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成長への処方箋
複雑化する今日のグローバルな事業環境 において、自社の舵取りをするため、企業 経営者は組織変革の推進にこれまで以上に リーダーシップを発揮しなければならない。 Future of Japan 〜成長への処方箋〜 目次 02 会長挨拶 03 更なる成長へ向けた変革 04 要旨 11 はじめに 16 第 1 の現実: アジアの台頭 19 高付加価値ニッチ市場での 主導権を保つ 22 ミャンマー 23 アジアにおける提携関係の 拡大 24 企業への影響 27 第 2 の現実: 複雑化する事業 29 G ゼロ世界での事業経営 31 複雑性がもたらす新たな 課題̶ハーバード大学 ロースクールのデビッド・ ケネディ氏への Q&A 34 複雑化する時代の M&A 36 企業への影響 39 第 3 の現実: 新たなイノベーションモデルの 要請 43 内角高めを狙う:マツダ社、 金井氏のイノベーションと ブランディング戦略 44 解決策を求めて̶成熟企業に おける新規事業の支援・統合 47 新たな技術とイノベーションの 実践̶Twitter Japan 代表 近藤正晃ジェームス氏への Q&A 48 企業への影響 50 第 4 の現実: 新陳代謝の衰え 60 企業への影響 62 最後に 66 インタビューリスト 69 制作関係者リスト pwc.com/gx/revitalising-corporate-japan pwc.com/jp/ja/japan-service/revitalising-corporate-japan 会長挨拶 欧米以外で初めて近代的な経済大国となった国として、日本は現在の新興諸国の草分け的な存在で あった。戦後の混乱からの奇跡的な復興や、高品質の代名詞「メイド・イン・ジャパン」を確立し た画期的な成果は、経済発展の手本とされた。 日本は、将来的に全ての国に迫りくるさまざまな課題に最初に直面する国として、他の先進国の一歩 先を行く存在であり、人口高齢化や、複雑化するグローバルな事業環境の変化に適応するため、現 在の成熟経済の転換を迫られている。 日本の身の処し方から、私たち全てが教訓を学ぶことができるであろう。だからこそ PwC は、日本 の現状に対する世界の理解を深める必要があると考えている。 私は、PwC の圧倒的なグローバルネットワークを活かした専門知識を駆使して、日本および日本企 業が直面するさまざまな課題に着目する機会を見出した。そして PwC のプロジェクトチームは、産 官学から約 60 名のリーダーの方々へのインタビューを実施し、日本および日本企業が直面する課題 や日本企業が実際に取り組んでいる変革について議論させて頂いた。 お忙しいスケジュールの合間を縫って時間を作って頂いた皆様一人ひとりに、心から感謝したい。皆 様が率直に議論に参加して下さったおかげで、私たちの調査を支える貴重な裏付けが得られた。 この分析を通じて、日本と日本を牽引する企業の今後の方向性をめぐる今日的な議論に寄与できるよ う願っている。私たちが多大な敬意と愛情をもって追求してきたこの取り組みの目的は、日本のビジ ネスリーダーとそのステークホルダーとの対話を充実させることにある。 プライスウォーターハウスクーパース・インターナショナル 会長 デニス・ナリー 2 PwC 更なる成長へ向けた変革 日本の歴史は今、新たな章の幕開けに立っている。変化と転換の時を迎えている。企業経営者は、 過去の事例にとらわれない策を講じ、自社の持続可能な成長のための戦略を見直す機会に直面して いる。既存の強みや卓越した優位性を活かし、競争力を高めグローバル化を進めるべく意思決定を 下す時が来ているのだ。 世界の大手企業のアドバイザーを務める私たちは、変化が時に困難であることを承知している。変化 にはある程度の不確実性が付きまとい、強力なリーダーシップが求められる。新たなアプローチとア イデアの追求は確かに一定のリスクを伴うが、何もしないことによるリスクの方がはるかに大きい。 一年間にわたり日本企業の経営層の皆様と意見交換をさせて頂いた経験から、私たちは多くのビジ ネスリーダーが既に変化の必要性を認識していると考えている。多くの日本企業が、企業ごとに必要 となる戦略の見直しや事業内容の転換プロセスに着手する上で、本レポートが助けになれば幸いで ある。 PwC はレポート作成以外に、60 年以上にわたり日本で業務を展開している。当社のスタッフは日本 の大企業 ̶グローバル企業 ̶の成長を支援するため緊密に協力し、日本国内および世界各地で サービスを提供している。極めて複雑で急速に変化する今日のグローバル環境で、日本企業が必要 な措置を講じて正しい方向に舵を切り、持続的な成長を遂げてゆかれるよう、私たちは引き続き支 援に取り組んでいきたい。 プライスウォーターハウスクーパース・ プライスウォーターハウスクーパース ジャパン インターナショナル 日本代表 鈴木洋之 グローバルアドバイザリー・サービス 副会長 フアン・プハーダス Future of Japan 3 要旨 4 PwC 日本は世界に良い刺激を与えてきた。日本は世界でも類を見ない長 寿国であり、その国民は総じて健康である。また、日本社会は結束 力や信頼関係の強さといった点で非常に優れており、それが目覚ま しい成果を挙げることに寄与してきた。 日本の企業社会は長年にわたり世界から尊敬を集めてきた。日本企 業の総称としての「日本株式会社」はその技術力、品質基準、献 身的な労働力や国際的な競争力を誇る民間部門のたゆまぬ努力に より、過去数十年の間グローバルリーダーの一端を担ってきた。 今再び世界は、力強く自信と活力に満ちた日本を必要としている。 Future of Japan 5 要旨 成熟した産業国家が平和と繁栄を謳 しかし PwC は、日本は活力を取り戻 2)複雑化する事業 国家間の結びつ 歌し、経済的優位を保っていた第二 すことが可能であり、また取り戻さな きの強まりや、貿易・金融関係の複 次世界大戦後の時代は、一見すると ければならないと強く考えている。こ 雑性が増す中、新たな経営手法が求 終わったように見える。グローバル化、 の問題には多くの側面があるが、本レ 新興国や新興企業との競争、資源圧 ポートでは日本企業ができることに焦 力、環境悪化、気候変動という問題に 点を当てていく。その理由として、改 3) 新 たなイノベ ーションモデ ル の よって、既存の経済構造が揺さぶられ 革には政府の政策イニシアティブが必 要請 企業内での起業・イノベーショ ている。 要不可欠であるが、企業がその役割 ン推進を通じて競争力を高め、多様 を果たさなければ効果的なものとはな なアイデアと取り組みを活用して、新 新興国における中産階級の台頭と輸 らないと考えるからである。また PwC たなより優れた製品の開発および製造 出拡大に伴って、これまで国際貿易 の見解では、日本企業の中で現状を を促すことができる。 を支配していた国やその産業部門の 変革させるような行動を起こしている 相対的な地位が低下している。世界 例は少ないと見ている。 の舞台に登場したこの新たなライバル 4)新陳代謝の衰え 日本がさらなる 繁栄を遂げるには、国内市場重視の は、グローバル市場で活躍してきた国 日本はさまざまな意味で課題先進国で 事業運営を改革し、労働力人口の高 や企業にとって真の競争相手となる一 ある。それは人口高齢化や、複雑性 齢化とハイスキル人材の不足に対応す ることが重要になる。 方、成長、改善、競争力向上のチャ を増すグローバルな事業環境の要請 ンスも提供している。競争が成功を生 を受けた成長に向けた成熟経済から み、それを有効に活用する上で格好 の転換といった課題である。これらの これら 4 つの現実どれもが、企業の存 の位置にいるという意味では、日本は 課題への日本の対処法が、今後世界 続と繁栄の成否を決めることになる。 今、歴史上非常に重大な局面を迎え にとって手本となるだろう。 ている。 日本には先駆者となる能力がありな 確かに日本だけでなく、米国、欧州諸 しかしながら、新たなグローバル課題 国などの先進国も同様の課題に直面し への解決策は容易に見つかるわけで ている。人材不足、起業家精神とイノ がら、 実 際 には 日 本 の 活 力 が 失 わ はない。次のような世界の新たな現実 ベーションの必要性、ビジネスを促進 れつつあると指摘する議論が国内外 を前に、全ての国が自国の現在の強 する環境といった課題には、各国の慣 であがっている。日本の平均寿命は みと置かれた環境を比較検討しなけ 習や社会構成、企業の体力、過去の OECD 諸国中最も高いが、出生率で ればならない。 は最低水準に属し、労働力人口の縮 6 められる。 成功を踏まえた独自の解決策が求めら れるだろう。 小と人口高齢化を招いている。人口 1)アジアの台頭 アジアは、世界の 構造に加え、膨大な公的債務と新興 経済成長のエンジンとして新たな手強 日本には他の国にない優れた特性が 諸国をはるかに上回る人件費等のコス いライバルを生みだしている。だが同 ある。この強みを維持するため、日本 トを勘案すると、経済活動の抜本的な 時にアジア新興国の中産階級の存在 のビジネスリーダーは、活力に満ちた 変革なしには、日本社会の生活水準 は、日本がニッチ市場で強みを活か 事業環境をグローバルな視点から緻 低下は避けられないであろう。 すチャンスも生み出している。 密に検討することが重要である。外的 PwC 日本株式会社復活のシナリオ 成長への処方箋 企業は、大胆さ、 リスクテイク、 スピード、柔軟性、適応性といった観点から、 抜本的な変革を進めることが急務となっている。 1 3 アジアの台頭 新たなイノベーションモデル の要請 日本企業にとってグローバル化 はもはや避けられず、アジアが 焦点となる。既にアジア新興国 から、強力な新たなライバルが 生まれている。 企業が開かれたビジネスモデル を追求する中、起業制度と共創 でイノベーションプロセスを活 性化する。 • アジア新興国の「最強のラ • 部外の新興企業との協力に 業 務 提 携 に向 けた 適 切 な アプローチは何か? 3イ ノ ベ ア ジ ン ショ ー • アジ アでのビジ ネス形 成、 1ア イバル」に、どうすれば優 位性を保てるのか? 4 上手く適応しているか? • 社員や提携先との協力を後 押しして、イノベーションを 推進しているか? つの現実 2 2 雑 複 貿易・金融面の結びつきの強 まりに対応して、新たな戦略が 求められている。 性 • 海外拠点との統合は進んで 謝 複雑化する事業 力 どのグローバル戦略を 持っているか? 4 代 いるか? 4 新陳代謝の衰え 日本 は 先 進 国 の 中で最 初 に、 高齢化や生き残りをかけた組織 転換といった課題に直面する。 • 資本を効率的に活用してい るか? • グローバルな人材獲得競争 • 経営陣は、世界の多様な価 をどう戦うか? 値観を理解しているか? 戦略的な重点課題 組織を変革する イノベーションに適応する リーダーは、21 世紀における 持続可能な成功を実現するた め、抜本的な組織変革を推進 しなければならない。今日のグ ローバル環境で必要な人材や 斬新な視点、活力を手にする ため、組織全体に多様性を取 り入れる必要がある。 自社の事業を外部の視点で鳥 瞰する。自分がもし部外者 ̶ たとえば、自社事業を推進する 優れたアイデアや技術を持つ 起業家̶だったらどうかと考え てみてほしい。あなたはパート ナーとして簡単に自分の会社と 協力関係を結び、適切な人材 を見つけられるだろうか? 未来のリーダーを体系的に 育成する 企業は、今日の世界で組織を 巧みに率いるために必要は幅 広い能力を把握し、昇進・教 育訓練・ローテーション・報酬 制度を変更して、グローバルな リーダーを大勢育てていかね ばならない。 成長戦略を重視する 合併・買収活動(M&A)や直 接投資、業務提携など、積極 的な成長戦略を検討する。成 長途上の市場において、日本 に必要な付加価値的な活動の 実践につながるチャンスに、こ れまで以上の労力を注がねば ならない。 Future of Japan 7 要旨 変化を受け、新たなチャンスを捉え、 こうした姿勢を武器に、行動を起こす • イノベーションに適応する−イノ 既存の強みを活かすため適応と成長 べく次の 4 つの行動を起こさなければ ベーションを加速するため、 組織 を遂げる必要性が生じている。 ならない。 をオープンにする。自社の事業を 外部の視点で鳥瞰することが必要 日本には、重点的に取り組めば持続 • 組織を変革する−リーダーは、今 である。自分がもし、自社の事業 的な競争優位を維持できる特定の分 日のグローバル環境で自社を成功 目標を推進する優れたアイデアや 野が存在する。 に導くため、抜本的な組織変革を 技術、 人脈を持つ部外者 ̶ たと 推進しなければならない。組織全 えば起業家や中小企業社長、外国 日本企業はさらなる適応を遂げねばな 体およびガバナンス構造の中に、よ の多国籍企業など̶だったらどう らない。的確な措置に着手する企業も り幅広い人材とこうした人材がもた するかと考えてみてほしい。自分は 数多く出てきているが、日本経済の規 らす新たな視点を取り入れる必要 パートナーとして簡単に自分の会社 模の大きさを考えると、変革を遂げ将 がある。他組織で活躍した者、外 と協力関係を結び、適切な人材を 来的な繁栄を手にするためには十分 国人、女性、若い世代などはみな、 見つけられるだろうか? 大半の日 なスピードで適応している企業はまだ 豊富なアイデアとエネルギーをもた 本企業では、これらが決して容易と まだ少ないと言えよう。 らしてくれる存在だ。こうした層を は言い難い。日本企業は、グロー 受け入れれば企業経営は柔軟性を バルリーダーになるために必要なイ この種の急激な変革を遂げるため、大 増し、外的ショックにも強い組織を ノベーションプロセスの活性化に向 胆さ、リスクテイク、スピード、柔軟 作ることができる。それにいよって、 け、社内企業制度や外部組織との 性、適応力を含む新たな姿勢が求め 国内外のライバルに対する競争力 コ・クリエーション(共創)といっ られている。今日の複雑なグローバル の向上につながる。 た新たなアプローチを活用する必 環境の中で生き残るため、日本企業は 8 PwC 要があるだろう。 • 未来のリーダーを体系的に育成す かせ、企業は資本を非効率的に利 るチャンスを手にしている。将来的に る−今日のグローバル環境で組織 用している。円高がもたらす絶好の は、世界の他の国々も早晩日本が今 を正しい方向に率いるために必要 チャンスを意識する必要がある。成 日対処している課題の克服に取り組む な幅広い能力を把握する。企業は、 長途上の市場において、日本に必 ことになるだろう。そうした意味では、 昇進・教育訓練・ローテーション・ 要な付加価値的な活動の実践につ 日本における迅速なビジネスモデルの 報酬制度を変更して、現在および ながるチャンスに、これまで以上の 再構築が将来、他の先進国や新興国 新たな課題に対応できるリーダーを 労力を注がねばならない。 市場においても使える可能性を秘めて いる。本レポートで詳述した課題に対 大勢育てていかねばならない。リ スクを厭わず、自信を持って組織を もちろん、企業によって業種も違えば 処するため、既に重要な対策を講じ始 新たな方向に導くスキルを持った真 出発点も異なるため、上記のうちどの めている企業もある。さらに徹底した のリーダーを育成するため、能力 対応を取り入れるべきかはさまざまで 堅実な努力を企業が続ければ、日本 主義の昇進制度や外部からの幹部 あろう。同時に、グローバル化やガバ がさまざまな面で今後も世界をリード 登用を積極的に進めるべきである。 ナンス、イノベーション、戦略的思考、 していくことに疑問の余地はない。勝 • 成長戦略を重視する−合併・買 収活動(M&A) や直接投資、 業 資本計画、M&A、報酬、業績管理と 利を収めるために必要な資質は、行 いった多様な課題に関しても改善に取 動、イノベーションへの探求心と現物 り組む必要がある。 への細かな配慮、それに課題を克服 する勇気であり、これらは全て、日本 務提携などの手段を通じ、多くの 日本企業はさらに積極的に仕掛け 日本は、変化の最前線に立たされてい が過去何世紀にもわたり示してきた優 られる。 今のところ、 国内市場の る。長年世界でリーダーシップを発揮 れた特性に他ならない。 合理化は進まず、あまりに多くの業 してきた日本は、多くのライバルより 種で巨大企業が依然として幅をき 一足早く行動を起こし、環境に適応す Future of Japan 9 10 PwC はじめに 20 世紀後半に国際経済舞台の中心的存在となった日本株 式会社の台頭は、過去に前例のない経済的成功の象徴であ る。日本は第二次大戦後に経済力の基盤を築き、1968 年 に世界第二の経済大国へと躍進、その後 20 年間に爆発的 な成長を遂げた。この復興は、ほぼ他に並ぶもののない熟 練した製造工程に支えられたものだ。「メイド・イン・ジャパ ン」は、優れた製品品質を示す世界的な代名詞として確実 に定着した。多くの企業や何百万人もの国民の成果を結集 して、日本は品質面で世界的な名声を確立した。 Future of Japan 11 はじめに 図 1:先進国と新興国の GDP 成長 購買力平価ベースの国内総生産( PPP ) 1980 2010 2030 32% 49% 51% 57% 43% 68% 非 OECD 諸国 OECD 諸国 出典:世界銀行 「世界開発指標」、 世界銀行 「国際比較プログラム」 データベース、 経済協力開発機構(OECD) 「2010 年世界開発の展望̶富の移動」 生活のあらゆる側面での品質と技術へ つため、これまで世界市場をリードし 20 年」の成長低迷のせいで、戦後の の並々ならぬこだわりに基づき、日本 てきた国家と企業には、方向転換と環 日本の驚異的な復興がその輝きを失っ 企業は優れた製品を提供するのみな 境変化への適応、そして更なる成長 てしまうおそれがある。これまでの競 らず、 過去 50 年間に世界の製造業 が求められる。 争優位の喪失に加え、国内経済に根 本的な変化が生じている。労働年齢 に構造改革を引き起こした。全ての国 と企業に対し一層の努力を重ね、世 日本の輸出が増え始めた 1945 年以 人口の減少が加速し、公的債務は増 界のどこでも如何なる価格でもより質 降、主な市場機会は北米と欧州にあっ 大の一途をたどる上、国内消費も減少 しつつあるのだ。 