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THE MIDAS CODE
by Boyd Morrison
Copyright © 2011 by Gordian Fiction LLC
Japanese translation rights arranged with
the author, c/o BAROR INTERNATIONAL, INC., Armonk, New york, U.S.A.
through Japan Uni Agency. Inc., Tokyo Japan
日本語版翻訳権独占
竹書房
上巻
序章
9
水曜日 死のパズル
19
タブレット
木曜日 アルキメデスの蠟 板 183
金曜日 ラ・カモリスタ
291
主な登場人物
タイラー・ロック…………………… 世界有数の民間エンジニアリング企業〈ゴルディアン・エンジニアリング
社〉の主任エンジニア及び特殊作戦チーフ。
ステイシー・ベネディクト ………… 人気テレビ番組『チェイシング・ザ・パスト』の司会者。古典学者。
グラント・ウェストフィールド ……〈ゴルディアン・エンジニアリング社〉の電気工学のエキスパート。
タイラーの親友。
エイデン・マッケンナ………………〈ゴルディアン・エンジニアリング社〉の情報検索のエキスパート。
マイルズ・ベンソン…………………〈ゴルディアン・エンジニアリング社〉の会長兼最高技術責任者。
シャーマン・ロック………………… 退役した空軍少将。タイラーの父親。
キャロル・ベネディクト…………… ロースクールに通う学生。ステイシーの妹。
ジョーダン・オール………………… タイラーに接触してきた謎の男。
ジア・カヴァーノ…………………… 不動産会社〈VXNインダストリーズ〉社長。
バイロン・ガウル…………………… オールの部下。
ピーター・クレンショー…………… オールの部下。
フィリップス………………………… オールの部下。
ピエトロ……………………………… ジアの部下。
サルヴァトーレ……………………… ジアの部下。通称サル。
オズワルド・ラムレー……………… 大英博物館のキュレーター。考古学者。
THE MIDAS CODE
呪われた黄金の手 タイラー・ロックの冒険②
上
ランディ、僕の言葉は一語一句、君だけのために存在している。
序章
序章
序章
9
10
十八ヶ月前
たた
ジョーダン・オールは、スイッチの上で親指を持ち上げた。足元には、警備員二人の身体が
転がっている。横に目を向けると、手下たちはこくりとうなずいた。準備万端だ。オールの指
が、起爆装置のボタンを軽く叩く。この瞬間に、五キロほど離れたピカデリー・サーカス近く
の駐車場で、メルセデス・ベンツが吹き飛んだはずだ。
遠くの現場で犠牲者が出たかどうかなどわかるわけがないし、興味もない。だが、午前三時
という時間帯を考えれば、死傷者ゼロの可能性が高いだろう。とにかく何よりも、テロ攻撃だ
と当局に思い込ませることが重要なのだ。不審な爆発事件の対応にロンドン警察が追われてい
かぶ
なら
る間に、こちらは悠々とオークションハウスの大型保管庫を空にできる。
被ると、ルッソとマンジーニもそれに倣って顔を隠した。保管庫内の監
オールが目出し帽を
視カメラを壊すには、それなりに時間がかかるし、ドアを開けた瞬間、アラームが作動するだ
ろう。
保管庫の入り口は、カードキーと暗証番号で二重にロックされている。カードキーの方は、
都合よく死んだ警備員から頂戴していた。カードを差し込むや、即座にシステムが暗証番号を
求めてきたので、注意深くタッチパネルに視線を滑らせていく。キーパッドの数字の配列が使
用するたびに変化し、誰かが押しているときに指の位置を盗み見て番号を探るのは不可能だ。
しかし、機械自体の設計は非常に賢いが、ここの管理人はあまりにも無防備だった。前日、顧
客を装ったオールの前で、管理人は番号を打ち込む手元を隠そうともしなかった。上着のポ
ケットに挿しておいたペン型カメラでその様子を録画するのに、オールはなんの苦労もしない
で済んだ。
。オールはそう思った。セキュリティ・シス
機械を過信して油断する、人為的ミスの典さ型さ例
い
テムの設計者は、生身の人間が原因となる些細な部分をつい忘れがちだ。
ひそ
オールが暗証番号を打ち込むと、ロック解除を示すブザー音が流れた。勢いよくドアを引い
たが、アラーム音は鳴らない。しかし、磁気による封鎖が解除されたことで、セキュリティ会
社の本部には、密かに警告が発信されているはずだ。こんな時間に保管庫に何者かが立ち入ろ
うとしているのは、どう考えても怪しい。
手順として、セキュリティ会社はまず、現場の警備員に連絡を入れるだろう。そして、応答
がなかった時点で警察に電話をする。だが、保管庫への侵入者など、今の警察にとっては優先
序章
