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HIKONE RONSO_220_139
/39 〈翻 訳〉 ワーズワスの『国境の密々』(1) 原 田 俊 孝 訳 は じ め に Wordsworthの唯一の戯曲である『国境の人々』(The Borderers)CJ⊇,1796年10月下句 から翌年の6月上旬にかけて創作され,/842年に出版された。出版にあたって,彼は次の ように解説している。それによると, この戯曲はタイ1・ル・ページに示した通り,1795年から/796年〔1796年から1797年が 1) 正しい〕にかけて創作された。それ以来ついこの二,三か月前まで書類の間にはさみ込 まれたまま顧みられることもなく,またごく親しい友人たちに話されることすらなかっ た。とはいえ,この原稿を破り棄てるにはしのびなかったので,この作品の運命を後継 者たちにゆだねるよりも,自分の目の黒いうちに出版しておこうと思ったわけである。 従って,ある程度改訂したが最初に書いた時も,今発表する時も,舞台で上演するとは 思っていなかったので,筋書きや登場人物の構成はもとのままである。特にこの劇の二 人の主要人物に関しては,少しも修正したいと思わなかった。人間性を探究している と,恐ろしい事実が浮かびあがってくる。すなわち,人生がわれわれに課するさまざま な試練の中で,往々にして罪や犯罪がそれらとは全く無縁に思われるような性質から起 D この劇の正確な創作年代は1796年から1797年にかけてであろう,とE.de Seiincourtは考え ている。その理由として次の点をあげている。妹Dorothyは1796年10月24日付の手紙(宛先不 明)の中で「ウィリアムは悲劇の創作に夢中になっています」とあり,1797年2月27日にWords− werthはWranghamに「稗ま最近悲劇を書いています。その初稿をほとんど終わりかけてい ます」と述べている。!797年5月28日差Dorothyは長兄Richardに「ウィリアムは悲劇をも うすぐ書き終わるところですが,彼はそれをシエリダソに見せたいと考えています」と書き送っ ている。この劇は6月上旬にColeridgeに朗読された。11月20田こは書き終えられてCovent Gardenに送られた。 Ernest de Selincourt and Helen Darbishire(ed), The Poeticag 舅Zor為s of Willlam 研70rdsworth(1940;rpt. Oxford=Clarendon Press,1967),1,343.こ のSelincourt説はMMoormanやMReedなどをはじめ今日では一般的な説となっている。 !40 彦根論叢 第220号 こるように,罪が人間を身動きできない状態へと追い込んでいくとぎの心の非晴さや分 別の誤りには際限がない。私がフランスに長期間滞在していた時,革命が急速に極悪非 道へと突っ走っていったので,この過程をしばしばまのあたりに見る機会があった。 『国境の人々』という悲劇を創作したのは,そんな体験が私の記憶に生々しかった頃で ある。 元来人間の本性は善であるが,後天的な諸要素によって悪に変わる,とWordsworthは 信じていた。この戯曲では,無垢なMarmadukeが権謀術数をろうするOswaldの策略に ひっかかって犯罪を犯すまでのいわゆる善から悪への転向を取り扱っている。 なお,底本にはWilliam Wordsworth, Poems Chiefly of Early and Late Years; Including 7■he Borderers, a Tragedy(LGndon:Edward Moxon,1842)の初版本を使 った。ただし,初版本には行数が付いていないので,Ernest de Selincourt and Helen Darbishire (ed.), The Poetical Works ef WiJliam WordsTvorth (1940; rpt. Oxford: Clarendon Press,1967), Volume Iを参照して入れた。また必要に応じてRobert Osborn (ed.), The Borderers(lthaca and London:Cornell University Press,1982)を参考に した。 登 場 人 物 一ゆ一 宿屋の主入 マーマァユーク オズワルド 森の住民 国境の人々の一団 ウオレス エルドレッド,百姓 レイシー 百姓,巡礼者たち,その他 レノックス アイドニア ハーバート 女乞食 ウイルフレツド, マーマデュークの従者 エレナ,エルドレッドの妻 場面 イングランドとスコットランドの国境 時代 ヘンリー皿世の統治時代 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 141 国 境 の 人 々 悲劇 第 一幕 場面 森の中の道 ウオレスとレイシー レイシー みんないらいらしているだろう。 急いで持ち場へ戻り,スコットランドの略奪者から やつらが国境を越えて逃げ出さないうちに,豊富な戦利品を奪い返すんだ。 一こんないい仕事にわれらの若いかしらが 加わらんとはげしからんよ。 