けた上での灌漑面積割り賦課は、水量割り賦課的な
意味を持つものと考えられる。取水量を測らずに水量割り的賦課を実現させる方策として、
面積割り賦課は検討に値する。
43
5−5.小規模ポンプ灌漑地区の水利費賦課事例と考察
前出のように Ban Don 調査地区の参考とするため、以下の3地区について 2003 年に調
査した。
5 − 5 − 1 . Ban Lao 地 区
本地区はコンケン市内にあり、市街地から自動車で約1時間の距離にある。
(1) 灌漑施設
事 業 期 間 は 2000 年 か ら 2002 年 で
あ り 、 LDDが 受 益 農 地 に 隣 接 す る
低湿 地 を 浚 渫し , 一 部 に築 堤 し て
貯水 池 を 築 造し た 。 貯 水池 に 設 置
した ポ ン プ 場か ら 個 々 の農 地 に は
パイプラインで直接圧送する(図55-1)。貯水池の有効貯水容量は133
千 m3 。 す べ て の 水 田 ( 約 25ha) で
貯水池
乾期 水 稲 作 を行 う に は 不十 分 な 規
模で あ り , 事業 で は 乾 期は 水 田 で
も畑 作 物 の 作付 け ・ 灌 漑が 想 定 さ
0
500m
れている。
給水栓は 50m間隔でパイプラ
パイプライン
インの両側に配置されている。
所有区界
◎ 揚水機場
給水栓
畦畔
(2) 灌漑実績と水利費賦課
本 地 区 で は, 建 設 事 業に 伴 っ て
受益 農 家 に よる 新 た な 水利 組 織 は
結成 さ れ ず ,行 政 組 織 であ る 村 が
給水栓の位置・数は実際と完全には一致しない。
図 5-5-1 Irrigation facilities and farm
plots in Ban Lao project area
水利施設の管理を行っている。LDDは,建設した水利施設を村に管理委託する際,その
利用や水利費賦課の方法については受益農民に任せ,特に条件は付けなかった。
村長からの聞き取りでは,2003年の乾期にポンプを利用したのは,42戸の受益農家のう
ち6戸のみとのことだった。その際,使用するポンプの燃料(軽油)は,ポンプを利用す
る農民が自分で持参した。これをポンプ操作管理者である村長に渡し,村長がその燃料が
なくなるまでポンプを運転し,送水したのである。
作付けしたのは野菜で,ポンプ利用者はいずれもポンプ場に比較的近い低位部の農地を
耕作する農民だった。送水燃料費が安くてすむ農民が,面積当たりの収益性の高い商品作
物のために灌漑を行ったということになる。
6 名のポンプ利用者は,ポンプを効率よく運転するため,個別ではなく,耕作地の近い
者同士が 4 戸と 2 戸の組になり,それぞれ同時に取水した。6 戸全部が 1 組となって一斉
に灌漑しなかったのは,耕作地からポンプ場までの距離が大きく異なり,送水に要する燃
料費が同一とはみなしにくかったためと考えられる。
維持管理費は,現在のところ,燃料費以外,何も賦課されていない。例えば,ポンプ
操作者の報酬については,村長が無償で行っており,費用は賦課されていない。ポンプを
44
利用した農民が 6 名 2 組にすぎないから,村長が管理者としての責任上無償で操作したと
思われる。しかし,将来,灌漑を行う農民が増えてきたときは運転操作にかかる労力が増
え,ポンプの運転を誰が行うか,その報酬をどうするかが問題になるはずである。また,
ポンプやパイプライン,給水栓等の保守点検は,建設事業完了後 1 年しかたっていないの
でまだ必要がなく,その費用を集めていない。さらに,ポンプ等の更新費用の積み立ても
なされていない。将来はこうした費用の賦課が課題となる。
5 − 5 − 2 . Ban Nayie 地 区
本地区は,コンケン市から車で約3時間のチャヤプーン市に位置している。
(1) 灌漑施設
LDDが低湿地の一部を掘り下げて貯水池とし,周辺にその浚渫土を入れて盛土して農
