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今年前半、世界一強い通貨はブラジルレアルに
1/3 World Trends マクロ経済分析レポート 今年前半、世界一強い通貨はブラジルレアルに ~金融市場の動向に翻弄される厳しい展開は続く見通し~ 発表日:2016年7月4日(月) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 長期に亘る景気低迷が続くブラジルだが、金融市場は活況を呈している。原油安の長期化や政治的混乱を 理由に一昨年来急落したレアル相場は、年明け以降持ち直している。テメル暫定政権の誕生に加え、米国 の利上げ時期の後ろ倒し観測で国際金融市場が「流動性相場」の様相を呈するなか、ファンダメンタルズ の改善を追い風に利回りを求める海外資金の流入が活発化している。先月就任した中銀のゴールドファイ ン総裁が通貨スワップの縮小を示唆し、レアル高容認と見做されたこともレアル高を促したとみられる。 他方、実体経済については明るい材料に乏しい。五輪・パラ五輪の開催まで1ヶ月を切るなか、リオ州政 府は財政状態を巡り非常事態宣言を発令した。州政府の財政が悪化するなか、連邦政府はこれらの救済に 動く一方、今年度予算では歳出削減による財政健全化に取り組む必要があり、イベント終了後は景気に一 段と下押し圧力が掛かる懸念がある。また、海外資金の流入にも拘らずローン残高は縮小傾向が強まるな ど資金繰り問題も浮上している。政治的混乱が再燃するリスクもあり、先行きは依然楽観視出来ない。 昨年来5四半期連続でマイナス成長が続いている上、足下においても生産に底入れの動きがみられないなど、 景気を巡る不透明感が続いているブラジルだが、その金融市場については活況を呈する動きが続いている。一 昨年後半以降の原油をはじめとする国際商品市況の急落に加え、ルセフ政権を取り巻く状況の悪化が重なり大 幅に下落した通貨レアル相場だが、年明け以降はルセ 図 1 レアル相場(対ドル、円)の推移 フ政権に対する弾劾手続の進展に加え、テメル大統領 代行による構造改革実現に対する期待、そこに原油相 場の上昇という外部環境の改善も重なり上昇基調を強 めている。足下においては英国のEU(欧州連合)離 脱を巡る国民投票で離脱派が勝利するなど、国際金融 市場に動揺が広がるとの見方がある一方、この動きに 伴って米国Fed(連邦準備制度理事会)による利上 げ実施のタイミングが後ろ倒しされるとの見方が広が り、結果的に主要先進国による金融緩和の長期化が続 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 2 経常収支の推移 くとの期待に繋がっている。その結果、国際金融市場 は「流動性相場」の様相を呈しており、日本や欧州で はマイナス金利政策の影響も重なり長期金利もマイナ ス圏に突入する事態となっていることもあり、利回り を求める形で新興国への資金流入を活発化させる動き が再燃している。こうした外部環境の変化は、足下の 政策金利が 14.25%と世界的にみても極めて高い水準 にある上、年明け直後をピークにインフレ率が低下し (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 ていることで実質金利が上昇基調を強めているブラジルへの資金流入を加速させる妙味を高めている。さらに、 一昨年来にレアル相場が急落した背景には同国経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さがその影響 を増幅させたとみられるが、上述のようにインフレ率はピークアウトしていることに加え、足下では国際商品 市況の上昇も追い風に輸出に底入れの動きが出る一方、国内景気の低迷を受けて輸入は伸び悩むなかで経常収 支が改善していることも資金流入を後押ししていると考えられる。足下の景況感を巡っては、内需の弱さが足 かせとなる形でサービス業が急激に悪化していることに加え、製造業についても急激なレアル高が輸出産業の 重石となる状況に直面しており、芳しいとは程遠い状況にある。しかしながら、国際金融市場においては先行 きもしばらくカネ余りの状況が続くと見込まれる上、足下のインフレ率は中銀が定めるインフレ目標の中央値 (4.5%)を大きく上回る水準にあることを勘案すれば、中銀にとって利下げの選択肢は採りにくい。先月に 中銀総裁に就任したゴールファイン氏は、為替相場の変動を緩和させるべく同行が実施してきた通貨スワップ の縮小を示唆する発言を行っており、これが金融市場において新総裁がレアル高を容認するとの見方に繋がっ たことも足下におけるレアル高を促したと考えられる。その意味では、先行きについてはブラジルの実体経済 とは関係ない形でレアル相場については底堅い展開が続く可能性があると言えよう。 その一方、実体経済については不透明感を払拭出来ない状況が続いている点には注意が必要である。リオでの 五輪及びパラ五輪の開幕まで残り1ヶ月を切っているが、先月には治安維持活動などを担当するリオデジャネ イロ州政府が財政状況の悪化を巡って「非常事態宣言」を発令する事態に追い込まれている。リオデジャネイ ロ州は国営石油公社(ペトロブラス)及び関連会社の本社が多数存在しており、その歳入の多くを原油関連収 入に依存するなど「産油国」さながらの財政構造を有するなか、このところの原油相場の低迷長期化により財 政状況は急激に悪化しており、公務員への給与の遅配や年金支払いが停止されたほか、今年5月には対外債務 の支払いを中央政府が肩代わりする異常事態に陥っていた。実のところ財政状況が悪化しているのはリオ州に 留まっておらず、各州政府が連邦政府に対して債務返済の猶予を求める動きをみせており、先月には各州政府 の当面の資金繰りを連邦政府が面倒をみる支援策が発表され、これによって連邦政府は向こう3年間で 500 億 レアル規模の追加コストを払う必要に迫られる。テメル暫定政権が提出し、5月末に議会が可決した今年度予 算案においては基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字幅を 1705 億レアルと過去最大とすることが 盛り込まれているが、これを実現するためには大幅な歳出削減による財政合理化などが不可欠ななか、地方政 府に対する支援策が財政健全化の重石となる可能性は 図 3 金融機関別ローン残高(前年比)の推移 くすぶる。当面の景気は五輪及びパラ五輪といった 「お祭り」が下支えに繋がる可能性はあるものの、そ の後は財政健全化に向けた歳出削減圧力が一段と強ま ることは避けられず、結果的に景気の「二番底」を探 る動きに繋がるリスクには注意が必要であろう。何よ り足下におけるブラジル経済低迷の最大の要因は、近 年のブラジルの経済成長をけん引してきた内需が軒並 み低迷していることであり、このところは銀行による (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 ローン残高の伸びが急速に低下しており、なかでも民間向けのローン残高は前年割れの状況が続いている。さ らに、レアル相場の上昇にみられるように足下では海外からの資金流入が活発化する動きがある一方、外資系 金融機関によるローン残高の伸びも低迷基調を強めており、必ずしも国内金融市場における資金繰りの改善に 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 は繋がっていない。長期に亘る景気低迷を理由に国内金融機関は不良債権が増大する事態に直面しており、当 面は事業環境の改善が望みにくい状況にあることを勘案すれば、資金繰りを巡る状況が好転していくことは予 想しにくい。また、金融市場においては期待が高いテメル暫定政権だが、足下においては政権内部におけるド タバタ続きで支持率は大きく低迷している上、期待されるルセフ大統領に対する弾劾の行方も不透明な状況に あり(詳細は6月2日付レポート「ブラジルへの「楽観」、そろそろ修正が必要か」をご参照ください)、市 場の期待が大きく外れるリスクもくすぶる。8月末にも予定される弾劾裁判の行方を含め、ブラジルを取り巻 く環境が一変する可能性は依然としてくすぶっていることには注意が必要と言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。