ウオレス そんなことよりももっと心配なのは 5 かしらは仕事でいないが, どんな仕事で出かけたにせよ,きたないやり方をするあいつを どうして連れて行くことになったんだろう。 われらの信頼する,肝っ玉の太い指導者は あいつのゆがんだ心からは何も得るところがないのになあ。 レイシー 10 その通りだ。それにしても,われらの仲聞では オズワルドはほとんど人気がないのに みんなから好かれている指導者の心を つかんでいるとは,全くおかしなことだ。 ウオレス 噂:なんだが あいつは若い頃,血気にはやって 何か凶悪なことをしでかしたが一その時 地中海を航行中だったとか。 あいつはパレスチナ生まれだということを知っているかい。 15 142 彦根論叢 第220号 レイシー そこで回教徒もキリスト教徒も 軽べつしたってんだろう。こんな話はやめにして, さあ出かけようぜ 味方が負けては困るからなあ。 〔退場〕 マーマデュークとウイルフレッド登場 ウイルフレッド御用心下さいよ/殿。 20 マーマデューク 用心なんて おじいさんが冷えんようにと おばあさんに無理やり着せられる外套みたいなものよ。 ウイルフレッド いや,お別れがつらくて。 あの新参者はどうも一 マーマデューク ウイルフレッド.おまえはあれこれ気をまわし過ぎるから 2Jr おかしくて笑いたくなるよ。だがあいつがどうしたというんだ。 ウイルフレッド 命をお助けになりましたね。 マーマデューク そうだ。 ウイルフレッド だから,あいつはあなたを憎んでるんですよ/ 一無礼をお許し下さい。 マーマデューク ああ/もう言うな。 ウィルフレッド殿感謝というものは誇り高い人間には大きな負担と 30 なるんですよ。一あのオズワルドをみんなが嫌ってますよ一 殿御自身もそうではありませんか。 マーマデューク おれはそれ以上だ。 でもあいつを尊敬しているよ。頑固なところがあいつには ふさわしい。それにあいつは人間の考えや生き方を 誰からも学ばず,自分の経験から得るのが 一番良いと考えている。それに度胸や冒険心の点で一 どんな危険を避けたというんだ。 どんな障害も乗り越えてきたではないか。 そうだろう。みんな知ってるよ。 35 〈翻訳〉ワ∼ズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 143 だから,心配しないでくれ。 ウイルフレッド そうですがねえ,殿/ マーマデューク 安心しろよ,ウイルフレッド。 40 リッデスディルへ行き,みんなに 遅くとも二日以内には行くと伝えてくれ。 ウイルフレッド何もかもご存知の神様,どうか殿をお守り下さい/ 〔退場〕 オズワルド登場(一束の花を持って) オズワルド この森には花や珍しい薬草が多いですね。 マーマデューク(それらを見ながら) これが野バラ,これがヒナゲシ, 45 これがイヌホウズキだ。どれが好きなんだ,オズワルド。 オズワルド あの花は毒性が強いが,よく効きますよ一 〔前方を見ながら〕 まだ見えませんねえ/一しばらくここらをぶらついていましょう。 あいつらが丘を登りはじめると,必ず見えますから。 マーマデューク(手紙を持っている) おまえのようなやつがこんな細やかな仕事を 50 引き受けてくれるなんて,珍しいことだなあ。だから, とてもすまないと思っているよ,オズワルド。 変な手紙だなあこれは/一あの娘が書くのを見たのか。 オズワルド 手紙に涙を落として,しみを付けるのを見ましたよ。 マーマデューク それで父親は応じたのか。 オズワルド いえ,ちっとも。 55 父親は,まるで強盗でもするみたいに考えて, 娘の心にまた愛情が起こるのを 必死に抑えようとしているようでしたよ。 その上,彼の心にどんな妙な偏見を抱いているのか 私にはさっぱり分かりませんよ。 60 エスク川とツイード川の国境沿いに あなたが無垢な人々を守るためというとても立派な目的で 結成された一団を一「無法者」呼ばわりする。 144 彦根論叢 第220号 それに,あなたのことについても 65 そんな格好をしているのは怠惰を隠す必要もなく また略奪に一層好都合だからだ,とあからさまに言ってますよ。 マーマデューク あれはどうしようもないやつだが,そんなやつでも 心を通わせるほどの気持はもってるぞ。 オズワルド 私がなかなか心を動かされない男なのをあなたは知っておられる。 でも,自分が見てきたことを考えると 70 無性に腹が立ってぎますよ。 マーマデューク 今日こそは 娘を不当に扱うのを止めさせてやろう。 オズワルド でも,めくらの父親の言い分が 正しかったら,どうしますか。 マーマデューク そんなことがあろうはずがない/ 例の兵士が自ら また難破から助かった他の人たちも 75 ハーバート公がキプロス沖で 沈むのを見たとおまえに言ったのではないのか。 オズワルド ええ聞きました。それはそうなんですが, これに似た話を前にも聞いたことがあるんです。 実を申し.ますと,あれが昔領地を持っていたという話は 巧みな作り話だったんですよ。 自分のみじめな姿を見せては 80 いつも高慢でうぬぼれ強い人たちを自分の支持者にし, しぶしぶ施しをさせていたんですよ。 ハーバートの領地はデボン州にある。 われらはエスク川やツイード川の近くに住んでいる。 このことはあれが全く大したペテン師だということですよ一 マーマデューク あれにやさしくしてやれよ,オズワルド。 