の高い製品を提供するよう圧力をかけ た。しかしながら現在、グローバル た。こうしたこだわりが、私たちの生 な成長の起点は日本の近隣諸国に存 活の質向上のために発展させる必要 在する。米国に匹敵する研究開発能 目の前のチャンスをつかむには、日本 があるナノテクノロジー、ロボット工学、 力を持ち、世界各地の新規ベンチャー のビジネスリーダーは国内外で決断力 材料科学といった新たな分野で、今も に投資できる資本に恵まれた日本は、 を持ってスピーディーに行動に移さな 発揮され続けている。 新興市場の要請に応える画期的なソ ければならない。 リューションを開発・提供する上で格 しかしながらグローバル経済は、刻々 好の地理的位置に付けている。 と変化している。新興市場に脅かされ 12 企業は、円高の影響緩和を試みるよう な政府の政策を待っているよりも、戦 る先進国は、高度な技術を必要としな だが先駆者的な役割を果たす能力は 略策定やグローバル対応に力を入れ いローテクな組立加工から研究開発重 あるにもかかわらず、国内外で日本の なければならない。変革への大きな 視のイノベーションへと転換を図って 卓越した活力の衰えが感じられる。韓 推進力は、日本のビジネスリーダーか いる。グローバルなビジネスの舞台に 国や中国などの近隣諸国が成長し日 ら生まれねばならない。一部の日本企 登場したこの新たなライバルを迎え撃 本に追いつきつつある今、「失われた 業は、今日の経済的現実に適応する PwC 措置を既に講じているが、民間部門 • 世界はどう変化したか? グローバル にとって、それは事業戦略に伴うリス が今後更に断固たる取り組みを続けて 経済の変化として、経済大国として クへの対策を受け入れること、役員 ゆくことが日本の競争力維持と成長に のアジアの台頭、増大するグローバ 層を含め社内全体で多様性を尊重す とって不可欠となる。 ル環境の複雑性、新たなイノベー ること、起業家精神を推進すること、 ションモデルの要請、新陳代謝の衰 女性や外国人労働者の幹部登用への 日本企業の現在の課題とチャンスを明 えが挙げられる。 機会拡大を含め、労働力の多様化を 促すことなどがあてはまるだろう。こ らかにするため、PwC は幅広いデー • 企業はこの現実にどう対処すべきか? 上記 4 つの現実に効果的に対処す のためには、大胆なリーダーシップ ら 60 人以上のリーダーの方々の話を 聞いた。私たちはまず、次の 2 つの るため、企業は多くの既存市場に共 に対処しないまま日本が上記 4 つの 通する中心的課題に直面し、これを 現実を克服するのは困難だろう。 タ研究分析に加え、実際に産官学か 基本的な問題から着手した。 が求められる。実際、これらの課題 克服しなければならない。日本企業 今の日本は危機感とスピード感を皆が共有し国としての総合 力を発 揮して、 課 題に対 応すべきであるにもか かわらず、 そのような形になっていない状況に危機感を感じます。 伊藤忠商事株式会社 小林 栄三 Future of Japan 13 はじめに ここに示した課題は、今後、より深刻 私たちが行ったインタビューの協力者 変化は時に難しい。その理由のひとつ 化することが予想される。しかしなが には、こうした課題に焦点を当て意見 は、変化が一定の不確実性をもたら ら、日本には世界に誇る長所や強み を述べてもらった。産官学の関係者に すからだ。新たなアプローチやアイデ があり、これを正しく活用すれば日本 は実に多くの共通のメッセージがある アの追求はリスクを伴うが、本レポー の競争力は回復できると PwC は考え ことに正直驚かされた。これらのリー トが示すように、実は何もしないリス ている。 ダーの方々や日本の友人らの言葉の クの方がはるかに大きい。 一貫性に大きな自信を得て、私たちは 本レポートのコラムでも多くの例を取 本レポートの着想を大胆に直接提示す り上げている通り、多くの日本企業が ることにした。 ここでは企業への影響を、日本企業 が自らに問うべき一連の率直かつ大 胆な質問という形式で示している。そ 環境変化に対応するさまざまな解決策 を模索しているが、日本経済が再び もちろん課題を提示するのは第一歩に 経済的繁栄を遂げるにはさらに数多く 過ぎない。以降の各セクションでは、 換プロセスの開始を手助けすることに の企業が変革へ向けた行動に移す必 日本企業が変革を遂げ再び繁栄する 要がある。 ため考慮せねばならない企業への影 響を説明していく。 の目的は、日本企業による必要な転 ある。 PwC の世界 CEO 意識調査へ の日本の CEO の回答から分かるように (図 2 参照)、多くの企業経営者は既 にある程度の変化の必要性を理解し ている。日本の CEO は、いくつかの 重要な分野で、他のどの国の CEO よ りも変革の必要性を強く意識している のだ。 図 2:変革の必要性を意識している 日本の CEO 72% 世界の CEO 57% 50% 38% 34% 24% 22% 12% 戦略変更を予定 研究開発・ イノベーションの 大幅な変更を予定 過去1年間に提携 関係を結んだ 自社に必要な人材を 確保しているか 「あまり自信がない」 出典:PwC 「第 15 回世界 CEO 意識調査:成果の達成̶不安定な世界情勢における成長と価値」(2012 年)、日本 の母集団 : CEO169 人中 45% は、 昨年度収益 1 兆ドル以上の企業、 73% は創業 40 年以上の企業。 14 PwC 日本企業には(競合他国と同様に)、 国内外の優秀な人材を引きつけ十分 に活用する人材モデルが必要である。 組織全体がこのニーズの存在を認め、 対処しなければならない。ハイスキル 人材がますます稀少な資源となりつつ ある世界では、企業が社員やパート ナーをどう管理し、彼らの意欲を如何 に高め、協力体制を敷きコミュニケー ションをとっていくかによって、各社の 命運が大きく分かれる可能性がある。 働き方を変える 日本の大手企業の中には、新たな時代に向け人材管理法を改善す るため既に思いきった対策を講じている企業もある。さらに多くの企 業がこの課題にスピーディーに対応する必要がある。重要な活動は 多々あるが、中でも企業は以下の実現に向け抜本的な変革を検討 すべきである。 • 社員と起業家の力を同じように活用̶大企業は、進取の気性溢 れた社員や国内の起業家コミュニティを支援するため、大小さま ざまな規模の変化を起こすことができる。たとえ厳しい選択を迫 られ、旧来の業務慣行・手法に逆らうことになっても、社員(若手・ ベテラン双方を含む)や社外パートナーに権限を与え、彼らのア イデアを共有して社内に新たなアプローチを持ち込むための方法 が必ず存在する。非連続的なイノベーションを起こすには、得て して親会社の拠点や企業文化と決別せねばならないが、日本の 場合、この国が切実に必要とするリスクテイクの気風を育む上で、 「内部からの起業支援」と「社内起業制度」という概念が欠か せない。 • リーダーシップをとれる新たな人材源を開拓する̶ 女性総合職 の定着率が低い状況を改善し、世界中の人材に企業が門戸を開 くことで、経営トップに新たな視点が生まれ、複雑な市場で競争 的優位を得られるだろう。 • 更に多様性のある役員を集める̶多様なものの見方や豊富な経 験は会社にとっての財産であり、特に変化の時代にとってはなお さらである。技術、法規制、グローバル経済などの変化のスピー ドが加速している現在、役員間に多様な視点と経験を確保するこ とが企業にとって真の財産となり得る。 • 意思決定プロセスの改善̶指揮系統の改善を通じて、既存の事 業部門を混乱に陥れるような重要な新戦略やイノベーションを、 公平に検討する体制が確保できる。 • コーポレート・ガバナンスの強化̶世界の投資家がコーポレー ト・ガバナンス重視の姿勢を強める中、自社のガバナンス体制が、 進化する国際基準に合致しているか評価する必要がある。 Future of Japan 15 第 1 の現実 アジアの台頭 日本の目前に広がる成長機会 16 PwC • アジアは今、世界の経済成長エンジンである • アジアの台頭は、世界水準のライバルを生み出しているだけで なく、新たな消費市場も生みだしている • アジア経済との統合という意味で、日本は一部の他国に遅れを とっているようだ • 日本がこれまでの遅れを取り戻し、アジアの成長に完全に参加する には、積極的な新たなアプローチが求められる Future of Japan 17 日本経済は新たな局面を迎えています。近年、我が国から 中国への最終財輸出が増加傾向にあり、中国で生産された 最終製品が米国向けに輸出されるのではなく中国国内で消 費されるようになってきています。これは、日本経済に占め る中国の比重がますます高まることを意味しています。 第 1 の現実 野村証券株式会社 木内 登英 中産階級に加わった(図 3 参照)。 世界の経済成長率は 2009 年に減少 置する予定だが、同社の與田邦男社 したものの、過去 40 年間にわたり年 長はアプローチの変化をこう説明する。 平均 3%以上の着実な伸びを示してき 日本企業も、近隣市場の魅力の高まり 「我々は今、業務ネットワークの統括 た。だがこの安定軌道の裏では、世 を見逃してはいない。他の先進国の多 機能を香港に移しています。グローバ 界の成長エンジンに劇的な変化が生 くと同様、日本の投資家もアジアへの ル市場を束ねる香港オフィスのトップ じている。世界経済の成長をアジア 関心を高めつつあり、2005 ∼ 2011 が、わが社の海外子会社のリーダー 諸国が牽引している。1970 年には、 年の対外直接投資の 30%以上がアジ です。香港のトップは役員ではなく業 アに向けられているが、この傾向を加 務責任者で、海外オフィスは全て彼の 経済力を高める日本を筆頭に、 GDP (2005 年 実 質 値)1000 億 米ドル 超 速させる必要がある。たとえば、輸送 指揮下に置かれます。日本への報告 の国はアジアに 3 カ国しか存在しな 機器資材やアパレル資材を扱う部品 は行われますが、完全に彼の支配下 かった。それが 2010 年にはアジアか サプライヤー、モリト株式会社は中国 にあるのです。現在、本社の経営機 ら新たに 10 カ国が仲間入りを果たし、 と米国に工場を構え、2012 年中にベ 能を少しずつ香港に移しているところ トナムとミャンマーにも生産拠点を設 何十億もの新たな消費者がアジアの です」 経済統合のスピードは加速しつつあ 図 3:世界の国民 1 人当たり GDP、 GDP 成長率、人口の分布 る。円高と、国内成長は限界に達した 市場に応じて消費者の成熟度は異なり、 ニーズや小売価格に大きなばらつきがある。この図の左上部分の顧 客に慣れ親しんだ日本企業は、 図右下部分の新たな成長市場への進出を成功させるため、 アプローチや製品 ミックス、 戦略の変更を迫られている。 という認識に後押しされて、日本企業 ている。2011 年には、アジアでの日 1人当たりの年間所得(米ドル) 本企業の買収契約数が 42%増加した 米国 $50,000 日本 のに対し、欧州では 26%増(武田薬 高所層(12,000米ドル以上) 中間所得層(4,000∼12,000米ドル) ドイツ 新興国中間層(1,000∼4,000米ドル) フランス 40,000 は近年アジア全域で買収に力を入れ 低所得層(1,000米ドル以下) 英国 円の大きさ=人口 品による 140 億ドルでのナイコメッド 社買収など、高額取引を含む)にとど まり、北米では減少した。(図 4 参照) 日本の中小企業は、買収取引への参 加を進めている。スタンフォード大学 30,000 「日本の起業家精神に関するプロジェ エバーハート氏によると、アジア全域 ブラジル 南アフリカ アルジェリア エジプト 0 で新工場建設を推進している日本のソ アルジェリア 10,000 -2 クト」のリーダーを務めるロバート・ ロシア 20,000 アンゴラ セネガル 2 パキスタン 4 インドネシア ケニア 6 ナイジェリア を遂げている。アジアでの M&A が、 10 出典:IMF、 世界銀行 PwC 業界の新興企業が、「爆発的な」成長 インド 実質GDP 成長率(2011年) 18 フトウェア業界、ハイテク材料・機器 中国 12 こうした中規模企業の中心戦略になっ ているのだ。「彼らのイノベーション が、工場や重工業部門を対象としてい 図 4:日本の M&A 買収先の変化(国別) 昨年は中小企業買収の増加に伴い対外 M&A が伸びたが、 先進国市場に比べアジアなど新興地域への投資は いまだ遅れをとっている。 買収契約数の変化 (2010∼2011年) 取引額(10億米ドル) $60 EU 50 アジア 40 42% 30 20 るのは、そこに成長機会があるからで す」とエバーハート氏は語る。「彼ら はグローバルなサプライチェーンの只 中に位置し、私に言わせればそのサプ 44% EU 26% NA 10 0 その他 A 北米 O 2006 EU EU 2007 NA 北米 2008 A アジア 2009 2010 2011 –9% O その他 出典:RECOF ライチェーンの原動力となっているの です」 の製造部門の責任者を派遣しました。 上 記の話 から、日本と海 外どちらで しかし、タイ経済が成長し、一大市場 も活躍できる新たなタイプのリーダー 既に中国や先発のアジア新興国に進 になると、現地市場を見据えて営業や シップ人材が求められていることが分 出している大企業にとっては、後発の 調達なども管理できる、ジェネラル・ かる。 新興国への事業拡大が次なる成長戦 マネージャー的人財(経営者)が必 略となる。株式会社日立製作所 国際 要となってきます。その次には、タイ 企業は、スピーディーに動いているだ 事業戦略本部本部長の豊島幸雄氏は 工場でのコスト低減を図るべく更に人 ろうか? 日本は、アジア経済を牽引す 次のように語っている。「新興国へ進 件費等が安い新興国に一部製造機能 る先進国として、日本企業は 1980 年 出する際にはそのローカル市場に目の を移すことになりますが、その際、新 代から積極的にアジアに投資を行って 利く優秀な人財を配置することが鍵と たな製造工場に派遣されるのは、タイ おり、既に経済関係を確立していると なります。例えばかつてタイ市場に進 の現地工場で製造責任者だったロー いう点で理想的な位置づけにある。し 出した際、最初に求められる能力は、 カル人財となります。このようなサイク かしながらアジアへの輸出全体は増え コスト低減のために一部製造機能を移 ルを繰り返して新興国への拡大が行わ ているにも関わらず、相対的な日本の すことが目的だったので、当初は日本 れるのだと思います。 」 シェアは低迷している。 高付加価値ニッチ市場での主導権を保つ 手術機器・歯科治療機器の製造事業を営むマニー株 大量生産の他企業には太刀打ちできない分野での 式会社(本社:栃木県)では現在、主要顧客を擁す リードを守るため、縫合針や歯根管用器具など、外 る日米欧での売上が、総売上高の 3 分の 2 を占める。 科医・歯科医が手で扱う器具に今後も力を入れようと 途上国の第二、第三の顧客に提供するのは、主に先 している。加えて治療器具市場の標準的な需要動向 進国市場で販売した商品の後続品である。 をつかむため、研究開発機能は今後も日本に残す予 定だ。その一方、製造拠点の国外移転を受けて、海 副社長兼 CFO の髙井壽秀氏は、やがてアジアの途 外の社員を交代で日本に受け入れるなど拠点全体の 上国が売上の大半を占めるようになる̶ すなわち、 統合管理も推進している。実際、高井氏によると 2 現在「第二の顧客」とされる市場がマニーの事業に 年以内に、ベトナム工場の幹部 1 ∼ 2 名が本社取締 とってはるかに重要性を増す ̶と考えている。主力 役に就任するのではないかという。 製品として年間 1 億本の縫合針を製造し、人の手で 1 本 1 本検査を実施しているマニーは、低コスト・ Future of Japan 19 第 1 の現実 日本の輸出構成が、その理由を物語っ る。つまり日本は、国内の生活水準の 二分野で、サムソン、LG 電子や起亜・ ている。アジア新興諸国の発展を受 維持・向上のため高付加価値商品に 現代といった新たなグローバル企業が けて、日本が繁栄するには、人件費 一層重点を移さねばならないまさにそ 誕生した。中国、インド、マレーシア、 の低いアジア新興諸国によって既に競 の時に、価値が低下する一方の商品 インドネシア、シンガポール、他の新 争力を奪われた低付加価値な輸出品 に軸足を置き続けているということで 興国からも多くの企業が台頭し、各々 に見切りをつけ、ハイテク輸出品、サー ある。 の国内市場やアジア全域、およびグ ビス輸出の割合を維持または高めるこ ローバル市場で日本企業と競争を繰り とが求められる。しかし実際には、こ 日本の貿易条件が特にこの 5 ∼ 7 年 こ 10 年の間に日本の対中総輸出に占 間に驚くほど低下しているのに対し、 めるハイテク輸出品の割合はむしろ減 80 年代の日本と同じく高価値製品に サービス産業は、アジアの成長に重要 少している。インドへの輸出について よる輸出主導型経済から出発したドイ な役割を果たしている。実際、近い将 も、同じことが言える。これは日本だ ツは、貿易条件を維持している。 来、ほとんどのアジア諸国でサービス けでなく、全ての高賃金国に共通する 課題である(図 5 参照)。 広げている。 業の成長率が GDP 成長率を上回るで このことから、日本企業の動きにスピー あろう。 ドが足りず、中国など人件費が低い国 今のところ、日本は品質・イノベーショ による攻勢が激化しているにもかかわ 成長する新興国中産階級市場のサー ン・先端技術で高い評価を受けてい らず、低価値な経済活動を続けている ビス部門への需要に加えて、アジア域 るものの、独自の強みを活かせる高 ことが分かる。 内ビジネスの浸透が進めば、域内市場 日本企業はさほど多くない。それどこ アジアの台頭で、新たなライバルもが 針が調整されるのに伴って新たなサー ろか、日本の輸出価格決定力が驚く 生まれているだけでなく、新たな消費 ビス産業の機会が生まれるだろう。そ 全体で通信規格や資本市場、規制方 付加価値なニッチ市場を見出している ほど低下している(図 6 参照)。すな 者市場も生まれている。韓国の台頭に れに当然ながら、サービス輸出品は わち多くの産業部門で、日本製品の より、たとえば日本企業が過去に大き 得てして高付加価値である。