地を造成し,灌漑施設を整備した地区である。事業完了は1999年。造成された農地8.6ha
はもともと国有地で,隣接する集落の農家248戸のうち108戸に800㎡ずつ抽選で無償配分
された。農家個々の配分地は一個所にまとまっており,その場所は抽選で決定された。現
在まで,配分者および配分位置は変更されていない。
造成後の農地は平坦で,20m×40mの整形な小区画で整備されている。現在,乾期はお
もにキャベツ,ネギ,ニンニク,唐辛子等の野菜が作付けされている。
LDD は農地配分の条件として雨期乾期両方の作付けを義務づけており,年に数度,土
地利用状況の調査を行っている。局職員の話では,休耕が続いた農地は,将来他の農家に
再配分することもあるとのことである。
水利施設の配置は図5-5-2のとお
りであり、貯水池からポンプで取
水した用水を一旦配水槽(地上か
ら10m程度の高さ)に汲み上げ,
そこからパイプラインで送水する
貯水池
ようになっている。パイプライン
は配水槽から幹線水路を経て9つ
の支線に分岐する。受益農民の所
揚水機
有区はそれぞれ1つの支線水路に
接し,所有区ごとに給水栓が設置
0
200m
されている。
貯水池の有効貯水容量は 788 千
m 3 あり,これは全受益農地で乾
用水路
図 5-5-2
期の水稲灌漑が可能な規模である。
農道
Irrigation facilities and farm
plots in Ban Nayie project area
しかし,ポンプ灌漑での乾期稲作は多量の灌漑用水が必要になって燃料費が高くつくため,
本地区でも行われておらず野菜が栽培されている。
(2) WUGと灌漑方法
本地区では,農地配分時にLDDの指導で受益農民全員からなるWUGを結成した。WUG
では取水計画の策定,ポンプの運転・管理とポンプ燃料の購入を行っている。役員は,組
合長,副組合長,会計が1名ずつ。また,9つの支線水路の受益農民(各12戸)ごとに9つ
45
のサブグループがあり,それぞれリーダー1名が選出されている。リーダーはブロック内
農家の水利費を集金する他,役員らと共にポンプの運転日・運転時間を計画する。
灌漑は基本的には受益地区一斉で行っている。ポンプはオペレーターが操作し,個々の
農家による操作はWUGが認めていない。ポンプを運転する時間は,通常,朝6時から9時
と昼3時から6時の計6時間。受益農家はこの間,好きなように取水してよい。取水が集中
すると水の出にくい給水栓もあるが,他の農家の取水が終わるのを待つなどして取水して
いる。受益農地面積および灌漑用途(畑地灌漑)に対して取水施設の規模が比較的大き
く,また,畑地灌漑のため農家も必要以上の取水をしないこともあり,灌漑日に取水でき
ないで終わる農家はないようである。
なお,当初はLDDの指導もあって,サブグループ単位で順番に配水がなされた。支線
水路ごとに受益地をブロック分けし,ローテーション灌漑が実施されたのである。しか
し,組合長の話では,この方式は,用水が必要な時に取水できなかったり,不必要な時に
取水の順番が回ってくる等の問題が生じたとのことで,そのため,通水初年度の途中で取
りやめている。
(3) 水利費の内容と賦課方法
WUGが賦課している水利費は,ほとんどがポンプの燃料費である。ポンプ等の施設更
新費や故障・修理費の積み立ては行っていない。組合長の話では,今後施設が破損して修
理が必要になった場合は,別途費用を集金するとのことである。ポンプオペレータや役員
等への報酬については,情報が得られなかった。
賦課対象者は地区内の農地を所有する農民全員で,作物の種類や使用水量とは無関係に,
一律所有面積割りで賦課している。賦課額はポンプの運転 1 日に対して 1 区画(800 ㎡)
10 バーツ(0.25 USD)で,1 か月ごとにポンプ運転日数に応じて徴収する。
前出の Ban Lao 地区と違って地区全体が賦課対象となりえたのは,地区の全域で灌漑