あれの顔を見たこともないが, 嫌いになるようなことはないだろう。 85 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 はっきり憶えているが,わしが7才になるかならない子供の頃, 145 90 にれ 村の学校に木陰を投げかけている愉の木の下に座って, アイドニアが父の体験した恐ろしい冒険談を 繰り返し教えてくれるのを聞くのがわしの楽しみだった。 しまいには,遊び仲間たちはみんな泣き出したよ。 95 それがあの娘を好きになるはじまりだった。 その後ずっと話をしている間も この老人の面影がいつも心に浮かぶんだ。 そんな時とても幸せを感じたもんだよ。 つまらぬことをしゃべったが,許せ。 オズワルド おや,誰か来ますよ。 二人の旅人だ。 マーマデューク(指差しながら) あの女はアイドニアだ。 100 オズワルド ハーバートの手を引いている。 マーマデューク 門人を通してやろう この茂みに隠れよう。 〔わきへ退く〕 めくらのハーバートの手を引きながら,アイドニア登場 アイドニア お父さん,ひどくはあはあ言ってるね。 小川のほとりにあった柳の木陰を発ってからずっと 自然に息づかいが激しくなってきてるよ。 ハーバート いや,どうもない。 105 心配し過ぎだ。もっとも昨日の強行軍は ちょっとこたえたけど。 アイドこア あのぞっとするような荒野のことでしょう一 ひばり 雲雀のさえずりが行く手を元気づけてはくれたが, あの荒野だけはもういや。 でも,お父さんはどんどん進んで行ったわ。 人を惑わす月の光が !lO 146 彦根論叢 第220回 目の世のものとは思えない奇妙な姿を映し出してこわかった/一 修道院がもう見えてこないのではないかと思ったわ。 遠くなっていくと思ったの。 こんなにお父さんがはあはあ言ってるのは私のせいよ。 115 空気はさわやかで暖かく,草に露もかかってなかった。 それに夜にならないうちに荒地の中ほどで 芝生でおおわれた壁や屋根の小さな家を見つけた一 といっても,それは箱庭のようだったけど。 羊飼いの少年が何もしないのは働くよりつらいと思って 恐らくあの小屋を建てたのでしょう。 120 あの小屋に入って ピースの心地よいベッドを作り, 外套にくるまって,感謝しながら そこに並んで眠り,そして力を取り戻して 朝の太陽を迎えた方がよかったかもしれないわ。 !25 でも,元気を出して,お父さん一 その杖を棄ててもだいじょうぶよ, 私が付いているもの。 私の力を少しもあてにしてくれない一さあ.私に よりかかって下さい。ほら一というのに お父さんは疲れ切っているから。この緑の土手で 130 しばらく休みましょう。 〔彼は腰をおろす〕 ハーバート(しばらくして) アイドニア,おまえはちっともしゃべらんが, .わしにはその訳が分かっているよ。 アイドニア 私を責めないで。 お父さんの希望を受け入れるにあたって お父さんの望んでいることをいろいろと考えたのよ。 それに今,その顔のやつれ, 光を失った暗い一暗いその瞳を見て, これは私のために見えなくなったのだと思うと, 135 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の入々』(!) 第一幕 147 マーマデュークさんのことなんかどうでもよくなります。 お父さん,私はあの人の尊い愛を この世の何ものとも変えたくないのよ。 ハーバート これ.もっと落ち着け。 140 少し休んだので,気が遠くなりかけていたのも治まったよ, 今わしの墓とおまえとを分けては どうしても考えられないと思っていたんだ。 アイドニア お父さん,私を信じてよ/ そんな縁起でもないことを考えたり, 14Jr 物事を誤解したりするのは疲れのせいよ。 ほら,森には鳥のさえずりのこだまが聞こえてくるでしょう。 太陽を眺めたり,自然の陽気な姿が見られればよいのにねえ一 ハーバート よく分かっている一二人は双子のように愉快にやろう, 同じ巣で育った二羽の鳴いている鳥のように, 150 わしが楽しい時は,おまえも楽しいのだ。 わしの想像は,それがあくまで想像だとしても,体の疲れよりも はるかにもっと深い所から出ているように思われるんだ/ こうして座っていると, 力が回復してきているような気がするよ。一おまえに !55 親切にしてくれた御夫人の遺産をもらいに, ここまではるばるやって来たわけだが, その遺産でおまえは確かに貧困のどん底からは救われよう。 でも,わしが倒れて死ぬと, おまえ一入でどうやって耐えてゆくんだろうか。 アイドニア お父さんは強くないんですか。 勇敢ではないんですか。 ハーバート それからわしはすぐに忘れられるんか。 わしの戒めなどおまえの心から すぐに消えてしまうんか。娘よ, あし おまえは折れた章 あのマーマデュークーに !60 148 彦根論叢 第220号 頼ることになるんか一 アイドニア お父さんがあの人の声を聞くことができればなあ。 165 ああ,あの人を知らないからよ。 (お父さんはどんな陰口を聞いて,あの人を悪く思っているのか 知りませんが)あの人はとてもやさしくて,愛情深いのよ。 とても素朴で柔和な顔をされているし, それに正しい行いをなさり 170 罪に対しては血相を変えて怒り 戦いが終わると,海のように静かに 不思議な力のある指ですぐに物事を鎮められるのよ。 