先頭を切って保管庫内に入り、辺りを見回す。彼自身は中を見たことがあったが、ルッソと
ないか。オールはほくそ笑んだ。
順位が低い案件だ。テロ攻撃の恐れがある爆発事件で、当局はてんてこ舞い。最高の展開じゃ
11
12
こっとうひん
マンジーニは監視カメラの映像でしか内部を知らない。四・五メートル四方の保管庫は、翌日
の競売に備え、物品がきちんと陳列されていた。宝石、希少本、彫刻、金貨、骨董品など、中
世のとある領主の館の屋根裏で百年間眠っていた貴重品ばかりで、効果的に照明が当てられて
いる。オークションでは、三千万ポンドを超える値が付けられるだろう。
は
中でも、極めつけの逸品は中央のショーケースに飾られていた。純金製の精巧な“手”だ。
見事な光沢を放つ金属の美しさは、感嘆せざるを得ない。
禿げかかった頭のマンジーニは背が低いが、腕の太さには目を見張るものがある。彼はベル
トから大きなハンマーを引き抜いた。
「さあて、リッチになりますか」
高く掲げたハンマーが勢いよく振り下ろされるや、分厚いガラスは粉々に砕けた。マンジー
ニは腕を伸ばし、黄金の手をもぎ取った。そして、手早く気泡シートで包んでバッグに詰め込
み、宝飾品のケースへと移動していく。
ルッソは対照的に、サスペンダーをしていないとズボンがずり落ちてしまうほどガリガリに
瘦せている。両手で握ったハンマーを力任せにスイングさせた彼は、ピカソの絵画が飾ってあ
か
るショーケースを壊し、鋭いガラス片で傷つけぬようそっと絵を取り出した。
搔き集めるマンジーニとルッソを尻目に、オールは保管庫の奥へと進んだ。
宝石や芸術品を
容赦ない一撃で古代写本三点を盗み出し、自分のナップザックにしまい込む。お次の戦利品は、
序章
13
貴重な金貨のコレクションだ。
わずか三分のうちに、保管庫はほとんど空になり、展示品は彼らのバッグの中に移動された。
「これでよし、と」
つぶやくように言ったオールは電話を取り出し、番号を押した。最初の呼び出し音で、相手
が応答した。
「これから出る」そう短く返事をし、彼は電話を切った。
〈どうだ?〉
ひげ
男たちは、身体を蜂の巣にされた警備員の死体をまたぎ、一目散に建物の出口を目指してい
く。遠くでサイレンが鳴っているが、自分たちの行き先は逆方向だ。表では、盗んだタクシー
がすでに待機していた。運転席のフェルダーはハンチング帽を被り、メガネと付け髭で人相を
ごまかしている。
車内にバッグを押し込み、オールたちも次々と乗り込んだ。
「うまくいったか?」
「 保 管 庫 の 中、 ビ デ オ で 見 た ま ん ま だ っ た ぞ 」 と、 興 奮 さ め や ら ぬ
フ ェ ル ダ ー の 問 い に、
ルッソが早口に答える。
「あの宝の山、三千万ポンドは下らねえだろうな」
「ブラックマーケットなら、その三分の一になっちまう」口を挟んだのはマンジーニだ。
「オールの買い手は一千万しか払わない」
14
「三千万だろうが一千万だろうが、そんな大金、目にしたことな
「さっさと運転しろ」
」
—
バカバカしいやり取りにうんざりしたオールが、フェルダーの言葉をさえぎった。まだ仕事
は終わっていないのだ。
つか
車は滑り出したが、彼らは皆、目出し帽を被ったままだった。ロンドンは世界でも、監視カ
メラの数が飛び抜けて多い。このような強盗事件の後、ロンドン警視庁は、犯人の手掛かりを
摑むため、カメラ映像をくまなくチェックするはずだ。
とはいえ、そんなことで足が付くわけがないと、オールは確信していた。
事前のシミュレーション通り、テムズ川のボート係留地点まで五分とかからなかった。船着
き場の駐車場にタクシーを停め、一行は、あらかじめフェルダーが手配しておいたキャビン・
クルーザーを目指した。船からフェルダーの身元が割り出される恐れはあったが、警察が当人
にたどり着く頃には、問題ではなくなっているはずだ。
タグボートの船員として十年の経験を持つ生粋の英国人フェルダーは、全員が乗船するとす
ぐにクルーザーを出航させた。ドーバー海峡までノンストップで進み、ケント州で下船。そこ
からレンタカーでシーフランス社運行のフェリーに乗り換え、フランスのカレーに渡るという
かじ
逃亡計画になっている。
舵取りをフェルダーに任せ、残りの男たちは、暗いままの船室で戦利品をバッグから取り出
序章
15
し、品定めを始めた。ルッソとマンジーニは、イタリア語で何やら会話していたが、アメリカ
人のオールが聞き取れたのは、二人の地元名「ナポリ」だけだった。手下たちを無視し、彼は
古代の写本三点を細心の注意を払って調べていく。狙っていた一点を判別し、それを脇に置い
た。残りの二点はオールにとっては無価値も同然だったので、ナップザックに戻した。
盗品の選別が終わる頃には、すでにイギリス海峡に入っていた。そろそろ時間だ。
オールはルッソとマンジーニに背を向け、サイレンサー付きのシグ・ザウエルを引き抜いた。