もちろん 収益力が下がっているということであ な成功を収めてきた電子、自動車の 一定の進展は見られ、 小売業 ̶ 特 アジアではインドや中国をは じめとして、市場が成長して います。私たちの世代はこの 絶好の機会を捉え、こうした 市場に進出しなくてはなりま せん。 図 5:日本の輸出構造(対中国およびインド) 対中国総輸出に占めるハイテク製品・サービスの割合が減少しつつある。 対インドでは、 輸出総額自体が中 国より少ないものの改善が見られる。(ここでは、 高い技術力を要する製品を 「ハイテク製品」、 中程度の製 品を 「ミッドテク製品」、 要さない製品を 「ローテク製品」 という。) 総輸出割合 中国 サービス ハイテク製品 ミッドテク製品 ローテク製品 その他 2000 2010 ヤフー株式会社 宮澤 弦 0% 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 インド サービス ハイテク製品 ミッドテク製品 ローテク製品 その他 2000 2010 0% 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 ハイテク製品、ミッドテク製品、ローテク製品は、 OECD が分類した用語。ハイテク製品は主要な ICT 製品を含む電 子工学、コンピュータ、オフィス機器、 精密機器、 光学機器、 航空宇宙、 医薬品を指す。 http://www.oecd-ilibrary.org/docserver/download/fulltext/5lgsjhvj7nkj.pdf?expires=1343065200&id=id&a ccname=guest&checksum=7CB5ECD0D19E00A01F24393FA89C8287 出典:オックスフォード・エコノミクス/ OECD 20 PwC にオンライン企業や国内コンビニエ ンスストア、ファーストリテイリングの 「ユニクロ」などのグローバルチェー 1 ン ̶ は 大きく前 進している。 だ が 図 6:輸入価格に比した輸出価格の下落 英国、ドイツ、 米国では安定している一方、日本の交易条件は悪化している。 交易条件は、 輸入価格に対す る輸出価格の比率で表され、 国家の輸出競争力を示す重要な指標である。この値の下落は、 多くの業種で日 本製品の収益力が低下していることを示す。 総じて日本企業は単に「追いついて」 160 日本 ドイツ いるだけであり、ペースをあげる必要 米国 英国 がある。 140 120 企業に果たせる役割はあるが政策転 換も重要だ。日本の大手コンビニエン スストアである、株式会社ローソンの 代表取締役社長 CEO の新浪剛史氏は 「思い切った行革と規制の見直しを断 行し既得権益を排除する中で、雇用 を創出し、とりわけ若い世代へ将来の 希望を与え、国の活性化を図ることが 100 80 60 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 (2000 年 =100) 出典:オックスフォード・エコノミクス/ Haver Analytics 必要。 」と語る。 日本のアジア投資にも成長の余地が ある。日本企業には、ここ数十年間に 生産拠点を海外に移す中で培ってきた アジアでの長い経験がある。その経験 1 “Japanese Banks in Asia: Lending a Hand”、エ コノミスト(2012 年 5 月 19 日) Future of Japan 21 世界がシステム思考へと進化する中、残念ながら日本は 部品サプライヤーになっています。利鞘は減る一方なのに、 いまだ自らの存在を正当化しています。採算面で厳しい状況 にあることを考えると、これは非常に危険です。 株式会社インテカー 齋藤 ウィリアム 浩幸 の内容を、独立企業間の供給関係から、 図 7:対アジア FDI 成長率 FDI 成長率の低さは、 重要なアジア市場(特に中国)において日本の投資シェアが急速に減少していること を示すものだ。 対アジアFDI成長率 12% 日本の対外直接投資も、他の主要国 10 とえば対中国直接投資に占める日本の に遅れをとっている(図 7 参照)。た シェアは、1990 年代半ばの 9%から、 8 66% 54% 2010 年には 4 %未満へと低下してい る。直接投資の絶対額自体は、投資 6 60% が浪費される可能性もあるため最も重 4 33% 要な要因ではない。だがアジア経済 の全体的な重要性と日本の経済構造 2 全体 日本 英国 ドイツ れるような市場を意識した複雑な提携 関係へと転換していかねばならない。 日本の中国へのFDIシェア率 172% 「 第 2 の 現 実 」「 第 3 の 現 実 」 で 触 米国 0 1996 を考えれば、日本はアジア投資に有 2000 2004 2008 出典:オックスフォード・エコノミクス/ Haver Analytics 意義な役割を果たすべきだ。 同 様 に 日 本 企 業 に よ る M&A も、 2011 年に過去最高を記録したとはい え、経済規模対比で考えると米国、欧 州を依然下回っている。円高や成長 市場への参入の必要性など、買収に 理想的な条件が揃っているにもかかわ らず、日本企業は多額の現金資産 ̶ ミャンマー ミャンマーは、フロンティア市場に存在する重要なチャンスと、南南 貿易が果たし得る大きな役割を示す好例となっている。たとえば中 国や韓国、タイの投資家が出資する天然ガスおよびインフラの大規 模投資案件に後押しされて、ミャンマーは 2012、2013 年に年間 4.8%の GDP 拡大が見込まれる。2014 ∼ 16 年には、現地政府の 対応改善を受け人権問題による制裁が 2013 年に解除される見通し のため、海外投資の増大を受け成長が年平均 6.5% に加速すると 予測される。先進国企業がミャンマー市場への参入を開始すれば、 既存の南南貿易によって示されているリスクと機会が具現化するだ ろう。 2011 年末時点で 100 兆円(1 兆ドル) ̶を抱え込み続けている。 「日本企業にとって、国際競争は熾烈 化する一方です。おそらく国内的にも 国際的にも、企業自身が構造改革を 行い変化しなければなりません」 とカー ライル・グループ日本共同代表の安 達保氏は語る。「グローバル企業や外 国企業を買収して、国際事業を拡大す る必要があり、同時に国内でもおそら く多くの業種で合併が不可欠です」 アジアの台頭に見事に適応した日本企 業の例もあるが、それはあくまでも少 22 PwC 当社のお客様の多くが生産拠点をベトナム、インドネシア、 最近ではミャンマーに移しています。ミャンマーにはすでに 多数の企業が進出しており、当社も営業拠点を開設する 予定です。 モリト株式会社 與田 邦男 数派と言えよう。日本の中小企業の多 くは、いまだに海外でなく国内他社を、 主な競争相手とみなしている。 アジアにおける提携関係の拡大 「グローバルの重要性は語るまでもあり 多国籍企業がアジア新興国への投資戦略を抜本的に変革するケー ませんが、外へのグローバルのみなら スとして、おそらくインフラ業界におけるもの以上の事例はみつから ず、内へのグローバルも極めて重要で ないであろう。ビジネス機会は明白である。インフラ投資、とりわ す。 」と伊藤忠商事株式会社 取締役会 け電力発電に関しては、近年ますます複雑化かつ規模の拡大化とプ 長の小林栄三氏は語っている。 「グロー ロジェクト期間の長期化が進行している。インフラ業界に属する企 バルを進化させてゆくためには各国の 業にとって、サービス、保守計画、技術研修、プロジェクトファイナ 国民の考え方、法律、法制度、商道徳、 ンス等はもはや二次的な業務ではなく、主要業務の一部になってい 商習慣、宗教、歴史、文化等の理解 る。こうしたサービスを市場に提供するには、複数のパートナーが を深めてゆく必要があります。 」これこ 必要になることが多い。このような構造上の複雑性に加え、現地ア そ、優れたグローバルリーダーが理解 ジア諸国経済による低価格競争や変化する環境基準にも対応する必 すべき問題の核心なのだ。 要があり、これらが市場力学にさまざまな影響を与えている。これら の現実に対応すべく、電源開発株式会社(J-Power)では、相談役 (前代表取締役社長)の中垣喜彦氏が「パッケージ型」と形容す るプロジェクト単位でのソリューションをアジア諸国で展開している。 クリーン・コール・テクノロジーのトップ企業である同社は、2011 年にこの実例としてインドネシアにて BOOT(Build-Own-Operate- Transfer)契約による石炭火力発電所投資を行っている。J-Power は伊藤忠商事、およびインドネシアの石炭会社である PT アダロ・ エナジー社と共同で設立した事業会社を通じてセントラルジャワ州 に新たな発電所を建設する。同社の超々臨界圧(USC)システム 技術を活用し、高効率、低炭素化を実現することが本パッケージ輸 出の重要な要素となっている。「この手の輸出の世界で、やはり競 争が非常に激しいですから、技術の品質がやはりその勝てるか勝て ないかの一つ、分かれ目になろうかと思います。そのような話が次 の課題になってくるわけです。セントラルジャワの場合にも技術開発 の成果が、競争上優位だったことが決定的に大事だったと思います。 」 全てを日本で行うことは不可 能です……。日産は欧米に 研究開発拠点を置く一方、 たとえばインドや中国など 新興市場へのシフトを進めて います。 と中垣氏は PwC とのインタビューで語っている。 J-Power のアジア新興国における取り組みは発電所の建設で終わ らない。同社は長期的な投資先国での技術移転と技術開発を視野 に入れている。これは海外投資においてとても大事な点で、優れた 技術を持った他の日本企業ももっとこのことに意識を向けるべきであ る、と中垣氏は述べている。 日産自動車株式会社 志賀 俊之 Future of Japan 23 第 1 の現実 企業への影響 アジアのどこに重点を置くか? 急成長するアジア新興諸国は急激に のが最適かを理解することも、同様に 進化している。安価な組立・生産の 重要になっている。この判断には、知 普及、数々の貿易協定やインフラ構築 的財産戦略、税額控除、現地市場ニー により、アジアの国内市場における高 ズ、人材調達など数々の要因が絡んで 付加価値ニッチ市場での企業間取引 くる。これらを含む多くの要因を綿密 の機会が拡大しつつある。自社製品を に評価することが、成長戦略の成功を どの国で販売するかも重要だが、地域 促す重要な要素になるだろう。 内のどこに製造・開発拠点を配置する サプライヤーの資本が不足しインフラ ため、企業はそれが可能な分野でグ なアジア市場でいかにして規模を達成 が未整備な地域では、先進国の経営 ローバルな機能を最大限に活用するこ するか? 効率化プロセスが必ずしも有効とは限 とが必要である。このことは、ほぼ全 らない。国営企業といった馴染みない ての大企業が世界各地に研究開発拠 競争モデルが主流となっているアジア 点を設立し、現地レベルおよびグロー には、特にこの傾向が当てはまる。現 バルレベルの幅広いサプライヤーから 地に合わせた適応に加え、コスト・人 調達していることからも明らかだ。 多様な市場、多様な基準の中、重要 材・市場アクセス面の目標を達成する 24 PwC アジアでの取引形成、提携に適した M&A は、全てのアジア戦略の鍵とな アプローチはどのようなものか? る手段である。とはいえ、日本企業の 営陣は「現地の視点で考える」ことが 従来の買収戦略は、急速に進化する 必要になってくる。 新たに買収した資産を利用するため経 この市場では機能しないだろう。業務 統合をほとんど行わず、買収後も現地 共同マーケティング、共同開発、合弁 経営陣が概ね独立して経営を行うこと 事業(JV)契約、買収など、アジア が多い「ハンズオフ」方式は、急成 市場で成長とプレゼンスを追求するた 長市場で収益低減を招いている。会 めに利用できる提携手段はさまざまで 社全体を一体的に統合する戦略を採 ある。こうした提携モデルが急速なス 用すれば、グローバルレベルと現地レ ピードで変化する結果、 企業は自社 ベルの機能のバランスを取って相乗効 が抱えるさまざまな関係を主体的に管 果を達成し、よりスピーディーにチャ 理する必要がある。効果的に管理す ンスに対応するために必要な柔軟性を れば大きな報酬(収益性の高い成長) 確立することができる。こうしたチャン が得られる一方、それができなかった スは、本社経由でなく現地市場への 場合に払うリスク(知的財産や競争力 投資を通じての方が広がりやすいから の喪失)も当然ながら大きくなる。 だ。だが、どちらの方式をとるにせよ、 新興国中産階級の変化するニーズに、 対処する計画を立てているか? 国や都市によって、ニーズに大きな違 も上手くいくとは限らないのだ。新興 いが見られる。俗に「ひとつ見れば全 国中産階級に特有のニーズや嗜好に てが分かる」と言われるが、これを逆 合わせて、 提供する製品・サービス に解釈すれば「ひとつの新興市場を を調整する ̶あるいは一から作り直 見ても、他の新興市場を見たことには す ̶ 必要がある。ブランドの再構築 ならない」といえる。つまり、ある場 が求められることも多い。 所で上手くいった方法が、他の場所で アジアの新たな経済大国から登場した 「最強のライバル」と、どうすれば競 い合えるか? アジア域内で、新たなライバルが急 激に成長している。サムソンのような 巨大企業から政府の支援を受けた中 国企業まで、まずはライバルを知るこ とが重要な一歩となる。次いで、彼ら に対抗する新興市場での全く新しいア プローチを考えねばならない。その ためのひとつの方法は、新市場の現 地代表を含めた経営陣に、もし彼ら自 身が資本と現地人材を手に入れて自 社との競争に臨めばどうなるか、想像 してもらうことだ。経営者はたいてい、 主要市場での自社の弱点 ̶ いわば 急所 ̶を熟知しており、新たなモデ ルを持ちこむ企業が市場のどこにチャ ンスを見出すかについても示唆を与え てくれる。この訓練は、経営幹部が新 たな競争手段を探すのに役立つ。 写真 : Henk Braam/Hollandse Hoogte/Redux Future of Japan 25 26 PwC 第 2 の現実 複雑化する事業 グローバル化の深化により、企業が管理すべき ステークホルダーの数や範囲が増大している • IT イノベーションの結果、企業はかつては思いもかけなかった 事業機会を比較的容易に手にしている • グローバリゼーションの深化は各国の結びつきをより緊密にし、 重要な取引関係の数の増大とその多様性をもたらしている • こうした環境から、過去の成功例とは異なる組織原則が求められ ている Future of Japan 27 第 2 の現実 世界の CEO の 59% が、自社の将来 的成長にとって、新興国市場は先進 国市場以上に重要になると信じている 図 8:複雑性を増す世界 世界は過去 20 年間に 67 %という大幅な経済成長を遂げたが、グローバル経済に関連する多くの要因はそれ 以上のペースで成長している。 その結果、 複雑性が増した世界が生まれている。 2 のは驚くに当たらない。 だが新興国 市場といえば、規模と影響力を持つ一 定の国̶BRICS(ブラジル、ロシア、 インド、中国、南アフリカ)や N11(「次 の 11 カ国」 )といった略称で知られる 国々̶ にしか目を向けないアナリスト もいる。 こうしたグループ分けだけでは、現在 世界のGDP:67%成長 のグローバル経済の幅広さや多様性を 十分捉えきれない。もし南米と新興ア ジア、アフリカ、中東がひとつの市場 を形成すれば、世界人口の 85%、世 携帯電話契約者数: 47,919%成長 界の GDP の半分を占め、合計成長率 ヘッジファンド業界:5,079%成長 は先進国諸国を合わせた数字をはるか 3 世界の保管データ:4,185%成長 に上回るだろう。 株式取引高:1,079%成長 これは計り知れないチャンスだが、そ こには複雑さが伴う。 急成長を遂げ る国・地域間の結びつきの強まりによ 上場企業の時価総額:498%成長 り、組織が把握しなければならない経 国際海運業:329%成長 済関係 ̶貿易・投資・文化・人材面 航空貨物輸送:237%成長 の ̶ の数が飛躍的に増加している。 右の図が示すように、グローバル化の 進展に伴い政治・社会・ビジネス面の 結びつきが爆発的に増大している(図 8 参照)。 2 PwC 「第 15 回世界 CEO 意識調査:成果の達成̶ 不安定な世界情勢における成長と価値」(2012 年) http://www.pwc.com/gx/en/ceo-survey/download. jhtml 3 PwC は、 南米・新興アジア・アフリカ・中東から成る この国家グループを指して SAAAME という名称を提唱し ている。 PwC 「プロジェクトブルー:新興市場の台頭と 相互連携を利用する」を参照。 http://www.pwc.com/ gx/en/financial-services/projectblue/rise-of-theemerging-markets-saaame/rise-of-the-emergingmarkets-saaame.jhtml 28 地域貿易協定:600%成長 PwC 商標出願:127%成長 GDP1兆ドルの国:100%成長 出典:国連、 世界銀行、 World Shipping Association、 政府データベース等に基づき PwC 作成 なぜ、現地スタッフが自らイノベーションを 起こし、スピーディーな決定やコミュニケー ションができるよう、意思決定プロセスを変 えられないのでしょう? 日本のやり方では 欧米で成功できません。現地スタッフに現地 のやり方で進めさせる必要があります。私の 仕事は、そうした経営組織を確立することで した。 株式会社サンリオ 鳩山 玲人 G ゼロ世界での事業経営 「提携関係に投資するだけでは足りない。企業には、適 換する力(ピボット)が、なくてはならない強みとなる。 応能力という文化への投資が求められる」 ブレマーは、ブラジル、インドネシア、トルコ、ベトナム、 ユーラシアグループ代表 イアン・ブレマー シンガポールなど「ピボット国家」の例をいくつか挙 ジー・ゼロ【G ゼロ】ジーゼロ/名詞 ひとつの国または長期的な国家同盟ではグローバル リーダーシップを担えない世界秩序。G20 が機能せず G7 が過去の遺物となった今日、起きている現象。 