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NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
多国籍企業と第三世界 -オズワルト・スンケルの所説をめぐって-
Author(s)
田口, 信夫
Citation
経済学部研究年報, 8-9, pp.81-95; 1993
Issue Date
1993-03-25
URL
http://hdl.handle.net/10069/26145
Right
This document is downloaded at: 2017-03-30T19:26:59Z
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp
81
【研究ノート】
多国籍企業と第三世界
−オズワルド・スンケルの所説をめぐって−
田口信夫
はじめに
×kだから)となる。しかし,もし国内的に
開発経済学の中で,「多国籍企業と第三世
動員しうる貯蓄がたとえばGNPの16%でし
かないとしたら,その場合,5%相当の貯蓄
界」のテーマはど多くの議論を喚起し,さま
ざまの解釈を受けている領域はない。という
のは,「多国籍企業は,世界の経済的後進地
域の生産諸力を革新する力と考えられる一
一投資ギャップが生じることになる。したが
って,もし国家がこのギャップを外国の金融
資源によって補填することができれば,目標
成長率は達成されるわけであるこ
方,先進資本主義国への大規模な余剰流出を
かくして,外国民間投資の国家の開発に対
通じる低開発の重要な原因とも考えられてい
する最初の貢献は,目標とされる投資と現地
1)
るからである」。マイケル・トグロによれば,
外国投資または多国籍企業に対する肯定的見
2)
方と否定的見方は次のように要約される。
で実際に動員しうる貯蓄のギャップを補填す
ることである。
二番目の貢献は,目標とされる外貨必要額
と輸出所得+公的対外援助から得られる外貨
(り 外国民間投資を支持する伝統的な理論
とのギャップを補填することである。これが
外国投資を支持する理論は,大部分,経済
いわゆる外貨ギャップあるいは貿易ギャップ
といわれるものである。外国民間資本の流入
成長の決定因に関する伝統的な新古典派的分
は,経常収支赤字の一部分,あるいは全部を
析から生じている。この理論によれば,外国
民間投資はまず第1に,国内的に動員可能な
埋め合わせるだけではなく,もし外国企業が
貯蓄と開発目標を達成するのに必要な投資と
ば,赤字そのものをも次第に軽減するよう機
のギャップを補填する手段と考えられる。こ
能することができる。
=ギャップ補填論
ネットでプラスの輸出所得を創出しうるなら
のことをハロッド=ドーマーの成長モデル
外国投資によって補填される第3のギャッ
(g=S/k)によって説明してみよう。ここ
プは,目標とされる政府の税収と現地で徴税
でgは国民産出高成長率,Sは貯蓄率,kは
されうる税収のギャップである。発展途上国
において国家が経済開発に果たす役割は大き
資本・産出高比率である。もし目標とされた
国民産出高成長率が年7%,資本・産出高比
いが,この場合,発展途上国の政府は多国籍
率が3であるとすれば,その場合,必要とさ
企業からの税収を増やすことによって,その
れる年間の貯蓄率は21%(というのはS=g
税収を開発目的のために有効に利用できると
8
2
考えられる。
面でも外貨収入をかえって減少させるという
第 4のギャップは,マネージメント,企業
ものである。その場合,経常収支は資本財や
者精神,技術,スキル等,いわゆる経営資源
中間財の大規模な輸入の結果悪化し,資本収
のギャップである。多国籍企業は金融資源や
支は利潤,利子,ロイヤルティ(特許権使用
新しい工場を途上国にもたらすだけではな
料),経営手数料等の海外送金の結果,悪化
く,経営上の経験や企業家能力,それに技術
する。
といった経営資源のパッケージをも供与す
第 3は,多国籍企業は法人税という形で,
る。さらに,多国籍企業は現地の経営者に,
政府の税収に貢献するかもしれないが,その
外国銀行との契約のやり方とか代替的な供給
貢献の度合は,受入国政府によって供与され
源のさがし方とかを教え,さらには彼らのた
るさまざまの税金面での譲許,投資に対する
めに製品の販路を開拓したりもする。かくて,
過度の税額控除,さまざまの粉飾された政府
このような知識や技術の移転は,受取国にと
補助金等の結果,期待されたよりもかなり小
って好ましく,生産的であると考えられる。
さいということである。
第 4は,多国籍企業によって供与される技
(
2
) 外国民間投資に対する反対論=ギ、ヤ‘Y
プ拡大論
術等の経営資源は,現地企業の発展に貢献す
るものではなく,実際には多国籍企業の現地
以上の新古典派的な外国投資肯定論に対し
市場支配が強まる結果,現地企業家の成長は
ては,経済的な観点からの反対論とイデオロ
抑圧され,現地の発展は阻害されるというも
ギー的な観点からの反対論がある。まず経済
のである。
的な観点からは,上記のギャップ補填論は次
のように反論される。
第 lは,たしかに多国籍企業は資本を供与
以上が 4つのギ、ヤップ補填論に対する批判
であるが,
トダロによれば,多国籍企業に対
する重大な批判は,実際にはこれよりもっと
するかもしれないが,反面で,次のような理
根源的なところでなされている。とりわけ,
由によって,国内貯蓄や投資を低下させると
第三世界諸国が共通して批判しているのは,
こ,多国籍企業は
いうものである。まず第 1f
次の諸点である。
受入国に独占的な生産構造をもたらすことに
l 多国籍企業が受入国の発展に及ぼすイ
よって,あるいは受入国政府との排他的な生
ンパクトは不均衡的なものであり,多くの場
産協定によって競争を制約する。第 2に,多
合,多国籍企業の活動は二重経済構造を強化
国籍企業は現地で取得した利潤の多くを現地
したり,所得の不平等を激化させる。彼らは
,
へ再投資することなく本国送還する。第 3に
近代部門で働く労働者の利益を増進はする
多国籍企業は貯蓄性向が低いグループの国内
が,賃金格差を拡大することによって他の労
所得を増大させる傾向がある。第 4に,多国
働者の利益を害する。彼らは資源を国民生活
籍企業は中間財の多くを他の関連海外子会社
に必要な食糧部門から取り上げ,それを現地
から輸入することによって,中間財を供給す
エリートのためのぜいたく品の生産に振り向
る現地企業の発展を阻害する。
ける。さらに彼らは,主要には都市地域に立
第 2は,多国籍企業は最初のうちは受入国
地する傾向があり,農村からの人口流出を加