こ ハーバート 不幸な娘よ/ アイドニア いいえ,いろいろと話しておかねばなりませんわ。 でも,お父さんとこわかったあの夜の話を 175 私が忘れるなんて思わないで一お父さん, 忘れて生きることなんか決してできはしないわ一 あの夜,アンチオの町は一番高い塔まで火に包まれていたが, お父さんはすさまじい炎の中へ飛び込み 戻った時は全く視力を失っていたが, 180 幼い娘をしっかり胸に抱いていたといつも話してくれたね。 ハーバート おまえの母さんもぞうしたかったよ/一わしが 戸口にたどり着くか着かぬうちに,お母さんの叫び声が聞こえてきた。 お母さんがわしに倒れかかって来たので, おまえの幼い弟を腕にしっかりと抱いているのが分かった。 お母さんはわしの焼けた顔を見た一その瞬間 185 わしらの間に敵兵の群がどっとなだれ込んで来た,それから, いろんな物音に混じって,お母さんの 最期の悲鳴がはっきりと聞こえてきたんだ。 アイドニァ お願い,お父さん,話を止めないで。終わりまで聞かせて。 ハーバート 愛しい娘よ/あの時の大切な形見の一 わしは年とったので,一緒にいるだけだ, 190 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 149 おまえの好きなようにすればよいのだ。前にも話した通り, わしらがパレスチナから帰国してみると, 領地は取られてしまっていたんで, おまえを両腕にかかえて みむれ あてもなくさまよい歩き始めた。神の御旨により 195 とうとうローズランドまでやって来たが一そこで, わしらの悲しい身の上々にある見知らぬ御夫人が同情をよせてくれ おまえをその家に引き取ってくれた一それにわし自身もなあ。 それからまもなく,聖カスバート教会の善意ある修道院長が 無力なわしに食物や衣類を恵んで下さったんだ。 200 それに,おまえも知っての通り,今わしらが住んでいる あのあばら屋を下さったんだ。一何年もの間, わしはおまえがいないのを我慢してきたが,とうとう年とって病気になり おまえに戻って来てもらい,一緒になれたんだ。 長い間別れているうちに 205 こ わしの娘が,ハーバートという名前を忘れて, ある野蛮な義賊と恋をしていたなんて,考えてもみなかったわい。 あいつはこのツイード川の国境で, 治安の乱れた両国を食いものにし, 双方に裏切りを働いているんだぞ。 アイドニア ああ,お父さんがあの人の声を聞かれるとよいのになあ。 210 私の言う通りよ,と神に誓うかわりに, このキスで私の心のうちを伝えるわ。 百姓の登場 百姓 おはよう,見かけぬ方だが/ 道案内をお望みなら,御案内致しましょうか! アイドニア 私の別れが 軽みたいのです。どこかに小屋か宿でもあれば 215 150 彦根論叢 第220号 とてもありがたいのですが。 百姓 向こうの白いサンザシの木の所へ行って, たにあい 谷間をのぞいて御覧なさい,すると 看板をつるしているトネリコの木が見えます。 木の陰になって宿は見えませんけど。おじいさん, 220 旅で疲れきってなさるようだ一手を貸してあげよう。 ハーバート ありがとう。でも,休める場所がすぐ近くなので, 御迷惑をおかけしたくないんです。 百姓 では早くお行きなされ。 〔百姓退場〕 ハーバート アイドニア,わしらは別れよう。びっくりするなよ一 ほんの二,三日間だけだ ふと思いついたんだ。 アイドニア お父さんをこの宿において, 225 私一人で行って来るんですね。そうしましょう。 旅の目的を達せぬうちに,お父さんが力尽きてはいけませんから。 〔アイドニアに支えられながらハーバート退場〕 〔マーマデュークとオズワルドが再び登場〕 マーマデューク すぐに老人を呼び止めよう一 日ズワルド 急ぐことはありませんよ, ふと,私の確信も忘れてしまい, あの話が本当だと信じ込みそうになったよ。 230 じいさんが娘をかわいがっているのは間違いない。それに あれのしゃべった話の中であなたの名前にけげんな顔をしたのは 本音を表わしていましたよ一 彼の死後,娘に災いが起こらないようにという心配も 本当ですなあ。 マーマデューク すっかりだまされてしまったよ。 オズワルド でも確かにじいさんは娘をかわいがっている。 それにしても,七情が全く変に広がるこζに喜びを見い出している。 235 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 151 あんな作り話を言って/一死ぬという一娘を苦しめているのは 本当かもしれませんなあ。 マーマデューク あれの話は本当だ/ あのときじいさんはそれを感じており,それがどんなことか分かって 240 いたに違いないよ。でもあんな風にして,やさしい娘の心を苦しめるとは この上ない残酷なやり方だ。 オズワルド 妙な楽しみを われわれあわれな者には与えてくれるもんですなあ/ じいさんが体の衰えや病気の話などして 245 娘のやさしい心を苦しめるのをこうやって見ているとなあ/ じいさんがこれから20年は生きるのにかけてもよいですよ。 マーマデューク そんなことに時間をつぶすのはよそう。 オズワルド おお,これはみあげたものだ/すぐに娘を目覚めさせてやりましょう。 マーマデューク 娘の美徳がじいさんのおもちゃになっている。 