用水が使用されているためである。本地区の場合,前記のように LDD が乾期畑作の実施
を条件に国有地を農民に無償で払い下げており,用水の使用が実質上義務づけられていた。
また,配分面積が 1 戸当たり 800 ㎡と小さく労力的にも十分畑作を行えるという事情があ
った。そのため,地区のほぼ全員が乾期の畑地灌漑を行っていて,受益地全体への賦課が
なされたのである。
また,水利費の賦課方法は面積割りとなっている。ただ,面積割りといっても,本地区
の場合,取水しない農地がなく,すべて畑作で農地ごとの取水量に大きな差はないから,
水量割り賦課とほぼ同等のものと見なしうる。また,Ban Lao地区と違って,一度配水槽
に揚水したあとは自然流下で送水しているから,地区内のどの区画でも取水量当たりの燃
料費は同じである。送水ロスの差は給水栓から吐出される流量差として現れるが,取水時
間が制約されておらず,十分に水量を確保できるから,遠近の問題は解消される。したが
って,燃料費(電力費)割り賦課方法とも矛盾していない。
以上に加え,前記のように本地区の農地は国から農家に均等に配分され,どの農地を配
分されるかは抽籤で決められた。そのため,配分された農地の経営条件をなるべく均等に
する必要があって,それで水利費を一律面積割で賦課する必要があったものと思われる。
46
5−5−3.Ban Nong 地区
本 地 区 も チャヤプーン市に位置している。
(1) 灌漑施設
本地区では 2002 年から地下水局と LDD が地下水を水源とする灌漑事業を実施してい
る。事業完了は 2004 年 3 月の予定で,灌漑施設整備後は乾期の畑地灌漑を想定している。
2003 年 11 月の調査時点では工事は完了しておらず,通水もしていなかった。
受益農地面積は 52ha,受益農家数は 23 戸であり,平均経営規模は 2.2ha と大きい。耕
作地は農家ごとに 1 個所に集団化している。現在,雨期は水稲とサトウキビを作付けして
いる。
整備予定の主要な灌漑施設はポンプ場と配水漕およびパイプラインで,地区のほぼ中央
部に井戸をほり,電力ポンプで地下水を汲み上げ,地上から 10m程度の高さにある配水
槽(20m 3 )に揚水し,パイプラインで自然流下させる計画である。給水栓は各農家の耕
作団地に 1 個所以上ずつ 35 個所に設置し,そのうち 23 個所(農家毎に1個所ずつ)に量
水計をつける予定になっている。
(2) 水利費の内訳と賦課方法
本地区も受益農民全員からなる WUG を組織しており,正副組合長,ポンプのオペレー
ターを各 1 名選出している。組合はポンプの運転・管理,受益農民の取水量(量水計)の
チェックおよび受益農民からの水利費の徴収,電力会社への電力料金の支払いを行う予定
である。
受益農民への費用賦課は,調査時点ではポンプの電力費のみ賦課することが決められて
いた。ただ,ポンプのオペレーターの報酬やポンプの点検費については,今後受益農民へ
の費用賦課がありうる。
ポンプの使用電力費は個々の農家の使用水量に従って案分して賦課する。組合長が毎月,
農家毎に設置された量水計をチェックし,1か月の電気料金を使用水量で割って賦課する
予定とのことである。
本地区では,受益農家の平均農地所有規模が 2ha 以上と大きい。農家は野菜等の乾期作
付けを希望しているが,全面積を灌漑して野菜等を作付けすることは労力的に難しい。中
にはまったく灌漑しない農地も出てこようし,雨期水稲作の補給灌漑のように多めの用水
を使用する場合もありうる。このように灌漑面積の把握が困難で,面積当たりの取水量が
大きく異なる可能性の高い場合は,Ban Nayie 地区のように水利費を一律所有面積割りで
賦課することは困難で,本地区のような使用水量割りの方が合理性をもつ。
また,ここでの水量割り賦課の方法は,Ban Nayie 地区と同様,燃料費(電力費)割り
の水利費賦課方法とも矛盾しない。ポンプからの遠近により給水栓からの流量差はあるも