の外貨収入の改善に貢献するかもしれない
速させることによって,都市と農村聞の経済
が,長期的には経常収支の面でも資本収支の
機会の不均衡を悪化させる。
8
3
2 多国籍企業は不適切な生産技術(=資
本集約的技術)を用いて不適切な製品(少数
がえすことさえやるーたとえばチリにおける
ITTの経験をみよ。
の富裕階級によって需要される製品)を生産
以上がトダロによる外国投資に対する肯定
し,広告や独占的な市場力を通じて不適切な
論と否定論の要約であるが,本稿で取り上げ
消費パターンを促進する一一いわゆるデモン
るのは,後者の立場から多国籍企業と第三世
ストレーション効果。
界のかかわりを分析し,開発経済学または多
と2の結果,現地の資源は社会的に
国籍企業研究の領域で大きな注目を集めるに
望ましくないプロジヱクトに充当される恐れ
いたったオズワルド・スンケルの理論であ
がある。これはもともと大きい富者と貧者の
る。ここで簡単にオズワルド・スンケルのプ
不平等,都市と農村聞の経済機会の深刻な不
ロフィールを紹介しておこう。
3
均衡をますます悪化させる。
オズワルド・スンケルは,ラウル-プレビ
4 多国籍企業は自らの力を行使して,政
ッシュに代表される ECLA の理論をラデイ
府の政策を発展に不利なように仕向ける。彼
カル化したチリの経済学者として有名で,そ
らは過度の保護,税の払い戻し,投資の税額
の理論は多くの開発経済学の文献でとりあげ
控除,安価な工場用地の提供,基本的な社会
られている。彼の経済学者としての職歴は
的サービス等の形で,途上国政府から大幅な
1
9
5
0年代の初頭に始まり, 1
9
6
0年代の半ば頃
経済的・政治的譲許を引き出すことができ
まで ECLA で働いた。その後,彼はチリ大
る。その結果,多国籍企業の私的利益は社会
学の教授となったが, 1973年のチリでの軍事
的な利益を上回り,ある場合には,これらの
D
S
(
I
n
s
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i
クーデターの後サセックス大学の I
社会的な利益は受入国にとってマイナスでさ
t
u
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v
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l
o
p
m
e
n
tS
t
u
d
i
e
s
) に移り,そこ
えあるかもしれない。
で従来の従属学派の考えにもとづいた研究を
また多国籍企業は,現地であげた利潤を低
続けた。
目に申告するために,海外から輸入される中
スンケルの分析手法は,ラウル・プレビッ
間財の価格を人為的につり上げ,課税を免れ
シュとちがって,国内要因を重視する。彼に
る。このような操作はトランスファープライ
よれば,国家の開発政策を実行する可能性は
シンク として知られているが,法人税率が国
基本的には国内の状況に依存する。これが,
ごとに異なっているかぎり,受入国政府はほ
ECLA の理論をラディカル化した彼の理論
とんど規制できない。
の核心部分である。 ECLA は,ラテンアメ
9
5 多国籍企業はすぐれた知識,世界的な
リカ諸国がかかえる敏感な問題にはふれたが
販売網,広告技術等を用いて現地の競争者を
らない外交上の理由一それは ECLA が保
排除し,小規模な現地企業の出現を問害する。
守的なラテンアメリカの政府に依存している
6 最後に,政治的なレベルでは,多国籍
からである一ーをもっていた。これが, Iも
企業は現地の資産や仕事の機会を支配し,あ
し,プレビッシュやシアーズのような現代の
らゆるレベルの政治的決定にかなりの影響を
構造主義者が,既存の開発理論への批判を通
与えることができる。極端な場合,彼らは直
じて従属学派の成長を促したといわれるなら
接的に高級官僚に賄賂を贈ったり,あるいは
ば,オズワルド・スンケルは従属学派に根ざ
間接的に友好政党に政治献金することによっ
した構造主義者」といわれるゆえんである。
て,受入国の政治的プロセスそのものをくっ
マルキシズムに影響された従属論者と比較
8
4
すると,スンケルは比較的穏健である。それ
果たすのが多国籍企業なのである。この多国
は次のような言葉の中にもうかがい知ること
籍的統合のプロセスは,周辺国において文化
ができる。
的,政治的,社会的,経済的低開発のプロセ
「私見では,急進的な社会主義的革命は,
ラテンアメリカの近い将来においてはきわめ
。
て起こりそうもない歴史上の出来事である J
スを強める傾向をもち,同時に従属を強め,
国内分断を促進する。
以下,彼の理論の詳細をみてみよう。
彼はマルクス主義理論を否定はしないが,
どちらかといえば,
ECLA の経済学者たち
によって展開された構造主義的伝統の中で独
I 発展途上国の低開発性に対する
スンケルの問題意識
自の理論を構築した。その場合,彼が大きな
刺激を受けたのは,ミュルダールによって展
スンケルによれば, 1
9
6
0
年代に従属学派の
関された国際貿易のいわゆる“逆流効果"論
理論が現われるまで,ラテンアメリカの低開
である。しかしながら,この理論は原材料貿
発の現実は主に伝統的な成長論や近代化論の
易の効果を主に扱っているという点で,彼に
立場から考察されてきた。これらの理論によ
とって不満をもつものであった。これに代っ
れば,社会システムの最適機能は成熟した資
て,スンケルが分析の中心にすえたのは,海
本主義経済の理想的な理論的フレームワーク
外直接投資,すなわち多国籍企業である。こ
によってとらえられ,それは実際には先進国
の多国籍企業を軸にすえて,彼は,世界シス
によって示される。すなわち,低開発は理想
テムにおいては先進国も低開発国も対外的に
的なプロトタイプ(原型)へ向つての不完全
は多国籍的結合によって統合され,国内的に
で前期的な段階ととらえられるのである。し
は分裂する一般的傾向をもつことを理論化し
かしスンケルによれば,低開発国の現在の発
た
。
展段階と現在の構造は,そのような理論的な
この世界システムにおいては,国家それ自
体は主たる構成要素ではない。スンケルによ
れば,従来の国際貿易論は国家を異なった単
ロジックに合意される仮説とは根本的に異な
っている。
低開発国の特徴としては,次のようなもの
位と考え,貿易はこれら単位間でおこなわれ
がよく知られている。すなわち,低所得,低
るとする根本的な誤りを犯してきた。それに
成長,地域的不均衡,不安定性,不平等,失
2つの異
業,外国に対する従属,原材料生産への特化,
代って,彼の言う世界システムは