米国の政治学者イアン・ブレマーは、 新著『自己 本 位 な 国 家 ̶ G ゼロ世 界 の 勝 者と敗 者(Every Nation for Itself ̶ Winners and Losers in a G-Zero World)』の中で、ひとつの大国や国家同盟 によるグローバルリーダーシップの欠如によって定義 される、新たな政治的現実が生まれつつあると主張し ている。その結果として生じたリーダーシップの空白 と、政治的・経済的価値観の多様化のせいで、世界 経済の安定や気候変動、サイバー攻撃、テロ、食料・ 水の安全保障など数多くの課題で協調的対応が必要 とされている今この時に、世界的な行き詰まりが生じ ている。 げている。世界で最もその成長が過小評価されてい るアフリカは、今やピボット国家ならぬピボット大陸に なっている。ピボット国家が全てアジアや新興市場に あるわけではなく、近年の一連のエネルギー契約を 背景として、カナダも排他的な米国圏から中国を含む 勢力圏への方向転換を成功させている。 ビジネスリーダーは、ここからどんな教訓を引き出せ るだろう? 多国籍企業は、国境を越えた協力・統合 という従来のモデルから脱却しなければならない。成 功を収める企業は、適応者̶絶えず変化する競争環 境を把握し、新たな環境がもたらす強みを機敏に活 用する企業̶なのだ。そのためには、税制や規制環 境が全く異なる市場に投資することになるかもしれな い。あるいは、独自の専門知識や特殊技術など、国 営企業が他から入手できない類の申し出と引き換え に、政府系のライバル企業を提携相手に引き入れる といったことも起こり得る。適応力といっても、ひとつ この極めて流動的な国際環境で、誰が勝者となり誰 のやり方が全ての場面で上手くいくとは限らない。こ が敗者となるのか? 重要なのは、いずれの国にも過 の G ゼロの世界で成功するのは、急速に変化する市 度に依存することなく、他の多くの国と有益な関係を 場、文化、経済、政府に応じて身軽に素早く「方向 築ける「ピボット国家」になることだ。巧みに方向転 転換(ピボット) 」できる企業だろう。 Future of Japan 29 第 2 の現実 既存の取引パターンに変化が生まれ、 複雑性がもたらす、無数の新たな経営 より大きな打撃を受けたことを悟った。 従来商取引の中心地だった場所を経由 課題。東芝アメリカ社 CEO の藤井美 サプライチェーンリスクと財務リスクの しなくなっている。たとえば中東の政 英氏によれば、ビジネスリーダーの戦 連鎖という形で、遠い場所で起きた震 府系投資ファンドは、もはやロンドン、 略的選択肢は以前よりはるかに増えて 災の影響が瞬く間に波及するのを見た 東京、ニューヨークなどの金融市場を いるという。 「研究開発部門をどこに置 経営者たちは、在庫の再配置を通じ 介して資金を投入する必要などなく、 くか、設計・製造・部品調達をどこで たサプライチェーン全体でのファイア 南米や新興アジア、アフリカに直接投 行い、どこで販売するか。ロジスティ ウォール構築と、ビジネスパートナー 資できるのだ。さらに急激な人口成長 クスが非常に複雑化しています」と同 のネットワークの頑健性を確保するた と豊富な資源を擁するアフリカを考慮 氏は語る。 め、特に取引相手の体力と回復力に に入れれば、間違いなく世界経済シス 関する透明性向上に着手した。また至 テムの複雑性がさらに高まるだろう。 リスクも同じく複 雑 性を増している。 上課題として、事業継続計画も強化さ そのひとつの結果として、 長 期的に 統合の深化が及ぼす深刻な影響への 2011 年の東日本大震災以降、 経済 みて各国の間で専門化が進んでいる。 認識が深まっている。震災により、東 2007 年時点での OECD の分析によ 北のみならず日本全土が痛手を被っ れた。 2011 年秋のある調査によると、アジ ア太平洋地域の CEO の 4 分の 1 が、 ると、 過去 30 年間に G7 諸国では、 たが、同時に自動車・電気などの部 サプライチェーンの余剰積み増し(減 総付加価値の平均 55% を占める上位 少でなく)を計画していた。 4 4 業種への集中が進んでいるという。 門の世界中の企業が、自社のサプラ イチェーンが当初の想像以上に震災に 5 ほんの 10 年 前 なら、リーン 生 産 方 式 の 下 で、こうした措置は非効率的として撤 廃の対象にされていただろう。だが現 在はこれが、統合が進む経営環境で の重要なリスク管理対策となっている。 PwC の分析では、3 月 11 日の震災 以後、自社の事業継続計画を開示し ていた企業の方が、非開示企業と比 べ東京株式市場での株価の回復が早 かったという結論が出ている。 複雑性は、サプライチェーンに限らない。 ガバナンスや説明責任など場所に応じ てさまざまな圧力が高まるのを受け、 今日の複雑性が増大しているために、 透明性向上を求める声が強まってい る、とハーバード大学法科大学院国際 法研究所のデビッド・ケネディ所長は 主張する。多様な集団どうしの連携依 存が高まるほど、企業は手順や工程 を公にし、情報開示から対話への転 換を行うよう迫られる。 4 OECD 科学技術産業局 「グローバル経済における競争:業種専門化」 OECD 科学・技術産業スコアボード 2011 年版 http://www.oecd-ilibrary.org/science-and-technology/oecd-science-technology-and-industry-scoreboard-2011_sti_scoreboard-2011-en 5 PwC 「再定義される未来̶転換点のアジア太平洋」(2011 年) http://www.pwc.com/us/en/apec-ceo-summit-2011/index.jhtml 30 PwC 複雑性がもたらす新たな課題 ハーバード大学ロースクールのデビッド・ケネディ氏への Q&A デビッド・ケネディは、ハーバード大学法科大学院国際法 本は、自社サプライチェーンを統制する上で業界が設定・ 研究所所長兼同大学法学教授にして外交問題評議会メン 監視する製造基準の重要性を理解したため、極めて迅速に バーであり、過去に世界経済フォーラム「グローバルガバ 率先してこの規格を遵守した。まさにこれと似たことが今、 ナンスに関する国際諮問委員会」会長を務めている。ここ 事業プロセスのさまざまな要素で広範に起こっている。 では、事業の複雑性増大が経営者・企業役員に与える影 響を PwC に語ってもらった。 PwC:企業の透明性向上が求められるようになった背景は 何か? PwC:その結果として、経営陣はどう変化しているか? DK:統合と多様化が進んだこの新たなグローバル環境に 敏感に対応できるリーダーシップ文化を育み、維持するこ とが課題となる。国際経験豊富で多国籍のメンバーから成 ) :第一に、事業パートナー デビッド・ケネディ(以下「 DK 」 り、同時に多様な事業環境・規制環境への対処に精通し が取引相手を知る必要性から生じたことだ。世界各地で相 た経営陣なら、そうした環境に伴うリスクを満足できる形で 手に起こり得る脅威を見越せなければ、そこにリスクが生ま 容易に評価できるだろう。企業の中枢に、多様な要素の本 れ、相手企業への投資の是非をめぐる評価が変わってくる。 質を見抜き判断を下せるようなリーダーシップ体制を構築 それが決定的な要因ではないかもしれないが、ひとつの要 することが、長らく生え抜きの経営陣に頼って来た全ての業 素になる。 界の課題である。 第二に、投資コミュニティの要請が挙げられる。投資コミュ PwC:グローバルビジネスが複雑化する中、日本に特有 ニティは、会計慣行と同様に経営体制やコーポレート・ガ の課題はあるか? バナンスのパターンも把握したいと考えている。 DK:日本政府は国内で大手企業を支え、彼らの海外市場 第三の原因として、規制環境の多様化が挙げられる。今も 進出を支援してきたが、多国籍ビジネスの規制環境をめぐ 世界では経済統合が加速的に進んでいるが、政治・規制 るグローバルな戦略的協議に参加する役割が自身にあると 環境は分断化されたままだ。 考えていない。多様性を増すグローバル経済の中で日本企 事業パートナーと投資家に加え、社内からも、自社のビジ ネスモデルと規制慣行を可視化し、さまざまな規制要求に 業を支援するには、輸出主導型成長時代とは全く異なる形 で企業と手を組む必要があるだろう。 従うよう圧力をかけられれば、ガバナス体制を見直すしか 日本の主要産業は、国内の規制・金融制度をどう変えれば ない。そのためには、現在も今後も誰にとっても難しいと 自国企業のグローバル市場進出を支援できるか仔細に知り 思われるある種の経営イノベーションが求められる。 PwC:企業が可視性を高める方法とは? 尽くした政府から恩恵を受けてきた。だが、駆け引きのルー ルは変わったのだ。企業が広大なグローバル経済に加わる のを受け、日本は今、国内企業向け助成制度を変更するよ DK:環境マネジメント規格 ISO14000 がその一例であり、 り、海外の日本企業の環境を改善する方法を見つけ出さね この規格は産業界に透明性向上の手段を与えるものだ。日 ばならない。 Future of Japan 31 ものづくりの基盤を担うのは 半導体を含むエレクトロニク ス業界ですが、日本の競争 力は見る影もなく失われてし まいました。なぜでしょうか。 私は、それはマーケティング のせいではないかと考えてい ます。 ジャパン・インダストリアル・ ソリューションズ株式会社 岡 昭一 コーポレート・ガバナンスは「おそら その時代の流行りで取り組むものでは く日本企業が最も苦手とする分野で ありません。これは企業と立地のコミュ す」とカーライル・グループの安達保 ニティーとの関係構築として重要な役 氏は語る。大多数の企業の財務情報 割を持っているのです。倫理的にも道 開示が不十分であることが、「間違い 徳的にも当然の行動ですし、さらに言 なく日本の企業および企業界のイメー うと賢いビジネスの選択とも言えます。 ジを傷つけています。 」 なぜなら CSR は競争力を高めること になりますし、企業が現在、そして将 民間部門のプレイヤーに対する期待 来の顧客ニーズを理解するためにも役 は、政府によって異なる。それ以外の 立つからです。 」 ステークホルダーからの要望も増える 一方、CSR 推進団体等の新たなステー 他国企業と同様、日本企業も経済統 クホルダーも登場し、要求が次第に多 合の拡大などの複雑性に対応する必 面的になっている。当然ながら、テク 要がある。世界がもっと単純だった時 ノロジーのおかげでこれら全てが従来 代には、経営者は数少ない主要拠点 以上に短期間で起こっている。たとえ の生産条件を管理すればよく、本社と ば家電製品の商品サイクルは、ソフト 比較的似通った中核市場での顧客動 ウェアのアップグレードを間に挟んで 向を把握することができた。 18 カ月を切るまでに短縮している。 現在、各市場の事業展開に合わせて 例えば自動車業界は製造拠点が立地 する地域社会といかに連携していくか いる。そのためには通常、現地の状 が重要な業界であるが、これについ 況への対応力を高めるため権限移譲 てルノー・日産アライアンス会長兼最 を進めることになる。従って、従来に 高経営責任者のカルロス・ゴーン氏 比してはるかに不確実な状況で、これ は、本年 3 月に在日フランス商工会 まで以上のスピードで意思決定が行わ 議所主催の講演会で次のように語って れる可能性がある。 いる。「企業の社会的責任(CSR)は 32 PwC 本社戦略を調整する必要性が高まって グローバルな競争に打ち勝つためには、大きな変革 が必要です。リーダーシップだけはでなく企業組織 全体が問題になるでしょう。 野村証券株式会社 木内 登英 総じて、日本企業は今日の複雑性へ の適応が遅い。日本企業は伝統的に、 重 大 な 戦 略 的 決 定 の 検 討を慎 重 に 図 9:日本企業の活動は他の先進国に遅れをとっている 2005∼2010 年M&A 活動平均、GDP比 行ってきた。ベンチャーキャピタルへ 対内/GDP の投資に対する手堅いアプローチが、 7.0 これまでは日本企業にプラスに働いて 6.5 いた。だが実際には、慎重さが仇となっ て多くの資本がリスクにさらされかね ず、現在、日本企業は敏捷に動くライ 5.7 4.9 4.0 バル ̶ 海外企業や国内新規企業 ̶ との競合に直面している。ライバルた 2.4 ちは、より大胆な賭けに出ている。(図 9 参照) 「ハローキティ」ブランドを手掛ける株 式会社サンリオ米国法人の鳩山玲人 氏は、意思決定を早め、イノベーショ 国内/GDP比 対外/GDP 2.8 1.9 1.4 2.1 2.3 1.4 1.8 0.7 0.5 英国 米国 フランス ドイツ 日本 出典:トムソン・ロイターのデータに基づき PwC 作成 ンのニーズの応えるため、重点市場の 拠点にもっと大きな権限を与えるべき だと考えている。「日本のやり方では、 欧米で成果を挙げられません。現地 の人間が、現地のやり方で仕事を進 めるべきなのです。私の職務は、そう した経営組織を真の意味で築くことで した。 」と同氏は語る。 円高が続き日本企業に先見の明があれば、海外資産 の買収がさらに増え、日本企業は買収先を統合しようと するでしょう。その時点で、日本企業の調整力不足が 大きな問題になります。 早稲田マーケティングフォーラム ケネス・グロスバーグ Future of Japan 33 第 2 の現実 複雑化する時代の M&A 日本企業の M&A が今また加熱している。2010 年度およ 同グループで長距離・国際通信および ICT ソリューション び 2011 年度実績、また 2012 年に入ってからも買収案件 事業を担う NTT コミュニケーションズ株式会社は、インド が急増しており、1980 年代後半と 2000 年代前半に見ら 市場において ICT インフラの拡充とクラウドサービスの展開 れた M&A ブームよりも大きな流れとなっている。今回の を加速するため、現地のデータセンター運営会社のネットマ ブームでは過去のブーム同様、円高や企業のキャッシュ保 ジック・ソリューションズ社の支配権を取得している。 「スピー 有高といった要因が買収を後押ししている。 ド感が鍵」 、と同社代表取締役社長の有馬彰氏は強調する。 「特にクラウドサービスは、今皆さんが話題にしています。 しかしながらその内容には大きな変化が見られる。エコノ 今後、いかにスピーディーにマーケットで優位なポジション ミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が近年行った を獲得できるかが勝負です。 」 分析によると、昨今の企業買収は過去の爆発的な M&A ブームで見られたような「トロフィー」的なものではなく、 一方、同グループで IT サービス事業を担う株式会社 NTT より戦略的なものになっているという。近年の買収は規模 データは、IT マーケットの大きな米国と欧州市場を軸に買 的には小さくなっているものの、ターゲット企業は買収企業 収を進め、世界の IT 企業でトップ 5 入りを目指している。 「や の中核事業との関連性が強く、買収企業が市場拡大を狙う はり我々のこれからの 10 年、20 年の成長を考えたときに、 アジア地域における案件の伸びが最も強いのが特徴となっ もうドメスティックマーケット依存型の会社では未来はないと ている。EIU はさらに、近年の日系買収企業の多くがター いうことは非常に明解です。 」と同社顧問(前代表取締役副 ゲット企業の完全支配を目指しており、売上など事業活動 社長執行役員)の榎本隆氏は語っている。「 (M&A パート に対する買収側の影響力に制限のある少数持株投資は減 ナーに求めるものも)だんだんハードルが高くなってきてい 6 少傾向にあると結論づけている。 ます。ロングリストからぐんと縮めてゆく時のアプローチも、 自分でも 7 年前や、3 年前と比べてさえ今は全然違うなと改 日本を代表するテレコム業界のコングロマリット企業である めて思いました。 」 NTT グループは積極的な企業買収を進めているが、同グ ループの近年の買収案件が示すように、成長戦略は海外市 NTT データは古くは 90 年代初頭にも M&A を経験してい 場へのアクセスを得ることで実現されている。 るが、当時の経験に学び、近年は企業買収に対するアプロー 6 The Economist Intelligence Unit, Buying Up the World: Japan’ s Outbound M&A Spree and the Bid for Value(2012年3月) http://www.managementthinking.eiu.com/buying-world.html. 34 PwC チを変えている。「当時の M&A は、今、考えれば素人らし 買収にあたっては、すべてのステークホルダーに対する透 い見込みの甘さもあった。 」と榎本氏は当時を振り返る。「し 明性を確保しながら、速やかに事業統合を行うことが重要。 かし、当時の経験があるからこそ、それが今に活きている。 」 PwC が行ったディールメーカーへの調査によると、事業統 現在ではトップ自ら相手方の経営陣と直接会い、英語で交 合のスピード(統合目的を達成した割合)とディールの成 渉することが多いという。「買収先の数字だけではなくて、ど 功の間には明らかで直接的な関連があった。中でも、財務 んな人たちがやっているのかということを理解することが非 上の成功や経営権の掌握に成功したディールの場合、3 カ 常に大切なのです。 」 月以内に経営スタイルが統一されて経営戦略の足並みが揃 い始める傾向があると報告されている。 買収に関しては、最も慎重なアプローチをとったとしても失 敗のリスクは避けられない。ゴールドマン・サックス証券チー 買収後の統合を円滑に進めるために、特に人材マネジメン フストラテジストのキャシー・松井氏は次のように語っている。 トに真正面から取り組む必要がある。これまで買い手は、 「海外の会社という資産を買収して、それで『私は 20%グ 買収した海外企業(およびそのマネジャー)を本部から遠 ローバルになりました』と言えるかもしれない。しかし事業 い存在とみなし、現地のビジネススタイルに任せてきたが、 を経営するというのは全く別のことです。買収した事業をど もはやこの方法では十分ではない。取引成立後、IT シス のように統合するか? 