のの,一度配水槽に揚水した後は用水を自然流下させるため,取水量当たりの消費電力量
は基本的に同じになるからである。
ただ,この方式は,量水計の値段が 1 つ 800 バーツ(20 USD)と高く,今後,量水計が破
損した場合,誰が費用を負担するかが問題になる。たびたび破損するようだと,修理がな
されなくなり,上記の水利費賦課方式が適用できなくなる恐れもある。また,量水計を設
置しない給水栓が 12 個所残っていて,組合長の話ではこうした給水栓は使用させないと
のことだが,それがどこまで守られるかも問題である。
47
5−5−4.考察
以上の結果をまとめたものを,表 5-5-1 に示す。
表 5-5-1 Water fee of pump irrigation in study areas
地区名
Ban Don
Ban Lao
Ban Nayie
Ban Nong
調査年
2005
2003
2003
2003
受益面積
100 ha
35 ha
18 ha
52 ha
受益農家
76 戸
42 戸
100 戸
23 戸
事業完了
2003
2002
1999
2004
乾期灌漑
畑
畑
畑
畑
雨期灌漑
水田
畑
畑
不明
送水方式
ポンプによる直
ポンプによる直
ポンプ→配水
ポンプ→配水槽
送
送
槽→自然流下
→自然流下
①
未定
不要
不要
不要
②
×
未定
未定
未定
③
○(予定)
×
×
×
④
○
○
○
○
⑤
○(予定)
×
不明
未定
⑥
×
×
不明
未定
賦課方法
数人のグループ
数人のグループ
所有面積割り
各自の使用水量
毎に燃料代負担
毎に燃料代負担
賦課内容※
割り
(量水計あり)
徴収率
○:受益者に賦課
100 %
100 %
高い
−
×:受益者に非賦課
※賦課内容(農民の労務提供を除く)
①毎シーズン定期的に行う水路などの維持作業にかかる経費
(草刈り、泥あげ・軽微な補修等)
②不定期に発生する水路のノリ崩れや水門等の修理の経費
③用水ポンプや管水路の給水栓等の点検や保守の経費
④ポンプの運転費(燃料費や電気代)
⑤水配人やポンプ操作員への手当
⑥役員等の手当
現地での聞き取り調査により作成
東北タイの小規模ポンプ灌漑地区を対象に,受益農民の水利費負担について事例分析を
行なった結果,以下の点が明らかとなった。
①いずれの地区でも水利費として,少なくともポンプの運転に直接必要になるポンプ燃
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料費・電気代は,受益農民に賦課されていた。
②それ以外の共通的管理費については、まだ施設が新しくメンテナンスを行っていないこ
となどから賦課しているケースは少なく、運転操作費等の労務費も無償で行われてい
た。
③灌漑事業計画に明瞭な「地区」概念がなく,誰が受益者になりうるかがわからない地
区では,水利費賦課の対象は,受益想定地区や受益想定農民の全体ではなく,実際の用
水使用者に限定されていた。
④水利費賦課の方法として,従来から言われている水量割りや面積割りの他,個々の農
家が取水に要したポンプの燃料・電力料金に従って賦課する,ポンプの「運転費割り」
という方法がある。
⑤運転費割り賦課は,賦課のルールが単純で受益農民に納得されやすく,灌漑面積や取
水量を把握する手間が不要で,水利費の徴収も容易であるため,農民に自由に管理させ
るとこの方式になりやすい。
⑥しかし,運転費割り賦課では,ポンプから離れている等,取水量当たりの費用が高い
農地では水利費負担が大きくなり,施設は整備されても使用できない場合が生じる。
以上は、ポンプ灌漑地区における水利費賦課事例であり、しかも畑地灌漑である
が、それよりモンスーンアジアにおいては自然灌漑(重力式灌漑)で水田灌漑の方
が圧倒的に多い。そこでは面積割り賦課方法が一般的である。この理由は前述した
ように、受益地全体が同じ作物(水稲)を栽培し、それに要する単位面積当たり水