なってはいるが,相互に作用する構造によっ
経済的・社会的・政治的・文化的マージナリ
て特徴づけられる。すなわち,①先進国経済
ティ(限界性)等々である。伝統的な理論は,
のより大きな部分と低開発国の近代的部分を
こういった低開発性の特徴を理想的なものか
T
r
a
n
s
n
a
t
i
o
n
a
l
結合した多国籍的統合の部分 (
らの逸脱,あるいはやがては経済成長と近代
C
a
p
i
t
a
l
i
s
m
) と,②先進国および低開発国内
i
n
化によって克服されるであろう幼稚経済 (
部で多国籍的統合から排除された部分であ
f
a
n
teconomy) の生みの苦しみととらえてき
る。これら 2つの構造の関係は,国際的およ
た。しかしスンケルによれば,このような理
び国内的レベルでの両極化・分裂によって特
論は,開発政策が低開発をもたらす基本的な
徴づけられる。スンケルによれば,この両極
構造的諸要因に対処することなく低開発の問
化・分裂のプロセスにおいて中心的な役割を
題に取り組み続ける限り,これらの特徴の根
8
5
底にこのような結果を生み出し,それを維持
おける発展のー契機であるとは認められな
させるシステムが存在することを理解してい
い。むしろ低開発は,世界システムにおける
ない。具体的にいえば,これらの理論では,
世界大の歴史的な発展のプロセスの一部とし
システムの構造が変わる場合にのみ,低所得,
て,したがって低開発と発展は単にある単一
低成長といった低開発性の諸特徴が改善され
の普遍的なプロセスの二つの側面として規定
るということが理解されていないのである。
されることになる。さらに低開発と発展は,
このような指摘は我々に, Iもしプロセスの
歴史的には,機能的に結びついた,すなわち
結果がシステムの構造の関数であると考えら
お互に相互作用し,条件づけられた同時的な
れるならば,これらの結果はシステムの構造
プロセスであるということになる。
が変化する場合にのみ変化するだろう J とい
スンケルによれば,このような低開発と発
う,開発経済学にとって重要な視座を提供し
展に特徴づけられる世界システムの進展は,
てくれる。
これまでのところ
2つの大きな両極化・分
この点で,長期的な発展プロセスからみて
裂をもたらしてきた。第 lは,世界の次のよ
きわめて興味深いのは,システムの構造変化
うな諸国家への両極化である。すなわち,一
を引きおこす起動力 (
d
y
n
a
m
i
c
s
) である。
方における発展した,工業化した,進歩した
スンケルによれば,ラテンアメリカ経済の長
“中心の北側諸国"と,他方における低開発
期発展プロセスに関する系統的な研究は,そ
で貧しい,従属した“周辺の南側諸国"への
のような変革は 2つの主だった方法でおこる
両極化である。第 2は,国家内部における発
ことを示唆している。第 1は,システムが一
展した近代的部分(諸活動,諸グループ,諸
定の期間にわたって機能し成長する限り,そ
地域を含む一ー以下,部分という場合,これ
して資本が蓄積され,経済活動が拡大する限
らのことを指す)と,後進的で排除された従
り,さらに生産と所得の構成が変化する限り,
属的部分への両極化である。
そしてまた経済活動が地理的に再配分される
発展と低開発は, したがって,単一の全体
限り,これは必然的に内部構造〔すなわち天
の一部を形成する,部分的ではあるが,相互
然資源と人口のパターン,諸制度(とくに国
に依存した構造で、あると理解されねばならな
家),社会経済的グループと階級,彼らのイ
い
。 2つの構造の主要な相違は,一方におけ
デオロギーと特定の政策,対外的関係の性質〕
る発展した構造が,基本的にはその内部に成
に重大な変革をもたらすことである。
長能力をもつがゆえに支配的な構造 (
d
o
m
i
-
第 2に,システムの内部構造は,国家の対
n
a
n
ts
t
r
u
c
t
u
r
e
) であるのに対し,低開発の
外的結びつきにおける外生的な質的変化によ
構造は,主にそのダイナミズムが外生的・誘
って根本的な変化を受けることである。これ
d
e
p
e
n
発的であるがゆえに従属的な構造 (
らの外生的な変化は,国際関係システムの進
d
e
n
ts
t
r
u
c
t
u
r
e
) であるということである。
展の産物,とりわけ国際関係システムにおけ
これは国家それ自体についても,国家内の諸
h
e
g
e
m
o
n
i
cp
o
w
e
r
) の進展の産物
る覇権力 (
地域,社会的グループ,諸活動についても当
である。
てはまる。
さて,低開発性の原因を以上のような分析
このようなアプローチは 2つのタイプの両
上の視点からみていった場合,低開発は経済
極化,すなわち,一方における国際レベルで
的,政治的,文化的に自律し孤立した社会に
の両極化のプロセスと,他方における国内レ
8
6
ベルでの両極化のプロセスに関心を引き寄せ
このような視角に立った分析は,元来,ミ
る。以下,この二つの両極化プロセスを,両
ュルダールやシンガー,プレビッシュらによ
プロセスの相互作用(二重の両極化プロセス
っておこなわれてきたが,それは,工業経済
=d
u
a
lp
r
o
c
e
s
so
fp
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l
a
r
i
z
a
t
i
o
n
) といった観
の一次産品経済との相互作用において,前者
点からみていこう。
が後者より相対的に多くの利益を獲得する傾
向をもっていること,そしてこのことは 2つ
E 国際的な両極化
の国家グループの発展において,異なった趨
勢(発展と低開発)を累積的にもたらすこと
スンケルによれば,国家の発展プロセスを
国際経済関係システムに関連づける理論は,
を示唆している。この仮設の前提となってい
るのは,以下のような事実である。
3つのグループに分類することができる。す
(
a
) 輸出用の一次産品生産が外国人によっ
なわち,新古典派的貿易理論,マルクス主義
て所有されているか,あるいは支配されてい
者の資本主義的=帝国主義的搾取の理論,国
ること。これは,現地経済にはほとんどかか
際貿易の“逆流効果"の理論である。
わりをもたないが,ほとんどの金融,在庫,
このうち,自由主義的自由放任のアプロー
加工,研究,販売,再投資がおこなわれてい
チは,きわめて非現実的かっ制約的仮定をと
る本国にはかなりの好ましい影響を与える
っているがゆえに,分析上,やや不適切であ
“飛び地"を創り出す傾向をもっ。
る。たとえば,このアプローチは,今日の国
(
b
) 現地経済が訓練された労働者,企業家
際経済の重要な特徴の 1つ,すなわち,国際