1 + 1 = 2 でなくて 1 + 1 = 3 となるよ テムの統合がすぐに行われるようになったように、グローバ うな事業にどうやって育てていくかが大切なのです。 」 ルネットワークに完全につながっているというのは明らかに 大きなメリットであり、まさしくその理由でマネジメントチー 日本の買収企業、とりわけ大企業が、買収完了後、非買収 ムもグローバルに統合されている必要がある。この 2 年間 企業を速やかに完全に統合できているかは疑わしい。EIU M&A 件数が増えているのは喜ばしい兆候だが、そうした の報告書では、「買収後の速やかな統合は、日本企業に欠 取引は、事業統合の重要なハードルを乗り越え、優秀な人 けている領域のひとつ。 」と指摘している。買収企業が大き 材を引き止めるための戦略と組み合わせ、最後までやり遂 ければ大きいほど、投資判断をはじめとする買収のあらゆる げなければならない。カーライル・グループの安達代表が 段階で迅速に動くのが難しくなる。 カーライル・グループ・ジャ 述べているように、「日本企業が企業買収で成果を上げる パンのマネージング・ディレクター兼日本共同代表である安 には、真のグローバルマネジメントチームを組織し、日本 達保氏は、プライベート・エクイティ投資グループである同 のマネジメントチームと混在させなければならない。それ 社が、中小企業の豊富な優良案件を手掛けているとしなが が成功の鍵となる」 らも、次のように付け加えている。「大企業について言えば、 はやり意思決定は非常に遅いというのが現状です。 」 Future of Japan 35 第 2 の現実 企業への影響 グローバルリスクの影響を評価し、 これに備えているか? 海外拠点との統合は進んでいるか? IT システムから経営まで完全な統合を 経営陣は、自社の主なステークホル ダーを把握しているか? アフリカの食料不足やユーロ圏破綻、 進め、グローバルな一体感を発信で グローバル企業は現在、かつて以上 きる組織の方が、複雑性を増した国 に幅広いパートナーやステークホル ダーと関わっている。企業は、自社お サイバー戦争勃発など、さまざまなシ ナリオに備えるのは、極めて重要なこ 際的なビジネス環境で戦う上では好都 とである。だが世の中のあらゆるリス 合だ。意思決定を全て本国で行えば、 よび業界の課題を形作るのが誰であ クに備えることは不可能であるし、その 海外拠点の事業運営に遅れが生じて り、事業のグローバル化でステークホ ようなことをしようとすれば、際限なく 柔軟性がなくなり、小回りがきく現地 ルダーマップがどう変化しているかを、 費用がかかるだろう。そこで、想定さ のライバル企業に競争優位を奪われ 理解しなければならない。経営者は、 れる影響が最も大きい脅威に的を絞る るだろう。他方で遠く離れた拠点に大 自社事業に最も大きな利害関係を持 ことになる。こうしたリスクを敢えて考 きな裁量を与えれば、本社は現地の つのは誰か、絶えず評価し直す必要 えることで必然的に、極めて複雑な状 市場動向を把握しそこなう。適切なバ がある。社内面(昇進慣行等)およ 況に対する経営陣の理解が深まる。た ランスを見つけることが、今日の経営 び対外面(ステークホルダーに経営 とえば昨今のサプライチェーンリスクを トップにとって重要な課題である。 トップの判断を説明する等)で企業の 踏まえ、一部の企業は、主な調達先の 透明性を高めれば、大きな見返りが得 緊急時対策が不十分な場合を想定し られることもある。特に日本企業の場 て別の調達先を決めている。最終的に 合、従来以上に多様な視点と背景を は、こうした取り組みが組織の柔軟性、 持つ新たなステークホルダーと接触す 適応性の向上につながるはずである。 るようになっているため、なおさらこれ が当てはまる。一連の不祥事も記憶に 新しい今、投資家はさらなる情報開示 ガバナンスとは何かを議論する必要があります。 そうしなければ、内部統制やコンプライアンスの 話に矮小化されてしまうのです。これらは実際に はガバナンスではなく、ガバナンスのひとつの要 素に過ぎません。 ジャパン・インダストリアル・ソリューションズ株式会社 岡 昭一 36 PwC とコーポレート・ガバナンス向上を求 めている。 組織の規模・複雑性が増す中、役員 会は、事業を効果的に統括し投資家 と有効なコミュニケーションをとる上で 十分な情報を手にしているか? 経営陣は、世界の多様な価値観を 買収後の戦略的目標達成に向け、 将来のエネルギー供給制限について 理解しているか? 計画を立てているか? どのように対応しているか? 経営トップの対話や議論に、国際的な 買収企業の統合を通じ想定通りの価 電力の供給制限とエネルギーコストの 幅広い経験や多様な観点が加われば、 値を首尾よく手に入れるには、体系的 上昇は日本の製造業を直撃する。これ 企業は世界の変化を把握しやすくな かつスピーディーに統合を行わねばな だけでなくエネルギー供給制限はより る。多様性を通じて、役員会が経営 らない。買収した企業の文化と価値 広範な影響をもたらすことになる。電 を指導監督し、固い結束を結ぶため を保持するため、大がかりな措置を講 力不足のためエアコンや(製造施設 の総体的なスキルを維持できる。 じねばならない。日本でも、この点は も含め)電力使用が制限されたため、 同じである。統合企業が長期的な企 2011 年の夏は日本全国が弊害に見舞 業価値を最大限に高めるための準備 われた。企業の経営者は、国のエネ として、買収発表から契約締結までの ルギー政策に基づいてエネルギー供 期間、更に契約締結後の 100 日間が 給制限を想定した中長期戦略を策定し 極めて重要になる。統合への対処法 ておく必要がある。また二酸化炭素排 は、地域や買収取引によって異なるだ 出など、変化する環境問題も戦略策定 ろう。 に影響を及ぼしてくる。 Future of Japan 37 38 PwC 第 3 の現実 新たなイノベーションモデル の要請 日本企業は、イノベーションのためのアプローチを 軌道修正しているか? • ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、代替エネルギーなど将来 の成長を担う主要技術において、日本は特許取得件数ランキング が高い • 現在のグローバル企業の多くは、外部にもある多くのアイデアと 技術を取り込みつつ、低リスクで開かれた協力的アプローチを 採用している • 日本のイノベーション能力に疑いの余地はない。だが顧客やパー トナーとイノベーション能力を拡充していくための方法を、企業が 十分に探っているかが、今後の主要課題のひとつとなっている Future of Japan 39 第 3 の現実 製造や設計は誰にでもできるようになりましたが、当社はこ の先も新たな成長余地を見出して市場で生き残り、今以上 に成功できると考えています。技術は進歩し続けると確信し ています。 株式会社東芝 藤井 美英 している。イノベーションで成功する を行っている。すなわち、イノベーショ 出され、既存のビジネスの方法が揺る には多くの要因が必要だが、新たな形 ンの仕方を刷新しているのだ。 がされる中、視野を広げ今後の動向 での知識の活用もそのひとつだ。 技術進歩により全く新たな産業が生み を見据えることが、イノベーティブで 日本のイノベーション能力に、疑問の あることのひとつの要素になっている。 飛躍的進歩の源泉となるのは今後もや 余地はない。生産現場で継続的に改 そのためには、企業は対話に参加し はり研究開発センターだが、今日のイ 善してきたプロセス上で、技術者によ なければならず、しかもその対話が次 ノベーションには、商品やプロセス、 り生み出された数々のヒット商品によ 第にグローバル化しつつある。 サービス、さらにはブランドの絶え間 り、日本企業はここ数十年間、世界中 ない改善と改革が含まれる。そのため の顧客に驚きと喜びをもたらしてきた ケニアのモバイル決済システムやイン には、組織内外の多数の人間が関わ ドの冷蔵庫、米国のタブレット端末な ることになる。このため企業は、コン ど、無数の国や企業、人々が画期的 ピテンシーを伸ばすためサプライヤー から高い評価を得ている。10 種類の な商品を開発するのを受けて、企業 や顧客、外部パートナーの幅広いネッ 研究開発重点分野それぞれについて、 内の知識量・実験量も爆発的に増大 トワークとこれまで以上に緊密に協力 主要 10 カ国の進み具合を研究者ら 日本の技術的成果は、世界の研究者 図 10:世界の研究者から見た研究開発先進国(研究分野別) 自動車・ その他車両 日本 #1 複合材料・ ナノテク・ 他の先端材料 環境・ 持続可能性 保健・ 医療・ 生命科学・ バイオテクノロ ジー 情報通信(ICT ) 機器・ 他の非 ICT 電子 機器 米国 ドイツ 米国 米国 米国 英国 日本 ドイツ 中国 ドイツ インド 中国 ドイツ 英国 #2 ドイツ 日本 米国 ドイツ 日本 中国 中国 英国 日本 韓国 英国 中国 中国 #3 #4 出典:バテル/ R&D マガジン社調査 「2012 年 12 月世界研究開発資金予測」(2012 年) 40 PwC 米国 #2 日本 #2 日本企業は、環境の変化に適応しなければなりませんが、 同時に人材育成に関する企業戦略や企業文化を維持するこ とも必要です。 慶応義塾大学 清家 篤 にランク付してもらったところ、日本は 10 分野中 4 分野で 1 位か 2 位に選 図 11:情報テクノロジー輸出 : ICT メーカーの合計輸出シェア( %) ばれた。さらに重要なことに、日本は 2000 1995 2010 ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、 47 エネルギー効率など、未来の成長の 大きな推進力になり得る分野で高い評 価を獲得している(図 10 参照)。 しかし今、企業が市場に独創性を持 30 29 32 22 ち込むことが難しくなっている。技術 17 面での日本の優位性が脅かされてい 12 11 10 10 ることを最も鮮明に示すのは、高付加 価値 ICT 製品(これには、たとえばコ ンピュータ、通信機器、消費者家電、 関連部品が含まれる)である。2010 年には中国が突出した伸びを見せて 首位に立ち、2 位が米国、日本がドイ ツに抜かれ 4 位になる日も遠くはなさ そうである。中国の登場により、ICT をはじめさまざまなハイテク輸出市場 日本 米国 ドイツ 9 10 8 6 韓国 6 3 4 フランス 中国 出典:オックスフォード・エコノミクス/ Haver Analytics 図 12:研究開発支出および研究開発集約型輸出の推移 研究開発集約型輸出製品 総輸出に占める割合(%) (2010 年) GDP に占める研究開発支出(%) (2010 年) 25% が変化したが、日本の相対的地位の 低下は顕著である。(図 11 参照) 20% 3.4% 日本の研究開発支出に比して、研究 2.8% 開発集約型輸出に占める市場シェアは 低い。(図 12 参照) 8 2.8% 21% 18% 15% 2.2% 1.8% なぜこのようなことが起きているのか? これは当然ながら複雑な問題であり、 経済学者のマイケル・ポーター氏は、 日本企業は製品特性の改良に力を入 英国 フランス ドイツ 米国 日本 ドイツ 日本 米国 英国 フランス 出典:オックスフォード・エコノミクス/ OECD /バテル/世界銀行 Future of Japan 41 第 3 の現実 れ、業務システムや経済界のエコシス る上での経済開放の重要性を明確に く。中には、発注元企業の厳格な管 テムにおける位置といった、より根本 示 すものだ。 現 在、 日本を 含 め 20 理下に置かれる従来的な取引関係に 的なイノベーションを怠りがちだと指 以 上 の OECD 諸 国(1995 年 の 12 代えて、試験的にパートナーとの共同 カ国 から増 大 ) が、 企 業 の 研 究 開 マーケティングを行ったり、技術系新 7 摘する。 8 発 に助 成 金を提 供している。 費 用 興企業との共同製品開発を進めてい 多くのグローバル企業は、イノベー 節減のためだけではなく、より多くの る企業もある。従来、研究開発集約型 ション・ 研 究 開 発 に関し、より開 か アイデアと技術を呼びこみリスクを抑 とはみなされていなかった業種でも、 れた形でグローバルに協業を進めて 制するため、開かれた協調的なアプ この種のイノベーションが起きている。 いる。 研 究 開 発 減 税 や 他 の 奨 励 策 9 ローチが採用されている。 たとえば総合製造大手 IHI の経験は、 開放性向上が、さまざまな形に結びつ するように、同社は新興企業への投資 などの一連の取り組みは、政策立案 者が企業の成長と海外投資を確保す 有益な示唆を含むものだ。後に紹介 7 Michael E. Porter and Scott Stern,“National Innovative Capacity.”世界競争力レポート 2001–2002; Oxford University Press, 2002 8 Andrea Beltramello, et al.“Opening Japan: Comparisons with Other G20 Countries and Lessons Learned from International Experience,”OECD 科学技術産業 局作業報告書(2011 年)http://dx.doi.org/10.1787/5kg6nk6w3v7c-en 9 それどころか 2010 年の OECD 分析の結果、 協力を行う企業は非協力企業よりイノベーション支出が多いと判明し、 費用は共同イノベーションの推進力でないことが示唆された。 イノベーションの欠落とリスクテイクを取りたがらない傾向は モノカルチャーと多様性の欠如によるものだ。 日産自動車株式会社 志賀 俊之 42 PwC 内角高めを狙う: マツダ社、金井氏のイノベーション とブランディング戦略 売上高で他社に劣るメーカーが、グローバルイノベーションの中で を通じて、IHI の専門知識を成長が期 待できる全く新たな分野に導入できる ことを発見した。 どんな勝負を挑むのか? マツダ株式会社副社長で、同社のものづ くり戦略の中心を担う金井誠太氏に、新技術開発と経費、変化する 顧客ニーズの兼ね合いについて話を聞いた。 技術サイクルの短期化を踏まえると、厳しいグローバル市場で競争 顧客の目線に近づくことで、イノベー 力を維持するには当然ながら、多くの経営者が想定する以上に早い ションが促されることもあるが、多様 段階から開発計画に着手しなければならない。現在の新車に使用さ 化が進んだ末端市場ではこれが難しく れている技術の多くは、3 年ほどで陳腐化するのではないかと金井 なる。「我々はこれまでかなり技術志 氏は考えている。 向に傾いていて、技術の高さにこだわ るのはいいのですが、それは作る側 の目線でしかなかったのではないか。 本当にお客様の視点で良い技術だっ たかどうかというのは、少し疑問かな と思っています。 」と日立製作所国際 事業戦略本部長の豊島幸雄氏は語る。 「特に今、我々が進めようとしている 社会イノベーション事業のような社会 「3 年先を見越して目標を設定しても、できない理由はいくつでも思 いつけ、そんな計画は達成できないという結論が出るでしょう。実 際にも、実行はおそらく不可能だと思います。けれど 6 年先を見据 えて動けば、やってみなければ成功するか分からないようなプロジェ クトでも挑戦できます。もし失敗しそうだと分かれば、2.5 ∼ 3 年目 で中止できますし、逆に上手くいけば、かなり早めのスタートを切 れます。後は、量産化に対応すればいいだけです。 」 急速に変化する顧客ニーズと、新モデル投入の製品開発サイクルの インフラの分野では、対象となる地域 長さという課題を前に、マツダは大手ライバルとの競争にどう備えて や顧客の視点にもっと目を向け、共に いるのだろう。熱烈な野球ファンである金井氏は「ストライクゾーン」 メニューやスペックを考えねばなりま という考え方を挙げた。強力なブランドは、野球で言えばど真ん中 せん。 」 を狙おうとするが、マツダの狙いは違い、そのおかげで成功を収め てきたという。 「市場や顧客セグメント、現代という時代といった要因が、ストライ クゾーンの変化に影響を与えます。たとえばスポーツカーやレーシン グカー、それにいわゆるミニバンのストライクゾーンは、日本、米 国、欧州でそれぞれ違います。新興国と先進国のストライクゾーン も、同じではありません。10 年前と今でも違いはあり、絶えず変化し、 進化しているのです。 」 金井氏は最後に、直球を投げることに迷いはないとして締めくくって いる。「より規模の大きい自動車メーカーはストライクゾーンのど真 ん中を狙うことができるし、実際そうしています。けれど私たちが他 社と同じコースに球を投げれば、顧客はマツダの車を買う理由を見 つけられません。競争が激しすぎるのです。だから私たちは真ん中 を狙わず、敢えて外します。マツダの車は全て、市場の中心から外 れていなければなりません。では我々は、どこを狙うのか? それは 内角高めです。 」 Future of Japan 43 解決策を求めて— 成熟企業における新規事業の支援・統合 船舶・航空機・タービンエンジンを手掛ける創業 150 年 があるという結論に達したのです」経営陣から万全の支援 の総合製造大手 IHI では、企業に最新技術を紹介すると を受けて、ベンチャーチームは、クリーンエネルギーや淡 いう一般にベンチャー投資家が果たす役割を、社内ベン 水化処理など、市場を塗り替える最先端の新技術への投資・ チャー制度を使って実現している。同社で初めて社内ベン 起業といった数々のさまざまな共同プロジェクトを追求でき チャーファンドを運営した中川幸也氏の経験から、この開 るようになった。彼らは視察先を 300 社に拡大したが、そ かれたイノベーションアプローチを日本で展開させる方法 の多くは IHI の主力業務とかけ離れた技術に着目した企業 が見えてくる。 だった。 2002 年、IHI は若手管理職 11 人をボストンに派遣し、ベ さらに IHI は、 米国に本社を置くバッテリーメーカーに ンチャーグループの協力を得て米国、カナダ、欧州に拠点 2,500 万 米ドル の 株 式 投 資を行うことを計 画している。 を置く新興企業 100 社以上の可能性について調査させた。 2011 年には、タグボート用ハイブリッドエンジンをはじめ、 彼らは 2006 年までに、共同販売事業や合同研究開発事 日本国内の顧客に新製品を提供できるようライセンス許諾 契約も締結した。