量も同じであるからである。タイの場合、地主ではなく小作による栽培が多く、し
かも借り受け農地が毎年変わる場合が多い。このような地域では、耕作者がその年
に 栽 培 す る 面 積 分 だ け 賦 課 金 を 支 払 っ て い る ケ ー ス が あ る ( JICA の 技 術 協 力 プ ロ ジ
ェ ク ト で あ る Modernization of Water Management System Project の Model Area (2,720
ha) in Lopburi in the Chao Phraya Delta) こ と を 付 記 し て お く 。
なお、畑地灌漑で見られる使用水量当たりいくらという考え方を農民が持ってい
る限り、組合員全員がまとまって管理していくという姿にはなって行きにくいと思
われる。
5−6.残された課題
東北タイにおける小規模ポンプ灌漑地区における水利費賦課方法について見てき
たが、これらの地区は、まだ運用後日が浅い地区ばかりである。今後、各地区にお
いてどのような賦課方法が定着していくか更にモニタリングする必要がある。その
場合、各地区の置かれた条件、例えばポンプ直送又は配水槽経由の送水や、量水計
のあるなし、圃場の位置による送水コストの多寡、畑地灌漑か水田灌漑か等との関
係 に 着 目 し て 調 査 す る 必 要 が あ る 。 ま た 、 い ず れ の 地 区 も WUG が 未 だ 十 分 に 育 っ
て い な い 。 こ の WUG の 強 化 を 行 う 必 要 が あ る が 、 そ の 課 程 で 、 農 民 間 の 話 し 合 い
により各地区の特性に合致した水利費の賦課方法が決まっていくことを期待する。
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6.結言
「モンスーンアジアにおける農民参加型末端灌漑施設整備・管理手法(仮称)」に関するガ
イドラインの整備方針としては、大きく分けて4つに分かれる。1つめはなぜ末端整備をし
なければならないのか、末端整備がされていないことで何が問題なのかを示す。2つめはそ
の問題を解決するためにハードの側面でどのように解決したらいいのかということ、3つめ
はその施設を持続的に管理していくためには農民の団体を設立することが必須であるが、そ
れを設立する上で、どのような方法・手順が望ましいか、4つめは設立された組合の持続的
な運用のための方法、これには費用負担の方法、制度的な問題も含まれる。
今後は、モンスーンアジアの他の国においても末端施設整備と水利組織強化の推進要因に
関する情報収集と制約要因や阻害要因に関する情報収集を行い、できるだけ手法の標準化を
図る予定である。読者諸兄からご意見をいただければ幸いである。また、本報が、諸国にお
いて本分野に関係する活動を推進する場合の参考になれば幸いである。
検討委員会(筆者)
委員長:佐藤政良;筑波大学教授
(第1章、第4章:南タイ地区)
委
(第5章:東北タイ地区)
員:石井
敦;三重大学助手
金谷尚知;日本大学教授
(第2章:カンボジア地区)
中村貴彦;東京農業大学講師
(第4章:南タイ地区)
堀野治彦;大阪府立大学助教授 (第3章:ミャンマー地区)
松野
裕;近畿大学助教授
(第3章:ミャンマー地区)
山岡和純;農業工学研究所室長 (第1章)
友正達美;農業工学研究所主任研究官(第2章:カンボジア地区)
事務局(JIID)
大串和紀;専務理事
皆川
猛;海外農業農村開発技術センター長
塩田克郎;専門研究員
(編集)
稲木道代;主任研究員
野元建次;主任研究員
古田
学;研究員
本報については、JIID のホームページでカラー版でご覧になれます。ぜひアクセスし
て下さい。http://www.jiid.or.jp/
JIID, March 2006
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