精神に富んだ人材,資本,物理的・制度的イ
経済が基本的に多国籍企業ーースンケルによ
ンフラストラクチュアを欠き, したがって潜
れば,これはさまざまの国民市場で同時に操
在的な輸出活動拡大の機会に積極的に対応で
業しかくて国民経済システムに浸透し,オー
きないこと。
バーラップする国際経済システムを形成する
企業であるーによって構築されているとい
う現実を無視している。
他方,マルクス主義的帝国主義理論は,こ
(
c
) 一次産品価格の不安定性に加えて,一
次産品の交易条件が悪化していること。
(
d
) 一次産品の輸出活動は,企業が外国人
によって所有される場合,一般に独占的な性
のような事実を認めてはいる。というのは,
格を有し,それは超過利潤の流出を意味する
それは国際独占体が経済余剰を利用したり増
こと。
やしたりするために,原材料や販売市場を求
スンケルによれば,このようなアプローチ
めて国民経済に進出するのを示唆しているか
は,低開発性の問題を考えるに当って,もっ
らである。にもかかわらず,比較的最近まで,
とも重要な分析上の視座を与える。というの
マルクス主義的アプローチは主に国際独占資
e
x
t
e
r
n
a
la
g
e
n
t
)
は,それは対外的な主体 C
本主義の役割だけに研究の焦点を当て,低開
と国内の経済的・社会的・政治的な構造との
発性の分析上もっとも重要と思われる要素
相互作用に関心を引き寄せるからである。に
一一すなわち,ある国民経済システムの他の
もかかわらず,それは一次産品特化が低開発
国民経済システムへの国際的拡大が及ぼす
国に不利だという分析のみにとどまってお
“波及効果"と“逆流効果"ーを無視して
き
ア
こ
。
り,そこから導出される工業化,それもとり
わけ多国籍企業と結びついた工業化が低開発
8
7
国の社会・経済構造にどのようなインパクト
として,証券投資として,外国資本家の移住
を与えるのかが分析されていないという点
として,そして完全あるいは不完全所有の外
で,不十分なものであった。一次産品特化の
国子会社としてなされた。熟練労働力もまた,
不利さから導出される結論は,工業化が累積
さまざまの方法でやってきた。すなわち,技
的な自立的波及効果一いわゆるロストウの
術をもった人間の移民,外国人エキスパート
自立的成長へ向けてのテイク・オフーーをも
の雇用,国外における労働者の訓練,等々の
たらすがゆえに,工業化しなければならない
形態においてである。技術の移転もまた,さ
というものである。これは多分にヨーロッパ
まざまの様式に従った。すなわち,ライセン
的な産業革命のモデルをそのまま途上国に適
スやパテント,ブランドや技術援助契約によ
用したものであったが,しかしラテンアメリ
って自らの技術を持ち込む外国子会社を通じ
カを特徴づけてきた輸入代替型工業化モデル
て,あるいは,技術を現地で採用したり,開
は,内生的なヨーロッパの工業化とは全くち
発することによってである。
がっていた。というのは,内生的なヨーロッ
したがってスンケルによれば,輸入代替を
パの工業化とちがって,ラテンアメリカの工
通ずる工業化の過程は,国際関係の危機(た
業発展に決定的な影響を与えてきたのは,対
とえば戦争)やとくに国際収支上の危機によ
外的な結びつき,対外的な諸要因,対外的な
って促進されたり誘発されたりはしたけれど
プレッシャーであったからである。実際のと
も,自発的・内生的なプロセスとして,孤立
ころ,ラテンアメリカの工業化に当っては,
しておこったものではなかった。反対にその
その起動力,構造および採用された生産過程
ことは,形態はちがうが-(農工間国際分
の性格(とりわけ技術に関して)は,大部分,
業→企業内国際分業)一,国際経済,とく
対外的な条件に誘発されたものであった。
にアメリカとの新しいそしてきわめて重要な
ラテンアメリカ諸国が工業化政策に乗り出
結びつきを意味した。すなわち,ラテンアメ
したとき,これら諸国は工業化のために必要
リカにおける工業化は,対外的な従属性を軽
な技術やノウハウはもちろん,専門家,熟練
減するものではなかったので、ある。いいかえ
労働者,資源,企業家,機械・設備,原材料
れば,輸入代替工業化の局面は,ちょうどそ
と投入財,金融資源,販売,信用,広告機関
れに先行する一次産品輸出拡大期と同じよう
.等の必要性に直面した。工業発展が初期の段
に,異なった次元で、そしてまた異なった手段
階を経過すると,これら生産要素の不足と緊
を通じて,低開発経済を新しいタイプの世界
急性はますます深刻になる。これは,とりわ
資本主義システム(支配と従属のシステム)
け工業化が基幹的な工業製品や耐久消費財と
に新しいやり方で統合させたのである。かく
いう,より複雑な領域へ入りこむときに,そ
て,この新しいシステムは,一方における発
うである。このような状態のもとにおいては,
展した支配する経済と,他方における低開発
工業化は,ノウハウ,技術,経営能力,装備,
で従属する経済によって組織されるが,この
金融等々の経営資源を,著しく,そしてます
ような新しい国際経済関係モデルは,機能的
ます対外的な支援に頼らざるをえなかった。
国内の工業発展に対する国際的な貢献は,
に多国籍企業
(
T
R
A
N
C
O
'
s
) に基礎を置い
ている。
さまざまの形でなされた。たとえば,外国か
多国籍企業は,本国において次のような活
らの資金調達による貢献は,公的・私的融資
a
)
新製品の開発, (
b
)
新しい製
動に従事する。 (
8
8
造法の開発, (
c
)これらの製品を製造するのに
るのである。
必要な機械や器具の生産,(
d
)それらの生産に
必要な合成および天然の原材料と投入財の生
E 圏内的な両極化
産
, (
e
)これらの製品を売りこむのに必要な宣
伝・広告。
他方,これらの製品を生産し,組み立てる
スンケルによれば,国内的な両極化のプロ
セスは,一方における近代的で支配する発展
最終段階は低開発経済でおこなわれる。その
した部分(諸活動,諸社会グループ,諸地域
場合,低開発国における生産や組み立ては,
を含む)と,他方における後進的で従属する
本社からの設備や投入財によって,そしてま
排除された部分の隔壁の拡大と考えられる。
た本社からのパテントやライセンスの使用に
実際,低開発国における近代性と発展性を有
よっておこなわれる。そのような生産は多国
した地理的,経済的,社会的,政治的,文化
籍企業の在外子会社によってだけではなく,
的中心は,先進国と直接あるいは間接に密接
現地の国営企業や民間企業によってもおこな
に結びついた諸活動の盛衰と大きな関連をも
われる。このようなプロセスは,国際的な技
っている。