タグボートは短時間に強力な推進力を必 業を立ち上げ、7 社と提携を結んだ。 このチームは、まさに期待通り、IHI の中核事業に役立つ 貴重な人脈を築いてくれた。だが、これだけでは足りない。 エンジニア畑の中枢を歩んできた中川氏は、 IHI に必要な のは新たな事業機会の種をもたらす投資だと考えた。 創設後間もない新規企業と手を組んで既存事業をサポート するなど、「とうてい効率的と思われませんでした」と中川 氏は語る。部門長たちは、国内市場の経験は豊富だが製 品のライフサイクルを短期的な視点で捉えており、イノベー ションの推進にほとんど興味を示さなかった。 44 要とするが、蓄電池は電気モーター駆動に効果的である上、 炭素排出量削減につながりディーゼル燃料の環境基準を満 たすことができる。「我が社は最初、この新技術を自分たち の製品に応用できることに気づきませんでしたが、ついに 商業化の目処を見つけたのです」 現在 IHI の顧問を務める中川氏は、これまでの取組を振 り返り、対象技術を手掛ける新興企業と製品開発・マーケ ティング面で密接に協力することが、イノベーションの成功 に不可欠だと考えている。これにより、従来のベンダーとの 関係以上に双方にとって実り多い関係が生まれるのだ。 「会 そこで事業立ち上げから 4 年目、中川氏のチームは研究 議に出たり研究論文を読んだりして、新たな事業の芽を見 開発・運用部門から IHI の経営企画部に移った。「成熟企 つけるのは不可能です。研究室や工場に足を運ばなくては」 業で新規事業を始めるなら、本社機能として取り組む必要 と同氏は語ってくれた。 PwC 第 3 の現実 企業の協力体制には、不十分な点が 米国を上回っている。にもかかわらず、 ズ代表取締役社長の有馬彰氏が指摘 ある。日本は数多くの特許を取得して 米国国内における 2008 年の日系企 するように「自社の研究所で研究した いるが、革新的な日本企業はこれま 業の研究開発支出は、欧州系企業を ものを日本メーカーが開発・製造して、 11 で国際的な研究協力に消極的だった。 下回った。 これとは別に、2011 年に 世界の市場に出るというモデルはもう 2010 年、EU の 9%、米国の 12%に 行われた米国企業を対象とした調査で 崩れてしまった」のだ。代わりに今後は、 比して、日本でなされた特許出願のう は、中国、インドでの研究開発拠点 より開かれたイノベーションへのアプ ち外国人の共同発明者を含むものは 拡大を検討している企業は各々 30%、 ローチが主流になるのではないかと有 10 24%であったのに対し、日本での拡大 12 を検討中と答えた企業は 6%だった。 わずか 3% だった。 馬氏は予測する。「現実的なところは、 世界の最新技術を組み合わせてという 意味でのイノベーティブという感じで 加えて、日本企業は多額の研究開発 投資を行っているものの、海外他社が 確かに、とりわけ大企業では外部との 国外市場に費やすほどの資金を日本 連携によるイノベーションは容易では 国外に投入していない。研究開発支 ない。大企業の内向き志向が、国外 すね。 」 既に実施しているイノベーション取り 出の絶対額では日本は米国に次ぐ第 2 のアイデアや創造的思考を阻む障害と 組みと並行して、日本のイノベーショ 位であり、2011 年の GDP 比で見ると なっている。NTT コミュニケーション ンモデルを、今日のグローバル経済 下で有効に機能し、研究開発・イノベー ションに費やした人材・投資に見合っ 図 13:競争の激しいハイテク製品 た結果が得られるものに修正していけ 日本: 部門別算出額:ハイテク製品 GDP比(%) 世界:ハイテク製品の市場シェア 世界輸出に占めるハイテク製品の割合(%) 6 25 5 13 10 OECD 科学技術産業局経済分析・統計課 「PCT (特許協力条約)に基づく外国人共同発明 者による出願数」 International Co-operation in Patents (2012 年) http://stats.oecd.org/Index. US 20 4 ばよい。協力的イノベーションは、そ のための重要なツールとなる。 J 15 aspx?DatasetCode=PATS_COOP 11 国家科学審議会、 表 4 ∼ 12、「NAICS 産業分類に 基づく米国外資系企業による研究開発 2008」 Science and Engineering Indicators(2012 年) http://www. nsf.gov/statistics/seind12/tables.htm#c4 3 10 2 1 5 0 0 1990 2000 2010 2020 2030 G UK F 12 バテル/ R&D マガジン社調査 「2012 年 12 月世界 研究開発資金予測」(2011 年) http://www.battelle. org/media/news/2011/12/16/ 1989 J 日本 F フランス 出典:オックスフォード・エコノミクス/ Haver Analytics 1999 G ドイツ UK 英国 US 米国 2009 13 日本で効果が証明されているイノベーションのモデ ルを、 ひとつ挙げることができる。 それは、 改善̶研 究者と現場の労働者の双方が関わる業務を継続的により 良くするプロセス̶である。ここはひとつ、日本の強み である自動車組立ラインのベテランを派遣して、自社の イノベーションプロセスに手直しを加えるのが得策かもし れない。 Future of Japan 45 第 3 の現実 最終的に、イノベーションの成功には 果敢なリーダーシップが求められる。 日産自動車 最高執行責任者の志賀俊 之氏は、日産がイノベーティブなリス クを負う上で上層部のリーダーシップ が重要な役割を果たした例を紹介し てくれた。2007 年、最大のライバル であるトヨタがハイブリッド技術で躍 進したのに対し、日産はエコカーで出 遅れていた。そこでカルロス・ゴーン CEO は、電気自動車で勝負に出るこ とにした。だが賭けに出るには、 内 燃エンジンへのこだわりが強い社内の 「パワートレイン(動力装置)族」の 抵抗を抑えねばならなかった。 「パワー トレインは車の心臓です。ハイブリッ ド車なら、まだ内燃エンジンはあるか ら技術者も納得できる。けれど内燃エ ンジンを完全になくすというのは、業 界の専門知識を 100%否定することで した。結局のところ、イノベーション には強力なリーダーシップと組織の多 様化が欠かせないと思います」と志賀 氏は語る。 今日のイノベーションの大半は、より 深い変化を促すものでなければならな い。既存の製品・サービスを改良す る手段としてのイノベーションを脱す るには、果敢なリーダーシップが求め られる。世界的にイノベーション能力 の規模が拡大しているため、破壊的な 技術変化が生じた場合にますます遅れ を取りやすくなっている。IHI が採用 する社内起業制度など、社内でのイノ ベーションを推進する企業は、新たな 現実に対応する体制が整っていると考 えられる。 46 PwC イノベーションの実践 — Twitter Japan 代表 近藤正晃 ジェームス氏への Q&A PwC:Twitter 社は 2011 年に初の海外支社を日本に開 という状況なのに、病院に行けない妊婦さんのため「妊婦 設されましたが、これはなぜですか? さん」向けハッシュタグができました。助けを求めて書き込 近藤:ユーザー数で言うと、日本は私たちにとって最大の んでくる妊婦さんからの質問に医師が答えています。 市場のひとつです。日本のユーザーはとても積極的でツイー PwC:日本企業のイノベーションの取り組み全般について、 ト数も多いですね。商業的に見て日本のオンライン広告市 どのように感じていますか? 場は、世界のトップレベルです。またゲームや電子マネー など、携帯技術の面でも世界をリードしています。日本の ユーザーやスポンサーが求める高い水準を満たし、革新的 なモバイルテクノロジー企業と協力することで、私たちは競 争的優位を手にし、ここで学んだことをアジア全域や世界 近藤:イノベーションの取り組みは非常に積極的に行われ ています。現場に足を運んでエンジニアの話を聞きますと、 アイデアの泉のような人に出会います。ものすごく頭が良く、 すばらしい仕事をしている人たちです。 に拡大していけるでしょう。日本でなければならなかったの 日本にこれまでも、現在も絶対に必要なのは̶おそらく市 です。 場の競争が激化の一途をたどる今、その重要性はさらに高 PwC:3 月 11 日の東日本大震災で、Twitter は携帯電話 が通じない状況下でライフラインとして重要な役割を話しま した。それによって、Twitter の状況はどう変わりましたか? 近藤:私たちはこの携帯電話の普及率が非常に高く、イン ターネット回線が充実し、先端技術を有する日本という国 で、初めて大災害に遭遇したことで、発生から数秒間で私 たちに何ができるかを学びました。この知識を必ず具体化 させたいと思います。日本のユーザーが増えれば増えるほ どよいと思いますが、 Twitter 社内ではイノベーションの意 識も生まれ、「枠組をつくろう」というのが合言葉になって います。 まっていると思いますが ̶ 世界の尺度に合わせることで す。このための一連の能力が現在、ミッシングリンク(失わ れた輪)になっていると思います。少なくとも現在、私の 業界にある優れたアイデアは、すべて日本にもあります。そ れらのアイデアはすでに検証され、市場に流通しています。 例えば日本の電子マネーを考えてみてください。世界のど こを見ても、日本ほど人々が日常的に、これほど多くの店 で携帯電話による電子決済が利用できる国はありません。 それなのに(世界に)普及していません。その理由として 第一に、日本は市場規模がそれなりに大きいので、電子マ ネーの企業が国内展開で満足しているのかもしれない。彼 らは積極的にビジネスを拡大し、共同規格を策定し、市場 これは意図した展開ではありませんでした。振り返ってみれ に売って出て、大幅に市場を拡大しようとしていません。け ば、面白いですね。災害時に、人間はつながりたい、リア れども 3 年後にはおそらく世界の他の 5 つの地域で、電子 ルタイムで情報を得たい、解決方法を知りたいと望みます 決済が使われるようになるでしょう。 から、 Twitter の利用者が大幅に増加することは知ってい ました。たとえば日本では、取り残された人たちが日本語 で#と救助要請のタグを入力すれば、消防隊が位置情報 を取得して救助を行いました。他にもたくさんのハッシュタ 企業はグローバル規模の取り組みを、さらに速く、さらに 貪欲に行わねばならないと思います。企業のトップは何より もまず、これを決断すべきです。 グが作られました。例えば、いつ何時赤ちゃんが生まれる Future of Japan 47 第 3 の現実 企業への影響 社内でイノベーティブなアイデアを この問題を考えるひとつの手段として、 て、費用や日常の業務活動を重視す 育てているか? 自社の事業を外部の視点で鳥瞰する る経営陣から強い反発を招く。組織と ことが必要である。自分がもし、自社 して革新的な思考を促し、アイデアの の事業目標に役立つ新しいアイデアや 醸成を支援するには、「日常性」と新 技術、人脈を持つ部外者̶起業家や 奇性のバランスをとることができねば 中小企業社長、大手外国企業など̶ ならない。優れた製品開発戦略があ だったらと考えてみてほしい。自分は れば、これが可能になる。場合によっ 社内の適切な人材と協力してそのアイ ては、新たなアイデアやモデルのため デアの実行に取り組み、検証を経て最 独立した組織を設置することさえ求め 終的に販売まで漕ぎつけられるだろう られる。 か? 破壊的なイノベーションは得てし 部外者や新興企業との協力に 上手く適応しているか? 企業が講じることができる措置として、 要になる。柔軟な起業支援が、提携 新興企業の資金繰りに合わせるといっ 関係を成功させる上で大切な要因であ た簡単な措置から、比較的大きな転 る。経験豊富で資金力がある研究開 換 ̶ 既存の大手ベンダーでなく小企 発組織では、段階的に改良を重ねる 業と共同マーケティング・共同開発や のが一般的だが、市場を一変させるよ ライセンス許諾を実施し、権限を委譲 うなイノベーションは多くの場合、外 するなど̶までさまざまな範囲の対応 部から表れる。そのため優れたアイデ が挙げられる。小さな企業と協力する アを見抜き、そのアイデアを支援する 際は、両者ともに新たな顧客の拡大 ためにリスクを負うことが課題となる。 に務めるため、提携関係がなおさら重 開発プロセスの中で、 イノベーションのためには、製品それ を求め、彼らのニーズを完全に満たす 自社のバリューチェーン全体を 自体を越えて、最終的に特定顧客セグ か確認することが多い。共創(コ・ク 幅広い視点で捉えているか? メントへの価値提供につながる環境・ リエーション)と呼ばれるこの新たな 商品・サービスから成るシステム全体 手法で、イノベーションの成功を効果 を見据えなければならない。そのため、 的に支援することができる。 開発サイクル初期段階で顧客の参加 48 PwC 社員間や提携先との協力を後押しして イノベーションを推進しているか? オープン化を進めるとは、さまざまな 部門や地理的に離れた拠点の社員ど うしが協力できる社内環境を整備する ことである。開発プロセスをオープン にすることで、大企業の研究開発組織 が、新興ライバルと競うのでなく、予 算等のリソースをめぐって社内組織ど うして競い合うという文化に一石を投 じられる。また優秀な人材をグローバ ルな情報の流れに積極的に参加させ、 ある程度の裁量を与え自分のアイデア を追求できるようにすべきだ。たとえ ば 3M や Google は、 一部の社員に そのための時間を確保している。 第 4 の現実 新陳代謝の衰え 日本企業の高齢化への対応が遅れるほど、 適応が一層困難になる 50 PwC • 労働人口の減少はさらに熾烈な人材獲得競争をもたらす • 債務解消のため外国投資家の誘致を目指す日本が、 資本コスト上昇に直面するのは明らか • 国内事業は、成長鈍化という現実に適応する必要がある。 明日のライバルは、日本国内のみならず世界中にいる Future of Japan 51 第 4 の現実 公的債務の増大と労働人口の高齢化 は、多くの先進国に共通する傾向であ る。この点で日本も例外ではなく、む しろそうした国の先頭に立っている。 日本政府と国内主要企業がこの傾向に どう対処するかが、他国にとっての教 訓になるだろう。(図 14 参照) かつては、有名大企業に就職し、定年まで勤め上げるの が大学卒業者の思い描くキャリアでした。一方、 C 世代 (ミレニアルズ)は、自分のスキルを磨くことに関心があり、 個人としてできることをしたいと考えています。 参議院議員 川口 順子 第二次大戦後の経済成長と時を同じく して、人口が増大し労働人口が増加し た。さらに、教育水準の向上と技術進 歩に促された生産性向上により、高度 経済成長がもたらされた。 この人口増加の流れが一転して減少 した。日本の総人口は 2005 年国税 調査の 1 億 2,600 万人を境に減少に 図 14:労働人口の今後の推移 労働人口指数(1=1980 年) 1.5 転じ、65 歳以上人口の割合が 2005 年 の 20.2% か ら 2010 年 の 23.1% UK F へ増加している。移民率や出生率に 変化がなければ、現在の予測による と 2025 年には高 齢 者 1 人を支える K 1.0 現 役 世 代は 2.2 人になるだろうと予 14 公的医療・介護を含 測されている。 G む社会保障費の絶え間ない増加圧力 J に直面する中、生産性上昇も鈍化し、 日本の公的債務は GDP の 230%と世 界最大に達している。 14 国連経済社会理事会人口部 「世界人口推計 2010 年改訂」(2011 年) http://www.un.org/esa/population/ 52 PwC 0.5 1980 J 日本 1990 G ドイツ 出典:国連経済社会理事会人口部 2000 K 韓国 2010 F フランス 2020 UK 英国 2030 2040 2050 日本の資本市場を拡大しなけ ればなりません。そのために は、ガバナンスが重要です。 資産を速やかに最適な用途 に再配分できるよう、効率的 で活発な M&A 市場の存在 も欠かせません。 会社役員育成機構 ニコラス・ベネシュ これらの要因が、日本銀行の白川方 こうした経済的代謝力の低下は、どん どれも簡単に受け入れられる結果では 明総裁が「経済的代謝力の衰え」と な結果を招くだろうか? たとえば、以 ないが、国内のこうした環境の変化に、 15 評した現象を招いている。 下のことが考えられる。 企業が先手を打って対処できる方法が 日本企業の変化のスピードも同じく鈍 • 国 内での 再 投 資 機 会 が 少ないた 化している。バージニア大学の向山敏 め、成長を求める企業は海外投資 彦准教授によると、日本企業の開業率・ を迫られる いくつか存在する。 廃業率は年間 4 %前後と、米国の 10 16 ∼ 12%に比べ著しく低いという。 • 高齢者が定年後に貯蓄を消費する ため、逆に海外の投資家に日本の 株式・債券の購入を促す必要性が 高まる • 国内労働人口の縮小により、優秀 な人材の獲得競争が熾烈化する • 持続的なデフレ圧力が、住宅・オ フィスや産業用/商業用不動産市 国内の新陳代謝の衰えという現実と向 き合う。海外での成長が何より不可欠 となる。だが日本の国内市場は簡単 に無視できない規模であり、今後も重 要な収入源であり続けるだろう。国内 市場と急成長している海外市場とで、 根本的に異なる戦略が必要となる。人 口増加、世帯形成、民間企業で働く 消費者の増大といった従来存在した成 長要素を欠いた今、国内市場で売上 増を達成するのは難しいだろう。 場に影響を及ぼす 日立グループには 900 社以上の連結子会社があるのです が、グローバル視点で人財マネジメントが必要との認識から、 グループ全体の人財プラットフォームの再構築に取り組んで います。 株式会社日立製作所 豊島 幸雄 15 Jon Hilsenrath, et al.