人生の 荒波を越えてきた男というものは,自分の子供だってだますのは 250 もっともなことだよ一だからといって/あのままあの娘を 嘘つき者の餌食にしておけようか。 いや,いかん,いかん一 一言だけ教え.てやってそれから一一 オズワルド もう一つぴんとこないところがありますなあ。 そうでなければ,どうしてあんなにひどく憎むんだろうか。 マーマデューク/つまらない噂がじいさんの耳に入っていると思いますよ一 あなたには敵も多いからなあ。 256 マーマデューク 敵だって/ じいさんがかってに作ったんだ。 オズワルド そうかもしれません。 だが,あなたが与えている保護では何で不足なんでしょうか。 ひょっとすれば他の所を探しているかもしれませんなあ。一 どうもよく分かりませんが。 マーマデューク 何か聞いたか,見たのか。 オズワルド いえ一いえ こんなことは何も不思議ではありませんよ。 (あなたのおっしゃった通り)じいさんが自分で中傷しては 260 152 彦根論叢 第220号 娘の耳を毒してるんですよ)。 分かりきってますよ。 じいさんはあなたのような徳のある人がいるのがこわいんですよ。 あなたの目がじいさんの心を見抜き, 265 あなたの正義がじいさんの悪事を踏みにじり それにふさわしい罰を与えるのを恐れているんですよ。 すべては明らかだなあ。待てよ。そうでもないんかなあ一 何がそうでもないんだ。 マーマテユーク オズワルド 父親というものは 娘を愛していても恋人を許そうとしない, だがら,あんなに娘の心を苦しめているんですよ一 270 まて,わしの友情を乱用してるぞ/ マーマテユーク オズワルド ’ そんなことはありませんよ/ 本当につまらぬことですが,ちょっとしたことがありまして一 その時ふとそう思ったもんで一しかも, たまたまあの二人の様子を見かけたので, 再びそんなことを考えてしまったというわけですよ。 275 どういう意味だ。 マーマデューク オズワルド 二日前ある男が, 遠くからだったし,変装をしていたんですが, ハーバートの玄関先をうろついているのを見たんですよ, そいつの姿があのひどい女たらしの悪党,クリフォードac そっくりだった。やつはあんたを憎んでるし, 280 あんたの一番の弱味をにぎっている。 クリフォードは田舎の玄関先を マーマテユーク こそこそするやつでは決してないそ一 そんなことはありえん。 オスワルド でもJ今思い出したんですが,、 私があなたをひどくほめたたえて, あなたがどうやってまさにこのクリフォードの 卑劣な暴力からあの娘を叡つたかを 285 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 153 めくらのじいさんに話して聞かせると,じいさんはいらいらしだして どうしても話を聞こうとはしなかったんですよ。 一?・一マデューク いや一そんなはずはない一 そんな考えを絶対に信じないそ一一 それにしても,いっからこんなに妙にわしを嫌うようになったんだろうか。 おまえははやまった推測などするような男ではないんだがのお一 291 オズワルド この点をもっと調べる必要があるとお考えなら, この問題を注意しながら,うまく処理しなければなりませんねえ。 〔マーマテユークとオズワルド退場) 場面 宿屋の入ロ ハーバーF,アイドニア.宿屋の主人 ノ・一ノミート (座ったまま) おまえがかわいいから,娘よ/ この最後の頼みを忘れるなよ。 アイドニア 分かりました,お父さん。では行って来ます。 295 ハーバート もう行くんか。ちょっと待ってくれ,アイドニア。 別れてはいけないんだ,一わしは老いた体を 休める必要がある時でも,何リーグも歩いた, 一だから今怠けてはおれんのだ。 アイド=ア だめ,座って。 〔宿の主人をふり向き〕 御主人さん,あなた御自身が病気にかかると,あなたの子供たちに 3eo してもらいたい看護を,あなたの手でこの老人に してやって下さい。 (犬を見ながら)かわいそうな道案内さん, すぐに戻って来ますよ。言いつけ通りにしないと, ひどい目に会わせるわよ/一ほら, こいつも残るのがいやなようよ。 御主人さん!できるだけの愛情をこめて 父の世話をお願いします,それにこの犬にも餌をよくやって下さいg 宿の主人 御心配なく,脚?しゃる通りに致します。一しかし 30Jr 154 彦根論叢第220号 とてもお若くて,美しくいらっしゃるお嬢さんが お供も連れずに旅をなさるのはいけませんよ/一 310 御婦人向きの馬や馬丁もおります。うちの若い者を お供させましょう。(その方がよいのではありませんか,旦那様) それにこの一年間にお世話したどの御婦人のお供よりも 安くて結構ですから。 アイドニア お父さんは知っています。ずい分長い間仕えたので, 315 少々のこわさにはびくともしません。 たとえ狼が茂みから飛び出して来たって, 私がにらみつけると逃げて行くでしょう。 お父さんのそばにいる時と 同じようにしている限りはね。 320 ハーバート アイドニア,狼は わしがこわいと思っている相手ではないんだ。 アイドニア もうそのことは言わないで。せいぜい三日もすれば 帰ります一国聖人様,父をお守り下さるように・一一行って来ます/ 〔アイドニア退場〕 宿の主人 御心配には及びますまい一聖カスバート教会の巡礼者たちが, ありがたいことに,ずっと回っておいでですので御安心です。 