術援助によってはもちろんのこと,国際的な
輸入代替工業化の局面においては,投資の
金融によっても支援され,それは結果的には,
大部分が集中し,もっとも急速に成長する活
アメリカやヨーロッパや日本の多国籍企業の
動(または部門)は,もちろん製造業,すな
世界市場拡大のための有効な手助けとなる。
わち,投入財や工業発展にもっとも必要なイ
かくて,輸入代替工業化は中心一一周辺の
ンフラストラクチュアを生み出す活動部門で
状態から低開発国を脱却させるという以前の
ある。この工業化は基本的には消費財を指向
信念にもかかわらず,新しい種類の中心一
しているので,多くの人口を中心部に集中さ
周辺関係をっくり出すのである。これを図式
せる傾向をもち,ラテンアメリカに特有の都
化すれば次のようになる。農工分業を通じる
市への人口集中化傾向を強化する。このよう
中心一周辺関係ー+一次産品特化からの脱
な都市への人口集中化傾向は,伝統的輸出部
却ー+輸入代替工業化ー+工業部門における
門と国内農業における停滞,近代化,生産手
水平分業を通ずる新しい中心一周辺関係。
段の集中によって一層促進される。すなわち,
スンケルによれば,このようなプロセスが
これら 3つの要因ー停滞,近代化,生産手
a
)
もたらす帰結は,次のようなものである。 (
段の集中一一が輸出と農業活動に直接あるい
一次産品輸出経済的特徴の持続と深化, (
b
)
経
は間接に関連した人口の流出を加速するので
済活力の外部への依存, (
c
)
金融・経済政策,
ある。このような人口の両極化が伝統的輸出
科学技術,外国市場へのアクセス等に関する
部門や農業部門における活動の停滞と呼応す
ほとんどの基本的意思決定機構の外向的性
るとき,それは尖鋭で拡大する地理的不均衡
格
,(
d
)
対外債務の増加と持続性,脱国民化 (
d
e
-
をもたらす。
n
a
t
i
o
n
a
l
i
z
a
t
i
o
n
) と子会社化, (
e
)ラテンアメ
たしかに各国における 2
"
'
3の主要都市へ
リカの経済統合努力が多国籍企業に有利にな
の大規模な人口集中は,著しい圏内不均衡を
る危険性と現地企業の排除, (
f
)
先進国と低開
もたらす。実際,経済的,社会的,行政的,
発国聞の所得ギャップの拡大等である。国際
文化的インフラストラクチュアが集中してい
的両極化のプロセスはこのような形で進行す
る少数の巨大都市の突出現象は,よく知られ
8
9
ている事実である。しかしながらスンケルに
門の崩壊が労働市場に与える影響はきわめて
よれば,余剰人口の大部分が集積している大
明瞭である。すなわち,熟練労働に対する需
都市においても,両極化あるいは分断化はお
要は急激に増大し,他方,未熟練労働に対す
こっている。国内における両極化現象がもっ
る需要は減少する。その結果,熟練労働者の
とも劇的に尖鋭になるのは,まさしくラテン
賃金は上昇し,未熟練労働者の賃金は停滞す
アメリカの主要都市における生態学的描写を
るか,あるいは減少する。このような現象は,
みても明らかである。ラテンアメリカの大都
とりわけ農業部門や伝統的輸出部門において
市を観察すると,排除された大衆が地獄のよ
明瞭にみられる。これらの部門は,生産や雇
うな悲惨な生活を送る都市周辺の地帯(いわ
用を減らすことによって需要の減少に対応す
ゆるスラム)もあれば,労働者が住む工場区
る。需要の低下は,さらに,雇用水準を著し
域もある。下層中産階級が住む行政上,金融
く引き下げる技術の近代化プロセスによって
上,商業上の中心地もあれば,中・高所得グ
拍車をかけられる。このことは都市の排除さ
jレープが住む豪華な郊外の居住地域もある。
れたグループに加わるべく未熟練労働力の大
ではラテンアメリカにおける低開発の構造
規模な流出を引きおこす。すなわち,大都市
的・制度的特徴を与えられたものとすれば
におけるインフォーマル部門の肥大化で、あ
一一それはあらゆる形態の資産や富の集中,
る
。
大きな所得不平等,教育に対するアクセスの
同じような現象,すなわち雇用機会の縮少
差別,さまざまの諸活動における大きな技術
は別のパターンでも生じる。近代部門の成長
的・生産的格差,財と生産要素の寡占的市場
は,通常,比較的大きな企業の参入を意味し,
構造,等によって示される一一,国内的な両
このことは大企業の数を増大させる。しかし,
極化あるいは分断化のプロセスはどのような
寡占状態が一般的なので,このことはまた,
要因によってもたらされるのだろうか。スン
中小企業の成長の可能性を制約する。とりわ
ケルは,それは個人所得を決定する諸要因に
け,採取産業,商業,工業および他の部門に
かかわっていると言う。その筋書きは以下の
おける大企業の肥大は,外国企業の進出によ
通りである。
って拍車をかけられる。これは中小企業だけ
近代部門への追加的投資によって生み出さ
でなく,現地の大企業をさえも制約したり排
れる所得は主に中・高所得グループの所得を
除したりする効果をもっ。このプロセスが市
拡大し,それに比例して高度資本集約的な技
場,生産手段,土地,水,外国為替,信用,
術によって生産された耐久消費財や近代的な
技術,ノウハウ等の著しい集中化傾向を伴う
サービスに対する需要が増大する。このこと
場合は,とくにそうである。かくて,国民の
は,これらグループの高い限界輸入性向とあ
所得の源泉に対する接近の機会はますます制
いまって,雇用ーすなわち近代部門におけ
約されてしまうことになる。以上が国内にお
る投資の雇用創出効果ーを著しく引き下げ
ける両極化現象である。
る。このようにして,近代部門における雇用
創出の乗数効果は,それが前近代的部門に取
って代わることによって引きおこすマイナス
N 国際的・圏内的両極化プロセス
の相互関係
の乗数効果よりも小さい。
近代部門の急成長とその結果たる前近代部
以上,我々は国際的両極化プロセスと国内
9
0
的両極化プロセスについてみてきたが,次に
a
)国家の統合された部分, (
b
)
この図の中に, (
スンケルが問題にするのは,両者の聞の相互
排除された部分, (
c
)
排除された部分と統合さ
関係である。彼は次のように言う。「もし我
れた部分の関係をみると言う。この図によれ
々が国家を発展した部分と低開発の部分が入
ば,世界資本主義システムの中心部には国家
りまじったものと考え,国際経済の基本的特
の統合された部分から成る国際的な核があ
徴を多国籍企業を通ずる先進国経済の低開発
り,その周辺にはお互いに関係をもたない排
経済への浸透ととらえるならば,先進国経済
除され分断化された部分がある。国際化され
の低開発国への浸透とこれら諸国の発展した
た核は,書物,映画,テレビ番組,ファヅシ
