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一段と軟調模様が強まる中国経済 ~政策対応を巡り市場と当局の神経
1/4 Asia Trends マクロ経済分析レポート 一段と軟調模様が強まる中国経済 ~政策対応を巡り市場と当局の神経戦の様相が強まろう~ 発表日:2016年8月12日(金) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 足下の中国経済は構造改革が不可避ななか、それに伴う景気下押しが顕在化する難しい状況に直面してい る。ただし、共産党及び政府内では景気認識や経済政策を巡って対立が懸念される状況にあり、政策の行 方に対する不透明感に繋がっている。直近では民間部門を中心とする製造業の景況感に改善の動きがみら れたが、7月の経済指標からは同国経済が依然下振れ圧力に直面している状況にあると判断出来る。 当局は消費主導経済への移行を目指す姿勢をみせているが、小売売上高の動きは足下の状況の厳しさを示 している。好調を維持する自動車販売など政策効果の影響はあるほか、日用品などへの需要も底堅い一 方、高額消費は伸び悩む展開が続く。さらに、足下では節約志向の影響でサービス消費に下押し圧力が掛 かる動きも出ており、消費を取り巻く環境も一筋縄ではいかない状況に陥りつつあると言えよう。 経済成長をけん引してきた投資も一段と鈍化し、年明け以降伸びが加速してきた不動産投資にも一服感が 出ている。国有企業は引き続き高い伸びの投資を実施している一方、民間企業は投資抑制の動きを一段と 強めており、国内需要の鈍化を受けてサービス業で顕著な動きがみられる。なお、住宅向け投資は鈍化す る一方、オフィス及び商業向け不動産は活況を呈するなか、金融市場への影響には注意が必要である。 生産を巡る状況も厳しい展開をみせており、消費が堅調な自動車や携帯電話関連で高い伸びが続く一方、 鉱業部門は低迷して関連産業にも影響している。「グリーン経済」への取り組みは新エネルギー発電を押し 上げている。他方、過剰設備が懸念される鉄鋼や石油製品などの生産は高止まりし、これらの海外市場へ の流出は世界的なディスインフレを招く懸念が残り、対応が遅々として進んでいない実情もうかがえる。 長江周辺での大洪水の影響はあるが、7月の経済指標は軒並み景気の下振れを意識させる内容であったこ とは、金融市場での追加対策の思惑を高めるとみられる。他方、当局はこうした思惑をけん制する動きを みせるなか、先行きの政策対応を巡って市場と当局の神経戦が繰り広げられる可能性は高いとみられる。 このところの中国経済を巡っては、過去数年に亘る高い経済成長の背後で様々な構造問題が表面化するなど構 造改革が不可避となるなか、それに伴って景気に下押し圧力が掛かる展開が続いている。他方、年明け以降は 政府による公共投資の進捗促進に向けた取り組みのほか、一昨年末以降の金融緩和を追い風に大都市を中心に 不動産投資が活発化して景気を下支えしているものの、この動きは過去数年に亘る構造問題を引き起こした状 況と似た展開となっている。こうした状況に対して、今年5月に共産党の機関紙である「人民日報」に『権威 人士』と称する匿名コラムが足下の政府の経済政策及び景気認識に対して厳しく批判を展開するなど、共産党 内で経済政策を巡る対立が起こっているとの見方が広がった。さらに、今月初めには政府のマクロ経済政策を 担当する国家発展改革委員会(発改委)がホームページに発表した声明で、政策金利や預金準備率の引き下げ の検討を示唆する考えを掲載し(後に削除)、これが金融政策を管轄する人民銀行の見方と真逆であったこと は、政府内の政策対立を浮き彫りにしている(詳細は 10 日付レポート「中国、新たな路線対立と直面する課 題」をご参照ください)。このように足下の中国経済は依然として一進一退の展開を続けるなか、下振れ圧力 が懸念される状況が続いていると判断出来よう。他方、今月初めに発表された7月の製造業PMIを巡っては、 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/4 調査対象に国有企業をはじめとする大企業の割合が高い政府版が5ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる 50 を 下回る一方、中小・零細をはじめとする民間企業の割合が高い民間版(財新PMI)が急激な回復をみせ、17 ヶ月ぶりに 50 を上回る展開となった。同国では6月末以降、長江流域を中心に南部の大都市を中心に大雨に よる洪水被害に見舞われる事態となり、当該都市における生産停止などの影響が景況感の下押し圧力に繋がっ た可能性がある一方、民間企業を中心に生産底入れの動きが出ていることは、下押し基調が続いてきた中国経 済の底打ちを示唆する動きに繋がるかに思われた。しかしながら、発表された一連の7月の経済指標からは、 中国経済は依然として下振れ圧力に直面する状況を脱し切れていないと判断することが出来よう。 共産党及び政府はここ数年、中国経済の成長の原動力をそれまでの輸出や投資から、個人消費を中心とする内 需に移行させるべく様々な構造改革を前進させる姿勢を 図 1 小売売上高(前年同月比)の推移 みせている。