現場の警備員二人を殺すのに使った拳銃だ。
「おい、オール」背後からルッソの声がした。「買い手にはいつ接触するんだ? こっちはす
ぐにでも金が入り用なんだよ。わかるだろ?」
「大丈夫だ。金の心配など、もうしなくて済む」
そう言いながら、オールは振り向きざまにルッソを撃ち、間髪入れずにマンジーニにも弾丸
をぶち込んだ。マンジーニの身体がぐらりと傾き、相棒の上に倒れ込む。その手には、奪って
ごうごう
きたネックレスが握られたままだった。
轟々と鳴る風とエンジンの振動音で、銃声は操縦席までは届いていないだろう。船室を出て
そう だ
階段を上がっていくと、操舵中のフェルダーがこちらに気づき、肩越しに笑顔を浮かべた。
「ちょっとでいいから、操縦を代わってくれないか。俺にもお宝を拝ませてくれよ」
「いいとも」
16
く
オールは小さく微笑み、片手で舵を握った。そして、フはェルダーがくるりと背中を向けるや
否や、二回引き金を引く。被弾した相手の身体は大きく撥ね、階下へと転がり落ちて視界から
消えた。
全員を始末した彼は、何喰わぬ顔でGPSの位置情報をチェックし、舵を旋回させる。目指
すはケント州のレイスダウン=オン=シー。海岸沿いの小さな町で、そこにオールは自分の逃
走用の車をあらかじめ停めておいた。フェルダーも足を用意していたはずだが、乗り手がなく
なった自動車は、レッカー移動されるまで放置されるだけだ。オールにとってはどうでもいい
ことだった。そこからこちらにつながる証拠は何もない。
た。ここ
あと五キロで陸地という地点まで来たとき、オールはクルーザーのエンジンを止くめ
く
なら、まだ十分な水深がある。船室に下りて三人の遺体をロープで船室の家具に括りつけた後、
オール
も
小型爆弾二つを水面下の船体に設置し、ゴムボートと櫂を準備した。搭載した爆弾の威力は船
ぬ
体を完全に破壊するのに十分で、一度スイッチを入れれば、数分でクルーザーは海の藻くずと
化すだろう。
おの
濡れないようにしっかりと封を
黄金の手、宝石類、古硬貨、写本を防水性のバッグに入れ、
した後、残りの物品をロッカーに押し込んで蓋を閉じた。船が川底に沈んだら最後、ここから
足がつくことはない。ピカソの絵画などは大変高価だが、売り飛ばすと、自ずと人目を引いて
しまう。そんなリスクはごめんだ。宝飾品はバラし、金貨は溶かして金塊にし直せば、危なく
序章
17
ない。それだけでも二百万ポンドは下らないはずだから、借金を完済し、最終目標達成の資金
にするには十分だろう。
しかし、黄金の手と写本は取っておくつもりだ。オールの共犯者たちは知らなかったことだ
が、あの保管庫から盗み出した中で、この写本が最も価値がある。間違いなく、地球上で最高
に貴重な逸品なのだ。所有者は、写本に何が書かれているか知らなかったに違いない。さもな
ければ、オークションに出したりなどしないだろう。
そこに何が書かれているのか、オールは知っていた。ルッソとマンジーニが宝石と金貨に目
の色を変えている隙に、彼は文章を確認した。一番重要な一文は、写本の終わりの部分にあっ
あか
た。素人目には、ギリシャ文字がランダムに並んでいるようにしか見えないだろうが、これこ
そがこの文書がなぜそこまで貴重なのかの証しになっている。
これは、紀元前二百年前の巻物を転記した中世の写本で、古代の科学者兼エンジニアによる
18
論文だ。その人物こそ、かの偉大なギリシャ人アルキメデス。第二次ポエニ戦争の最中、彼は
出身地であるシチリア島シラクサの防衛に参加。その発明の才により、ローマ将軍マルクス・
クラウディス・マルケッルス率いる軍隊がシラクサを占領するのを三年間食い止めることがで
きたという。
写本の文章には、スペースが入れられておらず、かつ全て大文字で表記されているため、全
文を翻訳するのは相当骨が折れるし、退屈な作業になるはずだ。そのせいか、完全な内容は公
になっていない。それでも、この大事な一文だけで、オールは確信していた。目の前の古代書
には、莫大な宝の在り処を示す秘密が隠されていると —
。
こ
漕ぎ出し、クルーザーから離れ始めた。だが、まだ上陸
救命ボートに乗り込んだ彼は、櫂で
するわけにはいかない。爆発の危険が回避でき、なおかつクルーザーの最期をしっかりと見届
こ よい
けられる位置でボートを止める。オールは小さく息を吐き、スイッチに指を置いた。爆破装置
のボタンを押すのは、今宵はこれで二度目。親指に力を込めるや否や、爆発の凄まじい勢いで
船体の二ヶ所に大きな裂け目ができた。クルーザーが漆黒の海底へ沈んでいくのを眺めつつ、
。
—
オールは、写本に記されたアルキメデスの文章の訳文を思い返していた。
す
この地図を統べる者が、ミダス王の富を統べる
—
水曜日 死のパズル
水曜日 死のパズル
水曜日 死のパズル
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