近代的部分との聞には,密接な関連がなけれ
ョン,住居等の類似性にみられるような同じ
ばならないということが明らかになる」と。
文化や生活様式を共有する。言語的障害はあ
以上のような世界システムの視角からえら
るが,これらの部分は,同じ言葉をしゃべる
れる命題は,スンケルによれば次のようなも
同じ国内の統合された人々と排除された人々
のである。
とのコミュニケーションよりも,より大きな
(
1
)それぞれの国家には,世界システムの発
相互間の意思疎通能力をもっている。
展した部分と接続し,類似の生活様式,生活
水準,文化的類似性だけではなく,さまざま
第 1図
の利害を通じて超国家的に密接に結びついた
世界資本主義システム
諸活動,社会グループ,地域の複合体 (
c
o
m
-
先進国
p
l
e
x
) が存在すること。
(
2
)国家には,世界システムの発展した部分課曽野自主ら
多国籍的に統合
された核
から部分的あるいは全面的に排除され,他の
低開発国
国の類似の諸活動,社会グループ,地域とは
何らの結び、つきも持たない諸活動,社会グ
ループ,地域が存在すること。
ところで,異なった国に住むこのような国
ここで,世界システムの発展した部分,す
際社会が同じような消費パターンをもつため
なわち先進国の特徴について言うと,いわゆ
には,同じような所得パターンがなければな
る先進国は経済的にも社会的にも地域的にも
らない。というのは,先進国の l人当り平均
発展した構造が支配的で,従属的でマージナ
所得は低開発国のそれよりもかなり高いから
ルな諸活動,社会グループ,地域は例外的で
である。スンケルによれば,この国際社会に
限定された二義的なものであるということで
おける類似の所得パターンは以下のように説
ある。
明される。
これに対し,いわゆる低開発国はマージナ
今,統合された部分と排除された部分の l
リティ(限界性)が国民や諸活動や地域の大
人当り所得の趨勢について考察してみると,
部分を支配し,近代的な諸活動,社会グルー
統合された中・高所得部分の所得総額は国民
プ,地域はむしろ限定された部分をなす国で
的平均よりも急速に増大する。その理由は,
ある。
この部分が,先進国においても低開発国にお
このような命題に基づいて作られた世界シ
ステムの構図が第 1図である。スンケルは,
いても,国民経済全体よりもかなり急速に成
長している多国籍企業の活動と直接あるいは
9
1
間接に結びついているからである。しかし所
る。というのは,それは戦後の資本主義世界
得の増加とは対照的に,高所得部分の人口増
における基本的な経済制度 (
b
a
s
i
ce
c
o
n
o
m
i
c
加は,先進国においても低開発国においても,
i
n
s
t
i
t
u
t
i
o
n
) であり,中心国や世界全体のシ
国民的平均をかなり下回る傾向にある。かく
ステムの構造や機能を根本的に変革する巨大
て,これら部分の l人当り所得は,いずれの
な推進力であるからである。スンケルによれ
タイプの国においても,国民的平均より急速
ば,多国籍企業は次のような力をもっ。
に増加する。ここに国際社会,すなわち多国
(
a
)多国籍企業は国際的にも国内的にも,新
籍的に統合された部分における類似の所得の
b
)この新
しい経済システムを構築すること, (
パターンが現出するわけである。
しいシステムは,資本主義システムの国際化
反対に,排除されたグループにおいては,
された核に統合された部分, とりわけ多国籍
人口増加率は国民的平均よりも高く,所得の
企業と直接的に結びついた部分の発展に有利
増加率は国民的平均よりも低い。かくて
であり,同時に残りの経済的・社会的部分を
人当たり所得は国民的平均よりも低くなる。
破壊し,国民のかなりの部分を分断し,排除
このような傾向は先進経済にも低開発経済に
する傾向をもつこと。
も当てはまる。したがって,この分析に基づ
周知のように,多国籍企業の中枢部は本国
けば,所得分配はいす.れのタイプの国におい
に置かれ,いわば中央計画局の機能をもった
ても悪化する。しかしながら,このような傾
本社である。生産活動は本国でもおこなわれ
向は,先進国においては,所得再分配政策に
るが,周辺諸国の子会社や支庖によってもお
よって克服される。というのは,平均所得水
こなわれる。本社は,本質的には,何を,ど
準が全般的に高い経済においては,低所得グ
のように, どこで, どれくらい,いかなる期
l
レープのウエイトは比較的小さいからであ
間にわたって生産・販売するかを計画し,決
る。対照的に,低開発国においては,そのよ
定する人々のグループによって構成される。
うな所得再分配政策は同じような効果をもた
意思決定プロセスを合理的に遂行するため
ない。というのは,人口に占める低所得部分
に,多国籍企業は,必要な情報,人材,科学
の割合があまりにも大きいからである。
技術知識,金融等に関する非常に効率的なコ
ミュニケーション・システムを発展させてき
V 国境を超えた統合と圏内の分断
た
。
以上,我々はこれまで,世界経済システム
中では,国際的にも国内的にも,財やサービ
における発展,低開発,従属,排除,地理的
スの企業内取引がさかんにおこなわれてい
水直的,水平的に統合された多国籍企業の
不均衡等々の概念についてみてきた。そこで
る。このようにして多国籍企業は,投入財に
明らかにされたことは,それらは相互に関係
関しても,製品の販売に関しても,かなりの
し合っているだけではなく,実際には単一の
程度,市場に取って代わる。さらに多国籍企
世界的プロセス一一それは同時に国境を超え
業は,個人消費者や政府に圧力をかけること
た統合と国内における分断のプロセスである
によって,財やサービスの需要にも大きな影
ーーの中で,異なった現われた方をするとい
響を与えることができる。多国籍企業はまた,
うことである。スンケルによれば,このよう
古典的な企業家や資本の供給者や資本市場を
なプロセスにおける主役は多国籍企業であ
消滅させ,それに代えて,企業のテクノスト
9
2
ラクチュアを構成するトップ・プランナーや
な影響をおよぼすまでに急成長している。ス
マネージャーを代置する。これらのテクノク
ンケルによれば,多国籍企業が低開発国の経
ラートは,世界を、支配するだけではなく,低
済におよぼす影響は,次のようなものである。
開発国においても,国民的な企業家階級に取
1.まず第 1に,多国籍企業が規模や多様
って代わる。
これまで世界のほとんどの国が,外国資本
化を最大限に利用できる能力一一たとえば,
規模の経済,大規模な資本蓄積,長期計画,
が資本や技術や市場に対して果たす貢献を利
販売力,科学技術研究,金融力,不確実性と