325 ただ残念なのは,お嬢さんがもう少しお待ちにならなかったことです。 お嬢さんはきっと道づれもできていることでしょう。 ハーバート もう行ってしまった,呼び戻したいよ。 宿の主人(大声で) tb”・一一い./ バー・9・一一ト いや,もうよい,仕事をなさらなければいけません。一 あの騒々しい音は何だ。 330 宿の主人 村人たちが 集まっているのです一結婚のお祝いで一 そのためです一嘗安一下さい。 オズワノレド登場 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 155 オズワルド あれ/これは ハーバート公様。 宿の主人 失礼しました。ハーバート公様でいらっしゃいましたか。 オズワルド ずい分御遠方まで来られたんですね/本当に 元気よく旅をなされるお方だ。御気嫌いかがですか。 33ro ハーバート ええ,落ちぶれてはいるが,まあまあどうにかやっております。 あなたの方はいかがですか。 オズワルド アイドニアが見えませんねえ。 ハーバート 孝行な娘でね, 私が疲れないようにと,さっき一人で出かけて行ったんです。 でもどうしてこんな所に来られたんですか。 オズワルド ちょっと用事がありましてね。 すぐに片付くのですが。 ハーバート マーマデ=一クは あの手紙を受け取ったかねえ。 340 オズワルド 御安心下さい一縁:は切れました。 もうあれの噂を聞くこともありますまい。 ハーバート これで本当にほっとした。ありがとう,ありがとう一 騒がしいなあ/一わしも娘と一緒に クリフォーード公の城まで出かけて行きたかったよ。 340r あの人は気持の落ち着いていた時,わしへの同情心を 表わしてくれたと聞いているがねえ。 わしたちの王,ヘンリー皿世に対する彼の影響は絶大だ。 あの人ならわしの訴えを聞いて下さろうから,わしの嘆願を宮廷で 取り上げて下さろう。あれは危険な人物だが仕方ないよ一うるさいなあ一一 あまりに騒々しくて,眠ることも休むこともできんよ。 アイドニアがわしのことを心配しよう,一あの修道院なら 静かに休めよう。御主人様,若い者に わしをあそこへ連れて行ってくれるように頼んでほしいんだが, オズワルド 全くついているお方だ。 35工 156 彦根論叢i 第220号 私はすぐ近くの森で仲聞を待っています一 355 あら,こっちへやって来るぞ。私らの行先は マーマデューク登場 あなたが行きたいのと同じ方向です。連れて行ってあげましょう。 ハーバート いいよ,ひどくゆっくりしか歩けんから。 オズワルド 御心配には及びませんよ。 そんなことで不平は言いません。 ハーバート 手足がこちこちになっているので, 休まねばならないんだ。一時間ほど待ってくれんかねえ。 360 オズワルド よろしいですとも!∼さあ,家の中へ連れて入ってあげましょう。 お休み中は,私たちのことを気になさらないようにね。 森をぶらぶらして来ますから,さあ,腕にすがって下さい。 (ハーバートを家の中へ連れて入る。マーマデューク退場) 村人たちが登場 オズワルド(宿屋から出ながら独白) これでお膳立ては十分だ一 あの宿なし女はこのあたりを必ずうろついているに違いないそ。 365 あれは本当に口が達者だからなあ。 あれの身の上話と,わしが教えてやった 全く根も葉もない作り話とをこつちゃにして わしのたくらみ通りに,信じ込ませることができたわい。 〔オズワルド退場〕 さらに多くの村人たちの登場,音楽師も含めて 宿の主人(彼らに向かって) 庭へどうぞ,楽師さん,あなたは にれ 愉の本の上の高い所にいて下さい。かわいい媒さんたちよ, 370 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 157 花輪の飾りとお花,それにケーキと楽しい気配りが ここにありますよ。あっという間に太陽は西に 沈みますから,大いに楽しくやって下さい。 場面は宿に近い森に変わる一マーマデュークと オズワルド登場 マーマデューク 思い違いであればよいと, 375 じいさんが最初あそこに一入で座っているのを見た時, どうしてか分からないが,突然そう思ったんだ。 オズワルド 今日はすべてが明らかになりましょう。一あの一軒屋が といっても,あばら屋ですが,小川のほとりの 岩のすぐ下にありましたね。それがクリフォードに 380 誘惑されるまでは汚い娘の住んでいた家です。 こ クリフォードはやがてその娘に飽いたんですなあ。ああ,気の毒に だが, その娘はひどい目に会って苦しんだあげく,頭がおかしくなったんですよ。 裏切り者に棄てられて,一人で暮らし, どんな必要な仕事もしょうとしないんです。 385 毎日百姓たちが小屋に運んで来る物を食べているんですよ。 こうして.その哀れな娘は10年も過ごしてきたが, 誰一人その声を聞いたことがないんです。 でも,毎晩12時が鳴り始めると 家を離れて,全く同じ場所にある近くの墓地を 390 雨の日も嵐の日も 12時から1時まで歩ぎ回るんですよ一 ある幼な児の墓の周りをぐるぐる歩き回るので, その墓地にその女が歩いたくぼんだ丸い輪ができ, それがなんでも膝ほどの深さがあるという話ですよ一 あっ/何だここは。 