13 億人という巨大な人口を背景とする消費 市場としてみた中国は世界的にみても魅力的と捉えるこ とが出来る。ただし、近年はIT関連などを中心に多く のスタートアップ企業が誕生しており、そのなかには 「ユニコーン企業(企業評価額が 10 億ドル超)」とさ れるものも数多く出ている一方、経済と政治が不可分と いう特殊な市場ゆえに外資系企業が充分に存在感を発揮 出来ていないという事情を抱える。とはいえ、足下では (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 原油安などに伴うインフレ圧力の後退を受けて家計部門の実質購買力の押し上げが期待されるなか、製造業と は対照的にサービス業の景況感は依然として好不況の分かれ目となる 50 を上回る推移が続いており、個人消 費の堅調さが続いているとみられる。しかしながら、7月の小売売上高(社会消費支出額)は前年同月比+ 10.2%と前月(同+10.6%)から伸びが鈍化している上、前月比も+0.75%と前月(同+0.91%)から拡大ペ ースが鈍化して5ヶ月ぶりの低い伸びに留まるなど芳しくない。さらに、7月のインフレ率は前年同月比+ 1.8%と前月(同+1.9%)から鈍化する一方で、前月比は+0.2%と前月(同▲0.1%)から5ヶ月ぶりに上昇 に転じたことを勘案すれば、実質ベースでは見た目以上に下押し圧力が掛かったことになる。内訳をみると、 共産党及び政府による反腐敗・反汚職運動の影響で高額消費に対するみる目が厳しくなっていることを受けて 宝飾品の売上高は依然前年を下回る伸びに留まっているほか、接待などの禁止に伴い外食関連需要にも下押し 圧力が掛かる展開が続いている。一方、昨年末以降の補助金政策の影響で自動車販売には底入れの動きが出て いるほか、大都市を中心とする不動産投資の活況を反映して建設資材のほか、家具や家電製品などの耐久消費 財に対する需要は高い伸びが続いている。また、服飾関連や化粧品、その他の日用品などの売上も堅調な伸び が続いており、これらにはインターネットを通じた取引も含まれていることを勘案すれば、足下における個人 消費の動きは底堅いと捉えられる一方、一時に比べるとその勢いには陰りがみられるのも事実である。さらに、 高い伸びが続いてきた通信機器関連の売上も頭打ちしており、これには高価な外国製品に代わって廉価の中国 製品の占める割合が高まっていることも影響している可能性はあるものの、需要が一巡しつつある可能性には 注意が必要と言える。実物以上に顕著に影響が出ているとされるのがサービス需要であり、足下では映画の興 行収入は前年割れに陥るなど、消費者の間で節約志向が広がるなかで贅沢品に対する需要に下押し圧力が掛か っているとみられる。世界経済を巡る不透明感が強まるなかで、相対的にみれば高い伸びが続く中国の消費市 場ではあるが、中国経済が消費主導で成長を実現するには依然道半ばの状況にあると判断出来る。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/4 他方、ここ数年の中国の経済成長のけん引役となってきた固定資本投資については、政府主導による過剰投資 抑制に向けた取り組みが足かせとなるなか、年明け以降は急速に下押し圧力が掛かっており、7月についても 前年同月比+8.1%(年初来)と前月(同+9.0%)から 図 2 固定資本投資(前年同月比/年初来)の推移 一段と伸びが鈍化して 16 年ぶりの低い伸びに留まって いる。前月比でも+0.31%と前月(同+0.40%)から拡 大ペースが一段と鈍化しており、昨年後半以降は一貫し て下押し圧力が強まる展開が続いている。年明け以降始 まったインフラ投資計画などの進捗に伴い、建設中の案 件が拡大しているほか、新規投資にも底入れの動きがみ られるものの、事業体としては中央政府及び地方政府に よる投資計画に一服感が出ているほか、国有企業による (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 投資計画にも頭打ち感が出る動きがみられる。分野別では、農業関連で高い伸びが続いているものの、鉱業関 連などを中心に国際商品市況の低迷長期化で設備投資計画が大幅に縮小する動きが出ているほか、製造業にお いても過剰設備投資の縮小が謳われるなか、設備投資に動きにくい環境が続いており、結果的に第2次産業で の投資低迷が全体の足を引っ張っている。また、年明け直後にかけて大幅に加速した不動産関連投資について は、足下で一部の大都市において不動産取引に対する実質的な抑制策が発動されていることも影響して伸びが 鈍化しており(1-7月は前年同月比+5.3%)、建設関連における投資抑制に繋がっている。ただし、住宅向 けの投資は頭打ち感を強めている一方、オフィス向け不動産や商業用不動産の建設投資は依然として高い伸び が続いており、その資金源としてローンの伸びが大幅に拡大していることから、不動産価格の動向は金融シス テムの行方にも影響を与える可能性が高まっている。また、投資主体別では国有企業(1-7月は前年同月比 +21.8%)に対して民間企業(同+2.1%)の伸びが低水準となっており、前月(同+2.8%)から伸びが一段 と鈍化するなど下押し圧力が掛かっている。