用するために,外国民間資本を導入しようと
リスクの軽減,さまざまの経済分野における
してきた。しかしスンケルによれば,多国籍
事業機会の最適選択等一ーは,主に多国籍企
企業が現実に受入国の経済に与えたインパク
業の基本機能が集中している本国で高まり,
トは,外国民間資本の役割に関して伝統的に
それは本国経済における複合化 (
c
o
m
p
l
e
x
i
t
y
)
なされてきた主張とはちがって,ネガティブ
や専門化 (
s
p
e
c
i
a
l
i
z
a
t
i
o
n
) の度合を高め,
なものであった。
経済の他の部分の活性化を助ける。他方,周
彼によれば,多国籍企業がもたらす新しい
追加資本による貢献は,子会社が所要資金の
辺諸国に立地された多国籍企業の子会社は,
一次産品部門だけでなく他のあらゆる活動に
大部分を現地で調達するので,それほど大き
おいても,他の経済部門との統合された産業
くない。利潤,利子,ロイヤルティ,技術援
複合体Ci
n
t
e
g
r
a
t
e
di
n
d
u
s
t
r
i
a
lc
o
r
n
p
l
e
x
)を
助に対する支払い等は,通常,ネットの資本
創らず,多国籍企業とだけ統合する。
流入よりも数倍も大きく,その結果,巨額の
さらに多国籍企業は,現地の生産活動の均
資本流出が引きおこされる。しかも,この額
衡性をも分断する。これは,多国籍企業が競
は一般に過少に見積られている。というのは,
争者に対して市場をゆだねないーーもしそう
企業の多国籍的統合によって,海外への各支
すれば,このことは狭隆な市場における過剰
払い項目がオーバー・プライシングされてい
供給能力を意味する一ーごとと,そしてまた,
るからである。
現地の諸活動(企業家,労働者等を含む)が
技術移転もまた,いくつかの特殊性をもっ
高度資本集約的な技術の大規模導入によって
て現われる。それは多国籍企業の枠内でおこ
取って代わられるという事実によるものであ
なわれるので,現地の条件に適した技術が伝
る。子会社は,投入財,技術,人材,製品等,
播されるとか,あるいは現地の科学技術活動
さまざまの面で多国籍企業と可能な限り密接
が促進されたりするとかいうことは期待され
に結びつくので,現地経済への波及効果は,
ない。したがって,多国籍企業の受入国は,
本国経済への波及効果よりも,そしてまた現
この種の移転を通じて,ただ単に技術を“消
地経済への逆流効果よりも小さい。
費"するだけであり,科学技術を創出したり
2
. さまざまの理由で,多国籍企業は市場
適合化する契機にはならない。また,新しい
の拡大を恒常的に必要とするので,低開発国
外国市場の開拓についていえば,経験は,少
は先進国のコンシューマリズム(消費主義)
くとも製造業の場合には,まったくネガティ
の大々的な攻勢を受けるーデモンストレー
ブなものであった。
ション効果。もちろん,これらの財に対して
他方,子会社の増設を通じる多国籍企業の
は,世界システムの発展した部分へ統合され
企業内取引は,受入国の意思決定過程に重大
た高所得部分の市場があるが,デモンスト
9
3
レーション効果は低所得グループにも浸透す
図である。みられるように,多国籍的に統合
る。これは一方において,需要構造や投資資
されたグループと分断されたグループへの区
源の配分に歪みと不合理性をもちこみ,他方
分は,今や,階級構成と重なり,統合された
ク命ループと分断されたグループが企業家,中
において貯蓄を減少させる。
3
. 第 3は,多国籍企業が活動している産
産階級,労働者,絶対的に排除された大衆の
業部門は,しばしば寡占的性格が強いことで
間に現われる。このような社会的区分は異な
ある。わずかの輸出業者が多くの零細な農業
った形態をとり,それぞれの諸国で支配的な
および鉱業会社から購入し,他方,少数の耐
実際の状態に従う。
久消費財生産者が多数の消費者に商品を売
この場合,この社会構成に変動を引きおこ
る。このような条件のもとにおいては,多国
すダイナミズムは,国際化され統合された部
籍企業は現地の生産者に安く支払い,現地の
分が中心国から受け取る影響に由来してい
消費者には高く売りつける。かくて,多国籍
る。この影響は,生産構造のレベルにおいて
企業は超過利潤を取得し,それを本社へ送金
は,大規模な多国籍企業とその子会社の浸透
するか現地に再投資する。かくて,累積的悪
を通じて感じられる。たとえば,技術面にお
循環の過程が開始されるのである。
いては,高度資本集約的な技術の導入によっ
しかしスンケルによれば,多国籍企業の影
て,文化的・イデオロギー的側面においては,
響はこれだけにとどまるのではない。それは
消費文明の宣伝と促進によって,開発政策や
新しい多国籍企業体制の構築を通じて,低開
戦略の側面においては,高所得消費財の生産
発国の社会構成や階級構成にも重大な変化を
や国境を越えた統合のプロセスに有利な国家
与える。その関係を示したのが第 2図と第 3
的・国際的経済的利害関係によってである。
すでにみたように,近代化は資本集約性が
伝統的生産構造に徐々に取って代わることを
第 2図
/統合された部分の中産階級
統合された部分の労働者
意味するが,このような状態のもとにおいて
は,この過程は二つの相反した傾向を生み出
す。一方において,近代化の過程は合理性に
適合できる個人やグループを新しい構造へ組
み入れ,他方において,新しい生産構造に適
合できない個人やグループを排除する o この
ような過程は,国民的な企業家階級の形成を
統合されない部分の労働者
第 3図
防げるだけでなく,国民的な中産階級(国民
的な知識人,科学者,技術者等を含む)や国
民的な労働者階級の形成をも防げる。近代化
の前進は,いわば,多国籍企業に統合された
部分と排除された部分を分断する境目に沿っ
て
, くさびを打ち込むのである。
このような過程のなかで,ある国民的企業
家は幹部として新しい企業へ組み込まれる
か,あるいは多国籍企業によって吸収される。
9
4
第 4図
他方,他の者は排除される。ある技術的専門
家も近代部門に吸収されるが,残りは排除さ
tt
れる。格上げに適合していると考えられる熟
練労働者は組み入れられるが,残りは排除さ
れ る ー 第 3図参照。
各社会階級の分断の効果は,社会的移動に
対して重要な帰結をもたらす。排除された企
業家は零細企業や手工業の隊列に加わるか,
それとも独立した活動を放棄して中産階級と
しての雇われ人になる。中産階級の排除され
的移動のプロセスは第 4図に示されている。
た部分は,格上げの可能性をもたないで,中
かくてスンケルによれば,多国籍企業体制
産階級の外観だけを維持しようとする欲求不
は低開発国の対外的従属性と国内的分断を強