〔女乞食が起き上がり,点そうな目をこする一子供を抱えている〕 158 彦根論叢第220号 女乞食 おやノ旦那様がたでございますか。 私はこんな悲しい夢を今まで見たことがありませんわ。 一かわいそうなこの赤ん坊に何もやる物がない時, パンをくれと泣き続けていたんです。それで仕方なく 400 ジギタリスの穂を手に握らせたら, その子はとても喜んで.すぐに泣きやみました。 その時,斑点のあるつり鐘の花の中へ 蜂がプーンと飛んで来たんです。すると,その子はうれしくて それを閉じて.耳もとへ押し付けたんですよ。 405 すると急に顔が青くなってきて,死んだようになったんです。 マーマデューク そんな話を聞いている暇はない,おしゃべり女め。 ほらやろう。 〔金をやる〕 女乞食 御好意ありがとうございます/一 では,この話は止めにします。 それから後になって,一匹の見知らぬ犬が 410 踏みならされた道をとぼとぼとやって来て, 私のそばで眠っている子供に近づぎ, じゃれながら,子供の顔をなめていたんです。それから突然 飛びかかって頭をがぶりとかんだんですよ。でも,子供は ここにいますから, 〔その子にキスしながら〕それは夢だったんですね。415 オズワルド ’ 今度眠くなったら,わしの言うことを聞いて 何か頭にかぶって寝よ。 女乞食 ああ,旦那様,そんなことおっしゃらないで下さいよ。 私ら親子がどんな生活をし, 疲れきった者がどんな格好で眠るかをお知りになれば。一 旦占冠がたはお望み通りの暖かい部屋があります。 420 私はこんな状態であるよりもむしろ石になりたいですよ。 一二晩前のこと,真っ暗だったが一風と雨が 私の頭にひどく吹き付けてね一そんな時でも 螢が,ハリエニシダの茂みの中で, 425 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 !59 空には何の邪魔物もないかのように静かに光っているのを見ましたよ。 それで,私はお天とう様を半ば恨んでね。 これはとんだことを言ってしまったわ。 オズワルド いや,おまえは妖精たちがけしからんので, おまえの好きなお天とう様に小言を言おうと思っても 一なんのことはない一個日のよい天気が 430 その償いをしてくれているではないか。 女乞食 お二人のおっしゃる通りです。でも,あのう旦那様/ 私はいつも地面ばかり見つめていて どうしてか分かりませんが,お金が一枚ほこりの中で 輝いていやしないかと,いつも思いながら旅しているように, ずっと旅しようとは思いますまいね。 435 マーマデューク この女はよくしゃべるわい。おい/ おまえは予言できるか。 女乞食 これは旦那様,あなたも他の入と同じだね。 この小さな子が ふびんでなりません だって,乞食は玄関先から追い払われますもの。 でも,奥様の中にはこの赤ん坊を 440 こうやって私の胸に抱いているのを見ると どこで買ったのかと尋ねる人もありますよ。 これが奥様方のなされようで,おまけに私の顔をじろじろ見るんですよ一 だが,旦那様ぱそれよりも親切そうね。 マーマデューク 父親方もここへ来て, この哀れな女から人間性とは何かを学べよというわけか/ 女乞食 はい,その通りです。乞食なんかに哀れみをかけてくれる人は いませんよ。ああ,そうそう一昨日白いほおひげをはやした めくらの老人に追いついたんで,声をかけてやったんだが, すべての御聖人様にかけて,誓って言いますが, あのじいさんは私にもっと愛想よくすべきだったよ/一本目よ/ もしあなたが岩を溶かすことができれば,じいきんはあなたの手先だよ。 445 160 彦根論叢第220号 でも.あいつに仕返しをしてやりたいんで一ここでもう一度 450 待っているんだよ。 オズワルド そうか,でもひどいことをするなよ。 おまえをひどいめに会わせたのは誰だ。 女乞食 まあ聞いて下さいよ。 教えてあげますから。一娘があいつの手を引いているんです。 それが春一番に咲いたバラのようにかわいい子でね。 ウールのひもでくくっている子犬が 455 おしみたいに悲しい顔つきをして, 前を行っているんですよ。そのくそ犬には 何の恨みもないが,本当に あるじ それがあんな主に忠実に使えているよ。 マーマデューク きっとそれは ハーバートに違いないよ。 女乞食 あいつに会うのが楽しみだ。 460 幽霊のようにひよろ長く,肩が下がっていて 年のせいで長い白いあごひげをはやしているんだ一それでいて, いつもこの世に一人しかいない聖人のように 顔を天に向けているんだよ。 オズワルト それにしても,なぜその立派そうな男に 激しくたてつくんだ。 女乞食 それはねえ, 465 あいつがこの世で実に冷酷な心をしているからだよ。 私は休みの日に施し物をもらいに修道院へ出向き 入るためのノックをした方がましだったよ。 マーマデェーク おまえの話だけせよ。 女乞食 してるんですよ,旦那一 そうだ一あいつが私をひきがえるのように何度もけとばしたんだよ。 それに昨日は今までよりももっとひどいことをされてね一やっと この赤ん坊を連れて,追いついて来たんだよ。 470 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の人々』(1) 第一幕 161 それから,ほんの少し恵んで下さいとお願いしたんだ。 すると,やつは番犬みたいにどなったんだ。 