“Transcript: Shirakawa on Japan’ s Economy,”ウォールストリートジャーナル(2011年3月1日) http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704615504576172300556921580.html 16 Greg Ip,“From Zombie Banks to Zombie Mortgages? Japan misallocated capital during its lost decade. How the U.S. can avoid its mistakes,” ウォールストリートジャーナル(2010 年 9 月 10 日)http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704358904575478072373684644.html Future of Japan 53 潜在能力のある人材を昇進させなくてはなりません。 優秀な人材は出世し、会社とともに利益を追求することが できると伝える必要があります。 株式会社サンリオ 鳩山 玲人 日本企業は、価格決定力の強化と規模 の経済を実現するために、コスト削減、 不採算事業の廃止、市場シェアの拡大 に注力する必要性がある一方で、人口 構造の変化によるニーズの変化に対応 した新事業を構築する必要性があるだ ろう。自社の代謝力を高められる企業 が、この長期的な経済環境の変化の中 で好位置を確保できるだろう。 経済見通しを踏まえて東芝アメリカ社 CEO の藤井美英氏は、今後企業が売 上収益率アップを目指して日本国内で の戦略を見直すに従い、事業再編がさ らに進むのではないかと想定している。 「一握りの経営者は、今何が起きてい るかきちんと理解し、適切な対応をと るでしょう。その反面、何の対策もとら ない経営者も大勢います。勝者が敗者 に取って代わるでしょう」と彼は語る。 54 PwC 第 4 の現実 ワークライフバランスを本当に実現できれば、 素晴らしいことです。 それが新卒者をひきつける魅力になると思います。 ヒューマン・ライツ・ウォッチ 土井 香苗 根強い人材ギャップを埋める。労働人 中でも 2 つの人事慣行のせいで、多 国際標準に合わせることが第一に留学 口が減少し新卒者が毎年減っていくの くの日本企業はグローバルな人材市場 生誘致につながり、日本人学生も海外 を受け、日本企業の社員の扱い方も での競争力を低下させている。その 2 でのチャンスに挑戦しやすくなるので 変わらざるを得ない。深い業務知識を つとは、新卒に頼る硬直的な採用体系 はと期待している。 養うため幹部候補社員にローテーショ と、長い勤務年数を前提とした昇進/ ンで多様な仕事を経験させ、横並び 報酬制度である。両者が相まって日本 これと同様の思い切った改革を行い、 で昇進させるのでなく、国内と海外拠 の労働力は総じて多様性を欠いたまま より幅広い層から社員を採用する道を 点の人材ギャップを早急に埋める必要 にとどまり、優秀な人材を最大限に活 開かなければ、多くの日本企業はグ に迫られるだろう。 用するため新たなアプローチが必要な ローバルな人材獲得競争で敗北を喫 ときに、旧態依然とした働き方が温存 するかもしれない。財界で大きな影響 されている。 力を持つ 経 団 連 が、2012 年 4 月の ひずみは既に生じている。人材サービ 報告書で、迫りくる高齢化の危機に対 ス会社マンパワーグループの国際調査 では 2011 年、日本企業の管理職の 高い技能や起業家精神に富んだ人材 80% が採用難を報告しているが、こ には、もっとさまざまな選択肢がある。 策提言を行ったことも、事態の緊急性 れは調査対象国中最も高い数字であ 望むものを得られなければ、 彼らは る。アジアの急成長、および多様な 去ってしまうだろう。さらに大きなチャ 地域で事業展開する上で必要なスキ ンスを求めての人材シフトが、今起こ ルの高度化・専門化のため、現時点 りつつある。たとえば東京大学も秋入 で採用難の早急な解消はまず見込め 学への移行を検討中で、 大学側は、 応して一大転換を求める抜本的な政 を裏付けるものだ。 ない。 Future of Japan 55 第 4 の現実 多様性の欠如のため、企業は巨大で クス証券株式会社のキャシー・松井氏 複雑化した世界を乗り切る上で必要な によると、女性の労働参加率が米国と 展望を失っている。日本で疎かにされ 同水準に上がれば、それだけで 260 ている資源は、女性だ ̶「男性主体 万人が新たな労働力となり、今後 20 だった経済分野に女性が参画すること 年間の GDP 成長率が 1.2% から 1.5% で業績が上がることを、私は身をもっ に上昇するという。 て実証してきました」と横浜市市長の 林文子氏は語る。林氏は自動車販売 慶応大学と政策研究大学院大学が実施 業界で成功を収め、BMW 東京株式会 した分析は、男女共同参画がもたらす 社および東京日産自動車販売株式会 大きな経済的影響を強く裏付けるもの 社の代表取締役社長を歴任している。 17 だ。 日本の GDP は現在世界第 3 位 だが、2050 年までに実質 GDP が 1.1 働く女性の代弁者として、林氏は女性 兆億ドル以上減少し、第 9 位に転落す が出産・育児休暇から仕事に復帰しや ると推測される。この減少を食い止め すいよう託児施設の拡大や起業支援な るには、職場の男女共同参画を推進す どに取り組んでいる。「今後は、世界 る、すなわち女性の労働参加率を上げ に通用する人材として女性の力が十分 るしかない。両大学のシミュレーション に発揮されるよう、積極的に行動をお によると、女性の労働参加率がスウェー こすべきです」と彼女は PwC に語っ デンと同水準に上がっても、日本は(米 ている。 国、中国、インドに次ぐ)世界第 4 位 に順位を落とすと考えられる。 日本女性は国際尺度で見た教育到達 度が高いにもかかわらず、日本におけ る女性の労働参加率は OECD 諸国中 最下位である。すなわち、日本の生産 能力の半分を活用できていないことに なる(図 15 参照) 。ゴールドマン・サッ 17 鶴光太郎、土居丈朗、白石隆 「グローバル JAPAN ̶ 2050 年シミュレーションと総合戦略 ̶(要約)」 慶 應大学、 政策研究大学院大学(2012 年 4 月) http://www.21ppi.org/english/archive/global. html 明らかに、日本社会には抜本的な変化が必要です。 日本の国会議員や企業 CEO、自治体首長における女性の割合 は、韓国や台湾などの他の東アジア諸国と比べても 遅れをとっています。 国立大学法人総合研究大学院大学教授 長谷川 真理子 56 PwC 千葉県初の女性知事(2001 ∼ 2009 年)堂本あき子氏も、労働力における MBA 取得後に日本企業でキャリアアップを 女性の重要性を強く訴える。精力的な 図ることは難しいことでした。私のように、 2 人の子持ちで、前の会社を辞めて再び 日本企業に就職したという例は、さほど多く ありません。 女性の権利擁護者として、のちに全国 的に導入される性差に基づく医療制度 を先駆けて設立した堂本氏は、女性の 職場参加は日本の未来のため「絶対 に欠かせない」と語った。政府トップ もこれに同意し、堂本氏は先日、男女 株式会社ベネッセホールディングス 田中 郁子 共同参画への長年の取り組みを認めら れ総理大臣表彰を受けた。 女性活用のためには、子育て世代へ の保育サービス提供だけでは足りな い。復職後の女性の活用不足や働く男 性・女性双方に見られる無意識の偏見 など、対処すべき課題は幅広い。近年 の調査の結果、育児が理由で仕事を 辞めるより(32%) 、仕事に行き詰っ て辞める(49%)女性の方が多いこと が分かった(図 15 参照) 。総合研究 大学院大学先導科学研究科の長谷川 眞理子教授が指摘するように、「社会 全体が、フルタイムで働く男性を専業 主婦の女性が支えることを前提として います。男性で子どもができたからと 図 15:日本の女性は、ハイスキル人材の有望な調達先 日本の労働人口に占めるハイスキル女性の割合が低すぎる 65% 大卒女性で雇用されている 割合 米国:80% 8% 女性の上級管理職がいる 企業の割合 世界平均:80% 74% 退職する大卒女性の割合 米国:31%、 ドイツ:35% …だが、単に子育てだけが原因ではない 77% 43% 66% 現在働いていないが、 いずれ復帰を望んでいる 日本人女性の割合 復帰に成功した女性の割合 米国 : 73%、 ドイツ : 68% 柔軟な働き方ができれば、 退職していなかった女性の 割合 出典:政府調査(2009 年)、 Catalyst; Sylvia Ann Hewlett et al.,“Off-ramps and On- ramps, Japan”(2011) 注 : 退職とは、 半年以上雇用を離れる状態を指す。 Future of Japan 57 第 4 の現実 日本企業はグローバルな人材に注目しており、雇用したいと考え ています。問題は、ニーズに適した人材を処遇する制度が整備 されていないため、優秀な人材を惹きつけることができないこと です。実際の選考過程では、早稲田や東大出身の男性を選ぶ 傾向が続くと見ています。 ロバート・ウォルターズ・ジャパン株式会社 デイビッド・スワン 育児休暇をとろうとしても、非常に難し 業で長期的なキャリアを築く可能性が限 法の支配などの条件を備えた日本に いのです。公務員の場合、男性の育 られる。グローバルな人材獲得競争で は、世界的に見て一流レベルの人材を 児休暇取得率はわずか 1.7%、民間企 は、これが競合他社と比して日本企業 選り抜いて誘致できる十分な可能性が に不利に働き、はるかに膨大な英語圏 ある。多様性を促す人事管理制度や、 の人材プールを十分に活用できない。 外国人に有利な移民制度・課税制度 業はこれをはるかに下回ります」 職場における女性の参画について、横 があれば、日本の主要都市はグローバ 浜市市長の林文子氏は次のように語っ 日本の人口に占める移民の割合は、 ルビジネスのアジアにおける拠点とし ている。「ビジネスの世界では経済合 2%未満である。優秀な外国人の流入 て、シンガポールや香港にも対抗でき 理性や論理的な思考力が求められます を容易にすることが政府の政策課題だ るだろう。 が、それらと同様に、想像力や感性が が、企業側も、もしグローバル企業の 大切です。特に女性ならではの共感力、 中核能力を国内に残すのであれば、グ 低い資本コストで、資本効率を高める。 受容力は、成長の鍵です。 」 ローバル人材を日本に呼ばねばならな 本レポート作成のためインタビューに いことを認識しなければならない。さも 協力頂いた方々の多くが、失われた 中途採用者も、十分活用されていない なければ、主要業務機能は必然的に、 20 年とその後の脆弱な復調のせいで、 人材資源のひとつである。かつては忠 豊かな人材プールや成長市場に近い 日本企業はリスクを負いにくくなってい 誠心と団結を高めるとされた終身雇用 場所へと移動していくだろう。 ると語った。代わりに、国内事業に依 奪っているようだ。中途採用が一般化 豊富なインフラ、熟練した勤勉な労働 ア増大を目指し熾烈な価格競争が続い したとはいえ、並行して契約社員制度 力、活気ある清潔な都市、民主的な ている。「日本企業は得てしてリスクを 制の名残が、今や日本企業の活力を が導入されたことで社内に 2 種類の階 層が生まれ、社員の意欲低下を招く恐 れがある。中途転職の可能性が低いせ いで、意欲の低い古参社員が会社に残 り、出産後の女性の職場復帰の障害に なると同時に、グローバル人材を閉め だしている。 グローバル企業では、この新規中途採 用を受け入れない姿勢が明らかなデメ リットになる。世界各地の市場で成長 するため、企業は無限のキャリアパスを 用意して優秀な現地人材を誘致しなけ ればならない。だが日本のグローバル 企業では、「外国人」の昇進にはたい ていガラスの天井がある。日本国籍を 持たず日本語を話さない者は、日本企 58 PwC 存する多数の企業の間では、市場シェ 男性でも会社を辞めたり飛び出したりした人は、ずっと同じ会社 で働いてきた人より苦労が多いでしょう。繰り返しますが、 子どもの有無にかかわらず、日本の企業がどのように考えるかが 鍵となるでしょう。 クレアーズ日本株式会社 三宅 香 負うことを苦手とし、そのため多額の と、これが原因で、つい最近まで熾烈 企業の買収は加速しているものの、国 現金を積み増し、資本を最大限効率的 な競争や人口減少の現実と向き合って 内 M&A は 2000 年以降 GDP の 2 % に活用していません」と会社役員育成 こなかった業種の多くの企業に「切迫 前後で推移し、大部分の国を下回って 機構(BDTI)の理事会メンバーであ 感」が欠けているという。「現在もこれ いる。他方、海外投資家による日本企 るニコラス・ベネシュは語る。 までもそうだったように資本コストが低 業買収̶企業合併の第 2 の大きな要 く障害がゼロという状態で、もしあな 因であると同時に、新たなアイデア・ 新陳代謝の促進に寄与する最大の要 たが同じように経営者であれば、高い 経営ノウハウ・技術の源でもある̶も 因は、長引く低金利である。石油・水・ 資本収益率を必死で追い求めるでしょ 低 水 準にとどまり、2000 ∼ 2011 年 鉄・資本などいかなる資源であっても、 うか?」 まで年平均で GDP の 0.1% にとどまっ 安く手に入れば、企業も社会も効率的 ている。 に利用しようとはしない。その結果、 これと違った考え方をする企業は、チャ 日本では天然資源の効率利用が非常 ンスを手にしている。消費者の高齢化 日本企業は、強い切迫感を持って対応 に進んでいる一方、資本を無節操に浪 に伴い、国内経済は従来と異なるサー に臨まねばならない。また特に大量の 費している。 ビスや商品を提供すべく進化していく 社会的リソースが消費される医療など 必要がある。金融、小売業、不動産 の分野で、国内事業の生産性向上と 低い資本コストが、 成長増大(また であれ、多くの部門で企業は、商品ポー イノベーションを推進する必要がある。 は損失抑制)に向けたポートフォリオ トフォリオを変えて行かねばならない。 何よりも日本には、高齢化の逆風を生 全体の変化を促すインセンティブを低 だが資本へのアクセスが容易であるに 下させる。ゴールドマン・サックス証 もかかわらず、国内 M&A を見る限り、 改善を実現するために、これまで以上 券株式会社のキャシー・松井氏による まださして変化は生じていない。海外 産性向上で乗り越え、生活水準の維持・ に迅速な動きが求められる。 性別問題は、解決せねばならない最優先事項だとは広く考えら れてはいませんが、日本の未来にとっては極めて重要な問題で す。女性が労働力として、完全かつ平等な参加ができなければ、 日本社会はここから急な下り坂を辿ることになるでしょう。また、 女性が仕事と子育ての両立のためのサポートが得られなけれ ば、日本の人口も下り坂となるでしょう。 千葉県知事(2001 ∼ 2009) 堂本 あき子 Future of Japan 59 第 4 の現実 企業への影響 国内環境の変化を意識した戦略を 企業の戦略や商品ミックスは、人口高 例えば銀行、小売、不動産など多くの とっているか? 齢化、およびそれが消費者ニーズと 業種の企業が、製品ポートフォリオを 資本市場に及ぼす多大な影響といっ 変えていかねばならないだろう。 た現実に適合したものでなければなら ない。 国内で十分リスクテイクを行っているか? 資本を効率的に活用しているか? 多くの企業は、国内事業の収益率に せいで、日本企業の経営者が総じて 海外事業と開きがあることを受け入れ 収益向上につながるようなリスクを負 ている。両者に開きが生じるもっとも いにくくなっていることは明らかだ。代 な理由は多々あるが、失われた 20 年 わりに、多くの企業は熾烈な市場シェ の成長低迷 ̶ および収益減少 ̶ の ア争いに重点を置いている。 私たちが予測するように、公的債務解 その上、途上国市場を基盤として企業 消のため日本が海外投資の誘致に乗り の資本コストを考えるなら、話は全く 出し資本コストが上昇すれば、国内の 変わってくるかもしれない。しかも事 経営環境が根本的に変化するだろう。 業展開を行う場所は、次第に途上国 市場にシフトしつつある。 60 PwC ハイスキル人材が、会社に残り貢献し 優秀な人材は働く場所を自分で選べる たいと思える環境作りをしているか? ようになり、グローバルな人材獲得競 進んでリスクを負う企業文化、柔軟性 など̶ 中核戦力となる社員を自社に ̶ 争が熾烈化している。企業は 給与、 引きつける要因を、知っておく必要が ある。 優秀な女性を引きとめるのに、 どんな政策が効果的か? 日本の人材資源を見ると、女性の活 用が全く進んでいない。企業は、女 性の雇用、定着、意欲向上に向けて 方針や企業文化を変更する必要があ るだろう。たとえば ̶ 労働時間や仕 事の裁量度など̶職場の柔軟性を高 めることが女性社員には欠かせず、こ れが男性社員にとっても重要になりつ つある。 自社事業における中心的役割を、 明確に認識しているか? どの役割が多大な事業価値を生み出 しているか(あるいは損なっている) かを理解することが、戦略的な要員計 画に欠かせない。企業は、たとえば勤 労意欲調査を行い、一定の社員グルー プの業績向上を阻む障害を特定するこ とができる。 Future of Japan 61 最後に… 日本の課題は、働き方を 知的に進化させること 会やひいては世界全体が急激な流れ の変化の中に立たされている状況で、 速に変化する世界への対応が遅す 日本が勝利を得る方法は、多くの国 ぎる。国内市場の合理化は進まず、 日本株式会社は転機を迎えている。欧 が今日直面する課題に日本独自のやり 資本コストがほぼゼロの状態で、複 米市場の成長が鈍化する一方、アジ 方で対処することである。 合企業は依然としてあまりに多くの ア新興国市場の事業機会は拡大しつ 業種において事業を持っている。よ つある。高齢化やエネルギー供給不 PwC は、企業がこうした現実を克服 りスピーディーに、適応力をもって 安の高まりを受け、国内にも課題が山 するには、新たな姿勢が必要だと考え 柔軟に動くため、日本企業が一丸と 積している。急激に変化する世界情勢 る。成功は人を慎重にさせる。企業は なって努力する必要がある。今後の の中で生き延びるため、ビジネスリー 既得権益に気をとられ、当初の成功を 方向性の変化を見据えて意思決定 ダーは変化と、それに伴い必然的に もたらした根本的な原動力を忘れ去っ を行うべきであり、企業は、こうし 生じるリスクを受け入れる準備をしな てしまう。 