満の下層中産階級を形成する。彼らはまた,
め,低開発国の経済的,社会的,政治的,文
プロレタリア化の危険にもさらされる。労働
化的低開発のプロセスを強化するのである。
者の排除された部分は絶対的に排除されたグ
これらは低開発国における排除された各グ
ループ(すなわち,インフォーマル部門)に
ループの不満を助長し,低開発国を政治的,
仲間入りし,そこでは下層中産階級における
社会的に不安定な状態に陥れる。その大きは,
と同じように,憤りと欲求不満が堆積される。
低開発国社会の構造や機能が,国境を越えた
このような格下げの動きに対しては,選択
統合と国内的分断のプロセスによって影響を
的で差別的な格上げの動きもある。ある絶対
受ける度合にかかっている。
的に排除された大衆は労働者階級に仲間入り
し,ある労働者は下層の中産階級に格上げさ
れるかもしれない。さらに,ある中産階級は
韓国の発展モデルに対するスンケル
理論の適用可能性
中小企業家になるかもしれない。この上向移
動は,おそらく少くとも未熟練労働者の賃金
以上みてきたように,スンケル理論は低開
水準を抑圧する傾向をもち,下層中産階級の
発国の生産構造,階級構成に影響を及ぼす主
不満を増大させる。
体として多国籍企業の存在を重視する。多国
このような移動は,さらに,先進国と低開
籍企業に統合された部分は従属的に発展はす
発国の統合化され国際化された部分において
るが,国民経済的観点からすれば,国内は統
もおこる。この部分は前にもふれたように,
合された部分とそれ以外の部分に分断され,
世界資本主義システムの核を構成し, したが
階層分化は一層はげしくなる。このようなプ
ってまた,技術的専門家のための国際市場を
ロセス中で格上げされなかった大衆の不、満は
構成する。この国際的移動の一部は,いわゆ
うっせきし政治的・社会的危機の要因とな
る低開発国から先進国へ向けての頭脳流出で
る
。
あり,他の方向への流れは,低開発国の開発
このようなパースペクティブは,彼が理論
や近代化の過程を指図したり,監督したりす
構築の対象としたラテンアメリカの現実から
るために低開発国に送られてくる専門家や経
導出されたものだが,ではこの理論はアジア
営者である。このような複雑な国内的・国際
NIESのような外資に依拠して輸出指向型の
9
5
発展をとげた国にも適用可能なのだろうか。
術者,専門職,ホワイトカラーなどの『新中
この点についての判断は慎重にせねばならな
間層』も民主化の意思を明確にさせるように
いが,少くとも菱英之氏が韓国の経済発展を,
なった。こうして,もはや政治と経済のギャ
外資依存,国家主導,財閥資本中心の輸出指
ップが存続しうる余地が以前に比べてはるか
向型工業化路線にもとづいた「従属と資本主
に縮められざるをえなくなってきている。
義的発展の結合形態」と規定し,次のような
8
7
年 6月の広範な市民を巻き込んだ民衆抗
問題点を指摘される場合,適用可能と思われ
8年 4月の総選挙における与党の議席過
争や 8
る
。
半数割れという事態は,韓国
「米日の外資に依存した輸出指向型工業化
は,労働者の低賃金構造とそれを支える農産
NICSの『従属
的発展』の内部矛盾が劇的な形であらわれ始
めたことを示している」。
物低価格政策を必然、的に伴うものであった。
労働者,農民を犠牲にした財閥企業中心の高
度成長政策の強行は,他方で民衆の反抗を抑
える強権政治を不可避なものにし民主主義
を踏みにじることになった。経済成長=資本
の強蓄積による富は,外資と財閥資本の手に
集中されるだけでなく,独裁政治を支える物
(注)
1
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3
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3
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.
3)本稿で使用したスンケルの論文は以下のものであ
o
. Sunkel (
19
8
0
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質的担保にもなった。これが外資依存による
る
。
国家主運の輸出指向型工業化に特有な『民衆
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排除メカニズム』と呼ばれるものであり,第
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三世界工業化の過程で一般的に見られる『開
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,
発独裁』現象である。-
WestviewP
r
e
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.
だが,従属的資本主義発展による産業化,
4)スンケルのプロフィールの紹介に当っては,次の
工業化は大量の貧困な労働者と農民を生み出
文献に依拠した。 Magnus B
1
0mstrom and Bjom
した。世界でも最長の労働時間と絶対的低水
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87
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準の賃金,劣悪な作業環境に坤吟する労働者,
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また工業化の犠牲で破たんした農業で生計の
5)昂 i
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1
7
5
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営みが困難となり,土地を失い,莫大な負債
6)スンケル理論の特徴等については,竹野内真樹「従
をかかえこんだ農民,都市の華かさの陰であ
レの所説をめ
属学派の新動向一ペトラスとスンケ l
えぐ都市スラム貧民たちは,もはや生活の限
ぐって JW経済評論~ 1
9
8
0年 3月号も参照のこと。
界にたえきれず,生存権確保のため敢然、と独
7)菱英之『東アジアの再編と韓国経済』社会評論社,
裁に立ち向かった。また高度成長が生んだ技
1
9
9
1年
, 2
36-238
頁
。
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