それで私は一私は大声でどなり返してやったんだよ。 475 それから,娘の方を見ると,心がはりさけそうになったんで, あいつから別れたんだよ。 オズワルド おい,おまえはつい二,三日前エスクデイルの ハーバートの玄関先で見たのと同じやつだな。 女乞食 そうよ,実を言えば 480 あそこに大事な仕事があるんでね。 オズワルド 玄関先でおまえを見かけたが, その時じいさんは怒ってるようだったぞ。 女乞食 怒ってるって/当然だよ。 生きている限り,あいつにつきまとってやろう。 昨日, 怒ったのも,あいつが持っている一番大切なものは 私や私のものによることを知っているからだよ。 485 でも,もうすべて終わったことだが。一あの立派な老婦人が たくさんの遺産を残したが,この圏に弁護士でもおれば, その半分を私がもらえるんだがなあ。 オズワルド それはどういうことだい。一 横平なことを言う女だ。 女乞食 それにおえら方がついているんだ。 490 その男は百姓の格好をしてうろついているのをちらっと見たんです。 オズワルド 何だと,変装してだって一一 マーマデューク ハーバートとその娘に 何の用事があるんだ。 女乞食 娘ですって/そうですよ一 今日は,坊や, 寝過ごしちゃったね。一旦那がた.あいつを見ませんでしたか。 〔立ち去ろうとする〕 マーマテユーク その事をもっと聞きたいんだ。 答えるまでは 495 162 彦根論叢 第220号 少しも動くんでないそ。おまえはあのハーバートのことを 女乞食 , 何か知っているのか。 旦那/怒ってられますね。 それに私をいびろうとなさるの。 マーマアユーク いや,そんなつもりは全くないよ/一 オズワルド おまえは教会にいるように安全だよ。 500 話せよ。 話せ/ マーマアユーク 女乞食 あいつはとても冷酷な男だ。 マーマデューク おまえなんかどうにでもなるんだぞ。 女乞食 勘弁して下さいよ。 すべてしゃべりますから一どんな強い誘惑が 貧乏入に押しかかるか,旦那にはお分かりにならないでしょう。 オズワルド ’ すべて話せよ。 女乞食 ああ,私は悪い女でした。 505 オズワルド そんなことじゃない。話せというのに/ 女乞食 あいつが私の機嫌をとって,それから 私ら二人にどんな収穫があるかを話した。だから 私はその子と別れたんです。 誰と別れたんだ。 マーマデューク 女乞食 あいつが呼んでいるアイドニアですよ。あの娘は 私の子なんですよ。 おまえの子だって/おまえはハーバートの妻なのか。 マーマデューク 女乞食 510 妻ですって/妻では一ありません。私の夫はね, カークスワルドの出身で一志の多い冬を何回も 共に切り抜けたんですよ。かわいそうなギルフレッド/ 二年前に死んでしまったよ。 もうよい。 一 マーマァユーク オズワルド これでなぞが解けたぞ一あのやろうめ/ 奥さん,あんたはりッデスデイルへ行って マー’マァユーク 515 〈翻訳〉ワーズワスの『国境の入々』(1) 第一幕 163 わしの帰るまで待っていてくれ。 きっと正しく裁判してやるからなあ。 オズワルド 運のよい女だ/一行け,うまくやったぞ 〔傍白〕 マーマデューク(独白) この女を救った力に永遠の誉れを/一 オズワルド(女に金をやる) 子供に何か買ってやれ一洗礼を受ける時には 520 名付親になろう、 女乞食 ああ,うれしいですよ。 何せこの界隈のお邸や農家で私を知らない犬は ないほどですから’。一一みんな良い人たちですよ, 絶対にみんなの玄関先に立たないようにします。 では,急いで帰ります。 やさしい殿がた,お二人物よいことがありますように。 525 〔乞食退場〕 (独白) あほたれめ/一かわいそうな献身的な娘よ, マーマデューク 今おまえが一層好:きになってきたよ。 オズワルド ’ びっくりしたよ。 マーーマデューク さっきの女はどこへ行った一お一い/ 〔呼ぶと女乞食が戻って来る。彼はその女をじっと見つめる〕 おまえはアイドニアの母親か。一 いや,怖がらなくてもよい おまえに会えて 530 よかったと思っているぞ。 おまえが見た百姓の服装をしていると オズワルド(口だしして) 言った人は誰だったんだ。 女乞食 いや,それは言えません。 その人の耳に入りでもすれば, 私をもはや生かしておかんでしょうからね。 オズワルド クリフォP・一ド塞口かい。 女乞食 言えません。私を信じて下さいよ,やさしい旦那がた. あの娘がかわいいけど,わが子と呼べないんです。 オスワルド ’ クリフォード卿が一ハーバートと話すのを見たんか。 535 !64 彦根論叢第220号 女乞食 見ましたよ,清けないことに一ハーバートの玄関先にある 大きな樫の木の下で一それに彼が盲人のそばに立った時, 何もしゃべらない娘をこんな目つぎで見てたよ一それを考えると, ぞっとしますよ。 オズワルド もうよい/行け。 マーマデューク (独白) 父親だと一これ以上の神聖な名前は 絶対にない。それに父親という仮面をかぶって 祝福された人のような汚れない魂を, 545 野獣のような邪悪さに満ちたあのけがらわしい洞穴へと 導こうとするとは/一一 オズワルドよ,わしの人生の強固な基盤が 足もとから崩れかかっているような気がする。 こういつた奇妙な発見の数々は一 恐怖,希望,義務,愛情のあらゆる点から見ると一 わしの破滅を含んでいると感じられるよ。 (つづく) 550