た柔軟性をより巧みに自社の戦略に ければならない。 本レポートでは、事業環境に影響を与 える 4 つの重要な現実と、企業が検 討すべき一連の対応を紹介した。だが この現実を克服するためには、日本企 業は抜本的な変革を遂げる必要があ ここまで論じてきたように、日本企業は 変化する世界に対する自らのアプロー 場合、以下の観点が含まれるべきであ うことを踏まえて行わなければなら ろう。 • 大胆さとリスクテイク̶ 日本の企 業・役員は、もはやリスクを負わず 民間部門の一層確実な取り組みが求 に成功できると考えてはならない。 められる。 企業はリスクを負わねばならず、た 日本の政府や民間企業に対し、他国 クした人間のキャリアを終わらせて を模倣すべきであるとか、これまで大 はならない。 切にしてきた価値観・伝統を無視する PwC • 柔 軟 性と順 応 性 ̶ 意 思 決 定 は、 今後、風向きは変わるものだとい る。既に対応を始めた企業もあるが、 ことを提言するものではない。日本社 組み込まねばならない。 チを十分検討する必要がある。多くの とえ取り組みが失敗してもリスクテイ 62 • スピード̶ 多くの日本企業は、急 ない。また日本企業は戦略におい てもこのような柔軟性をもってビジ ネスを変革していかなければなら ない。 むろん、姿勢への変化はトップからし か起こりえない̶多くの企業経営陣に • イノベーションに適応する ̶ イノ ばならない。リスクを厭わず、自信 ベーションを加速するため、組織を を持って組織を新たな方向に導くス とって最も緊急のタスクは、自ら先頭 オープンにする。自社の事業を外 キルを持ったリーダーを育成するた に立って姿勢の変化を進めることだ。 部の視点で鳥瞰することが必要であ め、能力主義の昇進制度や外部か る。あなたがもし事業目標を推進す らの幹部登用を積極的に進めるべ る優れたアイデアや技術、人脈を きである。 前述のように、4 つの現実それぞれが 企業にさまざまな影響をもたらす。日 本企業は、こうした企業への現実にど う適応していかねばならないか? 日 本企業は次の 4 つのテーマで思い切っ た変化を迫られると思われる。 • 組織を変革する̶リーダーは、今 持つ部外者̶たとえば起業家や零 細企業社長、外国の多国籍企業な ど̶だったらと考えてみてほしい。 あなたはパートナーとして簡単に自 分の会社と協力関係を結び、適切 な人材を見つけられるだろうか? 大 日の世界で自社を成功に導くため、 半の日本企業では、これが決して容 大規模な組織変革を推進しなけれ 易とは言い難い。日本企業は、グ ばならない。日本企業は組織全体 ローバルリーダーになるために必要 およびガバナンス構造に、より幅広 なイノベーションプロセスの活性化 い人材とこうした人材がもたらす新 に向け、社内企業制度や外部組織 たな視点を取り入れる必要がある。 との共創(コ・クリエーション)といっ 他組織で活躍した者、外国人、女 た新たなアプローチを活用する必要 性、若い世代などはみな、豊富な があるだろう。 アイデアとエネルギーをもたらして くれる存在だ。こうした層を受け入 れれば、企業経営は柔軟性を増し、 外的ショックにも強い組織を作るこ とができる。それによって国内外の ライバルに対し勝利を収めやすくな るだろう。 • 成長戦略を重視する̶合併・買収 活動(M&A)や直接投資、業務提 携などの手段を通じ、多くの日本企 業はさらに積極的に仕掛けられる。 今のところ、国内市場の合理化は 進まず、あまりに多くの業種で巨大 企業が依然として幅をきかせ、企 業は資本を浪費し続けている。成 長途上の市場において、日本に必 要な付加価値的な活動の実践につ ながるチャンスの獲得に、これまで 以上の労力を注がねばならない。 もちろん、企業によって業種も違えば • 未 来 のリーダ ーを 体 系 的 に育 成 出発点も異なるため、上記のうちどの する̶今日の世界で組織を正しい 対応を併用するかはさまざまだろう。 方向に率いるために必要な幅広い 同時に、グローバル化やガバナンス、 能力を把握する。企業は、昇進・ イノベーション、戦略的志向、資本計 教育訓練・ローテーション・報酬 画、 M&A、報酬、業績管理といった 制度を変更して 4 つの現実に対応 多様な課題に関しても改善に取り組む できるリーダーを大勢育てていかね 必要がある。 Future of Japan 63 最後に… 図 16: 若手社会人たちが考えていること 30歳以下の日本人のうち… 14 % が、 自分の仕事に 「将来性がない」 と 感じている。 世界平均:3% 6 % が、経営者は新卒社員に 「独創性と イノベーション」 を求めていると 感じている。 世界平均:26% 出典:PwC 「Millennials at Work: Rehaping the Workplace」(2011 年) チャンス増大が、 イノベーショ ンと野心につながる 私たちは、 変 化の難しさを軽く考え だが現在、厳格に管理された日本式 ているわけではない。職場であれ社 の人材育成法や雇用システムは、 21 会全体であれ、変化の実現は決して 容易なことではない。東芝アメリカ社 世紀に相応しくない ̶ そして時間を かけてもこれを解決できない̶という CEO の藤井美英氏はこう述べる。 認識が広がっている。国民の無限の 足できる生活を享受しているせいで、 知性とエネルギーを解き放つため、日 特に若い世代の野心が衰えているとみ 本は今、新たな体系的アプローチを る向きもある。だが、私たちはそうは 必要としている。 思わない。 「日本人は移行や変化が苦手です。日 本(あるいはアジア諸国)が劇的な 中には、年齢を問わず国民全てが満 変化を遂げるのはそう簡単ではありま せん。しかし生き延びるには変わらな 「知性で勝負し、それをどう活用し効 PwC が 25 カ国以上の若手社会人を対 ければならないのです」 率的に拡大するかで張り合わねばなり 象に実施した調査では、国際平均 3% ません」起業家の齋藤 ウィリアム 浩幸 に対し、30 歳以下の日本人の 14 % 変化を受け入れることが大切 第二次大戦後の日本の奇跡的な経済 成長は、日本人のエネルギー、起業 家精神、それに何より教育がもたらし た勝利だ。30 年の間に、教育を通じ て大量の勤勉なハイスキル労働者を 生みだし、驚異的な成功を収めた日 本の方式によって、広範な繁栄と安定 をもたらした。 64 PwC 氏は語る。「日本が最初にその方法を が自分の仕事に「将来性がない」と 身につけると確信しています。私はそ 回答している。さらに、新卒社員に経 の場に立ち会い、日本人とともにその 営陣が「創造性とイノベーション」を 方法を学びたい。なぜなら韓国、米 求めていると思うと答えた者は、世界 国、欧州、中国を筆頭に他の多くの 18 平均 26%に対しわずか 6%だった。 国が、5 ∼ 10 年以内に同じ道をたど るからです。やがて他の国もみな、日 シリウステクノロジーズ社長の宮澤弦 本と同じ経験をすることになりますが、 氏は、日本の問題は、起業家の卵の その時に備え解決策を見つけられるで 多くが国外にチャンスを求めがちな点 しょう」 にあると指摘する。 「 私 が 2004 年 に起 業した頃 は、 知 だろう。起業家に魅力的な環境を作れ 日本は厳しい課題に直面しているが、 人全員が国内で事業を起こしていまし るかどうかは、政府の政策や民間部門 全ての課題の中にチャンスが存在す た。けれど今、私の仲間や若手は最 のニーズへの対応に左右されるが、企 る。PwC も他の有識者と同様に、日 初からシンガポールや米国、場合に 業も、新たなアイデアを育て花咲かせ 本の未来は明るく、 新たな時代のグ よっては香港で起業しています」と宮 る余地を作ることで、貴重な起業家た ローバルリーダーとして再び注目を浴 澤氏は語る。 ちを支援することができる。 びる日が来ると信じている。この国を 繁栄の道に戻すべく懸命な努力が続く 革新的なアイデアは、新たな事業や分 チャンスを増やしイノベーションを促す 中、企業経営者は日本経済とその民 野のきっかけとなることが多く、雇用創 という課題に対処すれば、日本の若手 間部門に変革をもたらし、日本の未来 出・機会創出につながるとともに、国 世代にプラスになるだけなく、この国 を作ってゆくという意味で最も重要な 内外の人々にとって魅力的な事業環境 の成長、繁栄、競争力も蘇るだろう。 役割を担っているのだ。 を生みだす。世界中の国がこの事実を 企業リーダーは、国の人的・物的・知 認識し、起業家を育てるためさまざま 的資本に指針を示し影響を与えるとい な措置を講じている。日本も同じよう う重要な責務を担っている。彼らがど になれるはずだ。ひとつには、優れた んな決定を下し、方向性をどう定める アイデアを高品質な製品・サービスに かが重要になる。日本企業に変革を 変えるという点で長い歴史と豊かな経 起こすには、リーダーシップと有意義な 験を持つ国であるだけに、新たなアイ (時に難しい)話し合いを進んで行う デア、新たなビジネスを受け入れれば、 姿勢が求められる。 日本は他国との競争で一歩先を行ける 18 PwC「Millennials at Work: Reshaping the Workplace」(2011 年) Future of Japan 65 インタビューリスト (敬称略) 安達 保 金井 誠太 カーライル・ジャパン・エルエルシー マツダ株式会社 マネージング・ディレクター 日本共同代表 代表取締役 副社長執行役員 有馬 彰 川口 順子 NTT コミュニケーションズ株式会社 第 133・134 代 外務大臣 代表取締役社長 参議院議員 飯田 裕美子 河相 光彦 一般社団法人 共同通信社 米国三井物産株式会社 社長 編集局 生活報道部 常務執行役員、米州本部長 編集委員/論説委員 木内 登英 飯塚 優子 野村証券株式会社 金融経済研究所 住友林業株式会社 経済調査部長 兼 チーフエコノミスト コーポレート・コミュニケーション室 マネージャー 後藤 玄利 榎本 隆 ケンコーコム株式会社 株式会社 NTT データ 代表取締役 顧問(前代表取締役副社長執行役員) 小林 栄三 小川 孔輔 伊藤忠商事株式会社 法政大学大学院 取締役会長 イノベーション・マネジメント研究科 教授 カルロス・ゴーン 岡 昭一 ルノー・日産アライアンス ジャパン・インダストリアル・ソリューションズ株式会社 会長兼最高経営責任者 代表取締役社長 近藤 正晃 ジェームス 角川 歴彦 Twitter Japan 株式会社角川グループホールディングス 日本代表 取締役会長 斉藤 惇 神谷 明 株式会社東京証券取引所 三菱 UFJ 証券ホールディングス株式会社 代表取締役社長 取締役副社長 齋藤 ウィリアム 浩幸 株式会社インテカー 代表取締役社長 66 PwC 榊原 英資 土屋 聡 青山学院大学 教授 世界経済フォーラム日本オフィス 財務官(1997 年 7 月 15 日∼ 1999 年 7 月 8 日) 日本代表 阪間 直哉 土井 香苗 独立行政法人 都市再生機構 Human Rights Watch 震災復興支援室長 アジア局日本代表 弁護士 桜井 本篤 堂本 あき子 ジャパン・ソサエティー 千葉県 プレジデント 知事(2001 ∼ 2009) 志賀 俊之 豊島 幸雄 日産自動車株式会社 株式会社日立製作所 最高執行責任者 国際事業戦略本部 四方 敬之 内閣総理大臣官邸 内閣副広報官 兼 官邸国際広報室長 柴田 雅行 独立行政法人 都市再生機構 神奈川地域支社 副地域支社長 鈴木 信隆 株式会社アニプレックス 営業グループ本部長 映画営業部部長 清家 篤 慶應義塾大学 塾長 竹内 洋 株式会社日本政策投資銀行 取締役常務執行役員 田中 郁子 株式会社ベネッセホールディングス 国際業務部本部長兼リスクマネジメント室長 浜田 和幸 東日本大震災復興推進本部 外務大臣政務官 参議院議員 長谷川 真理子 国立大学法人 総合研究大学院大学教授 先導科学研究科科長 生命共生体進化学専攻 理学博士 鳩山 玲人 株式会社サンリオ 経営戦略統括本部長/海外事業統括本部長 林 文子 横浜市 市長 本庄 洋介 株式会社北米伊藤園 代表取締役社長 会長室 特命担当電気自動車普及協議会事務局次長 Future of Japan 67 インタビューリスト 中垣 喜彦 電源開発株式会社 相談役 新浪 剛史 株式会社ローソン 代表取締役社長 CEO 藤井 美英 株式会社東芝 執行役専務 キャシー・松井 ゴールドマン・サックス証券株式会社 アジア ECS 調査部門統括 チーフ日本株ストラテジスト マネージング・ディレクター 三宅 香 クレアーズ日本株式会社 代表取締役社長 宮澤 弦 ヤフー株式会社 マーケティングソリューションカンパニー 事業推進本部長 森元 誠二 独立行政法人 農畜産業振興機構 理事 與田 邦男 モリト株式会社 代表取締役社長 横山 之雄 日清食品ホールディングス株式会社 取締役・CFO グループ財務責任者 68 PwC Nicholas Benes Representative Director The Board Director Training Institute of Japan L.W.K. Booth Former Executive Vice President & Chief Financial Officer Ford Motor Company Ian Bremmer President Eurasia Group Stephen Church Research Partner Japan Invest KK Kenneth Grossberg Director Waseda Marketing Forum Professor David Kennedy Director of the Institute for Global Law and Policy Harvard Law School Simon Sproule Corporate VP, Global Marketing Communications Nissan Motor Co, Ltd David Swan Managing Director Japan and Korea Robert Walters 制作関係者リスト クライアント/ インダストリー 担当パートナー 出澤 尚 糸井 和光 岩嶋 泰三 内田 士郎 大庫 直樹 尾崎 正弘 乙出 伸記 小澤 義昭 近江 惠吾 川村 健 木村 浩一郎 五味 廣文 笹山 勝昭 清水 毅 鈴木 洋之 中村 明彦 野田 由美子 秦 久朗 初川 浩司 原 宏治 編集チーム マーケティングチーム 平林 康洋 古賀 勝 眞鍋 亮子 三橋 優隆 後藤 恵美 Sarah Breen 宮川 和也 椎名 茂 Jacqui Rivett 安井 肇 Cristina Ampil Shannon Schreibman 山手 章 Emily Church 吉田 健之 David Jansen Christopher Albani Christopher Johnstone Wei Ku William MacMillan Ian McDade Andrew S. Nevin, PhD David van Oss Malcolm Preston Juan Pujadas Michael Rendell Keith Robinson Jeremy Scott Robert Shelton Hwee Hong H Sim デザイン/ レイアウト 特別協力 Larry Greenberg Kohei Hamazaki John R. Harris Adiba Khan Andrew Pothecary Odgis + Company: Banu Berker Janet Odgis US Studio: Margaret Fresenburg Titana Peckenik Samantha Patterson John Sviokla Scott S. Williams Matthew Wyborn Future of Japan 69 写真 : Torin Boyd 70 PwC PwC は、 世界 158 カ国におよぶグローバルネットワークに約 169,000 人のスタッフを有し、 高品質な監査、 税務、 アドバイザリーサービスの提供を通じて、 企業・団体や個人の価値創造を支援しています。 詳細は www.pwc.com をご覧ください。 本件についてのお問い合わせは、 Future of Japan 事務局([email protected])までお願いします。 PwC Japan (プライスウォーターハウスクーパース ジャパン)は、 あらた監査法人、プライスウォーター ハウスクーパース株式会社、 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース、 およびそれらの関連会社の 総称です。各法人は PwC グローバルネットワークの日本におけるメンバーファーム、またはその指定子会社 であり、 それぞれ独立した別法人として業務を行っています。 © 2012 PwC. All rights reserved. PwC refers to the PwC Network and/or one or more of its member firms, each of which is a separate legal entity. Please see www.pwc.com/structure for further details. This content is for general information purposes only, and should not be used as a substitute for consultation with professional advisors. 本誌は PwC Global が 2012 年 8 月に発刊した『 Revitalising corporate Japan: A prescription for growth』を PwC Japan で翻訳したものです。 日本発刊日:2012 年 8 月 pwc.com/gx/revitalising-corporate-japan pwc.com/jp/ja/japan-service/revitalising-corporate-japan 本レポートには、古紙10%以上の再生紙を使用しています。