民間企業で顕著なのはサービス業においても投資抑制の動きが強 まっていることであり、その伸びは全体と比較しても大きく下回るなど厳しい事業環境に直面している様子が うかがえる。なお、上述のように最新の財新製造業PMIは大幅に改善しており、製造業での設備投資機運が 高まるかにみられたものの、自動車や電力関連を除けば軒並み減速基調が強まっていることをみると、足下に おける改善は一部の産業に限られたものと捉えることが出来る。その意味では、投資環境の底入れにはまだま だ時間を要する状況は変わっていないと判断出来よう。 消費及び投資を取り巻く環境が厳しい展開となるなか、生産を巡る動きも厳しい状況に直面している。7月の 鉱工業生産は前年同月比+6.0%と前月(同+6.2%)か 図 3 鉱工業生産(前年同月比)の推移 ら伸びは鈍化したものの、前月比は+0.52%と前月(同 +0.50%)からわずかながら拡大ペースが加速しており、 年明け直後を底に比較的堅調な推移が続いている。ただ し、川上の物価に当たる7月の生産者物価上昇率は前年 同月比▲1.7%と前月(同▲2.6%)からマイナス幅が大 きく縮小している上、前月比は+0.2%と前月(同▲ 0.2%)から上昇に転じていることを勘案すれば、実質 ベースでは大きく鈍化していると判断出来る。足下にお (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/4 ける好調な自動車販売を反映して乗用車やSUVを中心に自動車生産は大幅な伸びをみせているほか、スマー トフォンをはじめとする携帯電話の生産も高い伸びが続いている。一方、国際商品市況の低迷長期化を受けて 石炭や原油、天然ガスをはじめとする鉱業部門の生産は前年を下回る推移が続いており、関連する工作機械な どの生産にも下押し圧力が掛かる状況となっている。なお、足下では発電量の伸びが加速感を強めており、火 力発電や水力発電などの伝統的なエネルギー源で伸びが鈍化する一方、風力や太陽光発電など新エネルギーで 大幅な伸びが続いており、これは共産党及び政府が主導する「グリーン経済」に向けた取り組みが進んでいる ものと評価出来る。ただし、同国内における原油生産量は低迷する一方、原油加工量は前年を上回る伸びが続 いており、これは足下において石油製品の輸出額が高止まりしている状況と一致している。また、原油加工関 連と同様に同国内における生産設備の過剰状態が顕著な分野とされる鉄鋼関連についても、銑鉄、粗鋼、鉄鋼 製品ともに生産量は前年を上回る伸びとなるなど、一向に生産設備の縮小や減産に向けた取り組みが前進して いない様子がうかがえる。鉄鋼製品については石油製品同様、国内生産で生じた余剰が海外市場に回り、アジ アをはじめとする周辺国のみならず世界経済にとってディスインフレ要因となる懸念が高まっている。来月初 めには杭州においてG20首脳会合が予定されるなか、過去数年に亘って国際場裏では中国政府に対して過剰 状態の解消に向けた取り組みを求める声が高まっているが、今回はお膝元での開催ゆえに中国政府としては事 態改善を示したかったと思われるものの状況は厳しさを増しており、困難な対応は避けられそうにない。 7月の経済指標については、長江周辺での洪水被害の影響を考慮する必要はあるとみられるものの、総じて厳 しい内容であると判断出来る。さらに、足下では共産党及び政府内で景気判断や経済政策に対する見方に対立 構造が生じていることを受けて、金融市場においては発改委が金融緩和の検討を示唆する動きをみせたことも あり、景気下支えに向けた取り組みがなされるとの見方 図 4 人民元相場(対ドル)の推移 が強まると予想される。他方、共産党の宣伝機関である 国営通信社の新華社は今月 10 日に「一段の金融緩和は 過剰流動性を生むだけでなく、政府が目指す供給過剰の 縮小と資産バブル阻止に向けた取り組みを阻害する」と する社説を発表し、「追加緩和を期待する投機筋は失望 させられる可能性が大きい」との見方を示している。こ うした考えを共産党の宣伝機関が公表した背景には、足 下の人民元相場を巡って国際金融市場においては、当局 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 が人民元安誘導を図っているとの見方を背景にした人民元売り圧力がくすぶるなか、そうした見方に沿う形で 人民元相場が当局の考えを超えて大きく売り込まれ、その結果として為替介入などを行わざるを得なくなる事 態を回避したいとの思惑が影響している可能性がある。なお、7月末時点における外貨準備高は 3.2011 兆元 と前月比▲4105 億ドルの減少となったが、外貨準備が減少した背景には国際金融市場の動揺により人民元安 圧力が高まるなか、当局が人民元買い介入を行わざるを得なかった事情がある一方、外貨準備におけるユーロ 建及びポンド建資産が上昇したことで減少ペースが抑えられたとみられる。足下の景気に対する不透明感が改 めて意識されたことで、金融市場では追加的な経済政策への期待が高まることは避けられない一方、金融市場 における一方的な動きを阻止したい当局との間で神経戦が繰り広げられる可能性が高まっている。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。